敗血症とバイタルサイン
―初学者のためのガイドラインの変遷を反映した指導について―
黒川 景1
Sepsis and vital signs: Instructions reflecting the history of guidelines for beginners
Kei Kurokawa1
Vital signs are the basis of daily medical care and are important skills in the medical curriculum. Sepsis is one of the most life-threatening disease states. The latest guidelines in 2016 (Sepsis―3) define sepsis as life-threatening organ dysfunction caused by a dysregulated host response to infection. Previous guidelines defined sepsis as a host’s systemic inflammatory response syndrome (SIRS) to infection, in which vital signs were included as the core criteria. SIRS was removed from Sepsis―3 criteria due to sensitivity and specificity in clinical diagnosis. However, the systemic inflammatory response is a crucial pathological condition in severe infections, and the importance of vital signs in the clinical practice remains unchanged. Instructions on sepsis and vital signs need to reflect the latest guidelines without delay. Additionally, the introduction to the historical backgrounds concerning the revision of sepsis guidelines will also lead to the deep understanding of learners.
バイタルサインは,日常診療の基本であり,医療系教育課程における重点項目の 1 つである.敗血症は,生命の危 機に直結する病態の 1 つであり,2016 年のガイドライン(Sepsis―3)では,感染症によって制御不能な臓器障害が引 き起こされる状態と定義されている.それ以前の敗血症は,バイタルサインを核とする宿主の全身性炎症反応症候群
(systemic inflammatory syndrome: SIRS)と定義されていたが,診断の感度,特異度の問題から,Sepsis―3 では SIRS が定義より削除された.しかし,重症感染症において全身性の炎症反応は病態の要であり,診療におけるバイタルサイ ンの重要性は変わらない.敗血症とバイタルサインについての指導において,最新のガイドラインを遅滞なく反映させ るとともに,そこに至る歴史的な経緯も盛り込むことによって,学習者の深い理解につながるものと考える.
キーワード:敗血症,バイタルサイン,臓器障害,全身性炎症反応症候群(SIRS),診療ガイドライン,医学教育
1愛知県立大学看護学部病理学
Ⅰ.はじめに
医学・医療を学ぶ者にとって,体温,血圧,脈拍,呼 吸数といったバイタルサインは,早期に習得すべき基本 的項目である.患者のバイタルサインを正確に把握する 確かな技術をもとに,そのバイタルサインから病態や病 状の把握に努め,必要な判断と対応を的確に行うことが
医療者には求められる.特に,生命の危機に直接つなが る病態において,バイタルサインは迅速な初期対応を含 め,欠くことのできない重要な意味を持つ.
医学・医療の教育課程で取り上げるべき多数の疾患 や病態の中で,生命の危機につながる重要な病態の 1 つに敗血症がある.敗血症(sepsis)は,感染症の重 篤な状態を表す用語として古くから用いられており,
その起源は古代ギリシア語で腐敗や分解を意味する
“
ση ψ ι ξ”に さ か の ぼ る と い う(Douka, 2006).19 世 紀後半の Koch による細菌学の成立を経て,1914 年,
Schottmüller らは敗血症を「微生物が局所から血流に 侵入した病気」とし,「菌血症=敗血症」の概念が広 まった(西田他,2017).しかし,その後,敗血症の 病態は微生物が血液中に存在しない状態でも生じるこ と,感染症の重篤化には生体側の防御・免疫機能による 反応が関わっていることが明らかにされた(西田他,
2017).1989 年,Bone らによる
“sepsis syndrome”の概
念の提唱を契機に(Bone et al., 1989),後述する Sepsis―1(American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine Consensus Conference Committee, 1992)と,それ以降の一連の敗血症の定義,
診断基準の検討,改訂が行われてきた.2016 年の Sepsis
―3(Singer et al., 2016),およびそれを踏襲した日本版 敗血症診療ガイドライン 2016(西田他,2017)では,
敗血症は「感染症によって重篤な臓器障害が引き起こさ れる状態」と定義され,今日に至っている.
体温,血圧,脈拍,呼吸数といったバイタルサインは,
感染症における生体反応を反映する指標となる.敗血症 の定義や診断基準の変遷の中で,その位置付けや取り上 げられる項目には変化があるが,重篤な病態のスクリー ニングとして一定の役割を果たしていることに変わりは ない.
最新の敗血症の定義や診断基準にも専門家の間で常に 議論があり,今後も新たなエビデンスに基づいて変更が 行われる可能性があるが,医学・医療の教育課程の初期 で学ぶ学生のためには,専門家レベルの高度な議論や最 新の動向に至る前に,重要な病態を理解するのための導 入を行う必要がある.特に初学者にとって,基本的なバ イタルサインと生命に直結する病態が結びつく内容は,
学習のモチベーションにつながる効果が期待される.
本稿では,医学・医療の教育課程の初期段階において,
敗血症とバイタルサインについて指導するにあたり,最 新のガイドラインを踏まえつつ,わかりやすい説明や学 生の理解を深める工夫について考察する.
Ⅱ.敗血症の定義と診断基準の変遷
1.全身性炎症反応症候群と Sepsis―1
Bone ら が 提 唱 し た
“sepsis syndrome”
の 概 念 を 基 に(Bone et al., 1989),1991 年 の Society of Critical Care Medicine(SCCM)/American College of ChestPhysicians(ACCP)の合同カンファレンスにおいて,
敗血症は「感染によって発症した全身性炎症反応症候群
(Systemic Inflammatory Response Syndrome: SIRS)」
と定義され,1992 年に発表された(American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine Consensus Conference Committee, 1992).この敗血症 の定義は,「Sepsis―1」と呼ばれる(表 1).SIRS の診断 基準は,体温,心拍数,呼吸数,白血球数(あるいは 未熟顆粒球数)の 4 項目からなり,うち 2 項目以上を満 たすものを SIRS と定義した.敗血症は,感染症に伴う SIRS と定義され,さらに臓器障害や循環不全,血圧低 下を伴う敗血症を重症敗血症(severe sepsis),適切な 補液でも血圧低下が続く重症敗血症を敗血症性ショック
(septic shock)と定義することも示された.
表 1 SIRS と Sepsis―1 の定義
「日本版敗血症診療ガイドライン 2016」より引用
基本的なバイタルサインと簡単な血液検査からなる,
わかりやすく実臨床で使いやすい Sepsis―1 の敗血症の 定義,診断基準は,国際的に広く認知されたが,必ずし も敗血症と呼べるような重症病態に該当するとは限らな いことが問題とされた.すなわち,診断基準を満たすも のの感染症を併発しない,良好な転帰をとる患者が多く 含まれ,必ずしも敗血症における制御不能に陥った致命 的状態を示すものではないことが指摘された(西田他,
2017).
2.Sepsis―2
Sepsis―1 か ら お よ そ 10 年 後 の 2001 年, 米 国 集 中 治 療医学会,欧州集中治療医学会,米国胸部疾患学会,
ACCP, 外 科 感 染 症 学 会 合 同 の international sepsis definition conference が開催され,その内容を踏まえ,
2003 年に Sepsis―2 の定義,診断基準が発表された(Levy et al., 2003).Sepsis―2 では,敗血症を infection-induced SIRS とする基本的な考え方は踏襲され,臓器障害の進
展や生命予後との関連において敗血症診断における特異 度を高めることを目標として,24 項目から構成される 診断が提案された(表 2).しかし,多数の項目に及ぶ 内容は煩雑で実臨床では使いにくく,項目数の規定も なかった.また,その後の検討で,Sepsis―1 と比較した 敗血症の診断特異度の上昇も示されなかった(Weiss et al., 2009).
表 2 Sepsis―2 の定義
「日本版敗血症診療ガイドライン 2016」より引用
3.日本版敗血症診療ガイドライン(初版)
日本集中治療医学会は,敗血症診療における日本独自 の状況や,欧米との間に見解の相違のある内容を踏まえ,
2013 年,「日本版敗血症診療ガイドライン」を発表した
(日本集中治療医学会 Sepsis Registry 委員会,2013).
このガイドラインでは,Sepsis―1 の定義を踏襲し,感染 性 SIRS を敗血症,臓器不全を伴う敗血症を重症敗血症
(severe sepsis),急性循環不全を伴う敗血症を敗血症性
ショックとした.
この日本語版ガイドラインでは,Sepsis―2 について臨 床的有用性が報告されておらず,複雑すぎる基準のため,
むしろ Sepsis―1 の定義の方が活用されている傾向があ ることが指摘されている.また,Sepsis―2 の 24 の診断 項目の中には,実臨床に即さないものや不確定なものが 含まれるため,実際に利用できる指標を絞って提示した.
4.Sepsis―3 と日本版敗血症診療ガイドライン 2016 Sepsis―2 以降,敗血症診療において,敗血症の病態を 全身性炎症として評価するのではなく,臓器障害の進展 に重点を置く評価概念の議論が進んだ.このような動向 の中,米国集中治療医学会と欧州集中治療医学会は,
2016 年 に Sepsis―3 を 発 表 し た(Singer et al., 2016).
Sepsis―3 では,敗血症は「感染症によって重篤な臓器障 害が引き起こされた状態」と定義されている.また,敗 血症性ショックは,敗血症のサブセットとして,「敗血 症に急性循環不全を伴い,細胞障害および代謝異常が重 度となる状態」と定義されている(表 3).Sepsis―3 の敗 血症の定義は,Sepsis―1 以来の「重症敗血症」に該当す るため,Sepsis―3 では重症敗血症の区分は用いられない.
また,感染症に伴う SIRS を敗血症とする Sepsis―1 の定 義は,臓器障害の進展や合併を評価する目的としての有 用性が否定されている.
Sepsis―3 の公表に対応して,日本集中治療医学会と
表 3 Sepsis―3 の定義と診断基準
「日本版敗血症診療ガイドライン 2016」より引用
et al., 1998)(表 4)が導入されており,「感染症が疑わ れ SOFA 総スコア 2 点以上の急上昇があれば,敗血症と 診断する」としている.一方,非 ICU 患者については,
quick SOFA(qSOFA)(表 5)が導入されており(Singer et al., 2016),2 項目以上で敗血症を疑い,臓器障害に関 する検査および早期治療の開始,集中治療医への紹介の きっかけとして用いる.最終的には,ICU 等の重症管理 と同様,感染症もしくは感染症の疑いと SOFA 総スコア 2 点以上の急上昇をもって,敗血症の確定診断とする(図). 日本救急医学会は「日本版敗血症診療ガイドライン
2016」を発表した(西田他,2017).このガイドライン では,Sepsisi―3 の敗血症定義を踏襲し,「臓器不全に対 する着眼を優先するものであり,感染症による臓器障害 の進展を早期に発見し,早期に阻止することを目的とす るものである」と説明している.
Sepsisi―3 の敗血症の診断基準は,intensive care unit
(ICU)患者とそれ以外(院外,emergency room(ER),
一般病棟)で区別されている.ICU 患者については,
sequential organ failure assessment(SOFA)(Vincent
表 4 SOFA スコア
「日本版敗血症診療ガイドライン 2016」より引用
表 5 qSOFA 基準
「日本版敗血症診療ガイドライン 2016」より引用
図 敗血症と敗血症性ショックの診断の流れ
「日本版敗血症診療ガイドライン 2016」より引用
Ⅲ. 医療系教育課程の初期段階における敗血症とバ イタルサインの指導についての考察
Sepsis―3 の新しい敗血症の定義のポイントは,診断,
治療の観点から重症感染症における臓器障害に重点を置 いた点であり,医学部,看護学部等の医療系教育課程で 初めて敗血症について学ぶ学生の教育においても,最新 のガイドラインの定義の意味する内容を的確に指導する ことが,まず必須のポイントと考えられる.
Sepsis―1 で示された感染症に伴う SIRS の概念は,実 臨床における診断の感度・特異度,さらに重症患者の確 実な治療への導入の観点から,敗血症の定義からは削除 されるに至ったが,基本的なバイタルサインと簡単な血 液検査からなるわかりやすい SIRS の概念は,四半世紀 以上にわたって実臨床で広く用いられてきた.また,医 療系教育課程の初期に取り上げる内容としても,浸透し てきたものと考えられる.特に,脈拍,血圧,呼吸数の 測定の実技を通してバイタルサインを学ぶ段階で,その 重要性を示す事例の 1 つとして敗血症に伴うバイタルサ インを取り上げることにより,学んだ技術が実際の医療 の現場で役に立つことを実感できる良い機会となり,学 習のモチベーションにつながると考えられる.
Sepsis―3 および日本版敗血症診療ガイドライン 2016 において,SIRS の概念が敗血症の定義から削除された 理由は,診断における感度・特異度に問題があるためで あった.従来の定義で臓器障害を伴う重症敗血症とされ ていたものを,Sepsis―3 では敗血症と定義しているが,
このうち 12%ほどが SIRS の診断基準を満たさないた め,SIRS の診断基準を基とした Sepsis―1 以来の敗血症 の定義では,臓器障害のある重症感染症を見逃すことが 指摘されている(西田他,2017).
しかし,たとえ SIRS の項目を満たさない臓器障害を 伴う重症感染症があったとしても,病態のメカニズムの 観点からは,重症感染症と全身性の炎症反応はやはり密 接な関係がある.SIRS で敗血症を診断すると,約 12%
の見逃しがあることが問題点であるが,臓器障害を伴う Sepsis―3 の定義による敗血症の 9 割近くは,SIRS の項目 を満たしていると捉えることもできる.
Sepsis―3 では,敗血症の診断基準を ICU 患者と非 ICU 患者に分けている.SOFA による評価を確定診断として いるが,やや項目数が多く複雑な SOFA のみならず,
多数症例の検討から導き出された簡便な指標で,意識の
変容と呼吸数,血圧のみからなる qSOFA を非 ICU 患者 のスクリーニング評価として提示することによって,患 者の状態に対応した実用的な診断基準とすることを狙っ たものと解釈できる.尚,敗血症診療における qSOFA のスクリーニングとしての有用性は,専門家の間でも今 後の検討課題とされている.また,qSOFA と SOFA の 間の血圧の項目における診断基準値の乖離や,SOFA 自 体の見直しの可能性についても指摘されている(西田他,
2017).
以上より,敗血症におけるバイタルサインは,診療上,
SIRS のような形で敗血症の定義とするには不足がある ものの,患者のスクリーニングから確定診断の段階に至 るまで,患者の意識状態の把握と合わせて重要な意味を 持つものと位置付けられる.患者の状態を継続して注意 深く観察することが医療の基本であることから,敗血症 について初めて学ぶ座学の段階にバイタルサインの意味 を臨場感をもって伝えることができれば,教育的効果を 上げることができるものと考える.筆者は,ちょうど Sepsis―1 が出る直前の時代に医学教育を受けたが,当時 より医学教育において early clinical exposure というこ とが提唱され始め,近年はすっかりベッドサイド重視と なった.医学・医療の教育課程の初期段階における臨床 現場での体験は,初学者にとって貴重な経験となること は間違いないが,「見れども見えず」ということをでき るだけ避けるよう,敗血症のような重篤な病態のバイタ ルサインを 1 つの手掛かりとして,初学者のベッドサイ ドに向けての適切なガイドに努めたいと考える.
筆者は看護学部や医学部で担当する「感染症の病理」
の講義において,感染症に伴う病態の重点項目として全 身性の炎症反応を取り上げてきた.Sepsis―3 および日本 版敗血症診療ガイドラインで,敗血症の定義から SIRS の概念が削除されたことに伴い,敗血症の定義の説明 を最新の Sepsis―3 に対応した内容に切り替え,2 年ほど SIRS の説明を削除したが,新たな敗血症のガイドライ ンが指し示す内容を精査し,上記に示した考察の下,敗 血症の定義を歴史的な経緯を踏まえて説明する講義資料 を用意し,改めて SIRS の概念の説明を復活させること とした.
医学部の教育課程において,敗血症は,基礎医学では 微生物,免疫学,病理学,臨床医学では内科学,外科学,
集中治療医学といった科目で繰り返し取り上げられる機 会があり,その中で最新の定義,診断治療と,そこまで に至る歴史的な経緯を含めて習得することが可能と考え
られる.一方,看護学部における医学教育は,のちの看 護専門科目を履修するための基礎的な内容を学習する科 目として位置付けられており,ほとんど 1 〜 2 年生の間 に教育がなされる.医学部であれば,解剖学,生理学,
生化学といった生理系科目を修得した後の概ね 3 年次に 学ぶ内容であるが,医療現場に出た直後から頻繁に経験 するこれらの重要な病態の説明は,看護学部の教育にお いても欠かすことはできない.このような高度な内容を 含む病態のエッセンスを,看護学部では教育課程の初期 段階で伝授する必要があり,そのためには,説明の手順 や講義資料において,技術的に相応の準備が必要である.
ここまでの検討のまとめとして,敗血症とバイタルサ インに関するポイントを,順を追って説明する方法の一 例を提示する.
1. 敗血症は,2016 年のガイドラインで,臓器障害を伴 う重症感染症と定義されている.
2. 重症感染症においては,生体側に局所のみならず全 身性の炎症反応が起こる.
3. 生体側の全身反応の指標として,体温,脈拍数,血圧,
呼吸数といった基本的なバイタルサインは重要であ る.
4. 敗血症の診断基準に,ICU 患者を対象とした SOFA や,ICU 外の患者を対象としたスクリーニングとし ての qSOFA がある.
5. qSOFA の項目は,意識の変容,呼吸数,血圧からなり,
最終的な敗血症の確定診断は SOFA の評価によって 行う.
6. ごく最近まで四半世紀にわたり,敗血症は,バイタ ルサインを核とした全身性炎症反応症候群(SIRS)
の概念に基づき定義されていた.
医学部の教育課程においては,これらすべてを習得す べき項目として提示すべきであろう.さらに上記に追加 すべき内容として,Sepsis―3 の敗血症の定義,診断基準 は成人を対象としたものであり,小児領域の敗血症の診 断には,現在でも SIRS の概念が用いられていること(西 田他,2017)が挙げられる.
一方,低学年のうちに限られた時間の中で学習しなけ ればならない看護学部の医学教育においては,講義資料 として敗血症の定義,診断基準を提示しつつ,日常の看 護の実践の中で行うバイタルサインとの関連性を軸に qSOFA や,可能ならば SIRS についてガイドラインの変
遷を含めて説明し,臓器障害を伴う命に関わる重篤な感 染症の病態であることをポイントとして強調するのが効 果的であると考える.
敗血症に関連する用語として菌血症があるが,両者の 違いをわかりやすく説明することは,必ずしも容易では ない.現在の敗血症の定義は,病原体(細菌や真菌のみ ならず,ウイルスも含む)の感染により臓器障害を引き 起こした状態であり,単に細菌や真菌が血液中から検出 される菌血症の状態とは区別して理解する必要がある.
このことを学生に印象付けるために,筆者は,例として,
日本赤十字社が献血を断る場合の 1 つに,「出血を伴う 歯科治療(歯石除去を含む)を受けた方」があることを 説明に用いている.日本赤十字社は,「出血を伴う歯科 治療(歯石除去を含む)に関しては,抜歯等により口腔 内常在菌が血中に移行し,菌血症になる可能性があるた め,治療後 3 日間は献血をご遠慮いただいています」と 解説している(日本赤十字社,2018).この記述を示し つつ,歯科治療の際のように,単に細菌が血液中に侵入 しただけでは,敗血症の状態にはならないこと,逆に血 中に細菌や真菌が検出されなくても,感染症を引き金と して臓器障害が起これば,敗血症の状態であることを説 明している.
敗血症と関連の深い病態で,重要かつ日常診療で頻繁 に経験するものとして,敗血症性ショックを含むショッ クや,敗血症の約半数に起こるとされる播種性血管内 凝 固 症 候 群(disseminated intravascular coagulation syndrome: DIC),多臓器不全(multiple organ failure:
MOF,救急医学や集中治療医学の領域では多臓器機能 障害(multiple organ dysfunction syndrome: MODS)
と呼ぶのが厳密とされる)といった項目がある(日本救 急医学会,2009).生命予後と直結するこれらの重要な 病態については,医学部の講義においてはもちろんのこ と,一度に習得が難しいとしても,看護学部の講義にお いても一通り取り上げて説明することとしている.
Sepsisi―3 に 至 る 定 義 や 診 断 基 準, ガ イ ド ラ イ ン の 変遷の中で検討されてきた感度,特異度の問題や,
統計学的手法を用いた様々な研究は,evidence-based medicine(EBM)や,近年医学・医療をはじめ,社会 の様々な領域で注目されているデータサイエンスとの関 連性がある.このように,教育的な観点からも,敗血症 とバイタルサインのテーマから,原因となる様々な感染 症について,また他領域への展開を見通すことができ,
時間が十分に取れれば problem-based learning(PBL)
や small group discussion(SGD)といった授業形態の テーマとしても,興味深いものと考えられる.
Ⅳ.敗血症と病理組織学的所見について
病理診断業務の中で,臨床的に敗血症や DIC の診断 がなされ,結果的に亡くなった患者の病理解剖を依頼さ れることがある.また,腸管壊死等の切除検体など,敗 血症の病態の下,臓器障害を示唆する組織学的所見を見 出すことがある.
Sepsisi―3 やそれまでに提示されてきた敗血症の定義 や診断基準は,臨床データに基づくものであり,病理学 的所見に基づくものではない(Garofalo et al., 2019).
従って,敗血症の臨床診断の下,病理組織学的に病原体 の感染や臓器障害を示唆する所見が見つかれば,敗血症 を示唆する所見として病理診断を下すことになる.
敗血症は今日,細菌,真菌,ウイルスを含めた病原体 の感染に伴う臓器障害と定義されている.光学顕微鏡で 細菌や真菌が検出可能であるのに対し,ウイルスについ ては,例えば,サイトメガロウイルスのように核内や細 胞質に封入体を形成する場合を除いて,基本的に検出不 可能であるため,病理組織学的にウイルス感染症による 敗血症の診断は下しにくい.病理組織学的に積極的に敗 血症を示唆する所見と判断できるのは,心臓,腎臓,肝臓,
脳などの主要な臓器に多発する微小膿瘍や著しい好中球 浸潤がみられる場合である(Garofalo et al., 2019; 原田,
2018).通常の hematoxylin-eosin(H-E)染色に加え,
Gram 染色や periodic acid-Schiff(PAS)染色,Grocott 染色といった細菌,真菌の染色法で病原体が検出できる 場合もあるが,培養結果との照合が必要である.尚,病 理解剖の光学顕微鏡標本において細菌の増殖巣がみられ た場合に,生前の感染によるものか,死後のいわゆる腐 敗現象かを区別する必要があり,後者では細菌の増殖巣 がみられても,生体反応としての好中球浸潤を伴わない ことに注意が必要である.
敗血症は DIC の代表的な基礎疾患である(DIC 診断基 準作成委員会,2017).DIC は感染症,悪性腫瘍,全身 熱傷や急性膵炎といった重篤な病態に伴って,血液の凝 固亢進が起こり,末梢の毛細血管にフィブリン血栓が多 発して血小板や凝固因子が消耗し,結果的に出血傾向に なる病態である.重要な臓器に多発する微小血栓から,
微小循環障害による多臓器機能障害(MOF/MODS)
につながる病態と理解されている.病理組織学的には,
糸球体,肺,肝臓,副腎などの毛細血管内にフィブリン 血栓が検出されれば,DIC を示唆する所見とされる.従っ て,細菌等の増殖に微小膿瘍を伴う所見とともに,DIC を示唆するフィブリン血栓が検出されれば,敗血症を伴 う臓器障害を示唆する所見と判断される.
患者の死亡に至るまでには,多くの場合,抗菌薬の使 用や DIC に対する治療が行われるため,臨床診断とし て確定的と判断される場合でも,病理解剖時には明確な 所見が得られないことも多い.
一般的にウイルス感染症においては,ウイルスの種類 ごとに標的臓器や標的細胞がある.ウイルスによって 惹起される臓器障害の例として,例えば呼吸器感染を 起こすウイルスであれば,間質性肺炎や,新型コロナ ウイルスでも注目されているびまん性肺胞傷害(diffuse alveolar damage: DAD)(Xu et al., 2020)を引き起こ すことが知られている.従って,臨床的にウイルスによ る敗血症と判断される場合の臓器障害は,ウイルスが標 的とする臓器に認められる組織・細胞傷害の病理学的所 見によって記載される性質のものと考える.細菌や真菌 感染症による臓器障害についても,各臓器にみられる病 理学的所見によって記載される(Garofalo et al., 2019).
敗血症に対応する病理組織学的所見の記載は,技術的 な制約もあって,原因となる病原体が細菌および真菌の 場合が主となるが,医学部における感染症の病理の講義 の中で,敗血症の新しい定義との関係性を含めて説明し ている.看護学領域では大学院前期および後期課程の病 態生理学関連の講義で取り上げるレベルの内容と考える.
Ⅳ.結 語
本稿では,やや複雑な変遷をたどった敗血症の定義,
診断基準とバイタルサインとの関連をテーマに,医学部,
看護学部を含めた医療系教育課程の,特に初期段階にお ける教育方法に焦点を当てて考察した.
今日,様々な疾患や病態の診療におけるガイドライン が多数発表され,日常診療の診断,治療の標準化が図ら れている.それぞれの診療領域において実臨床を踏まえ た学術的なエビデンスに基づき策定された最新のガイド ラインの知見を,医学教育に遅滞なく取り入れることは,
医学教育に携わる者にとって重要な課題の 1 つである.
一方,特に初学者の理解につながる指導のためには,診 療におけるガイドラインの策定とは異なったアプローチ や工夫が必要と考えられる.単に最新のガイドラインに
盛り込まれた知見を示すだけではなく,そこに至る歴史 的な経緯も盛り込むことによって,初学者のより深い理 解につなげる工夫も必要と考えられる.
謝 辞
本稿を執筆するにあたり,まず,愛知県立大学看護学 部で非常勤講師として外科系疾病論を担当しておられる 公立陶生病院副院長川瀨義久先生に感謝申し上げたい.
新型コロナウイルスに対する対応で,オンライン授業を 行うことになり,川瀨先生の講義のサポートを担当する ことになったが,筆者が迷っていた SIRS の講義での扱 いの方針を尋ねたところ,外科系疾病論の講義ではこれ まで通り取り上げているとご教示いただいた.これに より,ガイドラインの改訂と学生教育とは少し切り離 して考える必要に気が付いたことが,本稿執筆のきっ かけである.さらに,川瀨先生には,病院の運営に携 わっている立場から,診療群分類包括評価(Diagnosis Procedure Combination: DPC)で行う退院患者調査の 項目に,近年 SOFA が含まれているため,入院患者の データが集積されていることをご教示いただいた.学部 学生にとっては想像もつかない内容であるが,臨床現場 から離れた教育職にとって貴重なご教示であった.
本稿の内容は,愛知医科大学医学部病理学講座在職中 から現在も非常勤として担当する,「病理学総論」の「感 染症の病理」の講義経験によるところが大きい.愛知医 科大学医学部病理学講座の佐賀名誉教授,笠井謙次教授,
村上秀樹特任教授,浜松医科大学再生・感染病理学講座 の岩下寿秀教授をはじめとする病理学講座の先輩の先生 方やスタッフの皆様に感謝申し上げる.
文 献
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detail̲09/ 2020 年 9 月 6 日閲覧.
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