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大学生涯学習センターの課題

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大学生涯学習センターの課題

―大学の自己改革に向けて―

椎 名 慎太郎

生涯学習理念との出会い―緒言にかえて

私は18年4月から山梨学院生涯学習センター長に任ぜられ、2期4年を経過しよ うとしている。本学古屋学長のいつも言われる、「大学のワンサイクルは4年」とい う考え方に則って、この4年間にセンターのしてきた仕事を振り返るとともに、これ からの大学生涯学習センターの課題を考えてみたい。

私の専門は行政法学であり、いうまでもなく基本的には素人センター長である。当 然ながら、この分野の泰斗である前任者の宮坂広作先生の後を継ぐことには大いに不 安があった。しかし、この職を引き受けるにあたって、それなりに仕事への関心が あったことも事実である。それは、私の以前の仕事と関連している。

私は19年から13年間国立国会図書館に勤務したが、最初の1年以外は調査立法考 査局文教課に所属して文化教育関係の調査に従事した。ここでの仕事は国会議員から のさまざまな調査依頼(レファレンス)に対応することであり、その準備として日常 的に内外の関係資料の収集やこれを活用した論文執筆などに相当の時間を費やしてい た。ユネスコが「生涯教育」の理念を打ち出したのが15年、私がフランスやスウェー デンなどヨーロッパの教育事情について調査を開始した頃は、いまでいう生涯学習へ むけて各国が本格的に取り組み始めた時期であった。十分な理解があったとは到底思 えないが、スウェーデンのリカレント教育への取り組みを紹介した11年の私の文章 が活字になっている。その後、本学に移籍する12年まで、私は教育を主題とする 論文を何点か発表しており、その中では夜間中学や後期中等教育の多様化、教育への 権利論など、広義の生涯学習につながる問題意識もかなりもっていた。仕事の中では 宮坂先生の著作も読んだことがあり、本学でお目にかかる前から先生には教えを受け ていた。

こうしたわずかの素地がこれまでのセンター長としての仕事に役立ったかどうかは

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わからない。しかし、西欧世界が生涯学習の重要性に気づいて動き始めた時期とほぼ 並行してこの問題を意識していた経験は、少なくともセンター運営にかかわることの 重要性を理解する助けにはなったと思う。

ともかく、実際上はまったく仕事の全体像が見えないままに18年4月からセン ター長としての仕事に取り組むことになった。宮坂先生に、センター運営委員及び事 実上の顧問役として1年間一緒にセンター運営に携わっていただけたことはまことに 幸運であった。また、永井健夫助教授が実質上の企画責任者としてつねに裏方を務め てくれたことにも大いに助けられた。

なお、この小文のタイトル「大学生涯学習センターの課題―大学の自己改革に向け て―」がかなり内実と乖離していることを始めに白状しておきたい。ここで試みよう と考えているのは、4年間のささやかな歩みの反省と、そこから得られた僅かな経験 のまとめである。しかし、センターの役割がつまるところ大学そのものの自己改革に あるということに気づかされたことは、望外の幸いであったと思う。

《注》

「……余暇の増大とともに人びとは、たえず教育を志向するようになり、急速に変化す る経済世界での適応を求め、自己の向上をはかるようになるものと考えられている。

この場合、伝統的な学校教育体系は存続するのかどうか、全面的に基礎教育に専心す る期間が短縮されるのではないかなどが問題となる。すぐに時代遅れとなるような種 類の情報はもはや学校教育では扱えず、マスコミによってより効果的に与えられるよ うになるだろう。学校では考え方、研究の進め方を教え、技術的変化に柔軟な対応が できる素地を与えることに重点がおかれるだろう……」椎名「重視される成人教育―

スウェーデン」『内外教育』(時事通信社)1971年8月10日号11〜12頁。

山梨学院の生涯学習活動の沿革

センター誕生前の各種事業

山梨学院大学・山梨学院短期大学は12年4月に生涯学習センター準備室ができる 以前からかなり多様な生涯学習活動つまり、大学を広く社会に開放する事業を展開

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してきている。

短期大学はかなり以前から保育科、食物栄養科の専門にかかるシンポジウムや講座 を続けてきている。そのなかでも県教育委員会と提携して実施された女性の問題を テーマとする連続講座は、本格的な大学公開講座であり、地方教育行政当局や地域の 社会教育団体との密接な提携を行った点で、大きな実績であったと評価されてい 。総合図書館も13年から5年ほど年二回図書館公開講座を開催して地域の方々 にも開放した。

8年からは大学総務部が事務局となって YBS ラジオ・セミナー、テレビ・セミ ナーが開始され、ダイヤモンド社との提携冠講座である「ダイヤモンド・メモリア ル・レクチャー」もこの年に開始している。テーマは「情報の食べ方・味わい方」

「出版社編集長が語る90年代」「地球にやさしい公開講座」などであった。10年か らビジター・スチューデントという公開講座が実施された。これは一般及び法人(社 員教育)を対象に50円(法人60円)の受講料を徴収して行う7〜8回講座で、コ ミュニケーション・ティータイムや最終回の特別講義としてのバス・ツアーなど興味 ある学習が展開できるような工夫もされていた。

0年代に入ると各学部が県内市町村と提携して公開講座を実施するようになった。

1年に法学部講座運営委員会が甲府市と提携して行った市民法律講座が嚆矢であ り、その後商学部、一般教育部、経営情報学部も各々講座を開催している

生涯学習センターの従来の事業

2年に宮坂広作教授が着任し、同時に山梨学院生涯学習センター準備室が開設さ れた。宮坂先生はかなり精力的に県内を行脚して各自治体に生涯学習行政の重要性を 説明し、本学センターが提供可能なプログラムを提示した。本県では韮崎市などいく つかの自治体が「生涯学習都市宣言」を出していたが、その実態は必ずしも豊かなも のではなかった。そして、この宮坂先生の自前による行脚に対する反応も必ずしも芳 しいものではなかった。10年足らず前の県内自治体の生涯学習への問題意識はその 程度であったということである。いうまでもなく、県内の大学・短大で独立機関とし て生涯学習センターを設置しているのは本学のみである。こうしてみると、本学セン ターの発足は山梨県における生涯学習の歩みの中でもある種の画期的出来事であった といえる。

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3年に準備室段階から生涯学習センターとして本格的に歩みだすと同時に、セン ターは活発に各種事業を展開してきた。センター主催事業だけを挙げても、山梨県と 提携して実施された、「山梨学こと始め」(前期)「ふるさとのまちおこしへ―私たち の提案―」(後期)をテーマにした「県民カレッジ」、県市町村社会教育主事会と共催 した「生涯学習フォーラム」、諏訪市と茅野市で開催された県外公開講座などがあ り、各学部の主催事業などにも側面援助を行った。その後市民やまなし学会との連携 講座、公民館提携講座、県外での公開講座(埼玉県)など順調に仕事の幅を広げ、そ の質においても豊かさを増していった。

6年には「県民カレッジ」の発展形態としての「県民コミュニティーカレッジ」

が発足している。これは県内の大学・短大の学長で構成される「県民コミュニティー カレッジ事業運営協議会」が山梨県から事業運営の委託を受けるという形で実施され ている。内容は、ひとつのテーマを中心に各大学・短大から講師を出して企画構成す る「総合開催講座」と、各大学・短大が独自の講座を企画する分担講座の二本立てと なっている。21年度までに6回の事業が行われたが、当センターはずっとこの事業 の事務局を担い、センター長はエクスオフィシオ(あて職)で事業運営委員会の委員 長及び総合開催講座の内容を審議するカリキュラム部会の会長を務めてきた。

《注》

ここでの「生涯学習活動」とは、この言葉の本来の意味ではなく、大学の通常の授業 以外の、一般人を対象にした活動を意味している。

山梨学院生涯学習センター『山梨学院の生涯学習事業』第1年報、1994年、4頁。

私が本学に赴任したのは1982年で、それ以前の生涯学習活動については知るところが ないので、ここに挙げていない活動も少なくないはずである。

前掲『山梨学院の生涯学習事業』第1年報、15頁以下。

3 1 8年以降のセンターの主要事業とその狙い

以上のような経過を経て、センターの運営が軌道に乗った18年4月に私は2代目 のセンター長に任ぜられた。その後の4年間は学内の教職員各位のご支持と協力及び センターの職員たちの熱心な仕事に助けられてどうやら任務を果たすことができた。

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拙いながらもセンター事業にいささかの新味を加えることもできたのではないかと考 えている。ここでは私がセンター長になってからの三つの主要事業をその狙いと併せ て振り返ってみたい。

生涯学習講座(サテライトキャンパス)

以前から他県でセンター主催講座を開く試みはあったが、これに在学生の保護者 サービスの要素を付け加えたのがこの事業の新たな側面である。

言うまでもなく、現在日本の高等教育機関は厳しい環境の中にいる。生涯学習セン ターといえども、大学の機関としてこうした環境の下での生き残り戦略の一翼を担わ ねばならない。山梨学院大学は箱根駅伝を始め各種カレッジスポーツでは全国に存在 感を示しているが、研究教育面の充実をアピールする機会には必ずしも恵まれてこな かった。在学生の多い関東甲信越という本学のフィールドで本学教授陣を講師として 生涯学習講座を展開することにより本学のアカデミックな存在感を各地域で示し、研 究教育の面でも本学が他に誇りうる豊かさを持っていることを示すことは、各々の地 域に対する生涯学習機会の提供とともに、本学の発展戦略の一翼を担うことにつなが るというのが第一の狙いである。

もうひとつの狙いは、この講座に在学生の保護者をお招きし、講座のあとで教務課

(成績学習相談)、就職センター(進路相談)、学生センター(学生生活相談)の職員 が個別相談に対応することにより、従来必ずしも十分でなかった保護者サービスの機 会を提供することであった。これは、本学のきめ細かな学生サービスへの理解を広 げ、そのことが長期的には学生募集にも着実な効果をもたらすであろうという考え方 を背景としていた。

最初の試みは19年12月4日に水戸での進学相談会(入試センター主催)と同じ会 場で開催した。この日は当時の法学部行政学科原武史助教授が「茨城から見た幕末と 明治維新」という題で講演を行い(聴衆約80名)、その後に教務、就職、学生の各課 長が保護者の個別相談に応じるという形で実施された。地元の歴史研究グループ関係 者も来会して講演後に原助教授に熱心に質問をしていたし、保護者相談会も長い列が いつまでも続いていた。

帰りの列車の中でこのイベントの今後について話し合ったところ、各課長ともにこ の事業の有益さを強調し、保護者からは来年も来て欲しいと言う訴えが多かったとい

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うことであった。

この試行での成果をふまえて、20年には新潟市、静岡市、東京都(東京・首都 圏)、松本市、宇都宮市でサテライトキャンパスとして実施、21年には長野市、静 岡市、高崎市、水戸市、東京都(東京・首都圏)でサテライトキャンパス事業を展開 した。第1回の水戸での反省から個別相談会には来会者の予定数に応じてかなりの職 員を配置し、相談待ちの番号札を配布し、案内員をおいて整理を行うなどの工夫をし ている。また、各地域出身で企業や自治体で活躍している卒業生を招いて保護者に就 職活動の経験や現在の仕事などを語ってもらうプログラムも加えている。講座、個別 相談ともに大変好評で、ぜひ続けて欲しいと言う感想が圧倒的である。

大学生の保護者の個別相談は、昔は考えられなかったことであるが、少子化で親の 子供への関心が深くなっていること、団塊の世代を中心とする保護者世代のかなりの 方々が高等教育の経験がなく、例えば、単位制度や科目選択と言った大学のシステム に通じていないこと、男子学生に多いが、親子のコミュニケーションが不足している ことなどから、他大学でも最近力を入れている事業である。個別相談自体は生涯学習 センターの職務の範囲を超えているように見えるが、学内各セクションをつなぎ、調 整する仕事は当センターの得意とする分野である。こうした総合調整機能を柔軟に果 たせるという能力は、生涯学習というきわめて限定の難しく、発展的な仕事をしてゆ く中で培われたものであり、それは能力というよりは思考方法といった方が適切かも しれない。こうした側面も大学生涯学習センターにとって重要な意味をもっているよ うに思う。

このサテライトキャンパスから、20年には「まるごとオープンキャンパス」事業 が派生し(これはさまざまな要因からあまりうまく機能しなかった)、21年には

「ウェルカムキャンパス」(全国の保護者対象に個別相談会を本学キャンパスで2日 にわたって開催、成功裡に終わった)が展開された。後者の事業は、第1回目は当セ ンターが中心になったが、次年度以降は、センターはサポートに回り、教務課、就職 センター、学生センターの共同主催事業となる予定である。

新山梨学講座

企画の趣旨と概要

前述の県民コミュニティーカレッジ分担講座は、各大学・短大が割り当てられた委

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託予算を使って、各々独自の企画を展開するものであるが、山梨学院大学は18年か ら3年間にわたって「新山梨学」と題する連続講座を提供した

本学の分担講座は水曜日の夜7時から9時を定例としており、出席者も市町村提携 講座や同じ県民コミュニティーカレッジ総合開催講座(土曜日午前中実施)とは違っ て仕事をもっていると推定される30代〜50代の男性が多いことが特色である。した がって、山梨のさまざまな側面をテーマとする山梨学にはかなりの関心が集まるもの と予想した。

そもそも近年の生涯学習でのはやりである地域学(山形学、横浜学、多摩学など)

の一環としての「山梨学」に「新」をつけたのは何故かというと、ひとつには前述の ように当センター発足当初に県民カレッジの中で「山梨学こと始め」という総合講座 を実施していたことがあるが、同時に、各地で、主として自治体主導で勃興しかけて いた「地域学」とは一味違うものを作りたいという意味もこめていた。

8年秋から始まった「新山梨学」のシリーズは、当初から3年計画で、1年目は

「山梨の政治と社会」、2年目に「山梨の産業と経営」、3年目が「山梨の教育と文 化」と決めていた。これは本学のスタッフの専門性とその中でも「山梨」をなんらか の意味で研究対象にしている方々の顔を思い浮かべて、7〜8回連続と言う広がりを 併せて考慮すると、こんな所かなという漠然として見通しでの計画であった。1年目 は各種媒体での宣伝効果やいかにも金丸元副総裁、中尾元通産大臣の地元である山梨 の話題にふさわしいテーマが人気を呼んだのか、当初の申込者は10人を超え、8回 の平均でも60人程度であった。もっとも2年目、3年目と次第に参加者は減ってゆ き、当初多かった30代〜50代の仕事を持っている方の参加も少なくなった。これは、

参加者の希望や関心を考慮せずに3年間の計画をあらかじめ決めてしまった当方のミ スが大きかったと反省している。

新山梨学講座から見えてきたもの

この講座は水曜夜であったため、私が登壇した場合を除いて、原則的に私自身が コーディネーターを務めたので、ほぼすべての講座を聴くことができた。この中でい くつかのことが見えてきたように思う。

第一に、大都会のように同一地域にいくつもの大学がある場合は別として、地域に 拠点をもつ大学にとって地域学の講座は、各担当者の地域問題への関心を掘り起こ

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し、あるいはそれを深化させるという意味で、ファカルティー・ディヴェロップメン の重要な契機になりうるということである。たしかに地域学にあまりなじまない 専門領域もあるが、講座担当をきっかけに地域の問題に気づいて研究を深めること は、当該研究者の研究の広がりや深まりだけでなく、授業を通じて学生にも利益が還 元されうるし、地域社会に対する大きな貢献にもなりうる。

第二に、大学生の多様化が進み、Uターン志向が強い現在、地域学講座の正規科目 化はすでに一部では実現しており、かなりの大学にとって現実的課題となりつつあ る。こうした趨勢の中で、今回実施したような連続講座は準備的ないし試行的意味を 持つといえよう。これは決して開放講座を練習台とするという意味ではない。各地域 に関する基礎的知識もほとんどなく、理解力も批判力も不十分な現在の学生の一般的 傾向を前提に考えると、開放講座という「試練の場」をくぐることによる大学教員の

「発達」が必要ではないかと考えられるからである。ここでは、講義に続く出席者(そ の大部分は地域の生活者である)との質疑応答での厳しい批判や思いがけない新事実 の指摘、新しい観点の提供が大いに役立ったことを付け加えておきたい。

第三に、地域学の研究と実践における大学研究者と地域の実践家ないし実務家との 協力の重要さである。本学には地元山梨に関わる専門性をもつ研究者が少なくない が、3年・計22回にわたる講座では何人か地域の実践に関わっておられる方々をメイ ン・スピーカーあるいは対話者としてお願いせざるをえなかった。例えば、第1回の シリーズで「山梨の過疎」をテーマのひとつとしたが、私が日本の過疎問題の総論を 短くお話したあと、全国で過疎問題の専門家としてひっぱりだこの辻一幸早川町長 に、山梨有数の(ということは全国でも有数の)過疎町村のリーダーとしての豊富か つ切実な経験をお話いただいた。辻町長の登壇と熱弁によって、この回の講座はかな り厚みと説得力を増したような気がする。こうした地域の方々との協力関係は本学正 規科目の各種総合講座でも行ってきたが、とくに地域学では今後とも発展させてゆ く必要があると考える。

第四に、大学が主体となる地域学のスタンスの問題がある。現在各地でさかんに展 開されている地域学にはさまざまな傾向があるが、これを前提にしたうえで、大学 の研究者が主体となる地域学には、地域の現状への批判的視点が必須であると考えて いる。アカデミーの使命は地域の現状の無批判的な肯定・賛美ではなく、地域にある さまざまな問題を見出し、これに学問の立場から打開の方向性や解決策を提言してい

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くところにあると考える。この使命の放棄はアカデミー自身の自殺行為に等しい。こ こで「批判的視点」と「反体制の立場」とは明確に区別しておく必要がある。たとえ 基本的に地域の現状を肯定的に評価している場合であっても、なお自己満足的自賛で はなく、学問の立場から問題点を探るという責務が研究者にはある。行政なり企業に 身を置く者の場合には、必ずその立場ゆえのしがらみやら先入観から自由になれない からである。

地域学が今後の生涯学習活動の重要な柱になっていくことは間違いない。自分の生 活している地域に対する関心は多かれ少なかれ誰にも有り、そこにおける素材の具体 性・現実性は学ぶ者にとって豊かな学習への動機付けになり、学校教育を通じて形成 されてきた「強いられた学習」というイメージを払拭する可能性に満ちている。それ だけに、さまざまな地域学があることが大切であり、地域に在る大学における地域学 の研究とその成果の地域への還元はますます重要なことになるであろう。

経験交流集会

小中高の先生たちは教員免許をもっている。大学の教員にはそれがない。小中高の 教員は免許を持った上に、研究授業とか教育研究集会、さまざまな研修など教育の内 容を高める努力をしている。しかし、少し前まで大学の授業をどのように改善するか という問題意識は、一部の大学人を除けばあまりなかったといえよう。

大学の大衆化が先に進んだ国々では「大学教授法入門」といった類の出版物がかな り出ている。日本でもここ数年、学生による授業評価がかなり一般化し、大学での授 業方法に関する本も刊行されるようになった。その背景に大学教育の大衆化の進行や 少子化による大学生のレベルの低下、あるいは私語に悩まされ、ひどい場合には授業 が成立していないといった大学の驚くべき現実があることは間違いない。13年に早 稲田大学第一政治経済学部を卒業した私自身の大学生時代の経験をふりかえると、1 年程前の産経新聞の連載シリーズ「大学を問う」の劈頭で指弾されたように、いく つかの授業はまったく酷いものであった。あの状態が30年後にも続いているという現 場レポートも新鮮な驚きであったが。しかし、当時、大学は自分で学ぶところで、

授業に期待すること自体が誤りという妙なエリート意識が学生の中に支配的で、授業 改革を促す雰囲気はなかった。

しかし、時代は大きく変化した。臨時教育審議会(臨教審)の第二次答申(16)

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の中では大学の自己評価が求められ、10年代には学生による授業評価を導入する 大学が出てきた。もちろん、象牙の塔に自己満足する教授陣からは少なからぬ抵抗が あったようだが

本学でも授業の改善に向けて取り組みがなかったわけではない。17年3月に刊行 された本学の自己点検白書『共につくる大学教育』には「授業自己点検専門委員会」

(神田修委員長)の検討の成果が収録されている。しかし、大学をめぐる環境が厳 しくなる中で、より具体的に授業の改善を図る機会があればと考えていた。

当センターで仕事を始めてから、市民に対する本学教授陣の講義の感想を読む機会 ができた。単位にも身分にも関係ないこの方々から、かなりの先生は好意的評価を受 けていたが、一部には「講義がつまらない」「難しいことを言っていて分からない。

これでは学生もこの毒」といった率直な批判もあった。これを知って、ますますほっ て置けないと感じた。そこで考えついたのが経験交流集会である。この事業は生涯学 習センターの専管領域ではない。大学内の他のさまざまな機関が主催してもまったく 違和感はない。しかし、誰かが先鞭をつける必要があるという認識と、当センターに

「生涯学習研究集会」という事業の枠組みがあったこと、そして、これが生涯学習講 座改善にもつながるであろうという期待から、これを大学当局に提案してみたとこ ろ、企画・実施の指示を受けた。

第1回は19年2月15日に「魅力ある講義をするために」と題して、12名の先生方 から、一人5〜7分で報告をいただき、若干の質疑をおこなった(出席者約70名) 当センターが主催する関係上、いささかの配慮もふくめて「生涯学習の講義と大学の 講義」と副題をつけたため、若干報告の先生方に誤解を生じたり、試行であったため 2人という過大な報告者を立ててしまったことから、論議が深まらなかったりと、不 手際はあったが、多くの方からいい経験であったという反応があった。第2回も講 義のあり方をめぐって、19年7月21日に実施した。この回は全学カリキュラム委員 会と共催の形をとり、5人の報告者が第1回よりはやや長い報告を行い、若干の討論 があった。第3回は20年2月7日に「少人数教育」というテーマで、新入生研修(本 学でゼミ形式で実施している新入生の導入教育)や専門演習の活性化などの経験を話 し合った。第4回は21年2月9日に「評価」をめぐって開催した。これは主に教 員側の教育評価に焦点をあてたものであったが、集会の形に画期的な変化があった。

それは、20名ほどの学生有志が参加して、学生の立場から見た「評価」のあり方、あ

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るいは大学の授業に関して発言してくれたことである。「大教室に座っているとき、

自分の存在を本当に小さく感じる」というある学生の発言には、思いがけない衝撃を 受けた記憶がある

なお、この経験交流集会は、昨年度に設置されて学生による授業評価の検討をし、

本年度後半に実際に第1回の授業評価の調査と分析にあたった「教育評価委員会」

(丸山正次委員長)が「教育経験交流会」として引き継ぐ形となり、22年1月30日 にその第1回が開催された。この集会では当センターは裏方の役割を果たすことに なった。これはこの事業を開始したときから願っていたことで、大変喜んでいる。前 述のようにこの事業は生涯学習センターの専管領域ではなく、センターの企画が契機 となって学内でさまざまな「経験交流」や「授業研究」が展開されることを期待して いたからである。大学生涯学習センターの課題のひとつはこうした大学の自己改革の 触媒となることではないだろうか。

《注》

この講座の1、2年目の内容は山梨学院生涯学習センター研究報告第8輯『新山梨学

【1998年度・1999年度】の記録』(2001・3)として刊行されている。

ファカルティー・ディヴェロップメントという言葉について当センター事務職員から

「どういう意味ですか」と質問を受けて横文字過多の日本文化の弊害を実感した。こ れは大学の教育スタッフの教育研究を含めた全般的能力の向上を意味する。

行政学科で開催した『行政と文化』、『現代ジャーナリズム論』、法学科で実施した『消 費者問題と法』、現在も続いている『環境政策』などで地元の実務家等の協力を得てい る。

この点については上記『新山梨学【1998年度・1999年度】の記録』の末尾に収録され た永井健夫の解説「「新山梨学」・「地域学」・大学の役割」の記述に譲る。

これをまとめたものが刊行されている。産経新聞社会部編『大学を問う―荒廃する現 場からの報告』新潮社、1992年。

もっとも、今考えてもよくもこれだけのことをしてくれたと感嘆するような先生もい た。2年のフランス語を担当された、「チボー家の人々」などの翻訳で名高いフランス 文学者山内義雄先生は毎週フランス語の書き取りをさせては翌週に採点して返してく れた。もちろん、授業も楽しかったし、長い人生の薀蓄から語られるあれこれのお話 も興味深かった。私がいまどうにかフランス語が読めるのも、この薫陶のおかげといっ てよい。山内先生は70の定年直前であったはずだが、いまこれだけの授業をしている

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先生がどれだけいるだろうか。

大崎仁『大学改革―1945〜1999』有斐閣、1999。319頁以下。

滝本喬「『授業評価』をめぐる攻防」安岡高志ほか『授業を変えれば大学は変わる』プ レシデント社、1999。

43〜47頁。

この記録は、山梨学院生涯学習センター研究報告第6輯『魅力ある講義をするために』

(1999・7)として刊行されている。

この第2回と第3回の記録は、山梨学院生涯学習センター研究報告第第7輯『講義の 進め方・少人数教育』(2001・1)として刊行されている。

この記録は現在編集中で、やがて活字になるはずである。なお、学生の参加にあたっ ては、小西順人商学部助教授のご協力をいただいたことを感謝とともに記させていた だく。

おわりに

これ以外にも当センターは年間にかなりの事業を行っており、その中には私がセン ター長になってから開始されたものもある。しかし、これ以上の論述は省略すること にしたい。読み返してみても、実にささやかな歩みであったと思うが、これらを貫い ている共通テーマは「大学の自己改革」であろう。今後大学が生涯学習機関としての 性格をますます強めてゆくこと、この生涯学習機関化による大学改革が期待されてい ることについては、すでに本誌第1号で永井健夫が論じている通りである。本学の 大学院社会科学研究科は社会人のキャリアアップを主な目的とする夜間課程としてす でにその存在を確立している。大学の学部も社会人のさまざまな形での受け入れが 大きな課題である。それ以上に、大学が当面している厳しい諸課題にどのように立ち 向かうべきか。私のささやかな試みは、これに対して、大学の自己改革以外では対応 できないという答えを出した形になっている。これは、何よりも、この春で20年を山 梨学院大学で過ごした自分自身に対する新たな挑戦状でもあることを感じつつ筆を措 きたい。

《注》

永井健夫「大学改革と生涯学習政策」山梨学院生涯学習センター編『大学改革と生涯

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(13)

学習』創刊号、1997・3。とくに55頁参照。

これについては、椎名「生涯学習機会としての夜間大学院」山梨学院生涯学習センター 編『大学改革と生涯学習』第3号、1999・3。

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参照

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