福祉健康科学研究(1
4 )055 ‑ 064 , 20 1 9
原著論文
アメリカ新数学運動 における統合数学 カリキュラムの開発
‑H.F.フェアの改革構想に着目して‑
相 田 紘 孝
福山平成大学福祉健康学部 (こども学科)
E‑ma i l : a i d a d i a @ h e i s e i ‑ u . a c J p
【要旨】
本論は、アメリカ新数学運動における統合数学カリキュラムの開発の過程を、その開発 に携わった代表的な人物である
H .F
フェアの数学教育改革構想に着目して検討するもので ある。
結論として
3
点を得ることができた。l
点目として、フェアが当初は「思考の方法」 と して数学を教える立場を提唱していたこと、その1
療に、数学教育内容の現代数学に基づく 新しい解釈が重要な役割を果たしていたことが明らかになった。2
点目として、フェアの 構想が1950
年代中盤から変容し、科目を統合することと現代数学自体を教えることを改 革の目標とするようになっていたことが明らかになった。 3
点目として、フェアが主導し た中等学校数学カリキュラム改善研究( S S M C I S )
によって開発されたカリキュラムは、数学に顕著な才能を持つ生徒を対象として想定し、高校卒業時に大学初年次程度まで到達 させることを目的として現代数学自体を教えるためのものであり、初期のフェアの構想と は大きく異なるものであったことが明らかになった。
フェアの改革構想において、現代数学の役割は、数学教育内容に新しい解釈を与えて
「思考の方法」 として数学を教える立場に根拠を与えることから、科目の統合を実現して 高度な内容を教えるためのカリキュラム上の余裕をつくることへと、さらには教育内容そ のものへと変容していた。乙の過程は、新数学運動における統合数学カリキュラムの開発 において、現代数学の持っていた数学教育改革の可能性が十分に実現し得なかったことを 示唆している
。
KEYWORDS:
新数学運動、統合数学カリキュラム、SSMC I S
F D
E d
相田紘孝一
1
.主題と方法本 論 は 、 ア メ リ カ 新 数 学 運 動
( n ew ma th movem
巴n t )
における統合数学カリキュラム( u n i f i e d mathematics c u r r i c u ! um )の開発の過程を、その主導
者である数学教育研究者H.F .フェア (Howa r d F r a n k l i n F e h r )
の改革構想に着目して検討するものである。1950
年代から1970
年代にかけての先進諸国では、冷 戦下の科学技術開発競争の影響を受けて、急進的な数学 教育改革がほぼ一斉に行われた。アメリカにおける改革 は新数学運動、日本における改革は数学教育現代化とI
呼 ばれている。国際的な改革動向の総称としては、数学教 育史研究者のGシュブリング( G e r t S c hu b r i n g )
が用い た現代数学運動(modernmath e m a t i c s mov
巴ment)
が 近年は支持されつつあるJ)。現代数学運動という呼称は、この改革が、初等・中 等教育段階の数学カリキュラムに現代数学
( modern mathematics)
を導入するという共通点を持っていることに由来する。現代数学とは、集合論、現代代数学、非 ユークリッド幾何学、数学基礎論などといった、
19
世 紀末から20
世紀初頭にかけて興隆した数学の諸分野を 総称する用語であるお。現代数学運動において現代数学が担った役割のーっと して、 算数 ・代数・幾何・三角法・微積分などの科目 を統合し再組織することを挙げることができる。科目 が統合され再組織されたカリキュラムは統合数学カリ キュラムと呼ばれ、その開発は現代数学運動における 主要な目標の一つであった
3 )
。現代数学運動を主導した 国際会議として、欧州経済協力機構( T h e O r g a n i s a t i o n f o r European Econom i c Co‑operation
,以下OEEC) が1959
年にフランスのロワイヨモンで開催したセミ ナ̲ 4 )
、OEECが改編されて成立した経済協力開発機 構(The O r g a n i s a t i o n f o r Econom i c Co ・ ope r a t i onand Development
、以下OECD)が1961
年にユーゴスラピア のドウブロヴニクで開催したセミナー5 )
、1 964
年にギ リシャのアテネで開催したセミナー6 )
を挙げることがで きるが、いずれにおいても、統合数学カリキュラムの理 論やシラパスが提案されている。新数学運動における統合数学カ リキュラムの開発 を代表する事例が、中等学校数学カリキュラム改善 研究
( S
巴conda r ySc h oo l Mathematics C u r r i c ulum Improv e m e n t S t u dy
、以下SSMCIS)である。SSMCIS は、1966
年から1976
年の12
年間にわたって取り組ま れたカリキュラム開発プロジェクトである。結成以前5 6
を含む
1965
年から1 969
年には連邦教育局( F e d e r a l O f f i c e o f Ed u c a t i o n )から、 1 969
年から1976
年には全 米科学財団(Na t i o n a ! S c i e n c e F o u n d a t i o n )
から資金援 助を受けていた。成果物として、1 968
年から1 9 7 2
年に かけて、中等教育段階の第7
学年から第1 2
学年の6年間 で使用されることを想定した全6
課程の教科書 『統合 現代数学C U n i f i e dModern Mathematics) J ] 7 )
を発行して いる。先行研究において、
SSMC I S
は、科目の統合を標梼し て現代数学を導入していたフロジェク トであり、その 想定される対象は数学について高度な才能を持つ生徒 であったため、大きな影響力を持つことができなかっ た、と評価されている8 ) 0 SSMC I S
へのこの評価は、新 数学運動における統合数学カリキュラムの開発への評 価として現在まで継承されている。しかし、現代数学に期待されていた役割は、元々、
科目の統合に留まるものではなかった。そのことは、
SSMCIS
の主導者であるフェアの初期の改革構想に示 されている。初期のフェアは、「思考の方法( away o f t h i n k i n g ) J
として数学を教える立場を提唱しており、その主張を支えていたのは、数学教育内容の現代数学 に基づく解釈であった。しかし、年月を経るにつれて その主張は徐々に後景に退き、 科目の統合を行うこと 自体が彼の主張の中心を占めていく。
との変容の過程を検討することにより、
SSMCIS
の史 的展開を、現代数学の持っていた数学教育改革の可能 性が十分に実現し得なかった過程として再解釈するこ とができる。ここで、フェアの経歴を確認しよう。フェアは、
1902
年にペンシルベニアで生まれ、1 982
年5
月6日
に80歳で死去した数学教育研究者である。彼は、1941
年にコロンピア大学にて博士号を取得し、公立学校や ニュージ、ヤージー州立カレッジでの勤務を経て、1 948
年にコロンピア大学ティーチャーズ・カレッジに着 任している。1 955
年には大学入学試験協会数学小委 員会CComm i s s i o non Mathemat i c s . Co l 1 ege Entrance Exam i n a t i o n Board
、以下CEEB
数学小委員会)の委員、1956
年から1958
年には全米数学教師協議会( N a t i o n a l Co un c i l o f Teac h e r s o f Mat h emat i c s )
の会長、さらに1 950
年代終盤からは前述のOEEC • OECD
主催のセミ ナーの議長や報告書の編者代表を歴任している。その 後、1966
年よりSSMC I S
の代表者を務めたが、その最中 の1967
年に教授職を引退している9 )
。アメリカ新数学運動における統合数学カリキュラムの開発
H . F
フェアの改革構想に着目してフェアの経歴とその主張の変容に基づき、時期区分と して、初期、 中期、後期の三期を設定する。
1
思考の 方法」を提唱し1955
年にCE E B
数学小委員会の委員に就 任するまでを初期、1955
年にCEE B
数学小委員会の委員 に就任してからおMCIS
を結成する1 965
年までを中期、SSMC I S
の結成以後を後期とする。なお、日本において、
SSMC I S
は、新数学運動を代表 する、質の高いカリキュラム開発プロジェクトとして 紹介されてきた。F I
統合現代数学』全6
課程のうち、第
I
課程から第3
課程までは、日本数学教育学会の手 で邦訳され、1 9 7 6
年に出版されている。各課程は、上 巻・下巻 ・解答編の3
冊構成となっている。邦訳版の冒 頭の「訳者の言葉」には、「内容の集約精選は慎重かっ 果断」、「生徒の発達段階を十分に配慮して教材が展開 され」、「全体を通じて現代の数学の精神が脈々と流れ て」、1 2 1
世紀をめざした数学教育へアプローチする姿 がひしひしと感じられる」と、SSMCIS
を絶賛する文言 が並んでいる10)
。加えて、同時代においては、SSMCIS
を教材開発の参考にしようとする研究11 )
や、幾何学教 育の改革の事例として紹介する研究1 2 )
が見られる。
し かしながら、管見の限りでは、その後の日本における研 究で、新数学運動における代表的なカリキュラム開発プ ロジェクトのーっとしておMCIS
に言及するものは存在 するものの13 )
、その内容や史的展開、あるいはフェア の構想に踏み込んだ検討を行っているものは見当たらな い。2 .
初期のフェアの構想前述したとおり、初期のフェアは、「思考の方法」と して数学を教える立場を提唱していた。乙の構想は、
1953
年5
月に『
ティーチャーズ・カレッジ紀要』に発 表した「数学教育の再定位J 1 4 )
に示されている。
この 論考において、フェアは、後に学ぶ別の内容のための 道 具 (t O O ] )
として教える立場と、 実際の生活の場面( r e a l l i f e s i t u a t i o n s )
を想定し社会的有用性( s o c i a l u t
山t y )
に着目して教える立場の二者を批判し、 「思考 の方法」として数学を教える立場を提案している。彼 の15+4=9J
を例とした説明によれば¥道具とし て教える立場に立てば1 5 + 4 J
は単に19J
であっ てそれ以外のなにものでもないが、 「思考の方法」と して教える立場に立てば、15 + 4 J
は「要素の集ま
り ( g r o u p s )
二つを単一の集まりにまとめるJ 1 5 )
こ
とになる。彼は、算数における他のすべての操作も、
15 + 4
Jの場合と同じように、「まず、ものの集ま りに対して私たちが何をしているのかについて「考え る」ことを通じて概念としてっくりだされるJ 16 )
と述 べている。そして、私たちは、記号的過程( s y mboli c p r o c e s s e s )
を「これらのものの特定の集まりについて の思考を行うことを可能にするために開発している」1
7)のであり、これらの記号的過程は 「私たちの事実」18 )
、「私たちの計算表( t a b l e s ) J 19)
、 「私たちの計算 法(comp u t a t i o n a l a l gor i sms) J 20 )
になると語る。
さ らに、算数は、「関係付けられた概念の全体性( t h e t o t a l i t y o f r e l a t e d c o n c e p t s ) J 2
1)であり、「私たちが数に ついて考える方法( t h eway we t h i n k abo u t nu m b e r ) J
22)
なのであると述べる。加えて、記号的過程は私たち の思考を記録することならびに操作することなのであ り、「思考の方法」としての数学は「数学が使用される 様々な社会的状況のかなたに、そしてはるか上に存在す る(Ji e s beyond and above t h e v a r i o u s s o c i a l s i t u a t i o n s i n which i t i s u s e d ) J 23 )
と主張している。フェアが「思考の方法」として数学を教える立場を説 明する際に採用している論法は、集合論に基づいて加法 演算を解釈したものである
。現代数学に基づく解釈が、
数学的思考の表現として提示されている。
「数学教育の再定位」の別の部分において、フェア は、「思考の方法」としての数学は多様な状況に応用可 能であり、他の領域の知識を組織することを先導する役 割を果たすことができるので、「状況や他の知識からは 独立できる構造を持っていなければならないJ
24 )
と述 べている。そして、応用と先導の両者において貢献する ために、数学は、適切に組織された概念と関係と操作の 階梯として学ばれなければならない、すなわち、「自足 した構造( s e J f ‑ c o n t a i n e ds t r u c t u r e ) J 25 )
として学ばれ なければならないと述べている。フェアが提示した「自足した構造」という数学観は、
現代数学の登場によって人口に贈哀したものである。フ ェアの、「思考の方法」として数学を教えるという立場 は、現代数学以後の数学観に支えられたものであった。
3 .
フェアの構想の変容「思考の方法」として数学を教える立場を提示したフ ェアであったが、彼の構想は、
1 955
年にCEEB
数学小委 員会の委員に就任した後の中期には、現代数学の導入に よる科目の統合を目標とするものへと変容していく。
まず、
1 955
年1 1
月25
日の講演の記録で、1956
年 l‑ 57 ‑
4
日1 1 1
紘孝月に 『学校の科学と数学』に掲載された論考「目標はす べての人のための数学J
26 )
を検討しよう。フェアはこ の中で、「数学教育の再定位」において一提案した、「思考 の方法」として数学を教える立場をあらためて提案して いるカ,27 )
、それと同時に、科目を統合し、内容を削減 し、現代数学の強力な概念と技能を導入する時間と余裕 を作ることも目標、として提示している28 )
。概念や意味 の理解を強調することと、科目を統合し現代数学を導入 することが同時に主張されている。シ カ ゴ 大 学 で 行 わ れ た ア メ リ カ 高 校 会 議
( t h e C o n f e r e n c e on t h e Amer i c a n H i g h S c h ooD
での講演を 改稿して1 958
年2
月に『
ティーチャーズ・カレッジ紀 要』に発表された 「未来の高校における数学カリキュラ ムJ29)
において、フェアは、代数と幾何の教育内容の 大幅な刷新を唱え、統合数学カリキュラムの構想を提示している。
フェアの主張は、当時の数学カリキュラムの批判 から始まる。論考中の「伝統的なプログラム(T
h e Trad i t i o n a l Program) J
という項で、フェアは、第9
学 年の数学のプログラムとして多くの場合に採用されてい る初等代数を、 「構造を欠いた体系の中の規則に基づい て記号の演算を教えているJ 3 0 )
、と批判する。証明も無 く、公理の体系も無く、未定義用語も無く、 「どうやっ てやるか( h owt o d O ) J
がばかり教えられている、と嘆 いている31 )
。どうやって方程式を解くかは教わるが、方程式が何であるか、どのような操作が許され、そして それはなぜ許されるのか、解法が示唆するものは何かを 教わることはない、と批判する
3 2 )
。第1 0
学年および第1
1学年で学ぶ中等代数についても、状況はあまり変わ らず、 「どうやって( h ow) J
対象を扱うかを何のヒント
も無く行わせている、と同様に批判する33 )
。幾何につ いても、第1 0
学年もしくは第1 1
学年において学ぶ平面 幾何は単なる暗記であると嘆いている3 4 )
。第1 2
学年の 立体幾何も、数学的構造の理解に何も貢献していないと 批判する3 5 )
。フェアは論考の中程の 「新しい視点
(NewP o i n t o f V i ew) J
という項において、代数と幾何それぞれにおける新しい数学の展開を述べている。代数については、群
( g roup )
、環( r i n g )
、体( f i e l d )
といった現代代数学 の概念を、代数の演算的側面よりも構造的側面を扱う新 しい概念として紹介している36 )
。さらに、代数学のこ のような側面が研究における思考の形式をつくり変えた と述べている37 )
。また、集合論が、どのような分野の専門書であってもその導入部分を占めており、数学の領 域に入るための「最新の統合概念
( t h e n e w e s t u n i f y i n g c o n c e p t ) J
となっていると語る38 )
。さらに、集合の概 念に修正を加えれば¥高校の数学のすべての要素に適 用することができるだろうと述べる39 )
。幾何について も、非ユークリッド幾何の登場によってユークリッド幾 何の公理的基礎が検討の対象となったこと、そして射影 幾何、アフィン幾何、ト
ポロジーなどの新しい幾何学が 登場したことが指摘されている40 )
。フェアは、「未来のカリキュラム
( T h eC u r r i c u l u m o f t h e F u t u r e ) J
という項において、第7
学年から第12
学 年までのカリキュラムのモテ、ルを提案している41
。)第
7
学年と第8
学年は、直観的で非定型的な学習に費 やされる。その後の代数の学習は、これまでのものとほ ぼ、同じ内容であるが視点が異なるものである。具体的に は、まず数システムの性質を学び、次に変数の概念、加 法と乗法、交換法則、結合法則、そして分配法則を学 ぶ。これらの法則を、 多様な代数系に対して適用し、条 件を表す方程式や不等式の意味、その解集合の概念を学 ぶ。集合論はカリキュラム全体で用いられ、経験に近い 概念として、さらにはすべての数学を統合し一般化する 概念のーっとして位置付けられている。フェアの主張の中心を占めているのは、現代数学の導 入によって科目を統合することであった。初期のフェア が提唱していた「思考の方法」として数学を教える立場 は、継承されてはいるものの、統合数学カリキュラムが 実現された結果として達成されるものとして、統合数学 カリキュラムの構想と一体となっている。
「未来の高校における数学カリキュラム」における主 張は、
1958
年 4月の『
全米中等学校校長協会紀要』に 掲載されたi20
世紀後半の高校数学J42 )
にも引き継が れている。フェアはこの論考において、2 0
世紀後半の 中等学校数学教育は、単に現代の抽象理論を導入しただ けのプログラムで、あってはならず、各分野の基本的な概 念についての現代的な視点に基づいた、現在のプログラムの改良であるべきだと語っている
4 3 )
。1 960
年代に入ると、フェアの構想は、それ以前にも 増して、科目の統合を前面に押し出したもの、現代数 学自体を教える乙とを目的としたものになっていく
。1 96 1
年に 『ティーチャ ーズ ・
カレッジ紀要』に発表さ れた「数学教育:
いくつかの新しい考え方J 4 4 )
を見て みよう。この論考の「数学における新しいアイデア」と いう項において、フェアは、微積分( c a l c u l u s )
と解析‑ 5 8
一アメリカ新数学迎illJJ における統合数学カリキュラムのIJfIJ~ :ト
LF
フェアの改革構想に着目して幾何
C a n a l y t i c g e o m e t r y )
で占められていた大学の数 学が、解析に変化が起きたことと、 トポロジーと現代代 数からの影響を受けたことによって、 コンパクトで簡潔 で統合されたものになった、と語っている4 5 ) 。その上
で、新しい概念と新しい用語は中等教育の教師たちには 拒否されているが、より統合された高校数学プログラム を導入することによって、この問題が解決され、幾何と 代数の差異は消え去ると述べている4 6 ) 。
1955
年から始まるフェアの各種委員などへの就任 は、彼の数学教育改革構想を、現代数学者E
教えること自 体を目的とする統合数学カリキュラムの開発へと押しや っていった。I
思考の方法」として数学を教える立場 は、年々後景に退いていった。学史と国際的動向の反映として語られている。一方で、
「思考の方法」 として数学を教える立場への言及は見当 たらない。
このような構想の下で、
SSMCIS
による統合数学カリ キュラムの開発は行われた。SSMC I S
の目標は、整理すれば2
点である54 ) 。
l点目 は、数学に顕著な才能を持つ生徒を対象にしたカリキュ ラムを開発することである。具体的には、認知能力にお いて同年代の上位15%
から20%
を占める中等教育段階 の生徒を対象にしていた。大学進学後は科学を専攻する と予想される彼らに対して、当時の大学初年次段階程度 の学習内容を高校在学時に学習させるカリキュラムが構 想された。2
点目は、数学における各科目の区分を取りJ
ムって統合することである。具体的には、集合、関係、
写像、関数といった現代数学の概念を用いて、群、環、
休、ベク トル空間などの基本的な構造を確立することが 目指された。
SSMCIS
の成果物である『
統合現代数学』の目次を列 挙したものが、表l
である。
4 .
統合数学カリキュラムの開発フェアの構想は、
SSMCIS
において、カリキュラムと して具体化される。彼の構想の到達点は、SSMC I S
の最 終報告書『
中等学校のための統合数学カリキュラムに向 かつて :統合数学の起源、活動、そして開発の報告』4
7)から読み取ることができる。
この報告書において、フェアは、統合数学カリキュ 表1
~統合現代数学』
全 6 課程の目次(訳語は筆者に ラムの開発の意義を、数学史と国際的動向によって担 よる)保している
。報告書の第 l
輩「数学における統合概念 第け刺虫第l
部 を導く重大な発展」では、古代エジプトおよびギリシャから
20
世紀中盤までの数学の歴史が代数と幾何に分 けて描かれている48 )
。それを受けて現代数学の発展の 歴史が描かれ、 集合や関係、写像などの概念と構造へ の着目によって数学の統合が達成されることが歴史の 帰結として位置付けられている49 )
。続く第2
章「中等 教育学校数学における重大な改革の努力」では、数学教育の歴史が
1 3
世紀や1 4
世紀にさかのぼ、って拙かれて 第l
課程第2
部 いる50 )
。そして、20
世紀において科目が分化して伝統的な数学カリキュラムが確立したこと
5 1 )
、さらにこの 伝統的なカリキュラムへの批判として、イリノイ大学 学校数学委員会C U n i v e r s i t yo f I l l i n o i s Committee o n S c h o o l Mathemat i c s )
や学校数学研究グループC S c h o o l M a t h e m a t i c s S t u d y Group
、以下SMSG)
などといった 新数学運動における代表的なカリキュラム開発プロジェ クトが登場した乙とを紹介している52 ) 。
また、OEEC' OECD
主催の一連のセミナーの報告書の概要を紹介し、統合数学カリキュラムの開発と導入が世界的な糊涜とな っていると主張している
5 3 ) 。
現代数学の導入と統合数学カリキュラムの意義は、数
第
l
章 有限な数の体系 第2
輩 集 合 と 演 算 第3
章 数 学的写像 第4
章 整 数 と加法 第一
5
掌 確率と統計 第6
章 整 数 の 乗 法 第7
章 平面上の格子点第
8
章 集 合 と関係 第9
章 平 面 の 変 換第
1 0
章 線 分、角、等長写像 第1 1
章 初等的な数論 第1 2
章 有 理 数 第1 3
章 有 理 数 の 応 用第
1 4
章 アルゴリズムとそのグラフ 第2
課程第l
部第
l
章 数 学的用語と証明 第2
章 群第
3
章 公理的アフィン幾何入門 第4
章 体Q d
p hd
第
5
章 実 数 の体系 第6
章 座 標 幾何 第2
諜程第2
部第
7
章 実 関 数 第8
章 記述統計第
9
章 平面上の変換 :等長変換 第10
章 長 さ 、 面 積 、 体 積 第1 1
章 組 合 せ補章
A
質点 第3
課程第l
部第
1
章 行 列 入 門第
2
章 線 形 方 程 式 と 行 列 第3
章 行 列 の 代 数 第4
章 グラフと幾何 第5
章 組 合 せ 第 3課程第 2部第
6
章 確 率第
7
章 多 項 式 と 有 理 関 数 第8
章 円 関 数第
9
章 非 定 型 な 空 間 幾 何 第4
課程第l
部第
l
章BAS I C
によるプログラミング 第2
章 二次方程式と複素数第
3
章 円 関 数第 4章 確 率 :条件付確率と確率変数 第
4
課程第2
部第
5
章 ベ クトルの代数 第6
章 線 形 計 画 法 第7
章 数 列 と 級 数第
8
章指数関数と対数関数 第9
章ベクトル空間と部分空間 第5
課程第1:章連続性入門 第
2
章 より詳しい連続性 第3
章 極 限第
4
章 線 形 近 似 と 導 関 数 第5
章 導 関 数 の性質第
6
章導関数の発展的な研究 第7
章線形写像と線形計画法 第8
章 確 率 :期待値とマルコフ連鎖 第9
章 積 分第
6
課程 第l
章 無限相回 紘 孝
第
2
章 円 錐曲線第
3
章 円関数一解析的性質第 4章 指 数 関 数と対数関数一解析的性質 第
5
章 積 分 の 技 術 と 応 用第
6
章確率:無限結果集合と応用 第7
章 問題解決の戦1 1 1
各と教材中等教育段階の第
7
学年での使用が想定される第1
課 程において、既に集合論と抽象代数学が登場している。 全体の内容配当については、第9
学年で代数、第10
学 年で幾何、といった、アメリカにおいて伝統的な内容配 当の方針は採用されておらず、各学年において代数・幾 何・確率などの内容が混在して盛り込まれている。一方 で、その配列は、第l
課程で登場する集合論や抽象代数 学を基礎として発展しているとは言えず、雑多な集まり となっている。科目の統合をめざしたSSMC I S
であった が、教育内容を混合することまでは到達できていたもの の、集合論や抽象代数学を基礎としてカリキュラムを再 構築するととにまで至ることはできていなかった。5 .
結論と残された課題本論の主題は、新数学運動における統合数学カリキュ ラムの開発の過程を、フェアの改革構想に着目して検討 することであった。
結論として 3点を得ることができた。1点目として、
初期のフェアが、「思考の方法」として数学を教える立 場を提唱していたこと、その際に、数学教育内容の現代 数学に基づく新しい解釈が重要な役割を果たしていたこ
とが明らかになった。
2
点目として、フェアの構想はそ の中期から変容し、科目を統合することと現代数学自体 を教えることを改革の目標とするようになっていたとと が明らかになった。3
点目として、後期のフェアが主導 したおMC I S
によって開発されたカリキュラムは、数学 に顕著な才能を持つ生徒を対象として想定し、高校卒業 時に大学初年次程度まで到達させることを目的として現 代数学自体を教えるためのものであり、初期のフェアの 構想とは大きく異なるものであったことが明らかになっ た。フェアの改革構想において、現代数学の役割は、数学 教育内容に新しい解釈を与えて「思考の方法」として数 学を教える立場に根拠を与えることから、 科目の統合を 実現して高度な内容を教えるためのカリキュラム上の余 裕をつくる乙とへと、さらには教育内容そのものへと変
‑ 60 ‑
アメリカ新数学運動における統合数学カリキュラムの開発
H . Fフェアの改革構想に着目して
容していた。この結論は、新数学運動における統合数学 カリキュラムの開発において、現代数学の持っていた数 学教育改革の可能性が十分に実現し得なかった乙とを示 唆している。
残された課題として、
2
点を挙げることができる。l
点目は、新数学運動に限るのではなく、現代数学運動と いう国際的な枠組みで、統合数学カリキュラム開発プロ ジ、ェクトの事例の収集と検討を行うことである。本論で は検討の対象をフェアおよびSSMCIS
という一事例に限 定したが、前述したとおり、統合数学カリキュラムの開 発は国際的に展開されたものである。その展開とフェア およびSSMCIS
の展開を比較することによって、新数学 運動の特徴はより明確になるであろう。2
点目は、現代数学運動において現代数学が果たした 役割として、科目の統合とは異なるものを示すことで ある。この点については、J
ピアジェ(J巴a nP i a g e t )
の発生的認識論(句I S
凶m o l o g i eg
的 自i q u e )
に影響を 受けたカリキュラム開発プロジェクトにその可能性を 見出すことができる。ピアジェは、1950
年にヨーロッ パで結成された「数学教育の研究と改善のための国際 委員会C L aC o m m i s s i o n I n t e r n a t i o n a l e p o u r ' l E t u d e e t
l
' A m e l i o r a t i o n d e l ' E n s e i gnement d e s M a t h e m a t i q u e s
、 以下CIEAEM)J
に結成当初から参加し、CIEAEM
が1955
年に出版した数学教育に関する論集『
数学の教 育1 1 5 5 )
に論考を発表していた。ピアジ、エの発生的認識 論に影響を受けたカリキュラム開発プロジ、エクトは、現 代数学に対して、統合数学カリキュラム開発プロジェク トにおける役割とは異なるものを与えていたと考えられ る。今後の課題としたい。註
1 ) Schubring
,G e r t ( 2 0 0 6 ) . Researching i n t o t h e H i s t o r y o f T e a c h i n g and L e a r n i n g M a t h e m a t i c s : t h e S t a t e o f t h e A r . t P a e d a g o g i c a H i s t o η c a
,42 ( 4 / 5 )
,6 6 5 ‑ 677
2
)この時期の数学がギリシャ以来の数学の歴史の 中 で 特 異 な 性 格 を 帯 び て い る こ と は 、 数学史研究 者のJ
グレイOeremyG r a y )
などによって指摘さ れている。G r a y , Jeremy ( 2 0 0 8 ) P l a t o
旨G h o s t :The M o d e r n i s t T i ヨ n s f o r m a t i o nof M a t h e m a t i c s . P r i n c e t o n
N ] : P r i n c e t o n U n i v e r s i t y P r e s s
3)
現代数学の導入によって科目を統合するという発想は、数学者集団ブルパキ
CBourbak
j)の思想に由 来する。ブルパキは、現代数学を用いて数学的構造Cmathematica l s t r u c t u r e )
を記号化し表現するこ とによって、組│分化された数学の諸分野の統合が可 能になると考えていた。B o u r b a k i , N i c h o l a s
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一アメリカ新数学運動における統合数学カリキュラムの|耳1 :1~