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プラトン『ヒッピアス』 (小)翻訳

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(1)

福岡大学人文論叢第三十九巻第三号 (資料)

プラトン『ヒッピアス』 (小)翻訳

水 * 﨑博明

登場人物

エウディコス父親の名前はアペーマントス、ヒッピアスと昵懇でそこから彼は或いはそのパトロン的な立場だったかとも推測さ

れる。本篇ではソクラテスとヒッピアスとの間を取り持ってゐるやうである。

ソクラテス例のソクラテス、本篇に登場する彼は、当時、四十代の初めの頃であったか。

ヒッピアスエーリス出身のソフィスト、同じくソフィストのプロタゴラスよりはかなり年下で、クラテスとほぼ同じ世代、

才にして多芸、天文学・幾何学・算数術・文法術・詩・音楽などにその知識は及び、ソフィストたることを自ら自負して、しか

も多くの師弟を集めた。(本篇の第十章、三六八Aから三六九Aにおいてソクラテスが、彼自身が自慢話しで自慢したところを聞

八一七福岡大学人文学部教授

(2)

いたのだと、彼本人にその自慢話しを繰り返し聞かせるシーンがある)

その他、傍聴者数名

状況

今しも自信満々、ヒッピアスがソクラテスをもそのうちに含む公衆の前で、演説を一席ぶったところ

エウディコスはしかしだよ、一体、何故に黙ってゐるんだ、クラテス、ッピアスがそれほどのことどもを披露してくれ

たこの時にさ。そして或いは語られた所のことの或るものはともに褒め称へるとか或いは反駁するとかしないのかね。もしも何か

が君にはうまく語られてゐるとは思はれないやうであったらだよ。それも他でもなくまた我々自身がかうして今残されてゐるとい

ふのにだ、すなはち、その我々とは取り分けて主張するはずの人間なのだよ、智慧を愛する談論に与ることだったらねえ。

ソクラテスさうして、際、エウディコス、ともかくもあるんだよ、んで僕がヒッピアスから聞いてみたいと思ってゐるこ

とがだよ、れら彼が今し方にホメーロスについて論じてをったことどもにおいてはだな。何故なら、れも君のお父さんのアペー

マントスからよく聞いてをったからだ「『イーリアス』はホメーロスにとってより見事な作品である、『オデュッセイアー』よりも、 八一八

三六三

(3)

しかうして、この分だけより見事である、ッキレウスがオデュッセウスよりもより優れてゐるその分だけ」とね。何故なら、

れらの各々は、一方はオデュッセウスに寄せて他方はしかしアッキレウスに寄せて制作されてゐるからだ。されば、その点につい

て僕としては聞き質してみたいところなのだよ、もしそれが願ふところでヒッピアスにとってあるのならね、すなはち、どんな風

に彼にとってはそれら二人の人物については思はれるものなのか、どちらをより優れてあると、彼は主張するのであるか。それも

彼が他の多くのこと、様々のことどもが彼にとって示されたところであれば、だ。他の詩人たちについてもホメーロスについても

ね。

エウディコスいや、ヒッピアスが物惜しみなどしないとは明白なことだよ、何かを彼に君が尋ねるにしても回答するのにね。

何故なら、そもそも、ヒッピアス、何かを君にソクラテスが質問するとするなら、君はきっと答へるに決まってゐるのだからねえ。

それともどんな風に君はするだらうか。

ヒッピアスれも、何故なら、は恐るべきことをしでかすことにもならうからね、エウディコス、しも一方、オリュムピ

アへ、ギリシア人たちの国民的な集まりへと、もしオリュムピアの祭りがあるその場合には、常に赴いてエーリスの家から聖地へ

と行ってこの私自身を提供する、かつは語りもしながらに、何であれ人が望むもので僕には実演へと準備がなされてゐるものであ

るものを。たは回答をしながらに、であれ人が質問するものはそれをと、ういふ風にしておきながら、るに今、ソク

ラテスの質問を僕が逃げるとすればだねえ。

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八一九

(4)

ソクラテスとまれ至福の心の状態を、君は心に受けてあるといふわけだ、もし各々のオリュムピアの祭りの毎にそのやうに魂

については智慧にかけて善き希望を抱きながら聖地へと至るのだとすればね。また僕はきっと驚くことであらう、もしも肉体をめ

ぐっての競技者の中の誰かがそのやうにも臆することなく、またその肉体に信用をおいてそこへと競技をしようと赴くとすればね。

ちゃうど君が思想において言ってゐるそのやうにであるが。

ヒッピアス至極御尤もにも、ソクラテス、の僕はさうした心持ちなのさ。何故なら、僕がオリュムピアの競技を競技し始め

てからこの方、誰一人としてこれまで、何ごとにつけてもこの僕自身より優れた者には出会はなかったのだから。

ソクラテスこれはとにかく御立派な言葉だよ、ヒッピアス、そして、エーリスなるポリスに智慧の記念碑として名声の君のそ

れがあるのだとは、た君の御両親にとってもね。は言へ、一体、を君は我々のためには語ってもくれるのであらうか。アッ

キレウスとオデュッセウスとについては。どちらがより優れてゐると、そして何に即して然りだと君は主張するだらうか。何故な

ら、一方、々が中に大勢でゐて君が実演を遣ってゐたその時には、僕は君の語ってゐるところのものから置き去りにされてゐた

のだから故なら、僕は質問するのを躊躇ってゐたからだ。大変な群衆が中にはゐたし、僕が質問して実演の邪魔になること

がないやうにとだねるに、の今は、我々はより数が少なくなってゐるし、またこのエウディコスも尋ねるやうにと勧める

からには、ってくれ給へ、た教へてくれ給へ、々にはっきりと、君は何をそれら二人の人物について語ってをったのか、

んな風に君は彼らを区別しようとしてゐたのかを。 八二〇

三六四

(5)

ヒッピアスいや、この僕こそが君に、ソクラテス、なほ一層あの時よりも明瞭に委細を語ることにしたいのだ、僕が彼らとそ

の他の人々について語るところをね。故なら、僕は主張するからだ、ホメーロスは詩作し歌ってゐる、方、最も優れた人物と

してはアッキレウスを。ロイアへと至り着いた人々の中ではね。他方、も智慧のある者としてはネストールを。他方、も曲

者としてオデュッセウスを、と。

ソクラテスおや、これはまあ何と、ヒッピアス、たして何かしら僕に君はこんなことで好意を寄せてくれるのかしらん、

のことを笑ひ者にはせぬといったやうなことで。もし僕が語られたことをやっとこさ学び何度も何度も繰り返して質問するとして

もだね。いや、僕のために努めてくれ給へよ、穏やかにそして屈託なく答へることを。

ヒッピアス何故なら、づべきことだらうからね、クラテス、もしも一方、他の人々はこれをまさにそれらのことに関して

教育してはさうしたことの故に金銭を得ることをよしとしてゐるのに、他方、自身が君によって質問されながらも共感の心を持

たず、穏やかに答へることをせぬとするならばさ。

ソクラテス実に見事な言葉だ。何故なら、この僕は一方で最も優秀な者としてアッキレウスは詩に歌はれてをるのだと君が言っ

た時には君から君が何を語ってをったかを学んだと思はれたし、そしてネストールを最も智慧のある者だと言った時もさうだった。

然るに、オデュッセウスを君が詩人は最も曲者だと詩作してゐるのだと言った時には、然るに、のことはとにかく君に向かって

は真実が語られるのだといふことなのだけれどもさ、全く僕は分からないのだよ、が何を語ってゐるのかが。それでまた僕に言っ

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八二一

(6)

てくれ給へ、もし何かここから一層僕が学ぶのであれば。アッキレウスは曲者としてはホメーロスによって詩作されてはゐないの

だね。ヒッピアスもかくも、れは最少だね、クラテス、や、最も単純にして真実な者としてなのだ、「嘆願」の下りの中でも、

彼が相互に対して彼らを語り合ふ者にしてゐる時には、ってゐるのである、彼ホメーロスにとってアッキレウスは、デュッセ

ウスに向かってだ、

神の種族のラエルテスの息子、策略に冨むオデュッセウスよ、

筋書きは躊躇ふことなく語り尽くすべし、我が果たさんとする如く、かつはまた果たさんことを我が思ふ如

何故なら、敵 かたきなり、我に彼の者、さながらハデースの門にも似て、

然り、彼、一事を秘めてその胸に隠し、他事をこれ口にする者は。

されどこの我は語らむ、またついには果たされてあらうが如く

とね。れらにおいて、は諸々の詩句をもって明らかにしてゐるのである。々の人物のその性格を。なはち、一方アッキレ

ウスは真実で単純、他方オデュッセウスは曲者にして偽りの人であると。何故なら、彼はアッキレウスをしてオデュッセウスへと、

それらの言葉を語らしめてゐるのだから。

ソクラテスはもう、ヒッピアス、恐らく、僕は学んだやうだ、君の論ずるところをね。曲者とは虚偽の者だと君は語ってゐ 八二二

三六五

(7)

るのだ、とまれ、見受けられるところでは。

ヒッピアス大いにね、クラテス。何故なら、かかる者として詩作してをるところだからね、オデュッセウスをホメーロスは

至るところ、『イーリアス』においても『オデュッセイアー』においてもさ。

ソクラテスて見れば、はれたのだ、どうやらホメーロスにとってはね、一方、人なり真実の人は。方、別人なり虚偽

の男は、否、同一人物には決してあらず、と。

ヒッピアス何故なら、どうしてさうではないなんてことがあるのかね、ありはせんのだから、ソクラテス。

ソクラテスそもそも君自身にもさう思はれるのだらうか、ヒッピアス。

ヒッピアス何にも増して然りだね。何故なら、もしさうではなかったとしたら、それは恐るべきことだらうからねえ。

ソクラテスホメーロスはこれを、それならば、我々は放免するとしようではないか。問ひ質さうとしてみるのも不可能なこと

だしね。一体、何を心に思ってそれらの詩句を彼がものしたのかとはだ。だが君は事の責任をはっきりと引き受けてをるからには、

そしてまた君には君がそれをこそまさしくホメーロスは語ってをるのだと主張してゐることがともに思はれてをるからには、答へ

てくれ給へ、ホメーロスのためと君のためとを一緒にして。

ヒッピアスそれはさうするさ。いや、質問し給へ、手短に何なりと君の望むところを。

ソクラテス偽りの人々を君は、例へば何かをすることが不可能な人々だとして語るのかね、ちょうど病気をしてゐる人々をと

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八二三

(8)

いふやうに。それとも、何かをする能力のある人々をなのであるか。

ヒッピアス能力ある人々をこそこの僕は語るね、それも大いに強く…。あれやこれ多くのことでであるが、特にまた人々を欺

くそのことでだ。

ソクラテスは先づ、どうやら、力ある人々にして策多き人々であるといふことだね、の議論に即するなら。うだらう?

ヒッピアスさうだ。

ソクラテス然るに、彼らが策多き者としてペテン師であるとは、気のよさ加減と愚かさ加減とによってなのかね、それともし

たい放題の実行力と智慮とによってこそなのかね。

ヒッピアスそりゃあしたい放題の実行力と智慮にとによってこそさ、とまれ余りものね。

ソクラテスして見れば、先づは彼らは智慮があるわけだ、どうやらね。

ヒッピアスさうさ、ゼウスに誓って、とにかく途轍もなくだ。

ソクラテス然るに、智慮ある者としてありながら彼らは知識してはゐないのかね、何を彼らがしてをるのかを。それとも彼ら

は知識してゐるのであるか。

ヒッピアスまた大いにすこぶる彼らは知識してゐるのであり、それらの故にこそ彼らは悪事を働くのだ。

ソクラテス然るに、彼らが知識してゐるそれらを知識してありつつも、彼らは無智であるのか、それとも智慧のある人々であ

るのか。ヒッピアス先づはさうさ、智慧のある人々さ、ともかくまさにそれらの点、すなはち、人を欺く点でね。 八二四

三六六

(9)

ソクラテスってくれ給へ、こは。ひ返してみようではないか、君の語るところは何であるのかを。りの人々を、君は

主張する、能力のある人々にして智慮のある人々、知識してゐる人々、智慧のある人々だ、彼らが偽りの人々たる事柄へかけては、

と。ヒッピアスとにかく、確かに僕はさう主張してゐる。

ソクラテス然るに、別人なのだね、真実の人々と偽りの人々とは。そして、彼らは互ひに最も反対であるのだ。

ヒッピアス僕はさう語るね。

ソクラテスそこがまさしく肝心なところ。先づは能力があり智慧のある人々の中の誰か或る人々だと、どうやらあるわけだ、

偽りの人々は、君の議論に即するところでは。

ヒッピアス取り分けてさうなのだ、とにもかくにも。

ソクラテス然るに、君が能力があり智慧のある人々としてまさにそれらへとかけて偽りの人々はあるのだと語る場合、どちら

を君は語るのだらうか、彼らはもしも望むなら偽りを語る能力があることをだらうか、それとも彼らが偽りを語るところのそのも

のに関しては、偽りを語り得ぬことをだらうか。

ヒッピアス能力あることをさ、とにかくこの僕ならね。

ソクラテスして見れば、要点において語られるところといふことでは、偽りの人々たるは智慧のある人々にして偽りを語るべ

く能力のある人々だといふことになる。

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八二五

(10)

ヒッピアスさうだ。

ソクラテスして見れば、偽りを語るのに無能で無智の者は、偽りの人であることを得ないのだ。

ヒッピアス事はさうした次第であるわけだ。

ソクラテスるに、にかく能力のある者として各々はあるわけだ、して見れば。すなはち、誰でもあれ、その望む何をでも

あれそのものを、その望む時にするその者はだ。僕は病気によって妨げられてゐる者を語ってゐるのでもなく、また更にそのやう

な者どもによって妨げられてゐる者を語ってゐるのでもない。否、ちゃうど君がこの僕の名前を君が望むその時に書く能力がある

やうに、そのやうに語ってゐるのだ。れとも、誰であれそのやうなあり方をしてゐる者は、これを君は呼ばないだらうか、能力

があるとは。

ヒッピアスそれは呼ぶさ。

ソクラテスでは語ってくれ給へ、僕に、ヒッピアス、君はと言へば、先づ熟達してゐるのではないかね、計算と計算術とに。

ヒッピアス万人に立ち勝ってね、ソクラテス。

ソクラテスさうだと、もしもまた誰かが君に関して七百の三倍はどれだけの数であるかと問ふたなら、もし君が望むなら、

べての人々の中で最も速く、そして取り分けて真実を、それについて君は言ふのだといふわけだ。

ヒッピアス全くさ、とまれ。 八二六

(11)

ソクラテスはたしてそれは、君が最も能力あるものにして智慧がある者としてさうしたことどもに即してあるのだとふことな

のであるか。

ヒッピアスさうだ。

ソクラテスされば、どちらなのだ、君は最高に智慧がありまた能力があるといふただそれだけなのか、それともそれらに君が

最高に能力があり智慧があるそれらに関してまた最も善き者でもあるのかね。すなはち、計算術のことどもに関してだ。

ヒッピアス最も善き者でも恐らくはあるさ、ソクラテス。

ソクラテス一方、真実なことどもを他ならぬ君は最も能力ありながらにそれらについて語るのだといふわけだね。さうだらう?

ヒッピアスさう思ってるさ、とまれこの僕は。

ソクラテス然るに、どうだね、じそれらについて諸々の虚偽をだと。た僕にちゃうど先にさうだったやうに、まれに相

応しく堂々と答へてくれ給へ、ヒッピアス。もしも誰かが君に七百の三倍はどれだけかを問ふとすると、ちらだらうか、はたし

て君の方が取り分けて偽りを言ひ、して常に同じことどもに即してそれらについては虚偽を語ることだらうか、偽りを言ひ、

して真実を答へまいと望みながらにだよ。それとも計算にかけては無智な者の方が一層虚偽を語ることが出来るだらうか。さう望

んでゐる君よりもだよ。れとも、一方、智な者は、ばしば虚偽を語ることを望んでゐながらにも、その意に反したまたまに

も、知ってはゐないことの故に真実を言ふ可能性があるが、他方君は、智慧のある者としていやしくも虚偽を語ることを望むなら、

常に同じことどもに即して虚偽を語ることにもなるのだらうか。

ヒッピアスさう、事はあるのだ、君の語るそのやうに。

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八二七

三六七

(12)

ソクラテスれば、りの人は、方、他のことどもをめぐっては偽りの人であるが、は言へ数をめぐっては然らずで、諸々

の数のことでは偽ることはないのだらうか。

ヒッピアスまたゼウスに誓って、数を巡っても然りさ。

ソクラテスしてみれば、このことも我々として立てておかうではないか、ッピアス、すなはち、算と数とをめぐって或る

偽りの人間がをるのだといふことだ。

ヒッピアス然り。

ソクラテスれば、だといふことだらうか、の者は。基本的に彼には備はってあらねばならぬのではないか、すははち、

いやしくも彼が偽りの人たらんとするのなら、先に他ならぬ君が同意してをった如く、虚偽を語ることに能力ある者たることがだ。

何故なら、偽を語ることに無能な者は、し君が憶えてゐるなら、によって語られてゐたのだったからだ。つまり、彼は決し

て偽りの人となりはしないのだ、とね。

ヒッピアスいや、憶えてゐるとも。そしてまた、そのやうに語られたのだった。

ソクラテスされば、今し方、他ならぬ君ははっきりと現れたのだった、諸々の計算について虚偽を語るのに最も能力あるもの

である、と。

ヒッピアス然り、ともかくも語られたのだったね、そのことも。 八二八

(13)

ソクラテスされば、はたして君は最も能力ある者でもあるのだね、諸々の計算について真実なことどもをば語るのに。

ヒッピアス全く。

ソクラテスされば同一人物が虚偽と真実とを諸々の計算について語るのに最も能力ある者なのだ。然るに、その者とはそれら

について善き人、すなはち、計算家である。

ヒッピアス然り。

ソクラテスされば誰が計算については偽りの人となるのかね、ヒッピアス、善き人より他の人では。故なら、同じ人がまた

能力あるのであり、然るにこの者は真実の人なのだから。

ヒッピアスさう見える。

ソクラテスされば君は見るわけだ、同じ者がそれらについて虚偽の人であり真実の人であるのを。そして真実の人は虚偽の人

に比べて何一つとして優れてゐるわけではないのだ。何故なら、同一人物が恐らくはまた最も反対のあり方をしてゐるのではない

のだから。ちゃうど君が今し方は思ってをったやうに。

ヒッピアスそうは見えないね、とにかくここでは。

ソクラテスされば考察することにしようかね、他のところでも。

ヒッピアスともかく君が望むならね。

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八二九

(14)

ソクラテスされば君は幾何学に熟達してゐるのではないか。

ヒッピアスこの僕だったらね。

ソクラテスさればどうなのだ、幾何学においても事はそのやうにありはしないか。すなはち、同一人物が諸々の図形について

虚偽を語り真実を語るべく最も能力があるのではないか。すなはち、幾何学者こそが。

ヒッピアス然り。

ソクラテスそれらをめぐっては、されば彼以外の他人が善くあるだらうか。

ヒッピアス他人は善くはない。

ソクラテスれば、くて智慧のある幾何学者こそが、れら両方に関して、ともかく最も能力があるわけだ。そして、もし

いやしくも誰か他の者が諸々の図形をめぐって偽りの人であるとしたら、この者こそがさうであらう、なはち、善き人が。何故

なら、この者こそが能力ある者なのであるが、悪しき者は虚偽を語るのには無能であった、そこでまた偽りの人となる見込みがな

かったのだ、虚偽を語るのに能力ありとは考へられぬ者は。とかう同意済みであったやうにね。

ヒッピアスさういふことだ。

ソクラテスそれではなほ第三者の者を考察することにしようか。天文学者だ。加へてその技術について、他ならぬ君はなほ一

層知識者であると思ってゐるわけだ、これまでの諸々よりもね、さうだらう、ヒッピアス。

ヒッピアス然り。 八三〇

三六八

(15)

ソクラテスされば天文学においても同じさうしたことがあるのだね。

ヒッピアスともかくさういふことだ、ソクラテス。

ソクラテスして見れば、天文学においてもまたもしいやしくも誰か他の者が偽りの人であるのならば、善き天文学者こそがきっ

と偽りの人であるだらう、虚偽を語るべく能力のある者こそが。何故なら、とにかく無能な者はさうではないのだから。何故なら、

彼は無智なのだから。

ヒッピアスそのやうに見えるね。

ソクラテスして見れば、同一人物が天文学においてもきっと真実の人にして偽りの人であるであらう。

ヒッピアスさうらしい。

ソクラテスあ、進んで欲しい、ヒッピアス、お構ひなしに次のやうにすべての知識について考察するやうにと。すなはち、

もしも何処かかくの如くといったのとは違った仕方で事がそのあり方をあってあり得るものなのかどうかと、だよ。然るに、

とある仕方でもって、最も多数の技術に関して、万人の中で、君は最も智慧があるわけだ、この僕がいつか君が自慢話をしてゐた

ところで直接耳にしたところからしてね。なはち、その際、君は沢山の羨むべき智慧を、自身で、アゴラの両替屋の店先で、

一つ一つ数へあげてをったのだ。君は言ってをった。かつて君はオリュムピアへと赴いたが、その際、その身の回りに君が着けて

ゐたすべてを君自身の作品として携へてだった、と。先づ第一には指輪だが何故なら、ここから君は始めてをったのだから

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八三一

(16)

君の携えてをったのは君自身の作品だと。君はいろいろと指輪を彫る心得があるが如くにね。そして他の刻印が君の作品であり、

掻き落し器や香油瓶も、の作り上げたものだった。いで君の履いてをったサンダルだが、それには君は自ら皮を切り込んだの

だと言ってをったし、上着も短い下着も織ったのだ、そしてともかくすべての人にとってこれこそは最も尋常ならぬこと、

慧の最大の証しだと思はれたのは、君が短い下着の帯でその身に着けてゐるのを言った時だった。先づペルシアの帯がさうである

やうに、とても高価なものなのだが、それを君自身が織ったのだ、ね。それらに加へて諸々の詩の作品を携へて行ったといふこ

とだし、また諸々の叙事詩・悲劇・ディテュランボスを、そして散文で多くの、そして多彩に組み立てられた議論をさうしたのだ

とも。また今し方この僕が語ってをった諸々の技術についても、余人とは全く隔たった仕方で知れる身で赴いたといふことだし、

諸々の韻律や諧調や文字の正しさについても然り、そして、なほそれらに加へた他の実に多くのことどももさうだといふことだっ

た。この僕が記憶してゐると見えるところでね。とは言へ、にかくその記憶のこと、のその腕前とするものを、僕は失念して

ゐたよ。そこでこそ、ならぬ君は最高に輝かしくあるのだと思ってゐるのだが。だが、ふに、は他の非常に沢山のことども

を、すっかり失念してしまってゐることだらう。いや、さにこのことこそがこの僕の語るところだが、君自身の諸々の技術へと

眼差しを遣った上で然るに、それらでも十分なものなのだけれどもそしてまた他の人々のそれらにもさうした上で、言っ

てくれ給へ、僕に、しや何処かで君が見出すとするならばだよ、の僕と君とに同意済みのことどもからしてであるが。そこで

は一方は真実の人、他方は偽りの人といふ風に別々で同じではないところがあるかどうかを。君の望むどんな智慧においてであれ、

或いはやりたい放題の実行力であれ、或いは何と名づけたならば君がよしとするのであれ、その中で考察してくれ給へ。いやしか

し、君は見出すことはあるまいよ、友よ何故なら、ういふ場所はありはしないのだからるんだったら、が言ひ給へ 八三二

三六九

(17)

といふことだから。

十一

ヒッピアスいや、それは出来ないよ、ソクラテス、とにかく今そんな風にとはね。

ソクラテスまれ、れから先に出来るってこともないだらうよ、この僕の思ふところでは。然るに、もしこの僕が真実を語っ

てゐるのであれば、君は思ひ起こしてくれよ、我々にとって議論から結果するところを、ヒッピアス。

ヒッピアス全く何かを僕が心に思ひ浮かべることはないねえ、ソクラテス、君が語ってゐることでは。

ソクラテス何故なら、この今に恐らくは君が記憶の術策なるものを用ゐてはゐないからだ。何故なら、明らかに君はその必要

はないのだと思ってゐるからだよ。いや、この僕が君に思ひ出させるさ。は知ってゐるよねえ、一方アッキレウスは真実の人で

ありオデュッセウスは偽りの人にして策略多き人だと言ってをったといふことを。

ヒッピアス知ってゐるさ。

ソクラテスされば、君は気づくわけだ、同一人物が偽りの人にして真実の人だとひっくり返って現れて、そこでまたもし偽り

の人でオデュッセウスがあったなら彼はまた真実の人ともなり、そしてもし真実の人でアッキレウスがあったならまた偽りの人と

なって、そして互ひから隔てのある者たちでもそれらの人物たちはなく、更には反対でもない、否、似た者たちなのだ、と。

ヒッピアスソクラテス、いつも君ったら何かしらそのやうな議論を編み出すのだね。そして何であれ議論の中で最も取り扱ひ

にくいものを取り上げてはそいつに君は絡みつくのだ。僅かばかりのものに沿って触れて行きながらにね。そして全体としての事

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八三三

(18)

柄でもってしては争ふことをしないのだ。何であれそれについて議論があるそれについてはだよ。もまた、し君が望むなら多

くの証拠の上に立って僕は君に立証するだらうからさ、十分な議論でもってホメーロスはアッキレウスをオデュッセウスよりもよ

り優れて偽りなき者として詩作し、他方を欺瞞の人にして多くの虚偽を語るアッキレウスよりもより劣ったとしてゐることをね。

だが、し君が望むなら、他でもない、が今度は反対に議論に対して議論を並べて見給へよ、他方こそがより優れてゐるのだと

いふやうに。さうしてこそ一層、この人たちは知ることだらうよ、どちらがより勝ってゐることを語ってゐるのかを。

十二

ソクラテスヒッピアス、この僕はだよ、抗ったりはしてないのだよ、君が僕よりもより智慧があるなんてことはないのだとか

とは。いや、はいつも誰かが何か一廉のことを語る場合には注意することにしてゐるのだ。中んづく僕には賢者だとその語って

ゐる人が思はれるといった場合はね。してまた、が語るところを学ばうと願って最後まで質問し続けては重ねて考察し、

れたことどもを比較してみるのだ。ばんがためにね。しかし取るに足らぬと僕にその語ってゐる人が思はれる場合には、僕は繰

り返し問ふこともしないし、僕にはどうってことはないのだ、彼の語ってゐることなどは。また君もきっと知ることになるだらう

ね、このことでもって誰をまあこの僕が賢者だと考へてゐるのかをさ。故なら、君は見出すことだらうからね、この僕がその人

によって語られたことどもをめぐりねちっこく彼から聞き質して行くのをさ。学んで何か裨益されんがためにだ。

今もまた、僕は心の中で思ったところなのだ、君が語ってゐる際にね。君が今し方語ってをった詩句の中にはそれらはアッ

キレウスをオデュッセウスへと欺瞞者へとといふつもりで語ってゐるのだと示しながらであったがならぬ君が真実を語って 八三四

(19)

ゐるのであれば僕には奇妙に思はれるのだ、とね。つまり、それは、一方オデュッセウスは何処でも虚偽を語ったとは見えはせず

策多き彼がさ方アッキレウスは、何か策多き者に君の議論に沿って現れることなのだ。にかく彼は虚偽を語ってゐる

のだよ。何故なら、それらの詩句を宣言したその上で、すなはち、まさにそれらを他ならぬ君もまた今し方口にしたのだったが

何故なら、敵なり、我に彼の者は、さながらにハデースの門にも似て

然り、彼、一事を秘めてその胸に隠し、他事をば口にする者は

その上で、その少し後では語ってゐるからだ、オデュッセウスによってもアガメムノーンによっても説きつけられず、くのとこ

ろトロイアにとどまりはしない、否

明日は犠牲をゼウスとなべての神々に捧げて、と彼は言ふ、

船々をよく積荷し海へと引き出しては

汝れは見るべし、もし汝れにして意あり、かつ汝れに事が気になるなら

朝まだきに魚に満つヘーレスポントスを航行するを、

我が船団の、内ではだが兵士らの船を漕げるを、狂へる様に

しかうして、もし恙無き航海はこれを名にし負ふ大地を揺するポセイドーンの与へれば

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八三五 三七〇

(20)

三日目に地の肥えるブティエーに我は至らむ

と言ひ、だがなほそれらよりも先に、アガメムノーンに向かって悪態をつきながらに言ったのだ

だが今は、我は行く、プティエーへ。大いに勝りてあれば、

我の家路につかんことこそは、舳先の曲がれる船々とともに。更に思はじ、

この地にて名誉を奪はれしままに汝れが富と財とを引き出すを

かうしたことを言った上で時には全軍の面前で、時には彼自らの友らに向かひだが彼は何処にも見えぬのだ、その準備を

したとも、船団を家路へと船出せんとのつもりで海に引き下ろさうと企てたとも。や、実に雄々しくも真実を語ることをないが

しろにしてゐるのだ。この僕は、れば、ッピアス、めからして君に対し尋ねてをったといふことなのだ、これらの男たちの

どちらがより優れた者として詩人には詩作されてゐるかに途惑ってね。また両者が最高に優れてどちらが虚偽についても真実につ

いてもその他の徳についてもより優れてゐるかは区別し難いことだと考へながらにね。何故なら、両者がまたその線ではどっこい

どっこいなのだから。 八三六

(21)

十三

ヒッピアス何故なら、れは君が立派な仕方で考察してはゐないからさ、クラテス。故なら、方それらをアッキレウス

が虚偽として語るところのものは彼はこれらを明らかに企みに立って虚偽として語ってをるのではないのであり、否、不本意にも

といふことであって、それは彼が陣営の災ひの故に逗留して救ふことを強ひられてのことなのだ。方、オデュッセウスがさうし

てゐるものは、意図してでありかつまた企みに立ってのことなのだから。

ソクラテス騙したな、僕を、世にも親愛なヒッピアス、そして君自らがオデュッセウスを真似してゐるのだ。

ヒッピアスそんなことはあるものか、ソクラテス。一体、君は何を語り、また何に向かってなのだ。

ソクラテスそれは君が企みの上ではなくてアッキレウスは虚偽を語ってゐるのだと主張してゐるといふことだよ。彼ならばか

くも魔術師にしてペテン師で欺瞞者に加へてあったのであり、それはホメーロスの詩作してをるところだが、こでまた、デュッ

セウスに対してさへもこの分だけ余計に彼は智慮が働くと見えるのだよ、欺瞞を働いてゐながらにもやすやすと彼には気づかれな

いその分でさ。だからしてまた彼の面前で自らが自らとは反対のことどもを敢へて語って、そしてオデュッセウスその人に気づか

れずに済んだのだ。とにかく、何一つとして彼は見えないのだよ、彼アッキレウスに向かって話した上で彼その人が欺瞞を働いて

ゐるのに気づいてゐるといふ風にはオデュッセウスは。

ヒッピアス一体、どのやうなこととしてさうしたことを君は語ってゐるんだ、ソクラテス。

ソクラテス君は知らないのかね、オデュッセウスに向かっては夜明けとともに船出することを言ったのよりも後に語りながら、

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八三七 三七一

(22)

アイアースに向かっては今度は彼は言ふのだ、船出はしないのだと。そして、いや、別のことどもを語ってゐるのだ。

ヒッピアス何処でだったか。

ソクラテス彼がかう語る下りさ。

何故なら、未だ血に満ちた戦ひを私は心に留めはせぬであらう

戦を好むプリアモスの息子、神の如きヘクトールが、とまれ

ミュルミドーンの族の陣屋と軍船へと至り着く

アルゴス勢を殺しつつ、そして火をもって軍船を焼き尽くす、それまでは。

だがしかし、彼、我が陣屋と黒い軍船の辺りでは

然りヘクトール、如何にまた心逸ってあれど、我は思ふ、戦闘からその身を控へるを

されば、君は、ヒッピアス、そのやうにまで忘れっぽくあるのだとテティスの息子で最高の智者ケイローンによって教育を受けて

ゐるものがあるのだと思ふのだらうか。なはち、そこでまた、少し以前には欺瞞者どもを極度の非難の言葉で非難しながらに、

彼その人が直ちに一方オデュッセウスに向かっては船出するのだと言ひ他方アイアースに向かっては留まるのだと言ふ、しかしな

がら彼は企んでもゐずまたオデュッセウスは旧式の人間だと考へ、彼よりもまさにその術策を用ゐて虚偽を語る点で抜きん出てゐ

るとは考へてしまふのだといっただよ。 八三八

(23)

十四

ヒッピアスいや、さればそこはこの僕にはさうは思はれないね、クラテス。や、まさにそれらのことどもも人柄の善さに

よって説得されてアイアースに向かっては別のことを彼は言ったのだよ、オデュッセウスに向かってのとはね。るに、オデュッ

セウスはそれらを真実として語るものも常に企んだ上でこそ語るのであるが、彼が虚偽を語る限りのことどもも同様にさうなのだ。

ソクラテスして見れば、より優れてあるのだね、どうやら、オデュッセウスはアッキレウスよりも。

ヒッピアスとにかく、そこはちっともさうではないよ、恐らくは、ソクラテス。

ソクラテスだが、どうなんだ。し方も現れたんではなかったかな、意図して虚偽を語る人々こそが、不本意でさうするより

人々よりも優れてゐるのだと。

ヒッピアスまた如何にして、ソクラテス、意図して不正をはたらく人々や意図して企んだ上で悪事をしでかした人々がより優

れてゐるなんてことがあるのだらうか、不本意ながらさうする人々よりもだよ。この人たちに対しては多くの同情があるとも思は

れるのだよ、もしも知らずして誰かが不正をなし或いは虚偽を語り或いは他の何らかの悪をなしたのだとすればだね。諸々の法律

もまた、恐らくは、大いにより一層厳しくあるのだ、意図して諸々の悪事をしでかす人々や虚偽を語る人々に対しては不本意でさ

うする人々よりもねえ。

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八三九

三七二

(24)

十五

ソクラテス君は、ヒッピアス、かるね、この僕が真実を語ってゐるのだとは。語るに僕はねばっこくて智慧ある人々の質問

に向かってはあるんだとしてゐるけれど。そして、僕は恐らく一つただそのことだけを善きこととして持ってゐるのであって、

の際、他のことどもは実につまらぬものとして持ってゐるわけさ。故なら、諸々の事柄からはそれらがどんな仕方であるものや

ら打ち倒されてしまってをり、そして僕は知らないからだ、それらがどんな仕方であるものやら。然るに、のことの証拠は僕に

は十分で、僕が君たち智慧においては誉れも高い人たちの中の誰かやギリシア人たちがこぞって彼らにその智慧の証人であるとこ

ろの人々と一緒になるやうな場合には、僕と来たら断然、一つ知ってはゐないことがはっきりするのだ。何故なら、何一つも僕

にとってと君たちにとってと同じものどもに属すると思はれないのだからね、ってみれば。さうしてだ、どんなより大きい無智

の証拠があるだらうか、が智慧ある人たちとは隔たる場合よりもだ。るに、つそれを僕は驚くべき善きものとして持ってをっ

てね、れこそが僕を救ってくれるのだよ。何故なら、は学んで行きながらに恥ぢることはしないのであり、いや、き質し尋

ね多大の感謝の念をそこで答へてくれるその人には持ってゐるのであって、誰一人をもこれまで感謝の念から僕は奪ふことはしな

かったのだ。何故なら、はいつか拒否することはなかったからだ、何か学んだ上でだよ、この僕自身のまるで発見になるもので

あるかのやうな振りをその学んだものについてしながらに。や、僕は称賛するのだ、に教へてくれた人を智慧のある人だと考

へて。ちゃんと僕が彼から学んだことはこれをはっきりと言ひ表しながらにね。

さうしてこの今もまた、ならぬ君が語ることどもを僕は君に同意しないのだよ、いや、場を異にするんだよ、実に強くね。 八四〇

(25)

そしてそのこともよく僕は知ってゐるのだよ、この僕の故に生じてゐるのだとはね、つまり僕と来たらちゃうどそのやうなそんな

風なのであって、ここでは僕はどんな点でもこの僕をより大きくなど言ってはゐないのだ。何故なら、の僕には見えるのだから

ね、ヒッピアス、すべては君の語るところとは反対なのだと。すなはち、人々に対して加害したり不正を働いたり虚偽を語ったり

欺いたり過ちを犯したりを意図しながらする者たちで、いや全く不本意でさうしてゐるのでは決してないのだといった者たちは、

不本意ながらさうする者たちよりもより優れてゐるのだと。さは然りながら、時にはそれらの反対もまた僕には思はれてそれらを

めぐっては僕はふらふらしてゐるのであり、それは明らかに、僕が知ってなどゐないそれ故のことなのだ。然るに、今この現在、

僕にまるで発作のやうに経廻って遣って来て、僕には思はれるのだ、意図して或ることについて過つ者らこそは不本意でさうする

者らよりもより優れてゐるのだとね。だが僕は責めを思ふのだ、この今に現在する心の情態については先ほどからの諸々の論議こ

そが責めを負ふべきものだと。そこでまた今この現在においては不本意ながらでそれらの各々をなして行く者らは意図してなす者

らよりもより劣った者らなのだ、と。

されば、君、君こそは好意を寄せてくれて物惜しみしないで貰ひたい、僕の魂を癒すのにはね。何故なら、んと大きな善をこ

の僕を相手に君はきっと成就するのだからねえ、無智から魂を止ませてくれてだよ、病気から身体をといふよりもずんと。されば

長い議論を一方もし君が語ることを欲してゐるのなら、は予め言っておくよ、君は僕を癒すことはないだらうと故なら、

僕はついて行けまいからね他方、ちゃうど今し方の如くもし僕に答へてくれる気になってくれるとすれば、実に君は裨益して

くれることだらうし、思ふに君自身を害することもきっとないことだらうよ。然るに、正当にも僕は君をも助けに呼びたいものだ、

アペーマントスの御子息。何故なら、君こそがヒッピアスと問答するやう唆したのだからね。今もまたもし僕にはヒッピアスが答

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八四一

三七三

(26)

へる気にならぬやうであったなら、この僕のために頼んで貰ひたい。

エウディコスいやしかし、ソクラテス、僕の思ふに何一つヒッピアスは我々の頼みを頼まれることはないだらうよ。何故なら、

そんな類のものとして彼にとっては前もって言はれたことはあるわけではなく、いや、それは誰一人からもその質問を彼は逃げる

ことはあるまいといふことなのだから。さうだらう、ヒッピアス。さうしたことが君の語ってをったことだったのではないか。

ヒッピアスの僕なら、にかくね。や、ソクラテスは、ウディコス、いつも議論においては面倒ばかりを引き起こし、

そっくりなんだ、さながら不正行為をやる奴にね。

ソクラテス世にも優れたヒッピアス、とにかく何も意図しながらさうしたことをこの僕は遣ってゐるのではないよ何故な

ら、僕は智慧のある恐るべきものであったことだらうからね、君の議論に従っていや、本意ながらさ、こでまた、に共

感を君は持ってくれよ。故なら、君が更には主張してゐるのだからね、にもせよ不本意ながらに不正を働く者には共感を持た

ねばならぬ、とだ。

エウディコスしてとにかく決してだよ、ヒッピアス、他の仕方ではしてくれるな。や、我々のためにもまた君にとって語

られた議論のためにも答へてくれ給へ、何であれソクラテスが君に対して尋ねることは。

ヒッピアスいや、きっと僕は答へることだらうさ、とにかく君が頼んでゐるのだから。いや尋ね給へ、君の望むところを。 八四二

(27)

十六

ソクラテスそして実際、とにかく是非とも欲するのだよ、ッピアス、底して考察してみることをだよ、その今に語られて

ゐること、なはち、どちらの人々が、一体、り優れてゐる人たちであるのか、図しながら過ちを犯してゐる人々なのか、

れとも不本意でさうしてゐる人たちなのか。されば、思ふに、その考察へと最も正しくはこの仕方で進むこととなるだらうか。

や、答へてくれ給へ。君は或る人を善き走者だと呼ぶよね。

ヒッピアスこの僕はともかくも。

ソクラテスそして悪しき走者だとも。

ヒッピアスうん。

ソクラテスされば「善き」とは一方、善く走る者であり、他方、「悪しき」とは悪しく走る者である。

ヒッピアスうん。

ソクラテスさればのろのろと走る者は悪しく走ってゐるのであり、素早く走る者は善く走ってゐるんではないか。

ヒッピアスうん。

ソクラテス競争や走ることにおいては先づして見れば、早さとは善きものであり、遅さとは悪しきものなのだ。

ヒッピアスいや、何がそれで問題となって来るのだね。決まってるではないか。

ソクラテスさればどちらがより優れた走者であらうか、意図してのろのろと走る者なのか、それとも不本意にもさう走る者で

プラトン『ヒッピアス』(小)翻訳(水﨑)八四三

(28)

あるのか。

ヒッピアスそれは意図してさう走る者の方さ。

ソクラテスさればはたして何か或ることをすることとして、その走ることとはあるんではないのか。

ヒッピアス先づは確かに「すること」である。

ソクラテス然るに、「すること」であるなら何かを「成就すること」でもあるのではないか。

ヒッピアスうん。

ソクラテスして見れば、悪しく走る者は悪しく醜いものとして競争においてそのことを成就してをるわけだ。

ヒッピアス悪しきものとしてだね、どうしてさうでないなんてことがあるかね。

ソクラテス然るに、悪しく走るのだね、のろのろと走る者は。

ヒッピアスうん。

ソクラテスされば善き走者は、一方、意図しながら悪しきそのことや醜いそのことを成就するのであるが、方、悪しき走者

は不本意でさうしてゐるのである。

ヒッピアスとまれさうらしい。

ソクラテス一方、競争においては、して見れば、り拙劣であるのだ、不本意ながら悪しきことどもを成就する者の方が意図

してさうする者よりも。

ヒッピアスとまれ、競争においてはね。 八四四

三七四

参照

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