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絵本を読むという行為の記述の試み

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Academic year: 2021

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絵本を読むという行為の記述の試み

―『おおきなかぶ』と『サルビルサ』を例として―

髙原 佳江

はじめに

文化施設や、子ども図書館、子どもの本専門店にいると、大人が子どもに絵本を読 んだり、子ども同士が絵本を読み合ったりする様子がしばしば見られる。絵本は人と 人が共有する形で享受されることが多いということがうかがえる。

絵本を対象とする研究は多数あり、絵本とその読み手との関係を取り上げた研究も 行われている。村中李衣は、小児病棟などにおいて、入院児などのために、絵本の

「読みあい」を行ってきた。西隆太朗との共同研究「長期入院児のための絵本の読み あい―支援プログラムの実際とこれから」1では、絵本の「読みあい」による新し い支援プログラムを構築し、研究・実践を進める。村中が用いてきた「読みあい」と は、絵本を通しての双方向的な関わりを重視する姿勢を示す言葉である。主に 1 人の 入院児との関わりの中で絵本の「読みあい」を行い、事例の分析を通して支援のあり 方や実践方法について検討するとともに、家族や支援者との関係について考察する。

入院児への支援において、絵本を仲立ちとしたイメージ、物語、体験を通したコミュ ニケーションと人間関係を深め、これを理解していこうとする村中が重視しているの は、読み手の子どもである。

村中のように子どもの反応を切り口にしつつも、なぜそのような反応が生まれるか を、絵本の表現に立ち返り、絵本に深く迫るのが、鈴木穂波の「絵本における“生”

の表現―読み手との関係性を中心に―」2である。鈴木は、まず、絵本作品を取 り上げ、それぞれに分析しつつ、読み手が作品をどのように受け止めていくかを明ら かにする。このとき、読み手は複数の読み合いの中で作品を享受し、ともに作品に深 く共鳴することに注目する。さらに、絵本作家を取り上げ、それぞれが持つ「“生”

の表現」、すなわち深く共鳴させる表現を解説し、読み手と受け手、あるいは読み手 と作り手がどのように双方向のコミュニケーションを持ち得るかを明らかにする。絵 本の「読みあい」を通した村中の研究・実践と、絵本の作品分析と読み手との関係性 に立脚した鈴木の研究は、重要なものである。

これらの先行研究に対して、筆者が注目したいのは、日常的に人と人がいて絵本を

論  文

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読むときに伴うであろう複数の要素、およびそれらの溶け合いによって実現するであ ろう絵本を読むという行為である。人と人が絵本を読むという行為は、言葉のみで、

あるいは絵のみで表現されているということはないはずだ。言葉や絵を中心に据えて いたとしても、人の一般的なコミュニケーションが行われるときに現れるような諸要 素を同時に含んでいるのではないだろうか。すなわち、絵本を読むという行為は、音 声や声、動き、性格、相手との距離、時間などの複雑な要素が同時に働くことによっ て実現していると考えられる。

本稿では、背景要素を意識して、実際に起こっている絵本を読むという行為をでき るだけそのものに近い形で記述し、記述したものを考察することによって絵本が内包 する力の一端を明らかにしたいと考える。以下、まず、研究方法を説明することから はじめる。

1 .研究方法

(1) 研究方法と対象

筆者は、絵本が実際に読まれている現場にいて、そこで起こっている出来事をとら えることに価値があると考え、2010(平成22)年 5 月からフィールドワーク3を行っ てきた。具体的には、できるだけその場を壊さないようにするため、児童学者の本田 和子が表現するところの「観る」4を参考にして、保育学における観察に近い立ち位 置をとっている。あらかじめ開催時間を決め、空間を演出し、絵本を用意して子ども に読み聞かせる催しも観るが、日常の中で行われる絵本を読むという行為(以下、絵 本読み)を重点的に観てきた。観察終了後、自身の目で見て、耳で聞いて、肌で感じ た体験と記憶を整理し書き記しながら、考察するという手順を踏んでいる。

主としてフィールドワークを実施しているのは、「三鷹市星と森と絵本の家」(以 下、「絵本の家」)である5。「絵本の家」は、大学共同利用機関法人自然科学研究機 構国立天文台(以下、天文台)の協力のもとに、東京都三鷹市が設置、運営する文化 施設である。「絵本の家」は、天文台の森の中にある1915(大正 4 )年に建てられた 日本家屋を保存活用し、隣にある庭も使って、絵本の展示や絵本を楽しむ場の提供 と、自然や科学への関心に繋がる活動を行っている。絵本との出会いやさまざまな体 験を通して、子どもの知的好奇心や感受性を育み、人々が宇宙や自然、芸術文化に親 しむ場となり、子どもが豊かに成長する地域文化の創造に寄与することを目的として いる。子どもがいつでも安心していられる場所となることが強調され、人と人が繋が

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り、子どもが生き生きと豊かに成長していくようにという共通の願いのもとに、子ど もが自分の感覚や発見に導かれて周囲の人々と触れ合いながら過ごすことが大切にさ れている6。主に「絵本の家」でフィールドワークを実施している理由は、2009(平 成21)年 7 月 7 日に開館して以来、基本方針が明確であり、2016(平成28)年 9 月10 日に25万人目の来場者を迎えるなどうまく機能し続けているといえるためである。

本稿では、これまで「絵本の家」で集めた事例の中から、本研究の目的に沿った事 例を 2 つ取り上げる。これら 2 つの事例を記述した後、記述したものを手掛かりに絵 本読みについて考察する。

(2) 記述方法

本稿では、絵本読みの記述が重要な役割を担っている。現場での出来事をできるだ けそのものに近い形で記述するため、文化人類学者である西江雅之の「口承伝承の記 述」7を参考にする。本稿では、絵本読みは、11の種類の異なった要素が複合するこ とによって成り立っているものとする。

① 言葉 (a. 言語的側面、b. 非言語的側面、c. 前後関係)

② 絵 

③ 伴奏的付加物

④ 身体の動き

⑤ 身体の特徴

⑥ 空間と時間 (a. 空間、b. 時間)

⑦ 環境

⑧ 社会的背景

⑨ 生理的反応

⑩ 予期せぬ効果

⑪ 間違い

このうち「② 絵」は、西江が提案した要素にはなく、新しく追加したものである。

絵の要素については、児童文学研究者である藤本朝巳の『絵本はいかに描かれるか

―表現の秘密―』8、とりわけ絵本の「内の構成」を参考にする。また、絵本読 みを記述するために、各要素を部分的に構成し直した。それぞれの要素について簡単 に説明を加える。

① 言葉

言葉は、言語的側面、非言語的側面、前後関係から成る。

a. 言語的側面…絵本作品の中に見出せる部品としての語、句、文である。文体、字

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体、文字着色、表記も含む。

b. 非言語的側面…絵本作品の中の言語に付随して現れる読み手の個人的な声、年齢 や性別としての声、声の大小、強弱、高低、速さのあり方などである。

c. 前後関係…読み手と受け手がその絵本作品を読んだことがあるかどうか、読んだ ことがあるならどの程度知っているかということである。

② 絵

 絵の構図、色の使い方、明暗、陰影、点、線など、絵本作品の内部の絵の描かれ方 である。このほか、カバーや表紙の絵、綴じ、判型なども重要な意味を持つので、必 要に応じて言及する。

③ 伴奏的付加物

 絵本読みにおいて伴奏となるものは、受け手を中心とする、周囲の人々の斉唱、合 唱、叫び、手拍子などである。

④ 身体の動き

 絵本作品に付随して現れる身体の動きである。これらの動きは、読み手、受け手、

あるいは両者に生じる場合がある。また、読み手と受け手の基本姿勢が座位か立位か も考慮する。絵本読みに伴うページめくりにも言及する。

⑤ 身体の特徴

 受け手の前で明確にさせている、読み手の外観的特徴と内面的特徴である。第 1 に、読み手の年齢や性別が見せているものである。第 2 に、顔の形や体形が見せてい るものである。また、行う絵本読みに込められる読み手の性質を指す。該当する場合 は、身体付加物にも言及する。

⑥ 空間と時間 

a. 空間…絵本が読まれるときに必要な空間で、地理的、環境的性質に規制されてい るものである。選択される場合とそうでない場合がある。また、読み手と受け手 の人物配置、すなわち読み手と受け手の距離、受け手同士の距離、それぞれが 保っている方角という点からも注目する。

b. 時間…絵本読みの時間には、開催時間と所要実時間、すなわちいつ頃に行われた かと、どの程度の時間をかけて行われたかという 2 種類がある。

⑦ 環境

 環境は、与えられた環境と、演出される環境とに大別される。日常の中で行われる 絵本読みは、明確な演出を伴って特別に用意された環境で行われることは少なく、一 定の空間さえ得られればそれで足りるという考えのもとに行われることが多いと推測 される。

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⑧ 社会的背景 

 読み手と受け手の人間関係の背景で、親子の関係、祖父母・孫の関係、兄弟姉妹の 関係などに見られるものである。あるいは、面識があるかどうかを考慮する。

⑨ 生理的反応

 読み手が実際に絵本を読んでいるときに見せる個人的な感情表現が、その中心的な ものである。絵本作品の内容と直接関係を持つものではなくても、読み手の苛立ち、

退屈、悦びなどの表現となってそこに現れるものである。このような感情は顔の表情 のみではなく、動作でも表現されることがある。絵本読みにおけるこのようなものの 効果は、主に絵本読みの中断や一層の熱演ということになって現れる。また、読み手 が受け手の表情や動作の変化を自分の絵本読みの効果として利用する場合がある。

⑩ 予期せぬ効果

 小動物や虫が入り込む、雨が降る、振り子時計が鳴る、通り掛かった人が読み手に 声を掛けるなどが考えられる。

⑪ 間違い

 主として読み手の思わぬ読み間違いである。読み手が途中でわからなくなって止 まってしまうということも考えられる。どのように間違うかで、その絵本読みに強い 印象を残すことがある。

絵本読みの例を、言葉、絵、伴奏的付加物、身体の動き、身体の特徴、空間と時 間、環境、社会的背景、生理的反応、予期せぬ効果、間違いという11の要素が複合す ることによって実現するものとして記述する。現場での出来事の置き換えとして記述 されたものは、絵本読みという行為が持つ意味を知る上で有効な手掛かりを与えてく れると考えられる。

次に、「 2 .事例の記述」において、 2 つの絵本読みの事例の概要を報告し、11の 要素別に記述する。

2 .事例の記述

(1) 事例 1  『おおきなかぶ』を読む(2012年11月17日12時30分頃)

2 歳の女の子・Aちゃんが、母親と祖母と一緒に読書室に入ってくる。母親は本棚 に並ぶ絵本を見る。Aちゃんはカーペットの上に立って周囲を見回し、祖母はAちゃ んのそばに正座する。

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母親が、Aちゃんに「おねえさん、これ読んでくださいな」といって、絵本『おお きなかぶ』の表紙を見せる。母親がAちゃんの正面に座り、Aちゃんの目の高さで第 1 場面を開いて、最初の文章を読むと、Aちゃんは立ったままでその続きを歌うよう に楽しそうに声に出す。母親は絵本を支え、ページをめくり、祖母は手拍子をとりな がら聞く。かぶを引っ張る場面では、Aちゃんは「うんとこちょ どっこいちょ」と いいながら、かぶを引っ張る。Aちゃんと一緒に、母親は「うんとこしょ どっこい しょ」といい、祖母は「うんとこしょ どっこいしょ」といいながら正座したままで かぶを引っ張る。Aちゃんは、繰り返し出てくる「ひっぱって」や接続詞を力を入れ て口にする。登場人物が増えてくると、登場の順番がわからなくなって止まってしま うが、母親が「ねこが いぬを ひっぱって、」というように文頭を読むと、その先 を続ける。物語が進むにつれて、Aちゃんの声は大きくなっていく。

和室にいた 3 人の女子大学生が「『おおきなかぶ』が聞こえる!」といって、読書 室に入ってくる。Aちゃんの歌と動きを目の前で見聞きして、「かわいい」と口々に いう。Aちゃんが満悦の表情で読み終えると、母親が「おねえさん、もう 1 回読んで くださいな」という。母親、祖母、女子大学生に囲まれて、Aちゃんは笑顔で、 1 回 目よりも張り切って声を出し、かぶを引っ張る。女子大学生は立ったままで聞き、A ちゃんと一緒に「うんとこしょ どっこいしょ」といいながら、かぶを引っ張る。

事例 1 の絵本『おおきなかぶ』(A. トルストイ再話、内田莉莎子訳、佐藤忠良画)

は、福音館書店から1962(昭和37)年に「こどものとも」として出版され、1966(昭 和41)年に「こどものとも傑作集」として出版された。事例 1 で実際に読まれたの は、2008(平成20)年12月 1 日第137刷の「こどものとも絵本」であった。『おおきな かぶ』は、大きくなったかぶをおじいさん、おばあさん、孫、犬、猫、鼠が力を合わ せて抜くという直線的な物語である。『おおきなかぶ』はロシアの昔話を題材にした 絵本で、昔話「おおきなかぶ」は 1 人ずつ登場人物が増えて、同じ行為を繰り返すと いう累積昔話である。

次に、要素別に記述する。

① 言葉

a. 言語的側面…第 3 、 4 、 6 、 8 、10、12場面で「うんとこしょ どっこいしょ」

という掛け声、第 4 、 6 、 8 、10、12場面で「ひっぱって」という語が繰り返さ れる。また、第 3 、 4 、 6 、 8 、10場面では、「ところが」、「それでも」、「まだ  まだ」、「まだ まだ まだ まだ」、「それでも」と変化する接続詞が用いられ る。言葉遣いは簡潔で、文体は叙事的で、文末は「です・ます」調である。文章 は横書きで表記される。文字はすべて平仮名、黒色の明朝体、同じ大きさで印刷

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される。

b. 非言語的側面…Aちゃんは、女児らしい、高く鋭い、よく響く声を、音楽的な高 低や強弱をつけて、楽しそうに発した。物語が進むにつれて、Aちゃんの声は大 きくなった。その声の大きさは、別の部屋にいた女子大学生に聞こえるくらいで あった。 2 回目には、 1 回目よりも張り切って声を出した。

c. 前後関係…Aちゃんは『おおきなかぶ』を読んだことがあった。それまでに母親 などに繰り返し読んでもらっていたため、その文章をほとんどすべて覚えてい た。母親、祖母、3人の女子大学生も読んだことがあり、よく知っていた。

② 絵

 絵本原画の素材は、紙、水彩、インク、コンテ、クレヨンである9。20×27センチ メートルの横長の絵本にすることで、見開きの縦横の比率がほぼ 1 対 3 となり、構図 が横に広がって、おじいさん、おばあさん、孫、犬、猫、鼠が協力してかぶを引っ張 る様子が巧みに描かれる。第 1 、 5 場面を除いて、かぶと登場人物のみが描かれる。

また、おじいさんがかぶを植えた第 1 場面を「静」、おじいさんが大きなかぶができ た喜びを表現する第 2 場面を「動」、「うんとこしょ どっこいしょ」とかぶを引っ張 る第 3 、 4 、 6 、 8 、10、12場面を「動」、かぶが抜けない第 5 、 7 、 9 、11場面を

「静」、かぶが抜けた第13場面を「動」で描き、動静の繰り返しのリズムを作り出して いる。さらに、裁ち落としを効果的に用い、第 1 場面を除いてかぶがとてつもなく大 きいことを表現する。一方で、第 2 場面ではおじいさんの頭と足の一部を裁ち落とす ことによって、大きなかぶができた喜びを表現している。

 高く大きな鼻、逞しい顔、太い首、節くれ立った手を持ち、継の当たったシャツと ズボンをはき、脛に白いゲートルを巻いたおじいさん、高い鼻、皺がよった額と口 元、丸い顔、張った胸と腰を持ち、プラトークを被り、長いワンピースとベストを着 たおばあさん、プラトークを被り、膝下までの長さのワンピースを着た孫娘の表情や 動作が、溌剌と、力強く描かれる。登場人物の鼻と頬に使用された赤色、登場人物の 衣類に使用された鮮やかなピンク色、黄色、黄緑色、かぶの葉に用いられた緑色、お よび勢いよく描かれた線が、絵全体を生命感に溢れたものにしている。また、かぶの 描写は立体的で、重量感がある。

 母親がAちゃんに最初に見せた表紙には、大きなかぶとすべての登場人物が描かれ ている。表紙は、物語の内容を表しており、Aちゃんに『おおきなかぶ』がどのよう な絵本であるかを思い出させる役割を果たした。

③ 伴奏的付加物

 母親、祖母、 3 人の女子大学生は、「うんとこしょ どっこいしょ」という掛け声 を一斉に唱えた。また、祖母は手拍子をとった。

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④ 身体の動き

 Aちゃんは、カーペットの上に肩幅に開いた足に力を入れて立って読みはじめた。

かぶを引っ張る場面になると、足を前後に開いて手を前に突き出してかぶを引っ張る 動作をした。

 母親はカーペットに座って聞きながら、Aちゃんが絵本を読むのに合わせて絵本の ページをめくった。祖母はカーペットに正座して聞き、手を前に突き出してかぶを 引っ張る動作をした。女子大学生は立って聞き、Aちゃんと同じように足を前後に開 いて手を前に突き出してかぶを引っ張る動作をした。

⑤ 身体の特徴

 Aちゃんは 2 歳の女の子であった。顔の形や体形は柔らかく丸みを帯びていた。A ちゃんは、たどたどしく、あどけなく『おおきなかぶ』を読んだ。

⑥ 空間と時間

a. 空間…『おおきなかぶ』が読まれたのは、Aちゃん、母親、祖母が『おおきなか ぶ』を読む前から過ごしていた読書室の西側であった。読書室の西側は7.45平方 メートルの空間である10。東と西に本棚が置かれ、北に窓があり、南は中廊下に 接している。窓に沿って大人向けの 1 人掛けソファが 2 つ置かれ、床にはカー ペットが敷かれていた。読書室と中廊下の境目の一部に壁があるが、扉はない。

中廊下を隔てて斜向かいに、女子大学生がはじめに過ごしていた和室がある。和 室と中廊下の境目には襖があるが、両端に寄せて開けられていて、読書室と和室 は連続している。建物の主要部分が木材で造られ、壁は少なく、間仕切りするの は紙でできた障子や襖であり、防音性が低い建物構造であるということが女子大 学生の参加を可能とした。読書室の西の本棚を背にしてAちゃん、Aちゃんの正 面に母親、Aちゃんの左側に窓を背にして祖母、Aちゃんの右側に中廊下を背に して 3 人の女子大学生が位置していた。読書室の西側は狭い空間であるため、 6 人は接近していた。

b. 時間…秋の終わりの、土曜日の正午過ぎであった。『おおきなかぶ』の絵本読み は、あらかじめ開催時間を決めて行われたわけではなく、母親がAちゃんに読む ように求めたのを契機にはじまった。Aちゃんのペースで進められたため、大人 が子どもに読み聞かせるときよりも時間をかけて行われた。合計 2 回行われた。

⑦ 環境

 与えられた環境であり、『おおきなかぶ』を読むために演出されることはなかっ た。読書室のある建物は、官舎として建設され、実際に天文台台長とその家族が生活 していた家であった。「絵本の家」となってからは、読書室には2,500冊におよぶ絵本 などが並んでいる。

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⑧ 社会的背景

 Aちゃん、母親、祖母は、親子 3 世代の関係にある。Aちゃんと 3 人の女子大学生 は、面識がなかった。

⑨ 生理的反応

 Aちゃんは、自分が好きな絵本を楽しく読みはじめた。母親、祖母、女子大学生が Aちゃんと斉唱し、一緒にかぶを引っ張る動作をしたことによって、より一層楽し く、気持ちよく読んだ。それは、笑顔や、張り切って出した声と動作で表現され、

『おおきなかぶ』の一層の熱演となって現れた。

⑩ 予期せぬ効果

 同じ時間帯に「絵本の家」にいた女子大学生は、Aちゃんに「かわいい」と口々に いった。この発言は、Aちゃんが絵本を読んでいる最中のことであったが、妨害とな ることはなかった。むしろ、これは、Aちゃんの気持ちが満たされる一因となり、A ちゃんが 2 回目を 1 回目よりも張り切って読むことに繋がった。

⑪ 間違い

 「うんとこしょ どっこいしょ」が「うんとこちょ どっこいちょ」になるなど、

Aちゃんの発音がはっきりとしない箇所があった。また、途中でわからなくなって止 まってしまうことがあった。

(2) 事例 2  『サルビルサ』を読む(2010年 8 月12日13時頃)

3 歳の男の子・Bくんと 4 歳の女の子・Cちゃんが、絵本展示室に入ってくる。し ばらくして、 6 歳の男の子・Dくんが入ってくる。Bくんが、「お兄ちゃんだ。何か 絵本読んで」と頼む。Dくんは、「自分で読めよ」といい、ベンチソファに座って 1 人で絵本を読みはじめる。Bくんが、表紙が見えるように立てて展示される絵本『サ ルビルサ』のカバーに目を留める。展示物で遊んでいた10歳の男の子・Eくんに「お 兄ちゃん、これ読んで」といって、『サルビルサ』を渡す。Eくんは、もう 1 つのベ ンチソファの中央に座って、正面に立つBくんとCちゃんに向けて絵本を開き、文字 通りに落ち着いた声で読み聞かせる。

Bくんが「もう 1 回」という。Eくんが再び絵本を開くと、Bくんがとても大きな 声を元気よく出して読みながら飛び跳ねる。Eくんも 1 回目と同じ調子で、Bくんの 読みに合わせて読む。途中から、Cちゃんが 2 人と一緒に弾む声を出す。Dくんが、

それまで 1 人で読んでいた絵本を閉じて、飛び跳ねるBくんに「ぴょんぴょんする な」と注意するのをきっかけに 3 人に加わり、力強い声を出す。Cちゃん、Dくんは 声を出しながら、床を軽く蹴って跳ねる。Eくんもだんだん積極的に声を出すように

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なる。最後に、Bくんが「サルビ」、「ビルサ」、「サルビルサ」ととりわけ大きな声を あげ、全身を使って飛び跳ねる。 3 人も競うように叫ぶ。

事例 2 の絵本『サルビルサ』(スズキコージ)は、1991(平成 3 )年にほるぷ出版 から、「イメージの森」シリーズの第 1 作目として出版された。事例 2 で実際に読ま れたのは、1996(平成 8 )年に架空社から出版されたものであった。『サルビルサ』

は、 1 頭の獲物を巡って、相反する言語を持つ 2 つの軍が争うという単純な物語であ る。

次に、要素別に記述する。

① 言葉

a. 言語的側面… 2 つの軍の言葉が交互に、最小限の文字数で示される。例えば、第 1 、 2 場面で「モジモジモジ」、「ジモジモジモ」、第 3 場面で「サルビ」、「ビル サ」、第 4 場面で「ズナカズナカ」、「カナズカナズ」、第 5 、 6 場面で「ズナカサ ルビビレモジ」、「ジモレビビルサカナズ」という具合である。両軍の言葉の間 で、文字の出現する順番は真逆になっている。第14、15場面の「サルビルサ」は 回文のようである。言葉は横書きで表記され、吹き出しの中に表現される。文字 は黒色のカタカナと青色のローマ字で印刷され、「キダかな」という書体が使わ れる11。文字の大きさは場面によって変わる。

b. 非言語的側面…Bくんは、男児らしい、とても大きな、よく通る声を、元気よく 発した。最後にとりわけ大きな声をあげた。

c. 前後関係…Bくんは『サルビルサ』を読んだことがなかった。Bくんは、まずE くんに読み聞かせてもらうことで内容を把握し、その後自身で読んだ。Cちゃん も『サルビルサ』を読んだことがなかったが、DくんとEくんは読んだことがあ り、よく知っていた。

② 絵

絵本原画の素材は、紙、ガッシュである12。基本的に、四角い顔の一族は進行方向 の右へ、丸い顔の一族は進行方向とは逆の左へ進むように描かれる。また、四角い顔 の一族は橙色や黄色などの暖色を基調として、丸い顔の一族は青色や青緑色などの寒 色を基調として描かれる。これらの描き分けによって、両軍が相容れないことが示唆 される。

第 7 、 8 、 9 、10、13場面では遠近法を効果的に使用し、第14、15場面を俯瞰視点 で描いて、物語の壮大さを表現する。一方で、空に白色の曲線を施す、兵士が走った 後に白色の砂埃を舞い上がらせる、焼けた大地を黄色から赤色のグラデーションで表 す、四角い顔の一族、丸い顔の一族、獲物の歯を 1 本 1 本描くなど、細かい描き込み

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がなされている。

前述の通り、言葉は吹き出しの中に表現される。四角い顔の一族の吹き出しは四角 形型あるいは多角形型で、丸い顔の一族の吹き出しは風船型である。これらの吹き出 しは、その先端を発話者の口のすぐそばから描くことで、身体の奥からはき出された 魂のように見える。第13場面の 2 つの軍の戦いの場面では、両軍の兵士が入り混じ り、吹き出しもあちこちから出ている。魂のような吹き出しが多用されることで、命 と命がぶつかり合っているように見え、迫力がある。

Bくんが目を留めた『サルビルサ』のカバーには、 2 人の兵士が槍を交える様子が 描かれている。極彩色と、エネルギッシュでダイナミックな描写はBくんの興味を引 くのに十分であった。

③ 伴奏的付加物

Eくんが落ち着いた声、途中から参加したCちゃんが弾む声、Dくんが力強い声を 出し、合唱した。第13、14、15場面では、 3 人とも叫んだ。

④ 身体の動き

Bくんは足を軽く開いて立って、言葉を 1 ついうたびに、 1 回飛び跳ねた。第13、

14、15場面では、全身を使って飛び跳ねた。

Eくんはベンチソファに座って、Bくんが絵本を読むのに合わせて読みながら、絵 本のページをめくった。Cちゃん、Dくんは立って聞き、足で床を軽く蹴って跳ね た。

⑤ 身体の特徴

Bくんは 3 歳の男の子であった。顔の形は丸みを帯びているが、体形はやや細く、

小柄であった。Bくんは、無邪気に『サルビルサ』を読んだ。

⑥ 空間と時間

a. 空間…『サルビルサ』が読まれたのは、Bくん、Cちゃん、Dくん、Eくんが

『サルビルサ』を読む前から過ごしていた絵本展示室であった。絵本展示室は 29.8平方メートルの空間である13。北は中廊下に接し、南は縁側に接して庭に面 している。上部吹き抜けである。西と東に、それぞれ縁側と並行になるようにベ ンチソファが置かれている。庭を背にしてEくん、Eくんの正面にBくん、C ちゃん、Dくんが位置していた。絵本展示室は広い空間であったが、Eくんのす ぐ前にBくん、Cちゃん、Dくんが立ち、Bくん、Cちゃん、Dくんも互いの腕 が触れるくらいに接近していた。

b. 時間…夏休み真只中の、木曜日の昼過ぎであった。『サルビルサ』の絵本読み は、あらかじめ開催時間を決めて行われたわけではなく、EくんがBくんに読み 聞かせたのを契機にはじまった。Bくんのペースで進められ、Cちゃん、Dく

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ん、Eくんも合唱したり叫んだりしたため、Eくんが読み聞かせたときよりも時 間をかけて行われた。

⑦ 環境

与えられた環境であり、『サルビルサ』を読むために演出されることはなかった。

絵本展示室は、官舎として使用されていたときには居間であった。「絵本の家」と なってからは、絵本を通して天文への興味を広げる体験型展示をする部屋となる。絵 本は、表紙が見えるように立てて展示されている。

⑧ 社会的背景

BくんとCちゃんは友達の関係である。BくんとDくんとEくんは互いに顔を知っ ているが、ほとんど話したことはない関係であった。しかし、Bくんは、DくんとE くんを「お兄ちゃん」と呼んでおり、 2 人に親しみを感じていた。

⑨ 生理的反応

Bくんは、Eくんに読み聞かせてもらったときの印象を強く残し、元気よく読ん だ。Cちゃん、Dくん、EくんがBくんと合唱し、Cちゃん、DくんがBくんと同 じように足で床を蹴って跳ねたことによって、Bくんはさらに興奮して読んだ。そ れは、とりわけ大きな声と、大きな動作で表現され、『サルビルサ』の一層の熱演と なって現れた。

⑩ 予期せぬ効果

Dくんは「ぴょんぴょんするな」とBくんに注意した。この注意は、Bくんが絵本 を読んでいる最中のことであったが、妨害となることはなかった。むしろ、これを きっかけとしてDくんは絵本読みに参加し、この絵本読みがより一層盛り上がること となった。

⑪ 間違い

Bくんは、とても大きな声をあげるため、何をいったのかはっきりとしないことが あった。

ここまで、 2 つの事例を報告し、要素別に記述した。ほぼすべての要素が何らかの メッセージを発し、絵本読みを成立させていた。

最後に、「 3 .考察」において、「 2 .事例の記述」で記述したものを手掛かりに絵 本読みという行為について考察する。

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3 .考察

(1) 読み手の明確な表現

事例 1 ではAちゃんが『おおきなかぶ』を、事例 2 ではBくんが『サルビルサ』を 読んだ。 2 人とも、自身で声を出して、身体を動かして絵本を読んだのであった。

Aちゃんは、母親が読むように求めたのを契機として読みはじめ、祖母が見守り、

女子大学生が居合わせたことによって読み進めた。Bくんは、Eくんが読み聞かせて くれたのを契機として読みはじめ、CちゃんとDくんがちょうど同じ場にいたことに よって読み進めた。絵本が読まれた「絵本の家」は、大人と子ども、あるいはさまざ まな年齢の子どもが同じ空間にいて一緒に過ごすことができるようになっている。す なわち、多くの公共図書館のように、成人室と児童室とに明確に分けられ、さらに児 童室が例えば小学生のためのコーナーと乳幼児のためのコーナーとに分けられている ということがない。そもそも建物内は、部屋と部屋を完全に遮断しているわけではな く、各部屋を接続する廊下を挟んで連続して広がっている。また、「絵本の家」は、

人々が実際に生活していた家としての記憶を継承して、いつでも安心していることが でき、周囲の人々と繋がり、触れ合いながら過ごす施設として生まれ変わったもので ある。「絵本の家」は、公共施設であるにもかかわらず、声を出したり、動き回った りすることを許容しているという点においても、本を読むための特別な場所というよ りも、人々が日常生活を送る場所に近い。空間、時間、行動、気分的に十分にゆとり のある状況に支えられて、Aちゃんと B ちゃんは、それぞれに自分のタイミングと ペースで声を出し、身体を動かして絵本を読むことができたと考えられる。

Aちゃんがとりわけ力を込めて声を出し、身体を動かしたのは、「うんとこしょ  どっこいしょ」という掛け声の場面であった。「うんとこしょ どっこいしょ」とい う掛け声は、原文のロシア語にはない言葉である。原文では「引っ張る」という意味 の動詞が 2 つ重なっていたが、訳者の内田莉莎子は力強い掛け声として訳した。これ によって、一生懸命にかぶを引っ張る登場人物の力の入った動作が伝わってくるよう になった。このほかにAちゃんが強調して声を出したのは、「ひっぱって」という語 であった。内田は、「『うんとこしょ、どっこいしょ』のかけ声へつなぐことと、この 箇所がそのあとくりかえしになることを考えて、『おばあさんが、おじいさんをひっ ぱって、おじいさんがかぶをひっぱって』という文章にした」14。「ひっぱって」とい う語の挿入で、動作を伴う繰り返しが生まれた。この語は掛け声とともに、『おおき なかぶ』の「です・ます」調による語尾の重さを軽減し、物語の調子を高める役割も

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果たしている。また、「ところが」、「それでも」、「まだ まだ」、「まだ まだ まだ  まだ」、「それでも」と変化する接続詞を、Aちゃんは強調した。原文ではまったく変 わらない文章が 5 回あるのみだが、接続詞が入ることによって、読み手の緊張感は次 第に高まっていく。内田は、長く読み継がれ、人々の生活実感を伴った生きた言葉で 語られている昔話を翻訳するに当たり、「内容的に原文によりそった訳」、「リズムに のった歯ぎれのよい訳」15を目指したという。『おおきなかぶ』のもとの昔話の、生き た言葉の意味と語感が生かされ、耳のみならず口に快い言葉が作り出された。言葉が 持つ音、リズム、響きという感覚的なものの中にある快さがAちゃんの発声を促した と思われる。

生きた言葉は、彫刻家の佐藤忠良が描く絵によって最大限に生かされた。佐藤は、

「できるだけ背景や小道具の類を画面に持ち込まぬよう心掛け」、「鏡の前で自分で綱 を引いてみてはデッサンのやり直しをした」という16。佐藤は、主にかぶと登場人物 のみを描くことで、登場人物がかぶを引っ張るという重要な動作を強調して表した。

この重要な動作は、横長の画面を用いることで、ますます強調されている。また、足 や踵で踏ん張ってかぶを引っ張るおじいさんの姿勢、かぶが抜けないために背中を丸 めて膝を抱えて座り込むおじいさんの姿、おじいさんを労わるおばあさんの表情、抜 けて大喜びする登場人物の表情も豊かである。佐藤は、人の身体を写実的に描いてお り、その動作や表情も実際に登場人物に接しているかのように生き生きと感じられる ように描いている。この生命感に溢れる絵に触発されて、Aちゃんは楽しく声を出 し、身体を動かしたといえよう。Aちゃんは、単に『おおきなかぶ』の文章を覚えて いたから声に出したのではなく、生きた言葉と生命感に溢れる絵が一体となった『お おきなかぶ』に共感したために発声し、動いたのではないだろうか。

一方で、BくんはEくんに一通り読み聞かせてもらった後に、自身で声を出しなが ら飛び跳ねて読んだ。最後には、とりわけ大きな声をあげ、身体全体を使って飛び跳 ねた。『サルビルサ』の絵は、極彩色と、エネルギッシュでダイナミックな描写で展 開され、ページをめくるごとに視覚的に強い印象を与える。キダかなという独特の書 体、硬質のカタカナの表記も加算的に作用し、読み手を興奮に導く。また、『サルビ ルサ』の言葉は、意味が欠落したものである。しかし、心地よく、挑発的な響きを持 つ音が連なっている。その言葉は、人の身体の感覚に結びついて、身体で感じて味わ うことができるものである。『サルビルサ』を成り立たせている躍動的な音の連なり と、活発で勢いのある絵に触発されて、Bくんは声を出し、身体を動かしたと思われ る。

児童文学研究者の石井直人は、長新太の『キャベツくん』(文研出版、1980)、谷川 俊太郎とタイガー立石の『ままですすきですすてきです』(福音館書店、1986)など

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と並べて、『サルビルサ』を「これらの絵本の画面には、およそ〔読者の〕『内面』に 回収できない、とんでもない力が充溢している。〔中略〕ここには、美術史にいうプ リミティヴィズムのような、いわゆるリアリズムとはちがった別の可能性があるにち がいない。」17(〔〕内引用者)と評している。プリミティヴィズムは、主として造形 美術に関わる用語で、原初的な、あるいは本源的なという意味から原始主義ともいわ れ、〈以前〉と〈外部〉から成るとされる18。〈以前〉と〈外部〉は、「現在の生活世 界から離れて遠い過去に発生し、どうやら地下水のように潜行して現在にもつうじて いるもの、および自分の所属する文化圏とは異なって空間的に離れてはいるが、やは り関心をよびおこす別の人間世界を感じさせ、ときには未知とその異質性からかすか な不安と畏怖すら感じさせるもの」19を意味する。『サルビルサ』は、原初として存在 する〈以前〉の自然的なものと、自分たちの文化に属さない〈外部〉の新奇なものか ら成っている可能性がある。作者のスズキコージが『サルビルサ』を「僕の原点」20 と述べていることを考慮すると、〈以前〉が『サルビルサ』ではより一層強く働いて いるといえるだろうか。あらゆる慣習から逸脱した原初的な色、点、線、形が『サル ビルサ』の絵を構成している。また、『サルビルサ』の言葉は、それ自体の意味を持 たないものである。『サルビルサ』は、とりわけ秩序にとらわれない感受性を有する 子どもが戯れるものであるに違いない。『サルビルサ』を通して、Bくんは、声を発 することと身体を動かすことの原始的な楽しさを体感したのではないだろうか。

2 歳のAちゃんと 3 歳のBくんは、まだ文字から自由であり、音声言語しか持って いなかったと考えられる。生命感や躍動感に溢れる『おおきなかぶ』と『サルビル サ』はAちゃんやBくんが持つ声と共鳴し、AちゃんとBくんは声をそれぞれの身 体の奥からまっすぐに外へ出した。同時に、『おおきなかぶ』と『サルビルサ』はA ちゃんやBくんの個々の身体を刺激し、活性化させ、Aちゃんは足を前後に開いて手 を前に突き出してかぶを引っ張る動作をし、Bくんは足で床を強く蹴って飛びあがる ように跳ねた。AちゃんとBくんは、開放的な状況の中で、全身で絵本に集中し、自 分たちの中の印象や衝動にしたがって、声、息遣い、顔や手や足の表情、姿勢、動き のリズムなどで、絵本を明確に表現していたといえよう。

(2) 受け手の呼応

Aちゃんは声を出し、かぶを引っ張る動作をして『おおきなかぶ』を表現し、Bく んは声を出し、飛び跳ねて『サルビルサ』を表現した。Aちゃんは、『おおきなかぶ』

に触発されて身体の中に生じた動きを、母親、祖母、 3 人の女子大学生に見聞きでき る形で現したかのようであった。同様に、Bくんは、『サルビルサ』に触発されて身

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体の中に生じた動きを、Cちゃん、Dくん、Eくんに見聞きできる形で現したかのよ うであったといえる。

これに対して、母親、祖母、女子大学生、あるいはCちゃん、Dくん、Eくんは、

何よりも、まだ音声言語しか持っていなかった、すなわち文字を知らなかったと考え られるAちゃんとBくんの声の個性、声の無秩序な輝きによる『おおきなかぶ』と

『サルビルサ』の表現に魅了されたのではなかっただろうか。母親、祖母、女子大学 生、あるいはCちゃん、Dくん、Eくんは、AちゃんやBくんの身体の奥からまっす ぐに外へ出された声の感触を楽しみ、その声の直接的な伝達力に耳を開かれた。ま た、AちゃんやBくんが慣用にしたがって行儀よく座って本を読むのではなく、立っ て上下左右前後に動いて読んだことによって、その『おおきなかぶ』と『サルビル サ』の表現はさらに個性的で新鮮なものとなり、母親、祖母、女子大学生、あるいは Cちゃん、Dくん、Eくんは引きつけられ、それぞれの身体を揺さぶられた。Aちゃ んとBくんは自身の声と身体を通して『おおきなかぶ』と『サルビルサ』を表現する ことによって、受け手の感覚に直接的に働きかけ、それが受け手に通じたと考えられ る。

そのため、母親は、単に静かに聞いて、見るにとどまることなく、自身でも「うん とこしょ どっこいしょ」といった。祖母は、「うんとこしょ どっこいしょ」とい い、かぶを引っ張る動作をした。女子大学生は、別の部屋から移動してきて、「うん とこしょ どっこいしょ」といい、かぶを引っ張る動作をした。Cちゃんは途中から 声を出して読み、Dくんは部屋の反対側の端にいて別の絵本を読んでいたにもかかわ らずそばにきて、途中から声を出して読んだ。さらに、CちゃんとDくんは、Bくん ほどの勢いはなかったものの、足で床を軽く蹴って跳ねた。Eくんは、Bくんが読む のに合わせて声を出した。

Aちゃん、Bくんがそれぞれ自身の表現している『おおきなかぶ』や『サルビル サ』という絵本作品の内容、あるいは表現しているというその行為自体によって快感 を得て夢中になっていたことが、母親、祖母、女子大学生、あるいはCちゃん、Dく ん、Eくんとの間に特別な意味を生み出した。母親、祖母、女子大学生、あるいはC ちゃん、Dくん、Eくんは、Aちゃん、Bくんと同じように声を出し、身体を動かす ことになったのである。母親、祖母、 3 人の女子大学生の身体はAちゃんの声と動き に呼応し、Cちゃん、Dくん、Eくんの身体はBくんの声と動きに呼応していたとい えるのではないだろうか。

(17)

(3) 読み手と受け手の同期

AちゃんとBくんは、それぞれの身体の中に生じた動きを、母親、祖母、 3 人の女 子大学生、あるいはCちゃん、Dくん、Eくんに見聞きできる形で現した。そして、

Aちゃん、Bくんの声と動きに呼応して、母親、祖母、女子大学生、あるいはCちゃ ん、Dくん、Eくんは、それぞれの身体の中に生じた動きを、Aちゃん、Bくんに見 聞きできる形で現したかのようであったといえる。

Aちゃんは、母親や、祖母、女子大学生がAちゃんの声と動きに呼応してAちゃん と同じように「うんとこしょ どっこいしょ」といい、かぶを引っ張る動作をしたこ とによって、 2 回目に 1 回目よりも張り切って『おおきなかぶ』を読んだ。Bくん は、Cちゃん、Dくん、およびEくんがBくんの声と動きに呼応してBくんと同じよ うに声を出し、足で床を蹴って跳ねたことによって、とりわけ大きな声と動きで『サ ルビルサ』の続きを読んだ。AちゃんとBくんは、母親、祖母、女子大学生、あるい はCちゃん、Dくん、Eくんの、Aちゃん、Bくんとの呼応に答えて、自身の発声と 動きを発展させた。

現前し合う読み手と受け手の身体が感応し合っている。声を出す人は同時に聞く人 になり、見る人は同時に見られる人になっているのであり、絵本の読み手は同時に受 け手であり、受け手は同時に読み手であるといえよう。

文化人類学者の川田順造は、声について、「声は私の体内から出るものでありなが ら、口から発せられたあとでは他人と共有されてしまう」21のであり、「声というもの がその差し向けられる相手に対してもつ対象特定性と同時に、居合わせる他の人々 も、その状況で巻きぞえにする、いわば非特定的な共犯関係設定機能をそなえてい る」22と述べている。これをAちゃんやBくんの絵本読みに当てはめると、母親、祖 母だけでなく別の部屋にいた女子大学生がAちゃんの絵本読みに参加したのは、ま た、Cちゃん、Eくんだけでなく部屋の反対側の端にいて別の絵本を読んでいたDく んがBくんの絵本読みに参加したのは、それぞれに声の共有性が働いていたためで あった。絵本の読み手の身体から発せられ、空気中に振動した声は、特定の受け手、

および不特定の受け手の身体の中に溶け込む。読み手と受け手は、また受け手と受け 手は同じ音を同じときに聞くということになる。

一方で、演出家の竹内敏晴は、動きをまねるということについて、「身ぶり・身動 きをまねするということは、同じ動きをからだの中に感じるということ。同じ動き は、肉体の動きだけではなく、その動きを生みだしてくる生理状態、心理状態全体 を、自分の中に感じとるということで、つまり相手を理解するひとつの明確な行為で ある」23と指摘する。絵本読みの場合には、絵本の受け手は、読み手と同じような動

(18)

きをすることで読み手を自身に現出させて読み手を感じとり、読み手は、受け手と同 じような動きをすることで受け手を自身に現出させて受け手を感じとるということに なるであろう。

絵本読みにおいて、読み手と受け手は、全身的なコミュニケーションによって、同 じ絵本を共有するのみならず、同じ場所と同じ時間、さらにそこに起こっている声、

息遣い、表情、姿勢、動きのリズムを共有している。すなわち、読み手と受け手は、

同期しているのである。そして、同期しているということの身体的な実感が、その読 み手と受け手の親密な関わりを可能としていると思われる。絵本読みという行為が持 つ意味の一側面は、絵本を通してその場に居合わせるさまざまな世代の人々が同期 し、親密な関わりを持つということであるといえるのではないだろうか。

日常の中で実際に行われる絵本読みは、その読み手と受け手との間でのみ有効な、

一回性に支えられている。絵本読みでは、絵本の言葉として、あるいは絵としての内 容が一方的に伝達されるのではなく、読み手の声と受け手の声が直接的に触れ合い、

読み手の身体と受け手の身体が向かい合う関係が成り立っている。絵本読みは、言葉 や絵を理解するよりも、その場に居合わせる人々が同じリズムで動くという可能性を より大きく持っていると考えられる。絵本は参加度が高く、全身感覚的なメディアで あり、絵本が内包する力の一端は人と人との親密な関係を作りあげるということであ るといえよう。

おわりに

以上、本稿では、絵本読みの各例を11の種類の異なった要素が複合することによっ て成り立っているものとして記述し、記述したものを手掛かりに絵本読みという行為 について考察した。絵本読みは、絵本を通してその場に居合わせる人々が同期し、親 密な関わりを持つという意味を持っている。そして、絵本は、参加度が高く、全身感 覚的なメディアであり、人と人との親密な関係を作りあげるという力を内包している と考える。

本稿では、 1 つの施設で集めた事例を取り上げるにとどまった。また、 2 つの事例 を取り上げるにとどまった。さらに多くの事例を記述し、考察を深めることが、今後 の課題である。絵本は、本でありながら、その形式においても読み手との関係におい ても特異性を持つメディアとしてとらえられる。このような絵本というメディアが内 包する力を、引き続き探っていきたい。

(19)

1   村中李衣・西隆太朗「長期入院児のための絵本の読みあい―支援プログラムの 実際とこれから(第 1 回)入院児と家族の心を支える―プログラムの概要と意 義」『児童心理』第70巻第 9 号、金子書房、2016、pp.116-123。同「長期入院児 のための絵本の読みあい―支援プログラムの実際とこれから(第 2 回)ひとり ずつ、一つずつの読みあい報告」『児童心理』第70巻第11号、金子書房、2016、

pp.119-125。同「長期入院児のための絵本の読みあい―支援プログラムの実際 とこれから(最終回)プログラムの意義と課題」『児童心理』第70巻第12号、金 子書房、2016、pp.116-123。

2   鈴木穂波「絵本における“生”の表現―読み手との関係性を中心に―」梅花 女子大学、博士論文、2011。

3   佐藤郁哉『フィールドワーク 増訂版―書を持って街へ出よう』ワードマッ プ、新曜社、2006。佐藤によると、フィールドワークとは、「調べようとする出 来事が起きているその『現場』(=フィールド)に身をおいて調査をおこなう時 の作業(=ワーク)一般を指す」(pp.38-39)。

4   本田和子「保育研究における詩的経験」津守真・本田和子・松井とし・浜口順子

『人間現象としての保育研究 増補版』人間現象としての保育研究 1 、光生館、

1999、pp.61-108。「人が人を観る」とは、「物体としての対象」を写し出すこと ではない。「観る」ことによって、客体と接近し、同じ価値において相対するよ うに筆者は心掛けている。

5   フィールドワークの実施にあたっては、事前に「絵本の家」から承諾を得てい る。

6  「三鷹市星と森と絵本の家」(パンフレット)。

7   西江雅之「口承伝承の記述」千野栄一編『言語の芸術』講座言語第 4 巻、大修館 書店、1980、pp.245-275。西江によると、「演じられている口承伝承作品はすべ て、如何なる例も、基本的には十種類の互いにその境界領域を明確にしない諸要 素が、それぞれの作品例に応じた割合で溶け合うことにより成り立っているもの とする」(p.253)。同じく西江の『ことばを追って』(大修館書店、1989)も参照 した。

8   藤本朝巳『絵本はいかに描かれるか―表現の秘密―』日本エディタースクー ル出版部、1999。

9   宮城県美術館・佐川美術館・木城えほんの郷編『彫刻家が描く 佐藤忠良の絵本

(20)

原画』財団法人佐川美術館、2005、pp.130-131。

10  『星と森と絵本の家(仮称)建設工事実施設計図』三鷹市都市整備部公共施設 課、2010、ページ付なし。

11 「スズキコージ」『別冊太陽 絵本の作家たちⅠ』平凡社、2002、p.110。

12  『Dancin’ Colours―90年代日本の絵本原画展』板橋区立美術館、1994、p.82、

p.135。

13  『星と森と絵本の家(仮称)建設工事実施設計図』三鷹市都市整備部公共施設 課、2010、ページ付なし。

14  内田莉莎子「翻訳絵本のことば」『日本児童文学』第25巻第12号、社団法人日本 児童文学者協会、1979、p.44。

15 同。

16  佐藤忠良「『おおきなかぶ』ものがたり」『母の友』第411号、福音館書店、

1987、p.14。

17  石井直人「現代児童文学の条件」日本児童文学学会編『現代児童文学の可能性』

研究=日本の児童文学 4 、東京書籍、1998、p.39。

18  丹治恆次郎「プリミティヴィスム」大浦康介編『文学をいかに語るか―方法論 とトポス』新曜社、1996、pp.483-504。

19 同、p.484。

20 「スズキコージ」『別冊太陽 絵本の作家たちⅠ』平凡社、2002、p.110。

21 川田順造『聲』筑摩書房、1988、pp.5-6。

22 同、p.149。

23 竹内敏晴『子どものからだとことば』犀の本、晶文社、1983、p.28。

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