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小児保健の情報発信と科学的根拠

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Academic year: 2021

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第75巻 第4号,2016     ベへ

   提 言

    ノ

431

小児保健の情報発信と科学的根拠

高木 裕三(東京医科歯科大学名誉教授)

 近年では生活に必要な情報収集はインターネットを活用することが最も効率 的であり,便利でもあります。子育てや小児の保健・医療に関係する情報の収 集も例外ではなく,妊娠・出産年齢の女性に対するアンケート調査の結果,悩 みがあった場合にネット検索で解決を試みていると回答した人が7割を超えて いたとの報告があります。手軽に且つ多くの情報が入手できるので子育ての現 場では大いに役立つことと推測されますが,実際には多種多様な情報に触れ,

却って混乱してしまい,不安が助長されていることも報告されています。

 インターネット活用に内在するこのような問題点は従前より指摘され,受け 手もそれなりに認識したうえで情報の取捨選択を行っていると思われますが,

専門家から発信される情報についてはバイアスによって大きな疑問を持たれる

ことが少なく,容易に受け入れられてしまう傾向があります。保育・保健・医療の専門家たちは受け手(養育者)

のこのような特徴を十分理解して,自ら発信する情報には細心の注意を払うべきかと考えますが,残念ながら子 育て現場で却って混乱を招くような情報発信がなされていることも事実です。

 歯科の分野では「最近の子どもは軟食のため余り噛まなくなったので,顎の発育が障害されて歯並びが悪くなっ ている」との記載が歯科医によって盛んにネット上にアップされていた時期がありました。最近ではそれ程多く はありませんが,依然として散見されます。

 確かに,歯科の健診や臨床の現場では歯並びの良くない子どもが少なくありません。しかし,太平洋戦争前後 の時代に比べて増加しているかというと,それを確かめることができるような臨床統計のデータが実は殆ど存在 していないのです。それは,戦後40年くらいまでは小児に虫歯(齪歯)が氾濫しており,その影響が大きくてま ともに歯並びを評価できるような状況ではなかったことに由来します。

 近年は小児の栄養状態が格段に良くなり,体格向上が顕著です。具体的には文部科学省の学校保健統計に示さ れており,12歳の男児の場合には1955年に比べて1990年では平均身長がおよそ10cmも伸びています。相対成長 の理論では身長の伸びと共に手足の長さや顎の大きさも増加することになっており,実際に日本人を対象にした 年代比較の研究によれば,戦争前後の時代に比べて近年は小児の顔や青年の歯列がそれぞれ大きくなっているこ とが報告されています。ただし,顔面頭蓋について少し詳しく説明すると,高さに比べて幅の伸び率が少なくなっ ているので,前方(正面)から見ると若干ではありますが,顔は長く,顎は細くなったような感じになります。

このことが「顎が華奢になった」という印象を人々に与える可能性があります。

 これらの報告に百歩譲って,軟食傾向になってきたので顎の発育が障害されたとするなら,交通機関等が著し く発達した現代社会で生活している人々は徒歩での移動が大変少なくなっているので,子どもや若者たちの足

(脚)は戦争前後の時代に比べて伸び悩んでいることにもなります。最近の若者,特に女性は足長でスタイルの 良さが目に付きますが,これをどのように説明できるのであろうか…と皮肉ってみたくもなります。

 子どもさんの歯並びの相談に来院した母親が「歯並びが悪いのは硬いものを食べさせなかった私の責任です」

と言うのを聞くと,根拠のない情報で混乱させてしまっていることに何とも申し訳ない思いを抱きます。

 小児保健に関わる専門職から保健の情報を発信する場合には,科学的根拠に基づいたものであることを原則に し,具体的な確証がない場合にはその旨を明示して,少なくとも不安を助長するような表現の仕方は控えるべき

であると考えております。

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