総 説
は じ め に
1980年代にzur Hausenによって子宮頸癌組織から ヒ ト パ ピ ロ ー マ ウ イ ル ス(HPV) で あ るHPV 16,
HPV 18が分離同定
1-3)されたことをきっかけとして,
高リスク型HPVが子宮頸癌の発癌過程に及ぼす作用 が次第に解明されてきた。現在は子宮頸部浸潤癌の 99.7%に高リスク型HPVが存在するとの報告
4)が広く 認知され,子宮頸癌発症には高リスク型HPV感染が ほぼ必須と考えられている。この原因ウイルスの感染 を予防することが子宮頸癌発症予防に繋がるとの考え からHPV予防ワクチンが開発され,世界的に広く接 種されている。また子宮頸癌や前癌病変の早期発見に
は,従来の子宮頸部擦過細胞診に加えてHPV検査を 併用することの有用性が唱えられている。本稿では子 宮頸部異型上皮および子宮頸癌とHPVに係わる最近 の知見を概説する。
HPV感染の自然史と子宮頸癌の発症メカニズム
図1にHPV感染の自然史と子宮頸部上皮内病変
(Cervical Intraepithelial Neoplasia: CIN)および子宮 頸癌発生の過程を示す。一般に女性の70%以上で,生 涯で一度はHPV感染がおこると考えられているが,
その内の80%は感染から2年以内に自らの細胞性免疫 能によりウイルスは排除され,自然治癒する
5, 6)。
HPVの最近の知見
本郷 淳司
川崎医科大学 産婦人科学2教室
図1:子宮頸癌の発癌プロセス
HPVは図2に示すような二重鎖DNAからなるウイル スである。その遺伝子にはE1,E2,E4,E5,E6,
E7の6つの初期転写遺伝子と,外殻であるキャプシ ド蛋白をコードするL1,L2の後期転写遺伝子からな る。HPVは自らの自己増殖能を持たず,感染した宿 主であるヒトの子宮頸部扁平上皮細胞の増殖・分化の 過程のなかで,自らのゲノムを複製させ,最後にキャ プシド蛋白を合成させて,他の細胞へ感染を続けてい く。HPVのreproductive infection成立には,性交渉な どによる頸部上皮の断裂と,そのstem cellである基底 細胞の露出,そしてHPV粒子の基底細胞への接触感 染が必須であり,単に子宮頸部上皮表面にHPV粒子 が 付 着 し た だ け で は, 持 続 的 感 染 は 生 じ な い。
reproductive infectionが成立しても,感染したHPVゲ ノムは基底細胞核内にepisomeとして併存したまま で,CIN1(軽度異型上皮)のおよそ70%,CIN2(中 等度異型上皮)であっても,およそ40%は自然治癒す る
7)。一方CIN3の大半では,感染した宿主基底細胞の 染色体の中に,HPVゲノムの一部が偶発的に組み込 まれている(genomic integration)。この際にHPVの 癌原遺伝子であるE6およびE7領域が宿主染色体に組 み込まれ,なおかつE6/E7遺伝子転写の抑制因子で あるE2領域が欠失した場合,E6/E7遺伝子の転写が
E2からの脱抑制のため非常に高度となる。E6/E7蛋 白はそれぞれ癌抑制遺伝子産物であるp53蛋白および リン酸化pRB蛋白と結合し,ユビキチン化分解するた めに,p53やpRBの遺伝子変異が蓄積したと同様の状
態に陥る
8, 9)。E6/E7蛋白の高発現は宿主細胞の遺伝
子不安定性(genomic instability)を惹起し,それ故 にintegration後はたとえ若年者でも比較的早期に発癌 することがある。integration後の自然治癒は極めて困 難となるため,一般的には円錐切除などによる治療対 象となる。しかしながらCIN3は病理学的分類であり,
必ずしもgenomic integrationと同義ではない。CIN3 でも15% 〜33%
10)内外は自然治癒も生じうるため,若 年者,挙児希望者においては,円錐切除やLEEPが及 ぼす,その後の妊娠アウトカムへの悪影響も鑑み
10), 治療適応の是非の決定には慎重な判断が望ましい。
HPV感染の自然史をしっかり説明し,適切なフォロー アップ,必要時には治療を行う事が肝要である。
現行の子宮頸癌検診のピットフォールとHPV併用検 診の有用性
子宮頸癌発症の二次予防として,無症状者に対する 子宮頸部擦過細胞診が行われ,子宮頸部異型上皮や子
図2:ヒトパピローマウイルス(HPV)
宮頸癌の早期発見,治療に役立てられているが,本邦 での課題はその低い受診率である。欧米諸国では概ね 70%以上の受診率であるが,本邦の自治体健診の受診 率は平均で25%に過ぎない。企業健診などを加えても 40%には達さず,この低い受診率を何とか改善するこ とが急務である。
細胞診の特異度は高いが,サンプリングエラーも含 め,その感度は決して高くない。一方,悪性型HPV のグルーピング検査は,感度は非常に高いが,その特 異度はやや低くなる。その両者の特性を組み合わせた HPV併用検診が米国では広く行われている(ASCCP 2006)。CIN2以上の病変の検出感度は,細胞診のみ では40-70%程度だが,HPV検査を併用すると90%以 上になると報告されている
11-13)。HPVのgenotypeの違 いによる差異を10年間にわたって観察したATHENA studyによると,CIN 3への進展度はHPV 16型で17%,
HPV 18型で14%,一方その他の悪性型HPVでは3%
と低いことが報告された
14)。その結果を踏まえ,米国 では悪性型HPV陽性,細胞診陰性者に対するCervista 16/18に よ る 簡 易 ジ ェ ノ タ イ ピ ン グ が 承 認 さ れ た
(ASCCP 2009)。このHPV併用検診では,HPV検査の 追加費用はかかるが,細胞診陰性,HPV陰性者の次 回検診は3〜5年(ASCCP 2012),(日本産婦人科医 会は3年を推奨)とされ,全数管理のもと適確に実施 されれば医療費は削減されることとなる。
現在,本邦では細胞診判定がASC-USの者に対して HPVグルーピング検査によるトリアージュが保険適 応となっている。米国のATHENA studyと異なり,
本邦で行われたJHACC Study Groupの検討ではHPV 16/18と他の悪性型HPV間にCIN3への進展率に有意差 はなく,HPV16/18/31/33/35/45/52/58とその他の悪 性型HPV間ではCIN3への進展率におよそ4倍の差
(20.5%対6.0%)があったと報告された
15)。この結果 より組織学的に確認されたCIN 1/2症例に対するHPV genotypingが保険適応となった。しかしながら,本研 究でよりハイリスクとされるHPV8タイプの頻度は 悪性型HPV全体の87.4%を占めるため,その判定によ る区別が果たして臨床的に有用であるのか,それとも 米国と同様にHPV 16/18を判定するので十分なのかは 疑問が残る。検査費用が高価なgenotypingに対し,
HPV 16/18の判定は現在,本邦で広く行われている HPVグルーピング検査であるcobas 4800 HPV testに て,より安価に出来ることも留意する必要がある。
HPV予防ワクチンを取り巻く現況と最新エビデンス
細胞診やHPV検査による子宮頸癌の二次予防が徹 底されたとしても,CIN3による円錐切除術は不可避 である。そのためにはHPV予防ワクチン接種による 子宮頸癌の一次予防が極めて重要である。現在,臨床
図3:年齢,HPV自然感染有無によるワクチン効果の違い Lehtinen, et al. Lancet Oncology 201222)のデータより作図
使用されているHPV予防ワクチンには4価ワクチン のガーダシル
®と2価ワクチンのサーバリックス
®の 2種類がある。いずれのワクチンも子宮頸癌予防の標 的は,子宮頸癌に占める頻度が第1と第2である HPV 16とHPV 18の2者と全く共通である。4価ワク チンは2006年に米国で初めて認可され,同年EUでも 認 可 さ れ た。 2 価 ワ ク チ ン は 同 様 に2006年 にEU,
2009年に米国で認可され,両者を合わせて,今日では 世界100か国以上で認可使用されている。本邦では世 界に遅れること2009年12月に2価ワクチン,2011年8 月に4価ワクチンが認可され,2010年度から多くの自 治体で13〜16歳に対する公費助成が行われ,2013年4 月からは定期予防接種に指定された。しかしながら,
昨今の副反応の報告や報道などにより,厚生科学審議 会による検討が行われ,副反応に関して国民に適切な 情報提供ができるまで積極的な接種勧奨を差し控える との決定がなされたまま,現在に至っている。
HPV予防ワクチンの副反応としては,接種後の局 所の疼痛はほぼ100%,局所の腫脹,発赤はほぼ70%
と極めて高頻度である。これはVLP接種による特異的 抗体産生の効率をあげるために,ワクチンにアジュバ ントが含まれていることに起因する。その他にも血管 迷走神経反射による失神,アナフィラキシー,ギラン・
バレー症候群,急性散在性脳脊髄炎,血小板減少性紫 斑病などの報告
16)があるが,本邦での頻度は欧米で の報告
17)と大差はなく,失神で10万接種あたり10件 程度,アナフィラキシーで1件弱程度である。失神は 特に思春期の女性で多いとされており,まさしく HPV予防ワクチンの接種対象と重なる。接種前に充 分な説明を行い,なるべく不安や緊張を取り除くこと,
接種後30分は座って経過をみることが重要である。ま た複雑性局所疼痛症候群(CRPS: Complex Regional Pain Syndrome)が疑われている,接種部位以外にも 神経性疼痛や運動障害が広がった症例も報告されてい る。CRPSは手術や外傷,また採血後などに,局所を 超えた疼痛がひろがる原因不明の症候群であるが,予 防接種後の発症もHPV予防ワクチンのみならず報告 されている
18)。その後,日本からの報告を受けて,
WHOによるHPV予防ワクチンの安全性を検討する会 議が行われたが,米国,オーストラリア,日本,ワク チン製造二社からのデータをレビューした後に,委員 会は現在使用可能なHPV予防ワクチンの安全性を引 き続き再保障する声明を発表している
19)。わが国から のCRPSの報告は注目すべきであるが,HPV予防ワク チンは世界中でますます使用が増えているにも関わら ず他の地域では同様の報告はなく,現在までのところ HPV予防ワクチンの因果を疑う理由はほとんどない と述べている。現在,わが国のHPV予防ワクチンが
おかれた状況では,まず副反応の報告例の詳細な検討 が先決である。その中で実際の副反応の頻度と重篤さ を客観的に評価すると共に,HPV予防ワクチンの因 果関係も明らかにする必要がある。現在,同年齢の HPV予防ワクチン接種者と非接種者の間で,副反応 として挙げられた症状を呈する頻度を比較検討してい るところである。HPV予防ワクチンが有する子宮頸 癌予防という重要性と,副反応の実態を充分に考慮し た上で,再度,定期接種として国民に接種を推奨でき る根拠となるデータを提供する必要がある。
HPV予防ワクチンは臨床応用から約10年を経て,
世界的な大規模ランダム化比較試験
20-22)から,悪性型 HPVの感染予防効果と,癌に極めて近いエンドポイ ントであるCIN3+ / AISの予防効果が明らかになっ た。しかしその中で,HPV未感染者とHPV既感染者 との間に予防効果に大きな隔たりがあることに着目し なければならない(図3)。2価ワクチンにおいては PATRICIA study
22)やHPV-048 study (not published)の内容の解析により,10-14歳のnaïve症 例の抗体価上昇が20-25歳症例と比較して極めて良好 なことが判明しており,接種年齢を10歳とした2回接 種の前向き比較試験がglobalに開始されている。子宮 頸癌予防ワクチンの接種奨励年齢を10歳とするのが世 界的なトレンドで,わが国の予防接種の公費助成対象 である13-16歳はいささか遅すぎる感がある。充分な HPV予防ワクチン効果を得るためにはHPV未感染の naïve症例への接種が極めて重要であるが,わが国の 女児の性交渉経験率の報告からみても,現行の接種対 象年齢では遅すぎることがわかる。学校における性教 育カリキュラムの問題などもあるが,現行の枠組みの 中では,最若年である13歳時点での接種の呼びかけと,
可能であるならば10歳での接種の検討が急務である。
お わ り に
わが国のHPV予防ワクチン接種状況は,接種割合,
接種年齢ともに残念ながら世界に大きな遅れをとって いることに皆が気づく必要がある。この事態を鑑み,
予防接種推進専本協議会の15団体と日本産婦人科医 会,日本婦人科腫瘍学会は共同で子宮頸癌予防ワクチ ンの積極的な接種を推奨する見解を発表したところで ある。より若年者への接種を励行するためには,産婦 人科医のみならず,小児科医や本邦におけるgeneral practitioner (GP)である内科医へのより一層の啓蒙 活動も極めて重要である。
子宮頸癌をひとりでも減らすためには,まずHPV
予防ワクチンの安全性を早急に再検討した上で,予防
投与としてHPV未感染のnaïve症例への接種率100%を
目指すこと,そして無症状者へのマススクリーニング としての子宮癌検診の受診率を現在の20%台から少な くとも50%台以上に伸ばすことが急務である。
最後に我々はより多くの医療従事者の子宮頸癌予防 に対する正しい知識を持ってもらうために,ICO(カ タラン癌医学研究所)Dr. Xavier Boschらにより作成 さ れ たe-oncologia Cervical Cancer Prevention Courseの日本語版をこの度,翻訳作成した。下記ア ドレスより無料で日本語コース受講が可能となってい るので,一人でも多くの方に受講していただき,正し い知識を持っていただきたいと切望している。
http://www.aulaeoncologia.org
文 献
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