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募研究シリーズ

社会連帯組織として

の非営利・協同組織

(協同組合)の再構築

杉本 貴志

関西大学商学部教授

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発刊にあたって

わが国において勤労者の生活を下支えし、コミュニティーの基盤となっていたともいえる 「社会連帯」の機能が、急激な社会環境の変化のなかでその役割を十 に発揮することが困 難になっています。そのような状況のなか、2007年全労済協会は社会環境の変化に応じた新 たな社会連帯のあり方や可能性を模索すべく、「社会連帯の再構築」をテーマに 募調査研究 を実施しました。 本報告書は多数の応募のなかから採用させていただいた関西大学商学部教授 杉本貴志氏 の「社会連帯組織としての非営利・協同組織(協同組合)の再構築」の研究成果です。 本研究は、協同組合に代表される非営利・協同組織が、社会連帯を再構築するための可能 性について、協同組合運動の理念・歴 を振り返るとともに、国内外の先進的事例に学ぶこ とにより 察しています。協同組合は、「社会連帯」「協同」を理念に掲げる組織であり、格 差の拡大、地域社会や家族の崩壊が言われる現代社会において、より一層真価を発揮するこ とが求められており、その期待に応えるためにも「社会連帯組織」という本来の性格をもう 一度再構築すべきだという観点から論じています。 そして、再構築するためにも協同組合が現下の社会問題、なかでも格差社会の象徴でもあ る「非正規」「労働」の問題にどう向き合っているのかを問うことの必要性を訴え、本来、協 同組合が抱いていた「社会連帯」「協同」とはどういうものであったのかを協同組合運動 、 思想 を振り返るなかから探っています。さらに、いま協同組合に求められているのは、組 合員の「協同」を取り戻すことだけに止まらず、組合員以外の人々をも視野に入れた「社会 連帯」であるとし、その可能性の萌芽を発展途上国の労働者支援として展開しているヨーロッ パのフェアトレード事業のなかに見出しています。 本報告書は、これからの協同組合のあり方についての示唆とともに、協同組合の歴 ・思 想研究の参 文献としても活用いただける内容になっています。本報告書が協同組合関係者 をはじめ、労働組合、NPO、社会的事業に携わる諸団体や研究者の皆さまの参 になれば 幸いです。 「 募委託調査研究」は、勤労者の福祉・生活に関する調査研究活動の一環として、 当協会が2005年から実施している研究です。勤労者を取り巻く環境の変化に応じて毎年 募集テーマを設定し、幅広い研究者による多様な視点から調査研究を 募・実施するこ とを通じて、広く相互扶助思想の普及を図り、もって勤労者の福祉向上に寄与すること を目的としています。 当協会では、これらの研究成果を「 募研究シリーズ」として順次 表しています。 (財)全労済協会

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かつて「一億 中流」というフレーズがあった。日本の社会は欧米社会とは異なって、 富の差が小さく、 質で、上流社会も下層社会もなく、中流の社会だけがあるのだという意 味で、ときには誇らしげに、ときには自虐的に、さまざまな場面で多用された言葉である。 はたして戦後の日本社会がほんとうに「一億 中流」であったかどうかは別として、すく なくとも現在と比較してみれば、一時期の日本がそうした用語が繰り返し われるような一 面を持っていたことには、多くの人が賛成・納得するだろう。 しかしいま、そのようなフレーズを人々の口から聞くことは稀である。この言葉が全く適 合しない状態に現在の日本があることに、異議を差し挟む人はほとんどいないであろう。現 在その代わりに毎日のように必ずマスコミ報道のなかで われる言葉は、「格差社会」である。 「終身雇用」や「年功賃金」が良くも悪くも日本的経営の特徴としてあげられていた時代 は終わった。いまや日本の労働者の3 の1、1,800万人が非正規雇用労働者であるという。 終身雇用はおろか、翌年の雇用の保証もない。昇給やベースアップどころか、賃金が次々に 切り下げられていく状態がずっと続いている。いまの若者、学生には、かつての世代が無意 識に、しかし確実に抱いていた、“収入というものは徐々に上がっていくものだ”という観念 などない。それはおそらく、彼らの労働や企業や生活に対する態度に、某かの影響を与えて いる。数年後の収入はもちろん、職業や住み処さえ定かではない、そんな状態におかれたと き、人はどのように対応するだろうか。労働生活を始めたそのときから、安定した雇用など 一度も経験したことがなく、職場の 康診断も、会社の福利厚生施設も、住宅ローンも、退 職金も、自 には全く無縁で えたこともないという人々の生活がどんなものか(そしてそ れを自らの将来の姿として見て育った子どもたちがどのような思いを抱きながら学 生活 を、あるいは職業生活を営むこととなるのか)、同じ勤労者であっても、そういう状態にない 人々には想像するのもむずかしいのではないだろうか。 若い世代の学習意欲や勤労・生活態度がしばしば揶揄される。しかし、豊かとはいえない までも、それなりに安定した将来を展望できた世代には全く理解できない行動や態度を若い 世代が示したとしても、そうした希望が全くない社会をつくりあげてしまった世代には、そ れを非難することはできないのではないか。 世代による格差だけではない。居住する地域による格差は、そうした傾向をある程度予想 しながらデータを取った担当者でさえ、驚くほどひどいのものとなっている。一般国民と比 べて比較的高収入といわれる生活協同組合の組合員でも、東北地方では年収400万未満の世帯 が4割を超えている。これは東京のそれの2倍以上である。かといって、大都市が全て豊か というわけではない。大阪では生活保護が自治体の歳出を圧迫するまでに膨らみ、大阪市の 歳出に占める生活保護費の割合は15%以上、門真市に至っては20%を超える。これは門真の 市税収入のおよそ4割にもなる数字である。 親の職業や資産に代表される家 環境による格差も、いまや学 教育をゆがめるほどに深 刻化している。給食費を払えない家 の増加、修学旅行に参加できない生徒の急増、保険証

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をもたないために病気になっても診察を受けられない子どもの存在が、マスコミによってし ばしば報じられる。地方の母子家 に生まれた子どもが、苦学の末、東京大学に進学し、一 部上場企業で成功の道を歩んでいくといった立身出世の物語は、例外中の例外であったとは しても、高度成長期にはまだ「物語」として語られる程の、かすかな現実性をもっていたで あろう。しかしいま、それは奇想天外な笑い話でしかない。 格差社会は、たとえ某かの多少のプラスを一部にもたらしたとしても、間違いなくそれを 遙かに上回るマイナスの影響を社会に生む。そんなことはすでに200年前の産業革命の時代、 われわれが学んだところである。そして、そうした格差社会への対抗策として生まれたのが、 「競争」に代わる「協同」を原理とした社会経済の 設をめざし、人々の「連帯」を説いた 協同組合の運動であった。 それはつまり、いま再び「非営利・協同組織、協同組合の時代」がやってきたということ なのか。 その答えは、ある意味では「イエス」であり、別の意味では「ノー」であろう。 前者の「ある意味では」というのは、「現実において」ということである。いくら協同組合 運動に好意的な人であっても、日本のいまの協同組合が格差社会に対して正面から立ち向か い、それに代わる社会の 設に向かっていると主張することはとてもできないだろう。それ どころか、協同組合の、たとえば雇用政策のなかには、それに逆行する事例さえ見出すこと ができる。 しかし「別の意味」で、すなわち「期待と可能性において」、非営利・協同を掲げる事業・ 運動体の潜在力は、その黎明期である産業革命の時代以来の高まりを示しているということ も、また間違いないことであろう。 それはすなわち、協同組合運動は「社会連帯組織」という、協同の事業・運動体がそもそ も持っていた性格をもう一度再構築すべきだ、ということを意味している。はたしてそれは 可能なのだろうか。 本研究「社会連帯組織としての非営利・協同組織(協同組合)の再構築」は、このような 問題意識を持って、全国勤労者福祉・共済振興協会(全労済協会)の2007年度 募委託調査 研究として2008年1月より2009年11月まで実施した調査・研究の成果である。本研究の一部 は、すでに研究期間中に以下の形で発表されているが、本報告書としてまとめるにあたって、 いずれの論 にも加筆・修正を施し、新たな 察を加えることによって、3部7章構成の報 告書として提出するものである。 「労働」をめぐる協同組合のビジネス・エシックス、『ビジネス・エシックスの新展開』(研 究双書第147冊)関西大学経済・政治研究所、123-137ページ、2008年3月31日。 格差社会における「非営利・協同」―差額室料問題に寄せて、『いのちとくらし研究所報』 (非営利・協同 合研究所いのちとくらし)24号、29-34ページ、2008年8月31日。

Japanese and British Fair Trade Movements Contrasted :Alternative Global Business Practices in the Owenite Tradition(with Dr. Hisashi Nakamura)、『ロバアト・オウエ ン協会年報』33、143-148ページ、2009年3月。

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(協同組合経営研究所)627号、80-90ページ、2009年9月15日。 地域医療と「非営利・協同」、中川雄一郎監修『地域医療再生の力』新日本出版社、2010年 1月25日。 非営利協同組織(協同組合)の現代的再生=社会連帯組織としての再 には、現状・歴 ・ 理論の三側面からの 察が不可欠であろう。本報告書は、筆者による、その研究の第一歩と なるものである。 なお、本研究の遂行にあたって、全労済協会調査研究部のほか、全労済本部、全労済中日 本事業本部、全国労済労働組合連合会ほか関係諸機関に、資料の提供、インタビュー、意見 換等で大変お世話になった。本報告書には、その調査結果を直接記述・反映させることが 十 にはできなかったが、全労済をはじめとする共済協同組合については、機会をあらため て、その社会連帯組織としての発展について、論じる機会をもちたいと えている。 研究代表者 杉 本 貴 志

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序 第 部 格差社会と協同組合 ―いま問われている「社会連帯」組織としての再 ―……… 1 第1章 協同組合と非正規雇用……… 2 第 部 歴 的展望 ―協同組合思想 における「格差」「労働」と「社会連帯」― ……… 11 第2章 「競争」の哲学と「協同」の哲学……… 12 第3章 協同組合運動と労働の思想……… 17 第4章 協同組合の「原罪」……… 25 第 部 社会連帯をめざす協同の事業 ―各種協同組合における倫理的ビジネスの展開と展望―……… 29 第5章 ヨーロッパ生協とフェアトレード事業……… 31 第6章 日本の生協における産直とフェアトレード……… 39 第7章 医療における「非営利・協同」と差額室料問題……… 47 おわりに……… 54 引用文献……… 56

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第 部

格差社会と協同組合

―いま問われている「社会連帯」組織としての再 ―

現代日本の格差社会にはさまざまな側面があり、それを生み出した原因にもさまざまなも のがある。しかし、何と言ってもその象徴であり、早急な解決が求められているのが、いわ ゆる「非正規労働者」の問題であろう。この、少し前までは全く聞くこともなく、例外中の 例外的な存在であった妖怪が、いま日本の経済社会を跋 している。 第Ⅰ部では、この格差社会の象徴ともいえる「非正規」を中心とした「労働」の問題に焦 点をあてて、非営利・協同組織が「労働」にどう向き合っているのか、現状を確かめ、課題 を える。 非営利・協同組織、協同組合においても、労働の「多様化」が進んでいる。それは一面で は勤務形態の多様なあり方を示し、労働者に多様な選択肢を与えることによって、フルタイ ム労働一辺倒の企業戦士的、滅私奉 的な労働観、雇用システムに風 を開けるものであっ たかもしれない。しかし多くの場合、それはあくまで て前であって、現実にはコスト削減 のため、事業体の都合によって、そうした労働形態が導入されてきたというほうが正しいで あろう。 購買生協でいえば、この問題は長らく「セ・パ」の問題、すなわち「正規職員」と「パー ト職員」の問題として捉えられてきた。激烈なコスト競争の流通業界を生き抜くために、生 協はその事業を全面的に定時職員に依存する雇用システムをつくりあげ、さらにその定時職 員に管理職的立場を任せる「パート店長制」に象徴されるような、パート職員に対する処遇 の複線化・多様化を図ってきたのである。 そして現在では、この「セ・パ」の問題に、生協が直接雇用しない労働者である「非正規」 職員の問題が加わり、生協における雇用体制はきわめて複雑なものとなっている。 つまり、「非営利・協同」を語る上で取り上げられることは一般に滅多にないことであるけ れども、営利企業において指摘される「非正規」の問題は、実は協同組合にもたしかに存在 するのである。そのことをまず、非営利・協同に関係する人々、協同組合の関係者はしっか り認識しなくてはならない。それが営利企業とは違って「社会連帯」をめざす組織・運動・ 事業であるならば、まずはその足元、自 たちの組織において、「非正規」の人々をどのよう に処遇しているのか、格差社会の象徴的存在である「派遣」「委託」労働をどう えているの か、示さなくてはならないであろう。協同組合の「社会連帯組織としての再構築」は、そこ から始まる筈である。 以下では、「非正規」に代表される労働問題から、非営利・協同の事業がいかに連帯組織と しての矜持を示しているのか、あるいは示すべきなのか、 えてみたい。

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第 1章

協同組合と非正規雇用

1 いずみ問題その後 1990年代、日本の生活協同組合運動に激震をもたらしたのは、大阪南部に展開する「大阪 いずみ市民生活協同組合」である。事業の急速な拡大と、ひときわ熱心な社会運動の展開で 生協界でも有名な存在であった「いずみ市民生協」が、トップの不祥事を内部告発され、そ れが生協界のみならず一般社会においても注目され、厳しい批判を受けたのである 。 内部告発者の「不当解雇」をめぐって裁判所にまで持ち込まれた「いずみ問題」は、日本 の生協運動が経験した最大の試練の一つとして、おそらく今後も長く記憶されることとなる だろうが、そこからの再生を図るいずみ市民生協は、CSR推進室や、生協外部の委員を含 む社会的責任検討委員会を発足させた。そして、日本の生協ではおそらく初めての本格的な 「社会的責任(CSR)報告書」を 刊するなど、いまや日本の生協界において、CSRの 最先頭を走る生協であるといってもいいだろう。現在のいずみは、かつてのような無法・放 漫な経営者とは無縁である。しかもそれだけでなく、事業成績においても、長期の経済停滞 状況下で悪戦苦闘する他生協を尻目に、いずみ市民生協はトップクラスの事業成績を誇って いる。 クリーンで、しかも剰余を生む経営とはまさに理想的であるが、いったいその秘密はどこ にあるのだろうか。 もちろん、それを単一の原因に求め、単純な要素に還元することはできない。現在のいず みが誇る数字は、組合員と経営陣の双方が、不祥事を乗り越え、他生協以上に 力を挙げて 生協事業に結集し、達成した数字であって、成功の要因を過度に抽象化することは戒めるべ きであろう。しかし、いずみの実情を知る多くの論者は、そうした多様な要素のなかでも、 とりわけ、いずみ市民生協が人件費等のコストの大幅な圧縮に成功したことが大きいのでは ないかと えるであろう。 消費生協の購買事業において、多くの生協がもっとも苦労しているのは店舗部門である。 生協の無店舗事業は、人件費、設備費、商品ロスなどの点において、他の流通小売業に対し て相当のアドバンテージをもっている。店舗等の設備が不要で、配達1週間前の予約注文に より過剰在庫の心配がないことから、無店舗事業はきわめて無駄が少ない業態である。それ 故、多くの生協は長く「共同購入」に代表される無店舗事業を稼ぎ頭とし、その収益に支え られて、生協事業全体が維持されてきたという歴 をもっている。言い換えれば、ほとんど の生協において、収益の点だけでいえば、店舗事業は無店舗事業に支えられる存在だったの である。 ところが、いずみはこの店舗部門においても、他生協を圧倒する数字を残している。その いずみ市民生協における不祥事については、杉本 2000を参照。

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要因のひとつは、店舗で働く職員にある。彼ら/彼女たちのなかに、いずみ市民生協に雇用 された職員はいない。店舗で働く人々は全員が「(株)コンシェルジェ」という会社の従業員 である。「コンシェルジェ」はパート、アルバイト等を含めて従業員1,000名以上を擁する、 いずみ市民生協の子会社(グループ会社)である。そしてその労働条件は、親会社であるい ずみ市民生協本体に雇用されている人々のそれと同一ではない。この「差」がなければ、わ ざわざ子会社を設立して店舗の運営を任せる意味はないのであるから、この「差」がいずみ の店舗部門の好調な数字の要因のひとつであることは間違いないであろう。 いうまでもなく、こうしたグループ会社の設立や、その従業員を生協事業において活用す ることは、法的に認められたことである。また後述するように、いずみ以外の日本のほとん どの大規模生協は、無店舗事業において、委託・請負という形で生協組織の外から労働者を 迎え入れているし、派遣という形で本部業務に外部労働者を登用している生協も珍しくない。 それらに比べれば、いずみの店舗従業員は、グループ企業の従業員という形でむしろ生協運 動の枠内にいる人々だと見ることもできるであろう 。ここで確認すべきことは、かつて社会 的責任経営という点で大きな禍根を残し、その反省から、CSRにもっとも熱心に取り組ん でいる、このいずみ市民生協においても、日本の社会全体に既に深く浸透してしまった「労 働の多様化」と無縁ではあり得ない、ということである。 低価格化の競争に全く巻き込まれずに生き残ることができるような生協は、中∼高所得層 だけを対象にした生協以外、あり得ないというのが日本の経済社会の現状である。それでは、 価格競争に打ち克つためにはどうすればいいのか。誰もがまず えつくのが人件費の削減で あり、そしてそれは、しばしば「労働の外部化」とイコールで語られる。ひとはそれを「合 理化」と呼ぶのである。われわれは、生活協同組合であっても、営利企業と同じく、それが 非正規労働の処遇問題の当事者であることをあらためて確認する必要があろう。 協同組合は、格差社会の抱える最大の問題のひとつ、非正規労働の問題を、自らの問題と して捉えなくてはならないのである。 2 「非正規」労働の現状 実は生活協同組合において「非正規」労働の存在が実践家のあいだで話題になり、研究者 のなかで意識されたのは、「派遣切り」や「年越し村」が世間を騒がし、非正規労働の問題が 国民的な注目を集める少し前のことだった。 それは、現在は「パルシステム」と名を変えた首都圏コープ事業連合が「個配」の斬新で 大々的な展開によって、生協界で一躍寵児となったときのことである。 戦後日本の生協を特徴づけるものは、何と言っても「班」の存在である。生協は、主婦組 合員を班に組織し、それを基礎として無店舗事業という新たなビジネスモデルを確立した。 第1章 協同組合と非正規雇用 したがって、いずみ市民生協のCSRレポートには、この(株)コンシェルジェの人々も随所に登場してい る。問題が無視されているわけでは決してなく、筆者もメンバーである、いずみ市民生協の社会的責任検 討委員会において、生協本体の職員と子会社の従業員との問題をどう えるか、今後大きなテーマのひと つとなろう。

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店舗を持つことなく、しかも消費者の自宅まで一軒一軒配送することもなく、数名から10名 程度で組織された「班」を末端の商品配送ポイントとして利用することで、生協はきわめて 低コストの予約販売システムを構築することができたのである。 しかし90年代になると、それまで主婦として家の中にいた女性達が社会へ続々と進出する ことによって、専業主婦の存在を前提としたこのシステムが生協の主力業態として生き残る ことはきわめて困難であることが、誰の目にも明らかとなっていた。次は、班を経ないで組 合員宅に直接配送する「個配」の時代だということは誰もが感じていたことであるが、実際 に班配を個配に切り替えることは、コストの点からきわめて困難だった。班は数名の組合員 から成り立っているのであるから、個人宅に配送することは、班に配送する数倍の手間がか かる。これをどう解決するのか。各生協では、組合員の有償ボランティアに頼る「メイト」 システムなどが開発され、試行された が、結局、もっとも成功し、未だに唯一続いているの が、首都圏コープ事業連合によって開発された新しい配送システム、すなわち外部専門業者 への配送業務の全面委託である。 都市型の個人を単位とした「21世紀型生協」を名乗る首都圏コープの個配モデル「パルシ ステム」は、ライフステージ別カタログの開発 等を伴って、全国の生協から注目される。生 協研究者の一部からは、このモデルは非正規労働者が大量に存在することで初めて成り立つ ものであり、それをどう えるべきかという指摘もなされたが、結果的に、正規職員による 配送の個配や、メイトによる個配が廃れていくなかで、個配をコスト的に成立させる実質的 に唯一の方法として、各生協がパルシステムに続くということになるのである。 もちろん生協にも、コールセンターのように、個配とは関係なく非正規労働が広がった職 場もあるけれども、とくに地域生協については、90年代以降、個配が急速に発展したことが、 他の営利企業と同等あるいはそれ以上に生協が非正規労働を積極的に採り入れることに結び ついたということができるのではないかと思われる。 いまや非正規労働者抜きでは、ほとんどの生協は事業的・経営的に成り立たない。そして その「非正規」のあり方も多様化している。現在の生協は、かつてのように「セとパ」だけ 第 部 格差社会と協同組合 「メイト」あるいは「サポーター」などと呼ばれる組合員ボランティアによって遂行されるこの個配シス テムでは、生協は「メイト」になることを引き受けた組合員宅に、その近隣の組合員が注文した品物をす べて配送する。そしてメイトは、それらを近隣の組合員宅に自らの手で一戸一戸届けるのである。わずか な手数料のみでこうした任を引き受けるメイトに全面的に依存した個配システムは、生協における21世紀 の新しい協同の形を示すものだと一部で評価されたが、配送という生協業務の根幹を有償ボランティア的 な存在に全て任せることに伴う問題(責任の所在、メイト希望者の不足/過剰/偏在など)を克服するこ とは困難であることが次第に明らかとなり、メイト制度は徐々に姿を消していった。 生協の無店舗販売において 用される注文用のカタログには、全ての組合員に役立つように、乳児用品か ら高齢者向き商品まで、あらゆるものが掲載されているが、これに対してはしばしば「カタログが膨大す ぎる」「とても目を通せない」「資源の無駄」といった批判が投げかけられてきた。そこでパルシステムは、 都市型消費者は3つのライフステージに大別できると え、子育てファミリー向けの『マイキッチン』、子 どもが独立した大人だけの世帯向けの『きなり』、そして初めて出産を経験したママ向けの『ヤムヤム』と メインのカタログを3種類に け(さらに希望者向けのオプションカタログが数種類ある)、組合員の希望 によって、どれが届けられるのかを選択できるようにしたのである。ややもすれば多様な消費者のあり方 を無視して単純・単一な消費者像を描きがちな生活協同組合において、組合員の多様性に着目したこのよ うな試みは画期的なものとして特筆される。

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では語れない。他の流通業と同じく、かつての生協事業は、とくにその店舗運営において、 「セ=正規職員=フルタイム労働者」と、「パ=パート職員=定時労働者」の、2種類の労働 者で成り立っていた。しかし現在では、生協がそのように直接雇用する人々だけでも、フル タイムの定時職員、管理職的業務に就く定時職員、一時的なアルバイト職員、長期アルバイ ト職員、嘱託職員、再雇用職員、定年 長職員等々、非常に多様化している。そしてそれに 加えて、派遣会社から派遣されてくる職員、業務委託契約を結んだ会社の社員、生協が設立 した子会社の社員、その子会社に派遣されてくる派遣社員等々、生協が直接雇用しているわ けではない、これまた多様な雇用形態の非正規職員が生協の業務を担っているのである。 生協において「非正規」というとき、それはこうした非直接雇用の人々を指すことが多い。 むしろパート職員は、正規職員に準じる存在として、準正規扱いされることもあり、一般に 経営側からも労働側からも生協労働者の一部として語られるが、そこから抜け落ちた存在が、 まさに「非正規」というほかない待遇にある、外部雇用の労働者である。そして実は多くの 生協において、組合員と直接接する現場の多くは、彼らに任されているというのが現状であ る。組合員に商品を届けるのも、組合員の苦情を電話で受けるのも、当の組合員はおそらく 知らないことだが、実は生協の職員ではない。「仲間づくり」といわれる新規組合員加入の勧 誘までも、実際に行っているのは外部企業の社員だという生協もある。組合員から見れば、 「外部雇用の非正規職員=生協の顔」ということも、往々にしてあることなのである。 それにもかかわらず、現在のところ、生活協同組合における非直接雇用、非正規雇用が量 的に、また質的に、いったいどのような実態となっているのか、本格的で大規模な調査はま だほとんど行われていない。生協や、その連合会による実数の集計が 開されることもなく、 研究者による本格的な調査とそれに基づく 察も未だ発表されていない段階であり、生協に おける「非正規」問題を えるにあたっては、いくつか個別の事例を見ることによって、現 状を類推し、論じるほかないのである 。 購買生協については、くらしと協同の研究所の所報『協う』101号(2007年6月)が関西地 区のある生協を取材し、生協で働くアルバイト労働者、派遣労働者、委託労働者の実態をレ ポートしている。 それによれば、この生協の職員構成は、正規職員34%、パート職員30%、アルバイト職員 20%、委託社員9%、派遣社員7%となっており、人材派遣会社から派遣された社員が組合 員と直接接するコールセンターの仕事を、生協から委託された物流会社の社員が組合員に商 品を配送する仕事を、それぞれ担っている。そのなかには、若年男子という、かつては非正 規労働者としては想定外だった層の人々が、正規職員としての採用を願いながらもそれがか なわず、非正規のアルバイト的な低賃金労働に従事している例も含まれているが、おそらく この生協の例は、日本の多くの生協における「非正規」雇用の標準的なあり方を示すもので あろう。共同購入に代わって生協の主力業態となりつつある個配を担うのは、多くの生協に おいて、生協に常勤で雇用されている職員ではなく、外部の企業に雇用された労働者である。 かつて生協の正規職員論のなかで、生協の根幹となる業務は正規職員で担うことを堅持す そのような状況のなかでは、『「生協における働き方研究会」報告書』(生協 研レポート58)における非正 規職員を含む生協労働者へのアンケート調査とその 析が注目される。 第1章 協同組合と非正規雇用

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ることにして、それ以外の周辺業務を非正規の職員に任せることもできるのではないかとい う提案が研究者からなされたこともあったが、現状はそれを遙かに超えている。組合員との 接触という、業務における中核中の中核というべき業務を、外部労働に頼っているのが多く の生協の実情である。 3 「非正規」労働の課題 アウトソーシングによるコスト削減ということがよくいわれる。しかし、それが好ましい ことであるか否かは別にして、本来こうしたことは理屈の上では成り立たないことだろう。 外部の人間に業務を任せれば、理論的にはそこに介在する仲介企業の取り だけ、コストは 必ず高くなるはずである。しかし現実がそうはならないのは、ひとつは往々にして企業は内 部の人間=正規社員には保証している労働条件を外部の人間には与えていないから、つまり は不当に安く外部労働力を っているからであり、もうひとつは、近年些か怪しいものとな りつつあるとはいえ、日本の企業においては、正規社員については一般に終身雇用制と年功 序列的な賃金システムとが採用されていることから、いったん正規社員を採用すれば、その 人間を数十年にわたって雇用し続け、次々にふさわしいポストを用意し、それに見合った給 与を払い続けなければならないからである。 前者の 等待遇の問題は後に検討するとして、後者の問題は地域の購買生協においても人 事上非常に重大な問題と認識されてきた。一般に地域生協の職員は、新卒で生協に就職する とまず共同購入の配送業務に従事し、数年その務めを果たして組合員組織としての生協を現 場で身を以て体験したあとで、店舗なり本部なりに移動し、徐々に経営管理的なポストに就 く。これが生協職員の一般的な業務経験、昇進のパターンである。 しかし、組合員や事業高が右肩上がりに急成長を遂げていた時代であれば、そうしたジョ ブコースをまわしていくことに問題はなかったが、低成長あるいはマイナス成長の時代を迎 えて、多くの生協にはそれが甚だ困難となってきた。無店舗事業の配送業務は、組合員と接 するという点で、生協職員にとってきわめて魅力的な業務であるとともに、商品の配送とい う、肉体的には相当きつい仕事である。そこでこうした業務は専ら20代の若手職員に任され てきたのだが、そうして10年以上の経験を積み、30代あるいは40代になっても、与えられる べき次のポストの空きがないという問題に多くの生協が直面している。その解決策が、外部 の派遣・委託会社に若い労働力だけを供給してもらうという形での非正規労働の導入だった。 多様な非正規労働を導入するにあたって、企業も協同組合も決まってその理由として「働 き方についての多様な選択肢の提供」ということをあげる。たしかに、そうした側面が全く ないとはいえないが、ほとんどの場合、それは企業の本音ではないだろう。それは非営利企 業である地域生協においても同様なのである。 しかしながら、大手の地域生協であっても、そうした大勢とは異なる方針を明確に掲げる 生協もある。福岡県を代表する地域生協「エフコープ」は、「現在、派遣社員の切り捨てや労 働環境の悪化など、多くの労働者が苦しんでいる状況がある中で、生協としてその環境を変 えていくことが必要ではないか」と え、「個を認めあい、個を磨きあい、自律型人材へ」と 第 部 格差社会と協同組合

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いう人事理念を策定し、他の多くの生協とは異なり、配送業務を委託労働に任せることを意 識的に拒否している。 「エフコープでは現在、配送業務に委託社員はいません。この理由も人事理念にかかわっ てくるのですが、梶浦理事長(当時、専務)から全職員に向けて発信された、『(前略)確か に経営効率を えれば配送業務を委託するという方法も えられますが、エフコープの基本 理念「ともに生き、ともにつくる、くらしと地域」に基づき、人を大切にしたい。そして、 配達担当者は人と人とをつなぐ協同の要であると思います。それにかかわる職員は、一つの 制度できちんと処遇すべきで、頑張っている人がいれば、同じ土俵で処遇していきたいと えています』を基にしています。」 さらにこのエフコープは、直接雇用の非正規職員について、注目すべき人事制度の改革を 行っている。 エフコープの職員には、正規職員からなる「経営スタッフ」と、パートタイマーからなる 「定時スタッフ」のほか、「専門スタッフ」という職種があった。「専門スタッフ」は、いわ ばフルタイムのパート労働者であり、配達業務に従事し、正規職員とほぼ同じように働くけ れども、正規職員ではないという存在であった。このような存在は他の多くの生協にも見ら れる(見られた)ものであり、そこに、「ほとんど同じ業務に就きながら、なぜ待遇(給与、 退職金、福利厚生等々)において大差がつくのか」「それをどう正当化するのか」という大き な問題が生じてきたのである。 そこで、これを「外部の委託職員化する」というのが多くの生協の選択であったが、前述 のように、エフコープはその道をとらなかった。エフコープは「専門スタッフ」を正規職員 の「経営スタッフ」と統合し、あたらしく「フルタイムスタッフ」という制度に統一する。 そしてこの「フルタイムスタッフ」と「定時スタッフ」の 等待遇(同一評価制度、賃金表 の完全比例化)を図るのである。これによって、従来からあった「雇用形態の移行制度」、す なわち「定時スタッフ」から「フルタイムスタッフ」への転換、あるいはその逆の転換も、 職能資格等級の基準が統一化されたことにより、よりスムースになった。 このようなエフコープの人事制度改革は、理念として賛同する意見は強くても、実際に導 入するのにはさまざまな困難と抵抗があるとされる、ヨーロッパ型の「人事における 等待 遇」を生協界でいち早く取り入れることに成功した先駆的事例であるといえる。 もともと日本の生協は、「パート労働者の戦力活用」策として、パート職員の管理職への登 用制度や、パート職員の正規職員への移行制度の構築に熱心だった。コープこうべは「パー ト店長制」を一般スーパーに先駆けて導入し、大きな話題となっていたし、「エキスパート職 員」「パートナー職員」等の名称で、パート労働者のなかで専門的職能を担う人材を制度化す る施策も、さいたま、さっぽろ等々、多くの生協で試みられている。問題は、それがパート 職員にいかなる実質的な利益をもたらすものであるかと同時に、それがいかなる理念に基づ くものであるか、であろう。 西田 2009、42ページ。 第1章 協同組合と非正規雇用

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4 「非正規」雇用と社会的責任 パート店長制やエキスパート職員制に対する評価は、パート職員のあいだでも二 される。 パート職員にも権限とそれに見合う待遇を保証するための第一歩として、それを積極的に評 価する意見もあれば、本来は正規職員が担うべき役割までも低賃金のパートに押しつける、 単なるコスト削減策だとして、その意義を否定する意見もある。 個々のケースを無視して、こうしたパート職員の複線化を一概に評価することはできない が、一般論として確実にいえることは、労働のあり方の多様化は、次の2つの条件が保証さ れる限りにおいて、有意義なものとなり得るということである。それはすなわち、いかにそ のあり方が多様であったとしても、それぞれに対する待遇が原則として等しく 正であるこ と、そしてさまざまな働き方を労働者自身が自由に選択でき、途中で別の働き方に移行する ことが保証されていること、である。 等待遇とはかけ離れたシステムでは、多様化は弊害 しかもたらさない。自由な選択が許されないところでの多様化は、単なる差別である。 その意味で、非正規労働においても、労働条件のみならず人事制度の設計についても労 のあいだで実効ある話し合いが保証されることが不可欠であるが、これまで地域生協が「パ ート」という非正規労働の問題に、競合する営利の流通業者に比べれば比較的良心的な形で 向かい合うことができてきた理由のひとつは、多くの生協で、パート労働者も正規労働者と 同じく労働組合のメンバーとなっており、正規労働者の力も借りながらパートの待遇改善運 動を展開し、生協の経営側もそれなりにそれに応えてきたということがあげられよう 。 しかし、パート労働者の労組組合員化では進んでいる生協においても、派遣や委託といっ た「新しい非正規」労働者には、そうした組織がないのである。 「非正規」雇用の問題に対して、これまでの生協を初めとする協同組合陣営の え方は、 それは事業の問題ではなく、組合員活動その他の運動の領域に属する話であり、他の社会運 動とともに世論と政治を動かす以外に解決は困難であるというものだった。協同組合がいく ら事業において努力しても、それは無力であるというのである。 しかし、ますます深刻化するこの問題の展開のなかで、一部の協同組合組織においては、 これに対して事業の中で対応していこうという動きが見られる。それは、格差の拡大ととも に経済的な地位を失い「底辺」に追いやられていく、非正規労働者に代表される人々を、自 たちの事業の対象として取り込もうという動きである。 たとえば購買生協では、福島県の地域生協「コープあいづ」が、商品の質はよいかもしれ ないけれども価格が非常に高いという、これまで生協がもたれていたイメージ を一新するよ うな、圧倒的な低価格を実現するディスカウント業態の開発に2009年より乗り出している。 共済生協の全労済でも、2009年4月、失業者や雇い止めにより社宅からの退去を余儀なくさ この点で、今後は他の協同組合組織、たとえば全労済においても、非正規労働のシステムが働き方の多様 なあり方をもとめる層のニーズに応えているか、非正規労働者自身の要求を組織化し、それに応える制度 が事業体内部に整備されているか、等々の形で、組織内における非正規雇用のあり方を えることが課題 となって来るであろう。『労済労連第21回定期大会議案書』では、労働組合の立場から、この問題が運動方 針の筆頭に掲げられている。 第 部 格差社会と協同組合

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れた労働者を対象とした低廉な掛金の傷病見舞保障制度を 設したり、雇用調整により掛金 の支払いが困難となった組合員に対して、契約の中断などの支援策を講じたりしている。 生協の組合員は一般国民に比べて学歴の上でも年収の上でも上位にあるというのが従来の 組合員調査で必ず指摘される傾向であったが、その生協組合員でさえ、ここ10年のあいだ、 世帯年収の落ち込みが著しい。全国生協組合員意識調査によれば、1997年から2009年の12年 間に、夫婦あわせての収入が200万円未満という組合員が4%から8%へ、200∼400万円未満 という組合員も14%から27%へ、それぞれ倍増している。その結果、10年前には4割強だっ た600万円未満層が全体の過半数を遙かに超え、7割弱にまで増加しているというのが実情で ある 。そうした状況に応じる形で、購買生協でも共済生協でも、組合員に向けての事業展開 の拡張が試みられているのである。 しかし、売価や掛け金を安くすることは、この問題に対する必要不可欠な対症療法ではあ っても、残念ながら、その抜本的な治療に結びつくものではおそらくない。社会連帯組織た る非営利・協同の事業体、協同組合組織にもとめられているのは、社会の中で活動する非営 利事業体としての雇用責任を果たすという形で、この「非正規」問題に風 をあけることで あろう。労働形態にかかわらず人事における 等処遇を追求するエフコープは、次のように 訴える。かつて添加物まみれの世のなかにおいて赤くないウィンナーを開発するという「非 常識」な態度をとった生協は、雇用問題でもそうした「非常識」を貫くべきではないか、と 。 われわれは、そうした「非常識」が、非営利事業体としての社会的責任の遂行にはときと して不可欠であるというだけでなく、それが時には組織の事業的な成功にも結びつくものだ ということを認識すべきであろう。 たとえば障害者雇用を例に取ろう。企業に課せられた障害者の雇用義務は、社会貢献とい う点で拒否することはできないとしても、企業経営にとっては邪魔物以外の何物でもないと いうのが、おそらくは多くの経営者の「本音」であろう 。ところが、そうした思い込みを根 本から覆すのが、大不況下にあって大手では唯一好調な業績を残している小売業「ユニクロ」 である。同ブランドを展開するファーストリテーリング社は、法定雇用率の実に4倍以上の 障害者、それも主として知的障害者を雇用し、それを戦力化することに成功している。 生活協同組合においても、法定雇用率を達成して都道府県知事より表彰を受けたり、共同 作業所と連携して障害者の自立を支援したりする事例がしばしば見られるが、そのような障 害者雇用における優良生協であっても、一般の職場のなかで、非障害者と一緒に、およそ8% の障害者が働いているという光景は、想像を絶するものかもしれない。ユニクロは、こうした 障害者雇用を実行しながら、小売流通業界のトップランナーとして君臨しているのである 。 全国の生協組合員を対象にした意識調査では、「生協の商品価格は全体に市価よりも安い」と感じるかとい う問いに対して、78%の組合員が「そうは思わない」と答えており、生協店舗の評価においても、安全性、 品揃え、鮮度、対応などの諸項目の内、もっとも評価が低い項目のひとつが「商品の価格」である。(『2009 年度全国生協組合員意識調査報告書』2009、117ページ、104ページ。) 同上、28ページ。 西田 2009、41ページ。 従業員56名以上の企業は従業員の1.8%以上の障害者を雇わなければならないというのが日本の法定雇用 率であるが、厚生労働省によれば、この基準を満たしている企業は未だ全体の半 未満であり、障害者の 実雇用率は1.63%にとどまっている。 第1章 協同組合と非正規雇用

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われわれはそこに、雇用面でも社会連帯を追求する事業体としての協同組合を思い描くこ とは単なる非常識ではなく、夢物語でもない、というメッセージを見出せないだろうか。 ユニクロは、特別な職場を作って障害者を集めるのではなく、各店舗に最低1名の知的障害者を配属する という形で障害者雇用率8%を達成している。知的障害者は、他の社員やアルバイト労働者とともに、チー ムワークで店舗運営に参加しているのである。これに対して生協の場合、その多くは「共同作業所」的な 場を設けることで障害者雇用を実現しているのが現状であり、「ノーマライゼーション」という点で、ユニ クロはその一歩も二歩も前を進んでいるというべきであろう。伊藤 2010を参照。 第 部 格差社会と協同組合

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第 部

歴 的展望

―協同組合思想 における「格差」「労働」と「社会連帯」―

「非営利・協同」の思想あるいは協同組合運動とは、「競争」を基本原理とする資本制経済 によって失われた社会・経済・文化における社会的連帯を、「協同」を基本原理とする事業・ 運動の展開によって、もう一度回復しようという思想であり運動である。しかし、協同組合 の事業的・経済的な力が拡大するのと反比例するかのように、「事業を営むことによって運動 の目標(すなわち社会連帯を取り戻すこと)を追求する」という、この事業体の目標は徐々 に薄れていくことになる。目標を追求するための手段であったはずのものが、いつのまにか 自己目的化していく。そして事業を遂行する組織としての性格を強め、体制を整え、変革を 図っていくなかで、もともとはその本質ともいえたはずの社会連帯組織という特質を弱め、 失うどころか、ある意味ではそれに相反するような動き・性格さえも、協同組合の事業展開 のなかに生まれるに至っているのである。 この第Ⅱ部では、もう一度この「非営利・協同」の協同組合運動の歴 を振り返り、その 原点を確認するとともに、上述したような傾向がなぜ、いかにして生まれてきたのか、協同 を掲げ、訴えた人々の思想 、運動 を 察する。 そうした作業によって、現代協同組合運動の源流ともいわれるロッチデール 正先駆者組 合の 立当初より、「社会連帯の再 」を指向して結成されながらも、協同組合は社会の広範 な人々の「連帯」をめざすという点で重大な問題を抱えていたこと、言い換えれば、協同組 合は生まれながらにしていわば「原罪」をはらんでいたことを、われわれは確認することと なろう。 その「原罪」を乗り越えることが出来たとき、協同組合組織は社会連帯組織として誰から も認められる存在となることができるのである。

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第 2章

「競争」の哲学と「協同」の哲学

1 オウエンと「協同」の原点 「非営利・協同」の思想と運動は、いつ、なぜ、どのようにして生まれたのだろうか。本 章では、社会連帯の思想として、いかにこの思想と運動が生まれたのか、その原点を確認し よう。 「非営利・協同」を標榜する運動は世界各地でさまざまな形で展開されており、そのルー ツも多様であるが、ここではイギリスの協同組合運動を中心に取り上げよう。協同組合は、 いうまでもなく現在「非営利・協同」の中心的存在となっているが、その発祥は通常19世紀 のイギリスにもとめられる。この「産業革命」と呼ばれる世界 的大事件の中心舞台であっ たイギリスにおいて、「協同」という え方がどのように生まれ、それが「協同組合」という 経済的事業体として、さまざまな領域において、いかに世界に広がっていったのかを振り返 るとき、まず登場する人物が、「協同主義運動の 」とも呼ばれるロバート・オウエンである。 1771年、ウェールズの小都市ニュータウン(Newtown)に生まれたオウエン(Robert Owen)は、開明的な工場経営者として、あるいは社会改革家として、あるいは教育思想家と して、今日では「非営利・協同」関係の著作物や社会思想 ・経営 の書物のみならず、た とえば学 教育の教科書にも登場するほどの人物であるから、協同組合関係者ならずとも、 名前を聞いたことはあるという人は少なくないだろう。オウエンの名がここまで有名となっ たのは、「競争」を基本原理として、まさに弱肉強食の様相を呈していた当時のイギリス社会 に対して、彼が「協同」を原理としたまったく新しい社会の 設を呼びかけたこと、そして それがのちに協同組合運動として世界中に広まったこと、によるものである。 オウエンが生きた19世紀前半のイギリス社会は、「世界の工場」といわれ、全世界に広がっ た植民地や 易相手国から富を集める、地球上でもっとも豊かな社会であると同時に、労働 者がかつてなかったほど悲惨な生活を余儀なくされる、きわめて しい社会でもあった。今 日の日本以上に、ひどい「格差社会」のなかで、オウエンは生き、思索を深めていったので ある。のちに工場経営者として世界的な名声を得るオウエンがイギリスの産業界において頭 角を現し始めていた19世紀の初頭、イギリス産業革命は、とくに都市部において深刻な 困 を生み出しつつあった。保 衛生や医療の水準が今日からすればきわめて低かったことから、 当時のイギリス人はまさに「人生五十年」という言葉がそのままあてはまるような生活を送 っていたのであるが、それすらも主として田園地方の裕福な人々についていえたことであり、 都心部の 困層にとっては「人生五十年」でさえ、夢のまた夢であった。 衆衛生改革の先 駆者チャドウィックによって、当時の平 寿命は、農業地帯(ラトランド州)の地主階級で 52歳、新興工業都市(リヴァプール)の労働者で15歳と算定されている 。 角山栄ほか 1983、pp.189-190.

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現代社会の幕開けともいえる産業革命期のイギリスで、つまり歴 上世界でもっとも豊か な段階に到達したはずの社会において、階層間でこれだけ平 寿命に差があったこと―そし て労働者のそれが高度に発達した産業社会とは思えないくらい、著しく低い水準に依然とし てあったこと―には驚かされるが、オウエンは、自身が成功した工場経営者でありながら、 こうした現実から、「競争」がいかに社会に弊害をもたらすかを学んだのであろう。有名な「性 格形成原理」は、そうしたオウエンの社会観察から生まれた えである。オウエンは、自ら の社会観の根本にある え方として、この原理を基本に据えることによって、「競争」がいか に人々の生活と精神に有害であるかを雄弁に語ることができた。生まれながらの悪人などい ない。労働者の生活が荒れ、精神がすさんでいるのは、彼らが上層階級とは異なる劣った種 族として生まれてきたからではなくて、競争社会のなかで彼らが虐げられ、教育もろくに受 けられないような境遇にあるからである。オウエンの競争批判の根底には、このような彼の 人間観、社会観があった。 2 スミスと「競争」の経済学 一方、「競争」を積極的に評価し、これを基本とした社会の確立を思想的・理論的に説いた のは、経済学の といわれるアダム・スミス(Adam Smith)である。スミスは、利己心を もった個々人間の競争こそが生産力の発展をもたらし、国富を増大させる原動力だと えた。 個人の利己心が結局のところ社会全体の豊かさに結びつくのだから、一見卑しいもののよう にも思われる金銭欲も否定されるべきものではない。インチキな商売をせず、誠実に、 し い人にも安くて良質なパンを売ってくれる商人は、決して慈善の心でそうしているわけでは ないとスミスはいう。彼はただ自 のパンの評判を高め、その売り上げを伸ばしたくてそう しているのだ、つまり個人的利益の追求が、「神の見えざる手」の働きで、結果的に しきも のにも利益となっているのだというのである。 したがって、スミスにとって必要なことはただひとつ、そうした利己心の発揮=競争を妨 げる各種規制を撤廃することだった。 民に劣悪な品質のパンを高価で売りつける悪徳なパ ン屋がいるとすれば、それは悪徳なパン屋を保護する規制があるからであり、パン屋間での 競争状態がないからいけないのだ、というのがその理屈である。競争はたしかに不平等を生 み出すかもしれないが、競争がなく平等なアメリカ先住民の しい社会よりも、不平等であ っても競争がある豊かなイギリス社会を誰もが選ぶだろうとスミスは える。平等かどうか ではなく、絶対的な富の豊かさが大切なのだという競争社会論がこうして基礎づけられたの である。 このようなスミスの自由競争論には、90年代から21世紀初頭にかけて、イギリスでもアメ リカでも、そして日本においても猛威をふるった新自由主義の規制緩和論を思い起こさせる ものがあるが、競争が富の増進と社会の進歩をもたらすと信じる点において、現代日本の規 制緩和論者と200年以上前のスミスとは基本的に一致している。ただ両者が違うとすれば、そ れは18世紀に生きたスミスは、そうした競争の行き着く先には実は想像を超えるような格差 と 困の社会が待っていることを知らなかったこと、また彼は、競争に参加するものが皆「フ 第2章 「競争」の哲学と「協同」の哲学

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ェアプレー」の精神を身につけていることを前提として自らの競争論を組み立てていたこと、 である。スミスは、フェアな競争を当然の前提として、競争の利益を説く学問=経済学を体 系づけたのであり、利潤獲得の飽くなき追求から昨今の企業や企業経営者がしばしば垣間見 せるような行動は、およそ彼の想定しなかったものであろう。『国富論』と並ぶ主著『道徳感 情論』を繙けば、スミスが弱肉強食の社会を宣揚するような人物でなかったことは明らかで ある。 しかし、スミスの真意はどうであれ、19世紀になると時代の進行とともに「競争」は「 しさ」を大量に生み出し「格差」を固定化し、拡大させていく。そして、スミス『国富論』 を嚆矢とする経済学(イギリス古典派経済学)は、それを正当化するイデオロギーとしての 役割を受け持つことになるのである。丁稚奉 から始めて、工場経営者にまで登り詰めたオ ウエンは、実業界における自己の豊富な体験と見聞を下敷きに、それに「ノー」の声をぶつ けたのだった。 3 オウエン派協同思想の発展 スミスよりも50年ほど遅く生まれたオウエンは、弱肉強食のビジネスの世界で生きるなか で、自ら大発見と呼ぶ「性格形成原理」に基づいて、競争社会への疑問と、それに代わる協 同社会 設への確信を深めていく。そして彼は、ついには成功した工場経営者の地位を捨て、 アメリカで、あるいはイギリス各地で土地を購入、その上に協同で生活する住居や協同で働 く工場・農場を 設し、協同と自治の原理で運営される協同の村(協同体)づくりに献身す ることとなるのである。 1820年代から30年代にかけて、宗教に頼ることも、移民で新天地をめざすことも、あるい は政治の力にすがることも、自 たちの境遇を改善するためには無力であると悟った労働者 達は、オウエンの え方に熱狂し、オウエン派協同主義の運動はイギリス国内最大の社会運 動体に成長する。英語の「社会主義(socialism)」という語は、もともと彼らオウエン派 (Owenite)を指し示すためにつくられた言葉である。 「いのちとくらし」は競争によっては豊かにならない。競争社会を捨てて、協同による助 け合いの社会を 設しなくてはならない。オウエンとオウエン派はこのように社会連帯の再 を訴えたのである。 4 「非営利・協同」の展開=協同組合運動へ いかにオウエンに財力と人望があったとしても、資本制経済下の競争社会のなかで土地を 買い、そこに「協同の村」を 設することでこの社会が一気に変わるなどということは、夢 物語というほかない。そこで後世、オウエンはしばしば「ユートピア社会主義者」「空想的社 会主義者」などと呼ばれることとなる。 しかしオウエン派の運動は、夢だけではなく、実際に大きな成果を遺産としてわれわれに 第 部 歴 的展望

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残した。それが協同組合運動である。今日、世界最大の民間組織「国際協同組合同盟」に結 集する全世界の協同組合は、8億人以上の人々を組合員として抱えているといわれる。 協同組合は、オウエン派の運動から生まれた運動体であり、事業体である。しかしオウエ ンその人が推進した協同体 設と違って、協同組合運動は次の点で、より現実的であったと いえるであろう。それ故、この運動は今日に至るまで世界中で実践されているのである。 まず、オウエンは自身を含めた富者の力に期待していたが、協同組合運動は労働者が自 たち自身の力で自 たちの境遇を改善しようという「自助」「共助」の運動である。「協同の 村」 設には多額の資金が必要だが、自信家のオウエンは、自 の主張を理解さえすれば、 世の中の人々は 富の別なく皆賛同し、支援を申し出るはずだという、楽観的な えを抱い ていたようである。しかし、彼の主張に賛同して集まったオウエン派の人々は、そうではな かった。彼らは、現社会で富を独占している富者には期待できないことを理解しており、自 たちの力で協同体 設を進めるには、段階的な戦略をとらざるを得ないと える。そこで、 まずは協同の「店」づくりから始めて、そのなかで蓄積した資金を って、徐々に村づくり を進めていこうと計画したのである。 これこそ、今日でいう「生協」の店舗の元祖といえるであろう。 また、性格形成論(人の性格は生まれながらに決まっているのではなく、環境や教育によ って形づくられるものである、とする え方)を唱えたオウエンは、競争社会を一気に変革 し、生活のすべてを協同化する社会の 設を説いていたが、協同組合は、そのような「生活 全般の協同」ではなく、人々の生活の「部 的な協同」を追求している。たとえば生協の事 業は、消費物資の購入という点での消費者の共同事業であり、農協のそれは、農民が生産し た産品の共同出荷事業であったり、生産に必要な肥料その他の共同購入事業であったりで、 あくまで経済生活の一部を協同の力で成し遂げようというのである。 つまり協同組合運動は、そこに集まった人々が自らの力をあわせて協同し、生活の中の一 部 を協同化する事業として営まれることとなったのである。言い換えれば、「競争」から「協 同」へと社会原理を根本的に改革することで、まったく新しい協同原理の連帯経済を 設し ようとしたオウエンの運動は、競争社会のなかでの「連帯」「協同」により、人々の生活を守 り抜こうという協同組合運動へと、転換したのだった。 それはある意味では運動の進化であり、ある意味では妥協でもあったろうが、こうした「部 的な協同」の追求のなかで、さまざまな領域に特化した各種協同組合が発達する。消費の 領域や生産の部面、金融・保険の 野、あるいは保 衛生・医療・福祉の場面において、協 同組合が次々に 生するのである。 5 競争経済のなかでのジレンマ しかし、「部 的な協同」を追求するということは、社会全体の改革=協同社会の実現とは 根本的に異なる道であり、そこには当然のことながら、新しい難題が待ちかまえている。 市場を基礎とした競争社会を前提にして、そのなかでの「協同」によって人々の経済的、 社会的、文化的地位の向上をめざす事業体であれば、それは当然、市場経済において、営利 第2章 「競争」の哲学と「協同」の哲学

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企業と対峙することとなろう。ここから、「競争」を否定する「協同」の事業体による「競争」 が始まる。協同組合は、協同の理想の実現のためには、競争に打ち克たなくてはならない。 それは協同組合内部における、競争体制への整備を伴って、初めて可能となろう。こうして、 協同組合における営利企業化、といって悪ければ効率化の追求が始まる。 協同組合運動の精神的 といわれるロバート・オウエンは、実は協同組合には否定的であ ったと伝えられている。彼は、自 の影響下にあったオウエン派の人々が設立した初期協同 組合の店舗設立運動に対して、消極的、懐疑的であったというのである。 その真意は未だ十 究明されているとはいえないが、彼の性格形成論との関連から、これ を 察してみるべきであろう。 オウエンによれば、人の性格を決めるのは周囲の環境である。したがって彼は、労働者の 解放のためにはその環境=社会が変わらなくてはならないとした。オウエンの社会改革論は、 彼の人間性理解と不可 のものである。そうした彼の見解からすれば、弟子たちの進める店 舗の設立といった漸進的な政策は、我慢がならないものであったかもしれない。そのような 部 的な協同の試みではなく、土地を買い、協同でくらし、協同で働く協同の村を 設する こと。そうした生活全般の協同を、たとえ富者の寄付を募ってでも一気にやり遂げなければ ならないというのがオウエンの えだった。 これはしばしば、オウエン自身の慈善的あるいは家 長的な立場からの社会改革論と、弟 子のオウエン派による労働者階級の自助の運動としての社会改革論との相違として捉えられ る。それはたしかにそうなのだが、部 的な改革など無意味であり、社会全体を一気に変え なくてはならないのだとするオウエンによる性格形成原理に基礎づけられた協同組合店舗へ の批判は、その後の協同組合の苦闘と変質とを先取りして警告しているものでもあると見る ことも、できるのではなかろうか。 オウエンの死後、協同組合は世界的に大発展を遂げた。現在では組合員8億人を超える、 国境を越えた大事業体に協同組合は成長したけれども、それでもまだ、オウエンによる協同 組合への懐疑は完全には払拭されてはいないのではないだろうか。いかに大きな事業体とな ったとしても、はたして社会を変えているのか。それは協同組合関係者が常に持ち続け、答 え続けなければならない、自らへの問いかけであろう。 第 部 歴 的展望

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第 3章

協同組合運動と労働の思想

1 協同組合運動の源流

一般に協同組合運動の源は1844年 立のロッチデール 正先駆者組合(Rochdale Equi-table Pioneers Society)であるとされる。全世界の協同組合が共通の基本方針とする「協同 組合原則」が、 正先駆者組合のいわゆる「ロッチデール原則」を基礎とし、それを国際協 同組合同盟が時代に即して改訂したものである ことを えれば、そうした見方にもある程 度根拠があるというべきであるが、“世界で最初に協同組合の店舗が設立されたのがロッチデ ールである”“ロッチデール 正先駆者組合こそ世界最古の組合である”などというのは、(協 同組合関係者のあいだでさえ、しばしば見られる)完全な誤解である。 利潤目的ではなく、人々が協同して出資を寄せ合い、それをもとに自 達自身が利用する 店を開き、それを自ら運営することを協同組合の運動であり店舗であるというのであれば、 ロッチデール 正先駆者組合は、 上最初の協同組合店舗ではない。その前 として、オウ エン派初期協同組合運動と呼ばれる、決して小規模とはいえない、むしろ大々的な協同組合 運動が存在する。1820年代から30年代にかけて、オウエン派によって、イングランド全土で 250を超える協同組合の店が設立されたといわれているから、これを無視することはきわめて おかしなことだと言えるだろう。前 である初期協同組合の性格を検討することを抜きにし ては、ロッチデール 正先駆者組合がなぜ生まれたのかを正確に理解することもできないの である。 とくに本研究がテーマとする「社会連帯組織としての協同組合」という問題を えるとき、 初期協同組合運動のそもそもの目的と経緯を 察することはきわめて重要である。1820∼30 年代にイギリス全土で展開された協同組合運動は、一般にオウエン派の初期協同組合運動と 呼ばれるけれども、そこには次の2つの重要な社会連帯の思潮が存在することを指摘するこ とが出来よう。 ひとつは、第2章で見たように、ロバート・オウエンの「性格形成原理」を基礎とする協 同主義の思想と運動であり、もうひとつは、「労働」をめぐる当時の重要な思想潮流、すなわ

1937年に国際協同組合同盟(International Co-operative Alliance)によって定式化された「ロッチデー ル原則」は、⑴ open membership(開かれた組合員制)、⑵ democratic control,one man one vote(民 主的管理、1人1票)、⑶ dividend on purchase(利用高に応じた割り戻し)、⑷ limited interest on capital (出資に対する利子の制限)、⑸ political and religious neutrality(政治的、宗教的中立)、⑹ cash trading (現金取引)、⑺ promotion of education(教育の促進)の7つであり、その後原則は「協同組合原則」 と名前を変えて2度改訂されている。現在の原則は、1995年に定められた7つの原則、すなわち⑴ volun-tary and open membership(自発的で開かれた組合員制)、⑵ democratic member control(組合員によ る民主的管理)、⑶ member economic participation(組合員の経済的参加)、⑷ autonomy and indepen-dence(自治と独立)、⑸ education,training and information(教育、訓練、情報提供)、⑹ co-operation among co-operatives(協同組合間協同)、⑺ concern for community(コミュニティへの責任)である。

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