浪川 幸彦
May 30, 2007
1 数の近似
1.6
応用:収束の厳密な定義数の近似の理論への応用として,収束についての数学的に厳密な定義をする。「限りなく 近づく」は,誤差がいくらでも望むだけ小さくできるという命題の抽象化で,その厳密な定 義のアイデアは工学部の人達にはむしろ分かりやすい。しかし数学的な言い回しに,述語論 理と呼ばれる特殊なものがあって,慣れないと難しく感じられる。
1.6.1
数列の収束高等学校では数列
a n
がa
に収束することを「限りなく近づく」こと「定義」した。しか しこれは数学的な定義になっていない。次の定義は19
世紀のチェコの数学者Bolzano
による もので,ε− N
論法と呼ばれる。これを解析学の教科書に取り入れて普及させたのはCauchy
である。Definition 1.6.1.
数列{ a n } ∞ n=1 = { a 1 , a 2 , a 3 , . . . , }
Definition 1.6.2.
数列{ a n } ∞ n=1
がある実数a ∈ R
に収束するとは,任意の正数
ε > 0
に対し,自然数N
が存在して,すべてのn > N
に対して,| a n − a | < ε
が成立することである。このとき
a
を 数列{ a n }
の極限値という。Remark. i)
感覚的な言い方に近づけるために,「任意の正数ε > 0
に対し」のところを「どんな小さな
ε > 0
に対しても」と言ったり,「自然数N
が存在して」の部分を「十分大きな自然数
N
を取れば」と言ったりする。ii)
この定義は顧客との間のやり取り(一種のゲーム)と考えると分かりやすい。aという値1
を期待している顧客に対し,こちらは製品
{ a n }
を準備している。顧客はそれぞれある誤差ε
の範囲の製品ならば購入するという。{ a n }
がa
に収束するとは,いかなる顧客の要求に対し ても,こちら側が「それならN
番目以降の製品a n
を選んでください」と対応できる(ゲー ムで言えば,こちらが必ず勝つ)ことを言うのである。Definition 1.6.3. i).
収束しない数列は発散するという。これを厳密な言い方で言えば,いかなる実数
a ∈ R
に対しても,正数ε > 0
が存在して,いかなる自然数N
にたいして も,あるn > N
が存在して| a n − a | ≥ ε
が成立するとなる;
ii).
数列{ a n }
に対し 任意の正数K > 0
に対し,自然数N
が存在して,すべてのn > N
に対し,an > K
が成り立つとき,数列{ a n }
は∞
に発散するといい,an → ∞
と書く;iii).
数列{− a n }
が∞
に発散するとき,数列{ a n }
は−∞
に発散するといい,an → −∞
と 書く次の収束数列の基本的な性質はこの定義から証明される。
Proposition 1.6.4. i).
極限値は存在すればただ一つである;ii).
収束数列は有界である。ただし実数のある部分集合A
が有界であるとは,実数a, b
が存 在して,A⊂ [a, b]
が成り立つことである。iii).
すべてのn
に対しa n ≤ b n
で,an → a, b n → b
ならば,a≤ b
である。Proposition 1.6.5. a n → a, b n → b
とするとき,i). a n ± b n → a ± b;
ii). ca n → ca
(cは定数);iii). a n b n → ab;iv). a n /b n → a/b(ただし b n 6 = 0, b 6 = 0
とする)Remark.
この命題は,後段の数列が「収束して,その極限値が○○である」ことを意味する。Proposition 1.6.6. i).
(挟みうちの原理)an ≤ b n ≤ c n
で,かつa n → a, c n → a
とすると き,bn → a;
ii). a n ≤ b n
で,かつa n → ∞
のとき,bn → ∞
;iii). a n ≤ b n
で,かつb n → −∞
のとき,an → −∞
Remark.
これらの命題を用いることによって,微分積分学で厳密な定義がひつようなのは,ごく限られた場合になる。
数列の収束を示す最も基本的な定理は次のものである。これは実は実数の公理(定義)の 本質的部分に当たる。
Theorem 1.6.7.
有界単調数列は(ある極限値に)収束する。次の命題はあまりに当たり前に思えるが,じつは「実数の定義」から導かれる。
Proposition 1.6.8 (
アルキメデスの公理).
数列{ n }
は∞
に発散する。Corollary 1.6.9.
数列{ 1/n }
は0
に収束する。Remark.
高木貞治著「解析概論」は微分積分学のもっとも権威ある教科書の一つであるるが,そこでは実数の厳密な定義(公理)が述べられている。その一つの形ではこの命題を「公理」
に加えなければならないのにそれをしていない。そのため上の系を証明なしに使うという誤 りを犯している。
工学部の皆さんが必ず知っていなければならない基本的な事実は次の無限大に発散する 数列
{ n k } (k > 0), { a n } (a > 1), { n! }
の,発散の大きさ(位数)の違いである:Proposition 1.6.10.
n→∞ lim n k
a n = 0, lim
n→∞
a n n! = 0.
Remark.
参考のためにこれらの命題の証明を書いておこう。lim n→∞ n k /a n = 0.
まず
k = 1
の場合を証明する。a= 1 + h, h > 0
とおけば,n≥ 2
で,二項定理によりa n > n(n − 1)h 2 /2
よりn
a n < 2
(n − 1)h 2 → 0.
k
一般の場合。k < m
となる自然数m
を取る。m√
a > 1
だから,k = 1
の場合よりn/(
m√ a) n → 0.
よってn m /a n → 0.
一方n k /a n < n m /a n
から,nk /a n → 0.
lim n→∞ a n /n! = 0.
アルキメデスの公理から,a < N であるような
N
を取れば,N < nに対し,0 < a n n! = a N
N ! a
N + 1
a N + 2
· · · a n
< a N N!
a N + 1
n−N .
a/(N + 1) < 1
だから,n→ ∞
で右辺の極限は0.
したがって挟み打ちの原理で求める極限 も0.
1.6.2
関数の値の収束関数の値の収束は,連続性の概念に用いられるので重要である。この場合の厳密な定義は
ε − δ
論法と言われる。Definition 1.6.11. y = f (x)
をx = a
の近くで定義された関数とする(x= a
では定義されて いてもいなくてもよい)。「xがa
に近づくとき,関数f(x)
の値がA
に近づく」とは任意の正数
ε > 0
に対して,正数δ > 0
が存在して,0< | x − a | < δ
であるすべてのx
に 対し,| f(x) − A | < ε
が成立することである。これを
lim x→a f(x) = A
と書く。Definition 1.6.12. x = a
の近くで(x= a
を含む)定義された関数y = f(x)
がx = a
で連続 であるとは,x→a lim f (x) = f (a)
が成り立つことである。Remark.
このような厳密な定義が重要になったのは,「連続関数列の極限が必ずしも連続にならない」ことなどが注意された結果である。つまり普通の連続と,「一様連続」とを厳密に区 別する必要が生じたのである。すなわち先の定義に出てくる
δ
はε
だけでなく,aにも依存 して変わる。これがある集合I
のなかで,aに依存しないように取れる場合をI
で一様連続 であるというのである。一様連続にならない最も簡単な例は
y = 1/x, 0 < x < 1
である。x= 0
の近くで,一様に ならない。一様連続を保証する最も大事な定理は
Weierstrass
によるものでTheorem 1.6.13.
有界閉区間I = [a, b]
で連続な関数は一様連続である。この事実は例えば「連続関数は定積分可能である」という定理を証明するのに用いられる。
前回の出席レポートへのコメント
●レポートの問題について
今回の課題はとても良く出来ていました。形式的な議論で十分であったことも幸いしたよ うです。
講義が終わって出席レポート用紙が配布された後に教室に入ってきた人達が何人かいまし た。これは講義に参加したとは見なせませんので,今後出席レポート配布後は入室禁止の措 置を執ります。このような姑息な手段をとる人達がいることはとても残念です。私の講義に 出る価値を認めないのであれば,堂々と欠席してください。
また出席レポートに名前と学生番号しか書いていない場合,講義内容を全く理解していな いレポートも出席点はつきませんのでそのつもりで。●レポートでの質問へのお答え 問. 「白銀比」というのがあると聞きましたがどんなものですか?答.
√
2
または1 + √ 2
の ことを黄金比に準じるものとして白銀比(silver ratio)
と言うようです。後者は無限連分数と して[2; 2, 2, 2, . . .]
と書け,黄金比の[1; 1, 1, 1, . . .]
との対比があります。前者は半分に切ると また相似になるという性質で特徴付けられ,用紙サイズの縦横の比として現れます。第 3 回レポート
次の要領で第
3
回のレポートを提出してください。•
課題:1.ニュートン法を用いて,√
32
を小数点以下5
桁まで正しく計算してください(正しいことのチェックを含む);
2.学生番号のチェックデジット(最後の一桁の数字)に従って指定された次の数
N
の平方根を循環連分数の形で求め,その4
次までの近似分数を計算してください:デジット
0 1 2 3 4
N 20 11 12 13 14
デジット
5 6 7 8 9
N 15 6 7 18 29
•
期限:6月6日次回講義終了時•
提出方法:手書き,電子メールいずれも可(下記の注意参照)•
注意:レポートの最初に学生番号・氏名を必ず明記すること•
このレポートは採点の上返却します電子ファイルで提出するときの注意:
•
ファイル様式はpdf, MSWord
のいずれか。後者は拡張子.doc
のものに限る;•
電子メールで受け取ったときは必ず受領した旨の返信メールを出します。したがって 送ってから3
日経っても受領の返事が来ない場合には未着の可能性があるので,確認 のメールを出すか,再送信してください。連絡先
•
研究室:理1号館506
号室•
オフィスアワー:木曜日11:30〜12:30(それ以外の場合は事前にアポを)
• E-mail : namikawa@math.nagoya-u.ac.jp
• Tel.: (052-789-) 4746
• Website : http://www.math.nagoya-u.ac.jp/˜namikawa/
講義を欠席した人は,ここから配布プリントをダウンロードして下さい。