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「中+ヲ」状況構文の他動性再考

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(1)

九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

「中+ヲ」状況構文の他動性再考

謝, 新平

上海海洋大学

http://hdl.handle.net/2324/1495014

出版情報:福岡教育大学国語科研究論集. 50, pp.28-48, 2009-02. 福岡教育大学国語国文学会 バージョン:

権利関係:

(2)

「中+ヲ」状況構文の他動性再考

謝 新 平

はじめに

本稿では、例文(1)(2)に示す、いわゆる「状況格」(JI 「ヲ」を伴う状況構文につ いて議論する(2)。(なお本稿での例文では、目的名詞句部分を一重下線で、動詞 句部分を二重下線で表示する)。

(1)  彼は雨の中ヲ歩きながら、もう一度後の架空線を見上げた。 (芥或)

(2)  お君は背中の子供を揺すり上げ、炎天の下ヲ走った。 (小父)

移動動詞・移動動詞構文についてはこれまで多くの研究が行われてきた。移動 の「ヲ」格も「目的格」の一種であり、移動動詞構文にはある程度の他動性があ ると考えられている。しかし、本稿で議論する状況を表す「ヲ」格は移動自動調 と共起する問題の他、又、移動自動詞とは単純に対応しない問題もある。

本稿では認知言語学のプロトタイプ論に基づき、形式的に典型的な他動詞構文

「ヲ+他動詞jから離れた、「中ヲ」状況構文の、自動詞との共起、後続動詞と単 純に対応しない現象を周辺現象と考え、日中両語の対照比較の視点からもその意 味的他動性を議論する。

結論として、形態的・形式的には「中ヲ

J

状況構文は、図

1

のように典型的な 他動詞構文とは異なり、周辺的存在であるが、意味的には構文により他動性がや や高いものから低いものまである。また移動構文と区別しにくく両者の連続性も 見られる。具体的には、「ヲ」に対応する動詞が表面に表れず潜在化しているが、

動作主から見れば「中ヲ」名詞句が「悪状況」を表している場合は、動作主がこ の「悪状況」を気にせず対処していく、或いは、我慢し、対峠していく意味合い がある。中国語との比較により、その意味合いが一層明確になる。この場合の状 況構文は意味的他動性がやや高い。

(3)

図 1 状況構文と典型的他動詞構文との関係図

従来の研究と問題点、及び本研究の課題

2 . 1  

従来の研究と問題点

状況格の「ヲ」について、これまで柴谷や許斐らの副詞説と、杉本や寺村の状 況・移動説および準必須補語説で説明がなされて来た。本節では先行研究を概観

し、その問題点を考えてみる。

(A)副調説

柴谷(1

9 7 8

)や許斐(

1 9 9 3

)らの「副詞説」は、主に以下の

2

点を根拠にして いる。

根拠

1:二重対格目的語制限(一つの文は対格を二つとることができない)

を受けていない

根拠

2 :  I

ヲ」格句と動詞が、(例文

3

)の「雨の中ヲ登りきった」のように

「目的語一動調」の関係を表わしていない。

これらの根拠を支える例として以下の例を示した。

(3)  少年は雨の中ヲ坂を登りきり、院長の前で立ち止まり、ぴょこんと頭を

下げた。 (柴谷1

9 7 8 )

( 4 )  

彼は雨の降る中ヲ八木山峠を超えて行った。

( 5 )  

お忙しい中ヲよくいらっしゃいました。

(6)  4人の学生は日吉館を出ると、厳しい寒気の中ヲ徒歩で新薬師寺へ向かっ

た。 (許斐1

9 9 3 )

以上のように、副詞説の根拠の根本には「一文一格の原理jがある。この点に 関して、杉本(

1 9 9 3

)は必ずしもどのような格にも成り立つわけではないとの疑 問を呈し、場所の「に」は一文に二つ共起することがあるとしている(例文:

(4)

「東京には上野に動物園がある」)。また、杉本(1986)も「ヲ

J

格の聞に何らか の語が入り、連続性が無ければ問題がなく(例文:「三郎は太郎ヲ無理やり次郎 ヲ殴らせた」)、「二重対格目的語制限」は絶対的でないことを主張した。筆者も 杉本と同様に、「一文一格の原理

J

の妥当性はまだ議論の余地があると考える。

例えば、例文:「歌を、詞を作っている。

J

のように「ヲ」格が連続して現れるこ ともできる。

(B)状況・移動説

杉本(1986)は最初、状況格の「ヲ」格を「状況補語」と主張した。その後、

杉本 (1993)は状況格の「ヲ」も移動格「ヲ」の一種であり、意味的に共通性が あり、別扱いする必要がないと考え直した。すなわち、状況格の「ヲ

J

格を文法 格の目的語と類似性がある中間のものであるとし、連続的に状況格の「ヲ j を捉 えた。移動説の根拠は以下の

4

点である。

根拠 1:例文(7)(8)のように「状況補語」か「移動補語」かが暖昧な場合があ る。

根拠

2:例文(9

)のように何らかの移動性を伴う動詞とのみ共起する。

根拠

3 :  r

状況補語」は「中」などによって場所化される。

根拠

4:例文(8

)仰のように「一文一格の原理」に反しているように見える場 合は、状況補語「濃霧の中」が広い範囲、移動補語「峠」が狭い範 囲というように、「全体」と「部分」の関係で成り立っている。

(7)  桜吹雪の中ヲ歩いた。

(8)  桜吹雪の中ヲ道を歩いた。

(9)  太郎は友人の制止の中ヲ次郎に殴りかかった。

(10)  濃霧の中ヲ峠を超えた。 (杉本1993) 以上のように、杉本(1993)は、状況の意味を表す「ヲ」格を移動自動詞と共 起する「ヲ」と同様、移動の場所と考え直した。しかし、問題は、共起する動調 は必ずしも移動自動詞ばかりではないことである(例文:「吹雪の中を山小屋を 探した」)。筆者が一番問題視しているのは、状況を表す「ヲ

J

格が移動の場所を 表す「ヲ

J

と異なる点であり、移動動詞とは単純に対応しない点である。この間

(5)

題について杉本(

1 9 9 3

)も「状況補語は、移動補語と比べて、動詞との結び付き が弱い。このため、状況補語への動作の影響度が低く、直接受動文の主語にはな らないと考える」と指摘し、移動動詞と共起する「ヲ j格の違いと、状況「ヲ」

と動詞との対応問題を認めている。つまり、状況「ヲ j格と共起する動詞の問題 は解決できたと言えない。

(  c

)準必須補語説

寺村

( 1 9 8 2

)も状況格の「ヲ」格を文法格の目的語と類似性がある中間のもの であるとし、連続的に状況格の「ヲ

J

を捉えた。寺村

( 1 9 8 2

)は格を補語とし、

述語にとってそれがなければ描写が不完全と感じられる補語を「必須補語」、そう ではないものを「副次補語」と呼んでいる。二分できない場合、または述語の下 位分類にとっての意味が大きいと思われるものを「準必須補語

J

と呼んでいる。以 下の「ヲ」格を「準必須補語」としている。

日街道ヲ行く。

( 1 2 )  

こんな大雨の中ヲ来てくださった・・

(13)  夕焼けの空ヲ西へ帰る雁の群れ。 (寺村1

9 8 2 )

寺村は、「行く、来る、帰る」などは移動動詞の特殊なものであり、「ヲ j は通 り道を表わしている、と述べている。また「ヲ」格を使う動機は、移動のイメー ジを思い浮かべさせ、一つの情景を醸し出す「ヲ jの力にある、としている。な お、(例文1

2

)だけが本稿で議論する「状況格

J

である。

以上のように寺村(

1 9 8 2

)は、杉本(1993)と同じく、状況「ヲ」格を移動

「ヲ」格と一緒にして、典型的他動詞文と状況「ヲ」格を連続的に捉えているが、

それ以上深く言及していない。

2 . 2  

本研究の課題

先行研究では幾つかの間題が残されている。先ず、「ヲ」格が典型的な目的語 か移動の目的語か、或いは状況の目的格か見解が一致していない。第

2

に、「ヲ」

格と動詞との結び付きの問題も残されている。副詞説では対応する動詞がないと 主張する。それに対して、目的語説では「状況補語は、移動補語と比べて、動調

(6)

との結び付きが弱い」としながらも、移動性のある動詞と共起し移動目的語と類 似、している、としている。

先行研究は「ヲ j格と「中ヲ」名詞句の意味合いを複合的に考える視点が欠け、

また、共起する動詞の議論が不十分であり、文全体の意味的特徴についての議論 が少ないなどの問題が残されている。本研究では、このような問題点に鑑み、次 の

3

点から、状況構文の意味的他動性について考察していく。

1:「中ヲ」名詞句の多義性 2

:「ヲ

J

格の意味的多義性

3:「ヲ」格と共起する動詞の問題

「中ヲ」名調句の多義性

先行研究では、状況格構文の「中ヲ」名詞句が移動動詞の移動目的語であるか どうかが重要視されていた。しかし、本研究の収集例文と先行研究の例文を概観 すると、「中ヲ」名詞句の意味的特徴は「移動場所j より、動作行為の行う「状 況」・「状態」のほうが多い、しかもその「状況と状態j は好ましくないことが圧 倒的に多いことに気づく。

本研究では芥川龍之介の

40

短篇と小林多喜二の

1 0

短篇からすべての「ヲ」格名 詞句を抽出した。その結果、状況「ヲ」格名詞句例文は

1 0

例のみであった。これ らの用例に共通する「中ヲ」名詞句の意味的特徴を見てみよう(後節での中国語 との対照比較の観点、から中国語訳を付けている)。

日4) 然しそれだとしても、苦しい中ヲ通っていたので一一秋になって、雑穀 の出廻期になると、姉は学校を帰るなり、輸出青疏豆の「手撰工場」へ

行った。 (小同)

訳:既使知此,組姐也述是在困苦中求学。因此,一到秋天染者良上市的 季市,姐姐放学回来就到出口青疏豆的手工迭豆工場去芳功。 (傷田)

(15)  彼は雨の中ヲ歩きながら、もう一度後の架空線を見上げた。 (芥或)

訳:他冒雨走着,再次仰望了一下后面的架空銭。 (龍某)

側 お君は背中の子供を揺すり上げ上げ、炎天の下ヲ走ったD (小父)

(7)

訳:阿君揺晃着背上背着的該子,在盛夏的烈日底下迅胞。 (傷慰)

間 そこへ割引の電車が来た。こみあっている中ヲ、やっと吊皮にぶら下が ると、誰か後から自分の肩をたたく者がある。 (芥父)

訳:汗来ー柄減伶加班牢,卒上彼排,我好不容易弧住投手。速吋有人

人人背后拍了拍我的肩跨。 (龍父)

( 1 8 )  

乗った時と同じように、こみあっている中ヲ、やっと電車から下りて停

車場へ入ると…… (芥父)

訳:屯卒述是上的時候那ム挟好不容易才下了牟走道火牟姑ー看…・・・

(龍父)

( 1 9 )  

雪もよひの空の下ヲ西へ西へと走っていた。 (芥訊)

訳:在雪花行将瓢落的天空下,一直往西航行着。 (龍訊)

間 ……血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中ヲ、遠い遠い 天上から、銀色の蜘昧の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、

一筋細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではありませ

んか。 (芥蜘昧)

訳:拾起失来往血池上空牌目一望,只見寂静弄常的一片黒暗中,人人遥 逗的天迫垂下一銭銀色的蜘妹盆,宜的悌↑白被人友現似的,抱損着一銭 細長的微光,軽捷地朝自己共上垂桂下来。 (龍蜘昧)

ω 

俊吉は全てに無頓着なのか、不相変気の利いた冗談ばかり投げつけながら、

目まぐるしい往来の人通りの中ヲ、大股にゆっくり歩いて行った。 (芥秋) 訳:也

i

午俊吉是対一切都漫不径心H巴,他依旧一迫妙

i

吾連珠地閃

i

炎,一 迫i互ヲ干大歩在令人眼花療乱的行人中間行走着。 (龍秋)

凶 医者が雨の中ヲ帰った後、慎太郎は父を店に残して、急ぎ足に茶の間へ

引き返した。 (芥律)

訳:大夫官雨回去以后,父親留在店里,慎太郎急忙回到吃飯向。 (龍阿)

ω 

僕はこの担架に乗せられたまま、大勢の河童の群がった中ヲ静かに何町

か進んでゆきました。 (芥河)

訳:我被拾上担架,周囲掬着一大群水虎。我伺静静的前遊了好凡百米。

(龍水)

(8)

以上の「ヲ J 格名詞句には、ほとんどの場合、明らかに「話し手」あるいは

「動作主」から見て「状況」が好ましくないか特殊である、という意味的共通点 がある。さらにこの「状況」は新しい情報を示す「未知状況」ではなく、既に分 かっている情報「既知状況」である。

例えば、例文(凶は動作主の「姉」から見れば、「苦しい中 J は「苦しい J 「状況」

の、困窮状態である。例文( 1 日も動作主の「彼」から見れば「雨の中」の「雨」は 決して良い「状態」ではない。同じ悪い天気を表す例文( 1 6 )の「炎天」、( 1 9 )の「雪 もよひの空」、 ( 2 2 )の「雨」、仰の「そのひっそりとした暗」なども同様である。ま た、車内状態を表している例文( 1 7 ) ( 1 8 )も同様に、「こみあっている J 状態は動作主 の視点から見て好ましくない状態である。例文( 2 1 )も「目まぐるしい往来の人通り j

も「歩く」動作主から同じ苦痛の状態である。

さらにこの「状況」は新しい情報を示す「未知状況」ではなく、情報が既に分 かっている「既知状況」である。例えば、例文 ω では、「苦しい状況」である条 件が分かつた上に、「それだとしても」「通っていた」という条件複文から分かる ように、その状況が「既知状況」である。中国語訳も「既使如此」という譲歩複 文(前文がある事実を認め、後文が反対の角度から逆の意味を述べる文)になっ ている。

以上は主語の位置にある動作主の視点から本研究の収集例文の「中ヲ」名詞句 の意味的特徴について検討したが、次は先行研究の「中ヲ」名詞句を見ていこう。

(例文( 3 ) 〜 ω は再掲)

(3) 

少年は雨の中ヲ坂を登りきり、院長の前で立ち止まり、ぴょこんと頭を

下げた。 (柴谷 1 9 7 8 )

(4) 

彼は雨の降る中ヲ八木山峠を超えて行った。

(5) 

お 忙しい中ヲよくいらっしゃいました。

(6)  4

人の学生は日吉館を出ると、厳しい寒気の中ヲ徒歩で新薬師寺へ向かっ

た 。 (許斐 1 9 9 3 )

(7) 

桜吹雪の中ヲ歩いた。

( 8 )桜吹雪の中ヲ道を歩いた。(道経路)

(9) 

太郎は友人の制止の中ヲ次郎に殴りかかった。

(9)

側濃霧の中ヲ峠を超えた。

ω 

こんな大雨の中ヲ来てくださった・

凶穏やかな春の陽の中ヲ公園を散策した。(公園−経路)

ω 

観衆の声援の中ヲ折り返し地点、を通過した。(地点 経由点)

側吹雪の中ヲ山中をさまよった。

間吹雪の中ヲ山小屋を探した。

(杉本1993)

(寺村1

982)

(28)  暗閣の中ヲ洞窟をさまよって、ようやく出口にたどり着いた。

自 由

人込みの中ヲ商店街を歩いて、疲れてしまった。

側炎天下ヲその峠を越える。

側濃霧の中ヲ峠を越えた。 (杉本1993) 以上の先行研究の例文は作例が多いようであるが、動作主の視点から見れば殆 ど好ましくない状況・状態である。しかし例文(

7 ) ( 8 ) ( 2 4 )

仰のように「好ましくない」

とはいえない状況もある。例文(7)は移動場所の「ヲ」格か状況の「ヲ」格か暖昧 性が残る例として使われている。その他の例文(8)凶仰の状況「ヲ」格は移動「ヲ j

と異なる点があり、どのような動詞と共起しても、移動補語(経路、経由点、起 点)と問題なく共起し、意味的には「経路的」である。即ち、移動動詞と共起す る「ヲ

J

格は移動の「起点、経由点、経路(経由範囲)

J

の何れかしか表わすこ とができない。それに対して、状況「ヲ」格は移動動詞だけでなく、例文倒的の ように他の動詞とも共起しでも、意味的には「経路的jであり、且つ「起点、経 由点、経路」を表す移動「ヲ」格とも共起することができる。

次は「中ヲ」名詞句の意味的特徴について辞書的な意味を見ていこう。(『日 中辞典』小学館より)

1

:内側(例文:かばんの中から本を取り出す)

2:最中(例文:雪の中を

歩いて帰る。お忙しい中をわざわざおいでいただいて恐縮です。) 3:物事の 一部(例文:中で一番いいもの)

4

:まんなか(例文:中の兄)

5

:位置・方 向(例文:中の品)

辞書的な意味的特徴から見ても「中」という語葉的意味は、表

1

のように具体 的意味を持つ「場所的意味=中間・内部」から少し抽象的な意味「時間

J

と「状 況・状態」へ拡張していく。また「方向」という意味合いもある。また「中」は

(10)

語葉的意味だけではなく、「最中」という「状況の継続性」の意を表す文法的意 味もある。この点は収集例文の「状況」の「最中

J

の意味と一致している。

1

「中

J

の意昧的特徴

基本的・中心的(具体的) ご拡張的・周辺的(拍象的)

1.空間一一一一ー 2.時間一一一一 3.状況・状態(進行中)

以上、先行研究と本研究の収集例、辞書的意味からの考察から、「中ヲ j名詞 句の意味合いを総合的に拡張的に捉えることができ、「中ヲ

J

の「中jの意味合 いは具体的な「場所」から抽象的な「状況・状態

J

「進行中」まで、跨っているこ とが分かる。「中」の意味合いの考察により杉本(1

9 9 3

)のように状況「中ヲ」

補語を移動補語と無理に結び付ける必要がなくなる。また次のように、構文によっ ては、「場所」と「状況」の三つの意味合いを暖昧に表すことがある(例文(7)(8) を再掲)。

( 7 )  

桜吹雪の中ヲ歩いた。 (場所か状況)

(8)  桜吹雪の中ヲ道を歩いた。 (状況) (杉本1

9 9 3 )

また、状況の意味を表す場合は好ましくない状況が殆どである。「好ましくな い」状況を「悪状況」と、好ましくないでもない状況を「中性的状況」と呼ぶこ ともできる。その上「状況jは修飾語などによって「動的」と「静的」に捉える こともできる。動的に捉えられる場合は修飾語は「雨

J

「大雨」「吹雪」「桜吹雪」

「往来の人通り」等のような動的状況であり、「方向的」「進行的」の意味合いが ある。静的に捉えられる場合は、「苦しい

J

「忙しい」「暗闇」「炎天下

J

「濃霧

J

等のような静的状況であり、「状態的」の意味合いがある。両者の共通点は「経 路的」「継続的」にあるようである。このように「状況」自体にも「悪状況、中 性的状況、静的状況、流動的状況」のように多義性がある。

「ヲ」格の意味的多義性

文法的性格が高い「ヲ」格には固有の意味的特徴があり、日本語の多くの他動

(11)

調と一部の自動詞は「ヲ」格を取り、行為や現象の成立に関わる様々な状況を示 すことに使われる。その意味的特徴は共起する名詞句と後続の動詞との関係から 相対的に規定されている。「ヲ」格の意味的特徴について多くの研究がなされて きた。最近は英語との比較で次のように14類に細分化しているものもある(杉本 2005。)

1

:動作の対象(今週

3

冊本を読んだ。)

2:行為の相手(僕は新入生達をお茶に誘った。)

3

:結果(村人達は大理石で、像を彫った。)

4

:目標(

3

人の男たちが委員長の座を狙っている。)

5:基準の対象(彼は100メートル競争で;10秒を切った。)

6

:動作の時間・期間(私はこの夏、一カ月をアルパータで過ごした。)

7:動作の距離・行程(参加者全員が20キロのコースを走破した。)

8

:移動の場所:経路(そのパーティーは山道を3時間も歩いた。)

9:移動の場所:起点(富太は9時に家を出て、 9時半には駅に着いた。)

1 0

:移動の方向(その少女は私の方を振り向いて笑った。)

1 1

:感情の志向・原因(兄は私の入試の合格をことのほか喜んでくれた。)

12:行為の内容(私たちは先生とその問題点を検討した。)

1 3

:行為を向ける場所・箇所(その選手は雑念を振り払って的を射た。)

14:行為の道具(おじいさんは手回し臼を挽いてきなこを作った。)

また、概括的に、動作感情を向ける用法と移動の場所とに大別する方法もある

(橋本1998より)。

1:動作(そろそろ会議を始めます。)

2:感情(関係者は事件の発覚を恐れた。)

3

:移動(歩道を歩くようにしなさい。私たちは学校を

1 0

時に出発した。

太郎は神戸で電車を降りた。)

このように「ヲ

J

格の意味的特徴を大別する方法もあれば、細分化する方法も ある。また、「ヲ」格は形式的他動性の記号であるが、移動自動詞(歩く)とも 共起している。

認知的な視点からの格の解釈には「ゆらぎjが認められ、主体の視点の取り方

(12)

によっては、複数の格解釈がファジィな形で投影されている。「ヲ

J

格の意味的 解釈にも同様のことが言える。前述のように、「ヲ

J

格の意味的特徴が多義的で かつ相互に部分的に関連し合い重なっている。表2のように、「ヲ」格は少なくと

も三つの意味的特徴を表す。その中に杉本(2

0 0 5

)の

1 4

類を仮に分類してみよう。

右の斜体太字のように、少なくとも動作と感情、動作と移動の場所で相互に重複 している部分があることが分かる。

2

「ヲ」格の意味的特徴

「ヲ」格の意味的特徴 杉本のヲ格に関する意味的特徴

①動作の対象 ②行為の相手 ③ 結 果 ⑤基準の

働 移 動 の 方 向 動作を向ける対象 対 象 ⑥動作の時間・期間 ⑫行為の内容 ⑬ 行

為を向ける場所・箇所 ⑭行為の道具

④目標

感情を向ける対象 ⑪感情の志向・原因

④目標

移動の場所 ⑦動作の距離・行程 ⑧移動の経路 ⑨移動の起点 ⑩拶載の方向

またプロトタイプ的な他動性の観点から見れば「動作を向ける対象

J

のほうが 典型的で「感情を向ける対象

J

「移動の場所」は周辺的になる。つまり、「ヲ j格 の典型的意味的特徴は他動的動作行為の働きかけ、支配される対象にある。その 支配する力が強い場合は、対象に変化と結果をもたらす。④の動作目標や⑪の感 情志向のように、働きかける力が向かったり、目指したりするだけの場合は対象

に変化が起こらない。すなわち、「ヲ」格の意味的特徴が周辺的になる。

3

典型的

↓ 

周辺的

「ヲ」格意味的特徴の階層性

1  動作行為の向く対象 2 感情の向く対象 3 移動の向く対象

(13)

以上のように、「ヲ」格の意味的特徴は一様に規定できない。しかし、少なく とも簡潔に三類に纏められる。それらの聞には重複部分もあること、典型的なも のから周辺的なものまであることが分かる。また、他の格助詞「に」「で」格と の比較で「ヲ

J

格の意味的特徴を研究する研究も多数ある。

「ヲ」格と共起する動調について

(A

)日中の動詞の省略現象と文法の不一致性

状況構文の一番の問題点は状況「ヲ」格と共起する動詞であると言ってもよい。

先行研究の目的語説のうち、移動説と準必須補語説は移動性の動詞と共起すると している。また副詞説の根拠は共起する動詞が文中に見当たらない点である。

本研究は認知言語学と中国語との比較対照の観点から、この形式と意味が不一 致の問題を「省略」問題として考え、検討する。形式と意味が単純に対応しない 現象は日本語だけではなく、中国語でもよく起こる現象であり、議論されている。

日本語の省略の問題としてよく知られているのは「うなぎ文」の議論である。

「ぼくはうなぎ」は動詞「注文する」或いは「食べる」を省略している(小池2002 より)。

( 3 2 1  

(a)  ぼくはうなぎ。

( b )  

ぼくはうなぎを注文する。

(c)  ぼくはうなぎを食べる。 (小池2002) 野田(2001)はこのような不思議な文が日本語に広く存在し、その多くは省略 の現象であるとし、更に省略の種類を①文レベルの省略、②成分レベルの省略、

③実質的要素と機能的要素の省略と分類した。

以上は省略の現象であるが、同時に表面レベルの形式と実際の意味とが不一致 の現象でもある。日本語と中国語の双方に、目的語と動詞が単純に対応しない現 象が多く見られる。特に中国語の場合には少なくない。

( 3 3 )  

吃大碗。 (直訳:どんぶりを食べる)

(却挟公共汽車。 (直訳:バスを混む)

このような用法は、中国語では文法の一致性がないと言われるほど多く使われ

(14)

ている。日本語でも、例文(33)に対応した次の文がよく使われている。

日 ドンブリを平らげる。 (山梨

1 9 9 5 )

本稿でも状況構文にも省略現象があり、状況「中ヲ」と共起する「動詞」が省 略されていると見ている。また、省略の現象と文法的不一致現象は人間の思考と 認知によって補えるものであると考える。

認知言語学の視点から見れば、この現象の根本的な原因は人間の認知によると 考えられる。山梨

( 1 9 9 5

)は、例文(33)(3日のような現象をメトニミー的表現(3)と 呼ぶ。つまり伝えようとする意味の一部分だけに焦点を当て、他の部分は人間の 隣接関係の認知によって補完的に解釈する簡略的表現である、というのである。

これらの多くの用法は慣用表現になっている。中国語の場合は、この現象を文法 の不一致性という特別の現象として個別に検討される傾向がある。上記のどんぶ り(大碗)とご飯は「容器−中身」の隣接関係にある。しかし例文倒はやや異な る表現で、連接関係だけでは解釈できない。

本稿では、メトニミー的表現は語、文レベルの表現だけではなく、人間の思考 そのものがメトニミー的であると考える。つまり、例文側関のように、言語現象 が「どんぶり

J

という表面的な語レベルの現象では単純に対応しない隣接関係を 我々人間は認知できるので、文を正確に理解できる。本稿では言語の表現全体に 人間の隣接関係の認知が働いていると考える。つまり、伝えようとする意味の一 部分だけに焦点を当て、重要性が低い部分を省略する。又、関連性がある動詞と 名詞の組み合わせによって、文全体の意味は含みがあり、表現が豊かになる。ま た重要でない部分の省略により、表現の経済性もあると考えられる。本稿ではこ のような用法を、簡略概括表現(4)と呼ぼう。簡略概括表現を用いれば、例文例 は次のように解釈することができる。

ω 

挟公共汽車=パスが混んでいるが、一生懸命乗らなければならない。

(「乗る j という動作が省略)

(  B

)状況構文の動調の問題

状況「ヲ」格に対応する動詞の「目的語−動詞

J

の不対応問題も「簡略概括表 現」で説明することができる。すなわち、以下の例のように括弧の中の述語等が

(15)

簡略されていると考えるのである。

先ず、第

3

節で昆た圧倒的に多い、[悪状況」の「中ヲ j構文を見てみよう

(例文(

1

)、(

3

)〜(

6

)、(

1 4

、)

ω

、仰を再掲)。次のように括弧の述語を補うことができ る。また状況が流動的な場合は「ている」を加えることができる。述語の補欠に よって、文全体の意味合いがより明確に把握できる。この種の構文の意味合いは、

この動作主の視点から「中ヲ」名詞句が悪状況であるが、しかしその状況を気に せず或いは無視して我慢して行動を起こすというように解釈できる。この構文の

「ヲ」格の意味的特徴は「感情を向ける用法」に当たると考えられる。全文の述 語動詞は移動自動詞の場合もあれば、例文仰のような他動詞か或いは例文仰のよ

うな自動詞の場合もある。

(悪状況の場合)

(1)  彼は雨の中ヲ(あえて)歩きながら、もう一度後の架空線を見上げた。

(雨が降っていることを気にしつつもあえて)

(3)  少年は雨の中ヲ(あえて)坂を登りきり、院長の前で立ち止まり、ぴょこ んと頭を下げた。(雨が降っていることを気にしつつもあえて)

(4)  彼は雨の降る中ヲ(あえて)八木山峠を超えて行った。

(雨が降っていることを気にしつつもあえて)

(5)  お 忙しい中ヲ(あえて)よくいらっしゃいました。

(忙しくて時間がないことを気にしつつもあえて)

(6)  4人の学生は日吉館を出ると、厳しい寒気の中ヲ(あえて)徒歩で新薬師 寺へ向かった。(厳しい寒さを気にしつつもあえて)

凶 しかし、それだとしても苦しい中ヲ(我慢して)通っていたので 一一秋 になって、雑穀の出廻期になると、姉は学校を帰るなり、輸出青碗豆の

「手撰工場」へ行った。(困窮生活に苦しんでいることを我慢して)

ω 

医者が雨の中ヲ(あえて)帰った後、慎太郎は父を店に残して、急ぎ足 に茶の間へ引き返した。(雨が降っていることを気にしつつもあえて)

間吹雪の中ヲ(我慢して)山小屋を探した。

(吹雪が吹き荒れていることを我慢する)

しかし、先行研究では次のように決して「悪状況」ではない例文もある。この

(16)

ような「悪状況

J

ではない場合は動作主が「あえて

J

「我慢して」という必要性 がない。また、前文の動詞述語も移動自動詞である特徴もある。例文(8)のような

「中ヲ

J

名詞句は確かに状況を表していながら、杉本(

1 9 9 3

)の指摘のように意 味的には「経路的」であり、移動的範囲と類似する点がある。文中の移動「ヲ

J

格との関係は広い範囲と狭い範囲の関係であり、全体と部分との関係に類似して いると理解してもよさそうである。そのように理解できそうな理由の一つは、主 文の動調が「悪状況」と異なり、移動自動詞であり、また、「ヲ」格も元来「移 動の経路」の意味的特徴があり、名詞「中」にも「空間」という具体的意味合い が残っている場合もあるからであろう。表

4

の例文

( 2 4 ) ( 2 5

)のように「中ヲ」の意味 が具体的から抽象的に下るにつれて、「移動」という具体的意味が段々薄れ、「状 況」に変わっていき、「移動の場所」より「状況」の意味が強くなる。後続移動 動詞との結び付きも弱くなり、或いはなくなる。

表4

「中ヲ」名詞句の意昧的階層性と動詞との関わり

桜吹雪の中ヲ歩いた。 (桜吹雪の中一歩く) (移動)

穏やかな春の陽の中ヲ散策した (春の陽の中一散策)

観衆の声援の中ヲ通過した (声援の中一通過) (状況)

このように「中ヲ」名詞句の意味合いの抽象化と、「中ヲ」名詞句と動詞との 結び付きの希薄さから考えると、中性的状況を表している構文も「悪状況jの場 合と同様に移動構文と異なり、対応する動詞「楽しみながら、浴びながら、受け

とめながら」等を補うことができると解釈することができる。

(中性的状況の例文)

(8)桜吹雪の中ヲ(楽しみながら)道を歩いた。

(桜吹雪が舞っているのを楽しみながら)

凶穏やかな春の陽の中ヲ(浴びながら)公園を散策した。

(穏やかな春の陽を浴びる状況を楽しみながら)

日 観衆の声援の中ヲ(応援を受け止めながら)折り返し地点を通過した。

(観衆の声援に満ちた状況を受け止めながら)

(17)

次は「ヲ」格は重ならず、かつ、全文の動詞述語が移動自動詞である場合、

「中ヲ」は移動の場所か状況かが暖昧になる例を見てみよう。

先ず、次の例文(1)(7)のように、若し、「中ヲ」を移動自動詞の対象と解釈すれ ば、「雨の中で歩きながら」「桜吹雪の中で歩いた」というように、「ヲ」格を

「デ」格に変えてよい。それは「デ」格は「ヲ」格同様に明確な「場所」を表す ことができるからである。もちろん、「デ」格は移動の方向性の意味はなくて、

「ヲ j格とは意味的には微妙に異なる。また、先行研究の指摘のように、「通過点・

起点

J

ではなく、移動の場所と類似し、「経路的」である。しかし「中ヲ」を状 況格、動詞を補えると考えると、例文( 1)は動作主が悪状況を「気にせず」無視し 行動を起こす意味合いがある。例文(

7

)も状況を「楽しみながら」行動していると 解釈できる。

(状況とも移動的場所とも考えられる例文)

(1)  彼は雨の中ヲ歩きながら、もう一度後の架空線を見上げた。

(「雨の中で)と類似する=移動)

(「雨が降っていることを気にせず」=状況)

(7)  桜吹雪の中ヲ歩いた。

(「桜吹雪の中で

J

と類似する=移動)

(「桜吹雪が舞っている状況を楽しみながら」=状況)

6 状況構文の他動性の階層性と連続性

前節では状況構文の動詞の問題を省略か或いは潜在か、補う問題として認知的 観点と日中対照比較の観点から検討し、状況構文の中でも少なくとも二つのタイ プがあることが分かった。一つは「悪状況」タイプ、もう一つは「中性的状況

J

タイプで、その他に状況か移動か区別できない場合もある。状況構文の他動性に ついて検討すると、表

5

のように他動性の階層性と特徴を纏めることができる。

先ず、動作主の視点から「中ヲ j名詞句が悪状況である場合は、動作主は何と かして、この「悪状況jを乗り越える意味があり、心理的述語が表面に表れてい ない場合でも潜在している。状況「ヲ

J

格の意味的特徴は「感情を向ける用法

J

(18)

に当たる。述語動詞は移動動詞の場合もあれば、他動詞か自動詞の場合もある。

この場合の状況構文は典型的他動詞文とはやや異なるが、感情の向く対象があり、

何らかの変化を起こさないが、強い意志の働きかけによって「悪状況」を克服す る、という意味では意味的他動性があると考えられる。

また、決して「悪状況jではない場合は「中ヲ j名詞句の具体的意味合いによっ ても異なるが、本稿の例文から見れば心理的動詞「楽しむ」と受動の意味がある 動詞「浴びる」「受け止める」が潜在していると解釈できる。前者は感情動詞の 内容で、後者は受ける対象になり、両者の他動性が一様ではなく、受動動詞の方 が他動性が低いことは明らかである。

悪 的 状 況 中性的状況

5

状況構文の他動性の階層性と特徴

動作主の意思性|働きかける対象|対象への働きかけ方|省略動詞の形態

+ 

+ 

状況 状況

抽象的心的働きかけ

i

心理動調

受ける対象と内容|心理動詞、受動動詞

また、「悪状況」の場合の状況構文の他動性は、中国語訳と比較することによっ て、その特徴が更に明らかになってくることがわかる。例文田)

ω

の中国語訳を見

てみよう。

5

)彼は雨の中ヲ歩きながら、もう一度後の架空線を見上げた。 (芥或)

訳:他冒雨走着,再次仰望了一下后面的架空銭。 (克某)

凶 医者が雨の中ヲ帰った後、慎太郎は父を店に残して、急ぎ足に茶の間へ

引き返した。 (芥律)

訳:大夫冒雨回去以后,父奈留在店里

「冒雨」は日本語に逆訳すれば「雨ヲ衝く

J

あるいは「雨ヲ撞く

J

になる。(北 京標準語でよく使う「冒雨」の代わりに、筆者出身の湖南省南部では「斗雨」を 使うことがある。「斗雨出門

J

(訳:雨の中ヲ出かける)とか「他斗雨描田」(訳:

彼は雨の中ヲ田植えする)などはよく耳にする言葉である。)「冒雨」(斗雨)

(「斗j は簡体字であるが繁体字は「闘

J

である)とは雨が降っていても、「闘」

という漢字の意味どおり、「闘争jの意である。つまり「悪状況」を気にせず、戦っ

(19)

て行動することである。

「雨の中ヲ」は移動の場所ではなく「悪状況」を表している場合は、例文(

1 5 ) ( 2 2 )

の「雨の中ヲ」の中国語訳は、「官雨」としか訳せない。この訳文には、現在の 状況が好ましくなく、そのことが分かつた上で敢えて立ち向かう、という意味合

いが強く表れているからである。

もし仮に、「在雨中「在・・・中」」と訳したら、このような動作主の「悪い状況」

を気にしない意味合いは失われてしまう。逆に日本語の「雨の中で」と対応し、

移動の場所という意味合いしかない。

このように状況構文の他動性は中国語との比較対照によってその特徴がより一 層明確になることが分かる。

また、状況構文の移動構文との連続性も本研究で明らかになった。状況か移動 か暖昧の場合は表

6

のように区別でき、境界の部分がある。

結論

状況構文 移動構文

表6 状況構文と移動構文との境界

「で」との交替

× 

動詞の形態 動詞の潜在化

移動自動詞

本稿では形式的に典型的な他動詞構文「ヲ+他動詞」から離れ、「中ヲ」が自 動調と共起したり、或いは単純に後続動詞と対応しなかったりする現象を周辺現 象と定義し、この周辺現象を、自他という枠の中で、これまでの解釈とは異なる 新しい観点、すなわち、日本語に閉じた解釈に囚われないよう、日中両語の対照 比較と認知言語学の視点からその意味的他動性と統語的他動性を議論した。

結論として、「中ヲ」名詞句と「ヲ」格の意味的多義性と、動詞と「ヲ」名詞 句との関係から次のような

3

点を得ることができる。

状況構文は、形式的には典型的な他動詞構文とは異なるが、意味的他動性が ある。具体的には、動作主から見れば、状況は「悪状況

J

であり、好ましく

(20)

ない状況を我慢したり、何とかして困難を乗り越える意味がある。また、中 国語との比較によってそのような意味合いがより一層明確になる。この場合 の状況構文は典型的な他動詞構文とはやや異なるが、感情の向く対象−悪状 況を克服する意味的では他動性がある。

2 状況が特に悪くない場合は潜在する動詞によって他動性が異なる。受動動詞

が省略され潜在しているケースもある。つまり状況構文の他動性は決して一 様ではない。

3 また状況構文は移動構文との聞には連続性もある。

( 1)  この用語は杉本 (1986)による。杉本(1986)は目的語を示す「ヲ j を「対格

J

、移動場所 を示す「ヲ」を「移動格」、次のような状況を示す「ヲ」を状況格或いは「状況補語j として いる。

(例)強風の中を着陸する。

しかし、杉本(1993)は「状況格」も「移動格」の一種で、状況を示す移動格の「を」と呼 ぶべきと考え直したが議論の都合上、同じ呼び方をしていた。本稿では便宜上、同じ呼び方を することにした。また、状況「ヲ」格を伴う構文を「状況構文」と呼ぶことにする。

( 2)  本稿は国語学会2003年春季大会で口頭発表、『比較社会文化研究I.13号に発表したものを再 考したものである。

( 3)  「メトニミー的な表現」は山梨 (1995) 30〜31頁を参照のこと。メトニミー的な表現の理解 には、次のような認知のプロセスが問題になる。

(a)  与えられた状況ないしは対象のどの特徴に注意を向けるか。

(b)  与えられた状況ないしは対象のどの部分を相対的に際立たせるか。

慣用的メトニミーを特徴づける接近の関係としては次のような具体例が挙げられている。

「容器一中身」:ドンブリを平らげる。(ドンブリの中の食べ物)

「主体一付属物

J

:駅の赤帽が荷物を運ぶ。(赤帽子をかぶっている人)

( 4)  この表現は名詞だけではなく動詞にも使われていると、筆者は考える。また適切な状況や丈 脈によって補完的に解釈できる表現を敢えて「簡略概括表現」と呼びたい。

参考文献

許斐慧二 (1993) 「「ところ」補文のシンタックス」、『言語学からの眺望J福岡言語研究会編、九 州大学出版

河上誓作 (1996) 『認知言語学の基礎』研究社

小池清治(2002) 「『私はキツネ』。に,留学生はなぜ驚いたのか?」『文法探究法

J

小池清治、赤 羽根義章著朝倉書店

柴谷方良(1978) 『日本語の分析』、大修館書店

(21)

謝 新 平 (2003) 「状況「ヲ」格の他動性について一一中国語訳との対照から 」『比較社会文 化研究』第13号 九州大学大学院比較社会文化学府

杉本 武(1986) 「格助詞」、『いわゆる日本語助詞の研究J奥津敬」郎・沼田善子・杉本武、凡 入社

杉本 武(1993) 「状況の「を」について」、『九州工業大学情報工学部紀要(人文・社会科学篇)j  6、九州工業大学出版

杉本 武(1994) 「『警察はその泥棒が逃げていくところを捕まえた』再考」『九州工業大学情報 工学部紀要(人文・社会科学篇)』 7、九州工業大学

杉本豊久(2005) 「「ヲ」格について」「日本語助詞と英語前置詞の比較」『日英語の比較 発想・

背景・文化一奥津丈夫教授古稀記念論集』日英言語文化研究会編 三修社 野田尚史(2001) 「うなぎ文という幻想省略と『だJの新しい研究を目指して」『国文学解釈

と教材の研究』 46巻2号 学 燈 社

橋本美喜男 (1998)「日本語における『をJ格の意味特性について一一英語の直接目的語との比較 を通して一一」大分大学教育学部研究紀要

寺村秀夫 (1982) 『日本語のシンタクスと意味』 I、くろしお出版 山梨正明 (1995) 『認知文法論』ひつじ書房出版

山梨正明(1993) 「格の複合スキーマモデル」『日本語の格をめぐって

J

仁田義雄(編)くろしお 出版

例文出典

日本語関係

「小同」: 『傷痕』の「同士田口の感傷」日漢対照、小林多喜二著、楊幸雄・楊国華訳注、上海訳 文出版社 (1980)

「小父」: 『傷痕』の「父帰る」日漢対照、小林多喜二著、楊幸雄・楊国華訳注、上海訳文出版社 (1980) 

「芥父」: 「父」『芥川龍之介全集1j筑摩書房 (1986)

「芥訊」: 「訊」『現代日本文学大系43芥川龍之介集』筑摩書房 (1968)

「芥蜘妹」:「蜘妹の糸」『芥川龍之介全集2j筑摩書房 (1985)

「芥秋」: 「秋」『現代日本文学大系43芥川龍之介集』筑摩書房 (1968)

「芥律」: 「お律と子等と」『芥川龍之介全集4j筑摩書房 (1987)

「芥河」: 「河童」『河童・或る阿呆の一生』芥川龍之介著、旺文社文庫 (1966)

「芥或」: 「或阿呆の一生」『現代日本文学大系43芥川龍之介集』筑摩書房 (1950)

「芥川」: 「大川の水」『羅生門・鼻・芋粥』角川書店、芥川龍之介著、 (1985)

中国語関係

「傷田」: 『傷痕』の「田口同志的傷感」小林多喜二著、楊幸雄・楊国華訳、上海訳文出版社(1980)

「傷慰」: 『傷痕』の「慰慰要因来」小林多喜二著、楊幸雄・楊国華訳、上海訳文出版社(1980)

「龍父」: 『芥川龍之介小説選』の「父」、芥川龍之介著、文学朴訳、人民文学出版社(1981)

「龍訊」: 『芥川龍之介小説選』の「訊」芥川龍之介著、目元明訳、人民文学出版社(1981)

「龍蜘妹」:『芥川龍之介小説選』の「蜘昧締」芥川龍之介著、呉樹文訳、人民文学出版社(1981)

(22)

「龍秋」: 『芥川龍之介小説選』の「秋」芥川龍之介著、呉樹文訳、人民文学出版社(1981)

「龍阿」: 『芥川龍之介小説選』の「阿律和該子例」芥川龍之介著、文学朴訳、人民文学出版社 (1981) 

「龍水」: 『芥川龍之介小説選』の「水虎」芥川龍之介著、文潔若訳、人民文学出版社 (1981)

「龍某」: 『芥川龍之介小説選Jの「某懐子的一生」芥川龍之介著、文学朴訳、人民文学出版社 (1981) 

(しゃ しんぺい・上海海洋大学)

参照

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