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[研究ノート] 中国社会のデジタル管理 : 「金保工程」から政務ソフト企業まで

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[研究ノート]

中国社会のデジタル管理

─「金保工程」から政務ソフト企業まで─

三橋 秀彦

はじめに

 2019 年は中国政府が普及を目指す社会保障カード発行 20 周年にあたる。 同年 12 月に最初の発行地である上海で記念の座談会が開催されるなど、 2019 年は中国政府にとって社会保障における集大成の年となった。  上海は社会保障改革の分野で全国に先立ち様々な実験が行われた都市であ る。1996 年に全国規模で開始された「最低生活保障制度」も、1993 年に上 海でスタートした実験が制度化されたものである。全国に先立ち高齢化の兆 しが見られた上海は、当時市民の関心が最も高かった社会保障の分野におい てデジタル化と制度改革とが一体で推進された地でもある。  前世紀にスタートした改革も既に 30 年近い年月を重ね、電子政府に関し て上海は UNDESA(国連経済社会局)が発表する電子政府ランキング1) おいて自治体レベルで 9 位と、ソウルと並ぶアジア最先端のポジションを占 めるまでになった。因みに東京は 14 位である。  本稿は社会保障カードを糸口に 1990 年代以来中国で展開された社会管理 のデジタル化の軌跡を整理したものである。社会保障カードは 1999 年の第 一代カードの発行以降、2011 年の第二代、2017 年の第三代と 20 年の年月 を掛けて個人情報を記録し、今日では 14 億人のデータを蓄積する巨大なプ ラットフォームに成長している。

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 これまで中国社会のデジタル化はネットショッピング、SNS 等、アリババ、 テンセント等の民間企業が担った活動を中心に議論されて来た。本稿が扱う のは 14 億の人々の消費ではなく、賃金、年金、医療情報の集積を通して窺 い知れ、労働者として働き、病み、老いる中国の 14 億の人々のビックデー タとそのプラットフォームの形成過程である。本稿では消費と並んで同時期 市民の関心が高かった社会保障の分野でのデジタル化に注目することで、公 的、私的空間におけるデジタルテクノロージーの浸透の軌跡とその結果、誕 生した新たな公共政策について議論したい。

第一章 電子政府と「金保工程」

第一節 電子工業部の成立と「金系工程」  今日、先端技術を巡り米中両国は日増しにその対立の程度を深めている。 本稿のテーマでもある中国政府によるデジタル技術の公共管理への応用は、 皮肉なことに 1992 年の「情報ブロードバンド構想」、情報スーパーハイウェ イで知られる 1993 年の NII(National Information Infrastructure)構想等、米 国政府が提唱しその後の世界をリードした情報政策に刺激を受けスタートし た。特に中国では 2001 年の WTO 加盟以降、中国の社会主義体制を支える 社会技術として独自の進化を遂げた。折しも 2002 年にスタートし、その後 「科学的発展観」を掲げた胡錦涛体制下、管理技術の科学化とデジタル化の トレンドは、同時期西側の政府が経験したような市民からの反発を受けるこ ともなく中国社会の隅々にまで浸透した。  中国社会の情報化の起源に関しては様々な見解がある2)。本稿のテーマで ある公共管理において 1993 年 6 月の電子工業部の新設は一つのメルクマー ルである。同省の設立は情報通信産業を経済成長のエンジンに育成しようと 考えた中国政府の意志の表れにほかならなかった。  それまで中国の通信事業は郵電部3)が独占的に担っていた。電子工業部 の誕生は、郵電部の独占を打破し、両者の競争によって中国の情報通信事業

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を育てたいと考えた中国政府の強い決意表明でもあった。中国電信(チャイ ナテレコム)に続く第二の電気通信事業体である聯通(チャイナユニコム) 4)の設立に続き、国務院の情報化を主導する組織として、同年 12 月に雛家 華副総理を主任、胡啓立電子工業部長を副主任とした 24 の国務院諸省庁か ら構成される国家経済情報化連合会議5)が誕生した。中国政府はその後も 情報化政策を続々と打ち出してゆくが、そのうち電子工業部が 1993 年に設 立した吉通のデータ通信網を使って行ったのが「金橋」「金卡」「金関」のい わゆる「三金工程」である。  当時、陸上の通信回線網は郵電部が設立した中国電信が独占していた。そ れに対し電子工業部は衛星を使ってデータ通信を行う 通の回線網で「三金 工程」を実施することで、通信市場における郵電部の独占を打破しようとし た6)。それらは後年の名称の頭に「金」が付く国務院の情報化プロジェクト の嚆矢ともなったのである7)  「金橋工程」はインターネットを利用した増値税徴収システム、「金卡工 程」はクレジットカードを使った中国人民銀行の電子決済網、「金関工程」 は対外経済貿易部による貿易信用網の整備である。「金橋工程」は偽造伝票、 「金卡工程」は偽造通貨、「金関工程」は貿易決済の各種不正と、当時それぞ れの頭を悩ましていた問題への対応を意味していた。またそれは財政部、中 国人民銀行、対外経済貿易部が金融・財政政策による経済のマクロコント ロールを確立する上での喫緊の課題に対応したものだった。電子工業部はデ ジタルソリューションを提供することで、自らの政策領域を拡大させようと したのである8)第二節 インターネットの普及と「電子政府」  1994 年は中国では「インターネット元年」とされる。インターネットの 可能性に着目した中国政府は、情報通信を自らの政策を地域社会の隅々にま で浸透させるツールと考え、その応用分野を拡大させていった。パソコンの 普及によって政府は市民へのアクセスが容易になり、その結果、各種の社会

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的課題のソリューションが可能になった。ここから現在に至る発想、即ち国 内における情報通信網の整備を行政改革に利用し、さらにはデジタル技術を 使用した効率のよい社会管理のシステム構築を目指す発想がスタートした。 それを象徴するのが 1993 年の国家経済情報化連合会議に続く、1996 年 1 月 の雛副総理を主任とする国務院情報化工作指導グループの設置である。  地域の社会管理への応用として、経済領域では同年 8 月の経済情報を主に 扱う「北京経済ネット」、政治社会領域では 1998 年 4 月の「青島政務公衆 ネット」の開設がその最初の事例とされる9)  こうした地方政府レベルでの整備と並行し、全国レベルでも既に紹介した ように国務院各省庁がそれぞれの情報化プロジェクトを推進した。これらの プロジェクトは全て名称の最初が「金」に統一された。本稿が取り上げる 「金保工程」は当時の労働人事部が取り組んだプロジェクトである10)  1999 年 1 月に開催された「政府インターネット工程設立大会」は中国の 行政部門にとってデジタル化のメルクマールとなった会議である。同会議に は電子工業部の傘下にあった中国電信と国家経貿委員会情報センターを中心 に 40 余の国務院各省庁の情報部門が集い、そこでは今後の電子政府整備に 向け工程表が討議された。会議の最後に「政府インターネット工程に関す る提案」が採択され、同提案で「政府部門が長年収集してきた社会情報のう ち 80%は有用なものであり、各部門には 3000 ものデータバンクが設置され ている。ただその大部分は死蔵されており、これまで政府の情報通信政策は インフラ整備を重視する一方、データ収集、管理、利用に関する意識が薄 く、社会経済的不効率を招いていた」と現状の課題を指摘し、「電信部門は 163/169 ネットの 3 年間の運営を通して民間部門の課金、データ加工、情報 収集のノウハウを獲得した。その経験に基づき、このあとの 3 年を使って政 府部門でのデジタル化を強力に推進する」と宣言した。  同提案では政府による商務、調達・入札、郵便事業、データ管理、税務、 身分認証分野でのデジタル化が提唱され、うち身分認証分野では個人身分、 就業、個人信用、収入・納税、公積金、養老保険、指紋等の認証が目指され

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た。  1994 年が民間において「インターネット元年」となったのにならい、同 提案では 1999 年が「中国政府インターネット元年」となるべく、2000 年ま でに各級政府の 80%がインターネット上に独自のサイトを開設することと した。その意味でも上海において社会保障カードが発行された 1999 年は、 中国の公共政策におけるデジタル化元年でもある。 第三節  社会保障カードと「金保工程」  同大会での決議を受け労働社会保障部は同年 12 月に「社会保障カード整 備全体計画」11)を発表した。同計画では IC カードを使った全国統一カード の普及により、労働、社会保障分野において当時地方毎に乱立していた各種 カード規格の統一を目指した。  德生科技、恒宝股份、東信和平、大唐電信、紫光国芯、易聯衆、天喻信 息。これらは今日上海株式市場において「社会保障カード概念株」とされる 企業である。国家プロジェクトである「金系工程」を遂行する上で、ネット ワーク構築のために巨大な情報投資がなされ、そこから多くの企業が誕生 した。「政務ソフト」企業については第 3 章で論議することとし、ここでは 1999 年の「社会保障カード」の導入とともに成長した企業、所謂「社会保 障カード概念株」である徳生技術の事例を紹介する。  徳生技術は 1999 年、広州で虢暁彬によって創業された。虢はそれまで勤 務していた広州軍区のソフト開発企業のネットワークを生かし、同年、社会 保障カードの導入に合わせ、カードの IC を提供する徳生技術を創業し、今 日まで同社の CEO を務めている。

第二章 中国の社会保障制度改革と個人管理

第一節 社会保障制度改革(1)─「単位」から「地域」への発想転換  第一章では 90 年代の中国の社会管理におけるデジタル技術応用の軌跡を

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検討した。続く第二章では社会保障を事例に 90 年代の中国の都市社会が経 験した社会の流動化に対応したシステム、すなわち個人をデータとしてとら え管理する中国型の住民統治システム誕生のプロセスについて紹介する。  1978 年に始まる改革開放政策では、文化大革命(1966―76 年)で疲弊し た経済社会の再建に向け、いかに経済社会の活性化と安定とが両立可能な制 度を設計するかが課題となった。活性化に関しては、中国語では「条塊」と 表現される中央・地方政府間の権限のバランスのとり方が、一貫して政策上 の最重要テーマとなった。実際、1980 年代の「放権譲利」(分権化による経 済活性化)は地方政府権限の強化、即ち自立的「塊」の形成を意味した。ま た 1993 年に本格化した国営企業改革は「政企分離」による市場化推進であ り、それは企業・個人にリスクを担わせることを意味した。その際、文化大 図 1 社会保障カードと徳生技術製品の変遷(1999―2019) 「社会保障卡 相随 20 年 相伴您一生」『人民日報』(2019 年 9 月 26 日) 「徳生科技 譲社保卡成為幸福生活的載体」 https://www.e-tecsun.com/index.aspx?node=101034

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革命、1989 年の第二次天安門事件と 2 度にわたって社会的危機を経験しリ スクに敏感な中国政府と市民双方にとって、いかにセーフティーネットを整 備するかが喫緊の課題となったことは容易に想像できよう。その意味でも 90 年代、社会保障は「社会による個人生活の保障」であったと同時に「個 人生活の保障を通じた社会の保障」と理解された。  90 年代はインターネットが社会に普及し始めた時期である。それと同時 に、それまで社会主義体制を支えた「単位(職場)型」から「社区(コミュ ニティ)型」へと管理モデルの転換が図られた時期でもある。「単位型」管 理モデルでは国有企業もしくは行政機関が「単位」として政府―単位―個人 の 3 者の中間に位置し、媒介組織としての「単位」が雇用、教育、医療等従 業員の生活全般に関わる社会事務を代行した。逆に言うと、中国において 実質的な意味で「単位」体制が定着したとされる 70 年代以降、80 年代当時 地方政府は市民生活に関わる分野の情報や管理技術は持ち合わせていなかっ たことになる。こうした政策課題を背景に 90 年代の中国では当時成長著し かった IT 産業と各地方政府とは相互にコミュニケーションをとりつつ、喫 緊の課題である社会保障制度のデジタル化を推進した。  こうした多岐にわたる社会保障改革の全体像は紙幅の関係で検討できない が、その発想を単純化すると、職場である「単位」で支えていた社会事務を 「地域」で支えようとする発想である。その際改めて問題となったのは、中 国の都市住民にとって社会、地域とは何かであった。その意味で 90 年代の 社会保障改革は社会保障 Social Security の Social と Security それぞれにおけ る中国独自のイメージとコンセンサス作りから始める必要があった。  中国の社会保障制度の根幹をなす各種社会保険の整備は、1984 年に導入 された契約労働者(合同工)向け各種保険の導入を嚆矢とする。但し国有企 業改革の一環、すなわち国営企業労働者に対するセーフティーネットとして 本格的に各種社会保険の整備が打ち出されたのは、表 1 にあるように、国有 企業改革の本格化が宣言された 1992 年 7 月の「全民所有制工業企業経営メ カニズム転換条例」を契機とした。同条例は国有企業と従業員双方に各種権

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利を保証すると同時にそのあと出来上がってゆくであろう「社会主義市場経 済」における企業、従業員双方の自立を促すものであった。  本稿のテーマと関連する部分では、企業に対して雇用(第 17 条)、人事 (第 18 条)、分配(第 19 条)の各種権利が承認された。更に第 4 章「企業の 変更・解散」の第 31 から第 39 条まででは、合併・分離・解散・破産等に関 する諸手続きが規定され、うち第 39 条で解散時に生じる従業員の処遇に対 する政府責任が明記され、さらには企業解散に備え、第 43 条労働市場の整 備、第 45 条養老・失業・医療・労災・生育の 5 分野における社会保険制度 整備からなる社会保障体系の整備が規定された。このように同条例は国有企 業改革に伴う社会的リスクに備えるための全体方針を示すものだった。  同条例により従来、各企業が担っていた養老、労災等の各種の福利事業は 社会保険が代替し、「単位型」の企業が担っていた福利負担から国有企業を 解放し、国有企業に経済組織としての自立支援を促すことが宣言された。  こうした大胆な政策転換は同年 1、2 月の鄧小平の南巡講話を受けた改革 開放政策の再加速化により、80 年代末に準備された改革プログラムが一挙 に政策化されたものである。但し、1989 年の第二次天安門事件、1991 年の ソビエト連邦崩壊と 2 度にわたり政治的、社会的危機を経験した中国政府に とっては、改革が招来する可能性がある社会的危機に対しても細大の関心を 払う必要があった。  当時、民営化(「抓大放小」)(重点企業のみ国有を維持し、その他の企業 は民営化する)により多くの国有企業が倒産し、それに伴って大量の失業・ 待業者の発生が予想された。中国の社会保障制度改革はそのあとに控える大 規模の企業倒産に対する緊急対策としてスタートしたのである。以下ではま ず失業保険と再就職支援を取り上げ、続く部分で養老年金について検討す る。

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第二節 社会保障制度改革(2)社会保険─「地域」と「個人」のセーフ ティーネット整備 (1)失業保険  1992 年 7 月の「転換メカニズム条例」に先立ち、同年 1 月に出された「企 1992年7月 国務院 全民所有制工業企業経営メカニズム転換条例 9月 労働部 指定疾病医療費基金統合に関する意見     待業保険管理体制等に関する通知 1993年4月 国務院 国有企業待業保険に関する規定   国務院 国有企業剰余労働再配置に関する規定 5月 労働部 社会保険会計制度(実施案) 7月 労働部 企業従業員養老年金基金管理規定 8月 民生部 社区サービス産業の発展加速に関する意見 11月   中国共産党社会主義市場体制建設に関する決定 1994年7月   中華人民共和国労働法 7月 国務院 都市住宅制度改革に関する決定 1995年3月 国務院 企業従業員養老保険制度改革深化に関する通知 4月 体改委 従業員医療制度改革実験に関する意見 5月 労働部 破産・経営困難企業の従業員・離退職者の生活保障に関する通知 1996年5月   従業員医療保険制度実験拡大に関する通知 11月 財政部 企業従業員養老保険基金財務制度に関する決定 1997年9月 国務院 全国都市最低生活保障制度設立に関する通知 12月 労働部 従業員個人年金基本口座管理暫定方針 1999年1月 国務院 失業保険条例 4月 国務院 住宅公積金管理条例 9月 国務院 都市最低生活保障条例 12月 労保部 社会保障カード建設全体計画 12月 労保部 養老保険の省級統合の制度設計に関する通知 表 1 社会保障制度改革(1992 年から 1999 年まで) 「中国社会保障 70 年大事記」『中国社会保障』(2019 年)

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業の労働人事、社会保険制度改革に関する意見」では、失業保険と労働市 場制度の整備が打ち出された。中国の場合、社会保障制度は地方の実情に応 じ、地方独自に整備されることになっている。以下では中国の社会保障制度 ならびに同分野での情報システム化整備において中国をリードした上海を例 に、その整備状況を確認する。  今日振り返ると 1990 年代は上海の時代と言ってもよい。浦東開発が象徴 するように同時期上海は中国の外資導入の最前線となり、サービス産業を中 心に多様な雇用形態が誕生した。その意味で上海は中国の都市では比較的豊 富に旧国有企業の従業員の受け皿があった都市である。  『上海就業報告(1995-2000)』では、上海の労働市場は以下の 3 段階を経 て整備されたとされている12)  第一期: 極力企業内で人員の再配置を行なう(1993 年末から 1996 年 6 月)。  第二期: 市政府の支援下、就職センターを開設し、再就職に向けた実験を 実施する(1996 年 7 月から 1998 年末)。  第三期: 再就職支援を本格化させ、2−3 年以内を目途に労働市場を整備 する。  同報告書が伝えるように、再就職センターは、1996 年 7 月に紡績、計器 の 2 業種で開設され、1997 年 3 月には軽工業、冶金、建材、1998 年に入る と工商業、水産等 10 業種、更に同年対象は市級企業の枠を越え、区・県級 企業にまで拡大した。その 3 年間で全市で 308 の再就職センター(内訳:中 央級国有企業 20、市級国有企業 184、集団企業 104)並びに 1866 の分室、 8046 の再就職支援公益機構が開設されたとされる。  再就職支援センターはそれまで企業が行政上所属していたレベルに合わせ 市・区・街道の 3 段階で開設され、それぞれが職業紹介、職業訓練、失業保 険業務を行うことで再就職支援を実施した。更には各センターが情報を共有 することで労働市場としての深化を目指した。その際、労働者個人の識別と 情報共有のためのツールとして整備されたのが社会保障カードである。

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 こうした上海のような労働市場の整備は同時期その他のモデル都市でも 進行した。その動きを支援するため 1998 年 9 月には労働・社会保障部から 「労働市場情報ネットワーク建設実施要綱」が出され、その中で 1998 年から 2000 年までのネットワーク整備計画が示された。同計画の冒頭、「1989 年以 来、60 のモデル都市において労働市場に関する情報のミクロ管理を実施し、 海外の経験を参考に職業紹介ネットワーク編成のための職業紹介が行われ、 沿海部の都市では市全体のネットワーク化も実現された」とそれまでの成果 を総括し、同計画では国有企業改革の本格化に合わせ再就業のために 3 年以 内に全国レベルで同一規格、経費、費用の原則に基づくセンターを設置する ことを求めた。さらに再就職センター設置に並行して、労働市場の需給状 況、失業保険並びに職業訓練に関する情報共有のネットワークについて、ま ずは市内で整備し、その後は省、全国とレベルを上げてゆくことが要請され た。具体的目標として 2000 年までに 100 都市が地方財源を使って市内ネッ トワークを整備し、その後は中央政府のネットワーク網を利用し、華南、華 中、華東の三大地域、最終的には全国のネットワークとして完成させるとの 展望が示された。  当時、データベースへの登録が求められたのは次の情報である。雇用主、 求職者、都市労働市場(就業者、失業者、待業者)、農村労働市場(農民工 などの流動労働力)、失業保険(納入・給付)、職業訓練、労務輸出、外国 人就業、職業紹介サービス機構、労働政策法規。またネットワーク互換のた め、3 級(都市、省、全国)毎にデータセンターを整備し、各級のデータセ ンター間は国家ネットワーク(公用分組交換網)を利用することとされた。 同時に重点課題に対応するため、①ネットワーク、②標準化、③応用ソフ ト、④情報サービス、⑤データバンク、⑥開発人材養成の強化も謳われた。 (2)養老保険  養老保険にとっても上海は主要な実験地となった。1980 年代末に開始さ れた中国の養老年金制度改革では各地の実情に合わせ、地方政府は独自の案

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を検討した。上海は 1993 年に年金基金を個人口座と社会保険基金の 2 段階 で実施することを決定し、それを国家体制改革委員会が「上海経験」として 肯定することで、全国のモデルとなった。実際、同年の「社会主義経済体制 建設における若干の決定」においても、「都市労働者の養老、医療保険は単 位と個人が共同で負担し、社会基金と個人口座を組み合わせ実行する」と規 定されている。  同時期中央政府は社会保険基金に関し 3 つの案を提示し、地方政府には実 情に合わせ選択をすることが求められた13)。選択の結果、当時の中央・地 方政府関係を反映し、第一案は上海等の 8 地方政府、第二案は北京等の 7 地 方政府、第三案は山東等それ以外の地方政府が採用した。その結果、給付レ ベルをめぐり地方政府間で保険基金の安定を無視した給付の引き上げ競争が 見られるなど、養老保険制度をめぐって混乱した状況が出現した。  1997 年 7 月に中国政府は「企業従業員の養老保険の統一制度構築の決定」 として中央政府としての方針を示し、同決定の第 3 条で「企業負担分は賃金 の 20%を超えない。個人負担分は最低でも賃金の 4%以上からスタートし、 2 年ごとに 1%ずつ負担比率を上げ、最終的に 8%とする」。基金についても 第 8 条で「県レベルから地区レベルへと統合し、省レベルの統合が完了して のち、既に業界内での統合が終了している(中央)企業基金と統合を行うこ とで全国統合を実現する」と今日の養老年金につながる中国型の年金制度の フレームとそれに向けたロードマップを示した14)  同年 5 月の「全民所有制工業企業における養老保険の省級統合に関する意 見」でも、「20 世紀中に、各省毎に企業 20%、個人 8%の納付率を上限とす る養老年金基金の設立」と地方ごとの社会保険制度の整備が求められ、実際 に、翌 1998 年には懸案として残っていた中央企業の 1400 万の従業員と 400 万の離退職者の年金も省の基金に統合されることが宣言された15)  養老保険管理情報のシステム構築に関しても 1999 年 6 月に「都市基本養 老保険管理情報系統建設実施要綱(1999−2001 年)」が出され、労働市場整 備に遅れること一年、養老保険でも将来の全国レベルでのシステムの統合に

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向けたスタートが宣言された。  同要綱では「1993 年に一部の地域で個人・社会口座からなる養老保険制 度改革が開始されて以降、業務量は急増し、ある地域ではコンピューターの 導入により迅速な処理を実現している。その一方で各地の経済状況を反映 し、地域毎にその進展は様々で、かつ全国レベルでの統一規格を欠くことか ら、地域間の接続は困難な状況となっている」と現状の問題を指摘し、労働 市場情報ネットワーク同様、養老保険でも市・省・全国の 3 級レベルで情報 ネットワークを構築することが宣言された。その際データとして登録が求め られたのは、①政策(各種指標、政策法規)、②基本情報(単位基本情報・ 在職従業員・離退職者)、③業務情報(登記、納入、個人口座、給付・離退 者待遇)、④財務情報(基金収入、基金支出、基金剰余)、⑤統計情報(従業 員、賃金、代替率)、⑤社会保険機構(機構、職員、経費)とされ、2001 年 までに省レベルの統合に向け大都市では全市レベルのネットワーク化を実現 するなど、将来の全国レベルの整備に向けたスタートが宣言された。 第三節 社会保障改革の制度設計(2)─「地域」から「全国」へ  以上、第二節では社会保険制度を例に、その時々の最新のシステムインテ グレーション技術を応用し、膨大な個人情報を整理・統合して行った中国に おける個人管理の軌跡を紹介した16)

 アメリカでは 1930 年代に導入された社会保障番号(Social security number, SSN)が長年個人識別番号として社会的に使用されてきた。日本でも 1994 年に住民基本台帳導入のための研究会がスタートした。このように当時の中 国政府の発想は高齢化社会の到来を間近かに控え、社会保障・納税関連の情 報を一元管理しようとする先進国の社会保障政策の影響を受けたことは容易 に推測できよう。中国の場合、既に述べたようにそこに国有企業改革がもた らすリスク管理への対応の要請が加わった。こうした社会的要請を背景とし て、中国では 90 年代末から公安が発行する身分証と人力資源・社会保障部 が発行する社会保障カードの 2 つのカードを軸として個人情報を蓄積してゆ

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く、より徹底した一元管理システムが構築されていったのである。  再び第一章のテーマである社会保険カードと金保工程に戻ると、1999 年 に上海で始まった社会保障カードは上海市労働社会保障局のデータに加え て、同市公安局、民生局、医療保険局、公積金管理センターの計 5 部門の データを集積することからスタートした。こうした個人情報のシステム化に より、例えば市民から公安局に提出された死亡届は即座に年金部門と共有さ れ、それまで逐一手続きを行って還付を受ける必要があった病院での支払い も、即座に年金口座から控除されるなど先進国同様の利便性が実現されるよ うになった。2001 年の時点で上海では就業者を対象に 650 万枚が発行され、 それぞれ 200 の地域センターと派出所、500 の病院が社会保障サービスポイ ントに指定され、そこでの「社会保障カード」の利用が可能とされた。最終 的には全ての年齢層の 1300 万上海市民が社区から出ることなく労働・社会 保障に関するサービスが享受できる体制が目指されたのである17) 2000年 2月   都市医療医薬衛生体制改革に関する意見 3月 労保部 都市従業員基本医療保険情報システム建設に関する意見 5月 労保部 労働、社会保険情報管理システムに関する通則 12月 国務院 都市社会保障システム実験に関する方案 2002年10月   全国労働保障情報化工作会議;金保工程 12月 労保部 労働保障情報システム建設推進に関する通知 2003年 2月 養老保険情報システム全国ネットワーク化実施に関する意見 7月   社会保険情報管理システムプラットフォーム第 2 版に関する意見 「中国社会保障 70 年大事記」『中国社会保障』(2019 年) 表 2 社会保障制度改革(2000 年以降)  西側先進国同様、中国でも情報インフラ整備の初期段階において中央・ 地方政府が中心的役割を担った。特に中国において本稿が扱う 90 年代は、 1993 年、1998 年、2008 年と続く国務院改革を背景に、各省庁が自らの存在

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価値を訴えるべく情報システム整備に熱心に取り組んだ時期にあたる。各省 庁が自らの政策実現のために積極的に育成した IT 企業が、今度は逆に省庁 に対して最新のデジタル技術を応用した各種ソフト(本論文では「政務ソフ ト」(政府軟件)の用語を使用)を提案し、それらが中国の公共政策に取り 込まれていった。これこそまさに現在に至るデジタル国家中国が拡大再生産 されてゆくメカニズムである。  実際、中国の IT 企業はデジタル技術を駆使した社会管理のソリューショ ンを提供することで時々の行政部門のニーズに応えたし、そのためにも貪欲 に世界のデジタル技術を吸収する必要があった。次章では今日我々の前に出 現した中国独自の進化を遂げた中国の IT 企業、特に政務ソフト企業を事例 に社会管理のデジタル化の軌跡を整理してみたい。

第三章 情報化と国民統合

第一節 社会信用体系構築─道徳と個人情報─  表 3 は最新の第三代社会保障カードに記載されている情報である。同カー ドでは雇用、社会保険事務全般、養老年金、医療保険、労災保険、失業保 険、生育保険、人事サービス、労働関係の 9 分野で計 103 の指標が登録され ることになっている。アリババ、テンセントなどが 14 億人の消費者のビッ クデータを蓄積しているとするなら、同カードに登録されているのは労働者 としての 14 億人の記録に他ならない。  第 2 章では 90 年代、失業、養老保険制度の整備に伴って個人情報が行政 部門に集約されていった構造を描いた。当時、都市に暮らす人々の最大の関 心事はこうした雇用、社会保障に関する事項であり、第二章では人々の関心 を奇貨として整備された社会管理のデジタル化の過程を整理した。ただ都市 住民の不安は雇用、社会保障に止まらず、21 世紀に入り SARS(2003 年)、 食品安全性(2003 年 -)と中国の人々は立て続けに社会的危機を経験するこ とになった。危機のたびに噴出したのが、整合性が取れず混乱した政府対応

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就業 電子認証 就業記録 失業記録 就業・失業登記書(電子副本) 求職記録 未就業者(学卒後)記録 就業支援金申請記録 就業支援申請記録 職業訓練記録 職業技能鑑定 社会 保険 電子認証 保険加入 個人納付記録 社会保険移転情報 基金監督通報情報 記録情報 保険加入記録 自主検索用情報 保険料納付状況 個人権益書 経費納入・ 受給記録 保険料納付記録 基金監督通報記録 情報記録 就業・失業登記書記録 職業資格書情報 養老 保険 電子認証 養老保険待遇申請 離退職資格審査記録 域外居住記録 待遇取得認定記録 自主検索用情報 求人情報 職業訓練情報 職業技能鑑定情報 就業失業登録情報 職業支援情報 記録情報 養老保険待遇情報 経費納入・ 受給記録 養老保険、その他養老保険待遇 養老保険、その他養老保険受給記録 待遇 経費納入・ 受給記録 就業失業支援金受給記録 職業技能鑑定経費納入記録 電子認証 受診番号 治療点数 入院 域外受診申請 統合(域内外)受診申請 特殊医療申請 立替払い申請 電子認証 労災認定 労働能力鑑定 入院記録 労災保険申請 リハビリテーション申請 情報記録 労働能力鑑定情報 労災認定情報 労災協議医療機関記録 医療 情報記録 医療保険待遇記録 システム外医療費精算記録 労災 保険 保険 自主検索用情報 労災認定情報 労働能力鑑定情報 リハビリテーション情報 労災関連医療費精算情報 自主検索用情報 受診精算記録 医療保険個人口座残額 医療保険個人口座取引記録 指定医療機関変更記録 経費納入・ 受給記録 労災関連医療費即時精算 受診精算 医療費即時精算 薬代精算 商業保険、医療救助精算 労災関連立替え医療費精算 労災関連立替リハビリテーション費用精算 労災手当受給状況 表 3 社会保障カードの登録情報(第 3 代カード)

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のまずさであり、実際、危機のたびに政府批判は SNS に れた。  こうした政府批判に応える形で、2011 年 7 月、「社会管理の強化、刷新に 関する意見」(中共中央、国務院)に基づき中央社会管理治理委員会18)が組 織され、当時課題となっていた各種の社会管理のテーマに対して、中央が強 力なイニシアティブを発揮することが宣言された。連続する社会不安を糧に リスク管理はここに重要な政治資源となったのである。  翌 2012 年には、同じく課題となっていたテーマ(「情報ネットワークのリ スク管理」、「社会信用」)も重点対象となり、それぞれの分野で管理の「科 学化」の政策が打ち出された。 経費納入・ 受給記録 受診、薬購入精算記録 立替え医療費受領記録 失業 保険 電子認証 失業保険申請 申請手続記録 職業訓練登録 人事 電子認証 人事代理 人事人材試験身分認証 自主検索情報 档案管理情報 人材サービス情報 栄誉情報 情報記録 失業保険待遇記録 自主検索情報 失業保険待遇情報 経費納入・ 受給記録 失業保険受給記録 経費納入・ 受給記録 人事人材試験費用納付 人事代理費納付 生育 保険 電子認証 生育保険申請 妊娠記録 入院記録 労使 関係 電子認証 労働人事争議調停申請 労働人事仲裁申請 労働監督提訴 労働監督通報 情報記録 指定医療機関情報 自主検索情報 生育保険待遇情報 生育保険精算記録 自主検索情報 労働契約情報 調停仲裁情報 監察案件情報 受診精算 生育医療費即時精算 経費納入・ 受給記録 生育医療費立替受領記録 生育手当受給記録 経費納入・受給記録 重点産業農民工賃金受給状況 「社会保障卡応用目録」(試行)

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 そうしたデジタル技術を応用した社会管理の一つの到達点が 2014 年 6 月 に国務院から出された「信息恵民工程」と「社会信用体系建設計画要綱」で ある。前者は「第 12 次五カ年計画国家戦略性新興産業発展計画」と並行し て出された、社会保障、医療、教育、養老、就業、公共安全、食品・薬品安 全、社区サービス、家事サービスを 9 大重点領域領域とする市民生活全般に わたるデジタル管理政策である。  同工程は市民生活の各領域で新たなデジタルサービスを生み出すことで、 それまで技術・プロジェクト志向の強かった中国のソフトウェア産業に対 し、社会的課題のソリューションという新たな成長点をもたらすことを狙っ ていた。9 つの重点領域のうち本稿と関係が深い社会保障分野では、人力資 源・社会保障部と国家衛生計画生育委員会との共同による、医療費の精算 システムの構築がその一例である。2020 年のコロナ流行期間にその重要性 が再認識されることになる電子カルテ、遠隔診療も同工程中の「健康医療信 息恵民行動計画」の中で導入が宣言されている。このように中国の人々は 2014 年に撒かれた市民生活での各種デジタルサービスの恩恵を、後年コロ ナ流行の時期に再認識することになった。  後者の「社会信用体系建設計画要綱」では、政府、業界、企業、個人それ ぞれが同要綱に記載された項目の信用情報に関するプラットフォームを整 備し、政府のイニシアティブの下、2020 年を目標に以下の分野でプラット フォームの統合を図ろうとする壮大な計画が打ち出された。   リスク発生源 リスクの典型例 リスク主体 政治スローガン 統治対応 リスク領域 1978-1993 市場 / 経済 失業、投資の失敗 農民、企業 先富論 社会保障制度整備 経済分野 1994-2002 制度 / 社会 金融危機、社会治安 社会的弱者 「穏定圧倒一切」 治安管理強化、 政治、社会分野 2003-2008 生態環境/技術 生態系悪化、食品安全 市民全体 科学的発展観 環境・消費者保護 全領域 楊雪東「風険社会与新型社会風険」李培林、李強、馬戎『社会学与中国社会』社会科学出版社、2008 年 表 4 中国のリスク発生の 3 段階

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 政府(許認可、調達、入札、就業、社会保障、幹部任用)  民間( 流通、生産、金融、税務、価格、建設、政府調達、入札、交通、電 子商取引、統計、仲介サービス、イベント・広告)  社会( 医薬衛生・計画生育、社会保障、労働人事、教育・科学技術、文 化・教育・旅行、知的財産、環境保護・省エネルギー、社会組織、 自然人、インターネットサービス)  例えば社会保障の分野では社会保障カートを通じ、政府部門と民間、社会 部門それぞれで収集されたデータが共有された。更にそこに各種の信用情報 が加わるなど、そこでは「信用」を媒介として人々の行動変容を促す力を持 つ壮大なプラットフォームの構築が目指されたのである。 第二節 社会指標と統治の技術化  信用情報等の各種指標の集積は、都市空間を快適かつ安全な空間に変える スマートシティ(「智慧城市」)の構想と連動し、社会管理システムの深化に 貢献した。広く知られるように中国の場合、容易に個人情報を収集出来る環 境から、2014 年の後の僅か数年の間に世界的に見ても特異なデジタル空間 とそれを応用した統治手法が誕生することになる。  ここではデジタル空間が現実の空間を再編した例として、2011 年 5 月の 中共中央政治局会議で社会管理の革新モデルとして提唱された格子状社会管 理(social grid system management)を紹介する。同モデルは「基礎情報の集 約、社会的事件の管理、公共資源の活用、関連サービスの比較、社会サービ スの普及浸透を一つのプラットフォームで」をスローガンに、総合的プラッ トフォームのもと社会管理を行うことを目指したものである。その特徴はそ れまで都市の末端の管理組織として 1990 年代後半以降整備された社区を更 に 4−5 の格子状に細分した地区(網格(social grid))として再編し、そこ に専門スタッフ(網格員)を配置し、彼らに都市の末端の管理を担わせたこ とにある。同モデルのスローガン「人・地・物・事・情報・組織の一体化」

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が象徴するように網格員にはデジタル端末を手に地域を巡回し、都市空間で 起きる様々な課題に対し、公安、社会保険センター等の末端の行政機関と連 携しつつ対応することが期待された。  その起源は 2004 年に北京市の東城区の実験であったとされる。翌 2005 年 から 2007 年にかけて全国 51 の都市で実証実験が行われ、その後はデジタル 技術の進化を反映しつつ数多くの都市で独自の管理モデルが考案、実践さ れ、さらにその蓄積の上に 2011 年 5 月の共産党政治局会議で全国規模での 普及が宣言された。  折しも同モデルが提唱された 2011 年前後は、スマートフォン決済が普及 し、オンラインとオフラインが融合し始めた時期にあたる。地域を越えて使 える社会保障カードが社会保障における「人々の単位・社区などの地域から の解放」であるとするなら、網格管理は逆に地域における緻密な管理を意味 した。デジタル化の時代、地域から出ても、地域に留まっても人々は管理さ れるようになったのである。  こうした管理はこれまで政府側の統治上の必要性から専ら説明されてき た。忘れてはならないのは、第一章で紹介した社会保障カードの事例、即ち 21 世紀に入って急速に成長したソフトウェア企業がカードの精緻化を促し た構図である。人力資源・社会保障部はデジタル化による「管理の科学化」 の必要上、企業からの精緻化提案を採用する中で、管理モデルのデジタル化 を実現した。  こうした「管理の科学化」の結果、今日、中国政府は中央・地方を合わせ ると 14467 サイト、更に社会保障カードのような認証カードについては 861 種類が発行されるなど19)、「管理の科学化」が進めば進むほど、中央政府主 導のもとで統一プラットフォームの形成が必要となる構図が出現している。  2003 年の SARS 以降、中国は様々な社会危機を経験し、「リスク管理」が 各省庁の巨大な政治資源となった。胡錦涛、習近平政権の打ち出す「親民」 政策のもと、各省庁は自らの業務におけるリスクを洗い出し、そうしたリス ク関連の業務を IT 業界に委託していった。更には IT 企業がそこにビジネス

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チャンスを見出し、各種の管理ソフトを提案することで新たなリスクが掘り 起こされる構図が出現した。  中国では統治技術のソリューションを提案する企業は「政務ソフト企業」 (「政務軟件企業」)と呼ばれる。中国インターネット協会が発行している 『中国互聯網企業総合実力研究報告(2020)』でも、認定上位 100 社20)のう ち、「政務ソフト」企業は 18 社に上る。それはネットゲーム 21 社、電子商 取引(EC)20 社に続き、ネット音楽配信と並んでインターネット業界では、 17 社のネットメディア、16 社の生活サービス、クラウドサービス、15 社の ネット金融、データサービスを凌ぐ地位を占めている。ここからも官公庁需 要は中国において大きな位置を占めていることが判るのではないだろうか。 図 2 はスマートシティに関する某社のソフトであり、そこには公安部の「天 網工程」、民生部の「雪亮工程」など各省庁の推進するプロジェクトが社区 レベルで統合され、その情報をもとに既に紹介した網格員が日々地域で起き る様々な案件に対応する仕組みが図示されている。  中国は 23 の一級行政区、233 の地級市から構成され、一般に政務ソフト は地級市レベルで導入されることが多い。単純に総人口を地級市の数で割る と、1 地級市あたり 496 万人。政務ソフトの導入主体である地級市は、一地 図 2 「政府主導型スマート社区ソフト」(A 社) 社区居民委員会 ビックデータ分析 状況認識 GIS マップ BI 分析 管理者端末 各級党組織 運営コントロール 運営評価 業務管理 リスク予報 市民端末 不動産企業 党運営 網格管理 総合統治 都市管理 スマートテレビ 市民 緊急対応 行政サービス 生活サービス 治安基盤整備 PC  生活サービス      不動産管理    住宅 ボランティア 近隣商店 経費納入 不動産管理全般 スマート保安 スクリーン 政務 スマートロック 不動産管理群 スマート照明 照会サービス 車両管理 修繕依頼対応 スマート調理 https://wg.simpro.cn/advantage/174.html

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方公共団体当たり 7 万に過ぎない日本と比べ比較にならないほど多くの市民 の管理を行う必要がある。社会管理におけるデジタル技術の応用の恩恵はま さしくそこにあったのかも知れない。それまで数多くの機構とスタッフを整 備してようやく把握できた地域社会のリアルに対して、ネット上ではいとも 簡単に一元管理をすることが可能になったのである。

終わりに 中国型デジタル管理

 1998 年にスタートした労働・社会保険分野の情報システムの整備は、21 世紀に入ってより加速した。AI に代表される最新のデジタル技術の飛躍的 発展を受け、今日では「インターネット+人社」としてより精緻な形となっ ている。現在流通している第三代社会保険カードは個人識別、社会保険情 報、金融機能とが一体となった優れたプラットフォームである。  90 年代、中国社会にインターネットが普及し、人々はインターネットを 通じて「社会」に容易にアクセス出来るようになった。それは同時に政府に とってもインターネットを通して容易かつ瞬時に人々にアクセス出来るよう になったことを意味した。政府が新たな「社会」管理の手法としてデジタル 化に大きな期待を寄せたことは容易に想像できよう。また 90 年代以降の中 国の都市社会では人々の日常が刻々と変化し、デジタルツールは生活上の利 便性を提供するだけでなく、不安を抱えた人々にとって容易に頼りえるツー ルともなった。当時人々はデジタルツールを通じて他者と繋がり、社会の今 を実感したのである。またデジタル技術は行政コストを大幅に低下させただ けでなく、それぞれの行政部門で最新のデジタル技術を応用した監督の分野 を拡大させた。そこに第 3 章で紹介した企業からの各種「政務ソフト」の提 案が加わった。2001 年の WTO 加盟以降、急速なグローバル化の洗礼を受け た中国の都市では市民、政府、企業が一体となってデジタル化を推進する構 図が生まれ、20 年を経た今日、既に中国独自の社会管理におけるデジタル 管理のスタイルが確立している。

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 本稿では社会保障カードを糸口に、労働社会保障分野のソリューションと してデジタル管理が普及し、その背後に政府のニーズに加え成長著しい IT 企業からの提案があったことを指摘した。  「社会保障制度の設計が急がれた 90 年代、それまで職場である「単位」で 支えていた社会事務を「地域」で支える必要があった。その際改めて浮上 したのは、中国の都市住民にとって社会、地域とは何かという根本的問題 であった。その意味で 90 年代の社会保障改革は社会保障 Social Security の Social と Security それぞれにおける中国独自のイメージとコンセンサス作り から始める必要があった」。これは第二章からの引用である。中国の都市空 間ではそれまで「単位」を越えた実体としての地域がなかった。その分、デ ジタル技術が提供するバーチャルな空間を政府や人々は「地域」や「社会」 と考え、これを背景にデジタル上に記録された情報が逆に現実の問題を発見 してゆくシステムが出来上がった可能性がある。  莫大な政府資金を「栄養」に既に巨大な存在となった中国の「政務ソフ ト」企業は今後いかなる課題を発見してゆくのか。それは現在中国政府が推 進するデジタルシルクロード構想においてどのような役割を果たすのか。今 般の新型コロナ感染対策で公衆衛生の分野でその実力を証明した中国の社会 管理システムは、ポストコロナの世界においていかなる言説を持つようにな るのか。興味深いテーマは少なくないが、これらについては今後の課題とし たい。 1)E-government Survey,2020 2)邱沢奇「技術与社会変遷」李培林、李強、馬戎『社会学与中国社会』社会科 学出版社、2008 年、603‐606 ページ 3)1998 年の国務院改革で郵電部は電子工業部と統合し情報産業部となることで 事実上解散し、郵便部門は国家郵政局として分離され、2008 年には国家改革 発展委員会の工業部門と情報産業部とが統合し工業・情報化部が誕生した。 4) 同 社 の 主 要 株 主 は、 電 子 工 業 部(7.5 %)、 電 力 工 業 部(7.5 %)、 鉄 道 部

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(7.5%)、中国中信集団(CITIC)(6%)、中国光大 ITIC(6%)、華潤集団 (6%)上海科技投資公司(6%)など独自の通信網を持つか、情報通信産業に 有望な投資機会を見出した政府系企業連合から構成された。 5 )国家経済信息化連席会議(1993 年 12 月)、国務院信息化工作領導小組(1996 年 1 月)、国家信息領導小組(2001 年 8 月)、国務院信息化工作弁弁公室(2001 年 8 月)、国家信息化領導小組(2003 年 5 月)、国務院信息化工作弁公室(2003 年 5 月)とその後、組織改革に伴ない名称が変化している。 6)エリック・ハーウィット『中国の情報通信革命』2011 年、NNT 出版、99 ペー ジ 7)上記の 3 つの他に、金税、金智、金農、金宏、金企(金橋、金関、金卡)を 含む以上 8 つが「8 大情報化プロジェクト」(八大信息工程)。その他にも金 信、金衛、金網があった。楊樹婷「我国首批啓動国民経済信息化“金字号” 工程」『科技発展与展望』 8)張琪「中国信息化 15 年之一 金字系列工程与中国信息化啓動」『中国信息界』 (2008 年 2 期) 9)汪玉凱「中国電子政務的十年回顧与展望(1)電子政務発展的三個階段」『中 国信息界』(2009 年 12 期) 10)その他の代表的なプロジェクトは以下の通り。①金税工程(国税総局、増値 税監査、納税)②金盾工程(公安部、ネットセキュリティ)、③金水工程(水 利部、防災情報) 11)「関於社会保障卡建設総体規画」 12)祝均一、袁志剛主編『上海就業報告(1995-2000)』上海人民出版社、2001 年、 63-67 ページ 13)第一案は、賃金の 16∼17%を個人口座分とし、うち個人が 3%、企業が 8%。 残り 5−8%を共通口座からそれぞれの地域の平均賃金額を積み立てる。第二 案は、賃金の 2−3%を個人が負担。その他は共同口座から積み立て、給付は 地域の平均賃金の 25%、年間賃金の 1%とする。第三案は、個人口座への積 み立ては、賃金の 10−12%。給付は当該地域の平均賃金の 25%とする。第一 案は上海など 8 地方政府、第二案は北京など 7 地方政府、第三案は山東等そ の他の地方政府が採用した。 14)「国務院関於建立統一的企業職工基本養老保険制度的決定」(国発(1997)26 号、1997 年 7 月 16 日) 15)「国務院関於建立統一的企業職工基本養老保険省級統籌和行業移交地方管理有 関問題的通知」(国発(1998)28 号、1998 年 8 月 6 日) 16)1999 年の上海市の社会保障カードのシステムを構築したのはヒューレットパッ カード社である。 17)「社会保障卡 滬上新両点」『人民日報』(2001 年 1 月 22 日第二版)

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18)それまでの中央社会治安総合治理委員会が再編された組織である。 19)中国互聯網信息中心『中国互聯網発展状況統計報告(第 46 次)』、55 ページ 「中華人民共和国国家互聯網信息弁公室」http://www.cac.gov.cn/2020-09/29/ c_1602939918747816.htm 20)1 位アリババ、2 位テンセント、3 位美的、4 位百度、5 位京東、6 位網易、7 位上海尋夢信息、8 位北京小桔子科技、9 位北京字節跳動科技、10 位テンセ ントミュージックと日本でも知られるインターネット企業に続き、第 11 位に 360 安全科技とセキュリティ企業が入っている。上海尋夢信息、北京小桔子 科技、北京字節跳動科技はそれぞれ拼多多、滴滴快車、抖音(英語名 TikTok) の運営企業である。

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