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陽電子科学 第4号 (2015) 3-8

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入 門 講 座

陽電子消滅寿命・運動量相関測定

Positron annihilation age momentum correlation (AMOC) measurement

日本原子力研究開発機構 原子力基礎工学研究センター

平出 哲也

Abstract: Positron annihilation Age-MOmentum Correlation (AMOC) measurement is the coincidence mea-surement method of positron injection time, positron annihilation time and positron annihilation gamma-rays energy. The methods for measurement and analysis of AMOC will be introduced briefly. Some of the interest-ing researches also will be introduced.

Keywords: positron, annihilation gamma rays, lifetime, Doppler broadening, S parameter, W parameter

1. 緒 言 陽電子消滅法は,試料中で陽電子が電子と対消滅する ときに放出されるガンマ線を検出することで行う分析手 法である.陽電子消滅法のうち,陽電子の試料中におけ る消滅までの時間を計測する陽電子消滅寿命測定法は,会 誌第 2 号で解説されている1).ここで取り扱う陽電子消滅 寿命・運動量相関 (AMOC) 測定は,この陽電子消滅寿命 測定法と,Ge 半導体検出器 (HPGe) による消滅ガンマ線 エネルギー計測によるドップラー広がり測定法の,二つの 手法の相関測定を行うものである.ドップラー広がり測 定とは,消滅ガンマ線の 511 keV からのドップラー広がり から,消滅時の電子–陽電子対の運動量分布を測定する手 法で,消滅相手の電子運動量やポジトロニウム (Ps) の種 類に関する情報が得られる.例えば,結晶中に欠陥が存 在し,そこに陽電子が捕捉されるような状況では,結晶中 の非局在状態に比べ,陽電子の波動関数と結晶中の元素の 内殻電子の波動関数との重なりが小さくなり,相対的に価 電子との消滅割合が増大する.その結果,運動量の大き な電子との消滅が起こりにくくなり,運動量分布が狭く なることになる.また,Ps 形成が起こる場合にはパラ–ポ ジトロニウム (p-Ps) とオルト–ポジトロニウム (o-Ps) が存 在し,真空中では p-Ps は 125 ps(125× 10−12秒)の平均 寿命で自己消滅し 2 光子放出するが,o-Ps は 142 ns(142 × 10−9秒)で 3 光子放出して自己消滅する.この Ps が物 質中に存在すると,p-Ps の多くは自己消滅するのに対し て,o-Ps は多くの場合,周囲の原子・分子内のスピン反 平行の電子と 2 光子消滅する.これをピックオフ消滅と 呼ぶ.このため,通常の液体中や固体中では,Ps からの

Tetsuya Hirade (Nuclear Science and Engineering Center, Japan Atomic Energy Agency),

〒319–1195茨城県那珂郡東海村白方白根2–4 TEL:029–282–6552, FAX:029–282–6716, E-mail: [email protected] 消滅はほとんどが 2 光子消滅となり,511 keV の消滅ガン マ線を放出することとなる.自己消滅する p-Ps は,p-Ps 内の電子と陽電子の運動量が相殺されるためドップラー 広がりの幅は重心運動で決まり狭くなる.それに対して o-Psのピックオフ消滅は周囲の原子・分子内の電子との 消滅となり,ドップラー広がりは比較的広い.これは原 子・分子内の電子の運動量を反映しており,内殻の電子ほ ど運動量が大きくなる.Ps を形成しなかった,いわゆる 自由陽電子*1の多くも同様に周囲の原子・分子内の電子 と 2 光子消滅し,その結果ドップラー広がりの幅は,o-Ps のピックオフ消滅同様に広くなる. さて,上述したように,試料中の陽電子のほとんどが 2光子消滅し,消滅ガンマ線が反対方向に 2 本放出され る.一方の消滅ガンマ線を消滅時刻を知るのに用い,も 100000 532 511 490 Energy (keV) Time (ns) 16 12 8 4 0 10000 1000 100 10 Counts 図 1 AMOC の測定データ.

*1これは free positron の訳語と考えられ,Ps 形成から free という意

味であり,自由に動き回っていることを示していないので注意が 必要

(2)

2D-MCA H.V. HPGe TFA CFD Main Amp. Biased Amp. ADC Personal Computer H.V. CFDD CFDD ADC TAC Fast Coincidence Gate & Delay

Generator PMT BaF 2 PMT BaF2

Doppler Sample + 22Na PAL

図 2 AMOC 測定装置の概略図. う一方を消滅ガンマ線のエネルギーを知るのに用いて測 定すると,図 1 のような 3 次元データが得られる.22Na を用いた場合の陽電子消滅寿命測定では陽電子入射時刻 を22Naからの 1.27 MeV のガンマ線を計測することで得 ており,これら 3 光子の同時計測を行うための装置の概 略図を図 2 に示す.22Naを用いた装置がもっとも一般的 であるが,陽電子ビーム2, 3)や高エネルギー X 線4)を用い た測定法も実現されている.ここでは,22Naを陽電子源 として行う測定手法について簡単に述べ,装置を準備す るための基本的な知識を解説し,また,得られた実験デー タの解析方法について解説する.最後に AMOC の特徴を 生かした研究例について述べる. 2. AMOC 測 定 AMOC測定では22Naを用いて陽電子消滅寿命測定と ドップラー広がり測定を組み合わせ,2 次元マルチチャン ネルアナライザー (2D-MCA) で同時計測して相関測定を 行う手法が一般的である.図 2 に示したものはアナログ モジュールを用いた22Naによる AMOC システムである が,最近は,デジタルオシロスコープやデジタイザを用い た AMOC システムも用いられている5).通常の陽電子消 滅寿命測定法の場合は,消滅ガンマ線を 1 本だけ計測し, もう 1 本の消滅ガンマ線は測定に使用されていない.こ のガンマ線を HPGe 検出器で計測し,3 光子の同時計測を 行うことで,陽電子の消滅寿命と同一の消滅イベントの ドップラーシフトを記録できる.この際に,消滅ガンマ 線が反対方向に放出されているため,消滅時刻測定用の シンチレーション検出器と消滅ガンマ線エネルギー測定 用の HPGe 検出器を試料を挟んで反対側に配置する.ヒ ストグラムを 3 次元プロットしたものが図 1 になり,こ のヒストグラムを,目的によって様々な切り口で解析す ることとなる.時間は陽電子消滅寿命測定と同じように 10 ps–20 ps間隔,エネルギーはドップラー広がり測定と 同様に数十 eV 間隔で記録しておけば十分である. ここで,測定時にもっとも重要なことは,AMOC 測定 が,陽電子消滅寿命測定とドップラー広がり測定の 2 つ の手法を組み合わせて,同時計測して行うという点であ る.同じ陽電子消滅事象からのイベントであることを確 かめ,そして計数を蓄積していく必要がある.陽電子消 滅寿命を計測するためのシンチレーション検出器からの 信号の立ち上がりは ns 程度であり,測定の時間レンジは 通常数十 ns である.一方,ドップラー広がり測定の信号 は,アンプで増幅され,その際のシェーピングタイムは 数μs である.確実にこの遅い信号と陽電子消滅寿命測定 の速い信号の同時計測を行うのは少々難しさを伴う.そ のため,ここで示してあるアナログ方式のものも,上で紹 介した文献 5) 中の部分的にデジタル化したものも,半導 体検出器からの信号を Fast-Filter Amplifier (Fast Amp.) で 処理し,タイミング信号を得て,コインシデンスをとって いる.この方法が確実であり,おそらく調整の点で容易 であるが,必ずしもこの方法でなければ AMOC の測定が 行えないということではない.正しいイベントの組み合 わせでコインシデンスを確実にとることができれば,他の 方法でも測定を行うことは可能であり,実際に Fast Amp. を使用しないで稼動している装置による研究例も多く存 在する6) AMOCでは図 1 に示すような 3 次元の情報となってお り,これをどう考えるかであるが,ここでは,一般的な 解析方法としてドップラー広がりの時間依存性と考える こととする.まず簡単に話を進めるために,p-Ps,自由 陽電子,o-Ps が,非常に早い時刻に各消滅過程が決まり, それらの反応や状態変化を伴わないで、そのまま指数減 衰で消滅していくと考える.陽電子消滅寿命においては, 式 (1) が装置の時間分解能を考慮しないときの陽電子消滅 寿命スペクトル A(t) である*2 A(t)N  i=1 Iiλiexp (−λit) (1) ここで N は消滅過程 (以降,単に成分とよぶ) の数,Iiは 各成分の強度,λiは各成分の消滅率である.これは各時 *2後で出てくる S パラメータとの混同を避けるために,引用元では S (t)となっているが,A(t) としてある.

(3)

刻における消滅ガンマ線の計測頻度となっているので,あ る時刻に,複数存在する各成分からの単位時間当たりの 消滅量の和となっている. 図 1 に示す AMOC データを各時刻でスライスして切り 出すと,511 keV を中心としたエネルギースペクトルとな る.このピークの形状は消滅時刻に依存して変化してい る.この変化は式 (1) での各成分からの消滅量の比率が変 化しているために起こる.AMOC の場合,重要なのは消 滅ガンマ線ピークの形状であり,そこに入るカウントで はない.したがって,各時刻におけるそれぞれの成分の 比率は, fi(t)= Iiλiexp (−λit) N j=1Ijλjexp  −λjt  (2) となる.ここで fi(t)は時刻 t における i 成分の消滅の全 消滅に対する比率である. わかりやすい例として,Ps が形成する絶縁物中の消滅 過程でみてみよう.上述したように,各成分が,反応や変 化がなく,非常に早い時刻に消滅過程が決まり,そのまま 指数減衰で消滅していくと考える.つまり,試料中に入射 された陽電子が非常に短い時間に Ps は形成,熱化,局在 し,これらの現象が終わった時刻を時刻ゼロとして,その 後,状態の変化なく指数減衰していくと仮定する.この場 合,もっとも短い 125 ps の平均寿命で消滅していく p-Ps の成分,自由陽電子の 400 ps 程度の平均寿命で消滅して いくとする成分,数 ns の平均寿命で消滅していく o-Ps の ピックオフ消滅成分となる.この各成分の比率の消滅時 刻依存性をグラフにすると図 3 のようになる.上述した ように p-Ps からの消滅のみエネルギーシフトが小さくな ることから,消滅ガンマ線のピークの幅が狭くなり,それ 以外は幅が広くなる.比率の変化をみると p-Ps の成分は 時刻ゼロから単調に減衰してくることになり,その様子 をピークの形状の変化で考えると,図 3 の下図のように なる.幅の狭い成分が徐々に減り,幅の広い成分が残る こととなる.このドップラー広がり測定の消滅ガンマ線 のエネルギー広がりの様子は,S パラメータで示すこと が多い.これはピーク全体に対して,決められた中央の エネルギー範囲の面積比で定義される.消滅ガンマ線の ピークの幅が狭ければ,S パラメータは大きくなる. 消滅ガンマ線ピーク形状の変化を S パラメータで考え ると,最初は S パラメータがある程度大きく,時間の経過 とともに,S パラメータが小さくなり,最後は一定値を示 すようになると考えられる.S パラメータの時間変化は, S (t)= N  i=1 Sifi(t)= N  i=1 Si Iiλiexp (−λit) N j=1Ijλjexp  −λjt  (3) で表せ,実際に装置の時間分解能も考慮した S (t) は図 4 のような形になる.このように,AMOC のデータを解析 し,S (t) をつくり,現象を考察する. 実際の解析時には,図 1 のような AMOC データから 時刻ごとの計数をすべて積算し,その計数の時刻依存性 を描けば,それは陽電子消滅寿命スペクトルとなる.こ れを通常と同様に例えば,PALSfit7)のようなプログラム で解析し,各成分の平均寿命 τiとその強度 Iiを得る.次 に,図 1 のデータからある程度の時間幅ごとに切り出し, エネルギースペクトルをつくり,そのそれぞれのエネル ギースペクトルから S パラメータを計算する.これを時 間軸に対してプロットをすると,図 4 のような形の S (t) 曲線が得られる.この時に,I1–3,λ1–3(= 1/τ1–3)が寿命ス 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 時間 ns それぞれの成分の比率

p-Ps

自由陽電子

o-Ps

+ + S大 S小 時間 図 3 Ps が形成される場合の各寿命成分からの 消滅比率の消滅時刻依存性. 0.44 0.46 0.48 0.50 0.52 0.54 0.56 0.58 - 0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3

陽電子消滅時刻 (ns)

S

(t)

図 4 Ps が形成される場合の S(t) の消滅時刻依存性.

(4)

ペクトルの解析で得られているため,図 3 あるいは式 (2) のような各成分の比率の時刻依存性が得られることにな る.ここで,3 つの成分の S1–3を振りながら,式 (3) を用 いてもっともよく再現できるように最小二乗フィットで 各成分に固有の S1–3を決めることができる.最長寿命で ある o-Ps 成分の S のみは,長時間側で一定となる S から 求めることができる.それを利用して佐藤らは,高分子 中で o-Ps がプローブしているサブナノスケールの自由体 積に由来する空隙の化学的な情報を得ることに成功して いる6) 3. 状態変化を伴う場合の解析 図 4 のような S (t) の結果は当たり前のように見えるが, 例えば,この時間領域で,何か反応が起き,各成分が単純 な指数減衰していない場合や,消滅の初期が指数減衰にあ てはまらないような反応などが存在するときには,寿命 スペクトルの解析結果で求まる各成分が,p-Ps,自由陽電 子,o-Ps の各成分からの消滅と一致していない可能性が ある.そのような場合,AMOC を測定し,S (t) を作り,寿 命測定の解析結果で再現できるか調べることで寿命の解 析結果を吟味することができることから,AMOC 測定は 非常に重要となる.例えばイオン液体中における陽電子 消滅寿命測定ではもっとも短い平均寿命が 260 ps–290 ps のような値を示すが,AMOC の結果からは,通常どおり に 125 ps に近い寿命で p-Ps が消滅していることが示され た8) ここでは,わかりやすい例として,o-Ps が常磁性種 Rとスピン交換反応を行う場合を考えてみる.実際には p-Psも R•と反応するが,p-Ps の自己消滅平均寿命が短い ので,大きな効果はみられない. o-Ps+ R• → (1/4) p-Ps + R→ (3/4) o-Ps + R(4) この場合,図 3 と同様に各成分の比率をみると図 5 の よ う に な る .消 滅 ガ ン マ 線 ピ ー ク の 幅 が 狭い p-Ps か らの成分の比率は初期に多く,その後いったん減り, 再び増えてくることになる.このときの S (t) がどのよ うになるか,実際の測定例を図 6 に示した.これは, 常磁性種である

4-hydroxy-2,2,6,6-tetramethylpiperidine1-oxyl (HTEMPO)をメタノール中に溶かして o-Ps とのスピ

ン交換反応を測定した研究例である9).このように,o-Ps が試料中に存在する主な状態であると考えられる長時間 側で,S (t) の値が大きくなっており,o-Ps の一部がスピン 交換で p-Ps になって自己消滅していることがわかる.こ のような反応が存在すると,o-Ps の減衰はピックオフ消 滅による過程とスピン交換によって p-Ps を経由して消滅 していく過程によるものが主であり,単純なピックオフ 消滅だけではないことを示している.陽電子消滅寿命ス ペクトルでは,減衰の様子は指数関数的であり,陽電子消 滅寿命測定のみの結果からは,このような過程が存在す ることを知ることは難しい. 以上のように,陽電子消滅寿命測定と AMOC 測定は, 解析時に用いる成分が異なり,陽電子消滅寿命測定では消 滅の平均寿命の違いで成分を分けているが,AMOC 測定 では,消滅時の電子と陽電子の運動量分布の広がりの違 S大 S小

p-Ps

自由陽電子

o-Ps

+ + + + + 0.0 1.0 0.2 0.4 0.6 0.8 0 1 2 3 そ れ ぞれの成分の 比率 時間 (ns) 時間 図 5 Ps が形成され,o-Ps が常磁性種とスピン 交換反応する場合の各寿命成分からの消滅比率 の消滅時刻依存性. 図 6 常磁性種である HTEMPO を 0.1 M 添加 したメタノール中における S(t) の消滅時刻依 存性9).Reprinted figure with permission. Copy-right EDP Sciences 1993.

(5)

図 7 20 K,ポリエチレン中における S パラメー タの消滅時刻依存性.○は暗黒中測定,●は可視 光下測定.実線は,拡散中の陽電子の捕捉過程を 考慮して,最小二乗法で求めた13)Reprinted

fig-ure with permission. Copyright 2007 WILEY-VCH Ver-lag GmbH & Co. KGaA, Weinheim.

いで成分を分けている.したがって,AMOC 測定のデー タから S (t) を作り解析する場合,各成分は単純な指数減 衰では表すことができないことになる.運動量分布の異 なる各消滅成分の変化を考えると,以下の式 (5) のみが成 り立つこととなる. S (t)= N  i=1 Sifi(t) . (5) よって,反応なども考慮した消滅過程のモデルを導入し, そのモデルで各成分の消滅の比率の時間依存性をつくり, そこから各成分の S パラメータをもちいて,S (t) を模擬 する曲線をつくることが必要である.その際に,その消 滅過程のモデルが陽電子消滅寿命スペクトルも同時に模 擬できなくてはならない. 4. AMOC を 用 い た 研 究 例 最初に取り上げるのは,低温域でみられた著しい Ps 形 成の増大に関する研究例である.絶縁物中の Ps 形成は 1974年に Mogensen が提唱したスパー反応モデル10)で説 明される.物質中に入射した陽電子は入射電子同様に,そ の飛跡に沿ってイオン化と励起を繰り返し,エネルギー を失い,最終的には熱化する.このイオン化や励起が起 こる小さな領域はスパー (spur) と呼ばれる.熱化直前に は単位長さあたりのそれらの頻度が高くなり,比較的高 い密度でイオン化や励起が起こる.この飛跡の最後の部 分を放射線化学ではターミナルスパーと呼び,陽電子の 飛跡の場合は,そこに陽電子も熱化するため,特に陽電 子スパーと呼ぶ.イオン化の際には電子がはじき出され, これを過剰電子と呼ぶが,スパー反応モデルでは,陽電子 スパー内においてこの過剰電子の一つと入射陽電子が結 合することで Ps を形成する. さて,低温における絶縁物質中では分子運動が凍結さ れ,その結果,0.5 eV–3 eV 程度で電子が捕まる部位が安 定に存在し,そこに過剰電子が捕捉される.アニオンと して捕捉される場合もあるが,このような電子をここでは 捕捉電子と呼ぶことにする.陽電子消滅法の実験は試料 中に陽電子を入射し続けるため,低温で測定を行うと捕 捉電子が蓄積される.外部からガンマ線照射などでも捕 捉電子を試料中に蓄積することができる11).捕捉電子が 束縛されているエネルギーはおおよそ可視光領域のエネ ルギーに対応しており,可視光が存在することで捕捉サ イトから脱離するため,暗黒中でなければ,捕捉電子は蓄 積しない.このような捕捉電子が十分に蓄積すると,ス パー内の Ps 形成を逃れた陽電子が,拡散後に捕捉サイト から電子引き抜くことで Ps が形成11)し,その場合の S (t) は図 7 中の○印のように変化する.これはポリエチレン 中で 20 K において測定されたものである12, 13).○印は暗 黒中で測定されたもので,試料中に捕捉電子があらかじ め形成され蓄積されている状態である.陽電子の拡散後 に,蓄積されていた捕捉電子の一つと Ps 形成が起こるた め,通常のスパー過程の Ps 形成よりも遅れて起こる.そ のため,初期に p-Ps からの消滅の比率が上昇し,S (t) の 上昇がみられる.●印は可視光下で測定されており,可 視光によって捕捉電子が捕捉サイトから解放され,陽イ オンと再結合して,捕捉電子が存在しない状態となり,Ps 形成がスパー反応による早い過程10)のみとなっている. その結果,初期の S (t) の上昇はみられない.イオン化で 放出された過剰電子が捕捉サイトに捕捉され捕捉電子が 形成されるように,陽電子自身も捕捉される.陽電子と 捕捉電子の Ps 形成反応が,この捕捉過程との競争で起こ ることを考慮すると,図 7 の実線のように実験結果を再 現でき,この結果から,陽電子が捕捉されていく速度を知 ることもできる13) 金属中では,Ps 形成は起こらず,陽電子消滅寿命測定 では陽電子の存在している状態の変化が,寿命の変化と して現れる.例えば,金属結晶のバルク中の状態から,空 孔などへ捕捉されると,みかけ上,最短寿命成分の寿命が 短くなっていく.これは一つの平均寿命とみえる成分の 中に,他の状態へ移行していく過程が存在することによ る.このような状況で陽電子消滅寿命スペクトルは 2 種 類の状態捕獲モデルに基づいた解析によって行う必要が ある.このような場合に AMOC 測定では,式 (5) のよう な解析を行うことが必要である.捕捉されていくことで 起こる S の変化が顕在化し,S の変化量が大きければ,単 なる寿命測定よりも,捕捉されていく過程がより明確に

(6)

図 8 550◦Cで 0.1 時間,0.2 時間,2 時間熱 処理した Fe-0.88 at.% Cu と純鉄および純銅中 における高運動量成分(W パラメータ)の陽 電子消滅時刻依存性5)Reprinted figure with

per-mission from K. Inoue, Y. Nagai, Z. Tang, T. Toyama, Y. Hosoda, A. Tsuto, M. Hasegawa, PHYSICAL REVIEW B 83 (2011) 115459. Copyright (2011) by the American Physical Society. 識別できることとなる.また,欠陥が無いような状況で は,陽電子の状態が複数あってもバルク成分であり,寿命 変化がほとんど起こらない.例えば,外山ら14)が報告し ているように,鉄中に存在する銅析出物への陽電子捕獲 などの時間変化は,ドップラー広がり測定における高運 動量成分(W パラメータ)の変化から知ることができる. この W(t) の時間変化を AMOC 測定でも観測することが 可能であり,図 8 のように陽電子が銅析出物に捕捉され ていく様子を直接観測することができる.鉄の曲線から 銅の曲線へ移っていく様子から,直接鉄中の銅析出物へ の陽電子捕捉が起こっていることが示され,熱処理時間 が長くなるにつれて,陽電子が捕捉されていく時刻が早 くなっていることがわかる5) 5. ま と め 今回は AMOC 測定について,基本的なことを中心に 解説し,その利点を用いた研究例を紹介した.現状では AMOC測定は,陽電子消滅法の他の手法に比べ,利用頻 度はあまり高くない.その理由としては,測定時間が長 いことや,装置を組み上げ調整を行うことがやや困難であ ることが考えられるが,部分的にデジタルオシロスコー プやデジタイザを用いることで,比較的容易な測定法に なった.今まで,陽電子消滅寿命測定だけでは見出すこ とができなかった現象なども,AMOC 測定では捉えられ る可能性をもつと考えられ,新しい研究の可能性を持っ ている測定手法である.今後,さらに研究例が増え,いろ いろな成果があがることを期待したい. 参 考 文 献 1) 斎藤 晴雄:陽電子科学2 (2014) 21.

2) H. Stall, M. Koch, K. Maier, J. Major: Nucl. Instrum. Methods B56–57 (1991) 582.

3) R. Suzuki, T. Ohdaira, T. Mikado, G. V. Rao: Mater. Sci. Forum 363–365 (2001) 661.

4) D. Zvezhinskiy, M. Butterling, A. Wagnerc, R. Krause-Rehberg, S. V. Stepanov: Acta Phys. Pol. A125 (2013) 821.

5) K. Inoue, Y. Nagai, Z. Tang, T. Toyama, Y. Hosoda, A. Tsuto, M. Hasegawa: Phys. Rev. B83 (2011) 115459.

6) K. Sato, H. Murakami, K. Ito, K. Hirata, Y. Kobayashi: Macro-molecules42 (2009) 4853.

7) P. Kirkegaard, J. V. Olsen, M. Eldrup, N. J. Pedersen: PALSfit (Risø-R-1652(EN), 2009).

8) T. Hirade: Mater. Sci. Forum607 (2009) 232.

9) H. Schneider, A. Seeger, A. Siegle, H. Stoll, I. Billard, M. Koch, U. Lauff, J. Major: J. Phys. IV 3 (1993) C4–69,

10) O. E. Mogensen: J. Chem. Phys.60 (3) (1974) 998.

11) T. Hirade, F. H. J. Maurer, M. Eldrup: Radiat. Phys. Chem.58 (2000) 465.

12) N. Suzuki, T. Hirade, F. Saito, T. Hyodo: Radiat. Phys. Chem. 68 (2003) 647.

13) T. Hirade, N. Suzuki, F. Saito, T. Hyodo: Phys. Status Solidi C 4 (2007) 3714. 14) 外山 健,蔵本 明,野沢 康子,Matti Valo,清水 康雄,井上 耕治,長谷川 雅幸,永井 康介:陽電子科学1 (2013) 41. (2014年 10 月 30 日受付) 著 者 紹 介 平出 哲也: 1993 年,宇宙環境用繊維強化 樹脂の放射線劣化の研究で理学博士(早 稲田大学)を授与され,同年,日本原子力 研究所(現在の日本原子力研究開発機構) に入所.当時の化学部で陽電子・ポジト ロニウム化学研究を新たに開始.現在に 至る.また,2004 年から茨城大学大学院応用粒子線科学専 攻連携教員となり,現在,同大大学院 理工学研究科 応用粒 子線科学専攻客員教授を兼任.専門分野は,放射線化学,陽 電子・ポジトロニウム化学など.日本放射線化学会副会長, 日本陽電子科学会理事.

図 2 AMOC 測定装置の概略図. う一方を消滅ガンマ線のエネルギーを知るのに用いて測 定すると,図 1 のような 3 次元データが得られる. 22 Na を用いた場合の陽電子消滅寿命測定では陽電子入射時刻 を 22 Na からの 1.27 MeV のガンマ線を計測することで得 ており,これら 3 光子の同時計測を行うための装置の概 略図を図 2 に示す. 22 Na を用いた装置がもっとも一般的 であるが,陽電子ビーム 2, 3) や高エネルギー X 線 4) を用い た測定法も実現されている.ここでは
図 7 20 K,ポリエチレン中における S パラメー タの消滅時刻依存性.○は暗黒中測定,●は可視 光下測定.実線は,拡散中の陽電子の捕捉過程を 考慮して,最小二乗法で求めた 13) . Reprinted  fig-ure with permission
図 8 550 ◦ C で 0.1 時間,0.2 時間,2 時間熱 処理した Fe-0.88 at.% Cu と純鉄および純銅中 における高運動量成分(W パラメータ)の陽 電子消滅時刻依存性 5) . Reprinted figure with  per-mission from K

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