Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service
Japanese Sooiety for the Soienoe of Design関
係学会紹介
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1
) 学 会の成 立 まで 美 学は明 治 維 新 前 後に哲 学や心 理 学などの他の諸 学と と も に わ が 国に紹 介 移 入 さ れ,
明 治 十 年 代 末か ら大 学で これ の講 義
が 始め られて いる。
ち な みに昨1992年 春,
慶 応 義 塾 大 学に お いて 「審 美 学 百 年 」と題 する公 開 講 座が もた れ た が,
こ れ は その文 学 科において1892
年 (明 治25
年 )に美 学が開講 さ れ たの を 記 念 しての催 しであっ た。
こ こで審 美 学 とい う名 称が掲 げ
られたの は,
その担 当 者 森 鴎 外が これ を 好ん で使 用 した の にち なん で の ことである。
さて学 会の前 身と して の研 究 会は明 治
時
代にす
で に成
立 して いる。
すなわ ち東 京 大 学に美 学 講 座が置か れ たのは明治
26
年9
月の ことであっ た が,
欧 州 留 学か ら帰 朝 し た大塚
保 治が明 治33
年4
月にその主 任 教 授に就 任 する や間も な く美学
研 究 会 が 組 織 さ れ た とい う。
こ の会の 目的は美 学のみ な ら ず美
術 史の研 究 も 含 まれていて,
大
正末期
には 約60
名の会 員
を擁
し ていた。
昭 和4
年
に大 塚教 授
が定年 退官
する と,
この会
は美学
談 話 会と改 称 さ れ,
毎 月例 会
を開催
し,
同年 秋
に は第
一
書房
か ら季 刊の 「美學研 究
」第
一
輯
を刊 行
するとい う よ う に活
発 な 活 動 を 展 開 して い る。 この研 究
誌は欧文 論文
を も掲 載
し た高 水 準の 専 門 学 術 雑 誌で あっ
た が,
惜 し む ら く は第五輯ま で で中 断 して 終 わっ て い て,
談 話 会の活
動 も一
時 的な もの に止まっ た。
が,
そ の後 昭和
8
年
に大塚
教授
の後 任の大西 克禮 教授
の主 宰の下に名 称を元の美 学
研 究 会に戻し て続け ら れ た。他方
,
京 都大 学文学 部
に美学 講
座が置
か れ たの は明 治42
年5
月
であり,
翌 明治
43年10月
や は り欧州
留 学か ら帰 朝 し た 深 田康
算
が担 当 教 授 と して着 任 し,
詳 しい こと は 審 らかに しな い が,
こ こで もか なり早い時 期 か ら美 学の研 究 会が持た れ ていた よ う であ る。
深 田教 授の後 任の植 田 寿 蔵 教 授の時 代を経
て,
と もか く昭 和24
年
秋 までに開 催 さ れ た 研 究 会の回数
は120
回
を数
え て いる。
こ の ように東 京 大 学 と京 都 大 学の美 学 会が そ れ ぞ れ に研
究
会 を 重ね て きて い た が,
昭 和23年 秋に時の東 京 大 学 美 学 研究
室 主 任の竹 内 敏 雄 助 教 授と京 都 大 学の それの井 島 勉 教 授が両美 学
会 を発 展 的に解 消して,
そ れ を母 体し な が らも,
あ ら た に同 志 を 募っ て全 国的
組 織の美 学 会 を 結 成 すべ く協
議 し.
その後
一
年
あ ま りを かけて諸 般
の準
備を整 え,
昭 和24
年12
月 付
で東 京 大 学 美
学 会
と京都 大学 美 学会
の連名
に な る発会 趣意 書
を関係 者
に配付
し たの で あ った。 こ の趣意 書
は趣 旨賛
同者
に入会
を促
す 主旨
の もの で あっ て,
両 美 学会
より委
嘱 した第
一
期委 員
24
名
,
幹 事
5
名,
お よ び委 員 会の推 戴した顧 問4名の氏 名.
さ らに委 員の協
議に よ り定め ら れ た 全15
条か ら な る会 則が付せ ら れて い た。 し た が っ て趣 意 書の配付
さ れ る 以前に美 学 会が結
成 さ れ てい た こ とにな るが,
その 日付と な る と趣 意 書その ものにもそ れ が付い て いない ので不 明である。漠然
と し てい る が昭和
24
年秋
と して お くほか ない。
2
) 機 関 誌 『美 學 』につ いて 美 学 会の機 関 誌 「美 學 』の第1
号は昭 和25
年3
月20
日に宝 雲 舎 か ら発 行 されて い るが,
そ の巻 頭に 「 創 刊の辞 」が載せ ら れ て い る。
これに は美 学 会 創 設の経 緯につ い て も触れ られて い る の で,
いさ さ か長 くな るけれ ども以 下に再 録 してお きたい。
戦 後 早 く も五 年,
我 国の文 化 復 興の機 運にともなひ,
美 学 へ の 関 心 は と みに高 ま りつ つ あ る。
こ の秋にあ た り,
従 来 東 京 大 学 並 びに京 都 大 学の美 学 研 究 室 を 中心に組 織 さ れていた 両 美 学 会 は相 計 らつ て合 同の上,
更に ひろ く同 学の士 を 糾 合して
,
あ らたに全 国 的 規 模にお ける美 学 会 を 結 成 した。
季
刊「美 學 」はこ の
新
生の学会
の機
関 誌と して こ こ に創 刊の 日を 迎へ たの で あ る。
美 学の領 域は狭きに似て広く
,
藝 術の全分 野を 包括
す る。し た がっ て 美 学 的 研
究
は一
般美
学・
造
形藝術
論・
音 楽 美学
・
文
藝 学・
演 劇学
・
映画
論 等の諸 部 門に亘り,
研究 者ま た それぞ れ の
部
門に活 動
し てい る。幸
ひ に 理解
あ る出版 社
の積 極 的
厚意
に より,
本
誌 を発刊
して,
か く も多様
に分 化
せ る研 究
の成 果
を結集
し,
久 し く分散
の状
態にあつ た美 学 界
に交 流の途をひら く
機
縁 を え たことは,
吾々 の深 く欣 び と するところである。
希
はくは会員
並に読 者 諸 賢の協 力 援 助 を まっ て,
斯 学 の け は し くもま た魅 惑 ある進 路にっ ね に新たなる光 を 投ぜん こと を。 こ こ に 「理解 ある出 版 社の積 極 的 厚 意に よ り」云々 と ある よ う に,
事 実は先に宝 雲 舎の大 宮 伍三郎 氏か ら美 学 雑 誌 刊 行の 申出
が あっ
て それ を 「機 縁 」として美 学 会の結 成が計 られ た よ う であり,
こ の点で ま ず 設 立 総 会が もた れて学 会が誕 生 する普通 の方 式 と はい さ さ か 事 情 を 異にす るのであ る。
そ して また雑 誌
『美 學 』 も会 員の みに配 布 され たの で な く,
美 学会
の編 集
に な る学 術 雑 誌 と して定 価 を 付 し書 店 を 通 じて市 販
され た点
で,
通
常の学 会 機 関 誌 とはい ささか性 格 を 異にする とい え る。 これす
べ て当 時の困 難な出 版 事 情の しからし めるところであっ た とい え よう。
さ て季 刊 『美 學 」は創 刊 後 ま もな く様々な表 題で特 集を組ん でお り当 時の編 集 担 当 委 員 幹 事 諸 氏の並々な らぬ意 気 込み が伝 わっ て くるの だ が,
第10号か ら発 行 所が美 術 出 版 社に変 更にな り,
第13
号 (第4
巻 第1
号,
昭 相28
年6
月30
日発 行 ) 以 降 表 紙 に目次
が 配 せ られ,
論
文に は欧 文要 旨
が付
せ られ る よ うにな り学
会 誌の体 裁 を とる ようになる。創 刊 号
はA5
版104
ペー
ジ で あっ
た が,
第6
号
か らペー
ジ数
はBO
ペー
ジ で一
貫
し ている。
私 の手元 に あ る最 新号
は通 算172
号 (
第43
巻 第4
号
,
平 成5
年3
月31
日発 行 )で あ る が,
基 本 的に は第13
号 と同じス タイ ル であ り,
定 価が700円で市 販さ れ てい る事 情 も変わっ
てい ない。
そ れにして も創 刊 以 来43年 間,一
度
の遅滞
も欠 号
もなく毎 年4
冊66SPECtAL
ISSUE OF JSSD Vol.
1 No.
1 1993 尹 ザ イ ン学 研 究 特 集 号Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service
Japanese Sooiety for the Soienoe of Design定 期 的
に発
行さ れて い ること は 高 く評 価 さ れて よ いであろ う。
その間
に採択 掲載
さ れ た論 文 数は,
正 確に数え た こと は ないが千 編
に近
い と推定
さ れ,
こ の研 究 業 績の蓄 積 も相 当な も の と言
わ ね ば な ら ない。
事 実,
それ ら論 文の内 容は美と芸術
の基礎
理 論や美 学 史 研 究から諸 特 殊 芸 術の理 論 的 歴 史 的 特 殊研究
に わ たっ て多 様 詳 細を き わ め,
美 学 上の主要 問
題はこと ごと く論
及さ れ ている と いっ てよい。
な お昭 和53
年3
月
に第
1
号
か ら第
IOO
号(
第
25
巻 第4
号 ) までの 「美 畢 目録 編 」 が 刊行
さ れ て い て,
こ れ に は書評
あ るい は紹 介 され た 欧 文 図 書。
論 文の著者別 索 引
も掲 載
さ れ て い る が,
そこに は約650
点のそ れ が 数 え られ,
そ の後
の点 数
を加算 す
れ ば,
こ の面で の業 績の 蓄 積 もま た刮 目に値
しよ う。3
)研究 発 表 会学 会 活 動 とし て会
員
の 口頭によ る研 究 発 表と そ れに対 する質 疑 応 答の場 を 設け,
もっ
て会 員相
互 の直 接 的な意 見 交 換と交 流 を は か るこ と が重 要な ことは言う ま で も ない。 美 学 会では当 初 か ら東 部 会と西 部 会の 二 っ の部会
を置
いて お り,
両 部 会がそ れ ぞ れ東 京と京 阪 神 地 区で年 間
5
回
ほどの研 究発 表会
を 開 催 して いる。
各 回二人の発 表 者 がそれぞれ約
一
時 間
の研究
発表
を行 う の を通 例 と している。
ち なみ に本年
2
月
27
日に関
西学院大
学に お いて 開 催 された西 部 会の研 究 発 表 会は第192
回
の そ れ と なっ ており,
出席 会
員 数はいつ も 西 部 会の研 究 発表
会の方
が東 部 会 の そ れ より も多
くて盛
会のようである。
さ ら に年に一
度,
例 年 秋の10月に三 日間の全 国 大 会が開 催 さ れ て き てい る。 これ は総 会と研 究 発 表 会 と見 学 会 等か らなり,
この研究
発表
会では約20
名の会 員の研 究 発表
が行
わ れ る た め,
発 表時
聞は30
分,
質 疑 応 答の時 間が1D
分 となっ
ている。初
日の午 前
に総会
が持
た れ,
午 後か ら研 究 発 表 会 が 始 まり,
最終
日 の午 後
が見学会
に当て られ る とい うのが 全 国 大 会の基本
ス タ イル で あ る。 が,
長い年 月の う ちには参 会 者の増 大に伴
い自
ず か ら大 会
の運 営
に変
遷のみ られる ことは言 う までも ない。
第一
回 の全 国 大会
は昭和
25
年
11
月5
日 か ら7
日まで京 都で開 催さ れ てい る が,
こ の時の参 会 者は約工00
名,
公 開 講 演 会 を 除いた研 究 発 表 者は9
名で,
最 終日 は終日桂 離 宮 と修 学 院の見 学に当て ら れ て い る。
昨 秋10月16日か ら18まで大 阪 大学
で開 催
さ れ た第
43
回
全 国 大 会の参
加 者は378
名
で,
研究 発 表 者
も26
名
と増 大
し て い る。
そ して大 会 前日の15
日午 後,
公開
プレ・
シン ポ ジ ウム 厂美
術 批 評の現 在一
その位 相 学 的 検 討 」 が 開 催され 盛 況であっ
た との こと。
と も あ れ 近 年,
全 国 大 会 を 年一
度の会 員 相 互の意 見 交 換の場 と して 活 性 化 すべ く当 番 校 が 趣 向 をこ ら し てきてきて いる。
4
)
関 連学会
との交
流美 学 会 発 足 直 後の昭 和
27
年に芸 術
関係
諸学
会の相
互交
流を計 り,
研 究 会・
講 演 会 等の共 同 開 催,
海 外 学 会と の積
極 的交 渉 等
にあた る ため,
美 学会
・
美 術史 学会
・
日本 芸術
学 会・
日本 演 劇学
会・
東洋
音 楽学
会・
音
楽 学 会の六学 会 聯 合 協 議 体として 「芸術 諸学
会議
」 が結 成
さ れて い る。
こ の会 議の具 体 的 活 動につ い て は審らか に し ないが,
ど う や ら科 学 研 究 費の公 正な配分
と学
術
会議会 員
選挙
に関す る各
学 会 委 員の意 見 交 換の場
であっ
た ら しい。 こ れ が久
しく途絶
え たま まになっ てい た とこ ろが,
昭 和
60
年
,
第
13
期
日本学 術会 議
の会 員に本 会の代 表 委 員 山 本 正男 氏
が選 出
さ れ た のを機会
に,
日本
学 術 会 議に山本 会 員 を 委 員 長 と する 「芸術 学研 究連絡 委 員会
」が結
成 されて活 動 が 始った。
こ の通称
「芸 研 連」
へ の参加 学会
は,
美
学会
・
美 術 史 学 会・
音 楽 学 会・
東 洋 音 楽学
会・
日本
演 劇 学 会・
映 像 学 会・
日本デザイ ン 学 会・
意 匠 学 会の8
学
会であ り,
現 在は音 楽 学 会の海 老 沢 敏 氏 が 委 員 長 を 務めて お ら れ る。 1闇
芸 研 連 」では学 会 間の 実 質 的交
流 を計るべ くシ ン ポ ジ ウムを 開 催 して きており,
その論 題 を 挙 げ れば 「日本の芸 術 教育
の現状
と将来
」(
昭 和62
年 ),
「芸 術 と パ トロ ンtt(平 成 元 年 ),
「ニュー
メデ ィアと芸術
」(
平 成
2
年 ),
「芸 術 と伝 統 的 技 術 」 (平 成4
年)
であっ て,
今年
は「映像 文
化 とポス ト モ ダン」の題で開 催 される予 定
である。 な お 日本
学 術 会 議には以 前か ら哲 学 研 究 連 絡委 員会
が あ り,
美学 会
は当初
よ り参 加 しているが,
こ の通 称 「哲 研 連 」も近 年シ ン ポ ジウム を 開 催して きて い る。
5
) 国 際 交 流へ 向 けて第二次 世界 大 戦 前 後の長い中 断 期 を 置いて
,
1956
年に第
3
回 国際美
学会
議が ヴェ ネチ ア で開 催 さ れ,
以後
4年
に一
度
オ リン ピッ クの開
催年
にア テネ,
アム ス テ ル ダム,
ウプサ ラ,
ブカ レ ス ト,
ダル ム シ ュ タッ ト,
ドゥプロ ヴニ ク,
モ ン レアル,
ノ ッ テ ィ ン ガム,
マ ドリッ ドの諸 都 市でそ れ が 開 催 されてきて い る が,
美学 会
で は毎 回 日本 学 術 会 議か ら派 遣 されて代 表 を送っ
て きて い る。近 年
では,
個人
で研究
発 表 する参 会 者 も増え て きて い る。
ま た数 年 前
に国 際美 学連
盟ができて,
美 学 会はも ちろん 加 盟し てい る が,
個人メ ン バー
と なっ て い る会 員 も少な か らず い る。このよ う な国 際 化 時 代を迎え て
美
学会
では1983
年か ら欧 文の 機 関 誌Aesthetics
を 刊 行し,
会員
配布
の ほ か外
国の関 連学 会
お よび大学
・
研 究機 関
に寄贈
し てきている。 こ れ はA4
判
で約
120
ペー
ジ立て で,
約
10
編
の論文
を掲 載
し て お り,
隔 年
刊行
で1992
年
に通算
5
号
を 発行
し,
これ まで総 計
47
編
の欧文 論 文
が発
表されてい るg6
) その他 美 学 会の会 員 数は昨 年 秋の統 計で1
、
310
名,
こ の うち 委 員 を 務め る者34
名で,
現 在の代 表 委 員は山 本 正 男 氏 (沖 縄 芸 術 大 学 学 長 )である。
会 費は年 額6
千 円で,
入 会に は会 員一
名 以上 の 推 薦 を必 要とする。
美 学 会の趣 旨に賛 同さ れ る方,
どうぞ御 入 会 下 さい。
デ ザ イ ン学 研 究特集号 SPECIAL ISSUE OF JSSD Vol