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東北および北関東の太平洋岸におけるスナガニ類の生息記録

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原著短報

東北および北関東の太平洋岸におけるスナガニ類の生息記録

Records of the ghost crabs (genus Ocypode) along the Pacific coast of Tohoku and North Kanto

若林郁夫

Ikuo Wakabayashi

Abstract: In October 2018, the occurrence of ghost crabs

(genus Ocypode) was surveyed at 10 beaches from 5 prefec-tures located along the Pacific coast of Tohoku and North Kanto. As a result, one temperate species, Ocypode stimpso-ni and two tropical/subtropical species, Ocypode ceratoph-thalmus and Ocypode sinensis were collected in Miyagi, Fu-kushima and Ibaraki. The two tropical/subtropical species made up 61% of crabs collected. They were all juvenile in size. In the study area, it is estimated that larvae from the tropical/subtropical species are carried by current to the study area from seas to the south.

Key Words: ghost crab, beach, Tohoku, Ocypode

ceratoph-thalmus, Ocypode sinensis はじめに 日本の砂浜海岸に生息するスナガニ属カニ類 (以下, スナガニ類) としては,スナガニOcypode stimpsoni, ツノメガニO. ceratophthalmus,ナンヨウスナガニ O. sinensis,ミナミスナガニO. cordimanus,ホンコ ンスナガニO. mortoniの5種が知られている(淀ら, 2006; 豊田・関,2014).このうちスナガニは国内で は北海道から九州,海外では朝鮮半島から中国に分 布しており,温帯性の種として位置づけられている (酒井,1976; 淀ら,2006; 佐々木,2016; 五嶋,2017). 一方,スナガニ以外の4種は,日本列島南岸および それよりも南方の海域に生息し,熱帯・亜熱帯性の 種として位置づけられている(酒井,1976; 淀ら,

2006; Huang et al., 1998; Sakai, 2000; 渡部ら,2018). 最近の日本沿岸におけるスナガニ類のトピックス の一つとして,地球温暖化に伴う南方系種の分布北 上の可能性があげられる.日本海沿岸においては, 2010年に新潟県でツノメガニ,2012年に兵庫県でナ ンヨウスナガニの出現が初めて確認された他 (高田・ 和田,2011; 和田・和田,2015),大阪湾と紀伊半島 ではツノメガニとナンヨウスナガニの生息数の増加 および生息地の拡大が報告されている(渡部・伊 藤,2001; 淀ら,2006; 若林,2017; 渡部ら,2012; 和 田,2017).また,これら熱帯・亜熱帯性種の分布 北上が温帯性種のスナガニに与える影響も懸念され ており,今後は日本沿岸におけるスナガニ類の分布 状況について注視すべきと言える.筆者は2017年秋 季に茨城県と宮城県の砂浜海岸を訪れる機会があ り,従来から生息が知られる温帯性種のスナガニ以 外に,茨城県で熱帯・亜熱帯性種のツノメガニを, また両県において熱帯・亜熱帯性種のミナミスナガ ニあるいはナンヨウスナガニのいずれかと思われる スナガニ属の一種を採集し,南方系スナガニ属2種 の分布の北限が北方に更新されたことを報告した (若林,2018).なお,この時に筆者がスナガニ属の 一種として扱ったカニについて,その後精査を進め たところ,眼窩下縁に明瞭な切れ込みがない点,尾 節の形状が三角形である点,大鉗脚上部が黄色であ る点などの特徴から,本種がナンヨウスナガニで あったとの結論に至っている.筆者は今回,2017年 の調査が限られた地域のものであったことを踏まえ, 東北および北関東の太平洋岸における広範囲にわた る調査が必要であると考え,2018年秋季に同地域に おいてスナガニ類の採集調査を試みたので報告する. 志摩半島野生動物研究会 〒516–0013 三重県伊勢市鹿海町3430–65

Wildlife Research Society of Shima Peninsula, 3430–65 Kanomi, Ise, Mie 516–0013, Japan

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材料と方法 Fig. 1に示した青森県から茨城県にかけての5県 10地点の砂浜海岸 (青森県2地点,岩手県2地点,宮 城県3地点,福島県2地点,茨城県1地点) を2018年 10月に訪れ,スナガニ類の採集調査を行った.各地 点においては,砂浜の汀線から植生帯付近にかけて を探索し,発見したスナガニ類の巣穴のうち,任意 に選んだものをスコップあるいは素手で掘り,砂中 に潜むカニを採集した.採集した個体については現 地にて外観を写真撮影し,持ち帰った後に甲幅の計 測および雌雄判別を行うとともに,外部形態や色彩 の特徴から種を同定した.種の同定に際しては,酒 井(1976),渡部(1976),Huang et al. (1998),およ び渡部(2014)を参考とし,以下の点で識別した. スナガニでは大鉗脚内面の顆粒列がほぼ等間隔に並 ぶのに対し,ツノメガニでは顆粒列の間隔が下部に 向かって密になっていること,さらに,前者では尾 節が横に長い半円状であるのに対し,後者では縦に 長い三角形であることなどで両者を区別した.ま た,大鉗脚内面に顆粒列のないミナミスナガニとナ ンヨウスナガニでは,ミナミスナガニで眼窩下縁に 切れ込みがあるのに対し,ナンヨウスナガニでは切 れ込みがないこと,さらに,前者では尾節が丸みを 帯びた半円状であるのに対し,後者では三角形であ ることなどで両者を区別した.なお,採集個体につ いては75%エタノールで固定し,一部を千葉県立 中央博物館に寄贈予定である. 結果と考察 各地点における採集結果をTable 1に示した.青 森県の2地点および岩手県の2地点では,スナガニ 類のものと思われる巣穴を確認することができず, 個体の採集には至らなかった.これは,他の調査地 点よりも北方に位置する青森県と岩手県を訪れたの が10月下旬であったため,気温低下によりスナガ ニ類の活動が休止状態にあったこと,強風等により 巣穴が埋没してしまったことなどが原因として考え られた.青森県と岩手県は温帯性種のスナガニの生 息地にあたるが,本種の活動時期については山形県 で5月中旬から10月下旬とされており(酒田市立酒 田中央高等学校第一理科部,1968),これよりも北に 位置する両県では活動の休止はさらに早い可能性が 考えられた.一方,宮城県の3地点,福島県の2地 点,茨城県の1地点ではスナガニ類の巣穴が多数確 認され,3県すべてにおいて温帯性種のスナガニ, 熱帯・亜熱帯性種のツノメガニおよびナンヨウスナ ガニの3種が採集された(Fig. 2). また,熱帯・亜 熱帯性の2種の合計個体数は,いずれの県において も採集個体の半数以上を占め(宮城県60.0%,福島 県72.7%,茨城県50.0%),3県全域では61.0%(41

Fig. 1. Study sites of the ghost crabs in Pacific coast of

Tohoku and North Kanto.

1, Futakawame; 2, Osuga Beach; 3, Taneichi; 4, Yoshihama; 5, Oya Beach; 6, Ishinomaki; 7, Arahama; 8, Haragama Obama Beach; 9, Nagasaki Beach; 10, Oarai Sun Beach.

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個体中25個体)の高い割合を示した.若林(2018) の調査でも,宮城県と茨城県で採集された20個体の うち12個体 (60%)が熱帯・亜熱帯性種であったこ とが報告されている. 次に採集された各種の甲幅サイズをTable 2に県別 に示した.スナガニの甲幅サイズは,宮城県で8.3– 24.1 mm,福島県で17.7–22.3 mm,茨城県で6.0–21.8 mmを示し,小型個体から大型個体に至る幅広いサ イズが採集され,20 mmを超えるサイズ5個体はす べて雌であった.本種の雌は甲幅20 mmを超えるサ イズから抱卵し性成熟するとされており(坂井ら, 2017; 和田,2017),今回採集された個体には未成熟 個体と成熟個体の両方が含まれたと言える.一方, ツノメガニの性成熟サイズは,雄で甲幅27 mm,雌 で甲幅29 mmとされるが(Haley, 1973),今回採集さ れた個体の甲幅サイズは,宮城県が6.2–14.3 mm, 福島県が10.6–13.9 mm,茨城県が7.1–16.8 mmを示 し,いずれも小型個体であったことから未成熟と考 えられた.また,ナンヨウスナガニの性成熟サイズ は20 mmとされるが(Huang et al., 1998),今回採集さ れた個体の甲幅サイズは宮城県が7.3–12.6 mm,福 島県が11.0–13.4 mm,茨城県が14.2 mmを示し,前 種と同様すべて小型個体であり未成熟と考えられた. 今回の2018年秋季の調査により,宮城県から茨城 県にかけての砂浜海岸において,従来から生息が知 られる温帯性種のスナガニ以外に,熱帯・亜熱帯性 種のツノメガニおよびナンヨウスナガニの生息が広 範囲にわたり確認された.また,これら2種が採集 個体の61%という高い割合を示したことは非常に 興味深いことである.ツノメガニの太平洋岸におけ る分布の北限に関する最近の記述としては,豊田・ 関 (2014) が東京湾としている他,渡部ら (2018) が 房総半島,若林(2018)が茨城県までとしている. 今回の調査により,ツノメガニの分布の北限はさら に北方の宮城県石巻市に更新されたことになる.本 州沿岸に生息するツノメガニの起源については,黒 潮によって南方海域から運ばれた幼生であると考え られており,温暖な時期にのみ生育し,冬季には死 滅するものと推測されている(渡部,1976; 淀ら, 2006; 真野ら,2008; 渡部ら,2012; 渡部ら,2018). 若林(2018)の結果と今回の結果から,宮城県から 茨城県にかけての砂浜海岸へのツノメガニの出現は

Table 1. Occurrence of the ghost crabs of study sites.

No. Prefecture Locality LongitudeLatitude/ Date Species

O. stimpsoni O. ceratophthalmus O. sinensis

1 Aomori Futakawame 40°40′05″N Oct. 25 2018 0 0 0

141°26′20″E

2 Osuga Beach 40°31′10″N Oct. 25 2018 0 0 0

141°35′26″E

3 Iwate Taneichi 40°21′15″N Oct. 25 2018 0 0 0

141°45′20″E

4 Yoshihama 39°08′44″N Oct. 26 2018 0 0 0

141°50′09″E

5 Miyagi Oya Beach 38°48′48″N Oct. 26 2018 0 0 1

141°33′44″E

6 Ishinomaki 38°24′31″N Oct. 25 2018 1 2 3

141°15′42″E

7 Arahama 38°13′04″N Oct. 11 2018 7 4 2

140°59′11″E

8 Fukushima Haragama Obama Beach 37°49′48″N Oct. 11 2018 2 4 1 140°57′54″E

9 Nagasaki Beach 36°57′18″N Oct. 12 2018 1 0 3

140°56′26″E

10 Ibaraki Oarai Sun Beach 36°18′00″N Oct. 12 2018 5 4 1

140°34′03″E

(4)

2年連続であったことになり,このことは黒潮本流 から離れた本海域にも幼生が南方から毎年運ばれて おり,砂浜に定着したものが生育していることを示 唆したものと言える.また,本地域で採集されたツ ノメガニはいずれも未成熟のサイズであったことか ら,越冬はしておらず,死滅しているものと推測さ れる.一方,ナンヨウスナガニの太平洋岸における 分布の北限に関する最近の記述としては,豊田・関 (2014)が相模湾としている他,渡部ら(2018)が 房総半島までとしている.今回の調査により,ナン ヨウスナガニの分布の北限はさらに北方の宮城県気 仙沼市大谷海岸に更新されたことになる.本州沿岸 に生息するナンヨウスナガニについては,和歌山県 と伊豆半島で性成熟サイズに達した個体が記録され ており繁殖の可能性が指摘されている (淀ら,2006; 渡部ら,2018).また,房総半島で見つかるものは 未成熟のサイズであり,南方より毎年供給される幼 生の定着により維持される個体群とされている(和 田,2017; 渡部ら,2018).若林(2018)の結果と 今回の結果から,宮城県から茨城県にかけての砂浜 海岸へのナンヨウスナガニの出現は2年連続であっ たことになり,このことは南方から本海域へ幼生が 毎年運ばれており,砂浜に定着したものが生育して いることを示唆したものと言える.また,本地域で 採集されたナンヨウスナガニはいずれも未成熟のサ イズであったことから,越冬はしておらず,死滅し ているものと推測される. 今回,宮城県から茨城県にかけての砂浜海岸にお いて熱帯・亜熱帯性のスナガニ類2種が出現した要 因としては,黒潮あるいはその分流の流路等に最近

Fig. 2. Three Ocypode species collected from study sites.

A, O. stimpsoni (Carapace width=20.5 mm) from Ishinomaki, Miyagi Prefecture, collected on Oct. 25 2018.

B, O. ceratophthalmus (Carapace width= 12.7 mm) from Ishinomaki, Miyagi Prefecture, collected on Oct. 25 2018.

C, O. sinensis (Carapace width=11.6 mm) from Ishinomaki, Miyagi Prefecture, collected on Oct. 25 2018.

Table 2.  Size distribution (carapace width in mm) of the

ghost crabs in each prefecture.

Species Prefecture N Range Mean±SD

O. stimpsoni MiyagiFukushima 38 8.3–24.117.7–22.3 17.50±4.6819.43±2.04 Ibaraki 5 6.0–21.8 16.34±5.45

O. ceratophthalmus MiyagiFukushima 46 6.2–14.310.6–13.9 11.18±2.9711.97±1.39 Ibaraki 4 7.1–16.8 12.32±3.78

O. sinensis MiyagiFukushima 46 7.3–12.611.0–13.4 10.15±1.7912.17±1.04 Ibaraki 1 14.2 14.2

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何らかの変化が生じていること,あるいは温暖化に よって南方系種の繁殖地が北上し関東以北の海域へ の幼生の供給が増えたこと,などが可能性として考 えられる.さらには,北方に位置し気温の低い本地 域においては,両種がある程度の大きさに生育して いるのは秋季に限られるものと考えられ,体が小さ く目立たなかったことにより,これまで生息が見落 とされてきた可能性も否定できない.今回の調査に より,太平洋岸におけるツノメガニおよびナンヨウ スナガニの分布の北限はいずれも宮城県に伸びるこ とになったが,これが地球温暖化に起因するものか どうかを判断するには情報が十分とは言えない.今 後は,関東以北で過去に採集されたスナガニ類の標 本が再調査されるとともに,海流等の海洋環境,黒 潮によって南方海域から運ばれる他の生物群の来遊 状況等についても,過去と現在においての比較が行 われるべきと言える.また,今回スナガニ類を採集 できなかった青森県と岩手県の砂浜海岸について も,熱帯・亜熱帯性種の出現の可能性は十分に考え られる.今後はこれらの地域を含め,分布状況につ いての調査が広域において実施され,スナガニ類の 現状把握が全国的に進むことが望まれる. 文 献 五嶋聖治,2017.北限のスナガニの季節的な砂浜利用 パターン:啄木はスナガニに出会えたか? 日本 ベントス学会誌,71: 83–89.

Haley, S. R., 1973. On the use of morphometric data as a guide to reproductive maturity in the ghost crab, Ocypode ceratophthalmus (Pallas) (Brachyura, Ocypodidea). Pa-cific Science, 27: 350–362.

Huang, J.-F., Yang, S.-L., & Ng, P. K. L., 1998. Notes on the taxonomy and distribution of two closely related spe-cies of ghost crabs, Ocypode sinensis and O. cordima-nus (Decapoda, Brachyura, Ocypodidae). Crustaceana, 71: 942–957.

真野 泉・堂浦 旭・大森浩二・柳沢康信,2008.四

国太平洋岸に共存するスナガニ属3種の季節的な

分布パターンおよび食性.日本ベントス学会誌, 63: 2–10.

Sakai, K., 2000. On the occurrence of three species of crabs on Shikoku Island, Japan, and a new species, Pinnotheres taichungae nov. spec., from Taiwan (Decapoda, Brachyura). Crustaceana, 73: 1155–1162. 酒井 恒,1976.日本産蟹類.講談社,東京,461 pp. 坂井恵一・又多政博・橋本達夫・東出幸真,2017.石 川県の砂浜海岸におけるスナガニOcypode stimpsoni の生息状況.のと海洋ふれあいセンター研究報 告,23: 1–16. 酒田市立酒田中央高等学校第一理科部,1968.山形庄

内海岸におけるスナガニ(Ocpoda stimpsoni ORT-MANN)の生態.山形県酒田市立酒田中央高等学 校研究収録,1: 43–69.

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Table 2.    Size distribution (carapace width in mm) of the  ghost crabs in each prefecture.

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