Helicobacter cinaedi
菌血症による感染性大腿深動脈瘤の 1 例
新美 清章 市原 利彦 佐々木通雄 要 旨:症例は 60 歳女性,下肢閉塞性動脈硬化症,関節リウマチでステロイド長期内服,透析,耐性結 核症加療中。1 週間前から左鼠径部腫脹自覚。疼痛,発熱とともに腫脹増悪し,受診。CRP 17.5,CT で 左大腿深動脈仮性瘤 7.5 cm を認めた。感染性大腿深動脈瘤と診断し同日局麻下大腿深動脈瘤切除,ドレ ナージ施行。血液培養から Helicobacter cinaedi が検出された。カルバペネム系抗生剤を投与後, Sulbactam/Ampicillin(S/A)に縮小し,術後 30 日目に軽快退院となった。4 カ月現在感染再燃兆候はない。 (J Jpn Coll Angiol 2014; 54: 51–55)Key words: mycotic aneurysm, Helicobacter cinaedi, bacteremia
2014年 1 月 5 日受付 2014 年 3 月 3 日受理 公立陶生病院心臓血管外科 第 54 回日本脈管学会総会(2013 年 10 月,東京)にて発表 doi: 10.7133/jca.14-00001 序 言 Helicobacter 属の細菌としてはヒトの胃粘膜に定着し 潰瘍を形成する Helicobacter pylori(H. pylori)以外の
Helicobacter属がヒトに病原性を示すことはほとんどないと 考えられてきたが,2003 年に本邦ではじめて Helicobacter cinaedi(H. cinaedi)による菌血症例が報告され1),その 後,血液培養から H. cinaedi が分離される例が増加し, 注目されている。今回我々は H. cinaedi が起因と考えら れた感染性大腿深動脈瘤の稀な 1 例を経験したので報告 する。 症 例 患 者:60 歳,女性 主 訴:左鼠径部腫脹,疼痛,発熱 既往歴:関節リウマチで長期ステロイド内服加療中, 慢性腎不全(平成 9 年透析導入),多剤耐性結核症加療中 (ethionamide + PZA + LVFX) くも膜下出血,後脛骨動脈瘤手術後(平成 13 年),造影 剤アレルギー 家族歴:特記すべきことなし 現病歴:4 年前から右下肢閉塞性動脈硬化症(右浅大腿 動脈閉塞)に対して薬物治療のため,当科通院加療中。1 週間前から左鼠径部腫脹,発熱自覚。5 日前より腫脹悪 化,疼痛出現し,2013 年 4 月 30 日透析来院時に当院腎 臓内科にて拍動性腫瘤を指摘され,当科紹介受診。造影 CT検査にて左大腿深動脈瘤切迫破裂の診断で,同日手 術目的で入院となった。
入院時現症:意識清明,SpO2 97%(room air 下),血圧
129/50mmHg,脈拍 87/min 整,体温 38.2˚C。左鼠径部拍 動性腫瘤の表面に発赤と軽度の熱感を認めた。 血液検査所見:白血球数 8,600/μl と上昇を認めなかっ たものの,CRP は 17.5 mg/dl と著明な炎症反応の上昇を認 めた。血液一般では Hgb 10.7 g/dl,Plt 20.1×104/μl であっ た。生化学では TP 6.1 g/dl,Alb 3.2 g/dl,Cr 7.26 mg/dl で あったが,ほかは異常なかった。 CT 所見:入院 8 カ月前に他科で施行した単純 CT を retrospectiveにみると左大腿深動脈に最大径 2.5 cm の瘤 を認めていたが,その時点で指摘されなかった(Fig. 1)。 今回入院時の造影 CT にて同部位は約 7.8 cm と拡大して おり(Fig. 2),3DCT では仮性瘤であった(Fig. 3)。 以上の所見から,感染性左大腿深動脈瘤切迫破裂と診 断し,血液培養を静脈血で 2 セット採取したのち,同日 緊急手術行った。 手 術:手術は局所麻酔で行った。左鼠径部縦切開で 皮切した。瘤は浅大腿動脈の背側奥深くまで続き,浅大 腿動脈後面との炎症性癒着を認めた。瘤壁から浅大腿動 脈後面を全長にわたり癒着剝離し,瘤壁前面を露出し た。大腿深動脈起始部を二重結紮したのち,瘤壁を切 開,末梢側の大腿深動脈は瘤内から縫合閉鎖にて止血し
脈管学 Vol. 54
Figure 1 Plain CT showed left deep femoral artery aneurysm at
8 month before surgery.
Figure 2 Two-demensional CT angiogram showed the aneurysm
with mural thrombus and a halo enhancement of aneurismal wall at the left deep femoral artery.
たが,奥深く,back flow も多く,止血に難渋した。瘤内 には感染を疑わせる血腫を認め,可及的に除去,MRSA も疑い,ピオクタニン入り生食で洗浄したのち,ドレー ン留置した。手術時間は 2 時間 45 分,出血量は 1200 ml であった。
術後経過:Empiric therapy として Ceftazidime(1 g/ 日)
による治療を開始した。入院時血液培養 5 日目に 2 セッ トともに BACTEC システムの好気ボトルより陽性シグナ ルを認め,グラム染色で繊細で長めのらせん状グラム陰 性桿菌を認めた(Fig. 4)。さらにサブカルチャーでは, 35˚Cの微好気環境下にフィルム状の発育を認めた。他の 細菌は検出されず,陽性までの日数や菌の形態,フィルム 状の発育形態から,H. cinaedi と同定した。継体培養は困 難で,薬剤感受性試験は施行できなかった。H. cinaedi 判 明後,Imipenem-Cilastatin(500 mg/ 日)の点滴に変更し, 10日間連日施行,その後,Sulbactam-Ampicillin(3 g/ 日) に縮小し,14 日間投与した。術中採取した瘤壁,瘤内血 腫いずれも塗抹検鏡で菌体みられず,培養も陰性であっ た。第 4 病日ドレーン抜去,炎症反応は徐々に改善し,
Figure 3 Three-dimensional CT angiogram showed
a large saccular shaped aneurysm at the left proximal deep femoral artery. The maximum diameter of the aneurysm was 78 mm.
Figure 4 Positive blood culture revealed a spiral, helical gram-negative rods
CRP 0.9 mg/dlとなり,第 30 病日軽快退院となった。その 後,通院にて Sulbactam-Ampicillin を約 1 カ月間投与した。 術後 CT 所見では 2 カ月後,4 カ月後と徐々に血腫縮小 を認めた(Fig. 5)。CRP は 1 台と完全に陰性化していない が,多剤耐性結核症の加療中であることや,関節リウマ チの影響も否定できず,慎重に外来フォローしている。 考 察
Helicobacter cinaedi は,1984 年 Fennell ら2)が後天性免
疫不全患者の大腸スワブから検出したのが最初で,その 後ラテン語の homosexual を意味する cinaedi を与えられ たヘリコバクター属である。同じヘリコバクター属の pyloriとは遺伝子の系統学的解析上かなり離れていると され,菌血症例の血液培養から分離されることが多く, いったん軽快しても再燃しやすいことが報告されてい る。 患 者 は, ほ と ん ど が 免 疫 不 全 患 者(悪 性 腫 瘍, AIDS,血液疾患,腎不全,移植後)であり,随伴症状と して発熱,蜂窩織炎,関節炎などがあるが3–6),感染性動 脈瘤の報告例は我々が調べた限り,自験例を含め 3 例7, 8) と非常に稀で,とくに末梢の感染瘤での論文報告例はな かった。本例の成因として 8 カ月前の CT で左大腿深動 脈瘤を認めており,既存の動脈瘤に流血中の H. cinaedi が vasa vasorum を介して侵入した潜源性機序が考えられ る。赤池9)は,9 例の解離性動脈瘤剖検組織の検討で, 粥状硬化巣のマクロファージに一致した抗 H. cinaedi 抗 体陽性像を全例で認めたとして,本菌が血管侵襲性が強 いことを示唆しており,特殊な動脈瘤組織での抗体検査 ができれば,さらなる病原性の解明につながると思われ る。感染経路として,H. cinaedi はペット(ハムスター, イヌ,ネコ,ブタ,鶏など)の主に小腸や大腸から分離さ れていることから,人畜感染の可能性10)や,術後集団感染 例から,医療従事者を介しての感染も指摘されている11)。 本症例はペット飼育歴はないが,透析歴が長いため,医 療従事者などヒトを介した感染は否定できず,免疫低下 患者に対する接触感染予防をより厳重にすべきかもしれ ない。 今回 H. cinaedi 同定に際し,Campylobacter よりも繊細 で長い(2∼4 巻)菌体,培養期間が平均 6 日間と長期で ある,寒天培地でフィルム状の発育形態を示すなど, H. cinaediの特徴と一致することから菌種を同定したが, 正確な同定には遺伝子学的な解析(菌種特異的な PCR も しくは 16SrRNA 遺伝子の塩基配列)が必要とされる12)。 田中ら13)は簡便な同定法として,硝酸塩還元試験陽性, アルカリフォスファターゼおよびウレアーゼ産生試験陰 性が同定の一助になるとしている。本例は血液以外の, 瘤壁や瘤内血栓の培養検査では本菌同定できなかった。 理由として死滅しやすく,分離条件の厳しい本菌の分離 培養経験がなかったことが考えられた。本菌は 5∼10% の水素存在下での微好気培養が望ましいとされてお り14),我々が使用した一般細菌を発育させる炭酸ガス環 境下や Campylobacter 属菌の分離を行う微好気環境培養 は水素ガスを発生しないものであった。血液培養検査の さらなる向上や PCR 法の併用,水素ガスを発生させる培 地の市販化など,今後の進歩が期待される。 治療に関してはガイドラインはなく,23 例の検討では ペニシリン系,テトラサイクリン系やアミノグリコシド 系の方が,セフェム系,エリスロマイシン系,シプロキ サンより有効とされ15),in vitro ではイミペネムが有効と A B
脈管学 Vol. 54 れも最近の報告であった。2 例は健常男性の感染性腹部 大動脈瘤手術例で,いずれも in-situ 人工血管置換 + 大網 充填術施行。抗生剤は 1 例は第 3 世代セフェム,1 例は ニューキノロンを 3 カ月間投与していずれも予後良好で あった7, 8)。本症例も瘤切除術により軽快した。術前やせ 型で血行再建を行わない予定であり,大腿深動脈起始部 結紮により出血制御が十分と判断し,局所麻酔下で施行 したが,末梢 back flow 多く,組織も脆弱で出血点も深 く,出血量が多くなった。局所麻酔のため出血量が増え た訳ではなかったが,術中管理の点で全身麻酔を選択す べきであったと考えている。他の 1 例は透析中の三尖弁 感染性心内膜炎で,第 3 世代セフェム + アミノグリコシ ドが無効のため,アミノベンジルペニシリン + アミノ グリコシドに変更し,8 週間投与して疣贅消失してい る17)。本例はイミペネムに引き続きペニシリン合剤にて 軽快したが,免疫低下例では広域ペニシリンやイミペ ネムにアミノグリコシドやテトラサイクリンの併用療 法といった比較的強力な抗菌薬が必要ではないかと推 測される。 予後においては,H. cinaedi 菌血症報告例で重症化ある いは致命的になった例はなかったが,免疫不全例での再 燃率は 40%と高く10),抗 H. cinaedi 抗体と相関がある とされる。H. pylori と同様に,実臨床で本菌の抗体検 査が可能となり,また増殖しやすい培地の開発が進め ば H. cinaedi 治療のエビデンス確立につながるものと期 待される。 本例は 12 年前に後脛骨動脈瘤切除術既往があるが,下 腿動脈瘤は比較的稀で,当時外傷や医原性のエピソード なく,若年発症でもあり,稀ではあるが,関節リウマチ に伴う真性瘤あるいは感染瘤と推測される。前回も瘤径 拡大し,症状発現してから手術に至ったと思われ,意識 的に CT 施行し,8 カ月前に同定していれば,早期に感 染のない状況で手術できたと考えられ,反省すべきと思 われる。 結 論 今回我々は H. cinaedi を起因とする稀な感染性大腿深 動脈瘤の 1 例を経験した。感染性動脈瘤では,本菌も起 因菌として認識し,検査同定していく必要がある一方, 免疫不全患者では再燃リスク高く,今後も厳重な経過観 察が必要と思われた。 著者全員が利益相反はない。 文 献
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A Case of Mycotic Deep Femoral Artery Aneurysm due to
Helicobacter cinaedi
Bacteremia
Kiyoaki Niimi, Toshihiko Ichihara, and Michio Sasaki Department of Cardiovascular Surgery, Tosei Hospital, Aichi, JapanKey words: mycotic aneurysm, Helicobacter cinaedi, bacteremia
A 60-year-old woman with end-stage renal disease on hemodialysis, peripheral artery disease, chronic rheumatoid arthritis, and multi-drug resistant tuberculosis had complained of fever, left inguinal swelling, and pain. The level of CRP was 17.5 mg/dl and computed tomography displayed a left deep femoral artery pseudoaneurysm. We performed an emergency resection of the aneurysm and debridement. On day 5,
Helicobacter cinaedi (H. cinaedi) was detected by blood culture. Imipenem-cilastatin was administered for 10 days and the antibiotic was switched to sulbactam-ampicillin for 1 month. There has been no recurrence for a period of 4 months. H. cinaedi could be a source of mycotic aneurysm in immunocompromised patients.