所得税改革の論点
佐藤主光(もとひろ)一橋大学
経済財政運営と改革の基本方針
2015について
平成27年6月30日閣議決定
所得課税改革の視点
「真に必要なセイフティー・ネットは社会保障によって担保されるべき」とし つつも、「税制も・・、それ自体として再分配機能を適切に発揮していくべき である」(政府税制調査会「抜本的な税制改革に向けた基本的考え方」(2007 年11月)。 「個人所得課税雇用形態や就業構造の変化も踏まえながら、格差の是正や所得 再分配機能等の回復のため、各種の所得控除の見直しや税率構造の改革を行 う」(「社会保障・税一体改革成案について」(平成23年7月1日)) 「社会・経済の構造変化を踏まえ、・・・今後どのような世帯に税制上の配慮 の重点をシフトしていくべきかについて検討」(政府税制調査会「働き方の選 択に対して中立的な税制の構築をはじめとする個人所得課税改革に関する論点 整理」(2014年11月) 34
出所:政府税制調査会 低所得
雇用形態の変化
雇用の多様化=選択の結果
VS格差拡大=機会の不均等(不本意な非正規雇用)
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参考:狭い所得税の課税ベース
再分配の強化=最高税率の引き上げではない 財源確保+再分配機能の低下要因は手厚い所得控除⇒狭い課税ベース 課税の原則=「広く薄い課税」⇒公平=再分配と効率=成長の両立 出所:財務省資料 6参考:格差と再分配
既存の再分配(セイフティーネット)は新しい経済社会の環境変化に対応できない! 既存の再分配=世代間・地域間再分配 新しい再分配=負担能力に応じた(困っていない人から困っている人への)再分配 既存の再分配手 段 公共事業 地方圏の雇用確保 基礎年金 高齢者の所得保障 生活保護 障害者・母子家庭・高齢者が主たる対象 新しい課題 ワーキング・プア 非正規社員 地域を問わず働く若年世帯への支援(医療保険を含む)が 欠如 7他の税目の改革
政府税制調査会(2014年6月)
(a) 資本所得課税 「法人所得課税は、個人所得課税の前取りとの性格を有するものであることから、 法人所得課税の減税を行う場合には、個人所得課税における資本所得課税の強化を 検討すべきである。その際、金融所得課税の一体化の流れ等に留意する必要があ る。」 (b) 給与所得控除 「法人形態にすることでオーナー自身への給与等を損金に算入し、さらに個人段階 では給与所得控除を受けることができることが、「法人成り」の誘因の一つである ことが指摘されている。給与所得控除の水準を含めた検討が必要である。」 (c) 住民税や固定資産税 「地方税については、行政サービスの受益に応じてその費用を広く分担するという 考え方が重要であることを踏まえ、住民税や固定資産税等について充実を検討すべ きである。」 8改革の方向感
所得税の再分配機能の強化 再分配の方向 若い世代を含む低所得層、子育て世帯 「これから家族を形成しようとする若い世代への配慮」 (政府税制調査会(平成26 年11 月7日) 再分配の重点化 「優先度の低くなった配慮措置を見直し、真に支援が必要な世帯への配慮に重点化」(政府税制調査 会(平成26 年11 月7日) 経済成長と再分配の両立 成長の担い手への支援 「将来の成長の担い手である若い世代に光を当てることにより経済成長の社会基盤を再構築する」 (基本方針2015) 「働き方の選択に対して中立的な税制の構築」(政府税制調査会(平成26 年11 月7日) 高齢者・女性の就労促進など 改革の方向感 (その1)最高税率など税率構造よりも所得控除(課税ベース)の見直し (その2)低所得層への配慮(再分配) 9論点1:所得控除から税額控除へ
再分配機能の観点から所得控除を税額控除化 課題=「所得のうち本人およびその家族の最低限の生活を維持するのに必要な部分 は担税力をもたない」(=主観的担税力)との解釈との整合性 ⇒所得控除に最低税率を適用(カナダ方式) 税額控除=最低税率*所得控除額 所得控除額=税額控除額の「裏付け」=控除の対象となる所得金額 個人の属性(家族構成等)を反映した控除が可能 ゼロ税率の場合、減税額は原則、個人の属性に拠らない⇒基礎控除の税額控除化に 相当 留意点:控除の体系が複雑にならないよう既存の所得控除等の縮減・再整理が前提 10限界税率 所得 (控除前) 基礎控除
0
課税所得(当初) 課税所得(改革後) 所得控除(当初) (控除前)所得 カナダ方式 税額控除額 =減税額 (改革後) 減税額(当初)税額控除:カナダ方式
11限界税率 所得 (控除前) 基礎控除
0
課税所得(当初) 課税所得(改革後) 所得控除(当初) (控除前)所得 ゼロ税率 減税額(当初)ゼロ税率
12参考:給与所得控除
手厚い給与所得が所得税の①財源調達機能と②再分配機能を損ねてきた 給与所得控除の二つの性格 必要経費の概算控除 「他の所得」とのバランス⇒クロヨン問題?=給与所得控除の削減を困難に 概算控除としての給与所得控除 概算の基準⇒控除に上限を課す根拠は? 特定支出控除の実額控除の拡充⇒控除の対象支出は? • 生活上の必要経費全般? ⇒ 所得税のレント課税化 • 教育関係支出⇒ 人的資本課税としての所得税 新しいクロヨン問題? 自営業者・同族企業の専従者給与の控除・赤字法人課税問題 ⇒クロヨン対策としての給与所得控除の抑制? 人件費の二重控除は抑えられても、経費全般の過剰計上(自宅の光熱費等)= 事業所得の過小申告への対応にはならない 13論点2:課税と給付の連結と役割分担
課税(税額控除)と給付の連結と役割分担が必要 課題(その1)=現行の所得税では控除の効果が課税最低限以下(非課税世帯)に及ばない 課税最低限以下の勤労世代への支援と就労促進=再分配の強化 ⇒ 連結としての「給付付き税額控除」(負の所得税)=連結を制度的に担保 例:勤労税額控除 ⇒ 給与所得控除等を基礎控除、勤労税額控除に再編成 課題(その2)=執行の簡素化 給付の執行は児童手当等、他の給付同様、市町村を窓口とするのも一案 課題(その3)=①課税単位(=個人)と給付単位(=世帯)が異なったり、②金融資産等を考慮するべ き再分配(移転)もある 例:子育て支援、低年金高齢者への支援⇒ 扶養控除、公的年金等控除などを給付に再編成=税と給付 の役割分担 14参考:海外の給付付税額控除
単位 勤労所得以外の要件 稼得所得税額 控除(米国) 婚姻カップルは夫婦 共同申告=世帯 投資所得は一定額(3100ドル)以下 就労税額控除 (英国) カップルは夫婦共同 =世帯 一定の労働時間以上 資産要件あり(2003年廃止) GST税額控 除(カナダ) 家族所得=世帯単位 人員構成(18歳以下の子供一人当たり=130ドル) 個人単位課税との整合性=夫婦間で税 額控除を移転可能に? 一般税額控除(オランダ) 出所:鎌倉(2010)より 15 注:英国は2013年からユニバーサルクレジット へ移行中参考:負の所得税
16 所得 可処分所得 1-税率 税額=税率*所得 ー税額控除 給付=税額控除 ー税率*所得 課税最低限 1論点3:税収中立?
税と給付を一体とした税収中立(=財政中立)を目指すべき 税収中立の含意=新たな税額控除・給付の創設にあたっては既存の所得控除、給付等を見直し 控除の拡散、「屋上屋を重ねる改革」はしない ⇒簡素の視点=控除・給付体系を複雑にしない 税収中立の留意点(その1)=二つの税収中立 所得税の枠内での税収中立=給付を伴わない所得控除の税額控除化⇒課税最低限の引き上げ? 中所得層にとって減税になっても、課税最低限以下の低所得層に再分配は行きわたらない 所得税と給付を一体とした税収中立(=財政中立)=所得控除の縮減(=課税所得の拡大)などによる増収 を税額控除のほか給付の拡充に充当 例:選択肢A-1…配偶者控除の廃止と子育て支援の拡充(政府税制調査会(平成26年11月7日) 税制の枠内で税収中立をするならば、社会保険料からの税額控除を認める(オランダ方式) 税収中立の留意点(その2)=地方税との関係 所得税改革の個人住民税収への影響=(所得控除等の見直しによる税額控除前))課税所得の変化等 ⇒応益性の原則(所得税との機能=役割の棲み分け)に即した対応が必要 17論点4:公共財としての所得情報(捕捉)
所得捕捉のパラダイムシフトが必要 課税のための捕捉に加えて適正な給付のための所得捕捉 課題=従前、課税最低限以下の所得については十分に捕捉されていない 例:簡素な給付措置=非課税世帯への一律給付になる きめ細く、かつ適正な給付を実施するためにも、低所得者の正しい所得情報が不可欠 所得情報は課税だけではなく、給付・社会保険料等、他の制度でも活用される「公共財」 経済価値としての所得(=控除前の所得)を共有 所得=収入ー必要経費 課税対象の所得の統一=同じ所得情報・所得定義に基づく個人住民税(所得割)の課税、社会保険 料の設定も視野に 税額控除等は個人住民税、社会保険料が独自に設定 税額(保険料)=税率関数(所得)-税額控除等 1819
論点5:他の手当・給付との関係
所得再分配=課税と移転で完結 課税と移転が同じ制度の枠組みで実施されるべき必然性はない? 例:配偶者控除を廃止して、財源を子育て支援に充当 課税と移転の役割分担か課税と移転の分断=現行制度か? 低所得層で高い限界実効税率(給付カットを含む)=「貧困の罠」 ⇒制度設計(単位・基準)・執行で整合性を担保できるかがカギ 再分配の形態=現金給付か現物給付か? 課税=現金 給付形態 現金 現物 税額控除 児童手当 医療・介護 学校・幼児教育・保育所 所得情報を共有? 20参考:二つの一体改革?
財源 支出 消費税 社会保障(年金、医療・介護) 社会保障と税の 一体改革 子育て支援 現金給付=児童手当等 現物給付=保育所等の整備 教育と税の一体改革? 所得税・相続税強化 =課税ベースの拡大 学校教育 幼児教育 給付=授業料補助等 21 サービス提供の重点化・効率化論点6:社会保険料の課題
その1:美しい建前とそうでもない現実 建前=リスクへの備え・世代間の連携 現実=逆進的な負担構造・世代間格差(勤労世 代への負担の偏重) その2;実態として再分配化=租税化する社会 保険料 社会保険料の多くは制度間移転に充当⇒受益と 負担の関係は希薄化 例:高齢者医療への拠出金・支援金 その3:(正規)雇用税としての社会保険料 事業主=労働コストの増加要因⇒雇用を阻害 労働者=手取り賃金の低下⇒就労意欲を阻害 (例:130万円の壁) 22 0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0 12.0 ~ 250~ 300~ 350~ 400~ 450~ 500~ 550~ 600~ 650~ 700 ~ 750 ~ 800~ 900 ~ 1000 ~ 1250 ~ 1500 ~ 2000 200 未 満 200 250 300 350 400 450 500 550 600 650 700 750 800 900 1000 1250 1500 2000 以上 % ( 年 間 所 得 比 ) 直接税(所得税・住民税) 社会保険料 公的年金 健康保険 「二人以上勤労世帯」 出所:全国消費実態調査(平成21年度)参考:制度間移転
23 支援金への総報酬割 =(勤労世代内)応能負担 の強化 実態は再分配参考:社会保険料の経済的帰結
24 社会保険料 法人税 消費税 課税対象 勤労世代の正規雇用の賃金 黒字企業の利益 全ての世代の消費 雇用への 影響 雇用減少非正規雇用の増大 企業が空洞化→雇用減少 少ない 企 業 の 国 際 競 争 力 輸出 生産コスト増 →製品価格に転嫁 生産コスト増 →製品価格に転嫁 仕向地課税主義 →製品価格に転嫁せ ず 輸入 対象外 対象外 課税対象 出所:経済産業省 (出所)森川正之「東日本大震災の影響と経済成長政策: 企業アンケート調査から(2012年5月) 0 10 20 30 40 50 60 社 会 保 障 費 の 企 業 負 担 法 人 税 率 為 替 レ ー ト 電 力 ・ エ ネ ル ギ ー 価 格 環 境 規 制 最 低 賃 金 制 度 中小企業 大企業 % 企業アンケート:経営に重要な影響を与えるもの (2012年2月、3444社に対するアンケート、複数回改革:新しい所得課税体系(?)
所得(給与・年金 事業所得等) =収入ー必要経費 累進課税(国税) 税額控除額(国税分) 国税の最低税率 地方税率 社会保険料(税) 最低税率 (合計) 税額控除額 (地方分) 限界税率(合計) 25 マイナスの課税= は給付もしくは社会 保険料から控除実効税率という考え方
就労の誘因に影響するには実効税率 実効税率=課税(国税+地方税)+社会保険料+給付削減 給付1万円の削減は課税1万円と(家計の予算への)効果は同じ 例:配偶者控除103万円の壁 課税と給付の縦割り的(=分散的)決定 ⇒貧困の罠=低所得層における実効税率を高める方向に作用 課税と給付の一体化=実効税率のコントロール 例:英国ユニバーサルクレジット=複数の給付(勤労税額控除等)の一元化 26 定義 誘因効果 限界実効税率 所得税・住民税の限界税率+社会保険料率 +控除・給付の削減率 労働時間 平均実効税率 (所得税+社会保険料-勤労税額控除+就 労で資格を喪失する給付)÷勤労所得 就労の有無 失業給付・生活保護など参考:英国の給付体系と貧困の罠
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Source :Tax-Credit Policies for Low Income Families: Impact and Optimality July 2007
Richard Blundell and Andrew Shephard 出所:大和総研英国における福祉依存脱却の試み」(2012年10月19日)
低所得層が高い実効税率=給付削減に直面 ⇒貧困の罠=就労・勤労意欲の阻害
ユニバーサル・クレジット
参考:日本の実効税率?
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改革:パラダイムシフト?
所得税=年間所得を課税基準⇒年間所得=担税力? 年間所得と担税力を同一視⇒個人・家族の属性を反映した所得控除が必要 担税力=生涯所得であれば、①消費税+②相続税が担税力に対する課税に相当 相続税で一定の累進課税を担保 経済的価値に基づく所得の定義=消費同様、属人性は有さない 所得=収入ー取得に要した経費(概算ベース) 担税力への配慮は税額控除で実施 税額=T(経済的価値に基づく所得)-税額控除 公共財としての所得 所得は課税以外の給付・手当の基準になっている 低所得層を含む正しい所得の捕捉が不可欠⇒現行よりも幅広い所得情報 正しい所得捕捉は所得税の増収より所得税への信認確保のため 29参考:社会保険料改革
その1:制度を実態に合わせる 社会保険料を保険料=応益負担と租税=再分配に機能分離 その2;新たな社会保障目的の所得課税の創設=社会連帯税 例:一般社会税(フランス) 課税対象は正規雇用に限定しない⇒雇用・就労意欲を阻害しない 金融所得・公的年金等所得も課税対象⇒能力に応じた負担の徹底 30 稼得所得 代替所得 資産所得 投資益 くじ・カジノ 1991年 1993年 1997年 1998年 7.5 6.2(3.8) 2005年 7.5 6.2/6.6*(3.8/3.8) 9.5 2010年 7.5 6.2/6.6*(3.8/3.8) 6.9/9.5** 注:( )内は、所得税非課税者かつ住民税課税者に対する軽減税率である。 *一時的な就労不能に基づく代替所得(失業手当、休業補償手当等)は6.2%、職業生活からの引退に 基づく代替所得(老齢年金、拠出制障害年金等)は6.6%。 **くじでの獲得金は6.9%、カジノでの獲得金は9.5% 出所:柴田洋二郎「フランス社会保障財源の「租税化」」 海外社会保障研究Summer2012 No.179 8.2 1.1 2.4 3.4 7.5 8.2まとめ・・・
課題 改革 所得税 課税最低限以下の所得層に所得税の再 分配機能が行き届かない 給付付き税額控除=給付と課税の連動 給付と課税の執行機関は別でも良い 高所得層に有利な所得控除 所得控除の税額控除化 経済価値としての所得 給付 所得制限による「壁」 高い実効税率 所得制限から減額率=激変緩和へ 分散する給付制度 給付の一元化? 例:ユニバーサルクレジット(英国) 社会保険料 実態としての(正規)雇用税 租税化=新たな社会保障目的税 31 公共財としての所得情報=同じ所得情報に基づいて課税・給付 実効税率への配慮=課税と給付制度の連携残された課題:他の所得とのバランス
資本所得課税(配当・利子、譲渡益)の強化 利子所得を含む損益通算=金融課税の一体化が前提 新しい貯蓄の喚起=勤労所得からの少額貯蓄(預金のほか、投資を含む)へ の非課税措置(NISAの拡充・恒久化) 勤労所得との経済的性格の差異(=弾力性)を考慮した二元的所得税の構築 公的年金等控除の縮小による年金所得への課税強化 所得税にかかる世代間の不公平の是正 高齢世帯間の格差是正 退職所得への軽減措置(課税所得の圧縮)の縮減 生活保護・失業給付、遺族年金など給付への課税強化 生活保護水準と課税最低限の切り離し 3233