一 事実の概要
控訴人・被控訴人(X)は,コンピュータシステム及びプログラムの企画,設計,開 発,販売,受託等を業務とする株式会社であり,被控訴人・控訴人(Y)は平成 年 月からXの従業員となった。 Yは,Xの大口顧客の一つであるF社の業務を担当するFチームに属しており,当該 チームは,F社が制作した販売管理ソフトウェアGのカスタマイズ作業を行っていた。 Yは,平成 年 月 日に課長となり,まもなくFチームの責任者兼担当窓口と なった。 平成 年 月 日,XとF社との間で,ソフトウェアGのカスタマイズ業務委託に 関して,業務を円滑に行うための取り決め(以下,本件ルールとする)を明文化した。 それによると,窓口をYとA課長(F社側)とし,F社がXに発注する作業量を最低月 間 , 時間(プログラム作成作業であれば 万円相当)とし,不具合対応は連絡が あってから 時間以内に完了しない場合には納期を回答することなどが決められた。 なお,Xでは,システムエンジニアとプログラマの区分はなく,各技術者がシステム 設計・分析とプログラミング両方を担当していた。Yは,F社からのヒアリング作業, F社のニーズの分析とカスタマイズ作業の提案,システムの分析,設計のほか,プログ ラミング作業にも従事していた。プログラミング作業についてはノルマがあり,Fチー ムの従業員は か月あたり平均して 万円分に換算されるプログラミング作業をこなエーディーディー事件・
大阪高判平成
年 月
日
(労判
号
頁)
細
谷
越
史
すというノルマが設定されていた。Yについては,F社の窓口担当業務も行っていたた め,ノルマは か月あたり 万 , 円から 万 , 円分に設定されていた。 Xでは,平成 年 月に組織変更があり,Yの上司がB部長からC部長に変わった。 その頃から,Xが納品するカスタマイズ業務について,F社が不満を持つようになった。 たとえば,Xが検証・納品したはずなのに,F社で検査するとすぐに不具合が生じ,改 善を依頼し,改善されたとして納品されてきてもすぐに不具合が生じるということが相 次いだ。不具合が生じる原因としては,YやFチームのメンバーのミスであることが多 く,単純なミスもあったが,中にはF社が設計した基本システムの誤りに基づくものも あった。また,本件ルールでは,不具合対応について 時間以内に対応が完了しない 場合,納期を通知することになっていたが,Yは,毎日かなりの件数を納品していたこ ともあり,通知を失念したこともあった。納期はかなりタイトであり,YがA課長に対 し改善を求めたこともあった。XはF社の対応を強化するため,同月からFチームを 人増員し,Yを含めて 人態勢とした。 F社は,Xのカスタマイズ業務の質が低下してきたことから,徐々に発注量を減らし た。XのF社に対する売上は,平成 年 月の約 万円, 月の約 万円, 月 の約 万円, 月の約 万円と低下した。 C部長は,Yに対し,売上の減少を改善するよう,F社の業務の掘り起こしをするよ う指示した。 Yは,F社に対する売上が低下し, 万円前後に設定されていた目標の未達成につ いてC部長から叱責されることが続き,平成 年 月頃から不眠となり,目標未達に つき自責の念に駆られていた。 C部長は,F社との関係がますます悪化するのを懸念し,平成 年 月 日,B部 長とともに,F社を訪問し,A課長に謝罪するなどした。C部長は,同日,帰社した後, Yを呼び出し,このような事態になったことを叱責し,ノートで頭を叩いた。Yは,そ の頃から,出社しても仕事が手につかない状態になり,F社との相談窓口はYからB部 長に変更された。 Yは,平成 年 月 日から出勤できなくなり,同月 日,L医院で「うつ状態」 と診断され,睡眠薬等の処方を受け,その後,同年 月 日にXを退職した。 そこで,Xは,Yに対して,労働契約上の義務違反による損害賠償を請求したのに対 し(甲事件),Yは,Xに対して,未払いの時間外手当等の支払い及び安全配慮義務違 反に基づく損害賠償を請求するなどした(乙事件)。 審・京都地判平 ・ ・ (労判 号 頁)は,XからYに対する損害賠償 請求は認められないとし,YからXに対する未払いの時間外手当等の支払い請求を認容
したが,安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求は棄却した。これを受けて,両当事者 らが控訴したのが本判決である。
二 判
旨
Yの労働契約上の義務違反による損害賠償責任 「労働者のミスはもともと企業経営の運営自体に付随,内在化するものであるといえ る(報償責任)し,業務命令内容は使用者が決定するものであり,その業務命令の履行 に際し発生するであろうミスは,業務命令自体に内在するものとして使用者がリスクを 負うべきものであると考えられる(危険責任)ことなどからすると,使用者は,その事 業の性格,規模,施設の状況,労働者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の 態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の 事情に照らし,損害の公平な分担の見地から信義則上相当と認められる限度において, 労働者に対し損害の賠償の請求をすることができると解される(最判昭和 年 月 日民集 巻 号 頁参照)。 しかるに,本件においては,YあるいはFチームの従業員のミスもあり,F社からの 不良改善要求にこたえることができず,受注が減ったという経過は前記認定のとおりで あるが,Yにおいてそれについて故意又は重過失があったとは証拠上認められないこ と,Xが損害であると主張する売上減少,ノルマ未達などは,ある程度予想できるとこ ろであり,報償責任・危険責任の観点から本来的に使用者が負担すべきリスクであると 考えられること,Xの主張する損害額は 万円を超えるものであり,Yの受領して きた賃金額に比しあまりにも高額であり,労働者が負担すべきものとは考えがたいこと などからすると,Xが主張するような損害は,結局は取引関係にある企業同士で通常有 り得るトラブルなのであって,それを労働者個人に負担させることは相当ではなく,X の損害賠償請求は認められないというべきである。」 Yに対する専門業務型裁量労働制の適用の可否 専門業務型裁量労働制の対象業務として,「労働基準法 条の ,同法施行規則 条の の 第 項 号において『情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処 理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本とな るものをいう。)の分析又は設計の業務』が挙げられている。そして,『情報処理システ ムの分析又は設計の業務』とは,①ニーズの把握,ユーザーの業務分析等に基づいた最 適な業務処理方法の決定およびその方法に適合する機種の選定,②入出力設計,処理手順の設計等のアプリケーション・システムの設計,機械構成の細部の決定,ソフトウェ アの決定等,③システム稼働後のシステムの評価,問題点の発見,その解決のための改 善等の業務をいうと解されており,プログラミングについては,その性質上,裁量性の 高い業務ではないので,専門業務型裁量労働制の対象業務に含まれないと解される。営 業が専門業務型裁量労働制に含まれないことはもちろんである。」 確かに,Yは「F社からの発注を受けて,カスタマイズ業務を中心に職務をしていた ということはできる。しかしながら,本来プログラムの分析又は設計業務について裁量 労働制が許容されるのは,システム設計というものが,システム全体を設計する技術者 にとって,どこから手をつけ,どのように進行させるのかにつき裁量性が認められるか らであると解される。しかるに,F社は,下請であるXに対しシステム設計の一部しか 発注していないのであり,しかもその業務につきかなりタイトな納期を設定していたこ とからすると,下請にて業務に従事する者にとっては,裁量労働制が適用されるべき業 務遂行の裁量性はかなりなくなっていたということができる。また,Xにおいて,Yに 対し専門業務型裁量労働制に含まれないプログラミング作業につき未達が生じるほどの ノルマを課していたことは,Xがそれを損害として請求していることからも明らかであ る。さらに,Yは……営業活動にも従事していたということができる」。 以上から,Yの業務は,「『情報処理システムの分析又は設計の業務』であったという ことはできず,専門業務型裁量労働制の要件を満たしていると認めることはできない。」 労働者の健康を損なわないよう注意する義務の違反によるXの不法行為責任 「Yは,Xでの業務における過度の心理的な負荷(売上げ目標の不達成,上司とのト ラブル, か月間の間に か月あたり 時間を超えるような長期の時間外労働等)を 原因として,平成 年 月中旬ころにうつ病を発症し,以後,平成 年 月までの 間に,これが悪化した」。 「使用者(その代理監督者を含む)は,その雇用する労働者に従事させる業務を定め てこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働 者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり (最高裁平成 年 月 日第二小法廷判決・民集 巻 号 頁参照),専門型裁量 労働制を取り入れていたとしても,使用者が上記義務を負うことは否定されない」。 「Xが,平成 年 月になってF社との担当窓口をYから別の者に変更したことなど を考慮しても,XないしYの上司は,Yが長時間労働などにより心理的負荷が過度に蓄 積する状況にあり,これにより心身の健康を損なうことがあることを認識していたか, 容易に認識し得たのに,その負担を軽減させるための適切な措置を採ることを怠り,そ
の結果,Yのうつ病を発症,悪化させたものと認められるから,Xないしその代理監督 者には,上記注意義務に違反した過失があり,XはYのうつ病の発症及び悪化につき, 不法行為(民法 条又は 条)に基づく損害賠償責任を負う」。 「Xは,作業状況をみて退社を促したり,定時に帰るように促したりするなどして, 従業員の健康に配慮していた旨主張するが,定時に帰っていなかったYに対し,具体的 な対応を採ったわけでもないから,上記結論を左右するものではない。」
三 検
討
本判決の意義と位置づけ まず,本判決は,損害の発生につき重過失があったとは認められず,通常の過失ない し軽過失が帰責されるにとどまるYの賠償責任を,従来の多くの裁判例が用いてきた信 義則にくわえ,報償責任・危険責任法理そして損害額がYの賃金額と不つり合いなほど 高額であることなどを根拠として明示したうえで,完全に免責するという判断を示し た。本判決の特徴は,諸般の事情を考慮して,損害の公平な分担の見地から信義則上相 当と認められる限度にまで労働者の損害賠償責任を制限するという従前最高裁が示した 判例法理⑴を踏襲しながら,その法理を具体化するべく,報償責任・危険責任法理の観点 から,売上減少やノルマ未達などはある程度予想できる本来的に使用者が負担すべきリ スクであると判断したり,損害額が賃金額に比してあまりにも高額であるといったこれ までの判例が明示的に考慮してこなかった観点からも労働者の責任制限を正当化すると いう点にある。 つぎに,本判決は,カスタマイズ業務を中心としながらプログラミング作業や営業活 動にも従事していたYについて,専門業務型裁量労働制が適用される対象業務(情報処 理システムの分析又は設計の業務)に該当するか否かを慎重に判断し,専門業務型裁量 労働制の適用は認められないと結論づけたが,その判断枠組みについてはなお検討の余 地がある。 なお,本稿では紙幅の都合上詳しく検討することができないが,本判決は,労基法 号 号の管理監督者性について,従来の判例と同様に,①職務内容,権限,責任に照ら し,企業の事業経営に関する重要事項への関与の程度,②勤務形態が労働時間等規制に なじまないか,③管理監督者にふさわしい給与等の待遇といえるかなどの観点から,厳 格に審査を行い,Yの管理監督者性を否定し,また裁量労働制の適用も認められないこ ! 茨城石炭商事事件・最 小判昭 ・ ・ 民集 巻 号 頁。とから,基本的にYが主張する時間外労働手当等の支払いをXに対して命じている。 さらに,本判決は,原判決と異なり,Yの労働時間の長さやX側の対応などを詳細に 審査したうえで,うつ病を発症したYからXに対する健康を損なわないよう注意する義 務(安全配慮義務)の違反に基づく損害賠償責任を認めている点も注目される。 以下では,上述の論点を中心として,本判決に検討をくわえる。 労働者の損害賠償責任 ⑴ 軽過失事例をめぐる近年の裁判例の判断傾向 従来の裁判例は,本件のように,労働者がいわゆる軽過失により損害を引き起こした と解されるケースにおいては,一方では労働者を完全に免責するものが見られた⑵。他方 で,裁判所は,その後,損害の一定割合の負担を労働者に求めるようになり,一般的に 軽過失の事例において,損害の約 %程度までを労働者に負担させることが多くなって いる⑶。さらに,軽過失事例であっても,通常の比率より高く,損害の %⑷ないし %⑸ の賠償が労働者に求められることもある。 ところが,近年の裁判例においては,軽過失事例をめぐり注目すべき判断傾向が看取 されるようになっている。たとえば,武富士(降格・減給等)事件・東京地判平 ・ ・ ⑹ は,貸付や債権回収などの業務の検査に従事する労働者(検査員)の職務上の義務違 反により摘発されなかった支店長による架空貸付と横領により損害を被ったとして会社 から賠償請求がなされたという事案について,検査員により摘発されなかった新規の架 空貸付には一見して偽造の痕跡が見て取れるわけではなく,支店の臨検は検査員 人に つき か月に ないし 支店( 週間に ないし 支店)という過密なスケジュール の中で行われていたこと,当時会社は再貸付等のチェックに力を入れていたため,検査 員は新規貸付契約のチェックには 件あたり数分程度しかかけることができなかったこ となどから,検査員に職務上の義務違反があったとするには疑問があり,仮に義務違反 ! 中野美術印刷事件・東京地判昭 ・ ・ 判タ 号 頁,常洋商事事件・福島地いわき支判昭 ・ ・ 交民集 巻 号 頁。 " 茨城石炭商事事件・最 小判昭 ・ ・ 民集 巻 号 頁,M運輸事件・福岡高那覇支判平 ・ ・ 労判 号 頁,厚岸町森林組合事件・釧路地判平 ・ ・ 労判 号 頁,N興業事件・ 東京地判平 ・ ・ 労判 号 頁。 # 大阪梅田運送事件・大阪地判昭 ・ ・ 交民集 巻 号 頁。 $ 木勢商事事件・東京高判昭 ・ ・ 交民集 巻 号 頁,アール企画事件・東京地判平 ・ ・ 労判 号 頁(美容師の売上げに関する報告義務の違反による損害賠償責任についての判断),国 際興業大阪事件・大阪地判平 ・ ・ 労判 号 頁。 % 労判 号 頁。
があったとしてもその過失の程度は軽微にとどまるとして,会社から検査員に対する損 害賠償請求を棄却した。 また,相生市農協(参事・損害賠償)事件・神戸地姫路支判平 ・ ・ ⑺は,Xが, 融資先会社の倒産により貸付金の回収不能が生じたことなどを理由に,Xの参事であっ たYに対して損害賠償請求を行ったという事案について,まず,最終的な決裁権限を 有しない参事たるYに,上記貸付について義務違反と損害賠償責任を問うことができる とすれば,それは参事としての地位及び職責に反して,組合長又は理事会の融資に関す る判断を誤らせるような背任的行為をYがなした場合,又はそれに類するような重大 な過失が存した場合に限られると解するのが,貸付を業として行うX及びその経営陣 と,事務方としての最高責任者といえども従業員に過ぎないYとの間の衡平の観点に 照らして,相当である,と判示する。そのうえで,判決は,後に倒産して貸金が回収不 能となる訴外建設会社に対する融資の時点における同社の客観的信用状態についてYが 積極的に虚言を用いたとはいえず,同社に対する貸金の回収について,Xが本件特養老 人ホームの施主であるから請負代金の管理によって回収が見込まれる旨虚言を弄したと もいえないことなどから,背任的行為や重過失が認められないYを完全に免責する判断 を示した。 このように,軽過失事案において使用者からの損害賠償請求に厳格に審査をくわえよ うとする近年の裁判例の傾向と同様に,本判決は,軽過失事案であっても労働者に一定 の割合の損害賠償を負担させるという従来の多くの裁判例の立場とは異なり,信義則 に依拠する前掲・茨城石炭商事事件・最 小判昭和 年 月 日の枠組みによりなが ら,その判断をより具体的なものとするべく,報償責任・危険責任法理および損害額 が賃金額と比べてあまりにも高額であるがゆえ労働者に負担させるのは相当でないと いった考え方に重心を置いて,軽過失が帰責されるにとどまるYの賠償責任を完全に 免責するという注目すべき判断を示した。本判決が,最高裁の判断枠組みに依拠しつ つ,軽過失のケースで労働者を完全に免責する判断を示したことは,さらに,裁判所が 類似の事案において同様の判断を導く際に参考としうる先例としての意味を有するであ ろう⑻。 ⑵ 軽過失事例における責任制限の理論 さて,責任制限法理のあり方を論じてきた近年の学説は, つの類型に大別すること ができる。一方の学説は,労使の経済的格差や危険責任・報償責任原理を考慮して,労 ! 労判 号 頁。
働者の損害賠償責任を,損害の公平な分担などの観点から,信義則上,諸事情を考慮し て一定の範囲に制限しようとする⑼。 他方で,有力説は,労働義務の履行過程に通常随伴することが想定される軽過失のケ ースでは,報償責任・危険責任法理,生存権(憲法 条)ないし「人たるに値する生 活」の理念(労基法 条 項),国家賠償法 条 項の趣旨などを根拠として,一般的 に労働者の責任は完全に免責されると説く⑽。 本判決は,その主な根拠の つとして,(Yのミスなどを契機とする)売上の減少や ノルマ未達などは,ある程度予想でき,報償責任・危険責任の観点から本来的に使用者 が負担すべきリスクであると論じている。この点に,本判決は,これまでの裁判例にお いて報償責任・危険責任が援用されることが稀であった⑾のとは異なり,信義則のみなら ず,上記の多くの学説が援用する報償責任・危険責任法理を責任制限の主要な根拠と位 置づけているという特徴を看取することができる。 なお,私見によれば,危険責任・報償責任法理を基礎としつつ,それを従属的な労使 間での損害の帰属領域による分配の理念(労基法 条, 条参照)をふまえて導出さ れる「経営上のリスクの帰責原則」によれば,利益追求を図る使用者が決定する指揮命 令,労働条件,事業組織などの下で他律的な働き方を余儀なくされる労働者に通常不可 ! たとえば,仙台地判平 ・ ・ (LEX/DB 文献番号 )は,前掲・茨城石炭商事事件・最 小 判昭和 年 月 日の枠組みを引用した上で,「危険責任や報償責任の法理に則り,当該被用者に故意 又は重大な過失がない場合には,被用者の過失の程度や損害発生に対する使用者の寄与度等の事情を勘 案し,信義則(民法 条 項,労働契約法 条 項)上,使用者の被用者に対する損害賠償請求権等の 行使を否定する余地もあるとみるのが相当である」と論じた上で,タクシー運転手(Y)が,ワイパー を早くしても外の状況を確認しづらく,夜間という見通しの悪い走行条件下で,冠水地帯を発見したが 後退や転把等の回避措置を完遂しなかったのも,後続車が迫っていたことや当時の走行状況等からやむ を得ず,別の車両が冠水地帯を通過したため自身の車両も無事に通過できるだろうとの判断も不合理で はなく,Yの過失は相当小さいのに対し,Xは,車両保険に不加入で,本気象条件等の中で乗務をさせ たが,損害発生に対する有意な回避措置をとらなかったことから,XからYに対する損害賠償請求権の 行使を否定している。 " 山川隆一『雇用関係法〔第 版〕』( 年,新世社) 頁,土田道夫『労働契約法〔第 版〕』( 年,有斐閣) 頁,三井正信『基本労働法Ⅰ』( 年,成文堂) 頁。 # 道幸哲也「労働過程におけるミスを理由とする使用者からの損害賠償法理」労判 号( 年) 頁以下,林和彦「労働者の損害賠償責任」角田邦重・毛塚勝利・浅倉むつ子編『労働法の争点〔第 版〕』 ( 年,有斐閣) 頁,西谷敏『労働法〔第 版〕』( 年,日本評論社) 頁以下,田上富信「被 用者の有責性と民法 条(その ・完)」鹿大法学論集 巻 号( 年) 頁以下,宮本健蔵『安 全配慮義務と契約責任の拡張』( 年,信山社) 頁以下。 $ 少数派の裁判例として,たとえば,佐世保陸運事件・長崎地佐世保支判昭 ・ ・ 交民集 巻 号 頁は報償責任を,トヨタカローラ南海事件・大阪地岸和田支判昭 ・ ・ 判時 号 頁は報 償責任あるいは企業責任をあげるにとどまる。
避的にともなう軽過失により引き起こされる損害については,使用者が予め想定して危 険の回避を図ることができ,保険や価格機構等を通じて比較的容易にリスク分散しうる ものであるから,信義則上,使用者が基本的に責任を負うべきであると解される⑿。 また,本判決は,危険責任・報償責任といったリスク帰責の観点にくわえ, つ目の 根拠として,損害額は労働者の賃金額に比べてあまりにも高額で,労働者個人が負担す べきものとは考えがたいといった労働者保護の観点に重きを置く責任制限の根拠を複合 的に用いている。これまで,裁判例上,こうした観点が労働者の責任判断に際して明確 に考慮されることは稀であった⒀。しかし,とくに上述した最近の有力説においては, たとえば,信義則に依拠する判例は判断基準が明確でないため,労働者の業務によって は,通常の過失事件ですら法外な損害賠償が認容されるなど,労働者の生存権保障の見 地からみて問題も多いとの批判がくわえられていた⒁。こうしたことから,本判決は,賃 金と損害額の不均衡ひいては重大な損害賠償義務が労働者の生活に与える影響といった 観点を責任判断に際して明確に考慮したものと解される。本件では,賃金と損害額の明 白な不均衡のゆえに労働者責任を制限すべきであるという観点は,軽過失事例において さえも一定割合の損害負担を求めることで労働者に重大な損害賠償責任が負わされる (例えば損害の %でも 万円となり,これはYの所定内手当である 万 , 円 の約 倍を意味する)ことのないように責任を減免するという効果をもたらしている と考えられる。 なお,本件は軽過失事例であったが,賃金ときわめて重大な損害の不均衡ゆえ労働者 責任を制限すべきであるという規範的な要請は,労働者がたとえば重過失などにより 重大な損害を惹起した事例における責任判断に際しても,一定の重要な役割を担うこと になろう。従来の裁判例は,労働者に重過失が認められるケースでは,損害の約 % から %の範囲で賠償責任を負担させることが多い⒂。その一方で,近年では,とくに 重過失などにより重大な損害が引き起こされた事案において,かかる損害の負担割合と 比較して,より低い割合の賠償責任を労働者に負わせる裁判例が見られるようになって ! 細谷越史『労働者の損害賠償責任』( 年,成文堂) 頁以下。 " たとえば,三共暖房事件・大阪高判昭 ・ ・ 下民集 巻 ∼ 号 頁は,設計課長が重要な義 務違反により受注した冷却装置の仕様違いを回避するのを怠ったことによる損害をめぐり,この種の損 害はその性質上無限の多額となり得,一介のサラリーマンが到底負担できない額になるとしながらも, 万 , 円の損害の約 %である 万円(当該設計課長の年収約 万円の . 倍)もの賠償を 命じている。 # 林・前掲(注 ) 頁。 $ 大阪地判昭 ・ ・ 判タ 号 頁,丸山宝飾事件・東京地判平 ・ ・ 判時 号 頁,株 式会社G事件・東京地判平 ・ ・ 労判 号 頁。
おり,そこで裁判例は,賃金額と比べてあまりに重大な損害の賠償責任の負担から労働 者を保護すべきであるとの要請を暗黙に一定程度考慮しているようにも思われる⒃。しか し,今後は,理論的により明確に,賃金と損害の不均衡ひいては重大な損害賠償義務が 労働者の生活に及ぼす影響の程度といった考慮要素をより直截に責任制限法理に組み込 む方向で再構築することが必要であると解される。その根拠としては,上述の有力説も 説くように,人たるに値する生活の理念(労基法 条 項)やその基底にある生存権(憲 法 条)をあげることができる⒄。 ⑶ 労働義務の内容および債務不履行の存否についての審査 さて,本判決については,Xが主張するYの労働契約上の義務違反の内容は,①ヒア リング業務の不適切実施,②F社との本件ルール遵守義務違反,③Fチームの管理業務 の懈怠,④プログラミング業務の未達などであり,これらの義務は,いずれも具体的行 為義務とまでは認められず,また,労働義務は結果の実現までを内容とするものではな い(手段債務)と捉えた上で,ノルマ未達などにおいて義務違反はないと解することも 可能である,との指摘がある⒅。こうした指摘をふまえると,最近の裁判例がとくに営業 や取引あるいは業務の検査などに従事する労働者の責任が争われたケースにおいて,労 働者が使用者との関係でどのような内容の債務を負うのかを詳細に確定したうえで,債 務不履行の存在が認められるのか否か,どの程度の過失が帰責されるのかをより厳格に 審査する⒆のと比較して,本判決においては,労働契約上の義務の内容が必ずしも十分具 体的,精確に確定されていないようにも思われる。 ! たとえば,郵便事業(特定郵便局局長)事件・福岡地判平 ・ ・ 労判 号 頁は,特定郵便局 長が故意または重過失により適正な割引率に反する低料金で取引先に郵便利用をさせたことにより生じ させた 億 , 万円余の損害について,その賠償責任を , 万円(損害の約 .%)にまで制限す る。なお,最近の事例として,学校法人早稲田大学事件・東京地判平 ・ ・ 判時 号 頁は, 機械工学を専門とする大学教授(X)が,使用者たる大学(Y)と訴外Tの間での風力発電等の事業に 係る業務委託契約における履行補助者として,Tに対して本件事業の目的を達成するよう助言・指導な いし説明する義務を履行しなかった(故意・過失の程度は必ずしも明らかでない)結果としてYに約 億 , 万円の損害を与えたケースにつき,外部の者から業務を請け負う際に生じるリスクに対する管 理体制が構築されていなかったことが,業務委託料が , 万円であるのにYがTに 億円超の賠償金 の支払いを余儀なくされた大きな原因であることなどを理由に,Xの賠償責任を約 , 万円(損害額 の元本の %,月収 万余円の約 か月分)に軽減している。 " 細谷・前掲(注 ) 頁以下,細谷越史「郵便事業(特定郵便局局長)事件−福岡地裁平成 年 月 日判決−(労働判例 号 頁)」香川法学 巻 ・ 号( 年) 頁以下。 # 千野博之「労働者の損害賠償責任∼エーディーディー事件・京都地判平成 年 月 日労判 号 頁∼」季刊労働法 号( 年) 頁以下。
もっとも,労働者が負う債務の内容を精確に確定した上で債務不履行の存否を厳密に 審査するとしても,本件では,Yはヒアリング業務を適切に実施し,XとF社間におけ るソフトウェアGのカスタマイズ業務の受託を円滑に行うための本件ルールを遵守し, システムエンジニアとしてカスタマイズ業務を適切に実施する義務を負うと解されるの で,YのミスなどによりF社からのソフトウェアの不良改善要求に応えることができず 受注が減ったと認定されているYについて,全く義務違反ないし債務不履行が存在しな いとまでいうのは困難であろう。 むしろ,本判決は,Yの債務不履行や過失の存在を認めながらも,その損害賠償責任 を軽減する事情として,ソフトウェアの不具合が生じる原因としてはFチームの同僚メ ンバーのミスも関与していたこと,不具合の中にはF社が設計した基本システムの誤り に基づくものもあったこと,Yのミスは納期がかなりタイトな中で発生したこと,Yは 毎日かなりの件数を納品していたことが納期通知の失念の原因となったことなどを,使 用者が負うべきリスクの設定や回避に関する責任を根拠づける事情として明確に考慮す る余地があったと考えられる。また,本件損害が取引関係にある企業同士で通常にあり 得るトラブルであるとすれば,Xがこうした損害を塡補しうる保険に加入する可能性が あるか否か,あるとすれば保険加入の懈怠がリスク分散を十分に行っていなかったとい う事情としてXに帰責されなければならないであろう。 専門業務型裁量労働制の適用の可否 労基法 条の 第 項 号は,専門業務型裁量労働制の対象となる業務を「業務の 性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要がある ため,当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をする ことが困難なものとして厚生労働省令で定める業務」と定め,具体的には,①新商品・ 新技術の研究開発または人文科学・自然科学に関する研究の業務,②情報処理システム (電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系で あってプログラムの設計の基本となるものをいう。)の分析又は設計の業務,③新聞・ 出版の記事の取材・編集の業務または放送番組制作のための取材・編集の業務,④衣 ⒆ たとえば,小川重事件・大阪地判平 ・ ・ 労判 号 頁は,営業担当の従業員が見込買い(売 り先が確定しない段階で商品を仕入れること)の禁止や在庫処分の指示に反したことにより損害を生じ させた事案につき,使用者の指示は,特段の事情がない限り,一般的には,従業員が指示にそうべく努 力することを義務づけるものにすぎないとしたうえで,本件では特段の事情はなく,指示に反する結果 を招来したとしても,従業員は債務不履行による損害賠償義務を負担しないと結論づけている。また, 前掲・武富士(降格・減給等)事件・東京地判平 ・ ・ も参照。
服,室内装飾,工業製品,広告等の新たなデザインの考案の業務,⑤放送番組,映画等 の制作事業におけるプロデューサー・ディレクターの業務,⑥その他,厚生労働大臣の 指定する業務があげられている(労基法施行規則 条の の 第 項)。 このうち,本件で問題となった「情報処理システムの分析又は設計の業務」とは,(ⅰ) ニーズの把握,ユーザーの業務分析等に基づいた最適な業務処理方法の決定及びその方 法に適合する機種の選定,(ⅱ)入出力設計,処理手順の設計等アプリケーション・シス テムの設計,機械構成の細部の決定,ソフトウェアの決定等,(ⅲ)システム稼働後のシ ステムの評価,問題点の発見,その解決のための改善等の業務をいう(平 ・ ・ 基発 号,平 ・ ・ 基発 号)。 本判決は,Yは,F社からの発注を受けて,「カスタマイズ業務」を中心に職務をし ていたとしつつ,しかし,本来裁量労働制が許容されるのは,システム設計が,システ ム全体を設計する技術者にとって,どこから手をつけ,どのように進行させるのかに つき裁量性が認められるからであるのに,F社は,下請であるXに対しシステム設計の 一部しか発注しておらず,その業務につきかなりタイトな納期を設定していたことか ら,Yにとっては,裁量労働制が適用される前提である業務遂行の裁量性はかなりなく なっていたという事情を認定する。さらに,本判決は,専門業務型裁量労働制の適用 を否定する根拠として,XがYに対して専門業務型裁量労働制に含まれない「プログラ ミング作業」につき未達が生じるほどのノルマを課しており,また,Yは「営業活動」 にも従事していたという事情も併せて考慮して,Yの業務は「情報処理システムの分析 又は設計の業務」とはいえず,専門業務型裁量労働制の要件を満たしていないと結論 づけた。 その結論自体は妥当であるが,しかし,この判断枠組みによれば,対象業務に一応当 たり得るカスタマイズ業務と,対象業務に含まれないプログラミング業務や営業活動と が,Yの業務においてどの程度の比率であるかにより,専門業務型裁量労働制の適用の 可否が決せられる可能性がある。たとえば,プログラミング業務や営業活動が,Yの業 務全体から見てわずかな割合にとどまる場合には,裁量労働制の適用が肯定されるとい う可能性があり,この点については疑問が残る⒇。 むしろ,労基法施行規則 条の の 第 項があげる業務に該当する業務であって も,業務の遂行手段や時間配分の決定等につき労働者に具体的な指示がなされるなど, 業務の遂行方法を大幅に労働者に委ねることができない場合には,専門業務型裁量労働 制を適用することはできないのが原則である。本判決が,専門業務型裁量労働制の適用 ⒇ 千野・前掲(注 ) 頁以下参照。
を結論的に否定したことは支持できるが,その理由としては,カスタマイズ業務につい て大幅に労働者の裁量に委ねることができない程度に業務の裁量性が失われていたがゆ えに,それ以外の業務の割合などは考慮せずに,直截に当該制度の適用はないと解する 方が適当であったと思われる。 このように専門業務型裁量労働制の適用可能性を慎重に判断すべきなのは,さもなけ れば,使用者が裁量労働制の下でも,業務の基本的目標・内容,期限,ノルマなどを設 定して業務を命ずる等の権限を持つことや,実労働時間に応じた割増賃金規制の解除に より,労働者の長時間労働に対する歯止めを失うことになってしまうからである。 なお,労働者が専門業務型裁量労働制の対象業務と対象外業務の両方に従事するケー スにおいて,専門業務型裁量労働制の対象となる業務の裁量性が高く,かつ当該制度の 対象外である業務が業務全体の中できわめて低い割合にとどまる場合であれば,同制度 の適用が肯定される余地は残されよう。 さて,本判決によれば,Yには専門業務型裁量労働制の適用は認められないと判断さ れたため問題とならなかったが,かりに適用があるとした場合に,それは労働者の損害 賠償責任の問題にいかなる影響を与えるであろうか。 専門業務型裁量労働制の下で働く労働者については,業務の裁量性が強いため,通常 の労働者と比較して,より高度の注意義務を負うとみなされ,過失や義務違反の程度が より厳格に判断される可能性があるが,責任制限法理の適用を除外することまでは許さ れない。なぜなら,たとえ労働者が具体的な指示命令に拘束される程度が低いとしても, 労働の量(ノルマ)自体は使用者が決定することから,それに応じた一定の仕事の速度が 要求され,また,労働者が高価な財貨等に損害を与えたり,影響範囲の広い業務を遂行 する際に損害を生じさせると,重大な損害賠償の負担が労働者の生活を危殆に瀕せしめ るというように,責任制限を正当化する理由は,裁量労働制の適用がない場合と基本的 に同様に存在すると解されるからである。 東京大学労働法研究会編『注釈労働基準法(下巻)』( 年,有斐閣) 頁(水町勇一郎),西谷敏・ 野田進・和田肇編『新基本法コンメンタール 労働基準法・労働契約法』( 年,日本評論社) 頁 (藤内和公),西谷・前掲(注 ) 頁参照。 同旨,千野・前掲(注 ) 頁以下参照。 吉田美喜夫・名古道功・根本到編『労働法Ⅱ−個別的労働関係法〔第 版〕』( 年,法律文化社) 頁(吉田美喜夫),土田・前掲(注 ) 頁以下参照。 この点につき,土田・前掲(注 ) 頁は,裁量労働制においても,使用者は目標や期限を設定し て業務を命じる等の基本的・包括的労務指揮権を有し,労働義務が結果達成の義務ではなく,そのために 必要な行為をする手段債務であるという性格にも変化はないことから,労働者の自主性・裁量性を過度に 強調し,労働契約法の適用を消極視するのは適切でないと説く。
安全配慮義務違反による損害賠償責任 本件の原審にあたる京都地判平 ・ ・ は,Yがうつ病を発症したきっかけと なったのは,主にF社とのトラブルに起因するもので,それ自体はYにおいても一定の 責任があるとし,また,Yが病院を受診した時期(初診が平成 年 月 日)などか らすると,うつ病の発症につきYの上司に予見可能性があったとまでいうことはできな いことから,Xの安全配慮義務違反を認めることはできないと判示した。 しかし,この判断には,Yのうつ病の原因を主に取引先とのトラブルにあるとし,ま た,もっぱらYが病院を受診した時期に重きが置かれており,それ以前の時期における Yと上司とのやり取りや関係性あるいは時間外労働の状況などを十分に考慮しないま ま,安易に使用者側の予見可能性ないし安全配慮義務違反を否定する点で疑問がある。 これに対して,本判決は,電通事件・最 小判平 ・ ・ を参照しながら,Yは, 課長でありFチームの責任者兼担当窓口という相応の精神的負荷を伴う職責を担う中 で,平成 年 月頃以降,C部長から売上げ目標の未達成につき叱責されることが続 いたこと,Xは,Yから平日の勤務時間につき報告を受けていたから,Yの労働時間が 長時間でかつ深夜に及んでいること(とくに同年 月の所定外労働時間(休日労働を 除く)は 時間,深夜労働時間は 時間,休日労働時間は 時間,同年 月の所 定外労働時間(休日労働を除く)は 時間,深夜労働時間は 時間,休日労働時間 は 時間)も把握していたか,容易に把握し得たが,何らかの対策を採ったとは認め られないこと,Yには同年 月中旬ころから意欲低下,疲労感,感情が浮かばない, 頭痛等の抑うつ症状がみられ,うつ病を発症し,同僚からも元気がないと感じられるよ うになった後も,C部長がYの頭をノートで叩いて叱責し,Yが欠勤するようになった 後も,XはYに「日々無気力ぶりを装い」などと記載した書面を送ったことなどを詳細 に認定したうえで,XないしYの上司は,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度 に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務に違反した過失が あり,XはYのうつ病の発症及び悪化につき,不法行為に基づく損害賠償責任を負うと 結論づけた。 このように,本判決は,Yの時間外労働が,「心理的負荷による精神障害の認定基準」 (平 ・ ・ 基発 第 号)の別表 において労働者に強い心理的負荷を与える 出来事として挙げられている,発症直前の連続した か月間に, 月当たりおおむね 時間以上の時間外労働を行った場合にも該当するものであり,使用者側が安全配慮 義務ないし健康配慮義務をほとんど履行していないだけでなく,その義務の履行と逆方 向の叱責行為等が行われたケースにおいて,正当にも安全配慮義務違反の成立を認めた ものと評価することができる。また,本判決は,プレッシャーのかかる長時間労働によ
る過重負荷と精神障害発症との相当因果関係を認め,使用者が業務軽減措置をとらな かったことなどにつき安全配慮義務ないし健康配慮義務違反を認める近年増加する裁判 例の判断傾向に適うものと位置づけることができる。 (ほそたに・えつし 連合法務研究科准教授) 富士通四国システムズ(FTSE)事件・大阪地判平 ・ ・ 労判 号 頁,横河電気事件・東京 高判平 ・ ・ 労判 号 頁,東芝事件・最 小判平 ・ ・ 判タ 号 頁参照。また, こうした論点に関わる裁判例を整理・分析する文献として,菅野和夫『労働法〔第 版〕』( 年, 弘文堂) 頁以下も参照。