21 世紀の脅威、テロ、非対称脅威の定義と対応
秋山 昌廣
AKIYAMA Masahiro
イラクでは毎日のようにテロが実行され、多くの罪のない市民が犠牲となっている。米国 における 9.11 テロ(2001 年)を始め、アジアにおいても、インドネシアのバリ島での爆弾 テロ(2002 年)やフィリピンにおけるフェリーボート襲撃テロ(2004 年)など、テロにつ いては枚挙に暇がない。我が国でも、世界を震撼させた宗教団体オウムによるサリン事件 (1995 年)があった。 2004 年 12 月、日本政府は防衛大綱を新しくし、そこで新しい脅威への対応を最重要課題 として示した(1) 。ここで言う新しい脅威とは、大量破壊兵器の拡散による弾道ミサイル攻撃 や島嶼部への侵略などとともに、大きな惨事となりうるゲリラや特殊部隊による攻撃が想定 されている。米国では、最近時点の、大統領の決定する国家安全保障戦略(2006 年 3 月)に おいても、国防長官が公表する国家防衛戦略(2005 年 3 月)においても、米国本土に対する 新しい脅威すなわち大規模テロへの対応が最大の課題となっている(2) 。このような動向に 2001 年の9.11 テロが大きな影響を与えたのは言うまでもないが、この兆候を示すテロは、米 国関係でも 1990 年代にすでに多く発生していた(3) 。 1.テロの定義とテロへの対応 米国も日本も、テロを新しい脅威とし、国防体制においてテロへの対応を考慮してはいる が、十分かつ適切な対応がなされているとは思えない。しかし、そもそもテロとは何であろ うか。テロを定義することはできるのであろうか。 一般には、ある政治的目的を持って、国家の軍事力や警察力に正面から対抗しないで、防 備の手薄な場所や人を対象にした暴力行為を実行し、その恐怖のプロセスを通じて、ある政 治目的を社会に直接訴えることを狙いとしたものと定義される(4) 。しかし、近年はその政治 的目的が宗教的、民族的、社会思想的な目的に変わりつつあり、また、数の面では従来のテ ロとは比較できないほど多数の人、特に一般市民がテロ攻撃の対象となるなど、テロにも大 きな変容が見られる。9.11 テロの直後は、全世界で、米国軍隊によるテロとの戦いが圧倒的 に支持される状況が出現したが、現在のイラクでのテロを見ていて、テロへの対応はそう簡 単なことではないと思う人が多いであろう。 さて、テロを定義するなり規定することはできるのであろうか。まず、テロはどんなものでも悪であり犯罪である、従ってこれを防ぐためにテロ集団を壊 滅させなければならない、という考え(5) が一般的にあると思う。これは、テロが起るとその 背景は何か、原因は何か、民族的、宗教的、経済的理由を探し出し、これに対応しなければ 根絶できないとの議論に対して、テロへの弾力的対応すなわち妥協はさらにテロを呼ぶとし て断固これを排除し、テロを人類社会に対する犯罪として一貫して厳しく対応しなければな らないという立場である(6) 。特に国内では、政治目的であろうと、民族目的であろうと、テ ロは犯罪として警察と軍が厳しく取り締まるのを常とする。 しかしながら、戦後植民地が独立する過程では、優越した軍事力や警察力を保持した統治 権力に対して、反権力側はテロ行為を織り交ぜながら戦い、結局は宗主国から独立を勝ち 取った、という歴史的プロセスがある(7) 。現在起っている多くの内戦におけるテロは、国家 発展過程での一つの現象であるかもしれない。権力側がこのテロに対して、警察力に加え軍 事力をも使用して抑制することが正義とは言えないかもしれない。 実は、パレスティナ側では、イスラエルによる行動を国家テロと呼び、彼らの武闘は国家 テロとの戦いと言っているわけだから、テロについて全てを一つのものとして論じることは 難しい。国家テロといえば、旧ソ連における統治上の国家テロ、古く遡ればフランス革命時 のロベスピエールによる恐怖政治すなわち国家テロ、イラクのフセイン統治下におけるシー ア派やクルド民族に対する弾圧すなわち国家テロなど、これも枚挙に暇がない。 また、1990 年代以降のテロを、チャルマーズ・ジョンソンの言うところの文明の衝突であ るとか、反西欧社会、反現代社会の精神活動の発露であって、ポストモダンの社会病理現象 であると規定した(8) ところで、どうすればよいのかという答えは返ってこない。 国連でテロ防止に関する条約がまとまらないのは、テロの定義ができないからである。中 近東におけるにおけるテロを国際取り決めにより禁止するテロに含めることに、アラブの世 界は強く反発するし、イスラエルの行動をテロとすることは当事国のみならず米国など到底 受け入れられない、ということになる。 本稿は、そこで、テロに対する論議に代え、テロの特徴たる非対称性に着目し、これを定 義し、その上でこれへの適切な対応策を示してみたい。 2.非対称脅威の定義と対称脅威との比較 1 で示したとおり、テロとは何か、テロ対策はどうあるべきかという観点から入っていく と、行き詰まってしまうおそれがある。そこで、テロを非対称脅威という捉え方にすれば、 そのこと自体は客観的な事実であるから、この非対称脅威ということに着目してこれを定義 することによって、非対称脅威が現実化することを阻止ないし抑止する策を提示することが できるのではないか、と考えた。(9) (1)非対称脅威の定義 非対称脅威(asymmetric threat)という言葉は、1990 年代に議論が始まったと見られる が、公式文書に現れるのは 1997 年の米国の QDR(10) (4 年毎の国防計画の見直し)と言われ ている。当時米国では、非対称戦(asymmetric warfare)について、軍隊同士の交戦ではな
く、弱者が、敵の強みを避け、敵の弱みに対して予期できないあるいは従来型でない斬新な 方法で攻撃することである、という議論がなされていたし(11) 、政府高官の演説などにもそれ が認められる(12) 。安全保障の世界では、脅威は、それが現実のものとなれば戦争(小競り合 いも含めて広い意味での軍事衝突)となるので、非対称脅威を非対称戦争と言っても良いと 考える。 しかし、いずれにしても、以上の議論は、9.11 以前の時点で、米国の立場で議論されたも のが中心である(13) 。そこで、現時点で、我々はどうすべきかということも念頭において、こ の非対称脅威を私なりに定義してみたい。現時点でとは、9.11 の経験を経たというのみなら ず、米国のイラクにおけるオペレーションが困難を極めていることも意識してということで あり、また、我々はとは、日本のことを考えているわけである。日本と米国では、軍事力の みならず、世界政治における国力において、大きな違いがあること、また、日本は米国と異 なり覇権国家的要素は薄く、キリスト教国ではなく、また米国のごとく多民族国家ではない。 米国におけるテロや非対称脅威への対応の議論は、やはり米国の国益から見た議論であり、 これがストレートに我が国に適用できるものではない。我々は独自に考えていかなければな らないのである(14) 。 結論から言ってしまえば、非対称脅威とは、「実行する主体、実行の対象、実行の手段、実 行の方法、そして実行の目的が、通常の脅威に対してほとんど全て非対称であって、一般に は、強者に対して弱者が何らかの政治的意図あるいは宗教的・民族的・文化的意図を持って 臨もうとする場合の、甚大な影響をもたらす行為である」と定義できよう。当然のことなが ら、ここで議論しようとしている非対称脅威なる観念は、現在でもなお有効な17 世紀以来展 開してきた国民国家を単位とした国際安全保障の場において、新たに生じてきた脅威を分 析・分解しようとするために導入しようとするものである(15) 。 定義の内容を、より具体的に示すために、非対称脅威を、要素別に、対称脅威(通常の軍 事脅威あるいは伝統的軍事脅威)と比較して単純化したものを図表に示してみた。すなわち、 非対称脅威は、「非国家が、敵の構成物全てを対象とし、軍事力以外の破壊暴力と超法規的 地球規模ネットワークやマスメディアを手段として、脅威を実現ないし実現し得ることを示 して、敵の行為を自己の目的に誘導しようとするもの」である。
行動の区分 s 対称脅威 (Symmetric threat) a 非対称脅威 (Asymmetric threat)
1 主体 1-s 国家 1-a 非国家 2 対象 2-s 基本的には敵の軍事力 2-a 敵の構成物全て 3 手段 3-s 軍事力 3-a 軍事力以外の破壊暴力・超法規的 地球規模ネットワーク・マスメディア とインターネット 4 目的 4-s 敵の侵略排除ないし物理的制圧 4-a 敵の行為の誘導 図表 対称脅威と非対称脅威の違い
(2)非対称脅威と対称脅威の比較 図表の中身について、以下、表中の記号別に順次説明をする。 1-s 対称脅威の主体 ─ 国家 1648 年のウェストファリア条約以来発展してきた国民国家が、国際安全保障の主体であっ た。安全保障システムとして考えられた覇権安定モデルも、勢力均衡モデルも、多国間協調 モデルも、全て単位は国家である。なお、完全な形で実現してはいないが集団安全保障を目 的とした国際連合や地域安全保障機構(例えばNATO 北大西洋条約機構)も、構成単位が国 家であることから、分類すればこの 1-s となる。 1-a 非対称脅威の主体 ─ 非国家 国家ではない全ての武闘主体ということであり、個人、団体、結社などである。俗な言い 方だが、ここには狂信的な宗教団体その他の組織なども入る。いわゆるテロリスト、テロ組 織が念頭にある。かかる主体の特徴として、多くの場合、武闘主体自体が社会の表に出るこ とがなく、社会の水面下に潜り、隠密裏に行動をすることである。 この場合、国内限定の武闘主体(個人及び集団)と国際的武闘主体の 2 つに分類したい。 両者とも、行動の基本に、民族、宗教などがあり得るが、国内武闘主体には、政治権力、経 済権益、イデオロギーの要素が係わってくる。後者の国際武闘主体は、文明、覇権、南北問 題の要素が織り込まれてくると考える。この点は、非対称脅威への対応のあり方に影響して くる。なお、国内限定の武闘主体(一部は国際連携)は、統治体制の変革、革命などにかか わるケースがあり、いわばテロか内戦か、その見分けは容易ではなく、こういったケースを 他のケースと同じ土俵で扱うのは適当ではない。 この項で、もう一つ重要な課題は、テロ支援国家及び破綻国家の問題である。テロ支援国 家とは、国家自体は直接手を下ろさないが、テロリストないしテロ組織に対し武器・弾薬・ 金品などを提供してテロを実行させ、当該国家の権益の確保ないしは敵の行動を自己に有利 なように誘導しようとするものである。後者の破綻国家は、国家としての統一、統治が極め て脆弱で、結果として国際武闘集団の潜入・拠点保持、テロ訓練などを許すことになる。あ るいは、彼らとの協力関係を樹立して、国家統治を曲がりなりにも確保するといった状況す ら見られる(16) 。 いずれにしても、非対象脅威の直接の主体ではないが、事実上、国家が操作することある いは国家の不作為により、暴力的行動が非国家主体を通じて表に出るものであり、これら問 題国家は少なくとも非(正常)国家として、1-a に分類されよう。 2-s 対称脅威の対称 ─ 基本的には敵の軍事力 対称脅威の場合、脅威の対称は基本的には敵の軍事力である。最終的には敵の侵略を排除 しまたは敵を制圧しなければならないので、その経済力を含む国力自体が対象となる。もち ろん戦争にもテロに通じる奇襲はあり、孫子の兵法に奇襲戦法が示されているが(17) 、奇襲で ある限りは非対称であるものの、攻撃の対象は敵の軍事力ないし重要国家基盤施設であるこ とに変わりがない。戦争になった場合、攻撃の対象は、敵の軍、すなわち戦闘に参加する兵 隊、軍人、武器・弾薬、軍の施設、軍事力を支えるもの(条件付)に限られ、戦いに参加し
ていない人及び民生施設は攻撃の対象外という国際的ルールがある(18) 。 もっとも、対称戦争が全面戦争になると、上記の制約は弱まり、民生部門を攻撃し、結果、 非対称戦争とは比較にならないほどの多くの市民が犠牲となる。第 2 次世界戦争を見るまで もなく、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、イラン・イラク戦争などにおいては、大量の市民が犠 牲となった。 2-a 非対称脅威の対称 ─ 敵の構成物全て 非対称脅威の場合は、攻撃の対象にほとんど何ら制限がない。これには変遷があり、1960 年代以降航空機ハイジャックテロや爆破テロが続き、1970 年代には日本赤軍による空港襲撃 事件やミュンヘンオリンピックでの宿舎襲撃事件などいわゆる左翼テロがあり、大使館の占 拠ないし大使館に対する爆弾テロや石油製油所への攻撃、フェリーボート乗っ取り事件が 起った。1980 年代はいわゆるイスラムテロにおいて自爆テロが始まり、主として反米テロと して大使館や軍の各種施設が攻撃の対象となった。1990 年代に入り、観光客を狙ったテロが 多くなり「イスラム集団」によるあの忌まわしいルクソール事件(19) 、またニューヨーク貿易 センタービルやオクラホマ市庁舎爆破テロ、東京及びパリにおける地下鉄を対象としたテロ、 宗教施設での爆弾テロなど原理主義テロや社会病理現象的テロがあり、2000 年に入って、9.11 テロや最近のイラク関連のテロでは多くの市民が犠牲になっている(20) 。テロの対象は、多く は政治目的に何らかの関係があるが、政治暗殺以外の犠牲者はその政治目的には直接何の関 係もない市民が中心である。 3-s 対称脅威の手段 ─ 軍事力 対象脅威における行動の手段は、通常の軍事力である。戦闘機、戦車、軍艦、大砲、機関 銃、戦闘ヘリコプターなどの兵器と、軍組織、軍の体制である。通常の軍事力という場合、 戦時国際ルールの下、生物兵器や化学兵器は除外されるが、核兵器は除外されているわけで はない。もちろんのこと、通常の通信(専門回線及び公衆回線)やインターネットが利用さ れ、また、公共施設や民生用の施設・サービスも利用される。ただし、これらは武器という ものではない。 核兵器は通常兵器ではないと認識されている。本論において核兵器をどう取り扱うかは実 は大変難しい。新しい脅威、核兵器、核関連兵器、非対称脅威というジャンルだけで、1 つ の論文が書かれなければならない問題と思慮するが、他方で、後述するように、核弾頭ミサ イルが非国家により運用されるのも現実的ではない。従って、本論では核兵器問題には余り 深入りしない。 3-a 非対称脅威の手段その 1 ─ 軍事力以外の破壊暴力 非対称脅威における行動の手段は、非通常兵器である。軍隊の兵器としてはあまり使われ ない強力爆発物、それも大量殺戮可能なもの、生物・化学兵器、航空機やタンカー、原子力 発電所、インターネットその他何でもありで、要は、敵の社会にとってかけがえのないない 価値(人及び物)を破壊的に攻撃できるあらゆる暴力的手段がこれに該当する。 手段に手法も加えれば、近年は自爆テロが横行し、テロの抑止と防止が極めて難しくなっ ている。また、破壊の効果を上げるため、対象の位置する場が攻撃にきわめて脆弱なところ、
すなわち、航空機、船舶、鉄道、地下鉄、バス、市場、宗教施設、学校、観光スポット、レ ストランなど無防備に市民が集合する場が狙われる。一般市民と彼らが集まる場所を組み合 わせた、いわゆるソフトターゲットが狙われているのである。 非対称脅威の手段には 2 つの問題がある。1 つは、核兵器であるが、これはいわゆる通常 兵器ではないので、非対称脅威の手段と分類できる。これまでのところ、核保有国間におい ては、国家の意思が働き、恐怖の均衡(余りにも絶大な大量殺戮兵器故、使えない兵器と化 した。)が成立したが、これがテログループの手に渡れば、これまで築かれてきた核兵器管 理や核使用抑止レジームが効かなくなり、その限りで非対称の手段になると理解すべきであ る。核兵器も含めた大量破壊兵器の拡散が、新たな脅威そして非対称脅威と言われる所以で ある。この場合、大量破壊兵器の輸送手段たる弾道ミサイルも、同じ理由で、テロ集団の手 に渡れば非対称脅威の手段となる。もっとも、核弾頭とこれを運ぶ弾道ミサイルは、それら の開発技術、実際の運用、準備、施設整備全ての観点から、現在想定される非国家のグルー プが、その行動の手段とすることは難しいだろう。もちろん「ならず者国家」が関与すれば 話は別である。しかし、核関連兵器として、いわゆる「汚い爆弾」(Dirty bomb)や、現在 英国で騒ぎになっているポロニューム 210 などは、容易に個人で持ち運び大量殺戮が可能と なるものである。 もう 1 つの問題は、通常兵器である自動小銃や持ち運びのできる携帯式ロケット砲「PRG-7」などである。これらの武器は通常兵器であるが、個人で持ち運びができ、かつ、無防備 の市民を大量殺戮でき、航空機の撃墜が可能であり、これらがテロリストの手に渡れば、手 法の違いから、非対称脅威の手段に変わると言える。 3-a 非対称脅威の手段その 2 ─ 超法規的地球規模ネットワーク 上記国際的武闘主体に特徴的なこととして、国内法及び国際法を無視した地球規模のネッ トワークが、行動の重要手段となっている。illegally globalizing network とでもいうべきも ので、人、物、金、情報が国境を超えて自由に移動することにより、強力な非対称脅威が構 築されている。超法規的とは、例えば、偽名ないし改ざんパスポートによる国家間移動その 他不法入国すること、何らかの筋から得た資金を仮名によりあるいは非実体組織間で自由に 国際移動させること、闇国際市場における武器の調達を図ることなどであり、これらが、情 報革新を通じて(これは必ずしも超法規ではないが)確保された国際武闘主体間の意思疎通 ないし扇動に結びついている。特に、情報革新により、発信と受信において一定限度秘匿を 確保しながら、いつでも何処でも自由に情報交換できる地球規模の高度情報社会の実現が、 彼らの力を強くしている。ネットワークという性格は、国際テロが、統制と司令が確保され た組織的な形ではなく、自然発生的にセルが単位となって実行されているという形に、その 特徴が出ている(21) 。 なお、国際的テロに関しては、米国国務省が1983 年以降毎年、「国際テロの年次報告書」 (22) を発表している。我が国では、公安調査庁が「国際テロリズム要覧」(23) を公表している。こ れらによれば、国際テロはその内容において深刻化のトレンドを示している。 3-a 非対称脅威の手段その 3 ─ マスメディアとインターネット イラクでのテロで分るとおり、テロはそれを実行することによって社会に強力にアッピー
ルしなければならないから、テレビなどマスメディアを存分に利用する。情報提供のプロセ スにおいて、かつては情報源なり情報発信場所の秘匿に不安があったが、最近は、いつでも 何処でも自由にインターネットにより、テロ実行とアピールを社会に発信することができる。 宣伝と分っても、無実の市民が犠牲になる状況を TV の画像を見ながらいつわが身に降りか かるか分らないという社会的恐怖心を抱く中で、そのアピールが社会に浸透していくのが現 実である。 通常戦争においても、軍部はマスメディアを利用する。メディア利用には大本営発表もあ れば敵に対する心理戦もある。しかし、これらは、いつわが身に降りかかるか分らないとい う社会的恐怖心からくる強制的効果を市民にもたらすのではない。 4-s 対称脅威の目的 ─ 敵の侵略排除ないし物理的制圧 対称脅威、通常戦争における目的は、敵の侵略の防止ないし排除であり、何らかの理由で 攻撃する場合は、敵の物理的制圧である。何らかの理由というのは、自衛のための敵地攻撃 のほか、国連憲章にいう世界の平和と安定に反する国家行動に対しての武力行使、議論はあ るが、自衛のための先制的行動ないしは事実上の先制攻撃がこれにあたる。いずれにしても、 敵の侵略抑止及び排除、敵の物理的制圧が通常戦争の目的となる。 イラクに対する米国の攻撃は、いろいろな理由が考えられ、かつ、時の経過に伴いそれが 変わり、オペレーションの失敗を含め厳しい批判に晒されているが、米国による武力行使の 目的は、敵−すなわちフセインの国家統治を物理的に制圧することであったと考える。 4-a 非対称脅威の目的 ─ 敵の行為の誘導 非対称脅威の目的は、侵略の排除でもなく、敵の物理的制圧でもない。非対称脅威の実行 による社会へのアピールや、市民及び社会を恐怖に陥れることによって、敵の行為を自己の 考えに誘導しようと試みることである。この自己の考えにはいろいろあるが、統治体制の変 更や米国に代表される覇権主義への反抗、あるいはまた、宗教的対立、民族の対立、文化・ 文明の対立、南北問題などである。 3.非対称脅威への対応 全くの犯罪的な脅威と異なり、非対称脅威には、背景や、政治的その他の目的があるのが 常であるが、いずれのケースにおいてもソフトターゲットとなる市民一人一人にとっては、 ほとんどの場合何の理由も関係もなく殺傷されるわけで、そのこと自体がまさに人間の安全 保障を根本から揺るがしているといわざるを得ない。前記「国際テロの年次報告書」によれ ば、1999 年から 2003 年の 5 年間における国際テロによる死傷者は 15,301 人であり、同「国 際テロリズム要覧」では、同じ期間のテロ・ゲリラ(国内テロ・ゲリラを含む。)による死 亡者(死傷者ではない)は58,845 人の多きに上っている。ここで、非対称脅威の背景を議論 するまでもなく、また、防止能力あるなしに関係なく、我々は、近年重大な課題となってき た(24) 人間の安全保障の確保に全力を傾けなければならない。第 2 章で、非対称脅威の中身 を、要素別に、対称脅威と比較説明したが、このことにより、この脅威へなされるべき対応
が浮かび上がってくると考える。 以下の議論は、国際的な非対称脅威に焦点をあてて考察する。何故なら、国内の非対称脅 威はその延長線上で推測可能と考えるからである。 また、非対称脅威としてのテロを考える場合、その性質上、これを根絶することは不可能 と考えるが、これを如何にして極小化するか、どのようにして人間の安全保障として容認で きるレベルまで引き下げるられるか、といった視点で考えることが重要である。 (1)非対称要素への対応 まず、脅威の主体についての非対称の状況を、極力対称化することが考えられる。非対称 脅威の主体は非国家である。これに対応するために非国家でというわけにはいかないが、軍 隊と警察、これに加えて民間セクター(企業その他民間組織)や市民との連携・結合という 対応が重要である。また、市民等に関しては、市民自体が非対称脅威への対応の主体になら なければならないという課題もある。 前者についてであるが、まず、非対称脅威には軍隊だけでは対応できないし、警察だけで も対応できない時代に入ったと考える。筆者には個人的な経験がある。1994 年の地下鉄サリ ン事件の時、山梨県のオウムの拠点サチアンに警察が踏み込んだのであるが、あの時オウム は大量のマシンガンを保持している可能性ありとの情報があった。当時はまだ自衛隊の治安 出動には大変慎重であったため警察のみの対応となったが、仮にオウムが数丁でもマシンガ ンを持っていたら、拳銃と警棒で踏み込む警察官に大量の犠牲者が出たであろう。我が国で は、当時はまだ警察と自衛隊の提携・協力すらできなかったのである。非対称脅威に対して は、軍隊の警察化、警察の軍隊化という現象が出てこざるを得ないであろう(25) 。さらに、市 民との提携・結合となればいよいよ問題が難しい。しかし、今世界で起っている非対称脅威 への対応を考えるならば、その性格上、非対称脅威に対する市民等の監視、市民等からの情 報提供が必須である。もしこれを、全て国家にやらせようとすれば、まさに警察国家・ファ シズムとなってしまう。 後者の点であるが、市民や民間セクターが非対称脅威への対応の主体にならなければなら ないということは、自らの力でできるだけ自己を護る本質的な人間の安全保障である。海外 旅行の例を含め、自ら情報をできるだけ吸収し、単純なことだが危険なところには行かない、 危険には近寄らない、巻き込まれた時に瞬時に自己防衛の対応ができるかなど、自らが非対 称脅威への対応をする必要が出てきているのである。完全には護れない、しかし、自己の問 題と考える視点があらためて問われている。 以上が、主体に関する非対称の問題だが、手段に関しては、その非対称性を解消すること はできない。非対称脅威へ対応するために生物・化学兵器や核兵器ないし「汚い爆弾」を使 うわけにもいかないし、非対称脅威の主体の潜伏する場所のソフトターゲットを巨大な軍事 力で攻撃することもできない。非対称脅威の実行に対する実力的防衛ないしカウンター攻撃 は極めて難しい。銃による攻撃に対して、米国のように市民自体が保持できる銃により対抗 することは考えられるが、自殺的爆弾攻撃にはなす術(すべ)がない。 これは、非対称脅威を如何に防止するか、どれだけ抑止できるかが課題となるのである(26) 。 上記の非対称脅威の手段その 2、その 3 が、手段のみならず手法に関係しているので、これ への対抗ということで、以下(2)で考えて見たい。
(2)グローバリズムへの対応 非対称脅威の側における超法規的地球規模ネットワークの形成、マスメディアとインター ネットの利用への我々の対応について、ここでは、グローバリズムへの対応として考察した い。全体としては、非対称性に対して、カウンターリングすることであるが、これは、非対 称要素を極力圧縮すること、及び、敵以上に、あるいは少なくとも敵と同等に、こちら側で もグローバリズムを確保することしかない。 第 1 に、超法規的地球規模ネットワークの形成については、人、物、金の国境間移動につ いて、規制を導入し、チェックを強化することが第一歩である。マネーロンダリングの規制 とそのチェックの強化は、例えば米国による金融制裁が北朝鮮には強烈に効いている。人、 物のチェックは、いわゆる国境行政の厳格化しかない。米国における入国管理の厳格化、 CSI (27) に代表される海上輸送についての水際対応などがこれに当る。非対称脅威がこれだけ 大きな問題となってきた以上、グローバリズムに制約が出ても仕方がないと考える。人間の 安全保障かグローバリズムかという問いともなる。 第 2 に、情報革新をベースとした、非対称脅威グループの意思疎通の容易化に対しては、 例えばインターネット機能の自由な利用を規制することが考えられるが、これはグローバリ ズムのメリットを著しく低下させるので適当ではないと考える。とすれば、インテリジェン スの強化しかない。電話に限らず、インターネットやコンピュータ通信における情報交換内 容を、必要に応じて監視・入手する道を開く必要がある。米国における愛国法(28) は、コン ピュータ、電子メール、インターネットの検索・監視、電話などの通信傍受などを、裁判所 の許可なくしてできるようにしている。大変問題のある所であるが、これは非対称脅威への 対応と、個人情報保護ないし人権擁護のバランスの問題(29) である。米国の例が良いとは考 えないが、あの人権擁護意識の強い米国において、あのような法律の導入及び執行が受け入 れられているという事実にむしろ注目したい。また、英国では、長期間北アイルランド問題 でテロに悩まされ、ロンドンでは街角のあらゆるところに常時スウィッチオンの監視ヴィデ オカメラが作動している。英国のインテリジェンス MI5 はヒュミント(30) では米国を凌ぎ、 イスラエルのインテリジェンス、ハーモサドはテロ対策に優れている。なお、インテリジェ ンスの強化のプロセスにおいて、人権擁護を確保するシステム作りは決して不可能ではない。 第3 に、以上の点に大きく関係するが、TV などマスメディアやインターネットを利用した 宣伝活動に対しては、現行のルールを逸脱する場合はともかく、報道の自由などを制約する のは本末転倒であるから、結局は非対称性を低減させるため、非対称脅威に対抗する側も彼 らの広報のタイミングにマッチさせながら、カウンター広報を実行することが必要である。 ルール違反ありの敵に対して、ルールに従ってカウンタリングするのは大変なことではある が、工夫すれば対抗行為の効果は上げられると考える。先方に世論操作されっぱなしという 現状を変える必要がある。 第 4 に、以上の 2 点に関係するが、非対称脅威の手法において、コンピュータ、インター ネット、E – メイルがふんだんに利用されている現状を見れば、この分野に限ってのカウン ターテロ手法を開発する必要がある。すなわち、非対称脅威の側のこれらシステム、ネット ワークを、破壊するなり、潜入するなり、仕掛けをセットするなりして、非対称脅威の防止、 抑止の効果を上げることである。しかも、この行為は、ほぼ 100 %一般市民を巻き込むこと はないのである。サイバー犯罪、サイバーテロ、サイバー戦争という言葉あるが、非対称脅
威に対しては、サイバー戦争をこちらから仕掛けて、非対称脅威を無力化することも不可能 ではないと考える(31) 。 第 5 に、個人が持ち歩ける小型武器で、かつ殺傷・破壊力のあるものの取引を、国際社会 が一致団結して監視することである。多くは、ならず者国家に類する武器取引にルーズな国 において売買がなされるので、そのトレースは容易なことではないが、米・ロ・中・仏など 主要国の武器輸出も無視できない。大量破壊兵器の拡散については米国を始め本腰を入れて 取り組んでいるわけだから、現在国連で行われている小型武器取引の登録制度を、非対称脅 威へ対抗しうる効果的な監視体制に切り替えることを検討し、これを早急に確立すべきであ る。 第 6 に、非対称脅威が国境を超えたグローバルな活動であるならば、それへの対応の重要 な要素に国際協力、国際協調が欠かせない。全ての国の協力を得ることは容易なことではな いが、少なくとも、近年の非対称脅威への対応を、ユニラテラリズムの下で実行しようとし てもうまくはいかないと考える。情報交換に限らず、非対称脅威への戦略対話、共同歩調な ど、多くの国が手と手を取り合って対応するのでなければ、結局は新しい脅威に悩ませられ る事態からの脱却は、ままならない。 (3)非対称脅威の目的についての考察 目的についての非対称性を解消することはもちろんできないが、対称脅威の目的を、敵の 武力制圧のみから多様な脅威への対応に切り替え、その一部に非対称脅威を組み入れること は可能なのではないか。すでに上記で述べたことは、軍事力の目的を敵の軍事的制圧ないし 防衛力による侵略の排除から、テロや非対称脅威への対応に目的を変更することを前提とし ている。 しかしながら、非対称脅威側の目的、政治的、民族・宗教的、文化・文明的目的に対して は、これをどう評価するかということと、評価した場合の対応、すなわち非対称脅威側の主 張を受け入れて解決するべきかどうかの問題が残されている。テロにはそれなりの背景があ るから、それに対応しなければテロはなくならない、というよくある議論である。しかし、 テロの目的なり主張については、我々は正しく評価できるのであろうか、テロリストの主張 を受け入れ、その誘導に従い政策変更をすればテロはなくなるのであろうか(32) 。もちろん、 そんな単純な議論ではない。実はかかる議論を避けるために、客観的に認識される非対称脅 威を定義した上で非対称脅威への対応を考察することによって、人間の安全保障が確保でき ないか考えてきたたわけであるが、やはりこの問題は、目的の非対称性についてのここでの 議論の通り、未解決のまま残ってしまう。 ただし、非対称脅威の主体に対して、対応する側もその主体に政府のみならず市民、民間 セクターを組み込むべしとの議論を展開したところに、1 つの解決の糸口が見出される。も し、テロの側の目的なり背景について、テロにより人間の安全保障が脅かされている個々人 なり市民セクターが理解を示すのであれば、結局非対称脅威へ対応する側の主体が市民の支 持を失うこととなり、中長期的にはテロの側が勝利するのである。結局、市民の犠牲を目の 前から取り除くことはできないが、いずれ市民が審判を下す。とはいえ、アフリカで展開さ れるいわゆる大虐殺は、いずれは市民が審判を下すというレジームに委ねるにはあまりにも 非人間的であり、対応をさらに考える必要がある。
(4)我が国の課題 我が国は、非対称脅威に関しては、大変条件に恵まれた国であるといえる。四方を海に囲 まれているので、人、物の出入りのチェックは格段にしっかりと実施することが可能であり、 単一民族という言い方は正確ではないが、少なくとも多民族国家ではないので日本人社会に おいては、自然と社会的監視機能が働いている。また、日米同盟の片翼を担っているものの、 戦後の平和主義の徹底により平和主義日本のイメージは世界になお強く残っており、また、 少なくとも軍事大国でもなければ覇権国家でもなく、日本がテロの主たる標的には具体的に はなっていないと考える(33) 。また、近年そのほころびが問題視されてはいるが、他国との比 較において、治安の維持にかかる社会のシステムが安定している。 しかしながら、我が国は国際テロリストに狙われていると想定すべきである。 インテリジェンスにしても、軍・警察・市民の連携にしても、別に米国スタイルが良いな どとは全く思わないが、具体的に手を打たなければ、上記の我が国に関する有利な環境は全 く相殺されてしまう。冒頭に引用した我が国防衛大綱は、結局はテロ対策には具体的に触れ ていない。治安レベルを超えるテロは日本では誰が責任を持って、どう他対応するのか明ら かではない。我が国のソフトターゲットたる大量の無垢の市民が、非対称脅威からの攻撃に より甚大な被害を蒙るのはそう遠い将来ではないと憂える者である。 ■註 (1)「平成 17 年度以降に係る防衛計画の大綱について」安全保障会議決定、閣議決定 2004 年 12 月 10 日 (2) http://www.defenselink.mil/Advisories/Advisory.aspx?AdvisoryID = 140 この 2005 年 3 月 に発表された「国家防衛戦略」(National Defense Strategy)においては、伝統型課題、非正 規型課題、壊滅型課題、混乱型課題の 4 つを掲げているが、うち 3 つがテロ関連である。以上、 用語は「平成 18 年度 日本の防衛 防衛白書」pp.20-21 を参照。
(3) 例えば、ニューヨーク世界貿易センタービル爆破(1993 年)、オクラホマ連邦ビル爆破(1995 年)、ケニア及びタンザニア米国大使館爆破(1998 年)
(4) “Challenging the US Symmetrically and Asymmetrically: Can America be defeated?” (The 9th Strategic Conference, War College, 1998)
(5) 山崎正和「テロリズムは犯罪でしかない」(中央公論 2001 年 11 月特大号)pp.32-42 (6) ビンヤミン・ネタニャフ著 高城恭子訳「テロリズムとはこう戦え」ミルトス 1997 年 1 月 (7) 加藤朗「テロ−現代暴力論」(中公新書 2002 年)pp.32-41 (8) 山崎正和「テロは二十世紀型社会病理現象である」(中央公論 2002 年 10 月号)pp.58-65 (9) 非対称戦に注目した対応を研究したものには、長尾賢著「非対称戦における報復のルール」(政 治学論集第 17 号 学習院大学大学院政治学研究科)2004 年 pp.51-105 があるが、軍事力に着 目した報復のあり方を論じたものである。
(10)Quadrennial Defense Review
(11)前掲 “Challenging the US Symmetrically and Asymmetrically: Can America be defeated?” (12)例えば、米国 DIA 長官ヒューズ中将が 1999 年 2 月に行った演説
(13)例えば、Kenneth F. McKensie. Jr. “The Revenge of the Melians: Asymmetric Threats and the Next QDR”(Institute for National Strategic Studies National Defense University 2000) (14)9.11 をも踏まえた米国におけるテロの研究レポートとしては、次のようなものがある。
Brian Michael Jenkins “Unconquerable Nation–Knowing Our Enemy, Strengthening Ourselves” RAND Corporation 2006 June
(15)「新しい国際秩序の形成と日本の役割りに関する政策提言」(日本戦略研究フォーラム、2003 年 1 月)pp.26-34 (16)同上 pp.36-46 (17)孫子の兵法の五「勢篇」に、「凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。故に善く奇を出だす 者は、窮まり無きこと天地の如く、竭きざること江河の如し。」とある。 (18)武力紛争中のルールを規定する多くの国際慣習法や条約がある。例えば 1977 年の「ジュネーブ 条約に追加される国際的武力紛争の犠牲者の保護に関する議定書(議定書Ⅰ)」によれば、攻撃 の対象を敵国の戦闘員及び軍事目標とし、降伏者、一般の文民、住民の生活に必要な各種施設、 病院、歴史的建造物、礼拝所、自然環境、原子力発電所などは攻撃してはならないとしている。 (19)藤原和彦「イスラム過激原理主義」(中公新書 2001 年)pp.1-34 (20)前掲「テロ−現代暴力論」pp.209-218 及び第 1 章から第 5 章、加藤朗「「ホッブスの呪縛」に躓 いた米国」(中央公論 2001 年 11 月特大号)pp.57-58 (21)「国際社会におけるテロの現状と今後の展望についての調査」(財団法人平和・安全保障研究所 2005 年 5 月)p.6、pp.21-24
(22)U.S. Department of State “Patterns of Global Terrorism ─ 2003”
(23)http://www.moj.go.jp/KOUAN/PRESS/060425.html「国際テロリズム要覧 2006」(公安調 査庁) (24)山本吉宣「安全保障概念と伝統的安全保障の再検討」(国際安全保障 第 30 巻 第 1-2 号 2002 年 9 月)pp.13-18 (25)同上 pp.28-29 (26)前掲「非対称戦における報復のルール」においては、軍事力による報復の手法、抑止やエスカ レート防止のための条件を示している。
(27)Computer Security Initiative (28)U.A.S. Patriot Act 2002 年
(29)前掲「テロリズムとはこう戦え」pp.44-78
(30)HUMINT human intelligence 人間に接触して情報を得ること
(31)“CyberCrime, CyberTerrorism, CyberWarfare” CSIS Task Force Report USA 1998、「サイバー 犯罪、サイバーテロリズム、サイバー戦争」秋山昌廣訳(財)ディフェンスリサーチセンター 2000 年 4 月、及びジェイムス・アダムス著 伊佐木圭訳「21 世紀の戦争」日本経済新聞社 1999 年 8 月 (32)前掲「テロリズムとはこう戦え」pp.35-38 (33)もっとも、国際テロのアジトの捜索を通じ、テロ集団が日本を標的にしているとの証拠があがっ ていると言われている。