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ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著 : 『ドイツ伝説集』(1853)試訳(その十四)

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(1)

1. ル ー ト ヴ ィ ヒ ・ ベ ヒ シ ュ タ イ ン 編 著『ド イ ツ 伝 説 集』 (一 八 五 三) (略 称 を D S B と す る) の 訳・ 注 で あ る 本 稿 の 底 本 に は 次 の 版 を eu tsc he s S ag en bu ch vo n L ud w ig B ec hs tei n. M it se ch ze hn H olz sc hn itt en na ch Ze ich nu ng en vo n A . E hr ha rd t. Le ip zig , V er lag vo n eo rg W ig an d. 1853.; R ep rin t. N ab u P re ss . 2. DSB所載伝説の番号・邦訳題名・原題は分載試訳それぞれの冒頭に記す。 3.ヤーコプとヴィルヘルムのグリム兄弟編著『ドイツ伝説集』 (略称を DSとする)を参照した場合、次の版を使用。 eu tsch e Sa ge n he ra us ge ge be n vo n B rü de rn G rim m . Z w ei B än de in ein em B an d. M ün ch en , W in kle r V er lag . 1981. V olls tä nd ig e us ga be , n ac h d em T ex t d er d rit te n A ufl ag e v on 1891. なお稀にではあるが、DSの英語訳である次の版(略称をGLとする)も参照した。 e G er m an L eg en ds of th e B ro th er s G rim m . V ol.1/2. E dit ed an d tra ns lat ed by D on ald W ar d. In stit ute for th e Stu dy of H um an

『ドイツ伝説集』

(一八五三)

試訳

(その十四)

 

  

滿

 

訳・注

(2)

Iss ue s. P hil ad elp hia , 1981. 4. D S B 所 載 伝 説 と D S 所 載 伝 説 の 対 応 関 係 に つ い て は、 分 載 試 訳 冒 頭 に 記 す D S B の 番 号・ 邦 訳 題 名・ 原 題 の 下 に、 ほ ぼ 該 当 す る D S の 番 号・ 原 題 を 記 す。 た だ し、 D S B 所 載 記 事 の 僅 か な 部 分 が D S 所 載 伝 説 に 該 当 す る 場 合 は こ こ に は 記 さ ず、 本 文 に 注 番 号 を 附 し、 「DS***に詳しい」と注記するに留める。 5. 地 名、 人 名 の 注 は 文 脈 理 解 を 目 的 と し て 記 し た。 史 実 の 地 名、 人 名 と の 食 い 違 い が 散 見 さ れ る が、 こ れ ら に つ い て は 殊 更 言 及 し な いことを基本とする。ただし、注でこれが明白になる分はいたしかたない。 6. 語 ら れ て い る 事 項 を、 日 本 に 生 き る 現 代 人 が 理 解 す る 一 助 と な る か も 知 れ な い、 と、 訳 者 が 判 断 し た 場 合 に は、 些 細 に 亘 り 過 ぎ る 弊 が あ ろ う と も、 あ え て 注 に 記 し た。 こ う し た 注 記 に お け る 訳 者 の 誤 謬 へ の ご 指 摘、 お よ び、 こ の こ と に つ い て も 注 記 が 必 要、 と い っ たご高教を賜ることができれば、まことに幸いである。 7. 伝説タイトルのドイツ語綴りは原文のまま。 8.本文および注における〔     〕内は訳者の補足である。 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その一)     一──    六〇 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十四巻第一 ・ 二号 一一七〜二三五ページ、平成二十四年十一月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その二)    六一──    九〇 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十四巻第三号 四六三〜五三〇ページ、平成二十五年二月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その三)    九一──   一三四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十四巻第四号 七五〜一七六ページ、平成二十五年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その四)   一三五──   一八四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十五巻第一 ・ 二号 一五七〜二八五ページ、平成二十五十一月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その五)   一八五──   二二五 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十五巻第三 ・ 四号 九五〜一八〇ページ、平成二十六年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その六)   二二六──   二八八 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第一号 二〇九〜三三〇ページ、平成二十六年十月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その七)   二八九──   三三九 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第二号

(3)

一五一〜二四六ページ、平成二十六年十二月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その八)   三四〇──   三九四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第三 ・ 四号   一〜九八ページ、平成二十七年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その九)   三九五──   四四四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第三 ・ 四号 九九〜一九六ページ、平成二十七年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その十)   四四五──   四八四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十七巻第一号 八三〜一七八ページ、平成二十七年十二月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その十一)四八五──   五四四   所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十七巻第二号 五五〜一五六ページ、平成二十八年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その十二)五四五──   六〇九   所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十七巻第三 ・ 四号 一〜一〇九ページ、平成二十八年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その十三)六一〇──   六五九   所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十八巻第一号 二九〜一二九ページ、平成二十八年十一月 *本分載試訳(その十四)の伝説 六六〇 子どもの予言

Des Kindes Weissagung.

六六一 戻って来る自殺者 Rückkehrender Selbstmörder. 六六二 赤 デア・ローテ・・ロイ い 獅 子

Der rothe Leu.

   

*DS99. Die Fundgrübner.

六六三

クッテンベルクの三鉱夫

Die drei Bergleute im Kuttenberg.

   

*DS1. Die drei Bergleute im

Kuttenberg.

六六四

山の王

Der König im Berge.

   

*DS25. Der verzauberte König zu Schildheiß.

六六五 溺死者たちの魂 Die Seelen der Ertrunkenen.     *DS52. Der Wassermann und der Bauer. / *DS53.

(4)

Der Wassermann an der Fischerbank. 六六六   ヘルフェンシュタイン城の 葡 ワ イ ン 萄酒 樽 だ る

Das Weinfaß im Helfenstein.

    *DS107. Der Helfenstein. 六六七   石の 新 に い ど こ 床

Das steinerne Brautbette.

   

*DS230. Das steinerne Brautbett.

六六八 悪 トイフェルスラッヘン 魔 の 腭 Der Teufelsrachen. 六六九   金貨 鼠 ねずみ Die Goldmaus.    

*DS333. Der Krämer und die Maus.

六七〇

 

チェヒとレヒ兄弟

Die Brüder Czech und Lech.

六七一

 

クロクとその娘たち

Krok und seine Töchter.

六七二   リブッサ Libussa. 六七三   鉄の 卓 テ ー ブ ル 子

Der eiserne Tisch.

六七四   プラガ Praga. 六七五   リブッサの 沐 も く よ く じ ょ う 浴場 Libussa’s Bad. 六七六   リブッサの寝台 Libussa’s Bette. 六七七   ヴィシェラトの悪魔の柱

Die Teufelssäule auf dem Wischerad.

六七八

 

ドラホミーラの柱

Die Säule der Drahomira.

六七九

 

プラーク橋とその象徴

Die Prager Brücke und ihre Wahrzeichen.

六八〇   ボヘミアのアダム派 Adamiten in Böhmen. 六八一   犬の洗礼 Hundetaufe. 六八二   臭い爆弾 Stinkende Bomben.

(5)

六八三

 

聖なる土

Die heilige Erde.

六八四

 

ザールの修道士たち

Die Mönche von Saar.

六八五

 

ブーデチュの黒魔術学校

Die schwarze Schule zu Budecz.

六八六

 

ザーツに迫る亡霊の軍勢

Geisterheer vor Saaz.

六八七   ズアターボル山の 異 ハ イ デ ン グ ラ ー プ 教徒の墓

Das Heidengrab auf dem Suatabor.

六八八   麵 パ ン 麭 の靴と 小 ゼ ン メ ル 型丸白麵麭 の靴 Brotschuhe und Semmelschuhe.     *DS238. Die Brotschuhe. / *DS236. Die Semmelschuhe. 六八九   呪われた 城 ブルクグラーフ 伯

Der verwünschte Burggraf.

六九〇   郷 ユ ン カ ー 士 ルートヴィヒ Junker Ludwig.    

*DS286. Der verrückte Grenzstein.

六九一   ハンス・ハイリングの 巖 い わ Hans Heilings-Felsen.    

*DS329. Hans Heilings Felsen.

六九二   ツァイテルモースの森 Wald Zeitelmoos.     *DS46. Zeitelmoos. 六九三   ブッツェンロイトの夜の猟師

Der Nachtjäger im Butzenreut.

六九四   ナイラ村近くの 小 ツヴェルク 人 の 洞 ど う く つ 窟

Zwergenhöhle bei Naila.

   

*DS34. Zwerge leihen Brot.

六九五   主 ヘ ア ゴ ッ ト シ ュ タ イ ン なる神の巖 Der Herrgottstein. 六九六   フィヒテル 山 ベルク とフィヒテル 湖 ゼ ー

Fichtelberg und Fichtelsee.

六九七

 

ルーフス

城 ブルク

の財宝

Schätze der Luchsburg.

六九八   牡 オ ク セ ン コ プ フ 牛の頭 山 さ ん ろ く 麓 の亡霊教会 Geisterkirche am Ochsenkopf. 六九九   ルードルフシュタイン城の地獄

(6)

七〇〇   ヴァルトシュタイン城の 煉 れ ん が 瓦

Der Ziegel vom Waldstein.

七〇一

 

ヴァイスドルフの

鑢 やすり

目立て職人

Der Feilenhauer von Weißdorf.

七〇二   キ ビ ン メ ル グ レ ッ ク ヒ ェ ン ンコン小鐘 Das Bimmelglöckchen. 七〇三   いなくなった子ども

Das verlorene Kind.

七〇四 静 ディ・ シ ュティレ・ヴィーゼ か な 草 原

Die stille Wiese.

七〇五   異 ハ イ デ ン シ ュ タ ッ ト 教の町 とヴィーテの 洞 ど う く つ 窟

Heidenstadt und Wihte-Höhle.

七〇六   エッペラ・ガイラ Eppela Geila.     *DS130. Eppela Gaila. 七〇七   フランケンタールの見霊者

Der Seher im Frankenthal.

七〇八   ポーディカ姫 Fräulein Podika. 七〇九   羊飼いの綱

(7)

六六〇   子どもの予言 アイファース 村 ドルフ のその名も高き 科 リ ン デ の木 の樹上に住んでいた 巫 シ ビ ュ ラ 女 がトルコ軍について予言したように、一二五四年 の こ と (1 ( 、 ポ ー ラ ン ド の 国 は ク ラ カ ウ (2 ( な る 生 後 半 年 の 子 ど も に こ ん な こ と が 起 こ っ た。 こ の 子 が 口 を 利 き 始 め、 タ タール人(モンゴル人)の襲来を予言したので、だれもが 驚 きょうがく 愕 し、 訝 いぶか しんだ。そして子どもの予言は恐ろしくも的 中、タタール人はこの国に侵入し、剣と火をもって荒廃させ、リーゼンゲビル ゲ (3 ( の 麓 ふもと 、シレジア、ボヘミアにまで 迫った。ブレスラウ──彼らはこの都市をも焼き払った──ではチェスラウ聖 者 (4 ( の祈りに応じ天から火がモンゴル 人 ど も の 陣 営 に 下 っ た の で、 彼 ら は 撤 退 し た。 ヴ ァ ー ル シ ュ タ ッ ト (5 ( 近 郊 で タ タ ー ル 軍 と 血 み ど ろ の 会 戦 が 行 わ れ、 三千のキリスト教徒兵が戦場に 斃 た お れ、切り取られたキリスト教徒の耳──戦死者一人につき一個──が九つの袋一 杯になった。無数の捕虜が連れ去られ、その中には二万一千もの乙女がいた。子どもは、自分自身残虐なタタール 兵に首を 刎 は ねられるだろう、と予言したが、これもその通りになった。 六六一   戻って来る自殺者 シレジアの人に知られたある都市でのこと。グルゲルという靴匠が自ら 喉 の ど を切って死んだ。死者の 寡 か ふ 婦 とその姉 妹たちは仰天し、汚名を避けるためこの自 殺 (6 ( を秘し隠し、証拠を見せまいと 遺 い が い 骸 を 屍 し い 衣 でしっかり包み、かつては 律儀で非の打ち所がなかった男の死に方が外へ洩れないようにした。立派な葬儀が厳かに執り行われ、大勢の人が

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心を 籠 こ めて死者を悼んだ。けれども六週間後、靴匠の死に方はまともではなかっただけではなく、その姿が今も目 撃される、という 噂 うわさ が町に流れた。これは本当のことだった。男は白昼にも夜にも出没し、眠っている人たちに覆 い 被 か ぶ さった。──つまり 吸 ヴ ァ ン ピ ー ア 血鬼 に (7 ( なってしまったのだ。ために大恐慌が起こり、独りで寝る者はもはやいなくなっ た。 皆 だ れ か 伴 は ん り ょ 侶 を 選 ん で 一 緒 に 臥 ふ せ っ た が、 こ れ と て い つ も 役 立 っ た わ け で は な い。 亡 霊 の 災 禍 は 七 箇 月 目 に 入っても続いた。靴匠が死んだのは一五九一年九月二十日だったが、一五九二年四月十八日、市参事会は夜の十一 時にその墓を開かせた。靴匠の 屍 し が い 骸 はまだ生生しく、その 頸 く び の傷口から出血していた。屍骸は六日間に 亘 わ た って 晒 さ ら し 者にされ、寡婦とその姉妹たちには厳しい審問が行われた。それから市参事会は、屍骸は埋葬し直し、その場所は 汚辱の地とする、との命令を出した。これは実行されたが、何の効果もなかった。 吸 ヴ ァ ン ピ ー ア 血鬼 は再三再四戻って来たか らである。そこでまたしても墓が掘り返され、屍骸は完全に焼却され、遺灰は川に 撒 ま き散らされた。 吸 ヴ ァ ン ピ ー ア 血鬼 はこの 処置がお気に召さなかったに違いない。なにしろ以来戻って来ることはなかったので。 六六二   赤 デ ア ・ ロ ー テ ・ ロ イ い獅子 グ ラ ー ツ と シ ュ ヴ ァ イ ド ニ ッ ツ の 間 に 鉱 脈 に 富 ん だ 梟 オイレン 山 ゲ ビ ル ゲ 地 が (8 ( 突 と っ こ つ 兀 と し て 連 な っ て い る。 ボ ヘ ミ ア 側 の あ る 採 鉱 場で一人の鉱夫が働いており、 赤 デ ア ・ ロ ー テ ・ ロ イ い獅子 と (9 ( 呼ばれていた。この男はかねてから独立の採掘権認可を受けており、自 前で仕事をしていた。しかし最初の内はまるきり運に恵まれなかった。なにせありったけの財産を探鉱で 摩 す ってし まい、最後には妻の持参金もそっくり注ぎ込み、彼女は 面 ヴ ェ ー ル 紗 すら売らねばならない始末だった。ところがある日の こと、坑内の夫に弁当を届けに来た妻は大きな 露 クナウアー 頭 (露出した 巖 が ん か い 塊 )にしたたかに 踵 かかと をぶつけ、血の出る怪我をし

(9)

た。そこで夫が道具を手に取り、こいつを掘り取ろうとしたところ、うわあ、露頭がピカピカ 燦 き ら めいた。純金だっ たのである。間もなく妻は血だらけの踵のお 蔭 か げ で極上の 面 ヴ ェ ー ル 紗 を手に入れたし、失くした物を何千倍にもして取り戻 した。そこで彼女は 傲 ご う ま ん 慢 不 ふ そ ん 遜 にも「 主 し ゅ なる神様だって、あたしをまた貧乏にすることはおできにならないわ」と放 言 す る に 至 っ た。 赤 デ ア ・ ロ ー テ ・ ロ イ い 獅 子 は 大 層 畏 敬 さ れ る 男 に な り、 広 く そ の 名 を 知 ら れ 喧 伝 さ れ た。 ボ ヘ ミ ア 王 ヴ ェ ン ツ エ ル ((1 ( の 臨 御 を 仰 い だ こ と も あ る。 そ の 際 王 は 忝 かたじけ な く も 赤 デ ア ・ ロ ー テ ・ ロ イ い 獅 子 か ら 丸 丸 一 噸 ト ン も の 黄 金 を ご 嘉 か の う 納 あ そ ば さ れ た。 ま た 赤 デ ア ・ ロ ー テ ・ ロ イ い獅子 はヴェンツエルの父君である皇帝カール四 世 ((( ( に騎兵百騎分に当たる完全装備の 馬 ば ひ つ 匹 と 甲 かっちゅう 冑 を献上したこと もある。自分と妻は 絢 け ん ら ん 爛 豪華な装いを凝らし、その邸宅は快適を極め、邸内のどこもかしこも金・銀・絹で光り輝 いていた。当時錬金術がまた復活してせっせと行われ始めていたが、錬金術師たちは彼らが作り出そうと努めてい る神秘的な純金を、この成功した富裕な黄金発見者を 讃 た た えて、 赤 デ ア ・ ロ ー テ ・ ロ イ い獅子 と呼んだのである。しかし高慢・虚栄に加 う る に、 妻 の 道 理 に 外 れ た 思 い 上 が り と 瀆 と く し ん 神 の せ い で、 さ し も の 赤 い〔= 華 や か な〕 栄 光 も 急 速 に 終 しゅうえん 焉 を 迎 え た。 金鉱脈が突然尽きた上、貯えは何もなかったので、とどのつまり妻の 面 ヴ ェ ー ル 紗 はまたもや飛び去り、 赤 デ ア ・ ロ ー テ ・ ロ イ い獅子 は物乞い をするほど落ちぶれ、妻ともどもひどく惨めな死に方をした。物乞いをするほど落ちぶれるというのは、 赤 デ ア ・ ロ ー テ ・ ロ イ い獅子 〔=黄金〕が出現しますように、と不毛の望みに身を 窶 や つ した 夥 おびただ しい錬金術師たちに降り掛かった運命でもあった。 六六三   クッテンベルクの三鉱夫 ボヘミアの 邦 く に に ((1 ( まことに名高い採鉱場がある。これはクッテン 山 ベルク 山 ((1 ( 中に存在。ここでその昔こんなことが起こっ た。 三 人 の 鉱 夫 が 毎 年 同 じ 坑 道 で 一 緒 に 働 き、 生 計 を 立 て て い た。 毎 日 入 坑 す る 時 持 っ て 行 く の は 祈 き と う 禱 書 が 一 冊、

(10)

坑 内 灯 に 使 う 一 日 分 の 油、 そ れ か ら こ れ ま た 一 日 分 だ け の 食 糧 で、 連 れ 立 っ て 坑 道 に 入 り、 切 き り は 羽 に 行 く の だ っ た。 あ る 日 突 然 坑 道 が 埋 ま っ た。 鉱 夫 た ち は 神 様 に 身 を お 任 せ し て〔= も は や な す す べ も な く〕 、 こ れ で 死 ぬ の だ と 思った。なにしろ油も食糧もたった一日分しかなかったからだ。けれども三人が一緒に唱えたお祈りはずっとずっ と効き目があり、灯油は尽きることなく、食糧も無くならなかった。彼らは山の胎内で祈り続け、働き続け、何年 も何年も経って行くのが分からなかった。七年が過ぎ去ったが、普通の一週間ほどとも思えなかった。ただ 髭 ひ げ と髪 がひどく伸びたので、 刻 と き がどんどん流れていることには気付いた。家に残された妻たちは夫が三人ながら山の中に 埋 ま っ て し ま っ た こ と を 知 り、 そ の う ち と う と う、 求 婚 さ れ た ら ま た だ れ か に 連 れ 添 お う と 考 え る よ う に な っ た。 ある時三人の鉱夫は、どうしても 縦 た て あ な 坑 から光の射すところへ出たい、と 焦 じ れ始めた。穴蔵の植物が渇望に 蒼 あ お ざ 褪 めた 蔓 つ る を光のある場所まで高く 這 は い上がらせ、緑になり 果 お お せたがるように。三人の一人が溜息をついて心の底から言っ た。 「ああ、もう一度、もう一度だけ、日の光を楽しみてえなあ。そうしたらまあ死んでもええ」 。二人目がしみじ み 言 っ た。 「あ あ、 も う 一 度 可 愛 い 女 房 と 一 緒 に 飯 を 喰 く い て え。 も う 一 度 だ け 坑 あ な か ら 出 て 楽 し み て え。 そ う し た ら まあ死んでもええ」 。三人目が嘆息した。 「ああ、一年だけでも坑の外に出て女房の傍でのんびり暮らしてえ。そう し て 絶 対 坑 内 に ゃ あ 下 り ね え ん だ。 そ う で き さ え し た ら、 娑 し ゃ ば 婆 よ、 お さ ら ば だ、 っ て 言 っ て や る の に よ う」 。 こ う 彼らが願うと、山が真っ二つになるかのような恐ろしい音がして裂け目ができ、できた裂け目から青天の輝きが深 い坑の底まで射し込んだ。そこで三人はそこまで 攀 よ じ登り、一番目の男が裂け目から暖かな陽光の 許 も と へ這い出して うっとりと深呼吸し、温かい 陽 ひ ざ 射 しを浴び、嬉しがって叫んだ。 「ああ、日の光、神様の光」 。──そしてがっくり くずおれて死んだ。他の二人も裂け目から這い出し、住んでいた村へと歩いて行き、妻を探した。妻たちは彼らが だれだか分からなかった。なにしろ二人ともまるで 森 ヴァルト シ ュラート の精 みたい〔に髭も髪ももじゃもじゃ〕だったから。で、寄

(11)

せ つ け よ う と し な か っ た が、 男 た ち は、 剃 か み そ り 刀 と 石 せ っ け ん 鹸 を く れ、 と 言 い、 髭 を 剃 そ り 髪 を 梳 くしけず っ て か ら 妻 た ち の 前 に 現 れ た。今度は二人とも体を洗い、髪に 櫛 く し を入れてあったので、妻たちは夫と再会できたのを喜んだ。二番目の男の 妻 ((1 ( はすぐに腕を振るってご馳走を作り、夫婦差し向かいで食べたり飲んだりして楽しんだ。食後夫が夕べの祈りを捧 げ、飲み物・食べ物をお恵みくださったことを神様に感謝すると、がっくりくずおれて死んだ。けれども三番目の 男はなお丸一年この世の暮らしを楽しめたし、もはや縦坑に下りることはなかった。この鉱夫がクッテンベルクか ら 生 還 し て 丁 度 一 年 が 過 ぎ る と、 彼 は 妻 を 抱 き 締 め て 言 っ た。 「達 者 で な。 天 国 で ま た 逢 お う」 。「あ あ、 あ た し も 連れてって」と妻は応え、二人が愛の切なさに 悶 も だ え、 信 ま こ と 実 を 籠 こ めて 縋 す が り合っていると、 永 と わ 遠 の眠りが二人を抱擁し た。── ク ッ テ ン ベ ル ク に は 小 人 た ち も い る。 ボ ヘ ミ ア 人 は 家 ハ ウ ス ・ シ ュ ミ ー ト ラ イ ン の 鍛 冶 屋 小 人 と 呼 ん で い る。 小 人 た ち は 掘 っ た り、 鎚 つ ち を振るったり、鍛えたり、叩いたりする。しげしげ鉱夫らをおちょくり、ろくでなしや 罵 ば り 詈 雑 ぞ う ご ん 言 を吐く 輩 やから を 懲 こ ら しめる。 六六四   山の王 ドイツ・ボヘミア 山 ゲ ビ ル ゲ 地 中 ((1 ( にかつて古城シルトハイスがあった。これが改築・改装されることになった折、壁工と 人夫たちは城の基部に通路と穴蔵が数多くあるのを発見したそうな。その一つで 象 ぞ う げ 牙 の 肘 ひ じ 掛け 椅 い す 子 に王が腰を下ろ して眠り、その傍らに姫が身じろぎもせずに立ち、王の 頭 こうべ を支えていた。人夫たちが好奇心に 駈 か られ、この幻影に もっと近づくと、姫は不意に蛇に変身、激しい 焰 ほのお と煙を吐いたので、彼らはたじたじと後ずさった。このことを注 進 さ れ た 城 主 は 自 身 穴 蔵 に 降 り て 行 き、 姫 が 悲 痛 な 溜 息 を つ く の を 聞 い た。 城 主 は 扉 を 開 い て 中 に 足 を 踏 み 入 れ

(12)

たが、焰と煙は彼にも噴き付けられた。しかし愛犬が勇敢に突っ 走 ぱ し って行ったし、城主も愛犬に 後 お く れを取りたくは な か っ た。 〔煙 が 薄 ら ぎ〕 姫 の 姿 が 目 に 入 る と、 犬 は 怪 我 も せ ず そ の 腕 に 抱 か れ て い た。 し か し 壁 に は 焰 に 包 ま れ 灼 しゃくねつ 熱 の光を放つ火の文字で、身を滅ぼすことなかれ、と警告が記された札が掛かっていた。それに 頓 とんちゃく 着 せず若き騎 士が更に進むと、焰に取り巻かれ、焰に呑み尽くされた。 六六五   溺死者たちの魂 ボ ヘ ミ ア の 邦 く に の あ る 湖 に 緑 色 の 帽 子 を 被 か ぶ っ て い る 男 ヴ ァ ッ サ ー マ ン の 水 の 精 が 棲 す ん で い た。 唇 を 閉 め る こ と が で き な か っ た の で、精を見た者は緑色の歯を 剝 む き出しているのも分かった。それ以外は人間と全く区別が付かなかった。精は湖畔 に 坐 す わ って緑色の 布 リ ボ ン 紐 を際限もなく水の中から引っ張り出してこれを測っているのをしばしば娘たちに見られた。充 分測ると精はその 布 リ ボ ン 紐 を娘たちに投げてよこした。この 男 ヴ ァ ッ サ ー マ ン の水の精 は湖畔に住んでいるある農夫と 昵 じ っ こ ん 懇 になり、よ くその家にやって来たし、湖底の自分の 棲 す み か 処 にお客に来るよう農夫を招きもした。農夫が訪ねてみると、湖底の家 はとてつもなく素晴らしく、財宝がたくさんあった。最後に小さな一部屋に入ると、新しい 壺 つ ぼ が 夥 おびただ しく並んでいた が、 全 部 逆 さ ま に な っ て い た。 「こ り ゃ 一 体 何 す る も ん だ ね」 と 農 夫 が 訊 き く と、 水 の 精 が 答 え て い わ く「話 し て や ろう。毎年わしは人間を一人湖に引きずり込む。するとその魂はわしのものになる。で、わしはそれを壺に封じて し ま っ と く。 ど ん な 男 に も こ の 世 の 楽 し み 事 が あ る。 男 ヴ ァ ッ サ ー マ ン の 水 の 精 だ っ て 同 じ こ っ た。 こ れ が 今 わ し の 道 楽 だ て」 。 農夫は、こんな楽しみはけしからん、と思い、腹が立って 堪 た ま らず、気が気でならなかった。一方彼は湖中への行き 方によく目を配っていた。径路はとある井戸小屋を通るものだった。ある日の昼食時あの修道 士 ((1 ( 〔=水の精〕が湖

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畔に坐って 布 リ ボ ン 紐 を測り、それを娘たちに投げ与えているのを見掛けた農夫は、急いでこっそり水の精の 棲 す み か 処 に忍び 込み、壺を 悉 ことごと く引っ繰り返した。うわあ、もう大喜び、水の精の 蒐 しゅうしゅう 集 から解放された魂たちは天国へふわふわ昇っ て行き、救済された。水の精の方はこんな仕打ちを受けてかんかん──なにしろだれだって 玩 お も ち ゃ 具 を取り上げられて 平気ではいられないものね──になり、こっぴどい仕返しをしてやるぞ、と農夫を脅かした。ところで水の精は自 分 が 食 べ る 肉 を── 英 国 人 や 米 国 人 の よ う に── 自 身 町 の 肉 屋 に 買 い に 行 く 習 慣 だ っ た。 代 価 は 古 貨 幣 の ボ ヘ ミ ア・グロッシェン銀貨 で ((1 ( 払った。これには穴が開けられていた。取りも直さず、精が湖中に 誘 お び き入れた娘たちが 頸 く び の 飾 り 紐 ひ も に 通 し て い た 銀 貨 だ っ た の で あ る。 そ こ で 精 が 次 ぎ に 店 に 来 た 時、 肉 屋 は、 う っ か り し た よ う に 装 っ て、 穴 あ き 銀 貨 を 数 え て い る 精 の 親 指 に 鋭 い 庖 ほうちょう 丁 で 切 り つ け た。 水 の 精 は 蛙 かえる の 卵 み た い な 血 を 流 し、 怒 っ て い な く な り、二度と現れなかった。お 蔭 か げ で農夫は 復 ふくしゅう 讐 を免れた。 六六六   ヘルフェンシュタイン城の 葡 ワ イ ン 萄酒 樽 だ る リーゼンゲビルゲのボヘミア側 山 さ ん ろ く 麓 に小都市トラウテナ ウ ((1 ( があるが、ここからちょっと、さよう、一 哩 マイル ほど入っ た と こ ろ に 高 い 巖 い わ や ま 山 が あ り、 そ の 頂 き に 昔 ヘ ル フ ェ ン シ ュ タ イ ン と 呼 ば れ る 城 が 建 っ て い た。 も っ と も 今 は 後 あ と 白 し ら な み 波 、 テ ュ ー リ ン ゲ ン の 歌 ジ ン ガ ー ベ ル ク 人 の 山 (D S B 五 一 四) そ の 他 夥 おびただ し い 城 や か た 館 ・ 城 塞 同 様、 人 畜 も ろ と も 山 の 胎 内 に 湮 い ん め つ 滅 している。けれども伝説の方は湮滅することなく生き長らえている。ヘルフェンシュタイン城の住人たちはいつも 大層 喉 の ど を渇かしていたばかりでなく大層 葡 ワ イ ン 萄酒 を蓄えていた。この 葡 ワ イ ン 萄酒 も同じく山の底に沈んでしまったという ことで、これはなんとも 遺 い か ん 憾 である。さて一六一四年のこと、シュネーコッペ山麓のすぐ近くを水源とするアウパ

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川 バッハ 河 畔 に あ る マ ル シ ェ ン 村 ドルフ に 一 人 の 娘 が い て、 こ の 荒 こうりょう 寥 と し た 峡 谷 で 家 畜 の 番 を し て お り、 ヘ ル フ ェ ン シ ュ タ イ ン 城 の 傍 に 来 た。 そ し て 一 緒 に い た 三 人 の 子 ど も た ち に 向 か っ て「お い で、 ち ゃ ん と ヘ ル フ ェ ン シ ュ タ イ ン ま で 登 っ て み よ う よ。 も し か す っ と 巖 が 開 い て て、 あ す こ に あ る っ て い う 大 お っ き な お 酒 の 樽 た る が 拝 め っ か も よ」 と 言 っ た。そうしたら本当に巖が口を開けていたので、彼らは中に足を踏み入れ、控えの間みたいなところを抜け、廊下 を 通 っ て 大 広 間 に 入 っ た。 そ こ に 十 桶 アイマー 入 ((1 ( り の 大 樽 が 鎮 座 し て い た。 樽 板 も 箍 た が も あ ま り 残 っ て い な か っ た が、 指 の 太さほどの 酒 し ゅ せ き 石 の (11 ( 膜が樽を覆い、中身は洩れずにいた。この膜に手を触れるたびに、膜はへこんで軟殻卵のように ぶるぶる震えた。音楽や楽しそうなさんざめきが聞こえて来る脇の部屋から、なんとまあ、古風ながら装いを凝ら し た 一 人 の 殿 が 歩 み 出 た。 殿 は 赤 い 羽 根 飾 り を 付 け た 帽 子 を 被 か ぶ り、 錫 す ず 製 の 大 杯 を 手 に し、 樽 か ら 葡 ワ イ ン 萄 酒 を 注 つ い だ。 そ し て、 「そ な た た ち、 中 へ 入 れ。 中 で は お も し ろ く や っ て お る ぞ」 と 言 っ た。 し か し 娘 と 子 ど も ら は し り ご み し た。酒杯から 葡 ワ イ ン 萄酒 を飲むよう勧められもしたが、これも断った。すると殿いわく「ここでわしを待っておれ。小 さ な 杯 を 持 っ て 来 て や る」 。 殿 が 別 室 に 姿 を 消 し た 途 端、 娘 は「子 ど も た ち、 走 り な。 急 い で 外 へ 出 る ん だ よ う。 この山の中の衆は皆 極 ご く ど う も の 道者 で呪われてるっていうから」と言った。──そこで一同は慌てて外へ出た。背後で 轟 ご う ぜ ん 然 と音がして幾つもの扉がばたあんと閉まった。それから 凄 す さ まじい騒ぎが起こった。──一時間ほどして皆が恐怖か ら 回 復 す る と、 娘 は ま た 気 が 強 く な り、 「一 体 ど う し た ん だ か さ、 あ の 凄 す ご い 音 は な ん だ っ た ん か、 巌 が 崩 れ た ん か どうか、見て来よう」と言い、子どもたちを、もう一度山に登ろう、と説き伏せた。けれどもどうしても入口は見 当たらず、巌はどこもかしこも閉じたままだった。

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六六七   石の 新 に い ど こ 床 リーゼンゲビルゲの別の山の上 に (1( ( これまた城が建っていた。城には騎士の 寡 か ふ 婦 が一人娘とともに住んでいた。娘 は 近 隣 の あ る 若 い 騎 士── ヘ ル フ ェ ン シ ュ タ イ ン 一 族 だ っ た か も 知 れ な い── を 愛 し て い た。 け れ ど も こ の 青 年 は、 「娘欲しけりゃ、その母親に取り入らなくてはなりませ ぬ (11 ( 」、という 諺 ことわざ の教えに従うのをなおざりにした。そこ で娘の母親も青年が気に 喰 く わず、わたしが生きている限りあんな男を絶対 婿 む こ にしない、と誓った。娘の方は若い騎 士に激しく恋い焦がれていたので、 許 いいなずけ 婚 となり、お母様が目を 瞑 つ む りしだいあなたと結婚します、お母様だって永久 に生きてるわけじゃないんですもの、と約束した。これを耳にした母親は神前にひれ伏し、狂おしい激怒に 駈 か られ ながら、わたしをこんな 酷 ひ ど い目に遭わせる娘の新床が石に変わりますように、と祈り、呪った。こう 呪 じ ゅ そ 詛 してすぐ 老女は死んだ──勤勉な糸紡ぎ女の娘を、月へ行ってしまえ、と呪ったあの母親(DSB三三三)のように。なに しろこうした呪詛は長寿の霊薬とはならないのでね。さて娘も母親同様言葉を 違 た が えず婚約者と結婚、喪には服さな かった。晴れやかな婚礼が執り行われたが、真夜中、娘が新床に入ると、母親の呪いが成就した。恐ろしい雷鳴が 轟 とどろ く 内、 城 は 崩 れ て 瓦 が れ き 礫 と 化 し、 周 囲 を 取 り 巻 く 谷 に 沈 ん だ。 た だ 初 夜 の 閨 け い ぼ う 房 の 土 台 と な っ て い る 巖 い わ か ど 角 だ け が 残 り、新床は石に変じて巖頭高くに引っ掛かっていたが、羽根布団などあらばこそ──それこそ敷き 藁 わ ら 一本、 蚤 の み 一匹 だ っ て 見 当 た ら な か っ た。 で も 娘 は── 花 婿 不 在 の ま ま── 床 の 中 に い た。 け れ ど も 目 が 廻 る よ う な 近 づ き 難 い 高みにだれからも見棄てられて、へばりついているのは 己 お の が悲嘆 懊 お う の う 悩 と、 鴉 からす ども、 禿 は げ わ し 鷲 ども。これらは巖の頂きを ギャアギャア 啼 な きながら飛び回り、遂には花嫁の体を 喰 く らい尽くした。この巖角はいまだに 聳 そ び えている。

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六六八   悪 トイフェルスラッヘン 魔の腭 昔、ケーニギングレー ツ (11 ( の 下 し も て 手 、エルベ河畔のすぐ近くに、富裕を極めた修道院オパトヴィッツがあった。この ベネディクト会派修道院は途方もない財宝を所有していた。しかしながら修道院長と二人の最年長の修道士以外は だれ一人財宝の隠し場所を知らなかった。皇帝カール四世はかねがねこの財宝を見たいと念願していた。ご覧にな ら れ る の は 陛 下 た だ 御 ご い ち に ん 一 人 、 と い う こ と で 許 可 が 出 た が、 そ れ も、 宝 物 庫 へ は 目 隠 し の 上 に て ご 案 内 つ か ま つ り ま す る、 と の 条 件 付 き。 こ れ は 実 行 さ れ、 皇 帝 は 豪 ご う し ゃ 奢 な 富 を 悉 ことごと く 目 の 当 た り に し て 驚 嘆 し た。 も ち ろ ん こ の 財 宝 ── グ ル デ ン 金 貨 四 百 万 枚 の 値 打 ち が あ る── が 己 おのれ の も の で は な く、 い た ず ら に 死 蔵 さ れ て い る の が 無 念 で 堪 た ま ら ず、あの壮麗な城カールシュタイ ン (11 ( の建設費用に回せればなあ、と思い、いたくご不興の 態 て い で還御あそばしたのだ が……。それから酸鼻なフス戦争の時代となり、フス派の総司令官ツィス カ (11 ( も、カール四世が両の目で見たものを その隻眼で見届けたいと渇望し、心楽しく宝を見つけて掘り出したいと思った。しかし一般の修道士たちは宝につ いて何も知らなかった。そこでこのおっかない英雄は院長と例の二人の修道士を残酷に拷問させ、埋蔵場所を教え よ、 と 迫 る 一 方、 修 道 院 自 体 上 か ら 下 ま で、 全 て の 通 路、 穴 蔵、 地 下 牢 を 徹 底 的 に 捜 索 さ せ た。 し か し、 前 者 は いっかな白状せず、兵士たちの方も得るところなし。院長は「宝はそちに 貪 むさぼ られるよりも悪魔の 腭 あぎと に呑まれる方が よいわ」とツィスカを 罵 ののし り、やがて拷問中に息を引き取った。ところで修道院の近くに 悪 トイフェルスラッヘン 魔の腭 なる場所があった のだ。これは 怒 ど と う 濤 逆巻くおどろどろしい 深 し ん た ん 潭 で、しばしば 轟 ご う ご う 轟 と 水 み ず か さ 嵩 を増して周辺に溢れ出し、かしこの低地にあ るチェツェルカの湖沼群を覆い、土地を浸食、湖にしてしまおうとするのだった。そして、なんとまあ、ある嵐の

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吹き 荒 す さ ぶ夜、 悪 トイフェルスラッヘン 魔の腭 は修道院をその財宝もろともぱっくり呑み込んだ。修道院は水底に姿を消し、その上には波 が打ち寄せるばかり。エルベ川が静かに流れ、水位が低い折、漁師たちは修道院の壁の一部をまだ目にすることが ある。修道院は── 悪 トイフェルスラッヘン 魔の腭 を塞ぐことはどうしても不可能と思われたので──エルベ川からもっと排水するため 掘削されたオパトヴィッツ 運 カ ナ ー ル 河 にその名を留めている。 六六九   金貨 鼠 ねずみ 一人の貧しい小間物行商人が、ボヘミアの尾根と呼ばれるかの 山 ゲ ビ ル ゲ 地 を (11 ( 越え、生まれ故郷であるケーニギングレー ツ郡の小都市ライヒェナ ウ (11 ( へと下っていた。くたびれたので 巖 い わ に腰掛け、 麵 パ ン 麭 を一切れ食べ始めた。これがこの男 の 食 事 の 全 て だ っ た。 喉 の ど が 渇 け ば 山 地 か ら 谷 へ と 楽 し げ に 流 れ 下 っ て い る 清 ら か な ジ ー プ ニ ッ ツ の 泉 か ら だ れ 憚 はばか る と こ ろ な く 飲 め ば よ い。 す る と 地 面 に 一 匹 の 小 鼠 が ち ょ ろ ち ょ ろ し て い る の が 目 に 留 ま っ た。 鼠 は 男 の 真 ん 前 に 坐 す わ り 込 み、 や は り 腹 を 減 ら し て い る 様 子。 そ こ で 小 間 物 屋 が 麵 パ ン 麭 屑 く ず を 撒 ま い て や る と、 鼠 は 旺 お う せ い 盛 な 食 欲 で す ぐ さ ま 平 ら げ て し ま い、 麵 パ ン 麭 が 無 く な る ま で 何 度 も 何 度 も お 余 り を 貰 も ら っ た。 や が て 旅 人 は 当 然 な が ら 渇 き を 覚 え た の で、 泉 へ 足 を 運 ん で 水 を 飲 み、 担 い で 来 た さ さ や か な 品 物 を 置 い て あ る 元 の 居 場 所 に ま た 戻 っ た。 す る と 小 鼠 が いたところに金貨が一枚あった。そのうち鼠がまた戻ったが、もう一枚金貨を運んで来て、それを最初の金貨に加 え て 走 り 去 る と、 ま た ま た 三 枚 目 を 持 参 し た。 そ こ で 行 商 人 が、 ち ょ ろ ま か す ど こ ろ か 物 を く れ た こ の 感 心 な 動 物 の 後 か ら つ い て 行 く と、 鼠 は 穴 に 走 り 込 み、 金 貨 を 外 へ 運 び 出 し た。 小 間 物 屋 が 旅 杖 の 石 突 き で 穴 を 搔 か き 回 す と、財宝が埋まっているのが分かった。掘ってみると、 壺 つ ぼ 一杯のボヘミアの古グルデン金貨だった。どうやら全く

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のお礼心から金貨を授けてくれた鼠はどこへ行ったかと探したが、姿はさっぱり見えなかった。男は喜び勇んでラ イヒェナウへ下り、自分のためには金貨のほんの僅かしか取っておかず、貧民にたっぷり施しをし、残りで同地に 三 ドライファルティヒカイツキルヒェ 位 一 体 教 会 を建立した。教会に 詣 も う でると、この物語を石に彫られた形で 観 み ることができる。 六七〇   チェヒとレヒ兄弟 太古、カルパティア山 脈 (11 ( 周辺の地に兄弟が二人、首長として暮らしていた。その名はチェヒとレ ヒ (11 ( 。やがて土地 と土地に対するさまざまな主張・要求が原因で同族間に不和が 勃 ぼ っ ぱ つ 発 したので、兄弟はその係累ほぼ六百人とともに 旅立ち、 真 き た 夜中の方角 へと進んだ。両首長は諸人の前を騎行、更にその先頭には翼を 拡 ひ ろ げた 黒 く ろ わ し 鷲 を描いた黄色い旗 が 一 いちりゅう 旒 掲げられていた。 こうして彼らは最後に一座の高山が見下ろすボイないしボイェムの 地 (11 ( に到達、野営して休息、土地の様子を 窺 うかが う と、地味は 豊 ほうじょう 饒 、地勢は快適であることが分かった。朝、山の頂きに登った二人の兄弟が周囲を遠望すれば、目に 入ったのは森の生い 繁 し げ る肥えた土地で、 鱗 り ん ぞ く 族 多 さ わ なる流れも見えたので、このことを民衆に伝えた。その翌朝の夜明 け方、チェヒは自分の家族およびもろともにここまで来た全ての者を呼び集め、木の切り株に腰を下ろし、弟、友 人、 仲 間 に 向 か っ て こ う 言 っ た。 「こ の 地 に 落 ち 着 き、 こ こ へ お 導 き く だ さ っ た 神 神 に 感 謝 の 供 犠 を 執 り 行 お う。 わ し が お ぬ し ら に 約 束 し た の は こ の 地 だ。 こ の 地 は 実 り 多 く、 快 い の で、 こ れ か ら こ の 地 に 名 を 付 け よ う で は な い か」 。 演 説 者 と 旅 を と も に し た 人 人 は さ な が ら 天 啓 を 受 け た か の ご と く 異 口 同 音 に「我 ら が 首 長 で あ る お ぬ し、 チェヒの名以上に 相 ふ さ わ 応 しい名がまたとあろうか。おぬしの名を取り、チェホーヴ ァ (1( ( 、すなわちチェヒの地と呼ぶの

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が至当である」と叫んだ。 す る と 首 長 は 立 ち 上 が り、 天 を 仰 ぎ、 次 い で 地 に 身 を 投 げ、 大 地 に 接 く ち づ け 吻 し、 再 び 身 を 起 こ す と 諸 も ろ て 手 を 差 し 伸 べ、 祝福の言葉を尽くして神神の授けたもうたこの地に 挨 あ い さ つ 拶 した。そして 己 お の が民とともにこの地に留まった。人人は増 え拡がり、質朴、平和、勤勉、正直、かつ客をもてなすこと懇篤に暮らした。この地に到来して九年が経つと、ま たしても土地が足りなくなった。そこでレヒは兄に別れを告げ、己が民と配下を引き連れ 日 ひ が し の出の方角 へと出発す る こ と に し、 後 に 残 る 者 た ち が、 あ ま り 遠 く に 去 ら な い で く れ、 と 懇 願 し た の で、 彼 ら に こ う 語 っ た。 「 愛 い と し い 兄 と仲間たちよ。三日目の朝、暁の明星が昇る前、ジー プ (11 ( の山上に登ってくれい。その時いる場所で、わしは大きな 篝 か が り び 火 を 焚 た こう。わしが一族郎党とともに居を定めたのはその火と煙が立つところだ」 。 これは実行され、レヒはボヘミアで最初の町を建設、煙という言葉からこれをカウジ ム (11 ( と名付けた。 チェヒが最初その部衆とともに 山 さ ん ろ く 麓 に 殖 しょくみん 民 したジープ山は今日の 聖 ザンクト ゲオルゲン 山 ベルク である。チェヒは更に七十年命 長らえ、やがて亡くなり、長い間全ての 邦 く に た み 民 から悼まれた。 六七一   クロクとその娘たち チェヒとレヒの時代が終わると、民と 邦 く に とはザ モ (11 ( という支配者を得た。ダゴバート 王 (11 ( がフランケンの邦とテュー リンゲンを統治していた時代のことである。ザモはボイ人とヴェンド人の君主だった。この二人の王は 干 か ん か 戈 を交え るに至り、フォイクツ 山 ベルク の傍でザモとダゴバートの間に大会戦──三日続き、何千もの命が失われた──が行われ た。戦場に勝利者として残ったザモはテューリンゲンとその近隣諸邦全てを荒廃させた。ザモ王没後、ボイェムの

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民は君主を持たず、部族の最長老に従い、これをヴラディ カ (11 ( と呼んだ。こうした最長老にクロクという者があった が、その 叡 え い ち 知 ・公正の評判は全邦に鳴り響いたので、民はクロクを 士 し し 師 にして君主に選んだ。チェヒの埋葬場所の 上でチェヒの椅子に 坐 す わ らされた彼の手に、人人はチェヒの杖を渡し、その 頭 こうべ にチェヒの 被 か ぶ り物を被せ、彼の掟と命 令に喜んで服従する、と忠誠の誓いを立てた。民は賢明な支配者にありとあらゆる愛を表明、彼のために城──も とより木造に過ぎなかったが、かなりの高楼──をとある山の 麓 ふもと に築き、自分たちはその山の周囲に家を建て、城 と町をブーデチ ュ (11 ( と命名した。その後クロクはボヘミア邦のありとあらゆる場所に石で堅固な 棲 す み か 処 を造った。その 中にはお気に入りの城プサーリもあった。後代ヴィシェラ ト (11 ( が 聳 そ び え立ったのはここ。プサーリなる名はチェヒの故 郷の城に由来する。 クロクはこの邦の初代の士師にして君侯、かつ初代の祭司でもあった。彼は予知能力があった。これは精霊やピ ルヴァイ ゼ (11 ( たちから学び、更に妻ニーナが三人生んでくれた娘らに教えた。娘らは絶世の美人で、精神も知性も父 より立ち勝っていた。長女カーシャは薬草、石、金属の性質と効能に 悉 ことごと く通じ、練達の医師にして精通した予言者 だった。次女テトカはピルヴァイゼで、民衆に森や水や山の神神に仕え供犠を執り行う 術 す べ を教えた。三女──一番 末で一番美しい──はリブッサ(リブシ ャ (11 ( )といい、予言者であり、かつ思慮分別に掛けては姉たちを遙かに 凌 り ょ う が 駕 していた。そして優れた洞察力に関して男女とも彼女に比肩し得る者はなかった。 クロクが三十九年統治して亡くなると、その死を知った民草は大いに嘆き悲しみ、女王 蜂 ば ち を求める 蜜 み つ 蜂のように 家家から走り出、娘らは、父上の 御 み た ま 霊 を光明の 正 しょうどう 道 にお導きあれ、と神神に呼び掛けた。 それから邦民はクロクの 亡 な き が ら 骸 をチェヒ公および夫に先立った妻ニーナの 奥 お く つ き 津城 の傍らに埋葬、豊かな捧げ物を墳 墓に 夥 おびただ しく供え、石を積み、犠牲の火を 焚 た き、高らかに 挽 ば ん か 歌 を歌った。

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六七二   リブッサ クロクの没後、その三人の娘らは父の遺邦を相続、これを 籤 く じ 引きで分けた。その結果カーシャはこの 邦 く に の 真 た 夜中 の 部 分 を、 テ ト カ は 日 に し 没 の 部 分 を、 リ ブ ッ サ は 父 が 残 し た 高 み の 城 プ サ ー リ と と も に 日 ひ が し の 出 の 全 地 域 を 得 た。 リ ブッサの名声は全土に 遍 あまね く広まり、あらゆる民衆は、争い事があればその裁きを仰ぐために、あるいは未来の出来 事についてその託宣を伺いにやって来た。彼女自身の生き方は乙女らしく 淑 し と やか、臣民の 鑑 かがみ だったので、民草は一 致してリブッサを女 士 し し 師 かつ女王に選んだ。 リブッサはプサーリ城を拡張し、堅固にした。そしてこの高みの城でしばしば侍女たちを 足 あ し も と 許 のぐるりに侍らせ てこごしい 巖 が ん と う 頭 に座し、眼下に拡がる地域を思索に 耽 ふ け りながら眺め、審判を、あるいは予言を下した。ある日彼女 は、今後この城をプサーリではなくリビー ン (1( ( と呼ぶように、と命じた。なおこの邦に粗鉱の塊として見つかる金銀 は女王に送られ、彼女は鉱山業を 興 お こ した。 六七三   鉄の 卓 テ ー ブ ル 子 リブッサはしばらく女王としてボヘミアの民を支配したが、人人は、是非ともご配偶をお選びください、と望ん だ。そこで彼女は自らが召集した民会で数数の予言を語り、民の要求を思い留まらせようとした。しかし民衆およ び貴族は主張を譲らず、王を求めて止まなかった。

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「さあ、それなら」とリブッサ。 「出発なさい、皆さん。ビーリ ナ (11 ( の 川 か わ べ り 縁 指して。かしこのスタディチュ 村 (11 ( の広野 に特別な畑が見つかりましょう。一人の男が二頭の 斑 ぶ ち の 牡 お 牛を 犁 す き に付けてその畑を耕しています。そのお人こそそ なたたちの王となるべき方」 。 そ れ か ら 彼 女 は こ の 邦 く に の 選 よ り す ぐ り で あ る 男 を 三 十 人 選 び 、 王 衣 と 外 マ ン ト 套 を 携 え 、 新 君 主 を 探 す よ う 命 じ た 。 使 節 た ち は 、 間 違 い な く 本 物 を 見 つ け ら れるよ う 、 そ の お 方 の も っ と 詳 し い 特 徴 を 伺 い た い 、 と 願 っ た 。 リ ブ ッ サ は 言 っ た 。「 わ ら わ が い つ も 乗 っ て い る あ の 白 馬 を 連 れ て 行 き 、 そ な た ら の 前 を 好 き 勝 手 に 走 ら せ る の で す 。 馬 は そ の 方 を 探 し 出 し 、 嘶 いなな い た り 、 そ の 他 の 仕 草 をし て 、 紛 れ も な い 、 と 教 え て く れる で し ょ う 。 そ の 方 は 『 鉄 の 卓 テ ー ブ ル 子 』 で 食 事 を な さ い ま す か ら 、 そ の こ と で も そ な た ら に 分 か り ま す 。 平 安 を 愛 す る 神 神 が 道 中 お 守 り く だ さ い ま し ょ う 」。 そ こ で 三 十 人 の 男 た ち は リ ブ ッ サ の 愛 馬 を 先 頭 に 立 て て 出 発 し た。 馬 は 中 央 山 地 の ス タ デ ィ チ ュ 村 目 指 し て 走 り、 三 日 目 に 一 行 は 二 頭 の 斑 の 牡 牛 を 使 っ て 畑 を 犁 す き 返 し て い る 男 を 見 つ け た。 彼 ら は 男 に 近 づ き、 ご 機 嫌 よ う、 と 挨 あ い さ つ 拶 し た が、 男 は 挨 拶 を 返 さ な か っ た。 す る と 馬 が 嘶 き 始 め、 男 の 前 で ひ れ 伏 し た。 男 の 名 は プ シ ェ ミ ス ル (11 ( と いった。 リブッサの使節らは男に 豪 ご う し ゃ 奢 な衣装を見せ、更に自分たちの使命を伝えた。するとプシェミスルは手にしていた 榛 はしばみ の 笞 む ち を 大 地 に 突 き 刺 し、 「来 た と こ ろ へ 帰 る が よ い」 と 言 い な が ら 牡 牛 ど も を 犁 か ら 解 き 放 っ た。 牡 牛 ど も は 二 頭とも空中に昇って行き、一旦は雲際に漂っていたが、また下りて来て、とある 巖 い わ へと向かった。すると巖はすぐ さ ま 口 を 開 い た。 牡 牛 ど も が そ の 裂 け 目 へ 入 る と、 巖 は す ぐ さ ま 閉 じ た。 瞬 時 に し て 巌 か ら せ せ ら ぎ が 流 れ 出 し、 厩 うまや のような臭いがした。農夫が大地に 挿 さ した榛の枝からはたちどころに緑の若葉が 萌 も え、三本に枝分かれし、幾つ か実も付けた。

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こ う し た こ と 全 て を 目 の 当 た り に し た 女 王 の 使 節 ら は 驚 嘆 し た が、 農 夫 が 犁 を 引 っ 繰 り 返 し、 一 緒 に い か が か、 と外来の者たちに勧めながら、昼食を 摂 と ろうと、その刃の上へ 黴 か び の生えた一塊の 麵 パ ン 麭 と一切れの 乾 チ ー ズ 酪 を置いた時は いやが上にも仰天した。リブッサが告げた「鉄の 卓 テ ー ブ ル 子 」とはこれだったのである。笞だった榛から生えた枝の内二 本 は 枯 れ、 三 本 目 だ け が 青 青 と 伸 び た。 使 節 ら が 訝 いぶか し ん で い る の を 見 た プ シ ェ ミ ス ル は こ う 言 っ た。 「 卿 け い ら、 何 を 不思議がっておられる。これはな、我が一門から出て統治を始める血統は多かろうが、王になるのは一系統のみと い う こ と。 卿 ら の 女 君 主 が、 窮 し た と は 申 せ、 か よ う に 急 が な か っ た ら な あ。 卿 ら の 来 る の が も っ と 遅 か っ た ら、 わ た し は こ の 畑 地 を す っ か り 耕 し て い た。 し て、 そ う な っ て い た ら、 こ の 邦 は 未 来 永 劫 食 べ 物 に 事 欠 く こ と は な かったろうし、この二本の枝は枯れなかったろう。しかしかくなっては時折 飢 き き ん 饉 に襲われるであろう」 。使節らが、 なにゆえ鉄の上でお食事を召し上がられる、と問うと、 「我が家系は卿らを 懲 こ らすのに鉄をもってするということ」 が返辞だった。──食事が済むと、プシェミスルは長衣を 纏 ま と い、美美しい 外 マ ン ト 套 を羽織り、新しい靴を履いた。しか し、彼自身が 科 リ ン デ の木 の樹皮で製し、 科 リ ン デ の木 の 靱 じ ん ぴ 皮 で縫い上げた古い靴も携えて行った──ボヘミア最初の男性君主 の出自を忘れぬためである。プシェミスルが到着すると、リブッサは、姉たち、相談役たち、騎士たち、そして全 ての民衆ともども、素晴らしい装いで出迎え、にこやかに挨拶して夫君に選んだ。この初代ボヘミア王以来、その 後の戴冠式の際、冠を 戴 いただ く前、一メッツ ェ (11 ( の榛の実を振り 撒 ま く、という習わしが決められた。これはスタディチュ 村の住民が献上しなければならないが、ここの村民はそれ以外いかなる租税も免じられていた。それから、戴冠式 の際いつも君主の前に代代聖なるものとして保管されて来た 科 リ ン デ の木 の樹皮製の靴が持って来られ、 遠 と お つ み お や 津御祖 の 事 じ せ き 蹟 に倣うよう、象徴的に示されるのだった。この靴はフス戦争中初めて行方不明になった。しかしながら榛の枝は 渝 か わらず緑に 生 お い 繁 し げ り、その樹は今日なお思い出のよすがとしてスタディチュ村に見られる。

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六七四   プラガ プ シ ェ ミ ス ル の 治 世 が 始 ま っ た あ る 夏 の 日 の こ と、 王 妃 リ ブ ッ サ は 夫 君 と 連 れ 立 ち、 扈 こ じ ゅ う 従 に 取 り 巻 か れ て、 リ ビーン城を出、かのこごしい 巖 い わ 椅 い す 子 に登った。そこに 坐 す わ ると予知の霊がしばしば彼女に下るのであった。この時も ま た 霊 に 満 た さ れ た リ ブ ッ サ は こ う 予 言 し た。 「わ ら わ に は 霊 の 中 に そ の 名 声 が 天 に ま で 届 く 都 市 が 見 え ま す。 こ こから三千歩離れた、かしこの木木の 生 お い 繁 し げ ったところ、ブルズニカの小川が地を 穿 う が って流れ、ヴラタヴァ(モル ダ ウ (11 ( )に落ちるところ、ペトリジンの山がごつごつと険しくそそり立つかしこ、かしこの森の真ん中にそなたらは 男を一人見つけるでしょう。男は家の敷 居 (11 ( を作っています。丈の高い者たちも敷居の前では身を屈めなくてはなり ま せ ん か ら、 か し こ に 建 設 さ れ る 都 市 の 名 は 敷 居 に 因 ち な み ま し ょ う」 。── 男 た ち が す ぐ さ ま 出 発、 リ ブ ッ サ の 予 言 の通りに行動したところ、一人の大工を見つけた。大工は 柏 アイヒェ の樹を 伐 き り倒し、これを刻んでいた。何を作っている のか、と 訊 き かれると、 「プラフを」と答えた。すなわち敷居である。 リ ブ ッ サ の 命 に 従 い、 こ の 地 に 壮 大 な 都 市 が 建 設 さ れ た。 都 市 は 敷 居 に 基 づ き プ ラ ハ と か プ ラ ガ と か 名 付 け ら れ た (11 ( 。 六七五   リブッサの 沐 も く よ く じ ょ う 浴場 往古の 山 さ ん さ い 塞 ヴィシェラトがあった場所にはそれ以前にリビーン城があり、ここでボヘミア初代の王と王妃は宮廷

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を開いた。高く直立した 巖 い わ があるが、これは 滔 と う と う 滔 と流れ過ぎる川の深みにある寝台から 聳 そ び えているのだ、と人は言 う。この 巖 がんじょう 上 には円形城壁の遺構があり、こんな伝説が行われている。かの高貴な女君主はよくここから身を躍ら せ、モルダウで沐浴し、川の精とも語らった、とか。一説にいわく。巖上にはその昔塔があり、かの女魔法使いは 塔の中へ若者たちを 誘 いざな ったのだ。若者たちは彼女の美貌に惑わされ、盲目的に従った。しかしやがて情欲が満たさ れると彼女は、惑わされた 生 い け に え 贄 たちのいずれも寵愛されたことを洩らさぬように、彼らを自らの抱擁から冷たい波 による死の抱擁へと突き落とした、と。 またこう主張する者もいる。ヴィシェラトの高みにリブッサの沐浴場を求めても 詮 せ ん 無いことで、この古い王城の 南にある水量豊かなゲツェルカの 泉 (11 ( こそリブッサの沐浴場なのだ、と。もしかするとこちらの方がもっともなのか も知れぬ。ヴィシェラト地区で唯一のこの泉は古木の林の中で水晶のような水を 滾 こ ん こ ん 滾 と噴き出している。昔日のボ ヘミア公らはこの泉の 畔 ほとり で選出された由。幾つもの巖が泉を囲み、鏡のような 水 み な も 面 に 静 し じ ま 寂 が漂っている。 六七六   リブッサの寝台 往古の王城ヴィシェラトがあった 巖 が ん と う 頭 の下、 滔 と う と う 滔 と流れ過ぎるモルダウの深い川底に魔法使いの女王リブッサが 用いた 黄 こ が ね 金 の寝台がある。リブッサは川の精となり、自分自身をここに呪封して最愛の家とした。 眉 み め よ 目好 い青年た ちが少なからずかしこの流れで姿を消した。水浴している時この上もなく典雅な 顔 かんばせ の 女 にょしょう 性 に微笑み掛けられ、 水 み な そ こ 底 へ 誘 いざな われたのである。川がこうした 生 い け に え 贄 を要求するたび、民衆は「あれはリブッサに引き留められたのだ。彼女は 毎年別の男を選ぶ」と言う。──怖いもの知らずの泳ぎ手が、リブッサの黄金の寝台を探そう、あるいは伝説を嘲

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ろうと、人の意見を聞き入れず、あえて水底へ潜ることも時折あった。潜って行く姿は見られても、ついぞ戻って 来 た た め し は な か っ た。 さ て ま た、 こ ん な 解 げ し が た い 予 言 が 口 承 さ れ た こ と も あ っ た。 い わ く。 い つ か 流 れ の 深 みからかの黄金の寝台が現れて、小舟さながら水面に 燦 さ ん ぜ ん 然 と浮かぶことがあろう。これが起こるのはリブッサの家 系から出た支配者がボヘミアに君臨する時である。黄金の寝台はこの君主に献上され、その配偶はその寝台の中で 初 う い ご 子 の男の子を出産するであろう、と。 六七七   ヴィシェラトの悪魔の柱 ヴィシェラトの聖ペテロ聖パウロ教 会 (11 ( の前にずんぐりした石柱の破 片 (1( ( がある。これはこういう 徴 しるし なのです、と外 来の客に説明されるのだが、その伝説は以下のごとし。 ヴィシェラトの 裾 す そ に住むある司祭が悪魔と盟約を結び、 弥 ミ サ 撒 を執り行っている間に悪魔がローマなるヴァティカ ンの教会か ら (11 ( 石柱を一本ヴィシェラトへ運んで来る、という条件で、魂を譲る証文に署名した。 悪 サ タ ン 魔 はこの協定に従い、ちょろいもんさ、と高を 括 く く って 急 きゅうきょ 遽 ローマへ向かい、またとっとことんぼ返りした。け れどもヴェネチア湾 を (11 ( 翔 と び越えていた時、目に見えない手がその背中にしたたかな 笞 む ち の一撃を 喰 く らわせたので、痛 さのあまり身をよじり、柱を落としてしまった。 慌 あ わ てて海中に潜り、柱を引き揚げたものの、またひっぱたかれて 柱を取り落とし、これが合計三度に及んだ。ようやっと到着した時には司祭が「 行 イ テ ケ 。 送 ミ サ ・ エ ス ト ラレタリ 」 (11 ( と唱え終わる ところだった。そこで悪魔はかんかんに怒り、柱を教会の屋根に投げ落としたので、柱は三つに折れて屋根を打ち 抜 い た。 他 に 二 つ の 破 片 (11 ( が 聖 ペ テ ロ 聖 パ ウ ロ 教 会 入 口 左 側 に あ る 聖 フ ラ ン チ ェ ス コ 礼 拝 堂 と 聖 パ ウ ロ 回 心 礼 拝 堂

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に ま だ 長 い こ と あ っ た。 悪 魔 は こ う 愚 痴 っ た そ う な。 「ヴ ィ シ ェ ラ ト 主 教 会 の 守 護 聖 人 を し と る ペ ト ル ス 聖 者 が お いらの邪魔をして、三度もあの柱をヴェネチア湾の水溜まりに落っことさせなきゃ、運ぶのに充分間に合ったのに よ」と。 大方の説によれば、このローマの教会の柱なるものは、 聖 サ ン ピエトロ大聖堂──ここの柱は一本も欠けていないの だ──のではなくて、テヴェレ川向こう側の 聖 サンタ マリア教 会 (11 ( の柱である由。プラークのさる市参事会員がかつてこう 厳かに断言している。自分がローマに行った折、 て ト ラ ン ス ・ テ ィ ベ リ ム ゔぇれ川対岸 にあるマリア教会の柱が一本足りないのをこの目 でしかと見届けた。柱があった場所には 磔 た く け い 刑 像が置かれている。他の石柱はヴィシェラトにある砕けたやつと全く 同じだ、と。 昔 ロ ー マ に 一 人 の ス イ ス 人 が 住 ん で い た。 彼 は 子 ど も の 時 か ら 様 様 な 名 前 の た く さ ん の 悪 魔 に 取 り 憑 つ か れ て い た。ある 祓 ふ つ ま し 魔師 がザルダンなる名のそうした悪魔の一匹を呼び出し、憑かれた者の頭上にイグナチウス聖 者 (11 ( の聖遺 物の入った丸い小箱を 載 の せたところ、悪魔ザルダンは「熱い、熱い。焼けるう。わあ、痛え、痛え。 碾 ひ き 臼 う す か 聖 サ ン ピ エ ト ロ 教 会 の 柱 を 載 っ け た 方 が ま だ ま し だ あ。 そ う さ、 お ら あ、 あ そ こ の 柱 を 一 本 プ ラ ー ク へ 運 ば に ゃ あ な ら ん かった。そいつは三度もおらあを離れてでっけえ水溜まりに落っこちやがった」と 喚 わ め き叫んだ。 六七八   ドラホミーラの柱 プ ラ ー ク な る フ ラ ジ ン (11 ( の 丘 の 上、 か つ て 聖 マ タ イ 教 会 が 建 っ て お り、 現 在 は 黄 ツア・ギュルドネン・クーゲル 金 球 亭 が (11 ( あ る 場 所 に は 古 い 記 念柱があるが、これは遙か昔から伝えられたこんな物語と結び付いている。

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第 十 二 代 ボ ヘ ミ ア 公 (11 ( に は ド ラ ホ ミ ー ラ (1( ( な る 名 の 妻 が あ っ た が、 彼 女 は、 子 息 が 既 に キ リ ス ト 教 に 帰 き え 依 し た の に、 いまだに異教にしがみついていた。ヴラティスラ ウ (11 ( が亡くなった時、その子息たちヴェンツェスラ ウ (11 ( とボレスラ ウ ( はまだ未成年だった。そこで摂政となったドラホミーラは異教徒の徒党を使ってキリスト教徒を迫害した。これに ついては物語が多多ある。けれども彼女の子息ヴェンツェスラウが丁年に達すると、彼はキリスト教の力強い擁護 者となった。これに烈しく立腹したドラホミーラはある日、ザー ツ (11 ( なる自分の父の墳墓に赴き、そこで 古 いにしえ の神神に 供犠を行う、と誓いを立てた。ところが座乗した馬車が聖マタイ教会の傍に来た時、神の家の中から 弥 ミ サ 撒 を告げる 鐘の響きがするのを耳にした 馭 ぎ ょ し ゃ 者 は、キリスト教徒だったので、馬車から跳び下り、鞭を投げ棄てて 跪 ひざまず いた。 邪 よこしま な 異教女は途方もなく逆上して悪口雑言を吐き散らし、神とキリスト教とあらゆる聖人方を 呪 じ ゅ そ 詛 した。──するとな んと、稲妻 閃 ひらめ き、雷鳴 轟 とどろ く内、大地がぱっくり口を開き、ドラホミーラを車馬もろとも 奈 な ら く 落 の底へ呑み込んだ。深 淵からは煙と 焰 ほのお がどっと噴き出し、凄まじい悪臭が大気を汚染した。それから裂け目は閉じ、後に残ったのは馭者 の鞭のみ。馭者は熱誠 籠 こ めて神に感謝した。教会から出て来た司祭と信徒の群れにはまだ地底の 阿 あ び 鼻 叫 きょうかん 喚 が聞こえ た。その後長いことこの場所には垣が 繞 め ぐ らされていたが、垣を踏み越えた者は、奇妙なことに、その日の内に何か 呪いの 兆 き ざ しを感じるか、社会的恥辱を 蒙 こうむ るかしたので、やがてぐるりに塀が築かれた。またいつまでも忘れないよ う に、 石 柱 も こ こ に 立 て ら れ た。 旅 は た ご や 籠 屋 柳 ツム・ヴァイデンホーフ 亭 の 近 く で あ る。 そ し て 柱 に は 怒 れ る 天 の 審 判 に つ い て 記 さ れ た。 ──このフラジン城の窓から一六一八年皇帝の使節らが投げ落とされ た (11 ( わけだが、これは血みどろの三十年戦争の 発端となった。

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六七九   プラーク橋とその象徴 プラーク 橋 (11 ( は大昔から広くその名を知られていた。長さ千七百七十歩、幅三十五 足 フ ー ス 尺 、十八の 飛 ひ り ょ う 梁 に支えられて い る。 建 築 が 始 ま っ た の は 皇 帝 カ ー ル 四 世 治 下 で、 物 価 の 安 い 時 代 だ っ た か ら、 一 プ フ エ ニ ヒ 銀 貨 で 卵 が 一 打 ダース 買 え た。そこで建築棟梁は卵と 葡 ワ イ ン 萄酒 を石灰に混ぜ、 灰 モ ル タ ル 泥 を極めて強固にしたので、使用石材は砕けこそすれ、接着部 が離れることはなかった。 架橋費用はスロヴァン教 会 (11 ( ないし 聖 ザンクト エマウス修道 院 (11 ( 建立費よりヘラー銅貨一枚分多いだけだった。 橋の最も有名な象徴は 旧 アルト シ ュタット 市街 側の 袂 たもと にある幅広い橋塔両面に付いている五羽の小さな 家 あ ひ る 鴨 である。この塔は他に もさまざまな彫像で飾られている。この家鴨たちについて民衆は「まともな生まれでないやつにゃ、五匹全部は見 えんとさ」と冗談を言う。 二 つ 目 の 象 徴 は 小 ク ラ イ ン ザ イ テ 地 区 側 (11 ( 橋 塔 の 旧 アルト シ ュタット 市 街 に 向 い た 部 分 に 見 ら れ る。 高 み の 塔 の 鋸 き ょ へ き 壁 に 隙 間 が 一 つ あ る の だ。 昔、 一 二 五 二 年 キ じ ゅ う に が つ リ ス ト 月 十 七 日、 ベ ル ト ル ト・ フ ォ ン・ ベ ル ト ル デ ィ と い う 貴 族 が プ ラ ー ク 橋 を 騎 馬 で 渡 っ て い た。 塔のところで二羽の 鴉 からす が 喧 け ん か 嘩 をしており、 啼 な き 喚 わ め いてばさばさ激しく羽ばたいた。そうして壁石の一つに触れたの だ が、 こ の 石 は ど う や ら も う 随 分 前 か ら ぐ ら ぐ ら し て 壁 か ら 外 れ か け て い た ら し く、 落 ち て 騎 士 の 頭 を 直 撃 し た。 そこで騎士はあっという間に落馬し、その場で息を引き取った。数多くの貴顕、それから王ご自身すらこの騎士の 死を哀悼した。 三つ目の象徴はブラディチ ュ (1( ( 、またの名 髭 グ ロ ー ス バ ル ト もじゃ である。 旧 アルト シ ュタット 市街 の聖母十字架教会施療院下の飛梁に古い奇妙な

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男の頭部が 嵌 は め込まれている。これは 頗 すこぶ る大きな 髭 ひ げ の持ち主。ボヘミア人はブラディチュと呼んでいる。この頭は 住民にとって水災を知らせる徴である。つまりモルダウが増水し、モルダウの水車流路でこの古い石像の髭まで水 位が上がれば、住民は避難する。 氾 は ん ら ん 濫 の危険が迫っているからである。 最 後 に プ ラ ー ク 橋 に つ い て の 昔 か ら の 諺 ことわざ を ご 披 露 し よ う。 い わ く「プ ラ ー ク 橋 を 渡 る と き ゃ、 坊 さ ん、 娼 し ょ う ふ 婦 、 白 し ろ う ま 馬 に出逢わぬことはありませ ぬ (11 ( 」。 六八〇   ボヘミアのアダム派 一 四 二 一 年 ボ ヘ ミ ア の 邦 く に に も あ の ま こ と に お ぞ ま し い 宗 派 が 興 お こ っ た。 近 代 だ っ た ら 彼 ら の 信 条 を「肉 体 の 解 放」 と で も 名 付 け た こ と だ ろ う。 こ の 宗 派 の 信 徒 は 衣 服 を 身 に 着 け る こ と を 否 定 し た。 神 は 父 ア ダ ム と 母 エ ー フ ァ を 楽 パラディース 園 で や は り 裸 で い る よ う に お 創 り に な っ た、 と い う の が そ の 理 由(D S B 三 六 五) 。 従 っ て 彼 ら は 楽 パラディース 園 で の よ う に裸で生活した。もっとも〔アダムとエーファのように〕純潔とは到底言えなかったけれども。男女とも前垂れを し な か っ た。 彼 ら は 恥 ず か し が ら な い の だ。 こ れ ら 恥 を 知 ら ぬ 有 害 な 痴 し れ 者 ど も に 附 和 雷 同 す る 連 中 が 多 か っ た。 何 分 無 恥 愚 ぐ ま い 昧 な 行 動 は 感 う つ 染 る も の。 ア ダ ム 派 の あ る 者 は 自 ら ア ダ ム と 名 乗 っ た。 ま た あ る 者 は「神 は 存 在 し な い。 人間こそ神なのだ」と言った──近代の同思想の哲学者たちもこうした意見。なにせ 天 あ め が 下 し た に新しきこと無しなの でね。ボヘミアに現れた連中以前にもアダム派はいた。人間の愚行、邪悪、肉欲と来たらその時代時代の新装を凝 らして繰り返し登場する。なおボヘミアのアダム派にはフス派がさっさと留めを刺した。

参照

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