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機動戦士ガンダム ブレイジングシャドウ (1) 試読版

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Academic year: 2021

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折 仮 P5

 

「そろそろ来る頃だ」 人 型 機 動 兵 器 ―― モ ビ ル ス ー ツ の コ ク ピ ッ ト の 中 で、 カ イ ン・ ラ グ ナ ー ド は 仲 間 た ち に 告 げ た。 愛 機 は R G M ー 79 SP――《ジム・スナイパーⅡ》だ。いちどヘルメットのバイザーを開け、シングルホールタイプのフェイスマスク を鼻まで 被 かぶ せる。眼前の半球状モニターには、星々を散らした闇を背景に、いまやテロリストと同義となったジオン 残党の戦艦《ムサイ》が小さく映っている。慣性に従いゆるゆると移動しているだけの《ムサイ》は、この広大な宇 宙空間においては停止していると言ってよかった。相対距離は九十二キロ。もともとミノフスキー粒子が濃いため敵 にレーダーで 捉 とら えられる心配はないのだが、仮に望遠レンズ越しにこちらを見ている人間がいたとしてもまず視認で きはしないはずだ。カインの所属する地球連邦軍特殊部隊「シャドウズ」の機体はダークグレーと黒を基調としてお り、 こ の 虚 空 を 漂 う 石 そ っ く り な 色 を し て い る か ら だ。 さ ら に い ま、 ス マ ー ト な 人 型 を し た《 ジ ム・ ス ナ イ パ ー Ⅱ 》 は、全長十八メートルあるその 身 か ら だ 体 を一回り大きな石にぴったりと貼りつけている。重力下で使う表現をすれば、石 の上に伏せている状態だ。 『そうだな』 無線機を介したザルフ・ワッケン中尉の声が聞こえた。大尉であるカインにしてみれば彼は部下にあたるわけだが、 上官には敬語を使うものだ、などと小言は言わない。それは決してカインが寛大だからではなく、軍人である以前に 友人だからだった。

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折 仮 P カ イ ン は 左 右 そ れ ぞ れ の 手 に 握 っ た 操 そうじゅうかん 縦 桿 を 操 作 し て、 《 ジ ム・ ス ナ イ パ ー Ⅱ 》 に 長 距 離 狙 そ 撃 げき 用 兵 器 ―― L ー 9 ビーム・ライフルを構えさせた。まるでカインの意思を 汲 く み取っているかのように、灰色のモビルスーツは人で言う 「 手 」 に 当 た る マ ニ ピ ュ レ ー タ ー で、 全 長 十 六 メ ー ト ル の ラ イ フ ル を し っ か り と ホ ー ル ド し た。 ス コ ー プ の 埋 め 込 ま れた機体頭部のバイザーが自動的に下がることにより、カインの視界、百八十度を囲むモニターが 狙 スナイプ 撃 モードに切り 替わる。モニターの中心に円が現れ、それ以外の部分はブラックアウトした。円の中には照準を定めるための十字の レ テ ィ ク ル が あ り、 そ の 交 差 点 は ス コ ー プ の ズ ー ム 機 能 を 使 用 す る こ と に よ っ て で か で か と 映 し 出 さ れ た《 ム サ イ 》 の横顔を捉えている。 こ う し て 見 る と、 か つ て は 戦 艦 や モ ビ ル ス ー ツ、 あ る い は 人 工 衛 星 だ っ た で あ ろ う 金 属 片 が、 無 数 の 宇 ス ペ ー ス デ ブ リ 宙 ご み と なって辺りを漂っているのがよくわかる。 カ イ ン は そ の ま ま《 ジ ム・ ス ナ イ パ ー Ⅱ 》 に ゆ っ く り と 銃 口 の 向 き を 変 え さ せ、 深 い 緑 色 を し た 船 体 を 舐 な め 回 す。 ぼ っ て り と し た 楕 だ 円 えん 体 の 後 方 か ら 砲 台 が 連 な っ た 坂 道 が 延 び、 指 令 デ ッ キ で あ る 艦 ブリツジ 橋 に つ な が っ て い る。 さ ら に ブ リッジの下方には左右に一機ずつ、 蒲 かま 鉾 ぼこ のような熱核ロケットがぶら下がっている。全形としては、大きな一つの楕 円体と小さな二つの蒲鉾を、四角いブリッジが上から束ねる 恰 かっ 好 こう だ。その形状から、連邦軍の中には《ムサイ》のこ とを『滑り台』と皮肉を込めて呼称する者もいる。 船 尾 の 遥 はる か 後 方 へ 銃 口 を 向 け さ せ る と、 石 の 陰 で 待 機 し て い る 僚 機 の 姿 が 円 の 中 に 映 っ た。 R G M ー 79C

《 ジ ム 改 》。 《 ジ ム・ ス ナ イ パ ー Ⅱ 》 に 比 べ て 若 干 ご つ い 印 象 を 与 え る そ の モ ビ ル ス ー ツ は、 ザ ル フ の 操 縦 す る 機 体 だ。 《ジム改》は首に相当する部分をおもむろにこちらへ回すと、 慄 おのの いたようにバズーカを持ったまま両手を挙げる。 『や、やめろ。撃つな……』

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折 仮 P7 カインの《ジム・スナイパーⅡ》がライフルを向けると決まってやる、彼のお気に入りのジョークだ。くだらない ことには変わりないが、 機 マ シ ン 械 であるモビルスーツをこうも焦っているように見せられるのは、ザルフが高い操縦技術 を有している証拠とも言えた。 『またやってんの?   バカね』 呆 あき れたような、リネマ・サント少尉の声が無線で届いた。 カ イ ン は く す り と 笑 い な が ら、 リ ネ マ の 待 機 し て い る 方 向 に L ー 9 ビ ー ム・ ラ イ フ ル を 振 ら せ た。 彼 女 は《 ム サ イ》の向こう側およそ三十キロのところで、ザルフと同じ《ジム改》を見事なまでに石と同化させていた。 二 人 の 乗 る 機 体 は カ イ ン と 異 な る が、 「 シ ャ ド ウ ズ 」 の モ ビ ル ス ー ツ は カ ラ ー リ ン グ が 統 一 さ れ て い る。 左 肩 に 「影」の文字を 模 かたど った部隊章が入っていることもだ。 『べつにお前には迷惑かけてないだろ』 ザルフがリネマに食ってかかる。 『かかってるわよ。作戦中なのよ』 リネマは一つ 溜 ため 息 いき をつくと、 『そもそもカインが相手にするからやめないのよ』 となぜかカインを非難した。リネマが敬語を使わないのも、ザルフと同じ理由からだった。 カインは苦笑しながら、操縦桿の手前側についているボタンを親指で操作して、機体の顔面に下りているバイザー のスコープをズームアウトさせた。そのまま、モニターの円の中に《ムサイ》がすっぽりと入るように調整する。 と、ジオンの宇宙巡洋艦は動きを見せた。ブリッジ後方に設けられたハッチがひらき、そこからモビルスーツがつ

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折 仮 P ぎつぎに射出されたのだった。 「一、 二、 三――四機か」 その四つの人型は、背中からオレンジ色の光を噴射しながら船体の四隅に展開した。 「ぜんぶ『トゲあり』だ」 そ の モ ビ ル ス ー ツ は 左 肩 部 の シ ョ ル ダ ー ア ー マ ー に 三 本 の 角 つの を 生 や し て い る た め『 ト ゲ あ り 』、 そ し て 同 系 の 旧 型 の機体にはそれがないので『トゲなし』といった具合に、カインたちは呼び分けていた。 こちら側から正面が確認できる手前の二機は、一つ目のように見えるピンク色の 単 モノアイ 眼 式センサーを左右に動かして 周囲を警戒している。 ――《ザクⅡ》 。ジオン残党の主力モビルスーツ。カインの目の前で両親を踏み 潰 つぶ した緑色の巨人……。 カ イ ン は 巨 大 な 円 筒 の 中 で 生 活 し て い た。 「 ス ペ ー ス コ ロ ニ ー」 と 呼 ば れ る そ れ は、 定 員 オ ー バ ー 0 0 0 0 0 0 と な っ た 人 類 を 宇宙で生活させるための、小さな世界だった。そこには空気も、重力も、四季さえもがあった。それ自体を回転させ ることによって内壁に遠心力を発生させて重力とし、気候調節をすることによって季節を再現していた。 母が作ってくれたサンドイッチを頰張りながら、カインは胸を躍らせ、今日という日をどのように過ごそうかと考 えていた。平日ではあるのだが、カインの通う小学校が休みになったのだ。カインだけでなく、喫茶店を営む両親も、 今日ばかりは店のドアに提げられている「準備中」のプレートを「営業中」にひっくり返すことはない。なんでもこ の 午 前 中 に、 連 邦 軍 の 新 型 の 戦 艦 や 兵 器 が 運 び 込 ま れ る ら し く、 住 民 に 退 避 命 令 が 出 さ れ て い た か ら だ。 こ こ〈 グ リーン・ノア1〉はいまだ建設中のコロニーではあるものの、連邦軍の基地を保有していた。

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折 仮 P9   ――どれくらいで帰って来られるかな?―― カインは、四人席の向かい側で新聞を読んでいる父に 訊 き いた。木を基調とした店内に朝日が射し込み、冬だという のにぽかぽかと暖かい。 父は新聞から離した目をカインに向けると、ゆっくりと前髪を 搔 か き上げながら思案した。   ――たぶん、二、三時間てところじゃないかな―― 言うと父は、自分で 淹 い れたコーヒーを一口すすった。   ――じゃあそのあと、勝負できるね―― 勝負とは、一対一のバスケットボールのことだ。窓の外――店前の駐車スペースにはバスケットゴールがあり、カ イ ン は そ こ で し ば し ば 父 と 遊 ん で い た。 来 年 か ら 中 学 校 に 上 が り バ ス ケ ッ ト ボ ー ル 部 に 所 属 す る つ も り で い る た め、 いまのうちに少しでも上達しておきたかった。   ――ああ、いいよ―― にこやかに 応 こた えた父に礼を言いながら、カインは今日こそは負かしてやろうと心に決めた。これで、家でゲームを しないかという友達の誘いを断らなくてはならなくなったが、有意義な休日となることは間違いなしだ。   ――昨日の宿題は終わったの?―― 隣に座る母が、意地悪な笑みを浮かべて訊いてきた。カインはどきりとしたが、それを顔には出さないよう心がけ て席を立った。   ――そうだ、食後のコーヒーでも飲もう―― 父の口癖を真似て言うと、左手にあるカウンターへ向かう。両親の笑い声を背中で聞きながら、どうやら見逃して

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折 仮 P くれたようだとカインは 安 あん 堵 ど した。 カウンターの中に回ってコーヒーを淹れ、元いた席に戻る。といっても、コップの中身はほとんどがミルクなので 実際はコーヒー牛乳だった。 カ イ ン が 腰 を 下 ろ そ う と し た と き、 突 如 サ イ レ ン が 鳴 り は じ め た。 つ づ い て、 「 住 民 は 速 すみ や か に 退 避 せ よ 」 と い っ た内容のアナウンスが流れる。どちらも大音量で繰り返され、コロニー全域に響き渡っていることが 窺 うかが い知れた。カ インがそれを聞いたのは、一年前この〈グリーン・ノア1〉に 隕 いん 石 せき が衝突して「空気 洩 も れ」が起こったとき以来だっ た。   ――ちょっとのんびりしすぎたみたいね―― 母は立ち上がるとコートを羽織り、その細い首にマフラーを巻く。   ――そうだな―― 父 も 名 残 惜 し そ う に コ ー ヒ ー カ ッ プ か ら 手 を 離 し、 ダ ウ ン ジ ャ ケ ッ ト の 袖 そで に 腕 を 通 す 。 そ ん な 両 親 の 向 こ う 側 ―― 窓の外を、数台の 電 エ レ カ 気自動車 が慌てたように走り過ぎていく。   ――カインも早く支度して―― 長い髪を両手で持ち上げるようにしてマフラーから引き抜きながら、母は優しく促した。うん、と返事をして、カ インはコーヒー牛乳を一気に飲み干しジャンパーを着込んだ。なんだか冒険がはじまるみたいでわくわくした。 店のドアから外に出ると、サイレンとアナウンスがいっそうボリュームを増し、カインは思わず顔をしかめた。駐 車スペースの隅に、バスケットゴールがこちらを向いて立っている。その手前に停まっているエレカのほうへ、三人 で歩いていく。遥か向こうに、青灰色をした半円がうっすらと見える。それに沿って、大地は目に見えて湾曲してい

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折 仮 P11 る。その半円は円筒の底に当たる部分で、コロニーの端にある隔壁だ。距離の関係上、上半分が消えて見えるだけで、 実際は円である。背後に位置する、宇宙船が出入り、そして停泊するためのドッキング・ベイと 僅 わず か五キロしか距離 を置かないこの場から隔壁が視認できるのも、ここ〈グリーン・ノア1〉が全長十八キロにも満たない、未完成のコ ロニーだからだろう。 父が運転席に乗り込もうとしたとき、カインはふとあることを思い立ち、両親に後ろから声を投げた。   ――あ、ちょっと待ってて―― 二人の返事を待たず、来たほうへと引き返した。ひょっとしたら、避難所の中は思っているより広いかもしれない。 もしそうなら、ドリブルの練習くらいならできるはずだ。カインはふたたび店内に戻り、カウンターを横目にフロア の奥へ向かった。そこには店と家とを隔てるドアがある。そのドアを開け、玄関に足を踏み入れると、収納棚の上に 載っているバスケットボールを手に取った。 と、飛行機のジェット噴射によく似た音が聞こえてきた。一秒ごとに、その音はどんどん大きくなっている。 この音は何だろう、連邦軍の戦闘機だろうか?   だとしても、なぜ居住区に……。 胸 騒 ぎ が し、 カ イ ン は ボ ー ル を 持 っ て 駆 け 出 し た。 凄 すさ ま じ い 音 の 波 動 で、 店 の 窓 や 食 器 が か た か た と 揺 れ て い る。 そして店のドアに手をかけ、外に飛び出したそのとき――。 巨大なものが墜落したような衝突音が 耳 じ 朶 だ を打ち、激しい揺れが片脚の位置をずらした。 反射的に両目を固く閉じてそれらが収まるのをやり過ごしたあと、恐る恐る目を開けた。そこで見た光景に、カイ ンは息を 吞 の み立ち 竦 すく んだ。 なんだよ、これ……。

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折 仮 P 身の丈二十メートルほどの緑色をした巨人が、二軒先のところに立っているのだ。その後方から、もう一人同じ巨 人が飛行しながら近づいてきている。鼓膜だけでなく肌でも感じられるほどの 轟 ごう 音 おん とともに、まもなくその巨人は道 路上に着陸した。 現 実 味 を 失 っ た 視 界 の 中 で、 人 々 は 競 う よ う に 悲 鳴 を 上 げ、 マ シ ン ガ ン を 携 え た 二 人 の 巨 人 か ら 逃 げ 惑 っ て い る。 両親が無事であろうことだけが、かろうじてカインに正気を保たせていた。   ――カイン!―― サイレン、アナウンス、悲鳴、クラクションが入り交じった 喧 けん 騒 そう の中、母の声が聞こえた。ぼやけていた視界が元 に戻り、声のしたほうに焦点が合った。両親はエレカから降りるなり、こちらに駆け寄ってきた。   ――走るぞ、カイン―― 父は力強くカインの肩を 叩 たた く。すでに道路は、エレカで移動できる状態ではなくなっていた。色、形、様々なエレ カでぎゅうぎゅうに詰まり、そこここで衝突事故までもが起きていた。 カインは大きく 頷 うなず き、恐怖心といっしょにボールを放した。 そのときだった。 にわかに視界が陰り、突風が吹きつけた。かと思うや、ズシーン、と激しい音を立てて、緑色の巨大な脚が目の前 に落ちてきた。その拍子に 尻 しり 餅 もち をついたカインは、自分の顔から急速に血の気が引いていくのを感じた。 ひと目にして、バスケットゴールやエレカもろとも、父がその下敷きになったことがわかった。ところが、母の状 態がすぐには理解できなかった。巨人の足の 爪 つま 先 さき から、母の上半身だけが飛び出しているのだ。カインはどうするこ ともできず、ただその場で震えていた。やがて半分になってしまった母は、ゆっくりとカインに手を伸ばし、少し微

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折 仮 P13

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折 仮 P 笑んだ。   ――走って。お母さん、大丈夫だから―― しばし放心したあと、カインは絶叫した。 咽 の 喉 ど が裂けるほど絶叫しつづけた。何を叫んでいるのか、どんな声を発 しているのか、まるで自覚がないままに。 やがて母は息絶え、緑色の巨人は背後へと飛び去っていった。全身に熱風を浴びたあと、カインは振り返り、小さ くなっていく二人の巨人の後ろ姿を見た。心を満たしていた哀しみを、たちまち憎悪が 喰 く い潰していく。だが、どう することもできなかった。その現実に 抗 あらが う 術 すべ はなく、カインはただ泣き 喚 わめ くことしかできない己の無力さを呪った。 数日後、カインは知った。二人の巨人が隔壁側からコロニー内に侵入し、連邦軍の基地を目指していたこと。そこ に運び込まれた新型の戦艦や兵器の偵察、あるいは破壊が目的であったこと。そして基地で暴れたあと、そこに運び 込まれたばかりの連邦軍の白い巨人によって、二人ともが葬られたことを。 とにかく、両親の死に様は、まるで虫けらのようだった。 『――来たぞ。 「滑り台」の前からだ』 ザルフの声が、カインの意識を現在に戻した。気づけば、モビルスーツ同様ダークグレーの 宇 ノーマルスーツ 宙服 に包まれた身体 がじっとりと汗をかいていた。ノーマルスーツには着脱式のエルボーパッド、ニーパッドがつけられているため、特 に 肘 ひじ や 膝 ひざ の辺りが蒸れて不快だ。 『トゲあり』を見ただけで毎度あの日のことを思い出すわけでもないのに、数え切れぬほど撃墜してきたというのに、 どうして今回はあの記憶が 蘇 よみがえ ってしまったのだろう。きっと待機時間が長いからだろうな、とカインは結論づけた。

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折 仮 P15 「ああ」 カインは努めて平静に応じ、ザルフの言っていた方向にモニターの円をずらす。確かに一 艘 そう の小型艇が、 《ムサイ》 の正面から近づいてきていた。レティクルの十字をそれに合わせ、ズームさせる。旧型のスペースシャトルに似た形 の 本 体 か ら 着 陸 用 の 脚 を 四 本 生 や し た、 ど こ か 昆 虫 の よ う な 船 だ。 そ れ は 確 か に、 軍 で は 運 用 さ れ て い な い 民 間 艇 だった。 『間違いないわね』 リネマの言葉に短く返事をし、カインはふたたびスコープの倍率を下げる。四機の《ザクⅡ》が 睨 にら みを利かせる中、 小型艇は《ムサイ》の真正面でいちど停止すると、モビルスーツが射出された離着艦ハッチに移動し、そこから中に 吸い込まれた。 本人直々に来るとは熱心なことだ、とカインは胸中で 呟 つぶや いた。 小型艇には、数人の側近を連れた連邦政府ムバ派の政治家ハイゼル・アクトスが搭乗しているはずだった。地球連 邦宇宙軍ルオンズ・ヤージ中将からの情報によると、人の住む星やコロニーから遠く離れたこの暗礁宙域で、アクト スはジオン残党と密会し、ある取り引きをしているのだという。それは、彼らに多額の報酬を払う代わりに、つぎに テロを起こす場所や規模を指定して実行させるというものだ。それにより、直接的に目障りな議員を テロに巻き込ま 0 0 0 0 0 0 0 れ 0 て 0 死んだことにでき、またそれを痛烈に批判して自身の点取りもできるわけだ。実際カインも、彼が「ジオン残党 によるテロ行為が生む哀しみ」を涙ながらに訴えているのをテレビで見たことがある。 そ ん な 悪 徳 政 治 家 ハ イ ゼ ル・ ア ク ト ス を 、 テ ロ リ ス ト も ろ と も 暗 殺 す る

そ れ が、 今 回 カ イ ン た ち シ ャ ド ウ ズ・ チ ー ム 5 に 下 さ れ た 任 務 だ っ た。 要 は す べ て を 破 壊 す れ ば い い の だ。 敵 陣 に 潜 入 し て 何 か を 盗 み 出 す わ け で も な く、

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折 仮 P 誰かを救出するわけでもないこの作戦は、カインたちにとっては極めてたやすい任務と言えた。 「よし、 手 て 筈 はず どおりに進めるぞ」 二人の『了解』の声を聞きながら、カインは《ムサイ》の指令室であるブリッジにレティクルを合わせた。その外 壁の前面はガラス製の窓が面積の大半を占めており、窓際に並んでコンピューターを操作するジオン軍の制服を着た 乗員たちと、フロア中心部に配置された一段高いシートにどっしりと座る艦長らしき人物の姿まではっきりと見える。 ――まずはここだ。 カインは右手の人差し指で、操縦桿の射撃トリガーを引いた。瞬間、ビーム兵器特有の 籠 こも ったような発射音ととも に、 L ー 9 ビ ー ム・ ラ イ フ ル の 銃 口 か ら 光 線 が 放 た れ た。 直 後、 機 体 肩 部 か ら 心 地 い い 反 動 が 伝 わ っ て く る と 同 時 に、 メガ粒子のつくり出すピンク色のビームが、 《ムサイ》の指令室を貫いた。 僅かな骨組みだけを残し、ブリッジは蒸散した。そこにいた乗組員たちは例外なく、死の実感すら得られなかった ことだろう。構えを解いた《ジム・スナイパーⅡ》の頭部のバイザーが上がり、画面は 通 ノーマル 常 モードに戻った。 これで艦内に大混乱をもたらせたはずだ。カインは操縦桿脇のコンソールパネルを素早く操作して《ムサイ》周辺 の 映 像 を 拡 大 さ せ つ つ、 《 ジ ム・ ス ナ イ パ ー Ⅱ 》 に ビ ー ム・ ラ イ フ ル の エ ネ ル ギ ー カ ー ト リ ッ ジ を 交 換 さ せ る。 予 備 のカートリッジは左 大 だい 腿 たい 部 ぶ に留められた専用ホルダーに納められている。威力、射程距離ともに他のビーム兵器を遥 かに 凌 しの ぐL ー 9ビーム・ライフルだが、一発ごとに 再 リ ロ ー ド 装 塡 を強いられるという難点があった。 《ムサイ》の四隅に展開していた《ザクⅡ》はみな、破壊された指令デッキに向きを変えた。これはつまり、 歪 いびつ な三 角形をつくって《ムサイ》を取り囲んでいたカイン、ザルフ、リネマ――誰かしらに背を向けたということになる。 まずは船尾側のうちの一機に、七百ミリ実体弾が白煙の筋を引きながら襲いかかる。ザルフの操る《ジム改》のハ

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折 仮 P17 イパー・バズーカから放たれたものだ。それが着弾するのを待たずして、船首側、奥の一機を数本のビームが蜂の巣 にした。リネマの《ジム改》が装備しているビーム・カービンによる攻撃だ。それは、威力、連射速度ともにライフ ルとマシンガンのほぼ中間で、反動も少なく、敵機の特性がどんなものであっても応戦できうるバランスの良い兵器 だ。任務によってはカインも使用することがある。特殊部隊であるシャドウズでは、武装の選択は本人の自由だった。 ザ ル フ に 狙 わ れ て い た《 ザ ク Ⅱ 》 も 背 部 に 七 百 ミ リ 弾 の 直 撃 を 受 け、 そ こ に 爆 煙 を 上 げ な が ら 大 き く の け 反 っ た。 一瞬の後、奇襲攻撃を受けた二機の《ザクⅡ》は同時に爆散した。 カインは両の操縦桿を右側に倒しながら、フットペダルを踏み込んだ。機体背部、そしてふくらはぎに相当する部 分に装備されたブースター・ユニットからスラスター光が噴射され、リロードを終えた《ジム・スナイパーⅡ》が横 移 動 す る。 コ ン マ 何 秒 快 適 な 荷 G 重 を 感 じ た あ と、 カ イ ン は フ ッ ト ペ ダ ル か ら 足 を 放 し た。 ふ た た び 自 機 に L ー 9 ビ ー ム・ライフルを構えさせる。こんどは「伏せ」ではなく「立ち」の姿勢だ。 どんぴしゃだったな、とカインはほくそ笑んだ。いま半球状モニターの円の中には、闇雲にマシンガンをぶっ放し ている一機の《ザクⅡ》が映っている。だが実際に捉えているのは一機ではない。手前の一機に、奥の一機がぴたり と重なっているのだった。つまり感覚で行ったいまの操作で、二機の《ザクⅡ》を結ぶ延長線上に移動できたわけだ。 カインは 躊 ちゆうちよ 躇なく射撃トリガーを引いた。しかし、ビームを命中させられたのは奥の一機だけだった。手前のほう は ラ イ フ ル か ら ビ ー ム が 放 た れ る 直 前、 《 ム サ イ 》 を 基 準 に し て 上 に 飛 ぶ こ と で、 レ テ ィ ク ル の 中 心 か ら 外 れ る ば か りか円自体から飛び出してしまっていた。奥の一機に関してはコクピットのある腹部を撃ち抜くことができたのだが、 それでは納得がいかなかった。 「くそ」とカインは思わずこぼした。 『さすがに二枚抜きは欲張り過ぎだったんじゃないですか、隊長殿』

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折 仮 P カインのぼやきを聞きつけて、すでに《ムサイ》の船底側に回り込んでいるであろうザルフが 揶 や 揄 ゆ するように言う。 「はじめから奥の奴だけを狙ったんだ」 バレているのを承知の上で強がりながら、パニックに陥ったパイロットが見当もつかない行動に出たのだから仕方 がない、と自分を励ました。 『ふざけてる場合じゃないでしょ』 怒 り と も 呆 れ と も つ か な い 口 調 で、 リ ネ マ は ど ち ら に と も な く 言 っ た。 彼 女 は《 ザ ク Ⅱ 》 の パ イ ロ ッ ト や《 ム サ イ》の乗組員たちに所在が知れないよう、闇の中を高速移動しながら射程ぎりぎりの距離で砲台一つひとつにビーム を撃ち込んでいる。すでにいくつかの砲台からは、太く黄色い強力なメガ粒子のビームがやけくそのように発射され ていた。 『カイン、そっちに行ったわよ』 「わかってる」 たしかにいま、取り逃がした《ザクⅡ》がこちらに向かって急接近していた。 『わたしと代わる?』 現在《ジム・スナイパーⅡ》がビーム・ライフルを発射できる状態にないことを知っての提案だろう。が、 「いや、いい。あれは俺がやる。リネマはそのまま砲台を潰していってくれ」 仮 に 役 割 を 変 更 し た と し て も、 L ー 9 ビ ー ム・ ラ イ フ ル で は 一 撃 で す べ て の 砲 台 を 破 壊 す る こ と は で き な い。 つ ま り、リロードにかかる時間がそっくりそのままタイムロスにつながってしまう。標的が複数で 且 か つ比較的 脃 もろ いもので ある場合、連射の利くビーム・カービンによる攻撃のほうが効率的だ。

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折 仮 P19 『わかった』 カインは《ジム・スナイパーⅡ》にライフルを放させた。すでに一定距離を割った相手に対し、スナイプモードで 戦うのはリスクが高い。ノーマルモードに戻った半球状モニターに映る《ザクⅡ》は、みるみる大きさを増している。 左 の 操 縦 桿 の 斬 ざん 撃 げき ト リ ガ ー を 引 い た。 プ ロ グ ラ ミ ン グ に 従 い、 《 ジ ム・ ス ナ イ パ ー Ⅱ 》 は 機 体 臀 でん 部 ぶ に 二 本 提 げ ら れ ているビーム・サーベルのグリップを一本 摑 つか み取って、その右手を通常の位置に戻した。ブウン、とグリップからピ ンク色のビーム束が伸び、見る間にサーベルの形をなした。これでもう一度斬撃トリガーを引けば、モニター内を移 動させられる小ぶりなレティクルの位置に、ビーム・サーベルでの攻撃が行われる。 カインはモニターの中の《ザクⅡ》を鋭い視線で 射 い 貫 ぬ く。この《ザクⅡ》のパイロットがパニックに陥っていたな どという先ほどの見解は、どうやら誤りだったようだ。二度目に狙撃したとき、彼が《ムサイ》を基準にして上へ飛 んだのは、どこから狙撃されているのかを割り出すためだったのだろう。そしてこのパイロットはそれをやってのけ た。だからこそ、いまこうして《ジム・スナイパーⅡ》に肉薄してきているのだ。さらに、まずスナイパータイプの 機 体 を 片 づ け な け れ ば、 《 ム サ イ 》 近 辺 の 二 機 を 相 手 に す る ま で も な く ビ ー ム・ ラ イ フ ル の 餌 え 食 じき と な る こ と も わ か っ ているに違いない。おそらく相当な 手 て 練 だ れだ。だがその判断は、こちらにとっても好都合。リネマやザルフの仕事を 邪魔されるほうが厄介だった。それに――。 なんだか今日は、無性に《ザクⅡ》を撃墜したい気分だ。 相対距離が四キロを切ったとき、 《ザクⅡ》は姿勢制御バーニアを噴かし、 《ジム・スナイパーⅡ》に対して前傾し ていた身体を正対させた。 来る――。

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折 仮 P 《ザクⅡ》のマシンガンが火を噴いた。連続する爆音とともに、実体弾の群れが押し寄せる。カインは《ジム・スナ イパーⅡ》を左へ高速移動させてそれらをかわしながら、先刻利用した石の陰に機体を隠した。現在《ザクⅡ》から は、岩からビーム・サーベルだけが飛び出しているように見えていることだろう。 銃 弾 の 雨 が や ま ぬ 中、 《 ジ ム・ ス ナ イ パ ー Ⅱ 》 は ビ ー ム・ サ ー ベ ル を そ の 場 に 放 し、 ザ ク・ マ シ ン ガ ン の 発 射 音 を 軸にして、 《ザクⅡ》の右側に回り込む。残されたビーム・サーベルに気を 殺 そ がれたのだろう、マシンガンの銃口は、 まだこちらに向きつつあるだけの状態だ。 《ジム・スナイパーⅡ》が頭部バルカン砲を放つ。タタタタタ、と小気味のいい音を立てながら、片耳のみのヘッド セットのような形状をしたバルカンポッドから、六十ミリ弾が連射された。一列に連なる弾丸の群れは黄金の破線と な っ て、 《 ザ ク Ⅱ 》 に 迫 っ て い く。 そ れ は 本 来、 モ ビ ル ス ー ツ に 対 し て は 攪 かく 乱 らん や 牽 けん 制 せい に 使 用 す る 武 装 な の で、 シ ー ル ドはおろか装甲の厚い箇所に命中させてもたいしたダメージは期待できない代物だ。だが、カインが狙ったのはコク ピットのある腹部でもなければ、ましてや長方形をした板のような右肩のシールドでもない。マシンガンのグリップ を握り、トリガーを引 き つ づ け て い る マ ニ ピ ュ レ ー タ ー ――つまり右手の指だ。 《ザクⅡ》の指がつぎつぎに千切れ飛んだ。マシンガンの銃口を飾っていたフラッシュが消え、けたたましい銃声が ぴ た り と 鳴 り や ん だ。 フ ォ ア グ リ ッ プ を 握 る 左 手 だ け で マ シ ン ガ ン を 保 持 す る こ と を 余 儀 な く さ れ た《 ザ ク Ⅱ 》 は、 そ れ を 左 手 に 持 ち 替 え た り は せ ず、 潔 いさぎよ く 虚 空 に 放 し た。 そ し て 左 手 を 背 後 に 回 す や、 短 たん 斧 ふ を 取 り 出 し た。 ヒ ー ト・ ホークと呼称されるそれは、金属への溶断力を増す目的でブレード部分を加熱してあるため、刃が黄色く光っている。 賢明な判断だ。弾切れ寸前であろうマシンガンに 拘 こだわ らず、さっさと武器を替えてしまうことを選択するとは。カイ ンはそんなふうに感心しながら、 《ジム・スナイパーⅡ》にもう一本のビーム・サーベルを手に取らせた。

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折 仮 P21 弾 はじ か れ た よ う に、 《 ザ ク Ⅱ 》 は こ ち ら へ 向 か っ て 突 進 を は じ め た。 片 手 で ヒ ー ト・ ホ ー ク を 振 り 上 げ な が ら、 急 速 に 間 合 い を 詰 め て く る。 《 ジ ム・ ス ナ イ パ ー Ⅱ 》 は 両 手 で グ リ ッ プ を 摑 ん だ。 至 近 距 離 ま で 迫 っ た《 ザ ク Ⅱ 》 の、 全 身 を 使 っ た 一 撃 が 振 り 下 ろ さ れ る。 《 ジ ム・ ス ナ イ パ ー Ⅱ 》 は、 ビ ー ム・ サ ー ベ ル を 頭 上 で 横 向 き に し て そ れ を 受 け 止 め た。 凄 ま じ い エ ネ ル ギ ー 同 士 の 接 触 に よ り、 周 囲 に 衝 撃 波 が 走 っ た。 《 ザ ク Ⅱ 》 は ヒ ー ト・ ホ ー ク に 指 を 失 っ た 右 手 を 添 え、 そ の ま ま 力 任 せ に 押 し 込 ん で く る。 《 ジ ム・ ス ナ イ パ ー Ⅱ 》 の 頭 部 に、 ヒ ー ト・ ホ ー ク を 受 け 止 め る ビーム・サーベルがじりじりと迫る。体勢ではこちらが不利。このままでは押し負けてしまうだろう。だが、そんな ことは百も承知だ。 ふたたび頭部バルカン砲を発射した。こんどは《ザクⅡ》の左手の指が千切れ飛ぶ。これにより、敵機は強制的に ヒート・ホークを手放すこととなった。それでも《ザクⅡ》は戦闘を放棄しなかった。間髪入れずに、胸部目がけて 蹴 け りを放ってきたのだ。 《ジム・スナイパーⅡ》は身をよじり、すんでのところでそれをかわした。 カインは思う。ここまで戦力を 削 そ ぎ取られたというのに、それに動じることなくつぎからつぎへと攻撃を仕掛けて く る。 お そ ら く コ ク ピ ッ ト の 中 に い る 人 間 は、 相 当 数 の 経 験 を 積 ん で き た 勇 敢 な 熟 練 パ イ ロ ッ ト な の だ ろ う。 だ が、 俺の 生 い の ち 命 を奪うことはできない。生命だけではない。もうお前たちには何一つくれてやらないと決めたのだ。あのと きとは違う――。 カインはモニターに浮かぶレティクルを素早く敵機の腹部に合わせ、斬撃トリガーを引いた。右ストレートを叩き 込むように、 《ジム・スナイパーⅡ》がビーム・サーベルを突き出す。 《ザクⅡ》は両腕をクロスさせて防御の姿勢を 取った。が、粒子の 光 こう 刃 じん は、その両腕ごとコクピットを貫いた。   ――いまの俺は、奪う側の人間だ。

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折 仮 P 《ジム・スナイパーⅡ》がビーム・サーベルを引き抜いた。すると、まるで息を引き取ったかのように、ピンク色の モ ノ ア イ が す っ と 消 え た。 《 ザ ク Ⅱ 》 は 開 い た 風 穴 に し ば し 火 花 を 爆 は ぜ ら せ て い た も の の、 爆 発 は 起 こ さ ず、 静 か に 宇宙空間を漂いはじめた。 しかしカインの胸の中には、いまだ憎しみの火が 燻 くすぶ りつづけていた。カインは素直にそれに従い、ほぼ無意識のう ちに《ザクⅡ》の左足を斬り落としていた。 『こっちは終わったわ』 突然聞こえたリネマの声に、カインははっとした。 「そうか」 動揺を押し隠すように返したあと、そういえば、と気づいて言葉を継いだ。 「俺もだ」 カ イ ン は L ー 9 ビ ー ム・ ラ イ フ ル を 回 収 す る と、 《 ジ ム・ ス ナ イ パ ー Ⅱ 》 に 構 え さ せ た。 ス ナ イ プ モ ー ド に 切 り 替 わったモニターに、強力なメガ粒子砲をすべて破壊され、戦闘能力を失った《ムサイ》の姿が映った。こうなればジ オン自慢の宇宙巡洋艦も、遊覧船と変わりがない。 船底側では、大きなランドセルを背負った《ジム改》が、爆薬の設置作業をつづけていた。 『よし、これで最後だ。――いやあ、二人のおかげで快適に仕事ができたよ』 ザルフの《ジム改》がこちらを向く。 『特にカインがあの《ザク》を倒してくれたか……う、撃つな!』 またも彼の機体は両手を挙げた。さすがに意表を 衝 つ かれ、カインは噴き出した。

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折 仮 P23 『何回やるのよ、それ』 露 骨 に 苛 いら 立 だ ち を 押 し 出 し た リ ネ マ の 声 に、 カ イ ン は 思 わ ず ス ナ イ プ モ ー ド を 解 い た。 闇 の 中 に オ レ ン ジ 色 の「 目 」 を浮かび上がらせながら、彼女の《ジム改》が近づいてくる。 『あの《ザク》どうだった?』 《ジム・スナイパーⅡ》の隣に機体を停止させ、リネマは軽快な 声 こわ 音 ね で訊いてきた。ところがその直後、息を吞む音 が聞こえてきた。おそらく、まだそう遠くない場所を漂流する《ザクⅡ》を見て、左足がなくなっていることに気づ いたのだろう。彼女は、カインの母がどのような最期を迎えたかを知っていた。 「まあまあだったよ」 とだけ、カインは返した。 『……そう』 まもなく、ザルフの《ジム改》も二機に並んだ。 『じゃあ、宇宙の花火大会だ』 ザルフの機体が、右手に握った起爆スイッチを押した。船首側から順に、船底につぎつぎと爆炎が上がる。つづい て船尾に二機ある熱核ロケットも、時間差で一機ずつ爆発した。ここでようやく、脱出を 図 はか ったのであろう小型船が 数隻、 《ムサイ》を飛び出した。だが、まもなく起こった船体そのものの大爆発に、それらは例外なく吞み込まれた。 闇と無音が、ふたたび辺りを支配しはじめた。 「よし。帰ろう」 《ジム・スナイパーⅡ》は《ムサイ》に背を向けた。二機の《ジム改》もそれに倣う。

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折 仮 P 『うん』 『おう』 カインは、はるか三百キロ離れた場所に待機している母艦に告げた。 「こちらシャドウズ・チーム5、カイン・ラグナード大尉。これより帰投する」 ダークグレーをした三機のモビルスーツは、母艦《イスマイリア》に向けてバーニアを噴かした。カインの背後で、 ジオンの戦艦もモビルスーツも、そして薄汚い陰謀も、すべてが 宇 ス ペ ー ス デ ブ リ 宙ごみ と化した。 コクピットのハッチを開け、カインはハンガーに固定された《ジム・スナイパーⅡ》の外に出た。アレキサンドリ ア級であるこの《イスマイリア》の M モビルスーツ S デッキは広く、横に並んだカインたち三人のモビルスーツの向かい側に、さ らに三機の《ジム》が格納されていた。 「大尉。こちらです」 カ イ ン は 振 り 仰 ぐ よ う に し て、 そ の 機 械 的 な 声 の し た ほ う へ と 目 を 向 け た。 こ の M S デ ッ キ に は《 ジ ム・ ス ナ イ パーⅡ》の肩ほどの高さに手すりのついた人間用の通路があり、そこに一人の男が立っていた。年齢は三十代なかば といったところか。すでに空気が 充 じゅうてん 塡されているからだろう、彼はノーマルスーツを着用しておらず、連邦軍の制服 姿だった。 カインは開いたハッチを蹴り、男のいるほうへと身体を流す。ザルフとリネマもあとにつづき、三人は手すりを越 えて男の前に移動した。そうしているあいだ中、整備兵たちがじろじろとこちらを見ているのをカインは感じていた。 男は自己紹介もせずに背を向けると、そのまま通路を進み、突き当たりにあるエアロックのドアをひらいた。廊下

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折 仮 P25

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折 仮 P の白い壁には腰くらいの高さに溝が走っており、そこを短い棒が一つ、二つと流れている。それはリフトグリップと 呼ばれ、摑んでいるだけで無重力空間をスムーズに移動できるようにするための装置だ。 男は無言のままリフトグリップを握り、すいすいと進んでいく。カインたちもそれを手にし、彼についていく。カ インたちに対して、こうしてあからさまに冷ややかな態度を取るのは、なにもこの男だけではない。いま廊下をすれ 違ったオペレーターらしき女も、先ほどの整備兵たちも、おそらくは艦長も、この《イスマイリア》の乗員すべてと 言ってもよかった。だからといって、カインはいちいちそれに腹を立てたりはしない。むしろ彼らの気持ちが理解で きた。作戦の内容もろくに聞かされず、フェイスマスクを着けたまま素顔を見せることもない相手に、同じ連邦軍と はいえ自分の乗る艦を送迎バス同然に使われているのだから無理もない。煙たがられて当然だ。連邦政府がその存在 を公式には認めていないシャドウズは、文字どおり「影」の部隊だった。 角 を 何 度 か 曲 が り、 長 い 廊 下 の 途 中 に あ る ド ア の 前 で、 男 は リ フ ト グ リ ッ プ を 放 し た。 グ リ ッ プ は 溝 の 終 点 で 止 まった。 「ここです」 それだけ言い残し、彼はドアを挟んだ向こうのグリップを摑んで去っていった。 カインはドアに身体を向ける。と、リネマが案内係の背中に向けて立てていたのであろう中指を引っ込めるのが視 界に入った。そのままリネマに首を回すと、彼女は誤魔化すように、宙に取り残された 拳 こぶし をひらいてドアを示す。 「さ、入りましょう」 と く に 指 摘 は せ ず、 カ イ ン は 一 歩 ド ア に 近 づ い た。 横 倒 し に し た「 凹 凸 」 の 文 字 が 嚙 か み 合 っ た よ う な ド ア が、 プ シ ュ ー、 と 左 右 に 割 れ た。 そ こ は い か に も 快 適 そ う な 部 屋 だ っ た。 高 い 天 井。 そ こ に 埋 め 込 ま れ た 明 る い 照 明 器 具。

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折 仮 P27 L字のソファ。観葉植物。壁際には、様々な食料や飲料が出てくる無料の自動販売機があった。 「行きもここにしてくれたらよかったのになあ」 ザルフが愚痴をこぼしながらも、 嬉 うれ しそうにその長身をソファに横たえる。といっても、この無重力下でそうした ところで、実際に身体が楽になるわけではない。天地の概念は、こうして宇宙巡洋艦にも持ち込まれているわけだが、 それは重力の発生している場所でなければ意味をなさない。 カインもザルフに占領されていない場所に形式上腰を下ろし、ヘルメットを取った。ドアが閉じているのを確認し て、さらにフェイスマスクを脱いだ。 「変な頭」 カ イ ン の 隣 に 座 り な が ら、 リ ネ マ が か ら か う よ う に 言 う。 「 え?」 と カ イ ン は 目 の 前 に 置 か れ た ガ ラ ス 製 の ロ ー テーブルを 覗 のぞ き込んだ。たしかに天板に映る自分の頭髪は、見事なまでに潰れていた。いつにもましてぺしゃんこに なった頭に少しでもボリュームを与えるべく、カインは頭をくしゃくしゃと搔き乱した。しかしちょうどいい具合に はならず、こんどはボサボサになりすぎてしまった。 自分だって、と反撃されないようにするためだろう、リネマはフェイスマスクを中途半端に脱ぐことによってそれ をヘアバンド代わりに使い、 艶 つや やかな栗色のロングヘアーを束ねた。彼女はいつもそうしている。 「それは逃げだ」 ザルフが故意に低い声を出し、リネマを指さした。二重だがシャープな印象を与える眼の上の細い 眉 まゆ をひそめ、リ ネマは「どういうこと?」と訊く。 「マスクを外したときにどんな髪形になっていようとも、それを受け入れるのが軍人のあるべき姿だと言っているん

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折 仮 P だよ。それすらも、必死に戦った 証 あかし なのだから」 ヘルメットを宙に放し、ザルフがおもむろにフェイスマスクを脱いでいく。珍しく恰好いいことを言うな、と思い ながらカインはザルフを見つめる。反論しないところを見ると、リネマもきっと同じ感想を抱いているのだろう。 やがてザルフの頭が 露 あらわ になった。白人系の血を色濃く引いた彼の金髪はほとんどが後ろに流れているのだが、額に はアルファベットの「J」みたいな束が三つ並んでいて、とても気持ちの悪い髪形に仕上がっていた。ザルフは澄ま した顔のままだ。 カインとリネマは声を上げて笑った。ザルフは任務中から、いやマスクを被るときにはすでにこれを仕込んでいた はずだ。そう考えると感心すらしてしまう。 こんなとき、カインは決まって、自分の戦う理由がジオンへの憎悪だけではないことを思い知る。それ以上の理由 が あ る こ と を 実 感 す る。 仲 間 の た め に 戦 う の だ、 と 強 く 思 う。 「 戦 い 」 し か 生 き る 術 すべ を 持 た な い 自 分 た ち が、 こ の 先 もこうして笑い合って過ごしていくために。そんな日が、一日でも長くつづくように。 この続きは『機動戦士ガンダム   ブレイジングシャドウ』単行本第1巻(発行:株式会社 K A D O K A W A)で!

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折 仮 P185

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