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( 東 女 医 大 誌 第55
巻 第1
号
)
頁72-75
昭和60
年1
月広汎な肺転移を来した唾液腺癌の
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剖検例
東京女子医科大学第二病理学教室 シ マ グ マコト ト ヨ グ ミツヤス ホ ン ダ タダミツ嶋田
誠 ・ 豊 田 充 康 ・ 本 多 忠 光
ウ エ キ チ ズ コ カ ジ タ ア キ ラ植 木 千 鶴 子 ・ 教 授 梶 田
昭
東京女子医科大学第一内科学教室 タキ ザワ教 授 滝 沢
敬 夫
( 受 付 昭 和59年9月12日〉 はじめに 肺は肝とともに,悪性腫蕩の転移がもっともお こりやすい臓器である.とくに肝癌,乳癌,腎癌, 繊毛上皮腫などでは肺への転移が多い.私たちは, 顎下腺に原発した腺様嚢胞癌が広汎な肺転移を形 成した1
例を経験した.原発部位における癌の遺 残はごく小規模であり,肺以外に転移は認められ ないのに,肺に形成された転移がきわめて広汎で あることは印象的であり,呼吸機能への影響とい う面でも興味あることのように思われた.ここに その臨床経過とともに剖検記録を示し,若干の考 察を試みたい. 症 例 症例は52歳(死亡時〉の男子である. 1.臨床経過1
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年(
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歳入左顎下部の示指頭大の腫癌に気 づいたが放置した.1
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年 (47歳入腫癌刻出(関東労災病院),組 織学的に悪性混合腫蕩と診断された.術後60CO照 射が行なわれたが,白血球減少が認められ,中止 された.1
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年6
月,胸部X線{象上,両肺野に撤布性の 陰影が認められ,腫虜転移が疑われ,エンドキサ ン(シグロホスフアミド),マイトマイシンCが投 与された.同年12月1日より74年2月末まで本学 呼吸器内科に入院.唾液腺腫蕩の肺転移と診断. 5-FU(5ーフルオロウラシノレ),マイトマイシンC, エンドキサン投与.以後通院加療に切りかえ.こ の間抗腫虜剤と共に,丸山ワクチンも使用されて いる(
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年1
月-10
月入次第に咳,疾,呼吸困難 が現われ,かっ胸部X
線像で、も腫癌陰影が増加,7
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年9月再び本科入院.
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月2
日より,METT(マ イトマイシンC
,エンドキサン,チオテノf,クロモ マイシンA3の併用), 25日より MFC(マイトマイ シンC,テトラヒドロフリルーフルオロウラシル, シタラビンの併用〉を投与.白血球,血小板の減 少がみられ,以後はピシパニールのみ投与して経 過を観察した.自覚症状の増悪,胸部陰影の増加, 増大,融合と共に, 11月中旬以後は血液ガス分析 で血中酸素値低下,炭酸ガス値の上昇がみられた.7
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年1
月1
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日,気管切開,酸素投与開始.1
月1
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日ころから曙眠状態になり1
月2
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日死亡した. 2.病理解剖学的所見 死後約3
時間で解剖した(剖検非7
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1).顎下部 に腫癌の遺残は認められなかったが,後日この部 分の軟部組織を鏡検すると,癌性組織が小範囲に 残っていることが確認された.組織学的には,か なり定型的な腺様嚢胞癌の像であった.局所以外 Makoto SHIMADA, Mitsuyasu TOYODA, Tadamitsu HONDA, Chiz叫wUEKI, and Akira区 A-JITA CDepartment of Pathology CDirector : Prof. Akira KA]IT A)J
and Takao TAKIZA W A CDepartment of Medicine 1 CDirector : Prof. Takao T AKIZA W A)J
:
An autopsied case of salivary gland accompanied with widespread metastasis in the lung.写真1 両肺の前額断.密在する結節性転移巣. では,肺転移がきわめて広汎で、あったが,他には 癌の拡がりは認められない.肺の所見について, 以下に詳述する. 胸腔は,両側ともびまん性に癒着し,とくに右 側では壁側肺側の肋膜が広い範囲で癒着し,厚い 併抵を形成しており,横隔膜面には限局性の腔を 残して,ここに線維素性の凝塊を入れている. 両肺とも,容積及び硬度の増加が著明である. 73 写真2 肺の一部.肺実質は大部分転移巣におきかえ られ,血管,気管支は転移巣で圧迫されている. 表l 肺大割面における腫癒,非腫癒部の容積比の 推定(pointcountingによる). 右 肺 腫癌部 非腫癒部 点 の 数 試 行1 56.6% 43.4% 91 試 行2 63.3% 36.7% 75 試 行3 66.5% 33.6% 76 試 行4 59.0% 41.0% 78 平 均 61.1% 38.9% (合計 320) 割面を見ると(写真 1,2),灰白色の結節状病巣 左 肺 が両肺ほぼ同じ程度に密在している.個々の病巣 は割面径で'3m m程度のものから20m mを越える ものまで大小様々であり,これが不規則に融合し あっている.とくに両肺下葉ではこの融合した病 巣が肺実質の大部分を置き換える形になってお り,本来の肺実質は縦隔側にわずかに残っている だけである.転移結節は弾力性軟, ところによっ てやや粘液性の感触を示す.融合した結節の中心 部は多少壊死性に見えるが,軟化崩壊した部分は ほとんどない. 肺の前額断面に, 6角格子hexagonallatticeを プリン トしたプラスチック板を重ね,腫癌および 非腫癌部に重なった点を数えることによって,両 者の容積比を見積もったり.試行は板を
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・ずつ回 転することによって,左右肺それぞれ4
回ずつ行 腫癒部 非腫癌部 点 の 数 試 行1 60.3% 39.7% 78 試 行2 60.0% 40.3% 62 試 行3 64.6% 35.4% 65 試 行4 57.9% 42.1% 63 平 均 60.6% 39.4% 〔合計 268) なったが,結果は表に示した通りである.平均し て腫癌部は全肺容積の61% となり,直観より低目 の値となった. 左右の主気管支内には粘液性内容の滞りが見ら れる.右上葉気管支幹は腫癌のためやや圧迫され ているが,その他の部分では気管支腔の狭窄や拡 張は目立たない. 肺門部のリンパ節は炭症が著明であるが,ほと - 73ー74 写真3 肺転移巣の組織像 蜂巣の内部に不均等な腺管ないしcyst形成がみ られる. 写真4 肺転移巣 比較的異型の少ない上皮性細胞の増殖と腺管ない しcyst形成. んど腫脹はしておらず,転移と思われる像はない. 組織学的に,肺の腫癌は,原発巣と同じく腺腫 嚢胞癌で,特長的な筒状構造を具え(写真3,4), 腺管内には不均等ではあるがPAS陽性物質が認 められる.一般に異型に乏しい上皮性細胞から成 り,核分裂像も少ない.腫癌の周辺では,肺実質 を圧迫しているようにみえるところもあり,隣接 の肺胞腔に漸次侵入する像もある.このような場 合,肺胞壁が腫蕩の基質になる形を示すが,成長 した腫癌でもこの様式はほぼ維持されており,こ のため全体として,髄様である.血管壁や気管支 壁を破壊する所見には,鏡検した範囲で、は接しな かった. 考 察 本例は,死亡に先立つ
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年前0963
年〉に左顎 下部に示指頭大の腫癌が気づかれ,その9
年後に 始めて摘出が行なわれたが,手術の翌年には,す でに胸部X線像上,撒布性陰影が出現した.しか もその後約4
年間に,ほとんど肺に限って腫虜の 発育が進行したので,全体の経過は比較的緩徐な ものであった. 摘出時の診断は悪性混合腫蕩であったが,剖検 時,原発部,肺転移ともに,腺様嚢胞癌に当る像 を示した. 唾液腺のいわゆる悪性混合腫蕩は,多匹葉由来 ではなく,むしろ純上皮性腫蕩であるとの見解が 一般に支持されている.島田2)によれば,この腫療 に特異な粘液腫様,軟骨腫様組織は,腫蕩細胞が 分泌する異常型粘液(ムチカルミン, Hale,異染 性強陽性, PASほとんど陰性,などの染色特性を もっ)と,これに反応する間質組織によって形成 されるもの,という.一方,腺様嚢胞癌は,いわ ゆる混合腫蕩に比較的近い位置にあるもので,た だ前者では,分泌物の嚢腫内保存が長期にわたり, ゲル化が進行して,間質反応ないし間質への浸潤 がおこりにくくなったもの, と推定されている. このような奈から見れば,摘出標本と剖検材料と の組織像の差は,基本的なものではない, と思わ れる.腺様嚢胞癌の部分像がいわゆる混合腫蕩に 似る場合があることも島田の報告に指摘されてい る 腺様嚢胞癌adenoidcystic carcinomaは円柱 腫cylindromaと呼ばれたこともある.円柱腫は Billrothに由来する古い言葉であるが,Billroth (872)3)は,I
私がかつて円柱腫として記載したも のは,誤って腺腫とも関連づけられたが,新しい 研究によると巨細胞肉腫の 1型と思われる」と述 べている.少なくとも Billrothは,腫蕩の基質成 分の特長について述べたもので,上皮要素に関し てではなかったらしい CFooteら4)).今日広く用 いられる adenoid cysticcarcinomaの名称は, Ewingによるものである.その構造の特長は,太 田町こよって三重の蜂嵩構造と形容されている が,蜂巣内に小腺管の不均等な形成があって筒状 74-の印象を与える.比較的発育が遅く,良性とみな す見解さえ一部に生んだほどで,急速に致命的な 経過を辿ることはまれといわれる.しかし組織学 的に,発育の遅い部に被膜形成が認められること もあるが,大多数は緩慢な連続性浸潤を示し,転 移もまれではない(島田).広汎な転移(肺,骨, 腹部内臓,脳,皮膚〉をおこす前に,局所再発を くりかえすのが通例である(Footeら), といわれ る. 本例は,原発部位には組織学的規模の遺残巣を 残す程度でありながら,きわめて高度な肺転移を 示し,全肺容量の60%以上が腫癌で置換されてい た.生前のスパイログラムでは,肺活量1,320ml (%VC 38%)
,
1秒 量FEV1.0 1,
030ml (FEV 1.0 % 78%)で明らかに拘束性の換気障害を示した.肺 活量の減少は,腫癌発育による肺組織の減少とほ ぼ見合っているが,換気障害には両側胸腔の癒着 も関与しているであろう.肺転移がこのような広 汎な拡がりを示すに至ったのは,一つには他臓器 へ の 転 移 が な か っ た こ と に よ る で あ ろ う . 骨 ス キャン検査で左第10肋 骨 に 異 常 を 疑 わ せ る 像 が あったが,これは剖検時に確認しなかった.しか し少なくとも,実質臓器の転移は肺に限られ,こ れが肺の機能的予備がほとんど枯渇するまで生存 75 75 を可能にした.と思われる.さらにこの腫蕩が, 全身的な影響の少ない性格のものであることも示 しているであろう. 肝には遷延性うつ血がみられ,肺流床の制限に よって,すでに右心不全が発現しつつあることを 示唆する所見と思われた. ま と め 中年男性に発症し,比較的緩慢な経過を示した 顎下腺腫療の例について,臨床・剖検所見を記載 したが,局所再発が軽度なわりに,肺転移が著し い規模に達した点が特異と思われる. 文 献1)Weibel
,
E.R.: Morphometry of the Human Lung. 52 -54, Springer, Berlin-Gottingen -Heidelberg (1963) 2) 島田義弘・所謂唾液腺型混合腫蕩の組織発生に就 いて 唾 液 腺 腫 蕩 の 諸 型 の 比 較 研 究 . 日 病 会 誌 44 243-266 (1955) 3) Billroth,
T.:Die allgemeine chirurgische Pathologie und Therapie.688, G. Reimer, Ber -lin(1872)4) Foote
,
F.W. and Frazell,
E.R.: Tumors of the major salivary glands. Cancer 6 1065 -1133 (1953)5) 太 田 邦 夫 唾 液 腺 の 病 変 . 臨 床 組 織 病 理 学 〔 宮 地 徹編)203-213貰 杏 林 書 院 東 京 ( 1966)