博士論文審査結果の要旨
学位申請者
児 玉 直 俊
主論文 1編Impact of Door-to-Balloon Time in Patients With ST-Elevation Myocardial Infarction who Arrived by Self-Transport: Acute Myocardial Infarction-Kyoto Multi-Center Risk Study Group.
Circulation Journal doi:10.1253/circj.CJ-17-0083
審 査 結 果 の 要 旨
ST 上昇型急性心筋梗塞(ST-segment elevation myocardial infarction,以下 STEMI)の患者にお いて,医療機関到着から冠動脈再開通までの時間(Door To Balloon Time,以下 DBT)は予後に大き く影響するとされており,各ガイドラインでは DBT ≤ 90 分がひとつの指標とされてきた.そのため 世界中の救急医療機関において DBT ≤ 90 分を達成すべく努力されているが,救急車(Emergency Medical Service,以下 EMS)ではなく自己搬送手段(self-transport)で受診した患者では DBT が 長い傾向があるという報告が見られる.しかし,遅延しているとされる DBT が self-transport 群にお いてどれほど予後に影響を及ぼしているかは詳細に明らかにされていない.
そこで申請者は,2009 年から 2013 年に AMI Kyoto Registry に登録された STEMI 患者を抽出し,EMS 群と self-transport 群の患者背景の比較,院内死亡率の比較,また DBT をはじめ院内死亡率に影響を 及ぼす因子を各群で解析し比較検討した.本研究に登録された STEMI 患者は 1172 名で,内訳は EMS 群で 804 名,self-transport 群で 368 名となっている.EMS 群に比し,self-transport 群は有意に若 く,重症心不全(Killip 分類でⅡ以上)の症例が少なく,また DBT が有意に長かった(115 min vs. 90 min, p < 0.01).しかしながら,院内死亡率は有意に self-transport 群の方が低かった(3.3% vs. 7.1%, p < 0.01).この結果から,self-transport 群では DBT > 90 分を含めどのような臨床因子が院内予 後に影響しているか,EMS 群と対比させながら多変量解析を用いて検証した.その結果,EMS 群では DBT > 90 分は有意に院内死亡率と関連していた(OR = 2.43, p = 0.01)が,self-transport 群では 有意な関連は見られなかった(OR = 0.89, p = 0.87). 本研究では,EMS 群とは異なり self-transport 群では DBT > 90 分が院内死亡率に有意な影響を与 えていないことが示唆された.理由としては心不全の重症度や発症から受診までの時間などの背景 因子の違いが考えられる.近年,単純に DBT を短くしただけでは生命予後は改善しないとする報告や, また DBT ≤ 90 分という指標は予後改善に有効である患者群とそうではない患者群が存在するとす る報告もあり,本研究の結果も同様の事実を示唆している可能性が考えられる.申請者は搬送手段を はじめとした患者背景の違いによって DBT ≤ 90 分のみならず様々な臨床因子を考慮しつつ初期治 療戦略を考える必要性があると考えた. 以上が本論文の主旨であるが,患者背景によっては必ずしも DBT が生命予後改善に直接関連して いない可能性を指摘した点で,医学上価値のある研究と認める. 平成 29 年 9 月 21 日 審査委員 教授 伊 東 恭 子