実験弱視における解剖学的研究
著者
三輪 正人
発行年
1988-03-24
氏名・(本籍) 学位の種類 学位記番号 学位授与の要件 学位授与年月日 学位論文題目 しノ み わ まさ と 三 輪 正 人 (長野県) 医学博士 論医博第40号 学位規則第5条第2項該当 昭和63年3月24日 実験弱視における解剖学的研究 第1報 片眼遮蔽の行動、眼軸長、屈折および網膜神経節 細胞に与える影響について 第2報 視性遮断の外側藤状体relay celIおよび網膜神経節 細胞におよぽす影響について 審 査 委 員 主査 教授 前 田 敏 博 副査 副学長 稲 富 昭 太 副査 教授 越 智 淳 三 論 文 内 容 の 要 旨 〔目 的〕 生後12週までに片眼眼険を縫合遮蔽して飼育することで惹起される弱視猫の解剖学的あるい は生理学的な変化の報告は外側膝状体(以後LGN)、後頭葉視中枢については数多くあり、 確証されつつある。しかし、網膜神経節細胞(以後ganglion cell)について調べられた報告 は稀であり、LGNのrelay cellの変化を観察した同一の弱視猪でganglion cellの状態を観 察した報告なはい。本研究は、臨界期の片眼眼険の縫合遮蔽(視性遮断)が、1)視的行動に 与える影響 2)眼軸長、屈折に与える影響についてを明らかにするとともに、3)ganglion cellの形態におよぼす影響を統計的に観察し、4)LGNのrelay cellとganglion cellの状 態を形態の上で比較検討することにより、実験的弱視の解剖学的変化を総合的に観察し、考察 することを目的とした。 〔方 法〕 生後2∼6週の子猫の右眼険を縫合遮蔽し、1∼2年遮蔽を確認しつつ飼育した。無事飼育 された猫は6匹であった。標本作成時、すべての猫で遮蔽眼を開険し僚眼を遮蔽し、行動を観 察した。この後、4匹の猫でキシラジン塩酸塩(セラクタールR)を筋注麻酔(0.15ml/kg) し、両眼に1%Atropinを点眼し、30分後、検影法を行い、超音波Aモードにて眼軸長を測 定した。次に、3匹の猫について蛍光色素(10%primulinein saline)50∼100〃1を視神 経に注入し、2日後、Krebs Ringerおよび4%paraform−aldehydein O.1M phosphate buffer(pI骨.4)にて潜流固定し、眼球および脳を摘出した。摘出眼の角膜を輪部で切除し
たのち、水晶体、硝子体を除去し、脳とともに4%paraformaldehydein O.1M phosphate buffer(pH7.4)、30%saccharosein0.1M phosphate buffer(pH7.4)に2日間固定
した。その後、網膜を剥離し、全貼付標本を作成した。蛍光顕微鏡にて435nmで観察し、網膜 中心野(500×500Jl戒)および傍中心野(中心野の周囲の500×500/l戒の9枚)を写真撮 影し、ganglion cellの輪郭をペンで描き、中心野については、細胞面積と細胞密度を、傍中 心野については、輪郭明瞭な50個の大型細胞の細胞面積を画像処理システム(Nexas)を用い て計測した。4匹の成猫をコントロールとして同様の手順でganglion cellについて計測した。 1匹の猫の脳はinteraurallineの前方約8nmの部位における両側のLGNを含むffontal se ctionの凍結切片を作成しCresylVioletにて染色した。顕微鏡写真を撮影し、A層、Al 層の層構造について観察し、それぞれの層の50個のrelay cellの細胞面積についてganglion cellと同様の方法で計測した。 〔結 果〕 1)遮蔽眼を開瞼し僚眼を閉険し、机上におくと、あとずさりし、フラフラ机から落ちそうに なり、高度の視力低下があることが推定された。 2)屈折度、眼軸長については、遮蔽眼 (右眼)とコントロール(左眼)に有意差はなかった(p>0.05、で一七est)。 3)中心野 におけるganglion cellの平均細胞面積および密度は、弱視眼では糾.89〟戒、8196/感、コ ントロールで86.95!上戒、8144/崩と有意差はなかった(p>0.05、T−teSt)。傍中心野に おける大型細胞の平均細胞面積は、弱視眼で324.0〟戒、コントロールで320.2/上戒と有意差 はなかった(p>0.05、T−teSt)。 4)LGNの層構造については、弱視眼の網膜から同 側投射を受けるAl層で萎縮が著しく、反対側投射を受けるA層は萎縮は少なかった。 5) A層、Al層のrelay cellについては、弱視眼から投射を受ける側の大型細胞を中心に小型化 が起こっていた。A層の遮蔽側、非遮蔽側の平均細胞面積は287.6/J戒、306.2/l崩であり、 Al層の遮蔽側、非遮蔽側の平均細胞面積は350.4/l戒、428.6/上戒であった。 〔考 察〕 今回のネコでの生後早期からの眼険縫合がもたらす弱視には、その視的行動が著しく劣って いる事実より、非常に深い視機能異常が潜在するものと思われる。この機能上の障害には、眼 球自体(眼軸長、屈折)の、あるいは網膜神経節細胞の形態学的な変化を伴っているだろうか? ネコでは眼軸長、屈折について延長と近視化がサル同様に認められた(Albert)との報告 と、変化がなかった(Gollender)との対立する報告が1つずつあるのみであるが、しかし本 実験においては眼軸長の延長、屈折状態の近視化は認められなかった。 中心野におけるganglion cellは殆どが中、小型のⅩ−Cell(P−Cell)に相当し、傍中心 野の大型細胞はY−Cell(a−Cell)に相当する。1匹のLGNにおいてはY−relay cellを 中心に、A層、Al層ともに、そのrelay−Cellが小型化しており、また同側の投射を受ける 層を中心に層自体にも萎縮がある事実が確認された。しかしながら、網膜上では、Ⅹ−、Y− cellの形態に変化は認められなかった。これは、ganglion cellの受容野のpropertyと伝導速 度は正常と変わらない(Sherman、Stone)との生理学的な事実と一致しており、ganglion cellの可塑性が非常に低いことを示している。 一66−
〔結 論〕 生後早期の眼険縫合により、弱視を得た。この弱視による眼軸長、屈折への影響は認められ なかった。LGNでは、弱視眼の同側投射するA層に著しい萎縮が認められ、また、relay− cellの細胞面積は、同側、反対側投射に拘らず、大型細胞(VMrelay cell)を中心に小型化 していた。しかし、ganglion cellでは、Ⅹ−、Y−Cellともに、弱視によって、どのような 影響も蒙らないことが確証された。 学位論文審査の結果の要旨 本研究は、生後の発達臨界期に片眼を遮蔽して得られた実験的弱視動物の視覚系におこる変 化を、主として解剖学的に検討したものである。 実験動物としては猫を用い、生後2−6過に片眼眼険を縫合し、1∼2年後、開険した。検 討した事項は、1)行動 2)眼軸長と屈折度 3)外側膝状体神経細胞および 4)網膜神 経節細胞である。 1)実験動物の示す行動は、すべて高度な視力低下があることをうかがわせた。 2)眼軸長、屈折度ともに遮蔽眼と対照眼との間に有意の差はなかった。 3)外側膝状体においては、遮蔽眼からの投射を受ける同側Al層および反対側A層に大型細 胞の小型化が起こった。特に、同側Al層の受ける影響は著しく、層全体の萎縮がみられた。 この細胞は、おそらくY−relay cellに当たるものと思われ、本ニューロンが皮質視覚野の両 眼性細胞への入力に強く関与するとの考えと照らして興味深い。さらに、同側性により強い影 響がみられた事実は、網膜上の鼻側、耳側領域で、その投射領域との間の生物学的関係に違い のあることを暗示して、これまた興味深い。 4)網膜神経節細胞の検討にあたって、本研究では蛍光色素で逆行性に標識して、その形態を 解析した。神経節細胞は中心野、傍中心野ともに、大型(Y)細胞、中、小型(Ⅹ)細胞の大 きさおよび密度に関して、対照と比して有意の差を認め得なかった。 視覚伝導路において、その入力を中継する外側膝状体ニューロンに明らかな変化が起こって いるにも拘らず、それに入力を与える網膜神経節細胞に変化がみられないことは、そのニュー ロン鎖各々において、発達の臨界期あるいは易障害性に違いがあることを示すもので、生物学 的にも臨床的にも示唆に富むものと思われる。 以上本研究の結果は、視覚伝導路の発達と入力の関係に基礎的知見を提供するとともに、弱 視斜視などの治療上の問題にも意義あるものであり、医学博士の学位を授与するに値する。 −67−