時間意識の育成という観点から捉える初等段階の歴史学習
― ドイツ事実教授の教科書における時間学習を通して ―
宇都宮明子
1,原田 信之
2Historical Learning in Primary Education from the Aspect
of Nurturing of Time Consciousness : Based on the Time Learning
of German Textbooks of “Sachunterricht”
Akiko UTSUNOMIYA, Nobuyuki HARADA
要
旨
本稿の目的は,時間意識の育成という観点からドイツの事実教授教科書の時間学習に関する単元を 分析することで,初等段階における歴史学習の教育内容を考察することである。日本の生活科では時 間に着目した教育内容が盛り込まれているにもかかわらず,歴史意識の基礎としての時間意識の形成 を可能にする学習にはなりえていないという課題がある。 この課題を考察するために,ドイツの事実教授教科書“Piri”の時間学習に関する単元を分析した。 “Piri”における時間学習の分析から,第 1 に時間の原理的理解を可能にする時間(歴史)把握に対す る示唆,第 2 に生活科における時間学習の学習目標に関する示唆,第 3 に統合教科以後の教科別学習 との接続に対する示唆という日本の生活科に与える 3 点の示唆を明らかにした。ドイツの事実教授で は,その歴史学習に関して歴史意識の育成という学習目標を設定しているために,時間の原理的理解 を可能にする時間(歴史)把握がなされる学習とともに,初等段階から中等段階の接続も可能となっ ている。 以上の示唆から,日本においても生活科の時間学習と社会科の歴史学習の接続を可能にする両教科 を貫いた学習目標の設定が不可欠であり,この学習目標の設定が,日本の生活科,さらには初等段階 における歴史学習の課題を克服する方策と方途であると結論づける。 【キーワード】歴史意識,時間学習,初等段階,生活科,事実教授 Ⅰ.研究の目的 本稿の目的は,時間意識の育成という観点からドイツの事実教授教科書の時間学習に関する単元を分析 することで,初等段階における歴史学習の教育内容を考察することである。 1 佐賀大学 教育学部 学校教育講座 2 名古屋市立大学大学院 人間文化研究科日本の生活科教科書においても,例えば,1 日や季節の変化の考察や,昔と今の遊びの比較等,時間に 着目した教育内容が盛り込まれている1) 。これらの教育内容は子どもの興味・関心を喚起するものではあ るが,子どもの生活世界との関連が重視され,時間学習の要素は断片的に組み入れられるにすぎないた め,時間の原理的理解のために系統だてられてはいない。本来,小学校低学年における時間学習では,直 線的な時間的経過,周期的な時間的経過,時間的変動といった多様な時間的経過や推移を把握すること で,過去・現在・未来を結びつけ,今後の展望の獲得を可能にする時間意識の形成がめざされるべきであ る。この時間学習を小学校低学年段階で実施することで,3 ・ 4 学年で の地域学習で扱う歴史的内容,6 学年での歴史学習との接続も可能になるはずであるが,生活科の教科書の時間学習に関する教育内容をみ ると,そうした時間学習にはなっていないという課題がある。 なぜ日本の生活科の教科書では,時間に着目した教育内容が盛り込まれているにもかかわらず,歴史意 識の基礎としての時間意識の形成を可能にする学習にはなりえていないのであろうか。この課題を克服す る方策と方途を明らかにすることができれば,歴史学習においても生活科と社会科との結束点を明らかに し,両者の接続カリキュラムの実現が可能になると考える。この考察に際し,ドイツの事実教授において 教育内容を構成する 5 つの展望の内,歴史的展望に着目する。事実教授は,小学校 1 〜 4 学年で実施され る理科・社会・技術の教育内容を中核とした統合教科である。事実教授における歴史的展望で は,1 ・ 2 学年では時間学習を展開しており,時間意識を形成するものになっていることが着目した理由である。本 稿での考察において,事実教授教科書バイエルン州用“Piri”2) を選択する。本教科書を選択した理由は, “Piri”は大手出版社が発行した広く多くの州で採用されている教科書であり,その中でバイエルン州用は 州独自で,複数の州で使用される他州用と比較すると,歴史意識との接続を考慮に入れた時間意識の形成 を図る構成になっており,本稿での格好の分析対象であると判断したからである。本教科書の分析から, 日本の生活科の時間学習における課題を克服する方策と方途を明らかにすることができると考える。 そこで,第Ⅱ章では,事実教授教科書の歴史的展望の理論的背景であるドイツの初等段階における歴史 学習観を分析し,第Ⅲ章では,その歴史学習観を踏まえて,“Piri”の時間学習を分析し,第Ⅳ章では,第 Ⅲ章の考察に基づき,生活科における時間学習の課題の克服への示唆を明らかにすることで,日本の初等 段階の歴史学習を考察する。以上の考察を通して,生活科における時間学習の課題を克服する方策と方途 を究明することを試みる。 Ⅱ.ドイツ初等段階における歴史学習観の分析 本章では,ドイツ初等段階における歴史学習観を分析する。ドイツの小学校歴史学習に関する文献の検 討から,歴史学習観は,1990年代半ばを境に変化していることが判明した。そこで,本章では,1990年代 半ば以前と以降に時期区分し,時期ごとに歴史学習観を分析する。 ⑴1990年代半ば以前の歴史学習観 K. ベルクマン(Klaus Bergmann)は,初等段階及び前期中等段階初期(日本の小学校 5 ・ 6 年生に相 当する)において歴史学習が軽視されてきたことを指摘し,その理由を 3 点述べる3)。第 1 は,初等段階 において歴史学習は早すぎると留保されたからである。初等段階の子どもは歴史的関連や歴史についての 理解がまだできず,過大な要求のもとで十分思慮をめぐらすことなく歴史に向き合うことしかできないと 考えられていた。第 2 は,歴史学習はイデオロギー的であるとして敬遠されたからである。1960年代後半 から1970年代前半にかけて郷土科から転換した事実教授では,郷土科でなされてきた郷土の歴史的解明に 役立つ歴史学習からの脱却を意図し,歴史教育の重要な要素もイデオロギー的とみなされて排除された。 第 3 は,初等段階の歴史学習が学ぶ意義のあるものになっていないからである。初等段階の歴史学習は,
時代順に分類された“過去のダイジェスト”であり,それが自分とどのような関係があるのかが子どもには 理解できないものになっているのである。 これら 3 点の理由から,発達段階からみても,実際に実施されている学校歴史学習の現状からみても, 初等段階では意義ある歴史学習を実施することができないというのがドイツ初等段階における根強い歴史 学習観であったと考えられる。 ⑵1990年代半ば以降の歴史学習観 ベルクマンは,この根強い歴史学習観の背景にある 3 つの理由の反証を通して4) ,新しい歴史学習観へ 転換することを試みた。第 1 の理由に対しては,発達心理学的視点から反論する。ベルクマンは,「学校 外の影響はマスメディアの影響によって無統制に増大しているので,全ての歴史的なものの扱いにおいて 責任ある指導と根気強い同伴の要求がますます学校には割り当てられる」という H. ロートの主張を引用 するとともに,最新の心理学の研究状況に基づき,子ども自身の経験や調査に応じた歴史的問いや関心や 要求から自ら判断,探究する過去の説明は初等段階でも十分可能であるとし,歴史学習は早すぎるという 主張に反論する。第 2 の理由に対しては,郷土愛を歴史的に裏打ちするイデオロギーになりがちであった 郷土科における学習を批判し,全く異なる新しい歴史学習が構想されるとして反論する。第 3 の理由に関 しては,過去のダイジェストとしての歴史を否定し,歴史とは過去に関する知識が解釈的に互いに結び付 けられ,語りを形成する過去についての現在の熟考であるべきと反駁する。さらに,ベルクマンは歴史を 現在の挑戦的で解決できない問いに自らの方法で取り組む過去についての熟考ともみなし,過去・現在・ 未来の新しい関連のもとでの記憶の訓練になるという歴史の可能性も指摘する。これらの反論を通して, ベルクマンはこれまでの初等段階の歴史学習観の変容を試みたのである。 K. ミヒャーリク(Kerstin Michalik)は,歴史が事実教授の確かな構成要素で,郷土科において既に内 容的規準であったにもかかわらず,初等段階の歴史学習はある種影のような存在で,なおざりにされた領 域であったが,1990年代半ばにその状況に変化が生じたと論じる5) 。その一方で,当時の初等段階の歴史 学習の 6 点の課題を指摘する6)。第 1 は,16州の事実教授学習指導要領において,確かに歴史的内容が考 慮されるようになったが,約 2 / 3 の州では,歴史の取り組みは 3 年生または 4 年生で始まり,時間理解 が中心の 2 年生と 3 年生間に断絶がみられることである。第 2 は,ほぼ全ての事実教授学習指導要領で, 郷土科で重視されてきた地域史・地方史・郷土史が歴史的内容の中心を占め,郷土科との継続性による古 いスタイルが目立ち,郷土科を脱却していないことである。第 3 は,内容的に単純な比較(例えば,水供 給の昔と今)や直線的な発展(例えば,車輪から自転車へ)が中心的テーマで,技術革新の原因や背景, 人間の生活へのそれらの影響に関する取り組みは喚起されないことである。第 4 は,子どもの経験世界の 歴史的次元に関連するテーマは考慮されるが,社会的関連や社会的変動は考慮されていないことである。 第 5 は,行為志向,プロジェクト志向等の多様な活動形式が考慮されることはなく,専門的な資料活動や 基礎的な専門特有の活動方法,歴史的知識の洞察や認識は問題とされないことである。第 6 は,事実教授 の教科書においても,歴史的史資料は十分活用されず,方法論的な手ほどきをするような資料活動は考慮 されていないことである。ミヒャーリクは1990年代半ば以降,初等段階の歴史学習観の変容が図られてい ることは認めつつも,新しい歴史学習はなおも多くの課題を抱えていることを指摘する。
D. v. レーケン(von Reeken, Dietmar)も,1990年代半ばに,初等段階の歴史学習における今後の課題 を挙げている7)
。第 1 は歴史学習を通した政治教育,第 2 は歴史学習を通した現在の生活世界の変動性に 基づく独自の行為可能性の考察,第 3 は他者理解を通した他者の展望を受け入れるための心構えや能力の 発展,第 4 は自身の過去や社会的関連システムや出自となる集団の過去の説明を通したアイデンティティ
形成,第 5 は学校外の施設や地域での活動を通した学校の開放である。レーケンも,1990年代後半から 2000年代前半にかけての先行研究に依拠して歴史学習観の転換が生じていることを論じる一方で,ミ ヒャーリクと同様に,新しい歴史学習の課題を指摘しているのである。 三者の論考から,新しい歴史学習観の根底にある共通基盤が見て取れる。それは歴史学習の中心的目標 としての歴史意識である。ドイツでは,H. -J. パンデル(Hans-Jürgen Pandel)に依拠し,歴史意識を歴 史性と社会性からなる 7 つの次元で捉える。パンデルの構想では,歴史意識は,時間意識・現実意識・歴 史性意識という 3 つの歴史性の次元,アイデンティティ意識・政治意識・経済社会の意識・モラルの意識 という 4 つの社会性の次元に分類される8) 。時間意識は,歴史学習のための時間の様々な形式(過去・現 在・未来,昨日・今日・明日)を描写し,時間軸や次元軸を使って出来事を把握するといった時間や時代 を扱う能力である。現実意識は,小説や神話や伝説といった文学的なジャンルと関わり,現実と虚構との 間に境界線を引く能力である。歴史性意識は,歴史的過程を不変性や変動性を基準に考察し,判断する能 力である。4 つの社会性の次元は,社会の複雑性と関連づけられる。アイデンティティ意識は,時間的展 望において異なる集団に対し,自らや自らの属する集団を「私たち」というまとまりとして理解する個人 と集団の能力である。政治意識は,権力の社会的関係,社会状況における支配構造を認識し,権力の所在 を突き止め,問題視する能力である。経済社会の意識は社会的不平等,その成立や配分,合法性を意識 し,社会的差異の原因を説明する能力である。モラルの意識は規則に基づき善悪を評価し,時代による判 断規準の相違を考慮する能力である。 ベルクマンは,パンデルの歴史性の 3 つの次元が,社会性の次元の各意識と結びつき,歴史性の次元の 各意識が歴史的社会と関連しあうことで子どもは歴史的社会を自身の社会とは異なる生活状況として考え たり,異なる価値観と遭遇することでアイデンティティを形成したり,展望引き受けや感情移入といった 能力を促進したりすると考える9) 。ベルクマンは,パンデルに依拠し,感情移入に基づく他者理解を通し て過去を熟考することで歴史意識を育成することを歴史学習と捉えているのである。ミヒャーリクは,パ ンデルの歴史意識の概念規定は現実を解明する機能を持つとし,歴史意識を育成する歴史学習は,歴史的 状況や解釈に自主的・知的に取り組むための能力を与え,歴史的に根拠づけられた現在方向性を可能にす ると考える10) 。レーケンも,パンデルに依拠し,歴史意識を育成する歴史学習は,現在の認識関心に根拠 づいた歴史や現在や未来において,より増大する行為コンピテンスの目標についての徹底した方法論的に 熟考した取り組みで生じると論じる11)。三者の主張から,事実教授の歴史的展望において未だ抱えている 課題を克服し,他者理解を通して過去・現在・未来という時間軸上で自らの行為を方向づけるための鍵的 概念として,歴史意識が新しい歴史学習観の共通基盤となっていることが分かる。 これより,三者はともに初等段階において歴史意識を育成する歴史学習をめざしていることが明らかで ある。初等段階では意義ある歴史学習は実現不可能であるとするこれまでの歴史学習観を脱却し,歴史意 識の育成という観点から初等段階の歴史学習に積極的な役割を付与している。そして,歴史的社会の考察 から,感情移入や他者理解といった能力を育成し,その能力を通して,現在の社会の多様性を解明し,過 去と現在を結び付けることで,未来の社会までも含めた今後の展望を獲得する歴史学習を求めているので ある。 以上から,1990年代半ば以降,歴史意識の育成のための意義ある歴史学習を実施すべきであるという歴 史学習観に変容したといえよう。 Ⅲ.事実教授教科書“Piri”における時間学習の分析 第Ⅱ章では,1990年代半ば以降,歴史意識の育成をめざす新しい歴史学習観へと変容したことを明らか
にした。本章では,この歴史学習観に基づき,時間(歴史)意識の育成という観点から“Piri”及び,その 教師用指導書( 1 年生用)12) ,( 2 年生用)13) を分析する。 ⑴“Piri”の時間学習 学 年 単元 小単元 学習目標 学習活動 時間(歴史)把握 歴史意識の次元 1 学 年 時 間 は 過 ぎ 去 る 君の 1 日 ・生活世界の時間的区分に関 する概念を適切に応用し, それにより方向づける ・レアの 1 日の描写 ・自分の 1 日の描写 ・自分の 1 日と他人の 1 日 の比較 直線的理解 周期的理解 客観的時間の中の 主観的時間 自然の時間の中で の人間の時間 時間意識 アイデンティ ティ意識 昼と夜 ・生活世界の時間的区分に関 する概念を適切に応用し, それにより方向づける ・昼の家族の 1 日の描写 ・夜の家族の 1 日の描写 ・人 間,動 物,植 物 の 1 日 の描写 直線的理解 周期的理解 客観的時間の中の 主観的時間 自然の時間の中で の人間の時間 時間意識 アイデンティ ティ意識 1 週 間 は 7 日 か ら なる ・時間的スパンを日や年の経 過における変動についての 独自の考察と関連づけ,自 然的リズムと時間の区分と の関連を描写する ・事例となる 1 週間のスケ ジュール帳の記述内容の 描写 ・スケジュール帳への追加 記入 ・平日と休日のスケジュー ルの比較 直線的理解 周期的時間 客観的時間の中の 主観的時間 自然の時間の中で の人間の時間 時間意識 アイデンティ ティ意識 学 校 の 今・昔 ・生活世界の変動と継続を自 分の経験領域からの事例で 描写する ・選択された資料に基づいて, 自身の生活における時間的 スパンを報告し,それを年 表に記録する ・昔と今の教室の写真の比較 ・祖父母の小学校時代に関 する調査 ・昔の小学校の通学日の調査 直線的理解 主観的時間 人間の時間 歴史性意識 アイデンティ ティ意識 モラル意識 私 は 今 で きる ・これまでの学習を通してできるようになったこと の確認 ・発展的学習 直線的理解 客観的時間と主観 的時間 自然の時間と人間 の時間 時間意識 歴史性意識 アイデンティ ティ意識 2 学 年 昔 と 今 私の年表 ・選択された資料に基づいて, 自身の生活における時間的 スパンを報告し,それを年 表に記録する ・時間的スパンを日や年の経 過における変動についての 独自の考察と関連づけ,自 然的リズムと時間の区分と の関連を描写する ・自分の生活史に関する資 料の持参 ・その資料に関する自分と 両親の記憶の比較 ・年表作成 ・小学校入学時の自分と同 級生の記憶の比較 直線的理解 主観的時間 人間の時間 時間意識 アイデンティ ティ意識 家 族 の 今・昔 ・選択された資料に基づいて, 自身の生活における時間的 スパンを報告し,それを年 表に記録する ・生活世界の変動と継続を自 分の経験領域からの事例で 描写する ・教科書にある様々な家族の 形態を示した写真の比較 ・自分の家族に関する説明 ・家族に関する両親・祖父 母への調査 直線的理解 主観的時間 人間の時間の中で の家族形態の継続 や変動 歴史性意識 アイデンティ ティ意識 表 1 .“Piri”における時間学習
2 学 年 昔 と 今 時 間 の 変 動 の 中 の 遊び ・選択された資料に基づいて, 自身の生活における時間的 スパンを報告し,それを年 表に記録する ・生活世界の変動と継続を自 分の経験領域からの事例で 描写する ・ブリューゲルの絵画“子ど もの遊び”の観察 ・絵画の中の子どもの遊び とおもちゃの発見 ・当時の子どもの遊びの考察 ・両親や祖父母の遊びの調査 直線的理解 主観的時間 人間の時間の中で の子どもの遊びの 継続や変動 歴史性意識 アイデンティ ティ意識 聖 マ ル ティノ ・過ぎ去った出来事の再構築 の際の資料の意義を説明し, その再構築はなぜ常に完全 にはなりえないのかを根拠 づける ・歴史的出来事と創作された 物語とを区別する ・物語・伝説・映画・漫画の 歴史的内容の背景を問う ・聖マルティノに関するイ ラストの説明 ・聖マルティノに関する慣 習の考察 ・聖マルティノに関する多 様な伝説の調査 ・伝承による伝説の変化に 関する考察 歴史の構築性理解 現実意識 まとめの頁 ・これまでの学習を通して できるようになったこと の確認 ・発展的学習 直線的理解 主観的時間 人間の時間 歴史の構築性理解 歴史性意識 現実意識 アイデンティ ティ意識 時 間 カ レ ン ダー ・生活世界の時間的区分に関する概念を適切に応用し, それにより方向づける ・時間的スパンを日や年の経 過における変動についての 独自の考察と関連づけ,自 然的リズムと時間の区分と の関連を描写する ・祝 祭 を そ の 日 付,ま た は, 1 年の経過における時間的 位置で整理する ・各月の祝祭日の確認 ・単語カードに挙げた祝日 の曜日の確認 ・カレンダーにある記念日 の調査 ・身近な地域の慣習の調査 ・異なる形式のカレンダー の比較 直線的理解 周期的理解 客観的時間の中の 主観的時間 自然の時間の中で の人間の時間 時間意識 アイデンティ ティ意識 年時計 ・時間的スパンを日や年の経 過における変動についての 独自の考察と関連づけ,自 然的リズムと時間の区分と の関連を描写する ・各季節の特徴の考察 ・各季節の始まる時期の確認 ・自分の誕生日が属する季 節の確認 直線的理解 周期的理解 客観的時間の中の 主観的時間 自然の時間の中で の人間の時間 時間意識 アイデンティ ティ意識 クリスマス ・祝 祭 を そ の 日 付,ま た は, 1 年の経過における時間的 位置で整理する ・教科書にあるクリスマス の慣習を示す写真の考察 ・自分の家でのクリスマス に関する説明 ・クラスでのクリスマス行 事の実施 直線的理解 周期的理解 客観的時間の中の 主観的時間 自然の時間の中で の人間の時間 民族や宗教で異な る社会生活 時間意識 アイデンティ ティ意識 まとめの頁 ・これまでの学習を通して できるようになったこと の確認 ・発展的学習 周期的理解 客観的時間の中の 主観的時間 自然の時間の中で の人間の時間 時間意識 アイデンティ ティ意識 ※時間(歴史)把握の欄の下線部は,重点が置かれている時間把握を意味する。 (“Piri1”S.39-44,指導書 S.108-122,“Piri2”S.41-52,指導書 S.114-135より筆者作成)
本教科書を歴史意識の育成という観点から分析し,その時間学習を示したのが表 1 である。 表 1 は,横軸に学年・単元・小単元・学習目標・学習活動・時間(歴史)把握,歴史意識の次元という 項目を設定し,縦軸で小単元ごとの各項目の内容を示す。表 1 で は,各小単元がどのような学習目標の下 でどのような学習活動を実施することで,時間(歴史)を把握し,どのように歴史意識を育成しているの かを明示することを意図している。 1 学年の時間学習に関する単元は「時間は過ぎ去る」で,「君の 1 日」,「昼と夜」,「 1 週間は 7 日から なる」,「学校の今・昔」,「私は今できる」という小単元からなる。「君の 1 日」,「昼と夜」は,バイエル ン州レアプラン14) (以下,レアプランとする)の単元4.1の「生活世界の時間的区分に関する概念を適切 に応用し,それにより方向づける」を学習目標とする。「君の 1 日」では,教科書の事例であるレアと自 分,同級生の 1 日を描写・比較することで,生活世界の経験から人によって異なる時間配分を考察する学 習活動となっている。「昼と夜」では,昼夜で異なる家族の 1 日,人間・動物・植物で異なる 1 日を描写 することで,生活世界の経験から異なる時間配分を検討する学習活動をとる。両小単元は,1 日というス パンでの時間の直線的理解とその 1 日は繰り返されるという周期的理解をしつつ,1 日という客観的で自 然の時間の中での個人の主観的時間,人間の時間を重視した時間把握をめざす。両小単元は,この時間把 握を通して,自分と他者の時間の過ごし方から時間意識とアイデンティティ意識を関連づけて育成する。 「 1 週間は 7 日からなる」は,レアプランの単元4.1の「時間的スパンを日や年の経過における変動につ いての独自の考察と関連づけ,自然的リズムと時間の区分との関連を描写する」を学習目標とする。ここ では,スケジュール帳を活用した 1 週間というスパンでの時間配分,平日と休日で異なる時間配分を考察 する学習活動を行う。本小単元は 1 週間という時間を直線的に理解するとともに,1 週間は繰り返される として周期的に理解し,さらに,1 週間という客観的で自然の時間の中での各自の主観的時間,人間の時 間を重視した時間把握をする。本小単元は,この時間把握を通して,自分や他者,曜日で異なる時間の過 ごし方から時間意識とアイデンティティ意識を関連づけて育成している。 「学校の今・昔」は,レアプランの単元4.2の「生活世界の変動と継続を自分の経験領域からの事例で描 写する」,「選択された資料に基づいて,自身の生活における時間的スパンを報告し,それを年表に記録す る」を学習目標とする。ここでは,昔と今の教室の写真や,祖父母と自分の小学校生活の比較といった学 習活動を実施する。本小単元では,祖父母の世代から現在までを直線的に理解し,世代で異なる主観的時 間と人間の時間から時間を把握する。世代間で異なる規律のもとでの学校における生活時間の比較から, 変動や継続を捉える歴史性意識とアイデンティティ意識とモラル意識を組み合わせて育成する。 「私は今できる」は,本単元を総括する単元である。1 週間の名称,人間・動物・植物により異なる 1 日の生活時間など 1 日や 1 週間という時間的スパンに関するこれまでの学習内容を確認する。さらに,な ぜ 1 週間は 7 日なのか,なぜ時間は早く過ぎたり,遅く過ぎたりするのかといった質問を通して,これま での学習を踏まえ,人間の時間や主観的時間といった本単元の主要な学習内容をさらに発展的に学習する ことが意図される。 2 学年の時間学習に関する単元は,「昔と今」,「時間」という 2 つの単元で構成される。「昔と今」は, 「私の年表」,「家族の今・昔」,「時間の変動の中の遊び」,「聖マルティノ」,「まとめの頁」という 5 つの 小単元からなる。「私の年表」は,レアプランの単元4.2の「選択された資料に基づいて,自身の生活にお ける時間的スパンについて報告し,それを年表に記録する」,単元4.1の「時間的スパンを日や年の経過に おける変動についての独自の考察と関連づけ,自然的リズムと時間の区分との関連を描写する」を学習目 標とする。自分の生活史に関する資料についての両親と自分の記憶の比較やそれらの記憶に基づく年表の 作成や,他者の年表との比較が主要な学習活動となっている。本小単元では,誕生から小学校 2 学年まで
の時間的スパンを直線的に理解し,自分や同級生各自で異なる年表の比較から主観的時間・人間の時間と して時間把握をする。各自の生活史の比較を通して時間意識とアイデンティティ意識を関連づけて育成す る。 「家族の今・昔」は,レアプランの単元4.2の「選択された資料に基づいて,自身の生活における時間的 スパンについて報告し,それを年表に記録する」,「生活世界の変動と継続を自分の経験領域からの事例で 描写する」を学習目標とする。教科書にある昔の大家族,核家族,片親の家族,共働き家族の写真を比較 することで多様な家族形態を考察し,その観点から自分の家族形態を説明し,さらに,両親や祖父母の調 査から世代で異なる家族形態を認識する学習活動を行う。本小単元では,祖父母の世代から現在までの家 族形態の継続や変動を直線的に理解し,同級生間,世代間で異なる主観的時間,人間の時間の中での家族 形態の継続や変動という歴史を把握する。同級生間,世代間それぞれの家族形態の比較を通して歴史性意 識とアイデンティティ意識を関連させて育成する。 「時間の変動の中での遊び」は,レアプランの単元4.2の「選択された資料に基づいて,自身の生活にお ける時間的スパンについて報告し,それを年表に記録する」,「生活世界の変動と継続を自分の経験領域か らの事例で描写する」を学習目標とする。ブリューゲルの“子どもの遊び”(1560年)という絵画を観察 し,描かれた遊びから当時の子どもの遊びを把握し,それを両親や祖父母,自分の遊びと比較することが 学習活動である。本小単元では,1560年から現在までの遊びの継続や変動を直線的に理解し,主観的時 間,人間の時間の中での遊びの継続や変動という歴史把握を行う。16世紀,祖父母,両親,現在といった 世代間の遊びの比較を通して歴史性意識とアイデンティティ意識を育成する。 「聖マルティノ」は,レアプランの単元4.2の「過ぎ去った出来事の再構築の際の資料の意義を説明し, その再構築はなぜ常に完全にはなりえないのかを根拠づける」,単元4.3の「歴史的出来事と創作された物 語とを区別する」,「物語・伝説・映画・漫画の歴史的内容の背景を問う」を学習目標とする。ここではイ ラストの説明から聖マルティノについての予備知識を確認したり,聖マルティノに関する異なる慣習を比 較したり,多様な伝説の調査から伝説の伝承性や構築性を考察したりする学習活動を実施する。本小単元 では,聖マルティノという人物がいたという事実と,彼に関する多様な伝説があるという架空の区別から 歴史が人々によって構築されるものであるという歴史の構築性を把握する。ここでは,歴史性の次元の 内,現実意識を重点的に育成するのである。 「まとめの頁」は,本単元を総括する単元である。過去について報告する複数の史資料を読解し,語り 直すことで,歴史の構築性や歴史の継続や変動に関するこれまでの学習内容を確認する。さらに,未来の 子どもたちは何を使って,どのように遊ぶのか,自分の未来をどのように考えるのかといった質問を通し て,未来までも視野に入れた時間軸での時間考察を通して,本単元の学習内容をさらに発展的に学習する ことがめざされている。 「時間」は,「カレンダー」,「年時計」,「クリスマス」,「まとめの頁」という 4 つの小単元からなる。 「カレンダー」は,レアプランの単元4.1の「生活世界の時間的区分に関する概念を適切に応用し,それに より方向づける」,「時間的スパンを日や年の経過における変動についての独自の考察と関連づけ,自然的 リズムと時間の区分との関連を描写する」,「祝祭をその日付,または,1 年の経過における時間的位置で 整理する」を学習目標とする。各月の祝祭日や記念日の確認,各地域の慣習の調査,多様なカレンダーの 比較といった学習活動が中心となる。ここでは,1 年をカレンダーで直線的に理解するとともに,月の公 転で繰り返されるとして周期的にも理解し,月の公転という客観的時間,自然の時間に重点を置きつつ, その時間に位置づいた祝祭日や記念日に代表される地域で異なる主観的時間,人間の時間を把握する。本 小単元は,この時間把握を通して,自分や他者,各月で異なる時間との関わりから時間意識とアイデン
ティティ意識を関連づけて育成する。 「年時計」は,レアプランの単元4.1の「時間的スパンを日や年の経過における変動についての独自の考 察と関連づけ,自然的リズムと時間の区分との関連を描写する」を学習目標とする。各季節の特徴の考察 や,季節と各月の関連,季節と自分や同級生との関連の確認といった学習活動が中心である。1 年を年時 計で直線的に理解するとともに,地球の自転で反復されるものとして周期的にも理解し,地球の自転とい う客観的時間,自然の時間を重視しつつ,主観的時間,人間の時間をそこに位置づけて時間把握する。本 小単元は,この時間把握を通して,自分や他者,自然のリズムと人間の生活世界との関連から時間意識と アイデンティティ意識を関連づけて育成する。 「クリスマス」は,レアプランの単元4.1の「祝祭をその日付,または,1 年の経過における時間的位置 で整理する」を学習目標とする。教科書の事例として示されたクリスマスの慣習を説明することで予備知 識を確認したり,自分や同級生の家庭でのクリスマスの慣習を比較したり,クラスでのクリスマス会を実 施したりすることが主な学習活動である。1 年の中にクリスマスを位置づけることで1 年を直線的に理解 するとともに,毎年繰り返される祝祭として周期的にも理解し,毎年という客観的時間,自然の時間の中 でのクリスマスという重要な祝祭を主観的時間,人間の時間として位置づけることで,時間把握をする。 本小単元は,この時間把握を通して,自分や他者,自然のリズムと人間の生活世界との関連から時間意識 とアイデンティティ意識を関連づけて育成する。 「まとめの頁」は,本単元を総括する単元である。季節の名称やクリスマスの慣習など 1 年という時間 的スパンの反復やそのスパンの中での人々の営みに関するこれまでの学習内容を確認する。さらに,なぜ 1 年が366日の年があるのか,他の国ではどのような祝祭があるのかといった質問を通して,地球の自転 といった理科認識や他国の祝祭といった社会認識と接続させることで,本単元の学習内容の更なる発展が 試みられる。 これまでの表 1 の説明から,“Piri”のレアプランに依拠した時間学習に関する単元では,各小単元の学 習目標に即した学習活動を通して,時間ないし歴史を把握することで,歴史意識の育成をめざす時間(歴 史)学習がなされていることが判明した。 ⑵“Piri”の時間学習の特徴 第 1 節では,“Piri”の時間学習を時間(歴史)意識の育成の観点から小単元ごとに検討した。本節では, 表 1 をさらに検討し,“Piri”の時間学習に関する全単元を貫く特徴を究明する。表 1 の検討から明らかに した“Piri”の時間学習の特徴は以下の 8 点である。 第 1 は,直線的理解と周期的理解からなる時間把握である。“Piri”の小単元では,小単元ごとに設定さ れた時間的スパンに即して,過去から現在,更には未来まで続く直線的な時間と日・月・年,または季節 で反復的に繰り返される周期的な時間という 2 つの時間把握がなされていることが分かる。 第 2 は,客観的時間と主観的時間からなる時間把握である。地球の自転や月の公転といった自然科学的 意味における客観的時間と人間の社会生活における共生を可能にする時間秩序や時間規則といった社会科 学的意味における主観的時間という時間把握が存在する。 第 3 は,自然の時間と人間の時間からなる時間把握である。ここでは,季節の永続的反復や自然や人間 の誕生と消滅といった不可避の独自の規則性を伴う自然の時間,各世代で異なり独自に形成される歴史的 時間としての人間の時間という時間把握がなされている。 第 4 は,これら 3 つの時間把握を小単元ごとに関連づけながら,多層的な時間把握を実現していること である。1 学年の「君の 1 日」「昼と夜」「 1 週間は 7 日からなる」や 2 学年の「カレンダー」「年時計」
「クリスマス」といった一定の時間的スパンの中での社会生活上の秩序形成を意図した小単元では,直線 的時間と周期的時間という時間把握とともに,客観的時間,自然の時間の中での主観的時間,人間の時間 という時間把握がすべて組み合わせられて多層的な時間把握がされている。1 学年の「学校の今・昔」,2 学年の「私の年表」「家族の今・昔」「時間の変動の中の遊び」といった過去から現在までの歴史的時間の 中での継続や変動を考察する小単元では,客観的時間,自然の時間とは切り離され,直線的な時間把握, 主観的時間,人間の時間を組み合わせた時間把握がなされている。 第 5 は,時間(歴史)把握は 2 学年段階になるにつれ,複雑化・高度化していることである。1 学年の 「君の 1 日」「昼と夜」「 1 週間は 7 日からなる」と 2 学年の「私の年表」「カレンダー」「年時計」「クリス マス」は質的に類似した時間把握がなされる。1 学年の各小単元は,自らの生活世界と関連しているため 理解しやすい主観的時間,人間の時間に重点を置いた時間把握となっている。それに対し,2 学年の「カ レンダー」「年時計」は,子どもの生活世界から離れた自然科学的意味における客観的時間,自然の時間 に重点を置きつつ,主観的時間,人間の時間を考慮する時間把握へと発展している。「私の年表」は,直 線的理解と主観的時間,人間の時間という時間把握からなるため,1 学年の 3 つの小単元とかなり類似し ているが,その時間的スパンは子どもの誕生から小学校 2 学年までに拡張している。「クリスマス」は, 主観的時間,人間の時間に重点を置いているが,単なる時間把握にとどまらず,クラス内の多様な出自や 宗教で異なる慣習の比較を通した歴史把握までめざされている。1 学年の「学校の今・昔」,2 学年「家族 の今・昔」,「時間の変動の中の遊び」も質的に類似した時間把握となっている。「学校の今・昔」は写真 から視覚的に見て取れる学校風景の単純な比較考察であるが,「家族の今・昔」,「時間の変動の中の遊び」 は写真や絵画の比較考察にとどまらず,家族や遊びを中心とした社会生活の継続や変動の比較考察へと発 展している。また,歴史的事実と架空を区別し,歴史の構築性を考察するための小単元は 2 学年の「聖マ ルティノ」のみであり,1 学年ではこの考察は困難で,2 学年段階で初めて実施可能であると判断されて いると考えられる。 第 6 は,第 5 の特徴までで検討した時間(歴史)把握を通して,時間意識と現実意識と歴史性意識とい う 3 つの歴史性の次元が全て育成されていることである。時間(歴史)把握は,歴史意識の育成のために なされているといえる。 第 7 は,歴史意識の歴史性の 3 つの次元はアイデンティティ意識と関連づけられて育成されていること で ある。1 ・ 2 学年段階では自分を中核に据え,自分と同級生・両親・祖父母との関係性から時間や歴史 を把握することが適切と考えられていることが窺える。 第 8 は,1 ・ 2 学年段階の時間学習では,歴史意識の中でもとりわけ,時間意識の育成が重視されてい ることである。自分を中核としたアイデンティティ意識を通して時間を捉えるこの学年段階においては, この意識と関連づけて自分を起点として過去・現在・未来を方向付ける時間意識が育成すべき能力として 妥当であるとされているのである。 第 1 〜第 5 は時間(歴史)把握,第 6 〜第 8 は,時間把握を通した歴史意識の育成に関する特徴であ る。以上の特徴から,“Piri”における時間学習は,時間(歴史)把握を学年段階で発展的に成長させなが ら歴史意識の育成をめざすものであり,1990年代半ば以降の歴史学習観に対応し,その歴史学習観を時間 学習として具体化していると判断できよう。
Ⅳ.初等段階の歴史学習に関する考察 前章では,“Piri”を分析し,その時間学習が新しい歴史学習観に対応し,歴史意識の育成を図るもので あることを分析した。本章では,“Piri”の時間学習が日本の生活科における時間学習の課題に対して与え る示唆を明示することで,初等段階の歴史学習を考察する。 前章までの考察から明らかとなる“Piri”における時間学習が日本の生活科に与える示唆は 3 点ある。第 1 は,時間の原理的理解を可能にする時間(歴史)把握に対する示唆である。生活科教科書には,確かに 時間把握に関する教育内容は組み込まれている。しかし,それらの教育内容は互いに関連づくことなく配 列されているため,時間の原理的理解は不可能であった。一方,“Piri”では直線的理解と周期的理解,客 観的時間と主観的時間,自然の時間と人間の時間という 3 つの時間把握が設定されるとともに,2 学年に なるにつれてこれらの時間把握を組み合わせながら複雑化・高度化することで,漸次的に時間把握が発展 するよう考慮されている。そのため,時間の原理的理解が可能となっているのである。 第 2 は,生活科における時間学習の学習目標に関する示唆である。生活科では,時間(歴史)学習に限 定した学習目標は設定されていない一方,事実教授の歴史的展望では歴史意識の育成という学習目標は設 定されている。レアプランから導いた各小単元の学習目標をみると,「生活世界の時間的区分に関する概 念を適切に応用し,それにより方向づける」「時間的スパンを日や年の経過における変動についての独自 の考察と関連づけ,自然的リズムと時間の区分との関連を描写する」「選択された資料に基づいて,自身 の生活における時間的スパンを報告し,それを年表に記録する」「祝祭をその日付,または,1 年の経過 における時間的位置で整理する」は時間意識,「過ぎ去った出来事の再構築の際の資料の意義を説明し, その再構築はなぜ常に完全にはなりえないのかを根拠づける」「歴史的出来事と創作された物語とを区別 する」「物語・伝説・映画・漫画の歴史的内容の背景を問う」が現実意識,「生活世界の変動と継続を自分 の経験領域からの事例で描写する」は歴史性意識であることは明白である。この学習目標が設定されてい るからこそ,この学習目標に即した学習活動を通して時間(歴史)把握がなされ,とりわけ 1 ・ 2 学年段 階では時間意識に重点を置いて歴史意識が形成されるという一貫した学習が可能となっているのである。 第 3 は,統合教科以後の教科別学習との接続に対する示唆である。日本の生活科の学習指導要領をみる と,科学的な見方・考え方の基礎を養うという文言はあるものの15) ,基本的に理科との接続が想定され, 社会科との接続は考慮されていない。3 学年以降の社会科でも科学的な社会の見方・考え方の育成はめざ されており,社会科との接続を考慮するならば,生活科でも社会科での科学的な見方・考え方の基礎を育 成すべきことは自明である。しかし,学習指導要領や生活科教科書を検討する限り,社会科との接続のた めの手立てが講じられているとはいえない現状にある。それに対し,事実教授の歴史的展望では,歴史意 識の育成という中等段階の歴史科まで通貫する学習目標が設定されており,歴史意識の育成に向けて初等 段階から中等段階まで一貫したカリキュラムが想定されている。初等段階から中等段階まで継続する学習 目標の設定が両段階の接続を可能にしているのである。 以上の 3 点の示唆から,なぜ日本の生活科教科書では,時間に着目した教育内容が盛り込まれているに もかかわらず,歴史意識の基礎としての時間意識の形成を可能にする学習にはなりえてないのかという本 稿で提起した問いへの回答が明らかになろう。日本の生活科では,3 学年以降の社会科との接続の考慮が 不十分で,生活科と社会科を接続する学習目標が設定されていないために,時間意識から歴史意識へと高 次のレベルに発展させる体系的な学習が想定できないのである。初等段階の歴史学習は,低学年・中学 年・高学年と一貫した学習目標のもとでその実現に向けて体系化されたものでなくてはならない。そのた めには,日本においても生活科の時間学習と社会科の歴史学習の接続を可能にする両教科を貫いた学習目 標の設定が不可欠であり,この学習目標の設定が,日本の生活科,さらには初等段階における歴史学習の
課題を克服する方策と方途であると結論づけられよう。 Ⅴ.総 括 本稿では,ドイツの初等段階の歴史学習観と事実教授教科書の検討を通して,日本の生活科の時間学習 と社会科の歴史学習を貫く学習目標の設定が不可欠であるという結論を導いた。しかし,日本においては 両教科に共通する学習目標の設定は容易なことではない。 ドイツにおける事実教授と歴史科に共通する学習目標の設定には,1990年代半ば以降の歴史教授学者や 事実教授学者らの事実教授における歴史学習の再評価が影響を及ぼしている。ベルクマンは歴史教授学者 の立場,ミヒャーリクやレーケンは事実教授学者の立場から歴史科を見据えた事実教授の歴史的展望にお ける学習の再評価を試みた。これら異なる教科教授学者らの協同での歴史学習の再評価は,2002年に作成 された学会版スタンダード『展望の枠組み:事実教授』にも反映され,本スタンダードで設定された 5 つ の展望の 1 つである歴史的展望では,「事実教授における上位の目標は,歴史的思考力を伸ばすこと,即 ちこれは思慮深い歴史意識を発展させることである」16) とされている。本スタンダードは各州の生活科指 導要領にも影響を及ぼし,事実教授における歴史的展望の学習目標が歴史科の学習目標と同様の歴史意識 の育成であるということが共通理解となったのである。 一方,日本では,生活科教育学者,社会科教育学者が各教科における歴史学習や,その接続を協同で考 察するといった研究状況はみられない。さらに,「社会認識を通して市民的資質を育成する」という社会 科の目標はあるものの,社会科における歴史学習に限定した学習目標の共通理解も存在しない。初等段階 と中等段階の歴史学習を巡る研究状況,その歴史学習の理念,原理において日本とドイツには大きな相違 が存在する。この相違が,日本における両教科に共通する学習目標の設定を困難にしているのである。日 本の生活科教育学,社会科教育学,とりわけ歴史教育学における教科理念といった教科の本質論から研究 方法論に至るまでの抜本的変革が今後求められるべきではないであろうか。 【註】 1 )例えば,『どきどきわくわく新編あたらしいせいかつ 上』『あしたへジャンプ新編新しい生活 下』東京書籍,2014年で は,季節の移り変わりや各季節での暮らしの変化を,『新編たのしいせいかつ 上−なかよし』大日本図書,2014年では祖 父母の頃の遊び,『新編たのしいせいかつ 下−発見』大日本図書,2014年では,1 日の変化を扱っている。
2 )Höhn, Renate u. a. : Piri 1. Heimat- und Sachunterricht. Ernst Klett Verlag 2014, Höhn, Renate u. a. : Piri 2. Heimat- und Sachunterricht. Ernst Klett Verlag 2014,バイエルン州では郷土教授−事実教授(Heimat- und Sachunterricht)という教 科名であるが,他州では事実教授という教科名となっているため,本稿では便宜上,事実教授と呼ぶこととする。 3 )Vgl. Bergmann, Klaus/ Rohrbach, Rita (Hrsg.) : Kinder entdecken Geschichte. Wochenschau Verlag 2001, S. 13-15. 4 )Ebenda, S. 15-18.
5 )Michalik, Kerstin (Hrsg.) : Geschichtsbezogenes Lernen im Sachunterricht. Westermann 2004, S. 7. 6 )Ebenda, S. 9-11.
7 )von Reeken, Dietmar : Historisches Lernen im Sachunterricht. Eine Einführung mit Tipps für den Unterricht. Schneider Verlag 2011, S. 30-31.
8 )Pandel, Hans-Jürgen : Dimensionen des Geschichtsbewußtseins. Ein Versuch, seine Struktur für Empirie und Pragmatik diskutierbar zu machen. In : Geschichtsdidaktik 12 (1987), H. 2 , S. 130-142.
9 )Vgl. A. a. O., Anm. 3, S. 23-24. 10)Vgl. A. a. O., Anm. 5, S. 18. 11)A. a. O., Anm. 7, S. 14.
12)Graubner, Angela u. a. : Piri 1. Heimat- und Sachunterricht. Lehrerband mit Kopiervorlagen und CD-ROM. Ernst Klett Verlag 2015.
13)Graubner, Angela u. a. : Piri 2. Heimat- und Sachunterricht. Lehrerband mit Kopiervorlagen und CD-ROM. Ernst Klett Verlag 2015.
14)http://www.lehrplanplus.bayern.de/fachlehrplan/grundschule/1/hsu (2015年 8 月 5 日閲覧) 15)文部科学省『小学校学習指導要領解説 生活編』日本文教出版株式会社,2008年,p. 7。
16)Gesellschaft für Didaktik des Sachunterrichts (Hrsg.) : Perspektivrahmen Sachunterricht. Vollständig überarbeitete und erweiterte Ausgabe. Klinkhardt 2013, S. 56.