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東日本大震災の被害が人々の時間選好に与えた影響

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(1)

東日本大震災の被害が人々の時間選好に与えた影響

著者

明坂 弥香

雑誌名

経済学論究

73

3

ページ

47-62

発行年

2019-12-20

URL

http://hdl.handle.net/10236/00028386

(2)

東日本大震災の被害が

人々の時間選好に与えた影響

The impact of the Great East Japan

Earthquake on individual’s time

preferences

明 坂 弥 香

∗∗

This article reviews Akesaka (JEBO, 2019) in Japanese. It examines whether individuals’ time preferences are affected by the damage caused by the tsunami resulting from the Great East Japan Earthquake of 2011 using panel surveys before and after the earthquake. When the change in time preferences is measured using the (β, δ) model, present bias tendency increases (shrinking β), although there is no statistically significant change in the time discount factor (δ) for those affected by the tsunami. The hyperbolic discounting dummy also shows an increase in time inconsistency. This change persists even five years after the earthquake.

Mika Akesaka

  JEL:C23, D90,Q54

キーワード:自然災害、選好の安定性、時間選好、現在バイアス

Keywords:Natural disasters, Preference stability, Time preference, Present bias

* Akesaka, M.(2019). Change in time preferences: Evidence from the Great East Japan Earthquake. Journal of Economic Behavior & Organization, 166, 239-245. の解説。

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1. はじめに

時間選好は、個人が消費や貯蓄といった日々の生活における異時点間選択を 行う際の重要なファクターである。伝統的な経済学では、人々の時間割引率は、 報酬を受け取るまでの期間に関わらず一定と想定されてきた。また、時間割引 率は人の一生を通じて変化しないものだと考えられてきた。ところが近年、行 動経済学者たちは、一部の人々が報酬までの期間によって時間割引率が異なる、 双曲的な割引関数を持つことを指摘している。このような人々は、過剰消費や 先延ばし行動といった時間非整合的な選択を行う傾向がある(Laibson, 1996, 1997; O’Donoghue and Rabin, 1999)。加えて、近年の実証研究から、人々の 選好が自然災害のような外生的なショックによって変化しうることが明らかに なっている(Callen, 2015; Cameron and Shah, 2015; Eckel et al., 2009)。

本研究は、2011年に日本で発生した東日本大震災による津波被害を外生的 なショックとして利用し、人々の時間選好の変化について考察している。東 日本大震災における津波被害は、25000人以上もの死者・行方不明者を出した 他、家屋の倒壊など人々の生活に大きな損害を与えた。さらに、この津波は、 福島第一の原発事故を引き起こし、周辺地域の人々に放射線被害を与えた他、 都心部の人々にも計画停電という形で影響を与えた。 本研究では、人々の時間選好の変化を評価する際に、(β, δ)モデルを用い

ている。このモデルは、Strotz(1955)やPhelps and Pollak(1968)によっ

て開発されたもので、割引因子(δ)だけでなく、現在バイアス(β)を捉える ことで、双曲割引の程度を測ることができる。Burks et al.(2012)をはじめ とした時間選好に関する近年の文献は、個人の時間選好を捉える上で、割引因 子(δ)と現在バイアス(β)を併せて測定することが重要であると強調してい る。Callen(2015)は津波の被害を受けて、被災者の時間選好が変化したと報 告している。しかし、彼の研究では割引因子(δ)の変化しか見られていない。 本研究では、割引因子(δ)、現在バイアス(β)そして双曲型の割引関数を持 つことを表すダミー変数をアウトカムとしてその変化を調べる。 本研究の分析から、津波被害を受けた人々の時間選好に変化があることが明 らかになった。時間選好の変化は、現在バイアス(β)と双曲割引ダミーの両

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方で見られた。これは、被害を受けることによって人々の時間非整合性が拡大 することを示唆し、さらにこのような変化は震災から5年経ってもなお継続し ていることが分かった。一方で、割引因子(δ)に統計的に有意な変化は観測 されなかった。 本研究の貢献は、(β, δ)モデルを用いたことに加え、震災の前後の情報が 分かる代表的なデータを用いた点が挙げられる。外生的なショックが人々の選 好に与える研究のサーベイを行ったChuang and Schecher(2015)は、多く の研究が被害を受けた人々と受けなかった人々を比較する際、ショックの発生 後に回収したデータに基づいていることを指摘した。特に、自然災害の場合に は、被害が発生する場所を事前に予見することが難しいため、先行研究のほと んどが事後データに頼っている。ところが、歴史的に自然災害のリスクが高い 場所が存在し、人々はこれを考慮して居住地選択を行っている可能性がある。 そのような場合には、被害が起こる前から居住地選択を通して、地域間で人々 の選好に差が生じていたかもしれない。本研究は、震災以前から実施されてい るパネル調査を用いることで、震災以前からあった人々の選好の違いが原因で 推定にバイアスが生じる可能性を排除している。 さらに、震災が発生した直後の変化だけでなく、5年以上経った時の変化を 捉えた点も、本研究は自然災害による選好の変化の調査を行った文献への貢献 と言える。何故なら、Rehdanz et al., 2015; Yamamura et al., 2015など先 行研究のほとんどが、自然災害が発生した直後の変化のみを評価しているから である。リスク選好の変化を明らかにしたHanaoka et al.(2018)を除いて、 自然災害による選好の変化が持続するか否かについての議論は行われていな い。故に、本研究は時間選好の変化が持続的か否かを調査した初めての研究と いえる。 以後、本研究は、2. データ、3. 推定モデルの説明、4. 結果、5. 結論によっ て構成される。

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2. データ

2.1 研究に利用した調査と分析サンプル この研究は、大阪大学社会経済研究所が実施した『くらしの好みと満足度 についてアンケート(2011-2013, 2016, 2017年)』(以降JHPS-CPSとする) をもとに分析を行った。JHPS-CPSは、日本の居住者を対象とする代表的な 標本調査であり、年に1回の頻度で実施されている。このアンケートは、調 査の対象者自身が調査票の質問を読み、回答を記入する方式(自記式調査)で 実施される。2003年から毎年2月に対象世帯に調査票が手渡され、その数日 後に回収が行われる。JHPS-CPSの特徴として、就業状況や所得といった一 般的な家計調査の質問に加え、時間割引やリスク選好などの行動経済学的な質 問が多く含まれている点がある。調査サンプルは2008年まで継続して答えて いたサンプルに加え、2009年に新規抽出の個人を含めて構成された。そして、 2009年から2013年までの間、毎年継続して調査が実施された。その後、2014 年に一時休止し、2016年に再開されている。2016年の再開時には、2013年の 調査の回答者の70%が対象とされた。2017年にも、前年の回答者を対象と調 査が実施された。本研究では、2017年に調査に回答した2,114人の回答者に 基づき調査サンプルを作成した。2017年調査の回答者の情報は、2011∼2013 年および2016年に調査においても観測が可能である。 2.2 被害の指標 東日本大震災は、日本で発生した観測史上最大の地震と言われており、マグ ニチュード(Mw)の大きさは9.0を記録した。この地震は、2011年3月11 日午後2時46分に発生し、その約30分後、10 mを超える津波が東北地方の 沿岸に押し寄せた。警察庁の報告書によると、2012年3月11日時点で地震 関連の死者は、15,854人にものぼり、その90%以上が津波によって引き起こ されたものであった(National Police Agency、2012)。ゆえにこの研究では、 津波の襲来を受け、震災による被害が最も深刻であった地域の人々に焦点をあ てている。

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いないため、この研究では2011年調査時点における回答者の居住情報に基づ いて、自治体レベルで地震の被害に関する変数を定義する。JHPS-CPSは毎 年2月に実施されているため、2011年の調査は東日本大震災の約1か月前の 情報を表している。この研究で用いるデータは、日本の1,718の自治体(2016 年4月現在)のうち144を対象としている。 津波被害を受けたことを表す変数として、2011年調査時点で住んでいた市 区町村に浸水被害があったと報告されている場合(Saito et al., 2015が構築 したデータに基づく)には1を、それ以外の場合は0を取るダミー変数を用い た。これらの市区町村の被害状況は、2011年3月下旬に撮影された航空写真 と衛星画像をもとに、国土地理院が発表した水没地域の100 mメッシュデー タによって定義されたものである。津波により被害を受けた地域は太平洋沿岸 に位置し、福島、岩手、宮城の3つの県にまたがっている。この地域の人々 図 1:東日本大震災における津波被害地域の分布

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は、最も多くの人的被害を受けたことに加え、家屋の全壊戸数も国の総被害の 90%以上を占めた。 図1は、日本における津波被害の市区町村単位での分布を表したものである。 2.3 時間選好の導出 個人の準双曲割引(quasi-hyperbolic discounting)を表すパラメータを計 測するために、異時点間のトレードオフに関する質問を用いた。本研究が用い る2011-2013年および2016-2017年のJHPS-CPSには、以下のような仮想的 な質問が、マルチプライスリストを伴って行われている。 質問: あなたは、ある金額をもらえることになりました。今日か7日後(90日後か 97日後)にもらえますが、金額が異なります。もらえる日にちと金額につい て以下の選択肢「A」または「B」があれば、どちらを選びますか。全ての組 み合わせについてどちらか好きな方を選んで「A」または「B」に○をつけて ください。 時間選好の程度は、回答者がマルチプライスリストのどの行で選択肢をA からBに切り替えたかによって特定される。2011年から2012年の間に、ア ンケートのマルチプライスリストに記載されている金額の一部に変更があっ た。2011年と2012年以降の時間選好を比較可能とするために、マルチプライ スリストにおいて変更前後で共通するカットオフ(表1)においてのみ、時間 割引率を定義する。

準双曲割引モデル(Laibson、1997; O’Donoghue and Rabin、1999)を想 定し、2種類の割引率を用いて、割引因子(δ)と現在のバイアス(β)を計算 する。時間整合性のある個人は、「今日または7日後」と「90日後または97 日後」の比較において、同じ割引率を示す。一方で、現在バイアスのある(時 間非整合的な)個人は、「90日後または97日後」よりも「今日または7日後」 において、よりせっかちになり、時間割引率が大きくなる。本研究では、二つ

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表1 :時間 選好 に関す る質問 票と割 引因子 の導 出 2 0 1 1 ᖺ ㄪ ᰝ ㉁ ၥ ⚊ ๭ ᘬ ᅉ Ꮚ 䛾 ᑟ ฟ 㑅 ᢥ ⫥ A ௒ ᪥ ( 9 0 ᪥ ᚋ ) 㑅 ᢥ ⫥ 㻮 7 ᪥ ᚋ 䠄 㻥 㻣 ᪥ ᚋ 䠅 ๭ ᘬ ᅉ Ꮚ (a p p ro x ) A䛛 䜙 B䜈 䛾 ษ 䜚 ᭰ 䛘 ๭ ᘬ ᅉ Ꮚ (X ) ⠊ ᅖ ᮇ ᚅ ್ ඲ 䛶 䛾 ሙ ྜ 䛷 㻭 䜢 㑅 ᢥ 䠍 䛸 2 䛾 㛫 2 䛸3 䛾 㛫 3 䛸 4 䛾 㛫 4 䛸 5 䛾 㛫 5 䛸 6 䛾 㛫 6 䛸 7 䛾 㛫 ඲ 䛶 䛾 ሙ ྜ 䛷 㻮 䜢 㑅 ᢥ 1 .0 0 2 < X 1 .0 0 2 (䋻 1 ) 1 .0 0 0 ≤ X ≤ 1 .0 0 2 1 .0 0 1 (䋻 1 ) 0 .9 9 0 ≤ X ≤ 1 .0 0 0 0 .9 9 5 0 .9 8 1 ≤ X ≤ 0 .9 9 0 0 .9 8 6 0 .9 6 2 ≤ X ≤ 0 .9 8 1 0 .9 7 1 0 .9 1 1 ≤ X ≤ 0 .9 6 2 0 .9 3 6 0 .5 0 5 ≤ X ≤ 0 .9 1 1 0 .7 0 8 X < 0 .5 0 5 0 .5 0 5 1 JP Y 3 ,0 0 6 (U S D 2 6 .2 0 ) JP Y 3 ,0 0 0 (U S D 2 6 .1 4 ) 1 .0 0 2 2 JP Y 3 ,0 0 1 (U S D 2 6 .1 5 ) JP Y 3 ,0 0 1 (U S D 2 6 .1 5 ) 1 .0 0 0 3 JP Y 3 ,0 0 0 (U S D 2 6 .1 4 ) JP Y 3 ,0 2 9 (U S D 2 6 .4 0 ) 0 .9 9 0 4 JP Y 3 ,0 0 6 (U S D 2 6 .2 0 ) JP Y 3 ,0 6 5 (U S D 2 6 .7 1 ) 0 .9 8 1 5 JP Y 3 ,0 0 7 (U S D 2 6 .2 0 ) JP Y 3 ,1 2 5 (U S D 2 7 .2 3 ) 0 .9 6 2 6 JP Y 3 ,0 0 7 (U S D 2 6 .2 0 ) JP Y 3 ,3 0 2 (U S D 2 8 .7 8 ) 0 .9 1 1 7 JP Y 3 ,0 0 7 (U S D 2 6 .2 0 ) JP Y 5 ,9 5 5 (U S D 5 1 .9 0 ) 0 .5 0 5 2 0 1 2 ᖺ ௨ 㝆 䛾 ㄪ ᰝ ㉁ ၥ ⚊ ๭ ᘬ ᅉ Ꮚ 䛾 ᑟ ฟ 㑅 ᢥ ⫥ A ௒ ᪥ (9 0 ᪥ ᚋ) 㑅 ᢥ ⫥ 㻮 7 ᪥ ᚋ 䠄 㻥 㻣 ᪥ ᚋ 䠅 D is c o u n t F a c to r (a p p ro x ) A䛛 䜙 B䜈 䛾 ษ 䜚 ᭰ 䛘 ๭ ᘬ ᅉ Ꮚ (X ) ⠊ ᅖ ᮇ ᚅ ್ ඲ 䛶 䛾 ሙ ྜ 䛷 㻭 䜢 㑅 ᢥ 䠍 䛸 2 䛾 㛫 2 䛸3 䛾 㛫 3 䛸 4 䛾 㛫 4 䛸 5 䛾 㛫 5 䛸 6 䛾 㛫 6 䛸 7 䛾 㛫 ඲ 䛶 䛾 ሙ ྜ 䛷 㻮 䜢 㑅 ᢥ 1 .0 0 2 < X 1 .0 0 2 (䋻 1 ) 1 .0 0 0 ≤ X ≤ 1 .0 0 2 1 .0 0 1 (䋻 1 ) 0 .9 9 0 ≤ X ≤ 1 .0 0 0 0 .9 9 5 0 .9 8 1 ≤ X ≤ 0 .9 9 0 0 .9 8 6 0 .9 6 2 ≤ X ≤ 0 .9 8 1 0 .9 7 1 0 .9 1 1 ≤ X ≤ 0 .9 6 2 0 .9 3 6 0 .5 0 5 ≤ X ≤ 0 .9 1 1 0 .7 0 8 X < 0 .5 0 5 0 .5 0 5 1 JP Y 3 ,0 0 2 (U S D 2 6 .2 0 ) JP Y 2 ,9 9 6 (U S D 2 6 .1 4 ) 1 .0 0 2 2 JP Y 3 ,0 0 0 (U S D 2 6 .1 5 ) JP Y 3 ,0 0 0 (U S D 2 6 .1 5 ) 1 .0 0 0 3 JP Y 3 ,0 0 8 (U S D 2 6 .2 0 ) JP Y 3 ,0 3 7 (U S D 2 6 .4 5 ) 0 .9 9 0 4 JP Y 3 ,0 0 9 (U S D 2 6 .2 0 ) JP Y 3 ,0 6 8 (U S D 2 6 .7 2 ) 0 .9 8 1 5 JP Y 3 ,0 0 1 (U S D 2 6 .1 4 ) JP Y 3 ,1 1 9 (U S D 2 7 .1 7 ) 0 .9 6 2 6 JP Y 3 ,0 0 3 (U S D 2 6 .2 0 ) JP Y 3 ,2 9 7 (U S D 2 8 .7 7 ) 0 .9 1 1 7 JP Y 3 ,0 0 5 (U S D 2 6 .2 0 ) JP Y 5 ,9 5 1 (U S D 5 1 .9 0 ) 0 .5 0 5

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の異時点間比較の質問に対する個人の回答を組み合わせて、(1)の準双曲割引 モデルのパラメータを特定する。 Ut= u(ct) + β XT−t τ =1 δ τ u(ct+τ), (1) where 0≤ δ ≤ 1 and 0 ≤ β ≤ 1.  パラメータδ(割引因子)は、個人の長期的な我慢強さを表し、β(現在の バイアス)は、将来よりも現在を過度に重視してしまう、時間非整合的な特性 を表している。β = 1の場合、準双曲線割引は従来の時間一貫性のある割引と 同じとなるが、β < 1の場合には、時間整合性のない状態を表す。 マルチプライスリストの値からそれぞれの割引因子の大きさを計算すると、 今日と7日後、90日後と97日後の比較から得られる割引因子は以下のような 関係にあると言える。

Discount F actor (90 days or 97 days later) = δ,

Discount F actor (T oday or 7 days later) = βδ. (2)  JHPS-CPSの調査票の設計では、割引係数δが1を超える場合がある。δ

は定義により0≤ δ ≤ 1であるため、このような場合は端点解と見なし、δ

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1へと変換する。同様に、βの値が1より大きい場合、βを1とする。図2は、 本研究が用いたサンプルにおける、βδの分布を示している。δは、回答者 のうち7.1%の人々が時間割引率1を持つ。これは、残りの92.9%の回答者が 現在の値よりも将来の値を割引いて考えることを意味している。 βの値に加えて、双曲線割引であることを表すダミー変数(β < 1の場合は 1、それ以外の場合は0の値をとる)も用いる。この指標は、割引率の値の定 義に依存せず、個々の割引が「90日後または97日後」よりも「今日または7 日後」の方が大きいことを示す。ゆえに割引率の定義形式に影響を受けないた め、βよりも頑健な指標と言える。この指標は、準双曲線モデル以外の双曲線 割引モデルに対しても頑健である。回答者のうち、双曲線割引の傾向を持つも のは、26.3%であった。 時間選好の推定を行う際に生じる懸念の1つは、JHPS-CPSが行ったような 仮説的な質問の妥当性に由来する。いくつかの先行研究で、仮想的な質問から 導いた時間選好と実際のインセンティブ化された時間選好との一貫性を検討し ているが、未だ結論には至っていない。たとえば、Coller and Williams(1999) およびKirby and Marakovi(1995)は、個人が仮説的な質問において、より 我慢強くなる傾向があることを指摘している。一方で、Johnson and Bickel (2002)およびMadden et al.(2003)は、現実的な状況と仮想的な質問での時 間割引の間には、統計的に有意な差は見られないと報告している。JHPS-CPS が行った異時点間の割引の質問は、仮想的であるため、回答者が実際の好みを 反映できるほど慎重に決定を下していない可能性がある。ただし、仮説的質問 によって生じるバイアスが存在したとしても、すべての調査年を通してその程 度が一定であると仮定する限りにおいては、パネルのデータ構造に基づいて 個々の固定効果を考慮する本研究の分析は、被害を受けて回答者に選好の変化 があったのかどうかを正しく推定することができる。 表2に、個人の時間選好、人口統計上の特性、および居住地域の被害状況に 関する記述統計を示す。本研究の主たる分析では、パネルデータをもとに個々 の固定効果を考慮するため、この表で報告される特性の変数は考慮されない

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表 2:記述統計 ᖹᆒ ほ ᩘ ᭱ᑠ್ ᭱኱್ 㻔ᶆ‽೫ᕪ㻕 ᫬㛫㑅ዲ δ (๭ᘬᅉᏊ) 9090 0.920 0.505 1.000 (0.129) β (⌧ᅾ䝞䜲䜰䝇) 8570 0.962 0.505 1.000 (0.096) D[β<1](཮᭤๭ᘬ䝎䝭䞊) 8570 0.263 0 1 (0.440) ⿕ᐖ≧ἣ ὠἼ⿕ᐖ䝎䝭䞊 9090 0.023 0 1 (0.150) ಶேᒓᛶ ⏨ᛶ䝎䝭䞊 9090 0.457 0 1 (0.498) ᖺ㱋 9090 55.040 22 84 (12.492) ⤖፧䝎䝭䞊 9068 0.811 0 1 (0.392) ୡᖏᖺ཰䠄ᑐᩘ್䠅 8275 2.733 0.732 5.113 (0.550) 注:この表は個人単位のデータの記述統計を報告している。男性ダミーは男性であれば 1、それ以外 は 0 をとる変数である。年齢は、各調査年における回答者の年齢である。結婚ダミーは、婚姻状態 にあれば 1、なければ 0 をとる変数である。世帯年収は、家族一人当たりの金額を計算し、100 万 円を単位として対数化した値を報告している。 表 3:震災発生以前の津波被害を受けた人々と受けなかった人々の時間選好の差 A. B. ὠἼ⿕ᐖ䜢ཷ 䛡䛯ே䚻 ὠἼ⿕ᐖ䜢ཷ䛡 䛺䛛䛳䛯ே䚻 ᖹᆒ್䛾ᕪ P್ Mean (S.D.) Mean (S.D.) E(A)-E(B) [S.E.] H δ (๭ᘬᅉᏊ) 0.920 0.921 -0.001 0.943 (0.136) (0.132) [0.021] β (⌧ᅾ䝞䜲䜰䝇) 0.962 0.949 0.014 0.450 (0.106) (0.117) [0.018] D[β<1](཮᭤๭ᘬ䝎䝭䞊) 0.167 0.293 -0.126 0.075 (0.377) (0.455) [0.071] 注:この表は、東日本大震災において津波被害を受けた人々と受けなかった人々の震災以前の時間選 好について、グループ平均とその差を報告している。

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表3は、t検定の結果を示しており、地震前に実施された調査データをもと に、津波の影響を受けた者と影響を受けなかった者の間で、時間選好に関する 変数の平均を比較している。表3から、被害を受けた人々と受けなかった人々 の間で、地震前の現在バイアスの程度に、統計的に有意な差があることが分か る。これは、災害の発生後に収集したデータを分析するだけでは、災害が発生 する前からあった人々の選好の違いを、誤って被害の影響と認識してしまうこ とを意味している。

3. 推定方法

地震の発生前後のパネルデータを用いて、時間選好に対する津波被害の影 響を調べる。difference-in-difference法による推定モデルを想定し、個人の固 定効果をコントロールすることで、時間について不変な個人の特性による影響 を考慮する。津波の被害を受けた人(処置群)と津波の被害を受けていない人 (対照群)のサンプルを比較することで、津波による時間選好の変化を捉える。 次の推定モデルをもとに、津波の影響を推定する。

T ime P ref erenceijt= αi+ β T unamij

+ γ1T sunamij× D2012−2013+ γ2T sunamij× D2016−2017

+ θ1D2012−2013+ θ2D2016−2017+ εijt. (3)

T ime P ref erenceijtは個人(i)の地域(j)におけるt時点の時間選好を表 している。αiは、時間を通じて変化しない個人の固定効果を表す。T sunamij は、地域jにおける津波被害を受けた地域に、2011年時点に個人が住んでい たことを示す。T sunamijの係数であるβは、時間を通じて不変であるため、 αiの一部として推計され、実際に係数を推定することは出来ない。D2012−2013 は観測年が2012年または2013年であれば1、それ以外なら0を取るダミー変 数である。D2016−2017も同様に、観測年が2016年または2017年であれば1、 それ以外なら0を取るダミー変数である。これらのダミー変数とT sunamij の係数のパラメータが、本研究が着目するパラメータである。γ1は被害のす

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およびθ2は、全サンプルに共通する各期間の期間効果を表している。本研究 では、津波の被害を受けた人数がサンプル内に少ないため、各年ごとのダミー は利用せず、地震後の2年分を合わせた期間ダミーを用いている。εijtは誤差 項を表す。

4. 結果

表4は、津波被害がδ(割引率)、β(現在のバイアス)、および現在バイアスダ ミーに与えた影響を報告している。2つの処置変数T sunamij× D2012−2013,

T sunamij×D2016−2017があるため、p値の計算にはsharpened q-values(

Ben-jamini. et al.、2006)を用いる。 表 4:津波が時間選好に与えた影響 Coef. [S.E.] Adjusted p-value δ (๭ᘬᅉᏊ) (1) β (⌧ᅾ䝞䜲䜰䝇) (2) D[β<1](཮᭤๭ᘬ䝎䝭䞊) (3) ὠἼ㽢D[2012-2013] 0.002 [0.011] 0.977 -0.030 [0.009] 0.029 0.099 [0.032] 0.030 ὠἼ㽢D[2016-2017] 0.011 [0.014] 0.715 -0.015 [0.006] 0.084 0.049 [0.020] 0.092 ほ ᩘ adj. R-sq 9090 0.000 8570 0.009 8570 0.002 表4の(1)は、津波が割引率(δ)に統計的に有意な変化を与えないことを 示している。(2)は、現在のバイアス(β)に対する影響、つまり、2012年から 2013年および2016年から2017年の現在バイアスに、津波の被害を受けたこ とが統計的に有意なマイナスの変化をもたらしたことを示している。この結果 は、現在バイアスと割引率を区別して扱うことの重要性を示している。列(3) は、現在バイアスを持つ確率に対する影響を報告しており、津波の被害は個人 が現在バイアスを持つ確率を大幅に増加させたことが分かる。これらの推定結 果は、時間選好が津波の影響を大きく受けて変化し、その変化が長期にわたっ

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て続くことを表している。 地震後のデータのみを使用した表5では、津波の被害を受けた人々は、地震 発生後、より時間整合的になったように見える。この変化の一部は、表3の災 害前の時間の選好の違いを含んだもので、誤った効果が推定されている。この 違いは、地震前後のパネル調査を使用することの重要性を示している。 表 5:震災後のデータのみを用いた分析 Coef. [S.E.] Adjusted p-value δ (๭ᘬᅉᏊ) (1) β (⌧ᅾ䝞䜲䜰䝇) (2) D[β<1](཮᭤๭ᘬ䝎䝭䞊) (3) ὠἼ㽢D[2012-2013] 0.010 [0.014] 0.244 0.001 [0.013] 0.096 -0.065 [0.037] 0.447 ὠἼ㽢D[2016-2017] 0.020 [0.011] 0.001 0.016 [0.004] 0.096 -0.116 [0.025] 0.001 ほ ᩘ adj. R-sq 7254 0.004 6839 0.007 6839 0.010

5. おわりに

本研究は、2011年の東日本大震災によって発生した津波の被害をもとに、 個人の時間選好が変化するかどうかを、地震発生の前後に行われたパネル調査 を用いて検証した。推定の結果から、津波被害によって現在バイアス傾向が大 幅に増加した(βが縮小した)一方で、割引因子(δ)には統計的に有意な変 化は生じないことが分かった。 調査結果は、人々の時間選好の変化が、世界中の災害後の復興が遅れる原 因となっている可能性を示唆している。心理学の文献には、ストレスと現在 バイアス傾向の間に関係があることを指摘しているものがある(Fields et al。 2014)。本研究では、データの制約により、時間選好がどうして災害によって 変化したのか、その詳細を明確にすることは出来ない。これらの検証は、今後 の研究の課題とする。

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図 2:割引因子(δ)と現在バイアス(β)の分布
表 2:記述統計 ほ ᩘ ᖹᆒ ᭱ᑠ್ ᭱኱್ 㻔ᶆ‽೫ᕪ㻕 ᫬㛫㑅ዲ δ (๭ᘬᅉᏊ) 9090 0.920 0.505 1.000 (0.129) β (⌧ᅾ䝞䜲䜰䝇) 8570 0.962 0.505 1.000 (0.096) D[β&lt;1](཮᭤๭ᘬ䝎䝭䞊) 8570 0.263 0 1 (0.440) ⿕ᐖ≧ἣ ὠἼ⿕ᐖ䝎䝭䞊 9090 0.023 0 1 (0.150) ಶேᒓᛶ ⏨ᛶ䝎䝭䞊 9090 0.457 0 1 (0.498) ᖺ㱋 9090 55.040 22 84 (12.4

参照

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