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経営ビューロクラシーへのアプローチ(序) --ビューロクラシーの一般的図式 --

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(1)経営ビュ ー ロクラシ ーピュ. ー. ー. ロクラシ. ヘのアプロ ー チ(序) ー. の 一 般的図式 ――. ー. 雄. ピュ. 美. 斎. 1.. 藤. ロクラシ ー の間題性. 「組織の時代」といわれる現代において, 近代的組織に特有な機能様式と しての官僚制は,. マックス. ・. ウェ ー パ ー の古典的業績. ”. を端緒として, 以. 来, 社会科学者, とくに社会学者や行政学者の間に多くの注目と関心を呼び 集めてきた。 勿論, 今日, 官僚制がこのように注目をあびるのは, 背後にあ る社会の集団構造の著るしい変革という事実に深く根ざすものであることは いうまでもない。 それは 一 口で云えば, 綿貫譲治氏の指摘しているごとく, 地縁, 血縁などの紐帯によって重層的におおわれ, 多元的な機能をになった 封鎖的な共同体から, 部分的接触と単一の機能をそなえた開放的な機能集団 (結社)への変化として跡づけることができる。 I) 資本主義の高度化, 国家機構の複雑化に伴なって, 企業や行政の組織は次 第に巨大化し, 精密化してきている。 現代の多くの人々は, この機械のよう な組織のなかに組み入られて働いており, その中で 一つの部分品あるいは歯 車の歯の如き存在となる傾向が多くの論者によって指摘されている。 8) このように著るしい現代の組織化の傾向は, 何も, 企業や行政の分野にの み限定されているわけではない。 むしろ, 社会のあらゆる傾域において, こ の趨勢が強くみられるのであり, それは現代の最とも顕著な特色の一 つとな っている。 今や, 組織化の勢いは社会の底辺に到るまで貫徹せんとしている のであり, パワー・エリートの君臨する頂点から下部構造の底辺にいたるま. - 93 (655) -.

(2) で, 組織間のヒエラルヒ ー 的連鎖による官僚制的原理の貫徹が達成されよう としている。 このような趨勢は, おのずから現代人の生活様式に決定的な影響を及ぼさ ずにはいないのであり, 「組織と人間」という問題が, ここから提起されて くる。 このような状況は一 口で云えば, 現代におけるフォ ー マル組織の未曽有の 発展としてとらえることができるであろう。 そして, このようなフォ ー マル 組縦の中核的構造としてのピュ ー ロクラシ ー が多くの社会科学者の注目をひ きつけるのも, 全く無理ないことといわねばならない。 現代社会のこのよう な状況は, 大衆社会という名のもとにすでに社会学の中心的領域をなしてお り, 大衆社会学の中心問題としてピュ ーロクラシーが位置づけられている。 それは又,. 「官僚制対民主々義」という図式において, 政治学に対しても根. 本的問題を提起するものであり, 権力支配の現代的様式という側面からも, ビュ ーロクラシーをめぐって様々な論義をよんでいる。 現代社会におけるビュ ーロクラシ ー の比重の大きさ, 重要性については, もはやこれ以上の冗言を要しないであろう。 それは, ブラウ(P. M. Blau) の「ビュ ーロクラシ ー は現代社会の制度的縮図である」,, という指摘を引用 するだけで十分である。 元々「官僚制」あるいは「官僚制化」は, テクノロジーの発達と資本の高 度化をテコとする社会の普逼的合理化の一 現象であり, それの集団的レベル における表現である。 11) 従って, それらは, 近代的なフォ. ー. マ ル組織の量的. な増大, 質的な高度化となって現れてくる。 かくして, 元来, それはフォ. ー. マル組織という近代的集団形態において現われてくる現象であるとはいえ, 現代人の社会活動が, そのすべてとはいわぬまでも, その殆んどがこのよう な組織を通じて行われていることから, かつ又, 個々の組織が互いに孤立し ているのではなく, ヒエラルヒ ー 的な体系によって, あるいは水平的な関係 によって様々に関連づけられることから, ピュ ーロクラシーの原理は組織と - 94 (656) -.

(3) いう場を通じて,社会のすみずみまで浸透しようとしているのであり,全体 社会の動向にいたるまでの大きな影響力をもっているのである。 かくして, 現代社会の普逼的現象としてのビュ ーロクラシ ー に対しては, 様々な問題意識のもと に,様々なアプロー チが可能であり,事実,又,行わ れているといえよう。 そこで, まづ, これらの様々なアプロー チをきわめて概略的ながらも整理 し, その中でも特に基本的と思われる組織論的アプロー チに基いて,ビュ ー ロ. クラシーの一般的図式を導き出し,その経営組織への適用のための準備を. 行いたいというのが,この小論の意図である。 無論,組織論的アプロ ー チによるビュ ーロ クラシ ーの一 般的図式それ自体 が, 決して 確定的なものではない 現状においては, この小論における試み が. 全面的に試論的性格のものであることは云うまでもないが,もし, われ われがパーフェクトな図式を求めるならば,おそらく無限に目的への到達が 不可能であるということを考えれば,このような試論も決して無意味ではな いと考える。 しかしこの小論においては,筆者の意図する経営ビュ ーロ クラ シーという観点からの経営組織への接近という道程のきわめて予備的な段階 にしかとどまりえないことをあらかじめ,おことわりしておきたい. さて,上述の如く,ビュ ーロ クラシ ーに対しては,様々な問題意識のもと に様々なアプロー チが行われているが,河村十寸穂氏はこれについて次のよ うな整理を行っている。 8) (1). 新しい官僚制理論の建設。 これはウェ ー バーの理念型的な官僚制論を 越えて現実の官僚制組織の構造や機能に関する実証的研究をとおして,. 経験科学的な官僚制理論を確立しようとするものである。 (2). 現実の官僚制をより能率的に摩擦なく管理・運営してゆくための社会. 的技術の整 «Ii. • 体系化。. これはきわめてプラクテイカ)いな関心から出発. したものであって,会社・官庁・軍隊・組合など, さまざまな官僚制的 組織の望ましい運営のために要求されたものである。 広く産業社会学と. - 95 (657) -.

(4) 呼ばれる 一連の研究成果はこの部類に属する。 (3). あれこれの官僚制組織にとどまらず,広く全体社会の官僚制的構造に 注目し, 現代社会の構造そのものを官僚制化という視点から究明しよう. とするもの。 これは当然全体社会の階級構造, 権力構造などの問題を含 む。 河村氏はこのように官僚制に対するアプロ ー チを三つに分類し,(2)と(3)に ついて次のように論ずる。 (2)の研究がいわば微視的研究と精緻な管理技術の体系化を中心とするもの であれば,(3)は巨視的な展望と文明批評的な意図を多分に持ったものと見る ことができるであろう。 またイデオロギー的立場について云えば,(2)が経営 者的関心を一応の前提とするか,ぁるいは積極的にはイデオロギ ー 的立場を 明示しないのに対して,(3)は現代社会に対するイデオロギ ー 的批判の意図を 7) かなり明確に持っているといえよう。. ここに示された分類には,有益な示唆も含まれているが,異論が全くない わけではない。 われわれは,(1)のウェ ー バーの理念型をのりこえようとする経験科学的, あるいは記述科学的な方向における組織論的展開と(3)の全体社会的な動向に 関連する巨視的な展開を,官僚制に対する主たるアプロ ー チと考え,(2)の産 業社会学とよばれている従来の組織論と官僚制組織論とを区別したいと考え る。(2)に示されているものは,むしろ従来の組織論一般を指すものであって 組織論的アプロ ー チが官僚制研究の重要な基礎をなすとはいえ,組織論一般 がすべて官僚制に対するアプロ ー チとして位置づけられうるとは考えない。 むしろ官僚制組織論はある意味においては,産業社会学や経営組織論に代表 される従来の組縦論の 一つの展開,あるいはアンチ・テーゼとして出てくる のであって, それに固有な問題意識や方法をもつものと考える。かくして, われわれは(2)を一応官僚制に対するアプロ ー チから除きたいと考える。 勿論 われわれは,産業社会学や経営組織論が,官僚制組織とみなされる近代的組 - 96 (658) -.

(5) 織の解明に大きな役割を果してきたことを無視するわけでもないし, 官僚制 理論がこれらの組織論によって大きな影響を受けていることを無視するわけ でもない。 しかし一応は両者を区別したいと考えるのである。 かくしてわれわれは, 官僚制に対するアプロ ー チを, 微視的な組織的アプ ロ ー チと, 全体社会の構造や動向に関する巨視的アプロ ー チに分類し, 更に 前者を次の様に分類したい。 すなわち, 組織のフォ ー マルな側面とインフォ ー. マルな側面との統合を企図するいわゆる構造機能的分析と, 主としてビュ. ーロクラシ ー の逆機能を注視する 一連の人間関係論的アプロ ー チである。 前 者に属する代表的な研究家としては P. M. Blau, A. Etzioni などがおり, 後 者に属するものとしては, R. K. merton, P. Selznick, A. Gouldner などを あげることができる。 無論, これは重点のおき所による 一応の分類であり, たとえば M. Crozier などは, 逆機能の問題を中心にしているが, 人間関係 論的アプロ ー チといわれるものに対してかなり批判的である。 后者の巨視的な分析は「組織と人間」という基本的な 問題意識の上に立 ち, 全体社会の官僚制化を, 現代人の生活様式という観点から大衆社会とし てとりあげる社会学的アプロ ー チと, 社会の権力構造や階級構造, あるいは 官僚制的支配の 問題をとりあげる政治学的 アプロ ー チ が代表的である。 勿 論, 社会学的, 政治学的アプロ ー チは微視的な方向においても活発に行われ ている。 微視的アプロ ー チと巨視的アプロ ー チが, 互いに独立して無関係に行われ ているのではなく, 両者の間に内在的連続性のあることに注意されねばなら ないことはいうまでもない。 たとえば, 組織をより現実的なレベルにおいて とらえようとすることき, 環境的要素の作用を無視することができきいであ ろう。 環境的要素や文化的な影響を組織 の中に位置づけようとする試みは,. M. Crozier siや A. Etzioni 9>などによって試みられている。 そして, その 根底には, W.F. Whyte に代表されるような「自由意志対決定論」という哲 学的命題が流れている。 10) 更には, 全体社会の動向も, 今日の組織の占める. ー・. - 97 (659) -.

(6) 比霊の大きさから, その機能様式と切りはなしては考えられないであろう。 かくして両者の間に内在的な連続性が見出されるのである。 綿貫譲治氏も又, 官僚制の研究を三つのアプロ ー チに分類して検討を行っ ている。 11) すなわち① 技術構造的アプロ ー チ, ②権力関係的アプロ ー チ, ③人間関 係的アプロ ー チがこれである。 ①の技術構造的アプロ ー チによれば, 官僚制とは, いわゆる大規模組織に 共通する管理・運営の技術的構造の 一定の様式, ないしはそれをそなえた組 織の形態を意味するものであり, ウェ ーパ ー によって定式化されたものであ る。. ウェ ーパ ー によれば, 官僚制の特殊な機能様式として,. 則,. b) 職務上のヒエラルヒ ー, c)公•私の分離, d) 文書による事務処. 理,. e)メリット・ ミステムなどのメルクマ ー ルが与えられる。 このような. a)権限の原. 管理形態は高度の可能性と精確性を具え, 他の管理形態に技術的に優越し' その故に大量のメンパ ー をかかえた組織の管理に不可欠であることが強調さ れる。 すなわち, ここでは官僚制の合理性と技術的優越性が強調されるので ある。 ②の権力関係的アプロ ー チは「官僚制とは, 政府の統制力が完全に官吏の 手中に掌握されているため, その権力が 一般市民の自由を侵害するおそれの ある統治形態である」というラスキの定義. 12). に示されるように, 官僚制を. 何よりもまず, 国家権力による干渉・抑圧の機構ないし現象として捉え, 非 能率, 無責任を伴うものとして否定的に評価する。 すなわち官僚主義を生み 出す機構, 官僚制的行動様式に焦点をおき, 権力関係として官僚制をとらえ ているのである。 ③の人間関係的アプローチは, 高度に合理的な大規模組織が, 組織の成員 に対して課する矛盾に着目し• 大視模組織の病理的現象として, すなわち官 僚主義として官僚制にアプロ ー チする立場である。 ここに示された三つのアプローチのうち, ②と③が共に逆機能的な側面に. - 98 (660) -.

(7) 焦点を合わしている点において共通性がみられるが, ②が主として政治学的 な社会の全体構造をとりあげるのに対して, ③の場合, 組織における人間関 係に限定されている点において, ①と共に組織論的アプロ ー チの名のもとに 統括しうるであろう。 ビ ュ ー ロクラシ ー はもともと, 科学技術と共に, 現代社会を支える技術的 双壁であるがゆえに その影響力と浸透性はきわめて大であり, 従って現代 社会の生活様式を強く規定するものである。 このようにして, 官僚制に関す る多様な問題意識やアプロ ー チが出てくるわけであるが,これを整理分類す る場合規準のおき方の如何によって, 様々な整理分類が可能である。 従っ て, 必ずしも一方をとって他を排するというわけにはいかない。 しかし, 元 来. ビュ ー ロクラシ ー というものが近代社会の合理化への志向という一般的 趨勢の集団的レベルにおける表現であり, 組織において現われる現象である ことを思えば, 組織論的アプロ ー チがその中でも中心的位置を占めるという ことがいえるであろう。 このようなピュ ー ロクラシ ー に対するアプロ ー チの多様性は, 当然そこに 導き出されてくるピュ ー ロクラシ ー の意義をも多義的なものにしている。 最 近,組織における社会諸集団の権力をめぐる葛藤を軸にした官僚制の逆機能 のモデルを精緻な実証的研究から導き出したクロジエは, 官僚制の意味を次 のように三つのものに整理している。 13) 第ーは, Government by bureaus を意味するものであって, その権力行 使は, 任命官僚による合法的な支配形態をとってあらわれる。 第二は, 周知の ウェ ー バ ー の図式で始まり, 社会学者や歴史学者によって 普及された概念で, それによれば「官僚制化」は「集団活動の合理化」とし てうけとられ, その主たる要因は, 生産単位や組織の高度の集中化及びイン パ ー ソナルな規 則の発展に帰せられる。 第三は官僚制という用語のより通俗的な用法で, 組織における諸々の逆機 能的現象を指していわれるものである。 任務遂行の際の遅延や鈍重さ,. - 99 (661) -. J レー.

(8) ティンや複雑な手続, レッド・テー プなどをさすものである。 普通一般に行われている官僚制の意味の用い方を大まかに分類すれば, ほ ぼこの三つの用法に落着くであろう。 むしろ, 注意すべきは, クロジェの次 のような主張である。14) 第一は, 用語の安易な用い方に官僚制研究における多くの困難が由来する こと。 第二はこれら三つの用法が互いに無関連ではないこと,.すなわちビュ ーロクラシ ー という現象が組織という場において互いに交叉していることで ある。 かくして, ここに, 官僚制の研究において, 組織がその中心に位置づ けられるべきことが暗に示唆されるのである。 このようにして, 多様なアプロ ー チの中でも, 特に中心的と思われる組織 論的アプロ ー チに基づいて, 官僚制の一般的図式を導き出しその意味を明確 にするという課題が, ここに登場してくるのである。 そこで次に, われわれ は, この問題をとりあげて若干の吟味を行いたい。 註1 ) Max Weber, Burokratie (Grundriss der Sozialokonomik, I. Abtei­ lung, Wirtschaft und Gesellschaft, 1921-22. Dritter Tei! Kap. VI,. ss. 650-678). 同上, 阿閉吉男・脇圭平共訳「官僚制」 2)綿貫譲治著「現代政治と社会変動」p.8 5. 3) Robert Michel es, Political Parties, Glencoe I. Free Press, 1949. 4 ) P. M. Blau, Bureaucracy in Modern Society, 1956. 阿利英二訳「現代社会の官僚制」p.11 . 5 )綿貫譲治著上掲書, p.8 5. 6)富田富士雄, 河村十寸穂, 山田操共著「現代社会学の理論」p.110 . 7 )同 上 8 ) M. Crozier, The Bureaucratic Phenomenon, 1964. Part, I. 9) A. Etzioni, Modern Organizations, 1964. Chap. 10 . 10) W. F. Whyte, Man and Organization, 1959. 桜井信行訳「人間と組織」ダイヤモンド社 11)有斐閣, 社会学辞典1966. pp.1 24-5. 12) H. J. Laski, Encyclopaedia of the Social Sciences, Vol.3. p. 70. 13) M. Crozier, op. cit. p.3. 1 4) ibid, pp. �4 . - 100(662) -.

(9) 2. 2.1.. ピュ. ー. ロクラシ ー の 一 般的図式. 官僚制の要因と本質. ウェーバーによれば, 官僚制は近代社会における人類の合理化への努力の 結晶であり, それは技術面における機械の発明にも匹敵する人類の偉大な社 会的発明とみなされる。 それは近代社会の高度の物質文明を支えるなくては ならぬ社会的支柱であり, それのもたらす様々のマイナスの 機能を無視する わけではないが, その積極的な役割についても, 正当な評価をなすぺき必要 性が暗に示唆されている。 このようなビュ ーロクラシーを生み出した諸前提として, ウェ ー パ ー は次 のものをあげている。1) (1)貨幣経済の発達, (2)行政事務の量的発達,(3)行政事務の質的変化, (4)官 僚制的組織の技術的優秀性, (5)行政手段の集中, (6)社会的差別の水準化。 これらの諸前提は主として, 全体社会的な観点からとりあげられた 歴史的 な諸条件であり, そのかぎりにおいて, 個々の組織における官僚制化の要因 を直接説明するものではない。 すなわち, これらのものは, 官僚制化の基本 的な諸条件として考えられるが, 個々の組織における官僚制化の直接の要因 とはみなせない。 プラウも簡単にこの問題をとりあげ, 官僚制化を促進する歴史的条件とし て, 貨幣経済の発達や, 近代国家における大規模組織の発展, 資本主義制度 などをあげている。 ll) たとえば, 貨幣経済は官僚制化の絶対的な必要条件ではないにしても, そ れを促進する歴史的条件の一つとみられる。 先づそれは, 規則的な俸給の支 払いを可能にし, そのことはたちかえって, 官僚制上の職務の忠実な遂行に もっとも役立つ組織への従属性と自主性のむすびあわせをつくりだす。 すな わち, 無給の名誉職員はその組織から自主性をもちすぎるから, 組縦の規律 に確実に服することがすくない。 他方, 奴隷はその主人にあまり従属してい. - 101(663)-. —.

(10) て , 自主的に責任を果す動機に欠ける とこ ろがある。 有給職員の その職にた いする経済的従属と経歴の 栄進をはかる自由は , 規律正しい ま た責任ある 行 動に必要な,. 仕事に対する関心をは ぐ く む。. したが ら て ,. 貨幣制度が発達. し , 奴隷制が 廃止 さ れる 以前は , 官僚制はあ まりみ ら れなかったのである。 近代国家における大規模組織の発展も また, 官僚制を促進する有力な条件 である。 なぜな ら ば , 元来, 官僚制は大規模な 管理問題を遂行するための機 構だからである。 国家 そ れ自体も一 つの巨大な組織であるが, 企業や 労働組 合の組織も , 規模が大 き く なるに従ってよ り 一層官僚制化 さ れ やす く なって く る。 しかし, 規模そのものよりも , より重要なことは, それに伴って管理 の性格が複雑 1こなって く る とい うこと である。 すな わ ち , ウ ェ ー バーもあ げ ている如 < , 管理の 量の増加は , 同時に質の変化を伴 い, そ れが官僚制化を 促進する 作用をもた らすのである。 プラ ウ が , 官僚制 化を促進する条件の 一 つと して , 資本主義制度 そ れ自体 をあげていることは注 目 に 価いする 。 9 ) 何故な ら ば , 官僚制は企業性と対置 さ れることが , し ばしばあるか らである。 資本主義においては, 経済的危険 を合理的に評価する とい う ことが,. 一. つの 前提条件をなすが, そのためには. 競争市場の正常な過程が外部の力によっ てむやみに妨害 さ れないことが必要 である。 したがって , 資本主義のためには , 専制支配の覆減ばかり でな く , 秩序と安定を維持するにたる強力な政府をつ く る ことが 必要である。 資本主 義はこの 場合, 政府の能率的に してかつ広汎な活 動を奨励する。 そ れは又, 政府以外の ほかの 領域にも官僚制 化を招 き 入れる。 企業が規模をひ ろげたこ と , ま た その結果, おお く の従業員が利潤原則に直接左右 さ れる活 動 とは縁 がな く なったことか ら , 能率のために官僚制的な管理方法をとりいれること が ま す ま す必要となった。 逆にこのよ う な 巨大な 会社では , もはや労働者は 直接知り合っている 使用者と個々に 交渉するとい う わ けにはゆかないか ら , かれ ら は , 複雑な管理機構をもった大 き な組合に組織 さ れることが 必要とな る。. 「奇妙におも われるかもしれないが,自由 企業制は政府, 民間会社, 組. - 102(664) -.

(11) 合にお け る 官僚制の発達をは ぐ く むのであ る 」 '> とブ ラ ウは指摘 してい る 。 これらの諸 々 の歴史的諸 条件が, 相剰作用的に近代社会の官僚制化を強力 に推進 して き たことは明らかであり, 現代社会の官僚制化を問題とす る 際, これらの諸条件の吟味が重要な問題とな っ て く る ことにはまちがいがない。 し か し , 今 日 の官僚制の普及をもた ら し た 歴史的諸条件は, 現代社会のある 組織が, なぜ高度に官僚制化され, 他のものがそ う でないかとい う ことを勿 論説明す る ものではない。 このよ う な相違は, 官僚制化を う む一 定の社会構 造内 部の条件の問題を提起す る 。 個 々 の組織の内部にお け る 官僚制化の問題 は, 明らかに, このよ う なレベルにおいて検討されな く てはならない。 しか し , 組織的レペルにお け る 官僚制化の 要因を 導 き 出 し て く る ために は, 官僚制の本質それ 自 体についての明確な把握から導かれなけ れ ばならな い。 従 っ て, ここで, 本質把握とい う 大 き な問題に直面 して く る のであ る 。 も っ とも, 個別 組織とい う より具体的なレペルにおけ る 官僚制化の要因は, 一. 般的図式だ け で説明 し き れ る ものではない。 組織をとりま く 環境や 文化の. 影響を無視す る わ け にはいかない し, その組織の行 っ て い る 事業の もつ特殊 性によ っ て も, 官僚制化 は 大 き く 左右され る であろ う 。 た とえば, A ・ ゴ ー ル ド ナ ー は 同 一の事業所に属 す る 石膏鉱山 と壁板工場の間において すら, 官 僚制化の程度には, 顕著な差があ る ことを実証的に明 らかに してい る 。 Ii ) このよ う に, 分析がより具体的な レ ベルに近づ け ば近づ く ほど, 理論的推 論に大き な限界が出 て き て, より多 く 実証研究にまたねばならな く な る が, これはすぺての概念的図式に共通す る 事柄であり, 実証研究を有効に導 く た めにも,. 一. 般的図式をみち び き 出 してこよ う とす る 試みは必ず しも無駄では. ないと思われ る 。 ビュ ー ロ クラ シ ー に対する 組織論的研究は, 最近, 比較的活発にな っ て き ている が, 官僚制の本質を明確に打 ち 出 そ う と し て い る ものは, まだあまり ないよ う に思われ る 。 この点に関する か ぎり, ウェ ー パ ー の理念型を超える ものがまだ少いが, ブラウはかなり 明 瞭にその意図を示 し, 官僚制の本質に - 103 (665) -.

(12) つ い て示唆を与えてい る点が注目 される。 組織論的研究が, ビュ ー ロ クラ シーと して注目するの は , 近代的な大規模 組織の 一定の構造的特質であること は い う ま で も ない 。 それらの特質は , ゥ ェ ー バ ーの理念型によって端的に示されている。 それは一 口 でいえば, 近代 的なフ ォ. ー. マル組織の形式合理的な管理機構であって, このよ う な管理機構. の, 成員の行動やパ ー ソ ナ リ テ ィ に及 ぼす影響が特に注目される。 かく して, 近代的なフ ォ ー マ ル組織の形式合理的な管理機構一般が. 官僚 制としてとらえられる結果, 中 心的課題と して 出 て く るの は , そ れ らの形式 合理的な管理機構の構造や特質がどの よ う にな っ て い るかを明らかにするこ と, 及 び そ れが組織活動に対 してどのよ う な影響を も たらすかを, 単にプ ラスの側面のみならず, マ イ ナ スの側面にお い て も 検討することである。 事 実, 多 く の官僚制研究が, このよ う な課題をめ ぐ って展開 されて い る。 ウ ェ バー は特にプラスの側面を分析の中心においたが, その后の研究は , たと. ー. えばマート ン のよ う に, む し ろマ イ ナ スの側面に注目する も のが多 い 。 ビュ ー ロ クラ シ ー に対する 組織論的 ア プ ロ ー チ ,. すなわち 官僚制組織論. は , 単なる構造的 分析にとどまらず, 構造の過程的側面, すなわち構造の機 能的分析を行 う 点に その一 つ の特徴がみとめられる。 タ ル コ ッ ト ・ バー ス ン ズの提 唱する構造機能 的分析 は , 官僚制理論の方法論的特色の一 つとい え るであ ろ う 。 0) このよ う にして 官僚制理論の分析の対象となる近代的組織の形式合理的な 管理機構 は ,. 一. 連の組織原理によって構成されて い る。 実際, 多 く の官僚制. の研究が, 暗 黙の う ちに, あるい は無意識に行っているのは, このよ う な組 織原理の分析, とくにその機能分析である。 ここから, 今 日 の大規模な組織 活動を支えている形式合理的な管理機構を構成 してい る組織原理が, 官僚制 の本質的要素と し て 出 て く るのであ る 。 大量生産時代の今 日 , 生産は往 々 に して大規模組織を通 じ て行われる。 と こ ろ が組織の規模が 大き く なると, 管理の量が 飛躍的に 増 大してくると共. - 104(666) -.

(13) に, 質が変化 してくる。 このよ う な大規 模で複雑な管理業務を達成するため には, そこに 一定の特質をもった管理上の構成が必要となって く る。 このよ う に して出て く る形式合理的な管 理機構が,. 一. 般に官僚制とみなさ れている. ので ある。 ウェ. ー. バ ー は, これ らの形式合理的な管理機構の技術的優秀 性に着 目 し ,. そ れを支える素材を分析 し導き出してきた純粋型が, 彼の理念型 である。 ウェ ー バー のこの理念型の諸要素は多分に組織原 理的な性格のもので ある が, プラ ウはこの点に着 目 し 次の如く 主張 して いる。 い う 概念) は管 理の能率を 改善することを ね ら い と し,. 「 こ の概念 (官僚制と しかも 一般的には実. 際に能率を改善することになる組織原理に適用さ れる」 と。 7) こ の ブラ ウの 規定は, 目的的な観点 からする官僚制の本質把握であるが, 他方において官僚制は必要性の産物ともみなす こ とができる 。 すなわち, 近 代的 な技術の発展に即応 してい く ために必要な組織 上の処置, あるいは特質 と して生み出され てくる のが, 官僚制的な構造であって, その構成に不可欠 な組餓原理が, その本質的な要素と して 当然に出て く る ので ある。 このよ う に して, ブラ ウの見方を貫徹 していく と そこに, 近代的組緞の形式合理的 な管理機構の構成に不 可欠 な組織原理に官僚制の本質を求める見解が出て く る。 このよう な見解の妥当性は, 官僚制に対する組織論的研究の多 く が, 組 織原理の機能, 特に そ の逆機能に焦点を合 している こ と からもう かが い 知る ことが できる であろ う 。 ブラ ウは ウェ ー バ ーの理念型か ら , 官僚制の 中 心的 特質と し て , ①権限のヒ エラルヒ ー , ②規則の体系, ③専 門化, ④非人格性 の四 つのものを導き出 し , 8) こ れ ら のものに共通する性格を組織 原理に求め ; か く して官僚制の 本質を組織原理に求めようと するの で ある。 M. E. デ ィ モ ッ クも又, こ れ ら 四 つのものを官僚制の 中心要 素 とみな す点においては , プ ラ ウと全 く 一致 している 。 9) このことをつきつめ て行け ば, これ らのものに 共通する性 格で ある組織原理とい う 点に , 官僚制の本質を求め う る こ とを示 す一つの証左ということが できる であろ う 。 これ ら 四 つの組織原理の組織に. - 105(667) -.

(14) お け る 不可欠性につい て は , 筆者が他の 機 会 に す で に と り あ げ てい る の で , こ こ で は改め て と り あ げ な い 。 10) こ の よ う に し て , 官僚制 の本質的把握に よ っ て 出 て く る 組織原 理の 機能分 析が, 官僚制に対す る 組織論的 ア プ ロ ー チ の 一つの 中心問題 と して 出 て く る と い え よ う 。 事実多 く の研究が こ の 問題を め ぐ っ て 展開 さ れ て い る 。 と こ ろ が, こ こ に お い て , 官僚制 の本質を なす組織原理の 機能を 一元的に と ら え る か , 多元的 に と ら え る か と い う 問 題が出 て く る 。 デ ィ モ ッ ク は , 官 僚制の積極 的 な 機能 に 着 目 し 「組織の 能率 的 な 活動の た め に は , 官僚制は不 可欠な部分で あ り , 適度の官僚制 は , 組織の能率 に積極的 に寄与す る 」 こ と を指摘 し , 「否定的 で あ り , 反対 さ る べ き も の は官僚制の行過 ぎ の み で あ る 」 と 主弧す る 。 11) か く し て , デ ィ モ ッ ク は 官僚制 と 企 業性 と の適度のパ ラ ン ス の 中 に組織の 能率 と バ イ タ リ テ ィ 維持の源泉を見 出 す のであ る が , こ こ に は 明 ら かに 官僚制すな わ ち組織原理の機能の 一 元的 な と ら え方が見受け ら れ る の で あ る 。 こ こ で, C. I . バー ナ ー ド の 次の所説が注 目 さ れ る べ き で あ る 。 すなわち,. パー ナ ー. ド は 「欲 望や衝動, 欲求な どの動機 に よ っ て 引 き お こ さ. れ る 活 動 は , 所期の 目 的 を達成 し , 緊張を満足 さ せ る 場合 も あ れ ば, そ う で な い 場合 も あ る 。 しか し 活 動 は 常 に 求 め な い他の結果を伴 う 」 と 主張 し て い る 。 12) こ れ は 主 と し て 個人の 行 動 に つ い て述ぺ ら れた も の で あ る が , 同 じ こ と は 組織 に つ い て も い え る で あ ろ う 。 た と え ば , 官僚制的組織が曲 り な り に も , 高水準の 生産性を達成 し て い る の も , こ れ ら の 組織原理の 機能の綜合 的効果 に よ る も の と み な す こ と が で き る し , 他方,. 一. 連の研究家達に よ っ て. 指摘 さ れ て い る 逆機能的な現象 も , 多分に こ れ ら の組織原 理の作用 と し て と ら え ら れ る こ と が多 い 。 う た がい も な く , 官僚制組織が非能率 を 演 じ る こ と が よ く あ る 。 こ の 場合 に も , パ ー ナ ー ド 的 な 発想法を適用 し て , 形式合理的 な 管理機構を支え て い る 組織原理の マ イ ナ ス の 機能が, プ ラ ス の 機能を超越 し た場合 に 生 じ る と み な す こ と が で き る か も しれ な い 。 い ず れ に せ よ こ こ に 示 唆 さ れ る も の は, 組織原理の機能を一元的 に と ら え る よ り も , 多元的 に と - 10 6(668) -.

(15) らえる方がより妥 当 であるとい う ことである。 組織の フ ォ ー マルな側面にお ける高度の合理 性と, 他方にお ける, 特に 個 人のレベルにおける逆 機能的な現象とい う , 官僚制のもつ基本的な矛盾は, このよ う に, 組織 原理の機能の多 元的な 把握によって, より適確に理解 し う るものかも しれない。 かく してわれわれは, 組織原理の機能を多元的に把握 する 立場を,. より 妥 当 な ものとみな したい の である。 そ う することによっ. て, 官僚制の問題のもつ特殊な性格をより適切に理解し う る であ ろ う し, 構 造機能的アプ ロ ー チの意図 する フ ォ ー マル な側面と イ シ フ ォ. ー. マルな側面と. の統合とい う 視野も自ずか ら 出てくるのではなか ろ う か。 かくしてわれわれは, 官僚制の本質を, 形式合理的な管理 機構の構成に 不 可欠なる組織原理に求め, その 機能を多 元的に把握する 立場を, 官僚制に対 する組織論的アプ ロ. ー. チ の 一つの有力な観点とみなすの である 。. このよ う に, 官僚制を本質的に把握する場合, 組織原理 がそこに出てくる の である が, 他方, 官僚制を形憩的に把握 した場合, そこに出てくるのが, 官僚制組線, あるいは現代の フ ォ ー マ ル組織とい われるものに他な らない。 このよ う に 官僚制の本質を近代な組織の中 核的構造 である形成合理的な管 理 機構の構成に不可欠な組織 原理と してと らえると, 官僚制組線は, これ ら の組織原理が高度に適用されている 組織, ある いは, 組織原理の機能 が顕著 にみ られる組織といえる であ ろ う 。 13) それは, 佐々木吉郎氏の指 摘 している ごとく, 今 日 でいえば, まさ しく フ ォ ー マル組織 に 該 当 するもの である。 官僚制組織をこのよ う にと ら える場合,実はそれは, 官僚制の問題 がす ぐ れ て程度の問題 であることを示すものであることに注意 しなければな らない 。 何故な ら ば . 官僚制の本質が組織原理 であるとすれば, それは多かれ少な かれあ らゆる組織に内在的である か ら である。 組織 である以上, それ が ど ん なに小規模なもの であっても, ある 程度 フ ォ ー マルな要素は不可欠であり, かく して 官僚制の 問題はす ぐれて 「程度」 の問題と して 把握で きるのであ る。 プラ ウは 「 官僚制は 政府の軍事 ·. 一. 般行政機関にか ぎ ら ず, 実業, 組合,. - 107 (669) -.

(16) 教会, 大学, さ ら には野球におい て さ え も み ら れる」 と指摘 して いる。 1'l こ のような官僚制の普遍的な性格は , その本質を組織原理と し て と ら えること によ っ て, 容易に理解することができるので ある。 組織原理は多か れ少なか れ, あ ら ゆる組織に 内在的で あ り , 従 っ て官僚制 も 普遍的で あるとい えるか ら で ある。 しかし組織原理の機能は, 組織の規模が大き く なるにつれ, 相剰 的 に 強化 さ れ, 顕著に表面に現わ れて く る傾 向 を も つ 。 従 っ て , 通常, 大規模 組織が官僚制組織の典型とみな さ れ, その特質が注 目 さ れ て く るので あ る。 デ ィ モ ッ ク も 又, 同様に, 官僚制の問題がす ぐ れて 程度の問 題 で あ ること を指摘している。 それは官僚制の問題が多かれ少なかれ, あ ら ゆ る組織に普 遍的で あ ることを示す も ので ある。 か く し て , フ ォ ー マ ル組織の未 曽有の発 展によ っ て特徴づ け ら れる現代におい て, 官僚制 も又, 普遍的な現象とな っ て あ ら われ て く る。 このような論理の展開 も , 結局は, 官僚制の本質を組織 原 理と し てと ら えることか ら 導き 出 さ れて く る。 か く してわれわれは官僚制 の本質を, 近代的な フ ォ ー マ ル組織の形式合理的な管理機構の構成に不可欠 な組織原理として と ら え ようとするのである。 官僚制の本質をこのようにと ら え ることによ り , ウ ェ ー パ ー に よ っ て 指摘 さ れた歴史的諸条件では説明 しきれぬ, 組織的次 元にお ける官僚制化の要因 について も ,. 一. 応の規定を導き 出して く ることが可能で あ る。. 官僚制の本質が組織原理で あ り , 官僚制的な諸現象が, これ ら の組織原理 の機能に帰せ ら れるとすれば, 組織にお い て , これ ら の組織原理の機能を強 化 さ せる条件, あ るいは組織原理の適用 を強化 さ せる条件が, 官僚制化の要 因と し て あ げ ら れるか ら で ある。 何故な ら ば , あ る組織が官僚制的 で あ ると かないとか,. あ るいは,. 官僚制化しつ つ あ るとかないとかいうことは.. 結. 局, 観察可能な現象を通 じ て判 断 さ れるわ け で あ り , 組織原理の機能が官僚 制的現象とな っ て現われるとすれば, 官僚制化するとか しないとかい う こと は , 組織原理の機能が強いか否かを意味するか ら で あ る。 か く して, 官僚制 の 本質たる組織原理の機能を強化 さ せる条件が, 組織における官僚制化の要. - 108(670) -.

(17) 因である とすれば, 官僚制化とは組織原理の機能の強化を意味す る ものに他 ならない。 そ して官僚制的現象が, これらの組織原理の機能の現われであ る とすれば, 論理上, 官僚制的現象は, 何 も 通常意味 さ れ る ような, 逆機能的 な現象のみに限定 さ れてこない。 明らかに, 能率の向上 も , 官僚制の機能の 現われであ り , そのかぎりにおいて, 官僚制的現象といわねばならない。 し かし通常はこの側面は無視 さ れ勝ちであ る 。 ウェ ー パ ー が官僚制の積極的機 能を強調 してい る のは, そのか ぎりにおいて意味ある ことと云わねばならな しヽ。. このように, 組織におけ る 官僚制化の要 因 が , 組織原理の機能を強化 さ せ る 諸条件であ る と して も , 具体的にどのよう ↑; 条件が そうであ る かというこ 一. 般的図式でそれ. とは, 個 々 の組織の特殊な事情によって千差万別であり ,. を示すには大 き な限界があ る 。 その多 く は, 比較研究や実証研究によ る そ れ ぞれの組織の特殊性の把握1こまたねばな ら ない。 ただ 一般的には, 経験的な 傾向から, 又ある 程度は理論的な推論の結果と し て, 組織の規模の大 き さ と 構造の複雑 さ が一応の メ ル ク マ ー ルと して指摘 さ れてい る 。 た と えば, 組織 の規模が大 き い ほど, 通常, 組織原理の適用 が 強化 さ れ る ことは, 極端な例 を考えればす ぐ 明 ら かにな る 。 三人の メ ン バ ー からなる 組織においては, 規 則ら しい規則は殆ん ど必要でないか も しれない。 他方, らな る 組織の場合,. 一. 一. 万人の メ ン バ ーか. 連の機能的な規則を欠いては, 効果的な活動の展開は. 殆んど不可能であ る 。 同様なことは, 構造の複 雑 さ について もいえ る であ ろ う。 かく して, 組織の規模や構造の複雑 さ を官僚制化の規定要因と一応みな すことがで き る であ ろ う。 このような観点からすれば, テ ク ノ ロ ジ 一の発展 ゃ , 企業の独 占化 も , 経営組織の大規模化や, 構造の複雑化を大いに促進す る 要素であ る 故,. 忘れてはならぬ 官僚制化の 歴史的条件 といわねばならな. い。 しか し , 組織の官僚制化の要 因は, 何 もこれらの客観的な条件のみに限 定 さ れないのであって, 管理者の リ ー ダ ー シ ッ プのあり方いかん も , 官僚制 化の内容や程度に大いに影響を及 ぼ し う る ことをデ ィ モ ッ ク が指摘してい る - 109(671) -.

(18) 点も, 忘れるこ とができな い。 16) 以上のよ うに, われ われは, 本質的に 握した場合, 官僚制は, 大規 模な管 理業務を 達成するた めの組織 原理 と して とらえるこ と が可能であるこ と を示 し, このような立場に立って, 官僚制化の要因や条件について 一応の検討を 行 っ たので, 次いで問題 となるのはこれらの組織原理によって構 成される近 代的組織の形式合理的な管理機構の構造の問題である。 そこで, 次に , 代表 的研究家の業績の 吟味を通 じて, この問題に つき若干の検討をするこ と と し よう。. 2. 2.. 官僚制の構造. 構造的に把握 した場合の官僚制は, 近代的組織の形式合理的な管理機構 と 云われて いるものに他ならな い。 このよ う な観点から, 官僚制を とらえて い る場合が, 実際には 非常に多 いのである。 近代的組織の 高度の能率性は, 官僚制の本質たる組織原理の 個々 のものの 機能によって個別的に支えられて いる と いう よ り は, む しろ, これらの組織 原理の綜合的な効果 と して と らえる方がよ り 妥 当 と いうこ とができる。 つま り , これらの組織 原理が , 管理機構に構造化されるこ とによって, その管理 機構の綜合的な効果 と して高水準の能率が支えられて いる と 考えられるので ある 。 もちろ ん それ は, 逆機能的な側面においても 同様であろう 。 か く して 一般に, 官僚制 と みなされて いる近代的組織の構造的特質, すな わち形式 合 理的な管理機構の構造が問題 となって く る。 官僚制の構造は, ウェ ー バーの理念型によって 端的に示されて いるが,そ れにつ いては多 く の論者が言及 して いる し. 筆者も他の箇所においてすでに ふれて いるので , 17) ここでは, ウェ ー バーの理念型に基づいて官僚制の構造 を と り あげている A. エチ オ ニ (A. Etzioni) の図式を中 心 と して,. この問. 題の検討を行い たt,,"I':。 18) 何よ り も先ず, 合理的であるこ と によって特徴づけられる官僚制組織は, 一. 時的で, 不安定な集団的 諸関係に対するアンチ ・ テー ゼである。 従って そ - 11 0(672) -.

(19) こ では, 継続性とい う こ とが強 く 強調せられる 。 こ の際, 規則のもつ固定化 の作用が, 重要な役割を果す。 か く し てまず, 規則 に 拘 束 さ れて行わ れ る 職 務の遂行が一般的なモ ー ドとな る 。 規則は又, すべての問題やケ ー ス に対 し て, いちいち新 しい解答を引 出 して く る 必要性を大 巾 に 取除くとい う こ とか ら も 努力の節約とな る 。 規則は, 多くのケ ー ス の取扱い におけ る 標準化や ・ 同等性を促進 さ せ る 。 それは他の表現を借 り れば, ル ー テ ィ ンとい う こ とで ある 。. こ れらの利点は,. て , すなわち,. 一. 顧客の一人一人が,. 一つの ユ ニ ークなケ ー スと し. 人の特殊な個人と して取扱われ る 場合には不可能であ る 。. か く して非人格性 (impersonality) の原理が こ こ で重要となって く る 。 そ れは 厳格な, 規則の適用 に よ る 範疇化 と い う 形であらわれてくる 。 か く し て, 規則は合理的な集団活動において欠かす こ とのできない役割をもつ。 職員の活動が一定の範 囲 に 限定 さ れ る とい う こ と (A specific sphere of Competence) も 官僚制の重要な特徴であ る 。. こ れ には三つの意味が含まれ. る 。 まず第一 に , 体系的な労働の分割 (division of labor) によって他のも のと区別 さ れた特定の職務を遂行すぺき義務となってあらわれ る 。 第二lこ , それを担当す る 職員 I乙 その職務の遂行に必要な権限が与えられね ばならな い こ とを意味す る 。 そして, 第三に 必要な強制手段は明確に規定 さ れ, そ の行使は特殊の 状況 にのみ限定 さ れていなければ ならない。 かくして, 労働 や権利 (rights), カ (power) の体系的な分割が合理的組織にととて欠かせ ないものに な る 。 各職員は, 自分の仕事を知っていなければならない し , 他 の者 に命令す る 力 をも含んだ, それを遂行す る 手段を持っていなければな ら ない。 だが他方 において, 自分の職務や. 職務上の権利 , 力の限界をもわ き まえていなければならない。 そ う でなければ, 自分の役割と他人の役割との 境界線をふみ越す こ と によって, 全体的な構造をほ り く ずす危険があ る から であ る 。 第三に , オ フ イ ス の組織が ヒ エラル ヒ ー の原則に従 う とい う こ と も 重要 な特徴であ る 。 すなわ ち , よ り 下層のオ フ イ ス は, よ り 上層のオ フ イ ス の統 - 1 1 1 (673) -.

(20) 制 と 監督の下にお かれる というこ とである 。 こ う すれば, オ フ イ ス は一つ残 らず統制 と 監督の下におかれ, 放置 さ れているものがなくなる。 C. I. バー ナー ドの所説のよ う に, 権限が根源的には 下位者の 受容にある と しても, 19) 体系 的な組織の活動のためには, 服従を偶然の機会にゆ だねるこ とはできな いのであって, それは システマ テ ィ ックに チ エ ック され, 補強 さ れなければ ならない。 ここから, 規律が強 く 叫ばれるようになる 。 聴員の行動を規制する 規則の体系が. テクニ カルな規則や規範である場合 がある 。 その場合, これらのものの 適用が十分合理 的であるためには, 専門 的な訓練が必要である。 このように して, 適切なる 専門的素養のあるもの だ けが, 管理階層の 一員 と しての資格がある というこ とは, ま さ しく真実であ る。 この問題に関する ウ ェ ー バ ー の所説を十分に検討するこ とも必要である が , ここでは さ しあたり, 彼が権 限の 根 源 と して, 専門的知識や訓練を考え ているこ とを指摘する だけで十分であろう。 勿論, これらのものが, 正統性 (legitimation) に とって 代る と い う のではない 。 む しろ, 職 員の専門的知 識や技術が,. 彼の権限を 正 当化する際の 基 礎 と なっている というこ と であ. る。 正統性の問題は, ビュ ー ロクラ シ ー の論議において,. 一. つの重要な要素. であるが, ここでは直接 とりあ げない 。 管理階屑の 職 員が , 生産手段や管理手段の 所有から完全に分離 さ れていな ければならない というこ とも, 重要な要件である。 更には, 職務上取扱われ る組織の所有に属する 財産と 職 員の 個人的に 所有する 財産が完全に分離 さ れ なければならない というこ とも 当然である 。 このよ う な公私の分離は, 職 員 の組織上の地位が, 組織 外の 地位によって侵害 されるこ と を防 ぐ う えに必要 だから である。 このよ う に して, 企業の高度化によって生 じてくる 所有 と 経 営の分離は, 官僚制的合理性を高めるもの といえる。 このよ う な組織自体の 自由を確保するためには, 組織がい かなる外部の 統制からも自 由でなければ ならない し, 特定の 地位が, 特定の職員によって 独占 さ れてもな らない。 そ れらのものは, 純粋に組織の 必要性に応 じて自 由 に配置 さ れたり, 再編 さ れ - 1 1 2 (670 -.

(21) る ものでなければな らない。 識員に よ る 職務上の地位の私的 流 用 ( approp­ riation) が完全にな く な る と い う こ と がそのために必要 と な る 。 管理上の規程や規則,決定が害類の形で形成され,記録され る こ と も官僚 制の重要な特質をなしてい る 。 多くの論者は,この要請を合理的 な 組織に と ってそれ ほど不可欠なもの と も基本的 なもの と もみ な して い な い。 む し ろ 彼 等の多 く は,記録やフ ア イ リ ン グの行過ぎを レ ッ ド テ ー プ と い う 云葉で表現 して,その不合理性を指措 し て い る 。 しか し, ウ ェ ー パ ー は,規則や規範の 体 系 的 な 解釈及 び履行を維持す る 必要性を強調し,それらのものが 口 頭の伝 達によっては維持でき な いこ と を指摘 し て い る 。 文書によ る 事務処理の重要 性を過小評価す る こ と もやは り 危険であ る 。 更に ウ ェーパー は,職員は俸給によって報いられる ぺきであって,顧客か ら報酬を受け と ってはならないこ と を指措 し てい る 。 それは,職員の基本的 な オ リ エ ン テー シ ョ ン が組織に 向ってい る こ と を確保す る 上に必要だか ら で あ る 。 更に職員を体系的に昇進させ る こ と によって,彼等の経歴上の願望に 道を開きそれによって組織に忠誠を示す者に報い る こ と は,職員の組織に対 す る 志向をよ り 強める のに役立つ 。 集 団活動の合理性を確保す る ためのこのよ う な処理が,組織に く みこまれ て構造化され る とき,そこに,一般に官僚制 と み なされる 形式合理的 な管理 機構が形成されてく る のであ る 。 官僚制の構造に関す る これまでの分析から も,近代的組織の形成合理的な管理機構が,一連の組織原理から成立 っ てい る こ と は十分に示され得たであろ う 。 このよ う な 官僚制的構造の形式合理的 な 性格については,. 次の よ う な ウ ェーバー の所説を 引 用す る に と どめてお. く 。 す な わち,彼によれば,官僚制的 構造の綜合 的 な 効果 と し て 「的確性, 迅速さ,一義性, 文書に対す る 精通,持続性,慎賃,統一性,厳格 な服従, 序摩の除去, 物的および 人的な 費用の節約」 などの諸点が 最適度に高めら れ,それによって高い水準の能率が支 え られて い る のであ る 。 20) そ して,官 僚 制の技術的優秀性そ れ 自 体が,官僚制の普及の最 と も主要 な 根拠 と み な し. - 1 1 3(6 15) -.

(22) てい る 。 21) こ の よ う に し て, 官僚制は今 日 の 普遍的な現象 と な っ て お り 「巨 大な資本主義的企業 は , そ れ 自 身, 厳格 な官僚制の無比の見本 であ る 」 と 指 摘 し てい る 。 22) こ の よ う な 一連の 組織原理か ら な る 形式合理的な管理機構 を 中 核的構造 と す る 近代的な 組織形態, こ れ が官僚制組織に他な ら な い の で あ っ て, それは 官僚制を形態的に把握 し た も の で あ る 。 佐 々 木吉郎氏は, こ の よ う な形態的な把握に よ っ て, 官僚制を次の如 く 規 定 してい る 。 「専 門化 さ れて い な か っ た原始人 は , 血縁団体に組織 さ れて い た 。 こ の 家 族集団が殆ん どすべての入用 につかえ た の で あ る 。 こ の よ う な 集団は, 専門 化原理に立脚す る 仕事の組織に は不適当 で あ る 。 新 しい組織形態が成立す る に い た っ た 。 高度の専門化 がみ ら れ る 現代の工業会社 に お い て の 支配的な組 織形態 は , 与え ら れ る 特定の 目 的を達成す る た め に 集 ま っ て い る 多数の専門 的 に 分化 し た 人 び と の , 高度に合理的 で非人格的な 協業体で あ る 。 こ の よ う な 組織体に お い て は , 極 め て入念な 分業が行われてい る ば か り で はな く , 態を,. な お 高度に 入念 に つ く ら れ た権根の 階層 があ る 。 わ れ われは ,. こ の 種の 組織形. マ ッ ク ス ・ ウ ェ ー バー に従 っ て 官僚制 と よ ぶ こ と に す. る 。 」 23) このよ う に,. 官僚制組織の 構造的特質 と して 専門化の原理が 強調 さ れ,. 又, 他方に お いて , 古 い 歴史を も つ権威主義 に 基 く 階層 制度が現在 も な お存 続 して い る こ と が指摘 さ れ る 。 す な わ ち , ヒ エ ラ ル ヒ ー の 原 理 と い わ れる も の で あ る 。 そ し て官僚制組織の特微は , 階層 制 の 原 理 と 専門化の原理の綜合 と して と ら え ら れて い る 。 す な わ ち 「現代の 官僚制は, こ れ ま でな がい歴史 を 持 っ て い る 権威主義 に も と づ く 階層 制 と 専 門 化 と の綜合体な の で あ る 。 こ れを権威主義 に も と づ く 階層 制度 と い う 点か ら み れば官僚制は古い。 こ れを 専門化への 適応 と い う 点か ら みれば, 官僚制 は新 し い 。 現代の官僚 制組織 は , こ う い っ た特質を持 っ て い る の で あ る 」 .24) こ う して次の よ う な 問題が提 - 1 1 4 (676) -.

(23) 起される。 すなわ ち「現代の官僚制組織を研究するにあた っ ては, 権威主義 に も とづ く 階層制と専 門化との関係 が, 専門家と階層的役割との関係 が究明 されなければならない こ とになる」 と。 25) 事実, こ のよ う な役割の問題につ いては多 く の論者が言及してい ると こ ろであり, 経営組紺論においては, ラ イ ン とス ク ッ フの権限の葛藤としてとりあげられる こ とが多い 。 26) こ のよ う に して, 佐々木氏は, 官僚制組織の基本的骨組みは, こ れら二つ の原理によ っ て構成されるとみなしている。 「専門化」 と「特殊化」 の ち が いを無視す るわけ にはい かない が, 同様な見解は 占部都美氏の 「近代経営理 論」 におい て も 展開されている。 27) すなわ ち , 組織の階層 的構造を規定すれ 「監督の 巾 」 の原理 (Span of control) によ って, 組織の横断的な分割 がな され, 特殊化の原理によ っ て組織の縦 断的分割 がなされる結果, 両者の組合 せによ っ て, 組織の基本的な構造が形成されて く るとい う 見解である。 こ のよ う な一連の組織原理によ って構成される形式合理的な管理機構を中 核的構造とする組織の近代的様式が官僚制組織とい われる も のである。 わる われは, こ のよ う な官僚制組織を, ・ 主としてウェ ー バー の所説に従 っ て, フ ォ ー マ ルな 合理的側面におい て, 若干検討 し た の であるが, 官僚制の 論議 は, 勿論, 合理性の強調だけで も っ て終る ものではない。 むしろ , 実際に多 く 問題とされるのは, こ のよ う な合理的側面ではな く , 病理的, あるいは逆機能的側面である。 官僚制組織が 一連の逆機能的, ある いは病理的現象を生み 出 している こ と も , 多 く の場合 , また事実である。 か く して こ こ に, 官僚制の もつ基本的矛盾 がみとめられる。 すなわ ち , フ ォ ー マ ルな側面における高度の合理性と, 他方における諸 々 の逆機能的 現象とい う 官僚制の も つ基本的な矛盾が こ こ にみとめられるのである。 こ のよ う な矛 盾の源泉は, ある程度までは, 組織原理がある観点からすれば, すなわ ち 所 与の目的に対 して,. 定の積極的な機能を果すが, それが 同 時に他の面にお. 一. いて求め ざる結果を も た らすとい う , 組織原理の機能の多元 性に求める こ と ができるであ ろ う 。. - 1 15(677) -.

(24) 佐 々 木吉郎氏の 指摘する ご と く , こ の よ う な構造を も つ官僚制組織は, 今 日 でいえ ば, フ ォ ー マ ル ・ オ ー ガニ ゼ イ シ ョ ン に 他な らない 。 :18) そ し て, 官 僚制の逆機能 も これ ら の 組織 に お け る病理現象 と してあ ら われて く る。 一般 に官僚主義 と は , こ の よ う な現象を さ して云われる言葉である。 これ ら の 逆 機能は, 単に フ ォ ー マ ルな次元 に の み 限定 さ れず, ィ ン フ ォ ー マ ルな次元に おいて も 貫徹 し て く る。 こ の ような側 面から , と い われる も のが 展開 さ れている。. 一. 連の官僚制の 病理学的研究. た と え ば ク ロ ジ ェは,. こ れ ら の 系譜に. 属する研究家 と し て, R. K. Merton, Reinhard Bendix, Philip Selznick, Alvin Gouldner, Peter Blau, Robert Dubin な ど をあ げている 。 29) こ こ では, その中 で も 中心的 と み な さ れるマ ー ト ン , セ ル ズ ニ ッ ク , ゴ ー ル ド ナ ー及び ク ロジエ 自 身の四 人を, ク ロジ ェ の 所説を中 心 に して簡単に と りあげ るに と どめて お く 。 30) a ) R. K. マ ー ト ン マ ー ト ンは ア メ リ カ の 代表的な社会学者の 一人であり, 官僚制の 病理学的 研究の創始者 と いわている。 マ ー ト ンは, ウ ェ ー バ ー の 理論が官僚制組織 の 積極的な機能や長 所 の み を強調 していて, こ の よ う な構造の も つ 内 部 的 緊迫 や緊 張が全 く 無視 さ れたに近い と 述べ, 世間 一般 にいわれているような欠陥 に も 目 を向 け る必要性を説き , 官僚制の逆機能の問題をとりあげる。 31) マ ー ト ン によれば, 官僚制組織がうま く 運営 さ れる た め には, 行動 に 関す る信頼性が高 く , 規定 さ れた行為型式へ人 々 が上 く 合致 しな け ればな ら ぬ。 そこで規律が強調 されて く るの であるが, そ れが往 々 に し て 「 目 標の 転位」 を も た ら し, 人 々 を規 則 に 固執 さ せる結果を生み, 元 々 手段であ っ たは ず の 規則が自 己 目 的化 し て く る。 こ こ か ら 官僚の儀礼主義が生れ, こ の 傾 向 がい っ そう昂ずる と , 規則尊守の 関心がが第一にな っ て , そ の た め に 組織の 目 標 達成が 阻害 さ れるように なる。. こ の よ う に し て 世間一般に 非難 さ れるよう. な, 形式主義 と かレッ ド ・テー ブ, 技術主義な ど の現象 が生 じ て く る。 この ような状況は , 集団的 レペ ルに お ける強い団結精神 を発展 さ せ , 顧客 と の 間. - 1 1 6(678) -.

(25) に ミ ゾを生み 出す と いうのである。 この ような マ ート ン の 分析は, 官僚制組織 に お い てみ ら れる行動の硬直性 や適応の 困 難, 顧 客 と の葛藤は, より一 層 の統制 や規制を必要 と し, ついに は官僚制の モ デルの予期せざる逆機能的結果の方が, むしろ 支配的 に な っ て きて非能率を も た ら す と い う 仮説に暗黙の う ち に 立っている。 人間関係論的 な 側面か ら は, 逆 機能 は メ カニカル に課せ ら れる行動の標準化, 画ー化に対 する人間性の抵抗の結果 と して と ら え ら れている。 と こ ろ が. ク ロ ジ ェの実証研究の結果 と 照 ら し合せると, 32) 直 ち に い く つ かの素朴な 疑問が 出 て く る。 すな わち, 何故, 入び と は, それが望ま しくな い結果を も た ら している場合 に も, この逆 機能を生み 出 す メ カニカル な モ デ ル に 固執する傾向を示すのか。 又, た と え 人び と がそれに 固 執する と して も, な ぜ, この モ デル が静態的なのか。 何故, それは衰退 し な いのか と い っ た疑 問である。 マ ート ン はこれ ら の疑問にこた え て い な い。 マ ー ト ン が ウ ェ ーパ ー の図式内 に と どまって い る と い われる原 因はここにある。 す な わち, ク ロ ジ ェ に云わせれば, 権力お よ び, それをめ ぐ る社会集団の葛藤 と い う 組織 に おける中心問題が全 然無視 されている結果, 静然的図式に 終って しまってい る と い う こ と である。 しかしマ ート ン の意図は, むしろ , ウ ェ ーバーの理念型 に はかなりの非能 率が含まれてい るこ と を示すこ と と , ウ ェ ーバーの モ デル と 現実 と の喰いち がいの理 由を見 出 すこ と に 限定 されていた と いった方 が よ いであ ろ う。 河村 十寸穂氏が指摘しているよ う に, 33) マ ート ン の分析は, 官僚制組織の中で働 く 職員 が規則でかたまった)レー テ ィ ン の な か に 安住して, 既得権を守るのに 精一杯 と いう よ う な 保守主義的 な 人 間 に なりやすいこ と , ウ ェ ー バー が強調 した 「非人間化」 が, ウ ェー バ ー 的意味を失って文字通り非 人間的な心性を そ なえた官僚的 人間を生み 出 し, きまりきった紋切型の行動 配す る のみで, 多彩かつ具体的 な 人間の願望に 背を向ける不遜な 態度が生 じ やすいこ と , 全 体 と しての官僚制組織 と 一体化 してルー テ ィ ン の上 に あ ぐ ら をかき, い わゆ. - 1 1 7(679) -.

(26) る 「 ぬるま湯」 のなかに安住するような タ イ プの人間が多 く なるな ど, 官僚 制的人間に 関 し て多くの示唆を与えている点において, 注 目 に 価いするであ ろう。 b ) P. セ ル ズ ニ ッ ク セ ル ズニ ッ クの 1949年の TVA に 関する研究は, ある意味では ミ ヘルスの 研究に類似するもので, 民主的な手続きのペールの背後にある官僚制的な寡 頭支配の展開を 明らかにしている。 セ ル ズ ニ ッ クは, 官僚制の圧力はある 程 度 さ けられないものであり, 従 っ て問題は, どのよ う にすれば, 人び と が部 分的にでも それを統制するこ と ができるかというその方法を見出すこ と にあ るという見解から出発する 。 セ ル ズ ニ ッ クは 「求 め ざる結果」 に 関 し ては マ ー トンと 同様な推論を用いる が, それを熟達性 (expertness) あるいは専門 化に適用する 点におい て彼と異なる 。 セ ル ズ ニ ッ ク は, ヒ エラルヒ ー的な統制 や標準化につい てみられるのと 同 様な悪循環が 熟達性や 専門化につい てもみら れることを 指 摘している。 元 来, 専門化は, 中 立的な技術的な根拠にも と づい て 決定が行われる 必要性か ら出てくるものである 。 しか し 専 門化はエキ スパ← トの考え方をより 専門 閉塞的なものとすると 同時に, 階級意識的なものとする 傾向があるので, 技 術的根拠に基 く 純粋に中立的な決定 が歪曲 されてくる。 そ し て., この逆機能 はおのずからより一層の専 門化を要請 し, か く して新 しい悪循環が展開 され るとするのである。 しかし, セ ル ズ ニ ックの最も オ リ ジナルな思考は, 逆機 能の規制の問題に つい て 示 さ れる。 すなわち, いかに して組織は, 逆機能の累積的な影響を限 定するこ と ができるかという問題である 。 彼は TVA におい て 広 く 用いられ る二つの メ カ ニ ズ ム をあげ ている 。 第一のものは権力の問題にかかわ る。 こ れは彼 が コ ー オプティ シ ョ ン (Cooptation) と味ぶもののメカ ニ ズ ムであっ て, それを彼は次のように規定 し ている。 すなわ ち コ ー オプテ ィ シ ョ ンとは 「組織の安定性や存続に対する 脅威を 回避する 手 段 と して, リ ー ダー シ ッ プ - 1 1 8(680) -.

(27) や政策決定機構に新 しい諸要素を導入 して く るプロセ ス 」 である。 35) これを 通じて, 外部の各 セ ク シ ョ ン の利害関係と内 部のせまい専門家の見解が共に 政策決定過程に反映 されてくる。 第二は, TVA の特殊な イ デ オ ロギ ー をすべての 階層の人々の間に浸 透 さ せ普及 させることによって , 組織に対する必要な最低限度の服従 と 忠誠を確 保するこ と である。 この新 しい視野から と らえると, 官僚制の逆機能は, マ ー ト ン の図式にく らぺてより一般的な も の と なってくる。 そ れは集権化の論理と同様に専門化 の論理において も 現われる組織の硬直性に対応する も のだからである。 更に セ ル ズ ニ ッ クは, メ カニスティ ッ クなモ デルに対する人間性の レ ジ ス ク ン ス の問題のみならず , 権力や参加の問題を も 取扱っている。 も っと も 後者の問 題は,. 逆 機能の発展を 統制する可能性に 関連 させてのみ と りあげられてお. り, その源泉と し てはとりあげられていない点に限界がある。 c ) A. W. ゴー ル ド ナ ー ゴー ル ドナーの研究は, 階層 的 な コ ン ト ロールの類型以外の問題をとり上 げていない点においては, 前二者より更に限定 された も のである。 しか し, この面においては, ウ ェ ーバ ーの官僚制理論によって潜在的に示 されている 矛盾をよりよく示 している点において,. 一. つの前進を している。 36). ル ドナーは専 門家による専門知毀に基く管理 (expertness) を 中 心 と. ゴー. して形成 される官僚制 (代表官僚制 := Representative Bureaucracy). 37>. と. 懲罰を中心と して形成 される官僚制 ( 懲罰官僚制 ::: Punishment-centered Bureaucracy) の二つに先づ大きく区分する。 彼は, 前者が基盤と している 価値はすべての者によって受け入れられることが できるの で , その規則の制 定にあた っ て も , そ れによ っ て抱束を受ける人々の十分な参加がえられるこ とを理 由に , 代 表官僚制の場合には逆機能から逃れることができると いう見 解をとっている。 したがって, ゴ ー ル ドナ ーによって実質的に問題と されているのは, 懲罰. - 119(681) -.

(28) 官僚 制のパ ク ー ン で彼 は そ れを三つの角度から と ら え て い る。 先づ第一 に , 服従 と 統制の問題をめ ぐ って 出 て く る悪循環 と し て と ら える。 ゴ ー ル ドナー の見解によれば, 中心的な官僚制の悪循環 は , こ ま かな監督 と い う 問題か ら 生 じ てくる。 すなわち, こ ま かな監督に よ っ て生み 出 され る 緊 張 は 非 人格的 な官僚制的規則によって緩和 されるか ら 規則 が発展 してくる。 だが規則 は , 同時に , 従業員の動機や役割遂行を低下 させ る 作用を もつ。 と こ ろ が, 従業 員の動機や役割遂行が低下して く る と , こ ま かな監督の必要が再び増 し, そ れが緊 張を呼びおこしてくる。 こ う して再び規則 が 強 化 さ れてくる と い う 次 第である。 ゴ ー ル ドナ ー は 官僚制的規則の潜在的機能を , 諸集 団 間の価値の 差異や,. 関係者のすぺてに 受け入れ ら れるよ う な 規範の形成が 不可能なこ. と , 及び親密な イ ン フ ォ ー マ ルな相互作用 の 減退な ど の 諸要因 から生み 出 さ れて く る緊張を減 じ るもの と し て と ら えている。 しか し , 諸集団の価値が何 故異なるのか, 親密な相互作用 が減退して く る原因 は 何であるのか, あ るい は,関係者のすぺてに受容 されるよ う な規範が形成できない理 由 は 何 で あ る のか と い う よ う な諸点が明確に示 されてい な い 点 に お い て, この部分の分析 は , 必ず し も 満足ので き る もので は ない。 第二に, ゴ ー ル ドナ ー は, 懲罰官僚制を, 偶発的ではある が不可避な事象 である継承 と い う 問題に対す る 合理的な反応 と して と らえる。 彼 は ,最終的 に官僚制の非人格性を継承の問題に対する組織のグロ ー バルな及応 (a glo­ bal organizational response) に帰着 させてい る 。 しか し , 彼の実証研究の み について云えばこの よ う な把握の仕方は き わ めて妥 当 であるが,. 一. 般的に. そ れを云 う には無理がある。 近代的組織の すべて が 継承の問題に 直面する が, そこに展開 されて く る反応 は き わめて多様だからである。 つま り , 彼の と り あげた実証研究に おいて は た また ま それがい え たのであって, 継承 と い う 外部的で偶然的な要因のみ に,官僚制の非人格性を 一 般的に帰 着 させ る こ とにはや はり無理がある と い わ ねばならない。 第三1こ , ゴ ー ル ドナ ー は , 懲罰官僚制と い う パ タ ー ン を , 官僚制規則の懲. - 120(682� -.

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