﹁手袋を買ひに
﹂の作品世界
−︿母﹀の問題を中心にI
一 はじめに ﹁手袋を買ひに﹂は、新美南吉童話のなかでは﹁ごん狐﹂とならんで現 在でもなお小学校国語科教科書で掲載され、現代の多くの教師と子どもた ちの心をとらえて読まれつづけている、戦前の童話では希有な作品である。 しかし、この作品は﹁ごん狐﹂とくらべたとき、国語教材としては必ずし も幸運の下に、子どもたちに与えられてきているわけではない。それは、 後に述べることになる石川一成の言葉を借用すれば、﹁長い間、誤解に囲 まれていた﹂﹁悲劇的な作品﹂T︶であった、と言える。その理由討、本作 品の根底に横たわっている︿母﹀の問題のためである。 ﹁ごん狐﹂。では主人公の死が︵悲劇的であるとして︶問Iになったよう に、﹁手袋を買ひに﹂では︿母﹀の問題がその教育性・教材性をめぐって、 暗雲立ち込める形になった。母親の狐が、自分でさえ恐怖のために足が動 かなくなったような町へ、︿子狐を一人で行かせた﹀ことに関する問題で ある。そのことが、庇護者である母親としての資格︵すなわち教材性︶に 対して疑念が向けられたのである。いわゆる佐藤通雅の︿母親としては失 格﹀論、およびそれを引き継ぐ形での西郷竹彦の︿玉にキズ﹀論である。‘ 九三 ﹁手袋を買ひに﹂の作品世界︵北︶ 北 吉 郎 ︵教育学部国語科教育学科︶ ︸︷三Mo︸︷‘口 当時、児童文学界では南吉童話研究の第一人者であったと目されていた 佐藤が﹁母親としては︵悪役としての母親ならいざ知らず︶失格﹄と述べ、 また国語教育界にあっては戦後文学教育の実質的な理論的指導者の一人で ある西郷が、﹁南吉の矛盾をはらむ母親像がここに裂け目を露呈﹂﹁たとえ キズがあっても玉は依然玉﹂として﹁キズ﹂を認めたことの﹁影響﹂は少 なからぬものがあった。すなわち、この作品の母親像の﹁キズ﹂をどの程 度のものとして斟酌すればよいのかに始まり、教科書採用や自主教材とし て取り上げる場合の躊躇、また取り上げるとすればどのように取り扱えば よいのか、と言ったような慎重な態度を実践家や研究者に与えることになっ た。﹁ごん狐﹂の場合では、こうした教材性に関する問題については当時 の各立場を代表する国語教育研究者や実践家が同一テーブルで長時間にわ たって論議?︶を尽くしたのであったが、﹁手袋を買ひに﹂ではそうした議 論の場や誌上での論争は全く起こらなかった。そうしたことも、また、 ﹁誤解﹂や﹁悲劇﹂に含まれようか。 だが、﹁手袋を買ひに﹂ではそうした議論のたたかいこそなかったが、 この問題を西郷論文以降の二〇年にわたる歳月のなかで国語教育研究とし てみていくと、まだいく分需のようなものがかかっているようにみえるが、九四︵2︶ 高知大学学術研究報告 第四十六巻 ︵一九九七年︶ 人文科学 結論は出ている。すなわち、﹁手袋を買ひに﹂の作品理解では佐藤や西郷 のような立場とは異なる教材解釈がほとんどだということである。慎重な 態度は保持しっっも、しかし本作品の狐の親子に美しく愛情に満ちた母子 像を読み取り、また子狐の自立していく姿や冒険に魅力を見出し、作品の 主題とする研究者や実践家が後を絶たず、連綿として授業実践が続いてい る実態である。また、その実態に応じる形での教科書掲載が昭和五五年度 以降は増加傾向にある。 こうした ︵教材解釈さ ︿母﹀の問題に関して、国語教育界ではどのように受けとめ れ︶実践されてきているかを考察した拙稿に﹁﹃手袋を買ひに﹄ 研究・実践史−−︿﹁天使﹂と﹁悪魔﹂の矛盾はらむ母親像﹀ ︵西郷竹彦 論文︶をめぐってI−﹂︵。︶がある。そこでの結論は、一つ一つの言葉の意 味を厳しく吟味しながら読み進めていく国語教育においては、この︿母﹀ をめぐる問題は、作品をよく読めぼ﹁そこで、しかたがないので、坊やだ けを一人で町まで行かせることになりました。﹂︵傍点引用者︶と叙述され てあり、﹁行かせることにしました﹂ではなく﹁なりました﹂となってい ること、従ってその﹁なりました﹂の表現の奥には、その前後の文章や作 品全体の愛情深い母親像を基に考えると当然そこに母親の︿葛藤﹀があっ たであろうこと、そこから母子の間には何らかの話し合いのようなことが あって、そうしたことの結論が﹁そこで、しかたがないので、・・・なり ました。﹂の表現になっているのではないか、とする読みが行われて支持 を得ている。そうした深い読みが発見されることによって、この場面は ﹁キズ﹂どころかむしろ作品前半部における、児童の読みを活性化させる ことにつながる﹁やま﹂場−︲すなわち﹁ゆさぶり﹂をかけることで、授 業に緊張感が生まれてくる場−として実践されている。要するに、国語 教育界にあっては︿母﹀の問題は何ら障害になることではなく、ほとんど かたがついている問題であることを実証的に明らかにしたつもりである。 これに対して、本研究ではこの問題の大本にあるIしかし、まだ一度 も本格的な議論の追求・整理が行われていないI児童文学研究︵作家・ 作品論︶としての︿母﹀の問題について考察を加えようと意図するもので ある。 二 佐藤通雅・西郷竹彦の所説における︿母﹀ 南吉童話は、その原点をたどれば︿母﹀の文学、正確には︿母﹀を慕う 文学である。幼少時に︿母﹀を喪失した孤独な魂が、凄絶な孤独感と渇き のなかで、安らぎを満たすべぐ文学創造に向けて生涯を賭した生命の滴で ある。それ故に、多くの主要童話には︿母﹀の面影に端を発していると見 られる愛︵求愛︶、夢、理想が結晶化されており、寂しさのなかにほのぼ のとしたやさしさや、温かさが漂い、幅広い共感を生んでいる。 ﹁手袋を買ひに﹂は、こうした南吉作品のなかで、最も︿母﹀の問題が 前面にでてきている作品の一つであるといえる。従って、本作品について の作品論では︿母﹀の問題が最主要な問題の一つとして提起されてくる。 本作品における︿母﹀の問題とは、具体的には﹁そこで、しかたがない ので、坊やだけを一人で町まで行かせることになりました。﹂の表現をめ ぐる問題である。この表現をめぐり、この母狐をどのような人物像の母親 としてとらえるのかという問題であり、同時に、なぜそのような表現でこ の箇所の母親像は描かれているのかという、作家・作品論︵児童文学研究︶ としての問題である。そこで、本稿ではまずこの母親像を︿母親としては 失格﹀ ︿玉にキズ﹀として冷酷・悪魔的イメージでとらえる佐藤・西郷の 両説に検討を加え、次に両説に対しては否定的立場をとる石川一成・三好 修一郎・大熊徹・大野裕、等?︶の所論を考察しつつ、そのなかで北自身の 見解を述べていきたい。
︵I︶佐藤通雅 佐藤は、南吉研究︵正確には﹁評論﹂︶に取り組み、個人誌﹃路上﹄に四 回にわたり発表したものを﹃新美南吉童話論−自己放棄者の到達1﹄∼︶ として刊行した。この本は、南吉童話に関する評論では最初の単行本であ り、当時の南吉論の頂点を示し、以後も有力な南吉童話の案内書の一冊と して位置づいている。 この本のなかで、佐藤は﹁手袋を買ひに﹂にっいては次のような厳しい 批判︵否定的評価︶を行っている。 ﹁てぶくろを買いに﹂の評価はかなり高い。教科書・ラジオなどにも何 度か登場している。しかし私自身の個人的見解をいうなら、すぐれた表現 を見せているにもかかわらず、素直な気持で読み終えることはできない。 る形で、多くの教科書に採用されてきている。ところが、この本の刊行に 前後して教科書での採用は急激に減少する。﹁母親としては︵悪役として の母親ならいざしらず︶失格﹂、﹁無条件に認めることができない﹂などの 非難を浴びるようでは、教科書教材としては致命的である。石川が述べる、 ﹁長い間、誤解に囲まれる﹂ことになる﹁悲劇﹂の始まりである。 ところで、こうした︿子狐を一人で行かせる﹀というような﹁ぬぐいが たい不可解さ﹂がなぜこの箇所の母親像としてあらわれてきているのかと いう点について、佐藤は他のところで﹁ストーリーの強引さ﹂とみている。 そして、そうした強引なストーリーの背景について、﹁おいそれとは理解 し合うことのできない孤絶した﹂﹁二者﹂︵ここでは、﹁人間と、人間をひ たすら恐れるかあさんぎつね﹂︱引用者注︶を対立させるという﹁構想 が先走ってしまったことからきたもの﹂である、と述べる。 このとらえかたは、私の見解では正しくないように思われる。ここは、 母狐も子狐も、共に、︿狐﹀対︿人間﹀という構図において把握するのが 自然であるように思われる。この物語では、︿狐﹀対︿人間﹀という生き る世界を異にする対立構造のなかで、無垢な子狐が冒険をして帰ってくる、 またそうしたなかで浮かび上がってくる情愛あふれる母子狐IIIしかし、 その母子像には、対︿人間﹀という冷厳なる対立世界が背景に現存するた めに愛切感が漂ってくるIIが、読者の心に余韻を残す。 つまり、これは私の言葉で言えば︿擬獣化﹀の構図である。南吉の場合、 こうした﹁理解し合うことのできない孤絶した﹂﹁二者﹂というのは﹁強 引なストーリー﹂の結果として生まれてくるというような性格のものでは ない。むしろ、自然的発想に近い形で出てくる。すなわちI−この点が、 他の多くの童話作家の場合と異なっている特質だと思われるのだがI南 吉が童話︵のストーリー︶を脳裏に浮かべるときは、なぜかほとんどが自 分自身を疎外された側に分身を置いた形での、﹁理解し合うことのできな い孤絶した﹂﹁二者﹂という対立構造になってしまうのである。その典型 という母親が私にはいかにも不可解である。﹁かあさんぎつねは、ぼうや の帰ってくるのを、いまかいまかと、ふるえながらまっていましたので、 ぼうやがくると、あたたかいむねにだきしめてなきたいほどよろこびまし た。﹂というほどだから、たいへんな冒険をしているわけだ。それほどの このぬぐいがたい あるため は認めることができない。︵傍線引用者︶ て くろを買いに﹂ を無条件に 現時点での作品研究の到達点から見れば、﹁ぬぐいがたい不可解さ﹂と いうような提起のしかた自体、必ずしも精密な読みに基づいているとはい いがたい、少々荒っぽさがうかがえる評論であるように思われる。﹁手袋 を買ひに﹂は、昭和三〇年代・四〇年代の初めまでは、南吉童話を代表す 九五︵3︶ ﹁手袋を買ひに﹂の作品世界︵北︶
九六︵4︶ 高知大学学術研究報告 第四十六巻 ︵一九九七年︶ 人文科学 的な作品例が﹁ごん狐﹂である。この構図のことを、私は︿擬獣化﹀− 自らを、人間の心を持ちながら外観は獣の狐に擬して登場させ、人間との 交流物語として描くIと呼んでいる。﹁手袋を買ひに﹂の場合も、そう した︿擬獣化﹀の構図になっており、実を言うと本作品の本質はI第一 に︿擬獣化﹀の問題、第二に︿母﹀の問題が横たわっている。だが、︿擬 獣化﹀という南吉童話の根底にかかわってくる重要問題に関しては、既に 拙著︵﹃新美南吉﹁ごん狐﹂研究﹄︶︵。︶で詳述しているので、本研究ではも 今一つの方の︿母﹀の問題を取り上げている。従って、本作品では作者の 分身は、人間世界を見てみたい、人間と触れたい、と念願し行動するI’︲ しかしながら、正面からは決して相対することのできない、戸を隔て、す き間を通してのみ人間の声を聞き、また窓を透かして人間の姿を想像する というI−︽獣﹀の子狐の側に投影されている。 では、なぜ︿子狐を一人で行かせる﹀表現になっているのかということ についてであるが、このことについては次の︵2︶で述べる。 ︵2︶西郷竹彦 佐藤通雅の所論を踏まえる形で、その六年後、今度は国語︵文芸︶教育 研究者である西郷が﹁﹃てぶくろを買いに﹄論︱︱矛盾はらむ母親像︱−﹂7︶ なる論文を発表し、次のように述べた。 ﹁てぶくろを買いに﹂を教材として教室で取り上げたとき、よく問題に なる場面がある。それは、母狐が子狐に手袋を買い与えようと思い夜になっ て町へ出かけるところである。 ︵中略−引用者︶ 読者である子どもたちにとって、不可解なのは、人間がくほんとうにお そろしいもの﹀であり、︿どうしても足がすすまない﹀のならくしかたが ない﹀から、︿ぼうやだけをひとりで町まで行かせる﹀のでなく、たかが 手袋ぐらい、断念すればいいのではないか。自分自身、︿足がすくんで﹀ 一歩も進めないほどの危険な場所になぜ、かわいい子狐をくひとりで町ま で行かせることに﹀したのか。︿しかたがないので﹀というが、なぜくし かたがない﹀のか、というわけである。 何気なく読みとばしている読者には、それほど問題にもならず先へすす んでしまう ずいてしま では いか ︵傍線引用者︶ 佐藤の述べる﹁ぬぐいがたい不可解﹂さが、ここでは﹁子どもたちにとっ て、不可解﹂、﹁まずこのところでつまずいてしまう﹂というように教材上 の問題∼︶として提起された。七うして、次のような評価を下している。 も好きな作品である。にもかかわらず、いや、だからこそといったらいい か、私は、南吉の矛盾をはらむ母親像がここに裂け目を露呈していること を惜しむのだ。 あえて付言すれば、それでも私は、この作品を愛しているし、また、子 どもたちに読ませることを辞さない。それは、たとえキズがあっても I 依然玉だからである。︵傍線引用者︶ 西郷は、これまでに数々の南吉作品を文学教材として発掘してきた。 ︵引用文中にも、﹁南吉を高く評価﹂﹁好きな作品﹂﹁あえて付言﹂などのこ とばがみられる。︶その西郷が、このように︿玉にキズ﹀と述べているの は、あるいは児童文学研究としては当時の到達点を示している佐藤の南古 論を踏まえておこうとする﹁配慮﹂みたいなものがあったからかもわから ない。しかし、いずれにしてもこのとき西郷は﹁行かせることになりまし
た﹂︵傍点引用者︶の表現の奥にある意味︵︿母親の葛藤﹀︶を読み落と していたのではないか、と推測せざるを得ない。というのは、﹁なりまし た﹂の意味が読めれば、その場面に作家側の事情である﹁南吉の矛盾はら む母親像﹂が投影されていようといまいと、国語教育として文章表現を読 み深めていく上で支障はないように思われるからである。︵少なくとも ﹁キズ﹂にはならない。︶ともかく、西郷の﹁キズ﹂論は、児童文学研究者 が問題化して取り上げた母親像を、多大な影響力を有する文学教育研究者 の一人が追認する形となったために、教材として授業で取り上げる上で、 一定の慎重な態度を与え続けることになった。 では、こうした﹁矛盾はらむ母親像﹂がどうしてこの場面にあらわれて きているのか、西郷説を検討してみる。 西郷は、︵佐藤が﹁ストーリーの強引さ﹂や﹁構想の先走り﹂に理由を 見たのに対して︶、作者の生い立ち、人となりの関係における南吉の描く 母親像の解明という方法で、この問題に迫った。ここで、西郷は南吉の自 伝的私小説系列に属する﹁帰郷﹂という作品を取り上げ、そこに登場する ﹁天使から悪魔に変じてしまう﹂矛盾を孕んだ継母像を、紹介している。 そうして、そこにみられるような継母に対する南吉の母親観が﹁手袋を買 ひに﹂では、子狐を一人で町へやる場面に反映し、﹁この童話のなかに矛 盾と分裂をもたらしている﹂とする。 この考え方は、私なりに思量すれば佐藤の所論よりも深いどころを突い ているように思われる。 西郷は、小説﹁帰郷﹂のなかで描出されている継母像を基準にして、本 論を展開している。﹁帰郷﹂という小説のなかで、主人公が遺書をしたた めている。−そのなかで述べられている継母像︵つまり、︿幸福と不幸 をもたらす﹀ ︿天使から悪魔に変じる﹀母親像︶︱−の場合を基にして、 本作品の母親像を論じている。 こうした﹁矛盾はらむ﹂継母像に基づいて、南吉童話の︿母﹀をみてい 九七︵5︶ ﹁手袋を買ひに﹂の作品世界︵北︶ く西郷の見解は、晩年に書かれた﹁狐﹂という作品に対しても及んでいる。 ﹁童話﹃きつね﹄のなかの母親像は、いわば南吉のいう﹃天使﹄のそれで ︲ ︲︲︲︲−あるといえよう。︵中略︱引用者︶そこには、作者が継母の姿のなかに 垣間見た﹃天使﹄のイメージが増幅・造形されているといっていい。﹂︵傍 線引用者︶と述べている。すなわち、西郷の見解では、南吉童話に登場す る︿母﹀というのは、小説﹁帰郷﹂のなかで描かれている継母像の﹁天使﹂ 的側面と、﹁悪魔﹂的側面が基準になって把握されているようである。た が、このとらえ方は正しいようには思われない。 そもそも﹁帰郷﹂は自伝的私小説系列の作品である。この小説で南吉が 意図したのは、死に直結する喀血という動かしがたい事実を前にして療養 のために帰郷したときの、まさに現実の母親︵すなわち、継母︶を文学的 に追求して描くことであった。南吉は東京外語学校を卒業したものの、大 不況下にあって満足できる仕事を得ることができずに東京にいて、第二回 目の喀血をする。この喀血は第一回目のときと比べると、病状もかなり深 刻だったようである。小説のなかでは長療養が必要な、だが回復の見込み とて低く、家族に対しては経済的負担をかけるだけの、もはやこの先に望 みの少ない、死を待つばかりの主人公が、継母と吝嗇の父がいる生家へ帰 省し、針のむしろの日々を送るI結局、主人公は遺書を残して自殺する I作品で、南吉の人生のなかでは最も暗黒期の作品︵小説︶である。 だが、童話の場合は異なる。南吉の主要童話では、現実の母親︵すなわ ち継母︶を描くことを意図して登場させている作品など、ほとんど皆無で ある。童話と小説とでは、めざす作品世界も、従ってその描出方法も当然 のことながら全然異なってくる。要するに、私かここで述べたい重要なこ とは、南吉童話のなかで︿母﹀を登場させたり、またその投影がみられる とき、その︿母﹀は、現在の母親︵すなわち、継母︶ではなく、常に今は 亡き追憶の実母︵あるいは、理想化された実母の面影︶であるということ である。これは、南吉童話を論じる際の原点である、と私自身は考えてい
九八︵6︶ 高知大学学術研究報告 第四十六巻 ︵一九九七年︶ 人文科学 る。なればこそ、南吉の主要童話の多くには実母としての︿母﹀の投影が みられるため、孤独感のなかにもほのぼのとしたぬくもりや、安らぎが感 じられ、読む者の心を打つのである。ところが、こうした主要童話のなか で唯一この﹁手袋を買ひに﹂においては、実母である︿母﹀を描きつつ、 図らずもこの場面の母狐に継母像が投影されてしまったと思われるふしが 無いでもない。後述するように、石川一成の﹁南吉にとって母親とはやさ しく待つ者の謂である。いかなる危険をはらむ世界への旅であろうと、そ れを拘束することなく、やさしく送りだし、待ってくれる母親が、最高の 存在﹂、また大野裕の﹁古い世代の親というものは、町へ出ていく子に対 して、気遣い待つ以外に致し方のない存在﹂というような、むしろそこに 真実の母親らしさや自然な姿を読む立場も説得力をもって迫ってくるので あるが、それでもやはり現在の私としてはそうした考え方にすべてを預け きることができない。それは、私の脳裏に次のことが引っかかっているか らである。 それは、親子の間で話し合いがなされ、子狐の願望に押し切られる形で ﹁しかたがないので、・・・なりました。﹂︵傍点引用者︶となっていると はいえ、その設定には︵﹁冷酷﹂﹁悪魔的﹂ではない、それどころか前後の 文章から判断して大変愛情深い母親であるとしても︶、やはりある︿限界 ﹀が感じ取れるのである。︿限界﹀とは、前述の西郷も取り上げている南 吉晩年の﹁狐﹂という童話での母親像を、われわれは知っているからであ る。﹁狐﹂では、母狐は子狐をかばうために自分が犠牲になるという方を 選択する母狐として描出されている。同じように、︿母﹀を登場させなが ら、本作品の場合は﹁完全﹂なるものとして理想化されていないという点 ︵︿恐怖で足が動かなくなってしまっ、た﹀母親という設定︶において、︿ 限界﹀を読むのである。 さらに︿限界﹀を感じさせる理由として、もう一つある。それは、子狐 が帽子屋で無事に手袋を買い求め、帰り道に、とある家の窓辺から聞こえ てきた人間の母親の声−シューベルトの子守歌を歌って、子どもを寝か しつけているIその歌声と会話である。その美しく、やさしく、おっと りとした歌声と母子の会話は、それを聞いている子狐の心のなかに人間と いうものの母子像をはっきりと捉えさせることになったであろう。ここに。 奉・・・●・・・・・・・・・子狐にとってあこがれとしての人間の母子像が提示されているように受け 取れるのである。作品では、人間の母親も、子狐の母親も、同じようにや さしいと叙述されているが、︵それはそれでよいのだが︶、しか七今後の子 狐を考えたとき、その心をより強く誘引するのはいずれの母親像であろう か。多くの南吉童話や小説を基に考えると、主人公が獣の狐として︿擬獣 化﹀されて登場している作品世界で、結果的に子狐を一人で町へ行かせる ことになる現実の︿狐世界の母親﹀よりも、窓辺に映じてとらえられた︿ 人間世界の母親﹀像のほうが子狐にとっては誘引力の強いあこがれの対象 として理想化されているように思われるのである。︵。︶ 三 諸説︵石川一成・三好修一郎・大熊徹・大野裕︶における︿母﹀ ︵1︶石川一成 石川は、﹁手袋を買ひに﹂の作品を﹁新美南吉の青春﹂と重ね合わせて 読み、この母狐の人物像を愛情に満ちた﹁積極的な性格﹂の母親であると して力強くとらえている点が、諸説のなかでは最も特徴的である。石川の 渾身の論文﹁新美南吉の青春−﹃手ぶくろを買いに﹄をめぐってI1﹂︵碧 は、前述の西郷論文が書かれて一年後の、いわば激しい逆風のさなかでの 執筆である。 石川は、本作品について﹁東京の生活にもなれ、自分の前途に光明を抱 いていたころの作品﹂であり、﹁南吉の青春ともいえる時代をさがすとき、 私はこの時代を置いては考えられないと思っている﹂と述べた。そうして、
﹁郷里の師範学校に入学させ、その土地に南吉をつなぎとめようとした両 親に逆って出郷した、南吉の自負と衿持が、そのまま、この子狐の姿に放 射﹂しており、本作品には﹁南吉のI回ぎりの明るい青春が、象徴的に語 られている﹂と述べる。この作家・作品論は南吉の青春時代を暗黒の面か らとらえがちな論評が多いなかで、この作品の執筆時期を輝く青春時代に 位置づけている点が新鮮である。 本作品の子狐の姿に、南吉自身の出郷の事情や﹁自負と衿持﹂﹁一回ぎ りの明るい青春﹂を重ねて読んでいく見解をとるならば、この作品での母 親の人物像はかなり異なったものになってくる。また、石川は﹁南吉にとっ て母親とはやさしく待つ者の謂である。いかなる危険をはらむ世界への旅 であろうと、それを拘束することなく、やさしく送り出し、待ってくれる 母親が、最高の存在﹂と述べており、そうした見方も考え合わせれば、 ﹁未来を孕む子狐を、畏怖に充ちた、しかし、美しい人間の住む町に行か せるのは、却って母の愛情﹂となり、非常に説得力に富んでくる。従って、 石川にとっては︿子狐を一人だけで町へ行かせる﹀母狐像は、全然マイナ スのイメージになるどころか、むしろ﹁積極的な性格﹂の母親像として肯 定される。 ただ問題になるのは、﹁南吉はかく考えてこの一編を書いた﹂としても 読者はどう読むかである。﹁そこで、しかたがないので、坊やだけを一人 で町まで行かせることになりました。﹂の前後の文章から、﹁積極的な性格﹂ や﹁かえって母の愛情﹂というような力強いものを無理のない形で読み取 ることができるのかどうかである。この点については、石川は﹁二十才の 南吉の筆力の不足﹂とみている。はたして、﹁筆力の不足﹂なのだろうか。 このことについては、他の論者においても共通している面があり、大変重 要なことだと思われるので、私自身の見解は後でまとめて述べてみたい。 九九︵7︶ ﹁手袋を買ひに﹂の作品世界︵北︶ ︵2︶三好修一郎 三好の場合は、作家側の事情には一切踏み込むことなく、純然たる作品 論として展開し、本作品の価値を高らかに評価している点が特徴的である。 その刮目の所論は、﹁新美南吉﹃てぶくろを買いに﹄小論−その主題を めぐってI﹂︵uの中で展開されている。 ︿母﹀をめぐるこの場面の表現については、﹁︵お百姓に見つかってさん ざ追ひまくられて、命からがら逃げた︶現体験が蘇ってきた時、母ぎつね の心に圧倒的ともいうべき恐怖心が訪れ﹂、﹁愛情と恐怖心との二律背反の 果てに、さしもの愛情も押し切られてしまった﹂︵傍線引用者︶という解 釈を提出する。傍線部に明らかなように、三好は寸毫も母親の愛情を疑っ てはいない。しかしながら、﹁そこで、しかたがないので﹂とい。う叙述は、 母狐に﹁当然あったであろう葛藤﹂を﹁一切捨象﹂してしまっており﹁余 りに軽率﹂な表現である、’と述べた。 三好論の新しさは、﹁当然あったであろう葛藤﹂を捨象してしまう﹁余 りに軽率﹂な表現であるとしつつも、むしろそこから﹁一つの意味﹂﹁思 想﹂を読み取っている点である。すなわち、﹁母ぎつねに代表される大人 の偏見−相互理解の不可能−が、実は洞察力︵ないしは自省心︶を欠 いた偏狭な体験に根ざしたものに過ぎ﹂ず、﹁そうした偏見が、最も美し い愛情すら曇らせてしまう﹂という思想である。 そうして、石川論ではベクトルの起点を子狐の冒険譚︵世界の認識・獲 得譚︶の方へ据えることで、﹁子ぎつねの実体験によって認識された人間 理解が、偏見に捕われた母ぎつねの認識変革に作用したというダイナミ″ クな関係性をこそ﹃手ぶくろを買いに﹄には読み取るべき﹂であり、﹁﹃手 ぶくろを買いに﹄とは、そうした認識体験の旅を言い得て妙な題名﹂と喝 破した。 石川の述べる﹁筆力の不足﹂と同様に、ここで出されている﹁余りに軽
一〇〇︵8︶高知大学学術研究報告 第四十六巻 ︵一九九七年︶ 人文科学 率﹂な表現というような指摘に関する私の見解については、後述する。 ︵3︶大熊徹 大熊徹は、︿母﹀めぐる表現の問題については、南吉の自筆原稿の推敲 状態を考察することによって解明を試みている点が特徴的である。その所 論は、﹁南吉童話﹃手袋を買ひに﹄研究﹂︵12︶のなかにみることができる。 ﹃校定新美南吉全集﹄では、自筆原稿の推敲過程が分かるように解説が 付されている。それをみると、この作品は実に一七〇箇所に及ぶ多くの箇 所で、相当大幅な改稿が施されていることに気づかされる。大熊は、次の ように述べている。 ﹁︵文末表現を︶四回も書き改めている。他に数回推敲している所はな 辻棲を合わせようと苦悩する南吉の姿が目に浮かぶようである。どうやら、 ︵中略︶南吉自身手に負い兼ねた箇所の一つであるよう﹂である。︵傍線・ かっこ内引用者︶ ﹁︵﹁あえて積極的に解釈しようとすれば﹂︶母狐の善良なるが故の極め て人間的な脆さ、つまり、子狐をひたすら愛する愛情に満ちた母狐なるが 故の人間的な悩み苦しみが表出されていると考えられなくもない。冷酷で も悪魔でもない極めて人間的﹂︵かっこ内引用者︶ 後段部分はおくとして、前段部分の考察については疑問を感じざるをえ ない。文末表現﹁なりました﹂を﹁四回も書き改め﹂とあるが、それは正 確には語句のような形で何度も書き改められているのではなく、どう書こ うかと迷ったとみられる躊躇の跡のように推測され、それは前述したよう に実際には一七〇箇所に及ぶ、その中には語句の﹁書き改め﹂をともなう 改稿がいくつも含まれていることを知るならば、それほど重大な︿迷いの 跡﹀のようには思われない。とても、﹁ストーリーの強引さ破綻に気付き﹂ ﹁辻棲を合わせようと苦悩﹂した痕跡のようには思いがたい。まさか、そ の程度の推敲に﹁苦悩﹂を読むII南吉の筆力を過少評価するIなど、 信じられないことである。例えば、昭和三〇年代の教科書では、編集者に よってこの場面を﹁早く、自分で何でもできるようにしなくては﹂と考え る母親や、また、﹁かぜをひいてねつを出して﹂いる母親、﹁﹃お客さまを およびしている﹄ために、いっしょに行けない﹂母親、等への書き替えが 行われたことがある。南吉にとって、この場面に﹁ストーリーの強引さ破 綻﹂が認められ﹁辻棲を合わせ﹂る必要が感じられるならば、少しストー リーをいじることによって書き替えることはそれほど困難なことのように は思われない。ここで大事なことは、そんなことではなく、南吉はこの母 親像に対して実はあまり不自然さを感じていなかったのではないだろうか、 という点である。 さて、ここでこの表現が南吉にとって﹁辻棲を合わせ﹂る必要からのも のだったのかどうかは、石川の﹁筆力の不足﹂、三好の﹁余りに軽率﹂と いうような記述ともかかわってくる 0そこで、このことに関し、私自身の 見解を以下に述べておきたい。 南吉は、この場面の母親像に対して﹁ストーリーの強引さ破綻﹂を感じ、 そのために﹁辻棲を合わせよう﹂とする意識などはほとんど無かったので はないか、というのが私の見解である。従ってまた、そこに︿技量﹀とい う意味合いでの﹁筆力の不足﹂や﹁軽率﹂を見るといった解釈とも異なっ てくる。その意味では、西郷説と同様に、︿母﹀に対する南吉の意識の投 影がそのままに現れている、とする見方である。
南吉の︿母﹀に対する思いI︵実母への︶思慕や、︵幼少時にして生 母を亡くした︶欠落感、夢想へとつながるようなもの、思い込み、など 1は、相当に強烈であり、その執着感情はわれわれ多くの読者の場合と はよほど異なっていると考えざるをえない。例えばこのことを、﹁ごん狐﹂ の場合でみてみると、本作品と同じく﹁ストーリーの強引さ﹂や︵当時の 一八歳の南吉の︶﹁筆力不足﹂、または﹁軽率﹂として感じさせる場面とし て指摘できる箇所が、実は一箇所ある。それは、これまで問題にされたこ とはほとんどないが、やはり︿母﹀にかかわる場面である。第二節で、ご んが兵十の﹁お母﹂の葬儀場面を目撃したあと、自分の﹁穴﹂に帰って来 て自己反省する箇所である。それは、し次のような叙述になっている。 その晩、ごんは、穴の中で考へました。 い。それで兵十がはりきり網をもち出したんだ。ところが、わしがいたづ らをして、うなぎをとって来てしまった。だから、兵十は、お母にうなぎ そのまxお母 んぢゃつたにち んだんだらう。ちよツ、あんないたづらをしなけりゃよかった。﹂︵傍線 引用者︶ この叙述のなかで、傍線箇所はすべて事実かどうか不明である。それら は、あくまでもごんの空想に基づく思い込みになっている。ごんは空想を ふくらませて、自分のせいにしている。そうしたいわばかってな思い込み によって、﹁うなぎのつぐない﹂行為は実行に移されるのである。︵うなぎ を盗ってきた﹁いたづら﹂が、兵十の母親の死につながったという必然性 はどこにも存在しない。︶ この部分こそ、言うなれば︿強引なストーリー﹀である。読者にとって 一〇[︵9︶﹁手袋を買ひに﹂の作品世界︵北︶ 許容できる範囲内のものである︵から、問題視されることはあまりない︶ にしても、不自然な感じは否定できない。なぜ、もう少し︵﹁完璧﹂な作 品であるためには︶ ︿辻棲の合うように﹀、読者の意識を考慮して兵十の 母親のことを説明をしておかなかったのかと、﹁筆力の不足﹂や﹁軽率﹂ さをうかがわせる箇所である。 だがこれを、南吉の側からみていくと、︵執筆動機とも深い部分でかか わっていると推測されることなのだが︶、実は﹁ごん狐﹂の場合も︿母﹀ の問題が根底に介在している。すなわち、︿コ人ぼっち﹂の境遇で森の 中に住んでいる﹀設定であるが、これは﹁ごん狐﹂においては特に︿母﹀ の問題である。︵南吉にとって、童話制作において自分の父や弟の影は薄 く、無いに等しい。二人ぼっち︶という設定のときは︿母﹀を亡くした I自分自身の投影であるI︿主人公﹀という、南吉特有の意識がある ことを見逃してはならない。︶前述の、﹁穴﹂のなかでのごんの自己反省も そうである。ごん︵南吉︶にとっては、兵十の︿母親の死﹀でなければな らないのである。︿母親の死﹀であるからこそ、それだけで次節︵第3節︶ で展開されるように、﹁おれと同じ一人ぼっちだ﹂の独白に始まる兵十へ の共感が生まれ、狂わしいまでに一体感を求めて突き進むのである。その 背後には、︿母﹀を喪失した者の凄絶な孤独感がある。つまり、あの物語 では︿母﹀を亡くした主人公が、同じように︿母﹀を亡くした人物と避遁 し、理解し合うことを求めたストーリーとして︵ほとんど自然な発想とし て︶構想されており、作者自身の︿母﹀の問題が執筆モチーフとして深く かかわっている。と、そのようにみていけば﹁穴﹂のなかでの空想も、思 い込みも、ごん︵南吉自身︶にとっては必然なのである。南吉は、そのこ とが読者にとって︿不自然﹀なことである、ということにはほとんど気づ いていない。それは、︿技量﹀という。よ今な範躊とは異なる、−南吉の ︿母﹀に対する意識の︵というよりも、無意識のうちの︶現れI特異性 ︱として把握できる。極端な言い方をすれば、自分のいたずらを兵十の
一〇二︵10︶高知大学学術研究報告 第四十六巻 ︵一九九七年︶ 人文科学 母親の死と結びつけて考えたというごんの側の事情こそが重要なのであっ て、そのことが空想であろうとも、ごん︵南吉︶にとってはそう信じるこ とで命を賭けるに値する内的衝撃力を生みだしているのである。 さて、こうした南吉における︿母﹀の問題。これを初・中・後期︵晩年︶ の各期を代表する狐物語である﹁ごん狐﹂←﹁手袋を買ひに﹂←﹁狐﹂で 考えてみる。 初期代表作﹁ごん狐﹂の場合では生身の︿母﹀は登場せず、︿みなし ご﹀である﹁一人ぼっち﹂の境遇設定において投影され、さらに主人公の 心理や行動の上に追憶上の︿母﹀が深くかかわっている。これは、執筆当 時の作者自身の意識にもっとも近い形での構想であり、人物造型である。 やがて、あこがれの東京へ単独上京。東京外語学校の学生となる中期時代 には、﹁手袋を買ひに﹂では、生身の︿母﹀が子狐とともに登場してくる。 ︵これは、意識の上で、﹁一人ぼっち﹂の子狐の境遇としてではなく、生き た︿母﹀をも一緒に登場させることが自然な形で受容できるようになって きたともいえる。︶ところが、生きている現実の︿母﹀を描いたとき、 ︿限界﹀が生じ、生身の︿母﹀のすべてを﹁理想的﹂︵あるいは、夢想的 な﹁あこがれ﹂の︶ ︿母﹀として描出し尽くすことができていない。つま り、この点に継母︵というべきか、現実の生活者たるものとしての母親︶ の投影をかいま見るのである。晩年に至り、南吉は死を直前にして、﹁狐﹂ という作品を仕上げる。そこでは、生身の︿母﹀を登場させて、﹁理想的﹂ な、追憶上の﹁あこがれ﹂の︿母﹀として具現化した。一連の晩年作品 ︵童話︶には、共通して、作者自身の願望︵夢︶が濃厚に投影されている ので、その一環としてみていく必要はあるが、いずれにしても、作者の意 識から︿母﹀の問題は終生離れ去ることはなかった。 ︵4︶大野裕 大野裕の場合は、地元の半田地方に伝わっている民話﹁白山神社の狐﹂ に基づいて﹁手袋を買ひに﹂論を展開している点が特徴的である。︿母﹀ をめぐる大野の考え方は、﹁世代の差の問題﹂というとらえ方である。大 野の論考﹁﹃手袋を買ひに﹄論﹂︵13︶には、次のような叙述がみられる。 問題として考え直すことができる。古い親の世代が都会を恐れ、都会の文 化と融和できないのに対し、新しい子供の世代が、恐れることを知らず都 会に向かうというのは、今も見られる現象。︵傍線引用者︶ また、 母狐に﹁悪魔﹂の一面を見る必要はなく、見なければならないのは、町 へ出ていく子供の世代に対して、そうする以外にないという﹁親﹂の立場 だからである。むしろ作品に非を求めるとすれば、﹁手袋を買ひに﹂に行 狐の欲求として明らかにしなかった点にこそ求めるべきであろう。︵傍線 引用者︶ このように、大野の場合は︿母﹀をめぐる表現については﹁世代の差の 問題﹂であるとして、そこに不自然さを看取していない。これまでの論者 と異なっているのは、母親像の描かれ方に非を認めるのでなく、むしろ ﹁子狐の欲求として明らかにしなかった﹂点、︵すなわち、この場面での子 狐像の描かれ方︶に非を見ているところである。
4 おわりに 新美南吉の著作の中で、現代においてもなお高い評価を獲得しているの は童話である。中でも、初期童話﹁ごん狐﹂と並んで、中期童話の﹁手袋 を買ひに﹂は、名作であると言われている。本研究では、﹁手袋を買ひに﹂ の作品世界に、作者自身の意識の中で︵無意識層においても︶中核的な位 置を占めている︿母﹀の問題が、濃厚な影を落としていることを追求した。 南吉童話を解く重要な鍵の一つは、幼少期に端を発する、︿母﹀の喪失 感にかかわる︿孤独﹀感にあると考える。その凄絶さが、﹁ごん狐﹂や ﹁手袋を買ひに﹂等の作品では、主要人物の︿擬獣化﹀という形で展開さ れている。 南吉における︿孤独﹀の問題︵幼少年時代からの︿他者との結びつき﹀ における︿魂の流通共鳴﹀を得ることの困難さ︶は、︿闇﹀の言葉がふさ わしい。ここに、南吉が童話を書いた理由も存する。今後は、そうした点 の追究を、中期時代の自伝的私小説を視野に入れて、深めてみたい。、 ︿注﹀ 剛 石川一成﹁新美南吉の青春−’﹃手ぶくろを買いに﹄をめぐってI﹂︵﹃月刊 国語教育研究﹄第66巣 日本国語教育学会 昭52・1︶ 閣 ﹁ごん狐﹂の場合は、文学教育。の基本問題を論じる際に小学校の文学教材を代 表する形で取り上げられ、各立場を代表する国語教育研究者が論議をたたかわせ た。文献上では、①︿パネルデスカッション﹀ ﹁日本の文学教育−その原理と 方法﹂︵﹃教育科学国語教育﹄明治図書 昭41・7︶。②︿共同討議﹀ ﹁この作品 で、何かどう指導できるかI﹃ごんぎつね﹄︵新美南吉 作︶を教材にした場 合の文学の授業過程﹂︵﹃国語の教育﹄国土社 昭44・8∼9︶、など。詳しくは、 拙著﹃新美南吉﹁ごん狐﹂研究﹄︵教育出版センタli平3・5・15︶の中の第 3章﹁﹃ごんぎっね﹄はどのように実践・研究されてきたかI参考論文・文献 一〇三介ハ︶﹁手袋を買ひに﹂の作品世界︵北︶ (4)(3) ﹁手袋を買ひに﹂における母親像について、︿愛情深い母親像﹀をみる有力な ﹃国語科教育﹄第42集︵全国大学国語教育学会 平7・3・31︶ 解題−﹂を参照。 論者の一人として、他に根本正義がいる︵根本正義﹁﹃手袋を買ひに﹄にみる懐 疑主義﹂=﹃国語教育の創造と読書﹄日本書籍 平3・2・20︶ 根本は、作家研究に踏み込んで根拠をさぐっていく方法での作家・作品論とい うよりは、﹁解釈﹂としての母親像を提示している。その意味では、国語教育界 ではどのように教材解釈され実践されてきているかを考察している、もう一つの 拙論﹁﹃手袋を買ひに研究・実践史−︿﹁天使﹂と﹁悪魔﹂の矛盾はらむ母親 像﹀ ︵西郷竹彦論文︶をめぐってI﹂の中で取り上げるべきであった。︵そこ では、佐藤通雅や西郷竹彦のように﹁冷酷﹂﹁悪魔﹂的イメージでとらえている 論者はほとんどいないこと、むしろ︿愛情深い母親像﹀を見ている論者が多いこ とを、本作品に関してこれまで書かれている一三〇編の研究・実践論文を対象に して実証した。︶ 根本は、次のような解釈を述べている。 母狐の経験とまったく同じ恐怖を感じる、もっと危険なめにあうかもしれな い町に行かせるのです。かわいい子狐に苦しみや辛さを経験させることになり ますが、それは将来を考えるとやむを得ないしうちなのです。︵中略−引用 者︶ 獅子の子落としとでもいえる母親の行為は︵中略−引用者︶ ︿狐﹀である 向かって尊い経験であることを、母狐は子狐に語っています。︵傍 内引用者︶ で、将来に 線・かっこ このように、根本は母狐の行為を、子狐の将来を考えての﹁やむを得ないしう ち﹂﹁獅子の子落とし﹂というような︿試練の行為﹀として把握する。 なお、この根本論文に対しては上田信道が批判論文を書いており、両者間で ﹁論争﹂が行われている。上田論文︵﹁新美南吉の作品における︿母﹀︱﹃手袋 を買ひに﹄と﹃狐﹄を中心にI﹂∼︰﹃本と子ども 特別版3−︱特集 名作を 考えるI﹄ ︿本と子どもの会﹀発行 平5・6・15︶では、﹁生死にかかわる 危険を子狐に強いる母さん狐像と、子狐を限りなく愛する母さん狐像との間には、 やはりどうしても整合性がない﹂﹁構造的な欠陥が存在﹂と述べる。この﹁論争﹂
一〇四︵︲一︶高知大学学術研究報告 第四十六巻 ︵一九九七年︶ 人文科学 は、必ずしもこれまでの﹃手袋を買ひに﹄の主要論文を広く視野に収めたうえで その発展的成果としての論述とはなっておらず、いわば両者間に限定された論文 のように思われる。 圓 佐藤通雅﹃新美南吉童話論丿自己放棄者の到達−﹄︵牧書店 昭45∼11︶ ㈲ 北吉郎﹃新美南吉﹁ごん狐﹂研究﹄︵教育出版センター 平3・5・15︶ 剛 西郷竹彦﹁﹃てぶくろを買いに﹄論−−矛盾はらむ母親像−L︵﹃日本児童文 学別冊﹄22−9 ほるぶ社 昭51・7︶ ㈲ ﹁注意深い読者なら、まずこのところでつまずいてしまうのではないか﹂に関 して、拙稿﹁﹃手袋を買ひに﹄研究・実践史−︿﹁天使﹂と﹁悪魔﹂の矛盾は らむ母親像﹀ ︹西郷竹彦論文︺をめぐってI﹂では、次の疑念を提出してい る。 子どもの読みに関して、このような問題を孕んでいるかのような断定的な 書き方は、数多くの実践記録を読むかぎり首肯しかねる。︵少なくとも、﹁つ まずいてしまう﹂ようなことはなさそうである。︶つまり、︵作品構造がそう なっているために︶当然のことながら子どもたちの中には、母狐が子狐をI 人で行かせたことに対して疑問や批判を投げかけることはある。だが、その ことは指導者の側も先刻承知のこと。であり、再び作品に戻ってよく読めば ︵読み深めれば︶、︵作品もまたそうなっているので︶ほとんどの子どもがこ の疑問に対しては解消していく。従って、こうしたやや誇張を含む断定的な 書きぶりは、言うなれば竜が天に昇る勢いであった国語︵文芸︶教育研究者 西郷の文章であるだけに、注目度は大きく、それだけに問題を残す。 ㈲ 窓の中の母子像について、子狐︵すなわち作者︶のくあこがれの対象﹀である とする論考に、大野裕の﹁﹃手袋を買ひに﹄論﹂︵﹃愛知県立看護短期大学雑誌J 14号 昭57・19一﹄と、青木幹勇の﹁人間を読む﹂︵﹃授業技術集成 3 考えなが ら読む﹄明治図書 昭51・5︶がある。 大野の場合は、﹁窓﹂の持つ意味を、作家論として深く掘り下げた上で、﹁南吉 にとって、憧憬とするところの、近代的・都会的・文化的な世界の象徴﹂である とみた。だが大野の場合は、執筆当時の南吉の東京生活︵北原白秋との関係、喀 血の前兆症状と見られる血痰︶、および本作品が完成したとされる約一箇月後に 執筆されている自伝的私小説﹁塀﹂の作品世界との関連から、作者自身の絶望的 な投影を読み取っており、従ってその窓は﹁閉ざされ、手の届かない位置に遠ざ かるもの﹂、﹁東京という都会で、表面的に文化を享受する生活は送り得ても、当 の文化の担い手として、東京に受け入れられる道は閉ざされた﹂という把握になっ ている。 これに対し、青木の読みは、窓のなかの母狐を﹃実母の残像﹄とする把握になっ ており、注目に値する。次のような読みである。 作者は、帽子屋の主人によって、ちらっと人間認識のいとぐちを与えました。 しかし、あの場合、あれ以上、両者が接近することは、物語のぶちこわしにな ります。 ︵中略−引用者︶ さて、こんどは、積極的に人間を知ろうとする子狐に、どういう人間を見せ るかということになってきます。︵中略−−引用者︶ 作者、新美南吉は、ここで、人間の代表として、母親を持ち出してきていま す。しかもいろいろな母親像の想定される中で、子守歌を歌っている母親を、 これが人間というものだよと提示しているのです。そして、ここでも人間の姿 は見せず、﹁なんという美しい、なんとおっとりした声﹂と、声を通して母親 を、そして人間をイメージさせ、わからせようとしているのですJ︵中略−− 引用者︶この場面の子狐に、人間とはこんなものだよとわからせるのに、これ 以上の人間はみつかりますまい。 こわか、作名のもっ人間の理想像なのでしょう。人間はかくありたいという踊 いが、こういう母親の姿のうえに具現されていると考えていたのではないでしょ うか。 − うか。︵傍線・かっこ内引用者︶ 数多くの文献中、菅見の範囲では、﹁実母の残像﹂を直観し明快に述べている 唯二の文章であるといえる。 I 本論文を収録する文献については、注巾を参照。石川は、本論文で次のように 述べている。 南吉が﹁手ぶくろを買いに﹂を執筆したのは昭和八年一二月二六日、東京外 国語学校二年生のときである。東京の生活にもなれ、自分の前途に光明を抱い
が、そのまま、こ 者︶ また、 子狐の に放射しているとさえ、私は考える。︵傍線引用 ⑤(12) 用者︶ また、 構想の先走りが不自然な母親の行動を生んだと批判する立場は、あくまでも 母と子のスタティクな関係−庇護者と被庇護者−に依拠したものだ。そう ではなく、 子ぎつねにベクトルの起点を据え、子ぎつねの実体験によって認識 イナミックな関係性をこそ﹁手ぶくろを買いに﹂には読み取るべきではないだ ろうか。︵傍線引用者︶ 大熊徹﹁南吉童話﹃手袋を買ひに﹄研究﹂︵﹃文学と教育の会﹄昭58・12︶ 大野裕﹁﹃手袋を買ひに﹄論﹄︵﹃愛知県立看護短期大学雑誌﹄14号 昭57・12︶ 大野には、その他に﹁鎖された﹃窓﹄−﹃手袋を買ひに﹄論のために﹂︵﹃愛 知県立看護短期大学雑誌 第13号 昭56・12﹄がある。 平成九年 九月ニ八日受理 平成九年こ一月二五日発行 世界への旅であろうと、それを拘束することなく、やさしく送りだし、 くれる母親が、最高の存在ではなかったか。︵傍線引用者︶ ㈲ 三好修一郎﹁新美南吉﹃てぶくろを買いに﹄小論−︲その主題をめぐってI﹂ ︵﹃仁愛女子短期大学国文学会機関誌﹄第1号 昭59・3︶ 本論文で、三好は次のように述べている。 ところが、﹁お百姓に見つかって、さんざ追ひまくられて、命からがら逃げ られてしまう。 うべきだろう。 ﹁そこで、しかたがないので﹂という表現は、余りに軽率と言 それは、母ぎつねの当然あったであろう葛藤を一切捨象してし まっている。︵傍線引用者︶ また、 しかし、私は、母ぎつねの行為に今一つの意味を認めたいと思うのだ。それ は、前述したごとく、何故母ぎつねは、自己の原体験における﹁家鴨を盗まう とした﹂という背信行為︵たとえお友達の狐が、その行為の直接的責任者だと しても︶をI顧だにしなかったのかという疑念に関する。私は、ここに一つの 見︱︱相互理解の不可能−が、実は洞察力︵ないしは自省心︶を欠いた偏狭 な体験に根ざしたものにすぎない、という思想である。そして、そうした偏見 最も美しい愛情すら曇らせてしまうもの 一〇五︵13︶﹁手袋を買ひに﹂の作品世界︵北︶