LOD を活用した推理思考のトレーニング法に関する検討
LOD-based Training Methods to Cultivate Reasoning Thinking Skills
宮崎貴大 林佑樹 瀬田和久
Takahiro MIYAZAKI, Yuki HAYASHI, and Kazuhisa SETA
大阪府立大学
現代システム科学域
College of Sustainable System Sciences, Osaka Prefecture University
Abstract: In order to achieve fruitful discussions, it is important for speakers to convince their
counterparts by making usage of rational arguments rooted on reasonable grounds. However, some speakers tend to just focus on the results of their claims, without explicitly sharing the underlying background and contexts. In this study, we discuss about the design of a learning support system that uses computer understandable Linked Open Data (LOD)-based mystery novels as learning material to provide learners with the opportunity to think about rationality of their logic through experiencing detectives’ thinking process.
1 はじめに
コミュニケーションやプレゼン発表など自身の 意見を主張する場面で聞き手の理解や納得性を高 めるためには,明確な根拠に基づいた主張がなされ ることが重要である[1].一方で,その背景にあるス トーリー(論理的構造)は暗黙的なまま,自身の主 張の着地点のみの伝達に意識が向いてしまう状況 に陥ることは少なくない.このような明確な根拠に 基づいた主張を形成するスキルは,会話場面に限ら ず文章執筆においても重要であり,論理的思考力が 未熟な書き手は,根拠に立脚した論理的な文章を産 出できない原因に繋がることも指摘されている[2]. では,学習者が合理的,論理的な主張ができるた めには,どのような学びの手立てを講じる必要があ るだろうか.本研究では,結論に至る主張を補強す る根拠を論理的に構築していく機会を学習課題と して設定し,学習者の主張に対するロジック・アウ ェアな適応的支援機能を備える知的学習支援シス テムを実現することにより,この学びを支援するこ とを考える. 本課題にアプローチするために,本研究では明確 な根拠に基づき,主張を論理的に説明することが求 められる学習教材として「推理小説」に着目する. 本稿では,適応的支援のために LOD 技術を活用し た計算機可読な学習教材を検討するとともに,主人 公(探偵)の推理過程での思考(推理思考)を学習 者に追体験させることにより,推理に至る論理構造 の合理性を考えさせるトレーニング法を検討する.2 アプローチ
2.1 論理的思考力が求められる学習教材
推理小説の定義として,作家の江戸川乱歩は『探 偵小説とは,主として犯罪に関する難解な秘密が, 論理的に,徐々に解かれて行く経路の面白さを主眼 とする文学である』と述べている[3].作家の Van Dine が提唱した推理小説執筆の指針(ヴァン・ダインの 二十則[4])の一つには,『犯人は論理的な推理によっ て突き止めなければならない.偶然や理由のない自 白によって犯人がわかるようなことがあってはなら ない』と言及されており,多くの推理小説は,事件 の解決に関わる,複雑に絡み合うイベントの因果関 係を手がかりとして,論理的な推理に基づき犯人を 暴くべく記述されている.そこで本研究では,明確 な根拠の明示化への意識を高めるための有望な学習 教材として,論理的な思考力(推理思考力)が求め られる「推理小説」に着目する. 長谷川は,自分の考えを具体的に表現するために は,模範となる文章を「読むこと」が基本であると している.これは根拠を明確にする学習の根幹であ り,論理的文章教材が手本となって,自身の主張を 構築していく際の到達点になることが望ましいと指 人工知能学会研究会資料 SIG-ALST-B802-08 - 42 -摘している[5].また,佐藤は読解活動における根拠 の明示化のためには,根拠を本文中から読み取り, 論理的に主張と結び付ける活動が重要であると述べ ている.さらに,根拠と主張を論理的に関係づける ためには,読者自身の既有知識(見聞きして得た知 識や読み手が直接体験したこと,他者から伝え聞い た間接的な体験など)に的確にアクセスし,その根 拠や主張が結びつく過程を論理的に説明できる必要 があることを指摘している[6]. 以上のことから,推理小説を題材とした学びの文 脈においては,学習者が小説の内容の因果関係を正 しく捉えた上で,主張したい事柄(推理)を論拠立 てて構成できることが望ましい.このような学習者 の学びのプロセスに即した適応的支援を実現する ためには,自然言語で書かれている推理小説の意味 内容を捉えられる仕組みが求められる.すなわち, 学習者の主張(推理)したい内容について,何を根 拠として導出しようとしているかを,因果関係に関 する情報を備える計算機可読な構造として,教材デ ータが保持していることが求められる. 本研究では,セマンティック・ウェブ分野で検討 されている知識の構造化手法である Linked Open Data(LOD)[7]を活用することにより,この問題に アプローチする.知的学習支援システムの立場から 見た LOD ベースの学習教材を用いる利点として, (1) 知識間の関係を捉えたセマンティクス・ベース の探索・推論に基づく診断・フィードバック処理の 実現,(2) 特定のプログラムに埋め込む形ではなく, オープンなフォーマット(RDF)でデータの処理を 実現・再利用できることが挙げられる.これらの特 徴を用いることにより,学習者の推理思考活動の適 応的支援を考察する(3 章).
2.2 LOD ベースの推理小説教材
本研究では,2.1 節で検討した LOD ベースの教材 資源として「ナレッジグラフ推論チャレンジ」が提 供するナレッジグラフ[8]を利用する.本データは推 理小説を対象とする犯人推論タスクのためのリソー スとして設計されており,シャーロック・ホームズ の短編小説「まだらのひも」をLOD 化したデータセ ットが一般公開されている[9]. 小説内の内容は,「場面(シーン)」を最小単位と して分割・構造化されている.例えば,「寝室同士は 行き来ができませんが,各部屋の入り口は同じ廊下 に並んでおります.」という文章がある場合,シーン Si「寝室館にドアはない」と,シーンSj「全ての寝室 は廊下につながる」のように短文に切り分けて各シ ーンが表現されている.また,シーンごとの記述内 容と登場人物の関係性,ホームズの推理にて導かれ 図1 推理小説における時間軸の特徴 た事柄などの情報は,<主語(シーンID),述語(プ ロパティ),目的語>のトリプルとして,RDF 形式で 知識化されており,約400 シーンに対して,計 4,381 個のRDF データが付与されている. 推理小説では,ページ順に従う読み手の時間軸(知 識理解順序)と,物語上で展開される時間軸の2 つ の時間軸が存在する.図1 にこの 2 つの時間軸の関 係を示す.例えば,物語上のS6は過去の出来事を回 想するシーンに該当するが,必ずしも小説の前半部 で描写されるとは限らない.これらの時間軸を計算 機が処理できるようにするために,ページの時間軸 をシーンID 間リンク情報として,物語上の時間軸を シーンに付与されている絶対時間情報としてそれぞ れ捉えられる仕様となっている. 本研究では,このような特徴を持つデータ構造を 前提とし,因果関係が成立するシーン間をRDF デー タで表現することを考える.図1 の例は,S4は犯人 を推理しているシーンを表している.本研究では, この原因を成す S1と S5を新たに因果関係として規 定する学習教材を想定する.シーン間に跨る因果関 係構造に基づき,学習者が思考する推理(論理)の 妥当性を診断し,適応的フィードバックに活用する ことを狙いとしている.3 推理思考トレーニング支援シス
テムの検討
本章では,推理小説の主人公である探偵役が推理 を展開する際の思考過程に着目した「推理思考」の トレーニング方法について,現在検討している学習 活動及び学習支援システムの振る舞いを説明する.3.1 学習活動
本研究における学習活動の流れを図2 に示す.学 習者は,学習教材である推理小説をストーリーの流 れや因果関係に注目しながら読解する活動を行う. 読解を進めていく上で,学習者は推理思考活動をし - 43 -たい任意の時点において,それまで描かれていた内 容を因果関係に即して整理することにより,統合的 に理解する活動(統合フェーズ)と,その整理した 事実と今後登場するシーンとの因果関係を考える活 動(先読みフェーズ)の2 つの学習活動を経ること により,推理小説の探偵役の追体験をする「推理思 考」をトレーニングする. 本研究で実装する学習支援システムでは,学習者 の要求に応じて,a) 統合フェーズで出題される読解 時点までの出来事を論理立てて説明させる「問い」 及び,b) 先読みフェーズで出題される統合した情報 と今後の1 シーンとを因果関係に即して,ストーリ ーの先読みを喚起する「問い」の2 種類を学習者に, 適応的に提示することを考えている. 以降,3.2 節及び 3.3 節で 2 つの学習フェーズにつ いて説明する.
3.2 統合フェーズ
統合フェーズにおける学習者の思考活動の概要を 図 2(a)に示す.学習者は,任意のシーンまで読み進 めたのちに,本システムが出題する,それまでの小 説内に出てきた事実の因果関係を問う「問い」に解 答する.これにより,推理小説において重要な,複 雑に絡み合うイベントの因果関係を正しく統合的に 理解するという推理思考を働かせる. 図3 に,統合フェーズにおける学習者の解答用イ ンタフェース画面イメージを示す.この例では,シ 図3 統合フェーズのインタフェース画面 ステムは,【「『検察官』はロイロットを取り調べた」 のシーンを因果関係に即した形で深掘りしてくださ い.」】という,その時点までに描かれているシーン 間の因果関係を問う問題を提示されている.出題す るシーンは,学習者が出題を要求した時点で,因果 関係が規定されているシーンの中からランダムに選 ばれる.学習者は,右側に表示されたシーン集合(選 択肢)から,検察官がロイロットを取り調べた根拠 をリンク付けることにより解答する活動を行う. 選択肢は,因果関係が成立するシーン間をRDF 表 現を採る推理教材(2.2 節)に基づき,問題と因果関 係が成立するシーンと因果関係が成立しないシーン (現段階では,出題するシーンと読み手の時間軸が 近いところに描かれているシーンや,RDF データの 図2 本研究の学習フロー - 44 -プロパティや目的語が一致するシーンなどを検討し ている)から自動的に生成する. システムからの支援として,予め定義された因果 関係と合致する推理構造となっているかどうかを診 断し,合致しない場合には「他に根拠となるシーン はありませんか?」というように学習者に再度統合 を促す教示を出すことや,システム内部の文章内容 の該当部分にハイライトを施すことを検討している.
3.3 先読みフェーズ
先読みフェーズにおける学習者の思考活動の概要 を図 2(b)に示す.ここで出題される問いは,読み終 えたシーンよりも後に登場するシーンと,それまで に描かれたシーンとの論理的関係性を問う形式を考 えている.学習者は,そのような問いに対して,統 合フェーズで読み終えた部分までのシーンを論理的 にまとめた情報と,今後描かれるシーンとの因果関 係を考える活動に注力する. 先読みフェーズにおける問いの具体例として, 【「ホームズは,ストーク・モランへ来る前から,通 風口があると予想していた」というシーンが今後登 場するが,その根拠を読み終えたまでに描かれてき たシーンから答えてください.】という,読解時点前 と読解時点後のシーンの因果関係を推理する問題が 与えられる.システムが出題するシーンは,学習者 がシステム内部の文章内容を読んで行くなかで,出 題を要求した時点では登場していないシーンの中か らランダムに選ばれている.選択肢については,3.2 節の統合フェーズと同様に,LOD ベースの推理小説 教材により自動生成される.上述の例では,「ロイロ ットの部屋の隣はジュリアの部屋である」,「ジュリ アはインド煙草の匂いに悩まされていた」という 2 つのシーンを根拠に挙げることができれば,学習者 が正しい先読み推理思考を働かせているものとして 診断することができる.4 おわりに
本研究では,推理小説を題材として,その主人公 である探偵役が明確な根拠に基づく推理を提示する ことに着目し,その推理過程での思考を学習者に追 体験させることで,その論理立ての合理性を考えさ せ論理的,合理的な主張に向けた根拠の明示化への 意識を高める「推理思考」のトレーニング法の枠組 みを検討した. 今後の課題として,学習者の推理思考活動を一層 高めていく学習活動を設計する必要があると考えて いる.具体的には,統合フェーズで自動抽出する選 択肢作成の戦略を考えることや,先読みフェーズで 学習者が読解過程で,並列的に今後の展開を考察, 記述していく活動を行うことで先読みを刺激する仕 組みを検討していきたい.参考文献
[1] 脇田里子:口頭表現における議論する力を伸ばす試み, 同志社大学日本語・日本文化研究 6, pp.14-30, (2008) [2] 三宅和子:『日本語の対人関係把握と配慮言語活動』, (2011) [3] 江戸川乱歩:「探偵小説の定義と選別」,『江戸川乱歩 全集 第十八巻 幻影城』,(1979)[4] S.S.Van Dine:『Twenty Rules For Writing Detective Stories』 (1928) [5] 長谷川祥子:「論理的文章を「書く」ために読む学習指 導の研究」,札幌国語教育研究 26, pp.1-37, (2015) [6] 佐藤佐敏:「解釈する力を高める発問」−C.S.Peirce の 認識論に基づく「読みの授業論」の構築(2)−,上越教 育大学研究紀要,Vol.29,(2010)
[7] W3C:Linking Open Data Community Project, https://www.w3.org/wiki/SweoIG/TaskForces/Communit yProjects/LinkingOpenData [8] SWO 研究会:「ナレッジグラフ推論チャレンジ」, http://challenge.knowledge-graph.jp/reference.html [9] 川村隆浩,江上周作,長野伸一,大向一輝,森田武史, 山本泰智,古崎晃司:「第一回ナレッジグラフ推論チ ャレンジ 2018 〜解釈可能な人工知能を目指して〜」, 2018 年 度 人 工 知 能 学 会 全 国 大 会( 第 32 回 ),1F1-01,(2018) - 45 -