Ⅰ.はじめに
近年、初中等教育において ICT を活用した授業の実践が試みられている1 〜 3 )。また、 文書作成や表計算といった枠を超え、教員が教材作成や校務として、画像、映像、音声と いったマルチメディア・データを扱う機会が増えている。教職課程で学ぶ学生が将来、教 員として勤務したとき、教材作成のための写真やビデオの編集、Webページ(ホームペー ジ)の制作、CG(Computer Graphics)の知識、といったスキルを備え、教育に活用で きるということが今後、さらに重要度を増していくと予想される。 この報告では、桜美林大学で実施している、マルチメディア技術を学ぶ教職課程科目 「マルチメディア表現Ⅰ」の、シラバス決定に際して検討した事項、授業実践の様子、授 業評価の経年変化について述べる。ICT技術の修得を目的とした科目のシラバス設計について
〜科目「マルチメディア表現Ⅰ」での実践〜
伊 藤 泰 雅
概要 近年、初中等教育においても教員が教材作成や校務として、画像、映像、音声といった マルチメディア・データを扱う機会が増えている。教職課程で学ぶ学生が将来、教員とし て勤務したとき、教材作成のための写真やビデオの編集、ホームページの制作、CG (Computer Graphics)の知識、といったスキルを備え、教育に活用できるということが今 後、さらに重要度を増していくと予想される。本学リベラルアーツ学群の教職科目「マル チメディア表現Ⅰ」は、このような状況に対応して、画像加工やビデオ編集、Webページ 作成といったマルチメディア技術の授業を、演習を重視して実施している。 この報告では、本学で実施している科目「マルチメディア表現Ⅰ」の、シラバス決定に 際して検討した事項、授業実践の様子、授業評価の経年変化について述べる。 キーワード: マルチメディア、ビデオ制作、コンピュータグラフィックス、Webページ制 作Ⅱ.この科目で扱う内容の検討
1 .基本的な考え方 この科目では「実践」を重視している。ソフトウェアの演習を通して、現在可能となっ ている様々な映像表現を理解することを主題としている。科目を設計するにあたり、表Ⅱ - 1 のような項目を学習内容として選択した。 パソコンが普及した現在では、技術者や専門家でなくても、これらの技術を利用した教 材制作が可能になっている。シラバスに含めるにあたり、それぞれで考慮したことを以下 にまとめる。 ( 1 )画像加工とイラスト編集 写真加工とイラスト制作は、教材として画像を利用する、学内行事の写真を加工する、 印刷物で必要なイラストを作成する、といった場合に必要とされる重要なスキルである。 この校務で行う画像加工は「高度で自然な合成技術」といった特殊なものではなく、教材 制作などで利用することを前提とした、日常のありふれた画像加工・補正であろう。この科目では Adobe 社4 )の Photoshop と Illustrator というソフトウェアを利用する。
これらは、DTP(Desktop Publishing、コンピュータを利用した出版)の分野で業界標準 的なソフトウェアである。Microsoft社のWindowsに標準で添付される「ペイント」や、 流通しているフリーのソフトウェアは、バージョンが更新されたときに操作性が大きく変
表Ⅱ- 1 .学習内容
わる場合がある。PhotoshopとIllustratorは有料のソフトウェアであるが、操作性が過去 のバージョンから一貫して変わらず、この科目で学んだ操作性が、教職に就いてからも活 かされる。Photoshopでは、写真の補正、複数画像の合成、特殊効果など、Illustratorで は様々なイラスト作成のテクニックを学習する。 ( 2 )カメラ撮影とビデオ制作 動画教材の制作や、運動会や遠足などのイベント撮影とビデオ制作が、一人でこなせる ようになることを目的として、この項目を実施する。ビデオカメラやスマートフォンの普 及、動画公開サイトの普及などにより、ビデオ(動画)を扱う環境は飛躍的に進歩した。 大がかりな機材を用意せずとも、教員個人で、教材作成や学校イベントのビデオ記録と いったことが可能になっている。学校での学習内容によっては、教材を動画で作成するこ とで理解がより深まることが指摘されている5 )。この項目では、ビデオカメラの操作と撮 影、編集ソフトの利用方法(図Ⅱ- 2 )を学習する。 ( 3 )コンピュータグラフィックス 高校の授業「情報の科学」や旧「情報B」では、より発展的なコンピュータの利用につ いて学習する。この際に Pov-ray という CG ソフトを利用している学校がある。Pov-Ray はフリーソフトであり、美術的な作品制作への利用だけでなく、教育機関でのコンピュー タやCGの実習教材としても利用されている6 , 7 )。Pov-Rayでは、 3 次元シーンを「シー ンファイル」で記述する。この記述の作業が、 3 次元感覚を養うのに効果的であるとされ ている。 大学の授業としてCGやPov-rayを実施する意義は、直感的な教材で空間把握の感覚や 論理的思考力を訓練すること、映画やテレビで日常的に目にする CG 技術により関心を 持ってもらうことにある。 図Ⅱ- 3 .Pov-rayのデモ画面 図Ⅱ- 4 .学生の作品の一例
( 4 )ホームページ制作(Webページ作成) 小・中学校や高校など、多くの教育機関がWebページを開設している。教員がスキル を持ち、自らWebページの制作や運用、モラルやセキュリティの授業などができれば、 サイト運用に予算が多く割けない状況でも、学内で様々な活動や授業ができる。勤務する 学校の生徒たちに、インターネットの基本的なしくみやモラル、セキュリティを指導でき るように、Web技術の基礎をしっかり、教職課程で身に付けたいものである。 教職科目である「マルチメディア表現Ⅰ」では、インターネットのしくみ、HTMLの 基礎、インターネットでのセキュリティなどを講義している。
Ⅲ.シラバス
Ⅱで述べた内容をもとに検討した、15週分のシラバスの概要を、表Ⅲ- 1 に示す。この シラバスは、科目「マルチディア表現Ⅰ」を担当し始めた2008年度から、大きく変更して いない。履修する学生の学力に応じて難易度を変えたり、説明をより分かりやすくする工 夫をしてきたが、各項目の週数は変化していない。 表Ⅲ- 1 .週の割り振り(シラバスより)Ⅳ.授業実践の様子
授業は、春学期と秋学期それぞれ15週を同じ内容で開講し、週に 1 回、 2 コマ連続で実 施している(90分× 2 コマ)。きめ細かい指導のために、履修者を30名で制限している。 学部 2 年生以上が履修可能である。 学生向けにパソコンが配置された演習室で実施している。学生のパソコン画面をモニタ するソフトウェアが教員パソコンにインストールされており、教員は学生の操作を確認、 監視できる。座席は指定し、 2 週に 1 回、前席に移動するようなローテーションをしてい る。座席を固定しない理由は、前方の席と後方の席で不公平無く、また新しい気分で授業 に臨むようにするためである。視力の弱い学生や希望者は、前方の席に固定している。 学期内の早い時期(通常は第 3 週)に、①授業のスピード、②授業の難易度、③質問対 応のタイミングについて、図Ⅳ- 1 のようなアンケートを匿名で実施し、その場で結果を 公開している。クラス内で自分以外の学生が、授業をどのように受け止めているか、がそ の場で明らかになる。ソフトウェアを利用した科目であるので、操作につまずくと、その 先の取り組みの意欲が低下する。このため、「操作につまずいた場合は、授業中でも教員 に質問して良い」と考えている学生が多くいることを、確認してもらっている。 教室で教員と一緒にソフトウェアを操作することが前提であるので、授業のルールとし ては、出席を重視している。画像加工、ビデオ制作、CG、Webページそれぞれでレポー トを課し、主に作品制作とその解説を求めている。学期の最後に、授業全範囲に関する小 テストを行い、レポート以外の成績評価の軸としてる。授業外学習は主に、教材の先読 み、ソフトウェア操作の復習を指示している。 授業はおよそ 3 週ごとにテーマが変わるが、そのたびに、①その分野の用語や重要な話 題の解説、②ソフトウェアの操作や演習、③課題の提示、といった形で進めている。その 日の授業に関しては、①その日の授業内容と目的の説明、②教員とともに操作演習、③自 由練習の時間、といった進行をしている。各コマの最後に15分程度、自由練習の時間を設 けている。学生は、授業内で扱った内容や、用意された練習問題に取り組む。 表Ⅳ- 1 .教室環境の諸元図Ⅳ- 1 .授業内アンケート(2016年度後期の第 3 週授業での結果)
Ⅴ.授業評価の経年変化
桜美林大学では授業改善のため、毎学期、学生による授業評価を実施している。学生は マークシートと自由記述により、授業の評価を行う。17項目の質問に学生は、①大変そう 思う、②ややそう思う、③あまりそう思わない、④全くそう思わない、⑤無回答のいずれ かで回答する。質問項目は、表Ⅴ- 1 の通りである。 この科目「マルチメディア表現Ⅰ」は、2008年度より担当している。2008年度以降の、 授業評価の変化を図Ⅴ- 1 に示す。授業評価は17項目で構成されているが、教員のふるま いの評価でなく、この科目の特徴や構成を質問していると思われる、Q12、Q14に着目し た。Q12は「この授業を受けて総合的に満足した」、Q14は「この分野の新しい知識、技能 が得られた」という問いである。それぞれの「大変そう思う」、「大変そう思う+ややそう 思う」の回答を、図Ⅴ- 1 、図Ⅴ- 2 にそれぞれ、棒グラフと折れ線グラフで表示した。 表Ⅴ- 1 .授業評価の質問項目Q12とQ14のそれぞれの質問で、 8 年間の平均を求めると、表Ⅴ- 2 のようになった。 年度によるばらつきはあるものの、Q12「総合的に満足した」では 7 割の学生が、Q14「新 しい知識」では 8 割の学生が「大変そう思う」と回答した。特にQ14「この分野の新しい 知識・技能が得られた」の結果は、日常用いられる文書作成技術を超えた「マルチメディ 図Ⅴ- 1 .Q12の回答結果 図Ⅴ- 2 .Q14の回答結果 表Ⅴ- 2 .授業評価の 8 年間の平均
ア技術を学ぶ」といった、この科目の特徴が反映されていると受け止めている。 また自由記述では「実習をやりながら技術を身に付けるのが楽しかった」(2015年度秋 学期)、「理解できるか心配でしたが分かりやすい講義で毎回本当に楽しみ」(2011年度春 学期)といった意見があった。