アジ研ワールド・トレンド No.247(2016. 5)
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特 集
アジアの古本屋
●
は
じ
め
に
筆者は現在インドの政府刊行物
の流通と図書館を対象に調査を行
っているが、政府刊行物のなかに
は非売品も多い。版元の省庁を訪
問すると在庫があれば寄贈しても
らえるが、元が無料なため海外に
送付してもらうなどの便宜を図っ
てもらうことは難しい。従来、図
書館でこうした資料を入手するに
はお互いの機関の出版物を送付し
合う「資料交換」が有効な手段と
して機能していた。しかしインタ
ーネットが普及し手軽に情報を公
開できるようになると、印刷、製
本や送付のコストを削減する機関
が増え、交換機関は徐々に減少し
つつある。しかし、インドの場合
ウェブの更新が滞ったり、リンク
が途切れていてファイルにアクセ
スできなくなったりと問題が多く、
まだ冊子体の重要性も高い。交換
で入手できない資料やバックナン
バーの欠号などは、古書を扱う書
店・代理店を通して購入すること
もあるが、一般の本と違って入手
先は限られる。イギリスに出張し
た際に現地の図書館で資料入手ル
ートについて情報交換をしたとこ
ろ、インドについては同じ書店と
取引をしていることがわかり、世
界と入手ルートの狭さを実感した。
デリーから車で一時間ほどのその
店舗を訪ね、店主に非売品の政府
刊行物の流通事情について話を聞
いたところ、昔は選挙で負けた議
員
が
オ
フ
ィ
ス
を
引
き
払
う
と
き
や、
役人、旧計画委員会などが資料を
廃棄する際に古書市場に出回って
いたが、最近では直接裁断に回さ
れることも多くさらに入手が困難
になっているとのことだった。
もちろん、このような特殊な資
料
を
扱
う
古
書
店
ば
か
り
で
は
な
く、
イ
ン
ド
の
古
書
市
場
で
は
教
科
書
類、
英語のベストセラー小説やレシピ
本、コーヒーテーブルブックと呼
ばれる大型のアート本や写真集な
どがよく売られている。新刊のみ
を扱う書店もあるが、古本屋との
明確なすみわけがなく、古本と新
刊を一緒に扱っている書店もみか
ける。また、路上に本を並べたり、
信号待ち中の車の窓から窓へと手
持ちで売り歩くような販売方法も
ある。本稿ではそのような多様な
本の流通経路のなかからオンライ
ン通販、街角の書店と日曜に開か
れる古本市を中心にインドの古本
事情の一端を紹介してみたい。
●
オ
ン
ラ
イ
ン
通
販
インドは多くのIT技術者を輩
出している国だけありeコマース
も盛んでオンラインでもたくさん
の本が売り買いされている。新刊
坂
井
華
奈
子
イ
ン
ド
︱
古本
で
も
本
は
本
︱
も含め書籍をメインに扱うサイト
以外に個人が登録して車から携帯
電話まで様々なものを中古で売り
買いできるウェブサイトにも古本
のカテゴリが設けられている。た
だし、通販には古本に限らず現物
が確認できないという欠点がある。
古本の場合写真では書き込みの有
無など本のなかの様子を確認する
のは難しい。個人的には利用した
ことはないが、同じ書籍が複数売
りに出ていて安い方を買ってみた
ところ印刷が薄くて読めなかった
という話も聞いた。おそらくこれ
は中古というよりもコピーによる
質の悪い海賊版ではないかと思わ
れる。道端でペーパーバックを立
ち読みしていても古本に混じって
コピー汚れが目に付くものが散見
される。精巧に複製されており外
見ではよくわからないが、中身を
めくると違和感を覚えることがあ
る。たとえば通常英語の書籍では
標題紙裏に日本の奥付にあたる出
版事項が記載されているが、それ
が表ページに来ていたりする(枚
数節約のために白いページを飛ば
し
て
コ
ピ
ー
し
た
の
だ
ろ
う
)。
も
っ
とも、インドで出版されている書
籍の場合、新刊本でも印刷がずれ
ていたり乱丁や落丁も多いので印
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アジ研ワールド・トレンド No.247(2016. 5)
刷状態の良し悪しで海賊版かどう
かを見分けるのは難しいといえる。
ウェブで古本について検索すると
巷にあふれる通販サイトのなかで、
どこからもっとも安く快適に本が
買えるかという口コミ情報に行き
当たる。通販で納得のいく買い物
をするのは難しいのかもしれない。
●
街
角
の
書
店
・
本
を
売
る
露
店
筆者の赴任している研究所はデ
リ
ー
大
学
の
キ
ャ
ン
パ
ス
内
に
あ
り、
周辺には学生向けの本を扱う書店
が多くみられる。看板にはカレッ
ジ・ブックス、教科書、新刊・中
古、売り・買い、などの文句が書
かれていて新刊も古本も一緒くた
に扱われている。たいていそうい
う書店は間口が狭く、店内にはぎ
っしりと本が収納されていて、自
分で棚からとるよりもカウンター
で店主にどのような本がほしいか
を伝えて出してきてもらうような
形が多い。デリーではジャワハル
ラール・ネルー大学の近くにも同
様に教科書などの古本を扱う店が
集中しているそうだ。大学生は古
書市場の主要な顧客なのだろう。
店舗を構えた書店以外にもマー
ケットの路上に本を並べている様
子もよくみかける。路上ではベス
トセラー小説などの娯楽的な本が
多い傾向がある。午前中にはバイ
クで本を運んできて並べている様
子をみることがあるが、早い者勝
ちなのか曜日ごとなのか、毎日同
じ場所に店が出ているわけではな
く、洋服や鞄など別の露店が出て
いることもある。
●
ダ
リ
ヤ
ガ
ン
ジ
の
日
曜
古
本
市
毎週日曜日にオールド・デリー
のダリヤガンジではマーケットの
軒
先
で
古
本
市
が
開
か
れ
る。
一九六四年から毎週開かれている
そうだ。
ダリヤガンジにはアンサリ・ロ
ードと呼ばれる書店や出版社が集
中する通りや、教科書などを売る
書店が立ち並ぶナイ・サラクとい
う通りもあるが、古本市はデリー
門の辺りからアサフ・アリ・ロー
ドとネタジー・スバース・ロード
に
か
け
て
二
キ
ロ
近
く
続
い
て
い
た。
た
だ
で
さ
え
混
雑
し
て
い
る
オ
ー
ル
ド・デリーの雑踏のなか、歩道が
本で埋まり、すれ違うのも難しい。
財布や携帯電話などを盗まれない
ようにと注意する声も聞かれた。
埃っぽい路上に、所狭しと何百
もの本が表紙を出して並べられて
いたり、壁のように高く積み上げ
られていたり、または乱雑に積ま
れた本の山を掻き分けて掘り出し
物を文字どおり掘り出さねばなら
なかったりと売り方も色々である。
日焼けして傷んだものや、びっし
りと蛍光ペンで線が引いてあるよ
うなもの、ビニールに包まれたわ
りときれいなものなど、状態も値
段も様々である。どれでも二〇ル
ピーなどと明示してある場合もあ
れば、店主との交渉が必要な店も
多い。小説一キロ一〇〇ルピーな
どと量り売りをしていたのには驚
いた。インドで暮らしていて野菜
や貴金属の量り売りには慣れてい
たが、本までも中身より重さで値
段が決まるとは大胆である。熱心
に値切り交渉をしながらテキスト
を
買
う
学
生
の
姿
が
多
く
み
ら
れ
た。
一九九二年発行のぼろぼろな日本
語のガイドブックをみつけ参考ま
でに値段を聞いてみたが、法外な
値
段
を
ふ
っ
か
け
ら
れ
て
憤
慨
し
た。
三時間ほどかけ、量り売りのヒン
ディー語辞書、インド神話をもと
にした英語の小説、インド風ドレ
スやジュエリーの写真が満載のブ
ライダル雑誌などを安く手に入れ、
古本市をあとにした。
●
お
わ
り
に
値切るのが苦手な筆者は一緒に
買い物をしたインド人に「値切ら
な
い
と
買
い
物
を
し
た
と
は
い
え
な
い」といわれたことがある。古本
市場を巡ってみて、値段交渉のか
けひきを含めて買い物を楽しむイ
ンド人にとっては、いかに安く買
ったかという値段と、古本か新刊
かにかかわらず本の内容が重要な
のではないかと感じた。また、学
生にとって高価な学術書をどう入
手するかというのは日本でもイン
ドでも共通の悩みである。熱心に
テキストを値切るインド人学生を
みて、新学期に教科書を求めて大
学の周りの古書店をはしごした自
分の学生時代が思い出された。
(
さ
か
い
か
な
こ
/
ア
ジ
ア
経
済
研
究所
前デリー海外派遣員)
本の量り売り。辞書類は 1Kg200 ルピーなの
で 1.5Kg で 300 ルピー(筆者撮影)
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