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歓迎!「公私混同」-- イランのフィールドワーク (フィールドワーク心得帖 第26回)

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Academic year: 2021

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歓迎!「公私混同」-- イランのフィールドワーク

(フィールドワーク心得帖 第26回)

著者

岩? 葉子

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

201

ページ

42-43

発行年

2012-06

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003960

(2)

42

アジ研ワールド・トレンド No.201 (2012. 6)

ਸ਼৚ؙ岩 葉子

  社会科学的調査の方法論とし てのフィールドワークは 、﹁仮 説の立て方﹂ ﹁調査許可の取り 方﹂ ﹁インタビューの仕方﹂ ﹁メ モの取り方﹂ ﹁データ整理の仕 方﹂などのステージごとに、今 日ではかなり体系だった解説が 施され、調査の技術的な側面を 大いに強化するようになってい る。一方で、この種のフィール ドワークの基本的ノウハウが多 くの研究者の間で共有されるよ うになってさえ、その実践の様 相はおのずと千差万別である 。 それはとりもなおさず、踏み込 むフィールドがそれぞれ異なる からだ。東アジア、 東南アジア、 アフリカ、南米とそれぞれの土 地で、人に話を聞いたり調査を させてもらったりする際に﹁押 さえるとよいツボ﹂は一様では ない。以下では、筆者がイラン で調査をするときに﹁これが調 査をスムースにする﹂と感じて いるツボをご紹介したい。   筆者はイラン商人の間のイン フォーマルな慣行・しきたりな どの経済学的な分析に関心があ り、現役の商人やビジネスマン から彼らの日常業務について聞 き取り調査をするのがフィール ドでの主たる作業内容である 。 聞き取った内容の裏取り 0 0 0 のため の文献資料集めは別として、お おむね民間企業のおじさんたち へのインタビューが調査の中心 だ。   初めて会う相手に、根掘り葉 掘り商売の話を訊くわけである から、先方も警戒しないわけが ない 。最初のインタビューは 、 いかにイラン人が群を抜いて社 交的であるとはいえ、その場に 否応なく緊張感がみなぎってし まうものである。おじさんがリ ラックスして自由に話してくれ るように、なんとかこの空気を 打破せねばならない。   そこで試みに、出がけに子ど もがぐずったために少し時間に 遅れてしまった、という言い訳 をしてみる。日本でこれをやっ たらただちに落第であるが、イ ランは違う 。﹁ほう 、お子さん はおいくつ?﹂と相手は嬉しそ うに身を乗り出す。テヘランに は子連れで赴任していること 、 単身日本に居残った夫が時折 やってくること、子どもが宿題 をやらずに手を焼いていること ⋮などプライバシーを全開し家 族構成を披露する。この一見仕 事の場にふさわしくない自己紹 介が、相手の胸襟を開かせる突 破口なのだ 。﹁ テヘラン大学の 客員研究員﹂だと言うより、 ﹁イ ンタビューを終えたら夕飯の買 い物をしなければ﹂と言ったほ うが効果的である。仕事の場面 で家庭の話をすることに何らの タブーもない。むしろ相手はこ こでようやく筆者を﹁いっぱし の社会人﹂として認知し始める のである。   家庭責任をきちんと果たして いるか否かで人の評価が分かれ るのは、多かれ少なかれどこの 世界にもありそうな話である が、イランは家庭の範囲がたい へん広く設定されているのも特 徴的だ。被調査者のイラン人か ら﹁おまえの両親はどこに住ん でいるのか﹂ ﹁どれくらい頻繁 に行き来するのか﹂といった趣 旨の質問を受けることがある 。 おかげさまで老親は健在で、比 較的近所に住んでいること、月 に数回︵ほんとうはそんなに多 くないが︶は様子を見に行くこ となどを筆者から聞き出した相 手は 、じつに満足そうに 、﹁ そ うか 、感心 、感心 ! ﹂﹁月に数 回は少ない、ぜひ毎週行ってや れ﹂と微笑む。また筆者の親族 はたまたまほとんどが近隣に居 住しているため正月には本家へ 集合するのが恒例なのである が、この話を誰より喜んで聞い てくれるのはイラン人である 。 ﹁日本はすっかり欧米化したと 聞いていたが、あっぱれ伝統的 美徳が息づいているのだな ! ﹂ と大げさに感激してくれる。   近しい肉親を含む親戚づきあ いを大事にしている人、という イメージがなぜこうもイラン人 のハートに響くのかは分からな いが、これで調査が格段にやり やすくなることは間違いがな い。それはイラン社会における

歓迎

公私混

︱イ

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アジ研ワールド・トレンド No.201 (2012. 6) 人としての ﹁まっとうさ﹂ の証左 だからである。 逆に、 プライベー トより仕事を優先してもけっし て褒められない。イラン人はと 言えば、日本人が閉口するほど 親戚づきあいが密で、それこそ 年がら年中つるんでいる。それ でこんな ﹁公私混同﹂ な演出が、 意外にも彼らから最初の信用を 勝ちとる術なのである。   さて筆者は、一定の期間をお いて同じ被調査者に繰り返し会 いに行くことが多い。これは本 来﹁特定の商慣行が時系列で見 るとどのように変化するか﹂と いった情報を得るためなのだ が、当面その被調査者にはこれ といった質問がないときでも 、 極力時間を割いて会いに行くよ うにしている。というのも、こ うした一見﹁無目的﹂な訪問が イランでの人脈作りには不可欠 だからだ。   久々に尋ねた商人の店先で 、 日本から買っていった土産を渡 しつつ、お茶を飲んで世間話を する。このときいくら仕事がら みで知り合った相手だと言って もいきなり﹁商業省から出たこ ないだの通達ですけどね﹂など と無粋な話題を切り出してはい けない。その代わりに日本の家 族や住んでいる町の写真を何枚 か見せ、子どもは何歳になった とか、最近いとこが結婚したと か、近所にこんな安い店ができ たといった、日本であれば親し い友人にさえ遠慮してしまうよ うなどっぷりプライベートな近 況を報告するのである。もちろ ん先方は筆者の子どもやいとこ に直接会ったこともなく、今後 会うこともないだろう。それは いっこうかまわない。この手の 内輪の話題を共有することが肝 要なのである。   こちらもどんどん訊いてよ い。それは個人情報ですなどと けちなことを言うイラン人はい ない。 ﹁郷里はどこか﹂ ﹁故郷の ご母堂はお元気か﹂ ﹁おたくの ご子息は何を勉強しているの か﹂というようなことを訊くと 先方は嬉しそうに、姉妹の嫁ぎ 先の姑の話までしてくれるが 、 この情報を忘れずにいて、その 次の ︵ひょっとしたら数年後の︶ 訪問の際に﹁息子さんは無事に 卒業したか﹂などとふれば、心 証はさらに良くなる。   実際には筆者と被調査者のお じさんとは、仕事場でしか顔を 合わせないのだが、こうしたや りとりを通じてあたかも﹁家族 ぐるみのおつきあい﹂をしてい るかのような雰囲気が醸成され れば、人脈づくりはひとまず成 功である。おじさんは同業者を 芋づる式に紹介してくれるし 、 ことによると業界の大物にも引 き合わせてくれる。こうした縁 故には、業者組合の窓口や監督 官庁の担当者といったオフィ シャルなルートを通じても、門 前払いかたらい回しにあうだけ でいっこうにたどり着けないの だ。   いったいに、イランでは所属 する組織名や職業だけでは仕事 上の信用は容易に得られない 。 むしろ﹁個人的な友達﹂になる ことが大事で、それには家族や 親戚を巻き込んだ ﹁公私混同﹂ が王道なのである。社会的信用 のあり方が日本とは異なってい るので最初は戸惑うことが多 かったが、郷に入っては郷に従 え 。筆者もテヘランでだけは 、 人に見せるための家族の写真を 持ち歩いている。   仮説の設定、質問の準備、イ ンタビューの実施などなど、方 法論としてのフィールドワーク の基本はどこへ行っても同じで ある。だからマニュアルもたく さんある。しかし未知の土地へ 乗り込み、現地の風景のなかで 人々と交わりながら、自分の研 究のための情報を採集して歩く フィールドワークを成功裡に導 くコツは、マニュアルには載っ て い な い 。 研 究 者 が 自 分 の フィールドから学ぶしかない 。 以前、南米研究者の同僚が﹁ラ テンアメリカはお色気たっぷり のキメキメファッションでない と一人前の大人の女性と認知さ れない﹂ので、調査のときは訪 問先に応じてパンプス、 バッグ、 スーツとそろえねばならず費用 がかさむと言っていた。イラン は髪と身体の線を隠すヘジャー ブの遵守が必須だが、頭に巻く ショールもコート状の上着も事 実上着たきりスズメであること を思い、筆者はひそかに﹁なん て安上がり﹂と喜んだ。オリジ ナルな情報を引き出すには被調 査者との信頼関係を築くことが 必要だが、そのためには﹁相手 が何を大事に考えているか﹂を 知らねばならない。多様な価値 観に直面して、自分自身も一皮 むける絶好の機会である。 いわさき ようこ/アジア経済研究所 中東研究グループ 専門はイラン経済制度史。フィールドワークに史料・文献調査を加味し、イ ラン独自の経済慣行やシステムを分析する。海外調査員として2009年から 2011年までテヘラン在住。

参照

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