【土 木 史 研究 第22号2002年5月 審 査 付 論 文 】
逓 信 省 の 附 帯命 令 制 度 と東 京 市 電 気 局 に お ける 地 中配 電 に関 す る研 究*
A Study on the Underground Wiring by the Tokyo Municipal Electricity Bureau and a Permissionfromthe Communication Ministry
鈴木 悦朗**
By Etsuro Suzuki Abustract
At dawn of legislation in Japan when a full-fledged electricity act was not yet aenacted , the Communication Ministry was issuing a permission of electricity business with conditions . The Tokyo Municipal Electricity Bureau was permitted to engage in an electric light power business but it was obligated to use the costly undeiground cable while the Tokyo Dento Co Ltd. previously received the permission with less costly air-borne cable . This paper reports on the case of the Tokyo Municipal Electricity Bureau as a pioneer of the underground wiring in the period from later-Meiji to early Showa Era.
1,は じめ に 1986(昭 和61)年 に始 まる 電線 類地 中化 事 業 で はす で に三 期 ま で の計 画 が 終 わ り現 在,第 四 期 の計 画 に あ た る 新 ・地 中化 計 画(平 成11年 ∼15年)が 鋭意 進 め られ て い る. この 電 線 類地 中 化事 業 は一 般 家 庭 へ 供給 す る 歩道 上 空 の架 空線 類(電 力線,電 話線,CATV線 な ど)を 撤 去 し, 各地 中線 を収 容 する 構 造 物 を地 中 に敷 設 す る もの で あ る. 地 中配 線 方 式 は 明 治 時 代 か らお こなわ れ て お り決 し て 目新 しい も の で は な い が,多 額 の 初 期投 資 と 技 術 を必 要 と した た め 架 空 線 で は ケー ブ ルの 重 み に耐 え られ な い 場 合な ど,地 下 配 線 しか 術 が な い場 合 に限定 さ れ 実 施 さ れ て き た. この よ うに 一 般 的 で な い地 中配 線 方 式 で あ っ た が,主 務 官 庁 の 逓 信 省 に お け る 附帯 命 令 制 度(許 可 条 件)と 地 中配 電 方 式 の 関係 につ いて 論究 し た文 献 は残 念 な が ら見 当 た らな い. 本 論 は明 治 後 期 か ら昭 和 初 期 にか け,逓 信 省 の 附帯 命 令 制 度 に よ り地 中配 線 方 式 で 電 燈 事 業 を お こ な っ た 東 京 市 電 気 局 に 焦 点 を あ て,法 制 度 を 中心 に逓 信 省 に お け る 地 中配 電 行 政 の実 態 をあ き らか にす る ことを 目的 にす る. 研 究 に使 用 し た 主 な 資料 は,東 京 市 電 気 局 に関 す る も の に電 気 局三 十 年 史1),東 京 市電 気 局 電 気 施 設 概 要2), 市電 気 事 業 検 査 資 料3),東 京 電 燈(株)に 関 す る も の に 東 京電 燈 株 式 会 社 五 十 年 史4),電 気 事 業 法 制 に関 す る も の に 新 ・電 気 事 業 法 制 史5)な どが あ る. 2,黎 明 期 に お け る 電 燈 事 業(1)の 沿 革 (1),東 京 電 燈 会 社 に お け る 沿 革 東京 にお け る電 燈 事 業 は,1883(明 治16)年2月15日 に 東 京 電 燈 会社(以 下,東 京電 燈)が 創立許 可 を 得 た こ とに 始 ま る.電 燈 事 業 に限 れ ば,イ ギ リスや フ ラ ン ス の 電 燈 事 業 創 設(1881年)か らわ ず か に2年 遅 れ た だ け で あ るが,他 の公 益 事 業 で は西 欧 諸 国 の 事 業創 立 か らは る か に立 ち遅 れ て い る,た とえば ガ ス 事 業 で は 横 浜 に お け る創 立 が1872(明 治5)年9月29日 で あ り,イ ギ リス (1812年 創 立)6)よ り60年 も遅 れ て い る。 これ は 日本 に お け る公 益 事 業 が,明 治維 新 後 に な って は じ めて 導 入 さ れ た た めで あ る.こ の た め行 政 の 公 益 事 業 に 対 す る 対 応 も未 成 熟 で,東 京 電 燈 が東 京 府 知 事 に提 出 し た 「創 立 願 書 並 に趣 意 書 」 に 対 す る許 可 証(第2533号)に は,「 書 面 會 社 設 立 願之 趣 ハ 追 而 一般 ノ條 例 制 定 相成 候 迄 相 對 二 任 セ 候 事(中 陥)敷 地 官 有地 二 係 ルモ ノハ 前 以 當 廰 二 願 出許 可 ヲ請 ケ 其 後 起 工 候 義 ト可 心 得 事 」 の と記 さ れ て い た.つ ま り事 業 は 自 ら の責 任 で お こ な って よ い が,官 有 地 を使 う こ とがあ れ ば許 可 を得 る よ う求 めた に過 ぎ な い. 東 京 電 燈 で は1887(明 治20)年11月29日 に 初 め て 架 空 配 電 線 で 電 燈 供 給 を お こな った が,低 圧 ・直 流 方 式 の た め近 距離 に し か 配 電 で き な か っ た7).そ の後,供 給 方 法 が 高 圧 ・交流 方 式 に 変更 され 広 域 に配 電す る こ とが 可 能 に な る と,多 くの 事 業 者(品 川 電 燈 会社,深 川 電 燈 会 社 な ど)が 参 入す る こ と にな っ た 、 (2),東 京 鐵 道 会 社 に お け る 沿 革 東 京 電 気 鐵 道 会 社(以 下,東 京 電 気 鐵道)は 電 車 を運 行 させ る た め,1900(明 治33)年9月17日 に逓 信 省 よ り 一 定 区 域 に 限定 さ れ た 事 業許 可 を 得(通 第5273号),副 keyword:東 京 市 電 気 局 、 地 中 配 電 、 附 帯 命 令 制 度 ** 正 会 員 工 博(株)大 橋 測 量 (〒420-0882静 岡 市 安 東3-19-13)
逓信省 の附帯命令制度 と東京市電気局 にお ける地 中配電に関す る研究 業 的 に鉄 道 沿 線 に お い て 電 燈 事 業 を営 ん だ.そ の 後,東 京電 燈 が 品 川 電 燈 ・深 川 電 燈 な ど の 電 燈 会 社 を買 収 し 市 の 内外 で 独 占的 に事 業 をお こな っ た た め,こ れ に 危 機 感 を感 じた 東 京 電 気 鐵 道 は 副 業 的 で あ っ た電 燈 事 業 の 供 給 区域 を拡 張 しよ う と考 え,1903(明 治36)年8月10日 付 「電 燈 拉 電 力 事 業 兼営 二 関 スル部 分 変更 願 」 を提 出 し, 許 可 され た,そ の 後,さ らな る 供 給 区域 の 拡 張 計 画 を 立 て,1906(明 治39)年2月16日 付 「供給 区 域 拡 張 願 」 を 逓 信 大 臣 あ て に提 出 して い る. 東 京電 気 鐵 道 は 一社 のみ で お こな う拡 張 計 画 に は限 り が あ る た め,1906(明 治39)年9月 に東 京 電 車 ・東 京 市 街 の両 鉄 道 会 社 と 合併 す る こ とで,電 燈 供給 区 域 を市 域 全体 に拡 げ よ う と した.ま た 東 京 電 気 鐵道 は 合 併 と と も に,名 称 を 東 京 鐵 道 株 式 会 社(以 下,東 京 鐵 道)に 変 更 して い る. 東京 鐵 道 は 市 域 全 域 で電 燈 供給 を お こな う た め,逓 信 大 臣 に 「電 燈 電 力 供 給 区域 拡 張 願 追願 ノ件 」(明 治40年 3月5日 付)を 出 願 し た.こ れ に 対 し逓 信 大 臣 ・山縣 伊 三 郎 は同 年8月21日(2),別 紙 命 令書(地 下 線 式)の 遵 守 を条 件 に 東京 市 内 のみ の許 可(通 第3835号 ノ1)を 与 えた3). そ れ ま で の東 京 市 内 にお け る電 燈 供 給 事 業 は 東 京 電 燈 の 一 社 独 占 状 態(合 併 の 効 果)で,他 に は 鉄 道 沿 線 で 小 規 模 な電 燈 事 業 を営 む 業 者 が いた 程 度 で あ っ た.そ の た め 逓 信 省 は,東 京 電 燈 が 独 占的 に 電 燈 供給 し て いる 区 域 で2番 手 と して事 業 を始 め る事 業 者(東 京鐵 道)に 対 し, 地 中 配線 を義 務 づ けた の で あ った. 東京 鐵 道 で は た だ ち に 多額 の 初 期投 資 を 必 要 とす る 地 中方 式 に 改 め る こ と が で き ず,地 中 配 線 の 認 可 申 請 《1910(明 治43)年4月22日 》 ま で約3年 間 の 日時 を 要 した.認 可 申 請 で は 工 事 を二 期 に 分 けて お こ な う こ と と し,一 期 線 と して 山 ノ 手最 寄 一帯 の地 区,二 期 線 と して そ の 他 の地 区 を対 象 に して い た.こ の 申請 は 同 年6月, 一 期 線 の み認 可 され た . 東 京鐵 道 が 市 域 全 域 に供 給 区 域 を拡 大 す る た め,電 燈 料金 の割 引 き を始 め た 矢先 の1911(明 治44)年8月1日, 東京 市 に 買 収 され て し ま い(電 車 買 収 に 伴 い 電 燈 事 業 も 市 に移 管),東 京 鐵 道 の 地 中 配 電 計 画 は 東京 市 に委 ね ら れ る こと にな っ た. 3,東 奈 市 電 気 局 に お け る 電 燈 事 業 (1) ,電 気 局 に お け る 沿 革 東 京 市 は 買収 す る とた だ ち に電 気 局 を開 設 し,電 燈 部 を設 け た.東 京 市 で は1911(明 治44)年 か ら4ヶ 年 継 続 事 業 と して20万 燈 を 目途 に した 拡 張 計 画 を た て た が,尾 崎 行 雄 ・東京 市 長 は電 力 需 要 の 増 加 を 見 込 み95万 燈(3) の 電燈 計画 に変 更 し,1911(明 治44)年12月 の 市 会 承 認 (第233号)を 得 て 逓 信 省 に 認 可 申 請 を だ した.逓 信 省 電 気 局長 は 東京 市 長 に 対 し,既 に 東京 鐵 道 に 許 可 した 制 限 内(供 給 最 大1万kw)で 事 業 を す る よ う通 知 した(明 治45年4月8日 付,親 電監 甲第1440号). この1万kwで は95万 燈 計画 を 実 施 す る こと が で きず, 逓 信 省 の 認 可 は 有 名 無 実 の も の で しか な か っ た.こ の た め 東 京 市 で は95万 燈 計画 を46万 燈 計 画 に 変 更 し,1912 (大 正元)年7月24日 に許 可 を受 けた.同 年,東 京 市 は 東京 鐵 道 が 認 可 を受 け た一 期 線 の 重 要 な路 線 につ い て, 地 中線 工 事 を終 え て い る. また 二 期 線 に つ い て東 京 市 は1912(明 治45)年5月30 日,「 工 事 施 行 認 可 申請 書 」(営 電 第841号)を 逓 信 省 へ 提 出 して い る.逓 信 大 臣 は 別 紙 命 令書 の条 項 を 遵 守 す る 条 件 を付 して 許 可(同 年7月24日 付,電 第2474号)し た が,命 令 書 に は 二 期 線 の工 事 に つ いて地 下 線 式 を許 可 条 件 に して いな か った8). この よ うに東 京 市 電気 局 に お け る 電燈 事 業 は ,東 京鐵 道 に対 す る 逓信 省 の 許 可条 件 に縛 られ て いた と云 え る, そ れ で も東 京 市 が 多 額 の初 期 投 資 を 必要 とす る地 中 配 電 方 式 で電 燈 事 業 をお こ な った の は,東 京 電 燈(株)(4) (以下,東 京電 燈)の 独 占的 事 業 に よ る高 価 な 電 燈 料 金 (長野 、 飯 田 、 上 田市 で10燭 光 の 終 夜燈 が40銭 の 当時, 東 京 電 燈 で は1圓20銭)5)を 少 しで も安 く市 民 全 般 に 提 供 す る と い う使 命 感 で あ り,こ の こ と に公益 事 業(電 燈 事 業)の 役 割 を 見 いだ して い た た め で あ った.さ りな が ら地 中 低圧 線 の 建 設 費(表-1)は 架 空 低圧 線 建 設 費 の 約4∼5倍 で あ り,高 圧地 中線 建 設 費 に至 っ て は 架 空 線 の10倍 以 上 に もな っ て い た2).こ の た め多額 の 初 期 投 資 を必 要 とす る地 中配 電 方 式 によ る 東 京市 の 電 燈 事 業 は 欠 損 の連 続 で あ り,電 気 局で は 常 態 的 に電 車 事 業 か ら補 填 を受 けて いた の で あ る10). 表-1架 空 ・地 中 配 電 線 建 設 費 の 比 較 出 所:電 気施 設 概 要p.137.p,146作 成:鈴 木悦 朗 東京 市が46万 燈 計 画 を実 施 す る た め 市 会 に 付 議 した 電 燈 事 業 費 予算 書1)(表-2)に よ れ ば 多 額 の 地 中配 電 費 が 考 慮 され て い た が,そ の割 合 は な ん と初期 投 資 額 の8 割 以 上 に も な っ て い た.こ の よ う に 逓 信省 が 命 じた地 中 配 電 方 式 は,架 空 配 電 方 式 に 比 べ あ ま りに多 額 の 初 期 投 資 を必 要 と して いた の であ る. 表-2東 京 市 電気 局 にお け る 初 期 投資 額 出所:電気局 三 十年史pp.386-387:鈴木 悦的 *は 地 中 粮 工事費 を 表す
鈴 本: (2),電 気 局 の 普 通 供 給 区 域 と特 別 供 給 区 域 1911(明 治44)年6月3日 に 日本電 燈 会 社(以 下,日 本 電 燈)が 新 設 さ れ た こ とか ら(東 京 市 電 気 局 と 同様 , 地 中 配電 が 許 可 条 件),東 京 市 内 で は東 京 市 電 気 局 ・東 京 電燈 ・日本 電 燈 の三 者 に よ る需 要 者 争 奪 戦 が 繰 り広 げ られ る こ と にな る.こ の 争 奪 戦 は 日 を追 う毎 に 激 し さ を 増 し各 社 が 電 燈 料 金 を 下 げ た た め,1割2分 余 りの 利 益 を 配 当 して き た 東 京 電燈11)で も採 算 割 れ の 状 態 に な り, 阪谷 芳 郎 ・東京 市長 は 東京 電 燈 ・ 日本 電 燈 を 市 で 買収 す る調 停 案 を 両 社 に示 し た.東 京 電 燈 ・日本 電 燈 で は調 停 案 を受 け入 れ る姿 勢 で あ った が,浅 草 発 電所 の 譲 渡 に つ いて 東 京 市 と東 京 電 燈 の 意 見 が 一 致 しな か っ た た め ,市 営 統 一 案 は 実 現 しな か っ た. この後,東 京 市 が 電 気 供給 事 業 整理 案 を 両 社 に示 した こと か ら,1917(大 正6)年7月12日 に三 電 間 に協 定 が 成 立 した.こ の 協 定 で は各 社 の 経 営 す る電 気 供給 事 業 に 関 し相 互 に 競 争 的 行 為 を避 け る た め,各 供給 区域 中 あ ら た な 需 要 に 応 ず る 地 域 を区画 し,こ れ を普 通 供給 区域 と 特 別 供給 区 域 の 二 種 に 分 けた.普 通 供給 区域 は従 前の 需 要 の ほ か新 規 需 要 に も 供給 し得 る 区域 を指 し,特 別 供 給 区域 は従 前 の需 要 のみ に限 定 す る 区域 を指 し た.た だ し 10kw超 過 の 大 口 需 要 家 に限 り,地 域 を限 定せ ず 供給 を お こな う こ とが 出 来 る こ と と した. 東 京 市 電 気 局 に お ける 普 通 供給 区域 は,一 期 線 の工 事 区域 に あ た る5区(芝 、 麻布 、 牛 込 、 小石 川 、 本 郷:図 -1)に な り,特 別 供給 区 域 は 他 の1o区 と群 部 の 品 川 町 な ど にな った. 図-1東 京 市 電 気 局 に お け る普 通 供給 区域 (作 成:鈴 木 悦 朗) い っ ぽ う東 京 電 燈(株)の 普 通 供 給 区域 は麹 町 区 、神 田 区、 日本 橋 区 、 京 橋 区、 赤 坂 区 、 四 谷 区、 下谷 区の7 区 にな り,日 本 電 燈 の 普 通 供 給 区 域 は 浅草 区 、 本 所 区 、 深 川 区 の3区 に な った.そ の 後,1920(大 正9)年3月 に 日本 電燈 は東 京 電 燈 と合 併 し,浅 草区、本所 区、深 川 区 の3区 は 東 京 電 燈 の 普 通 供給 区 域 に含 まれ る と と も に 三 電 協 定 は二 電 協 定 に 変 わ って い く こ とにな る . 三 電 協 定 を受 け東 京 市電 気 局 は あ らた に 電気 供 給 条 例 を 設 定 し,1917(大 正6)年10月1日 か ら実 施 した .こ の 協 定 は1927(昭 和2)年3月 まで 続 く こ とにな る . 4,逓 信 省 の 附 帯 命 令 制 度(6)に よ る 地 中 配 電 (1),黎 明 期 の 電 気 事 業 法 制 明 治 前 期 の 電 燈 事 業 にお け る 許 可 は地 方 行 政 庁 に委 ね られ て いた が,交 流 電 流 ・高圧 配 電 が 採 用 さ れ 始 め て よ うや く保 安 上 の取 締 が 必 要 に な り,逓 信省 は 電 務 局 で 掌 る こ とに した.逓 信 省 は1890(明 治24)年8月17日 に 逓 信 省 訓 令第7号 を発 し,「 電 気 事 業 ヲ営 マ ン トスル モ ノ ア ル トキ ハ 取締 方 法 ヲ 設 ケ本 大 臣 ノ認可 ヲ得 テ 後 之 ヲ 許 可 ス ヘ シ」 と した.こ れ に基 づ き 東 京 で は警 視 庁 が 電 気 事 業 を 規 制 す る こ とに な り,警 視 庁 は 「電気 営 業 取 締 規 則 」(明 治24年12月28日 付,警 視 庁 令 第23号)を 制 定 し た.し か しな が ら規 定 の 大部 分 は,工 事 に係 る安 全 基 準 の 規 定 で しか な か った. そ の 後,日 清 戦 争 に よ る賠 償 金 の 取 立 な ど を契 機 に 日 本経 済 は 軽 工 業 を 中 心 に発 展 し自 家 用 電 気事 業 を 意 図 す る も の が増 加 した た め,逓 信省 は 全 文111条 に わ た る 電 気 事 業 取 締 規 則(明 治29年5月9日)を 制 定 し,直 接 国 が 電 気 事 業 を監 督 す る こと に した. しか しな が ら電 気 事 業 取 締 規 則 の 大部 分 は保 安 規 制 に 属す る もの で しか な く,し か もそ の 根 拠 は省 令 に よ っ て いた.こ の た め電 気 事 業 法(明 治44年3月30日 ,法 律 第 55号)が 制定 され る ま で の約20年 間 ,逓 信省は事 業 の許 可 に際 し附 帯 命令 書 を 下 付 し法 的 な 不 備 を補 完 した の で あ る が,附 帯 命 令 制 度 は電 気 事 業 法 が 制定 さ れ て もな お 存続 した 、 (2),逓 信 省 の 附 帯 命 令 制 度 逓 信省 の附 帯 命 令 制 度 に つ いて 東 電 学 園 講 師 ・松 永 長 男 は,講 義 用 資 料 『電 気 事 業 関 係 法 規 』 に附 帯 命 令 書 の 雛 形 を示 す と と も に,著 書 『新 ・電 気 事 業 法 制 史 』 に お い て 附 帯 命令 書 に つ いて 触 れ て い る . 松 永 に よ れ ば,附 帯 命 令 書 は許 可 命 令 書 、許 認 可 指 令 書 な ど と も呼 ばれ,現 在 の 許認 可 の 条 件 と称 され る も の で あ っ た と され る.ま た 命 令書 は 単 独 行 為た る 許 可 処 分 に附 帯 す る もの で,権 力 的作 用 に 基 づ き 国が 下 付 す る も の で あ り,法 の不 備 を補 うもの と観 念 され て いた5). 国 は 附 帯 命 令 を下 付 す るに 際 し事 業 者 よ り講 書 を提 出 せ しめ,こ れ を も っ て 命 令書 の内 容 に 当事 者 の 合 意 が 得 られ た と して いた.
逓信 省の附帯命令制度 と東京市電気局 にお ける地 中配電に関す る研究 松 永 に よれ ば,附 帯 命令 書 の 雛 形 は 下 記 の よ うで あ っ た12). 〈命 令書 の 雛 形 〉 第1条:許 可 の 有 効 期 間 ハ 許 可 ノ日 ヨ リ25年 トス, 第9条:逓 信 大 臣 ハ土 地 ノ状 況 上 必 要 ト認 ム ル時 ハ電 線 路 ヲ地 中線 二 変 更 スルコ トヲ命 ズルコ トア ル ベ シ. 第13条 発 起 人又 ハ 会 社 二 於 テ 本 命 令書 ノ条 項 又 ハ本 命 令書 二 依 り為 シ タル 処 分 二 違 反 シ タ ア ル トキ又 ハ 起 業 不 確 実 ト認 ム ベ キ 事 実 ア リタ ル トキ ハ逓 信 大 臣 ハ 許 可 ノ全 部 ヲ取消 ス コ トア ルベ シ. (3),東 京 鐵 道 に 下 附 さ れ た 附 帯 命 令 書 逓 信省 が 東 京 鐵 道 あ て に始 め て 附帯 命令 書 を下 付 した の は,1906(明 治39)年9月1日 付 の 「三 社 合 併 承 継 認 可 申 請 書 」 に 対 す る 認可 書(同 年 年9月8日 付,通 第 3726号 ノ1)に お い て で あ っ た.認 可 書 お よ び 命 令 書 (通第3726号 ノ2)の 内容13)は,下 記 の よ うで あ った. 〈認 可 書 〉 「明 治39年9月1日 付 申 請 三 会社 合弁 電 気 事 業 取 締 規 則 第1条 第1号 及 第2号 電 気 事 業承 継 ノ件 認 可 ス. 但 シ東京 鐵 道 株 式 会社 成 立 ノ上 ハ別 紙 命 令 書 ノ条 項 ヲ遵 守 ス ヘ シ 」 〈命 令書 〉 第1条 市 街地 ノ道路 二於 ケ ル架 空 電 線 路 ハ 電 車 線 ヲ 除 ク ノ 外期 限 ヲ定 メテ 之 ヲ地 下 線 式 二 改 造 ス ルコ ト ア ル ヘ シ. 第5条 逓 信 大 臣 ハ電 気事 業 取 締 規 則 第1条 第1号 又 ハ 第2号 二該 当 他 ノ電 気 事 業 力電 線 路 ヲ 施 設 スル ニ 方 リ公 益 上 必 要 ト認 ム ル トキ ハ 電線 路 ノ電 柱腕 木 若 ハ 暗 渠 等 ノ共 用 ヲ 命 ス ル コ トア ル ヘ シ. 第14条 会社 ハ 警 視総 監 ノ 許 可 ヲ受 ク ル ニ非 サ レハ 全 部 又 パ ー 部 ノ電 気 供給 事 業 ヲ 休 止 ス ル コ トヲ得 ス. 第17条 会社 二於 テ 本 命 令 書 ノ条 項 又 ハ 本 命 令 書 二依 リ 為 シ タ ル処 分 二 違 反 シ タ ル トキ ハ逓 信 大 臣 ハ事 業 経 営 ノ許 可 ノ全 部 パ ー 部 ヲ取 消 ス コ トア ル ヘ シ. 逓 信省 は認 可 書 の附 帯 命 令 書 にお い て,会 社 同士 の 合 併 で も市 街 地 の 道 路 に お け る 架 空 線方 式 を地 下 線 式 に 変 更 させ る こ とが あ り得 る こ とを 示 唆 した と云 え る(た だ し地 下線 式 は 市 街 地 に 限 定 さ れ て お り,郡 部 は地 下線 式 の 対 象 に含 まれ て いな か っ た). ま た警 視 総 監 の 許 可 を受 け る こ とや 本 命 令 書 に違 反 し た とき は事 業経 営 の 許 可 さ え 取 り 消す こ とが あ る とす る な ど,事 業 規 制 に 関 す る 記載 が 命 令 書 に多 く あ っ た. 地 中配 電 方 式 に関 す る 附 帯 命 令 書 が下 附 され た の は, 東 京鐵 道 が 市 域 全 体 に 供給 区域 を 拡 張す る た め逓 信省 に 提 出 した,「 電 燈 電 力 事 業 供給 区 域拡 張 願 二 封 シ追 加 御 願 」(明 治40年3月5日)に 対 す る 逓 信 大 臣 の許 可 書 (同年8月21日 付,通 第3835号 ノ1)及 び 別 紙 命 令書14) (通第3835号 ノ2)に お い て で あ っ た. 〈許 可 書 〉 「明 治39年2月16日 附 同40年3月5日 附 及 同 年6月10 日附 申請電 気 事 業 取締 規 則 第10条 第1項 各 号 ノ事 項 変 更 ノ件 申 請 供 給 区 域 中東 京 市 内 二 関 ス ル部 分 二 限 リ許 可 ス. 但 シ別 紙 命 令書 ノ条 項 ヲ 遵 守 ス ヘ シ」 〈命 令書 〉 第3条 東 京 市 内 二 於 ケ ル電 気 供 給 並 電 気鐵 道 事 業 用 電 線 路 ハ電 車 線 及 電 車 線 ト饋 電 線(7)ト ヲ 接 続 ス ル 部 分 ヲ除 ク ノ外總 テ 地 下 線 式 ト為 スヘ シ 但 シ特 二 逓 信大 臣 ノ 認 可 ヲ得 タル 部 分 二 限 リ架 空 線 式 ト為 ス コ トヲ得. 第11条 會社 ハ 第1条 ノ期 間 内 二 於 テ 更 二電 気 供 給 料 金 其 ノ他電 気 供 給 二 関 ス ル 規 定 ヲ定 メ警 視 総 監 ノ 認 可 ヲ 受 クヘ シ. 第14条 会 社 二 於 テ 本 命 令 書 ノ条 項 又 ハ 本 命 令 書 二 依 リ 為 シ タル 処 分 二 違 反 シ タ ル トキ ハ 逓 信 大 臣 ハ 事 業 経 営 許 可 ノ全 部 又 バー 部 ヲ 取 消 スコ トア ル ヘ シ. 第15条 前 各 条 ノ外 明 治39年9月8日 付 通第3726号 ノ2 命令 書 の 条 項 ヲ遵 守 ス ヘ シ. こ こ にお いて 逓 信 省 は 東京 鐵 道 に対 し,東 京 市 内 の 電 燈 事 業 につ いて 架 空 線 式 供給 方 法 を地 下線 式 に 変 更 させ る 命令 を発 した の で あ った. この 許 可 条 件 は 電 柱 を事 業 者 間 で 共 用 しな い限 り,や む を得 な い もの で あ っ た.そ れ は 後 述 す る よ う に,逓 信 省 の 電 気 事 業取 締 規 則(第38条)に よ り,道 路 空 間 にお け る建 柱 可能 な場 所 に制 限 が あ っ た た め で ある. しか しな が ら逓 信 省 の下 附 した 附 帯 命 令 制 度 に よ る 地 下 線 式 へ の 変更 は,結 果 と して 先 発 事 業者(東 京 電 燈) の 架 空 線 方 式(廉 価)を 擁 護 し,後 発 事業 者(東 京 鐵 道 を 引 き 継 い だ東 京 市 電 気 局)に 地 下 線 式(多 額 の 費 用 を 必 要)を 強 い た もの で あ っ た. 逓 信 省 が事 業 者 間 の 重複 し た 設 備 の ロス を軽 減 す る と か 共 用 柱 を 提 言 す る と か,電 燈 事 業 者 の負 担 軽 減 を 図 る 手 だ て を講 じる こ とは ま っ た く な か った. 5,市 街 地 の 道 路 に お け る 電 柱 設 置 と法 制 度 (1) ,道 路 に お け る 電 柱 設 置 に 関 す る 法 制 度 市 街地 の 道 路 にお け る電 柱 の 設 置 位置 に つ い て 明 確 な 規 定 が 作 られ た の は,東 京 市 区 改 正 委 員 会 が 作 成 した 「電 線 柱 建設 二 関 ス ル規 定 」(明 治23年5月)が 最 初 で あ る. 「電 線 柱建 設 二 関 ス ル 規 定 」 第2条 電 信電 話 線 及 非 常 報 知 線 柱 ノ建 設 ハ 幅 員 三 間 以 上 ノ道 路 二 限 リ三 間 以 上 四 間 未満 ノ道 路 二 於 テ ハ 片 側 二 限 ルモ ノ トス. 第3条 電 燈 線 柱 ノ建 設 ハ 幅 員 四 間 以上 ノ道 路 ノ片 側 二 限 ルモ ノ トス. そ れ まで に も 日本 帝 国 電 信 条 例(明 治7年9月22日, 布 告 第98号)や 電 信 条例(明 治18年5月7日,布 告 第8 号)な ど電 柱 設 置 を必 要 とす る も の が あ った が,逓 信 省
鈴 木: の 国 策 的事 業(電 信 ・電 話)に は 道 路 占 用 に 特 権 が 与 え らて いた, 東 京 市 区改 正 委 員 会 は逓 信 省 が拡 幅 した ばか りの 道 路 に一 方 的 に 電 柱 を建 て る こ と に 不 満 を募 らせ,「 電 線 柱 建 設 二関 ス ル規 定 」 を 建 議 した の で あ った.こ れ が 電 柱 の設 置 位 置 に関 す る最 初 の 規 定 で あ った が,逓 信 省 の 工 事 に お いて あ ま り遵 守 され る こ と はな か った. 続 いて 作 成 さ れ た もの が 「電 気 事 業 取 締 規 則 」(明 治 29年5月9日,逓 信 省令 第5号)で あ り,第38条 に お い て 道 路 にお け る電 信 電 話 柱 と電 燈 電 力 柱 の設 置 位 置 が 明 確 にな っ た の で あ る. 〈電 気 事 業 取 締 規 則 〉 第38条 架空 電 線 ハ道 路 ノ片 側ニ ア ラサ レハ其 ノ建 設 ヲ 許 サ ス若 電 気 鐵 道 用架 空 電 線 ア ル トキ ハ 之 ト同 側 二 建 設 ス ヘ シ. 第41条 架 空 ノ電 燈 線 又 ハ 電 力 線 ト電 信 線 又 ハ 電 気 信 号 線 ト平 行 シテ 架 設 ス ル トキ 及 直 通 電 流 式 白 熱 電 燈 線 ト電 話 線 ト平 行 シテ 架 設 ス ル トキ ハ 六 尺 以 上 離 隔 セ シ メ交 番 電 流 式 電 燈 線 、 弧 状 電燈 線、又 ハ 電 力 線 ト電 話線 ト平行 シテ架 設 ス ル トキ ハ十 二 尺 以 上 離 隔 セ シ ム ヘ シ. 既 に 電燈 電 力 柱 が 建 っ て い る道 路 に電 燈 電 力柱 を建 て た い と申請 した 東京 鐵 道 に対 し,あ らたな 電 柱 を建 て る 場 所 が な い 以 上,逓 信 省が 附 帯 命 令書 で配 電 方 法 を地 下 線 式 に させ よ う と した の は,当 然 の成 りゆ き で あ った と 思 わ れ る. (2),電 気 局 の 普 通 供 給 区 域 に お け る 電 柱 設 置 (写 真-1)に 示 す 大 正 時 代 の 三 田 通 り に は,道 路 の 両 側 に電 信電 話 柱 と電 燈 電 力柱 が 写 っ て い る. 筆者 は 東京 市 電 気 局 が地 中 配 電 方 式 で電 燈 事 業 をお こ な っ て い た こ とか ら,今 日の よ う に無 電 柱 道 路 の 写 真 が あ る はず と 思 い込 ん で いた.そ の た め電 気 局 の 普 通 供 給 区域 にお け る電 燈 電 力 柱 の 設 置 さ れ て いな い 写 真 を求 め て,小 石 川 図 書 館 や み な と図 書 館 な ど を訪 れ た が,そ の よ うな 写 真 を まっ た く見 つ け る こ とが で き な か っ た. 東 京 市 電気 局 が 地 中 配 電 を お こな って い た以 上,逓 信 省 の 電 信 電 話柱 が 写 っ て いる の は 仕 方 な い に して も,電 燈 電 力 柱 の な い写 真 が あ っ て 当 た り前 と思 っ て い た だ け に,ど の写 真 に も電 燈 電 力柱 が写 っ て いた こ とか ら,東 京 市 電 気 局 の 地 中配 電 は 一部 区 間 の み で,大 部 分 は架 空 線 式 で 供給 した ので は な い か と疑 っ て しま った. よ く考 えれ ば 東京 電 燈 の電 燈 電 力 柱(既 存 の 電 柱 お よ び10kw超 過 の 大 口需 要 家 用 電 柱)が 写 っ て いて 当た り 前 だ っ たが,東 京 市 電 気 局の 電 柱 と 判断 した た め 地 中 配 電 方 式 の供 給 方 法 まで 疑 って しま っ た.そ れ ほ ど まで に 東京 電 燈 の 電 柱 は 東 京 市 電 気 局 の 供給 区 域 内 の 至 る と こ ろで 見 られ た.東 京 市 内 で は 逓 信 省 の附帯 命 令制 度 に よ る地 中 配電 方 式 に よ る 防 災 上 や 景 観 上 の効 果 は,ま っ た く とい って い い ほ ど感 じ られ な か っ た と云 え る. 写 真-1三 田 通 り 大 正 時 代 (出 所:写 さ れ た 港 区 二p.31) 逓 信 省 が 附帯 命令 書 で 求 め た地 下 配 線 方 式 は,無 電 柱 道 路 を 創 り 出す こ と な ど想定 して お らず,あ くま で 道 路 にお け る建 柱 輻 輳 の 障 害 を避 け る こ と に あ った. せ っか く東 京 市 電 気 局 が地 中配 電 方 式 で 供給 して い た の で あ るか ら,逓 信 省 が せ め て5区 内 にお け る 東 京 電 燈 の電 柱 を撤去 させ る よ う尽力 す る 姿 勢 が 欲 しか った . 6,配 電 統 制 令 に よ る 東 京 市 電 気 局 の 終 焉 戦 時 体 制下 の1941(昭 和16)年8月30日,配 電 統 制 令 (勅 令 第832号)が 公 布 され 即 日施 行 され た,こ れ に よ り東 京 市電 気 局は 供 給 区域 内の 電 気 供 給 設 備 を 出 資 す る 形で,東 京 電 燈な ど と ともに1942(昭 和17)年4月1日, 関 東 配 電 株 式 會社(1府7県 の11事 業 者 で構 成)の 設 立 に 参 加 す る こ とに な っ た.こ の 結 果,東 京市 電 気 局 の 地 中 配 電 方 式 によ る電 燈 事 業 経 営 は あ っ けな く終 わ り を 告 げ た. 東 京 市 電 気 局 に お け る地 中 配 電 線 延 長(表-3)と 関 東配 電(株)の 地 中 配 電 線 延 長(表-4)を 比 較 して み る と,東 京 市 電 気 局 の 低圧 配 電線 延 長 よ り約360kmも 少 な くな って い る こ とが 分 か る,東 京 市 電 気 局 の地 中配 電 方 式 は 確 実 にそ の 延 長 を減 ら して い た. 表-3東 京 市 電 気 局 に おけ る地 中 配 電 線 延 長 出 所:電 気 施 設 概 要p.125作 成:鈴 木悦 朗
逓信省 の附帯命令制度 と東京市電気局 にお ける地 中配電に関す る研究 表4関 東 配 電(株)配 電 設 備 状 況 出所:関 東 配 電 株 式 会 社 社 報 第9巻4号p.96 作 成:鈴 木 悦 朗 関 東 配 電(株)は1951(昭 和26)年5月1日 に 解散 さ れ,東 京 電 力(株)に 現 物 出資 と資 産 譲 渡を お こな っ た. 東 京電 力(株)が そ の 後 も5区 に お いて,東 京 市 電 気 局の 地 中 配 電方 式 を継 承 し電 気 を 供給 した 形 跡 は な い. 逓 信 省 の 附帯 命 令 制度 と い う強 制 力 に従 った もの で あ っ た が,先 駆 的 に東 京 市 電 気 局が お こな った 地 中 配 電 方 式 は逓 信 省の 電 燈 事 業 に 対 す る 先 見 性 の な さ か ら,事 業 者 の 東京 市 電 気 局 に 多 額 の投 資 を 求 め た だ け で そ の幕 を 降 ろ した と云 え る, 7,ま と め い ま ま で述 べ て きた こ と を 要 約 す る , (1) 東京 市 電 気 局が お こな った 地 中 配電 方 式 は 東 京 市 電 気 局の 発 案 で はな く,逓 信 省 が 電気 事 業 の 許 可 を与 え る際 に 付 した 条 件(附 帯 命 令 書)か ら生 ま れ た も の で あ った.命 令 書 は 国 に お け る 法 制 度 が 整 っ て いな か っ た た め,法 の不 備 を 補 完 す る た めの 措 置 で あ った. (2) 附帯 命 令書 は結 果 と して 先 発 事 業 者 の 架 空 線 方 式(廉 価)を 擁 護 し,後 発 事 業 者 に高 価 な 地 中配 線 方 式 を 強 要 す る こ と にな った.逓 信 省 は 先 発 事 業者 と後 発 事 業 者 との 間 に生 れ る 不 公 平 を 避 け る た め,す べ て の電 燈 事 業 者 に 地 中 配 電 方 式 を求 め る こと もな く,後 発 事 業 者 の み に ハ ン デ イ キ ャ ップ を 与 え た. 逓 信省 は附 帯 命令 制 度 を活 用 して 市 街地 に お ける 無 電 柱道 路 を創 出 しよ う と 試 み た の で もな く,共 用 柱 や 設 備 の共 用 な ど を 実 施 す る よ う指 導 し て 事 業者 の 費 用 負担 軽 減 に努 め た 訳 で もな か っ た. この よ うな逓 信 省 の許 認 可 行 政 の た め,明 治 後 期 か ら 昭 和 前 期 の 東京 に か け て 多 額 の 費 用 を必 要 と す る地 中 配 電 で電 燈 供 給 を して き た 東 京 市 電 気 局の 苦 労 は,今 日 の 電線 類 地 中 化 事業 に 引き 継 がれ る こ とな く終わ っ て しま っ た. 関 東 大震 災 後 に 内 務 省が 作 成 した 延長178kmに もお よ ぶ 共 同溝 方 式 に よ る 幹 線 街路 の無 電 柱 化 計 画(8)は 東 京 電燈(株)の 供給 区域 が 中心 に な って いた が,図-1に 示 した区 域 内の 地 中配 電 網 と ネ ッ トワー ク化 され る こ と もな く,つ な が り を持 つ こ とは な か った.そ の 中心 にあ っ た 逓 信省 は 共 同溝 計 画 を費 用 の 面 か ら強 硬 に 反対 し,試 験 施 工 に止 ま らせ て しま っ た. それ だ け に明 治 後 期 か ら昭 和 初 期 にか けて実 施 され た , 附 帯 命 令制 度 に よ る地 中 配電 方 式 の もつ ノウ ハ ウ を生 か す こ とな く,多 額 の 無 駄 に終 わ ら せ た 逓 信省 の 責 任 は 大 き か った と云 わ ざる を 得な い.我 々は こう し た先 人た ち の 事 例 に学 び,今 後 の 電 線 類 地 中 化事 業 を推 進 す る 上 で の 教訓 に しな けれ ば な らな い と思 う次第 で あ る. (補注) (1)今 日で は電 灯 線 は 電 力線 に 含 まれ るが,当 時 で は 電 燈線 と電 力線 と を使 い分 け て い た. (2) 東 京 市電 気 局 『事 業概 要 』(昭 和10年)に よ れ ば 逓 信 省 の 許可 は8月27日 に な っ て いる が,許 可 書 に は8 月21日 と記 載 され て い る の で 許 可 書 の 日時 を用 い た . ( 3)東 京 市 の95万 燈 計 画 を政 府 は100万 燈 計 画 と 称 した が,95万 燈 計 画 で あ った の で こ の 数字 を 用 いた . ( 4)東 京 電 燈 会 社 は 明治26年 に 東 京 電 燈 株式 会 社 に 名称 変 更 して い る. (5)こ の 場 合 の 電 線 路 費 は地 中 送 電 費 を意 味 す る . ( 6)附 帯 命 令 は今 日 に お け る許 可 条 件に あた る も の と思 わ れ る. (7)饋 電 線(き で ん せ ん)と は,発 電所 ・変 電 所 か ら需 要 地 の配 電 幹 線 に至 る まで の 電 線 を指 す. (8)共 同溝 計 画 に つ い て は,第17回 土 木 史研 究 「帝 都 復 興 事 業 に お け る 共 同 溝 計 画 と 施 工 例 に関す る 研 究」 pp.81∼92に 記 載. (参 考 文 献) 1) 東 京 市 電 気 局 編 纂 ,『電 気 局 三 十 年 史 』, 東 京 市 電 気 局, p.378, 1940年 2) 東 京 市 電 気 局 編,『 電 気 施 設 概 要 』, 東 京 市 電 気 局 , p.137, p.146, 1940年 3)『 市 電 気 事 業 検 査 資 料 電 燈 編 』, 東 京 市 会 市 政 検 査 委 員 会, p.32, 年 号 不 詳 4)『 東 京 電 燈 株 式 会 社 五 十 年 史 』,東 京 電 燈 (株) , p.13, 1936年 5) 松 永 長 男,『 新 ・電 気 事 業 法 制 史 』 , (株) エ ネ ル ギ ー フ ォー ラ ム, pp.88∼89, 2001年 6) 下 村 明,「 瓦 斯 事 業 の 起 源 を 顧 み て 」 ,帝 国 瓦 斯 協 会 雑 誌 第31巻 第6号, 帝 国 瓦 斯 協 会, p.5, 1941年 7)『 東 京 電 力 三 十 年 史 』, 東 京 電 力 (株) , , p.12, 1983年 8) 前 掲 『市 電 気 事 業 検 査 資 料 』, pp .370∼371 9) 同 上 『市 電 気 事 業 検 査 資 料 』, p.5p . 9 10) 東 京 市 電 気 局 編,「 創 業 二 十 年 史 』 , 東 京 市 電 気 局, p.142, 1931年 11) 前 掲 『市 電 気 事 業 検 査 資 料 』 , p.5 12) 松 永 長 男 、 『電 気 事 業 関 係 法 規 』, p.294, 年 号 不 詳 13) 前 掲 『市 電 気 事 業 検 査 資 料 』, pp.22∼26 14) 同 上 『市 電 気 事 業 検 査 資 料 』, pp.32∼35