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アジア人の国家社会観の展望と教育 You-yu Bao 〔付〕アジア.太平洋地域教育者研究集会と沖縄: 沖縄地域学リポジトリ

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Author(s)

永野, 善治(訳)

Citation

沖大論叢 = OKIDAI RONSO, 11(1): 147-162

Issue Date

1971-12-20

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/11041

(2)

You -yu Bao

〔付〕

アジア.太平洋地域教育者研究集会と沖縄

永 野 善 治 { 訳 )

( 訳 者 前 書 き 〉

本稿は The

S

o

cil Attitude inAsia and the Pacific toward the National Comnunity:

.

A

Paper deliver吋 by You -yu Bωat the Educators Social Action Workshop

August 1-31

1 9 7 1

Kyotoの訳である。

今年の8月、アジア.太平洋地域の13カ国から教育当事者24 0名が京都に集 まり、 4週間連続で密度の濃い研究集会が聞かれた。所定のテーマについての著名 な講師の講話によって、その日のスケジユルが始められたのであるが、この講話は 第8テーマについてである。講師のMr.You -yu Bao t工、 DeputyDirector

Bureau of Inter-national and Education Relation

Taiwan

Republic

f Chinaの要職にあって、中国の典型的な大入、夫子の風貌をうかがわせる学 者で、葬々として説くところは参集者一向に深い感銘を与え、その従容とした風格 は今なお心に住みついている。 このたびの研究集会については、あとで概略の紹介をするつもりでいる。ここに 訳出した講話は、その内容のこまかな論議についてはさて措き、アジア、太平洋地 域という広い視野から、深い洞察と穏やかな心情でなされており、それ自体として 広く紹介されるのにふさわしい価値があると考えるので、一つの資料として提供し たいのである。 -}4

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7-ア ジ 7-ア 人 の 国 家 社 会 観 の 展 望 と 教 育

1

コ ン セ ン サ ス の 難 し さ

アジアの人々は、その歴史の最も優れr.:ところでは、国家概念よりは文化概念の万 に重要性をおいてきた。一つの集団を他集団から区別するには、厳密な領土境界線 よりも、その地方で容認されている文化形態が本質的な基準であると考えられたの である。 しかし、長期にわたる直接、間接の敏民地支配から脱却した時点で、直面したもの は、科学、技術、生産、貿易、軍事力などの領域で、強烈に国家主義的で大いに危 険性をはらんだ競争に狂奔している世界であった。長年慣れ親しんできたもの、す なわち、伝統の文化や哲学、土着の宗教や社会秩序、地方の生活共同体や家族生活 などは、突然、占める場を失ったかのように思われたのである。アジアの人々の多 くは、こうb、う事態に対応する準備態勢が全くできていなかフTこoしたがって、新 世界に自分を適応させようとする努力は、困惑、挫折、犠牲を引き起こいいわば 満身創療の体験となったのである。 こういう状況のもとで、各国はそれぞれ独自の道を見出していったのであるが、 一般の傾向としては、明かに、近代民主主義を自闘の政治組織の中に取り入れ、そ れを築き上げることに奔走してきたといえるであろう。知識階級は精魂をかたむけ て探求に努め、革命家は流血の惨事にあえいだが、人々は総体としてひどい苦難を 蒙ってきた。それでも、なお、アジアの人々の多くは、近代国家形成には未医道遠 しの感じを抱いている。 そうb、う困難が出てくる第ーの領域は、いちがb、に民主主義といっても、それに はいくつかの商標があり、近代国家形成の道に唯一の可能性しかないというわけで はなし、、とb、う事情によるものである。棺互に競合する多くの原理やイデオロギー が地平線の彼万でひしめいているなかで、どれか一つを選択するのは、なかなか難 しいものである。

-148

(4)

歴史的にみて、 18世紀末、革命的ナショナリズムが盛んであったころ、フラ ンスとアメリカの革命の基本テーマは異っていた。フランスでは、自由、平等、自 国の栄光を求める熱烈なロマンティシスムの人道主義であったのに対して、他万、 アメリカでは、人格、所有、幸福の追求の、理想主義的権利観念が織り込まれた個 人主義であった。じじっそれぞれが憲法を制定Lt:.こ。しかし、両者は異ったムード で出発し、特有の政治的事件や経過によって影響されたために、二つの民主主義は そのうちに性格や気質において、明かに別物として発展していった。大統領の選挙、 政党の役割、政府部内の均衝保持、法の手続、政府に対する人々の態度などに、か なりの違いがあるのである。そういう状況のもとで、アジア人としてどれか一つの 民主主義を取り上げて、それを基本モデルに定め目標達成への唯一のアプローチと して決定するのは、なかなか難しいことなのである。 困難の第二の領域は、アジアの現代の社会.政治的気風が、西欧民主主義の発生 し発展した風土とは全く似つかないほど異っているという事実にある。 周知のように、人聞が人格として不可議の権利の持主であり、また社会での市民 権の主体である、という意味での個人主義は、西欧民主主義の基本概念である。そ こで、西洋人ははなはだ個人的であり、また、そうであるからこそ、国家社会の出 来事についてことこまかに関心を抱くのである。ところがアジアでは、家族が今で も社会の主要な関心事であるし、政治の現実の場でも人対人の間柄や伝統の身分関 係が支配的影響力をもっているのである。 さらに、社会契約の概念は、今では近代西洋諸国に広く浸透している。この考え 万では、その地方の法はいかなる個人の立場も越えて妥当するものであり、課税に 応じることは立法において発言資格を得ることで、法の正当な手続をふまえること は正義ある社会にとっての前提条件であるなどの考えが、当然の道理とされている のである。一言でいえば、法は市民の権利を積極的に保護するために人々の同意を もって制定されるもの、と考えられている。ところが、アジアでは伝統的に、法は 前近代のヨーロツパでのように、支配者によって制定され付与されるもの、と受け 取られているのである。支配者が寛大で善政がしかれておれば、法とのかかわりな

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-149-しに暮らせるものであるし、逆に、暴君だとか、多難な時代には、法や法を掌中に 揮った者を相手にして、苛酷な経験に苦しめられてきた。いずれの場合でも、アジ アでは法や法手続は、無関係のものと、して放置されるか、さもなければその拘束か ら逃れるものだったのである。 このような伝統的考え方は、現今の時世でもやはり大いに真実性をおびて支配し ており、それが、公共の事柄についての一般の関心をそぎ、国家社会への冷淡を助 長するてだてになっているのである。 困難の第三の領域は、文化的背景やものの見方の相違にある。およそ、体系をも っ思想や制度が他に移摘される場合、それは必ず何らかの修正や怒杭を受けるもの である。ところが、近代民主主義のアジア地域への導入のされかたはその場しのぎ で、既存

i

文化への適応やそれとの統合でどんな困難が予想されるかなどの、事前の 配慮はほとんどなされなかったのである。 西洋の脱工業社会では、おUがて進歩の気概に没頭しているのに対して、アジア 社会の大部分では、依然として変革や革新を妨げる伝統の価値や信条を温存してい る。また、前者では競争と実力発揮が社会で当然として通用する規範や態度である のに対して、後者においては、調和と中庸が今でも行動の指尊原理になっているの である。 アジアで一般の通念としてこんなのがある。西洋社会が優れているのはただ物質 文明の領域だけで、科学や技術上の偉業は達成したけれども、その裏目ではひどい 社会混乱と道義低下が生じている。それに対して、アジア社会の大部分は精神的遺 産と情緒的生活に豊かであるから、もし近代科学と技術の借用ができ、現体系の中 にうまく統合するととさえできるものなら、そのうちぎっと文化のルネサンスに到 達するはずだ、という考えである。こういう二分論の考え方が多くの人に持たれて おり、どの程度科学や技術を借用すればよいか、その適切な割合が論義に上ってい るのである。 ところが他方では、十分の気乗りはしないまでも、民主主義、工業化、科学、技 術の近代的体系樹立への努力のあとも見られる。これまでのところ、アジア人の道

150

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徳的気骨が西洋人よりも強靭であるかどうか、また文化的業績の達成が西洋を凌ぐ ほど輝かしいものになるかどうかを見定めるうえで、何らの確b証はない。しかし、 近代的国家形成がかなり遅れていることは、確かである。 困難ゆ第四の領域は、アジアの大半の国が国家の発展進路を分裂で脅かすような 園内問題、余剰問題に、当分かかりあわなければならない、ということにあるロ小 数民族、複数言語、宗教信奉を異にする人々、富の分配の極端な不均衡などが、そ れである。 人種的起源を異にする多人口集団のいくつかを圏内にかかえている国々では、し ばしば国家統一上の難題に遭闘している。少数集団が不当な処遇や搾取を受けると・ いう問題もあるし、また人種的には異なる多数集団が政治経済上の支配権を競う問 題もあゐ。統一のセンスを盛り上げ正義の適切な配合を成就するためには、かなり の理解と政治的な洞察が必要とされるのである。 言語も内的分裂を引き起こす恐れをなす一要素である。一言語を選択して、それ でもって授業活動の唯一手段や公式用語にしようという論議もある。なかには、話 し言葉を基礎にして新たに書き言葉を作り出したという園もある。この領分で決定 をめぐる論議では、自尊と偏見の激しい感情がつきまとうものである。 宗教信仰の選択も、園内の紛糾、ときとしてより大きな危険をもたらす要因の一 つである。宗教信仰や儀式の執行が争点になった場合、小数民族の小集団でさえも 闘争の危険をあえておかし、より悲惨な結末に至ることをも辞さないものである。 富の過度集中が原因で、都市や農村で大多数の被抑圧人口の増加をもたらし、残 されたのは悲惨な生活ばかりという状況に追いやられた国々においては、爆発寸前 の条件すら現有している。これら絶望的な人々は、わずかでも希望の兆しがありさ えすれば、いかに過激な計画にでも即座に応じかねない。 長年培われてきた言語、宗教、文化について誇があれ複合の人口集団と宗教、 言語体系の複合形態を内部にかかえているアジア諸国にあっては、これら問題発生 の場いかんにかかわりなく、極限ぎりぎりまでの理解と寛容をもって対処すべきで‘

特に、社会、経済の籍条件が広範な不満や憎悪を醸し出しているところでは、とり -151

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わけその心得が大切であるといわなければならない。

2

住 民 各 層 の 問 題 点

以上、国家的規模において、 へ々の対処姿勢に影響を及ぼしそうな困難な領域 についての概観を述べてきた。次に、国家埼導者、知識階級、青少年、地方大衆、 新エリートなと.にわたって、住民問題の主要因についての典型的考え方守、もう少 しくわしく考察することにしようと思う。 まず留意すべきことは、アジアの現国家指導者のうちで、直接の植民地勢力や外 国勢力の支配を転覆させて祖国を独立に向けて指導した、i初代もしくは二代目の革 命指導者は、ごく少数にすぎないということである。国家形成という大事業の光輝 と緊急性を目前にして、指導者たちは人間としての使命感の偉大さを史上大いに発 展させた。彼らは、あとに続く者をも同じく園に殉じるよう励まし努めてきたので あるが、その結果が念願どおりに出てきたとはかぎらない。人々は、度重なる兵役 や犠牲の召集に捲みつかれ、来ては幻滅感を抱く傾向すら生じてきてしる。 第二要因は知識階級である。知識階級こそ国民の良心であり、その真価は自体内 部の整合にあるものであゐ。にもかかわらず、インテリのあいだには何らかの離反 がみられる。画家の指導者層から疎外された場合、彼らの影響は分裂に向かう恐れ がある。多くの場合彼らは伝統の文化価値への信頼を失っており、かといって新し い価値体系を探し出すには至っていない。古いものと新しいもの、東洋的なものと 西洋的なもの、個人主義的なものと国家主義的なもの、改革的なものと革命的なも の、これらすべて困難な選択が、一時に彼らを襲ってきているように見える。その 結果、少からぬ数の者が、劣悪な、冷笑的な意気阻表者になりさがってしまう。彼 らの態度に変革をもたらして、固の事柄により積極的、より創造的に関与させるよ うな、強力なインスピレーシヨンが求められてならなb。、 第三要因としての青少年問題は、都市のセンター施設の発達と就学年数の延長に 伴って生じてきたものである。政治上の諸現実に目覚めるにつれて、彼ら独自の特 殊な思考綬式とともに、自己同一性をも習得してきたのである。追従するのを潔し -152

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とせず、そうかといって他を指導するところにまでは至らな u、。公共の事柄に強い 関心は持つけれども、それに伴う政治的責任について明確な理解はないし、内心自 尊心の感情は激しいけれども、真の確信を持つにはまだ至らない。典型的な勇気と 情熱とでもって、新しいアイディアや思いがけない運動を持ち込む媒介者になるの であるが、忍耐力が不足して実を結ばせることができないのである。その結果、い ともたやすく挫折感を起こし、かっ、その挫折なるものが、われ+つれの目撃してい る青少年の逸脱と過激な表現や行動についての、彼らの弁解になっているのである。 第四要因としてあげらーれる地万大衆は、何千年ものあいだ培ってきた独特防宗教 信仰、地方特有の思考様式、生活様式に深いなじみを抱く人たちである。つまり、 変革に抵抗し運命にすべてを委ねているのである。したがって、まず信頼をかもえ て、次いで改革に参加するよう説得しようとしても、これは至難なわざといわなけ ればならな u、。見聞の数と同じほどに歎かれた経験も多いだけに、むしろ、当り障 りのない安易な道を選びたがるものである。 第五要因としての新エリートは、アジアの 社会では独特の特権的立場を占めて いる。その社会での外国教育を受けた指導者であり、彼らが接触を保つものは海外 在の復写で、そこから得た地万の人の持たない知識やつながりで利得をあげるので ある。なかには熱烈な愛国者もいるけれども、大分の者は、名もない大衆や苦難に あえぐ国民の実生活とのつながりを失ってしまっているのである。 第六要因たる軍隊は、革命の背景によるかー微な武力によるかして、一団の職業 人としては多大な影響を公共の事柄に与えるものである。 以上見てきたように、住民問題の領域での各要因は、それぞれ特有の関心と偏向 とをもっている。これらすべての要因を結集して、国家発展上意義あることのため に従わせるためには、真の政治家としての資質に恵まれたカリマス的指導者を待つ 以外にはないように思われるのである。 プレインヒュゲマユズム

3

P lain Hunanism

と 共 通 善

健全で持続的なナショナリズム精神が、国家の発展に貢献するものであることは -153ー

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広く認められているところである。国民すべて同じ固に属するという同一性の強力 なセンスを鼓舞 Lて、国家形成の大事業へ向けて、協調のとれた努力を集約するた めに役立つものでかる。この理由から、つu、、ナシヨナりズムの唱導に乗せられが ちである。しかし、歴史的、心理的立場からいうならば、ナショナリズムには論議 の的になりかねないいくつかの解釈の道があり、多様な帰結をもたらす独特の心情 があるために、その言葉を不用意に、無分別に使うのは危険であるといわなければ ならない。 その代りに、むしろ、より基本的、より道理にかなったもので、生活の変遷にも 人々の変転にも断じて煩わされることのないものを求めたいのであるロあらゆる人 間的文化創造性そのものの背後にひそむ、根本精神を再発見する必要がある。 万向感覚を失ってあてもなくさまよい始めたなら、その時こそ立ち止り、まず最 初の出発点でわれわれを躯り立て踏み出させた、その大目標は何であったのか、と 自問してみるべきである。時代錯誤、社会無秩序、疑惑が横行するこの時代であれ ばこそ、特に、かけ治旬、のない人間特性の根源にまでさかのぼり、そこから、力を 導き出すことが重要なのである。その源泉を〈プレイシ.ヒユウマニズム〉とでも よふ;ことにしよう。 このプレイン.ヒュウマニズムは、仲間の人聞に対して抱く人間としての平明卒 直な共感を基礎にするもので、次の概念、すなわち人聞の尊厳、相互関係における 寛容、共通善に向って働く公共的良心という三つの考えでもって表現できると思う のである。 人間の尊厳への確信は、あらゆる人間的価値をもたらす泉であり続けてきた。と きとしてこの概念に、誤った理解や解釈が付けられることはあったけれども、世代 を追うごとにつねにその真価が再発見、再確認.されて今日に至っている.学芸に学 習に、はたまたへ聞の尽きせぬ思題形態や制度において、人間的創造性の本源であ る。今日のように変転する社会において、この概念を新たに解釈しなおすことは、 われわれが現に抱えている問題、たとえば、公的、私的領域での法の本質、個への 自由の限界、社会正畿の境界などを問いつめてゆ〈ときに、真相を見定める光明を -154一

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投げ、斬新な意味を与えるものとなるに違いないと思われる。 第二の観念は寛容の精神であり、これは人対人の関係を律する黄金律である。他 人との関係において、いろんな矛盾衝突ーときとLて不可避で苦汁に満ちたもの であろうし、あるいは刺戟的役割をするものであるだろうし、場合によって断絶で しかなく、解決不可能のように思われるものーが生じるのは、人間と入閣の場に おける本性とでもいうべきであろう。いずれにせよ、人聞はこうbづ 矛 盾 衝 突 と 共 に生きてb、かざるをえないのであって、じつはこの事実こそが、寛容の精神、つま りわたしが生きるとともに他をも生かせるとbづ、共に心を分ち合う態度を要求す るのである。寛容あってこそ、現代の民主主義はその機能を働かせることができ、 人聞社会は存続しうるのである。 第三の概念は公共的良心である。これは、人の思いを引き寄せてみんなにとって も良かれかしと願わさせるような、そういう心の状態を一括する表現である。公正 で正義ある社会を樹立するためという考えから、個人のレベルにおいである程度の 自己抑制も求められていゐ。しかしながら、その効果をあげたいばかりに、この概 念を特定のイデオロギーと絡ませる必要はないoなぜなら、政治的権威をもとに再 強化されたイデオロギーというものは、理性的領域を台なしにし、それを逸脱しが ちだからである。こういう理由から、法と秩序を維持し、道理にかなった富の配分 がなされ、社会にいる各への福祉が増進されるような方向に向かう、公共替をめざ すところの市民精神を強調したいものである。

4

国 の 開 発 と 教 師

以上、私見を述べたのであるが、結びにわれわれとして認めるべきことは、進歩 にとって既定の標準青写真があるわけではないし、国家の発展について一定の公式 があるものでもない。われわれが知っているのは、これらの計画を立案するとき、 先祖がたどってきたのと同じように、この単純で古風に見えるヒュウマエズムにつ かまらざるをえないということなのである。 このヒュワマエズムの理組を塊代的意味において再評価、再適応するに際して、 -155ー

(11)

それぞれ地渇の生活共同体における努力は、国家的レベルでなされるのと同じく いや、それ以上広重要性信

r

もつものであることを強調したいのである。アジア、太 平洋地域における多くの国家社会の骨組は、きわめて弱体で不安定である。そこで、 上層指導部における野心的計画を望む代りに、国家の発展にとって堅固な土台にな るはずの地方レベルで、煉瓦を積み上げることから始めるのを、よしとしようでは ないか。 それでは、この煉瓦積みの役をになうべきものはだれであろうか。答はいたって 簡単、ひとりびとりである。しかし、ここアジア、太平洋地域の地方生活共同体と しての社会の現状を考慮に入れたとき、最も積極的役割をになうべき者は教育者で あると進言したい。なぜなら、地方の生活共同体で、古い考えでも新しいのでもよ く評価できるほどの度量をもち、かつ、苦痛にあえぐ名もなき民に至るまで配慮す るほど広い心をもっ者といえば、教師をおいて外にはないからである。ただしそれ も、われわれ教師自身が、この偉業に価いする資質を自身に教育するかぎりにおい て、はじめて達成されるものである。

〔 付 〕 ア ジ ア , 太 平 洋 地 域

教育者研究集会と沖縄

上記の拙訳で紹介したく国家社会〉の外にこのたびの研究集会では、家族、地域 社会、労働問題、資本搾取、経済協力、生産性、言論の自由、婦人問題など20余 りのテーマについて、それぞれ現状分析をもとにく人間尊重〉の観点から問題打開 の方策を探求しようとする試みがなされたのである。多岐にわたる集会の詳細なレ ポートは、ここでの目的ではない。ただ、ここに紹介した講話を一つの典型として こういう試みのなされた研究集会そのものの性絡を二つの特徴でとらえて、それが

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-156-沖縄での教育当事者としても無関係ではすまされないと思われることを指摘したい のである。

1

ア ジ ア . 太 平 洋 地 域 周知のように、この地域の国々は戦後の独立国であり、なかには、なお国連の信

1

統治下におかれているところも含まれ、総体的にいって、経済、社会的には開発 t 途上にある後進国なのである。ベトナム、韓国、台湾のように複雑な国際情勢の絡 まりをまともに受けて民族聞の分離を余儀なくなされているところもあるし、マレ ーシア、シンガポールのように複合民族を圏内にかかえているとか、あるいはバプ ア.ニューギニアのように 700種もの言語体系に悩まされるなど、極端な表現を すれば、園内情勢については千差万別である。それにもかかわらず、これらの国々 は、一つの共通の課題を前にして、果敢に立ち向っているのである。すなわち、政 治的に、西洋や欧米型の日本の植民地支配から脱却したあとの、新生国としての国 民形成の理念をどこに求めればよいかという、切実な課題に直面している。植民地 支配は、政治的権力に限定されるものでなく、欧米型のものばかりではない。どこ にそれを求めればよいか、そこに、アジアの模索』探求があるように思われる。 アジア.太平洋地域の教育当事者の動向にはそういう自覚の高まりを浪み取ること ができるのである。 新しい指導目標を求める動きについては、わが固とても例外たりえない。いわゆ る近代化の道は、つねに西洋を原型として歩まれてきた。明治以来、経済、社会の 発展を遂げようとして、富国強兵の国策で欧米に追いつき追い越すことを目標に走 り続けてきた。第二次大戦でつまずきはあったものの、戦後も同じ進路をたどって きたo念願の高度成長をなし遂げ、いわゆる現代化に突入した現在でもなお、国民 の多くの自が欧米先進諸国の動向に向けられていることに変りはない。しかし他方 この近代化の進路に、批判や反省の気運が高まってきたのも事実である。つまり、 幸福と繁栄をもたらすはずの高度成長が、逆に傷ましい公害を大規模に拡散してし まったという事例に示されたような、近代化のひずみが国民的規模における自覚に -157

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まで高まってきたのである。 あまりにも粗雑なとらえ方ではあるが、発展途上にあろうと高度成長にあろうと その段階の相違を越えて共通の立場におかれているということができるのであろう。 従来の進路の単なる修正ではなく、斬新な目標を見定めてそこから対処の道を構じ てゆかないかぎり、現代の課題は克服できない、という自覚にきているのである。 プラトンのいう[からだごと向きを変える

J

必要性にせまられているのである。 わが国ではこれまで、教育はつねに国策の遂行に奉仕してきた。経済、社会の近 代的発展という目標に、いわば追従してきたのである。他方、発展途上国にあって は、かつてのわが国に見られたように、政治からの要請が強力に教育に押しかぶさ る危険性が、決してないとは言えない。政治、経済、社会の歩みと遊離した教育の あろうはずはない。だが、教育がそれらの活動領域に埋設しではならないのである。 アジア.太平洋地域における、このような現代的問題への意識の高まりと、そうい う情勢のなかで教育が果たすべき役割への強い自覚が出てきたところに、今回のよ うな長期の研究集会を成立させる基盤があると考えるのである。

2

連 帯 性 の 視 野 か ら

今回の企画にみられる第二の特徴は、新しい教育像を広域の視野から求め、そこ から得たピジョγでそれぞれの進路を見つめてゆこうとする‘その基本姿勢にある、 ということができるであろう。 近代化の進路が、個性の発見と自;裁の確立とに密接な関係のあることは、西洋ル ネサ γス以降の近世史で学んだところである。そしてまた、この経路は他方で、機 械.技術という無国籍文明の論理必然性によって、個性や伝統を滅却する普遍性が 噂き出されたことは、現にわれわれが目撃しているとおりである。個別性の尊重と 普遍性の拡大という相反するこつの要素が、奇妙な取り合わせで織りなされている ところに、現代文化の一つの特質をみることができるであろう。 こ の 指 締

z

、そのまま現代の教育にも転移できると思う。教育という営みは、現 実の場できわめて複憾な様相を呈するのであるが、これを一つの視点からとらえる

(14)

-158-ならば、伝統文化遺産の継承と理想価値創造の道の探求というこ重構造の接合点に なるという特質をもっている。ある程度安定した社会では、追求されるべき理想の 蔚芽が伝統の土壌のうちにひそんでいるために、両者の接合点、を求めることはさほ ど困難ではないと考えられる。けれども変転と激動の社会にあっては、この仕事は 容易ではない。なぜなら、伝統の文化遺陸は、固有の歴史の重みと民族の血の濃さ とを帯びて現実の社会におしかぶさってくるのに対 Lて、他方、理想像の探求は、 そういう現実の紐時からの脱却と普遍性への飛曜とを試みるのであって、特に変動 の時代には、両者の懸隔ははなはだしくならざるをえないからであるの 戦後のわが国の教育では、その理想がく民主的〉理念におかれ、その実現に総力 が結集されてきたのであるし、現在でもその基本路線はくずされていない。ただし 昨今の徴候のなかで民主教育に対する反動的批判が台頭しているという指摘があ九 それは3ちながち杷憂や作意とは思われないものがある。しかしわたしは、ここでは この重大問題に言及することはせず、次の指摘にとどめておきたいと思う口それは 戦後の教育像が設定されるにあたって、超国家主義の悪夢を清算するのに急なあま り、理想追求の意欲の高揚が、このく民主的〉理念の強調として現われたのではな かろうか、ということであゐ。その追求それ自体は、批難されるべきもない口しか しながら、教育像の確立にあたって、理念の強調がなされればなされるほど、過去 わ伝統の重みに生きている社会現実からの遊離は、それだけ度合いが深まってくる であろう。したがって、その配慮が十分なされて決定されるときに、はじめて教育 活動が両者の接合点としての有機的機絡を果たすことができるといわなければなら ない。 さきに指摘したように、現実がいかに不満なものであろうとも、それを無視する わけにはいかないほど個別性と固有性の尊重への自覚が高まってきているところに 現代の普遍的特徴があるのであるし、また他方では、個性と特異がいかに主張され ようとも、それはただちに普遍的批判jや賞讃にさらされざるをえないところに、現 代の個別の宿命があるのである。こういう実情をふまえて、われわれ教育当事者に 負わされた緊急な課題に、どう対処すればよいであろうか白その探求にあたって、 -159一

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産として現実におしかぶってくるもののなかで残されるべきものの狼と、将来を約 束する理想価値のなかで民族の命運をかけて追求されるべき実とを、正しく見定め るために必要な原像、原理をまず確立しよう、と。 こうはいうものの、現実の問題としてその確立がいかに困難であるかは、画家的 規模における論議をとってみても明白なところである。それを承知のうえで、アジ ア.太平洋地域という広域においてそれを求めようとすること自体が、至難という より外はないようである。しかし、狭い自国の立場からだけでなく、広い連帯性に おいて自国独自の道を見出すという視点転換の必要性に、現代はせまられているの である。したがって、いかに至難であろうとも、教育当事者としてその難題にあえ て直面せざるをえない。 その対処の道はいくつかあるだろうし、またあって然るべきであるoそれぞれ英 知!と確信でもって衆知を結集して克服を麓わなければならない。そういうなかにあ って、その道への一つの布石として、このたびの研究集会ではく国連人権宣言〉が 基調として取り上げられ、最初に掲げたようなテーマが選ばれたのである。その成 果を問うのもさることながら、新しい原理をふまえたその対処姿勢に、一つの注目 すべき重要性があると思うのである。

3

ア ジ ア . 太 平 洋 地 域 と 沖 縄

以上、二つの特徴に焦点を当てて、沖縄の教育当事者として関心を持つにふさお しいと思われることを紹介してきた。 沖縄の教育界は、載後、寧事勢力、異民族の支配下という難しい状況にもかかわ らず、一貫して平和民主憲法の精神に立脚して、日本国民としての教育を持続する という輝かしい歩み.を遂げてきたo しかし、さらにこれから、復帰に伴って新しく 開らけてくる教育の世界には、中央集権、官僚統制、企業優先、自衛隊や基地問題 などとの対決が、すでに闘争のスケジュルに組まれているほど、多綾な道を歩まな ければならない白

(16)

-160-う視点、から対処すべき姿勢の確立も重要であると考えるのである。現在の

UNESCO

運動や

SCOUT

運動みたいなものよりもっと現実性を帯びた問題が、教育の現場に 登場してくるのも、そう速くのことではないような気がする。連帯性の現実の対象 が中国であるかもLれないし、米国、濠洲であるかもわからない。いずれにせよ、 自分の親近のものを中心にするだけではすまされず、広範で異質のものとの連帯を 保ちながら、身近かなことに対処しなければならなくなると思うのであるo そういうなかで、アジア.太平洋諸国と一括してよんだこれらの地方は、そのど れをとっても、日本のどの地方よりもわれわれ沖縄が深いつながりをもっていると ころなのである。日本が鎖国で四つの島に閉ぢこもっていたあいだでも、沖縄の友 好の窓はつねにそこには聞かれていたし、敗戦後また四つの島に封じ込められて再 起のエネルギーを蓄積していたあいだぢゅう、沖縄はこれらの地方の人びとと似た ような運命をともにしてきた。自分たちから望んだわけでもないのに、生活の場を 根底から破壊する戦場にされて、塗炭の苦しみをなめさせられながらも、なお、真 の日本の姿をみつめ求めて敬愛の情を抱いているところも、彼らと変りがない。日 本のなかにありながら、これらの地域の人々とのつながりという面では、地理.歴 史.文化的に独得の接合点をもっているのである。彼らの心のひだや感情の曲折を よく理解できる心情においては、日本のどこよりもわれわれは恵まれているといわ なければならない。 学生のころ満測で、学徒動員のその瞬間まで、中国.北鮮.韓国.蒙,古.白系露 人との共同生活をしてきたし、来島以来フィ1)')1ピン人には娘の学校関係で多くの 知人をもつことができたし、このたびの集会でマレーシア.シγガポール.ベトナ ム.タイ.インドネシア.パプア--ューギニア.グアム.旧南洋群島などそれぞ れに友人を見つけることができた。いまでは、アジア.太平洋地械のどこでも、わ たしにとっては呉邦の地ではなくなった。この地の人々に親近感を抱くのは、この ような特別な個人的事情によるのかもしれない。しかし、基地の沖縄にあっても基 地によらない沖縄は、この窓を通して広い世界につながることが可能であるし、そ -161

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の道を深 L求めてゆくところに、復帰後の日本教育界への__.コの貢献があると確信 しているものである。

参照

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