国家温室効果ガスインベントリ実施体制の比較研究
̶日本・インドネシア・ベトナム・タイの事例から̶
川西 正人
1・藤倉 良
2, †・加藤 真
3・森實 順子
1 摘 要 パリ協定における透明性枠組み強化のための開発途上国との協力は,協定の実効性を 高める上で不可欠な課題である。しかし,京都議定書の報告義務の下で先進国が経験し た教訓に照らしながら,開発途上国の現状を理解し,望ましい協力のあり方を考察した 先行研究は少ない。本稿では,日本の経験をレビューした上で,東南アジア3 ヵ国(イ ンドネシア,ベトナム,タイ)における国家温室効果ガス(GHG)インベントリの策定 体制について比較研究を行った。日本では,京都議定書の下で定量的な排出削減義務を 負ったことが,GHGインベントリの継続的な質の向上への強い動機付けとなり,さらに は自国の研究基盤が質向上を可能とした。東南アジア3 ヵ国では,GHGインベントリ算 定における国内専門家の関与のあり方がそれぞれに異なり,それは研究基盤に関する各 国間の相違に起因している。また,3 ヵ国のいずれにおいても,関連研究の成果をGHG インベントリに取り込むための体系的な仕組みが構築されていない。開発途上国のGHG インベントリ策定をより持続可能で精度の高いものにするためには,当該国における研 究者とそのネットワークを行政が支援し取り込んでいけるような仕組みづくりが有効で ある。 キーワード: 温室効果ガスインベントリ,気候変動,透明性,パリ協定 1. は じ め に パリ協定は,2015年の国連気候変動枠組条約 (UNFCCC)第21回締約国会議(COP)で採択さ れた1)。それにより,国別の削減目標を「自国が 決定する貢献(NDC)」として5年ごとに提出す ることが各国に義務付けられた(第3, 4条)。ま た「透明性枠組み」が強化され,NDCに示された 国別目標に向けて,各国の対策がどの程度進 し ているのかが第三者にもわかるような仕組みが設 けられた(第13条)。そして,各国には,温室効 果ガス(GHG)の国家インベントリを2年ごとに 更新して提出することが義務付けられた(決定18/ CMA.12))。しかし,多くの開発途上国はGHGイ ンベントリを定期的に更新する能力を欠くことか ら3),パリ協定は国際的な支援を求めている(第13 条)。 透明性は,国際条約の効果的な履行のための重 要 な 仕 組 み と し て 認 識 さ れ て き た。Chayes and Chayes(1995)4)は,透明性を「国際条約における 履行義務と締約国の履行状況に関する情報の収集と 共有」と定義している。各国の履行状況が外部から でも自由に評価できれば,そのこと自体が一定の効 力をもち,直接的な制裁措置をとることなくても, 当該国の行動に望ましい影響が及ぶようになること が期待される5)。 パリ協定により強化された透明性枠組みも,各 国に情報の提出を求め,その履行状況をレビュー 2020年11月10日受付,2021年1月8日受理 doi: 10.11353/sesj.34.124 1 (独)国際協力機構,〒102‒8012 東京都千代田区二番町5‒25 2法政大学,〒102‒8160 東京都千代田区富士見2‒17‒1 3 (一社)海外環境協力センター,〒110‒0016 東京都台東区台東4‒19‒9 †Corresponding author: [email protected]す る こ と で, 協 定 の 円 滑 な 履 行 を 図 っ て い る。 Falkner(2016)6)は,透明性枠組みがパリ協定の規 制手段として中心的な役割を担っており,これを適 正に運用できるかどうかが協定の成否を左右すると 評している。国別報告に基づく国際的なレビュー は,実施状況の芳しくない国にとっては,公表と非 難( naming and shaming )を受ける場となりかね ず,そのことが一定の圧力として作用すると述べて いる。同様に,Bodansky(2016)7)は,透明性枠組 みには,国別目標の達成そのものが義務とならない 中で,それでも各国が目標に向けて責任をもって取 り組む動機付けになるものとして,その重要性を指 摘している。 透明性枠組みの下で報告が必須となる国家GHG インベントリは,GHGの種類,セクターごとに各 国の1年間の排出量及び吸収量を取りまとめたもの である。それがどのように推移しているかを見るこ とにより,国別目標に向けたそれぞれの取り組みの 進 状況を把握することができる。 これまでも,UNFCCCは,すべての締約国に対 し,GHGインベントリを定期的に更新し報告する ことを義務付けてきたが,報告の頻度などで先進 国と開発途上国との間に差異が設けられてきた8)。 1997年には京都議定書が採択され,日本を含む附 属書I国(いわゆる先進国)には,GHG排出削減の 数値目標が定められた。その目標に向けた取り組み の進 管理の観点から,先進国には,IPCCが示す ガイドラインに則ってGHGインベントリを毎年更 新し報告することや,そのために必要な国内の実施 体制を構築すること,さらには報告内容について国 際的なレビューを受けることが義務付けられた(第 5, 7, 8条9))。京都議定書の運用規則を定めた2001 年のマラケシュ合意では,国内体制を整備しGHG インベントリを毎年更新することが,クリーン開発 メカニズム(CDM)や排出量取引など京都メカニ ズムに先進国が参加するための要件になった(決定 16/CP.7, 17/CP.7, 18/CP.710))。 一方,非附属書I国(開発途上国)については, UNFCCCの下で,これまで,GHGインベントリを 含む国別報告書(NC)や隔年更新報告書(BUR) をそれぞれ4年及び2年ごとに提出することが求め られてきた(決定1/CP.1611),決定2/CP.1712))。し かし,その実現は容易ではなかった。開発途上国 は,地球環境ファシリティ(GEF)の資金支援を受 けることなどによって,NCやBURの取りまとめを 行い,その中で,GHGインベントリの策定を行っ てきた。しかし,こうした作業が時限性のある支援 プロジェクトの一部として行われることが通例と なったために,プロジェクトが終了すると次のプロ ジェクトが始まるまで資金や活動が途絶えてしまう ことが常態化した。そして,活動が停止している間 に人材やデータなどが霧散してしまうケースが生 じてきた13)。新たなプロジェクトが始まるごとに, 作業体制を整え直さなければならず,GHGインベ ントリの策定能力を継続的に向上していくことが困 難となった14)。こうした背景から,開発途上国に おいて,GEFによる従来の資金支援は,GHGイン ベントリの報告書作成に重要な役割を果たしてはい たが,持続可能な策定体制の構築には必ずしもつな がってはこなかった15)。 GHGインベントリの質を確保し高めていく上で の課題も多い。GHG排出量は,気候変動に関す る政府間パネル(IPCC)ガイドライン16)の基本 的な考え方(vol. 1, 1.6)に従い,人為的な活動量 (AD)に活動量一単位当たりの排出量である排出 係数(EF)を掛け合わせて算定される(排出量= AD*EF)。しかし,エネルギー統計,自動車統計, 作物統計などの活動量データの質や整備状況につい て,問題を抱える開発途上国は少なくない。GHG インベントリを取りまとめる機関にとっては,これ らの活動量データを所管する各省庁などとの協力関 係も構築しなければならない。排出係数について も,GHG排出・吸収量の推計に関する独自の研究 が行われていないなどの理由から,IPCCガイドラ インに示されたデフォルト値がそのまま用いられる ケースが多い。しかし,デフォルト値は各国固有の 環境を反映したものではないため,GHGインベン トリの算定値が実態から乖離する一因となってい る。 近年のGHGインベントリに関連する研究は3つ のタイプに分けられる。ひとつは方法論の研究であ る。各国固有の排出係数や算定方法に関する研究 は,GHG排出量や吸収量のより正確な把握に寄与 する。最近では,米国の酪農肥料17),開発途上国 の森林劣化18),ポルトガルの養鶏19),米国の沿岸 湿地20),カナダの保管林21),伐採木材製品22),ド イツの有機質土23)などについて研究が進められて いる。こうした研究の多くは先進国で行われる傾向 にあるが,先進国ではデータがよく整備されている ということがその背景にあるものと考えられる。 第二のタイプとして,報告されたGHGインベン トリそのものの評価研究がある。Pulles(2017)24) は,UNFCCCのレビュー結果を受けて,各国の GHGインベントリがどの程度修正されているの かを評価することで,レビューの意義を考察した。 Jarnicka and Żebrowski(2019)25)は,GHGインベ
ントリの不確実性に着目し,EU及び加盟国のGHG インベントリの質の変化を分析している。 第三のタイプは,GHGインベントリ策定能力に 関する研究である。パリ協定の下で,GHGインベ ントリに関する報告項目が増え,外部専門家による 審査制度も導入され,GHGインベントリの質の向 上が求められるため,多くの開発途上国は体制の整 備を迫られており,この問題を扱う研究が近年多く 行われている。Bustamante et al.(2018)26)は,ブ ラジルの森林分野に関するGHGインベントリ策定 における専門家の役割を示した。川西らは,GHG インベントリ策定に関する制度・組織面の能力に ついて,フィリピンとベトナムとの比較研究27)を 行ったほか,インドネシアにおける策定能力の時 系列変化とその要因分析28)を行っている。梅宮ら は,アジアの開発途上国を対象に,策定能力の現状 と変化を複数の指標に基づいて評価29)を行ったほ か,GHGインベントリに関する能力強化支援の傾 向について,ベトナムとカンボジアの事例研究30) を行っている。 既に述べた通り,これまでは先進国に対してのみ 厳しい報告義務が課されてきたが,今後はパリ協定 の下,先進国だけでなく,開発途上国においても 透明性確保のためGHGインベントリ実施体制の整 備・強化が求められる。こうした背景から,先進国 が積み重ねてきた経験から教訓を抽出し,開発途上 国のニーズに資することは極めて有益である。一 方で,先進国の経験を活用するにあたっては,対 象とする開発途上国の状況を十分に踏まえる必要 がある。しかし,こうした考え方に立って,先進国 の経験を開発途上国の能力強化へ適用する可能性を 検討する研究事例は少ない。そこで,筆者らがこ れまで発表してきた5編の研究論文15, 27, 28, 31, 32)に 基づき,本テーマについて考察を行った。本稿で は,まず,政策実施の分析枠組み33‒35)を活用して 効果的な実施に必要な要件を考察した研究31)に基 づき,国家GHGインベントリに関する日本の経験 を示す。続いて,東南アジア3 ヵ国(インドネシ ア,ベトナム,タイ)のGHGインベントリ策定体 制を概観する。その上で,分析枠組みと本研究へ の応用の道筋を示し,上記3 ヵ国の実施体制を比 較検討した結果を明らかにする。ここでは,GHG インベントリの算定作業を担当官庁直営で行うか, または外部委託するかの行政組織の選択について, Hood(1986)36)の分析枠組みを活用することによ り,その要因を分析した32)。最後に,これらを踏 まえ,国際協力における開発途上国の能力強化に向 けた方向性を提示する。 なお,本稿ではインベントリに関連する作業を示 す語句として「算定」と「策定」を用いた。「算定」 はGHGインベントリに記入すべき数値を求める作 業を意味し,「策定」は関係省庁によるデータ提供 作業や,これに続く算定のほか,環境省など主管省 庁が行う統括業務などの全工程を意味している。 2. 国家GHGインベントリに関する日本の経験 本章の記述はインタビューと文献調査に基づく。 インタビューは,「温室効果ガス排出量算定方法検 表1 日本の国家温室効果ガス(GHG)インベントリ実施体制の変遷31) 1992‒96 1996‒99 1999‒2002 2002‒09 2009‒現在 体制変更の 契機 国連気候変動枠組条約(UNFCCC)採 択。先進国に対し 1994年までに最初 の国別報告書(NC) 提出を求める。 第 1 回締約国会議 (COP1)決定(1995 年)。先進国に対し 1997年 4 月までに 第 2 次 NC 提出を 求める。気候変動に 関する政府間パネル (IPCC)のガイドラ イン 1996 年改訂版 発表。 京都議定書採択 (1997 年)。地球温 暖化対策の推進に 関する法律の公布 (1998 年)。 マラケシュ合意 (2001 年)。 国連の GHG インベントリ・レビューの 指摘。 実施体制の 変遷 環境庁(当時)が国家 GHG インベント リ実施の全体調整を 担当。算定業務を民 間会社に委託。 専門家による特別 会合の開催(1996 年)。GHG インベン トリが IPCC ガイド ラインに沿って算定 されていることを確 認。 温室効果ガス排出量 算定方法検討会の設 置(1999 年)。算定 業務は引き続き民間 会社に委託。 温室効果ガスイン ベントリオフィス (GIO)設置(2001 年)。民間委託会社 は品質管理などを担 う。 GHGインベントリ 品質保証ワーキング グループ設置(2009 年)。 出典)Kato41)をもとに作成
討会」(以下,「検討会」)委員,国立環境研究所の 温室効果ガスインベントリオフィス(GIO),及び 民間委託会社の関係者に対して,2019年12月から 翌年2月にかけて実施し,①国家GHGインベント リの現在の策定体制,関連機関とその役割,相互の 関係,②過去の策定体制と変遷の背景,③GHGイ ンベントリの質の向上のための取り組みなどにつ いて聞き取りを行った。加えて,国家GHGインベ ントリ報告書37),検討会議事録38),UNFCCCの合 意・決定文書などの文献を分析した。 日 本 のGHGイ ン ベ ン ト リ 策 定 の 歴 史 は, UNFCCCが1992年に採択され,先進国に対し条 約発効後6か月以内に最初のNC提出が求められた 時点から始まる(第12条5項)39)。日本は1994年 に最初のNCを提出したが,その中で報告された 1990年時点の国家GHGインベントリが日本にとっ て初めてのものであった40)。以後,表1に示す通 り,国内外の状況の変化に対応して,日本のGHG インベントリの実施体制は変遷を遂げてきた。 1997年に京都議定書が採択されたことを受けて, 翌年に「地球温暖化対策の推進に関する法律」(通 称:温暖化対策推進法,温対法)が公布された42)。 その第7条により,政府は毎年GHG排出・吸収量 を算定し公表することとされた。これに基づき,環 境省が,経済産業省,国土交通省,農林水産省など 関係省庁や,電気事業連合会など関係団体からデー タの提供を受け,それをもとに,かつては民間委託 会社がGHGインベントリの算定を行った。現在で は,図1に示す通り,GIOがGHGインベントリ作 成の実質的な作業を行い,民間委託会社が品質管理 (QC)などの業務を行っている43)。 開発途上国との対比において特徴的な点のひとつ が,日本では「検討会」が設置されたことである。 検討会では,各分野の専門家が集まり,それまでの 研究成果を踏まえ,GHG排出・吸収量の算定値の 精度を上げるための検討が行われてきた。検討会は 1999年に設置されたが,関係者からのヒアリング によれば,すでに1980年代から研究者の間で日本 のGHG排出・吸収量を正しく推計する必要性が認 識され,関連する研究も始まっていた。1985年の フィラッハ会議(オーストリア),1988年のトロン ト会議(カナダ),1988年のIPCC設立,1990年の 図1 日本の国家GHGインベントリ策定体制(GIO・環境省43), p. 1-2)
IPCC第一次評価報告書発表,1992年の地球サミッ ト開催など世界的な動向44)を背景に,こうした研 究に対する政策ニーズが高まり,1990年代以降は 環境研究総合推進費などの研究助成も行われた45)。 京都議定書が採択されると,GHGインベントリの 重要性が広く認識されるようになり,関連研究の蓄 積も進んだ46, 47)。それらの成果が検討会での検討 を経て,GHGインベントリの改善に反映されてき た。現在,日本では,排出量が少ないと考えられる 排出区分などでIPCCガイドラインのデフォルト値 が用いられているケースを除き,基本的に,研究実 績に基づく推計値など,固有の排出係数が採用され ている(GIO・環境省43),p. 1-14)。 IPCCガイドラインは,①新しい算定手法の適用, ②新規排出・吸収区分の追加,③データの改訂が行 われた場合,基準年以降全年にわたり排出量・吸収 量を再計算することを求めている(IPCC16), vol. 1, 5.6; GIO・環境省43),p. 10-1)。日本では,環境省 の依頼に基づき,検討会が排出・吸収量の算定方法 や活動量・排出係数等各種パラメータの選択につい て検討を行い,毎年のGHGインベントリ報告書に は,改善の根拠となった文献がすべて分野ごとに明 示されている。こうして,日本では,図2に示す通 り,過去に ってGHGインベントリの再計算が毎 年繰り返し行われてきた。こうした取り組みの積み 重ねが,GHGインベントリの継続的な改善をもた らすとともに,その策定にあたる関係者の継続的な 能力向上につながってきた48)。こうして策定され た質の高いGHGインベントリは,気候変動対策の 立案や実施評価に寄与してきた。 3. 東南アジア3 ヵ国における 国家GHGインベントリの実施概要 3.1 東南アジア3 ヵ国の国連報告 これまでUNFCCCはNCやBURをそれぞれ4年 及び2年ごとに提出することを求めてきたが,表2 は,必ずしもその通りとはなっていないことを示 す。近年,報告頻度が高まっているように見受けら れるが,今後パリ協定の下で2年ごとに更新してい く必要があり,実施体制の整備が求められる。 筆者らは,インドネシア,ベトナム,タイの3 ヵ 国を比較対象国として選定した。これら3 ヵ国には 日本が長年にわたり気候変動対策関連の技術協力を 行ってきた実績があり,インタビューすべき関係者 図2 日本の国家GHGインベントリの再計算(2005年から2020年までに取りまとめられたGHGインベント リ37)をもとに筆者作成) 表2 東南アジア3 ヵ国の国別報告書(NC)・隔年更新報告書(BUR)の提出年 NC BUR 第 1 次 第 2 次 第 3 次 第 1 次 第 2 次 インドネシア 1999 2011 2018 2016 2018 タイ 2000 2011 2018 2015 2017 ベトナム 2003 2010 2019 2014 2017 出典)UNFCCC ウェブサイト49, 50)をもとに筆者作成(2020 年 11 月時点)
とも十分な関係があったからである。さらに,NC 及びBURの提出の頻度や時期の点で類似している ため,比較対象として適切と判断されたからであ る。表2に示す通り,2020年11月時点で,いずれ の国もNCを3度,BURを2度提出している。こう した類似点の一方で,GHGインベントリ策定の実 施体制はそれぞれに異なっている。ここでは,全 般的な責任を負う行政機関,他の関係省庁のほか, 当該国の大学や研究機関に所属しながらGHGイン ベントリの策定に携わる専門家の役割にも注目し た13)。 インタビューは,2018年10月にハノイ,2019 年6月にジャカルタ,同年8月にバンコクで実施 した。各国におけるUNFCCCの窓口機関(ナショ ナルフォーカルポイント)である,インドネシア 環境林業省(KLHK),ベトナム天然資源環境省 (MONRE),タイ天然資源環境省天然資源環境政策 計画局(ONEP)と,各国でGHGインベントリ策 定に関わる研究者や援助機関から,日本のケースと 同様の質問について聞き取りを行った。加えて,各 国が提出したNC及びBUR,及び国内の関連政策・ 規制文書を確認した。 これに加え,2019年10月にドイツのボンにある UNFCCC事務局で透明性枠組み関連業務を担当す る緩和・データ・分析プログラムの複数の職員から 背景情報を入手した。 3.2 インドネシア インドネシアでは,かつては国内の専門家に委託 してGHGインベントリの算定が行われてきたが, 現在はKLHKの職員自らが算定にあたっている。 2014年10月にジョコ・ウィドドが大統領に就 任して間もなく,環境省と林業省の合併により KLHKが誕生し51),翌年1月にはKLHK内に気候 変動総局が設けられた52)。KLHKは,インドネシ アにおけるUNFCCCの窓口機関となり,GHGイ ンベントリを2年ごとに更新し提出する責任を負っ た。2015年4月には,KLHK気候変動総局の下に, GHGインベントリ・モニタリング・報告・検証局 が他の4局と並んで新設された53)。GHGインベン トリが局の業務に格上げされたことで,政府がこの テーマを重視する姿勢が鮮明になった。ここには 12名の職員が配属された。 現地でのヒアリングによれば,国内専門家の数は 極めて限られている。より頻繁となるGHGインベ ントリの更新を,少数の専門家に頼って続けてい くことは困難であり,職員自らがGHGインベント リを算定できるようにすることが重要との認識が KLHK上層部にあった。また,各種研修やオンラ イン・システムの整備など,それまでの国際協力の 成果54, 55)により,職員自らが対応することは可能 との判断もあった。そして,担当職員の人事評価指 標に,GHGインベントリを定期的に更新すること が加えられた。 2017年のKLHK大臣令56)により,関連省庁が 所管するセクターのGHGインベントリを算定し KLHKに提出することと,KLHKがその品質管理と 取りまとめを行うことが規定された。しかし,現時 点では,依然として,関連省庁は活動量データを 提出するにとどまり,GHGインベントリの算定は KLHKが行っている。 インドネシア政府は,初回のBUR57)を2016年に 提出したが,そこで報告されたGHGインベントリ は国内専門家にかなり依存して策定された。しか し,2018年提出の2回目のBUR58)では,GHGイ ンベントリは専らKLHK職員の手で算定され,外 部専門家は助言を行うにとどまっている。 3.3 ベトナム ベ ト ナ ム で のGHGイ ン ベ ン ト リ の 実 施 体 制 は,2015年の首相決定59)によって定められた。 MONREが全般的な責任を負う一方,産業貿易, 交通,農業・村落開発,建設の4省がセクター別の 調整機関と位置付けられ,活動量データやその他の 関連情報の提出を行うこととなった。首相決定に は,こうした体制を設けることで,GHGインベン トリを2年ごとに更新し,UNFCCC締約国として の責任を果たしていくことが規定されている。 現地でのヒアリングによれば,上記の定めと は別に,MONREの下に専門家チームが設けら れ,彼らがGHGインベントリの算定にあたって いる。このチームは,ベトナム気象水文気候変動 研究所(IMHEN),天然資源環境戦略政策研究所 (ISPONRE),ベトナム環境総局(VEA),気候変動 対策技術センター(CliTech)などのMONREと関 係の深い研究機関に所属する専門家から構成され, MONREは各メンバーと個別に業務委託契約を交 わしている。専門家は,各自が担当するセクターに 関して,ベトナム統計局から必要なデータを取得す るが,そうしたデータが統計局にない場合には,関 係の省庁や機関と連絡を取り合ってデータを入手 し,GHGインベントリの算定を行う。専門家チー ムのメンバーの顔触れはほとんど変わることがな く,過去のデータやマニュアルなどの継承者として の役割を実質的に果たしている。彼らの能力は,過 去の国際協力60)を契機に向上した。メンバーの中 には,UNFCCCのレビュー専門家の試験に合格し, 国際的な専門家ロスターに登録されている者もい
る。 ベトナムが提出した初回のBUR61)では,GHGイ ンベントリの策定はドナーの技術協力に負うところ が大きかったが,2回目のBUR62)では,国内人材 が独立してGHGインベントリの策定にあたった。 3.4 タイ タイでは,国家気候変動政策委員会(NCCC)が 2007年に設置され,気候変動政策の立案や実施の 評価を行っている。NCCCは,首相が議長をつと め,関係省庁や機関の代表者が参加し,タイ天然資 源環境省のONEPが事務局を担う。NCCCの下に 設けられた4つの小委員会のひとつが気候変動知見 データベース小委員会で,これが国家GHGインベ ントリに関わる。さらに,この小委員会の下にセク ター別の作業部会が設けられている。 NCCCの2015年の決定により,GHGインベン トリの策定プロセスは次のように定められた63, 64)。 ①関係省庁・機関は,活動量データやその他の関連 資料をONEPに提出する。②ONEPから委託され た専門家がGHGインベントリの算定を行う。③気 候変動知見データベース小委員会の下のセクター 別作業部会が算定結果をレビューする。④その後, 上記小委員会の検証を経て,GHGインベントリは NCCCの正式承認を受ける。 ONEPは上記プロセスの全体調整を行う。イン タビューの実施時点では,GHGインベントリの ONEP担当職員は6名おり,うち1名が全体調整を 担い,他の5名はセクターごとの調整にあたってい る。ONEPは,他の関連省庁・機関に対し,活動 量データの収集に関わるガイダンスを提供するほ か,タイ温室効果ガス管理機構(TGO)内の気候 変動国際研修センター(CITC)を通じて必要な研 修を実施して65),側面支援を行う。専門家は,タ マサート大学,カセサート大学,キングモンクット 工科大学など,タイ国内の大学教員である。ONEP は,これらの大学との契約を通じ,総勢20名ほど の専門家を集めている。これらの中にはUNFCCC のレビュー専門家試験に合格している者もいる。 4. 分析枠組みと本研究への応用 Hood(1986)36)は,行政機関が特定の業務を行 う場合に内部の職員が行うか,あるいは外部委託す るかの選択について分析を行い,それに影響を与え る2つの要因を挙げた。すなわち,①対象業務に不 確実な点が多いため事前に見通しをたてにくく,ま た②当該業務を潜在的に遂行可能な業者が少ない場 合には,外部委託より直営を選択することが合理的 な判断であるとしている。対象業務に不確実な点が 多いと,不測の事態を事前に契約書に盛り込むこと が困難となるからである。内部の職員であれば,問 題が生じれば,その都度,柔軟な対応を求めること ができる。さらに,業務実施可能な業者が少なけれ ば,外部委託のコストが高まり,契約締結が難しく なる。東南アジア3 ヵ国におけるGHGインベント リの算定には,担当官庁による直営のケースがある 一方,国内の専門家に外注するケースもあること から,筆者らは,実施体制の比較分析を行う上で Hoodの分析枠組みが有効であると考えた。 この枠組みを各国のGHGインベントリの算定業 務の分析に適用するため,表3に示す通り,上記の 各要因を表す指標とデータを設定した。GHGイン ベントリ算定業務については,IPCCがガイドライ ンを提供するなど,一定の見通しが立てられる状 況にある。しかし,UNFCCC事務局の緩和・デー タ・分析プログラム担当官は,農業・林業・その 他の土地利用(AFOLU)分野の占める割合が高い ほどGHGインベントリの算定業務が難しくなる可 能性を指摘している。IPCCガイドライン16)でも, AFOLU分野に数多くのGHG排出・吸収プロセス があり,これらを特定することが容易でないことが 記されている(vol. 4, 1.4)。 以前のIPCCガイドライン66)は,①農業と②土 地利用・土地利用変化・林業(LULUCF)の各分野 を別々に扱っていたが,最新のガイドライン16)で は,これら2分野がAFOLUに統合された。従って, 本研究でAFOLU分野の占める割合を算出するにあ たっては,旧来のガイドラインに基づいてGHGイ 表3 直営か外部委託かの選択に係る指標及びデータ32) 要因 指標 評価のためのデータ GHGインベントリ算定業 務の見通しの立てにくさ 農業・林業・その他土地利用(AFOLU)分野が国家 GHG インベントリに占める割合 すべてのキーカテゴリーのうち,AFOLU の関連カテゴリーを抽出し,その割合を合算 GHGインベントリ算定が 潜在的に実施可能な業者 数 GHGインベントリの国内専門家数 UNFCCCロスターに GHG インベントリの分 野で登録された専門家の人数 研究開発に従事する国内研究者数 世界銀行の当該データ
ンベントリを算定しているケースがあれば,上記2 分野の合計を用いた。その上で,各国のGHGイン ベントリにおいてAFOLU(または農業とLULUCF の合計)に関係するカテゴリーの占める割合を計算 した。 一方,GHGインベントリの算定業務を行いうる 専門家の数を見るにあたっては,2つの間接的な指 標を設定した。ひとつは,2020年11月時点でUN-FCCCのロスターにおいてGHGインベントリの分 野で登録された各国の専門家の数67)で,他方は各 国で研究開発活動に携わる研究者の数68)を用いた。 5. 結 果 表4は,国家GHGインベントリ策定の担当官庁, 関係省庁,専門家の役割に関する東南アジア3 ヵ国 の対照表である。ナショナルフォーカルポイントが 全般的な責任を負い,他の関係省庁が必要なデー タを提供するという点は共通しているが,どの主体 がGHGインベントリの実際の算定を行うかという 点で相違がある。インドネシアは,かつては算定業 務を国内の研究者に外部委託していたが,現在は KLHKの内部人材が算定にあたっている。ベトナ ムでは,MONREが傘下の研究機関に所属する専 門家と個々に契約を結んでいる。タイでは,ONEP が大学との契約を通じ,外部の専門人材を調達して いる。 表5は,各国のGHGインベントリのキーカテゴ リーにおけるAFOLU(または農業とLULUCFの合 計)が占める割合を示す。表には,年次ごとの変化 に考慮し,可能な範囲で複数年の数値を示してい る。AFOLUの割合はインドネシアで高く,全体の 約3分の2を占める。ベトナムとタイでは,その割 表4 東南アジア3 ヵ国における国家GHGインベントリの担当官庁,関連省庁,専門家の役割32) インドネシア(*) ベトナム タイ 担当 官庁 環境林業省(KLHK)が全般的な責任を担うとともに算定業務も行う。 天然資源環境省(MONRE)が全般的な責任を負う。 天然資源環境政策計画局(ONEP)が全般的な責任を負う。 関係 省庁 活動量データを収集し,KLHK に提供する。 活動量データを収集し,MONRE が契約する専門家に提供する。(**) 活動量データを収集し,ONEP に提供する。 専門家 大学に所属する専門家が技術的な助 言を行う。 MONREとの契約に基づき,研究機 関に所属する専門家が GHG インベ ントリの算定を行う。 ONEPとの契約に基づき,大学所属 の専門家が GHG インベントリの算 定を行う。 (*) 2017 年の KLHK 省令(No. P.73/MENLHK/SETJEN/KUM.1/12/2017)によれば,関係省庁はそれぞれの所掌セクター の GHG インベントリを算定し,それを KLHK が検証しとりまとめることとなっている。しかし,本稿の執筆時点の実状で は,関係省庁は活動量データを提供し,それに基づき KLHK が算定を行っている。 (**) 2015 年の首相決定(No. 2359/QD-TTg)により,関係省庁は活動量データなどを提供することとされた。MONRE は セクター別の専門家と契約を結んでおり,各専門家は,担当セクターの所管省庁と連絡を取りながら,必要なデータの提供 を受ける。 表5 東南アジア3 ヵ国の国家GHGインベントリにおける農業・林業・その他土地利用(AFOLU)分野の占める 割合32) インドネシア ベトナム タイ AFOLU〈または農業と土地利用・土地利用変化・ 林業(LULUCF)の合計〉が GHG インベントリに 占める割合(%) 65.9 (2014) 37.6 (2013) 36.7 (2013) 63.0 (2016) 35.7 (2014) ̶ (注)上段が占める割合(%),下段が国家 GHG インベントリの対象年(年) 表6 東南アジア3 ヵ国における研究基盤32) インドネシア ベトナム タイ GHGインベントリの分野で国連ロスターに登録さ れた専門家の数(2020 年 11 月時点)67) 9 13 27 研究開発に従事する研究者数(百万人当たりの数/ 最新データと対象年)68) 216(2018) 708(2017) 1,350(2017)
合はいずれも3分の1程度である。この相違から, ベトナムとタイにおけるGHGインベントリの算定 業務が,インドネシアに比べれば見通しを立てやす いと考えられよう。 表6は,各国におけるGHGインベントリ算定業 務の潜在的な提供者を示す。UNFCCCの専門家ロ スターへの登録者数では,タイはインドネシアの3 倍にのぼる。研究開発に従事する研究者数を見て も,両国間の開きは大きい。ベトナムは,これら2 つの指標でタイとインドネシアの中間に位置する。 先述の通り,日本では,GHGインベントリの算 定手法を改善すれば,排出削減努力をより的確に反 映できるようになるとの認識が広く共有された48)。 そうした認識の下,京都議定書で排出削減の数値義 務を負ったことが,GHGインベントリの質の向上 への動機付けとなった。そして,継続的な質の向上 は,国内の研究基盤に負うところが大きい。日本の 事例は,国内の研究基盤の拡充が,GHGインベン トリの継続的な質の向上に欠かせないことを示して いる。 一方,東南アジア3 ヵ国のGHGインベントリに おける研究者の役割には差異が見られる。東南アジ ア3 ヵ国におけるGHGインベントリの実施体制が 互いに異なることや,どの主体がGHGインベント リの実際の算定を行うかという点で相違がある。図 3は,Hoodの分析枠組みに基づき,業務の見通し の立てやすさを縦軸に,潜在的な業務提供者の数を 横軸に据え,外部委託と直営のどちらに合理的な選 択が位置付けられるかを示したものである。図中の IVで示された領域は,業務の見通しが立てにくく, 潜在的な業務提供者数が少ないため,外部委託に不 向きな状況にあることを示している。IIで示された 領域は,その対極に位置し,外部委託を選択しやす い。 図3からは,GHGインベントリの算定業務に関 する3 ヵ国の相対的な位置付けを読み取ることがで きる。タイは,潜在的に業務提供が可能な専門人 材に比較的多く恵まれ,GHGインベントリの算定 業務については,その見通しが比較的立てやすい。 従って,相対的に見ればIIの領域に位置し,外部委 託を行いやすいと言える。一方,インドネシアは, 専門的な外部人材が比較的少なく,かつ業務の見通 しが比較的立てにくい。相対的にはIVの領域にあ り,外部委託が難しいケースと言える。実際,イン タビューによれば,KLHKの意思決定者は,限られ た数の外部専門人材に依存し続けることは持続可能 ではないため,同省内部スタッフの算定能力強化に 注力すべきとの考えを有していた。ベトナムは,タ イとインドネシアの中間に位置する。MONREは, GHGインベントリ算定業務を外部専門人材に委託 しているが,これら専門家はいずれもMONRE傘 下の研究機関に属しており,一定の範囲内で柔軟な 対応を求めることが可能と見られる。従って,ベト ナムは直営と外部委託のハイブリッド型といえる。 こうした相違はあるが,いずれの国においても専 門家の役割は重要である。例えば,行政機関の担当 職員が定期的に異動になる一方で,専門家は,長年 にわたる関与を通じて過去の経験や知見の継承者と なっている。専門家の間で過去のインベントリ策定 に用いられたデータやマニュアルなどが継承される など,実質的なアーカイブ機能を果たしている。た だし,現在のところ,3 ヵ国のいずれにおいても, 図3 国家GHGインベントリ算定業務に関する直営か業務委託かの選択の要因と,東南アジア3 ヵ国の相対的な位 置関係23)
最新の研究成果をGHGインベントリに反映するた めの体系的な仕組みは整備されていない。また,パ リ協定の下で,NDCの排出削減目標とGHGイン ベントリとの関係性が高まれば,日本の事例が示す ように,そのことはGHGインベントリの質の向上 への動機となるが,その実現のためには国内の研究 基盤を拡充し,その成果を行政に取り込む体制を構 築していく必要がある。 パリ協定で強化された透明性枠組みの下で,今 後,開発途上国を含むすべての締約国が2年ごとに GHGインベントリを更新し続けていけば,いずれ は,業務の見通しが良くなり,専門人材も育ってく るであろう。図3のIVの領域に位置していた国も, 時間の経過ととともにIIの領域に移行し,これに 伴って,GHGインベントリの算定業務を外部委託 するケースが増す可能性が示唆される。インドネシ アは現在,GHGインベントリの算定業務をKLHK が直営で行っているが,将来はこれを外部機関に委 託し,KLHKは統括業務に専念することになる可能 性が指摘できる。 6. 考 察 以上から,パリ協定の下での透明性に関する開 発途上国との国際技術協力への含意が得られる。 GHGインベントリに関しては,各国の算定に伴う 不確実性が減少し,関連する研究者の層が厚くな る方向で協力を進めるべきである。すなわち図3の IIの領域に技術協力対象国が移行することを念頭に おいた支援が求められる。そのためには,当該国に おける研究者などの関与を得て,国内の専門人材の 育成やネットワーク化を図ることが,持続性の観点 から望ましい。そうすることによって,対象国は図 3の右側に移動することが期待される。また,研究 が進展すれば,AFOLUなどの不確実性の大きな分 野の算定見通しも立てやすくなり,図3の下側に移 動することが期待される。そのアプローチのひとつ として,GHGインベントリにおける重要なカテゴ リーを相手国政府と協議し,その分野における活動 量データの整備や固有の排出係数の開発などを進め るための技術協力が考えられる。こうした協力を現 地の専門家と協働で取り組むことは,当該国の研究 基盤の拡充に寄与する。 また,排出削減策の立案や実施評価にGHGイン ベントリが有効に活用されるようになれば,GHG インベントリの質の向上への動機も強まるであろ う。しかし,ベトナムのケースでは,GHGインベ ントリの策定とNDCの立案に関する国内の実施体 制について,相互のリンケージが弱い27)。NDCと GHGインベントリをそれぞれ別のドナーが支援す る事例が多いことを踏まえると,両者の間に異なる プロジェクトの壁が生じる可能性もあることから, この点を踏まえたドナー連携は一層重要となる。 国家GHGインベントリに関する日本の経験は, これまでも開発途上国との協力にも活かされてき た。環境省の支援により,GIOは,「アジアにおけ るGHGインベントリ整備に関するワークショッ プ」(WGIA)を2003年より開催し,域内各国との 間で知見や経験の共有を続けている69)。また,(独) 国際協力機構(JICA)は,過去にはベトナム,イ ンドネシアと,現在はモンゴル,パプアニューギニ アとの間でGHGインベントリ策定の能力強化のた めの協力を進めている。例えば,モンゴルでは,実 施体制の強化のほか,エネルギー分野での活動量 データの整備や,土地利用分野での固有の係数開発 などの協力を行っている70)。相手国の状況やニー ズに応じた,きめ細かな日本の協力は相手国からも 高く評価されている71, 72)。 しかし,強化された実施体制が持続可能なもの か,活動量データの整備や係数開発が単発に終わら ず,継続的な質の向上を可能とする手立てが図られ たかなどの点に今後とも留意が必要である。国内の 専門家人材の育成とそのネットワーク化や,GHG インベントリと排出削減策とのリンケージの重要性 を先に述べたが,こうした観点に立てば,協力案件 をより良質なものとする余地があろう。日本の経験 は,GHGインベントリに関する能力強化が長年に わたるプロセスであることを示す。開発途上国との 協力事業には3年あるいは5年といった時限性があ るが,その中にあっても長期的な視点に立った案件 の形成・実施・評価が求められる。 7. む す び パリ協定における透明性枠組みの重要性を踏ま え,本研究は,国家GHGインベントリについて, 京都議定書の報告義務の下での日本の経験から教訓 を抽出し,その教訓の開発途上国の能力強化への活 用可能性を検討した。先進国と同様,開発途上国が GHGインベントリを定期的に更新し,その質を継 続的に改善していくことは,当該国の気候変動対策 の推進に寄与するだけでなく,パリ協定の実効性を 高める上で不可欠である。しかし,国家GHGイン ベントリの質の向上には,実施機関の能力強化とと もに関連研究の蓄積が必要である。各国の研究者の 役割が重要となることから,研究者と彼らのネット ワークを各国の行政が支援し取り込んでいくような 仕組みづくりが有効であると考えられる。今後,開
発途上国がGHGインベントリ実施体制を継続的に 維持,運営していくための協力のあり方を引き続き 検討するとともに,これまでの日本の援助経験を踏 まえ,開発途上国各国の多様な状況やニーズに応じ たきめ細かな協力をさらに進めることが重要であ る。 こ う し た 観 点 か ら, 今 後 の 研 究 課 題 と し て, GHGインベントリを定期的に更新し,継続的な質 の向上を実現した開発途上国について,成功要因を 特定し,その汎用性を考察することが期待される。 また,本稿では研究基盤の拡充の重要性を指摘した が,その実現には長期的な取り組みが求められる。 より短い時間軸の中で実施される能力強化支援をい かに効果的で効率的なものとし得るのか,またそれ をいかに評価すべきかについても,今後の研究課題 である。 謝 辞 本稿の作成にあたり,お忙しい中インタビューに ご協力をいただきました皆様方にあらためて御礼 申し上げます。本稿は三井物産環境基金及び科研 費(18H03449)の助成による筆者らの研究成果に 基づく。本稿で示した見解は筆者ら個人のものであ る。 文 献
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Comparative Study on the Institutional Designs for
National Greenhouse Gas Inventory
̶The Cases of Japan, Indonesia, Vietnam, and Thailand̶
Masato Kawanishi
1, Ryo Fujikura
2, Makoto Kato
3and Junko Morizane
1(1 Japan International Cooperation Agency,
5‒25 Niban-cho, Chiyoda-ku, Tokyo 102‒8012, Japan
2 Hosei University,
2‒17‒1 Fujimi, Chiyoda-ku, Tokyo 102‒8160, Japan
3 Overseas Environmental Cooperation Center,
4‒19‒9 Taito, Taito-ku, Tokyo 110‒0016, Japan)
Abstract
Transparency-related cooperation with developing countries is essential for promoting the effectiveness implementation of the Paris Agreement. However, little study has been done to extract lessons learned from the experiences of developed countries under the stringent reporting requirements of the Kyoto Protocol and examine their applicability in developing countries. This paper made a comparative analysis about the institutional designs for nation-al greenhouse gas (GHG) inventories in Japan as well as Indonesia, Vietnam, and Thailand. The case of Japan finds that the quantitative commitment for emission reductions has served as a strong driver for the continuous quality improvement of GHG inventories, and this im-provement has been made possible with endogenous research contributions. The cases of the three countries in Southeast Asia, on the other hand, identify variations in the way of engag-ing national experts, which partly originates from the differences in the endogenous research base. This study also indicates that none of these three countries has established any system-atic channel to incorporate the latest research findings into GHG inventory preparation. This paper extended discussions about the implications of these findings for cooperation with developing countries for transparency-related capacity development.
Key Words: National greenhouse gas inventory, climate change, transparency, Paris