Title
岸秋正文庫「薩遊紀行」
Author(s)
小野, まさ子; 漢那, 敬子; 田口, 恵; 冨田, 千夏
Citation
史料編集室紀要(31): 215-258
Issue Date
2006-03-30
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/8349
Rights
沖縄県教育委員会
〔
史
料
紹
介
〕
岸
秋
正
文
庫
「
薩
遊
紀
行
」
小
野
ま
さ
子
・
漢
那
敬
子
田
口
恵
・
冨
田
千
夏
史 料 編 集 室 紀 要 第 31号 (2006)本
史
料
は
、
沖
縄
県
公
文
書
館
蔵
岸
秋
正
文
庫
に
あ
る
を 翻 刻 し た も の で あ る 。標
題
薩
遊
紀
行
全
大
き
さ
縦
一
九
セ
ン
チ
メ
ー
ト
ル
枚
数
九
四
枚
資 料 コ ー ド 目 ○ ○ ○ 嵩 ω 認 ¢d「
薩
遊
紀
行
」
紀
行
文
は
、
文
字
通
り
旅
行
中
の
体
験
や
見
聞
、
印
象
な
ど
を
書
き
記
し
た
も
の
で
、
地
誌
・
記
録
や
事
実
の
報
告
の
類
か
ら
、
印
象
雑
記
ふ
う
の
も
の
、
和
歌
や
俳
句
を
織
り
交
ぜ
た
文
芸
作
品
の
よ
う
な
も
の
ま
で
多
種 多 様 で 、 文 学 の 一 ジ ャ ン ル を な し て は い る が 、 明 確 な 定 義 は実
の
と
こ
ろ
む
つ
か
し
い
よ
う
で
あ
る
。
近
世
の
紀
行
文
は
時
代
の
安
定
と
成
熟
を
背
景
に
、
さ
ま
ざ
ま
な
種
類
の
紀
行
文
を
生
ん
だ
。
貝
原
益
軒
の
著
作
な
ど
の
ま
じ
め
な
も
の
か
ら
橘
南
難
の
や
や
奇
諦
集
め
い
た
も
の
、
「
東
海
道
中
膝
栗
毛
」
の
よ
う
に
滑
稽
本
と
し
て
売
れ
た
も
の
、
さ
ら
に
は 「 奥 の 細 道 」 ま で 、 多 く の 書 が 印 刷 出 版 さ れ 、 さ ら に 京 都 や江
戸
は
名
所
案
内
図
な
ど
の
い
わ
ば
旅
行
パ
ン
フ
レ
ッ
ト
の
類
も
出
る
な
ど 情 報 も 流 通 し て い た 。 今 思 う ほ ど 、 近 世 後 期 の 人 々 に と っ て 旅 は め ず ら し い も の で は な か っ た よ う で あ る 。 な お 、 薩 摩 に 題材
を
と
っ
た
紀
行
文
に
は
、
一
七
八
二
年
か
ら
八
三
年
に
か
け
て
旅
し
た
京
都
の
医
者
・
橘
南
難
の
『
西
遊
記
』
(
『
東
西
遊
記
』
東
洋
文
庫
、
二
〇
〇
三
年
、
平
凡
社
)
、
一
七
八
三
年
の
岡
山
・
古
河
古
松
軒
『
西
遊
雑
記
』
、
一
八
二
八
年
か
ら
三
五
年
の
問
に
六
回
も
薩
摩
を
訪
れ
た
大
坂
の
商
人
・
高
木
善
助
の
『
薩
陽
往
返
記
事
』
な
ど
が
あ
る
(
両
書
は
『
日
本
庶 民 生 活 史 料 集 成 』 第 二 巻 、 一 九 六 九 年 、 三 一 書 房 、 収 録 ) 。本
史
料
も
「
紀
行
」
と
題
名
に
記
さ
れ
て
い
る
と
お
り
で
、
旅
日
記
の
体 裁 を と り 、 内 容 的 に は 、 旅 の 途 中 の 体 験 、 友 人 や 宿 の 主 人 か ら 聞 い た エ ピ ソ ー ド 、 当 時 人 口 に 膳 妥 し て い た の で あ ろ う 有 名 人 の 狂 歌 、 名 所 旧 跡 の 話 な ど を 盛 り 込 ん だ 、 ど ち ら か と い う と気
ま
ま
な
随
筆
ふ
う
で
あ
る
。
そ
の
土
地
と
は
関
係
な
い
が
友
人
に
聞
い
た
話
と
し
て
細
川
藩
主
や
島
津
藩
主
の
エ
ピ
ソ
!
ド
、
奄
美
や
琉
球
の
風
俗
な
ど
が
つ
づ
ら
れ
る
。
著
者
は
肥
後
の
藩
士
と
し
か
わ
か
ら
な
い
。
旅
の
目
的
も
本
文
か
ら
は
読
み
取
れ
な
い
。
著
者
の
興
味
は
多
方
面
に
及
ん
で
い
て
、
藩
主
や
薩
摩
の
武
士
の
う
わ
さ
話
な
ど
も
遠
慮
な
く
描
か
れ
て
215史 料 編 集 室 紀 要 第31 号 (2006)
い
る
一
方
で
、
そ
の
土
地
の
風
俗
や
生
業
の
よ
う
す
を
記
し
て
い
る
。
ま
た 藩 校 を 訪 ね た り 、 画 家 に 会 っ た り 、 中 国 の 書 画 骨 董 だ け で なく
世
界
地
図
を
観
た
り
す
る
な
ど
、
教
養
の
一
端
を
の
ぞ
か
せ
も
す
る
。
有
名
な
寺
院
や
名
所
な
ど
へ
の
日
帰
り
小
旅
行
も
多
く
、
友
人
宅
へ
の
訪
問
や
仲
間
と
の
夜
を
徹
し
て
の
飲
酒
談
話
も
さ
か
ん
に
お
こ
な
っ
て
い
る
。
そ
の
友
人
た
ち
の
な
か
に
森
元
宗
節
、
田
代
清
太
ら
の
名
が
出
る
。
薩
摩
藩
の
藩
政
改
革
に
発
し
た
政
治
抗
争
で
あ
る
一
八
〇
八
年
の
「
近
思
崩
れ
」
に
関
与
し
た
人
物
に
も
彼
ら
と
同
名
の
人
物
が
い
る
が
、
同
一
な
の
だ
ろ
う
か
。
だ
と
す
る
と
、
著
者
の
旅
の
目
的
や
思
想
の
あ
り
か
は
そ
の
あ た り と も 絡 む の だ ろ う か 、 と つ い 想 像 し て み た く な る 。 さ て 、 日 程 に つ い て 記 し て お こ う 。 旅 の 期 間 は 、 享 和 元 年(
一
八
〇
一
)
四
月
十
二
日
か
ら
五
月
三
十
日
ま
で
で
、
約
一
ヶ
月
半
に
及 ぶ 。四
月
十
二
日
熊
本
城
発
。
友
人
た
ち
の
見
送
り
が
あ
る
。
四 月 十 三 日 八 代 着 。四
月
十
三
日
八
代
の
正
教
寺
で
俳
譜
師
玉
屑
と
談
話
。
四 月 二 十 一 日 日 奈 久 着 。 そ の 間 、 友 人 と 飲 酒 ・ 談 話 し た り 、 神 社 を 参 拝 し た り 、 海 浜 を 散 歩 。四
月
二
十
二
日
袋
村
着
。
四
月
二
十
三
日
四
月
二
十
四
日
四
月
二
十
五
日
な ど を 聞 く 。 友 人 た ち と 飲 酒 ・ 談 話 を し て 過 ご す 。肥
後
と
薩
摩
の
境
で
あ
る
神
川
を
通
る
。
阿
久
根
着
。
川 内 着 。 新 田 八 幡 宮 に 参 拝 。麗
府
着
。
友
人
た
ち
か
ら
琉
球
詰
め
の
薩
摩
役
人
の
話
二
十
六
日
か
ら
二
十
九
日
ま
で
雨
が
続
き
、
ほ
と
ん
ど
さ
ま
ざ
ま
な
琉
球
情
報
も
得 る 。 森 元 宗 節 ら と 会 う 。 五 月 一 日 南 泉 院 を み る 。 五 月 二 日 大 乗 院 を み 、 稲 荷 ・ 諏 訪 両 明 神 を 参 拝 。五
月
九
日
琉
球
人
宮
城
親
雲
上
が
訪
問
し
談
話
。
五
月
十
日
学
校
を
見
学
。
山
本
教
授
に
会
う
。
五
月
十
二
目
造
士
館
や
演
武
館
な
ど
を
見
学
。
五
月
十
三
日
友
人
が
先
に
肥
後
に
帰
る
の
で
土
産
を
託
す
。
琉
球
人
四
人 が 訪 問 、 談 話 。五
月
二
十
日
地
球
蛮
図
な
ど
世
界
地
図
を
観
る
。
五
月
二
十
二
日
昌
円
寺
に
参
詣
。
五
月
二
十
三
日
一
乗
院
に
行
く
。
五
月
二
十
五
日
吹
上
浜
で
遊
ぶ
。
五
月
二
十
九
日
八
幡
宮
(
鹿
児
島
神
宮
)
お
よ
び
霧
島
神
宮
に
行
く
。
中
山
王
子
や
徐
藻
光
の
額
を
み
る
。
五
月
三
十
日
魔
府
発
。
末
尾
に
は
旅
費
や
行
程
が
記
さ
れ
て
い
て
、
旅
程
の
総
計
は
五
十
一
里
三 十 三 町 九 問 余 り 、 と あ る 。 約 二 〇 八 キ ロ メ ー ト ル に 及 ぶ 旅 で あ る 。 本 史 料 は 、 毎 日 、 一 日 も 欠 か す こ と な く 綴 ら れ て お り 、 そ のス
タ
イ
ル
が
当
時
の
紀
行
文
の
流
行
な
の
か
、
旅
日
記
ふ
う
の
部
分
(
事
実
の
記
載
)
は
漢
文
で
、
友
人
か
ら
聞
い
た
話
や
自
分
の
印
象
雑
記
な
ど
は 和 文 で 記 す な ど 、 意 識 的 に か き 分 け て い る 。 行 程 を た ど る こ と で 、 近 世 後 期 の 武 士 の 旅 の あ り よ う が み え る だ け で な く 、 沖 216史 料 編 集 室 紀 要 第31号 (2006)
縄
に
関
し
て
い
う
と
、
琉
球
に
赴
任
し
た
薩
摩
役
人
の
よ
う
す
が
う
か
が
え
、
そ
れ
に
対
す
る
他
藩
の
武
士
の
好
奇
心
、
琉
球
人
と
の
談
話
を
楽
し
ん
で
い
る
よ
う
す
が
わ
か
る
興
味
深
い
資
料
で
あ
る
。
琉
球
人
岡
村
親
雲
上
・
宮
城
親
雲
上
な
ど
の
も
た
ら
す
情
報
は
、
福
州
で
海
賊
船
五
、
六
百
艘
に
襲
わ
れ
た
話
な
ど
明
ら
か
に
大
げ
さ
す
ぎ
る
が
、
実
際
、
琉
球
船
が
海
賊
に
襲
わ
れ
る
事
件
は
し
ば
し
ば
起
こ
っ
て
い
る
。
特
に
本
史
料
(
一
八
〇
一
年
)
の
直
前
と
で
も
い
え
る
一
七
九
六
年
(
嘉
慶
元
)
に
は
、
帰
国
途
中
の
進
貢
二
号
船
が
海
賊
三
隻
に
襲
わ
れ
、
鉄
砲
で
応
戦
し
て
ど
う
に
か
帰
国
し
て
い
る
。
そ
の
と
き
一
隻
に
乗
っ
て
い
た
海
賊
は
五
、
六
十
人
い
た
と
い
う
(
『
球
陽
』
尚
温
王
四
年
の
条
、
一
四
六
五
)
。
真
栄
平
房
昭
氏
の
「
清
代
の
海
賊
問
題
と
中
琉
関
係
」
(
『
第
七
回
琉
球
・
中
国
交
渉
史
シ
ン
ポ
ジ
ウ
ム
論
文
集
』
二
〇
〇
四
年
)
に
よ
る
と 、 清 代 だ け で も 十 五 件 の 海 賊 被 害 が あ る と い う 。著
者
は
琉
球
人
か
ら
直
接
情
報
を
得
る
だ
け
で
な
く
、
那
覇
詰
め
の
薩
摩
役
人
か
ら
聞
き
出
し
た
琉
球
の
葬
法
・
洗
骨
の
慣
習
や
中
山
王
の
参
拝
の よ う す に つ い て も 記 し て い る 。 た と え ば 官 生 に つ い て 、 従 来久
米
村
か
ら
の
派
遣
だ
っ
た
の
を
一
七
九
七
年
に
首
里
か
ら
も
派
遣
す
る
こ と が 決 ま っ た こ と な ど 、 か な り 正 確 な 情 報 で あ り 、 か つ 著 者の
興
味
が
幅
広
く
多
岐
に
わ
た
っ
て
い
る
こ
と
を
う
か
が
わ
せ
る
。
琉
球
の 話 だ け で な く 、 異 国 情 報 を 得 よ う と の 思 い か ら か 、 中 国 の 話 、 台 湾 の 話 な ど も 書 き 留 め ら れ て い る し 、 驚 い た こ と に 、 嘉 慶 帝の
勅
書
の
写
し
が
、
宮
城
親
雲
上
に
よ
っ
て
披
露
さ
れ
て
い
る
。
尚
温
の
冊
封
使
(
趙
文
楷
・
李
鼎
元
)
が
嘉
慶
帝
の
勅
書
を
携
え
て
琉
球
に
き
た
の
は
一
八
〇
〇
年
(
嘉
慶
五
・
寛
政
十
二
)
五
月
で
、
十
一
月
ま
で
滞
在
し
た
。
王
府
は
そ
の
次
第
を
た
だ
ち
に
薩
摩
へ
報
告
し
(
十
月
に
使
者
を
派
遣
)
、
翌
年
の
年
頭
慶
賀
の
際
に
も
冊
封
の
報
告
お
よ
び
中
国
へ
の
謝
恩
使
派
遣
の
要
請
を
行
っ
て
い
る
。
宮
城
親
雲
上
の
持
参
し
た
皇
帝
の
勅
書
の
写
し
と
は
、
そ
の
時
に
薩
摩
へ
の
報
告
の
た
め
持
ち
来
た
っ
た
も
の
を さ ら に 写 し た も の で あ ろ う か 。 い ず れ に せ よ 、 写 し と は い え 、中
国
皇
帝
の
勅
書
が
一
般
の
武
士
の
目
に
た
や
す
く
触
れ
て
い
た
こ
と
は
何
と
も
興
味
を
そ
そ
ら
れ
る
話
で
あ
る
。
本 史 料 か ら は 、 著 者 の 旅 の 目 的 の 一 つ は 、 中 国 の 書 画 ・ 古 物 を み 、 唐 物 を 購 入 す る こ と に あ っ た の で は な い か と も う か が える
。
書
画
骨
董
を
み
る
た
め
に
何
度
か
店
に
も
出
か
け
、
友
人
宅
で
展
観
し て い る の で あ る 。 末 尾 に 記 さ れ た 買 い 物 の リ ス ト に は 朱 墨 、 粉 朱 、 唐 紙 な ど が 出 て く る 。 唐 物 は 一 部 を 除 き 、 他 国 で の 商 売は
禁
止
で
一
般
に
は
入
手
で
き
な
か
っ
た
。
そ
の
他
、
中
国
の
書
家
や
画
家
の
名
前
、
漢
詩
の
引
用
、
中
国
の
名
所
旧
跡
の
噂
な
ど
、
薩
摩
や
琉
球
を
通
し
た
中
国
の
文
人
へ
の
あ
こ
が
れ
も
か
い
ま
見
え
、
こ
れ
も
ま
た
興
味
深
い
。
な
お
宮
城
親
雲
上
に
つ
い
て
は
、
本
文
中
に
「
雅
名
ハ
栄
祐
祉
、
名
乗
ハ
元
英
」
と
記
さ
れ
る
が
、
『
那
覇
市
史
』
家
譜
資
料
や
『
氏
集
』
な
ど
に
該
当
す
る
名
は
見
当
た
ら
な
い
。
た
だ
「
野
姓
家
譜
」
「
金
姓
家
譜 」 に は 、 そ れ ぞ れ 八 世 常 有 、 八 世 盛 賀 の 項 に 、 舅 と し て 「 栄氏
宮
城
筑
登
之
親
雲
上
元
英
」
の
名
が
出
て
く
る
こ
と
を
付
記
し
て
お
く
。
な
お
本
史
料
に
引
用
さ
れ
て
い
る
漢
詩
な
ど
は
で
き
る
だ
け
調
べ
た
が
判
読 で き な い 箇 所 も あ っ た 。 皆 様 の ご 教 示 を 乞 う も の で あ る 。 最 後 に 、 本 史 料 の 掲 載 に 当 た り 、 便 宜 を 図 っ て く だ さ っ た 沖縄
県
公
文
書
館
に
感
謝
の
念
を
表
し
た
い
。
(
解
題
・
漢
那
敬
子
)
217史 料 編 集 室 紀 要 第31 号 (2006)
〔
凡
例
〕
文 書 の 翻 刻 に 際 し て は 、 以 下 の 点 に 留 意 し た 。1
基
本
的
に
漢
字
は
新
漢
字
を
使
用
し
、
特
殊
な
場
合
の
み
、
そ
の
ま
ま 使 用 し た 。 ま た 、 助 字 に あ た る 部 分 は 、 他 の 字 よ り も 大 き さ を 小 さ く し て あ る 。 特 殊 な 文 字 と し て 、 以 下 の 例 を あ げ て お く 。よ
り
↓
β
コ
ト
↓
「
2
本
史
料
は
漢
字
使
い
が
独
特
で
あ
る
た
め
、
誤
記
と
思
わ
れ
る
漢
字
も
い
ち
い
ち
訂
正
や
(
マ
マ
)
と
せ
ず
、
原
文
通
り
に
翻
刻
し
た
。
朱
字
訂
正
や
添
え
書
き
な
ど
も
で
き
る
だ
け
原
文
通
り
と
し
た
が
、
原
文
に
挿
入
記
号
が
付
さ
れ
た
箇
所
な
ど
は
そ
の
意
図
通
り
本
文
に
組
み
込
ん だ と こ ろ も あ る 。 3 翻 刻 の 様 式 は 、 行 数 ・ 字 数 と も に 、 本 紀 要 の 字 数 に あ わ せ て 加 工 し て あ る が 、 原 文 の 消 し の 部 分 は働
あ
蜜
く
の よ う に 棒 線 で 示 し た 。4
翻
刻
者
の
責
任
で
読
点
を
つ
け
た
。
注 に つ い て 。 読 者 の 便 の た め 、 固 有 名 詞 ・ 事 項 等 に つ い て は適
宜
簡
単
な
注
を
施
し
た
。
主
な
参
考
文
献
は
以
下
の
通
り
で
あ
る
。
『
三
国
名
勝
図
会
』
(
復
刻
版
)
全
四
巻
一
九
八
二
年
、
青
潮
社
『
国
史
大
辞
典
』
全
一
五
巻
一
九
七
九
∼
一
九
九
七
年
、
吉
川
弘
文
館
『
沖
縄
大
百
科
事
典
』
一
九
八
三
年
、
沖
縄
タ
イ
ム
ス
社
『
日
本
庶
民
生
活
史
料
集
成
』
第
二
巻
一
九
六
九
年
、
三
一
書
房
『
角
川
日
本
地
名
大
辞
典
46
鹿
児
島
県
』
一
九
八
三
年
、
角
川
書
店
『
角
川
日
本
姓
氏
歴
史
人
物
大
辞
典
46
鹿
児
島
県
姓
氏
家
系
大
辞
典
』
一 九 九 四 年 、 角 川 書 店『
鹿
児
島
県
の
歴
史
散
歩
』
一
九
九
二
年
、
山
川
出
版
社
『
熊
本
県
の
歴
史
散
歩
』
一
九
九
三
年
、
山
川
出
版
社
『 神 道 大 系 』 神 社 編 四 十 五 肥 前 ・ 肥 後 ・ 日 向 ・ 薩 摩 ・ 大 隅 国一
九
八
七
年
、
財
団
法
人
神
道
大
系
編
纂
会
『
角
川
日
本
地
名
大
辞
典
47
沖
縄
県
』
一
九
九
一
年
、
角
川
書
店
『
角
川
日
本
姓
氏
歴
史
人
物
大
辞
典
47
沖
縄
県
姓
氏
家
系
大
辞
典
』
一
九
九
二
年
、
角
川
書
店
『
琉
球
国
由
来
記
』
伊
波
普
猷
・
東
恩
納
寛
惇
・
横
山
重
編
纂
『
琉
球
史
料
叢
書
』
第
一
・
二
巻
一
九
六
二
年
、
井
上
書
房
(
復
刻
版
)
『
中
山
世
譜
』
伊
波
普
猷
・
東
恩
納
寛
惇
・
横
山
重
編
纂
『
琉
球
史
料
叢
書
』
第
四
巻
一
九
六
二
年
、
井
上
書
房
(
復
刻
版
)
『
那
覇
市
史
資
料
篇
第
2
巻
中
の
7
那
覇
の
民
俗
』
一
九
七
九
年
、
那
覇
市
企
画
部
市
史
編
集
室
『
新
熊
本
市
史
』
通
史
編
第
三
巻
近
世
−
二
〇
〇
一
年
、
新
熊
本
市
史
編
纂
委
員
会
『
新
熊
本
市
史
』
通
史
編
第
四
巻
近
世
H
二
〇
〇
三
年
、
右
同
『
新
熊
本
市
史
』
別
稿
第
三
巻
年
表
二
〇
〇
三
、
右
同
218史 料 編 集 室 紀 要 第 31号 (2006)
〔
参
照
地
図
〕
括
鼓
瞥
ゼ蛎
ぜ 甑調
璽イ
\
\ノ瓶
徹黛
艶飢 メ
1瀞
《 水俣
上 甑 島
鴨ノ
ノ ー一よ
「\
\ .ノ熊 本 県 、
@ 熊 本 城昌傑 輸\ デ
聯
曝.
篠 準費 ∴
\
騨
く ゜ 加 想 閏〉。
坊 津
駄∼
へ設ノ
1粥 聞 岱プ
至
ヘ
ニ
ε .へ
) へ
\. 一 、 ノ宮 崎県
)
鞭
蒼
馴
騨
ノ
_ /〆
∼∫ 一ア
醤
_ ブ
雪
ざ
一 219 一史 料 編 集 室 紀 要 第31号 (2006)
〔
原
文
翻
刻
〕
薩
遊
紀
行
全
自
然
聖
人
不
能
無
至
畢
至
則
無
人
薩
遊
紀
行
各 容 人 之 口 口 我 口 之 ○ 享 和 改 元 夏 四 月 十 二 日 午 後 、 発 熊 城 、 天 気 晴 朗 、 相 送 者 八 人 、 日 黒 田 、 曰 佐 竹 、 日 中 条 、 曰 佐 藤 、 日 犬 塚 、 日 甲 斐 、 日 市 下 、 日 園 田 也 、 過 尾 形 文 仲 旅 館 告 別 、 文 仲 亦 送 至 、皆
至
薩
摩
口
決
去
、
先
是
大
木
英
之
助
、
宗
源
左
衛
門
、
有
同
行
川
尻
之
約
即
来
勢
南
鉄
仙
道
人
亦
与
焉
、
申
後
至
川
尻
、
訪
境
野
嘉
十
郎
飲
酒
談
論
、
津
田
大
助
者
来
至
、
大
助
者
丹
後
宮
津
人
、
吾
藩
井
上 源 吾 及 手 辺 太 左 衛 門 、 夏 梅 三 郎 兵 衛 、 皆 相 識 可 奇 遇 也 、 晩 、 宗 ・ 大 木 二 氏 辞 去 、 余 及鉄
仙
止
宿
、
始
見
令
郎
城
之
介
〇 十 三 日 晴 、 林 次 郎 大 夫 来 、 太 夫 者 旧 藩 人 、 今 為 浪 士 云霊
感
公
江
戸
ニ
テ
薩
州
へ
御
招
餐
ノ
時
、
カ
ラ
ノ
御
膳
ヲ
ス
へ
候
節
、
次
郎
太
夫
様
モ
御
供
な
り
し
享 和 改 元 一 八 〇 一 年 。 寛 政 か ら 享 和 に 改 元 し た 。 尚 温 七 年 、 嘉 慶 六 年 。 琉 球 国 王 は 尚 温 、 将 軍 は 徳 川 家 斉 、 薩 摩 藩 主 は 島 津 斉 宣 、 肥 後 藩 主 は 細 川 斉 菰 。 決 去 別 れ る こ と 。 大 木 英 之 助 「 肥 後 細 川 家 侍 帳 」 に 明 和 三 年 ( 一 七 六 六 ) 鉄 炮 頭 、 文 化 六 年 ( 一 八 〇 六 ) 致 仕 、 と あ る 大 木 英 之 助 の こ と か 。 川 尻 熊 本 市 南 部 、 緑 川 の 河 口 に 位 置 す る 水 上 交 通 の 要 所 。 細 川 氏 は 川 尻 を 肥 後 五 ケ 町 の 一 つ に 指 定 、 薩 摩 街 道 の 宿 場 町 と し て も 栄 え た 。 境 野 嘉 十 郎 一 八 〇 二 年 ( 享 保 二 ) に 川 尻 町 奉 行 を 勤 め た 境 野 嘉 十 郎 の こ と か 。 一 八 一 一 年 没 。 三 五 〇 石 。 境 野 は 斎 藤 芝 山 ( 権 之 助 ) と と も に 犬 追 物 を 興 し 、 度 々 斉 藪 公 の 上 覧 を 仰 い だ こ と が 「 椎 田 目 記 」 に 残 さ れ て い る と い う 。 220第 31 号 (2006)
史 料 編 集 室 紀 要
由
、
翌
日
薩
士
十
八
人
御
留
主
居
井
上
嘉
左
衛
門
方
へ
来
り
し
ト
、
事
ハ
銀
台
遺
事
二
審
ナ
リ
、
御
上
使
御
入
之
節
、
茶
漬
ヲ
御
衣
二
か
け
し
時
も
次
郎
太
夫
詰
居
タ
リ
ト
、
是
も
御
遺
事
二
あ
り
カ ギ カ ギ 霊 感 公 御 鷹 野 ノ 時 、 御 さ け 箱 ノ 鎖 紛 失 せ し 二 、 住 ノ 江 四 郎 兵 衛 鎖 な し 二 明 ケ し ヲ 、 公 殊之
外
御
怒
被
遊
、
三
百
石
ノ
知
行
被
召
上
御
暇
た
り
し
ト
、
林
氏
之
談
キ 三 井 弥 内 、 霊 感 公 御 寵 愛 ノ 御 鷹 預 り 居 、 夜 日 す ゴ 板 ヲ は つ し 候 事 ヲ 忘 れ し 二 、 翌 目 朦 ヲ す ゴ 板 へ さ し 入 死 居 た り 、 弥 内 大 二 仰 天 し て 取 次 迄 伺 し 二 、 死 生 有 命 ト ノ ミ 仰 ラ レ シ ヨ シ 、 境 野 話 な り境
野
、
今
ノ
侯
ノ
御
供
シ
テ
某
侯
へ
行
、
君
侯
ノ
名
代
飲
ニ
テ
殊
之
外
酩
酊
い
た
し
、
帰
路
御
駕
二
倒
か ㌻ り 刀 ノ ツ カ ヲ 御 畳 へ 突 入 、 大 二 お と ろ き 、 帰 館 之 上 罪 ヲ 乞 シ ニ 、 予 も 酔 テ 覚 ヘ ス ト 仰 ラ レ シ ヨ シ境
野
、
菊
池
武
重
ノ
真
蹟
ヲ
見
セ
ラ
レ
タ
リ
義
士
ノ
書
及
楊
厘
、
帰
来
可
贈
約
、
忠
臣
後
鑑
録
可
借
覧
辰
後
発
足
、
境
野
父
子
及
父
子
之
妻
皆
送
出
、
於
戸
懇
勲
之
情
可
掬
、
鉄
仙
道
人
送
至
渡
頭
決
去
、
行
重
至
蜜
・
肥
之
支
酵
細
川
和
泉
守
侯
之
居
所
也
・
食
禄
三
薯
・
市
井
比
婁
粟
賀
少
勝
憲
旦
福
午
食
此
辺
田
植
最
中
な
り
、
吾
国
よ
り
ハ
格
別
早
し
、
麦
秋
者
終
り
な
り
、
路
傍
ノ
堤
二
櫨
ノ
木
多
く
う
へ
あ
り
農
夫
多
く
水
車
を
ふ
ん
て
水
ヲ
田
ヘ
カ
へ
上
ル
、
車
ノ
製
面
白
く
水
か
\
り
多
し
、
井
上
氏
へ
図
ヲ
頼
ム
ヘ
シ
七 斗 表 ナ ヘ ヲ 植 る を 見 た り 、 稲 を 植 る か こ と し 、 七 月 ニ ハ か り 上 ル よ し 、 形 バ ニ ラ ノ こ と く ニ テ 四 角 ナ リ 、 色 ハ 翠 な り 、 上 田 二 あ ら さ れ ハ 出 来 ズ ト 云 、 但 シ 下 田 ニ テ モ コヤ
シ
格
別
ニ
ヨ
ケ
レ
ハ
出
来
ル
ナ
リ
ロ ロ ロ晩
至
八
代
宿
、
池
辺
道
聯
子
、
道
懸
者
肇
之
父
、
令
郎
元
壽
出
見
、
挙
家
懇
款
可
喜
飲
酒
酔
臥
林 次 郎 大 夫 門 肥 後 細 川 家 侍 帳 」 に 天 明 八 年 ( 一 七 八 八 ) 知 行 召 上 、 高 一 五 〇 石 、 と あ る 林 次 郎 大 夫 の こ と か 。 霊 感 公 肥 後 藩 主 ・ 細 川 重 賢 の こ と 。 一 七 二 〇 ∼ 八 五 年 。 藩 主 だ っ た 兄 が 急 死 し た た め 跡 を 継 ぐ 。 九 代 将 軍 家 重 の 偏 誰 ( へ ん き ) を 与 え ら れ 、 重 賢 と 改 名 。 重 賢 は 藩 政 改 革 を よ く し 、 「 宝 暦 の 改 革 」 と 呼 ば れ 、 名 君 に よ る 善 政 の 一 つ と し て 伝 え ら れ る 。 銀 台 遺 事 細 川 重 賢 に つ い て の 記 録 を 集 め た も の 。 細 川 家 の 江 戸 屋 敷 が 港 区 白 金 台 に あ っ た た め 、 重 賢 は 俗 に 銀 台 公 と 称 さ れ た 。 三 井 弥 内 「 肥 後 細 川 家 侍 帳 」 に 御 近 習 御 次 組 と し て 名 が み え る 三 井 弥 内 の こ と か 。 菊 池 武 重 = 二 〇 七 ∼ 三 九 年 ? 菊 池 氏 第 十 三 代 当 主 。 肥 後 守 。 鎌 倉 時 代 末 ∼ 南 北 朝 時 代 に 活 躍 し た 武 将 。 忠 臣 後 鑑 録 正 し く は 忠 誠 後 鑑 録 。 赤 穂 義 士 に つ い て 、 津 山 藩 士 小 川 恒 充 が 記 し た 書 で 七 〇 七 年 ( 宝 永 四 ) の 作 。 ち な み に 義 士 の 討 ち 入 り は 一 七 〇 一 年 。 宇 土 細 川 の 支 藩 。 一 六 四 六 年 ( 正 保 三 ) 細 川 光 尚 の 代 に 叔 父 立 允 の 嫡 子 行 孝 に 宇 土 三 万 石 を 内 分 し た こ と に 始 ま る 。 播 之 粟 賀 播 帽 は 今 の 兵 庫 県 。 神 崎 郡 神 崎 町 粟 賀 町 。 豊 福 熊 本 県 松 橋 町 南 東 部 に 位 置 す る 村 。 七 斗 表 畳 表 に す る 七 島 イ グ サ の こ と 。 江 戸 時 代 に は 大 牟 田 表 と し て 知 ら れ た 。 221第 31 号 (2006)
史 料 編 集 室 紀 要
ぶ 〇 十 四 日 曇 、 巳 時 、 与 池 辺 玄 壽 、 僕 、 某 同 上 上 宮 、 径 萩 原 堤 想 稲 津 氏 之 勲 、 至 奉 光 寺 拝 主 水 氏 之 廟 、 至 通 泉 寺 有 蘇 鉄 、 囲 掌 九 、 長 身 二 、 左 折 至 語 信 寺 、 寺 至 今 僧 百 三 十 五 代 連 綿 不 断 、 又 左 下 謁 征 西 将 軍 廟 、 至 中 宮 、 自 此 登 十 八 丁 始 至 上 宮 、 ミ 者 明 見 祠 也 、 祠 前 有墳
、
云
天
照
皇
之
神
墓
、
未
可
知
也
、
祠
後
至
御
庵
而
憩
、
開
行
厨
時
雨
頻
、
下
山
路
恐
泥
寧
相
促
急 下 、 酔 後 如 飛 、 須 輿 至 谷 村 、 拝 明 見 本 祠 而 還 、 夜 宮 崎 柳 泉 氏 来 見 、 飲 酒 談 話 、 柳 泉 氏伝
習
堂
之
教
授
八
代
戸
数
五
千
斗
あ
り
、
市
中
ハ
主
水
殿
支
配
、
城
市
外
ハ
熊
本
御
郡
代
支
配
な
り
松
井
家
ハ
も
と
室
町
殿
ノ
家
臣
な
り
主
水
殿
持
馬
十
人
疋
程
あ
り
、
主
水
殿
家
臣
二
角
田
嘉
次
馬
ハ
七
百
石
ニ
テ
名
家
な
り
、
故
因
州
ノ
太
守
角
田
因
幡
守
ノ
子
孫
也
、
豊
後
中
川
侯
、
熊
本
沢
村
大
学
、
江
戸
公
義
御
医
師
堀
内
一
甫
も
皆
嘉
次
馬
家
来
筋
な
り
、
中
川
侯
も
今
二
取
遣
あ
り
と
、
因
幡
守
ハ
三
島
公
ノ
姉
婿
、
子
な
ふ
し
て
三
島
公
の
末
子
を
養
子
二
や
ら
れ
、
今
其
血
縁
な
り
と
い
ふ
、
主
人
の
語
米
良
主
善
殿
、
廿
五
年
前
百
姓
一
揆
よ
り
始
而
球
磨
ノ
臣
下
ト
な
ら
れ
し
よ
し
、
主
善
殿
米
良
の
屋
敷
四
町
四
方
程
あ
り
と
、
見
し
人
館
主
人
へ
語
り
し
よ
し
先
年
球
磨
ノ
家
輩
何
某
ノ
子
、
い
わ
し
の
食
傷
二
而
死
シ
、
御
領
内
へ
い
わ
し
を
食
候
事
ヲ
禁
せ
ら
れ
、
八
代
β
積
上
せ
し
い
わ
し
多
ク
積
下
せ
し
事
あ
り
と
、
館
主
人
云
琉 球 中 山 王 、 年 頭 礼 之 節 、 花 瓶 へ 杜 飾 花 を 生 る 例 也 、 国 之 暖 か な る 事 嘉 へ し 、 宮 崎 氏云
シ ユ呉
茱
萸
今
時
ハ
中
華
へ
も
買
帰
る
よ
し
、
今
目
之
相
応
掛
貫
廿
五
匁
代
十
一
匁
な
り
と
主
人
云
主
水
殿
、
太
守
様
御
留
主
年
ハ
、
年
頭
礼
小
姓
頭
ヲ
熊
本
へ
遣
ら
れ
済
よ
し
、
主
水
殿
江
戸
往
来
ハ
将
軍
家
御
代
替
り
自
分
代
替
な
り
と
主 水 殿 、 江 戸 二 而 も 目 立 候 ハ 、 ア ジ ロ 駕 、 無 地 の カ ン バ ン 、 引 馬 ノ 飾 な り と〇
十
五
日
梅
雨
、
終
日
不
止
萩 原 堤 稲 津 氏 之 勲 球 磨 川 に か か る 堤 防 で 十 七 世 紀 に 築 造 さ れ た と い う 。 古 麓 町 の 山 際 よ り 城 北 の 松 浜 軒 に い た る 延 長 六 キ ロ の 土 堤 。 八 代 城 下 を 洪 水 か ら 防 御 す る た め に 築 か れ た 。 現 在 の 新 萩 原 橋 付 近 か ら 上 流 は 特 に 萩 原 堤 と 呼 ば れ る 。 一 七 五 五 年 ( 宝 暦 五 ) の 洪 水 で 決 壊 し た が 、 八 代 郡 目 付 の 稲 津 弥 右 衛 門 に 命 じ て こ れ を 復 旧 さ せ た 。 春 光 寺 八 代 市 古 麓 町 に あ る 臨 済 宗 の 寺 。 松 井 家 の 菩 提 寺 。 語 信 寺 悟 真 寺 の こ と 。 懐 良 親 王 の 菩 提 寺 と し て 創 建 さ れ た 。 明 見 妙 見 宮 。 一 六 五 ∼ 四 四 年 頃 創 建 さ れ た 。 現 在 の 八 代 神 社 。 伝 習 堂 一 七 五 七 年 ( 宝 暦 七 ) 十 月 に 創 設 さ れ た 八 代 藩 の 八 代 文 武 稽 古 所 の 文 武 所 。 松 井 家 八 代 城 は 一 六 三 二 年 の 細 川 氏 の 肥 後 入 国 後 は 藩 主 忠 利 の 父 忠 興 ( 三 斎 ) が 、 忠 興 死 後 は 幕 府 の 意 向 に よ り 主 席 家 老 松 井 ( 長 岡 ) 興 長 が 城 主 と な り 、 以 来 一 八 七 〇 年 の 廃 城 ま で 松 井 氏 が 在 城 し た 。 主 水 殿 は 第 七 代 営 之 、 帯 刀 は そ の 父 ・ 豊 之 を さ す 。 角 田 嘉 次 馬 松 井 嘉 次 馬 の こ と か 。 松 井 家 の 御 家 人 。 米 良 出 自 は 南 朝 の 忠 臣 と し て 知 ら れ る 菊 池 氏 。 そ の 子 孫 が 日 向 米 良 に 入 っ て 米 良 氏 を 称 し 、 の ち に 肥 後 人 吉 藩 主 相 良 家 の 付 庸 と な る 。 呉 茱 萸 漢 方 薬 の 一 つ 。 頭 痛 ・ 頭 痛 に 伴 う は き け や 慢 性 胃 炎 に き く と い う 。 222史 料 編 集 室 紀 要 第 31 号 (2006)