シンポジウム報告「北海道の自然・教育・まちづくり」
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(2) 釧路論集 −北海道教育大学釧路校研究紀要−第46号(平成26年度) Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.46(2014):17-44. シンポジウム報告「北海道の自然・教育・まちづくり」 添 田 祥 史1・宮 前 耕 史2・平 岡 俊 一2 近 江 正 隆3・阪 野 真 人4・野 村 卓2 1 2 3 4. 福岡大学人文学部. 北海道教育大教育学部学釧路校. うらほろスタイル推進地域協議会. 認定NPO法人霧多布湿原ナショナルトラスト. Education for Sustainable Rural Community in Hokkaido Yoshifumi SOEDA1, Yasufumi MIYAMAE2, Shunichi HIRAOKA2 , Masataka OMI3, Masato BANNO4 and Takashi NOMURA2 1 2. Faculty of Humanities, Fukuoka University. Department of Education, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education 3. Urahoro Style Home Community Creation Plan Regional Committee 4. Kiritappu Wetland National Trust. 要旨 本報告は、平成25年(2013)8月10日(土) 、平成25年度社会教育主事講習・社会教育特講および「道民カレッジ」の 一環として北海道教育大学札幌駅前サテライトにおいて開催された公開講座(シンポジウム)「北海道の自然・教育・ま ちづくり」を文字化したものである。本シンポジウムでは、教育や学習を軸にして、分野を横断しつつ、地域の多様な主 体が結びつきながら自然を活かしたまちづくりをすすめている北海道の二つの先進事例、浦幌町で展開される「うらほろ スタイルふるさとづくり計画」と、浜中町におけるNPO法人「霧多布湿原ナショナルトラスト」の活動を取り上げ、事 例報告をもとに学びを深めた。. 事例報告は、浦幌町と浜中町の二つの取り組みをお願い. 本シンポジウムのねらい. しております。事例報告の部分に少し工夫をこらしており. 添田 祥史(福岡大学人文学部). まして、実践をされている現場の方とそこに関わりながら 研究を進めている大学教員とがタッグを組んで、事例の先. ■趣旨説明とすすめ方. 進性や意義、学問的な意味づけを深めていきます。その後. このシンポジウムは、社会教育主事講習の社会教育特講. にコメントをいただいてフロアのみなさまとの意見交換と. の一部を公開講座として開催させていただいております。. いう流れを考えております。各報告後に10分程度の休憩を. 道民カレッジの皆さんにも合わせて受講していただいてお. 入れながら、合計3時間を予定しております。. ります。一般参加の方も何人かいらっしゃいますので、一 緒に学びを深めていく時間になればと思っております。. ■登壇者紹介. まず、今日のシンポジウムのねらいと流れについて確認. シンポジウムの進行順に登壇者の先生方を紹介させてい. しておきます。このシンポジウムでは、教育や学習を軸に. ただきます。浦幌町の取り組みをご報告いただく、うらほ. して、分野を横断しつつ、地域の多様な主体が結びつきな. ろスタイル推進地域協議会会長の近江正隆さんです。「う. がら自然を活かしたまちづくりをすすめている先進事例を. らほろスタイル」は、教育関係者のみならず農林水産関係. もとに学んでいきます。そうした実践を地域で生み出すた. 者やまちづくり関係者からも高い関心がよせられていま. めに自治体職員や社会教育職員、あるいは住民は何ができ. す。タッグを組むのは、北海道教育大学釧路校准教授の宮. るのか、何をすべきか。そして、そうした際に求められる. 前耕史さんです。宮前さんは専門の日本民俗学の観点も活. それぞれの役割、姿勢、力量について考えていきたいと考. かしつつ、地域再生における学校や教師の役割についての. えております。. 研究をすすめられております。そうした観点から浦幌の先. − 17 −.
(3) 添 田 祥 史・宮 前 耕 史・平 岡 俊 一・近 江 正 隆・阪 野 真 人・野 村 卓. 図1−1. 図1−2 ただきます北海道教育大学釧路校准教授の添田祥史と申し ます。どうぞよろしくお願いします。. 1 うらほろスタイルについて 近江正隆(うらほろスタイル推進地域協議会会長) 1−1 はじめに うらほろスタイル推進地域協議会会長を務めさせていた だいております近江です。浦幌町は十勝の東のはずれにあ りまして人口5,500名をきりました、数年前に高校がなく 図1−3. なってしまったので過疎に歯止めが効きません。そんな町 で今どんな取り組みが行われているのかを話させていただ. 進性や現代的意義についてお話しいただきます。. きます。お手元に資料としてパンフレットとA4版のカ. 続いて、浜中町の取り組みをご報告いただきます認定. ラー刷りの用紙をお配りしました。お時間があるときにお. NPO法人霧多布湿原ナショナルトラスト職員の阪野真人. 読みいただければと思います。. さんです。日本におけるナショナルトラスト運動の先駆け. 私は東京の生まれでして、19歳の時に北海道に憧れて. で、地域資源とつながりながら湿原の保全活動とまちづく. やってきました。北海道には遠方からの移住者が多数い. りを連動させた多彩な活動を展開されています。タッグを. らっしゃると思いますが、私もその一人です。今年43歳で. 組むのは環境社会学がご専門の北海道教育大学釧路校講師. すので、北海道浦幌町での在住年数が東京よりも長くなり. の平岡俊一さんです。とくに、環境保全や再生可能エネル. ました。いろんな活動をさせていただいますが、その中で. ギーを通したまちづくりにおいて、協働の成立過程や成立. 町内の取り組みについて今日は話をさせてもらいます。報. 条件について研究されています。全国の先進事例にもお詳. 告はスライドと映像を交えながら進めていきます(図1−. しいので、日本国内の動向もふまえながら、浜中の先進性. 1)。. や意義についてお話しいただければと思います。. 浦幌町では高校が廃校になりましたので、義務教育の9. コメンテーターは、北海道教育大学釧路校准教授の野村. 年間で郷土への愛着を育む授業、要はふるさと教育をやっ. 卓さんです。野村さんは農学の博士号をお持ちで、栽培に. ています。「うらほろスタイルふるさとづくり計画」は、. 関する専門性を活かしながら環境教育や食育に取り組んで. 3つのプロジェクトからなります(図1−2)。地域の魅. おられます。また、自治体社会教育職員として公民館勤務. 力を発見していくことで、子どもたちに自信と誇りが芽生. の経験もあり、前職の鹿児島大学では、全学組織の地域連. え、最終的に地域貢献への意識につながっていくことをめ. 携部門にお勤めで、企業や住民と協働しながら学習を軸と. ざしています。. した様々な講座や事業を手掛けてこられました。ご自身の 豊かな経験にもふれながら、コメントをいただければと思. 1−2 郷土への愛着を育む事業. います。. 一つ目のプロジェクトは郷土への愛着を育む事業です. 最後になりましたが、私は、本日の司会を務めさせてい. (図1−3)。これは、小中学校の教育現場で浦幌に今あ. − 18 −.
(4) シンポジウム報告「北海道の自然・教育・まちづくり」. 図1−4. 図1−5. るものの価値を見つめ直す機会をつくりだすことを目的と. にそれを見て驚きました。大人は常に守りに入ってしまい. しています。東京生まれの私にとっては、浦幌にはキラキ. ます。私もそうなんですけど、常にできないことを前提に. ラ光る宝物のようなものがたくさんあります。それは決し. してしまう。だけど、子どもたちは違う。「できる」とい. てオンリーワン、ナンバーワンでないけど、本当に素敵な. う前提で物事を考えます。. ものです。ずっとそこにいる人たちにとってはありふれた. また、小さな町、小さな地域ではありがちですが、独特. もの、特別なものではないという意識が強い。それは子ど. のしがらみもあります。いい悪いではなく「あいつがいる. もたちも同じです。オンリーワン、ナンバーワンのものが. から今回やめておこう」、 「あいつがいるから今回やろう」. ないと、なかなかその価値に対する意識が弱いというか、. というようなことも起こりやすい。物事の良し悪しではな. 浦幌には魅力がないのではないかというようなことを、子. く、人間関係によってまちづくりが左右されてしまうとい. どもたちはずっと思っていたのではないのかなと感じてい. うこともあります。でも、子どもたちは純粋にこの地域. ました。そんな中で、6年前から「うらほろスタイル」と. のため、町のため、このテーマの中で、純粋に地域のため. いう取り組みをはじめました。. というキーワードで物事を考える。そうして生まれた提案. 地域にある魅力を再発見しよう。浦幌にあるものは大. は、実にストレートに町の課題を的確に表現しています。. 体、隣の池田町にも大樹町、新得町、豊頃町にもあると思 います。けれど、よその町にあるものでもいいんじゃない. 1−3 農村つながり体験事業. か。そういう魅力の掘り起こしを先生たちが主体的に授業. こうした子どもの育ちを支えているものとして、農村つ. の中で取り組んでくれて、それを地域住民が支えるという. ながり体験事業も重要です(図1−4)。浦幌町では全小. 活動となっています。小中学校の正規の教育課程として、. 学5年生に第一次産業に従事されている方のお宅で民泊を. 先生たちが主体的に動いてくれながら、子どもたちは地域. します。町内の農山漁村のお宅で1泊2日の生活体験と作. の魅力を発見していきます。そうすると、今までは「別に. 業体験をつんでもらう。もちろん特別支援教育の対象に. 浦幌なんて」と思っていた子どもたちも、だんだん地域に. なっている子どもも含みます。そうすることで、食べ物. 愛着が深まっていきます。今まではたいしたことないと. を生産する営みの大切さ、食糧自給率2,900%の浦幌町に. 思っていたものにも、愛着が育まれ、それがだんだん自信. 生まれたことへの自信と誇り、感謝や思いやりの心を育む. と誇りにもつながっていく。そういう学びを用意してくれ. ことをねらいとしています。また、同じ第一次産業でも、. る先生たち、本当にすごいなと思います。. 農家の子どもは漁師や林業の暮らしは知らない。小さな町. 最終的には、中学3年生の総合学習の時間で、まちが元. ですが、市街地だと、食糧生産に携わらないお宅もありま. 気になることを考え、提案してくれます。この発表会も学. す。町内の子どもたちの交流を通じて都市と農村の新た. 校の先生たちが総合学習として主体的に動いてくれていま. な関係づくりもめざす取り組みでもあります。時間の関係. す。どんな提案があるかいくつか紹介したいと思います。. 上、詳しくはご紹介できませんので、パンフレットをご覧. たとえば、こういう特産品があるといいのではないか、 もっ. いただければと思います。. と町に人がたくさん来るのではないか、こういう観光名所 があったらいいのではないか、こういうイベントがあった. 1−4 子どもの想い実現事業. らいいのではないか、シンボルになるようなキャラクター. この学校教育からはじまる取り組みに対して、地域のお. があるといいのではないか。いろんなことを子どもたちは. となたちもただ聞くだけではなくて、きちんと形にして応. 授業の中で考えてくれています。. えていこう。子どもたちの夢や願いが詰まった町への企. 当初、私、正直、子どもたちの考えることなんて所詮青. 画・提案をおとなたちの手で形にしていこう。それが子. い、甘いものばかりだろうと思っていました。でも、実際. どもの想い実現事業です(図1−5)。中学3年生が行う. − 19 −.
(5) 添 田 祥 史・宮 前 耕 史・平 岡 俊 一・近 江 正 隆・阪 野 真 人・野 村 卓. 図1−7. 図1−6 地域活性化のための企画発表会は学校の授業として行いま す。公民館で発表したり、文化ホールで発表したり、学校 の体育館で発表する。3年次を受け持つ先生方の捉え方に よって違うのですけれども、発表会は、学校行事ですけど も町長をはじめ教育長、商工会長も見に来ます。みんなで 子どもたちの意見に耳を傾ける。そして、ただ考えに耳を 傾けるだけではなくて、子どもの想いをおとなたちの手で 実現していく。 図1−8. 具体的にどんなことが形になったのか。スライドをご覧 ください。これは発表会での中学生の提案にあった 「浦弁」 が商品化された時の新聞記事です(図1−6)。今では、. です。さきほどちょっとお話しました「みのり祭」は、人. 浦幌町のいたるところで見かけるキャラクター「ウラハ」. 口5,500人をきる浦幌町に天気が良ければ町内外から3万. と「ホロマ」もこの発表会の提案で生まれました(図1−. 人くらいが訪れます。もちろん町民も、とても楽しみにし. 7) 。商工会や農協で別々のキャラクターを作っているの. ています。だけど、年配の方が喜ぶような演歌歌手を呼. が、 子どもたちとしては何かおかしい、 ピンと来なかった。. んだりしてと、どうも大人が楽しむものばかりではなかっ. そこで、子どもたちはシンボルになるようなキャラクター. たのではないかと中学3年生は考えました。子どもたちが. がいるといいのではないかと提案してくれました。それを. 楽しめるようなものも作って欲しい。私がびっくりしたの. 上浦幌中学校の3人の女の子がデザインを書いてくれまし. は、その中学生たちにとっての「子どもたち」とは、自分. た。その年に町の観光協会が早速シールを作って試作販売. たちではないんです。私がその立場なら自分たちが楽しむ. してくれました。小学校の先生方は、運動会で先生が自作. イメージを考えてしまいがちですが、彼らは下の世代、小. で作った着ぐるみで登場してくれました。 写真の左上の「ウ. さな子どもたちが楽しめることを考えてくれました。その. ラハ」と「ホロマ」です。ちょっと元のデザインとはかけ. ひとつとしてこのような遊具があれば子どもたちが楽しめ. 離れているのではという噂がありましたが(笑)。それが. るのではないか。その声を汲み取り商工会青年部と観光協. 今では、浦幌町として正式に予算をつけて専門業者さんに. 会が応えてくれました。予算を半分ずつ出してくれて翌年. お願いした、左下の写真のような立派な着ぐるみができて. の「みのり祭」からこの遊具が設置されることになりまし. います。最初に中に入っていただいたのは、敬意をはらっ. た。今ではよそのイベントにレンタルという形で出張する. てというか、その時の学校の先生です。「ウラハ」と「ホ. までになっています。. ロマ」は、中学校が建て替えになった際、トイレの表札に. また、浦幌町には海岸線もありますので、そこにたくさ. も採用されました。. ん打ち上げられている流木に着目した提案もありました。. この写真は、遊具です(図1−8)子どもたちが中に. 私たちおとなから見れば、それはゴミなのかもしれないけ. 入って遊びます。これも中学3年生の提案を実現したもの. れども、子どもたちから見ると資源というかたちに映った. − 20 −.
(6) シンポジウム報告「北海道の自然・教育・まちづくり」. 図1−9. 図1−10. ようです。流木を活用したアート展みたいなことができな. 「うらほろスタイル」が直面している課題について観て. いかという企画案に、商工会主催のイベントとして、ボラ. いただきました。これはとてもありがたいことだと私は思. ンティア団体の協力のもとで実現されました。他にも、浦. うんですけど、学校の先生発の取り組みを地域住民がサ. 幌のカボチャは美味しいので、それを使ったパンがあれば. ポートしていく中で、「浦幌なんて」と思っていた子ども. 買う人がいるのではないかという提案に、地元のパン屋さ. たちに今では着実に愛着が育まれている。そして、その究. んが応えて商品化されました(図1−9) 。. 極形として、子どもたちが町に残りたいと思うようになっ た。残ってもらうではなく、子どもたち自ら主体的に町に. 1−5 子どもたちが将来も住み続けたいまちをめざして. 残りたい。こういう循環の仕組みが出来ていけば、地域と. 20年前、私が浦幌町に移り住んだ時の人口は9,000人で. いうものが持続していくのではないのかなと思うところで. した。今では5,500人を切っています。高校がなくなって. す。. 過疎がどんどん進み、歯止めがききません。地域に人が住. ただし、それには映像で課題として出てきた通り、なか. み続けなければ地域は崩壊してしまう。みんなわかってい. なかその想いに応えるだけの働く場、職場が今の浦幌には. ます。居続ける人たちが、「お前は浦幌出身なんだろ。だ. ありません。それを作っていかなければならないのではな. からお前は町を残すためにここに残れ」。これはナンセン. いかということで、浦幌町では今年度から新たな取り組み. スです。子どもたちを引き止めておくということはなかな. に着手いたしました。私は行政職員ではなく、一民間人な. かできません。どうやったら子どもたちが主体的にこの地. んですけれども、ボランティアの会長をさせていただいて. 域に残りたいのか、そういう気持ちを育むことができるの. ます。住民、公務員、関係なしにみんなで役割分担してい. か、そういうお膳立てをすることができるのか。これは行. きながら、子どもたちが自ら地域に残りたいという、そん. 政・民間問わずに、このまちに暮らすおとなとして考えて. なありがたい思いになってくれるのならそれに応えていか. いかなくてはならないことだと思います。 . なくては子どもたちに申し訳ないし、こうした取り組みを. 学校発の授業展開を町民がこのように受け止め、地域の. 創ってくれた先生方に申し訳ない、地域の大人として恥ず. 子どもたちの声に聞き耳を立ててそれを形にしていくか。. かしい。そういう言葉を合言葉に今、新たな事業を展開し. 高校のない浦幌町では、中学生以上は少なくとも昼間この. ています。. 地域から離れます。高校を卒業すれば、地域を出してしま. それが「若者の仕事の創造事業」です(図1−10)。こ. う子がほとんどです。だけど、中学校時代までは、この地. れまで浦幌町では、雇用創造ということがありませんでし. 域には自分たちの居場所があった。少なからずこの地域の. た。昨年度、町で300万円の予算を用意しました。今年度. 大人たちは自分たちの言うことに耳を傾けてくれた。きっ. は町単費で1,000万の事業予算を確保してくれました。浦. と、地域の大人たちに対する信頼関係みたいなものは、こ. 幌町の人口規模でこの金額を捻出することは、かなり大変. の事業をやる前と今とでは大きく変わってきているのでは. なことだったと思うんですけども、それだけもう待ったが. ないかと感じるところであります。. ない状況だということです。だけど、このような若者の雇. いただいた時間の最後に、そうした変化の先に、どんな. 用をつくっていく場があれば、この町は次につながってい. 現象が起きているのかについてお話を進めたいと思いま. くのではないかと、私自身、やれることを精一杯やってい. す。まずは映像をご覧ください。. きたいと思っています。 このあと、浦幌の取り組みを研究していただいています. VTR. 北海道教育大学釧路校の宮前先生から「うらほろスタイ ル」について、いろいろと分析も含めて話をしていただけ. − 21 −.
(7) 添 田 祥 史・宮 前 耕 史・平 岡 俊 一・近 江 正 隆・阪 野 真 人・野 村 卓. 図2−1 図2−2 ると伺っています。私自身も大変期待しているところで す。それでは、私の時間これで終わりたいと思います。ご. 生も実地に学ばせていただいております。子どもたちの提. 静聴有難うございました。. 案を受けて、浦幌に密着した新聞を発刊して欲しいという 提案を受けて、本学学生たちが「浦幌新聞」を執筆するこ. 2 「うらほろスタイル」の先進性と現代的意義 宮前耕史(北海道教育大学釧路校准教授). とになりました。これはおとなの立場から「うらほろスタ イル」を体験させてもらおうという取り組みです。以上を ふまえて、今年度から3年生において、うらほろスタイル を学校の中から学ばせていただく機会として、浦幌小学校. 2−1 「うらほろスタイル」から学ぶ「地域創造型教師」の姿. で教育実習を受け入れていただけることになりました。浦. みなさんこんにちは。北海道教育大学釧路校地域教育開. 幌で教育実習ができる学生は限られていますので、その体. 発専攻の宮前と申します。よろしくお願いします。「うら. 験を共有しつつ、さらに理論学習を深めていく授業を3年. ほろスタイル」の先進性と現代的意義ということで、先ほ. 後期に開設しております。. ど近江さんからお話がありましたが、浦幌の取り組みを学 問的にどう捉えるかと。私専門が民俗学なので全く関係の. 2−3 なぜ浦幌なのか―「うらほろスタイル」を分析する. 無い所にいますが教育大学にいるということで教員養成と. 2−3−1 「うらほろスタイル」誕生の背景と全体像. いう立場から関わらせてもらっています。本日は、そうし. 「地域創造型教師」養成のフィールドとして、なぜ浦幌. た立場から「うらほろスタイル」の先進性、現代的意義に. なのかということに関連して、うらほろスタイルが生まれ. ついてお話ができればと思っています(図2−1) 。. た時代背景についてお話させていただきながらご説明させ. 私たち釧路校地域教育開発専攻では、地域に根ざした教. ていただきます。浦幌町の人口は、 平成22年現在で5460人。. 員養成をめざしています。教育界では使い古された感のあ. このスライドは、教育委員会からいただいたものを加工し. る「地域に根ざした教師」という言葉ですが、私たちはそ. たものです(図2−3)。地図中の黒いところがJR浦幌. れを今までとは全く違うタイプの教師像として再定義した. 駅で、ここを中心に市街地が形成されていまして、市街地. いと考えています。地域創造型の教師と呼ばせていただい. を取り囲むように酪農・畑作地帯が広がっています。青い. ていますが、その根幹となるアイデアは、浦幌小学校の校. 部分が厚内漁港です。こうして見ると浦幌町は、畑作・酪. 長先生のお言葉からいただきました。教師や学校は、地域. 農・漁業のまちだということがわかります。現在、小学校. のためにあるんだ。そのためにこそ、教師や学校は地域と. 3つ、中学校2つです。沿岸部の漁港には厚内小学校があ. 共になければならない。そうした教師像を学ばせていただ. ります。ここには、しばらく前までは中学校がありました. きたいと思い、浦幌に関わらせていただいております。. が廃校になりました。赤い囲みが浦幌小学校の校区で、浦 幌中学校に進学します。緑で囲っている部分は上浦幌地区. 2−2 「地域創造型教師」養成のためのカリキュラム. です。上浦幌中央小学校と上浦幌中学校があります。. このスライドは、十勝毎日新聞が発行している浦幌メー. 昭和35年頃が統計上一番人口が多く14,150人ほどでし. ルを転載したものです(図2−2)。スライドの左側は、. た。現在はその3分の1まで減っていることになります。. 浦幌の小学5年生が授業で行っている民泊体験を、大学生. 小学校も一番多い時で22校ありました。中学校も16校あり. が同じようにやらせていただいたことの記事です。子ども. ました。現在ではそれぞれ3つと2つになっています。道. の想い実現事業についても、毎月1回の子どもの想い実現. 立浦幌高校は廃校になってしまいました。地域に高校がな. ワークショップへの参加させていただきながら、本学の学. くなるということが、「うらほろスタイル」の大きなきっ. − 22 −.
(8) シンポジウム報告「北海道の自然・教育・まちづくり」. 図2−3. 図2−4 展形として第4の矢が「仕事創造事業」です。地域に住み 続けたい、地域への愛着をもった子どもたちに対して、 おとながどう責任を取っていくのかということに取り組み はじめています。それぞれの取り組みを下支えしているの が、近江さんが会長をされている「うらほろスタイル推進 地域協議会」だと理解しております。 2−3−2 「うらほろスタイル」の特徴 「うらほろスタイル」の地域づくりの特徴として、次の 3点が言えると考えています。 (図2−5)。 一点目は、都市と農村漁村地域の交流を生み出している ことです。都市で生活しているひとは、農村での生活体験 を通してさまざまな気づきを得ます。受け入れ側の農山漁. 図2−5. 村地域も、交流を通じて当たり前すぎて気づかなかった自 分たちの暮らしや仕事を改めて見つめ直すことになりま. かけになったと聞いております。. す。農山漁村の良さや価値を確認し、共有・発信していく. このスライドは、「うらほろスタイル」の全体像とその. ことは、浦幌町民にとっては町の魅力の再発見ということ. 推進体制について現段階での取り組みを私の方でまとめさ. になります。そこから地域づくりが行われていることが特. せていただいたものです(図2−4)。まず中心になって. 徴的です。 . いるのが学校の中での取り組みです。1番目の取り組みと. 二点目の特徴は、地域の魅力や価値を子どもに伝える、. しまして、小中学校の先生と保護者、 社会教育係による「う. もしくはこどもたち自身が気づくということを中核に据え. らほろスタイルふるさと教育プロジェクト」という取り組. ている学校発の取り組みであるということです。この学校. みです。小学5年生の民泊体験、農村つながり体験事業が. 発はどういうことかと申しますと、地域づくりに向けた取. 平成23年から、現在では小学校6年生での修学旅行と中学. り組みが学校を舞台として正規の教育課程の中で、つまり. 校3年生のまちおこし企画案の発表会があります。それぞ. 授業として行われているということです。同時に、授業化. れ事前・事後学習も含めて、あるいはその他教科との関わ. にあたって先生方は深く地域づくりに関わっているという. りも含めて日々地道な教育実践が行われています。大きな. ことです。現在、浦幌町は、小中一貫教育にむけて整備を. 事業ばかりではないということですね。 . 進めています。それが完成すれば、学校を舞台とした地域. 二番目の取り組みとして、先ほどの小学5年生の民泊体. づくりに向けた事実上の中高一貫教育が行われることにな. 験の受け入れに協力しているのが、 「うらほろ食のプロジェ. るという点でも大変注目されます。. クト」ということになります。そして、三番目の取り組み. 三点目は、このような取り組みが、子どもを軸におとな. が、中学校3年生のまちの活性化のためのプレゼンテー. が協働する形で行われていることです。この点をご理解い. ションを受けて、その実現に向けておとなたちが動くとい. ただくために、先ほど述べた2点目、つまり「学校発」と. う「子どもの思い実現事業」 です。 「うらほろスタイル」 は、. はどのように成り立ったのかについてお話したいと思いま. これら3つの事業を核に取り組まれてきましたが、その発. す。そのお話に基づいて、浦幌町の取り組みの先進性や現. − 23 −.
(9) 添 田 祥 史・宮 前 耕 史・平 岡 俊 一・近 江 正 隆・阪 野 真 人・野 村 卓. 図2−6. 図2−7. このスライドは第Ⅰ期の活動のようすをまとめたもので す(図2−7)。理念や目的はここに書いてあるとおりで すが、太枠で囲んだところをご覧ください。「浦幌魅力探 検隊」、「浦幌キッズ養成塾」 、「交流事業」という三つの活 動を行ってきたようですけど、既にこの段階に置いて現在 のうらほろスタイルの3つの特徴ができていました。とく に、3つ目の「交流事業」は町外に交流事業や移住体験等 を企画して、10月には地域の外から魅力を見つけようとい う取り組みを行っています。これに基づいて、地域住民に よる地域の魅力発見とホームページ上での情報発信という 「浦幌魅力探検隊」を実施しています。 第Ⅱ期は、子どもを地域づくりの中心に据えて教師と連 携を構築していく時期です(図2−8) 。平成19年前半に 図2−8. 浦幌町の魅力を伝えるためにアンケートだとか懇話会など を行っています。NPOもしくは地域住民有志の中でお話. 代的意義について「地域教育計画」といった立場から改め. があったんじゃないかと思うんですけど、そこで話題に. て捉え直していきたいと思います。. なったこととして、まず学校・教師側の問題として先生方. 私としては、特徴として挙げた3点のうち2点目の「学. が地域を知らないということが課題になった。それともう. 校発」と3点目の「子どもを軸に」という点が、「うらほ. 一つ、地域の側も学校側のニーズを知らないんじゃないか. ろスタイル」を理解する上で非常に大事だと目星をつけて. というお話があったそうです。これをふまえて第2回目の. きました。このシンポジウムがはじまる前に講師控え室で. 懇話会が開かれます。小中高の先生に呼びかけたところ20. 登壇者の方々に、そうした私の考えをお話すると実は1点. 名の先生が参加してくれたそうです。その中で、先生方が. 目の外部社会との交流というのも大事なのではないかとい. 地域を知るためのプログラムが必要なのではないかという. うご意見もいただきました。もしかしたら、後半の意見交. ことが話しあわれたということです。. 換の部分でそんな話もあるかもしれませんが、私としては 「学校発」と「子どもを軸に」の二つに注目して、うらほ. この懇話会が平成19年2月の開催だったのですが同じ頃. ろスタイルの成立過程についてお話ししたいと思います。. に「浦幌魅力マップ大作戦」、6月には学校の先生方にバ スに乗ってもらい町内の魅力を体感してもらう「浦幌魅力. 2−3−3 「うらほろスタイル」の成立過程. 探検ツアー」が行われました。これらの活動は、先ほど述. 「うらほろスタイル」の成り立ちを6つに分けて考えて. べた住民と教師有志で設立したNPO法人「日本のうらほ. みます(図2−6)。概略になりますが、 平成18年10月頃、. ろ」の協力で実施されたとのことです。実は、この時、中. 先生方と地域住民との雑談する中で、PTA有志でまちの活. 学校の「総合的な学習の時間」を担当されている先生が参. 性化を目指すNPO法人をつくろうというお話があって、. 加されています。このことが、後の「うらほろスタイル」. それが直接の契機となったと伺ってます。. 発展の契機になっていくわけです。先生方には先生方の問. − 24 −.
(10) シンポジウム報告「北海道の自然・教育・まちづくり」. 図2−10 た時期です(図2−10)。平成19年に中学3年生による総 合学習での「地域活性化のための企画発表会」がスタート 図2−9. するわけですが、この取り組みが同年9月に農水省の都市 農山漁村活性化事業に採択されたことで勢いがつきまし た。小中学校の先生方を中心にプロジェクトチームを作り ます。そこに、町役場や町教育委員会に各種団体が協力を していくことになりました。町役場と教育委員会の協力を 得ることで、うらほろスタイルが組織として取り組みはじ められたのが第Ⅲ期であったと考えます。 第Ⅳ期は、「うらほろスタイル」が正式な町全体の取り 組みとして位置づけられた時期(図2−11)。平成20年に なりますとこれまでプロジェクトを進めてきたNPO法人 「日本のうらほろ」 、 町役場、 町教育委員会の三者による「う らほろスタイル推進地域協議会」が設立されました。これ により学校教育としての本格的な推進体制が整います。そ の2年後、平成23年に「浦幌町第三期まちづくり計画」 が発表されました。ここに、「うらほろスタイル」を創出. 図2−11. する教育文化のまちをめざすことが明記されているんです ね。行政上の正確な取り組みになった。いわば、「うらほ. 題意識がありまして、それはこの年に道立浦幌高校の廃校. ろスタイル」が行政によってオーソライズされました。以. が決定しています。浦幌高校が廃校になれば進学を目指す. 後、小中学校による「子どもの愛着を育む事業」を軸とし. 子どもは全員町を出て行くことになる。そうすると、おそ. た活動が展開されていきます。この年には小学校で民泊体. らく将来も地域に帰ってくることはなくなるだろう。そう. 験も行われました。. いう話がありまして、その前に子どもたちに地域への愛着. 第Ⅴ期は、「子どもの想い実現事業」の推進体制が整っ. を持ってもらいたいと思いたち、先生方は主体的に参加さ. た時期として区分しました。平成24年1月ごろに、中学3. れています。子どもに地域への愛着を育むことで地域を活. 年生によるまちおこしのための企画発表会を受けて、その. 性化に貢献したいと願う教師と、住民の思いが組みあわさ. アイデアを実現していくための担い手として、「子どもの. ることで、学校教育での総合学習を活用した「地域への愛. 思い実現ワークショップ」が走り出しました。「地域への. 着を育む事業」が誕生していきました。これはその年の総. 愛着を育む」事業の方もバージョンアップしております。. 合学習の年間スケジュールです(図2−9)。ここには先. 平成24年度の浦幌小学校と厚内小学校の6年生が5年生の. 生方の思いというのが表れているのでご紹介させていただ. 時に行った民泊体験をふまえて、修学旅行先の札幌大通地. きます。. 下歩行空間で浦幌町の魅力をアピールしてきました(図2. 第Ⅲ期は、学校現場の先生方による主体的な取り組みと. −12)。. してはじまった「地域への愛着を育む事業」を町役場や町. そして、第Ⅵ期。育まれた子どもたちの地域への愛着を. 教育委員会が協力して支えていく体制をつくりあげていっ. どう大人が責任をとっていくかということから「若者の仕. − 25 −.
(11) 添 田 祥 史・宮 前 耕 史・平 岡 俊 一・近 江 正 隆・阪 野 真 人・野 村 卓. 図2−12. 図2−13 た。つまり、子どもの学習活動を、地域課題の解決にむけ 再編していくということを住民と教師が協働して行ったの です。本郷地域教育計画は、町民と教員の協働によって地 域課題解決していく学校発の地域づくりをめざすものでし た。このことは、学校にとっては学校改革を意味し、現代 風に言えば特色ある学校づくりとして行われたものだとい えるものでした。 さて、話を現代に戻します。地域教育計画論では、地域 社会の抱える課題について学校を舞台に住民・教師・行政 が協働していくことがめざされてきました。では、現代の 図2−14. 地方地域社会の課題とは何か。とくに北海道ですが、この スライドは道内市町村の人口が2030年(平成42年)にどの ように変わっていくのかということを国の機関が予測し. 事創造事業」が平成25年度からスタートしています。. たものです(図2−14)。茶色い部分が2000年を0として 2−4 現代版地域教育計画としての 「うらほろスタイル」. 60%未満減少する市町村で、下手すると半分以下になると. 「うらほろスタイル」の特徴である①成り立ちとしての. 思われる地域です。多くの地域で住民が減っていて、オレ. ボトムアップ、②子どもを軸とした学校発の取り組み、③. ンジ色の部分は人口が60 ∼ 80%の減少。浦幌町を見てみ. 教師が地域づくりのもう一方の主体として参加する、とい. ると60%未満ですので、もしかしたら半分位までに人口が. う3つの柱を学問的に位置づけてみたいと思います。ここ. 減るかもしれません。人口が増えるのは札幌、道東だと中. で私たちが注目したいのが地域教育計画論です(図2−. 標津あたりしかないわけです。つまり、人口減少は、浦幌. 13)。教育計画には、策定主体によって国による中央教育. だけの問題だけではなく、北海道全体の農村漁村全体の問. 計画、都道府県による地方教育計画があり、そして、地方. 題であると言えると思います。. 自治体やさらに狭いエリアで住民・教師によって策定され. このスライドは、平成23年段階の北海道の中のへき地校. るものが地域教育計画です。その系譜は、第二次世界大戦. 指定率です(図2−15) 。赤いところは90%以上が僻地校. 後、アメリカのコミュニティースクール部門で推進されて. になりますが、根室、宗谷、檜山では100%がへき地校指. いた地域教育計画に由来すると言われておりまして、学校. 定となっています。北海道では農山漁村そのものの存続が. 内のカリキュラム計画の側面が強く、社会課題が重視され. 問題となっています。. たのが特徴のようです。. まとめますと、「うらほろスタイル」の先進性と現代的. 日本国内の地域教育計画論において、とくに有名なもの. 意義を地域教育計画論の立場から考えると、「うらほろス. として本郷地域教育計画があります。その中核を担った大. タイル」は学校・教師と地域住民の協働により、地域課題. 田尭さんは後に東大教授もされた方なのですが、昭和22年. の発見・解決を目指している点にあります。浦幌中学校の. から2年ほど広島県の本郷小学校を中心とした地域教育計. 校長先生は、「地域のために、そのために地域とともに」. 画の策定に深く携わっておられました。そこでは、教員と. とおっしゃっていました。そうした姿勢で学校や教師が地. 住民とで教育懇話会を組織して合同で地域調査をし、その. 域と向きあう中で生まれる学校発の地域づくり・地域教育. 課題解決に向けて学校教育を再編していくことを試みまし. 計画は、現代日本の地方地域社会・農村漁村における先進. − 26 −.
(12) シンポジウム報告「北海道の自然・教育・まちづくり」. 図2−16 図2−15 は、浦幌について一緒に考えてくれるパートナーになっ モデルと言えると思います。. てもらうという意味での外部委託です。若者の雇用創出. 「うらほろスタイル」の抱える課題としては、たまに近. に関しては、町長からだいぶプレッシャーを頂いてまし. 江さんとも話すんですけど、活動を次につなげなくてはい. て(笑) 。町単費で1,000万、これは浦幌町としては大変. けない、つまり、「うらほろスタイル」そのものの持続可. な金額ですから。私自身、すぐ何か大きな雇用を生み出. 能性の問題です。そのために学校や地域でどのような仕組. すような事業を組み立てられるとは思っていません。2. みが必要なのか。このシンポジウムは社会教育主事をめざ. 年ぐらいは、実証を兼ねてモデルのようなものを国の助. されている方が多く出席されているとのことですので、社. 成金や補助金を活用しながら行っていくことを考えてい. 会教育行政や社会教育主事としてどんな役割があるかとい. ます。そうした時に、その道のプロの方に関わっていた. うのを考えていただければと思います(図2−16) 。. だく必要があったということです。委託先には国とのパ イプ役を含めて事業プランづくりに関わってもらうよう にお願いしています。350万円の委託金ですので、1,000. 質疑応答①. 万の3分の1が外部委託となっているということで出し ています。. ■「若者の仕事創造事業」の委託先は? 司会 ありがとうございました。お二人のご報告から、 「う. 参加者A 今回の社会教育主事講習の中で、ある自治体が. らほろスタイル」が今に至るまでには、 地道な蓄積があっ. コンサル会社にまちづくりを委託したけど失敗した例を. たということがわかりました。休憩に入る前に、ここで. 聞きました。結局、まちづくりは、自分たちで行うこと. 事実確認の質問のみ受け付けておきたいと思います。今. が地域の将来のことを考えられると学びましたので、浦. ここで聞きたい、確認したいということはありますか。. 幌のことで気になったので質問させていただきました。. 参加者A 学生の立場で社会主事講習に参加させていただ. 近江 ありがとうございます。浦幌の場合、委託をお願い. いています。とても素晴らしい活動をされていると思い. しているコンサルは、あくまでもつなぎ役として考えて. ました。最近新たに立ち上げた「若者の仕事創造事業」. います。来年再来年はアドバイザーという形で残るかも. の概要を示された配布資料の中で、ワークショップから. しれませんけれども、ある程度主体は町民、本当に青写. 事業プランへという箇所が外部委託となっている点が. 真を書いてもらうだけの委託事業という形です。. ちょっと気になったのですが、これは何を指しているの でしょうか。お話しに出てきたうらほろスタイル設立に. ■旧浦幌高校廃校について. 関わったNPOが担当しているのか、それとも全く違う. 参加者B 根室で中学校教師をしています。浦幌高校廃校. 団体にお願いしているのか。この点についてお聞きたい. 後、進学者は通いなのか下宿なのか、その割合を聞きた. のですが。. いです。もう一つ、私は根室に来る前は羅臼町にいまし. 近江 ご指摘していただきありがとうございます。説明不. て、羅臼高校廃校という話が出ていました。それをなん. 足で申し訳ありませんでした。この若者雇用創造事業プ. とか食い止めないといけないということになりまして中. ランの作成は東京のシンクタンクに外部委託することに. 高一貫教育にも関わりました。実施前に転勤があったの. なっています。なぜ東京かというと、浦幌の企業ではな. ですが、浦幌町として高校をなんとか存続させようとい. いということがまずあります。地域内の利害関係に縛ら. うことがあったのかというのが気になりました。以上、. れているとこうした仕事は難しい。委託先は、私が道庁. 2点です。. 関係の仕事をしたことのある信頼できる会社です。今回. 近江 廃校になる前、地元の中学校から浦幌高校に進学し. − 27 −.
(13) 添 田 祥 史・宮 前 耕 史・平 岡 俊 一・近 江 正 隆・阪 野 真 人・野 村 卓 たのは3分の1だけです。進学者の3分の1は、たとえ ば池田高校などの近隣町村にある高校に通っていまし た。残る3分の1が帯広市内の高校です。帯広に出た場 合、部活とかをやるとなったら下宿ですね。あとは汽車 だと一時間ちょっとかかるんですけど、少ない本数の中 で通っている高校生は今もいます。浦幌高校がなくなっ たので、若干その年でむらはあるんですけど、現在では だいたい2分の1が帯広、2分の1が本別高校と池田高 校みたいな形かなというふうに思います。 浦幌高校存続に向けた動きはあったのかというご質問 をいただきました。当時、私の子どもは年齢的に高校進 学には早かったのですが、保護者や友達と話をして感じ ていたことがあります。東京生まれの私からすると浦幌 図3−1. には田舎のキラキラしたものがたくさんあるのに、この 町で暮らすおとなたちは地域に対するそうした意識がな かなかない。その一つの表れとして、浦幌には高校ある. そうするといろんなことを一緒にできると思うので。. けど、親も先生たちも「お前は頭がいいんだから帯広の. こうした機会を頂き嬉しく思っています。今日は私の所. 高校に行け」みたいな。そういう空気がある中で、私は. 属しているNPO法人の活動を紹介させていただきます。. 反対運動に参加しませんでした。ここで止めてもこれは. 先ほどの近江さんのお話、とくに全町的な取り組みに発展. しょうがないなと。町民が自分の子どもを行かせないと. しているという点、すごく尊敬しています。私たちは法人. いう意識を持っているのなら、これはなくなってもしか. 化以前も含めますと30年以上活動しておりまして、残念な. たがないのかなと。. がらまだ全町的な拡がりにまではなっていないんですけ. ですが、今の子どもたちは、 きちんとしたデータはとっ. ど、私たちが核になって行っている活動を紹介させていた. てないんですけど、地域に残りたい。地域の高校があっ. だこうと思っています。ちなみに僕はこのように話をする. たら地域の高校に進みたいと考える子どもたちは以前よ. ことに慣れていないですし、浜中町に戻ると子どもたちか. りも増えていると思います。このタイミングであったら. ら「えなり君」と呼ばれていてまして、そんな人間ですか. 私も反対運動にも参加していたと思います。でも、なく. らそんな硬くならずに聞いてください。よろしくお願いし. なってしまったので正直諦めなくてはけない分野なのか. ます(図3−1)。. もしれないですけど、一部の方たちと話しているのが、 どういう形で高校を復活させる方法があるのかと。道立. 3−2 浜中町の概要と霧多布湿原. 高校なら、道にしがみつくというか、お願いするという. このスライドは浜中町の全体を示したものです(図3−. のは無理だと思うんですけど、もしかしたら、町立か何. 2)。僕は愛知県名古屋市出身です。浜中町は、その名古. か、大学の附属とかそういう可能性の中で高校は今こそ. 屋市と同じくらいの面積があるんです。主な産業は漁業と. 必要なのではないのかなというふうに思っています。そ. 酪農です。牛乳はハーゲンダッツの原料に使われている美. れも今だから言える嬉しい課題というか、そんなふうに. 味しいものですし、漁業も昆布や秋刀魚、鮭などいろいろ. 思っています。. 獲れます。先ほどの浦幌町と対比できるようなスライドを つくってきました(図3−3)。産業など若干違う部分も ありますが、浦幌町とあまり変わらないなと思いました。. 3 霧多布湿原の環境保全活動とまちづくり. 人口6,470人、世帯数2,486。漁業と酪農。漁業の方は、ほ. 阪野真人(認定NPO法人霧多布湿原ナショナルトラスト). とんどが昆布漁を営んでいまして、時期以外はほかの漁を するか、出稼ぎに行くか、そういう状況です。ピーク時に. 3−1 はじめに. は12,000人の街でしたので、今では半分になっているんで. みなさんこんにちは。NPO法人霧多布湿原ナショナル. すね。今の減り方だと1年に100人減っています。 『広報は. トラストの阪野といいます。僕は反省をしております。社. まなか』を読むとそれがより実感できます。「お誕生おめ. 会教育ということに無知でございまして、会場入りした際. でとう」よりも「お悔やみ」の方が圧倒的に多い。子ども. に、社会教育主事講習でみなさんが今まで話しあった時の. の数が減っていますので、学校数も減ってきています。. ポストイットの一部が貼ってあったので、すごく熱心に勉. 私たちのフィールドである霧多布湿原は、その浜中町の. 強しているんだなと、自分の無知さ加減というものを反省. ちょうど真ん中あたりにありまして、大体3000ヘクタール. した次第です。今回は浜中町の方がいらっしゃっていない. あります。霧多布湿原の写真を少しお見せします(図3−. んですね。早くみなさん浜中町に転勤してきてください。. 4) 。7月には、このような浜中の町の花にも指定されて. − 28 −.
(14) シンポジウム報告「北海道の自然・教育・まちづくり」. 図3−3 図3−2. 図3−5 図3−4. やりとりをしながら守っていこうということをはじめまし た。 . いるエゾカンゾウで一面黄色に染まります。霧多布湿原は. 2000年1月にNPO法人となりました。地主さんたちの. 花がとてもきれいな湿原でして、観光業も少なからずあっ. 世代交代があり、買い取って欲しいとの声があったので法. たりします。植物と鳥も多く生息する非常に自然豊かな町. 人として買い取りをはじめました。僕は勤めはじめて9年. です。本日のシンポジウムのテーマであります「自然・教. 目なので立ち上げ当時のことは知りません。当時の話を聞. 育・まちづくり」という点では、この自然というのが浜中. くと、今から30年前、当時、湿原は役に立たない場所、厄. 町のベースになっています。. 介なところ、どうしようもない場所という認識だったそう です。順風満帆のようにも見えますが、10回転んで11回目. 3−3 霧多布湿原ナショナルトラストの設立経緯と活動. で起きるというような状態です。. 概要. 実際にどれくらい買い取りが行われてきたかを見ていき. この花はハナショウブというものですが、ここに売地の. ます(図3−6)。とくに海沿いの方は土地が細かく分か. 看板がありますね。(図3−5)。霧多布湿原の中でもとく. れていますが、ここら辺一帯はお花がとてもきれいな場所. に花がきれいで鑑賞ポイントに適したところに個人所有. なんです。まずはこのあたりから買っていこうとなりまし. の土地が多いんです。そこで、私たちがどのような活動. た。地主さんが分かれているので、お手紙を書いてやりと. をしてきたのかというと1986年、NPO法ができる前から. りをして買い取りをはじめました。色がついているのが. 「霧多布湿原ファンクラブ」という団体をつくって湿原の. 買い取りできた土地です。このあたりの土地は一坪100円. 保全活動に取り組んできました。湿原内に地主さんが大体. くらいにしかならないんです。2002年の段階、2007年段階. 150くらいあるんですけど、その方たちから借りるという. と買い取った土地は、どんどん増えていきました。現在で. 形で、その代わりにお米30キロ差し上げるなど、そういう. は、このようになっています(図3−7)。最近では、霧. − 29 −.
(15) 添 田 祥 史・宮 前 耕 史・平 岡 俊 一・近 江 正 隆・阪 野 真 人・野 村 卓. 図3−6. 図3−7 ます(図3−8)。これらの取り組みを紹介していくこと で、今日のシンポジウムのテーマであります「自然・教育・ まちづくり」の核心に迫っていきたいと思っています。 まずですね、私たちの活動はパッと見ると自然保護活動 じゃないですか。私たちの活動がはじまった30年前、自然 保護運動と言うと反対運動が多かったんです。私は今33歳 ですが、テレビでプラカードを持った人が反対というのを 目にしたことがあります。私たちの活動では、反対運動を やってきたのではなく、賛成運動というのをやってきまし た。反対運動はどこか参加しづらいじゃないですか。そう ではなくて「湿原を残したい人集まれ」ってしたんですよ ね。 その当時のキャッチコピーが 「霧多布湿原がアイドル、 好きな人この指とまれ!」でした。少し時代を感じますが. 図3−8. (笑)、仲間集めですね。このコンセプトは今も変わって いません。. 多布湿原以外でも近隣の湿地や森の買い取りもはじめてい. ざっくり言うと、自分たちが活動を楽しむということで. ます。活動当初は、あやしげな新興宗教だと思われていた. すね。活動を楽しんで、活動を一緒にやりたい人を募集し. 団体が、今では地域の中で一定の信用を得まして、「ここ. ます。そんなスタイルで自然保護活動をしています。私た. ら辺の森も買うか?」と話をもちかけてもらえるようにな. ちは、もともと「湿原を残そう」ではなく「湿原を楽しん. りました。. じゃおう」からスタートしました。楽しむためには、個人. 買い取り活動以外にも、私たちは湿原の調査を行ってい. の人の持ち物が多いから、借りて楽しんじゃおうという形. ます。いろんな調査をしていますが、たとえば、この写真. だったんです。. (図3−8)をご覧ください。湿原にはこうした誰も住ん. そもそもの始まりは一軒の喫茶店からでした。霧多布湿. でない廃屋があります。元々湿原を埋め立てて、そこに家. 原は、地元の人にはあまり身近すぎる自然でしたが、旅行. を建てた跡です。それをもとの湿原に戻していこうという. する人はわざわざ花を見るために来てくれていました。現. 実験をしています。それを地域の子どもたちと一緒に調査. 在の法人の事務局長が、旅行で浜中町を訪れて、「ここは. したときの様子です。. いいところだな」と脱サラして喫茶店を建てたんですよ。 当時、湿原を見ながらゆっくりできるような喫茶店がな. 3−4 活動で大事にしていること. かったものですから旅行者には喜ばれました。地元の人も. 3−4−1 「賛成運動」と「よそ者目線」. 喫茶店に行ったことがなかったから行ってみた。. 霧多布湿原を残すという際、私たちの法人が買い取ると. そうすると、湿原をわざわざ見に来る人たちと身近に湿. いう方法だけではなく、湿原を好きになってもらって「こ. 原があり、あまり価値を見いだせない地元の人たちがここ. の湿原を残したいな」と思ってもらえるようなファンづく. で混ざり合ったんですよね。そのうちの地元の何人かが、. りを大事にしてきました。情報発信や勉強会を開催した. 「これはもしかしたら湿原っていいとこなんじゃないか. り、学校教育の中に入っていったりといった活動をしてい. な」と思うようになり、そこから活動がはじまりました。. − 30 −.
(16) シンポジウム報告「北海道の自然・教育・まちづくり」. 図3−10 図3−9 うちの団体は職員が10名いますが、うちの7人が 「よそ者」 なんですよ。だから、地域に入っていくときに、ともする と「よそ者だろ」と言われがちなので、心構えをもってな いといけない。そうした思いから最近、地域と関わる時の 私たち職員のスタンスを次のようにまとめました。 地域には資源が沢山あります。自然や知恵、文化、 風景、 歴史、地域社会などです。まちづくりを担うのは住民一人 ひとりあり、そして、それを担うことができると私たちは 信じています。 一方で、 地域には課題がたくさんあります。 これらの課題を解決するプログラムを住民自身が行う。地 域には、地域の課題を解決できる力がすでに備わっている と信じています。ともすると外の力を利用すればうまくい くと目が外にいきがちになります。ですが、そうではなく て、身近な自然を当たり前のことだとは思わずに国内でも 図3−11. 有数の自然があることを認識することからはじめる。そし て、様々な交流によって互いに刺激を受け、やりがい、達. ですので、僕らは今もそうですが、「浜中町をよそ者目線. 成感、自信、自立心など、自分のまちを誇りに思い、住み. で見れる」ということを大事にしています。私たちの活動. たいまちを自ら作っていく、というスタンスでやっていま. は、はじまりから「よそ者目線」で入っていったし、今も. す。. 活動のキーワードになっていることばです。 3−5 「ハブ」になることで生まれる多彩な交流プログ 3−4−2 霧多布湿原の「ワイズユース」とまちづくり. ラム. 湿原を「楽しむ」からさらに何かに活用しようというの. そのまちづくりの核になっているのがビジターセンター. が今の段階です。霧多布湿原はラムサール条約に登録され. 「霧多布湿原センター」です(図3−10) 。開館は1993年. ています。国際的に重要な湿地を保全していくという条約. で、浜中町の教育・観光・社会教育の中核を担う施設とし. ですね。その中にこのワイズユースという考え方がありま. て建てられました。私たちは2005年から指定管理者制度の. す(図3−9) 。僕もとても共感するのですが、日本語に. 受託団体として運営を任されています。施設運営にあたっ. 訳しますと「賢明な利用」ということです。積極的な利用. ては、自然教育とまちづくりを柱に、次の3点を意識して. でもなくて、賢く資源を利用していきましょうということ. きました(図3−11) 。. ですね。このラムサール条約の考え方は、自然に限らず、. 一つ目が、「よそ者目線」です。僕も浜中に住んで9年. 地域資源を賢く利用する、賢明な利用はきっといろんな分. になると地域の魅力に鈍感になってきていると思います。. 野で当てはまると思います。. だから、常に「よそ者目線」でいるようにしています。そ. 今、私たちが取り組んでいるのは、この霧多布湿原を活. して、地域で仕事をしていて思ったのが、地域の中にも縦. 用してのまちづくりです。霧多布湿原をただ守るだけでな. 割りがあるということでした。行政も地域もそうですが、. く、ただ自分たちが楽しむということでもなくて、まちづ. それをつなげる役割が必要だと。そうした「つなぐ役目」. くりに活用したい。それが私たちの大きなテーマです。今、. になることを心がけてきました。これが2点目です。3点. − 31 −.
(17) 添 田 祥 史・宮 前 耕 史・平 岡 俊 一・近 江 正 隆・阪 野 真 人・野 村 卓. 図3−12. 図3−13 て交流プログラムを企画していく。. ファンクラブツアー. たとえば、民泊。私たちがハブになって、町外からやっ てくる子どもたちを振り分け、お金のやりとりをしたりし ます(図3−13)。「ファンクラブツアー」は、ちょっと景 色のいいところで町のワインとチーズを食べるというこ とをやっています(図3−14) 。修学旅行生の受け入れ事 業も行っています。漁師さんたちの番屋をお借りして、そ こで漁師のおばちゃんやおじちゃんが漁の話をしながら修 学旅行生と交流する。最近こういうスタイルの修学旅行が 多いですが、大概の漁師さんはおっかない顔をしているの で、生徒たちも最初はおっかなビックリ聞いていますけ ど、すごくいい人なんですよ。 「ワンデイシェフ」という事業は、ビジターセンターで. 図3−14. 毎月1回定期的に行っています。町の人が一日シェフと なって限定20食のランチを800円で出すというものです(図. 目は、地域のひとが主役になることができるような場や機. 3−15)。調理するひとたちは霧多布のふつうの住民です. 会を設けることを大事にしてきました。その仕掛けとし. が、牛乳を使ったり、漁師さんなら魚を使ったりなど、普. て、いろんな交流プログラムを行ってきました。. 段家で食べているようなものを中心に提供します。ですけ. 地域資源というのは様々あると思いますが、自然であっ. ど、それが旅行者の方にすごくうけたりする。そのまちで. たり産業であったり、暮らしであったり、生き物であった. 日常食べられているものを食べられる場所は以外にないん. り、そういうのを「よそ者目線」で、つなげて、地域のひ. ですよね。もちろん地元の人が食べに来てくれたりもしま. とに主役になってもらう。そうするといろいろな交流プロ. す。この取り組みも旅行者のニーズに対して、町内の人の. グラムができています。さらに、そうした交流プログラム. 活躍する場所を作っていることになります。このスライド. を通して、地域にお金や気持ちが還元されていく(図3−. は、湿原と漁業に与える影響を科学的検証していく調査活. 12)。こんな仕組みを作っていけたらと思っています。そ. 動を地元産業の事業者や専門家、学校と一緒に行っている. れが僕たちの役割かなと思っています。. 様子です(図3−16)。. 実際にどのような交流プログラムをやっているのかにつ いてお話しします。まず私たちの法人と指定管理者になっ. 3−6 地域で子どもが「一人前」になるための学び. ているビジターセンター、ここに合計10名のスタッフがい. 子どもの教育についても、浦幌の事例ほどの水準には達. ます。そして、たとえば、浜中町内だったら産業団体とか. していませんが、地域のいろんなつながりをつくりながら. 行政とか、他のNPOとかそうした関係団体があります。. 行っています。私たちが今、地域の教育観としてすごく大. 霧多布湿原ナショナルトラストには、個人会員と法人会. 事にしていることは、「一人前」ということばです。それ. 員、協賛企業がいます。町外にはこの業界のネットワーク. に気づかされたのは、地元の漁師さんと話している時でし. だとか専門家だとか、うちの活動を支援しているファンク. た。 「俺が小学校の時は昆布漁を手伝っていたし、中学校. ラブもあります。これらを私たちがつなげる 「ハブ」 となっ. になったら船を一隻与えられ、自分で船を操っていたよ」. − 32 −.
(18) シンポジウム報告「北海道の自然・教育・まちづくり」. 図3−15 図3−16 最近とくに力を入れているのが、子どもが主体となった エコツアーづくりです。子どもたちが自分のまちの自然や 産業を調べるだけではなくて、さらに「おもてなし役」に もなって発表もあわせて案内してもらおうというもので す。JICAの研修とつないで、漁師さんたちが古くから使っ ている技をまずは子ども自身が覚えて、その伝承を通して 交流する活動も行いました。 子どもたちによるエコツアーづくりの実際についてお話 します。手順としては、地域に昔からある自然を勉強し て、それを伝えるためにはどうすれば良いかということを 考え、発表するというオーソドックスなやり方です。ま 図3−17. ずはコースを設定して、コースに生えている植物が大体わ かったら体育館で役割分担とイメージトレーニングをして. と言うんです。酪農家さんからは「馬に乗れるのが当たり. もらいました。さらに、その役割分担された箇所ごとを相. 前で、乗りながら馬を連れてきたものだ」と言うんです。. 手にうまく伝えるためにどうすればよいかを考えてもらっ. それは多分子どもを「一人前」に育てる風土が地域には備. たり、下見をしてもらいました。下見の時に、 新たな素材、. わってたんと私たちは思っています。子どもを子ども扱い. たとえばシカの骨が落ちていたんですけど、そういうのを. せず、一人前として扱うし、一人前に育てるという、それ. 加えていくことになりました(図3−18) 。. を大事にしています。これに気づいたのはつい最近の話し. このエコツアーは、茶内小学校の子どもたちが企画と案. ですので、まだ事業に落とし込めていません。. 内役をしたんですが、対象は町内の小中学校で新しく赴任. 週末に、子どもを対象とした自然体験事業を行っていま. された教員でした。新しく赴任された先生方が霧多布湿原. す。ここでも地域の人に主役になってもらって先生役に. にくるということを聞いたので「ちょうどいいな」という. なってもらったりしています。普段から浜中町にあるもの. ことで。前日に大雨が降って急遽プログラムを大幅に変え. を使いながら、それが交流となるようなプログラムを意. る必要がでてきたんですけど、 子どもたちはというと「じゃ. 識しています。たとえば漁師さんなら網を修理する技術を. あコースの案内は館内でやろう」と臨機応変にツアープロ. ちょっとアレンジしてハンモック作りをやってもらってい. グラムを変えていく姿は驚きでした。当日は、ヨモギとト. ます。下の写真は、秘密基地づくりです(図3−17)。昔. リカブトの違い、熊と遭遇した際の対処法などガイド役の. は吹雪いた時、湿原で刈ったヨシを使って防雪柵を作って. 子がきちんと説明していました。子ども自身は案内を楽し. いたそうです。そうした話を聞きながら当時の技術を使っ. みながらも、きちんと役割を全うしている。子どもたちが. て秘密基地を作ろうという活動です。キャンプもします。. やれることはたくさんあるんだということを実感していま. 学校教育の中でも、総合学習等でお手伝いさせていただ. す。これはツアーに参加した先生方からの感想です(図3. いてます。教育委員会さんが私たちの活動に理解をもって. −19)。そうした中で、 「一人前教育」というものを改めて. いてくれるので、地域の自然を知る授業で声をかけても. 定義しようと思ったんです。. らってます。教育委員会から謝礼がもらえ、それをまた子 どもたちの活動に充てていく。そのような仕組みです。. − 33 −.
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