小学校低学年における投動作向上のための学習指導に関する研究
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第66巻 第1号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 66, No.1. 平 成 27 年 8 月 August, 2015. 小学校低学年における投動作向上のための学習指導に関する研究 山 形 昇 平 北海道教育大学附属札幌小学校. A Study on Devices in Lessons for Improvement of Throwing Movement in the Lower Classes of Elementary School YAMAGATA Shohei Sapporo Elementary School attached to Hokkaido University of Education. 概 要 本研究は,小学校低学年の子どもが,投動作を効率的に獲得していくために必要な学習指導 上の工夫について示すことを目的に行った。小学校2年生を対象に,ゲームの場やルールを工 夫した6時間のボールゲームの検証授業を実施し,その前後に新体力テスト実施要項にのっと りソフトボール投げの記録を計測した。その結果から,検証授業に組み込んだゲームの場やルー ルの工夫が投動作を効率的に高めることに効果があることを示し,工夫した事項の持つ意義に ついて考察した。. はじめに. の間に身長など体格は向上し,反復横とびなどの 種目で成績は伸びていたのに対し,上に示したよ. 文部科学省が1964年から行ってきた「体力・運. うに投げる力は他の種目と比べても目立って落ち. 動能力調査」によると,子どもの体力・運動能力. ている傾向がみられる。. は,調査開始以降1975年ごろにかけては,向上傾. 発育発達の観点から児童を捉えた場合,スキャ. 向が顕著であった。その後,1975年ごろから1985. モンの発育曲線(松尾,1994)や宮下(1980)の. 年ごろにかけては停滞する傾向にあったが,1985. 発育発達のパターンから,小学生の時期は神経系. 年ごろから現在まで15年以上にわたり低下傾向が. の発達が著しいことが知られている。投げること. 続いている(中央教育審議会,2002)。. を「手に持っている物体に,手によって速度を与. 特に,投げる力の低下は著しく,10歳男子のソ. えて空中に放す動作」と定義するならば,投げる. フトボール投げの記録が,1964年と比較して6. ためには,まず物を掴み,速度を与え,さらにちょ. メートルも低下していることが,文部科学省が公. うど良いタイミングで放すという複雑な動きが求. 表した2013年実施の「体力・運動能力調査」から. められる。それゆえ,神経系の発達の著しい小学. 分かった(文部科学省,2014)。また,この50年. 生の時期に,投げる動作を確実に習得することが. 269.
(3) 山 形 昇 平. 重要である。. に体を動かしていない子が20%以上,放課後に体. 一方,小学校体育の現行の学習課程において,. を動かしていない子が30%以上いる。本校でも運. ボールを扱う領域は2つしかない。体つくり運動. 動に関わることができる環境にある子と,そうで. の時間とゲーム・ボール運動の時間に限られる。. ない子に差があることが分った。. また,現行の指導要領は,ゲーム・ボール運動の 領域を,低学年は「ゲーム」と「鬼遊び」,中・ 高学年は「ゴール型ゲーム」, 「ネット型ゲーム」, 「ベースボール型ゲーム」の内容で構成している。 この中で子どもたちは,投げる,受ける,蹴る, はじく,打つ,止める,運ぶといった様々なボー. 今週、放課後に体を動かしたり、遊ん だりした. n=451 今週、休み時間に体育館や外で体を動 かして遊んだ. スポーツの習い事をしている. ル操作に関する動きを習得していく。また,ボー 0. ルの落下点や目標に走り込む,味方をサポートす る,相手のプレーヤーをマークするなど,ボール. 20. 40. 60. 80. 100. (%). 図1 運動に関わる環境についての調査. を持たない時の動きもゲーム・ボール運動の学習 内容としては重要視されている。それゆえに,オー. 上記の結果に加え,家の周囲にボールで遊ぶこ. バーハンドスローのような投動作そのものを経験. とができる場所が少なくなってきていることや,. したり,向上したりする機会は非常に少なく,よ. ボール遊びが許可されている公園が少なくなって. り効率的に投動作を学ばなくてはならない。. きていることを併せて考えると,十分にボールを. 本研究は,学校現場において児童が投動作を効. 使った運動や遊びを体験できる子は少ないと推測. 率的に獲得していくために必要な教材およびゲー. される。それだけに,思い切りボールを投げるこ. ムの場やルールを選択あるいは改善して行った授. とができる空間と時間を提供できる学校で,投げ. 業実践(以後,検証授業とする)の例を示し,そ. る動作に関する力を効率よく育成することが必要. の前後の児童のボール投げ記録の分析を通じ,そ. である。. の効果を検証することを目的に行った。. 検証授業の内容とねらい 児童の実態. 実施期日と対象児童. 文 部 科 学 省 に よ る と( 中 央 教 育 審 議 会,. 2007年2月15日から27日にかけて,北海道教育. 2002) ,子どもの体力の低下の要因の一つは,運. 大学附属札幌小学校2年2組39名(男子19名・女. 動に関わる環境の変化である。スポーツ少年団や. 子20名)を対象に検証授業(シュートボール 6. 部活動などで運動をよくする子ども,つまり運動. 時間扱い)を実施した。検証授業の前と後にボー. に関わることができる環境にある子と,そうでな. ル投げの記録を計測(男子18名・女子17名)した。. い子の間の二極化傾向が,体力・運動能力が高い 子どもと低い子どもの格差を広げ,体力・運動能. 単元計画. 力が低い子どもを増加させているという。. シュートボールは,ボールゲームの中のボール. 2007年本校で実施した運動に関わる環境につい. 投げゲームである。物やマークなどの的に向かっ. てのアンケート調査結果(附属札幌小学校運動環. てボールを投げる的あて遊びで,個人対個人,集. 境全校調査~附属のスイッチ~)を見ると(図1),. 団対集団で競争するゲームである。学習のねらい. スポーツの習い事をしていない子が40%以上いる. は,狙ったところにボールを投げることやボール. 事がわかった。加えて,1週間に一度も休み時間. を捕ること,ボールが飛んでくるコースに入るこ. 270.
(4) 小学校低学年における投動作向上のための学習指導に関する研究. と,ボールを操作できる位置に動くことの4点で. とをねらった。前時までの学習課題,ルールはそ. ある。. のままに,攻撃を時間ごとに入れ替わるという. ゲームのルールは,以下に示す。. ルールをなくした。つまり,ボールが相手に渡る と攻守は入れ替わる。. ・4名1組1チームで対戦する。 ・自陣にある的(積み重ねたダンボール)に. 表1 シュートボール2年の単元計画. ボールを当て,床に落ちた個数を相手チー ムと争う。 勝ちとする。 使用したコートは,縦10m×横12mの長方形を 自陣とした。その隣には,同様のコートがあり,. 1・2時のゲーム. ・時間内に多くのダンボールを崩したほうが. それを敵陣とした。つまり,縦20m×横12mの長 方形がゲームに使用されるコートである。自陣の 中央には,ダンボールが積まれており,これを的 とした。使用したボールは,モルテン ライトドッ. 一人一人が持っているボールを自陣に積ま れているダンボールにボールを当てる。崩れ て床に落ちたダンボールの個数が得点とな る。時間内により多くの得点を得るかを相手 と争う。的に防御はいない。また,一定時間 で攻撃を交代する方式でゲームを進めた。. ジボール2号球(直径20cm,重さ210g)である。 単元の計画を,表1に示す。1・2時間目は, ことをねらい,自陣にある的にボールを当て,相 手より多くのダンボールを崩すことを学習課題と した。ねらい達成のため,チームの全員にボール を与え,投げさせたり,一定時間で攻撃を交代す. 3・4時のゲーム. どの児童にも力一杯投げる機会をより多く与える. る方式でゲームを進めたりした。 3・4時間目は,パスをもらいやすい場所に動 いたり,シュートしやすい場所に動いたりするな. 前時までのルールに加えて,ボールはチー ムで1つとした。敵が攻撃を行っている時に, 的にボールが当たるのを防ぐことを認める。 円内に限って,ボールを捕ったり,はじいた りして的にボールが当たらないようにするこ とができる。 また, 一定時間で攻守を交代した。. ど,ボールを持たない時の動きを学ぶ機会を設け が,ボールはチームで一つにした。さらに,前時 までのゲームに敵の攻撃を防いでもよい攻守混在 を認めるルールを加えた。つまり,相手の投げた ボールをはじいたり,受け止めたりして的にボー ルが当たることを防いでもよいルールを加えた。 しかし,前時までと同様に,味方と敵が時間ごと に攻撃を入れ替わるようにした。攻撃に専念でき. 5・6時のゲーム. るため,1・2時間目と同様の学習課題ではある. 前時までのルールに加えて,一定時間の攻 守交替をなくし,相手にボールが渡るたびに 攻守が交代するルールに変更した。. るルールにすることで,不得意な子があわてずに 投げることができようにするためである。. ボール投げの記録の計測. 5・6時間目は,今まで身に付けた動きを試し. 新体力テスト実施要項(6歳~11歳対象 文部. ながら,チーム同士が競い合う楽しさを味わうこ. 科学省)「ソフトボール投げ」にしたがい計測を. 271.
(5) 山 形 昇 平. 行 っ た。 ソ フ ト ボ ー ル 1 号( 外 周26.2cm ~. 考 察. 27.2cm,重さ136g ~146g)とライトドッジボー ルを直径2mの円内から投球した。また,投球中. 検証授業前後で,男女ともにボール投げ記録の. または投球後,円を踏んだり,越したりして円外. 平均値が向上したことについて,次の二つの要因. に出てはならないと指導した。記録はメートル単. が考えられる。. 位とし,メートル未満は切り捨てた。2回実施し. 一つ目は,それぞれの児童の投げる回数を確保. てよい方の距離を記録した。. したことである。集団で行うボールゲームにおい ては,コートにボールを一つとするのが一般的で ある。しかし,投動作の習熟が不十分な低学年に. 検証授業前後の記録の変化. おいては,それぞれのペースでボールを投げる機. 検証授業前後のボール投げの記録の平均と標準. 会を確保したほうがよいと考え,単元前半では全. 偏差を表2に示す。. 員にボールを持たせた。また,単元後半において はコートにボールが一つになったが,1チーム4. 表2 単元前後のボール投げの記録の変化. 名と少人数にして全員に投げる機会を十分に保証 したことが一つの原因であると推察される。. ソフトボール 平均. 標準偏差. t-検定. 二つ目は,積み重ねた段ボールを的にし,崩れ. 単元前. 12.3. 3.1. 確率(P) 0.0033. 落ちた数を得点にしたことである。児童はできる. (17名) 単元後. 13.6. 3.3. 単元前. 8.4. 2.7. (15名) 単元後. 8.9. 2.6. 単元前. 10.4. 3.5. (35名) 単元後. 11.3. 3.8. 男子 女子 全体. 3.4169. だけ多くの段ボールを一度に崩したいと思い,速. 確率(P) 0.3010. いボールを的に当てようとしたと推察される。速. t値. 1.0740. いボールを何度も繰り返し投げることで,よりよ. 確率(P) 0.0038. い動作を身に付け,ボール投げの距離を伸ばすこ. t値 t値. 3.1102. とができたと考える。 シュートボールの実践では,コーン等のように. ライトドッジボール . 平均. 標準偏差. t-検定. 男子. 単元前. 7.0. 1.7. 確率(P) 0.0091. (17名). 単元後. 8.1. 2.1. 女子. 単元前. 5.4. 1.9. (15名). 単元後. 6.8. 2.3. t値. 3.5543 0.0001 4.5799. t値. 2.9412. 確率(P) 0.0032. 全体. 単元前. 6.2. 1.9. 確率 (P). (35名). 単元後. 7.5. 2.2. t値. 小さな的に当てることで得点とする実践が多い。 この場合,子どもは確実に当てることに意識を強 く持つと予想される。桜井(1992)は,主に上肢 が用いられる投動作では,蹴る動作に比べると 狙った場所にボールを運ぶことが比較的容易であ るため,ボールのコントロールや調整といった質 的なパフォーマンスが,初速や投距離といった量 的なパフォーマンスよりも重視されると述べてい る。ましてや,シュートボールのように的が近い 場合,児童は無理に強く投げるよりも,的を外さ. 男子では,ソフトボールを投げた場合,ライト. ないように投げ方を工夫すると考えられる。また,. ドッジボールを投げた場合,共に有意な記録の伸. 投げ出されたボールの初速はリリース直前の手の. び が 見 ら れ た(t-検 定,P=0.003お よ び0.009)。. 移 動 速 度 の 大 き さ と 正 の 相 関 を 持 つ( 大 築,. 女子では, ソフトボールを投げた場合,ライトドッ. 1988)ことから,的に当てることを強く意識した. ジボールを投げた場合共に記録の伸びが見られた. 児童の投動作には,バックスイング時の腰や肩の. が,有意な差が見られたのはライトドッジボール. 回転や後傾が見られず,足の踏込や体重移動が少. だけであった(t-検定,P=0.003)。. なくなるなど,投動作本来必要な運動の要素が欠. 272.
(6) 小学校低学年における投動作向上のための学習指導に関する研究. けてしまうことが予想される。 ボールゲームにおいて,的にボールを正確に当 てることは,ゲームを有利に進めるうえで大切な 技能である。しかし,上に述べたように,投動作 が未熟な低学年児童においては,何度も力一杯投 げることでより遠くにボールを飛ばすための動作 を獲得することが大切である。したがって,本実 践で示したように,児童が狙いやすい大きさで, 速いボールを投げなければ得点を得ることができ ないような的にするといったゲームの工夫が投動 作の獲得に有効であると考えられる。. 引用文献 中央教育審議会(2002)『子どもの体力向上のための総合 的 な 方 策 に つ い て( 中 間 報 告 )』http://www.mext. go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/020701. htm 松尾 保(1994)『新版小児保健医学』日本小児医事出版 社,東京. 宮下充正(1980) 『子どものからだ 科学的な体力づくり』 東京大学出版会,東京. 文部科学省(2014)『平成25年度体力・運動能力調査』 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/10/1352498. htm 大築立志(1988) 『「たくみ」の科学(現代の体育・スポー ツ科学)』朝倉書店,東京. 桜井信二(1992) 『投げる科学(スポーツ科学ライブラ リー)』大修館書店,東京.. (北海道教育大学附属札幌小学校教諭). 273.
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