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先泰時代の変身譚について

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Academic year: 2021

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(1)先泰時代の変身辞について. 伝奇之間的流転﹂. 岡田. 充博. ︵﹃台大中文学報﹄第六期、一九九四年︶、李鵬飛﹁中国古. の、注目すべき二論文がある。その成果をも併せて参照し、考察の. 代小説〝変形″母題的源流及英文学意義﹂ ︵﹃中国古代小説研究﹄第三輯、二 〇〇八年︶. 助けとさせていただくことにする。また小論は、旧稿﹁﹃板橋三娘子﹄考︵三︶﹂. 中国における変身渾は、その始原となる上古の時代にまで遡った場合、どの ような特質を持っているのであろうか。この疑問は、変身譜の中国的な特質と. ︵﹃東洋古典学研究﹄第一二集、二〇〇一年︶ における考察の補訂を兼ねてお. 二. り、内容に重複する部分が少なくない。この点、あらかじめ諒解されたい。. 展開について考えようとする際、必ず浮かび上がってくるテーマの一つである。 小説の世界から﹄. に、すでに定説とも目される次のような指. 中国の変身辞につ い て は 、 中 野 美 代 子 ﹃ 中 国 人 の 思 考 様 式 ︵講談社・現代新 書 、 一 九 七 四 年 ︶ 摘がある。. 周知のように、変身あるいは変化を語る先秦の文献資料は極めて乏しい。そ. に始. の中から、﹁動物から人へ﹂ という中野氏の定義に合致するものを探すとすれ. ば、﹃荘子﹄外篇・層一八・至楽篇の一節がある。. 列子が開健に語りかける構成を取ったこの一節は、万物が一つの ﹁種﹂. やほかの動植物が人間の姿. 中国の変身渾には、人間がなんらかの理由によって人間以外のものに姿 き. に化けてあらわれ生身の人間と交わるというパターンが圧倒的に多い。す. まり、その変化によって様々な植物、さらには動物が生ずることを説き、続い. を変えるという パ タ ー ン は 少 な く 、 鬼 ︵ 幽 霊 ︶ なまみ. なわち、ギリシャ以来のヨーロッパの変身澤が、人間から人間以外のもの. せいねい. 羊葵比乎不撃久竹生育寧。青寧生程、程生馬、馬生人、人又反入於. て次のように述べる。. ⋮. へのいわば遠心的なメタモルフォーシスを主としてあつかつているのに反. ︵七四∼五頁︶. し、中国のそれは、人間以外のものから人間へのいわば求心的なメタモル フォーシスを主 流 と し て い る こ と が 注 目 さ れ る 。. ようけい. 機。萬物出於機、皆入於機。. 羊葵という草は筍の出ない久竹と交わりあって、青寧という虫を生. む。青寧は程 ︵豹︶ を生み、程は馬を生み、馬は人を生み、その人は死ん. ⋮. 観しての定義である。従って、これをそのまま上古の神話の時代に当て放めら. で再び機︵万物を生む造化の微妙な仕掛け︶ のうちに戻る。このようにし. ただ、この優れた指摘も、志怪小説を中心とした中国変身諦の歴史全体を概. れるか否かは、自ずから別問題となろう。中国最古の変身渾の話群については、. て万物は機から生まれ出て、またみなそこに帰るのである。. 登りつめる。そして人は死によって ﹁機﹂ のうちに戻り、変化の完全なサイク. 荘子の説く変化の連鎖は、植物から虫、虫から大きな動物、さらには人へと. 中野氏の定義を一先ず保留した上で、改めて具体的な考察を試みる必要がある と思われる。小論では、そうした観点から、上古すなわち先泰時代の変身譜を 読み直してみたい。 なお中国の変身渾に関しては、他に徐志平﹁﹃人化異類﹄故事従先秦到唐代.

(2) 65. 先秦時代の変身渾について. 岡田. 充博. 二六. ば﹃尚書﹄周書・泰誓の上篇にも、﹁惟天地萬物父母、惟人寓物之塞︵天地こ ルが措かれることになる。ここに見える動植物の名称については様々な異説が. そは万物の父母であり、人こそは万物の霊長である︶﹂とある。ただ、人を霊 あるが、それはさておきこのサイクルは、﹁動物から人へ﹂という中国におけ 長とするこの認識も、人と他の諸物とを完全に切り離す考えには立っていない。 る変身の基本的な方向性を示しているといえよう。また、ほぼ同じ内容の文章. 外篇﹄. ︵中央公論社・中公文庫、一九七. 物は三百六十もあって、人がその筆頭である。人は動物であり、万物のうちで. 也、萬物之中有知慧者也。其受命於天、稟気於元、輿物無異︵そもそも裸の動. 父母なる天地から生み出されたという点からすれば、人も他の万物と変わると が﹃列子﹄天瑞篇にも見え、こうした自然観が必ずしも特殊なものではなかっ ころがない。ここから後世、後漢の王充が﹁夫保垂二百六十、人魚之長。人物 たことを物語る。森三 樹 三 郎 ﹃ 荘 子. 四年︶は、この変化・転生の説について、当時の民間信仰に根ざすものと推測 している︵二四九頁︶。﹃荘子﹄の外篇は、荘子自身の手になるものではなく、. 知、 恵のある者である。人が命を天から授かり、気を天地の元気から受けている 彼以後の道家の人々による成立とされるが、至楽篇のこの変化のサイクルには 中国古代の自然観・生命観が伝えられていると見て間違いないであろう。 ことは、万物と異なるところがない。︶﹂ ︵﹃論衡﹄排崇・第七二︶と述べる ような、﹁気﹂の思想に基づく一元論が生まれる。そして人が万物のうちに含 ところで、植物から動物が生じ、動物が他の動物に変化するという考えは、. となる︵孟冬︶等の記事があることは、よく知られるとこ. る現象に外ならない。 このように、道家儒家の枠を越えた古来の自然観・生命観を根拠に中国の﹁変. まれも 、ぐ 同ら じふ ﹁な 気し ﹂う にず よら って成り立っている以上、植物から動物、動物から動物 道家の典籍に限らず、儒教の経典にも見られる。動物から人へという展開こそ への変化が起こるのと同様に、動物から人への変化もまた、原理的に起こり得 すずめ. ないけれども、﹃礼記﹄の巻六・月令篇に、鷹が鳩に化し︵仲春︶、田鼠が麓. 雉が海に 入 っ て 蜃. に化し︵季春︶、腐草が螢となり︵季夏︶、爵が海に入って蛤となり︵季秋︶、 おおはまぐり. 化々 ﹂観は成立しており、その変化のサイクルをたどれば、最終的には﹁動物か ろである。同様な記事は、﹃大戴礼記﹄夏小正・第四七にも見える。現代の我. ら人へ﹂という変身が必然的に導き出されることになる。ただ、それにもかか の目に如何に奇異に映ろうとも、近代以前の中国において、これは観察に基づ. 諸によって占められるのである。 たとえば、儒家の経典﹃春秋左氏伝﹄が伝える変身の神話として有名な、鯨. わらず、私たちが今日目にし得る先秦の文献からは、﹁動物から人へ﹂の変身 いた 自 然 現 象 の 記 述 で あ っ た 。 評を探し出すことが難しい。現在に残された零細な資料をもとにして言えば、 そもそもこの﹁変化﹂という言葉自体、﹃易﹄に出典を持っている。繋辞上 上古の変身辞は、﹁神あるいは人から動物へ﹂という、中野氏の定義とは逆の 伝には、﹁在天成象、在地成形、欒化見央︵[陰と陽が]天にあっては象をな. し、地にあっては形をなし、変化の作用が現われる︶﹂、﹁聖人設卦観象、繋 辞焉而明吉凶。剛柔相推而生攣化︵聖人は卦を設けてその象の意味を観察し、. り、羽淵に入った。. むかし尭は鯨を羽山で諌殺した。するとその霊魂は化して黄色の熊とな. こん. 昔尭殖鰊干羽山。其神化烏黄熊、以入干羽淵。. に次のような短い話が見える。. にまつわる詰も、﹁動物から人﹂とは逆の﹁人︵あるいは神︶から動物﹂ への その結果を言葉に記して吉凶を明らかにした。卦中の剛史と柔交はたがいに推 変身である。昭公七年の条 移して変化を生ずる︶﹂、﹁天敷二十五、地敷三十。凡天地之敷五十有五、此. 所以成欒化而行鬼神︵天の数は二十五、地の数は三十。天地の総数は五十五と なり、これこそがあらゆる変化を形成し、鬼神の作用を遂行するものである︶﹂. など、この言葉が幾度も現われる。﹁変化﹂という観念は、﹃易﹄の根本原理 に関 わ る も の だ っ た の で あ る 。 このように様々に変化する万物のなかで、人間はその頂点を占める。たとえ.

(3) 64. この話は﹃史記﹄巻三二・斉世家にも記されており、人が怨念によって動物. に生まれ変わるという、変身の理由が注目される資料である。また、鰊・彰生. 鰊は、治水伝説で知られる南の父親である。尭の命令を受けて治水にあたっ たが、九年たっても 成 果 を あ げ る こ と が で き ず 、 放 逐 さ れ て 死 ん だ. いずれの詰も生きながらの変身ではなく、死を介しての再生の物語となってお. ︵あるいは. 謀殺された︶。この話は、﹃尚書﹄の尭典や洪範、﹃国語﹄の周語および魯語、. に作る。﹁能﹂. は熊の一種とも、あ. 変身関連の古資料を多く収めるという点で注目されるのは、撰者不詳の地理. 三. 以降で資料を通観した上でのことにしたい。. 逆の現象については、当然問題とされなければならないが、ただそれは、次節. という後世とは. り、ここではその点も記憶しておかれるべきであろう。. ﹁黄能﹂. が正しく、熊は洪水神が活躍す. 中国上古の変身評が覗かせる、﹁神あるいは人から動物へ﹂. あるいは﹃墨子﹄尚賢篇などに見えるものの、変身請の要素はない。ただ、右 に挙げた﹃春秋左氏伝﹄と、﹃国語﹄巻一四・晋語に引かれる話が鯨の変身を. は﹃国語﹄では. 語っており、この話が古代の神話に由来するものであったことを伝えている。 ただし、﹁黄熊﹂. ﹁黄熊﹂. るいは三本足の驚ともいわれるが、いずれにしても動物への変身である点では 変わらない。なお、 白 川 静 氏 に よ れ ば るときの変化した姿 で あ ろ う と さ れ る [ 注 1 ] 。. 書﹃山海経﹄であろう。もっとも、多くとは言ってもその数は十件ほど、しか. もいずれも極めて簡略な記載に過ぎない。しかし、零細な資料群の中では、貴. ﹃春秋左氏伝﹄には、もう一つ変身の話が収められている。これは一人の人 間に関わるもので神話とは別種であるが、やはり動物への変身渾である、荘公. 重な価値を持っている。そこで本節では、この﹃山海経﹄に見える変身の記事. と言うと、公は怒. の基礎的研究﹄ ︵笠間書院、一九九五年︶. があり、第三章第十節の ﹁転. は、拙稿本節の考察とも重なり合う。教示を受けるところ少なくな. ﹃山海経﹄. の成立については謎が多いが、徐志平論文が衰珂氏の説を引用し. かったことを記しておく。. 生の神話﹂. 海経﹂. を総覧しておくことにする[注2]。なお﹃山海経﹄に関しては、松田稔﹃﹁山. 八年の条に次のよう な 記 事 が 見 え る 。. 冬十二月、膏侯荘子姑禁、遂田干貝丘、見大家従者日、公子彰生也。公. ︵嚢公︶. ﹁公子彰生です﹂. 怒日、彰生散見。射之、家人立而疇、公憤、隊干車傷足、喪履。⋮ こふん が姑禁に出遊し、ついで貝丘で狩猟をしている 冬十二月、斉 侯. と、大きなイノ シ シ が 現 れ た 。 従 者 が. の四篇が漠代初年の作かと疑われるほか. て述べるように. ﹁鼓﹂. と ﹁欽魂﹂ の話を見てみよう。. 又西北四百二十里、日鍾山、英子日鼓、其状如人面而龍身、是輿欽魂殺. 話である。たとえば、西山経に載る. 物から人への変身は一例も見られない。しかも、殆どが死を介在させた再生の. この古文献が伝える変身の詰も、人あるいは神から動物への変身であり、動. [注3]、﹁海内経﹂. って、﹁彰生 が 出 て く る も の か ﹂. は、戦国時代あるいはそれ以前と推定されている。. と夫を射ると、イノシシは人のように立. ち上がって晴き声を上げた。公は恐ろしさのあまり車から墜ち、足を怪我 して履物を失く し て し ま っ た 。 ⋮. 話を少し補っておくと、彰生は斉の力士で、嚢公の命を受けて魯の桓公を暗 り、事を知った桓公が邪魔になっての仕業であった。しかし、魯の国民の非難. 篠江干昆命之陽、帝乃敏之鍾山之東日膳崖、欽鴫化鳥大鶴、其状如彫而黒. 殺した男である。実は嚢公は、桓公に嫁いだ妹の魯夫人と近親相姦の関係にあ を受け、嚢公は彰生を殺して魯に謝罪した。イノシシとなった彰生が現れたの. 文自首、赤壕両虎爪、其音如農鵠、見則大兵。鼓又化烏鵡鳥、其状如鵠、. 二七. は、その八年後のことである。この事件の直後、嚢公は決起した公孫無知らに. 充博. 赤足而直唆、黄文而自首、其音如鵠、見則邑大草。. 岡田. よっ て 森 さ れ る 。 先秦時代の変身讃について.

(4) 63. 先秦時代の 変 身 渾 に つ い て しよう. 岡田. 充博 ー. さらに西北に四百二十里、鍾山といい、その︵山の神︶の子を鼓という。. 是多僕緊、清盛。. そくじよう. 二八. 洪水が天にみなぎったので、鰊は天帝の息壌︵無限に増殖する土︶を盗. 復生南。帝乃命南、卒布土以定九州。. 洪水滑天、鰊縮帝之息壌以埋洪水、不待帝命。帝令祝融殺鯨於羽郊。鯨. 話は、海内経にも次のようにあって、こちらが詳しい。. では地名が異なるけれども、同種の鯨神話と考えられる[注4]。なお鯨の神. ば、示されているのは﹃春秋左氏伝﹄にあった鯨の詣であろう。羽山と青要山. 簡略な記載で分かりづらいが、萬の父つまり鯨が化した所ということであれ. せいよう さらに東に十里、青要の山といい、まことにここは天帝の秘密の都であ きんびほうこう その形は人面で龍身、この神が欽魂とともに裸江を昆命の南で殺したので、 せんしよ ようがい がちよう る。ここには駕鳥︵ガンのなかま︶が多い。南に嘩渚を望み、南の父の化 天帝は二人を鍾山の東の膳崖という地で成敗された。すると欽魂は化して みさごわしあやかしらくちばし ほろ ぽくるい した所で、ここには僕索︵かたつむり︶、蒲慮︵おおはまぐり︶が多い。. しんこく とぴ. のよう、これが現れると大戦. 大きな儲となった。その形は彫の如くで黒い文があって白い首、赤い唆 しゆん. で虎の爪、その 声 は 農 鵠 ︵ み さ ご の な か ま ︶. のよ. が起こる。鼓もまた化して怨鳥となった。その形は鴎のようで、赤い足に 真っ直ぐな壕、黄色い文があって白い首、その声は鵠︵はくちょう︶ くに. の詰も、死を介した変身である。. う、これが現れ る と そ の 邑 に は 大 早 魅 が 起 こ る 。. 続く北山経の有名 な ﹁ 精 衛 ﹂. 又北二百里、日饅鳩之山、其上多柘木。有鳥焉。其状如烏、文首、白壕、. しゆくゆう んで洪水をふさいだが、帝の命令を待たなかった。そこで帝は祝融に命じ. て鯨を羽山の郊外で殺させた。鯨はよみがえって南を生んだ。帝はそこで. 赤足、名日精衛、共鳴自設。是炎帝之少女名目女娃、女娃済千束海、溺而 不返、故岳精衛 、 常 衝 西 山 之 木 石 、 以 埋 千 束 海 。 しやぼく はつきゆう さらに北に二百里、発鳩の山といい、その上には柘木︵やまぐわ︶が多. 南に命じ、ついに国土を区画して九州を定めさせた。. られるのみである。 さらに大荒西経典の﹁魚婦﹂. ﹁紡項﹂ の詰も、文脈が辿りづらく難解ではあ. ただ、黄熊あるいは黄能への変身は見られず、再生して南を生んだことが語. い。ここに鳥がいる。その形は烏のようで、文様のある首、白い唆、赤い せいえい 足で、名を精衛といい、鳴くときは自分の名をよぶ。これは炎帝の幼い娘 じよあい で名を女娃という。女娃は東海に遊んで溺れて返らず、かくて精衛となり、 つねに西山の木切れや小石をくわえて、それで東海を埋めようとするので ある。. せんぎよく. 魚がいて偏枯︵半身不随︶、名付けて魚婦という。顔項は死んでもすぐ. して魚となるが、これが魚婦である。散項は死んでもすぐによみがえる。. にまたよみがえる。風が北から吹きだすと、天は大水を溢れさせ、蛇は化. へんこ. 魚、是鳥魚婦。額項死即復蘇。. 有魚偏枯、名目魚婦、緻項死即復蘇。風道北束、天乃大水泉、蛇乃化薦. るが、再生による変身の物語を背景に持つと思われる。内容は次の通り。. 溺死した女娃の海への遺恨が、彼女を精衛という鳥に変身させたわけであり、 この点では、前節で挙げた﹃春秋左氏伝﹄の彰生の変身と軌を一にしている。 遺恨・執念による転生は、中国の変身讃の中では極めて古い起源を持ち、しか も変 身 の 重 要 な 要 因 で あ っ た こ と が 分 か る 。 また中山経には、次のような記事がある。 又東十里、日青要山、賛惟帝之密都。是多駕鳥。南望嘩渚、南父之所化、.

(5) 62. 白川静﹃中国の古 代 文 学 ﹄ は 、 偏 枯 の 神 魚 婦 を 顔 項 の. ﹁死してまた蘇る﹂姿. ときゆう. 水が起り、蛇型のその神は魚と化して、この洪水を治めるのであろう。洪水は. めて少ないが、これはその珍しい例と言える。蕎草の名は、同じ中山経の泰室. 人から植物への変身の話は、ヨーロッパの神話と異なり、中国においては極. その実は菟丘︵ねなしかずら︶のようで、これを服用すると人に愛される。. 死を意味する。それは地上の一切の生を奪うものである。しかしその洪水によ. 之山の条にも見え、﹁有草焉。其状如菜、白華黒実、澤知事莫、其名目毒草、. とし、この一′節を次のように読み解いている。﹁風道の北よりきたるとき、洪. ってもたらされるおびただしい黄土が、また肥沃な土壌となって、万物に蘇る. 服之不味. ︵草がある。その形はアザミのようで、花は白く実は黒く、ヤマブド. 力を与える。それは両河やナイル流域の洪水が、また次の豊穣を約束するもの. は、仙草としても知られ ︹注5︺、従って実在の草か否かについては. ﹁蕎﹂字と通ずる﹁堵﹂および. は、特殊な草でないとする。しかし、その形状についての記. とある。このように二箇所にわたって記事が見えるところから、松田. l・︷. 道渇而死。奔其杖、化島部林。. ﹁郵林﹂、大荒南経の ﹁楓木﹂. 守夫輿日逐走入日。渇欲得飲、飲干河洞、河洞不足、北飲大澤。未至、. がある。ただ、いずれも人ではなく物が植物に変身する、次のような話である。. 植物への変身ということでは、他に海外北経の. 問題を残す。通常の草の由来を語る話とは、一線を画しておくべきであろう。. ﹁堵草﹂. 述は、上記のように相違が大きい。また、この. 稔﹁転生の神話﹂. ない︶﹂. ウのように光沢がある。その名を菩草という。これを服用すると目が悪くなら. 偏枯の神﹂︶。これに. の諸にも触れておくべきで. ︵第二章︰神話と経典﹁t. であったのと似ている。ここに記されている死とその復活は、明らかに洪水と その洪水神の物語で あ る ﹂ 従う。 この他、厳密には 変 身 と は 言 い 難 い が 、 ﹁ 形 天 ﹂ あろう。海外西経に 次 の よ う に あ る 。. 奇肱之囲在英北、⋮⋮形天輿帝至此事神、帝断其首、葬之常羊之山、乃 i亡こ・フ. 以乳鳥目、臍 烏 口 、 操 干 戚 以 舞 。 奇肱の国はその北にあり、⋮⋮形天は天帝とここに至って神争いをし、 たてまさかり. 帝はその首を切り落とし、これを常羊の山に葬った。そこで形天は自分の を手にして舞っている。. り、黄河と洞水で飲んだが、黄河と洞水でも足りず、北の大きな沢で飲も. 乳を目となし 、 臍 を 口 と な し 、 干 と 戚. 首を斬られた形天の体は死ぬことなく、異形の者へと変形を遂げており、そ. うとした。しかし、まだ行き着かぬうちに、途中で渇きのために死んでし. 育夫は太陽と駆け競べをして入り日を追った。喉が渇いて水がほしくな. の点では一種の珍しい変身評と言えようか。あるいは形天の斬首と埋葬が死を. まった。その杖を投げ捨てたところ、化して郵林となった。. がこれにあたる。話は次のようなものである。. 充博. ったのである。. しゆう. あしかせてかせ. 二九. 尤は黄帝の捕虜となり、手軸足伽をはめられ殺された︺、これが楓木とな. に生えており、楓木という。楓木は、蛍尤が棄てた彼の桂 と梧であり︹寅. ふう. 宋山という山があって、赤い蛇がおり、育蛇という。木があって、山上. 棄共棲桔、是鳥楓木。. 有采山者、有赤蛇、名日育蛇。有木、生山上、名日楓木。楓木、蛍尤所. と■︵ノ. 象徴しているとすれば、これもまた再生の物語ということになろう。. ﹁女戸﹂. 以上、人から動物への変身を紹介してみたが、人から植物への変身もある。 中山経の. 又束二百里、日姑嬉之山。帝女死蔦、其名目女P。化烏若草、其菓育成、 其華黄、其賓如 菟 丘 、 服 之 媚 千 人 。 二よ・フ. ようそう. さらに東に二百里、姑嬉の山という。天帝の娘がここで死に、その名を じょし. 岡田. 女戸という。彼女は化して囁草となったが、その菓は茂り、その花は黄色、 先秦時 代 の 変 身 渾 に つ い て.

(6) 61. 先泰時代 の 変 身 諸 に つ い て. 岡田. 充博. おおよそこのように概観してくると、﹃山海経﹄に見える変身は、人から動 物への変身が圧倒的に多く、しかもそれらは死を介しての変身ということにな る。右に示した物から植物への変身の題も、持ち主の死がともに関わっており、 中国上古神話の変身においては、死が極めて大きな要因となっていることが分 かる。では、死を介在させない、生きたままの変身はないのであろうか。これ に関して取り上げら れ る べ き 資 料 は 、 大 荒 西 経 の 次 の 一 文 で あ る 。. 有囲名目淑士、敵項之子。有神十人、名目女嫡之腸、化岳神、庭栗廣之 野、横道而虞。 じょかはらわた せんぎよく 国があり、名は淑士、散項の子である。神が十人いて、名を女嫡の腸と いう。化して神となり、栗広の野に住み、道を横切って立ちふさがってい る。. 三〇. 万物を作り出したの意味に取ることが可能であろう。 こうした﹁七十化﹂ の伝承が、女嫡の大いなる変身能力を語るものである すれば、中国の古代神話にも死を介在させない変身があったことの、有力な証 拠となろう。中野美代子氏は、この資料をもとに女嫡にも自由な変身能力があ ったとし、さらに天地創造のために様々な動物に変身した、インドのヴイシュ. ヌ神を例に挙げる︵﹃中国の妖怪﹄一八六∼七頁︶。. インドの神話を援用して展開される中野説は、極めて魅力に富んでいる。し かし、中国の研究者達は多く見解を異にする。例えば蓑珂﹃山海経校注﹄は、 ﹃設文解字﹄十二篇下の﹁女嫡、古之神聖女、化萬物者也﹂をもとに、﹁七十. ︵文匪出版社、二〇〇四年︶の﹁女嫡之腸. 化﹂の﹁化﹂は﹁変化﹂ではなく、﹁化育﹂の意味であるとしている︵三九〇 頁︶。また沈海波﹃﹁山海経﹂考﹄. 与女嫡七十変﹂も同じ結論であり︵二八三∼二八五頁︶、郭邪﹃山海経注疏﹄. ︵中国社会科学出版社、二〇〇四年︶も女娘の変身を否定する︵八二四頁︶。. 邦人の研究においても、死と再生ととらえる白川静説︵﹃中国の神話﹄第二章・ ここには、死を連想させる言及は見られない。ただ、余りにも簡略な記述で. の方である。. す﹂と読む説︵明治書院﹁新釈漢文大系﹂の楠山春樹訳注︶などがあって、検. ﹁化して神となる﹂具体的な経緯が明らかでなく、有力な証拠と言うには不創 安世の神話、﹁伏義と女嫡﹂︶、﹃准南子﹄説林訓の高誘注を﹁造化を七十変 が残る︹注6︺。む し ろ 興 味 深 い の は 、 こ の 神 々 の 母 親 ﹁ 女 嫡 ﹂. 死を介在させた変身しかなかったのであろうか。ここで節を改め、もう少し紙. 証拠は一件も拾い出せないことになる︹注8︺。では、中国の上古神話には、. こうしてみると﹃山海経﹄の資料中からは、生きながらの変身を示す明白な. 討の余地はなお残ることになろう︹注7︺。 造人神話で知られるこの女神について、晋の郭瑛は﹃山海経注﹄で次のように. 説明 す る 。 女嫡、古神女而帝者、人面蛇身。一日中七十攣、其腹化焦此神。. 幅を割いてこの問題を考えておきたい。 女嫡は古の神女であり天帝だった者で、人面にして蛇身である。一日の 四. えれ てに いる。 に触れた一節があり、後漢の高誘はこ. 后啓母石﹂を見物したとの一節がある。これに唐の顔師古は次のような注を加. 巻六■武帝紀に元封元年︵前一一〇︶綿氏への行幸の詔を載せ、その中の﹁夏. 死を介在させない変身の例としては、南の治水の話が知られている。﹃漢書 ﹁天間﹂に初めて見え、後漢の王逸は﹃楚辞章句﹄. うちに七十変し、その腹が化してこの神となったのである。 この女嫡の名は﹃楚辞﹄. ︵⋮ 言い伝えによれば、女 において、﹁停言女嫡、人頭蛇身、一日七十化、⋮. ﹁七十化﹂. 嫡は人頭蛇身で一日に七十回も化した、⋮=︶﹂と注記する。﹃港南子﹄巻一. 七・ 説 林 訓 に も 、 女 娘 の. ﹁七十攣造化﹂と注記している。簡略で意味が取りづらいが、七十回変化して.

(7) 60. 去、至嵩高山下化鏡石。方生啓、両日、蹄我子、石破北方而啓生。事見准. 氏日、欲銅、聞鼓聾乃来。高跳石、誤中鼓。塗山氏往、見南方作熊、漸而. 啓、夏高子也。其母塗山氏女也。南治鴻水、通樟韓山、化篤熊、謂塗山. 型は別の形であって、漠代において. 献的には遡れないものも多いはずである。また塗山氏と啓の話については、原. 細な断片しか残っていない神話資料の場合、漠代以前に成立していながら、文. 秦資料に見当たらないことが、そのまま漢代成立説を裏づける訳ではない。零. 問符を払拭し去ることも、現資料からでは難しいと言わざるを得ない。. なお慎重な態度が取られるべきであろうが、一方、徐論文によって付された疑. られよう。従って、南の熊への変身を上古神話から除外することに対しては、. ﹁漸﹂ ﹁北方﹂ の要素が加わったとも考え. 南子。. ﹁食事をと. 啓は夏の萬王の子であり、その母は塗山氏の娘である。高が洪水を治め. かんえん. と言った。とこ. て韓韓山を通り か か っ た 際 、 熊 に 変 身 し よ う と し て 、 塗 山 氏 に どけようと思っ た ら 、 太 鼓 の 音 を 聞 い て や っ て 来 な さ い ﹂. 南の変身の神話も十分な証拠にならないとすると、他には生きながらの変身. を語る資料はないのであろうか。ここで思い出されるのは、不死の薬を盗んで. ろが南は石を跳ね、誤って太鼓に当ててしまった。塗山氏は出かけて行き、 高がちょうど熊になっているのを見て、恥じて立ち去り、嵩高山のふもと. の. である。. に、﹃准南子﹄からとして次の一節が引かれている。. こうが. の世界に身を託してしまった。これが月に住むヒキガエルであり、月の精. 罪は西王母に不死の薬をもらつたが、妻の垣蛾がこれを盗んで逃げ、月. 月精。 げい. 罪請不死之薬於西王母、罪妻短蛾窺之奔月、託身於月。是篤塘蝶、而残. ﹁少女風﹂. トトギスとなった萄の望帝の話である。前者は﹃初学記﹄巻一・天部・天第一. 月に昇りヒキガエルとなった牌蛾︵垣蛾︶ の話、臣下の妻との不義を恥じてホ. と言った。すると石が北方に割れて啓が誕生した。この事は. で化して石となってしまった。啓を生む臨月に当たっていたので、南は﹁我 が子を返せ﹂ ﹃准南子﹄に 見 え る 。. ここには、治水のために熊に変身して超人的な能力を発揮する、神話の南の 姿がある。顔師古は出典を﹃准南子﹄としているけれども、この話は現行本に は見えず、後世おそ ら く 脱 落 あ る い は 削 除 さ れ た も の と 考 え ら れ る 。 従来この記事は、儒教の現実的な思想によって人格化される以前の、神とし ての丙とその変身の能力を示す資料とされてきた。これによれば、中国の上古 神話にも、死を介在 さ せ な い 変 身 が あ っ た こ と に な る の で あ る 。. た話と、月中にヒキガエルが棲む話とは本来別のもので、漢代に一つになった. ただし徐志平論文はこの神話に関しても、婦蛾が不死の薬を盗んで月に逃げ. この神話を漠代に成立したものと考える。その理由は、南の熊への変身・塗山. も残されようが、本来別の話であったとする徐氏の論考には説得力があり、い. しかし、この通説に対して疑問を投げかけたのが、徐志平論文である。氏は、. 氏の石化のいず軌もが先秦資料には全く見当たらないこと、熊となった南を見 て妻の塗山氏が断じたのは、動物への変身に畏敬の念を抱かなくなった後世の. ずれにせよ婦蛾の変身についても再考の必要があることになる。. 充博. ︵北魂の開園の撰︶. から引いてみよう。. 三一. 望帝使電塞︹一作冷︺整巫山治水有功。望帝自以徳薄乃重囲於電塞〓. る﹃十三州志﹄. 次に後者の望帝の変身であるが、﹃太平御覧﹄巻一六六・州郡部・益州に載. とする見解を示している。両話が融合した時期については、漢代以前の可能性. 精神を反映していると考えられること、塗山氏が変身した石が北方に割れて啓 が生まれたというのは、漠代の五行説の影響を受けていると思われること、等 である。もしこの徐氏の主張が正しいとすれば、死を介在させない変身の証拠 は、再び消滅するこ と に な る の で あ る 。. 岡田. ただ、徐氏の論証にも完全とは言い難いところがある。たとえば現存する先 先泰時代 の 変 身 渾 に つ い て.

(8) 59. 先秦時代の変身詳について. 岡田. 充博. 三二. 世界の古代神話に広く見られる特徴であり、原始的な思惟としての普遍牲を持 作冷︺親日開明。遂自亡去、化篤子規。故萄人聞鳴日、我望帝也。又云、 つように思われる。だとすれば、そうした原初的な性格を持つ変身の話が先泰 望帝使籠憂〓作冷︺治水而淫其妻。憂〓作冷︺還、帝怒、遂化篤子規。. 時代には存在せず、漢代にいたって俄かに登場すると考えるのは、通念から外 杜宇死時、適二月而子規鳴。故萄人間之、皆日、我望帝也。 る。 こ望 と帝 には なろ べつれい 望帝は電霊に巫山を開整して治水工事をさせ、功績があっれた 自う︹注9︺。丙の熊への変身を例に取ってみよう。高が神格を. 失って歴史上の人物となり終えてすでに久しく、さらに儒教が国教化された漢 ら徳の薄さをさとり、禅譲して国政を電冷に委ね、霊は開明と名乗った。 代にあって、それに逆行するこのような神話が不意に誕生するというのは、如 望帝は逃れ去り、化して子規となった。それで萄の人はこの鳥の鳴き声を. 何。 にも不自然な印象を免れない。私たちはやはり、丙の変身の物語に、上古神 聞くと、﹁わしらの望帝さまだ﹂というのである。また次のようにも云う. 話へと遡りうる可能性を残しておいてよいのではないだろうか。 望帝は電霊に治水をさせた問に、その妻を姦淫した。霊が還ると、帝は転 じて化して子規になった。杜宇︵望帝︶が死んだ時、たまたま二月でホト. 身とは異なり、中国上古の神話の主人公達は、やはり死と再生のドラマの下で. も、依然として変わることのない特徴である。ギリシア神話の神々の自由な変. 占めている点であり、これは、南の変身が先秦時代に遡る神話であったとして. ただ、資料を総覧して気付くのは、死が介在する再生の変身が圧倒的な数を. たどり着くことは、現段階ではやはり難しいと言わざるをえない。. 生前の変身の存否については煮え切らない論の運びとなったが、確かな結論に. 五 トギスが鳴いた。それで萄の人はこれを聞くと、皆﹁わしらの望帝さまだ﹂ 以上、先秦時代の変身詩と見なされる資料を取り上げ、考察を加えてみた、 というのである。. 望帝がホトトギスに化した話は、さらに古くは後漢の場雄﹃萄王本紀﹄の一 節︵唐の劉知幾﹃史通﹄雑説・下に引かれる︶、後漢の許慎﹃説文解字﹄四篇. 上の﹁簡﹂字の往などに見える。ただこの話は、﹃十三州志﹄も複数の伝説を 並べ、後者には死の介在が窺われるように、様々なヴァリエーションがあって. 変身を遂げることが多かったのである。しかも、改めてその変身を眺めて見る. ったと記すのみ. 一定しない。例えば﹃説文解字﹄は、単にホトトギスと﹁為﹂. と、刑罰︵鯨・鼓・欽・形天︶、遺恨︵彰生・精衛︶といった受動的な変身が. 多いことに驚かされる。能動的といえる南の変身にしても、トーテムあるいは. 洪水神としての姿への回帰であり、彼の自由で多彩な変身能力の一つであった. たと結論づけてよいのであろうか。しかし、仮にそう考えるとすると、ここで. 拠とはなり得ない。となると私達は、中国上古の神話には生前の変身が無かっ. 身の神話を拾い上げてみても、結局のところ、生前の変身を裏付ける確たる論. 継がれる特性を持っているのである。そしてそうだとすれば、仙術や道術に見. 人から動物への変身渾は、この受動性において、おそらく上古から連綿と受け. 生諦を貫く受動性と、深部で繋がり合うものではないだろうか。中国における. 考えられる︹注10︺。なかでも刑罰による変身は、仏教伝播後の膨大な応報転. とは思われない。 この刑罰や遺恨による受動的な変身は、単に上古神話の特徴というのみに留 まらず、中国後世の﹁人から動物へ﹂ の変身誇とも、一脈通じ合う面を持つと. また新たな疑問が生じることになる。そもそも、神々の超能力による変身は、. このように、﹃山海経﹄以外の文献に目を向けて、上古に遡ると思われる変. と見なされることが多く、生前の変身を示す証拠とはなりそうにない。. てることは難しい。加えて、原始的な思惟においては鳥は人の魂が化したもの. 見える。結局この資料も、先秦に遡る古い話であったとしても、原型を探り当. すとする、変身を伴わない合理化された話︵﹃華陽国史﹄巻三など︶も一方に. いは、望帝が山中に隠れた時に杜絶が鳴いたため、萄人はその声で彼を思い出. であるが、﹃史通﹄が引く﹃萄王本紀﹄は、﹁塊﹂が化したとしている。ある. な.

(9) 58. られる自由な変身の起源と、物語としての発展の経緯が改めて問題となってこ 1. 注. の変. ︵三、洪水神の葛藤︶、および同氏﹃中国の古代. 同氏の﹃中国の神話﹄ ︵中央公論社、一九七五年/平凡社﹃白川静著作集・第六巻﹄ 一九九九年︶第二章﹁創世の神話﹂. 八巻﹄二〇〇〇年︶第二章﹁二 啓母石﹂ に詳しい。. なお、尭に誅殺された鰊の変身について語る資料としては、﹃春秋左氏伝﹄. ﹁黄龍﹂ への変身、晋・王嘉﹃拾遺記﹄巻二の. ﹁玄魚﹂ への変身などが挙. げられる。こうしたところから、鰊の変身あるいは始原の姿については異説が多く、. 啓笠︶﹄の. の他に、﹃山海経﹄巻一八・海内経﹁鰊顛帝息壌以埋洪水﹂郭瑛住所引﹃閉塞︵帰蔵. ﹃国語﹄. 文学︵一︶神話から楚辞へ﹄ ︵中央公論社、一九七六年/平凡社﹃白川静著作集・第. よう。ただ、これに関しては今後の課題とし、稿を改めて論じてみることにし たい 。 さて最後になったが、中国上古の変身譜が神・人から動物への話で占められ という現象は、実は必ずしも、﹁動物から人へ﹂. る点についても、考えておかねばならない。上古の変身講の話群が覗かせる﹁神 ある い は 人 か ら 動 物 へ ﹂ の変身辞の発生を魂晋以降とする説を否定. 身澤が上古に存在しなかったこと意味するものではなかろう。この間題につい て李 鵬 飛 論 文 は 、 ﹁ 動 物 か ら 人 へ ﹂. 未だに定解を得ない状態である。ただ、いずれにしても人 ︵あるいは人型の神︶ から. に. し、トーテム信仰や原始的観念に見られる動物と人との間の相互転形を反証と. よった。邦訳については、高馬三良﹃山海経 中国古代の神話世界﹄ ︵平凡社・平凡. 文大系、一九七五年︶ を併せて参照し、勘案した。. 社ライブラリー、一九九四年︶ および前野直彬﹃山海経▲・列仙伝﹄ ︵集英社・全釈漢. 蓑珂﹁山海経写作的時地及其篇目考﹂。同論文の初出は﹃中華文史論叢﹄一九七八. ただ、清の赫怒行﹃山海経箋疏﹄は、この一節を後人の文の窟入と見る。. にも論考がある。 4. ︽山海経︾﹂. ﹃唐前志怪小説史﹄ ︵南開大学出版社、一九八四年︶ の第二章第二節﹁古今語怪之祖. 年復刊号で、﹃神話論文集﹄ ︵上海古籍出版社、一九八二年︶ に所収。また、李剣国. 3. について、﹁其状若人、其長四寸、衣黄衣、冠黄. の人への変身についても論及し、﹃管子﹄水地. ﹃山海経﹄のテキストは、蓑珂﹃山海経校注﹄ ︵上海音符出版社、一九八〇年︶. 動物への変身諸には違いなく、ここではそれを確認するに止めておく。. ﹁慶忌﹂. 2. して挙げている。あるいは、そこまで遡らなくとも、﹁動物から人へ﹂の変身・. の. ﹁精怪﹂. 変化が自然現象として認められていたことは、先に挙げた﹃荘子﹄至楽篇の文 章が 示 す 通 り で あ る 。 ﹁潤澤之精﹂. また同論文で李氏は 篇が. と記す例などを挙げ、完全な変身ではないにせよ、それが時代を遠く遡. 冠⋮︵その姿は人のようで、その身長は四寸、黄色の衣を着、黄色の冠を被り ⋮︶﹂. る可能性を考えている。資料的な制約から推論の域に留まらざるを得ないが、 興味 深 い 指 摘 と 言 え よ う 。. 漠の東方朔﹁輿友人書﹂ ︵﹃漢魂六朝百三家集﹄巻四︶ に. ﹁相期拾壌草、春日月之. 5. 光華、共軽挙耳︵喀草を摘み、太陽と月の光を呑んで、共に空へ舞小上がることを約. このように、動物あるいは精怪の人への変身は、中国上古の人々の観念中に. 束するのみだ︶. が余りに簡略過ぎて明らかでない。. ったのかという点に移る。しかし既に見たように﹂肝腎のその経緯については、記述. いる。となると、問題はむしろ女嫡から生まれた ﹁女嫡之腸﹂が、如何にして神にな. 後に見る﹁七十化﹂ の女嫡説話が伝えるように、生命力に満ちた産出の物語となって. た話が想起されているようであるが、他の資料が伝える女禍は、死とは無縁である。. も死を介在させた転生と見なす。神の死体の各部位から万物が生じる、盤古神話に似. 松田論文は、﹁女嫡の髄の部分が十柱の神になる﹂として、この女嫡之腸について. ﹂とあり、﹁軽馨﹂ つまり天界に昇るための仙草である。. も存在したと考えられる。しかしそれにも拘わらず、そうした変身諾が先秦の. は、松田論文の考察の結果が示すよ. の精神の誕生を待たなければなら. 充博. 6. 文献に登場しないのは何故であろうか。おそらくそれは、上古において何が記 ﹁変身﹂. 録の対象であったか、という問題と関わっていよう。神話の時代に語り継がれ、 やが て 文 字 と し て 書 き 留 め ら れ た. うに﹁帝︵天帝︶または帝に関わる、準ずる﹂事件であり、動物あるいは精怪. が人に変わる現象は、記録の対象となる意味を持つことが難しかったと考えら. 岡田. ﹁志怪﹂. れる。それが記録に値するものとして意識されるに到るには、神話の時代の終 焉と そ の 後 の 文 化 的 発 展 、 さ ら に は なか っ た の で あ る 。 先秦時代の変身渾について.

(10) 57. 先秦時代の変身評について. 岡田. 充博. 女嫡の﹁七十変﹂で思い起こされるのは、盤古が﹁九変﹂して天地万物を創造した. 神話であるが、これは三国呉の徐整﹃三五暦紀﹄に載る話︵﹃芸文類衆﹄巻丁天部. 7. ︹追記︺ 植物への変身の例として、﹃呂氏春秋﹄巻一四・孝行覧・本味に見える伊芦の. 所引︶で、残念ながら文献資料からは先秦時代に遡ることができない。ただ、こうし 説 を 追加する。伊芦を懐妊していた彼女は、神告によって水難を免れるが、邑が た話の上古神話としての可能性は、一概に否定されるべきではなかろる うの 。を目にして空桑の樹となる。伊ヂはこの桑の空から取り上げられる。 8 松田論文は、﹃山海経﹄中に見えるこれらの話が、全て死を介在させる﹁転生﹂で 啓母石の話と共通するモチーフを持ち、啓の母の石化が先秦に潮る話であるこ あるとし、次のように結論づけている。﹁この転生は、死を契機とし、転生する者の 証ともなろう。とすれば、彼女の石化の原因としてセットになっている南の変身 資格においては、帝または帝に関わるもの、準ずるものであったり、その死に方、死 秦り 漢す 以る 前転 に生 成な 立の の可能性が高い。 の状況においては、帝の殺害を受ける者や異常な死に方の看であった である。従って、資格において帝または帝に準ずる者は、その帝を奉ずる人々によっ て語られた神話であると考えられるし、死に方において、帝の殺教を受ける六例は部 ︵三雲∼二貢︶. 徐志平氏は、現存する先秦時代の﹁人化異類﹂の神話が、死を介在させた再生の物. 族間闘争の敗者となっ た 部 族 に 関 わ る 神 話 で あ る と 考 え た 。 ﹂. 9. 遺恨あるいは怨念による変身としては、例えば﹃史記﹄巻九・呂太后本紀に載る捷. 語のみによって占められていると見る。しかし、この点に関しては、氏も慎重な態度を 取っており、生きながらの変身が上古には存在しなかったと結論づけるような、性急な 論旨にはなっていない。原始的な思惟に必ずしも違反しない筈の、そうした変身の話が 先秦資料に見当たらないのは何故かという、疑問の形を取った問題提起で収められてい る。 10. れた如意は、蒼犬︵黒犬︶となって彼女の腋に取りついて崇り、この傷がもとで呂后は. 王如意の話がある。趨王如意は、呂后に最も憎まれた戚夫人の子。呂后によって毒殺さ 亡く な る 。 ただし、この種の遺恨・怨念による動物への変身は、中国においては何故か後世見 受けられなくなってゆく。この点、日本の説話がこうした話を長く受け継いでいるの とは、対照的なところがある。興味深い問題であるが、納得のゆく結論を得られずに いる。これについても今後の検討課題としたい。 小論は、平成二十一年度科学研究費︵基盤研究︵C︶一般、課題番号=N−∽NO∽登助. 成による﹁中国における人化異類変身譜の研究﹂の成果の一部である。.

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参照

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