Kobe Shoin Women’s University Repository
Title 播磨近世藝文資料の若干について
Author(s) 金井 寅之助
Citation 文林(BUNRIN),No.6:49-86
Issue Date 1972
Resource Type Bulletin Paper / 紀要論文
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播
磨
近
世
藝
文
資
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の
若
干
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金
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寅
之
助
佐
用
里
談
佐 用 姫 神 社 に 所 藏 さ れ る 小 冊 子 に 、 ﹁ 佐 用 里 談 ﹂ と 題 す る も の が あ る 。 序 文 に よ れ ば 、 著 者 は 菊 池 景 福 、 成 っ た の は 文 化 二 年 、 そ の 自 筆 稿 本 の 如 く で あ る 。 巻 頭 に 、 佐 用 の 地 名 、 佐 用 姫 大 明 神 の 祭 神 な ど に つ い て 述 べ 、 祭 神 を 松 浦 佐 用 姫 と す る 。 是 は 、 劔 持 清 詮 の 峯 相 記 微 考 の 説 を 承 け た も の で あ り 、 宝 暦 頃 す で に そ れ に 対 す る 反 論 が あ っ た こ と に は 燭 れ て ゐ な い 。 著 者 は 、 神 道 に つ い て は 、 さ ほ ど の 関 心 が な か っ た の で あ ら う 。 山 中 鹿 之 助 や 宮 本 武 藏 の 本 社 へ の 信 仰 の 厚 か っ た 話 は 、 注 目 に 値 す る 。 他 に 、 尾 撫 山 ・ 胡 麻 清 水 ・ 大 坪 ・ 狐 岩 ・ 義 光 ・ 塔 本 観 世 音 な ど の 怪 奇 傳 説 を 集 め 、 春 名 忠 成 の 西 播 怪 談 実 記 の 補 遺 の 観 を 呈 す る 。 塔 本 観 世 音 の 話 は か う で あ る 。 高 倉 宮 の 臣 長 谷 部 信 連 は 平 家 に 捕 へ ら れ 、 伯 書 の 国 へ 流 さ れ ろ 。 途 中 、 佐 用 の 里 の 長 の し つ も と に 泊 り 、 病 の た め に 暫 く 逗 留 す る 。 そ の 間 に 長 の 娘 賎 と 契 り 、 か た み と し て 、 守 り 本 尊 の 観 音 像 と 名 刀 一 振 を 与 へ て 去 る 。 賎 は 信 連 の 子 を 産 み 、 長 谷 部 長 太 信 夫 と 名 づ け る 。 伯 者 に 下 っ た 信 連 は 、 そ の 地 で 死 ぬ 。 や が て 源 氏 の 世 と な り 、 信 夫 は 頼 朝 に 召 さ れ て 、 か の 太 刀 を 携 へ て 鎌 倉 に 下 る 。 観 音 は 賎 の も と に 残 っ た が 、 賎 の 死 後 は 、 近 く の 寺 に 納 め ら れ た 。 そ し て 、 こ の あ と に 次 の 事 実 談 が 加 へ ら れ る 。や ぷ ほ ト リ ヘ マ こ ニ こ コ し ゆ し や う 近 き 頃 、 岡 田 の 主 、 藪 を 堀 う が ち け る に 、 ↓ 寸 八 歩 の 観 音 の 像 を 堀 出 し た り 。 水 に 洗 ひ て お が ミ 奉 る に 、 い と 殊 勝 の 御 佛 也 。 其 夜 岡 田 の 主 の 夢 に 、 信 連 か 守 り 本 尊 也 と 、 あ り く と 告 げ 給 ひ け り 。 択 ハ 言 ひ 傳 へ た る 信 連 の 守 り 本 尊 う た が ひ な し と 、 一 宇 を 営 ミ 安 置 し 奉 る 。 是 塔 の 元 梅 本 庵 の 御 本 尊 也 。 長 谷 部 信 連 は 、 平 家 物 語 の 信 連 合 戦 に よ っ て 知 ら れ て ゐ る 。 高 倉 宮 以 仁 王 の 家 来 の 剛 の 者 で あ る 。 平 家 物 語 で は 、 信 連 は 、 高 倉 宮 を 三 井 寺 さ し て 遁 れ さ せ 奉 っ た の ち 、 平 家 に 捕 へ ら れ て 伯 書 に 流 さ れ 、 源 氏 の 世 に な っ て か ら 東 国 に 下 り 、 頼 朝 よ り 恩 賞 と し て 能 登 の 国 に 領 地 を 与 へ ら れ る 。 源 平 盛 衰 記 で は 、 平 家 に 捕 は れ 入 牢 し 、 平 家 滅 亡 の 後 、 伯 書 の 國 に 下 っ て 流 浪 し て ゐ る の を 、 頼 朝 が 鎌 倉 に 召 ・寄 せ 、 能 登 の 国 大 屋 の 庄 を 与 へ る 。 共 に 、 伯 書 の 国 で 死 な ず 、 佐 用 の 里 の 長 の 話 は な い 。 廣 彊 荘 の 九 桂 草 堂 肇 (懸 海 鋤 四 巻 之 七 に 、 信 連 に つ い て 別 の 異 聞 を 伝 へ 発 余 が 郷 (豊 後 の 日 田 ) 津 江 は 、 深 山 幽 谷 、 他 國 の 人 ば 牲 来 せ ざ る 地 な り 。 長 谷 部 信 連 曽 て 住 せ し 威 な る 由 、 今 も 其 子 孫 牲 々 あ り 。 史 に は 見 え ざ れ ど も 、 平 家 の 時 津 江 に 配 せ ら れ 、 頼 朝 の 時 召 し 出 さ れ て 、 備 中 井 原 の 荘 を 賜 ふ と 云 傳 ふ 。 (中 略 ) 是 等 の 事 口 碑 の み に て 書 に 見 へ ず 。 内 に 真 爲 あ る べ し 。 唯 異 聞 を 弘 む る の み 。 剛 の 者 信 連 は 、 か う い ふ 異 聞 を 産 む に 恰 好 の 人 物 で あ っ た 。 ま だ 外 に も あ る か も 知 れ ぬ 。 佐 用 の 里 の 長 の 話 も 、 ﹁ 内 に 真 偶 あ る べ ﹂ き 傅 説 の 一 つ で あ っ た 。 終 り に 加 へ ら れ た 事 実 談 、 ﹁ 近 き 頃 岡 田 の 主 、 藪 を 堀 う が ち け る に 一 寸 八 歩 の 観 音 の 像 を 堀 出 し た り ﹂ の ﹁ 岡 田 の 主 ﹂ は 、 誰 を さ す の で あ ら う か 。 そ れ に は 、 著 者 菊 池 景 福 の 素 姓 の 説 明 が 必 要 の や う で あ る 。 菊 池 景 福 は 、 も と 牛 丸 正 因 と い ひ 、 寛 延 元 年 ( 一 七 四 八 ) 、 龍 野 に 生 れ た 。 後 、 佐 用 に 移 っ て 医 を 業 と し 、 同 地 の 菊 池 氏
第 一・図 」答本 庵 、 東 プ丁よ り葦丑む 給 亦 厚、 文化 十 年 十 一 月 廿 七日病 残、 先 生 、 六、 茎 丁 久世 興善 寺 、 先 生 無 子、 養 金治 氏 之 子愼 爲 嗣 、 景 福 の妻 の墓碑 は、 阿哲 郡告 部 村 下昏 部 の旧教 論 所 の 西 北 隅 に、 側 面 に 次 の 碑 文 が あ る。 の娘 を妻 と し て 、 菊 池 氏 を 嗣 いだ 。 寛 政 九 年 ( 一 七 九七 ) 、美作 の代 官 早 川 八 郎 左 衛 門 正 紀 に碑 せ ら れ て、 久 世 の典 学館 の 都 講 と な る。 待 遇 は 、 ﹁ 御 教 役、 格 式 を 御 手 代 並 。 町 方 一 ケ 月 二 二度 教 諭 。 御 支 配 中、 一 年 一 度 廻村 教 諭 。 御 扶 持 、 俸 米 二 三口位 ﹂ であ り 、 自 宅 で医 師 の 内 職 を 許 さ れ る (菊池正因 宛福島彦介書 状)。 以 後、 名 代 官 早 川 氏 の治 政を 助 け、 経 営 す る こと 十 七年 、 文 化 十 年 ( 一 八 一 三 )そ の地 に 没 し た 。 享 年 六十 六。 菊 池 大 麓 、 箕 作 元 八 な ど は、 そ の 玄 孫 に当 る 。 詳 し く は、 永 山 卯 三 郎茸 早川代官﹂ (欄 四 ) を 見られたい 。墓は久世町興善寺に あ咳 正 而 に ﹁ 菊 池 先 生 之 墓﹂ 、裏 面 に次 の碑 文 が あ る。 旬 点 筆 者 。 先 生 諦 好 直、 字景 福 、 稻 正因 、 原 姓 牛 丸 氏 、 別 號 斜 川、 播 之 龍 野 人 、 作 躾 子佐 用、 其 著 姓 菊 池 無 後 、 衆 議 、 以 其 女 配先 生 以 奉 祀 、 因 冒 菊 池 氏 、寛 政 七 年、 久世 令 早 川 君 、 建 學 牌 先 生爲 師 、 又、 使 巡 下 邑 布 教 、 先生 講誘 銀 至、 土 民 翁 然 向 化 、 及 地隷 津 山、 禮 貌 不衰 、 俸 學 該 博 、 又 嘗 遊 長 崎 、 與 螢 漢 接、 異聞 亦多 、 又好賦 啄 和歌 、 残 年 六十 先 残 、 孫 交 理 、 承 家 云、 龍 野小 西修 撰 並 書 孫 の士 郎 のも のと拉 ぷ。 正面 に ﹁ 曽 祖 批 菊 池 氏 墓 ﹂ 、
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太 惰 人 字 理 喜 、 筑 後 菊 池 癒 輔 君 諦 亮 和 之 女 也 。 母 安 達 氏 、 延 享 四 年 五 月 十 九 日 生 、 有 兄 先 天 、 乃 以 龍 野 牛 丸 正 因 君 誹 好 直 馬 嗣 、 妻 以 太 瑞 人 、 正 因 君 爲 人 謹 嚴 、 理 事 不 筍 、 太 儒 人 事 之 承 順 、 勤 倹 治 内 、 性 姻 雅 、 常 好 和 歌 、 吟 昧 瓜 月 以 自 娯 、 又 巧 筆 札 、 毎 絡 巻 編 、 有 可 充 女 訓 母 儀 者 、 則 必 手 抄 之 、 及 老 不 解 、 積 至 数 十 巻 、 文 政 八 年 九 月 廿 七 日 以 病 残 備 中 此 口 部 村 、 享 年 七 十 有 九 、 葬 村 北 兆 域 、 嗣 隆 平 君 先 残 、 鞠 孫 士 郎 君 、 刀 先 考 大 乙 君 也 、 明 治 十 六 年 三 月 、 曽 孫 箕 作 秋 坪 謹 誌 、 筏 碕 堅 書 、 井 亀 泉 錨 菊 池 景 福 の 、 龍 野 の 牛 丸 正 因 と し て の 出 自 は ま だ 詳 か で は な い 。 木 村 逸 雄 氏 の 御 教 示 に よ る と 、 脇 坂 安 宅 、 安 斐 両 公 時 代 の 分 限 帳 に 、 硝 石 製 法 方 、 十 七 俵 二 人 扶 持 、 役 金 三 而 と し て 牛 丸 忠 三 郎 が あ る 由 。 龍 野 藩 儒 股 野 玉 川 の 内 省 日 記 に よ れ ば 、 正 因 は 屡 々 玉 川 を 訪 れ 、 明 和 七 年 九 月 十 六 日 に は 、 光 個 と 共 に 来 訪 し 、 共 に 正 因 の 伯 父 (伯 叔 不 明 ) 方 に 留 ま っ て ゐ る 。 家 臣 の 中 に 牛 丸 姓 は 他 に な き ゆ ゑ 、 是 が そ の 本 家 で あ ら う か 。 火 薬 製 造 方 の 軽 輩 で あ る 。 正 因 が 後 年 佐 用 に 移 っ て 医 と な り 、 長 崎 に 遊 ん で 蘭 人 清 人 か ら 方 技 を 得 た こ と ・ 関 係 な く は な い で あ ら う 。 正 因 の 菊 池 家 の 嗣 と な っ た の は 何 歳 の 頃 で あ っ た か は 明 ら か で は な い 。 明 和 四 年 ( 一 七 六 七 ) 五 月 、 股 野 玉 川 が 国 枝 士 謙 マ マ げ と 共 に 、 美 作 の 稲 垣 浅 之 允 、 備 前 の 湯 浅 常 山 、 閑 谷 校 な ど を 尋 ね よ う と し て 、 途 中 、 佐 用 の 岡 田 光 欄 を 訪 れ て 一 泊 し 、 翌 日 作 州 に 向 け て 立 つ 時 、 舟 曳 文 陽 ・ 内 海 玄 長 ・ 筏 文 長 等 と 共 に 、 正 因 も ま た こ の 行 に 加 は り (額 耕 × 作 州 へ の 道 案 内 を 勤 め て ゐ る (麟 難 蘭 繍 襲 鱒 そ の 時 の 玉 川 の 反 省 日 記 に は 、 牛 丸 正 因 と 記 し て を り 、 年 二 + (瀟 讐 獣 巌 ) 。 す で に 佐 用 に 住 ん で ゐ る の は 、 或 は 、 医 某 氏 の 許 で 医 の 修 業 を し て ゐ た の で は な か っ た か 。 妻 理 喜 と は 一 つ ち が ひ で あ る 。 嗣 と な っ た の は 、 二 十 四 五 歳 位 で は な か っ た か と も 思 ふ 。
養 父 の 菊 池 慮輔 は ﹁ 筑 後 人﹂ と い ふ。 何 故 佐 用 に 来 住 す る に 至 っ た か、 何 を 業 と し て ゐ た か は 明ら か でな い。 ﹁ 著 姓 ﹂ と いふ のを 見 れば 、 更 に医 正 因 が そ の胴 と な っ て ゐる のを 見 れ ば 、 或 は 医者 で は な か った であ ら う か 。 菊 池 慮 輔 と 光 倒 と の関 係も 明 ら か で はな い。 菊 池 家 の墓 石 三基 が、 岡 田家 の 墓 地 内 に あ る の を 見れ ば 、 新 来 の佐 用 人 と し て、 大 庄 屋 で あ り本 陣 でも あ る 光 個 を 頼 る と ころ があ り 、 親 交 が あ っ た ので あ ら う か。 正因 が菊 池 氏を 嗣 ぐ にも 相 談 に 与 っ て ゐ た こ と であ ら う。 光個 の 母 は作 州 粟 井 の 豊福 家 の出 で あ る。 正因 の 養 嗣 子 隆 平 (誰、慎 ) の妻も 、 隆 平 の 子 士 郎 の墓碑 に ﹁ 批 豊 福 氏 ﹂ と あ り 、 或 は 同じ く 粟 井 の 豊 福 家 の出 で あ っ た かも 知 れな い。 菊 池 氏 の墓を 岡 田家 が 長 く 守 っ て 来 た のに は 多 く の因縁 があ っ た から の こと であ らう 。 菊池 正因 が、 美 作 の 久 世 の 典 学館 の 都 講 と し て、 佐 用 か ら 一 家を 挙 げ て移 住 し た のは 、 五 十 歳、 寛 政 九年 ( 一 七九七 ) で あ る 。 光 澗没 し て 二十 三年 を経 過す る。 佐 用 里談 の成 っ た文 化 二年 ( 一 八 〇五 ) は、 正因 五十 八歳 、佐 用 の 岡 田 附 で ﹁ 隣 玉 ﹂ ﹁ 塔 本 庵 虚無 僧 死﹂ の 記 載 があ る 由 。 光 倒 一53一
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の 浸 し た の は 安 永 三 年 九 月 二 十 三 日 。 光 佃 の 生 存 中 に 梅 本 庵 は 建 っ た と 見 て も よ さ さ う で あ る 。 光 個 は 、 三 十 歳 に し て 、 墓 地 の 辺 に 林 丘 庵 を 建 て 、 墓 守 り の 僧 を 住 ま は せ た 。 晩 年 に 及 ん で 、 遠 く 北 郊 に 、 更 に 一 宇 を 建 立 し た の で あ ら う か 。 或 は 、 光 個 は す で に 隠 居 し 、 子 の 光 尉 が 建 て た の で あ ら う か 。 光 個 と 共 に 束 涯 に 入 門 し た 同 郷 の 福 岡 文 五 郎 も 、 春 草 庵 を 建 て 、 墓 守 り を 置 い て ゐ る 。 文 化 の 地 方 へ の 浸 透 を 物 語 る 、 一 つ の 流 行 で あ っ た か も 知 れ ぬ 。 濱 田 洋 氏 は そ の 著 ﹁ 高 梨 佐 中 太 ・ 騰 機 帯 -佐 用 の 史 跡 と 傳 説 ・ 別 巻 1 ﹂ の 中 で 光 個 に 擬 し て を ら れ る が 、 話 と し て は 、 そ の 方 が 面 白 い で あ ら う 。 悔 本 庵 は 、 現 在 で も 塔 本 庵 と も 呼 ば れ 、 大 正 年 間 に 再 建 さ れ 、 塔 の 本 の 旧 地 に 現 存 す る 。 周 圏 よ り は や 、 高 い 土 壇 の 上 に 、 方 二 間 の 瓦 葺 き で 、 板 敷 の 正 面 奥 に 安 置 さ れ た 厨 子 に 、 観 音 像 は 祀 ら れ て ゐ る 。 像 の 高 さ は 、 一 寸 八 分 で は な く 、 三 寸 六 七 分 は あ ら う か 。 所 々 損 壊 し て 出 土 の 趣 を 帯 び る 。 現 在 は 無 住 で 、 雨 戸 が 閉 さ れ た ま ・ で あ る 。 古 老 の 話 に よ れ ば 、 庭 先 の 西 南 隅 に 、 梅 の 古 木 の 跡 が あ っ た と い ふ 。 現 に 、 そ の 古 木 の 跡 ら し き も の あ り 、 あ た り に 古 境 の 断 碑 が 散 在 し て ゐ る 。 宇 都 宮 大 潔 の 稿 本 播 磨 奇 人 傳 に 、 ﹁ 菊 池 正 因 ﹂ の 項 が あ る 。 同 書 は 文 の 法 に 適 は ぬ 所 あ り 、 事 実 の 誤 り ま た 無 く は な い が 、 資 料 と し て は 貴 重 で あ ら う 。 そ の 全 文 を 掲 げ る 。 句 讃 筆 者 。 佐 用 郡 佐 用 騨 の 産 れ に し て 、 学 文 を 好 ミ て 、 若 き 時 よ り 、 文 学 兵 学 神 学 に 至 る ま て ひ ろ く よ み た り 。 誰 を 好 直 と い ひ し 。 早 川 八 郎 左 衛 門 源 正 紀 、 公 義 の 御 代 官 、 作 州 久 世 に て 拾 万 石 鯨 の 支 配 を 致 さ れ た る 武 文 の 士 に し て 、 町 人 百 姓 に ね も こ ろ に 教 示 を 至 極 貞 明 和 平 に な し 給 ひ 、 是 に よ り て 諸 民 お の く 比 和 し 安 逸 な る か 故 に 、 尊 敬 す る と 日 に 月 に 盛 ん な り 。 子 供 婦 人 に て も 大 に よ ろ こ ひ て 、 こ ・ ら あ た り 民 大 に 素 直 に な り ぬ へ し 。 此 早 川 大 人 大 江 戸 に 帰 ら せ 給 ふ 止 り ・ 時 、 諸 民 此 事 と く し り て 、 国 境 に 出 て 、 帰 ら さ る や う に 種 ミ 願 ひ 出 侍 り て ん 。 是 非 と も 当 所 に 居 給 ひ て よ と 、 数 万 人 願 ひ い て ・ 止 め 。 侍 り て 、 別 れ を を し ミ な く も の あ ま た 有 り き 。 大 人 も 袖 を そ ぬ ら し 侍 り け る 。 大 人 の 役 中 に 、 支 配 所 の
人 く へ 、 か な ふ ミ の 教 示 の 書 を ハ 、 菊 池 好 直 に か ・ せ て 、 自 刻 の 彫 工 入 用 を も い た さ れ て け り 。 是 ら を と ら せ 給 ひ て 、 ね ん ご ろ に お の く に よ ま し め 、 又 順 村 に 教 示 方 を ハ 菊 池 を さ し 向 ら れ て 、 其 ま か な ひ 方 を も 皆 役 所 よ り 持 参 し 給 ひ し よ し 。 此 書 巻 よ ま た く 忠 臣 孝 義 を す ・ め 、 家 業 を は け ま し む る 善 書 た り 。 其 後 ま た 久 世 技 教 全 部 を あ ら は せ 給 ひ て 、 菊 池 に か ・ せ ら れ し と 也 。 菊 池 氏 ハ 、 よ く 人 を な た め 、 悪 人 を 善 人 と な せ し 入 な る へ し 。 大 人 、 佐 用 騨 所 よ り 菊 池 を め し つ れ さ せ 給 ひ し 也 き 。 則 仙 石 侯 に 仕 へ 侍 り し 桜 井 良 藏 東 門 先 生 も 、 菊 池 に し た し ミ 深 か り し 事 、 人 の よ く し り た る 処 な る へ し 。 東 門 先 生 の 師 範 せ し と も 云 ≧ 。 早 川 大 人 も 学 文 を よ く 好 ま れ て 、 作 州 目 木 村 医 師 有 元 耕 (虫 損 、 に も カ ) 平 口 口 和 再 を あ ま た よ ミ 給 ひ て 下 さ れ し 左 有 。 佐 用 松 本 龍 庵 な る も の も 詩 文 章 和 寄 拝 領 せ し 也 。 是 も 桜 井 か 同 門 な れ ハ 也 。 又 忠 臣 孝 道 の 文 を 、 日 本 か な ふ ミ に 、 さ と し 安 き や う に し る し 給 ひ て 、 下 さ れ し を 、 今 も 仰 き も て る を 、 目 木 耕 平 福 介 な と 、 大 潔 に よ ミ て ん と 出 し 侍 り て 、 ミ せ た り け ら し 。 早 川 大 人 ハ 和 学 の 長 者 な る か 故 に 、 上 下 と も に よ マ じ く さ と し 安 き を ハ 趣 と し た る 英 史 な る へ し 。 早 川 大 人 の 徳 は 廣 大 に し て 、 死 後 に き ・ た る は な し を も 、 か き の こ し 給 へ る 玉 章 の 文 又 書 巻 さ へ も 、 見 る も の 仰 き よ ろ こ び て 、 心 の う る は し さ も 、 菊 池 正 因 か 骨 を り も 、 又 忠 臣 の 功 を ミ か き た る 徳 な る へ し 。 此 早 川 の 氏 の 支 配 せ ら れ し よ り 、 よ き 人 あ ま た 出 来 、 又 所 大 に 繁 昌 し 、 文 学 の 医 師 、 富 家 の 学 者 出 。 盛 大 也 て ・ 、 比 和 な る と 実 に ・ め て た し 。 菊 池 正 因 を 、 佐 用 に 産 れ た と す る な ど 、 も と よ り 誤 り で あ る 。 ﹁ 久 世 枝 教 ﹂ は 、 ﹁ 久 世 條 教 ﹂ の こ と で あ ら う 。 同 書 は 、 小 寺 清 先 の 序 が あ り 、 勧 農 桑 、 敦 孝 弟 、 息 孚 訟 、 尚 節 倹 、 完 賦 税 、 禁 洗 子 、 厚 風 俗 、 の 目 を 収 め 、 庶 民 日 常 の 心 得 を 説 い た の で あ る 。 寛 政 十 一 年 三 月 刊 、 作 州 久 世 典 学 館 藏 版 。 碑 文 に ﹁ 好 牒 和 歌 ﹂ と い ふ が 、 遇 目 し た も の は 、 ﹁ 類 覆 輩 三 編 ﹂ ( 鱗 七 ) に 、 作 者 を ﹁ 正 因 ﹂ と し て 収 録 す る 次 一55一
の 二 首 の み で あ る 。 寄 姻懇 雪 た にも け たぬ お も ひに く ら へて ハふし の煙 や 下 に た ・ ま し 浦 遠 さ か る 浪 のみ と りを 白 妙 にま た立 か へす そ て のう ら か せ 第 三 図 正 面 の道 の 突 当 りの森 が 越 部 禅 尼 の塚 、 背 景 は 城(き)のILI、 東 方 よ り望 む
二
越部
禅
尼
公御追善
之
和歌
寛 延 三年 二月 六 日、揖 束 郡拷 崎 村 の 住 人 石 井 三郎 左衛 門 道 啓 が 冷 泉 家 を 訪 れ 、 越部 上 の 庄 市 の 保 村 に あ る 傳 承 の古塚 を 、 越 部 鐸 尼 の墓 で あ る と 、 為村 に確 認し て貰 っ た こと に ついて は、 す でに 述 べた こと が あゑ 魏 諮) 。数年後 の 宝暦 五 年は、あたか轟 尼 没後 吾 五 +年 に 当 っ て ゐ た。 道 啓 は 、 こ の 祭 を 鄭 重 に 執 り 行 っ た。 そ の 時 の 諸 家 の献 詠 を 書 写 し て 一 本 と し 、 上冷 泉 家 に 奉 呈 し た のが本 書 だ と 、 巻 尾 の 道 啓 の識 語 に いふ 。 本 書 は 、 そ の控 へで あ る。 写 は、 岡 田 光 個 の筆。 し か し 、本 書 は 二 部 に分 れ る 。 前 半十 丁 は、 道 啓 の冷泉 家 を 訪 れ た 年 又 は 翌寛 延 四年 ( 十月 二 十七日 宝暦と 改元 ) 二月 育 の忌 旦 剛 後 に献 詠 さ れ 、 冷 泉 家 へ 奉 呈 し たも の、 のや う で あ る。 十 丁 裏 は 、 献 詠 を募 っ た道 啓 の 歌 で終 り 、 次 の注記 があ る。Rights were not granted to include this
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前 段 嘗 奉 入 御 上 覧 候 庭 、 心 あ る 入 ・・ の と の 葉 か き 集 め ミ せ 侍 と て 、 御 感 悦 の 御 言 葉 あ り こ れ を 受 け た 為 村 の 感 激 は 、 そ の ﹁ 越 部 の 御 塚 の 記 ﹂ に 詳 し い 。 為 村 も ま た 、 翌 年 二 月 六 日 の 忌 日 に 、 都 の 身 辺 の 人 た ち の 献 詠 を 集 め 、 自 ら も 越 部 の 御 塚 の 記 を 認 め て 、 道 啓 に 送 る 。 更 に 宝 暦 四 年 、 為 村 は 、 翌 年 が 暉 尼 の 五 百 五 十 年 忌 に 当 る ゆ ゑ 、 道 啓 の 請 に 任 せ て 、 俊 成 の 真 影 の 面 貌 を 摸 写 し て 暉 尼 の 影 像 を 壷 か せ 、 道 啓 に 送 る 。 宝 暦 五 年 二 月 六 日 の 五 百 五 十 年 祭 が 、 い か に 盛 大 に 行 は れ た か は 、 想 像 さ れ よ う 。 当 日 は 生 憎 風 雨 で あ っ た 。 石 井 家 に と ど ま り 墓 前 に 詣 で な か っ た 人 も あ . た が 、 前 回 の 約 三 + 人 に 対 し て 、 約 六 + 二 人 ( 麗 毅 ﹂ の 献 詠 で あ る 。 そ れ を ま と め た の が 、 + 〒 以 下 の 後 半 で あ る 。 た ∫ し 、 寛 延 四 年 秋 の 作 も あ り 、 前 回 の 期 日 に 遅 れ た も の も 若 干 収 録 し た の で あ ら う 。 作 者 と し て 注 目 さ れ る も の 、 前 半 で は 、 十 首 和 歌 の 光 個 、 長 い 前 書 を 書 い た 寒 瓜 、 酒 見 北 条 の 帰 厚 、 姫 路 総 社 の 神 職 瀬 川 廣 敬 、 播 陽 万 宝 智 恵 袋 の 編 者 天 川 友 親 の 祖 父 友 春 。 巻 而 は 曽 根 の 人 。 後 半 で は 、 同 じ く 光 個 、 寒 瓜 、 帰 厚 。 寒 瓜 は 、 鶴 羽 ・ 史 幸 ・ 十 磨 ・ 仙 月 ・ 憐 風 ・ 寒 秀 ・ 寒 微 ・ 袴 仙 ・ 寒 厄 ・ 幽 花 ・ 芳 秀 ・ 桐 雀 の 十 二 人 の 門 流 を 、 帰 厚 は 、 友 詮 三 イ 和 ・ 所 厚 ・ 口 之 の 四 人 を 連 ね ろ 。 明 石 景 文 は 姫 路 の 人 、 生 田 尚 磨 は 姫 路 の 医 に し て 書 家 、 永 寂 は 僧 、 了 且 は 紫 崎 の 僧 、 益 州 は 東 播 の 人 、 三 木 通 之 は 播 西 の 人 、 可 楽 ・ 不 隣 は 但 馬 の 人 、 秀 山 ・ 等 何 ・ 能 移 ・ 鳳 吹 は 寒 瓜 門 、 渚 柳 ・ 冬 年 は 竜 野 の 人 、 田 代 義 彰 は 姫 路 の 人 。 富 寿 ・ 保 寿 は 廣 峯 社 の 神 職 魚 住 氏 の 一 族 で あ ら う か 。 青 薙 は 宝 暦 元 年 で 十 二 歳 、 俳 階 を 始 あ た ば か り 、 加 は ら な い の は 当 然 と し て も 、 瓢 水 は 、 例 の つ む じ ま が り の せ い で あ ら う か 。 光 個 は 、 当 時 の 播 磨 に お い て 、 第 一 等 の 歌 人 で あ っ た 。 し か も 能 筆 の 光 個 に 、 献 上 本 の 清 書 を 依 頼 し た の は 当 然 で あ ら う 。 石 井 家 に は 、 こ の 献 上 本 の 控 へ と 共 に 、 そ の う ち の 十 九 人 の 自 筆 の 詠 草 が 残 っ て ゐ る 。 為 村 は 、 更 に 宝 暦 七 年 に 、 道 啓 に 頼 ん で 、 輝 尼 の 塚 に 新 舎 を 建 て さ せ て ゐ る 。 今 も 周 囲 に 土 塀 を め ぐ ら し 、 瓦 屋 根 の 小
堂 が あ る 。 そ の 佛 を 傳 へ る も の で あ ら う か 。 中 に は 石 佛 が 安 置 さ れ て ゐ る 。 こ れ は 、 当 時 す で に 祀 ら れ て ゐ た も の で あ る こ と 、 寒 瓜 の 句 の 前 垂 . に 、 ﹁ 弥 陀 の 尊 像 を 彫 し 毎 あ り ⋮ 石 塔 苔 む し て 立 せ 給 ふ ﹂ ( 八 丁 九 丁 ) と い ふ の で 、 明 ら か で あ る 。 市 野 保 村 の お 宮 の 石 の 鳥 居 の 前 に 東 西 の 村 道 が あ る 。 溝 を 越 え て 直 角 に 南 へ 延 び る 野 道 が あ り 、 溝 の 南 側 、 道 の 東 の 角 に 、 一, て い か さ ま ﹂ と 彫 ん だ 、 二 尺 位 の 自 然 石 の 道 標 が 立 つ 。 そ の 道 を 二 三 丁 南 へ 辿 る と 、 田 が 尽 き て 松 林 や 竹 籔 と な る 。 そ の 田 の あ た り に は 邸 の 礎 石 ら し い も の が 最 近 ま で 残 っ て ゐ た と い ふ 。 道 は 林 の 中 を 真 直 に 南 へ 貫 い て ゐ る が 、 一 丁 ば か り 進 ん だ 道 の 、 西 側 の 小 さ な 土 堤 の 下 に 、 細 長 い 二 尺 位 の 、 ﹁ て い か さ ま ﹂ と 彫 っ た 石 の 道 標 が 立 つ 。 こ れ は 、 数 十 年 前 、 信 仰 者 ( 鶴 簗 鍛 霊 ) の 讐 た も の の 曳 y ﹂ の 石 標 の 北 側 か ら 、 西 へ 真 直 に 、 道 が あ . て 、 小 川 を 渡 . て 二 三 丁 辿 る と 、 山 の 麓 の 暉 尼 の 墓 に 、 昔 は 達 し た 筈 で あ る 。 今 は 、 こ の 石 標 か ら 西 へ の 道 は 消 え て 、 二 三 丁 手 前 か ら 西 へ 折 れ て 、 小 川 の 板 橋 を 渡 っ て 、 南 へ 林 の 中 へ 辿 る 。 林 を 抜 け る と 、 葡 萄 畠 に な り 、 西 に 折 れ る と 、 爪 先 上 り の だ ら だ ら 坂 の 二 丁 ば か り 先 の 畠 の 中 に 、 こ ん も り と 繁 っ た 樹 立 の 下 に 、 塚 は あ る 。
三
佐
用
都
比
賞
神
社
微
考
本 書 に つ い て も 、 嘗 て ﹁ 西 播 怪 談 実 記 ﹂ の 解 説 中 に 触 れ た 。 佐 用 姫 神 社 の 祭 神 は 、 俗 説 の 如 く 松 浦 佐 用 姫 で は な く 、 佐 依 比 貴 命 で あ る こ と を 論 ず る 。 後 藤 基 邑 の 著 で あ る が 、 田 住 貞 義 ・ 田 住 正 隆 と の 共 著 と も い ふ べ き も の で あ る こ と 、 基 邑 の 附 記 ( 二 十 一 丁 二 十 二 丁 ) や 貞 義 の 後 記 ( 仁 掛 陀 ) に 明 ら か で あ る . 基 邑 は 、 そ の 神 道 講 釈 で 、 祭 神 を 俗 説 の 如 く 松 浦 佐 用 姫 と 述 べ 、 そ れ を 聴 聞 し た 貞 義 が 不 審 を 抱 き 、 佐 依 比 賞 命 で あ る こ と を 発 明 し 、 基 邑 に 反 論 し た の で あ ら う 。 基 邑 は 貞 義 の 説 を 是 と し て 採 用 し 、 更 に 論 処 を 固 め よ う と し た の が 、 こ の 書 で あ る 。 文 中 に 、日 本 紀 .ナ キ 事 ヲ バ 日 本 紀 二 云 ト 書 テ 諸 人 ヲ迷 ス ル コ ソ 罪 人 ナ リ 。 彼 , 劔 持 清 詮 ト 云 . 者 生 キ テ 居 ラ バ 予 彼 . ガ モ ト へ行 , コ ブ ン ノ ノ テ 拳 ヲ ア ゲ テ 項 ヲ打 ツ ベ キ ニ身 マ カ リ ヌ ル コ ソ彼 . ガ 幸 ナ ル ベ シ と 、 激 越 な 攻 撃 を す る 。 神 道 講 釈 に お け る 、 彼 の 口 吻 が 、 覗 は れ さ う で あ る 。 本 書 成 って 間 も な く 、 田 住 貞 義 は 、 そ の論 旨 を 自 筆 で 板 額 に し 、 佐 用 姫 社 の拝 殿 に 奉 掛 し た 。 風 化 し て 、 や 、 読 み に く い が 次 の如 き も の で あ る 。 圏 点 と 黒 丸 と は 、 共 に 朱 。 第 四図 光個 一 族 の墓 地 の 山 よ りの 北 望 、 中央 左 寄 り、 細 長 き白 き屋 根 の上 の黒 き森 は 佐 用 姫神 社 、左 端 一L部の 檎 は 千 年 銀 杏、 右 端 手 前 の 山 の 頂 に竜 山神 祉あ り、 手 前 の 人 家 は佐 用 町 東 部 播 磨 國 佐 用郡 佐 用 津 姫神 社 備考 之 記 ○ 當 社 祭 神 ○狭 依 毘 頁 命 一 座 神 像 垂御 髪抱 玉女 礁 也 ・ 日本 書 紀 神 代 巻 日、 天 照 大 神 、 乃 索 取素 蓋鳴 尊 十 握 劔 、 打折 爲 三 段、 濯 於 天 眞 名 井 、 鮎 然 咀 噛 、 而 吹 棄 氣噴 之狭 霧 所 生 神 、 號 日 田 心姫 、 次 温 津 姫 、 次 市 杵 島姫 、 凡 三女 突 、 又勅 日、 其 十 握 劔者 、 是 素 蓋 鳴 尊 物 也 、 故 此 三 女神 、 悉是 爾 見 、 便 授 之 素 藷 鳴尊 、 此 則 筑 紫 胸 形 君 等 所 祭 神 是 也 ・ 古 事 記 日、 天 照 太 神 、 先 乞 度 建 速 須 佐 男命 所偲 十拳 劔 、 打 折 三 段 、 而奴 那 登 母 母 由 良 余 、 振 海 天眞 名井 、 而佐 賀 美余 迦 美 、 而於 吹 棄 氣 吹 之 狭 霧 所 成 神 御 名 、 多 紀 理砒 責 命 、 亦 御名 、 謂 奥 津 島 比 貞 命 、 次 市 寸 島 比 貞 命 、 亦 御 名 、 謂佐 依 毘 貞 命 、 次 多 岐 津 比頁 命 云云
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・ 延喜 式神 名帳 日、 播 磨 國 佐 用 郡 二座小
・佐
用
都
皆
神
社顯
倣
・
天
扁
王
神
社
陥
畝
鰍
.績 日本 書 紀 日、 仁 明 天 皇嘉 祥 二 年 十 } 月、 播 磨 國 佐 用 郡 佐 用津 些 買 社 、 預宙社云 云 (與 力 ) 抑 當 社 姫 大神 者 、爲 郡中 之 惣 社 、 衆 人 皆 所知 也 、 右如 引 書 、 則 三女 神 之 其 一 、 市杵 島 比費 命 之 別 號 、 而 口巖 島 大明 神 同 一 禮 也 、 愛佐 用 郡 者 、 不分 四時朝 霧 口 霧 、 里俗 欄 之 日、 佐 用 朝 霧 隔 小 川 、 至 干他 郡、 則 三秋 外無 霧 、 古 老 傳 日 、 (錐力) 看 是 、 則佐 用津 姫 大 明神 之神 口也 、 所 謂 是 大 御 神 所 以 化 生 氣吹 之狭 霧 、 灼 然 也 、 口 然 古 記無 一 傳 干 今 、 而 事 歴等 難 考 知 之 、 以 是 、世 有 口 奏 浦 佐 夜 姫 之妄 誕 尚 、何 松 浦 氏 女 有祭 祀 於 此地 之 理乎 、 貞 義 深 憂 之 、因 表 章 之 以 胎 子 後 人 突 、 第 五 図 後 藤基 邑 の墓(来 迎 院) 於是口口祀之汚 漬其罪贋之使始 知神 盛 之徳光 赫 耀 中 口 口也 マ じ 干時寳歴 四 甲戌天秋七月恐 美 畏美 記之 平福住人 田住三 郎左衛門別所貞義 随潮翁 圃 別錐 撰 述附録 暑 之 者也 後藤 基 邑 は、 田住 貞 義 も 述 べ て ゐ る如 く 、 播磨 の 國 加 東 郡河 合 郷 粟 生 村 の人 で あ る。 通称 は林 藏 。 そ の 號 守 始Rights were not granted to
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翁 に よ っ て も 、 垂 加 神 道 を 奉 ず る 人 で あ ら う が 、 広 峯 社 の 神 職 佐 々 木 掌 静 翁 高 成 の 門 弟 で あ っ た 。 播 州 年 歴 記 . 播 陽 古 所 名 所 考 ・ 播 州 諸 家 系 図 な ど の 著 が あ る 。 股 野 玉 川 の 内 省 日 記 に は 、 明 和 六 年 四 月 、 玉 田 黙 翁 の 許 で 勉 学 中 、 基 邑 の 訪 れ て 来 た こ と 、 基 邑 の ﹁ 郷 講 ﹂ を 聞 き に 行 っ た こ と を 記 す 。 基 邑 は 、 各 地 へ 郷 講 に 出 て ゐ た の で あ ら う 。 安 永 五 年 九 月 二 十 日 没 、 年 七 十 九 。 善 教 寺 の 過 去 帳 に ﹁ 道 興 貞 邑 禅 士 尾 上 礼 庵 イ ト コ 俗 名 後 藤 弥 三 左 工 門 ﹂ と い ふ 。 田 住 貞 義 は 、 佐 用 郡 平 福 の 大 庄 屋 。 光 個 の 娘 千 賀 を 妻 と す る 。 著 書 と し て は 、 明 和 年 間 に 成 っ た 播 磨 式 内 神 社 考 と 醜 泉 考 問 ( 田 住 家 系 図 に よ る ) と が あ る 。
四
播
磨
古
跡
考
播 磨 古 跡 考 は 岡 田 光 個 の 著 で あ る 。 光 個 に は 、 地 誌 と し て は 他 に 、 ﹁ 播 磨 瓜 土 記 考 ﹂ と 称 す る 、 岡 平 保 と の 共 著 に な る も の が あ っ た 筈 で あ る が 、 今 は 失 は れ て ゐ る 。 古 跡 考 が い か に し て 成 っ た か は 、 光 個 の 自 序 に 明 ら か で あ る 。 頃 日 、 武 藤 何 某 、 ↓ 書 を 袖 に し 来 れ り 。 見 る に 、 菅 跡 こ と く く 記 し て 、 く ハ し か ら さ る に あ ら す 。 名 つ け て 、 古 跡 便 覧 と い へ り 。 し か り と い へ と も 、 佐 用 郡 の こ と き は 、 國 の 中 の 遍 土 に し て 、 国 人 と て も 、 多 く は し ら さ る 故 な ら ん か 、 其 所 た か ひ ぬ る 事 の ミ な れ ハ 、 今 是 を あ ら た め う つ し て 一 書 と す 。 な を 他 の 郡 に も 、 た か ひ ぬ る 事 跡 の 有 も や す ら ん 。 其 郡 く に し て 、 よ く あ ら た め た ・ す 人 あ ら は 、 終 に ハ 國 の 好 書 と も な り な ん か し ⋮ ⋮ こ ・ に い ふ 古 跡 便 覧 を 、 嘗 て 、 天 川 友 親 響 ﹁ 携 万 宝 智 恵 袋 ﹂ 所 収 の 加 藤 敬 直 響 ﹁ 播 磨 古 跡 便 覧 ﹂ (羅 三 ) に 擬 し た こ と が あ っ た へ 鞠 罐 謙 実 ) 牲 同 書 犠 山ハ 年 前 の 延 享 元 年 に す で に 成 ぞ ゐ た テ ﹂ と 域 後 肇 邑 の 講 古 所 名 所 考 の 次 の自 殿 に明 ら か であ る 。 右 は 、赤 松 一 翠軒 竹 隻 の 名 所 拾 録 と 號 し、 常 の口す さ び に て、 當 國 に 翫 び 来 る よ し 。 又、 考 云 と 書 け るも のは、 鯨 部 庄 坂 元村 の 住 人 劔 持 清 詮 と いひ し 人 の 、 元禄 十 一 年 の 頃 書 加 へ ら れ し也 。 又 、 増 云 と 書き 、 又、 私 云 と 書 け る も の マ マワ は 、わ が友 寄 虫 齋 加 藤敬 直 、 延享 元 年 に 之 に 増補 し て 、播 州古 跡 便 覧 と 題 號 せり 。 予 そ の 中 よ り 歌 枕 に 出 た る名 所 の 分 、 郡 分 に し て 是を 書出 す も の 也 ⋮⋮ す な は ち 、赤 松 竹 黒 薙 頃 )の ﹁ 名 所拾 録 ﹂ に、 創 持 清 詮 が 手 を 加 へ、 敬直 が 延享 元 年 に 更 に加 筆 し 改 題 し たも のが 、 ﹁ 古 跡 便覧 ﹂ であ っ た。 こ の古 跡便 覧 は、 寛 延 三年 に 更 に 増 補 さ れ る 。 万宝 智 恵 袋 所 収 本 は 是 で あ る 。 し かも 万宝 智 恵 袋 所収 本 の 成 る 以 前 に 、 古 跡便 覧 は、 一 方 で、 大 々的な 増 補 が行 はれ てゐ た。 敬 直 の 友 人 村 上 正 藏 は敬 直 と共 に、 延 享 元 年本 古跡 便 覧 を 、 全 く 見 違 へ る ば かり に 増 補 改 編 し た のであ る。 書 名 も 、 播 磨 古 跡 便 覧 の外 に 、 播 磨 風 土 記 ・ 播 磨 新 風 土 記 . 寛 延 新 撰 播 磨 風 土 記 な ど ・改 題 し た も のも あ る 。 自 序 に い ふ 。 } 赤 松 ↓ 翠 軒 竹 隻 ノ 名 所 拾 録 ト 云 フ小 朋 ア リ 。 當 國 二 翫 来 レ リ 。 又 、 考 二日 ト 云 モ ノ ハ 、 余 部 庄 坂 本 村 二 創 持 清 詮 卜 云 シ 人 、 元 禄 年 中 二加 ヘラ レ シ。 然 レ 臣 、 事 少 ク 用 二足 ラ ス。 今 、 的 形 村 ノ 隠 士 加
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舶 藤 氏 ハ 、 神 記 二 委 ク 、 群 書 ニ ワ タ リ 、 強 記 ニ シ テ 、 意 ヲ 古 跡 ノ 事 二 勢 シ 、 数 説 ヲ 集 テ 、 此 書 ヲ 補 フ 。 予 力 莫 逆 ノ 友 ナ レ ハ 、 共 二 談 シ テ 、 是 ヲ 集 テ 、 ム ﹁ 、 四 巻 ト 爲 ス 。 一 (以 下 五 条 ヲ 省 客 ス ル ) 寛 延 已 巳 ( 二 年 ) 無 陽 月 村 上 正 嚴 埴 章 慶 甫 誌 宮 内 鵬 書 陵 部 所 藏 の 新 播 磨 風 土 記 は 、 宝 暦 九 年 に 、 岡 本 宗 雅 が 更 に 改 編 し た も の で あ る 。 岡 本 宗 雅 は 、 そ の 附 言 に い ふ . 播 磨 風 土 記 ノ 書 四 巻 ハ 、 村 上 氏 ノ 著 ス 所 ナ リ 。 則 序 記 ニ イ ヘ ル カ 如 シ 。 且 古 城 ノ ﹁ ハ 大 概 記 ス ト ア レ ト モ 、 別 二 古 城 記 ノ 一 本 ヲ 求 得 テ 書 鳥 ス 。 依 テ 、 コ レ ヲ 除 キ 、 此 昼 四 巻 ヲ 合 テ ニ 朋 ト シ 、 別 二 古 城 記 一 朋 ヲ 副 テ 、 今 、 全 部 三 巻 二 成 (九 年 ) ス モ ノ ナ リ 。 惟 時 寳 暦 己 卯 ノ 冬 、 朝 田 氏 ノ 需 ニ ヨ リ テ 、 摂 陽 ノ 岡 本 宗 雅 、 男 二 書 罵 畢 。 す な は ち 、 書 陵 部 本 (新 ) 播 磨 風 土 記 は 、 岡 本 宗 雅 が 、 ( 新 ) 播 磨 風 土 記 か ら 古 城 の 項 を 除 い て 、 二 研 に 改 編 し た も の で あ っ た 。 名 所 ・ 古 跡 ・ 神 社 ・ 寺 の 項 は 、 も と の ま ・ で あ る 筈 で あ る 。 こ の 書 陵 部 本 ( 新 ) 播 磨 風 土 記 と 播 磨 古 跡 考 と を 比 較 す る 時 、 挿 入 の 和 歌 は も と よ り 、 項 目 の 排 列 か ら 内 容 に 至 る ま で 、 殆 ど 同 じ で あ っ た 。 前 者 は 、 文 整 は ず 、 事 繁 き に 過 ぎ る も の が あ っ た が 、 光 個 が 、 文 法 を 正 し 、 項 事 を 削 ぎ 、 讃 む に 堪 へ る も の と し た の で あ る 。 そ の た め に 、 間 々 街 談 巷 説 の 類 を 失 ふ 憾 み も な く は な い 。 し か し 地 誌 と し て 、 訂 正 す べ き 箇 所 は 、 た と へ ば 、 越 部 の 庄 を 阿 佛 尼 の 所 領 と し た り 、 佐 用 姫 神 社 の 祭 神 を 松 浦 佐 用 姫 と す る 誤 な ど は 、 正 し く 書 き 改 め て ゐ る 。 自 序 に も い ふ 如 く 、 佐 用 郡 の 部 分 に は 、 さ す が に 、 訂 正 増 補 が 多 い 。 も と も と 光 個 の 本 書 を 成 す に 至 っ た 動 機 は 、 佐 用 郡 の 記 事 の 、 そ の 地 の 辺 阪 で 知 ら れ な い た め で あ ら う が 、 あ ま り に も 簡 略 で あ り 、 誤 を 含 む も の が 多 く 、 文 ま た 粗 野 で
あ っ た こ と に あ る で あ ら う 。 播 磨 の 地 誌 は 、 光 個 に よ っ て 、 初 め て 、 簡 に し て 要 を 得 た も の に 、 整 備 さ れ た と 言 っ て よ い 。 播 磨 古 跡 考 の 成 立 を 図 示 す れ ば 次 の 如 く な る 。
ー
播
陽
古
所
名
所
考
難
講
名
所
戴
鍍
-名
所
拾
録
難
年
-播
密
跡
便
覧
難
埜
人
新
蟹
土
記
馳
難
一
一 加 藤 敬 直 f 播 磨 古 跡 便 覧 寛 延 三 年 加 筆 本 平 野 庸 脩 岡 田 光 燗 一-播 磨 古 跡 考 播 磨 鑑 宝 暦 五 年 宝 暦 十 二 年 岡 本 宗 雅 ー ( 新 ) 播 磨 風 土 記 宝 暦 九 年 改 篇 播 磨 の 地 誌 の 最 も す ぐ れ た も の は 、 周 知 の 如 く 、 播 磨 鑑 で あ る 。 播 磨 古 跡 考 の 事 項 の 排 列 が 、 古 蹟 和 歌 、 古 城 、 神 社 、 寺 で あ る に 対 し 、 播 磨 鑑 は 、 神 社 、 佛 閣 、 古 蹟 和 歌 、 古 城 で あ り 、 順 序 を 少 し 変 へ た の み で 、 構 成 は よ く 似 て ゐ る 。 組 織 や 内 容 の 上 で 、 播 磨 鑑 は 古 跡 考 に 大 き な 影 響 を 受 け 、 更 に 播 陽 万 宝 智 恵 袋 所 収 の 如 き 名 所 記 ・ 古 社 寺 縁 起 ・ 古 城 記 や 口 碑 伝 説 な ど 移 し い 資 料 を 蒐 集 し た の で あ る 。 そ の 資 料 の 曲 豆 富 さ は 誇 っ て よ い 。 し か し 庸 脩 自 身 も 自 著 の 膨 大 で 扱 ひ に く い こ と を 認 め 、 古 跡 考 の 簡 要 を 、 例 に よ っ て 整 は ぬ 文 な が ら 、 次 の 如 く 讃 へ る 。 ⋮ ⋮ 去 に 依 て 、 古 実 者 の 集 置 れ し 傳 書 の 播 州 年 歴 記 加 東 郡 粟 生 ノ 住 後 藤 基 邑 著 述 播 州 考 佐 用 郡 佐 用 町 ノ 住 岡 田 鵡 侮 編 集 播 州 名 所 記 姫 路 ノ 署 士 生 田 道 的 著 述 と い へ る 書 、 拉 古 城 跡 記 等 一 々 つ ら ね て 、 此 書 の み を 見 て く た く し か ら ん 事 をま ぬ か る 。 ⋮ ⋮ こ ・ に い ふ 播 州 考 は 、 本 書 、 播 磨 古 跡 考 を さ す 。 国 会 図 書 館 所 藏 の 亀 田 次 郎 旧 藏 本 は 、 表 紙 に ﹁ 播 磨 古 跡 便 覧 一 名 播 州 考 ﹂ と あ り 、 内 容 は 光 燗 の 古 跡 考 と 同 じ く 、 光 個 の 奥 書 の 後 に 次 の 識 語 が あ る 。 針 間 記 三 巻 、 大 堀 正 輔 大 人 、 校 合 所 藏 也 。 他 本 所 見 、 加 朱 書 、 事 繁 者 、 後 補 書 。 文 化 元 甲 子 年 従 三 月 至 五 月 卒 罵 / 三 楽 園 都 郷 / 藏 之 姫 路 の 廣 峯 神 社 所 藏 本 は 、 書 名 を ﹁ 播 州 考 ﹂ と す る 。 光 燗 自 筆 。 上 下 二 朋 、 上 巻 は 書 陵 部 本 と 同 じ く 、 甚 だ 謹 直 な 筆 致 で あ る が 、 下 巻 は 、 急 い だ た め で あ ら う か 、 や ・ 崩 れ る 。 上 欄 に 他 筆 で 朱 書 を 加 へ 、 訂 誤 す る と こ ろ が あ る が 、 誰 の 手 に な る か は 分 ら な い 。 佐 方 渚 果 氏 旧 藏 岡 田 護 氏 所 藏 本 は 、 書 名 を ﹁ 針 間 記 ﹂ と し 、 奥 に 次 の 識 語 が あ る 。 針 間 記 壼 巻 、 松 葉 氏 所 藏 也 、 他 本 所 見 加 朱 書 、 事 繁 後 補 書 天 保 九 年 戊 戌 従 二 月 三 月 卒 写 朱 蓼 老 圃 竹 威 圃 圃 宮 内 廉 書 陵 部 本 ・ 龍 野 図 書 館 本 ・ 岩 瀬 文 庫 本 ・ 田 住 孝 氏 所 藏 本 。 井 上 邦 利 氏 所 蔵 本 は 、 共 に 書 名 を ﹁ 播 磨 古 跡 考 ﹂ と す る 。 龍 野 図 書 館 本 は 、 奥 書 の 次 に ﹁ 寛 政 七 年 乙 卯 十 一 月 日 小 西 啓 迫 ﹂ の 識 語 が あ り 、 藩 儒 小 西 啓 迫 の 写 で あ る 。 岩 瀬 文 庫 本 は 、 同 様 に 、 ﹁ 右 播 磨 古 跡 考 二 巻 以 図 書 寮 本 写 之 / 明 治 廿 八 年 一 月 廿 八 日 小 函 山 房 主 人 良 弼 識 / 伊 藤 九 六 郎 写 ﹂ の 識 語 が あ り 、 書 陵 部 本 を 村 田 良 弼 の 写 し た も の の 転 写 で あ る 。 田 住 孝 氏 所 藏 本 は 、 同 族 の 田 住 正 隆 の 写 。 井 上 邦 利 氏 所 臓 本 は 、 上 下 二 冊 の 転 写 本 、 ﹁ 鶯 里 ﹂ の 賊 書 印 が あ る 。 鶯 里 は 、 井 上 家 の 先 祖 で あ り 、 間 嶋 馬 肝 等 と 共 に 、 佐 用 郡 で 最 も 活 躍
し た 俳 人 た ち の ↓ 人 で あ る 。 同 家 は 代 々 大 庄 屋 を 勤 め 、 鶯 里 は 、 井 上 浪 右 門 政 識 と 称 し た 。 後 、 家 を 弟 に 譲 り 、 招 か れ て 、 宍 粟 郡 安 志 藩 の 勘 定 役 と な っ た 。 青 羅 ・ 玉 屑 の 流 派 で 、 文 政 四 年 に 没 し た 。 書 陵 部 本 は 、 光 燗 自 筆 、 上 下 二 巻 。 ま こ と に 謹 直 な 筆 で 書 か れ 、 有 栖 川 宮 家 へ の 献 上 本 で は な か っ た か と 想 像 し て ゐ る 。 注 我 藤 は 加 藤 の 誤 で あ ら う か 。 そ れ と も 別 の 姓 が あ っ た の で あ ら う か 。 敬 直 は 、 他 に 、 ﹁ 播 陽 古 所 事 伝 説 ﹂ の 著 が あ る が 、 そ の 伝 記 は 明 ら か で な い 。 印 南 郡 的 形 村 字 地 に 、 そ の 碑 が あ る 。 正 画 に ﹁ 繹 除 諒 ﹂ そ の 右 に ﹁ 寳 暦 五 乙 亥 年 ﹂ 、 そ の 左 に ﹁ 入 月 三 日 ﹂ 、 右 側 面 に 、 ﹁ 寄 居 虫 齋 加 藤 敬 直 ﹂ 、 左 側 面 に ﹁ 播 陽 之 産 於 的 形 浦 終 焉 / 行 年 五 十 歳 俗 名 文 藏 ﹂ と 刻 す 。 裏 面 に ﹁ し な ま ほ し 生 ま ほ し と も い は し 世 に ま か せ て ま し る ち り の 身 な れ ハ ﹂ の 辞 世 が あ る 。 尊 光 寺 の 過 去 帳 に は 、 ﹁屠 龍 八 月 三 日 小 嶋 隅 屋 内 文 藏 ﹂ と い ふ 。
五
有
栖
川
宮
職
仁
親
王
詠
歌
御
教
訓
岡 田 光 燗 の 、 烏 丸 光 榮 の 和 歌 の 門 弟 と な り 、 そ の 没 後 は 、 有 栖 川 職 仁 親 王 の 御 門 弟 と な っ た こ と は 、 す で に 述 べ た 。 職 仁 親 王 も ま た 、 か つ て 光 榮 の 御 門 弟 で あ ら れ た 。 当 時 、 堂 上 の 人 た ち の 和 歌 は 、 一 様 に 二 條 家 風 で あ っ た 。 光 個 も ま た 二 條 家 風 の 教 を 受 け た 筈 で あ る 。 職 仁 親 王 御 自 筆 の 詠 歌 心 得 の 巻 物 一 軸 が 、 光 倒 の 後 高 で あ る 岡 田 護 氏 に 襲 藏 さ れ て ゐ る 。 奥 に 、 ﹁ 費 暦 二 年 三 月 吉 辰 中 書 王 ﹂ と あ る 。 四 十 六 年 五 月 、 橋 本 不 美 男 氏 の お 世 話 に よ り 、 高 松 宮 家 御 所 蔵 の 職 仁 親 王 御 自 筆 の 歌 道 の 文 書 若 干 を 拝 見 し た 。 そ の 中 に 、 岡 田 家 襲 蔵 の 詠 歌 心 得 と 同 じ 副 本 か と も 思 は れ る も の が 、 三 部 も あ っ た 。 筆 跡 ・ 用 紙 は 同 じ く 、 漢 字 を 仮 名 に 仮 名 を 漢 字 に の 異 同 は 間 々 あ る が 、 字 配 り な ど も 殆 ど 同 じ で あ る 。 表 装 は さ れ て ゐ な い 。 奥 は 、 ﹁ 寛 延 四 年 七 月 吉 辰 中 書 王 ﹂ 、 ﹁ 寛 延 四 年 仲 秋 吉 辰 中 書 王 ﹂ 、 他 の 一 つ に は 年 記 署 名 は な い 。 端 裏 に は 、 別 筆 で ﹁ 御 教 訓 ﹂ と 書 い た 貼 紙 が あ る 。 職 仁 親王 は 、 御 門 弟 の 多 く に 、 次 々 と 、 御 自 筆 の 和 歌 の 伝 書 を 授 け ら れ て ゐ た の で あ ら う 。 職 仁 親 王 は ま た 、 有 栖 川 宮 流 の 書 道 の 師 匠 で も あ ら れ た 。 そ の 御 教 訓 は 、 も と よ り 、 二 條 家 風 の 和 歌 の 詠 み 方 の 心 得 を 示 さ れ た も の で あ る 。 そ の 眼 目 は 、 二 條 家 の 亀 鑑 と し て 仰 ぐ 撰 集 ・ 家 集 ・ 歌 学 書 な ど を 示 さ れ る と と も に 、 次 の 如 き 御 教 訓 に あ る や う で あ る 。 ひ た す ら 心 を す な ほ に し て 、 詞 を や は ら か に 、 能 き こ ゆ る や う に と よ む へ し 秀 歌 は 、 も と よ り 、 す な ほ な る う ち に 、 面 白 に て 侍 る 也 、 す な ほ な る と こ ろ を 、 専 一 に ま な ひ て 侍 ら は 、 自 然 に 一 ち か ら ハ い て き 侍 る 事 に な む 草 庵 集 、 作 者 は 、 古 く い ひ ふ れ た る こ と を 、 少 ひ き な ほ し 、 あ た ら し く 讃 た る 也 、 か や う の こ と は 、 一 段 よ き と こ そ い ひ 侍 ら め 高 松 宮 家 の 職 仁 親 王 御 自 筆 歌 道 教 訓 の 中 に は 、 御 師 匠 烏 丸 光 榮 の 教 訓 を 記 さ れ た 、 ﹁ 教 訓 十 五 ケ 條 ﹂ ﹁ 謁 道 安 心 之 記 ﹂ な ど も あ っ た 。 光 燗 も か つ て 光 榮 に 教 え を 受 け て ゐ る こ と と て 、 そ の う ち 、 ﹁ 教 訓 十 五 ケ 條 ﹂ と 題 す る も の を 紹 介 す る 。 歌 道 以 実 為 専 要 義 、 常 く 忘 却 有 へ か ら さ る 事 一 京 極 黄 門 三 部 抄 、 あ ふ き て 信 し 深 く 思 ふ へ し 一 制 限 ・ 先 達 加 難 詞 等 、 能 く 覚 悟 す へ し 一 稽 古 の 最 初 、 風 躰 や す ら に 、 よ く き こ ゆ る や う に と 、 心 を ひ き く し て 習 練 第 一 事 一 初 心 間 早 吟 尤 宜 か ら す 、 紙 燭 一 寸 、 一 夜 百 首 等 、 巳 達 の う へ の 事 也 、 日 数 を 経 る と も 、 況 吟 辛 苦 し て 、 心 の 及 ふ 限 一 り よ み つ ら ぬ へ し 、 如 此 時 は 、 早 く 道 に す ・ む 也 、 一 首 も 鹿 相 に よ む へ か ら す
初 心 問 、 歌 数 に 心 を か け す 、 次 第 を ま も る へ し 、 三 首 五 首 十 首 廿 首 な と よ り 連 く 習 練 、 百 首 を も よ む に 至 る 、 最 初 よ り 百 首 な と よ む 事 、 不 可 然 義 也 事 む つ か し き 趣 向 ・ 誹 詰 め き た る 趣 向 ・ た は ふ れ 過 た る 趣 向 等 、 堅 く 慎 て 不 可 詠 事 一 臭 様 な る 詞 ・ つ ま り た る 詞 ・ つ ・ き 俗 な る 詞 ・ 手 つ く り な る 詞 ・ 心 ま か せ な る 字 あ ま り の 詞 ・ せ む な き ま く ら 詞 一 等 、 堅 く 慎 て 不 可 詠 事 常 ・、 あ り ふ れ た る 題 の よ ミ や す き に て 、 詞 つ ・ き 優 美 に 心 の 力 あ る や う に 詠 習 、 肝 要 也 常 く 不 用 題 、 む つ か し き 題 、 堅 無 用 也 、 初 心 時 、 む つ か し き 題 ハ 、 優 美 に よ み か た く 、 心 も は た ら く 事 を 得 す 、 何 と そ 題 に 叶 は む と す る は か り 故 、 臭 様 に な り て 風 躰 を 損 し さ は か し て 、 邪 路 に 入 の 端 と な る 、 習 練 積 り て 、 常 く の 題 の 寄 、 優 に 心 も 一 力 あ る や う に よ ミ な す 程 に 至 れ ハ 、 む つ か し き 題 ハ 何 時 に て も よ ま る ・ 事 也 、 依 之 、 習 練 に 次 第 あ り 、 次 第 を ま も ら さ れ ハ 寄 あ か り ゆ く こ と な し 歌 の 習 練 は 古 歌 を 塾 覧 せ さ れ ハ 不 叶 義 也 、 三 代 集 勿 論 、 新 勅 撰 集 不 断 塾 覧 怠 る へ か ら す 、 家 集 に て ハ 爲 家 卿 集 ・ 草 俺 一 集 笠 尤 優 美 也 、 聴 雪 集 覇 、 近 代 堪 能 無 比 麺 此 類 を 以 て 二 條 家 の 眼 目 と す 作 例 事 、 右 の 集 共 勿 論 可 引 用 也 、 十 代 集 之 外 は 用 捨 あ り 、 強 必 と 難 用 義 あ り 、 尤 数 多 の 家 集 雑 く の 書 等 、 作 例 に 引 用 さ る 義 也 詩 文 章 を と る 事 、 最 初 の 習 練 に は 且 か ら す 、 常 ζ 人 口 に あ る 義 ハ 各 別 也 、 古 事 来 歴 等 、 尤 其 事 に よ る へ し 一 初 心 間 、 連 歌 、 狂 寄 ・ 誹 詣 等 に 心 か く る 事 、 努 ・・ あ る へ か ら す 、 已 達 の う ヘ ハ 何 事 も 難 な き 也 一 當 時 、 他 人 舟 批 判 ・ 先 達 勝 劣 、 堅 く 論 す へ か ら す 、 穿 馨 、 我 歌 に 益 な く し て 事 に 害 あ り 、 能 ζ つ ・ し む へ し 一
右 為 / 鳥 丸 故 前 内 府 教 訓 慎 / 可 相 守 者 也 六 岡 田 光 偶 と そ の 一 族 の 和 歌 播 磨 奇 人 伝 の 著 者 宇 都 宮 大 潔 の こ と を 調 べ た く 、 四 十 六 年 八 月 、 英 賀 神 社 に 木 村 百 樹 氏 を 尋 ね 、 上 月 為 彦 翁 の 手 澤 本 を 拝 見 、 更 に 木 村 氏 の 御 案 内 に て 、 大 潔 の 後 商 の 宇 都 宮 潔 氏 を 訪 れ 、 短 朋 類 や 大 潔 の 遺 稿 を 調 査 さ せ て い た ㌢ い た こ と が あ . 鷹 そ の 中 に 、 大 潔 と そ の 子 大 濟 ( 三 水 に 齋 と あ る を 改 む ) と の 共 編 に な る 稿 本 ﹁ 紅 峯 類 題 三 編 ﹂ (肇 簾 輔 れ ) と 大 潔 の 編 ら し き 稿 本 ﹁ 弊 肇 集 ﹂ 二 朋 と が あ り 、 近 世 播 磨 の 歌 人 の 多 く の 作 品 を 収 め て ゐ る の を 知 っ 彪 そ の 後 、 加 納 諸 平 の ﹁ 類 題 腹 玉 集 ﹂ ( 敦 替 駐 灘 を 入 手 、 こ ・ に も 、 播 磨 の 人 た ち の 多 く の 和 歌 を 見 出 し 魔 光 燗 歌 集 入 手 以 後 に 習 し た こ れ ら の 資 料 か ら 、 光 個 と そ の 一 族 の 和 歌 を 紹 介 す る 。 イ 光 個 明 石 の 浦 を す き て 雄 秋 夕 月 芦 問 鴛 明 石 か た か す め る 月 の 曙 に い そ 山 か く れ き ・ す な く な り な か め や る う き を も つ ミ て 柴 舟 の 川 瀬 を く た る 妹 の 夕 暮 夕 つ ・ の 光 ハ き え て 中 空 に ひ と り 秋 な る 月 の か け か な ご や の 池 の 汀 の あ し の か れ し よ り む れ ゐ る を し の 数 も か く れ す む す め の 身 ま か り け る こ ろ 岡 田 光 個 光 個 (以 下 同 、 省 暑 ) 冬 同 右 同 秋 同 上 腹部 部 巻玉 春 集部 三 編
よ そ に の ミ き く も う か り し 夕 く れ を 身 に し る 秋 の 荻 の 上 風 綱 部 (注 光 佃 存 生 中 、 二 人 の 娘 を 失 ふ 。 平 福 の 田 住 貞 義 の 妻 千 賀 と 佐 用 の 岡 出 忠 寛 の 妻 皇 久 。 そ の ど ち ら を さ す か 不 明 。 ) 初 春 い つ し か と ま た る 、 山 の さ く ら 花 面 影 か す む 責 き に け り 誰 繍 醐 部 春 風 う ち な ひ き い と 夏 な ら ぬ 浅 ・ 、 と り 柳 の こ の め は る か せ そ ふ く 胡 浦 春 風 こ と う ら の ミ る め お も は ぬ 濱 な れ や 月 ハ な に は に 霞 む よ の 月 桐 う ま 人 よ り 梅 を た ま は り し 、 其 か へ し の と け さ も 春 に さ き た つ 梅 の 花 よ に ま た し ら ぬ か に 匂 ひ き て 桐 若 草 年 の は に い や め つ ら し な 浅 ミ と り い ろ ミ へ そ む る 春 の 若 草 欄 暮 山 花 た れ も 今 家 ち わ す れ て く る ・ 日 に た と る か 岸 の 花 の 下 陰 暁 帰 え な ら す も 霞 め る そ ら に 有 明 の 月 を の こ し て か へ る r か ね 桐 夏 雲 う ら 遠 く 襲 ガ そ な た に い ろ ー の 雲 ? ね 乙 夏 の 海 つ ら 翻 (そ そ む ら ん カ ) 荒 和 祓 ・ 、 そ き 川 な ひ く い く し の し て よ り や 世 ハ 秋 風 の 吹 は ら む ら ん 胡 月 前 富 士 時 し ら ぬ 雪 か と お も ヘ ハ ふ し の ね の し ろ き ハ 月 の .墜 そ 淳 る 糊 部 親 子 を お も ふ 親 の 心 そ は て し な き 身 ハ 老 ら く の む か し わ す れ て 桐 宇 都 宮 潔 氏 旧 藏 ( 現 在 、 岡 田 護 氏 所 藏 ) の 光 個 の 短 冊 は 次 の 二 枚 で あ る . 川 朝 霧 さ し の ほ る 日 影 に な ひ く 桂 川 な か れ の ま ・ の 水 の 朝 霧 光 燗 冬 暁 明 る 夜 を 松 の 戸 ほ そ に ひ ま ミ え て し ら む よ 雪 の さ む し ろ の 床 光 倒
前 田 龍 治 氏 旧 藏 岡 田 護 氏 所 藏 の も の に 、 貼 り 交 ぜ 屏 風 か ら 剥 い だ か と 思 ば れ る 光 燗 自 筆 の 一 葉 が あ る 。 有 栖 川 宮 一 品 中 務 卿 職 仁 親 王 家 の 御 月 次 の 題 を 給 ハ り て よ ミ て 奉 る 光 燗 九 月 菊 露 つ も り て は 渕 と な る 世 も 咲 菊 の は な に ち き り や む す ふ 白 露 十 月 苔 為 石 衣 つ き せ め や 幾 世 か さ ね て 岩 か ね に ふ か き ミ と り の 苔 の 衣 は + 一 月 寄 鏡 懇 う つ り 行 月 日 そ つ ら き お も ひ の ミ ま す ミ の か 、 ミ か け を た に ミ す 十 二 月 苅 萱 秋 風 も 吹 か と ミ れ は 下 を れ て を く 露 し げ き 野 へ の か る か や み つ ま さ 口 光 尉 光 尉 は 光 燗 の 長 男 。 寛 政 十 二 年 五 月 九 日 没 。 自 筆 の 詠 百 首 和 歌 が あ る 。 そ の 中 よ り 数 首 を 抜 く 。 田 家 若 菜 き え か て の 小 田 の 雪 間 に 打 む れ て は や つ ミ 初 る 春 の 若 芹 山 路 梅 花 咲 梅 の 匂 ひ を 袖 に う つ し も て か へ る 山 路 の 春 の 家 つ と 池 朝 菖 蒲 あ さ ま た き 露 に 乱 て あ や め 艸 吹 し く 風 の 匂 ふ 池 水 初 冬 時 雨 棋 の 戸 に 吹 山 風 も 音 た て ・ 時 雨 を さ そ ふ 冬 は 来 に け り
馳 月 .瑞 中 友 う き な か ら 打 も ね ら れ す 明 石 か た 月 を 友 な る 草 の 枕 に 旅 宿 夜 雨 常 さ え も う き ハ 旅 路 の な ら ハ し に さ ひ し さ そ ふ る 雨 の よ す か ら 社 頭 祝 言 か き り な き め く ミ を 三 輪 の 神 垣 や 木 ふ か く し け る 杉 の 下 陰 ハ 光 良 光 良 ば 光 燗 の 曽 孫 に 当 ろ 。 慶 慮 二 年 五 月 二 日 没 、 行 年 六 十 一 歳 。 花 吾 宿 の 軒 端 の さ く ら 咲 し よ り よ も の 高 根 も 雲 そ か さ な る 罐 整 編 二 忠 寛 忠 寛 は 、 光 燗 の 五 代 前 の 祖 光 久 の 弟 源 太 夫 の 系 統 の 人 。 佐 用 の 代 官 。 寛 政 元 年 十 月 十 五 口 没 。 妻 は 光 倒 の 娘 。 鶴 和 歌 の 漣 久 し き 代 ・・ を あ と た れ て あ し へ に な る ・ 舅 も ろ 声 轟 鱗 題 ホ 光 顯 光 顯 は 、 忠 寛 の 子 、 佐 用 の 代 官 。 文 政 六 年 、 長 尾 村 の 木 谷 池 を 作 る 。 ﹁ 御 役 人 岡 田 源 太 夫 ﹂ と 銘 の あ る 石 、 池 の 堤 に あ っ た が 、 現 在 一 部 分 コ ン ク リ ー ト に 覆 は れ て ゐ る 由 。 文 政 七 年 、 龍 山 神 社 を 建 立 す る 。 天 保 七 年 七 月 二 十 六 日 湊 。 鶯 の 始 て な き け れ ハ 友 か き 中 井 景 之 か り に き こ へ ん と て 花 の か け な れ 養 き な く 也 き ・ そ め し よ り 友 そ し た し き 轟 輪 題 雪 ふ れ と 梅 の 花 か さ き て ハ な く 鶯 の 立 ・ を ミ せ も き か せ も 桐 日 を た 巻 の い と 長 き 昆 日 ひ ー に 濠 き く ら す 日 た か ミ の く に 鯉
' へ 光 隆 光 隆 は 光 顯 の 子 か 。 霞 立 春 か へ し 安 政 五 年 十 二 月 二 十 三 日 没 、 五 十 八 歳 。 く れ 竹 の 一 よ あ く れ ハ う き ふ し も わ す れ て 今 朝 ハ 乏 ほ き に け り き の ふ ま て 手 に と る は か り ミ し 山 も け さ ハ か す ミ の 立 へ た て つ ・ 玉 中 春 雄 に き こ え ん と て 梅 に 折 そ へ て や り け る 色 ふ か き 梅 の 花 笠 き て ミ れ ハ よ を う く ひ す の 邑 も わ す れ て 宇 都 宮 大 潔 う し の き ま せ る を 待 わ ひ 侍 り て を た ま き の く る か と 君 を い と ・ ま ち 日 か す に つ も る 冬 の 雪 哉 業 合 大 枝 ぬ し の 故 よ し 有 り て い ミ こ も り け る を 、 い さ め さ と さ ん と 問 ひ 侍 り て 神 風 に や か て か ・ れ る 浮 雲 の ば や ふ き は ら ふ 時 を ま て き ミ 舟 越 南 光 坊 隆 覚 僧 正 を 尋 ね 侍 り て 君 を さ し て 舟 こ し 山 に わ け の ほ る う へ も か ひ 有 し け き 言 の 葉 わ け の ほ る か ひ な き 山 の お く ま て も も ら さ す に ほ ふ 君 か 言 の 葉 注 1 岡 田 光 隆 か 、 松 平 伊 織 正 侯 よ り 、 ほ め さ せ て か つ け も の 玉 ハ り し を ほ き て か ね て よ り ゆ た か に た ち し た も と に も う れ し き 邑 の あ ま り や す ら ん う れ し さ の つ ・ む に あ ま る た も と に ハ あ え ま く ほ し き も の に そ 有 け る 注 1 佐 用 二 千 石 の 領 主 松 平 図 書 頭 康 英 。 隆 覚 注 2 弘 範 弘 範 右 同 三紅 編塵 春集 部類 題 右 同 同 右 雑 部 右 同 右 同 右 同 右 同 右同
注 2 弘 範 、 姓 は 神 吉 、 字 は 孟 園 、 誰 は 新 右 衛 門 、 号 は 雲 屋 又 は 白 疇 老 人 。 佐 用 郡 平 福 の 人 。 鳥 取 藩 の 本 陣 の 主 人 。 経 史 を 好 み 、 仏 典 に 通 じ 、 中 年 よ り 本 居 大 平 に つ い て 国 学 を 学 ぶ 。 長 歌 と 祝 文 に 長 じ 、 著 述 に 雲 屋 春 雨 集 、 雲 屋 老 騨 集 、 雲 屋 雑 記 、 白 藩 園 見 聞 録 が あ る 。 天 明 四 年 に 生 れ 、 安 政 四 年 に 浸 す る 、 年 七 十 四 。 以 上 、 濱 田 洋 氏 著 ﹁ 佐 用 の 史 跡 と 伝 説 ﹂ に 掲 げ ら れ た 碑 文 に よ る 。 そ の 歌 は 頓 玉 集 、 紅 塵 集 類 題 三 編 に 多 数 入 集 し て を り 、 光 個 以 後 の 、 近 世 末 期 の 西 播 歌 人 と し て 、 深 澤 薫 と 共 に 注 目 す べ き で あ る 。 ホ み ね 子 光 邦 の 妻 、 光 良 の 母 、 文 政 十 二 年 六 月 十 四 日 没 。 紅 塵 集 三 編 雑 部 に 、 そ の 辞 世 を 平 田 ゆ た 子 の か へ し と 共 に 載 せ る 。 ﹁ 場 子 ﹂ と あ る の も 、 ﹁ ゆ た 子 ﹂ と 蚊 ん で ゐ る 歌 も あ り 、 こ の み ね 子 の こ と で あ ら う 。 他 に ﹁ 岡 田 繁 子 ﹂ も あ る が 、 恐 ら く 、 同 じ 一 族 で あ ら う か 。 言 の 葉 の 友 に わ か れ て 死 て の 旅 お も ひ 立 ぬ る 我 身 か な し も 岡 田 み ね 子 か へ し お く れ て も つ ゐ に ハ お な し 死 て の 旅 花 の う て な を わ け て ま て 君 平 田 ゆ た 子 へ 光 寛 光 寛 ば 、 播 磨 奇 人 伝 の 岡 田 源 太 夫 の 項 に 、 光 隆 が 、 父 光 寛 の 七 十 の 賀 に 天 下 の 歌 人 の 歌 を 集 め て 父 を 祝 し 喜 ば し め た と い ふ 。 し か し 光 隆 は 安 政 五 年 に 没 し 、 そ の 先 代 と 思 は れ る 光 顯 は 天 保 七 年 七 月 二 十 六 口 に 没 す る 。 そ の 間 に 、 一 代 を 挿 入 す る こ と は 不 自 然 の や う で あ る 。 或 は 光 顯 の 別 名 な の で あ ら う か 。 そ れ と も 、 実 父 で で も あ る の で あ ら う か 。 ス マ ヤ マ ノ セ カ ネ ヲ ロ シ ノ ホ ト ヘ キ ス ヤ シ マ ノ ウ ラ ニ チ カ ヘ リ ナ ケ
須
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山
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高
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島
能
渠
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久
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田
光
寛
警
勢
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以 上 、 光 個 以 外 の 歌 は 、 抄 録 に と 望 め た 。 そ れ ら の 人 々 の 関 係 を 知 る た め に 、 岡 田 家 の 系 図 か ら 摘 記 し 、 更 に 播 磨 奇 尺 伝 の 岡 田 源 太 夫 の 項 を 附 記 す る 。岡 田 光 良 妻 元 与'和 一一 寛 二 右 永 年 衛 七 十 門 年 月 尉 五 三 尉 月 日 之 十 湊 E1 浸 光 久 伊 右 衛 門 寛 文 一兀 年 五 月 二 十 日 "没 妻 、 作 州 万 善 村 平 井 氏 の 娘 浦 上 遠 江 守 の 孫 、 延 宝 三 年 九 月 十 日 没 溝 右 衛 門 良 久 伊 右 衛 門 元 禄 五 年 十 月 二 十 二 日 没 妻 、 作 州 万 善 村 平 井 八 郎 左 野 門 の 娘 、 貞 享 二 年 七 月 廿 七 日 没 源 太 夫 寛 永 三 年 二 月 十 四 日 没 六 郎 左 衛 門 宝 永 六 年 九 月 二 十 七 日 洩 蹟
L
源 太 夫 明 和 九 年 二 月 二 十 一 口 波 妾 は 光 個 の 妹 寛 源 太 夫 、 甚 兵 衛 、 代 官 寛 政 元 年 十 月 十 五 日 洩 妻 は 光 燗 の 娘 里 久 光 源 太 夫 、 号 、 光 斉 、 代 官 天 保 七 年 七 月 二 十 六 日 浸 八 十 三 歳 1 光隆
ー
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源 太 左 衛 門 、 甚 兵 衛 安 政 五 年 十 二 月 二 十 三 日 汝 五 十 八 歳九
市
郎
(漁
硝
盤
)
法 名 昇 道 な ら ば 、 六 郎 左 衛 門 明 治 十 四 年 三 月 二 十 四 日 波 六 十 七 歳 悦 (光 忠 の 男 ) 光 家 昭 和 十 三 年 五 月 十 六 日 洩ー 良 孝 1 -・ l l ・ 1 伊 有 衛 門 、 号 、 宗 寿 正 徳 元 年 十 月 二 日 波 妻 、 平 福 大 庄 屋 田 住 庄 左 衛 門 宗 政 の 三 女 妾 、作 州 森 侯 家 士 長 井 の 娘 、 忠 次 の 母 忠 次 伊 右 衛 門 、 初 、与 一 右 衛 門 、 号 、祖 慶 元 文 三 年 十 一 月 十 八 日 渡 七 十 二 歳 妻 、 可 牟 、 作 州 粟 井 豊 福 氏 の 娘 宝 暦 十 四 年 五 月 廿 九 日 覆 八 十 九 歳 1 光 尉 尋 与 一 右 衛 門 、 初 、 光 時 、 尚 佐 、 要 人 寛 政 十 二 年 五 月 九 日 没 妻 、 ヨ シ 、 豊 福 六 郎 右 衛 門 娘 天 明 三 年 四 月 一 日 、 1 男 釈 光 照 童 子 、 享 保 十 四 年 七 月 二 日 漫 -千 賀 (以 下 、 長 幼 不 明 ) 平 福 大 庄 屋 田 住 貞 義 の 妻 宝 暦 五 年 七 月 二 十 二 日 没 ー 里 久 佐 用 代 官 岡 田 忠 寛 の 妻 明 和 五 年 七 月 五 日 没 f 留 守 佐 用 常 徳 寺 第 七 世 義 潮 の 妻 文 化 十 二 年 二 月 廿 九 日 没 、 八 十 歳 光 邦 与 一 右 衛 門 、 初 、 光 時 文 化 十 一 年 九 月 一 日 波 六 十 歳 妻 、 嶺 子 文 政 十 二 年 六 月 十 四 日 没 一 } 光 御 与 一 右 衛 門 、 号 靖 軒 、 尚 佐 佐 用 大 庄 屋 、 本 陣 安 永 三 年 九 月 二 十 三 日 没 憾 ,凶 ,, 、叩昏 妻 、 享 保 十 三 年 三 月 十 六 日 没 後 妻 、 床 、 安 永 四 年 九 月 廿 六 日 波 -忠 吉 広 野 勝 家 の 養 子 と な る 安 永 四 年 正 月 廿 六 日 波 七 十 歳 ・ー 女 (第 三 子 ) 可 留 、 号 、 智 英 佐 用 岡 田 光 可 の 妻 寛 延 二 年 六 月 二 十 九 日 波 、 四 十 九 歳 ﹁ 女 く ら 、 号 、 葱 英 、 1 元 泉 (第 六 子 ) 1 金 飼 次 号 、 智 喬 元 文 三 年 正 月 三 日 没 ー 女 (第 七 子 ) 多 可 、 号 、 妙 栄 坂 越 松 本 一 郎 右 衛 門 (号 琴 漢 ) の 妻 寛 保 元 年 八 月 廿 八 日 没 安 永 三 年 正 月 十 三 日 湊
1 光 長 逸 八 郎 慶 応 二 年 四 月 二 日 洩 母、 泰康 -良 訓 鉄弥 、 光良 の 異母兄 家 を嗣 が ず、安 政 六 年九月 廿 二日 没 i 光 良 1 光 景
識
早世、 股野順軒 の 孫 の 藍田 の 従 兄 弟芳 三 郎の三 男光
恵
光謝 ﹁ 岡 田 悦 の三 男盛
左 衛門 、 与 一 右 衛 門 慶 応 二 年 五 月二日 波 六 十 歳 妻 寿賀、龍野 藩儒股野玉 川 の 子 順 軒 の 娘、明 治 六 年 一 月十八日 波 1・ 女 概野厳に 腺す 与 一 右 衛門 、 初 、 光實 大 正 三年 八月 五日 没 妻 、由 賀 、漆 野 光福 寺 竜 遵 の娘 光 家 、 源太 夫 の嗣 を系 ぐ ー 男 密道上人、高 藏寺密賀上人徒 弟、 平福光明寺 住職 、 明治廿 三 年 九 月 七 日洩、二 十 六 歳 直 太 郎 光直、昭 和 八 年四月 十九 日 没 第七図 光個 の 短冊 (内海 七 郎氏旧 蔵 、 岡田護氏 藏)Rights were
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岡 田 源 太 夫 佐 用 郡 佐 用 の 騨 所 、 岡 田 源 太 夫 忠 寛 と い ふ 。 松 平 図 書 頭 侯 の 官 令 兼 代 官 に し て 、 給 人 格 な り 。 代 ζ 源 太 夫 と 家 名 を 云 へ り 。 元 禄 年 中 の 人 也 。 晋 を よ ミ 儒 学 を 好 ミ 、 鎗 劔 術 を も よ く し 、 脊 の 高 さ 六 尺 有 蝕 に な れ り 。 大 勇 強 力 に し て 、 水 れ ん の 達 人 な る へ し 。 大 井 川 の 洪 水 を ハ 安 く と 渡 り て 、 細 川 少 将 侯 の 家 士 数 人 見 物 し て 、 大 に 感 せ し と 也 。 身 の 重 さ 二 十 有 八 貫 目 有 り て 、 武 道 に 心 さ し 至 極 よ ろ し 。 し か れ と も 平 日 ハ 素 直 に し て 、 温 順 和 平 な る 人 な る へ し 。 酒 宴 の マ マ 座 に 興 し て 、 相 摸 を 取 り し に 、 出 雲 雷 で ん を な げ し 人 な る へ し 。 中 の 中 取 関 取 の 人 を も 恐 れ た る へ し 。 角 力 取 出 入 し 、 主 人 と 遊 へ り 。 長 男 源 太 夫 光 顯 、 是 も 又 、 親 に お と ら さ る 力 士 な る へ し 。 則 、 同 格 に て 家 名 相 績 せ り 。 若 き 時 、 マ こ 山 中 に 猪 く 狩 り に 行 て 、 七 尾 の 猛 り 猪 、 お と り 勇 く し く 出 来 た り 。 え た り や と 待 受 て 、 劔 を 板 、 猪 の く ら 骨 よ り か け て し た ・ か に 、 真 二 つ に 打 切 た り 。 如 斯 す る 事 、 九 十 度 に も 及 へ り 。 或 時 ハ 大 の 鉄 鉋 に て 大 猪 を 打 伏 せ た り 。 又 猪 を マ こ 切 け る 時 、 太 刀 ゆ が ミ た る か 、 鞘 に 入 ら さ れ ハ 、 穰 身 に し て 、 家 の 床 に 置 し か 、 夜 半 の 比 、 ふ し き な る 哉 、 ピ ン と 音 せ し と お も ひ し か 、 自 然 と ゆ か ミ 直 り し 。 明 日 鞘 に 入 、 今 に 所 持 せ り 。 常 に い へ ら く 、 太 刀 ハ 名 に よ ら す 、 美 な る を 不 好 、 た ・ き る ・ を 以 て 、 名 劔 と す へ し と 云 は れ け り 。 新 刀 ハ 首 き る 時 音 高 し 。 古 刀 ハ 首 切 る 時 音 ひ く し 、 と い へ り 。 名 劔 は ゆ か ミ て も 又 お の つ か ら 直 な る へ し と い へ り し を 、 今 ハ 正 し く 覚 へ た り 。 択 其 比 ハ 、 世 上 に 虚 無 僧 多 か り け り 。 其 頭 を し ハ ら く 役 せ し か 、 此 光 顯 、 諸 事 物 に か ・ わ ら す 、 貞 固 二 、 善 悪 分 明 、 正 し き 取 沙 汰 な れ ハ 、 悪 人 の 為 に ハ 至 極 あ し ・ 。 善 人 の 為 に ハ 至 極 又 よ ろ し 。 し か し 寛 仁 明 哲 の 沈 勇 に し て 、 も の ・ あ き ら か な る と 鏡 に う つ し た る マ こ か 如 し 。 此 人 を い と ・ 恐 れ て 、 他 国 の 牢 人 数 百 人 会 り 来 た り 、 源 太 夫 を 夜 う ち に い た し う ち 取 へ し と 云 。 す て に 其 夜 来 た る 契 約 せ し か 、 其 中 に て 壱 人 の も の 、 か へ り 忠 を し て 、 源 太 夫 へ 夜 ぬ け し て 来 た り 云 け る も の 有 。 依 て 心 得 て 、