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1920~60年代における地域社会の変容と「福祉社会」 : 医療・保健衛生・国民健康保険

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Academic year: 2021

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1920∼60年代における地域社会の変容と「福祉社会

」 : 医療・保健衛生・国民健康保険

著者

川内 淳史

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− 37 − 氏 名 学 位 の 専 攻 分 野 の 名 称 学 位 記 番 号 学位授与の要件 学位授与年月日 学 位 論 文 題 目 論 文 審 査 委 員 (主査) (副査)

川 内 淳 史

1920∼60年代における地域社会の変容と「福祉社会」

 ―医療・保健衛生・国民健康保険―

博 士(歴史学)

甲文第120号(文部科学省への報告番号甲第413号)

学位規則第4条第1項該当

2012年3月2日

高 岡 裕 之

志 村   洋

河 西 英 通

(広島大学大学院教授) 教 授 教 授

論 文 内 容 の 要 旨

 本論文は、第一次大戦後から高度成長期に至る時期の日本社会の変容過程を、地域における「福祉社会」 の変容という観点から明らかにすることを課題としている。その前提には、 近年の「福祉」研究における「福 祉国家」から「福祉社会」への視野の拡大、およびそれに照応した歴史学における「生存の歴史学」や「福祉」 の社会史研究の提唱がある。著者はこうした動向を踏まえつつ、「福祉社会」の歴史的検討は、①その具体 的な「場」である「地域社会」の「公共性」のあり方に即して行われるべきこと、②各種の「公共性」のう ち医療・保健衛生の問題がとくに重視されるべきこと、③国家の政策と地域における社会的諸関係の双方が 視野に収められる必要があることを指摘し、本論文全体の主題を、「医療・保健衛生をめぐる地域社会にお ける国家と社会の相互交渉の歴史的過程の分析」に設定する。本論文は、序章以下、第1章と第2章からな る第一部、第3章から第5章からなる第二部、第6章から第8章からなる第三部で構成され、最後にこれら の考察を踏まえた終章および東日本大震災後における歴史学の課題を論じた補章が置かれている。これらの うち第1章∼第8章および補章は、それぞれが独立した小論文の体裁をとっている。  第一部「地域社会の変容と医療組合」では、 1920∼ 30年代の青森県で特筆すべき展開をみた医療組合(産 業組合法に基づく医療利用組合)の問題が、 主として津軽地方における「名望家秩序」=「名望家的公共性」 の「大衆社会」化への対応という観点から分析されている。まず第1章「広区域単営医療組合の存立形態と 地域社会―青森市・東青病院を中心に―」では、日本における広区域単営医療組合の嚆矢として著名な東青 病院設立の史的背景が検討され、①その登場が1920年代に進行していた広域的「地域社会」の形成を基盤と していたこと、 ②およびこうした広域的「地域社会」が津軽地方における「名望家的公共性」の解体ではなく、 「大衆社会」化の趨勢に対応した「名望家的公共性」の再編として形成されたものであったことが論じられる。 第2章「医療組合の設立と地域秩序―青森県北津軽郡五所川原町・西北病院を事例に―」は、上記②の問題 を、第一次世界大戦後における北津軽郡の政治・社会状況に即して明らかにしたものである。本章では西北 病院設立の中心となった平山為之助(政友会)の足跡に光を当てることで、①北津軽郡における政治社会が 拡大する中で病院が地域における「民衆的」社会資本として求められるようになったこと、②その結果同郡 においては、病院設立をめぐる二大政党および開業医=医師会の競合という、「公共性」をめぐるヘゲモニー 争いが生じていた事実が提示され、③その上で、このような状況が「大衆社会」への転形局面の津軽地域に おける、「名望家的公共性」に代わる新たな公共性=「近代的公共性」の未成熟に起因するものであったこ

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− 38 − とが論じられている。  第二部「総力戦体制と地域社会」では、医療・保健衛生問題が政策的に大きくクローズアップされた総力 戦体制期(日中戦争∼アジア・太平洋戦争期)の青森県・東北地方の動向が、国家の政策との関連を軸とし て分析されている。うち第3章「東北振興政策と人口問題」においては、恐慌対策として出発した東北振興 政策の焦点が、日中戦争を契機として「過剰人口問題」対策から「人的資源」の涵養へと反転していた事実 が提示され、総力戦体制期の東北における医療・保健衛生問題の重要政策化が人口政策の文脈に基づくもの であったことが明らかにされている。続く第4章「地域医療と「ファシズム」―戦時期津軽地方の「国家」 と「郷土」―」、第5章「戦時期地域医療の〝経験〟―「健康青森県」の成立と転回―」は、いずれも総力 戦体制期に展開された「健康青森県」建設運動の中心となった医師・鳴海康仲に焦点を当てることで、国家 的に推進された医療・保健衛生政策=「健兵健民」政策を支えた地域における「主体的契機」の存在とその 地域史的系譜が明らかにされている。  第三部「戦後「福祉社会」の形成過程」では、三重県伊賀地域における国民健康保険制度の定着過程と、 津軽地域における「健康部落建設運動」の検証を通じ、戦後「福祉社会」の構造が分析されている。うち第 6章「戦時―敗戦期の国民健康保険―三重県阿山郡東柘植村を事例に―」、第7章「戦後「国民皆保険」の 成立と地域社会―三重県阿山郡柘植町国民健康保険事業を事例に―」は、ともに伊賀地域北部に所在した東 柘植村(1942年より柘植町、現伊賀市)における国民健康保険の運営実態を検討したものであり、これらの 考察を通じて、戦後日本の「福祉社会」が、①国家による「福祉国家」的政策を牽引力としつつ、それに伴 う負担を地域が担うという構造を持つものであったこと、②こうした構造を打開する努力は「広汎なる社会 的連帯」を生みだすことができず、その結果日本の社会保障制度は、国家と自治体関係による「行政制度」 として成立するにとどまったことが論じられている。また第8章「地域社会の変容と戦後「福祉社会」の形 成―りんご生産地域の健康部落建設運動―」では、 第7章までの分析を踏まえて、 戦後の中津軽郡千年村(現 弘前市)狼森地区で展開された「健康部落建設運動」の歴史的検討がなされ、それが①第一次世界大戦を画 期とする同地区の「りんご生産地域」としての社会変容を前提とし、②総力戦体制期以来の鳴海康仲による 健康運動や国家による「福祉」政策(国民健康保険など)と連動した、③地域的「共同性」のもとで「福祉 社会」を組み替える「実践」であったことが明らかにされている。  最後に終章では、補章「東日本大震災〝後〟の歴史研究と「福祉社会」―史料保全活動を通して―」で の議論をも踏まえて、戦前・戦後の「福祉社会」の基底におけるローカルコミュニティの重要性が指摘され、 地域社会に視点を据えた「福祉社会」史研究の必要性ならびに新たな「福祉社会」の形成に向けた「ローカ ルコミュニティの再生」の必要が論じられている。

論 文 審 査 結 果 の 要 旨

 本論文は多くの意義を有している。まず日本近現代史研究の大きな動向との関連でみれば、本論文の特質 は、戦後「福祉社会」の形成過程を、戦前・戦後を通じた地域社会の動きの中で実証的に明らかにしたこ とにある。日本における近代的「福祉社会」の形成を歴史学的に検討する試みは、21世紀に入り大門正克や 高岡裕之によって着手されたものであるが、それらはなお「生存システム」や「社会国家」という大きな 枠組みを問題とするものにとどまっている。それに対し本論文は、 青森県津軽地方や三重県伊賀地方という フィールドを設定し、それぞれの地域社会の変容過程の中で近代的「福祉社会」の生成プロセスを具体的に 明らかにするという「方法」とその有効性を提示した。このような本論文の方法が今後の日本近現代史研究 に対し、極めて重要な問題提起となることは疑い得ない。  また第一部で扱われた青森県における医療組合の分析は、従来の医療組合研究のあり方を一変させるイン

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− 39 − パクトを有している。1930年代における医療組合については、これまでにも少なからぬ研究が蓄積されてき たが、その多くは医療組合運動を国民健康保険制度成立の前史とみなすか、もしくは医療組合の協同組合的 地域医療としての側面に注目する制度論的な研究であった。これに対し本論文は、個別の医療組合の成立事 情に着目することにより、それらが第一次世界大戦期以来の地域社会の変容、ならびにそれを前提とする地 域政治構造と密接に結びついていたことを提示した。こうした本論文の成果は、従来のような地域(社会) 史を無視した制度論的医療組合研究のみならず、 長らく医療を含む「福祉」を視野の外に置いてきた地域(政 治・経済・社会運動)史研究に対しても、深刻な反省を迫るものである。今後の医療組合研究は、本論文の 成果を踏まえた新たな水準において行われることになるであろう。  続く第二部で扱われた、総力戦体制期の東北・青森県における人口政策および医療・保健衛生運動の分析 もまた、この領域の研究に地域の視点を導入した初めての研究として重要な意義をもつ。総力戦体制下にお ける人口政策および医療・保健衛生政策は、近年、主として高岡裕之によってその概要が明らかにされてき たが、それはもっぱら中央の政策形成過程に焦点をあてたものであった。これに対し本論文は、東北振興計 画における人口政策の影響や青森県の健康運動を主導した鳴海康仲という人物の存在を明らかにすることに より、これまで国家による「強制的画一化」の側面が強調されてきた総力戦体制=「ファシズム」期におけ る地域的特性や、地域において「国策」を「主体的」に支えた人々がどのような存在であったのかを具体的 に示すことに成功している。こうした内容をもつ本論文は、戦後「福祉社会」との関連を視野に入れた総力 戦体制研究として重要な意義をもつと同時に、依然として中央の政治過程に関心が集中する傾向にある総力 戦体制・「ファシズム」研究の動向に対し、地域史研究の豊かな可能性を説得的に提示したものといえる。  さらに第三部で扱われた、 伊賀地域の国民健康保険および津軽地域における「健康部落建設運動」の分析 も、それぞれ重要な意義をもつ。国民健康保険についてはこれまでも少なからぬ研究があるものの、そのほ とんどは国民健康保険法の条文検討を主とするものであり、地域における運営実態に光をあてた研究は管見 の限りわずか一件しか存在しない。その理由は、初期の国保事業が「国民健康保険組合」によって運営され るものであり、事務資料がほとんど残されていないからである。これに対し本論文では、著者が伊賀市史編 纂事業に従事する中で見出した国保組合史料を分析することにより、一般町村における国保事業の運営実態 を初めて明らかにした(先行研究が対象としたのは全国一と称された模範組合)。この意味において、本論 文の第6章・第7章は、単なるケーススタディではなく、国保制度の実態研究におけるパイオニア的意義を 有するものである。他方、第8章で扱われた戦後の地域における「健康」運動は、近年関心が高まっている「生 活改善運動」研究にリンクするものであるが、本論文のようにそれを戦前以来の地域社会の変容や総力戦体 制期の「経験」との連続性の中で捉えようとする研究はいまだ登場しておらず、この面においても本論文は 先行研究のあり方に対して、重要な方法論的問題提起をなすものといえる。  以上のように本論文は、日本近現代における「福祉社会」史という極めて新しい研究領域において、その 今後の方向性を規定するであろう幾つもの重要な成果を挙げている。しかしながら地域社会に視点を据えた 「福祉社会」史研究という本論文の基本視角に照らした場合、本論文になお多くの課題が残されていること も事実である。たとえば著者が強調する地域社会の役割を歴史的に検討する上で、近世の藩政村や北東北に 特徴的な大家族制度が明治以降どのように変容したのかという検証は欠かせないが、本論文ではそれらの具 体的検証はなされていない。また本論文では、第一部、第二部、第三部における分析のフィールドが異なっ ており、それぞれの地域における戦後「福祉社会」の形成がトータルに明らかにされている訳ではない。  しかしこのような問題点は、決して本論文の意義を大きく減じるものではない。そもそもこうした問題は、 とくに青森県における近代地域史研究の極端な少なさと、「福祉」関連史料の残存状況に規定された面が大 きく、著者による今後の研究の進展にともなって、早晩克服されることが期待されるものである。  審査委員3名は本年2月20日に口頭試問を行い、その結果と上記論文審査結果から、川内淳史氏が課程博 士(歴史学)の学位を授与されるに十分な資格を有するものと判断したことをここに報告する。

参照

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