台日における危険運転致死傷罪についての研究-運
転行為の危険性と因果性を中心に-著者
簡 至鴻
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
11301甲第18825号
URL
http://hdl.handle.net/10097/00128910
2020 年度
東北大学大学院法学研究科・
國立臺灣大學法律學院法律學系
博士学位(法学)請求論文
台日における危険運転致死傷罪についての研究
−−−−運転行為の危険性と因果性を中心に−−−−
東北大学大学院法学研究科博士後期課程
國立臺灣大學法律學院法律學系博士班
簡 至鴻
【目次】 第 1 章 序論... 1 第 1 節 問題の所在 ... 1 第 2 節 学説の対応 ... 3 第 3 節 本稿の課題と構成 ... 6 第 2 章 台日における危険運転致死傷罪の構造とその問題点... 7 第 1 節 台湾における安全運転不能致死傷罪について ... 7 第 1 款 立法経緯と規範構造 ... 7 1 安全運転不能罪の創設 ... 7 2 近年の法改正について ... 8 3 法改正の問題点 ... 10 第 2 款 安全運転不能罪をめぐる議論状況 ... 14 1 危険判断に関する従来の見解とその問題点 ... 14 ⑴ 危険判断について学説の見解 ... 14 ⑵ 実務における基本的な理解とその傾向 ... 16 2 2013 年の法改正を受けての学説の対応 ... 18 ⑴ 「反証を許さない構成要件要素」説 ... 18 ⑵ 客観的処罰条件説 ... 19 ⑶ 検討 ... 19 3 2013 年法改正後以後の判例の状況 ... 21 ⑴ 飲酒運転 ... 21 ⑵ 覚せい剤摂取後の運転 ... 23 第 3 款 安全運転不能致死傷罪をめぐる議論状況 ... 23 1 裁判例の基本的立場−−「二つの行為としての結果的加重犯」 ... 23 2 死傷の結果との関連性について ... 25 ⑴ 基本的立場 ... 25 ⑵ 行為者の過失が介在した事例 ... 26 第 2 節 日本における危険運転致死傷罪について ... 28 第 1 款 立法経緯と規範構造 ... 28 1 法制定の経緯 ... 28 2 立法の契機 ... 29 3 個別の行為類型について ... 31 ⑴ 酩酊型(自動車運転過失致死傷行為処罰法 2 条 1 号) ... 32
⑵ 制御困難な高速型(2 条 2 号) ... 32 ⑶ 技能欠如型(2 条 3 号) ... 32 ⑷ 妨害型(2 条 4 号) ... 32 ⑸ 赤色信号無視型(2 条 5 号) ... 33 ⑹ 通行禁止道路進入型(2 条 6 号) ... 34 4 法改正の問題点 ... 34 第 2 款 学説の議論状況 ... 37 1 結果的加重犯に「類する」犯罪類型について ... 37 ⑴ 責任主義の見地からの批判論 ... 37 ⑵ 道路交通法との関係について−−二次的法益としての「交通安全」 ... 39 ⑶ 小括−−「独特な」結果的加重犯の類型 ... 42 2 運転行為の危険性に関する問題 ... 42 ⑴ 酩酊型での「正常な運転が困難な状態」 ... 43 ⑵ 二つの速度要件 ... 45 3 因果関係の判断−−死傷結果の実現に関する疑問点 ... 48 ⑴ 立案当局の基本的立場 ... 48 ⑵ 直近過失に対する学説の批判的検討 ... 49 第 3 款 裁判例の状況 ... 49 1 危険運転行為に対する態度 ... 50 ⑴ 酩酊型の危険運転での「正常な運転が困難な状態」 ... 50 ⑵ 「進行を制御することが困難な高速度」 ... 53 ⑶ 「重大な交通の危険を生じさせる速度」 ... 57 2 因果関係の判断について ... 59 ⑴ 基本的態度 ... 60 ⑵ 酩酊型の危険運転と前方不注視との関係 ... 62 第 3 節 小括 ... 67 第 3 章 結果的加重犯における危険性−−基礎的考察... 70 第 1 節 本章の検討方針 ... 70 第 2 節 結果的加重犯における「危険」−−危険性説を中心に ... 71 第 1 款 出発点としての「危険性」説 ... 71 1 危険性説の基本概念について ... 71 2 批判とその反論について ... 73 ⑴ 危険性説に対する批判 ... 73 ⑵ 批判に対する反論 ... 74
第 2 款 危険性の理解とその検討 ... 75 1 三つの考え方 ... 75 2 検討−−結果発生に至る因果経過の視点から ... 77 第 3 款 結果的加重犯規定を有する犯罪類型 ... 79 1 刑法典における結果的加重犯 ... 79 2 基本犯が特定の人身を侵害対象とする類型 ... 80 3 基本犯が公共危険犯である類型 ... 82 第 4 款 結果的加重犯の問題点−−基本犯が特定の人身を侵害対象とする類型の場合 ... 82 1 危険実現の判断枠組みについて ... 83 2 結果的加重犯の「実行行為」 ... 84 3 事例の分析 ... 86 ⑴ 傷害致死罪−−被害者逃走の事例 ... 86 ⑵ 監禁致死傷罪−−第三者の過失が介在した事例 ... 88 第 5 款 結果的加重犯の問題の所在 ... 90 第 3 節 公共危険犯と結果的加重犯 ... 93 第 1 款 基本犯の性質−−危険犯について ... 93 1 抽象的危険犯の解釈方法 ... 93 ⑴ 形式説 ... 93 ⑵ 実質説 ... 94 ⑶ 「行為の適性」についての再考 ... 97 2 危険犯の意義と公共危険の変容 ... 100 ⑴ 危険犯の意義——公共危険犯の性質から見て ... 100 ⑵ 公共危険犯の変容と抽象的危険犯 ... 102 第 2 款 危険犯における危険判断の構造 ... 104 1 抽象的危険犯の「抽象性」−−具体的危険犯との区別 ... 105 ⑴ 三つの立場について ... 105 ⑵ 検討 ... 106 2 危険犯の危険と法益の危殆化 ... 109 ⑴ 危険判断の基本的理解 ... 109 ⑵ 危険判断の枠組みについての再考 ... 111 第 3 款 危険の現実化としての「重い結果」 ... 113 第 4 節 小括 ... 114
第 4 章 危険運転致死傷罪の限定解釈について... 117 第 1 節 緒言−−二つのモデルから ... 117 第 2 節 限定解釈の必要性−−犯罪の実態からみる ... 119 第 1 款 危険運転致死傷罪の予防効果について ... 119 1 台湾−−安全運転不能罪の膨大な犯罪数 ... 119 2 日本−−危険運転致死傷罪の立法と事故抑止の関連 ... 122 第 2 款 厳罰化・重罰化の影響について−−規範意識に対する疑い ... 127 1 台湾−−大量の事件と規範意識の希薄化 ... 127 2 日本−−規範意識の変容について ... 130 第 3 款 小括 ... 133 第 3 節 限定解釈アプローチの選択と展開 ... 134 第 1 款 限定解釈アプローチの選択 ... 134 1 限定解釈の可能性−−二つの方法 ... 134 ⑴ 結果モデルに基づく解釈方法 ... 134 ⑵ 行為モデルに基づく解釈方法 ... 135 2 本稿の立場−−公共危険犯としての危険運転致死傷罪 ... 135 第 2 款 危険運転行為の危険性について ... 137 第 3 款 死傷結果と危険実現の関連 ... 139 第 4 節 限定解釈の試み ... 140 第 1 款 台湾 ... 140 第 2 款 日本 ... 142 第 5 章 結論... 145 第 1 節 本稿の到達点 ... 145 第 2 節 今後の展望 ... 147 引用文献一覧... 148
第 1 章 序論 第 1 節 問題の所在 周知のように、近年の刑事立法は、社会情勢の変化という観点を無視して検討するこ とはできない1。とりわけ、「リスク社会」と呼ばれる現代社会においては、科学技術の 高度化を皮切りとした社会生活の複雑化、不明確で制御できない危険(リスク)が生み 出されることに起因する不安感、安全欲求を求めることから生じる社会の連帯という特 徴2を視野に入れて検討することが必要である。すなわち、予測不可能なリスクが遍在す る現代社会では、人々の「不安」または「安全性への希求」が犯罪に対しても当然に高 まる。このような犯罪被害者となるリスクの回避を政治的に求める結果、客観的な危険 性の存否よりも、潜在的被害者の立場である国民の危惧感が優先され、これが、刑事法 における処罰範囲拡大の動力として指摘されている3。加えて、近年、体感治安の悪化や 被害者・遺族の感情の強調から生じた厳罰・重罰を求める世論に対応して、実際に立法 において厳罰化・重罰化がなされる傾向が特に顕著である4。 近年の、台湾および日本において立法・改正された自動車の危険運転行為に関する新 法も、このような傾向の中での立法である。 台湾では、日本の危険運転致死傷罪に相当する犯罪として、現在、「安全運転不能致 死傷罪」が規定されている。そこで、まず、この「安全運転不能致死傷罪」について概 観する。1999 年、自動車運転による交通事故の多発などの道路交通情勢の変遷に対応す べく、刑法犯の公共危険罪として、酩酊状態での危険運転を処罰するために、「安全運
1 井田良「最近における刑事立法の活性化とその評価−−ドイツとの比較を中心に」刑法雑誌 43 巻 2 号(2004)268 頁以下、井田良「刑事立法の活性化とそのゆくえ」法律時報 75 巻 2 号 (2003)4 頁以下、井田良「社会の変化と刑法」『変革の時代における理論刑法学』(慶應 義塾大学出版会、2007)18−20 頁、松宮孝明「二一世紀における新しい刑法典作成の可能性 と条件」犯罪と刑罰 16 号(2004)13 頁以下、本庄武「最近の刑事立法は何を実現しようと しているのか」浜井浩一編『犯罪をどう防ぐか』(岩波書店、2017)125−132 頁、吉田敏雄 「自由主義法治国と刑法」『懲罰社会と刑法』(成文堂、2014)9−19 頁参照。 2 ウルリヒ・ベック(東廉=伊藤美登里訳)『危険社会:新しいへ近代の道』(法政大学出版 局、1998)75 頁、118 頁以下参照。 3 島田聡一郎「リスク社会と刑法」長谷部恭男編『法律からみたリスク』(岩波書店、 2007)25-26 頁、松原芳博「リスク社会と刑事法」法哲学年報 2009(2010)78−81 頁、金 尚均『危険社会と刑法−−現代社会における刑法の機能と限界』(成文堂、2001)13−14 頁、 金尚均「刑法の変容とオウム裁判−危険と刑法」法律時報 76 巻 9 号(2004)73−75 頁、安達 光治「生活安全条例−−『リスク』と『監視』の意義に関する一考察」犯罪社会学研究 31 号 (2006)7 頁以下、小田直樹「危険社会論」法学教室 264 号(2002)68−69 頁、中山竜一「リ スク社会と法−−論点と展望」法哲学年報 2009(2010)9 頁、謝煜偉「抽象的危険犯の現代的 課題」刑事法ジャーナル 33 号(2012)30−31 頁を参照。 4 高山佳奈子「『政治』が主導する近年の日本の刑事立法」月旦法學雜誌 172 期(2009)126 頁以下、後藤弘子「変容する刑事規制と刑事法学の課題−−『国民の期待』と刑事政策」刑法 雑誌 43 巻 1 号(2003)57 頁以下、高橋則夫「2000 年以降における刑事法の動向−−現状と課 題」犯罪と非行 179 号(2015)80、84 頁参照。
転不能罪」が新設された5。その後、2011 年以降、社会的に耳目を集めた事件により、 危険運転行為が死傷結果を生じさせた場合に厳罰を求めて世論が盛り上がり、危険運転 行為の厳罰化、ならびに、危険運転行為から死傷結果が発生したときにそれを重く処罰 する規定の創設を基本方針とした法改正作業が行われた。さらに、2013 年の法改正によ って、安全運転不能罪の条文に、アルコール濃度の基準値が犯罪成立要件として書き加 えられ、一定の基準値を超えた飲酒運転を行った場合に、具体的事情を問わず、危険運 転行為として本罪が成立することとなった。近時の台湾における安全運転不能致死傷罪 の法改正は、世論の厳罰化に対する要求に対応するものであり、その特徴として、安全 運転不能罪の成立要件の緩和と、安全運転不能罪またその致死傷罪に対する刑の引き上 げ6の 2 点を挙げることができる。 次に、日本において 2001 年に創設された危険運転致死傷罪について概観する。立法当 時の交通事故全体の情勢を反映する統計を見ると、本罪の創設は、重大な交通死傷事故 の抑止策とは言い難く(詳細は第 4 章)、社会的に注目された交通事故の遺族やその支 援者たちによる署名活動などの世論の反応への対応であった7。本罪は、「暴行の結果的 加重犯としての傷害罪、傷害致死罪に類似した犯罪類型」であり8、従来の業務上過失致 死傷罪の法定刑を大幅に引き上げたものである。本罪の規定につき 2 点の特徴を挙げる ことができる。1 つは、法文の文言上、危険運転行為の態様について、解釈者の価値判 断を必要とする規範的要素や主観的要素(例えば「殊更」)が多用されたことである。 もう 1 つは、本罪は結果的加重犯の構造を有するものの、基本行為としての危険運転行 為それ自体は独立の犯罪類型として規定されておらず、道路交通法違反として処罰とさ れるにすぎないという点である。そうすると、本罪は、一般の交通死傷事故よりもいわ ば悪質事案を処罰の対象とするものであるが、そもそもそのような危険な運転行為の態 様が明確に限定されているとは言えず9、むしろ、特定の道路交通法違反による死傷事故 発生の事案の悪性を強調したものといえよう。すなわち、「悪質かつ危険な自動車運転 による重大な死傷事犯」に対応するために、日本の危険運転致死傷罪は、従来の業務上 過失致死傷罪から「悪質性」や「重大性」を示す類型を抽出して世論の厳罰化傾向に応 えるべく立法化したものであり、本罪の重罰化は、法益保護という側面よりも、被害者
5 張麗卿「社會變遷與刑法修正」刑事法雜誌 52 巻 5 期(2008)43 頁参照。 6 王皇玉「2013 年刑事法發展回顧:酒駕與肇逃之立法與實務判決」臺大法學論叢 43 巻特刊 (2014)1229−1232 頁参照。 7 高山佳奈子「交通犯罪と刑法改正」刑法雑誌 44 巻 3 号(2005)399 頁、松原芳博「被害者 保護と『厳罰化』」法律時報 75 巻 2 号(2003)20 頁参照。 8 井上宏ほか「刑法の一部を改正する法律の解説」法曹時報 54 巻 4 号(2002)55 頁。 9 本庄武「自動車事故を巡る厳罰化のスパイラル−−危険運転致死傷罪から自動車運転処罰法 へ」法学セミナー60 巻 3 号(2015)24 頁。
保護という世論の要請、または特定の交通秩序について威嚇予防の強化に着目したもの といえる10。 このように、台日両国における危険運転行為に関する立法は、社会的に注目を浴びた 交通事件によって形成された大幅な厳罰化を求める世論に後押しされてなされたという 点で共通性が見られる。しかし、両国の条文は、運転行為の危険性について明確な形で 法文化しているとは言いがたい。まず、台湾においては、危険の態様ではなく、単なる アルコール濃度の基準値が危険運転行為の要件とされている。ここでは、危険運転行為 が抽象的危険犯として処罰されるが、法文上、「呼気中アルコール濃度 1 リットル当た り 0.25 ミリグラム」と形式的に規定されている。しかし、この値は法改正前の通説が採 用する基準値の半分以下であり、そもそも行為の危険性を徴表するものといえるか11、 という疑問が拭えない。また、日本においては、危険運転行為の態様について、主に解 釈者の価値判断に委ねる構成要件要素が多用される。かかる文言の不明確性により、適 用が不安定になりかねないという点で疑問が生じる12。ここで、例えば、通常の走行速 度であっても「重大な交通の危険を生じさせる速度」にあたり得るという解釈も主張さ れているが13、このような解釈に従うと、道路交通法違反の行為と危険運転致死傷罪に おける危険運転行為とが危険性の点でどのように区別されるのかという問題が生じる。 このように、台日の危険運転行為に関する立法は、共に処罰対象となる行為態様が不 明確であることから、ともすれば実質的に危険とは言えない行為も本罪に取り込まれて しまうのではないかという懸念が生じる。両国の裁判例においては、行為の危険性、ま たその危険の現実化の判断が形式的な基準に当てはめてなされることで、実質的な危険 判断がなされなくなる可能性がある(詳細は第 2 章)。また、両国ともに、この犯罪は 結果的加重犯の構造を採用するものであるが、判例の立場を突き詰めるならば、死傷事 故が発生した場合には危険性の内実に踏み込むことなく、本罪の成立が認められる懸念 がある。 第 2 節 学説の対応 台日の危険運転行為に関する立法についての以上の問題点を踏まえると、本罪の成立 には、一定の限定が付されなければならないと考えられる。しかし、いかなる観点で限 定を付すかについて、学説では、これまで十分な検討がされてきたとは言い難い。
10 長井圓「生命・身体への過失犯と自動車危険運転致死傷罪」比較法雑誌 45 巻 1 号 (2011)200−201 頁参照。 11 許澤天「論酒精影響下的不能安全駕駛罪」興大法學 15 期(2014)160 頁、王・前掲注 6) 1241−1243 頁参照。 12 本庄・前掲注 9)24 頁。 13 井上ほか・前掲注 8)1084 頁、橋爪隆「危険運転致死傷罪をめぐる諸問題」法律のひろば 67 巻 10 号(2014)23 頁参照。
まず、台湾においては、前述の通り、条文が、アルコール濃度の基準値を規定してい る。そこで、かかる基準値の構造上の位置づけについて、学説上、「反証を許さない構 成要件要素」説と、「客観的処罰条件」説という 2 つの考え方が見られる。前者は、危 険の反証を許さないという、抽象的危険犯についての従来の通説の延長線上にあるもの であり、条文上のアルコール濃度の基準値は裁判所にとって法的拘束力がある証明方法 であるとみなす14。後者は、法改正後の条文の形式に着目し、危険運転行為の成立に は、いったん行為者体内のアルコール濃度が法定基準値を超えたことで十分であり、行 為者が安全に運転できるか否かの事情、またはその認識を証明する必要がない15、とい う主張である。しかし、両説ともに、危険運転行為を実質的に単なる飲酒運転と見てい る点では変わりがない。このように、両説は、結論において差は生じないのであり、い ずれも、立法に起因する行為態様の危険判断の不明確性という問題点を解消するもので はなく、解釈論として妥当性に欠ける。 また、日本においては、まず、本罪の罪質につき、立案担当者が「暴行の結果的加重 犯としての傷害罪、傷害致死罪に類似した犯罪類型」と指摘したのに対して、結果的加 重犯ではなく特別な過失犯罪の類型として把握すべきである16、と提案する論者がい る。この論者は、「悪質・危険な自動車運転行為による死傷事犯」について、業務上過 失致死傷罪の刑の上限による処罰では足らずより厳しい刑罰を科すべきであるとする本 罪の立法理由にしたがって、本罪は、業務上過失致死傷罪(現在では過失運転致死傷 罪)の特別な加重類型として、新種の犯罪形態である、と指摘する17。この見解によれ ば、本罪のベースにある「自動車運転行為により非故意的に人を死傷させる行為」18と は、故意(殺人・傷害罪)犯と過失犯の中間領域に置かれるべきものであり19、本罪の 解釈適用は、過失犯の構造にしたがって行われることになる。すなわち、本罪の因果関 係は、各危険運転行為の(故意に冒された)危険性に対する必要な注意を怠ることに求 められものであり、この意味で、死傷結果は、危険運転行為の危険性が現実化したもの である20。 しかし、いわゆる故意犯と過失犯との間に位置つけられる「中間領域」の犯罪類型に ついて、概念自体の不明確性または曖昧さに疑問が投げかけられる一方21、本罪におけ
14 蔡蕙芳「新修正刑法第一八五條之三不能安全駕駛罪之證明問題」月旦法學雜誌 236 期 (2015)110-116 頁参照。 15 甘添貴『刑法各論(下)(第 4 版)』(三民、2015)66−67 頁参照。 16 古川伸彦「危険運転致死傷罪は結果的加重犯の一種ではない」高橋則夫ほか編『刑事法学 の未来:長井圓先生古稀記念』(信山社、2017)267 頁以下。 17 古川・前掲注 16)276—277、283 頁参照。 18 古川・前掲注 16)277 頁参照。 19 同旨、星周一郎「危険運転致死傷罪における故意・過失の意義とその認定」刑事法ジャー ナル 26 号(2016)9 頁参照。 20 古川・前掲注 16)280−281 頁参照。 21 長井・前掲注 10)203 頁参照。
る処罰範囲の広範化の問題は、かかる過失犯の「行為態様的な加重の過失犯罪」の構造 に依拠して解決できるかには疑問の余地がある。というのは、本罪の罪質を、実際に特 別な過失犯の類型として把握すれば、過失犯それ自体の解釈傾向、つまり結果が発生し た以上は常に過失行為の危険性が認められる22という点が看過されるからである。ま た、具体的事案において、実害結果が発生した以上、過失事犯における当該運転者の運 転行為にも危険性が認められるという点にみれば23、本罪と過失運転致死傷罪との類型 的区別は、危険運転行為のもつ危険性というよりも、「国民にとっての行動基準の提 示」24という、特定の行為規範の指導機能を意味することになる。そうすると、危険運 転行為の類型化は、単なる形式的意味を有するにすぎないことになり、危険運転行為自 体の危険性によって処罰範囲を画定する意味が失われることになり得る。こうして、上 記の見解のように、本罪を特別な過失犯の類型として解すると、ここで問責対象となる 行為は、実際には事故が発生した前の直近過失であり、危険運転行為の危険性は、むし ろ直近過失の危険性により推認されたものである。本罪の重い処罰は、結果の発生・不 発生という、偶然的な要因で決まる傾向が問題となる25。 これに対して、本罪の基本行為である危険運転行為それ自体の処罰規定が存在しない ことは結果的加重犯の解釈において重要ではなく、本罪も結果的加重犯と解されるべき であるとする見解も見られる26。しかし、本罪を結果的加重犯として把握すれば、かか る独特な構造、つまり危険運転行為が実際に行政犯の不法内容に当たるということから 生じる行為または責任それ自体の空洞化傾向(詳細は第 2 章)について、いかに対応す べきかが問題になる。とりわけ「危険運転行為→死傷結果」という因果的過程の図式が 示すように、危険運転行為の類型的危険の現実化によって本罪の成立範囲を限定する前 提として、行為の類型的内容それ自体の解釈上の充実化が必須のものである。 この点について、本罪の副次的な法益である「交通安全」に着目し、「交通の安全に 対する危険」の有無を本罪の行為類型に該当するか否かの判断基準とするという解釈の 方向性が提示されている27。確かに、本罪と過失事犯との類型的に不明確な部分がある こと、または行為態様が形式犯化とされる傾向、という解釈上の問題点にみれば、かか る見解は、基本的に妥当なアプローチを含むものである(詳細は第 4 章)。しかし、こ こで解釈基準とする「交通安全」という保護法益の内容は、必ずしも明確なものといえ
22 大塚裕史「過失犯における危険概念」刑法雑誌 33 巻 2 号(1993)185−187 頁参照。 23 星周一郎「危険運転致死傷罪の実行行為性判断に関する一考察」信州大学法学論集 9 号 (2007)109 頁。 24 井田良「交通犯罪と道路交通法改正」刑法雑誌 44 巻 3 号(2005)415 頁。 25 井田・前掲注 24)414 頁参照 26 宮川基「危険運転致死傷罪の解釈論上の諸問題」現代刑事法 5 巻 9 号(2003)75−76 頁。 27 本庄武「危険運転致死傷罪における危険概念」交通法科学研究会『危険運転致死傷罪の総 合的研究−−重罰化立法の検証』(日本評論社、2005)109 頁以下、星・前掲注 23)109 頁以 下参照。
なく、さらに、交通安全という保護法益は道路交通法が保護する法益でもあり、一般的 な道路交通法違反の危険性と本罪の危険性とを区別する基準が存在しない。一方、本罪 を公共危険犯とみなし、副次的な保護法益である交通安全の内実を、一回の事故で多数 の死傷者が生じ得る可能性に求める理解も示されるが28、傷害罪・傷害致死罪にも一つ の行為から多数の死傷者を生じる場合があることに鑑みれば、単に多数の死傷者が発生 しうることだけでは、本罪の公共危険犯的性質の説明として十分ではないといえよう 29。そこで、通常の交通死傷事犯と区別される本罪の「交通安全」法益の内実、さらに は「交通の安全に対する危険性」を有する行為の内実については、さらに検討を行う必 要があるように思われる。 第 3 節 本稿の課題と構成 以上概観したように、台日両国における危険運転行為に関する立法は、いずれも世論 の影響を受けた厳罰化・重罰化、処罰範囲の広範化という点で共通性が見られる。その ような中、本罪について、行為の危険性をどのように判断するのか、危険運転行為と死 傷結果との因果関係判断をどのように行うのかという点について、学説ではこれまで十 分に議論がなされてこなかった。また、とりわけ台湾の実務においては、安全運転不能 罪・同致死傷罪の適用にあたり、被告人の行為の性質、死傷結果発生の危険性を実質的 に検討することなく、呼気中アルコール濃度の値という形式面だけから犯罪の成否が決 せられるという傾向がある。そこで、本稿では、危険運転行為に関する立法から生じて いるこのような問題点について、結果的加重犯の理解を参考にしつつ検討し、法解釈上 の指針を見出すことを課題とする。 本稿では以下の通り論じていきたい。 まず、台湾の安全運転不能致死傷罪、日本の危険運転致死傷罪について、両国の立法 の趣旨を明らかにした上で、学説、裁判例の状況を分析し、問題点を整理する(第 2 章)。 次に、第 2 章で明らかにした問題点につき、その問題の根本にある結果的加重犯に目 を向ける。結果的加重犯の固有の不法内容である「基本犯に内在する危険」に着目し (危険性説)、その危険の性質を考察し、解明する(第 3 章)。 最後に、台湾と日本における危険運転致死傷罪の犯罪実態について考察を加え、限定 解釈の必要性を明らかにした上で、本稿の私見として、限定解釈の指針を提示する(第 4 章)。
28 佐伯仁志「交通犯罪に関する刑法改正」法学教室 258 号(2002)72 頁参照。 29 本庄・前掲注 27)110−111 頁参照。
第 2 章 台日における危険運転致死傷罪の構造とその問題点 第 1 節 台湾における安全運転不能致死傷罪について 第 1 款 立法経緯と規範構造 1 安全運転不能罪の創設 1999 年の刑法改正では、社会的法益に対する罪として、公共危険罪(刑法第 11 章) の中に「安全運転不能罪」(185 条の 3)が新たに規定された。本条は、「麻薬、麻痺さ せる薬剤、アルコール、又はこれらに類するものを摂取した結果、動力付き乗り物を安 全に運転できない状態にもかかわらず乗り物を運転した者は、1 年以下の有期懲役、拘 留又は 3 万元以下の罰金に処する」1と規定され、そこでは、薬剤やアルコールなど2の 影響により安全に運転できない状態における運転行為が規制の対象となった。 本条制定の後、法務部3は、捜査機関に対して、本条の適用に関する解釈指針を示した 4。そこでは、まず、本罪が抽象的危険犯であり、その成立に際し具体的危険の発生が不 必要であることが示された。次に、「安全に運転できない状態」という文言の判断基準 について、「呼気中アルコール濃度が 1 リットルあたり 0.55 ミリグラム(0.55mg/l)、 または血中アルコール濃度が 0.11 パーセント以上」という絶対的な基準が示された。こ の基準は、ドイツやアメリカ合衆国の認定基準を参考にしたものであり、交通事故発生 率が当該濃度以下の場合と比較して 10 倍以上に高まるという理由から設定された。さら に、行為者の体内アルコール濃度がそれに満たない場合であっても、「安全に運転でき ない状態」であることを肯定できる客観的事情が認められれば、捜査機関は事件送致し なければならない、と述べられている。もっとも、当時の道路交通安全規則(第 114 条)は5、酒気帯び運転に関して「呼気中アルコール濃度が 1 リットルあたり 0.25 ミリ グラム(0.25mg/l)、あるいは血中アルコール濃度が 0.05 パーセント以上」を処罰の対 象としており、それとの関係から、この規則の基準が安全運転不能罪における事件送致
1 原文は、以下のとおりである。「服用毒品、麻醉藥品、酒類或其他相類之物,不能安全駕 駛動力交通工具而駕駛者,處一年以下有期徒刑、拘役或三萬元以下罰金。」 2 条文中の「又はこれに類するもの」は、「意識障害を生じさせる薬物」と解されるが、論 者の中には、これに睡眠導入効果をもたらす睡眠薬や風邪薬も含まれる、と主張する者もい る。黃榮堅「不能駕駛與肇事逃逸」台灣本土法學雜誌 7 期(2000)148−149 頁参照。反対 に、意識障害と睡眠導入効果との間には本質的な違いがあると指摘するのは、黃常仁「『困 頓新法』−−論刑法第一百八十五條之三」軍法專刊第 46 巻第 4 期(2001)3 頁参照。 3 日本における「法務省」にあたる。 4 法務部(88)法檢字第 001669 號(1999/05/18)参照。 5 日本において、酒気帯び運転(道路交通法第 65 条第 1 項、第 117 条の 2 の 2 第 3 号)は犯 罪であり、有期懲役または罰金に処せられる。それに対して、台湾では行政刑法が存在せ ず、酒気帯び運転は、刑事罰ではなく、道路交通管理處罰條例第 35 条第 1 項に基づいて、過 料または免許停止などの行政罰が科される。
の最低基準とされた6。以上のことから、学説は、呼気中アルコール濃度が 0.55mg/l 以 上の場合を「絶対的安全運転不能」、0.25mg/l 以上 0.55mg/l 未満の場合を「相対的安 全運転不能」と位置づけている。 2 近年の法改正について 2011 年および 2012 年に発生した社会的な耳目を集めた 2 つの事件が、法改正の契機 となった。 第 1 の事件は、2011 年 10 月の交通事故にかかる事件である。この事案は、消防士賴 文莉が、勤務中に交通事故の現場で負傷者を救助していた際、現場に進入した普通乗用 車に衝突され、左下肢に開放骨折の傷害を負い、結果として左下肢を切断手術したとい う事案である。このとき、本件普通乗用車の運転者の血中アルコール濃度 131mg/dl、呼 気中アルコール濃度は 0.655mg/l であり、安全運転不能罪が適用される事案であった。 しかし、安全運転不能罪の上限は懲役 1 年であり、さらに過失致重傷罪(刑法第 284 条 第 1 項)7の上限も懲役 1 年であることから、被告人の法定刑は自ずと 2 年以下となる 8。この事件を受けて、早くも同年 11 月 30 日、刑法の一部改正法が成立した。同法で は、従前の安全運転不能罪の法定刑が引き上げ、それを 185 条の 3 第 1 項とした上で、 第 2 項に「(安全運転不能行為に)よって人を死亡させた者は、1 年以上 7 年以下の懲 役に処し、重傷を負わせた者は、6 月以上 5 年以下の懲役に処する」との結果的加重犯 規定を新設した。第 2 項は、一般に「安全運転不能致死傷罪」と呼ばれる9。
6 許澤天「酒駕、肇事與棄逃的刑法三部曲」月旦法學雜誌 193 期(2011)25−26 頁参照。 7 台湾刑法の傷害に関する規定は、傷害の程度によって重傷害罪(刑法第 278 条第 1 項)と 傷害罪(刑法第 277 条第 1 項)に分けられる(過失・業務上過失の場合も同様)。「重傷 害」とは、人体の視覚、聴覚、言語、味覚、嗅覚、肢体、生殖の機能の「毀敗」または「厳 重減損」の場合、または、身体または健康の「重大不治」または「難治」の傷害をいう(刑 法第 10 条第 4 項参照)。 8 台湾において、併合罪の有期懲役の執行は「最も重い刑の刑期以上、各刑合併の刑期以下 の間に、その刑期を定めるものであり、但し三十年を超えることはできない」(刑法第 51 条 第 5 号)。実際に、本件において、被告人は、安全運転不能罪と過失致重傷罪との併合罪で 処断され、懲役 1 年、執行猶予 5 年の判決を下された。詳細は板橋地方法院 101 年度交易字 第 204 號刑事判決(2012/07/06)参照。なお、台湾では、日本と「業務」の概念が異なり、 自動車事故によって死亡・重傷を負わせた場合には業務上過失致死・重傷罪ではなく、いわ ゆる単純過失致死・重傷罪で処断される。2019 年以前の台湾刑法では、業務上過失致死罪 (276 条 2 項)の法定刑は 5 年以下の懲役、業務上過失致重傷罪(284 条 2 項)の法定刑は 3 年以下の懲役であった。なお、2019 年の法改正によって、業務上過失致死罪および業務上過 失傷害罪・重傷罪が廃止され、それに伴い、過失致死罪(276 条)、過失傷害罪または致重 傷罪(284 条)の法定刑の上限は、従来の業務上過失致死罪、業務上過失傷害罪・致重傷害 罪の程度まで引き上げられた。 9 これらの法規定は、「賴文莉条款」と呼ばれる。詳細は、王皇玉「2013 年刑事法發展回 顧:酒駕與肇逃之立法與實務判決」臺大法學論叢 43 巻特刊(2014)1229-1230 頁、趙晞華 「論酒駕肇事刑罰之修正−−民意直觀反應與刑罰理論交鋒」國會月刊 41 巻 1 期(2013)51 頁 以下参照。
第 2 の事件は、2012 年 4 月 25 日のいわゆる「葉少爺事件」である。本事件は、被告 人である運転者・葉氏が、友人との飲酒の後、時速 120 ㎞以上で普通乗用車を走行さ せ、自車を交差点で転回中のゴミ収集車の左後方に衝突させ、その反動で自車を転覆さ せ、制御不能となった自車を横断歩道上で立ち止まっていた被害者 A に衝突させ、その 結果として A を即死させたものである。このときの被告人の血中アルコール濃度は 171mg/dl、呼気中アルコール濃度は 0.855mg/l であり、2011 年に新設された安全運転不 能致死罪が適用された10。この事件では、A の死亡が頭部切断という悲惨なものであった ことに加え、A の夫もその直後に心臓麻痺で死亡して 8 才の子供が残された、被告人が 被害者遺族に対して誠意を見せなかったといった事件外の諸事情からも、世論が被告人 の厳罰を求めて盛り上がりを見せた11。 そのような世論動向を背景に、司法院と法務部は、安全運転不能行為の射程を広く し、加えて、厳罰化するべく、法改正の準備を進めた。それを受けて 2013 年 6 月 11 日 に成立した改正法は、まず、安全運転不能罪が成立する呼気中アルコール濃度の下限を 0.25mg/l とし、それ以上であれば具体的事情を問わず本罪が成立するとした(185 条の 3 第 1 項第 1 号)。加えて、「道路を利用する者の生命・身体の安全を保障するため」 に、危険運転致死罪の法定刑を懲役 3 年以上 10 年以下に引き上げ、致重傷罪の法定刑を 懲役 1 年以上 7 年以下に引き上げた12。つまり、2011 年改正で法定刑を大幅に引き上げ る改正を行ったのである。 その後、2019 年 2 月に発生した飲酒運転による交通死亡事故が、さらなる法改正への 契機となった。この事件は被告人にとって三度目の飲酒運転行為であったこともあり、 事故を報じる報道においてはこのことが強調され、飲酒運転について更なる厳罰化を求 める世論が醸成された13。法務部も、台湾において飲酒運転事故が依然として発生し続
10 本件において、被告人は、安全運転不能致死罪(2011 年新設の 185 条の 3 第 2 項)により 懲役 6 年の判決が下された。一方、本件のゴミ収集車の運転者も、当該場所が転回禁止であ ったことから、業務上過失致死罪(刑法第 276 条第 2 項)により懲役 2 年の判決が下され た。臺灣高雄地方法院 101 年交訴字第 52 號院判決(2012/11/09)参照。 11 例えば、蘋果日報新聞「酒駕殺婦「葉少爺」飆 130 搶過 4 路口毀 2 個家」2012 年 5 月 16 日(https://tw.appledaily.com/headline/daily/20120516/34232158/ 2019 年 2 月 4 日最終 閲覧)、蘋果日報新聞「酒駕害 3 命 葉少求刑僅 7 年「關 1、2 年就出獄」應修法加重刑」 2012 年 5 月 31 日(https://tw.appledaily.com/headline/daily/20120531/34267484/ 2019 年 2 月 4 日最終閲覧)。自由時報新聞「酒駕殺人史上最重刑 葉少爺判6年定讞」2013 年 11 月 28 日(https://news.ltn.com.tw/news/society/paper/734096 2019 年 2 月 4 日最終閲 覧)。 12 立法説明について、王・前掲注 9)1230−1232 頁参照。 13 例えば、自由時報新聞「愛子遭酒駕累犯撞死 父哭喊『我就這麼一個寶貝兒子』」2019 年 2 月 2 日(https://news.ltn.com.tw/news/society/breakingnews/2691017 2019 年 11 月 11 日最終閲覧)、自由時報新聞「可惡!被吊照今晨卻 3 度酒駕撞死 2 人 立委名嘴喊重罰」2019 年 2 月 2 日(https://news.ltn.com.tw/news/society/breakingnews/2690730 2019 年 11 月 11 日最終閲覧)、新頭殼新聞「酒駕致死頻傳 蘇貞昌『酒駕致死等同故意殺人,應嚴懲』」 2019 年 2 月 3 日(https://newtalk.tw/news/view/2019-02-03/203809 2019 年 11 月 11 日最
けていることにも鑑み、「飲酒運転が人を死亡させた事案について、最も厳しい処罰規 定を設ける」方針を示し、とりわけ安全運転不能罪ないし同致死・重傷罪をかつて犯し た者が、安全運転不能致死・重傷罪を犯した場合は、故意の殺人罪・重傷害罪を犯した 者と悪性の意味で同視する、とする立場をとった14。2019 年 5 月の法改正において、安 全運転不能罪および安全運転不能致死・重傷罪の再犯者について、処罰を加重する規定 を刑法第 185 条の 3 第 3 項として新設した。そこでは、「本条……の罪を犯し、その犯 罪の裁判の確定時期または起訴猶予処分の確定時期から 5 年以内に安全運転不能罪を犯 し、よって人を死に致したときは、無期懲役又は 5 年以上の懲役に処し、重傷に致した ときは、3 年以上 10 年以下の懲役に処する」と規定された。 3 法改正の問題点 近年の 3 回の法改正を振り返ると、その主たるポイントは、⑴安全運転不能致死・重 傷罪の新設、⑵安全運転不能罪の成立要件の緩和、⑶安全運転不能罪及び同致死・重傷 罪の法定刑の引き上げ、⑷安全運転不能罪および安全運転不能致死・重傷罪の再犯者の 加重処罰である。ここでは、⑴、⑵および⑷について論じることにする。 まず、⑵安全運転不能罪の成立要件の緩和について検討したい。前述の通り、2013 年 の法改正では、安全運転不能罪の成立要件に関して、呼気中アルコール濃度の下限を 0.25mg/l に下げ、それ以上であれば本罪が成立するとした(185 条の 3 第 1 項第 1 号)。客観的には「安全に運転できる状態」であってもこの基準を満たせば本罪が成立 することになるが、それは本罪の抽象的危険犯的性格から説明される。 しかし、アルコールの効果が個々人の体質によって異なることをいったん置いておく としても、「呼気中アルコール濃度 0.25mg/l 以上」という基準は、従来「相対的安全運 転不能」とみなされた場合を含むのであり、運転行為の危険性を徴表する基準とは必ず しもいえない。したがって、2013 年の法改正は、実質的な危険性を欠く運転行為の一部 について立法で危険性を擬制した、と評価できる15。 このことは、⑴安全運転不能致死・重傷罪との関係でも問題となる。2011 年における 本罪の立法理由を見てみよう。2011 年改正以前に、安全運転不能行為によって死亡・重
終閲覧)、中央通訊社新聞「遏止酒駕 朝野立委提案修法加重刑責」2019 年 2 月 3 日 (https://www.cna.com.tw/news/aipl/201902030105.aspx 2019 年 11 月 11 日最終閲覧)など がある。立法契機の説明については、許澤天「論 2019 年春季的酒駕制裁修法」月旦法學教室 201 期(2019)58 頁参照。 14 法務部新聞稿「酒駕肇事害命 法務部修法加重刑罰」2019 年 2 月 27 日 (https://www.moj.gov.tw/cp-21-112865-6fb5e-001.html 2019 年 11 月 11 日最終閲覧)、 立法院議案關係文書院總第 246 號政府提案第 16759 號(2019/05/03)の中で、法務部が行っ た改正草案の説明参照。 15 例えば、王皇玉「不能安全駕駛罪之『駕駛』」月旦法学教室 153 期(2015)63 頁は、呼気 中アルコール濃度 0.25mg/l は「ビール 2 杯程度」で達する基準であることから、安全運転不 能罪の射程が極めて広くなることになる、と指摘する。
傷の結果を生じさせた場合、安全運転不能罪と過失致死・重傷罪の併合罪で処断してい たが、このように「併合罪で評価すると、飲酒運転によって死亡・致重傷結果が発生し たという行為の悪性が顕在化しない」という問題があった。2011 年改正の目的は、この 問題に対応することであった16。したがって、2011 年改正で新設された安全運転不能致 死・重傷罪の法定刑は、安全運転不能罪と業務上過失致死・重傷罪の法定刑を足し算し たものである、と解することができる17。その後、2013 年の法改正により、法定刑がさ らに大幅に引き上げられることとなった。 少なくとも 2011 年の時点で、立法者は、安全運転不能致死・重傷罪を、危険運転行為 によって死亡・重傷結果を生じさせたという、いわば結果的加重犯的な規定としてでは なく、安全運転不能罪と過失致死罪・重傷罪の併合罪として理解していた可能性が否定 できない。たしかに、安全運転致死・重傷罪による処断が法改正前の併合罪による処断 にとってかわる、という立法理解は、本罪が安全運転不能罪の実行行為と過失致死罪・ 重傷罪の実行行為とからなる犯罪であるとする実務の解釈の伏線になっていると思われ る18。しかし、このように本罪を解するならば、本罪の適用にあたっては危険運転行為 固有の危険の現実化としての死亡・重傷結果が不要である、とする解釈も許されかねな い。 次に、⑷安全運転不能致死・重傷罪の再犯者を加重処罰する規定の新設については、 このような立法自体に憲法違反の疑いが濃厚であることが指摘されている。司法院大法 官釋字第 775 號(2019/02/22)は、以下の通り言及する。刑法上の累犯加重について 19、犯罪態様の具体的事情のいかんを問わずに、再犯者の悪性および特別予防の観点を 理由として法定刑の最低を一律に加重することは、刑法第 59 条が適用される場合を除い て20、帰責されるべき罪責以上の刑罰が行為者に科せられることになり、人身自由の権 利(憲法第 8 条)に対する不当な制約となる。さらに、このような規定は、罪刑均衡の 原則に反し、憲法上の比例原則(憲法第 23 条)に抵触するものである。 論者の中にも、この司法院大法官の憲法解釈の立場に賛同する者がいる。例えば、許 澤天教授は、2019 年に改正された安全運転不能致死・重傷罪の累犯加重規定について、 「前罪行為の有罪判決または起訴猶予処分を受けたが、かかる司法手続に含まれる訓戒 ・警告」を無視して再び安全運転不能致死・重傷罪を犯したことに示される行為者の悪
16 中華民国刑法第 185 条の 3 修正理由(2011/11/30)第 3 点参照。 17 旧刑法によると、台湾における業務上過失致死罪(276 条 2 項)の法定刑は 5 年以下の懲 役、業務上過失致重傷罪(284 条 2 項)の法定刑は 3 年以下の懲役である。 18 後掲本節第 3 款参照。 19 台湾刑法における再犯の加重について、刑法第 47 条第 1 項は「懲役に処せられた者がそ の執行を終わった日、又はその一部の執行を受けて赦免を得た日から、五年以内に再び有期 懲役以上の罪を犯した者は、累犯とし、本刑を二分の一まで加重する」と規定する。 20 台湾刑法第 59 条は、「犯罪の情状が憫諒すべき場合には、最低限の刑を科すことも過重 なのであるときは、酌量減軽することができる」と規定する。
性を理由として処罰の程度を大幅に引き上げるものであるから21、罪刑均衡原則に反し て違憲のおそれがある、と述べる22。 また、2013 年の法改正以降の安全運転不能罪について、運転行為について実質的な危 険性が問われることのない、単なる呼気中または血液中アルコール濃度の数値のみで犯 罪が成立する形式犯と見なす立場をとるならば、安全運転不能致死・重傷罪において は、危険運転行為固有の危険の現実化としての死亡・重傷結果が不要であるとする解釈 が導き出されかねない。そうすると、かかる累犯加重規定による加重処罰の基礎は、行 為に内在する実質的な危険性ではなく、過去に二度の安全運転不能行為を行っていたと いうことに求められることになる。そこから、死傷事故と行為者の責任との連関が必ず しも意識されず、むしろ飲酒運転の禁止に対する(二度の)純粋不服従こそが加重処罰 の根拠となる、という批判が見受けられる23。 このような法改正の経緯を踏まえると、台湾における安全運転不能致死傷罪の適用に あたり、「安全に運転できない状態」の判断が形式的になされることになり、本条での 処罰に値するような「安全に運転できない状態」であったかどうかの判断が実質を伴っ たものではなくなるおそれが生じる。このような問題意識に基づき、以下で、台湾の実 務・学説の解釈を明らかにし、検討を加える。
21 中華民国刑法第 185 条の 3 修正理由(2019/05/31)第 1 点参照。 22 許・前掲注 13)65 頁。同旨、吳景欽「酒駕累犯肇事加重刑罰的疑義」民報 2019 年 6 月 1 日(https://www.peoplenews.tw/news/e1c8de8e-9f84-4056-9225-d1766731f7c5 2019 年 11 月 11 日最終閲覧)参照。 23 許・前掲注 13)65−66 頁。
*表 2—1:台湾での刑法 185 条の 3 についての創設と改正(筆者訳) 1999 年 2011 年 2013 年 麻薬、麻痺させ る薬剤、アルコ ール飲料又はこ れらに類するも のを摂取したた め、動力付き乗 り物を安全に運 転できない状態 であるにもかか わらず乗り物を 運転した者は、1 年以下の懲役、 拘留、又は 3 万 以下の罰金に処 する。 第 1 項 麻薬、麻痺させる薬 剤、アルコール飲料 あるいはその他のも のを摂取したため、 動力付き乗り物を安 全に運転できない状 態で乗り物を運転し た者は、2 年以下の 懲役、拘留に処し、 または 20 万以下の罰 金を科し、あるいは 併科することができ る。 第 1 項 動力付き乗り物を運転し、且つ、次の各号 のいずれかに該当した者は、2 年以下の懲 役、それに加えて 20 万以下の罰金に併科 することができる: 一、呼気中アルコール濃度 1 リットル当た り 0.25 ミリグラム、あるいは血中アル コール濃度が 0.05 パーセント以上の 者。 二、前号以外の場合でも、アルコール飲料 またはその他のものを摂取したことが 認められて、よって、安全に運転でき ない状態を生じさせた者。 三、麻薬、麻痺させる薬剤、或いはその他 のものを摂取して、安全に運転できない 状態を生じさせた者。 第 2 項 因って人を死に致し たときは、1 年以上 7 年以下の懲役に処す る。重傷に致したと きは、6 月以上 5 年 以下の懲役に処す る。 第 2 項 因って人を死に致したときは、3 年以上 10 年以下の懲役に処する。重傷に致したとき は、1 年以上 7 年以下の懲役に処する。 第 3 項(2019 年追加) 本条または陸海空軍刑法第 54 条の罪を犯 した後、犯罪の裁判の確定時期または起訴 猶予処分の確定時期から 5 年以内に安全運 転不能罪を犯し、よって人を死に致したと きは、無期懲役又は 5 年以上の懲役に処 し、重傷に致したときは、3 年以上 10 年以 下の懲役に処する。
第 2 款 安全運転不能罪をめぐる議論状況 1 危険判断に関する従来の見解とその問題点 1999 年の刑法改正で新設された「安全運転不能罪」(185 条の 3)は、行為者が安全 に運転できない状態において運転する行為を規制したものである。実務および多数説 は、本罪の法的性格を抽象的危険犯と解している。本罪における行為と、道路交通管理 処罰条例(第 35 条)24における飲酒運転行為との違いは、運転行為に内在する法益侵害 の危険性の有無にある。この危険性の判断(=「安全に運転できない状態」)とは、ど のように捉えられるべきだろうか。 ⑴ 危険判断について学説の見解 この点に関して、通説は、上述の実務上の判断指針と一致する。とりわけ、行為者の 呼気中のアルコール濃度が「絶対的安全運転不可能」とされる 0.55mg/l 以上の場合に は、行為者は常に安全運転不能な状態である、とみなす点では一致がある。思うに、こ のような考え方の根底にあるのは、本罪は抽象的危険犯であり、一旦構成要件に規定さ れる行為類型に該当したならば危険が発生したとみなされ、それに対する反証は許さな い、とする考え方である。この理解によれば、「安全に運転できない状態」の判断を主 に飲酒検知の数値によって行うことを支持する理由は、以下の通りである。 ① 経験則説 許澤天教授は、体内のアルコール濃度値が上記の基準値を超えた場合には運転者の運 転能力が明らかに低下して、交通状況に対応することが困難になることがもはや科学的 知見から「経験則」として解明されているとして、裁判官が本罪の危険判断を行うとき にはこの科学的知見に拘束されるべきであり、その認定について反証が許されない、と 強調する25。 ② 犯罪予防の実用性 張麗卿教授は、刑法による介入の早期化、さらに反証を許さないことによる挙証上の 容易性に着目して、「誰でも潜在的な犯罪者」である交通犯罪の一般予防にとって、抽 象的危険犯は「実用性の高い構成要件」であると述べる。さらに、犯罪予防の見地か ら、本罪での「安全運転不能」な状態の判断については、アルコール濃度の数値による 形式的判断で足りるとし、他の事情による反証を許すべきではない、と主張する26。
24 前掲注 5)の説明を参照。 25 許澤天・前掲注 6)23−26 頁参照。 26 張麗卿『交通刑法』(學林、2002)65−68 頁、同「酒測 O・九一毫克也無罪−−評臺灣高等 法院九十九年度交上易字第二四六號刑事判決」月旦法學雜誌 201 期(2012)197−198 頁、「酒 醉駕車應屬有罪」台灣本土法學雜誌 8 期(2000)81−83 頁、「酗酒駕車在交通往來中的抽象
裁判例の中には、「絶対的安全運転不能」の事案で、飲酒検知の基準値を唯一の証拠 とはせずに被告人の具体的な運転状況などの客観的事情によって運転行為の危険性を否 定したものも少数ながら存するが、張教授は、このような考え方は本罪を具体的危険犯 と解するものであり妥当ではなく、犯罪の予防機能が失われ、さらに、解釈論上の誤り も招く27、と批判する。 ③ 飲酒検問の利便性 林東茂教授は、挙証上の容易性という観点に着目し、飲酒検問を円滑に行うために、 呼気中 0.55mg/l 以上のアルコール濃度の検知値を、危険判断の絶対的な基準とするべき である、と主張する。本罪の罪質が抽象的危険犯である以上、飲酒検問の場合は、単に 呼気検査だけで十分なのであり、片足立ちバランス、直線歩行などのテストを行う必要 がない。それ以外のテストが必要であるとするならば、飲酒検問に関して作業効率の低 下により交通混乱ないし交通危険など状況が生じ、さらに本罪を具体的危険犯と解する ことになり妥当ではない28、と。 しかし筆者は、以下の理由から、これらの代表的な見解を支持しない。 まず、これらの説によれば、本罪の行為の危険性は、アルコール濃度検知だけから判 断される。しかし、本罪の行為の危険性を判断する捜査方法としては、アルコール濃度 検知だけではなく、片足立ちバランス、直線歩行、視認力テストなどがある。このよう な捜査方法は、いずれも、抽象的危険犯としての本罪の行為の危険性、つまり行為者そ れ自体が「安全に運転できない」状態にあったか否かを証明するために欠かせないもの である29。同様に、行為者が示した具体的な運転状況の客観的事情も、運転行為それ自 体の危険性の判断基底となるものである。アルコール濃度値を唯一の証拠としないこと で本罪の罪質が抽象的危険犯ではなくなる、とする②説および③説の理解は、解釈論と しては誤っているといわざるをえない30。 また、上記の諸説は、「呼気中のアルコール濃度」と「安全に運転できない状態」、 つまり証拠方法と要証事実を同視するものである。とりわけ、①説は、アルコール濃度 の基準値それ自体の証明力の高さを強調して、証拠方法と要証事実を混同したものであ る。たとえ科学的知見に基づき、一定のアルコール濃度の数値と運転能力の低下との関 連性が肯定されても、このことは、「安全に運転できない状態」に当たるかを検討する
危險−−評台北地方法院八十八年度北簡字第一四八四號等判決」月旦法學雜誌 54 期(1999)174— 175 頁参照。 27 張麗卿・前掲注 26)「酒測 O・九一毫克也無罪−−評臺灣高等法院九十九年度交上易字第二 四六號刑事判決」200 頁以下、「酗酒駕車在交通往來中的抽象危險−−評台北地方法院八十八 年度北簡字第一四八四號等判決」177−178 頁参照。 28 林東茂「交通犯罪」月旦法學雜誌 177 期(2010)235−236 頁参照。 29 許玉秀「無用的抽象具體危險犯」台灣本土法學雜誌 8 期(2000)86 頁参照。 30 謝煜偉「交通犯罪中的危險犯立法與其解釋策略」月旦法學雜誌 210 期(2012)125 頁参 照。
際に、アルコールの効果が個人の体質によって差異が見られるという点を判断基底から 排除してよい根拠とはならない31。すなわち、アルコール濃度の数値とは、あくまでも 危険運転行為に対する証明方法の 1 つにすぎず、危険判断を拘束する効果までを有する ことについての理由ではない32。 多数説は、本罪を抽象的危険犯であるとし、一定のアルコール濃度の数値と危険とを 安易に結びつけた上で、抽象的危険犯における危険の反証を許されない性質を強調す る。しかし、まず、アルコール濃度の数値と危険とを結びつけて「安全に運転できない 状態」に関する実質的判断を行わない多数説の立場には、解釈論上の理由がない。次 に、抽象的危険犯が危険の反証を許さない性質を有するという理解は、必然的なもので はない。さらに、犯罪予防の観点や運用上の利便性からアルコール濃度の数値と危険と を結びつけることも、解釈論上妥当ではない。 ⑵ 実務における基本的な理解とその傾向 裁判実務においても、上記法務部の解釈指針に従い、呼気中アルコール濃度 0.55mg/l 以上の場合は「絶対的安全運転不能」として危険運転行為に当たる、とする判断例があ る。すなわち、呼気中アルコール濃度 0.55mg/l 以上の場合について、交通事故率が普通 の状況よりも 10 倍以上高くなることから類型的に安全に運転できない状態が認められ る、とする理解に基づき、この数値以上の呼気中アルコール濃度が検出された被告人が 車両を運転した場合には、「明らかにアルコールの影響によって制御能力を失った」と 評価する裁判例が多数存在する33。このように、絶対的安全運転不可能の場合に、客観 的事情を問わずに直ちに犯罪の成立を肯定する傾向は、学説のみならず判例においても 顕著に現れている。 いくつか例を挙げよう。まず、①最高法院 92 年度台非字第 168 號刑事判決 (2003/05/22)である。本件は、被告人が飲酒した後、交通警察の指示にしたがって、 友人の停車中の車両を、駐車位置を調整するために非常に「短距離」走行させ、その際 に被告人から呼気中アルコール濃度 0.62mg/l が検出された、という事案であった。裁判 所は、「行為者が飲酒したならば、車両の走行距離にかかわらず、運転行為それ自体が 危険である」として、安全運転不能罪の成立を肯定した。 また、②臺灣高等法院臺中分院 98 年度交上易字第 161 號刑事判決(2009/02/19)であ る。本件は、被告人が飲酒した後(呼気中アルコール濃度 1.12mg/l が検出された)、エ
31 許・前掲注 29)86 頁参照。 32 王・前掲注 9)1236 頁、謝・前掲注 30)125−126 頁参照。 33 このような裁判例として、例えば、最高法院 92 年台非字第 60 號刑事判決 (2003/01/23)、最高法院 94 年台上字第 4162 號刑事判決(2005/08/04)、臺灣高等法院臺 南分院 96 年度交上易字第 684 號刑事判決(2007/12/19)などがあげられる。
ンジンが始動せず、車の押しがけをしていた途中、右方に湾曲した道路に自車を進入さ せる直前に、ハンドルの操作ミスで自車を右方に走行させて、右後方で押していた被害 者を、車と山の斜面に挟み死亡させた事案(過失致死罪は別案)であった。裁判所は、 「本罪の運転行為とは、行為者がハンドル操作やブレーギ操作など車を制御する行為で あり、エンジン始動の必要がない」と判示し、車のエンジンが始動されていない状態に おいても運転行為にあたるとする理解を前提とした上で、本件被告人が絶対的安全運転 不能の状態で車を制御したとして、本罪の成立を肯定した。 この二つの判決は、いずれも、危険基準値以上のアルコール濃度を検出した事案であ り、その他の事情に言及せず、運転行為自体が本罪にいう危険に当たるとした。①の事 案についてみると、確かに、危険運転行為に当たるか否かの判断は、走行距離の程度と 関連がないともいえる。しかし、本事案で重要なのは、車両の走行距離を含めた全事情 を考慮して本件の被告人が「安全運転不能」という危険な状態にあったといえるか、で ある。①の判決は、被告人の体内アルコール濃度が基準値を超えたということだけで被 告人の運転行為を危険運転行為と評価したのであり、問題がある。 これに対して、②の判決は、そもそも本件行為が本罪にいう「運転行為」に当たるの か、という問題が存在する。本罪の客体である「動力付き」の乗り物とは、エンジンか らの動力によって動く乗り物が一般に想定される。そのため、エンジンが始動されてい ない状態での「車の押しがけ」は、本罪の運転行為に当たらないと評価されるべきであ る34。しかし、本判決は、これを運転行為にあたるとして、それを前提に、「絶対的安 全運転不能」を徴表するアルコール濃度の数値および外見的な「車両の走行」に着目し て本件行為が危険運転行為に当たると判断した。 以上のように、実務上、呼気中アルコール濃度 0.55mg/l 以上が検出された場合には、 具体的事情を問わず運転行為の危険性が生じることを肯定する、との立場が散見される 35。つまり、判例では、本条での処罰に値するような「安全に運転できない状態」であ ったかどうかの判断を実質的に行うことなく、呼気中アルコール濃度基準値を用いて 「安全に運転できない状態」の判断を形式的に行う傾向が見られていた。 このような傾向は、2013 年法改正後の裁判例において変化したのだろうか。結論から 言えば、この傾向は現在に至るまで続いているのだが、この点については、改めて検討 したい。
34 王・前掲注 15)66 頁参照。 35 他方で、本罪の構成要件を把握して、証拠方法と要証事実とを正しく区別する裁判例も存 在した。例えば、最高法院 98 年度台非字第 15 號刑事判決(2009/02/11)では、アルコール濃 度の数値は証拠方法の一つに過ぎず、本罪の罪質が抽象的危険犯であるか具体的危険犯であ るかということとは関係がない、と明示した。
2 2013 年の法改正を受けての学説の対応 すでに述べたように、2013 年の法改正により、安全運転不能罪では、「呼気中アルコ ール濃度 1 リットル当たり 0.25 ミリグラム、あるいは血中アルコール濃度が 0.55 パー セント以上」という「絶対的安全運転不能」の基準値が、犯罪の成立要件として明文化 された(刑法第 185 条の 3 第 1 項第 1 号)。したがって、飲酒運転の場合には呼吸中ア ルコール濃度 0.25 mg/l 以上の数値が検出されれば、個別事案の具体的事情に立ち入る ことなく被告人の運転行為について本罪の実行行為性を肯定できる、とする理解が一般 的である。このように、「安全に運転できない状態」の判断が大幅に簡略化されること になったことから、本罪の罪質は危険運転を意味する「安全運転不能罪」から単なる 「飲酒運転罪」に事実上転換した、と指摘されている36。この改正法は、捜査や裁判に おける利便性を考慮していると評価できる。つまり、本改正法に対しては、抽象的危険 犯の「実用性」を最大限活用したものであるとの批判が見受けられる37。 このように、アルコール濃度の基準値が犯罪の成立要件として明文化されている改正 法は、あくまでも従来の有力学説と実務の主たる立場を反映したものである。そうする と、上述のとおり、①証拠方法と要証事実の混同、②「安全に運転できない状態」の判 断の形式化による危険性の実質の空洞化、という問題は、引き続き、解釈論において対 応していかなければならないところである。この 2 点を考慮しつつ、次に、「呼気中ア ルコール濃度 1 リットル当たり 0.25 ミリグラム、あるいは血中アルコール濃度が 0.05 パーセント以上」という基準値の構造上の位置づけについて、諸学説を検討したい。 ⑴ 「反証を許さない構成要件要素」説 まず、法文上に規定されたアルコール濃度基準値を本罪の客観的構成要件要素とする 考え方がある。この説を主張する蔡蕙芳教授は、アルコール濃度基準値には反証を許さ ない「法律的推定」(presumption of law)の意味がある、と指摘する。いわゆる「法 律的推定」とは、ある事情の証明の困難性に対応するために立法者が裁判所に証明の方 法を提供する立法手段であり、したがって、この「推定」は、立証困難な事実の態様に ついて、立法上の擬制によって事実認定の意味を与えるものである。本罪の場合には、 条文上のアルコール濃度の数値が、「安全に運転できない状態」であるという要証事実 を法律上推定させるものとして、裁判所にとって法的拘束力があるものと解されること になる。蔡教授は、法律的推定の前提としてアルコール濃度値が本罪の構成要件要素と