中古から現代にかけての日本語における事態把握の
通時的変化
著者
大槻 くるみ
号
19
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
国博第183号
URL
http://hdl.handle.net/10097/00120453
論文内容要旨
中古から現代にかけての日本語における事態把握の通時的変化
東北大学大学院国際文化研究科
国際文化交流論(言語文化交流論)専攻
大槻 くるみ
指導教員 上原 聡 教授
江藤 裕之 教授
副島 健作 准教授
中古から現代にかけての日本語における事態把握の通時的変化
国際文化交流論専攻(言語文化交流論講座) B4KD1010 大槻 くるみ 1. 研究背景 これまで日本語話者の事態把握の通時的変化は、池上 (2012)、西光 (2012)、中村 (2009)らによっ て分析されてきた。その中で、主観性の変化については、上代から中世までの和歌集における客観的 把握の指標である<われ>の明示頻度が減少したことから、西光 (2012)は上代から現代にかけて主観的 把握にシフトしていると論じている。また、主観性の変化を文法化の観点から分析した研究に中村 (2009)や金谷 (2004)がある。中村 (2009)は、言語は一般に主観的把握から客観的把握へと進化してい る。一方、金谷 (2004:178-184)は、英語が<ある>言語から<する>言語化していったのに対して、日本 語は<ある>言語の特徴をより強めていっていると主張している。 また、現代日本語は<なる>言語と呼ばれ、動作主よりも状況全体の変化に焦点を当てた<なる>表現 を好んで用いると言われている。他方、英語は状況における個に着目し、その行為に焦点を当てた<す る>表現を多用する(池上 1981)。このような<する>/<なる>表現の使用に関しては、これまでは日本 語と英語のような類型が異なる言語を対照させて通言語的に論じられてきたが、日本語という同一言 語内で通時的にどのように変化していったのかについてはまだ明らかになっていない。 そこで本研究では、中古から現代にかけての日本語の事態把握の変化を、①短歌における<われ>の 明示頻度の増減によって主観的把握/客観的把握の変化を調べ、②心理動詞文における<する>表現の使 用頻度の増減によって、<する>的事態把握/<なる>的事態把握の変化を調査する。 2. 研究の動機と意義 樋口 (2009:50)によると、認知言語学の対象は今のところ共時的現象が中心だが、歴史言語学の研究 成果には共時的現象の謎に新見地からの説明可能性や新展開への糸口を示唆するものが多い。認知言 語学の通時的研究はこれまで主に歴史語用論の分野で行われてきた。金杉 (2011)によると、歴史語用 論は言語の語用論的な意味と機能について、歴史的な変化のプロセス、個々の時代での社会文化的規 範、生活習慣をも含めた視点から考察を重ねる分野である。ここ10年余りの間、この分野での研究は かなり活発化してきており、文法化、語用論的推論、主観性、間主観性をキーワードに意味と機能と の歴史的拡張の原理を追及することが最大の課題であるという。これらは主にTraugott (1989, 1995, 2010)などの枠組みで論じられてきた。一方、本研究で扱う視点に関する研究にはLangacker (1985, 1991, 2009)がある。本研究で扱う事態把握という問題は「捉えの問題」である。したがって、Langacker の研究のsubjectivityと関連しているが、認知言語学において通時的な研究が行われているのは今のと ころTraugottに代表される歴史語用論の分野がほとんどである。<する>と<なる>については、日本語 の<なる>表現への着目は英語の<する>表現との対照に発しているため、日本語の記述的研究よりも、 日英対照の枠で行われる傾向が顕著であった(守屋 2016)。また、吉村 (2009:19)によると、「捉え 方」は物や出来事とそれにかかわる人間の主観、経験、母語の習慣によって決まるとされ、コミュニ ティの構成員が1つの物や出来事に対して主観と経験を共有し、共通する言葉の慣習にしたがってその 物や出来事を指せるようになることと理解できる。このことから、言語共同体は同じ捉え方を同じ言 葉で指すコミュニティということになり、したがって母語の違いは捉え方の違いを映し出す鏡という ことになるという。このような背景もあって、事態把握の違いはこれまで通言語的に論じられてきた。 しかし、このコミュニティというのを「ある時代を生きる人々」と捉え直すことで、同じ母語であっ てもそれぞれの時代のコミュニティによって共有された見方の間には差異があるのではないかと考え られる。このような考え方に基づくこれまでの捉えの観点からの歴史的研究は、管見の限り池上(2012)と西光 (2012)に限られている。したがって、本研究で事態把握の通時的変化を分析することは、 認知歴史言語学において新たな研究課題を開拓する試みである。通時的にこの事態把握の仕方がどの ように変化したかを探る分析では、共時的研究における対照研究のようにまったく同じテキスト(事 態)をどのように違う言語形式で表現するかというような、対訳コーパスを用いた分析が可能でない ことが困難な点ではある。しかし、歴史語用論の研究で用いられている手法であるそれぞれの時代の 話し言葉にできる限り近いとされている口語資料の主に会話部分の分析によって表現形式を比較する ことで、それぞれの時代の日本語話者がどのような視点で物事を見ていたのかを明らかにすることが できると考えられる。本研究の目的は、これまで主に共時的・通言語的に分析されてきた日本語の事 態把握を通時的に分析することで、認知歴史言語学の分野に新たな知見を示し、寄与することである。 3. 調査項目 本研究のリサーチクエスチョンは、以下の①~③である。 ①中古から現代にかけて日本語話者の事態把握が、客観的把握/主観的把握どちらの傾向にシ フトしたのか、また、<する>的事態把握/<なる>的事態把握どちらの傾向にシフトしたのか。 ②日本語は、<われ>の明示頻度が高まり、客観的把握にシフトすると、<する>表現の使用頻 度も高まり、<する>的事態把握にシフトするのか。 ③事態把握の通時的変化は、言語進化や言語発達のように不可逆的にシフトするのか。 これらのリサーチクエスチョンを究明するために、本研究で調査する内容は大きく分けて以下の 1 ~4 である。 1. 客観的把握/主観的把握の通時的変化 短歌の<われ>の明示頻度の変化を探ることで、<われ>の明示頻度が高い時代は客観的把 握の傾向、低い時代は主観的把握の傾向と判断し、主観性の通時的変化を分析する。 2. <する>的事態把握/<なる>的事態把握の通時的変化 心理動詞構文における<する>表現の使用頻度の変化を探ることで、<する>表 現の使用頻度がより高い時代は<する>的事態把握、より低い時代は<なる>的 事態把握と判断し、<なる>的事態把握の通時的変化を探る。 3. <われ>と<する>表現の相関関係 ①客観的把握の指標である<われ> ②事態の基本形が<なる>型であるとされる日本語においてあえて使用されている<する>表 現 の2 つの通時的変化に相関があるのかを調べる。 4. 1~3 の結果を踏まえて、日本語の事態把握が古い時代から新しい時代、子供か ら大人にかけて、主観的把握から客観的把握に変化するとされている言語進化 や言語発達と同様の変化を辿るのかを考察する。 4. <われ>の明示頻度の通時的変化 4. 1 短歌の<われ>と主観性 佐佐木 (2007:10)によると、短歌は一般に私小説のように作者が自分を主人公にして、自分の思いや 行為を表現する一人称詩であり、作中の<われ>=作者<われ>が原則である。そして、短歌は「うれし い」「悲しい」などの主観的感情をその主要なモチーフとしてきた(東郷2015)。上原 (2016a:34)によ ると、このような感覚・感情・思考・欲求・意図を表す内的状態述語はその感情や意思の主体/主語が
話者に限定されているため、一人称が明示されなくても主体が話者であることは明確である。短歌は 基本的に<われ>の極めて主観的な感情を表す一人称詩であるため、<われ>を明示しなくても主体が<わ れ>であることは明確であり、基本的には主観的把握で表された文学作品であると言える。 一方、短歌には作者の感情ではなく、作者の見た世界を写生した作品もあるが、このような作品に おいても、ある風景の中の自分自身をも外の視点から見るのか、自己を原点として、自己から見える 世界のみを描写するのかという視点の違いが表れる。自分自身がいる景色を外の視点から描写すると いうことは、作者は見る主体であり、自身に見られる対象でもあるため、自身を他者同様に客体と捉 える客観的把握の描写であると言える。 一方、作者に見える世界のみを描写するということは、作者は見られる対象にはならず、作者に見 える世界である歌の情景によってのみ作者の位置や存在が規定されるため、主観的把握の描写である と言える。 したがって、本研究では、本来<われ>を明示しなくても主体が<われ>であることが明確な一人称詩 の短歌において、<われ>を明示し、自分自身を客体として捉える視点の短歌を客観的把握で描写され た歌であると見なす。 4. 2 研究方法 近世は『新編日本古典文学全集73 近世和歌集』(小学館)の 1231 首、近代は以下の明治・大正時 代の代表的歌人20 人の歌集の冒頭 50 首を計 1000 首集めた。 會津八一『南京新唱』、石川啄木『一握の砂』、岡本かの子『桜』、北原白秋『桐の花』 『木下利玄全歌集』、斎藤茂吉『赤光』、古泉千樫『屋上の土』、九条武子『金鈴』 釈迢空『海やまのあひだ』、土田耕平『青杉』、土屋文明『ふゆくさ』、『長塚節全集』 前田夕暮『収穫』、増田雅子『みをつくし』、山川登美子『白百合』、横瀬夜雨『死のよろこび』、 与謝野晶子『みだれ髪』、与謝野鉄幹『むらさき』 若山牧水『別離』 現代は、読売新聞社「万葉のこころを未来へ」推進委員会編 (2009)『平成万葉集』の 1000 首を資 料とし、「わ」「あ」「われ」「あれ」に加えて現代の一人称代名詞「わたし」「ぼく」「おれ」を数えた。 そして、これらの明示頻度が高くなった場合には客観的把握にシフトし、低くなった場合には主観的 把握にシフトしたと判断して分析する。 4. 3 結果 本研究で収集した近世から現代のデータの集計結果と、佐佐木 (2007)が収集した中古と中世の結果 を合わせた結果から<われ>の明示頻度は以下の図の変化をたどっていることが分かった。 図1 <われ>の明示頻度の変化 0.0% 5.0% 10.0% 15.0% 20.0% 中古 中世 近世 近代 現代
短歌の<われ>の明示頻度は、中古、近代、現代で高く、中世と近世で低いという結果となった。こ のことから、中古、近代、現代はより客観的把握の傾向であったのに対して、中世と近世はより主観 的把握の傾向であったと考えられる。 5. <する>の使用頻度の通時的変化 5. 1 <する>表現と<なる>表現の定義 守屋 (2016)によると、<する>表現とは、事態の出来・変化に際し、動因―多くは行為者―を軸とし、 事態をその動因による動作・作用として分析的に捉え、言語化するものを指す。そして、行為者が行 為を行うという意味構造をとり、目的語を伴う他動詞の表現が好まれる。これに対し、<なる>表現と は、事態の出来・変化に際し、その動因を―たとえ人間であっても―必ずしも言語的に明示しない表 現を指す。そして、<なる>をはじめとする自動詞の表現が選ばれる。すなわち、同じ出来事であって も、その原因に着目するか、その変化に着目するかという認知主体の視点の違いが、<する>表現と<な る>表現の選択に表れている。このような同じ出来事でも認知主体の捉え方が違うということを事態解 釈モデルによって表した研究に山梨 (1995)がある。山梨 (1995:254-259)による図 2 の a~d はそれぞ れ(1)の a~d を表し、図の枠線は認知のスコープ(前景化された事象)を表す。 (1) a. 太郎が鍵で窓を開けた。 b. 鍵で窓が開いた。 c. 窓が開いた。 d. 窓が開いている。 図2 山梨 (1995:254-259)による認知のスコープ 守屋 (2016)で<する>表現とは、「事態をその動因による動作・作用として分析的に捉え、言語化す るもの」と定義されているが、山梨による図 2 でこのような事態の切り取り方をしているのは、最左
端の変化を引き起こす存在とその働きかけがスコープに入っている(a)にあたる。また、このようなス コープであれば、変化の対象に視点を置いた受身であっても<する>表現に含まれると考えられる。 また、守屋 (2016)によると<なる>表現とは、「事態の出来・変化に際し、その動因を―たとえ人間 であっても―必ずしも言語的に明示しない表現」である。これは、山梨 (1995)による図 2 でいえば、 最左端の変化を引き起こす存在とその働きかけがスコープに入っていない事態把握の表現ということ になる。したがって、図2 の(b)~(d)がこれにあたる。 山梨 (1995)による図 2 は典型的な動力連鎖を表しているため、動作主と変化の対象の間に道具が表 されている。本研究で扱う心理動詞構文も抽象的な力の伝達としてこのような動力連鎖によって図式 化することはできるが、多くの場合は道具が介在しないため、谷口 (2005)による事態解釈を用いて本 研究で研究対象とする各構文の事態解釈モデルを<する>表現と<なる>表現に分けて表すと以下の図3 のようになる。 <<刺激>が~を―させる> <…は<刺激>に―(さ)せられる> (a) <する>表現 <…は<刺激>に/で/を―する> <…は―する> (b) <なる>表現 図3 <する>表現と<なる>表現 本研究では、コーパスから収集した心理動詞構文の文例を以上の図3 のように<する>表現と <なる>表現に分けて分析する。 5. 2 研究対象の構文 集めた文例は前節で論じた山梨 (1995)を踏まえて定義した以下の<する>表現と<なる>表現に分け て集めた。 ①<する表現>:統語構造が、<<刺激>が<経験者>を―す(他動詞)/させる(使役)>および<< 経験者>が<刺激>に―される(他動詞受身)/させられる(使役受身)>の心理 動詞構文 a. 自動詞の使役文 例)船子どもは、腹鼓を打ちて、海をさへおどろかして、波立てつべし
(紀貫之『土佐日記』) b. 感情の対象を目的語にとる他動詞の使役文 例)死んだお父さんを喜ばせるのだよ (夢野久作『ルルとミミ』) c. <(刺激)が+(経験者の身体部位・心など)を+(心理動詞) させる> 例)富は人の心を惑はして生活の分限を濫るものだと悟つた (内田魯庵『投機』) ②<なる>表現:統語構造が、<<経験者>が(<刺激>に/で/を)―する(自動詞/他動性の低い他動 詞)>の心理動詞構文 a. 自動詞文 例)イヽヱもふ、どうも形ばつかりで、いたづらには困りきります (風鈴山人『甲駅新話』) b. 感情の対象を目的語にとる他動詞文 例) 在京の徳といふは、このやうな珍物、美物を食うて、常に楽しむぞ。 (イソップ『天草版伊曽保物語』) c. <(経験者)が+(刺激)に+(経験者の身体部位・心など)を+(心理動 詞)させる> 例)内務大臣といふものはソンナ小問題ばかりに頭を惱ましては居られんよ (鷹陵山人『聴診器の響』) 5. 4 研究方法 はじめに各時代を代表する作家と作品の総索引などから出現頻度の高い以下の心理動詞30 個の文 例を収集し、このうち複数の時代で10 例以上のデータが集まり、さらに<する>表現が 1 例以上集まっ た次の動詞13 個を研究対象の動詞とした。 「悩む」「喜ぶ」「迷う」「(戸)惑う」「腹が立つ/腹を立てる」「驚く」「怒る」「困る」「堪える」 「恥じる」「楽しむ」「悲しむ」「嘆く」 各動詞のデータ数は、時代間に大差が出ないよう15 例以上集まった時代の中で最も少ない時代に合 わせるか、全ての時代で15 例に満たない動詞は 10 例ずつ収集した(最大 100 例、最小 10 例)。口語体 の心理動詞文をコーパスでの出現順に抽出して<する>と<なる>の表現に分けた。 5. 5 結果 以下の図は<する>表現の使用の中古から現代にかけての変化を表したグラフである。
図4 <する>表現の使用の変化 心理動詞構文における<する>表現の使用頻度は、中古と近代で高く、中世、近世、現代で低いとい う結果になった。このことから、中古と近代はより<する>的事態把握の傾向が強く、中世、近世、現 代はより<する>的事態把握の傾向が強い時代であったと考えられる。 6. <われ>と<する>表現の相関性 客観的把握の指標である<われ>と<する>的事態把握の指標である<する>の相関関係を調べた結果、 中古から現代までの変化では弱い正の相関だが、中古から近代までの変化では非常に強い正の相関が あるということがわかった。 また、<われ>の明示頻度と<する>表現の使用頻度で現代でのみ相関性が低かったため、この要因を 探るために以下の調査を行った。 3-1 <する>表現における各時代の使役受身構文の使用頻度を調べる。 3-2 <なる>表現における刺激が、ニ格、デ格、ヲ格で表されている構文の使用頻度 これによって、各時代の構文選択の傾向を調査したところ、以下の結果が出た。 3-1 近代のみ使役受身構文の使用頻度が有意に高い。 3-2 デ格とヲ格は各時代の使用頻度に大きな差はないが(デ格は使用が定着して以降)、ニ 格は<われ>の明示頻度同様に、中古で使用頻度が有意に高く、中世と近世では低く、近 代で再度有意に高くなり、現代にかけて横ばいとなっているという結果が出た。そのた め、ニ格の使用頻度と<われ>の相関を調べたところ、強い正の相関が見られた。また、 ニ格と<する>表現との相関を調べた結果、中古から近代までは強い正の相関が見られた が、<われ>と<する>同様に現代では相関が低くなった。 これらの結果から、近代と現代は、他の時代と比べて刺激をニ格で表示する構文を有意に高い頻度 で使用するという点で共通している。そのため、単純に<する>と<われ>を二分して分析すると、近代 と現代は異なる構文選択をすると結論づけられるが、より詳細な分析によって、2 つの時代は近しい構 文を選択する傾向にあると言える。このような観点から現代における相関の低さを説明すると、<われ >と<する>表現、客観的把握と<する>的事態把握の傾向の間には相関があると言えるだろう。 7. 言語進化/言語発達と事態把握の通時的変化の関係 これまでは文法化などに見られる言語進化は子供の言語発達と類似した変化を辿るものと考えられ 0.0% 2.0% 4.0% 6.0% 8.0% 10.0% 12.0% 中古 中世 近世 近代 現代
てきた。このことを踏まえると、本研究の事態把握の通時的変化においても、古い時代ではより根源 的な主観的把握および<なる>的事態把握の傾向で、時代が進むにしたがってより客観的把握、<する> 的事態把握の傾向に変化することが予想された。しかし、収集したデータ分析の結果、中古から現代 にかけての事態把握の通時的変化は、主観的把握や<なる>的事態把握から、客観的把握や<する>的事 態把握に一方向的に変化するのではなく、中古から近世まではむしろ逆により客観的把握や<する>的 事態把握の傾向から、より主観的把握や<なる>的事態把握の傾向に変化し、近世から近代にかけては より客観的把握や<する>的事態把握の傾向にシフトし、その変化は曲線を描いている。このことから、 本研究では主観的把握か客観的把握か、および<なる>的事態把握か<する>的事態把握かは、言語がよ り分析的で緻密化するといった言語進化や、子供の言語発達の一方向的な変化とは異なる動きをする と結論づける。すなわち、言語の進化は社会の複雑化などによって、また、子供の言語は脳の発達や 人々との接触、社会化によって発達するもので、基本的には一方向的に変化するものであると考えら れる。一方、事態把握が言語進化や言語発達と異なるのは、時代の変化によって再び主観的把握や<な る>的事態把握に移行することがある点である。なぜ事態把握の変化がこれらと異なった変化をするか と言えば、事態把握の変化は言語進化のような言語自体の変化ではなく、また、言語発達のように脳 の発達に影響されるわけではないからであると考えられる。したがって、これまでは言語進化/言語発 達における変化と事態把握の変化が並行して論じられてきたが、これらの変化は別の言語現象である と言えることから、切り離して論じるべきだと思われる。 8. 日本語の変化と今後の課題 客観的把握、<する>的事態把握の傾向に傾いた中古直前の上代や近代は、いずれも都市化や人口集 中の他に外国人との接触が増えた時代であった。現代はグローバル社会と呼ばれ、さらに日本は外国 からの移住者の受け入れ態勢を整える方向へ向かっている。したがって、日本においてもこれまでの ように同じ言葉と文化の中で育った者同士の共有された背景がない人達との交流が増えることで、今 までのような言わなくても通じるという察しや共有された背景があるからこそ通じる主観的な表現で は円滑なコミュニケーションが難しくなるのかもしれない。そして、客観的把握の話者と会話するた めには、日本語話者も客観的把握の事態把握ができなければ、話者間の見え、把握にずれが生じて、 ミスコミュニケーションが起こりやすくなると思われる。したがって、必要に迫られて日本語話者も 客観的把握の傾向にシフトしていくことが推測される。そして、客観的把握は<する>的事態把握と相 関していることから、日本語話者は<する>的事態把握の傾向にシフトしていく可能性が考えられる。 本研究はこれをもって終わりではなく、今後も継続して日本語の姿を追うことで、日本語話者のもの の見方の変化の様相を見つめていきたい。 引用文献 池上嘉彦. 1981.『「する」と「なる」の言語学』大修館. 池上嘉彦. 2012.「日本語話者好みの事態把握のスタンスとしての<主観的把握>」言語と(間)主観性 研究フォーラムin 仙台「ラネカーの視点構図と(間)主観性」研究発表要旨. 上原聡. 2016a.「言語対照のための主観性表現の類型試案―日本語を題材として―」『東北大学言語文 化教育センター年報』1, 東北大学高等教養教育学生支援機構, 33-43. 金谷武洋. 2004.『英語にも主語はなかった―日本語文法から言語千年史へ―』講談社. 佐佐木幸綱. 2007.『万葉集の<われ>』角川学芸出版. 谷口一美. 2005.『事態概念の記号化に関する認知言語学的研究』ひつじ書房. 東郷雄二. 2005.「私〉の反照 ― 歌ことばはどのように〈私〉を照らし出すか」『橄欖追放』: http://petalismos.net/tanka/tanka-backnumber/tanka100.html 中村芳久. 2009.「認知モードの射程」『「内」と「外」の言語学』開拓社, 353-393.
西光義弘. 2012.「日本語における認知過程の変化の可能性」『認知スタイルと言語類型』くろしお言 語大学塾: http://www.gengoj.com/seminar/view.php?seminar_list_id=8#post_110. 樋口万里子. 2009.「認知言語学からみた歴史言語学」『言語』38-2, 大修館, 50-57. 守屋三千代. 2016.「日本語の『ナル表現』再考:『古事記』における『ナル』の意味・用法の示唆す るもの」『日本語日本文学』26, 創価大学日本語日本文学会, 27-38. 山梨正明. 1995.『認知文法論』ひつじ書房. 吉村公宏. 2009.「認知言語学からみた語学教育―『捉え方』の視点から」『言語』38 (10), 18-23. 資料 [書籍] 會津八一. 1982.『會津八一全集 第四巻』中央公論社. 伊藤整, 亀井勝一郎, 中村光夫, 平野謙, 山本健吉(編). 1980.『日本現代文學全集 53 折口信夫 集』講談社. 江口正弘(編). 1986.『天草版平家物語対照本文及び総索引 索引編』明治書院. 江口正弘(編). 1986.『天草版平家物語対照本文及び総索引 本文編』明治書院. 江口正弘(編). 2011.『天草版伊曽保物語 : 影印及び全注釈 言葉の和らげ : 影印及び翻刻翻訳』 新典社. 太田光(文), 藤城清治(影絵). 2011.『絵本マボロシの鳥』講談社. 北原白秋. 1990.『白秋全歌集Ⅰ』岩波書店. 近代作家用語研究会, 教育技術研究所(編). 1985.『作家用語索引 芥川龍之介』教育社. 近代作家用語研究会, 教育技術研究所(編). 1985.『作家用語索引 森鴎外』教育社. 久保田啓一(校注/訳). 2002.『新編日本古典文学全集 73 近世和歌集』小学館. 斎藤茂吉. 2007.『赤光』岩波書店. 清水勲(監修). 1986.『漫画雑誌博物館 8 大阪パック』国書刊行会. 靏岡昭夫(編). 1992.『たけくらべ総索引』笠間書院. 松村明(編). 2006.『大辞林 第三版』三省堂. 宮島達夫(編). 1969.『古典対照語い表』(1967-1969 年科学研究費補助金研究「作品用語の類似度 の研究」成果報告), 出版地不明. 武藤元昭(校訂). 1995.『人情本集 叢書江戸文庫 36』国書刊行会. 読売新聞社 「万葉のこころを未来へ」推進委員会(編). 2009.『平成万葉集』中央公論新社. [ウェブサイト] 学研全訳古語辞典(学研教育出版):http://kobun.weblio.jp/cat/gkzkj 源氏物語の世界 再編集版:http://www.genji-monogatari.net/ 「 現 代 日 本 語 書 き 言 葉 均 衡 コ ー パ ス 」 語 彙 表 の 短 単 位 語 彙 表 デ ー タ ( 国 立 国 語 研 究 所 ): http://www.ninjal.ac.jp/corpus_center/bccwj/freq-list.html デジタル大辞泉(小学館):https://kotobank.jp/dictionary/daijisen/ 日本大百科全書(ニッポニカ)(小学館):https://kotobank.jp/dictionary/nipponica/ コーパス 青空文庫:http://www.aozora.gr.jp/index.html/ 国立国語研究所. 2016.『日本語歴史コーパス 平安時代編』(短単位データ 1.1 / 長単位データ 1.1) http://pj.ninjal.ac.jp/corpus_center/chj/heian.html
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別 記 様 式 博在-Ⅶ-2-②-A 論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨 学 位 の 種 類 博 士 ( 国 際 文 化 ) 氏 名 大 槻 く る み 学 位 論 文 の 題 名