2017年度独仏現地調査に見る難民の社会統合の 現
状と課題 ―フランス:エックス・アン・プロヴァ
ンス
著者
寺本 成彦, 大河原 知樹
雑誌名
国際文化研究科論集
巻
26
ページ
81-88
発行年
2018-12-20
URL
http://hdl.handle.net/10097/00125533
寺 本 成 彦 大河原 知 樹 【1 概観】 本報告は、科学研究費助成事業採択課題「EUにおける難民の社会統合モデル―ドイツ・ハレ 市の先進的試みの可能性と課題―」1の一環として、2018 年 2 月 6 日から 8 日にかけてフランス、 エックス・アン・プロヴァンス(以下、エックス)において行った調査の結果をまとめたもの である。ドイツ、ハレ市との比較対照の事例を精査するための本調査には寺本成彦と大河原知樹 の両名が当たり、エックスでの難民申請者受け入れに携わる市民団体およびボランティア支援者 にインタビューを行った2。シリア内戦、IS の脅威、サハラ以南のアフリカ諸国の政情不安、さ らには 2016 年以来のフランス、マクロン政権下での難民政策転換といった現在の困難な状況下 で活動を続ける NGO 団体関係者がインタビューに答えてくれた。以下の報告は、難民支援団体 CIMADE、慈善団体アジール、イエズス会難民支援ウェルカム・プロジェクト、そして“私たち の村へようこそ”の 4 つの市民組織の関係者 8 名が我々に紹介してくれた活動の模様と、現時点 で彼らが遭遇している問題点のあらましであり、EU 圏における難民受け入れモデルが模索され ている現況に、民間の側から光を当てようとするものである。 【2 難民支援団体へのインタビュー】 2-1. エックスの概観 マルセイユの北 31 キロにあるエックスはプロヴァンス‐アルプ‐コートダジュール地方の旧 都で、大学の所在地でもある。人口は 14 万人ほどで、同じ地方の諸都市マルセイユ、アヴィニョ ン、ニースなどのように観光業で繁栄している。地中海を渡ってフランスへ最初に到着する町で あるマルセイユから近いためか、ヨーロッパ(主としてイタリア、スペイン)からの移民よりも、 マグレブ 3 国(アルジェリア、モロッコ、チュニジア)からの移民の方がはるかに多く、市の全 人口の 10%以上となっている。その他、シリア、アフガニスタンなどの諸国からの庇護申請者 も見られるため、エックス市とその近隣地域の住民による難民支援活動がかなり盛んである。 2-1-1. 難民支援団体 CIMADE(Comité Inter-Mouvements Auprès Des Évacués)
1930 年に創設された難民支援団体 CIMADE は、元々戦時避難民の支援団体として発足したフ ランスの全国組織であった。インタビューに答えてくれたエックス支部ミレイユ・プロヴァンサ ル(Mireille Provençal)氏(以下 P 氏)によれば3、このような発足時の経緯からして、この団体 がもともと支援の対象としたのはヨーロッパ諸国での戦災を逃れて国境を越えてフランスに避難 してきたヨーロッパ人であった。第二次大戦後にはヨーロッパ以外の国々から避難してくる人々 を引き受けるようになり、現在ではその多くは北アフリカ諸国やサハラ以南のアフリカ諸国とア
2017 年度独仏現地調査に見る難民の社会統合の
現状と課題
―フランス:エックス・アン・プロヴァンス
東北大学大学院 国際文化研究科論集 第二十六号 フガニスタンからの避難民・移民であると いうことである。さらには、1951 年のジュ ネーヴ条約に基づき、フランスで就労した り、フランス人と結婚するために、あるい は正規の滞在許可証を得てフランスに勉学 を積むためにやって来た外国人の権利を擁護するための活動も行っている。 現在、エックスを中心とする地域では 25 名ほどのスタッフと、70 名ほどの会員(会費を支払 うことを通じて活動を支援)がいる。法律上や生活上のさまざまな相談と援助を中心的に担うの はスタッフであり、それに会員がボランティアで活動に参加している。 P 氏によれば、CIMADE の活動の目的とは、「フランスに在住するすべての外国人の権利を擁 護する」ことであり、そのためにも「外国人が自らの権利を知り、それを周囲に尊重させること ができるようにする」という難民自身への啓蒙活動を展開することが重要であるとされる。 ところで、インターネット上で検索できるこの団体 HP には、「CIMADE は、抑圧され搾取さ れている人々への積極的な連帯表明を目的とする。その出自、政治的信条、あるいは信念がいか なるものであれ、避難民と移民の尊厳と権利を擁護するものである」という「使命」が明記され ている4。そこに示されているようにこの NGO 団体は、いかなる既存の政党とも直接的なつな がりはないのであるが、P 氏によれば中央政府へのロビー活動を展開しようとする場合、社会党 の国民議会議員を通して国に働きかけている。実際、我々のインタビューの直前にも、P 氏はと ある社会党の国民議会議員の接見を受け、フランスでの滞在許可を求めようとする難民の直面す る問題について陳情してきたということであった。しかし同氏によれば、2017 年 5 月に社会党 政権が終焉した後のマクロン大統領の政権下では、それまである程度の配慮がなされていた移民 受け入れ方式が極めて厳格かつ制限的になり、難民の地位を安定させて国外退去などにならない ような法的措置を国会で可決させるような動きは一切ないとのことであった。そのため、世論へ の働きかけがきわめて重要な鍵となるのであり、最重要の活動の一つとして CIMADE は、フラ ンス国内に在住する難民に関する情報提供と啓蒙を、主に学校において行なっている。 具体的な活動内容は次のようになる。 1. 難民・移民に法的な知識を得させるための活動:相談窓口の開設 2. 庇護申請のための書類づくりの支援:証明書入手や、いかに難民になったのかの陳情書 作りを助ける(行政手続き) ⇒ 約 30%(のみ)が申請を許可される
3. 申請却下の場合はパリの庇護権裁判所 CNDA(Cour Nationale de droits d’asile) に訴えるこ ともある(司法手続き)⇒ 15 ∼ 20% が訴えを聞き入れられる 結局のところ、申請者全体の 52 ∼ 56% が庇護も受けられないということである。申請却下が 決定してから後、1 ヵ月の退去猶予期間が与えられるが、それを超えて滞在するといわゆる「不 法滞在者」となり、それ以降(元)申請者への支援は違法行為と見做される。このような、本当 に行き場のなくなった庇護申請者のために何も打つ手がないという現状を P 氏は嘆いていた。 滞在許可を申請する難民・移民の二人に一人が結局は不法滞在者として居所を隠すなどせざる を得ない立場に置かれ、闇労働によって搾取されることも多い。フランス社会の中で法的には存 在しない者と見做される彼らは、それ以降一切の法的保護の外に置かれる。「実際に最も支援を 必要としているのは、フランス社会から完全に疎外されたこういった人たちなのだが、それが団
体としてはできないというジレンマ」を P 氏は語っていた。 最後に、CIMADE の活動を展開する上での重要な問題点を 3 つあげてみよう。 まず第一に、フランス社会にあっても一般市民には、この種の問題に関する基礎知識が十分で はないという現実がある。実際、P 氏によれば、庇護申請者(demandeur d’asile)、難民/亡命者 (réfugié)、移民(migrant)、滞在許可証不保持者/不法滞在者(sans-papier / clandestin)の違いを 理解しないフランス人が多く、例えば「難民、すなわち不法滞在者」といった短絡的な誤認のせ いで支援が思ったほどは得られないということである。また、難民の権利に関する意識の低さの ため、政府を動かすための世論形成ができにくいということである。 第二に、欧州連合 EU の全域内で有効なダブリン規則5があるため、庇護申請者は欧州に入る 際に最初に登録された国でしか滞在許可証を申請することができないとされる。例えば、何らか の理由でフランスを避難先として選択する意思があったとしても、イタリアから入国して庇護申 請手続きを取ってしまうと、フランスでの申請はもはやできなくなる。そして移動先で官憲に身 分を知られてしまうと、申請先であるイタリア(P 氏によれば「刑務所のような収容施設」)に 送り返されることになる。 最後に、EU では「安全確保がなされている国 pays sûr」を規定し、その国との帰還協定を結 んでいるため、当該国からの難民を送り返すよう定められている。そのため、現実には人権抑圧 や弾圧が存在するアフガニスタン、スーダン、リビア、チャドであっても、避難者の身柄が自動 的に送還されることになるのである。CIMADE の方では EU のこういった規定に抗い、帰国させ られないよう法的措置を国民議会議員に訴えてはいるが、成果はそれほど上がっていないとのこ とである。 2-1-2. 慈善団体アジール(Collectif Agir) 2016 年 9 月に創設された地域の慈善団体 アジールは、先に紹介した CIMADE の他、 民衆援助会 (Secours populaire)、カトリック 援助会(Secours catholique)、心のレストラ ン(Resto du Cœur)を含む約 30 の慈善団体 を傘下に置く NGO である。会員 500 名、ボ ランティア 200 名を抱える同団体について、 会計担当のロズリーヌ・アルノー(Roseline Arnaud)氏(以下 A 氏)にインタビューを行った6。 アジールは、以下にあげる 6 つの「部門 pôle」からなる組織構成を成している。 1. 居住提供部門:住居が必要な庇護申請者を、イエズス会難民支援ウェルカム・プロジェ クト(JRS WELCOME Project)などの傘下組織へ橋渡しする。 2. フランス語修学部門:外国語としてのフランス語(FLE)習得のための授業を開講する。 * フランスでは、いかなる出自であれ、いかなる法的地位であれ、あらゆる児童は教育 を受ける権利があるという大原則に基づく。したがって難民の子女は小学校、中学校、 高校でフランス語を学ぶ機会を持てる(外国人に特化した特別授業もある)が、高等 教育(大学・大学院・専門学校)への公式な登録はできない(滞在許可を得ていない ものは、法的には排除される)。以上のような事情で法的に排除された難民申請者の フランス語習得を援助する。
東北大学大学院 国際文化研究科論集 第二十六号 * かつての植民地(マグレブ 3 国、ヴェトナムなど)からの移民 2 世へのフランス語教 育が、移民の統合に極めて有効であったという経験に基づく。 * 一般に、若年者の新たな言語習得はむずかしくないので、学習の場を与えることでフ ランス社会への統合は一定果たされる。 * 出身国で初等教育を受けず、文盲の場合は、習得すべき言語を書くことが困難(若年 層も)。 3. 健康管理部門:医療相談(ボランティアの医師による)。病院への付き添い、受診・入院 手続。一般医療費支払制度 CMU(Couverture Maladie universelle)7の手続き。
4. 行政手続部門:書類作成、通訳。2018 年 2 月 8 日現在、95 名の申請者がいる。 5. 日常生活支援部門:公共交通機関の利用、携帯電話利用、図書館利用をサポートする。 さらに傘下の組織(民衆援助会、カトリック援助会、心のレストランなど)を通じて食事・ 食料を提供する。 6. 求職支援部門:地域の雇用主に対して、庇護申請後 9 ヵ月経た者の雇用を働きかける(そ れ以外は闇労働となるため、社会統合の重要な契機である就労機会が奪われる)。 そのほかの補完的部門として「生活保護費支給窓口」があり、申請者一人につき週 50 ユーロ (6,500 円ほど)を支給している(ただし、「最大で 6 人家族までの支給」という上限がある)。 今後の展望であるが、A 氏によれば「流れる川の水は止められない」とのことである。即ち、「世 界に腐敗した政府がある限り、戦争や飢餓、環境異変がある限り、そういった地域からは庇護申 請者、難民/亡命者、移民がフランスや EU に流入し続ける」。状況がそうであり続ける以上は、 その受け皿となるアジールが活動を終えることはない。さらに、この支援運動を継続するにあたっ て、フランスの一般市民が「外国人は“敵”ではない」と知ることが不可欠であり、そのための 啓蒙活動が焦眉の課題であるという点が、先に紹介した CIMADE と共通するところである。 (1, 2-1, 2-1-1, 2-1.2 の文責:寺本成彦) 2-1-3. イエズス会難民支援ウェルカム・プロジェクト(JRS WELCOME Project) 1980 年にローマで設立されたイエズス会 系の団体であるイエズス会難民支援(JRS: Jesuit Refugee Service) が展開するプロジェク トである。同団体 HP によると、主に教育、 緊急支援 (emergency assistance)、健康管理、 生 活 支 援(livelihood activities)、 社 会 サ ー ビスの分野において世界 51 ヵ国で活動し、 2016 年末の時点で 733,400 人以上の人を支 援しているという8。 フランスでの活動は、同団体支部の JRS France が担い、今回、エックスにおける団体メンバー 3 名にインタビューを実施した。インタビュー相手 3 名の氏名は、ブランディヌ・ジュリアン= デシャン(Blandine Julien-Deschamps)氏(以下 J-D 氏)9、クロード・カリヨ(Claude Carrillo)氏(以
下 C 氏)、ヴィクトール・ギディチェッリ(Victor Guidicelli)氏(以下 G 氏)であり、J-D 氏と C 氏はエックス‐マルセイユ大学の教員、G 氏は、同団体のエックスにおける活動責任者と紹介
された。(3 氏のインタビュー内容には重複もあるため、活動の概要については、統合した形で 紹介し、特に発言を特定する場合のみ、名前を示すこととする。) エックスにおける同団体の活動に対する公的な経済支援はなく、イエズス会系の信者などの寄 付で運営されている(J-D 氏 , C 氏)。同団体で難民支援部門の設立は 2009 年(G 氏)だが、エッ クスでの活動は約 2 年半である(J-D 氏)。同団体の主たる活動は、 1.庇護申請者の行政手続き支援 2.庇護申請者への滞在場所の斡旋 3.庇護申請者の就学・教育サポート 4.庇護申請者への食事の提供 であり、特に力を入れているのは 2 である(J-D 氏)。具体的には、難民がフランスで直面する 最初の問題である、滞在許可を得るための支援が1である。メンバーは、マルセイユの庇護申請 受け入れ機関(PADA: Plateforme d’accueil des demandeurs d’asile)と収容施設である庇護申請者支 援センター(CADA: Centre d’aide aux demandeurs d’asile)での登録、警察での行政手続き、申請 却下の際の庇護権裁判所への不服申立てをサポートする(G 氏)10。判断が出されるまでの最大 の期限は 9 ヵ月だが、その後、不服申立てをしたり、却下の後に送還されるまでの期間にも難民 の滞在場所を確保することが必要で、その活動がすべて 2 である11。判断が出るまでの期間には、 難民認定と社会参入がめざされるが、そのための活動が 3、4 である(G 氏)。とは言え、就学・ 教育支援については、コーヒーを飲みながら、フランス語会話練習をするという回答であった(J-D 氏)12。 したがって、具体的な活動については、3 氏とも活動 2 に集中した。一般に EU 諸国では、正 式に難民認定を受けた者のほか、庇護申請中の者に対しても、政府・公的機関が宿泊施設を提供 することが義務づけられている13。しかしながら、難民が急増し、EU 各国で宿泊施設が不足し たため、市民や NPO など、民間ベースで進められたのが「自宅での民間ホストファミリー制度」 である14。これは、一定の期間15を定めて、難民に民間ホストファミリーの住宅を提供するとい うものである16。エックスでは、難民家族ではなく、シリア、レバノン、エリトリアなどの若年 の単身者に対してホストファミリーを斡旋しているという(C 氏)。たとえば、アフガニスタン の男性は、母国を脱出し、ブルガリアで悲惨な体験をした後にエックスにたどり着いた。彼以外 の家族はパリ在住だが、彼は申請手続き上、ひと月に一回マルセイユに赴くため、エックスに滞 在しており、6 週間に一度は宿泊先を変えなければならないという(C 氏)。 活動の問題点への言及も、活動 2 に関連しがちであった。エックスでは、2015 年 9 月に起こっ たトルコのアイラン君事件17で一時的に難民支援意識が高まり、ホストファミリーが増えたが、 その後、徐々に減っていき、現在では 20 家族ほどで難民の宿泊施設提供をやりくりしている状 況であり、数的には不足ぎみだという(G 氏)18。地域住民の理解も深まらず、農村部では同団 体の活動への敵意が感じられることもあり、警官も難民の滞在先を監視しているという言及(C 氏)からは、ホスト社会に活動を認知されていないという苛立ちを読みとれる一方、こうした困 難はありつつも、「楽観してやっていく」(C 氏)という言葉からは、一時的なブームに終わらせ ず、地道に活動を継続していく意思を感じとった。
2-1-4. “私たちの村へようこそ”(Bienvenus dans nos villages)
東北大学大学院 国際文化研究科論集 第二十六号 体責任者のフィリップ・ミオシュ(Philippe Mioche)氏であり、彼によると、団体の設立 時期は前述のアイラン君事件であり20、コア・ メンバーは約 30 名、賛同者からの寄付をもと に活動しているという。 同団体の主たる活動は、難民の支援、具体 的には難民へのホストファミリー斡旋、ほか にはピクニックなどのイベントを開催してい るという。インタビュー当時 180 名の難民を ホストファミリーのところに滞在させており、 彼自身もロシア人男性、エリトリア人女性ほ か 1 名の計 3 名を自宅に受け入れている21。 提携しているエックス東郊のヴォヴナルグ Vauvenargues 村では前村長のイニシアティヴでシリア難民を積極的に受け入れ、フェスティバル を開催するなど、一定の協力関係にある。また、エックス市の所有する住宅を 6 ヵ月の期間限定 で無料貸与され、インタビュー時点では滞在を希望する難民を募集しているところであった。 ただし、活動が順調というわけでは必ずしもなく、最初に受け入れたエリトリアの難民家族は、 2016 年 7 月に夫がエックスで溺死し、妻と赤子が残されたが、妻はフランス語も英語も話せなかっ た。こうした人々のためにフランス語の無料コースを開設するなど、試行錯誤がつづいたようで ある。 活動上の問題点としては、(1)ホストファミリーの不足、(2)難民に対する世間の目への対応. (3)申請を却下された難民への支援方法があげられ、難民受け入れの初動対応としてうまくいっ たとしても、それを継続させることの難しさがあるということが理解された。 2-1-5. エックスにおけるムスリム・コミュニティ シリア、レバノン、エリトリア、アフガニスタンといった難民の出身国籍からは、エックスに 少なからぬムスリム難民がいることが想定される。したがって、ホスト社会であるエックス市の ムスリム・コミュニティを調査することも重要と考え、簡単なインタビューを実施した。インタ ビュー22相手のドゥニ・グリル(Denis Gril)氏は、エックス‐マルセイユ大学教員である。 エックス市のムスリム・コミュニティの歴史は浅く、1980 年代にサウジアラビアからの留学 生が購入した 2 フラットが初めてのものであるという。恐らくこれが、現在旧市街の市庁舎近く にある建物の 1、2 階を利用したモスクで、唯一旧市街地区のものである。氏の説明では、ほか の 3 つは、アドマ(Adoma)、カランダル(Calandal:閉鎖中。後述)、都市整備計画地区 ZAC(Zone d'aménagement concerté)ということであった23。 グリル氏によると、ムスリム・コミュニティが公式に難民を支援することはないとのことであ る。また、エックスにおける難民支援団体は世俗的(laïque)であるため、連携もないという説 明であった。そもそも、エックスでは、モスク建設のための公的な支援はなく、市への建設申請 が却下されたこともあるという。エックスのモスク運営は、良く言えば緩やか、悪く言えば組織 されておらず、運営資金も主として礼拝者からの寄付に頼っており、その中からモスクのイマー ムへの謝礼や電気代、水道代、光熱費などをまかなっている。文化団体や宗教団体にしようとい
う動きはあるが、実現に至ってはいない。このような中で、都市整備計画地区のモスクだけは、 クルアーン教育とアラビア語教育のコースをもち、女性や子どもに対するケアを行っている。モ スクの活動として、難民支援には問題が多いが、むしろムスリム向けの精肉店の方が、コミュニ ティにおける活動として、よりアクティブであると氏はコメントした。 我々も氏のインタビューに先立つ 2 月 5 日正午礼拝の際に、市中心部のモスクを訪問したが、 礼拝にきた人数は 10 名に達せず、それほど日常的には使用されていない印象であった。市郊外 のモスクは、労働者地区であるアドマや都市整備計画地区という立地から、ムスリムの居住者が 集中していることが考えられ、ムスリム・コミュニティでの影響力もより大きいと思われる。た だ、カランダルのサラーム(Salam)・モスクは、2017 年 1 月末に内務省令で閉鎖され、2018 年 7 月には閉鎖措置が延長されて現在に至る24。モスクのイマーム(礼拝導師)が過激なサラフィー 主義者25であったことが閉鎖の理由とされるが、1 年半たった今も再開の見通しがたたないこと に、エックスにおけるムスリム・コミュニティと地域社会との軋轢を垣間見ることができる。 エックスにおけるイエズス会難民支援ウェルカム・プロジェクト、“私たちの村へようこそ”、 ムスリム・コミュニティの難民支援活動をまとめると、前 2 団体は、宗教団体と世俗団体という 違いはありつつも、ボランティアおよびホストファミリーの熱意と支援者の寄付に支えられた滞 在施設提供に重点を置いて数年来活動しているが、ホスト社会への難民の参加という段階までは、 まだ至っていないと考えられる。さらに、難民に対する一時的な支援ブームが去り、現在では活 動を模索中であるという印象であった。一方、ムスリム・コミュニティは難民支援には関わって いないが、それはコミュニティ組織化がまだ途上であり、そうした活動にまで対応することがで きないというべきであろう。文化・学術都市としては古い歴史を誇るエックス市であるが、ムス リムや多様な文化背景を持つ集団との接触経験の長い商業都市マルセイユと比べて、あらゆるレ ベルでムスリムへの対応が遅れている印象であった。政治学者ウェイナーの言葉を用いれば、エッ クスにおける難民は、「ホスト国に対するリスク」というほどではないものの、「文化的アイデン ティティに対する脅威」あるいは「社会的・経済的負担」であり、受け入れに対するコミュニティ の反応は総じて鈍化しつつあると感じられた26。グリル氏によると、エックス市長は FN(注:
国民戦線 Front National。現在の国民連合 Rassemblement National)ではないが右派であり、ムス リム・コミュニティに対する公的な支援が少ないということであったが、確かに今回の調査では 公的機関と民間支援団体との連携があまり感じられなかった。公的機関での調査を実施しなかっ たこと、インフォーマントが大学教員やインテリで、発言がかなりリベラルなものに偏ったとい う点は反省すべきであるが、ドイツ・ハレ市での調査とはかなり異なり、難民支援の問題点がか えって強く印象づけられる調査結果となった。 (2-1-3, 2-1-4, 2-1-5 の文責:大河原知樹) 註 1 基盤研究(B)(一般)、課題番号 17H02227、研究代表:佐藤雪野。 2 エックスの各 NGO 関係者へのインタビューをコーディネートしていただいたランディー・ドゥギレム(Randi Deguilhem)氏(エックス ‐ マルセイユ大学)に謝意を表したい。 3 インタビュー日時は、2 月 6 日 11 時 30 分からであった。
東北大学大学院 国際文化研究科論集 第二十六号 4 https://www.lacimade.org/nous-connaitre/missions/ (2018 年 6 月 11 日閲覧 ) 5 2003 年にダブリンで制定されたこの規則により、EU 圏内に足を踏み入れた難民は最初に難民申請を行った 国の警察署でアイデンティティ登録をされ、それ以降の手続きはその国に限定される。登録の際、指紋をスキャ ンされてデータ化され、氏名・出自・顔写真などと共に EU 圏内すべての警察署で参照可能となる。 6 インタビュー日時は、2 月 6 日 12 時からであった 7 「一般医療費支払制度」は、フランス領土にいるすべての人の医療費支払いを必要に応じて国家が肩代わりす る制度。フランス人だけでなく、海外からの旅行滞在者や庇護申請者も対象となる。 8 http://en.jrs.net/about?LID=1 (2018 年 8 月 31 日閲覧 ) 9 インタビュー日時は、J-D 氏が 2 月 6 日 10 時 30 分から、C 氏が同日 16 時 45 分から、G 氏が 2 月 7 日 16 時 30 分からであった。 10 なお、2014 年の難民受け入れ法案では、難民認定に要する 9 カ月の審査のうち、CADA での判断は標準 5 カ月、 CNDA での判断は 5 週間とするとされている。 労働政策研究・研修機構『諸外国における外国人受け入れ制 度の概要と影響をめぐる各種議論に関する調査』(資料シリーズ No.153)2015, p.65. https://www.jil.go.jp/institute/ siryo/2015/documents/0153_03.pdf (2018 年 10 月 12 日閲覧 ) 11 判断が出るまでの期間については、1 年以上かかることもあるし、3 カ月で解決することもあると言う(G 氏)。 なお、最終的にすべての申請が却下された場合には、1 ヵ月以内に国外退去せねばならないが、それまでの一時 滞在場所を確保する活動もしている(C 氏)。 12 各都市にフランス語教育施設があるという発言(G 氏)があったが、同団体の活動とは関連がないと思われる。 13 橋本直子「EU諸国における「難民・庇護申請者のホストファミリー制度」滝澤三郎編『世界の難民を助け る 30 の方法』(合同出版、2018 年)36 頁 『国際的保護の申請者の処遇のための基準を定める 2013 年 6 月 26 日付けの欧州議会及び理事会指令 2013/33/EU(改)』http://www.refworld.org/cgi-bin/texis/vtx/rwmain/opendocpdf. pdf?reldoc=y&docid=54899ebb4 (2018 年 10 月 12 日閲覧) 14 橋本「EU 諸国」36-37 頁.たとえば、スウェーデンは 2015 年 12 月にダブリン規則での規定に反する形で庇 護を求めてきた難民の入国を停止したが、その際に政府が問題視したのは、住宅供給などの受け入れ体制であっ た。久保山亮「ヨーロッパの難民受け入れと保護に関する現在的課題」駒井洋監修、人見泰弘編著『難民問題 と人権理念の危機』(明石書店、2017 年)154 頁. 15 インタビューでは、1 週間(J-D 氏)や 4 ∼ 6 週間(G 氏)、6 週間(C 氏)と、期間への言及に違いがあった。 16 その際、「何らかの複雑な事情がある庇護申請者(たとえば、病気の人、精神的な障害を負ってしまった人、 身寄りのない未成年者、何らかの犯罪を犯した可能性のある人など)」や「自分で宿泊施設を確保できる人や、 親戚や友人などに居住させてもらえるような人」が除外される。橋本「EU 諸国」37 頁. 17 内戦のシリアから家族と脱出したアイラン・クルディ君(3 歳)が地中海で溺死した事件 https://jp.wsj.com/ articles/SB12096842380967064583604581211692551093796(2018 年 10 月 14 日閲覧) 18 中東からの難民でも、東方キリスト教徒しか受け入れないホストファミリーもいるという(C 氏)。 19 2 月 6 日 14 時 50 分から実施された。 20 その言及が正しいことは、同団体の設立趣意書でも確認できる。https://bienvenusdansnosvillages.com/a-propos/ (2018 年 10 月 13 日閲覧) 21 基本滞在期間は 2 カ月ということであった。 22 2018 年 2 月 6 日 9 時 30 分から実施された。 23 後に調べたところ、ウェブではエックス西郊外に A.I.F. というモスクがあるが、実態は不明である。 24 https://www.lemonde.fr/societe/article/2017/02/02/une-mosquee-fermee-pour-menace-contre-la-securite-a-aix-en-provence_5073435_3224.html (2018 年 6 月 10 日閲覧) https://www.google.co.jp/search?biw=853&bih=439&ei=DY XBW8epL4Hd8QX2k6awAQ&q=dar+es+salam+Calendal+aix+en+provence+2018&oq=dar+es+salam+Calendal+aix+en+ provence+2018&gs_l=psy-ab.3...17276.18531.0.18890.5.5.0.0.0.0.111.474.3j2.5.0....0...1c.1.64.psy-ab..0.3.294...33i21k1.0 .IsVExGkpL84 (2018 年 10 月 13 日閲覧) 25 初期イスラーム時代の人々(サラフ)を理想と考え、その時代の社会を参考に現状を改革することを求める人々 のことをいう。 26 ウェイナーの論に関しては次を参照。マイロン・ウェイナー著・内藤嘉昭訳『移民と難民の国際政治学』(明 石書店、1999 年)265-274 頁。