不足と過剰
-日韓両国の初等教育機関における
ナショナリズム教育に関する国際比較社会学的な一考察
矢 ヶ崎
誠
治
Shortage and Excess
-An International Comparative Sociological Study
on Nationalism Education at Elementary Schools in Japan&Korea.
Seiji Yagasaki
日 次 始 めに 第1章 ナシ ョナ リズム教育 の位置 と比重 第 1節 ナシ ョナ リズム とナ シ ョナ リズム教育 第2節 教育 の基本法令 にお けるナ シ ョナ リズム教育 の位置 第3節 初等教育段 階の道徳教育 にお けるナ シ ョナ リズム関連項 目の比重 第2
章 ナ シ ョナ リズム教育 の不足 と過剰 第1
節 不足 を助長 した反戦平和主義 (日本) 第2節 過剰 を不可避 にした反共民族主義 (韓国) 第3章 曲が り角のナ シ ョナ リズム教育 第1節 及 び腰 の正常化 (日本) 第2節 な し崩 し的な柔軟化 (韓国) 終 わ りに 概 要 日本 の初等教育機 関 は道徳科 目の教育 内容項 目に含 まれ て い る 「愛 国心」、「郷 土 愛」、「人類愛」、「国際親善」 な どいわゆるナ シ ョナ リズム関連項 目に関す る教育 を遺 徳教育 としてはほ とん ど行 って来ず、いわ ば "不足" の状態 にあるo これ に対 して、 韓国の初等教育機 関 は非常 に "過剰 " に教 えて きたo ナ シ ョナ リズム教育 に関す る両 国の このギ ャップの深 さは両国の経 て来た現代史 の差 を反映 してい るが、相互理解 の140 清泉女学院短期大学研究紀要 (第16号) 始 め に 最 も近い隣国 ・韓国の初等学校 [小学校]の道徳科教科書 を手 にして何 よ りも驚かされ るのは、 1学年用か ら6学年用 に至 るほぼ全巻 にわたって、太極旗 [韓国国旗] について 学習す るページがあ り、国旗学習 を通 してナショナ リズム意識 を不断に確認 していること である。1我が国の場合 は特設 「遺徳」用副読本 には日の丸 に言及 しているページがほ とん ど無いだけに、180度異 なる日韓 のギャップの大 きさに圧倒 され るのである。ナシ ョナ リズ ム意識 を培 うナショナ リズム教育 に関 して、 日韓間に横 たわ るこの大 きなギャップの実態 を把握 し、その差 は何 に由来す るのか、今後 はどうなるのか等について、国際比較社会学 的な視点か ら考察 してみよう。 なお、 〔印の中は筆者 の注である。
第
1
章
ナ シ ョナ リズ ム教 育 の位 置 と比 重 第 1節 ナショナリズムとナショナリズム教育 "ナショナ リズム教育…とは読んで字の ごとく "ナシ ョナ リズム(
na
t
i
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nal
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s
m)
"を児童 生徒 に "教育"す ることである。 ところが、その "ナショナ リズム" とい う用語 は使用者 の国籍や視点 によって、"国民主義"、"国家主義"、"民族主義''な ど多様 な訳語が併存する 極 めて多義的であ り、そ うした多義性の由来や実態 をじっ くり比較分析すれば、それだけ で国際比較社会学 の独立 した論文 も十分 で きそ うな重要 な用語である。2 しか し筆者 には 残念 なが ら当面 その時間が無いため、本考察では、"ナシ ョナ リズム"をとりあえず "国民 主義" と "国家主義"を合体 させた "国民国家主義" と受 け止 める。"国家主義''は必要な 場合 には ``個"や "個人"の利害 を押 さえて "国"や "国家''の利害 を優先するが、その 優先 をあ くまで も "国民"が民主的手続 きに基づいて了解 した範囲 に限定す る場合 を "国 民国家主義" と解釈 したいのである。それ は戦前の 日本の超国家主義、 ドイツのナチズム、 イタ リアのファシズムな ど、"国民主義"の名 を必要な時だけ悪用 した国家至上主義 と一線 を画 したいか らに外な らない。従 って "ナショナ リズム教育" は、そうした "国民国家主 義" を教育するという意味 になる。 第2
節 教育の基本法規 におけるナシ ョナ リズム教育の位置 さて、そうしたナショナ リズム教育 は、一国の基本的な教育方針 を盛 り込んだ教育の基 本法規の中では、 どんな位置 を占めているのだろうか。 まず 日本の教育の基本法規 と言 えば 『教育基本法』と 『学校教育法』3だが、前者 は第1条 で 「平和的な国家および社会の形成者 として」の 「国民の育成」 を高 らかに謡 い上 げては いるが、現存 している国家である "日本"やその構成員である "日本国民" をどう見なす か、な どについては一切言明 していない。わずかに後者の第18条 (小学校の 目標)第 2項として 「郷土お よび国家の現状 と伝統 について、正 しい理解 に導 き、進んで国際協調 の精 神 を養 うこと」 と規定 している。「郷土お よび国家・・-・」 とあれ ば、「愛情や誇 りを持たせ --」 と続 くのが常識的だが、 この第2項 はあ くまで も "理解"の対象にしているだ けで ある。第三者的な "理解"だ けで、「平和的な国家お よび社会の形成者 として」の 「国民 の 育成」が可能 なのだろうか。 しか も、「正 しい理解」 とはどんな 「理解」 を意味す るのか、 「正 しい理解」がある以上、"正 しくない"「理解」 もあるはずだが、一体、いかなる 「理 解」な ら 「正 しい」のか。 そ うした点が何 も規定 されずに放置 されている。 これに対 して韓国の教育 の基本法規 は 『教育法』4-本 にまとまっている。 しか も、計7 項で構成 されている第2条 (教育方針)の第2項 で 「愛国愛族 の精神 を培 い国家の自主独 立 を維持発展す るようにさせ、ひいては人類平和建設 に寄与す るようにする」 と "愛国愛 族"っ まり自国 と自民族への愛情の培養 を高 らかに詣 い上 げている。 第3節 初等教育段階の道徳教育におけるナシ ョナ リズム関連項 目の比重 前節で示 した ように、 日韓間では、教育の基本法規 におけるナシ ョナ リズム教育の位置 付 けが異なっているが、では、そのナショナ リズム教育 を学校で具体的に実施す る場面で は、 どうであろうか。 学校教育でナシ ョナ リズム を取 り扱 うとなれば、や は り何 と言 って も遺徳教育の場 でで あろう。道徳教育では、その教育内容 を便宜上、何十種 の項 目に細分 して、内容項 目別 に 教育するのが通例 だが、本考察 は、その うち、上記 "国民国家主義" に関連する と目され る諸項 目
(
「愛国心」 を中心 にして、「郷土愛」、「人類愛」、「国際理解 ・親善」な どの項 目) を 「ナショナ リズム関連項 目」 と呼んで主要な考察対象 としたい。 (1) 日本 の場合 ただ、 日本 の小学校の場合 は、道徳 は通常の "教科" にはな じまない、 とい う考 え方か ら、各 "教科" とは別格の扱いをしてお り、①特設 「道徳」②特別活動(診各教科- を通 して多角的包括的に教 えることになっている。 また文部省 は学習指導要領 に基づ く指導書 の中で、小学校が6年間に教 えねばな らない道徳 の内容項 目に関 して細かい指示 を与 えて いるが、"教科"ではないために教科書 というものは存在せず、各学校 は代わ りに文部省作 成の指導資料や民間の教科書会社作成の副読本 を使用 している。 さて、 日本 の学習指導要領 は過去6回改定 されたが、特設 「遺徳」が新設 された第3次 改定 (1958年)以来、教 えるべ き道徳 の内容項 目はほ とん ど変わっていない。 また、 その 内容項 目全体 に占める上記ナショナ リズム関連項 目の割合 を調べてみて も表1
の ように過 去3回 とも全項 目の10%に達 していない。 そ して、現行の第 6次学習指導要領 (1989年)で は "道徳教育全体 にかかわ る目標"の 中に "主体性 のある日本人 の育成"を含 め、"主体性 のある"とい う修飾語付 きなが ら初 め て正面か ら "日本人''意識 の培養が強調 され、5道徳 の内容項 目 (のベ5
4
項 目)は表2
の よ うに4つの視点 (領域) に分類 された。142 清泉女学院短期大学研究紀要(第 16号) 表 1 日本の小学校道徳の内容項 目におけるナシ ョナ リズム関連項 目の比率 *第 3次学習指導要領 (1958年)36項 目 (4区分)中の 2項 目 *第 4次学習指導要領 (1968年)32項 目中の 2項 目 *第 5次学習指導要領 (1977年)28項 目中の 2項 目 表2 第6次学習指導要領における道徳の内容項 目の視点別分類 *第 1視点 (延べ15項 目)-主 として自分自身に関すること *第 2視点 (延べ13項 目)-主 として他の人 とのかかわ りに関すること *第 3視点 (延べ 9項 目)-主 として自然や崇高な もの とのかかわ りに関すること *第 4視点 (延べ17項 目)-主 として集団や社会 とのかかわ りに関すること 計 (延べ54項 目) しか し、第 4視点 に属 す る内容項 目の大半 は表 3の通 り、公民生活一般 に関す る項 目ば か りで あ り、 日本人意識 の培養 に不可欠 なナ シ ョナ リズム関連項 目は①郷土愛② 愛 国心③ 郷土愛 ・愛国心④ 国際理解 ・親善 の4項 目にす ぎない。従 って、全 内容項 目に占め る割合 は7.4%と、 いぜ ん として10% に達 していない。 表3 第4視点の内容項 目の詳細 ※下線付 きがナシ ョナ リズム関連項 目 (ナショナ リズム関連項 目の比率) 第 4視点の内容項 目の詳細 *低学年 (延べ14項 目の00.0%) - (1)社会規範、(2)家族愛、(3)愛校心 *中学年 (延べ18項 目の11.1%.) - (1)社会規範、(2)勤労、(3)家族愛、(4)愛校心、(5)些土塁、(6)壁 LFIJ心 *高学年 (延べ22項 目の09.1%) - (1)社会的役割 と責任、(2)権利 ・義務、公徳心、規則の尊重、 (3)公正 ・公平 ・正義、(4)勤労 ・社会奉仕 ・公共心、(5)家族 愛、(6)愛校心、(7)郷土愛 ・愛国心、(8)国際理解 ・親善 *全学年 (延べ54項 目の07.4%) (2) 韓 国の場 合 これ に対 して、韓 国で は遺徳科 を独立 した-教科 とみな し他教科 同様 に国定教科書 によ る教育 を行 って来 た。 ナ シ ョナ リズム関連項 目は時代 によって、 その領域名 こそ 「反共 ・ 抗 日精神」か ら 「国家 ・民族生活 」へ変わ って きたが、全項 目に占め る比重 は表4が示す 通 り、常 に20%以 上 を維持 して きた。韓 国で はナ シ ョナ リズム教育 が常 に重視 され て きた ことを物語 ってい る。
表4 韓国の初等学校道徳科の内容項 目に占めるナシ ョナ リズム関連項 目の比重 *第1次教育課程 (1955年) 「反共 .抗 日精神」領域項 目 ....---.全項 目(不明)の約20.00% *第2次教育課程 (1963年) 「国家生活」領域項 目(計14) ---全項 目(57)の24,56% *第3次教育課程 (1973年) 「国家生活
」
「反共生活」領域項 目(計11) .-全項 目(42)の26.19% *第4次教育課程 (1981年) 「国の発展」
「反共生活」領域項 目(計 6) -.全項 目(21)の28.57% *第5次教育課程 (1987年)「
D」「
E
」領域項 目(計 8)---- ---全項 目(26)の30.77%第
2
章
ナショナ リズム教育の不足 と過剰
第1節 不足 を助長 した反戦平和主義 (日本) 日本 の小 中学校 で は戦後 ほぼ40年間、反戦平和主義 が最高の価値 とみなされて きた。 し たが って遺徳教材 として も人気が高か ったの はいわ ゆる "反戦平和教材"だ った。 そ うし た教材 の代表格 とされてい る、 『お こりじぞ う』 の末尾 は以下 の ような内容 である。 《[略]なん 日も、 なん 日 もす ぎていって、広島の町の焼 け野原 には、い きの こった人 たちが、 ひ とり、 またひ とり、 とか えって きました。 その人 たちは、焼 けあ とをかたづ けました。家 も新 し く、建 てはじめ ました。 広島の町 を、 もういち どつ くりだ したのです。 砂 にうず もれていた石 じぞ うの どうたい も、だれかがだ き起 こして くれ ました。 それ で石 じぞ うは、 くびか ら上がない ままで、 じっ と立 ってい ました。 ある日、 ひ とりのお じい さんが、 とうりかか りました。 お じいさんは、 くびか ら上 のない石 じぞ うをみる と、か けよって きて 「お う、お う、お まえは。」 と、 ごつ ごつの手で石 じぞ うの どうたいをだ さました。 「せんそ うしらずの石 じぞ うも、 とうとう。
」
そ ういって また、「お う、 お う。」 と泣 きました。 「それ に して も、 あた まな しじゃあの う。」 お じい さんはひ とりご とをいって、そのあた りを うろうろ と歩 きました。石 じぞ うの あた まにち ょうどいい石 をみつ けるためです。 やがてお じいさんは、 まるっこい石 をみつ けました。 まるい石 には、三 つの くぼみ ま であ りました。 ち ょうど目 と口にみ えます。 石 じぞ うの どうたいにのせてみる と、大 きさ、すわ りぐあい も、ぴ った りです。 「これで よし、 これで よし。」144 清泉女学院短期大学研究紀 要(第16号 ) お じいさんは、 まんぞ くそ うに うなず きました。 そ して、 「ばあさん も、むす こらも、ぜんぶや られて しもうた よ。の こったの はわ しひ とりじゃ。」 と、石 じぞ うの まるい石 の顔 につぶや きました。 お じいさんは、 しょぼ しょぼ 目をかっ とひ らき、口をぎゅっ とむすんで、仁王 さんの ようなお こり顔 にな りました。 そ して、 じっ と石 じぞ うをみつめてい ましたが、 その ま まとぽ とぽ といって しまい ました。 石 じぞ うはそれか らとい うもの、 どうたいに石 のあた まをの っけて、 くる日も、 くる 日も立 ってい ました。 また夏が きて、太陽が広島の町 をすみずみ まで、て らしました。 焼 けあ とに建 て られた、家 いえのガラス窓 も、石 じぞ うもまぶ し くひか りました。 人 び とがいそが しそ うに、石 じぞ うのそばを とお りす ぎてい きます。 ある日、 とお りがか りのひ とりがいい ました。 「あれ、 この石 じぞ うは。」 もうひ とりもいい ました。 「なん と、お こったかお じゃ。」 石 じぞ うははん とに、 いつの まにかお こった顔 になってい ました。 まるい石のふたつの くぼみは、 ぐっ とに らんだ 目だ まにみ えます。 もうひ とつの くぼ みは、 ぎゅっ とむすんだ口その ままです。 そ こでひ とび とは、石 じぞ うの ことを、 「お こりじぞ う」 と、 よぶ ようにな りました。 い まも、広島の町のあ る横町 に、お こりじぞ うはお こった顔 で、じっ と立 ってい ます。≫6 この教材 は、原爆 に対 す る怒 りをス ローガ ン的 にではな くT)アル な説得力 を もって生 き 生 きと伝 える点で は優れた児童戦争文学 と言 えるか もしれ ない。 しか し、大 きな戦争 の中 の部分的な悲劇 を被害者 の側か ら一方的 に描 くだ けでは、 そ うした悲劇 をもた らした必要 悪的な国家の重 さな どは到底、理解 で きない。 それ と言 うの も、 日本 は戦前体験 か ら生 じ た国家主義ア レル ギー と戦後体験 か ら生 じた "一 国平和主義"中毒 に災 いされて、お よそ "ナシ ョナルな もの (国家や民族)"全 て、従 って "ナ シ ョナ リズム"一般 も悪玉 として扱 われて きた。 その結果、小 中学校 において もナシ ョナ リズム関連項 目は、特設 「道徳」の 中で も他教科 の中で も敬遠 され、 ほ とん ど教 えられず にきたのだ った0 第2節 過剰 を不可避 に した反共民族主義 (韓国) これ に対 して、韓国のナ シ ョナ リズム教育 はまさし く …過剰''だ った。 そ して、 その最 大 の特徴 は
、1
9
9
0
年代 に入 るまで約4
0
年間、良かれ悪 しかれ、反共教育 を柱 に行 われて きた とい う厳然 た る事 実であ る。 1950年 6月25日に突然、北朝鮮 の奇襲 を受 けて危 う く全土 を赤化 されか けた朝鮮戦争 とい う重 い体験 を もつ韓 国が、北朝鮮 をは じめ とす る共産 主義 に敵対 し、 その反共姿勢 を ``過剰 "に強 め るの は至極 当然 の こ とで あ り、"過剰 "にな らな い とした ら、 む しろおか しいので はあ る まいか。表5が示す よ うに、韓 国で は教育課程全 体 が いか に改定 されて も、遺徳教育 にお けるナ シ ョナ リズム関連項 目 と言 えばほ とん ど反 共項 目だ った。 1970年代 には "反共 5項 目"7 とい う用語 す ら存在 したので あ る。 表5 韓国の道徳科の内容項 目におけるナシ ョナ リズム関連項 目一覧 (項 目名 に冠 した数字は全項 目の通 し番号) *第1次教育課程 (1955年)におけるナショナ リズム関連項 目 反共 ・抗 日精神- 詳細不明 *第 2次教育課程 (1963年)におけるナショナ リズム関連項 目(14) 国家生活- 44、国旗礼節、45、国慶 日行事、46、国家愛・民族愛、47、報勲奉仕、48、国 土防衛、49、愛国 ・先烈、50、6・25戦争、51、共産党警戒、52、北韓住民、 53、戦略戦術、54、精神武装、55、共産党独裁、56、伝統文化、57、国家発展 協力 *第 3次教育課程 (1973年)におけるナショナ リズム関連項 目(計11) 国家生活- 32、国家意識呼吹、33、国民衿持・民族 自覚、34、先烈 と国軍 に感謝、35、国 家発展協助、36、美風良俗の継承 ・発展、37、人類愛 と世界平和 反共生活- 38、共産党の蛮行に対する敵憶も心、39、北緯の惨状、40、共産侵略の警戒・粉 砕、41、共産圏分裂 と自由友邦の結束、42、反共統一の信念確立 *第 4次教育課程 (1981年)におけるナショナ リズム関連項 目(計 6) 国の発展 (国家生活)- 16、国民精神、17、国家発展、18、人類共栄 反共生活 (平和統一)- 19、北韓住民、20、侵略警戒、21、統一意志 *第5次教育課程 (1987年)におけるナショナ リズム関連項 目(計 8) D(国家生活)- 19、国家愛、20、国家発展協力、21、民族愛、22、国際友好 E(統一 ・安保生活)一 23、分断認識、24、北韓現実、25、国防安保、26、統一 *第 6次教育課程 (1992年)におけるナショナ リズム関連項 目(5) 国家 ・民族生活- 16、国家愛、17、民族愛、18、統一、19、国際友好、20、人類愛 とくに1968年 に当時 の故朴正 殿大統領 が 「反共民 主精神 に透徹」した 『国民教育憲章』8 を 宣布 してか ら1979年 に同大統領 が暗殺 され る までの約 10年間 は反共教育 が最 高潮 に高 まっ た時期 だ った。同憲章 は全文ハ ングル文字 で393文字 か ら成 ってお り格調 高 い文章 とな って い る。道徳 の教科書 (高学年用)の扉 に大 き く掲 げ られ、道徳 の授業 で児童生徒 に暗唱 させ た り同憲章 の精神 を発揚 す る模範的活動 を した人物 を表彰 した り大 々的 にキ ャンペ ー ンを 行 った点 や総字数 な どが 日本 の戦 前 の教 育勅 語 (315字 )に似 ていた た め、野 党 勢力 か らは
146 清泉女学院短期大学研究紀要 (第16号) "親 日派が作 った韓国版教育勅語" との悪 口 も流れたほ ど。 それ は ともか く、 こうした反共教育 の昂揚期 には反共教材 は枚挙 に暇が無 いほ ど存在 し たが、 ここで は第6学年第2学期 の遺徳教科書 に載 っていた典型的 な反共教材 を一 つだけ 紹介 しよう。1968年11月か ら12月 にか けて、東海 [日本海]岸の蔚珍 (慶 尚北道)、三陸 (江 原道)両地区の海岸か ら120人 を越 える北朝鮮 の共匪 [共産党武装 ゲ リラ]が2組 に分 かれ て浸透 したが、9反共意識 に燃 えた漁 山村民たち と軍警隊 との連携 に よって撲滅 された。以 下 に紹介す る実話記録 は、 その撲滅作戦 の過程 で起 こった勇敢 な児童の抵抗物語 を題材 に した もので、「共産党 の蛮行 に対 す る敵慢心」を植 え付 けるのがね らいだった。題 して 『僕 たちは共産党が嫌 いです』。 《[略]中庭 に出て行 った共匪 は鶏 を捕 まえて来 て、裏の板敷 き間 に出て行 った共 匪は トウモロコシ袋 を もって来 ました。 共 匪 どもは、 この ような中で も共産党 の宣伝文句 を並べ立 て ました。 嘘宣伝 である ことを知 る承福 が我慢 で きず に 「僕 たちは共産党が嫌 いです !
」
と叫び ました。 「なんだ と?こいつ--」 「てめえの口癖 を直 してや ろ う」 と言 ったか と思 うと、共 匪 どもは承福君 を外へ引 きず り出 しました0 「もしもし、子供風情が しゃべ った言葉 なのに、なぜ、そんな ことを?」
と、母親が前 に立 ち塞が る と、側 に立 っていた共匪の一人が銃 の台尻 の金属板 を母親 の 肩 に無慈悲 に打 ち降 ろ しました。 母親 はその場所でその まま、 ばった り倒 れて しまい ました。 「母 さん !母 さんを叩かないで !」
子供 たちは一斉 に共匪 どもの腰 にすが りつ きました。 しか し、共 匪 どもに人情 がある訳 はあ りませ ん。彼 らは家族全部 を外へ引 き出 して、 帯剣 を引 き抜 き、子供たちをめった刺 し始 め ました。 また、共匪 どもは2本 の指で承福 の口を引 き裂 いた後、小石でたた きのめ し、再 び帯剣 で刺 す とい う、 とて も目を開いて見 ることはで きない凶悪 な振 る舞 いを しでか しました。 鋭 い悲鳴 に目を開 けた母親 は 「子供 たちに何 の罪がある と--・」 と言 い、有 りった けの力 を出 して共匪 どもの腕 に足 をばたばた させ なが らぶ らさが り哀 願 しました。 帯剣 を振 り回 した共匪 どもは今度 は、愛児たちを助 けてほ しい と哀願 す る母親 の胸 を 無慈悲 に刺 し倒 しました。 この ように一家族 を残 らず殺 し終 わった共匪 どもは、死体 を集 めて置 いて トウモ ロコシの束で覆 い隠 しました。 [略
]
≫
10
江原道平 昌郡 の山村 に住んでいた李承福君 (当時、小学校2年生)一家が父親 と末弟 を除 き家族全員、虐殺 された経緯が非常 に リアルに描かれてお り、あ まりの生々 しさに、「敵慢 心惹起」 よりも 「恐怖心増加」の万に効果 をうむのではないか、 と案 じられたほどだ。 し か し、共産武装ゲ リラへの協力者 な どに厳罰 を科すために 『国家保安法』だけでな く 『反 共法』11とい う、その名前 もずば り反共主義 を貫 くための法律が1961年か ら80年 まで足掛 け20年間 も実在 した反共国家な らではの現実の厳 しさに目を閉 ざすわけには行かない。第
3
章
曲が り角のナショナ リズム教育
第 1節 及び腰の正常化 (日本) 前章第 1節で述べた ように、 日本 は戦後40年間以上、"反戦平和主義"が主流 をな しナシ ョナ リズムが悪玉視 された結果、愛国心 も自国に対す る誇 りも失い、世界か ら失笑 を買 っ て きた。 しか し、 ソ連崩壊や湾岸戦争 な ど国際政治の激変 に前後 して、せめて愛国心 と自 国に対す る誇 りはもてる "普通 の国" になるべ きだ とい う世論変化 もあって、 ようや く、 "主体性のある日本人の育成"やナシ ョナ リズム教育 にも日が当た り始 めた。 ただ、それに取 り組 む姿勢 は極 めて及び腰 であ り、文部省 の担当官が編集責任者 になっ ている事実上 の指導書 シ リーズ『小学校道徳 内容項 目の研究 と実践』は、その第18巻全頁12 をナショナ リズム関連項 目に折角割 り当てなが ら、副題 を 『郷土や世界の人々 を愛す る』
と、肝心の "日本国"や "日本人"に対する愛情 を飛び越 えて、"郷土愛"か ら一気 に "人 類愛" に飛躍す るとい う極 めて不 自然な表現 になっている。 そ して、いまだに "偏狭 な愛 国心"を恐れ るだけで、"偏狭"ではない、 まともな愛国心が存在 し得 ることには、ついに 言及せぬ ままである。 その結果、"主体性のある日本人の育成"を行 うのに不可欠なはずの "日の丸 ・君が代" を正面か ら扱 う教材 は遺徳の教材 としてはどこにも見当た らないので ある。 まして、教員たちの間に今 なお反戦平和傾向が根強 く残 る長野市が採用 している道徳副 読本では、"日の丸 はスポーツの国際大会の時 にだけ使 えばよい"と言わんばか りに、下記 の読み物 「日本語 を知 らない 日本人」を使 い続 けてお り、"主体性 のある日本人の育成"に は程遠 い と言 えよう。 《[略]ぼ くが、 メキシコではテニス王 といわれたキンゼイ と、いよいよ試合 をす る日 の ことさ。 テニスコー トには、 日本 とメキシコの国旗がひるが えっていて、 きょうの 決戦 をものがたっていた。スタン ドには、 もう始 まる前か ら見物人がつめか けていっぱ いでね。 このセ ン トルイスの町に、 日の丸の旗がひるが えるなんて、めったにない ことなんだ148 清泉女学院短期大学研究紀要 (第16号) か ら、みんながめず らしが るの も無理 はない。 この町 に住 んでい る日本人がだれ もかれ もみな応 えんにや って きたの は当た りまえだ。 [略] 身 な りこそ、みすぼ らしいが、気持 ちが しゃん としていて、 目がか しこそ うで、なん だか 日本人 らしい顔 つ きに見 えるんだ。 そ こでい きな り、 「君 は日本人 かい
?」
とたずねてみ ると、少年たちは、 うれ しそ うに して、 「イエスサー (はいそ うです)。」 「や っぱ りそ うだったのか。君たちは、 日本語 を知 って るのかい?」
「ノーサー (いい え、知 りません)。」 「どこで生 まれたの?」
「この町、セ ン トルイスです。
」 [略] ぼ くは、 日本 も知 らず、 日本語 も話せない このふた りの少年が、遠 い、遠 い母 国の選 手 のために勝 ちをいのって るの を知 って、 どんなに気強 く、 うれ しかったか しれ ない。 た とえ世界 の どんなすみに育 っていて も、 日本人 は、 日本 の国 を愛 している、 その真心 にひ どくうたれたね。 [略]
≫
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日本では現行 の第6次指導要領 が発効 した段階 で、 その "主体性 を もった 日本人"育成 のためな ら誰への気兼ね もな くナ シ ョナ リズム教育 の正常化 に堂 々 と取 り組 んで よいはず だが、残念 なが ら、文部省関係者 す らまだ及 び腰 で恐 る恐 る正常化 の方向 を模索 している のが現状 の ようだ。 第2節 な し崩 し的な柔軟化 (韓国) 一方、韓国で は、前章第2節 で紹介 した李承福一家惨殺事件 は小学生 自身が被害 を受 け た衝撃的な実話 だ けに現在 で も一応取 り上 げ られ てい るが (5学年 2学期用 の教科書 の第1
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章「統一 に向か って」14)、現在、記念館が建 て られている李承福 の生家付近 の山中 をハイ キ ングす る-児童 とその伯父 との会話 とい う設定 に し、以下 の ように、 さらりと触 れた後、 話題 を平和統一論へ移 して しまっている。 その結果、 この事件が いか に血 な ま ぐさ く残酷 な事件 だったか は全 く伝 わ らず、「共産党 の蛮行 に対 す る敵慢心」を植 え付 ける教材 とい う 当初 の役割 は完全 に失われている。 《[略]もう少 し進 んでか ら休 もうとして下 を見た ところ、良 く整理 された田 と畑、 そ して村 の様子が美 しく清潔で した。 「伯父様、 あそ こに李承福記念館が見 えますね」 「うむ、その隣の銅像 も見 えるな。私が初等学校 に通 っていた時 の話 だか ら、既 に30 年近 くになるな。同 じ民族 として幼 い生徒 までが--・。」 伯父様 は過 ぎた事 を考 えなが ら話 を聞かせて くだ さい ました。「1968年、承福が2学年 の時の ことさO 当時、蔚珍 ・三陸地 区に浸透 した北韓 の武装 共匪 どもが承福 の家族 を殺害 したのだ。今 は この土地 にその ような悲劇 は無 さそ うにな ったが-・・・。」 伯父様 は目の前 に見 える美 しい景色 を見 て言葉 を繋がれ ました。 「正字や、 あの平和 な山河 を見 ろ。限 りな く貴重 な ものだ ろ う。 この ような平和 を守 るために多 くの人々が夜遅 くまで努力 している事 を知 らね ばな らない」 「どうすれば平和 を守れ るのですか ?
」
「良い質問だ。平和 を守 ろ うとすれば、力が必要で はないか。力 は軍隊 と武器 か らの み生 じるので はない。各人が与 えられた仕事 に最善 を尽 くし、互 いに信頼 し、一つ にな る時 に本 当の力が生 じるのだそ うだ」 「6・25[朝鮮]戦争 も私 たちが力が無 かったために起 こった ことですか?」
「そ うだ よ。力があった ら日本 に国 を奪われた りしなか った し、 6・25の ような戦争 も起 きなか った。同 じ民族 同士の戦争が この土地 で また起 こってはな らない」 「で は、統一 は どうすれ ば成 し遂 げ られ るのですか?」
「我々が もっ と発展 し力が強 くな り北韓 の人々 を兄弟 の ように助 けてあげ庇 ってあげ る時 に、統一 は成 し遂 げ られ るよ。わが民族 の統一 を戦争 を通 して成 し遂 げるの はい け ない」 [略]
≫
これが、前章第2節で紹介 した 『僕 たちは共産党が嫌 いです』 と同 じ国で同 じテーマ を 扱 った約2
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年後 の道徳教科書 とは信 じに くいほ ど穏 やかなタ ッチに変わ ってい るが、 なぜ 反共主義 は衰 えたのか。 最大の理 由は韓国の生活 レベルが向上 した ことであろ う。"金持 ち喧嘩せず"と言われ る ように、人 は経済的 にゆ とりが出て くれば くるほ ど、非 闘争的 にな るのが一般的傾 向であ る。開発途上 国 は一般 に開発独裁 とい う抑圧 と引 き換 えに経済発展 を獲得 して きた。韓国 の場合 は、 その典型 ともい うべ きで、1960-70年代 の故朴大統領 による反共主義 を軸 とし た開発独裁 のお陰で急速 な経済発展 を達成 した結果、一気 に自信 をつ け、共産主義や北朝 鮮 に対 して も憎悪 よ り理解、敵対 よ り和解 の態度 を とるようになった0 また、故朴大統領 は青春期 に受 けた 日本 の軍国主義教育 の影響 で "なせ ばなる" の強引 な精神主義 や泥臭 い民族主義 で も有名 だったが、生活 レベルの向上 は韓国内部 に、 そ うし た傾 向か ら距離 を置 く風潮 を生 んだ。 た しか に冷戦 の崩壊 とい う世界情勢 自体 の激変 は既成 の価値観 に大 きなシ ョックを与 え、 いつ まで も冷戦時代 の意識 に囚われていては、時代遅れ にな りかねない。また、"気 を抜 い た ら、 また、 いつ侵略 され るか分か らない" と長年、脅威 を感 じて来た北朝鮮側 に食糧危 機や幹部層 の亡命事件 な どイメー ジダウンが続 き、"北朝鮮恐 れ るに足 らず"とい う楽観 ム ー ドが広が った ことも事実で ある。 しか し、安易 な脱反共主義やな し崩 し的 な対北柔軟化 は危険 を伴 う。開発独裁 による抑150 清泉女学院短期大学研究紀要 (第16号) 圧への反動 として、急進派学生た ちの間で は、反共主義 の否定、民主主義の称賛 ばか りか 容共主義 [金 日成 のいわゆる主体 思想への支持] までが生 まれた。過去 をきちん と精算 し ない まま新 しい流れ に乗れ ば
、
順風 の時 は ともか く、逆風 の時 には再 び無原則的 に冷戦思 考 に戻 りかねない。 その意味 で、反共時代 を象徴 したあの 『国民教育憲章』の暗唱運動や 推進叙勲式が9
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年 を最後 に、 ほ とん どマス コ ミの話題 に もな らない まま、 いつの間 にか姿 を消 したのは気 になる。 68年 に共産武装ゲ リラの上陸で大騒 ぎになった東海岸 の江原道 で は、96年秋 に も武装ゲ リラたちを乗せた北朝鮮潜水艦 の座礁事件 をきっか けに、 また また51日間 にわた って大が か りな捕 り物作戦が展開 され、北朝鮮側 に死者 (自殺 と射殺)24人、逮捕、逃走各1人が出 たばか りでな く韓 国側 に も死者 (軍、民合計)が15人 も出たのであ る。反省や教訓 を くみ取 るけじめの場 をきちん と作 らず に安易 に過去 を洗 い流す "な し崩 し的 な柔軟化"が北朝鮮 に対 す る致命的 な油断 を生 まなければ良いが--0終 わ りに
以上、初等教育段階でのナ シ ョナ リズム教育 の 日韓両 国 にお ける過去 と現在及 びその問 題点 を大 まか に考察 してみた。結論 的 に言 えそ うなのは、ナシ ョナ リズム教育 に関 しては、 日韓両国 は対角線上 を接近 し始 めているが、 日本 は悠長過 ぎ、韓 国 はせ っかち過 ぎ、がそ れぞれ 目立つ、とい うことであ る。こうした過渡期 の今 日こそ、あの『期待 され る人間像』15 が3
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年前 に "期待" した下記 の ようなナ シ ョナ リズム を最 も健全 なナ シ ョナ リズム として 再照明すべ きで はあるまいか。 《[略]今 日世界 において、国家 を構成せず国家 に所属 しない個人 もな く、民族 もない。 国家 は世界 において最 も有機的であ り、強力な集 団である。個人 の幸福 も安全 も国家 によ る ところが きわめて大 きい。世界人類 の発展 に寄与 す る道 も国家 を通 じて開かれてい るの が普通である。国家 を正 し く愛す ることが国家 に対 す る忠誠 である。正 しい愛国心 は人類 愛 に通ず る。真 の愛国心 とは自国の価値 をいっそ う高 めようとす る心が けであ り、 その努 力 である。 自国の存在 に無関心であ り、 その価値 の向上 に努 めず、 ましてその価値 を無視 しようとす ることは、 自国 を憎 む ことともな ろう。われわれ は正 しい愛 国心 をもたなけれ ばな らない。 [略]
≫
◇
最後 に、 この考察で対 象 とした韓国の遺徳教育 の貴重 な資料 の一部 を快 く提供 して下 さ った ソウル教育大学 の柳柄烈教授、資料収集活動 を助 けて下 さった漢陽女子専門大学 の金 容安教授 のお力添 な しには、 この考察 自体が存在 しえなか った ことを明記 して謝辞 に替 え た い。脚 注 1、韓国の初等学校 (小学校)の遺徳科教科書 には、表紙 と中表紙 の間 に下図の ような太極旗 (国 旗)のイラス トと 「国旗 に対 す る誓詞」とを組 み合わせたペ ー ジがあ る。誓詞 は 「私 は誇 らしい 太極旗の前で祖 国 と民族 の無窮 の栄光のために体 と心 を捧 げ忠誠 を尽 くす ことを強 く確約 しま す」 となっている。 これ に対 して 日本 の小学校段階では教育課程 は過去6回改定 されたが、今回初 めて、その『特 別活動編』に 《入学式や卒業式 な どの儀式 な どにおいて は、 日本人 としての自覚 を養 い、国 を愛 す る心 を育 て る とともに、すべての国の国旗及び国歌 に対 し等 し く敬意 を表す る態度 を育 て る 観点か ら、国旗 を掲揚 し国歌 を斉唱す ることを明確 に した≫と言 う規定が含 まれた。 しか し、 こ の規定 に基づ く文部省 の指導要領 は韓国の ように "遺徳科 の学習内容 としで '真 っ正面か ら扱わ れ るのではな くて、"特別活動 の学習内容 として"ぉ よび "小学校4学年社会科の学習 内容 とし て" とい う積 め手か らの扱われかたをしている。 2、「ナシ ョナ リズム」 とい う用語 は、韓 国で最 も権威 があ る とされてい る李緊昇 『国語大辞典
』
第3版 (1994、民衆書館)には 《国家主義、国民主義、民族 主義、国粋主義 な ど多 くのニ ュア ン スがあ り、大抵、国家 ・民族 の統一発展 を強調す る主義 また は運動≫ とい う短 い解説文 しか な い 。 ところが、同 じ辞書 は 「民族主義」とい う見 出 し語 の解説文 となる と 《民族 の独立 と自立 お よ び統一 を第一義的 に重視 す る主義。19世紀初 めか ら国家形成 の重要 な原理 とな り、分裂 している 民族の政治的統一 を目標 とす る形態 と外国の支配か らの解放 ・独立 を目標 とす る形態 に大別 さ れ る。民族至上主義。 *国民主義≫とやや詳 し く、1910-45年 の足掛 け36年間、 日本 の植民地 と なっていた韓国な らで はの解説文 になってい る。 従 って、韓国では "ナシ ョナ リズム教育"とい う用語 も "民族主義教育"と置 き換 えね ば理解 され に くいのだが、 日本で …民族主義教育"と言 うと、在 日韓 国人 ら少数民族 が 自民族 の子女 に 対 して行 っている教育 とい う限定 された意味 に しか受 け取 られない。152 清泉女学院短期大学研究紀要(第16号) そこで、筆者 は "ナショナ リズム''という原語 をその まま生か して "ナショナ リズム教育"と いう用語 を使用することにした。 この用語な らば、 まだ十分 に定着 していないか もしれ ないが、 少な くとも民族的な価値観か らは自由で客観的に使用で きよう。 3、『六法全書』 (1997年、有斐閣) 4、『大法典』(1997年、 ソウル、法典出版社) 5、文部省 『小学校指導書 (道徳編)』 (1989年6月、大蔵省印刷局)P,6- 7 6、山口勇子 『お こりじぞう』 (部落問題研究所編 『文学読本 「新 ・は ぐるま」』1983年6月、社団 法人部落問題研究所) 7、矢 ヶ崎誠治 「初等教育の反共教材か ら」 (『朝鮮研究』1979年1月、 日本朝鮮研究所、P.26) 8、『国民教育憲章』の全文 は以下の通 りで、第3段落の書 き出 しに 「反共民主精神 に透徹 した」 がある。 《吾等は民族中興の歴史的使命 を帯びて この他 に生 を享 けた。祖先の輝か しい精神 を今 日に生 か し、内に自主独立の姿勢 を確立 し、外 に人類の繁栄 に貢献 する時である。ここに、吾等が進む べ き道 を明 らかにし教育の指針 とす る。 誠実な心 と頑健 な身体で、学問 と技術 を学び自己の もの とな し、各 自もって生 まれた素質 を啓 発 し、吾等の置かれた立場 を躍進の足場 となし、創造の力 と開拓 の精神 を培 う。公益 と秩序 を重 ん じ能率 と実質 を尚び、敬愛 と信義 に根 ざした相扶相助の伝統 を継承 し、明朗で思いや りのある 協同精神 を培 う。吾等の創意 と協力 によって国が発展 し、国の隆盛が 自己の発展の基であること をわ きまえて、自由 と権利 に伴 う責任 と義務 を全 うし、進 んで国家建設 に参画 し奉仕する国民精 神 を昂揚 させ る。 反共民主精神 に透徹 した愛国 と愛族が吾等の生 きる途であ り、 自由世界の理想 を実現す る基 盤である.永 く子孫 に伝 えるべ き栄光の統一祖国の明 日を確信 し、信念 と狩持 をもった勤勉 な国 民 として、民族の叡知 を集め、たゆまぬ努力 によって、新歴史 を創造 しよう。 1968年12月5日 (奥野弘氏翻訳)≫ 奥野弘 『カヌンマ リコワヤ』 より 9、1968年 という年 は北朝鮮が韓国 に対 して武力解放戦術 をとった年であ り、年初 に青瓦台 [大統 領官邸]襲撃、米海軍艦艇 プェプロ号泣致な ど一触即発の危険な事件が相次いだ。 10、『国定教科書 ・道徳6- 2』(1973年)P.64-72 11、『反共法』は 『国家保安法 (1960年6月に公布 され現在 も継続)』が取締 の対象 とする反国家団 体の うち 「共産系列の路線 に従い活動する団体 [北朝鮮の労働党や韓国内の親北朝鮮 グループな どを指す]」にしぼって取 り締 まることを目標 として1961年7月に公布 され1980年12月に廃止 さ れた法律。第1条 (目的)にはっきりと 「国家再建課業の第一 目標である反共体制 [アンダーラ インは筆者]を強化すること」 と明記 していた。 12、押谷 由夫 ・立石善男 『小学校道徳 内容項 目の研究 と実践 ・第18巻 「郷土や世界の人々を愛す る」』(1991年11月、明治図書) 13、信濃教育会 『わた したちの遺 6』P.27-30 14、『国定教科書 ・道徳5- 2』 (1996年、 ソウル、国定教科書株式会社)P.151-154 15、中央教育審議会第19特別委員会 『期待 され る人間像』P.36 参考文献 [日本語文献] 文部省 『小学校指導書 (遺徳編)』(1989、 6、大蔵省印刷局) 瀬戸真 ・押谷由夫編 『道徳の解説 と展開』 (1989、 7、教育開発研究所) 押谷由夫・立石善男編 『小学校遺徳 内容項 目の研究 と実践 ・第18巻 「郷土や世界の人々 を愛す る」』
(1991年11月、明治図書) 下村哲夫編 『平成 9年度教育法規便覧』 (1996年 7月、学陽書房) 文部省編 『小学校道徳指導方法の事例 と研究』 (1961年11月、光風出版) 文部省編 『小学校 道徳の指導資料 とその利用 1- 4』 (1976-81年、大蔵省印刷局) 文部省編 『小学校 読み物資料 とその利用』 (1994年 9月、大蔵省印刷局) 信濃教育会編 『わた したちの道 1- 6』 (1990年∼、信濃教育会出版部) 部落問題研究所編 『文学読本 「新 ・はぐるま」』 (1983、 6、部落問題研究所) 遠藤五郎 ほか編 『道徳の時間のための資料選集 (小学校)』 (1967年、第一法規) 清水幾太郎 『愛国心』 (1950年 3月、岩波新書) 日本文化連合会編 『愛国心 について』 (1961年 9月、 日本文化連合会) 新井恒易編 『愛国心 と教育』 (1958年 1月、三一新書) 原富男 『世界各国の教科書 にあ らわれた愛国心』 (1972年 9月、有信堂) エイデル研究所編 『日の丸 ・君が代 と新学習指導要領』 (1990年 3月、エイデル研究所) 歴史教育者協議会編 『子 どもと学ぶ 日の丸 ・君が代』 (1992年10月、地歴社) 高知県幡多国語の会編 『平和教材 をどう教 えるか』 (1986年 9月、明治図書) 大槻健 ほか 『愛国心教育の史的究明』 (1970年 9月、青木書店) 飯田芳郎 『現代道徳教育考』 (1985年 2月、文教書院) 宇佐見寛 『「道徳」授業 をどうするか』 (1994年 4月、明治図書出版) 新堀通也編集 『戦後教育の論争点』 (1994年11月、教育開発研究所) 押田由夫 ほか編 『道徳教育』 (1993年 1月、 ミネルヴァ書房) 浪本勝年 ほか編 『史料・道徳教育の研究』 (1982年 9月、北樹出版) 国立教育研究所内道徳教育研究会編 『道徳教育の現状 と動向』 (1982年10月、 ぎょうせい) 中野光 ほか編 『史料 ・道徳教育』 (1982年 7月、総合労働研究所) 波多野述麿 ほか編 『価値観 と道徳』 (1974年 5月、第一法規) 小笠原遺雄編 『遺徳教育原論』 (1991年12月、福村出版) 村田昇編 『道徳教育』 (1981年 9月、有信堂) 『教育学全集15・道徳 と国民意識』 (1969年 1月、小学館) 中央教育審議会第19特別委員会 『期待 され る人間像』 (1961年12月、文部省) 海老原治善代表 『資料 現代世界の教育改革』 (1983年 8月、三省堂) 海外教育事情研究会編 『新 しい世界の学校教育』 (1972年 2月、第-法規) 馬越徹 ほか編 『現代 アジアの教育』 (1989年 6月、東信堂) 日本社会科教育学会編 『社会科 における公民的資質の形成』 (1984年、東洋館出版社) 奥野弘 『カメンマ リコワヤ』 (1988年10月、幻想社) 矢 ヶ崎誠治 『朝鮮半島統一問題 の歴史 と現況』 (1979年 3月、教育社) 矢 ヶ崎誠治 『現代韓国の指導者たち』 (1979年 7月、教育社) [韓国語文献] 李照昇編 『国語大辞典』第 3版 (1994年 3月 ソウル、民衆書館) 呉世敬編 『大法典』 (1997年 1月 ソウル、法典出版社) 『国定教科書 ・正 しい生活 1- 2』 (1996年 ソウル、国定教科書株式会社) 『国定教科書 ・道徳 3- 6』 (1996年 ソウル、国定教科書株式会社) 韓国教育部 『初等学校教育課程解説 (ⅠⅠ)』(1994年 1月 ソウル、大韓教科書株式会社) 韓国教育部 『正 しい生活指導書 1- 2』 (1996年 ソウル、韓国教育部) 韓国教育部 『道徳指導書 3- 6』 (1996年 ソウル、韓国教育部)
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PergamonPress,oxford)
R.Murray Thomas etal. "InternationalComparative Education" (1990,Butterworth -Heinemann,Oxford)