会計学における「経:済(学)的」思考
太 田 善 之
1 はじめに 継続企業を前提とする現在の企業会計のうち外部報告会計の領域では,期間 収益から期間費用を控除するという期間損益計算を,経営成績を表示する損益 計算:書において実施する。とくに制度会計として取得原価主義会計を前提とし た期間損益計算においては,実現原則にしたがってまさに当期に実現した現在 収益と,過去に支出した原価の配分額としての過去費用やまさに当期に支出し た現在費用,さらには支出自体は将来に予測される費用などの合計との比較が なされる。しかしながら,現在収益とはいっても期首に近い実現収益から期末 に近い実現収益に至るまで,その内容は実質的にはかなりの時間的幅を持って いる。当期に実現したという事実をもって,単純に加算が行われているのであ る。費用の側についても将来費用,そして現在費用についても現在収益と同じ ことがいえるのに加えて,それ以前の過去時点での支出済の原価額の配分も加 算されている。つまり,時制という観点でまったく不統一である。 他方,動態論的立場からすれば,成果作用的でないものとして考えられる期 間損益計算にとっての「残澤」が財政状態を表示する貸借対照表に集められる。 この貸借対照表上の数値についても過去から現在,そして場合によっては未来 に至るまでの各時制が混沌として組み込まれている。 我々は,このような計算をどのようにとらえたらよいのであろうか。 たとえば,2つの相異なる稼得所得を経済的に意味のあるかたちで比較しよ ※本稿における「経済(学)的」思考については,根本二郎名古屋大学助教授から貴重なコメ ントを頂いた。ここに感謝する次第である。うという場合,それらを価値のレベルで同一次元,同一時制に置かなければ意 味がない。つまり,経済価値の比較に際しては,何らかの時点にそろえて計算 を実施しなければその計算は成立しえない。そのような観点からすれば,上で 述べたような時制の混沌とした会計学上の各種計算は,経済学上はまったく受 け入れられる余地がないものである。では,受け入れ余地がないとすれば,そ の種の計算をなぜ会計学では使うのか。あるいは,会計学ではよく「経済(学) 的」という言い方をする。そのような用語法はいったい何を目的として成立す るのか。 本稿では,以上のような問題意識に対して,時間価値(時間の経過が価値を もつ)という観点で若干の検討を加えるものである。企業とは何か,なぜ企業 活動が営まれるのか,その結果企業利益の計算はどのような立場で行われるの か,というようなことを述べながら,会計学上の考え方と「経済(学)的」考え 方をクロスさせながら論を進める。 II企業の本質と企業利益 消費者は,なぜ企業(=生産者)にとっての購入市場(卸売市場)ではなく, その販売市場(小売市場)で財貨・用役を購入するのか。 原因はいろいろあるが,物理的妨害,たとえば専門家ではない消費者にとっ ては流通経路それ自体の複雑さ,参入障壁があるために企業にとっての購入市 場の流通経路へ参入することができないことが考えられる。参入のためには多 大なコストを払って行うしかないが,それだけのコストを支払うことに対する 効果を考えたとき,そのメリットがコストを上回らないことや,そもそもその コストを支払えないことがあげられよう。 それ以上に考えられる原因は,企業にとっての購入市場では消費者の得たい と考える財貨・用役が存在しえないことである。そもそも品物が違うのである。 車を求める消費者が購入市場に参入しえたとしても,そこには求める財貨であ るいわゆる車という物は影も形もないといってもよかろう。鋼材,鉄板,ネジ, 電気部品などはあっても消費する車という財貨はない。各個別価値の融合体で
あり,付加価値分の増加をもつ,あるいは消費の用に供しうる価値の異なる(一 般的にそれは価値の増加という方向で現れる)財貨・用役を消費者は求めるの である。そのためには企業が購入活動,生産活動を成し遂げ,販売活動に入る まで,需要することを控えるのである。 逆に企業側からするならば,企業のみが生産活動という時間をかけることを 通じて付加価値を持つ財貨・用役を生産しうるのであり,その結果として貨幣 資本の増殖を図ることができる。また,企業自体が現在消費することを回避し, 時間をかけ生産期間を長期化することで,将来の財貨・用役の量を増大させる ことによる一層の満足を獲得することができる。そして,この迂回生産こそが 企業の存在理由でもある。サムエルソンは次のように説く。[Samuelson,1980, p.559;都留,1981,634−635頁] お互いに労働と土地という本源的要素をちょうど同量だけもっているまつ たく類似の2つの島がある。Aの島はこれらの本源的要素を直接に使って消 費財を生産し,生産された資本財はまったく使わない。他方,Bの島は,あ る準備期間のあいだ,経常的な消費を犠牲にし,そのかわり労働と土地の一 部を使って,鋤やシャベルや合成化学品のような中間的資本財を生産する。 そして,この純資本形成のために経常的な消費の楽しみを犠牲にする準備期 間がすぎたあとには,Bの島はさまざまの種類の資本財ストック,すなわち かなりの量の資本をもつことになる。このあと,Bの島がその土地と労働と 常に更新される資本財とでもって永久に生産し続けることのできる消費財の 量を計測すると,技術工学上の問題として,Bの島の迂回生産物はAの島の 直接的生産物より多いことがわかる。当初犠牲にした100単位の消費の代わり に将来の消費財100単位以上を入手することになる。つまり,着手から完成に 至るまで時間はかかるが,直接的工程より生産的であるような迂回的工程と いうようなものが,現実には存在するのである。 資源はそのままの形では直接的に人間の欲望充足の手段とはなりえない。資 源としての生産要素を消費可能な生産物に変換する機構が必要である。いかに 物が豊富であっても,無限の資源という物は存在しえず,その経済的効率的利
用が希求される。そのための経済機構が企業組織体,典型的には株式会社であ る。このように,株式会社に代表される企業組織体こそが,迂回生産を担うの である。そして,企業はリスクを負って価値の変換・増殖を行うことに対する 報酬を,時間の経過による生産の迂回化を通じて獲得することになるのである。 逆に言えば,迂回生産に関わるいろいろなリスク負担の報酬として,利益を獲 得することになる。 市場経済体制の中の生産単位としての企業は,ただ漠然と生産活動に従事し ているのではない。基本的に企業は私的な利潤追求をその主目的にしている。 最近盛んなフィランソロピー(社会的貢献活動),たとえば地域社会への奉仕や 寄付行為などを通じて社会的責任を企業が果たすことそれ自体を排除するもの ではないが,企業目的は利益最大(極大)化にあると考えてよかろう。これは まさに資本資源の効率的利用を目標にした資源の選択的使用に関わる経済問題 である。 この経済問題を具体的に扱う場が,分業と交換を持続的に機能させ,個人や 共同体の経済生活を安定させるシステムとしての市場(経済)である。先に定 義された企業目的にみられるように,経済的利害にのみ動機づけられた独立し た経済主体である企業は,市場外のいかなる規制力にも服することなく自律的 に市場で会同し,交換を行う。交換に際しては提供と取得が同時に行われる。 「同時」とは文字どうりの意味だけでなく,ある特定化された期町内に取引が 完了する旨を記載した契約があらかじめ取り交わされているような信用による 場合も当然に含む。こうして,企業は市場の存在によって企業利益の最大化と いう目的を達成するのである。 III資本循環における企業利益と時間選好 企業の生産活動は,資本市場から貨幣資本を調達し,労動力,原材料や機械 設備などの生産手段を市場(購入市場)で購入し,生産した商品(製品)を財 貨・用役市場(販売市場)で販売することによって貨幣資本を回収する。重要 かつ当然のことであるが,回収されるべき貨幣資本は当初の投下貨幣資本より
も増殖していなければならない。増殖した貨幣資本の回収でなければ,リスク を負い時間をかけて生産活動を行う意味がないのである。マルクス流の方程式 に従えば, G−W…W’一G’ (=G十g) ということになる。W…W’の部分が企業内における生産活動であり,G−Wが 購入市場における購買活動,そしてW’一G’が販売市場における販売活動であ る。企業の各活動は貨幣資本をそのままの形態で保持し増殖をはかるのではな く,生産活動によって一度その形態の変換をなし,一種目主観的な価値を付加 し価値の増殖を図り,その上で再度貨幣への転換によって余剰分も含めて貨幣 の増殖をかなえる。 貨幣を中心に資本そのものはそれ自体では増殖しえない。貨幣それ自体は一 般化された価値であって,増殖する要因をもたない。資本を増殖させるために は,この企業の生産活動の中での変形のように,一度貨幣資本以外の物に姿を 転じて価値の増殖をはからねばならない。貨幣資本を変換し,貨幣資本に対し て特殊な価値を付加し,そして再度それを貨幣資本に転じなければならない。 そのプロセスを担い,結果として生じる余剰貨幣資本(9)の獲得のための有機的 な人的組織体が企業である。 この企業の生産活動の重要な点は,それがリスクを伴う活動であって,時間 のかかる活動であることだ。 貨幣資本を増殖させるための生産活動は,その行為が自身に最終的に余剰貨 幣資本をもたらすことを予測してなされなければならないが,それはあくまで も事前の予測であり,商品化された生産要素が貨幣資本に転換するかどうか, そしてそれが有利な結果に結びつくかどうかには何の保証も存在しない。した がって,企業の生産活動を含めて全企業活動はすべてリスクを負っての行為で ある。アントラプルヌールとしての企業家は,まさに進取の気性をもって価値 の変換・増殖に立ち向かわなくてはならない。 そして,当然にその行為は時間の経過を伴う行為である。購入→生産→販売 に至る各企業活動は瞬時に意思決定がなされ,実行に移されるわけではない。
市場に関する均衡理論にならって考察するならば,即時的な資源の効率的・適 正配分が達成され,常にタイム・ラグもなく均衡市場が成立するわけではない。 1) いわゆる完全・完備市場のような条件[Beaver,1981, p.59;伊藤,1986,73− 74頁]は存在しえない。常に与件の変化に応じて計画を修正し続けて企業活動 を遂行しなければならない。市場では,絶えざる均衡破壊と絶えざる均衡模索 の中で,時間と戦いながら企業目的の達成が繰り返されているのである。企業 活動のプロセスは時間の経過を必要とし,時間のプロセスそのものである。そ してそれは企業活動が常に不確実性の中で行われることを意味する。時間の経 過は必然的に不確実性の問題を生じさせる。不確実性についていうならば,企 業は不確実性の支配する世界が存在するが故に生まれた制度あり,不確実性の 存在が故に企業家はその確固たる意思をもってリスクを負って企業活動を行う のである。 2) この不確実性とリスクということについては,時間価値の概念が大きな影響 を与える。個人の消費行動になぞらえて考えてみるならば,動学理論の観点か らみて個人としての消費者の多期間にわたる行動については,彼は現在から将 来にわたっての長期的な消費計画をたてると考える必要がある。そして,その 場合の一般的傾向として,人間は将来の消費よりも現在の消費を重視する。な ぜなら,人間にとって将来のことはすべて予測の世界であり,不確実であるか らだ。そのことは極端に言えば,今生きていたとしても一瞬の後には死ぬかも 1)経済学上,市場が完全競争的であるとは,(1)多数性の条件,(2)同質性の条件,(3)無名 性の条件,(4)情報の完全性の条件,(5)潜在的競争者の条件という5つが満たされている ことをいう。このうち,(1)から(4)の条件を満たした場合を純粋競争という。[奥口他, 1978,80頁] 2)不確実性に伴うリスクと市場の形態ということについては,次のように言える。すなわ ち,現在引き渡される財貨・用役の市場は通常の市場としての現物市場と呼ばれ,将来財 貨・用役の引き渡される市場は先物市場と呼ばれる。現在時点で開かれている先物市場で は,将来,ある財貨・用役をある量だけ引き渡すことに対して,現在代価が支払われるの である。この場合,すべての財貨・用役に対して現物市場が開かれるということは考えら れるけれども,他方,実際にすべての財貨・用役に対して先物市場が開かれるということ は考えられない。 その最も重要な要因は将来に対する不確実性にある。すなわち,時間の要素である。将
しれないということを意味する。そうであるならば,より確実性の高い方を人 は選択するであろう。ただし,現在と将来の比較を行うにあたっては,できる 限り客観性を保って実施する必要がある。そのためには,将来生起する事象に ついてそれを現在時点に引き直して,同一レベルで考察しなければならない。 ある時点に引き直すとは,時間の経過に関して価値付けを行い,同一の時間 価値を基礎とすることである。時間価値を考慮に入れるという点では,現在価 値を比較のための将来のある特定時点に至るまで引き直すことも可能である。 解釈のしゃすさという点では,確定している現在時点を基礎とした方が理解可 能性は高いであろう。いずれにしても,将来事象には不確実性が伴うわけであ るから,その分割り引いておく必要がある。 これが,時間選好(time preference)という概念である。きわめて簡単な例 で考えるならば,たとえば,自分にとって今日の100円と等しいのは将来(一定 時間の経過後)のいくらであるかということである。その金額が仮に150円であ るとすれば,50%がこのときの時間選好率(rate of time preference)である。 そして,現在のような信用経済の体制の中では金融市場が存在するので,こ の時間選好率という概念は金融市場における利子率で代替することができる。 すなわち,人々の時間選好率より利子率が低い場合,誰もが金融市場から投下 資金を引き上げようとする。そのことは,金融市場において相対的に需要↑, 供給↓という需給の変化をもたらすから,結果において時間選好率=利子率と いう均衡点に至るまで,利子率の上昇をみることになる。逆に,人々の時間前 来の社会状態,生産の可能性,消費者の選考などについて不確実性があり,そのために消 費者や企業が将来の期間に関する計画をたてることができなくて,(先物)市場で需要と供 給か宣言されないことが考えられる。需要と供給の出合がないとすれば,(先物)市場の成 立要件がないことになる。さらに,将来に対する不確実性のために,リスク・プレミアム を考慮して,買い手は需要価格をきわめて低く,売り手は供給価格をきわめて高く設定し て,需要と供給が一致する価格が存在しないことが考えられる。需要と供給とが均衡する 価格が存在しなければ,(先物)市場の存在価値がないといえる。 そもそも,すべての財貨・用役に対しても先物市場が成立するならば,現在時点で価格 が支払われその時点で取引は完了するために,生産活動自体に不確実性がもはや存在しな いことになる。 なお,亀川[1991,第2章]を参照のこと。
三二より利子率が高い場合,金融市場に資金を投下した方が有利であるから, 金融市場に資金が流入する。そのことは,金融市場において相対的に需要↓, 供給↑という需給の変化をもたらすから,時間選好率=利子率という均衡点に 至るまで,利子率の下落をみることになる。したがって,時間選好率の代替値 として利子率を近似に使うのである。 経済学上,時間選好の概念が重要であるのと同じく,会計学において「期間」 計算を考えるに際しては,時間の経過という点を考慮すべきである。時間の経 過は,現在の確実な世界から不確実な(確実ではない)世界に入ることである。 すなわち,将来の客観的状況を把握する能力は遠い将来になればなるほど減少 してゆくこと,自身をめぐる客観的な事情の変化とともに将来の自分自身の嗜 好について確信がもてないこと,そもそも将来は将来であるが故に不確実であ ること(将来の客観的状況そのものも決定論にたつのでない限り不確定である こと)などがあげられるからこそ[奥口他,1978,41頁],会計学においても時 間価値を考え,価値の表現としての価格計算についてそれを反映させる計算体 系を重視しなくてはならない。 IV リスク負担の報酬としての企業利益 企業利益とは,経済学的には生産物である商・製品の価値から原材料の価値 や資本減耗分の価値を差し引いた残余,すなわち付加価値から労働力提供に対 する対価である賃金,土地用役の対価である地代,他人資本の利用に対する対 価である利子などを差し引いた残余として定義される。この企業利益は正のと きもあれば,負のときもある。仮に企業利益が正であれば,経営者への賞与, 株主への配当,株価の上昇などのかたちとなって現れる。利益が企業内部に留 保される場合には,当該企業の株価が上昇してその結果株主にとってのキャピ タル・ゲインというかたちで株主の所得となる。逆に企業利益が負になれば, その影響は,企業資産の減少などによる株価下落となって現れる。(もちろん個 人企業であれば,正の利益はただちに個人事業主の所得に,負の利益は個人事 業主の所得減少となって現れる。)
このように,企業利益は経営者のそれも含めて労働力であるとか資金の提供 に対する対価であると考えられるが,重要なことは,それは決して確実なもの ではないということである。労働力を提供した経営者に対する対価であっても, 通常の給与のように企業の業績とは無関係に受け取る報酬であるとか,また, 資金提供に対する対価であっても,社債や貸付金の利子のように確実なものは 利益ではない。企業経営の成功,失敗に関わって受け取るものが企業利益であ る。その意味で,企業利益はリスク負担に対する報酬である。 なぜリスク負担行為に報酬が支払われるのか。ひとつの考え方として,人々 が危険を好まず,同じことなら安全なものを欲望するからに他ならない。この 点に関しては,所得(利益)と効用の関係に置き換えて理解してみよう。似下 の論述については,奥口他[1978,130−133頁]を参考にしている。) 下図1において,横軸に利益,縦軸に効用uをおくとする。いまある企業が 確実な,したがって確率100%での利益1,000円と,あるいは生起する確率が半 々,したがってそれぞれ50%の確率で500円(OA)と1,500円(OB)とがもら える利益との,どちらかを選択する状況にたたされているとする。前者は,い ま1,000円を現金でもらうことであり,後者は,それぞれ50%の確率で賞金500 円と1,500円とが当たる宝くじをもらうことであると考えてもよかろう。このと き,前者の場合の利益の期待値は, 1,000==1×1,000 であり,後者の場合の利益の期待値は,一種のリスクを伴う利益の組み合わせ u (a)
O”t B
u (b)DMG
=E1
u利益O ACB 利益iO
図1 リスクに対する態度 (c)G
吾(F!… 門 i i/ lllli
ACB 利益
であって, 1,000=1/2×500一ト1/2×1,500 となる。したがって,企業にとって,それぞれの所得機会のもたらす利益の期 待値がどちらも同じであるので,両者の選択は無差別であると理解される。し かし,この両者の選択ではいわゆるリスクが異なる。後者の場合には,幸運な らば1,500円の所得が得られるが,不運ならば500円だけの利益しか得られない。 リスクを回避し安全を望む企業ならば,後者より100%確実な前者を選択すると いえる。リスクに対する企業の態度が重要になることがわかる。 次に,今それぞれの利益から得られる(基数的な)効用Uに目を向けてみる ならば,前者の効用の期待値はu(1,000)であり,後者の効用の期待値は1/2× u(500)+1/2×u(1,500)となる。この企業が,上のようにリスクを回避し安全 を望む企業,すなわち「リスク回避者(または確実性選好者)」(risk−averter) であるならば, u(ユ,000)>1/2×u(500)十1/2×u(1,500) (1) が成り立つ。(図1(a)) 図1(a)でみるならば,この後者((1)式の右辺)の場合の効用の期待値は,利
益OAの効用ADと利益OBの効用BGの平均CFであり,その利益の期待値
はOCである。しかし,この後者のリスクを伴う場合の利益の期待値(1,000円) と同一水準の確実な利益(前者の場合)がもたらす効用がCEであるとすれば, 効用CEは効用CFよりも大きい。したがって, D, E, Gの各点を通る効用曲 線が存在するならば,それは上方に向かって凸である。こうして,利益の限界 効用が逓減するようなリスク回避者としての企業は,多少は少なくてもより安 全確実な利益を欲するといえる。リスクを避けて何らかの保険に加入する際の 3) プレミアムとして追加的に支払ってもよいと考える分も含めて,保険料を支払 って財産の安全をはかるのはこのためでもある。 3)いわゆる,リスク・プレミアムとは,リスクを避けて何らかの保険に加入する際のプレ ミアムとして追加的に支払ってもよいと企業が考える最大可能額であって,宝くじに置き 換えてみれば,宝くじの期待値と宝くじに対して支払ってもよいと人々が考える価格との 差額であると理解される。したがって,この図1(a)においてはEFの長さでとらえられる。会計学における「経済(学)的」思考 359 なお,CE<CFとなる場合では,利益OCにおける曲線の高さは,直線DFG の高さよりも低く,効用曲線は下方に向かって凸である。このような効用関数 をもつ企業は,「リスク選好者」(risk−lover)であるといわれる。(図1(b))(1) 式の不等号の向きが逆となるのである。そして,企業が「リスク中立的」であ るならば,前者のオプションも後者のそれも企業にとっては同量の効用期待値 を与えるので,CE, CFとも相等しく,(1)式の関係は左辺,右辺とも「=」で 結ばれ,効用曲線は直線となる。(図1(c)) 企業利益は,したがって,リスク負担に対する報酬であると考えられるから, すぐれて動態的な現象であり,そのようなものとしてとらえられなければなら ない。確実性が支配する世界ではリスクが存在しないので,利益もまた消滅し ていくことになるであろう。 V 企業利益の発生 5.1.企業利益の発生要因 Schm{dtによれば,企業において利益というものは,大別して,(1)財貨・用 役の形態の変化(とくに製造業),(2)財貨・用役の場所の変化,(3)投機活動, (4)企業価値としての超過収益力,によって発生するとされる。[Schmidt,1951, SS.56−66;山下,1934,106−123頁] すなわち,(1)の発生要因については,製造業としての企業であれば,購入市 場における生産要素の価値と販売市場における生産物の価値の開きが大きくな ることを継続的に追求することに最大の関心を抱く。もちろん,生産それ自体 に時聞を必要とするので,両市場間を結ぶ間にも,時として長期にわたる時間 の経過を考えなければならない。生産・製造活動である。 また,(2)の発生要因については,たとえば需要量を上回る供給量を提供しう る市場と需要量を下回る供給量しか提供しえない市場との間では,当然に価格 差が生じているはずである。後者と比べて前者では,価格は相対的に低くなっ ているはずであるから,前者の市場から後者の市場へ財貨・用役の転売を行う ことで,企業は利益をより多く獲得することができる。このように,企業は需
給を見極め,取引に関するコストを考慮した上で市場間における価値の差異の 形成を継続的に追求しなければならない。販売における移動・輸送活動である。 (3)の発生要因については,原則として取引過程の中で時間的に拘束している 間に価値騰貴(価値膨張)を示す財貨・用役に投資することから利益は発生す る。IIIで考察したように,貨幣資本の循環における余剰貨幣資本の獲得のため の投機活動である。重要なことは,貨幣それ自体は一般化された価値であり, そのままの形では,増殖させることができないということであった。そこで, 貨幣以外の,主観的価値を付加させやすい特殊な価値を持つ物に,積極的に一 度投資することによってより以上の貨幣を獲得しようとするのである。ただし, 広く考えるならば,時間の経過とともに貯蔵・保管している間に価値の騰貴を もたらす場合のように,意図せざるものを含めて消極的にも価値が上昇してし まうような事態もこの範疇に含めることができよう。したがって,貯蔵・保有 活動による企業利益の発生をその中にみることができよう。 さらに,(4)については,とりわけ企業全体の売却の際,個々の部分の購入市 場における価格の総計と企業全体としての販売市場における価格の合計との問 の遊離が問題になる。現行の制度上,帳簿上記載されているのは取得時点にお ける価格(あるいはそれを基にした帳簿価格)であって,それ自体価値とは異 なる。いわゆるストックは永続する価値であり,他のすべての価値と同様に変 化する価値であって主観的な価値である。取得時点で確かに価値を表現する価 格であっても,以後価値=価格と言えるわけではない。さらに,会計上,有機 的組織体としての企業におけるソフトとしての価値,人的資源の価値について は何ら捕捉がなされていない。ある意味で最も重要であると考えられる人的資 源の価値は,現在では客観的に測定することができないので,この部分でのき わめて主観的な価値測定が企業の全体価値の評価に対して大きな影響を与える。 時間の経過とともに,これら価格(価値)の乖離が,営業権(のれん)として の企業の超過収益力となって把握されるのである。 以上のように,企業利益の発生について概念として抽象的には活動別に区分 して理解することが可能である。しかし,企業利益というものは各企業活動が
相互関連的に影響しあい,渾然一体となって発生する総概念であるとすれば, 現実に(1)(あるいは(2)も含めて)の付加価値をもたらす活動の部分と(3)の保 有活動(投機活動)の部分,そして(4)の人的資源価値のもたらす部分がそれぞ れどれだけであるか,量的に分離しうるかどうかは問題があろう。 5.2.企業利益と時間価値 以上の点を念頭において,ここでは例として商品販売業を営むある企業が, 商品を自己にとっての購入市場(卸売市場)で買い,ある一定期間の保有の後, 自己にとっての販売市場(小売市場)で当該商品を売るものとする。この場合, たとえば電力会社が海岸部にある発電所から電気を買い,それを送電線によっ て瞬時に内陸部に電気を供給するような事例にみられるように,購入市場と販 売市場はそれぞれが遠隔地にあって,この離れた市場間を結び付けることによ って,商品の販売を成立させているとしてもよかろう。図2にみるように,購 入市場ではtoの時点において,boという価格で購入する。なお,販売市場ではs。 という価格が成立している。ただし,この企業はまだこの時点では販売せず, 4) のちのtlになってs1(s、>s。)で販売するものとする。このとき購入市場で同一 4)売価の上昇がそのまま企業利益の増加につながるものではないが,Ronen/Sorter[1972, pp.273−274]を参考に,流出価値(exit value>としての売価(srs。)の上昇の原因を分 解してみるならば,それは経営活動による付加価値の添加による上昇(Schmidtの利益発 生要因のうち,主に(1)と(2)に該当する)と保有活動による上昇に分けられよう。このう ち後者はさらに,時間の経過による部分と一般物価水準および個別価格水準の変化による 部分とに分解される。時間の経過による売価の上昇要因とは,その商品の性質上,希少性 か高く,保有時点で供給をはるかに上回る需要が存在するような場合を考えることができ る。市場原理を念頭におくならば,時間の経過にともなって価格の上昇に基づく需給の一 致する均衡点に到達するまで,保有することによる売価上昇を認識することができる。(売 価上昇に関する保有活動)また,価格水準の変化による部分については,企業外部の要因 に基づいて生起する場合も存在すると考えられる。 ただし,生産活動,販売活動に支障を来さないために適正在庫をもつ必要性があるとか, 急激な需要増があった際に供給が伴わないことによる信用低下に備えておくためといった ように,売価上昇を目的として意図的に保有するのではなく,全般的な企業管理上の何ら かの合理的な理由によっても保有活動があるので,売価上昇と切り離されるべき保有活動 が考えられる。(原価上昇に関する保有活動)なお,もともと当該企業にとっての購入市場 を販売市場とする企業にとって売価の上昇として理解できる中身は,当該企業にとっての/
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boi ll}販売楊 ll}購入楊 t。 tl時間 図2 時間の経過と価格推移 の商品を購入しようとするならば,b、(b、>b。)という価格(いわゆる現在価格) で購入しなければならない。いずれにしても,この場合購入市場および販売市 場で成立する価格は,常にただ1つだけである。購入市場に参加する販売者は, その時点でのただ1つの価格b。でこの企業に販売し,販売市場に参加する購入 者は,その時点でのただ1つの価格Slでこの企業から購入するのである。さら に,金融市場が存在するものとしてその利子率をrとする。また,物価水準は 5) 安定しているものとする。以上のような条件のとき,利益計算を行うとすれば, どのようなものが考えられるか。 \購入価格,つまり原価の上昇であるから,なぜ売価が上昇するかということは,必然的に なぜ原価が上昇するのかということに通じる。したがって,原価節約としての(b1−b。)の 中身は,販売企業にとっての売価上昇として説明される。 5)ここでは特別に取り上げて検討しなかったが,時日価値に関わる重要な問題のユつに貨 幣価値の変動をどう扱うのかということがある。時間の経過に伴って貨幣価値が変動する 場合に,会計学における計算はそれを考慮にいれずともよいのか,否か。たとえば,制度 上の期間損益計算では,「期間」の計算でありながら,期間という時間の経過を意識せず に,取得原価主義会計を行っている。時間の経過につれて貨幣価値の変動あったとしても, まったく無視をして貨幣の名目数値によって計算をしているのが取得原価主義会計である。 計算は価値の同じものについてのみ成立するという経済学的思考,そしてより厳密に言え ば数学的思考に照らし合わせても,Sweeneyの言うようなキャベツと人参とを測定単位と する計算である取得原価主義会計[Sweeney,1936, p.8]は疑問の対象となる可能性があ る。 とりあえずここでは,会計学を企業に投資された資本の計算を目的とする体系であると 理解したとして,その体系と計算尺度の統一という無色透明な意味での同一価値による計 算を目的とする体系との関係について,今後の検討課題にあげておく。会計学における「経済(学)的」思考 363 この企業が実際に経験したことはb。とs、である。しかしながら,t。, t1という 時間の開きを前提に経済学的に考えるならば,s、(利益計算であるから収入,し たがって収益を測定してそれに応ずる支出,したがって費用を対応させること が合理的である)と比較されるべき購入価格は,時間価値を考慮に入れてt1時 点における価格でなければならない。これはb。(1+r)である。なぜなら,経済 学的に考えて,この商品をt。からtiに至るまで保有することに伴うコストと は,機会原価としてとらえたb。rである。すなわち,この企業がt。時点でこの資 本を当該商品に投下する代わりに金融市場で運用していたならば,利子率に相 当する収入を獲得することができたはずであるからだ。つまり,t。時点で商品を 購入するという意思決定によって棄却された代替案のもつ利益額(逸失利益額 の最大値)とは,この場合利子額ということになる。したがって,tl時点におけ る代替案のもつ総:コストは,時間価値を考慮したb。(1+r)になる。ただし,こ のb。(1+r)は,b、に収束するはずである。 仮に,b、<b。(1+r)という市場条件であるとすれば,企業は, t。時点において 金融市場でb。という資金を運用し,t、時点においてb。(1+r)となった資金を回 収して,それよりも安い当該商品を購入した方がメリットがあることになる。 その結果,企業の購入活動がt、時点に集中することになれば,ti時点での需要が 増え,やがてb、は,b1=b。(1+r)というところまで上昇する。逆に, b1>b。(1÷ r)という市場条件であるとすれば,t1時点においては, t。時点において金融市場 で運用した結果の元利合計をもってしても,この商品を購入することはできな いことになる。したがって,企業の購買活動はt。時点により集中する結果,や がてb、は,b、=b。(1+r)というところまで下落する。いずれにしてもbユ=b。(1 +r)であるから,結局,s、と比較されるべきはb、ということになる。 すなわち,経済学的な観点にたって「期間」の企業利益の計算を考えてみる ならば,期間利益とは以上のような各取引毎の利益を集積したものであるとい える。すなわち,まず時間の過程における前後関係を無視して,時点毎にその 企業活動(販売活動)によって獲得した収入としての経済価値から,その経済 価値を獲得するために費消された(費消されるべき)支出としての経済価値を
同時点で測定して,個別取引の利益を算出する。このように算出された時点の 異なる取引毎の個別利益を,当該期間について価値的に同一になるようにそろ えて集計する。たとえば,すべての個別利益の価値を期首時点に割り引くとか, あるいは期末時点の価値に合わせるのである。 経済学的に考える場合には,計算における同質性の確保のために[収入一支 出]という収支計算を行うためには当然の如くに同じ時点で,したがって,同 じ時間価値をもつもので比較しなければならない。常に同じ価値としてでなけ れば,差引計算はできないと考えるのである。結局,こうして考えられる期間 利益とは,計算における同質性の確保という見地から収入の時点に合わせるの か,それとも支出の時点に合わせるのか,いずれにしても,同一時点での収入 (収益)・支出(費用)の対応による時点利益を,さらにある特定の過去時点(あ るいは現在時点,もしくは逆に将来時点)の価値として割引率(利子率で代用 6) される)によって割り引いたものの集積である。 この場合,いわゆる現在原価会計の立場にたてば,(s,一b,)は操業利益と呼ば れる利益概念である。そして,購入市場での価格上昇分としての(b,一b。)は保 有利得と呼ばれる。まさに商品を保有している間に上昇した価格部分であり, tl時点で考えるならば, t。時点で支払うことを必要としなかった原価の節約部 分である。この場合t1時点で改めて考えてみれば,原価節約とはt。時点で安く 購入することができた,あるいは,過去の,それだけ安く購入することができ たという企業活動の成果という意味で,購入活動の「巧みさ」を表している。 6)完全・完備市場を前提とすれば,時点毎に瞬間的に収入および支出が成立する。その結 果,収入余剰として計算される利益は,連続する時間の流れに沿って不断に発生し集積す るので,期間利益とは積分∫によって計算されるといえる。製造業を前提とするならば, 期間利益π(x)は以下の算式のようになるであろう。 ・(・)一fe[・(・)・(・(・)・・(・))一w(・)・(・)一・(・)K(・)]e−plt’t・)・・ (5−1) この場合,p(t)は生産物価格, K(t)は資本,すなわち機械・設備, L(t)は労働, w(t)は賃 金,r(t)は利子率である。なお, r(t)K(t)については,6を資本減耗分として(r+δ)(t)K(t) とも考えられるが,ここではδ=0とする。また,ρは定数としての時間選好率であるが, これはやはり利子率で代用できる。
会計学における「経済(学)的」思考 365 逆にいえば,購入活動の「成功」を表す保有利得を含む,b。よりも高いb、をSl より控除するわけである(つまりb、は減算される控除概念である)から,取得 原価主義会計における操業利益,(s1−b。)よりもこの場合の操業利益が少なく なる。広い意味でとらえるならば,購入活動も企業活動(一種のoperating activ− ity)の一貫としてみることも可能であるが,そこのところを分離して表示しよ 7) うとする。 s1, b、という計算要素の選択の結果,常に同一時点(この場合は, tl時点)に そろえて収益・費用の対応計算を実施することになる。t1という時点を強調し, 経済学的にも時間価値を考慮するならば,当該商品のもたらす売価というキ・ヤ ッシュ・インフローに対応させられるのは,その時点における仮想的なキャッ シュ・アウトフローとしての原価にならざるを得ない。そのことは結局,取引 毎に同一時点で企業にとっての正の価値と負の価値とを対応させる個別取引主 義を採ることを通じて,取得原価主義会計でs1とb。を比較することによる時間 の経過に伴う価値のずれを補正しようとすることの現れになる。期間計算の実 務上の困難性から,たとえば平均法的な手法を使うというような問題を別にし て,個別対応的に価値の差額計算を実施することがその本質でなければならな い。 5.3.時価の意義と「企業にとっての価値」 たとえば,ある人がある株式について,ラジオの株式市況ニュースを聞いて 投資意思決定をする場合を考えてみよう。この人が正午前の株式市況ニュース により1,000円という前場の終値を聞いて,午後の立会に参加して1,000円とい う価格で株式を買おうとしても,果たしてこの価格で買えるかどうかはわから ない。前場の1,000円という株価は,意思決定をし,売買をした前場の参加者に とってのその時点でのひとつの評価である。それは,その時点での市場参加者 7)保有利得をまさに「利益」として考えるか否かは,たとえば,維持すべき資本とは何か というような別の観点で判断されるべき事柄である。なお,新井田[1976],118−119頁を 参照のこと。
にとっての時価(株式価値の貨幣的表現)である。その時点では参加していな い,前場の株価を見て実際に売り買いをしょうとする市場参加者にとって,そ れは,市場参加にとっての時価という情報を表すにすぎない。前場の1,000円と いう情報を持って後場の立会に参加する売り手・買い手は,自身が株式に対す る供給および需要の増加要因となり,その結果,時間の経過に伴うことによる 前場の状況とは異なる市場へ参加することになるのである。そして,後場に参 加した人々にとってそこで成立する株価は,売り手であれば販売価格,買い手 であれば購入価格という彼らにとっての時価になる。 同じことが図2での価格関係についても言える。価格ということに関しては, s、,b。とも販売時点および購入時点で当該企業が実際に経験した時価である。販 売時点で考えるとすれば,s1はともかくとしてb。は時価とは言えないが,購入 時点でそれは,確かに市場での財貨としての商品価値を表す時価である。つま り,先の前提のように完全・完備市場を念頭におけば,情報の完全性によって 瞬時に情報が市場参加者に対して知れ渡り,同じ情報を持った需要者と供給者 が一同に会し,需給の一致したところに均衡価格が成立する。それは,常にそ の時点での時価である。そうであるならば,ここでの例のように,t。からt1へと 時間が経過するということは,すでにt。とt1との間で市場の条件がまったく異 なることを意味する。したがって,それだけ情報についても質的・量的に異な るのである。異なる情報を持ったさまざまな需要者と供給者が市場に参加する のであるから,一般的に均衡価格は異なる。これは,財貨自体が同一であった としても,すでに時間価値が異なることを意味する。仮に一致することがある とすれば,それはあくまでも偶然であるか,それとも市場がきわめて安定的状 態にあるにすぎない。通常はここでの仮定のように,b。とb、は異なり, s。とs、 は異なる。 すなわち,時価は,自己が経験することもあれば,自己がまったく経験しな いこともある価格である。s。とb、は,それぞれ当該企業にとっての未経験の時 価である。販売価格について,この企業はt。時点で販売していればs。という価 格で販売できる(販売できた)であろうということを,他の企業間どうしの取
引の結果から知るだけである。また購入価格について,この企業はtエ時点で購 入していればb、という価格で購入しなければならない(購入しなければならな かった)ということを,やはり他の企業間どうしの取引の結果から知るだけで ある。それらは決して自分が経験する(経験した)価格ではない。なぜなら, 企業が自ら意思決定した企業目的にしたがって,t。時点で販売することとtl時 点で購入することを選択しなかったからである。このことは,s。とb、という経 験していない価格について,それらが確かに市場で成立している価格であると しても,他の市場参加者と同じように自分が現実に経験できる(経験できた) ことを何ら保証するものではない,ということを意味する。しかしながら,そ れらはそれぞれの時点で成立している限り,いずれも時価と称しうるのであり, この企業にとってのその瞬間以降の市場参入についての情報として役立つもの 8) である。 人間に限らず企業においても,意思決定とそれを実行に移す間には,すでに 時間の経過が存在するから,それだけで情報が異なり,市場条件が変化してい ることを意味する。したがって,時間の経過それ自体が価値の変化を意味して おり,それに応じて過去と現在の間では価格も変化する。経済学的には,常に 時聞価値を考慮しなければならないのである。 さらに,財貨・用役のストックとしての評価について次のようなことが考え られる。 消費者である個人にとっての物の価値とは,物の消費から得られる,その個 人にとっての心理的満足度としての効用で決まる。これを企業に推し当てはめ るならば,企業にとっての財貨の価値とは,その財貨のもつ,当該企業にとつ 8)したがって,ストックに対する価格というのは,その一部の売買行為で決定される価格 である。たとえば株価についての時価総額という概念は,市場における部分取引によって 決定された部分価格をストック全体にも適用できる価格と考え,計算される価格総額であ D,現実問題として絶対に実現不可能な価値である。なぜならこれを実現するためには, 株式すべてを同時に売りに出さねばならないが,それをやれば需給バランスが崩れ,株価 暴落ということになるからである。[日本経済新聞,『バブル再考』(20・21),1992.9.25/ 9.26]
ての効用で決まる。ただし企業は,消費者である個入とは異なり,単純な消費 目的以外にもたとえば生産,販売といったさまざまな使途,企業目的のために 財貨を持つ。したがって,企業にとっての財貨の価値とは,その企業目的に対 してその財貨がどのように貢献するか,獲得される財貨が企業目的に対してど のような効用を与えるか,どのような企業目的のためにその財貨は購入,生産, 所有がなされるのかによって決まる。もちろん,現在の社会・経済体制下では, 貨幣こそが財貨・用役の持つ価値を統一的に表示し,測定する手段となってい るので,貨幣の時間価値を考慮にいれて,財貨のもつ経済価値に投下される貨 幣の評価を基にして,企業目的に対する効用・貢献,いわゆる「企業にとって の価値」(value to the business)を測定しなければならない。 そうすると,企業が売却目的のために購入した財貨についてストックとして 測定・評価しようとする場合は,売却価格(あるいは正味実現可能価額,net realizable value)が適用されなければならないことになる。目的は売却するこ とにあり,企業は当該商品を売却することによって最大の効用を得るからであ る。 逆に,使用財貨については,企業目的に対してすでに使用するという意思決 定がなされているわけであるから,単純に売却価格を考慮するのはおかしい。 使用財貨であるから,基本的には当該資産を使用することから得られる最:大の 効用(企業に対する最大の貢献)こそが,当該企業にとっての価値を表す。し たがって,使用することで企業内に流入する経済価値(キャッシュ・フロー) の正味額の現在価値,いわゆる現在割引価値が測定されねばならない。仮に, 現在の使用資産を売却した貨幣流入額で新たに使用資産を取得し,その新規取 得資産のもたらす効用を代替案として現存資産の効用と比較する場合であって も,使用に関わる経済価値を考慮するという点で変わりはない。 そして,使用資産を「使用」し続けるということは,当該資産を所有して使 うことによる効用(貢献)が一番大きいことを意味するのであるから,その場 合の企業の経済的行動としては,さらに当該使用資産を買い増していって全使 用価値を高めようとするであろう。したがって,使用資産の価値には,その限
会計学における「経済(学)的」思考 369 界価値(限界評価)が妥当する。当該資産を次々に買い増していって,その企 業にとって最も効用(貢献)の少ない最後のユ単位で使用資産の価値は決まる のである。すなわち,使用資産の現在割引価値の限界評価によって価値の測定 が行われる。 5.4.「経済利益」概念 5.2.では,図2の関係において「経済学的に」企業利益の計算を考察した が,この純収入(収入一支出)を割り引くという考え方は決して新しいもので はない。すなわち,より一般的に,会計学上利益とは何かという問題を扱うに あたって,経済学上の所得の考え方が援用される。経済学上の所得概念に基づ き,いわゆる「理想的な企業利益概念」として「経済利益(経済的利益)」(eco− nomic income)という概念が使われる。そして,そうした場合の「経済利益」 概念の出発点として,Hicks[1946]による所得の定義があげられるのである。 たとえば,Solomons[1961, pp.375−376]がそうであり,また, Hendriksen/ van Breda[1992, pp.281−282]でも扱われる。 Hicksによれば,個人の所得とは,1週間のうちに消費し得て,しかもなお 週末における彼の経済状態が週初におけると同一であることを期待し得るよう な最大額,とされる。[Hicks,1946, p.172;安井/熊谷,1951,260頁]彼はこ の中心的基準から出発して,利子率が変化しない場合の所得第1号,利子率が 変化する場合の所得第2号(利子率が変化しなければ,所得第1号と所得第2 号は同一となる),物価変動が予想される場合の所得第3号という各近似概念を 検討する。定義から理解されるように,これら所得の計算は,いずれも価値に ついての標準流列で,その資本化された現在価値が実際に見込まれる収入の流 列の現在価値に等しいものを見つけだすことである。[Hicks,1946, p.184;安 井/熊谷,1951,280頁]しかし検討の結果,所得第3号でさえ,耐久消費財の 問題を解決しえないとして近似概念の検討を放棄したあとで,さらに自身の言 う中心的基準にさえも疑義を呈するのである。「狐火を追いつつあったのではな いかどうか」,と。[Hicks,1946, p.176;安井/熊谷,1951,266−267頁]
さらに彼は,以上の事前の定義としての近似概念を離れ,事後の所得の概念 の検討にはいる。しかし,この概念も,まさに事後であることで客観的である 代わりに,週末まで計算することができないことおよび現在の価値と過去の価 値との比較を含むことから,現在の決意には何ら関係をもちえないとして否定 する。[Hicks,1946, p.179;安井/熊谷,1951,270−271頁] Hicks自身は否定的な意見になっているが,一般的な計算方法ということに 関して言えば,Hicksの考え方は時間価値を前提に,価値の流列について割引 率(利子率がiであるとすれば,割引率βは1/(1+i)[Hicks,1946, p.185;安 井/熊谷,1951,282頁])をもって資本化価値を計算するという経済学に当然 の手法を用いている。こうした評価とは別に,Hicksの所得概念における問題 点については,Mattessitch[1964]がFisherの所得概念との比較において論評 している。すなわち,所得を定義するに際して,Hicksは生産段階を測定の場 として選択したので,資本形成を包括しなければならなくなったのである。さ らに,所得を測定する方法についても,Hicksはストックを変数に選んで定義 しているので,富裕な状態(we11−offness)をいかに測定するかという問題に突 9) き当たる。[Mattessitch,1964, pp.23−24;越村,(上),1974,35−36頁] この点,会計学においては,一般的にHicksの中心的基準における富裕な状 態を期待正味キャッシュ・インフローの現在割引価値として理解した上で,経 済利益概念を理論的に理想的な利益概念であると考える。もちろん,完全・完 備市場を前提とした場合にのみ実践的であるとするこの経済利益に対しては, 9)確かに「所得」と題するこの第14章では,個人の所得を週初と週末との間におけるスト ックの変化としてとらえる。それは,会計学的に言えば,期首と期末との問におけるスト ックの変化として期間利益を計算する財産法的な原理である。しかし,さらにHicksは「生 産の計画」と題する続く第15章で,企業の所得を,企業の見込純収入の現在価値と同一の 現在価値をもつ標準流列の水準である,と定義して次の関係を持ち出す。[Hicks,1946, pp. 195−196;安井/熊谷,1951,297−299頁] 余剰=産出量の価値一投入量の価値 純収入=余剰一過去の契約から生ずる負債額(たとえば社債に対する利子) 利益(あるいは所得)=純収入一減価(もしくは増価) この計算方法によれば,企業所得(企業利益)は,ストックの計算ではなく,フV一の計 算(損益法的な計算原理)によって確定されることになる。
たとえば次のように批判される。[Milburn,!988, pp 26−28] (1)現実の不完全市場における不確実性,リスクから起因する割引率(利子率) や将来キャッシュ・インフローの見積もりに伴う主観性の混入。 (2)時間,割引率,将来キャッシュ・インフローという3つの要素によっての み決定され,その他の要因が考慮されないこと。 (3)企業の全体的な価値の決定であって,個別の資産,負債などの価値の決定 が困難であること。 いずれにせよ,仮定の上にたって経済的所得概念から経済利益概念が成立す るのであれば,仮定の検証は当然として,その仮定をいかに現実に近づけてい くかという努力も必要である。そして,もともと所得というものが,一定期間 のあいだ,経済主体の生産の側と消費の側とを交錯する財貨・用役の流れであ るならば,生産から消費,また生産へと循環する流れのどの局面においても何 らかの形で所得概念を捕捉することができよう。したがって,1つの定義を独 断的に主張することが理論や実務の要請とは矛盾する場合には,所得を定義す る主体の範囲をも含めて,下位概念としての所得概念を引き出しうるような, 一般的な所得概念の定義が求められる。[Mattessitch,1964, pp.20−21;越村, (上),1974,31−33頁]Hicks自身の言うように[Hicks,1946, p.181;安井/ 熊谷,1951,273頁],所得の精確な定義をもつことは必要でないと理解するな らば,それは,それぞれの限定された目的に直結した,各種各様の所得概念の 形成を許容するという意味での一般性をもたねばならないのである。[Mattes− sitch,1964, p.24;越村,(上),1974,37頁] 中心的基準についてさえ,仮に経済学的に「狐火」であるとしても,とりあ えずMattessitchの考えるように,「一般性」に会計学上固有の意義を認めるこ とができ,その計算原理を理論的に体系化することができるならば,Hicksを 初めとする経済学上の基本的概念の援用はあながち無駄とは言えなかろう。 参 考 文 献 Beaver [1981]: Beaver, W. H., Financial Roporting: An Accounting Revolution,
Prentice−Ha11,1981,;伊藤邦雄訳,『財務報告革命』,白桃書房,1986。 Hendriksen/van Breda [1992] : Hendriksen, E. S./van Breda, M. F., Accounting Theo7y, 5th ed., lrwin, 1992 Hicks [1946] : Hicks, J. R., Valzae and CaPital, 2nd ed., Oxford University Press, 1946. ; 安井啄磨/熊谷尚夫訳,『価値と資本』(1)(II),岩波書店,1953。 Mattessitch [1964] : Mattessitch, R., Accounting and A nalytical Methods, Richard D. Irwin, 1964.;越村信三郎監訳・遠藤久夫/廿日出芳郎/久木田重和訳,「会計と分析的方 法』(上)(下),同文舘,1974。 Milburn [1988] : Milburn, J. A., lncorporating the Time Value of Money within Financial Accounting, Canadian lnstitute of Chartered Accountants, 1988. Ronen/Sorter [1972] : Ronen, J./Sorter, G. H., Relevant Accounting, /ournal of Business, 45(2), 1972. 4, pp. 258−282. (reprinted in J. Ronen/G. H. Sorter(ed), Relevant Finan− cial Statements, Arno Press, 1978.) Samuelson[1980ユ:Samue工son, P. A., Economics,11th ed, McGraw−Hi11,198e.;都留重人 訳,『サムエルソン経済学』(上)(下),岩波書店,1981。 Schmidt [1951] : Schmidt, F., Die organische Tageswertbilan2, unveranderter N achdruck der 3. AufL, Gabler,1951.;Ii」下勝治訳,『シュミット有機観対照表学説』,同文舘, 19340 Solomons [1961]: Solomons, D., Economic and Accounting Concepts of lncome, Accounting Review, 36(3), 1961. 7, pp. 374−383. (reprinted in R. Bloom/P. T. Elgers (ed.), Accounting Theory and Pogicy, 2nd ed, Harcourt Brace Jovanovich, 1987, pp. 315−325) Sweeney [1936] : Sweeney, H W., Stabilized Accounting, Harper & Brothers, 1936. (reissued in 1964) 新井他[1976]:新井清光/白鳥庄之助/加古宜士/森田哲彌(司会),「インフレーション会 計の研究」〈3>,『企業会計』,28(13),1976.12,!05−127頁。 亀川[1991]:亀川雅人,『企業資本と利潤』,中央経済社,1991。 奥口他[1978]:奥口孝二/岸本哲也/酒井泰弘/時子山和彦/樋口進,「近代経済学1』,有 門馬, 1978。 (本稿は,平成4年度文部省科学研究費の補助による研究成果の一部である。)