多文化社会における大学評価と学生の役割 : 学生
のセルフ・イメージとの関連で大学評価を分析する
著者名(日)
斎藤 里美, 石垣 貴千代, 今田 好彦, 杉山 憲司
雑誌名
井上円了センター年報
号
6
ページ
248-195
発行年
1997-07-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002836/
多交化社会における大学評価と学生の役割
学生のセルフ・イメージとの関連で大学評価を分析する斎藤里美・石垣貴千代・今田好彦・杉山憲司
saito satomi ishigaki kichi/O imadU loshihiko ∫agicrama kenji 1.はじめに 1−1 多文化社会における大学、多文化社会としての大学 1−1−1なぜ大学評価に学生が参加するのか 1980年代以降、大学は18歳人口の急激な減少やその結果もたらされる 大学入学者の質的変化にもっと根本的な対応をすべきだという議論が盛 んになされてきた。たとえば、天野郁夫(1980)『変革期の大学』、同 (1988)「大学一試練の時代』、同(1994)『大学一変革の時代』には、 ここ15年あまりの間に現代の大学の抱える問題がますます深刻化し、そ れが「大学評価」というかたちに収敷されてきている事実が明らかにさ れている。つまり、いまや「大学評価」は、文部省の政策に「合格」す るための単なる「答案」などではなく、それぞれの大学は現在どこが病 んでいて、どのような治療を必要としているかを診断するための処方箋 なのだということが、大学人の間でも自覚されつつあるということであ る。ところが、では大学を評価し、つくり変えていく主体はだれかとい う議論になると、それは大学自身(とくに大学の教職員組織)であるとい う結論に落ちつくのが大半である。なかには喜多村和之(1993)『新版 大学評価とはなにか』の次のような議論もあるが、むしろ少数派といえ よう。 「現代の大学制度を支えている直接のスポンサーやクライアントとは だれか。それはまず、入学する学校を選び、授業料を支払って、数年間 在籍しつつ、授業を受け、カレッジライフをおくる消費者としての学生であり、子どもの学費や生活費を負担する親や家族であり、国公立大学 の経費はいうまでもなく私学への補助金も二重に負担している納税者で あり、その税金の配分をきめる政治家や政府であり、大卒者を採用する 雇用主であり、大学の研究開発や人材養成に期待している産業界であ る。(中略)したがって大学が社会的支持を獲得していくためには、大 学は大学を必要とし、これを支援してくれるスポンサーやクライアント に、すなわち親や学生や納税者や政府や雇用主に、現代社会において果 している大学の役割の重要性を納得してもらえるような形で説明すると ともに、自らも絶えず大学の教育・研究の向上に努め、そのことをさま ざまな形で実証していかなければならなくなっている。」(D 大学は大衆化した高等教育機関として、学生の学習要求や親や社会の 教育要求に応えるべきだという趣旨だけ見れば、この論理は正しい。し かし、学生や親、市民を単に「消費者」の地位にとどめておくことが、 本当に学びの場としての大学を豊かにすることにつながるだろうか。 学ぶという行為が消費と決定的に異なるのは、人格と人格が相互に働 きかけあうところに成立するという点である。たしかに、契約(教育目 標)にはじまり、最後に責任(教育評価)でしめくくられるという点で は共通性をもっている。しかし、学びは、目標実現に至るプロセスに学 習者自身が参加することではじめて成立する。料理で言えば、学習者も 教師とともに素材を選び、自ら調理をし、そしてその料理を味わい批評 しあってはじめて学習といえるのである。最後に食しただけでは学習は 成立しない。したがって、大学教育における責任(アカウンタビリティ) の概念も当然初等・中等教育におけるそれとは意味合いが異なってくる のである。学生にはカリキュラムやコースデザインに参加する権利があ る代わり、アカウンタビリティの一端も担うべきだということになる。 学生=消費者論は、その意味で学生を教育上の責任から解放するかわ り、参加の権利も認めない「お客さま」の地位に固定する危険性をはら
んでいる。むしろ、大学をひとつのコミュニティと見て、学生も親も、 そして市民も、それぞれの立場から大学運営に「参加」していくこと が、学生や親や社会の多様な学習要求、教育要求に応える近道ではない だろうか。その意味で大学評価における学生の参加は不可欠である。 1−1−2 大学評価はナショナル・スタンダードからグローバル・スタンダードへ 1980年代以降、大学の国際化ということもしきりに叫ばれてきた。こ うしたことの背景には、国際社会における日本の大学に対する評価が先 進諸国の大学の中でも低いということが挙げられる。しかしそれ以上 に、卒業生の活躍の舞台はますます国際化しており、たとえ日本社会で 生活するにせよ、国際経済や政治、異文化と無関係に暮らすことはもは や不可能になっている。そのため、学生の学習要求も社会の教育要求 も、ますますグローバル化しつつあるのが現状であろう。 しかし現実に大学の国際化が意味したものは、ある時は外国語教育の 充実であったり、またあるときは外国人留学生の量的な増加であったり して、もっと根本的に大学というコミュニティそのものを変えていくこ とにはなかなか結びついてこなかった。たとえば、大学をもっと国際社 会の目から見て魅力あるものにすること、つまりこれまでのように日本 の国内だけで認められるような評価規準(ここではナショナル・スタンダ ードと呼ぶ1を一旦捨てて、国際社会で認められるような評価規準(グ ローバル・スタンダード)に照らして大学評価をしなおすことである。地 球上のどこからでもアクセスできるよう、多言語で、また多地域で大学 の募集や案内を行っているか、外国人留学生も安心して学習できるよう 奨学金や寮は充実しているか、また学生へのサポートやカウンセリング 体制は整っているか、学生の多様な学習要求に応えられるよう科目選択 の幅や他大学との単位の互換があるか、そういった細かなことのひとつ ひとつがグローバル・スタンダードで見直されなければいけない。そし てこうしたグローバル・スタンダードによる評価に耐えうる大学になっ
てはじめて真に大学は国際化したといえるのである。つまり、その大学 の魅力がどの言語に翻訳されても魅力として語られるよう、ある普遍性 をもたなければならない。そしてそうするためには、まず大学が国際社 会の目に、とくに留学生の目にどう映っているかを知らなくてはならな い。ここに、本研究が外国人留学生による大学評価を取り上げ、日本人 学生と比較した意味がある。 したがって、この研究は、多文化社会における大学は多様な価値観を 認める多文化コミュニティであるべきだという前提から出発している。 その意味で外国人留学生の受入れを促進することは多文化化への早道と いえる。しかし受け入れるだけではなんら根本的な解決にはならない。 大学が学生自身の学習要求にもとつく主体的な人間形成の場であること を求められているのならば、これまでのようなナショナル・スタンダー ドに基づいた、しかも教員組織や経営者のみによる大学運営をやめ、多 様な価値観、学習観を認めるものへと大学を作り変えていかなければな らない。またそうであるためには、一つの価値規準で大学評価を行うこ とは危険である。教員だけのものさしで、日本人だけのものさしで、経 営者だけのものさしで測ることがどのような危険をはらんでいるかをよ く自覚しなければならない。いくつもの視点で、いくつもの規準で評価 しなおすことからはじめなくてはいけない。ここに大学評価に学生、し かも日本人学生も留学生も、東洋大学生も他大学の学生も参加すること の意味がある。 そしてかれらがどんなものさしで大学を評価しているのか、その価値 規準のあり方を知ることによって、かれらの期待や学習要求と日本の大 学との間に、どのようなずれや一致があるのか、またそうした多様な期 待や学習要求をどう整合性あるものとしてカリキュラム化すべきかが見 えてくる。またそもそも大学における教育計画とは何なのか、大学にお ける教育計画の主体はいったいだれなのかを問いなおすきっかけにもな
るだろう。 1−2 大学における学習環境と問題発見型研究 1−2−1現代の学習環境と新しい学習観 先の予備調査報告(2)では、現在、大学は教育方法の改善と教育の活 性化が求められており、それは職員や学生と共同して行う必要があるだ けでなく、学生に対して情報を公開し、意志決定・教育事務・教学内容 に対して学生が意見を言える場を確保し、構成員にふさわしい位置づけ を与えることこそが大学の社会的評価を左右する要因になると主張し て、学生の大学コミュニティーへの参加を権利という観点から論じた。 それに加えて、本論文では自発的な学びや学生相互の共同学習の条件と いう視点から論じたい。大学における教育・学習を考えると、学習即ち 自発的学びと、意図的教授即ち教育との違いがきわめて重要であろう。 この点について予備調査報告では「学生は消費者という受動的に教わる 者から、主体的に学ぶ者となるように手助けすることこそが、現在、教 員に求められている」と指摘した。 自発的な学びの具体的条件の一つとして、第1に、大学教育そのもの が、まさに学習の場のモデルであり、しかも大学での学習が主体的、自 発的なものであるべきならば、制度的にも、学習者としての学生の認知 (自覚)においても、学生が大学運営組織の発言者として位置づけられ ていることが不可欠ではなかろうか。 学びの場としての学校で学んでいることは何かというと、専門的な教 師がいなければ自分は学べないのだということを学ばされるという指摘 (吉本隆明・山本哲士 1983 『教育・学校・思想』)、学校教育で学んだ知識 が日常生活での実践に転移し難いという、教育効果に対する疑問から端 を発して、社会における活動と切り離されて、一方的に知識のみを一斉 教授される従来の学校教育は、学びの場としてきわめて特異な状況にあ
るといわれている(ジーン・レイヴ(著)無藤隆他(訳)1993『日常生活の認 知行動』)。しかもレイヴは、「学習とは実践的な社会的共同体への参加 の過程であり、共同体の一部は人間同士の関係の体系であり、学習はア イデンティティの形成を含んでいる」(3)と指摘している。 そこでたとえば、大学教育で自発的な学びを重視した教育を考えるヒ ントとして、情報化が進展する中で、情報機器を活用した学習の考え方 として、「学習者中心の教育」と「共同学習」が提唱されていることが 参考になる(4)。学習者中心の教育とは教える側からの発想ではなく、 学習者の自発的な学び、しかも生涯学習を視野に入れて、学習者が一生 学び続けていくことを中心に考えて、そのための道具として情報機器を 活用しようとの考えである。また、共同学習は、学習とは個人として行 うのではなく、他者との協同的営みであって、学習は先輩とか友人とか との相互作用によって支えられている訳であり、人とのコミュニケーシ ョンの中で学ぶ協同的な学習の道具として情報機器を生かせないかとい うことである。これらのことを考えると、主体的な学習条件の第2とし て、共同学習の考え方を取り込むこと、即ち、自己を信頼して主体的に 生きる学生が、学びを通して相互に支え合う状況を作り出す共同学習を 可能とするような学習環境をととのえることが重要ではなかろうか。 以上のような意味において、学生がキャンパスで出会い、相互のコミ ュニケーションや対人関係を確かめながら考えを深め、時に批判しあい 学問的な根拠を示して自説を主張しあうような営みの主体としての自立 した学生を捉える試みとして、後述するような自己信頼やソーシャルサ ポートの授受を内容とした、学生のセルフ・イメージを通して、大学評 価を試みることとした。 1−2−2 問題発見型研究の必要性 大学評価、特に、学生の視点からの大学評価というと、学生による授 業評価が思い当たる。しかし、大学評価は授業評価に限るものではない
し、また、授業場面に限定しても学習の効果測定としての授業評価のみ ではなく、授業計画・方法にも学生が関わることが考えられよう。この 様な意味での学生の視点からの大学評価は確立した理論や方法が在るわ けではなく、仮説検証というよりは多様な方法で資料を集め、そこから 法則性や仮説を読みとる、いわば問題発見や問題提起型研究こそが必要 とされているといえよう。 そのためには、研究対象に密着してデータを取得し、質的調査と分析 を行う中で、理論検証の確認材料としてデータを利用するのではなく、 カテゴリーや特性を膨らませていくための素材としてデータを生かすこ とが考えられる(5)。そこで、第1に、質問項目の中に自由記述や回答 に対する理由や判断の根拠を問う補助質問を多く用いて、分析の過程で 回答の枠組みについて再考したり、再分類を試みることによって、学生 の回答姿勢を推測すると同時に、項目作成者が見逃している視点や問題 の捉え方を補うという手法を用いることにした。第2に、評定項目の分 析に当たっても、予備調査の分析過程ですでに因子分析を行っているの で、データ依存型の多変量解析は行わず、回答に表れた生のデータを重 視する分析方法を採ることにした。このような主旨から、自由記述回答 にしても、一応のカテゴリー化(アフター・コーディング)は行ったが、 個性的な記述そのものを重視し、カテゴリー間の度数の検定などは行わ ないことにした。以上の方針により調査結果に表われた自由記述の直接 的な検討と対話が可能となり、回答者個々の姿を、出来るだけ具体的に イメージすることを通して、大学評価に関わる問題点を浮き彫りにした いと考えている。 2.本研究の目的と方法 2−1 研究の目的 本研究は予備調査で得た知見を基にして、
1)学生の学習への積極姿勢、自己に対する信頼感の強さ、友達など とのソーシャル・サポートの授受、などの広い意味での自己概念、 即ち、学生のセルフ・イメージを把握する。 2)学生が、大学のイメージ、学習活動やキャンパスライフの充実度 などについてどの様に自分の大学を評価しているかを把握する。 3)その上で、大学評価を学生のセルフ・イメージとの関係で分析す る。併せて、多文化社会としての大学という観点から、日本人学 生と外国人留学生それぞれの多様な価値基準を検討する。 以上を本研究の目的としている。 2−2 研究の方法 2−−2−1 調査票の構成 調査票は資料1.として付したが、予備調査の結果に基づいて、1. 自分の大学に対するイメージ8項目。II.普段利用している校舎や施設 に対する評価9項目。III.学習に対する充実度評価10項目。 IV.キャン パスライフの充実度評価11項目。V.卒業後の進路選択支援体制に対す る評価9項目。VI.教員に対する満足度(充実度)および将来の期待度 に関する評価12項目。VII.授業への参加姿勢や大学教育への態度に関す る自己評価10項目。珊.自己信頼やソーシャル・サポートの授受に関す る自己評価10項目。以上の他に1∼Vll1の各々についての総合的評価を求 める項目がある。以上は全て、5段階の評定尺度で、合計87項目ある。 これに、回答の理由や具体的内容を聞く補助質問(SQ)が28ある。更 に、評定項目と異なった視点での回答を拾い上げるために、自由記述を 求める質問(FA)を14用意した。 IX.この調査そのものに対する意見 を求める自由記述質問。X.被調査者の特性分析項目(FS)10項目か ら成り立っている。
2−2−2 調査対象学生の特性 調査対象者の内訳は、下表の通りである。 日本人学生 j 女 計 留 学 生
E 女 NA 計
総計東洋大学
結檮総ロ大学∴贒c大学
ニ協大学
52 55 107 U4 12 76 S4 6 50 R4 83 117 21 38 3 62 R4 47 9 90 P3 16 29 P6 17 1 34 169 P66 V9 P51 合 計 194 156 350 84 118 13 215 565 3.結果の概要 3−1大学生のセルフ・イメージ(担当:斎藤) 3−1−1大学評価における学生の役割を考える上でなぜセルフ・イメージが重要か 学生による大学評価の妥当性が何によって保障されるかといえば、そ れは第一に、学生が大学と自分自身を客観的に見つめる目をもっている かどうかということである。たとえば、もしも学生が自分自身の怠学の 原因をすぐに大学の指導不足に求めるような安易な状況に陥っていると したら、それは学生による大学評価の妥当性を根底から揺るがすことに なるだろう。しかし逆に、これからの社会の中で学生自身がどのような 役割をはたしうるか、そのために学生はどのような学びを望み、大学は どのようなかたちで開かれていくべきかを学生自身が問うているとした ら、そうした大学評価は大学の教育計画にすぐに反映させていくべき資 料となるだろう。そこで本論文では、今後大学評価における学生の役割 を考える上では、学生自身の自己評価(ここでは「セルフ・イメージ」と 呼ぶ)と大学評価との関連をみておくことが重要であるとの認識に立っ た。具体的には、セルフ・イメージを構成する要素として以下のような ものをあげ、質問項目とした。①日常の学習活動は積極的だと思うか(VIIの質問1、2、3、4、 5) ②大学生活にどんな活動を期待しているか(VIIの質問6、7、8、 9、10) ③自分で自分を信頼し、まわりからも信頼されていると思うか(V田 の質問1∼10) しかし、後に詳述するように、人格形成の途上にある大学生にとって は、今回の調査のように大学や学生の日常を自分なりに評価し、振り返 る機会をもつこと自体が、客観的に見つめる目(意識)を高めることに もなる。つまり、大学評価への学生の参加は、たとえ妥当性が保障され ないとしても、教育的には意味ある活動だということである。この点は アンケート調査などが果たす「意識化」の役割としてもっと認識されて よいであろう。そしてこの「意識化」作業がセルフ・イメージを対象と したとき、青年期の自己不安を自尊感情へと変える可能性をもっている ことを後に詳述したい。 3−1−2 大学生は自分の学習活動を積極的に評価しているか(Vllの質問1−一 5) まず、調査を行った4大学すべての学生を日本人学生と外国人留学生 に分け、その回答(評定値)の平均を質問項目ごとに比較してみよう (後掲資料1.参照)。検定の結果すぐに気付くことは、VIIの質問1∼5 に関しては、質問4を除いて、1%以下の危険率で有意差があり、日本 人学生よりも留学生のほうが評定値の平均が高い、つまり自己の学習活 動を積極的に評価しているということである。このことからすぐに、 「留学生のほうが日本人学生よりもよく勉強している」という方向に結 論づけるのはやや危険だが、少なくとも、ハンディの多い留学生のほう が日本人学生よりも大学での学習に多くの努力を払っているとの自己評 価をしているといえるだろう。 東洋大学の日本人学生と留学生とを比較してみても、質問4を除いた
4項目で、やはり1%以下の危険率で有意差があり、留学生のほうが評 定値の平均が高い。 この背景を、自由記述回答から探ってみよう。たとえば、質問1の SQ「授業に欠席がちになる理由は何ですか」に対する回答をみてみる と、日本人学生では「授業がつまらない」「朝ねぼうしたとき」などの 回答が圧倒的に多く、「病気」や「疲れ」はほとんどないが、留学生の 場合には、両者がいずれも均衡しており、その意味でも留学生は、日本 人学生よりもきびしい環境の中で学習を続けていることが推測される。 また、質問5のSQ「将来の明確な目標をもっている どんな目標で すか」に対する回答をみてみると、日本人学生の場合には、「公務員」 「教員」「システムエンジニア」など具体的な職種をあげているものが多 いが、留学生の場合には「国の架け橋」「自分の会社を創ること」「人に 役立つ人間になること」などをあげているものが多い。「明確な目標」 という質問に対して日本人学生が具体的でより現実的な回答をしている のに対し、留学生は「明確な目標」ということばにむしろ「高い志」の イメージを重ね合わせているのである。これらのことから、日本人学生 と留学生の学習活動をめぐる背景の違いを以下のように推論することが できるだろう。 ①国境を越えて生きる留学生にとっては、留学の成果を証明するも のは「実力」であって、卒業証書ではない。いいかえれば、成果 をあげようと思えば勉強するしかないため、入学後も学習の動機 が高い。 ②大学入学に至るまでの社会的経験が豊富なため、すでに明確な問 題意識をもって大学に進学してきている。その意味でも学習の動 機が高く、困難な状況にもめげない。 ①については、日本人学生でも企業の人事採用システムの変化や社会 の国際化を視野に入れれば、当然求められてくるものであろう。今後日
本の大学が国際的に高い評価を得るためには、こうした明確な問題意識 と学習意欲をもった外国人留学生の声を大学の計画立案に反映させてい くことが求められるであろう。次節以下、外国人留学生と日本人学生と に分けて大学評価を分析したのはそうした理由による。 なお、Vllの質問1∼5のうちの質問2、3、5および12は相互にやや 高い相関を示している(相関係数.241∼.383)。したがって、これらの質 問群をまとめて仮に「学習への積極性」と呼ぶとすると、この積極性の 高いグループと低いグループとでは大学評価のしかたや自己信頼のあり 方などに何らかの違いがあることが予想される。そこで、3−2以下では、 この積極性の高さによるクロス集計とその分析も行った。 3−1−3 大学生は大学生活にどんな活動を期待しているか(Vllの質問6・−10、及びFA) まず、質問6∼10までの回答の評定値の平均を日本人学生全体と留学 生全体とで比較してみると、質問10「専門知識・技能や資格を身につけ たい」を除く4項目で、日本人学生のほうが留学生より高い(1%以下 の危険率で有意差あり)。また、東洋大学の日本人学生と留学生とを比較 してみても、質問6、10を除く3項目で、やはり日本人学生のほうが平 均が高い(1%もしくは5%の危険率で有意差あり)。 前述したように、3−1−2では、留学生のほうが厳しい環境の中で、高 い学習の動機をもち、自己の学習を積極的に評価していることが明らか になったが、ここでは日本人学生のほうが大学生活に寄せる期待が大き いことを示している。このことは何を意味するのだろうか。いま質問の 内容をもう少し詳細にみてみると、大きな差を示した質問7、8、9 は、「さまざまな体験をしたい」「色々な人と友達になりたい」「大学4 年間の自由な時間をたのしみたい」という表現になっており、これは、 大学に求めるものが従来の知識や技能中心の学習から大きく転換してい ることを示すものである。このことは、自由記述回答をみるとよりはっ きりする。とりわけ「学生が自己研鎖をする際に、大学は何をすべきで
すか。自由に書いてください。」という質問に対して、日本人学生は 「学生同士で話せる場がほしい」「学問的な授業以外に人間的に成長で きるような授業をつくる」「学生が色々な体験をする場をつくる」など の回答が多く、大学に期待する役割は、むしろそうした体験的で人間形 成的なものに傾いてきていることがわかる。一時期「モラトリアム」と いう言葉でくくられた大学生のこうした欲求を、学習とは相矛盾する別 個のものととらえるのは、いささか性急ではないだろうか。つまり、留 学生のような高い学習の動機や「高い志」をもたずに入学してくる日本 人学生にとっては「なぜ学ぶのか」を問いなおし、学習を支えあう仲間 や人間形成が強く求められているのではないだろうか。いいかえれば、 留学生の学習観を「知識重視型」と呼ぶなら、日本人学生の学習観は 「体験重視、人間形成重視型」と呼ぶことができるのではないか。こう した日本人学生の学習観にも、大衆化時代の大学は応えていかなければ ならないだろう。 3−1−4 大学生は自分への信頼、まわりから信頼されているという自信があるか(MIIの質問1∼10) まず、Villの質問1∼10までの回答の評定値の平均を日本人学生全体と 留学生全体とで比較してみよう。後掲資料1.にもあるように、質問 1、3、4、7、9、10の7項目にわたって留学生のほうが日本人学生 よりも高いことがわかる(1%以下の危険率で有意差あり)。また、東洋 大学の日本人学生と留学生とを比較してみても、質問3、4、7、9、 10の各項目で留学生のほうが日本人学生よりも平均が高い(1%以下の 危険率で有意差あり)。 これらの質問は、いわゆる自己信頼とソーシャル・サポートの高さを 尋ねた質問で、たとえば質問1「私には個性的な良いところがたくさん ある」、質問3「私には困った時や岐路に立たされた時、相談できる先 生がいる」、質問4「私は家族に愛されていると思う」質問7「困難に 直面しても、自分の力を信じて前向きに生きることができる」、質問9
「自分は困難を乗り越えてきた実感や自信がある」、質問10「自分は 身の回りの人から信頼されている」などから構成されている。 一方、日本人学生のほうが留学生よりも高いと認められる項目は質問 2「私には一生つきあいたいと思うような良い友達が多い」に対する回 答のみで、日本人学生全体と留学生全体とを比較したとき、日本人学生 のほうが高いといえる(1%以下の危険率で有意差あり)。留学生は生ま れ育った地を離れ、異郷に暮らしているという事情、日本社会では留学 生が日本人学生と友人になりにくいと感じている事情(6)などを考慮す れば、これは無理からぬことかもしれない。しかしこれも、東洋大学の 日本人学生と留学生とを比較してみると、両者の問に有意差は認められ ず、必ずしも日本人学生のほうが「友人が多い」とはいえないのであ る。 以上のことから、全体に留学生のほうが日本人学生よりも自己信頼や ソーシャル・サポートは高いと結論づけることができる。家族と離れ、 文化的にも社会のマイノリティ的存在である留学生が、なぜ高い自己信 頼とソーシャル・サポートを維持できるのか。言い換えれば、恵まれて いる存在であるはずの日本人学生がなぜ自己信頼とソーシャル・サポー トを得ることがむずかしいのか。この問いを解くことが、今後大学教育 を考える上での重要な研究課題となるであろう。 3−1−5自己信頼、ソーシャル・サポートと大学への期待(WlのFA) Vlllの質問の最後に、「あなたの生き方や考え方を高めるために、大学 は何をすべきですか。あれば自由に書いて下さい。」という質問がある。 この質問は、大学が大衆化してきたことによって、学生が大学教育に求 める役割が知識や技術から人格形成へと移行しつつあるのではないかと いう仮説にたっている。しかし、前述したように、日本人学生の学習観 が「知識重視型」から「体験重視型」「人間形成重視型」へと大きく変 化しつつある一方で、留学生のように依然「知識重視型」の学生もいる
ことを考えると、学生の要求を「体験重視」だけでくくることができる ほど問題は単純ではないようにも思える。つまり、どのように学生と教 員の頭(知識)と手(技術)と体(体験)を大学教育の中にとりこみ、 理念をもって学生の人格形成にかかわっていくべきかを議論すべき時期 にきているといえよう。しかし、もしも大学が学生の人格形成にかかわ るとしたら、どういうかたちで今後かかわっていくべきか、そのための ヒントを学生の回答の中からさぐってみたい。 ここでは、日本人学生と留学生の回答の特徴をより明確にするため に、この質問に対する回答を以下の9のカテゴリーに分類してみる。 ①学生の意見を聞く場、学生が意見を言える場を設ける ②学生の主体的活動(サークルなど)を支援する ③多様な学習の機会や情報を提供して学生を刺激する ④多様な人との接触、話し合いや経験の機会を作る ⑤授業の選択の幅を広げ、自由度を高める ⑥教員や授業の質を高め、指導を徹底し、相談にのる ⑦環境や施設を提供し、利用方法を改善する ⑧学生自身の問題なので、大学は何もしなくてよい ⑨ その他 まず、日本人学生の回答をこのカテゴリーにそっていくつかひろって みよう。①「もっと自分の意見を発表できる場をつくるべきだと思う」 ②「所属している学科の専門的なことだけでなく、他のことも経験でき る環境を提供してほしい(サークル活動を支援するなど)」③「いろいろな 考えを持つには、ボランティアを取り入れてほしいし、アルバイトも積 極的に紹介してもらいたい。サークルもいろいろつくってもらいたい」 ④「友達をつくれるような、他人との交流の機会をふやすこと」⑤「選択 科目の幅を増やすこと」⑥「授業を通して社会に役立っこと(その授業 の専門の内容のみならず)や自分の体験談など、とにかく、いろいろな
役立つ話をしてほしい、ちょっとの時間でもいいので」⑦「とりあえず 図書館を長期休暇の時も開放してくれ。あとは自分でなんとかする」 「大学へきてから、とてもよい友達にめぐりあえたと思っています。で も悩んだりしたときのための相談室はちょっと入りにくいです」⑧「学 生が能動的にすべきで、あまり大学があれこれいうことではないと思 う」「生き方考え方を高めるのは、大学側がするのではなく、学生自身 がするのだから、大学がすべき特別なことはないと思う」⑨「いろんな 人たちと語り合うための場となるようになればうれしいです」。 次に留学生の回答を、やはり上記のカテゴリーにそってひろってみ る。①なし ②なし ③「いろんな経験するような場所」「『宗教を問う』 というイベントのポスターを見て、なるほどと思いました。イベントな どを開いて学生たちの関心をとりもどすのもよいと思う」④「友達にな りやすい環境をつくってほしい」⑤「とにかく知識をできるだけ得られ るようにしてほしい。選択科目をふやし、ムダを少なくしてほしい」⑥ 「知識が豊かで、研究に熱心、学生に責任感のある先生をそろえること」 ⑦「困った時に、大学の方が相談にのってくれること。第ニキャンパス で国際電話、郵便局、銀行のキャッシュ自動機械、「学生の声」ポスト の設置を期待している」⑧「自分の生き方や考え方は自分の責任です」 ⑨「うちの大学らしい大学をつくる」。 まず、もっとも重要な論点は「大学が人格形成にかかわるべきか否 か」また「大学という場が人格形成を行う場としてふさわしいか、そも そも可能か」といった議論がある。これについての学生の主張として は、⑧にみられるように学生自身の問題であって大学がかかわるべきで はないという意見が多い。確かに、人格形成上の目標を決めるのも、そ してその評価も、責任の所在も主体はすべて学生自身にある。したがっ て、もしも大学がそれにかかわるとしても、外的な環境整備の役割に留 まる(カテゴリーの②、⑤、⑥、⑦)ほかないという議論も多いだろう。
しかし、一方で学生は、自分自身が何を求めているのか、何を目標に何 を学ぽうとしているのかがはっきり見えていない段階では、カテゴリー の①、③、④のように、大学にいわゆる「意識を高める」(awareness− raising)という役割を求めている。留学生が、この後者の役割を日本人 学生ほど期待していないのは、彼らがかなりはっきりした目的意識をも って大学に入学してきているという事情によるものと思われる。 このように考えてみると、今後の大学は、明確な目的、目標をもたず に入学してくる学生を刺激し、意識を高めるためのプログラムを用意し ておく必要があるかもしれないということである。そしてそれは、いま までのように、到達目標とカリキュラムがアプリオリに用意されている ようなものではなく、むしろ場と材料を提供し、あとは学生が自分自身 と、または他の学生と「対話」することによって自分自身の目標をみつ けていけるような、いわばvalue−freeのプログラムである。そしてじ つは、今回のようなアンケート調査そのものが学生自身の意識化作業を 助けるという一面があることを、つぎのような学生の記述から、発見し たのである。 「自分が大学生活について思っていることを他人に言ったり書いたり する機会がほとんどないので、自分の学生生活を振り返り、今の自分を 見直す一つのきっかけになったと思う」「質問に答えているうちに、自 分自身が抱えている問題を発見できるような気がする」「今まで考えな いようにしてきたことや、気づかなかったことがこの調査に参加して意 見や考え方を文字に表したことで、はっきりしたことが多くありまし た。これからの自分をもっとはっきり決めていくためにもとても役に立 ちそうです。ありがとうございました」(「質問IX この調査に対する意見 を、自由に書いて下さい」に対する自由記述回答より)。
3−2セルフ・イメージと大学評価の関係 3−2−1 大学に対するイメージの分析(担当:石垣) 1)大学に対するイメージ 学生は自分が籍を置く大学に対して、どのようなイメージを持ってい るのであろうか。そのイメージの内容が肯定的であるか否定的であるか について、まず資料1を見てみよう。ここでは質問項目1∼8につい て、目立った違いが日本人学生と留学生の間に認められる。1から5ま での質問については全て留学生が肯定的な回答をしているが、6、7、 8については全てのカテゴリーにおいて、日本人学生の方が肯定的回答 をしている。この理由として、留学生が自己基準にもとつく大学イメー ジを想定しているのに対し、日本人学生は、社会的基準にもとつく大学 イメージを想定しているのではないかと推測される。さらに総合的判断 をもとめる10番目の質問項目では、4大学総合と東洋大学共に、「私が 通っている大学のイメージ」は留学生の方が良いと答えている。 では質問項目1∼5のSQを見よう(項目については資料を参照された い)。1.のSQは「建学の精神に魅力を感じる どんな建学の精神で すか」である。東洋大生は、「哲学を基礎とする」「諸学の基礎は哲学に あり」と答え、東京国際大学生は「国際人の育成」と答え、猫協大学生 は「学問を通じての人間形成の場である」と答えている。回答数の多さ から見ると、こうした認識は留学生・日本人学生を問わず定着している ものと考えられるが、早稲田大学の場合、建学の精神が言葉として述べ られているのは、数件に止まっていた。4のSQは「大学のイメージが 入学後に良い方向に変わった。変わった今のイメージを書いて下さい」 である。回答は、「思ったより明るい」「活気がある」「けっこう勉強す る」「授業の内容が良い」「自由」「設備が良い」などに加えて「皆見え ないところで頑張っている」「第一志望の大学ではなかったが一中略 やりたいことができる大学なので今は充実している」など、大学生
活の経過とともに積極的な評価と自発的な行動が生まれていることを示 している。5のSQでは、「校風に魅力を感じる どんな校風ですか」 となっている。1のSQで、建学の精神について答えている学生も、大 学生活の中で実際に何を校風の魅力と感じるかとなると、日本人学生と 留学生の別なくまとまった印象がないという結果であるが、回答には、 4大学共通に「自由」「のんびり」「気取らない」などが多かった。これ に対して、7、8のSQの回答を見ると、7の「今後、教員にどのよう な活躍を期待しますか」はマスコミや社会での活躍が最も多く(33%)、 8の「今後、卒業生にどのような活躍を期待しますか」は有名になる・ 日本の核になるなどの回答を含めて広く社会的に影響を与える活躍 (20.6%)や、スポーツ・芸能界での活躍も期待されている。その一方 で、節度の無いテレビ出演に対する教員への批判は厳しい。7のSQの 回答として、学問研究・学会活動を期待する(13.1%)、教育への関心・ 充実(12.7%)が、マスコミや社会での活躍を期待する(1位)に次ぐ 高い割合を占めている。卒業生の活躍に対する期待は、社会的活躍とい う点で似ているが、社会に出ている先輩のあとを追って自分も社会に出 ていくという身近な感覚で捉えられているので、期待の内容が違ってい る。 以上SQの回答から推測すると、1∼5のグループの質問内容に比べ て、7と8の質問内容は、在学する学生自身の主体的な判断や活動によ って変化するような事柄ではなく、むしろ大学を、外部からマスコミな どの尺度でランク付ける指標と重なるものがある。ここでは、日本人学 生が教員や卒業生の社会的活動に期待し、一様に強い関心をもって母校 の社会的活躍を肯定的に捉えているために、このような結果になったと 考えられる。 2)大学に対するイメージの評価とセルフ・イメージの関係 大学に対するイメージを「学習への積極性」と「自己信頼とソーシャ
ル・サポート」との関わりの観点から検討する。4大学の総合と東洋大 学生共に、「学習への積極性」と「自己信頼とソーシャル・サポート」が 共に低い者、「学習への積極性」が低い者、「自己信頼とソーシャル・サ ポート」が低い者の全ての条件で学生は、各項目に否定的に答えている のは特徴的である。即ち、「学習への積極性」と「自己信頼度とソーシ ャル・サポート」の充実度が高いか低いかによって分けた場合、資料1 で際立った特徴として現れた、項目1∼5までのグループと、6、7、 8のグループの設問に対する回答の差は消える。この結果は、まさに、 われわれが仮説として立てたセルフ・イメージとの関係で大学評価を分 析することの意味が現れたといえよう。具体的には、学習に積極的に参 加していて、しかも、友達とのソーシャル・サポートの授受があるセル フ・イメージの高い学生の方が自分の大学を高く評価している。逆に、 セルフ・イメージの低い学生は自分の大学のイメージも低く評価してい るという関係が認められたことは、学生のセルフ・イメージを高める努 力が同時に大学の評価を高めることに繋がると考えられて、興味深い。
3)今後どのような個性を持つ大学になってほしいか(1の
FAWY)
セルフ・イメージが肯定的な学生は自身の大学生活に積極的にかかわ り、それを肯定的に捉えている。ではFAの中にどのような回答がある か、次に見てみよう。 先ず、「今後、どのような個性を持つ大学になってほしいですか」で は、第1位が個性・魅力のある大学で26%を占める。その具体的内容は、 「独創性」「伝統」「時代の先を見る」「アカデミック」などとなってい る。2位が人間を創る大学(11.3%)である。その内容は、「生きてい くことについて考える」「哲学の英知」「討論のできる大学」などとなっ ている。「講義内容の充実」や「注目される大学」、そして「環境・施設 の整備」などがそれに続く。ここには学生の自覚と責任に係わる主体的なものが多く挙げられていて、大学評価に対する学生の姿勢が示されて いる点注目されるところである。特に改革のための提案には、「学生の 意見を汲み上げて欲しい」という意見があり、改革に対する切実で積極 的な姿勢が示されている。 次に「上記のような大学になるために、大学は何をなすべきですか」 では、「授業内容の充実」「評価法の改善」が13%、「カリキュラムの改 革」が12.5%、「教員の個性」が9.6%と、具体的な指摘がある。回答は 分散しているが、上記の「学生の意見を汲み上げて欲しい」7.2%や、 「外国の大学との提携」「留学生を増やす」、「入学は簡単でも卒業は難し い大学」などがある。 回答を通じて明確なのは学生自身がよりよい大学を求めて積極的に係 わろうとする態度を持っていることであり、この調査が、学生の身の回 りの問題を意識化するための契機になっていると同時に、学生を発言者 として位置づけることの妥当性を肯定する結果ともなっている。 3−2−2 校舎や施設に対する満足度評価とセルフ・イメージ(担当:石垣) 1)校舎や施設に対する満足度 日本人学生と留学生との校舎や施設に対する満足度は留学生の方が肯 定的な回答をしているのが分かる(資料1.参照)。例外は設問2の校舎 への交通の便についての東洋大学生の回答で、日本人学生の方が肯定的 と出ているが、全般的に、評定値的には3のどちらでもないの前後であ り、校舎や施設に対する満足度は決して高くはなく、潜在的には改善が 要望されていると解釈すべきであろう。また、内容的には、5「ビデオ やOHP等の教育施設」、6「図書館の蔵書や閲覧室」、7「パソコンな どの情報機器」、9「スポーツや健康増進施設」などの施設や設備の方 が、校舎の立地条件や交通の便よりも評価が高く、特に留学生からは施 設や設備は相対的に肯定的に受け止められている。 2)校舎や施設に対する満足度評価とセルフ・イメージの関係
セルフ・イメージの高いグループと低いグループに分け、その結果 (資料2)を見ると、項目11の大学の校舎・施設の整備に関する東洋大 学生の回答を除き、他の全ての回答は、「学習への積極性」「自己信頼と ソーシャル・サポート」の高いグループが、低いグループに比べて各項 目に対してはっきりと肯定的な結果となっている。このことは、校舎や 施設という一定の環境が、学生生活に対する学生それぞれの関わり方、 即ちその主体的在り方によって、違って受け取られるということを意味 している。自信があり積極的な学生が、環境を満足すべきものと評価し ている点は興味がある。3つのセルフイメージ条件のほとんどで肯定的 評価が高い項目を見ると、7「パソコンなどの情報機器は使いやすい」、 8「寮やセミナーハウスなどの校外施設は整っている」、9「スポーツ や健康増進施設は整っている」の3項目である。これらの施設は積極的 に利用して、初めて適切な判断ができることを考えると、セルフ・イメ ージの高い学生は、実際に利用していて、しかも施設・設備を肯定的に 受け取めていると推測される。 それでは、SQについて、どのような回答をしているかを具体的に見 てみよう。項目4のSQ「シンボルとなるような建造物やモニュメント がある その建造物は何ですか」については、付属研究施設、主として 「図書館」「コンピュータ室」などが46%と最も多い。次ぎは「創立者 や建学の精神を示す建物」(20%)などが挙げられている。シンボルと なる建造物と問われて、図書館やコンピュータ室などが第1に挙げられ るのは、回答した学生のキャンパスライフの実際を反映しているのであ ろう。4のSQ「思索を巡らしたり、自由に話し合える空間がある 利 用している場所はどこですか」については、「食堂・カフェテリア」「部 室」「寮」などが43%で最も多く、「屋外の広場」16%、「図書館・学科の 研究室」13%がそれに次ぐ。 3)学習環境の快適性を高めるために何を期待するか(IIのFAか
ら) 次ぎにFAから、学生の要望はどのようなものかを見よう。「学習環 境の快適性を高めるために何を期待しますか キャンパスや校舎に対し て」は、最も多い35%の回答が「交通の便」や「近くに店が欲しい」こ となどを挙げている。「校舎間の距離」や「駅から遠いこと」も不満の 理由である。楽しいキャンパスライフにはマイナス要因となることは確 かであるが、容易には改善の望めない問題である。大学が設置されると き、一つのコミュニティーとしての生活空間が作られるのではなく、大 学教育に必要な設備だけが集中する都心型のキャンパスが一般的である から、今後、地方にキャンパスが分散して建てられるようになると、こ うした不満をどのように解決していくかが課題となってくるであろう。 現状では、止むを得ない条件として妥協的に受け入れていると思われる が、魅力ある大学作りの基本的要件として重要であろう。 次に、「教育機器とその利用手続きに対して」要望を聞いたものであ るが、「手続きの簡素化」「時間延長」「自由に」などの要望が1位で28 %、それに次ぐのは、「満足している」「特にない」の24%である。パソ コンに対する要望が19%となっている。内容は、「新しくする」「数を増 やす」「マニュアルを増やす」「講習会」「インターネット」「Windows 95」など、新増設、操作に習熟すること、新機能の導入が望まれてい る。パソコンの使用は一層拡大するであろうから、使用のソフト面での 利用者支援態勢を整えることが重要であり、学生の要望もそれを示して いる。「授業で勉強したかったが取れなかった」「授業を受けていなくて も気軽に使える」「いつでも相談できる指導員の常駐」など、使いこな すことを基本に多くの希望が各大学共通に認められた。また、利用時間 の延長希望が多いことも図書館の場合と同様である。 充実が望まれる施設については、図書館とパソコン関係に集中してい て、「プール」や「トレーングルーム」などのスポーツ関係の施設につ
いての希望(3.3%)を引き離している。これは現在の学生の関心を示 しているとしても、学生の健康増進や管理について軽視して良いという ことではないであろう。 以上をまとめると、1.の大学に対するイメージと、II.の大学の施 設や立地条件についての学生の意見は両者とも、自己信頼が高く、ソー シャル・サポートの高い学生が低い学生より肯定的であり、留学生は日 本人学生に比べて圧倒的に肯定的であるという結果が出た。これは留学 生は年令も高く、社会生活の経験を経ていて生活目標が定まっているこ とと深く関わっているのであろう。大学イメージについて望ましい大学 を実現するための自由記述には、「学生の意見を汲み上げる」「自治会の 導入」「学生と教員とのコミュニケーション」「留学生と日本人学生の交 流」「図書館の24時間利用」「大学の個性的魅力」「教員の魅力」など、 全般に建設的な意見が留学生に特徴的であり、日本人学生の回答にしば しば見られるような全面否定の記述は、留学生には見られない。 これからの大学像を考えるとき、大学イメージについては、独自の理 想を掲げて個性的な魅力を打ち出すことが大学教育の基本である。ま た、学習環境としての校舎や施設面から学習環境の快適性を高めるため の改善提案が、図書館、情報関係の充実に意見が集中していることは、 学生が求めている教育の方向を大きく示すものとして注目される。 3−2−3 学習活動の充実度評価とセルフ・イメージ(担当:今田) 大学での自分の学習活動が充実しているかどうかに関しては、東洋大 学だけではなく、調査した4大学とも日本人学生と留学生とでははっき りした違いが表れている。それは「現実の大学生活の充実度」「自己信 頼およびソーシャルサポートの充実度」の高低にかかわらず、日本人学 生に比べて留学生のほうが自己の「学習活動の充実度」を肯定的に捉え ているということである。これは日本人学生が留学生と比べて大学の学 習環境について、より不満を抱いていることでもある。これらを「授業
への要望(項目1∼4、8、9、10)」、「教材・設備利用(項目5)」、「シ ステム(項目6、7)」の各方面から見てみる。 1) 授業への要望 留学生が日本人学生より「学習活動を充実したもの」と捉えている が、その中でただ一つ例外がある。それは項目8「成績の評価」に関し てである(資料1.III−8)。この成績評価に関しては日本人学生、留学 生の区別なく多くの要望がFAとして出されている。 その要望を分類すれば ①平常点重視…………出席点の重視、普段の学習態度・努力、実力 の重視 ②試験評価基準………明確化、寛大化 ③評価情報の開示……半期ごとの成績の通知、途中経過の通知、テ ストの返却、点数・平均点の開示 となる。この中では①「平常点重視」が一番多く19.4%、試験の点数で の評価に対しては②のうち「評価基準の明確化」が15.0%、さらに「評 価基準の寛大化」を求めるものが11.1%である。もう一つの要望は「評 価情報の学生への開示」である。これは「半期ごとの成績の通知、途中 経過の通知」(10.0%)や「試験結果の通知(テストの返却、点数・平均点 の開示)」(10.0%)などの内容となる。 学習活動を「授業の面」(項目1∼4、10)からみると「資料1および 2.各III−1∼4、10」のようになる。この中で有意差がある項目の1つ は、4「外国語教育(留学生は日本語教育)の内容は充実していますか」 である。外国語については、どこの大学でも日本人学生の外国語教育よ り留学生対象の日本語教育が充実していることの証明でもある。だが、 「授業を通じての教員との個人的接触」は日本人学生、留学生の間にほ とんど違いがなく、ともに低い。FAでは「学生と学生、学生と教員と の間にコミュニケーション(ディスカッション)がある」あるいは教員
の熱意が感じられる、先生に魅力がある、教員の話が分かりやすい」な どの授業は「少人数のゼミや演習」「実験や実習ができる」授業ととも に「個性的で魅力的な授業」として学生に歓迎されている。 これら授業への案内役である、9「履修要覧の充実度」については留 学生が肯定的である。これは留学生が授業に関しては履修要覧に頼り、 そしてそれを利用し、役立てているということなのだろう。履修要覧へ の要望をFAでみると「もっと具体的に、詳しく、分かりやすく」 (28.7%)、「実際の講義内容との一致を」(13.2%)など厳しいものがあ る。と同時に「成績の評価方法」(7.0%)、「前年度の履修状況、単位取 得状況」(2.3%)など成績を気にする学生の気持ちが素直に表現されて いる。だが、一方では「学生からみた講義の評価の紹介」(3.9%)を求 め、「先生の生の声、写真、個人的なこと」(4.7%)を知ることで教師 との接近をはかる一つの手段にも使いたいという希望がある。 2) 教材・設備利用の充実度 項目5「教材・設備の面」では留学生が、より「自由に利用できる」 と感じている。利用したい教材・設備をFAから拾うと「PC教室、パ ソコン、ワープロ、CD−ROMなど」の情報機器が34.8%と三分の一を 超え、以下「英語などの語学教材(テープ、ビデオ、AVライブラリー)」 (23.2%)、「図書館」(18.2%)、「LL教室、 AV教室」(9.1%)となる。 だが、これらは「いつも混んで」おり「コピー機を増やしてほしい」 との声もあり、留学生のなかには「パソコン教室に先生がいたら」とい う要望もある。ここの質問は「利用状況」であって、大学への要望につ いては聞いていないにもかかわらず、このような声があがるのはそれだ け学生にとって切実な問題といえるのではなかろうか。 3) システムの充実度 項目6、7の留学制度や科目選択などのシステムの面から学習活動を みると6「留学制度の充実」と7「科目選択の自由度」では同じく留学
生が肯定的である(資料1.III−6、7)。セルフ・イメージとして「学習へ の積極性」と「自己信頼とソーシャル・サポート」の充実度が高い学生 は「留学制度の充実」を肯定するが「科目選択の自由度」では違いがほ とんど認められない(資料2.III−7)。これは、特に留学生の場合、「不 自由さ」などの表現で科目選択に不満を感じているのと同時に、科目選 択に関する情報が「履修要覧」に強く頼る以外には友人たちなどから入 ってくる機会が少ないことを示すのではないだろうか。大学にとっては 「履修要覧の整備」のほか、オリエンテーションの充実など現行のシス テムの中にあっても改善策を模索すべきであろう。 4)学習活動を充実させるための大学への期待(自由記述から) 大学に期待することのFAでは「講義内容」に関するものがトップの 18.0%で「学習意欲を高めるような」「分かりやすい」「社会で役立つ」 講義を望んでいる。「少人数の授業やゼミを増やす」などの「講義形態」 は8.6%で「少人数、ディスカッション、小テスト、レポート。出席し なくても単位がとれる授業はやめるべきだ」「一年次からのゼミの設置」 「自由に意見を交わしあえる授業」などがあげられる。そして「教師個 人」に関することが3.1%ある。「熱意が学生に伝わる授業が聞きたい。 大教室でマイクも使わずブツブツ話した教授。最前列(で聴講していた) のわたしでしたが、帰りました」という学生の声を教員はどう聞くの か。 システムに関するものでは「他大学との単位互換」が17.7%を占めて 学生の強い期待を表している。これは留学生の間からも数多くあげられ ている。「科目選択の自由度を高める」も11.0%と高い数字を示すが、 このなかには「他学部、他学科聴講」「一部、二部の相互乗り入れ」「語 学クラスの選択」「科目の学年配当をやめ、4年間で自由に必要単位を とる」ことなどを要求する。「留学制度の充実」(5.2%)、「セメスター 制導入」(2.1%)もある。「留学制度の充実」の具体的な内容としては
「費用の軽減、奨学金の給付」(30.1%)、「留学定員の増加、門戸の拡 大」(16.2%)などがある。 「教材・設備利用」に関するものでは「図書館、PC教室の充実」が 16.2%で、夜間・休日を含めた利用時間の拡大が圧倒的な要望である。 以上各方面から大学を評価してきたが、「総合的にみた大学での学習 活動の充実度」では東洋大学を含めた対象4大学で「現実の大学生活の 充実度」「自己信頼およびソーシャルサポートの充実度」が高い学生は 大学の学習環境を肯定的にとらえている(資料2.IIIの12)。 3−2−4キャンパスライフの充実度評価とセルフイメージ(担当1今田) 「キャンパスライフの充実度」は資料1.IVが示すように傾向や有意 差があるものは日本人学生が留学生より一般的に肯定的である。これは 留学生が肯定的だった、3−2−3「学習活動の充実度評価」の結果とちょ うど反対の関係になる。そしてそれはおおかたが予想できる「留学生は 学習に精を出し、日本人学生は学園生活を楽しむ」という大学生像を数 字的にも実証したといえるだろう。部分的に留学生が肯定的になる項目 もあるが、これはいずれも大学に対する評価であって、自分自身がキャ ンパス・ライフをエンジョイしているのとは違うのが興味深い。 キャンパス・ライフが楽しく充実したものであるかどうかは自己の積 極的参加と関連した項目1、3、7と対象とのかかわりと関連した項目 2、6、8。それに、そのための場所その他を提供する大学のサービス に関わる項目4、5、9、10、11に分けられる。 1)自己の積極的参加と対象とのかかわりとの充実度 「積極的参加」にかかわる項目のうち、サークルやクラブ活動では日 本人学生が肯定的で、積極姿勢を示している。留学生の参加が少ないの はアルバイトなどで時間が自由にならない、というようなのは体験的に 理解できる。留学生もFAで「アルバイトで忙しいが、積極的に参加し て日本人学生と交流を深めたい」「奨学金をもらえれば生活の費用はや
や助かる」などと答えている。しかし、ここでは同時に「日本人はアジ ア系学生への態度が親切だとは言えない」「留学生に対して態度が冷た い」「外国人を軽蔑していると思う」などと訴えてもいる。もし、これ らが留学生の積極的参加にブレーキをかける要因となっているとしたら 大きな問題である。 「対象とのかかわり」では項目6「大学で新しくできた友達がたくさ んいる」では留学生もそれなりに新しい友達ができているが、日本人学 生に比べるとはっきりした有意差がある。これは項目2「大学での親友 の存在」についても同じことがいえる。 2)大学のサービスと充実度 「大学のサービス」に関しては項目4、5、9、10、11の5項目の中 で傾向あるいは有意差があるものはわずかにすぎない。「自己信頼とソ ーシャル・サポート」の充実度の高い東洋大学生は、項目11「大学には 学生が意見を表明できる場や組織がある」ことを肯定的にとらえてい る。肯定的なものとしているものをSQから拾うと「学生生活課」、「食 堂」、「KANKAN(注:学内新聞)」、「学生相談室」、「アンケートの実 施」などをあげている。 もう一つの5「学生に対する広報活動」は留学生が肯定的にみてい る。広報活動への要望をFAでみると、「もっと分かりやすく、もっと 目につくように」(21.3%)しかもその内容は「学生に身近で役立つ情 報がほしい(生活や就職、奨学金、スポーツ、バイト)」(13.2%)。広報活 動をどこまでの範囲とするかは大学と学生の間でかならずしも一致する とはかぎらないだろう。FAでみるかぎり学生たちは休講掲示も広報の 範囲にいれており、「パソコンネットで休講情報を流してほしい」「休講 掲示はなるべく早く」などと要望している。また、11のSQ「学生が大 学に意見を表明できる場や組織」では「学生会、自治会、学友会」 (32.5%)があるが、「ないと思う、分からない」(16.9%)との回答もあ
る。 3) キャンパスライフを楽しむための大学と大学生への要望(自由 記述から) 「学生が主体的にキャンパスライフを楽しむために大学に望むこと」 (FA)では「サークル活動への支援や理解」(13.7%)がトップで具体的 には「規制しない」「欠席扱いにしない」「留学生サークルがほしい」な ど。続いて「イベント、企画、行事の充実」(12.4%)で内容は「大学 祭、球技、パーティ、講演会、コンテスト、留学生の交流会」などをあ げている。三番目が食堂、売店、セミナーハウス、スポーツ施設、自販 機、駐車場、禁煙コーナー、喫茶室などの「施設や設備の充実」 (12.1%)、そして「自由に語り合える場、憩いの場、交流の場や時間」 (11.1%)o 同じく「学生側に望むこと」では「自主性、積極性」(28.0%)が一 番多い。二番目は「責任感を持つ、マナーを守る」(15.2%)でサーク ルの食堂占拠、うるさい、無茶な学生運動などをやめてまわりに迷惑を かけないように望んでいる。「友人を作る、学生同士の交流をする」 (14.0%)の三番目に登場する。ほかに「学ぶ者としての自覚を持つこ と、大学生としての本分(勉学)を忘れないこと」(7.6%)。そして「留 学生に対してもっと心を開くこと(軽蔑されている、親切ではない)」 (5.2%)は先に問題提起したのを改めて確認することになる。留学生た ちとともに学ぶ意味を日本人学生はもう一度考えなくてはならないだろ う。 3−2−5卒業後の進路選択に対する支援体制の評価とセルフ・イメージ(担当:杉山) 1)卒業後の進路支援体制の評価 資料1.のVから、進路選択の支援体制を総合的判断(項目11)で見 る限り、評定値平均はどちらでもないを若干下回る値であり、日本人学 生も留学生も共に、進路選択に関しては大学から十分な支援を受けてい
ないと思っているようだ。個々の質問に対する回答も否定的である。但 し、項目6「卒業後も同窓生のネットワークを活用したい」は例外で、 どちらかというと肯定的回答である。しかし、これは支援体制というよ りは卒業後の学生組織そのものの利用についての項目である。 日本人学生と留学生を比較すると、「同窓生のネットワークを活用し たい」「大学院への進路指導」「将来の目標が明確になった」で、何れも 留学生の方が有意に肯定的回答をしている。他方、「大学の就職指導」 「先輩の就職先」「学生生活で得たもの」「大学生活で得たもの」は日本 人学生と留学生間で有意な差がない。 以上の回答は、大学や学生生活で得たものという様な抽象度の高い、 一般的な質問では日本人学生と留学生間で差がないが、進学指導や将来 の目標のように具体的な項目では留学生の方が肯定的に評価していると 解釈できる。2のSQ「頼りになる指導内容を書いて下さい」の回答を 見ると、被調査者に1、2年生が多いせいか、「まだ分からない」とい う回答も多いが、留学生の回答に、「外国人が働ける会社を紹介する」 「会社の就職情報や、会社紹介は頼りになる」などの就職課に対する期 待感が示されている。これに対して日本人学生の回答には「入学式の時 に、ここの就職はダメだと豪語された。なのに、学校案内には、就職は 向上していると書いてある(以下略)。」「指導以前に職員の態度が悪す ぎる」「全くなっていない」などの感情的に否定的な回答が散見される ことが目に付く。これらの回答からは、1、2年時から、学生との間に 不必要な緊張関係の存在すら伺わせており、なぜこのような印象をもつ 日本人学生を生むのかについて、その原因の解明や組織としてシステム 上の対処が必要なようである。他方、4のSQ「就職に際して、学生生 活で得たものは多いに役に立つ 得たものを具体的に書いて下さい」の 回答には、「人とのつながり」「クラブ活動、バイトでの仕事・対人関係」 を挙げた学生が5割を超えている。これは「知識」「「考え方、人を見