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中止未遂における中止の意義 利用統計を見る

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(1)

著者

萩原 滋

著者別名

HAGIWARA Shigeru

雑誌名

白山法学

13

ページ

91-114

発行年

2017-03-17

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00008539/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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中止未遂における中止の意義



萩 原   滋

Ⅰ はじめに Ⅱ 判例の現状 Ⅲ 検討 Ⅰ はじめに  中止未遂(刑法43条ただし書)は、①「自己の意思により」②「犯罪を 中止した」ときに成立する。実務上未解決の解釈問題は見たところ②の要 件の方に多くあるようである。  判例によれば、中止未遂が成立するためには着手未遂の場合には単に行 為を続行しないという不作為で足りるのに対し、実行未遂の場合には結果 を防止するという作為が必要であり、かつ行為者は結果を防止するため真 摯な努力を払わなければならないとされる。もっとも、着手未遂と実行未 遂とがどのように限界付けられるのか、また結果防止のためにどのような 行為を行えば真摯な努力を払ったことになるのかは必ずしも明らかでな い。この点、学説においては、作為による結果防止行為が必要か否かとい う問題と着手未遂か実行未遂かという問題とは異なる問題であり、前者の 問題は後者の問題とは無関係であるとする見解や、結果防止行為は「真摯 な努力」として公式化されるべきものではないとする見解も有力である。  このほかに次の論点も論議されている。すなわち、行為者が犯行を中止 したものの構成要件的結果が発生した場合に、およそ同条ただし書は適用 され得ないのか。また、行為者が結果防止行為に出て、かつ構成要件的結 果も発生しなかったが、結果が発生しなかったのは行為者の結果防止行為

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以外の事情によるものであった場合に(因果関係不存在)、同条ただし書 は適用され得るのか。  中止未遂の法的根拠につき法律説(違法減少説、責任減少説、違法責任 減少説)と政策説とが対立している。中止未遂では障碍未遂よりも寛大な 取扱いがなされる根拠につき法律説が犯罪論の枠内でこれを理解しようと するのに対し、政策説は違法又は責任の減少とは異なる政策的な理由(「後 戻りのための黄金の橋」、中止に対する褒賞、被害者の保護)に求める1。 両説の分岐点を尋ねていくと、未遂行為と中止行為との関係についての見 方の相違に行き着くように思われる。この点、法律説は、未遂行為と中止 行為とは一体不可分の行為であるから、それぞれを独立に評価すべきでは なく、これを全体評価しなければならないと解するのであろう。なるほど 事実をありのままに観察するならば、殺人行為と中止行為(不作為を含む) とは連続的に行われるものであるから、これを一体的に評価しなければな らないとする主張にも頷けるものがある。しかし、違法及び責任の評価は 実行行為について行うのが刑法解釈の常道である。不作為犯における作為 義務の発生根拠として「先行行為」や「引受」などの実行行為に属さない 事実が参照されることがあるが、その場合でも違法評価の対象はあくまで も不作為の実行行為である。また、正当防衛・過剰防衛の成否に関わって、 判例は「行為の一連、一体性」の見地から全体評価することがあるが2、未 遂行為(犯罪実現に向けた行為)と中止行為(犯罪実現の阻止に向けた行 為)との間には全体評価の前提となる基盤が存在しないように思われる。  ともあれ、本稿の目的は中止行為をめぐる諸論点の検討にあり、中止未 遂の法的性格についての検討は割愛せざるを得ないことをあらかじめお断 りしておきたい。 Ⅱ 判例の現状 1  中止行為と結果不発生との間の因果関係  犯罪の実行に着手した後に犯意を放棄し、中止行為に出たのにもかかわ

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らず、犯罪が既遂に達したときには、中止未遂は成立しない3。犯人が他人 の助力を得て既遂結果を防止した場合でも、中止未遂は成立し得るが4、犯 人と第三者とがそれぞれ独立して結果の発生を防止する行為を行ったとこ ろ、第三者の防止行為が功を奏して未遂にとどまった場合には、中止未遂 は成立しない。 【 1 】大判昭和 4 年 9 月17日刑集 8 巻449頁  (事実)被告人は、あらかじめ他人の居住する住居の床下に古新聞やマッチ の大箱を入れた空缶を置き、同空缶に石油を浸した麻縄を差し入れ、同麻縄 の先端を羽目板の外部に現出させておき、その翌日、同麻縄の先端部に点火 したものの、悔悟の念に駆られ、間もなく点火した麻縄を揉み消しそうとし たが、火災を発見した居住者が消火したことにより未遂にとどまった。  (判旨)大審院は、中止未遂が成立するには「犯人自ラ犯罪ノ完成ヲ現実ニ 妨害シタル事実ノ存スルコトヲ必要トスヘク原判示ノ如ク被告人自ラ点火シ タル麻縄ノ揉消ヲ試ミタルモ消火ノ効ナク被告人以外ノ者ニ於テ犯罪ノ完成 ヲ現実ニ妨害シタル場合ニ在リテハ」刑法43条ただし書は適用されないとし た。  本件被告人は、犯行を未遂にとどめるために真摯な努力を払ったかのよ うにも見えるが、その努力は実を結ばず、火は第三者の行為により消し止 められたものであり、犯人の行為と結果不発生との間に因果関係(条件関 係)がないとして、中止未遂の成立が否定された事例である。 2  積極的行為(作為)による結果防止 ( 1 ) 結果防止行為を必要とする類型とこれを必要としない類型  ドイツ刑法は、着手未遂(未終了未遂)ではそれ以上の実行を放棄した ときに、実行未遂(終了未遂)では既遂結果を防止したときに、中止未遂 が成立すると定める(ライヒ刑法46条、現行刑法24条 1 項 1 文5)。これに

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対して、日本刑法43条ただし書は「犯罪を中止した」とのみ規定し、着手 未遂と実行未遂とを区別していないが、着手未遂ではそれ以上の実行を行 わなかったときに「中止した」の要件が満たされるのに対し、実行未遂で は犯人自らの行為により既遂結果を防止したときに初めて「中止した」の 要件が満たされるとされるのが一般であった。 【 2 】大判昭和 7 年10月 8 日刑集11巻1448頁  (事実)被告人は放火したものの、気にかかり暫時の後放火現場を見に行っ たところ、火は燃え上がらず消えている様子だったので、燃えずによかった と思い、帰宅して就寝した。大審院は次のように述べて中止未遂は成立しな いとした。  (判旨)「苟クモ一定ノ犯意ヲ以テ之カ実行行為ニ出テタル以上爾後犯意ヲ 翻スコトアリタルトスルモ自己ノ意思ニ因リテ犯罪ノ実行ヲ中止スルカ又ハ 結果ノ発生ヲ防止スルニ非スンハ行為者ノ責任ニ何等ノ消長ヲ来スニモノニ 非ス」 【 3 】大判昭和12年12月24日刑集16巻1728頁  (事実)被告人が参加した恐喝の共謀に基づき恐喝行為が実行された後、被 告人は共犯者に犯行から一切手を引くと申し入れたが、その後被害者は畏怖 して現金を共犯者に交付した。  (判旨)「中止犯ノ成立スルニハ実行ノ着手アルモ未ダ行為完了前ニ在リテ ハ、行為者ガ単ニ行為ヲ止ムルノ不作為ニ出デタルコトヲ以テ足ルモ、既ニ 行為完了後ニ在リテハ、行為者ガ進ンデ結果ノ発生ヲ防止スルノ作為ニ出デ、 而カモ現実ニ結果ノ発生ヲ防止シ得タルコトヲ要ス。サレバ二人以上共同シ テ犯罪ノ実行行為ニ出デ、而カモ其ノ行為既ニ完了セルガ如キ場合ニ於テ、 共犯者ノ作為ニ出デ、而カモ其ノ結果ノ発生ヲ防止シ得タルコトヲ要スルモ ノト解セザルベカラズ。(略)仮ニ所論ノ如ク被告人ニ於テ翻意シテ共謀者ノ 一人…ニ対シテ「一切ノ手ヲ引クカラ承知シテ呉レ」ト申聞ケルノ事実アリ

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トスルモ、之ヲ目シテ結果ノ発生ヲ防止スル実効ナカリシノ事跡ニ徴スレバ、 原判決ガ被告人ニ恐喝罪既遂ノ成立ヲ認メ、中止犯ノ規定タル刑法第四十三 條但書ヲ適用セザリシハ固ヨリ当然ノコトニシテ豪モ異ムニ足ラズ。」  【 2 】は、たとえ犯意の放棄があったとしても、結果防止行為が行われ ていないため、中止未遂が成立しないとされた事例である。  【 3 】は、行為が完了している場合には、少なくともその者において共 同犯行による結果の発生を防止する作為に出て、結果の発生を防止したこ とが必要であるとしたものであるが、本件は犯行が既遂に達したという事 実からして既に中止未遂を認め得ない事案であった6。「行為が完了してい る」旨の指摘は、本件が実行未遂の類型に当たることを示唆するものであ る。しかし、刑法249条 1 項は脅迫により畏怖した相手方が財物を交付し たときに、つまり行為者が財物を受領したときに既遂に達するのであるか ら、恐喝行為がなされただけでは実行行為は終了したとはいえないように 思われる。 【 4 】東京高判昭和47年 3 月13日東京高判時報刑23巻 3 号41頁  「刑法第249条第 1 項の恐喝罪は、他人を恐喝する行為とこれに基づく財物 取得の行為とから成ることは、所論のとおりであるが、後者は、前者によっ て畏怖に陥った他人から財物の提供を受ける受動的な行為であって、前者の 目的そのものであり、その結果というを妨げない。…(記録によれば)被告 人において既に金員喝取の目的で脅迫行為に出て他人を畏怖せしめた以上、 その中止犯が成立するためには、その者に対して、害悪の告知を取消しその 畏怖状態を除去して財物提供の危惧から解放することを要し、単に被告人が 自らの意思によって前述のとおり放置したにすぎないときは、未だ結果の発 生を防止するために真剣な努力をしたものとはいえ」ない。  判旨は、被告人が被害者を脅迫して畏怖させた時点でその実行行為が終

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了したのかどうかについて明言を避けている。着手未遂か実行未遂かとい う概念的な方法に依拠するのではなく、被害者を畏怖させたことにより処 分行為がなされて既遂に達する可能性を高めた以上、被告人はその因果関 係に積極的に介入して結果発生を阻止しなければ「中止した」ことにはな らないと解したものであろう。  刑法43条ただし書にいう「止めた(中止した)」には単に犯罪を続行し ないという不作為で足りる類型と犯人が結果発生を防止するために積極的 な行為をしたことを要する類型とがあり、前者を着手中止とし、後者を実 行中止としてその取扱いに差異を設けるというアプローチは、ライヒ刑法 46条に由来するものであろう7。ドイツでは、着手未遂と実行未遂との限界 いかんにつき活発な論議があり、わが国でも見解が分かれている。 【 5 】大阪高判昭和44年10月17日判タ244号290頁  刺身庖丁で被害者を何回も突き刺そうという予謀が被告人になく、被害者 の左腹部に 1 回の刺突行為がなされた結果、肝臓に達する深さ約12センチメー トルの刺創を負わせたという事案につき、実行未遂とされた。 【 6 】福岡高判昭和61年 3 月 6 日高刑集39巻 1 号 1 頁  被告人は被害者の首筋をナイフで 1 回突き刺し、その傷は深さ 5 センチメー トルで気管内に達し、多量の出血と皮下気腫を伴うもので、出血多量による 失血死や出血が気管内に入って窒息死する危険があり、かつ、 2 度、 3 度と 続けて攻撃することを意図していたものではなかったという事案につき、実 行未遂とされた。 【 7 】札幌高判平成13年 5 月10日判タ1089号298頁  被告人は包丁で被害者の左胸部を 2 回突き刺し、内臓等を損傷した。その 傷害は、多量の出血とともに、そのまま放置すれば死亡するに至るほど重篤 なものであったが、被告人はそれ以上の攻撃を行わず、被害者を病院に搬送

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し、かつ、病院の関係者に自分が同女を刺した旨を申告し、病院からの通報 によって駆けつけた警察官により被告人は緊急逮捕されという事案につき、 中止未遂が成立するとされた。 【 8 】東京地判平成14年 1 月22日判時1821号155頁  被告人はたこ焼きピックで被害者の首筋を 5 回突き刺し、一般人の立場か ら判断して殺人の既遂に至る具体的危険を生じさせた。被告人が立ち去った 後、被害者は自ら110番通報して病院に搬送され、一命をとりとめた。被告人 は生じた危険を積極的行為により消滅させることなく現場から立ち去ったも のであり、中止未遂は成立しないとされた。  実行行為の終了時期については、行為者の認識(犯行計画を含む)を基 準としてこれを判定する主観説と既遂に至る客観的な可能性・蓋然性を基 準としてこれを判定する客観説とがあるとされるが、純粋な主観説を採用 した判例は見当たらない。【 5 】及び【 6 】判決のように行為者の主観面 を重視するときでも、既遂に至る客観的な可能性も併せ考慮されている (総合説)。この系列に属する判例として、大阪地判昭和年 6 月21日判タ 537号256頁及び東京高判昭和62年 7 月16日高裁刑速報昭和62年87頁があ る。  【 7 】及び【 8 】判決は、既遂に至る可能性・蓋然性を基準としたもの である(客観説)。両判決とも実行未遂という用語は使用されていない。 【 8 】判決において、既遂に至る可能性・蓋然性は一般人の立場から判断 されるべきだとされた点が注目される。【 7 】判決では被害者を病院に搬 送したことが評価されて中止未遂とされたのに対し、【 8 】判決では単に 現場から立ち去ったにすぎないとして中止未遂は成立しないとされた。こ の系列に属する判例として、東京地判昭和40年 4 月28日下刑集 7 巻 4 号 766頁、東京地判平成 7 年10月24日判時1596号125頁及び大阪地判平成14年 11月27日判タ1113号281頁がある。

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3  真摯な努力 【 9 】大判昭和12年 6 月25日刑集16巻998頁  (事実)被告人は、父親らが現住していた家屋の出入口辺りに松枝等を積み 重ね、これに点火してその場を立ち去り、隣家門前に差し掛かった際、屋内 より炎上する火勢を認めて恐怖心を抱き、隣家の者に「放火したから、宜し く頼む」と叫びながら走り去り、さらに叔父方へ走り、「今自宅へ放火したこ とを知らせてくれ」と告げた。隣家の者が直ちに現場に駆け付けて消火した ことにより、放火は未遂にとどまった。  (判旨)「中止犯ハ犯人カ犯罪ノ実行ニ着手シタル後其ノ継続中任意ニ之ヲ 中止シ若ハ結果ノ発生ヲ防止スルニ由リ成立スルモノニシテ結果発生ニ付テ ノ防止ハ必スシモ犯人単独ニテ之ニ当ルノ要ナキコト勿論ナリト雖其ノ自ラ 之ニ当ラサル場合ハ少クトモ犯人自身之カ防止ニ当リタルト同視スルニ足ル ヘキ程度ノ努力ヲ払フノ要アルモノトス」  被告人について上記努力を払ったものと認めることはできない。  被告人が放火の実行に着手したことにより、犯行が既遂に達する可能性 が高まっており、被告人もそのことを認識していたのであるから、本件の 実行行為は終了したものと見てよい。その場合に中止未遂が成立するため には、行為者は結果不発生と因果関係に立つ積極的行為に出る必要がある ところ(【 1 】及び【 3 】判決)、第三者の助力を得て結果防止行為を行う ときには、「犯人自身が防止に当たったのと同視するに足りる程度の努 力」を払ったと認められなければならないというのである。この要件は、 その後「真摯な努力」とも表現されるようになった。  真摯な努力を払ったかどうかの認定資料として考慮される事実は当然の ことながら多種多様であり、犯罪の種類によっても異なる。殺人罪では、 119番、110番通報、病院への搬送、傷害の応急処置、危険な場所から安全 な場所への移転、被害者の治療に当たる医師や警察官への真実の告知、被 害者に対する口止めや犯跡隠滅工作、傷害してから結果防止行為に移るま

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での時間的隔たりのほか、憐憫の情などの心情要素が考慮されることもあ る。真摯な努力を払ったと認められた事例として次の各判例がある。 前出【 6 】東京地判昭和61年 3 月 6 日  被告人は被害者の頸部をナイフで 1 回突き刺して大量の出血をさせた後、 タオルを被害者の頸部に当て、119番通報し、到着した消防隊員が被害者を救 急車に運び込むのに協力し、到着した警察官には刺したのは自分であると告 げた。 【10】東京地判昭和40年 4 月28日下刑集 7 巻 4 号766頁  被告人は、山中において被害者の頭部に対し人の頭大の石を 3 回投げ下し、 頭蓋内出血を伴う入院加療23日間を要する傷害を負わせたが、その後翻意し て被害者に対し素人なりの応急手当をした上、被害者と連れ立って下山し、 同人に医師の診断治療を受けさせた。 【11】東京地判平成 8 年 3 月28日判時1596号125頁  被告人はナイフで被害者の左胸部を 3 、 4 回突き刺した後、110番及び119 番通報した(裁判所は「最も適切な措置であった」とする)。 【12】大阪地判平成14年11月27日判タ1113号281頁  被告人は包丁で被害者の左胸部を 2 回突き刺した後、110番通報し、到着し た警察官及び救急隊員に素直に事情を説明した。  これに対して、真摯な努力を払ったと認められなかった事例として次の 各判例がある。 前出【 5 】大阪高判昭和44年10月17日  被告人は殺意をもって 1 回の刺突行為により被害者に肝臓に達する傷害を

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負わせたが、その後翻意して被害者を自動車で病院に搬送する途中、被告人 が刺したことを言わないよう被害者に口止めし、凶器を川に投げ捨てた。 【13】大阪地判昭和59年 6 月21日判タ537号256頁  被告人は被害者の背中をナイフで 1 回突き刺した後、被害者が自らナイフ を抜き取り、被告人に対し救急車を呼ぶよう指示したのに応えて、119番通報 したが通じなかったため、110番通報して自らの犯罪を申告した。  上記の判例はいずれも、中止行為と被害者の救命との間の因果関係(条 件関係)を明確に肯定したものではないが、その因果関係は存在していた と見てよいであろう。  前出【 6 】から【12】までの事例群では、いずれも殺意を抱いて傷害を 負わせた被害者を自ら病院に連れていくか、又は犯人が110番通報ないし 119番通報して被害者の救命に協力した事例であり、真摯な努力を払った ものと認められたのに対し、前出【 5 】及び【13】の事例群では、前者の 事例群と同様な行為をした犯人について真摯な努力を払ったものとは認め られなかった。なるほど、前者の事例群と異なり、【13】の事例の行為者 は結果防止行為を自発的に行っていないと評価する余地がある。しかし、 中止の自発性は「自己の意思により」の要件との関係で問題とすべき事実 であり、中止行為の問題としては行為者が犯行を中止する意思で、現に犯 行を中止したかどうかのみを評価すべきであろう。  前出【 5 】の事例では、被告人が刺したことを言わないよう被害者に口 止めし、凶器を川に投げ捨てた旨指摘されている。一般に、犯行の態様が どのようなものであったかを正確に知ることは治療する医師にとって有益 であるから、同事件の被告人が殺害の実行後に講じた措置は被害者を救命 のために最善なものであったとはいえないとする評価も可能であろう。

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Ⅲ 検討 1  刑法43条ただし書の既遂犯への適用  中止未遂は未遂犯の一種であるから、犯行が既遂に達した場合には中止 犯は成立しないと解するのが判例・通説であるが、一部の学説は既遂犯に ついても刑法43条ただし書が適用されると主張する。主観主義刑法理論を 標榜する牧野英一は次のように論じた。すなわち、「若し、中止未遂の特 例を認める趣旨が、いわゆる政策説の立場から離れて、専ら行為者の主観 的な或ものを基礎とし、心理的に考えられるべきものとするならば、その 中止行為の真摯性が立証せられる限り、結果がいかようにあろうとも、中 止未遂に関する特例が適用せられてしかるべきものと考えられよう。そう して、いわゆる政策説の立場からして論ずるとしても、行為者においてそ の中止行為に出るに至った以上は、政策上の目的はやはり達せられたの で、意外にも結果の発生を見るに至ったということは、この場合において 除外して考えてしかるべきであろう。」と8。これに対して、刑法43条ただ し書の政策目的は犯人に犯行を中止させて、法益侵害を防止することによ り、被害者の保護を図ることにあると見るときには、既遂結果が発生した 以上政策目的は達成されなかったということになる9。  香川達夫は、中止未遂をもって責任消滅事由と解する立場(責任減少 説)から10、適用説を主張した。すなわち、「自己の意思により止めた(中 止した)」とは、単なる故意の消滅・放棄ではなく、規範的意識の具体化 としての中止態様を示す要件であり、その具体化の程度により責任の消滅 あるいは減少を基礎付けることができる。それならば、そうした規範的意 識の具体化として中止されたのであれば、たとえ結果が発生したのであっ ても、なお中止未遂の成立は可能である、と11。責任減少説を首尾一貫させ た主張ともいえるが、責任減少説に立脚する学説の多くは、中止未遂が未 遂犯の一種として規定されている以上、既遂に達した場合にまで類推適用 することは困難であるとする12。

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 関哲夫は、殺人罪の中止犯には刑の免除まで認められるのに、傷害罪の 「中止」には刑の免除がないのは不均衡であると指摘して、未遂犯でなく てもこれを中止した者には中止犯規定に定められた特典を与えるべきであ ると主張する13。しかし、この見解は、傷害罪には未遂規定がなく刑法43条 ただし書は適用されないことを看過していると思う。傷害を伴う殺人の中 止未遂の場合、ほかに傷害罪の中止未遂が成立しているわけではなく、殺 人未遂と傷害とが罪数上一罪(法条競合又は包括一罪)の関係にあること から、軽い罪である傷害罪が独立の犯罪として取り扱われないというにす ぎず、刑の不均衡という指摘は当たらない14。 2  着手未遂と実行未遂の区別  大審院判例によれば、中止行為と認められるためには着手未遂(着手中 止)では犯罪を続行しないという不作為で足り、実行未遂(実行中止)で は既遂結果を防止する作為が必要である。着手未遂と実行未遂の限界すな わち実行行為の終了時期については、結果発生の具体的危険を基準とする 客観説と行為者の認識を基準とする主観説とがある。ドイツの判例・通説 は主観説を採り、行為者が犯罪の実現に必要と考えた行為をしたときに実 行行為の終了を認める15。ドイツ刑法とは異なり、わが国の刑法43条ただし 書が着手未遂と実行未遂とを区別せず、単に「中止した」とのみ定めてい ることから、着手中止か実行中止かを区別する必要はなく、因果関係を遮 断しなければ結果が発生してしまう状態が惹起されていないときには、中 止行為は実行行為に出ないという不作為でよく、その状態が惹起されたと きには作為により結果を防止しなければならないとする客観説が近時通説 となったとされる。  近時の通説が指摘するように、実行行為の終了時期の問題と中止未遂と 認められるためには結果防止行為(作為)が必要か否かという問題とをリ ンクさせる必要はないと思われる。例を挙げて説明しよう。行為者が殺意 をもって被害者に致死量の睡眠薬を投与した上、殺害を確実なものとする

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ために意識を失った被害者の首を絞めたが、その後翻意して被害者を放置 したまま、その場を立ち去った。被害者はその後第三者に発見されて病院 に搬送され、医師が胃を洗浄したことにより一命を取りとめた。この例で 首を絞める行為は睡眠薬投与に始まる殺人の実行行為の一部を構成するも のであり、行為者は実行行為の途中でこれを中断したのであるから実行行 為は終了していないと考えられるが16、中止未遂は成立しないであろう。  したがって、犯罪を実行したことにより因果関係を遮断しなければ既遂 結果が発生してしまう状態が惹起されていないときには、犯罪を継続しな いという不作為のみで中止未遂が成立し得るのに対し、因果関係を遮断し なければ結果が発生してしまう状態が惹起されているときには、結果を防 止する積極的行為がなされなければ中止未遂は成立しないと解するのが妥 当である。  犯罪を実行したことにより因果関係を遮断しなければ結果が発生してし まう状態が惹起されていたのに、行為者はまだその状態が発生していない と認識してそれ以上の行為をしなかったという場合に、どのように処理す べきかが問題となる。その場合、中止未遂における必要的な刑の減免根拠 につき違法減少ないし責任減少と解する見解では、違法減少事由(又は責 任減少事由)の錯誤として処理されるのに対し、政策説ではその錯誤は行 為者の罪責に影響しないと解されよう。  上記とは逆に、犯罪を実行したが因果関係を遮断しなければ結果が発生 してしまう状態が発生していなかったのに、行為者がその状態が既に発生 しているものと認識して犯罪の実現のために必要な行為をしなかったとい う場合には、中止未遂は成立しない。なぜならば、既遂(犯罪の完成)を 回避する意思(中止の意思)をもってそれを回避した事実があって初めて 刑法43条ただし書の「中止した」の要件が充足されると解されるところ、 この場合には中止の意思が欠けるからである。  いずれにせよ、犯罪を実行したが因果関係を遮断しなければ結果が発生 してしまう状態が発生したかどうか(以下単に「危険性」という)を判定

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するにあたり、行為者の認識は問題とならない。さらに問題となるのは、 危険性は行為者が犯意を放棄した時点に立って評価すべきか(事前判断)、 それとも裁判時に立って評価すべきか(事後判断)という点である。危険 性は行為者の認識いかんと関係付けられることはないとしても、中止未遂 の規定は社会一般に向けられたメッセージと考えるべきであるから、危険 性は行為者が犯意を放棄した時点において一般人が危険性ありと考える状 態であったかどうかにより判定すべきであろう。 3  結果防止行為と結果不発生との間の因果関係  行為者が犯罪の実行に着手した後に翻意して結果防止措置を講じたが、 それとは無関係な事情により犯行が未遂にとどまったという場合、すなわ ち結果防止行為と結果不発生との間の因果関係が存在しない場合に17、刑法 43条ただし書が適用され得るであろうか。刑法43条ただし書の法文上、結 果防止行為と結果不発生との間の因果関係の要否について明記されていな いことから問題となる。判例は因果関係必要説を採用するが、学説は、違 法減少説及び政策説では因果関係必要説が多いのに対し、責任減少説では 因果関係不要説が多い18。政策説を採る山口厚は、構成要件的結果を惹起す ることが具体的に不可能であり、中止行為と結果不発生(危険消滅)との 間に因果関係を欠く場合、中止未遂の特典を与えて結果発生を防ぐ必要は ないとする19。  これに対して、同じく政策説に立脚する佐伯仁志は次のように論ずる。 すなわち、中止犯の規定にとって、結果の防止は終局的な目的であって、 直接の目的は、実行の着手によって発生した結果発生の危険を消滅させる ことにある。結果の発生が不能であるにもかかわらず未遂犯の成立が認め られている場合とは、仮定的判断によって未遂の危険が認められる場合で あるから、そのような仮定的判断において認められた危険を中止行為に よって消滅させれば、すなわち、危険が現実のものであったと想定して、 それを消滅させる行為を行えば、中止犯の成立が認められるべきである。

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要するに、中止行為と(仮定的なものを含めた)未遂の危険性の消滅とい う意味での中止結果との間の因果関係があれば、既遂結果の不発生との間 に因果関係がなくても中止犯を認めることができる。例えば、致死量の毒 が入っていた場合に、病院に運んで治療を受けさせることで、中止犯が認 められるのであれば、致死量の毒が入っていた可能性を根拠に危険が肯定 される場合にも、そのような可能性に基づいて認められた危険は、病院に 運んで治療を受けさせることで消滅すると考えて、中止犯の成立を認める べきである、というのである20。  佐伯説に対しては、現に存在しない危険が消滅することはあり得ず、こ こでは二重のフィクションが想定されており、不能犯論における仮定的蓋 然性説の問題性が増幅して現れているとする批判がある21。中止未遂が障碍 未遂よりも寛大に取り扱われる理由は行為者が因果関係(危険性)を消滅 させたことにあるから、基本的には因果関係必要説が妥当である。ただ、 私見のように危険性は事前的に判断すべきだと解するときには、純客観 的・事後的には危険性が認められない場合であっても、事前的には危険性 が発生していると判断される事例の処理が問題となる。そうした事例に あっては、危険性が存在した場合には中止未遂が成立し得るのに、危険性 が存在しない場合にはおよそ中止未遂が成立し得ないという取扱いをせざ るを得ないこととなる。もともと危険性が存在しなければ、それを消滅さ せることもできないからであるが、このような不均衡な取扱いが不当であ ることは明らかである。それゆえ、可罰的な不能未遂の場合において行為 者が結果発生を防止するために真摯な努力を払ったときには、因果関係 (危険性)を消滅させたと否とにかかわらず中止未遂規定を類推適用する ことが許されると解する。 4  真摯な努力 ( 1 ) ドイツにおける論議  ドイツ刑法24条22によれば、犯人が任意に結果(既遂)を防止したときに

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は、処罰されない。結果防止行為と結果不発生との間に因果関係が存しな い場合も、犯人において結果が発生しないよう真摯に努力したときには、 不処罰である。また、判例によれば、結果防止行為と結果不発生との間に 因果関係が認められるならば、それだけで中止未遂が成立するわけではな く、任意に、結果を防止するために「真摯な努力をした」とき23、「ベスト な措置を講じた」とき24、あるいは「客観的に、又は少なくとも犯人から見 て既遂防止に役立つ行為をした」ときに25、中止未遂が成立するとされる。  この点、グリュンヴァルトは結果防止に役立つ程度の結果防止行為で足 りるとする。彼によれば、結果を防止するために真摯に努力したという刑 法24条 1 項後段の規定は、不能未遂の場合に、結果発生を防止したという 可能未遂の中止要件に代わるものとして定められたものである。可能未遂 の場合には犯人の表象上既遂を回避するのに適した行為をしたことが要求 されるところ、真摯な努力の要件につき不能未遂の場合に可能未遂の場合 よりも不利な要件を設定することは許されないはずであるから、真摯な努 力の要件としては可能未遂と同様な行為がなされれば、不処罰となる、と される26。  これに対して、ヤコブスは、実行未遂の場合には、犯人が確実に結果を 回避できると考えるような措置を講じない限り、たとえ結果が防止された としても中止未遂は成立しないとする。つまり、構成要件実現の危険性を 小さくしただけでは足りず、それを完全に消滅させなければならないとい うのである。結果防止に役立つ行為がなされただけで中止未遂が成立する と解する反対説は次の点で不合理であるという。第一に、反対説は、作為 義務者が結果を防止するために最善の措置を講じないときには、たとえ結 果が発生しなくても不真正不作為犯の未遂が成立することと整合しない。 第二に、結果発生を未必的に認識しつつ所為を実行したが未遂にとどまっ た者は、たとえ実行前に結果が発生しないように予防措置を講じていたと しても未遂犯が成立するのに、所為を実行した後に結果発生を未必的に認 識しつつ結果防止行為を行った者には中止未遂が成立するとするのは、

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「終わり良ければ、すべて良し」の思想に立脚するものであり、不当であ る27。  これに対して、ドイツ刑法は、真摯に努力したときに限り実行中止が成 立すると定めているわけではないから、真摯な努力の要件は不要であると する見解もある。ルドルフィによれば、法は犯人が既遂結果を防止したこ とだけを要求しているのであるから、その事実さえあれば不処罰となし得 る。ただ、防止したと認められるためには単に条件関係があるだけでは足 りず、客観的に帰属可能な方法により、つまり救助チャンスを創出するこ とにより結果を発生させなかったことが必要である。その際、どこまで救 助チャンスを増加させたらよいのかが問題となるが、ルドルフィは、結果 防止のためベストな措置を講じたことまでは必要なく、結果防止に適した 措置を講じたことで足りるとする28。  ブロイは、被害者の救助に第三者が介在した事例に関して、正犯・共犯 論における客観的帰属と対比しつつ、どのような防止行為であれば結果不 発生に対する客観的帰属が認められるかについて論じた。まず第三者を強 制して結果の発生を防止させたという事例や、行為者が防止行為をしてい る最中に第三者がこれを援助したという事例は、いずれも行為者は正犯的 に行動しており、自ら防止行為を行ったものと見てよい。行為者と第三者 が共同して結果防止行為をしたという事例も中止に対する行為者の支配が 認められる。行為者が第三者による防止行為を創出した事例は教唆に対応 するとされる。すなわち、行為者が医師等の専門家に被害者の救助を委ね たという事例において、行為者は事象を支配してはいないが、医師等に被 害者の救助を決意させたのであるから、行為者が結果を回避したものと評 価できる。行為者が救助者の資格を医師等に限定せずに救助を求めたとい う事例や、第三者が救助者として介入する状況をお膳立てしたにすぎない という事例(例えば、殺意をもって被害者を負傷させた後病院付近まで搬 送したところ、被害者を発見した第三者が医師を呼んで救助させたという 事 例) も、 被 害 者 が 最 終 的 に 救 助 さ れ た と き に は、 行 為 者 の 仕 業

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(Leistung)として中止未遂が成立する。これに対して、第三者による被 害者の救助を単に幇助したにすぎない事例(例えば、殺意をもって被害者 を負傷させた後に現場を立ち去った犯人が心配になって現場に戻ってみる と、第三者が救助していたので、それを手助けしたという事例)では、行 為者が救助を創出したとはいえず、中止未遂は成立しない、と29。  ドイツの上記論議についてコメントを加えておこう。ヤコブス説の論理 はこうである。すなわち、中止未遂(実行中止)と不真正不作為犯の未遂 とは同様な構造を有する。後者に関しては、行為者はその責めに帰すべき 事由により生じさせた危険を自らの行為により消滅させなければ、不真正 不作為犯の未遂が成立する。それゆえ前者に関しても、行為者は最善の措 置を講じて危険を消滅させなければ、中止未遂とはならない。つまり、法 益侵害の危険が差し迫っている状況下において危険を消滅させる行為に出 なかった作為義務者が翻意して結果防止行為に出たときに実行行為は終了 し、結果が発生しなかった場合には(実行未遂)、作為義務者が結果不発 生を確実に保証するような措置(最善の措置)を講じない限り、不真正不 作為犯の未遂が成立する、と。この主張には、作為義務者が最善の措置を 講じたときには不真正不作為犯の未遂は成立せず、不可罰であるという趣 旨が含意されていると思われるが、筆者にはその理由がよく理解できな い。作為義務に違反して義務付けられた作為に出なかったことが不真正不 作為犯の実行行為であり、それゆえその時点で不真正不作為犯の未遂が成 立するのではないだろうか。真摯な努力が払われたかどうかということと 不真正不作為犯の未遂の成否とは無関係であり、それゆえ不真正不作為犯 の未遂の論点は中止未遂における真摯な努力の論点に有益な視点を与える ものとは思われない。  ヤコブスはまた、所為を実行した後に結果発生を未必的に認識しつつ結 果防止行為を行ったときには中止未遂は成立しないとするが、これも疑問 である。犯人が犯罪を中止しようとするとき、意図した犯罪結果を防止で きればよいが、防止できないかもしれないとの思いを抱きながら防止行為

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に出ることが少なくないであろう。ヤコブス説だと、そうした場合も中止 未遂が否定されることとなる。立法者は、犯罪が実現される最後の時点ま で犯人がこれを阻止すべく行動することを期待して中止未遂規定を置いた のであり、ヤコブス説ではこの立法趣旨が生かされないと思う。  わが国で中止行為の成否が問題となる事例の多くは殺人罪に係るもので ある。その際、行為者が負わせた傷害が放置すれば被害者の死につながる ようなものであれば、被害者を救命するためには、ふつう、行為者の行為 だけでは足りず、医師等の第三者の行為の介在が必要不可欠である。結果 が行為者の仕業かどうかを評価して行為者への帰属を論ずるのは自然な発 想といえる。正犯・共犯論では、複数の者が犯罪に関与して構成要件を実 現した場合において、構成要件の実現が関与者のうちのある特定の者の 「仕業」であるとみなされるとき、その者は正犯として第一次的な責任を 負う。これに対し教唆及び幇助にとどまる者は従属性原理の下で第二次的 な責任を負うにすぎず、構成要件の実現は教唆・幇助者の「仕業」とみな されることはない。正犯・共犯論における上記の論理を中止未遂に対応さ せてみると、既遂に至るべき犯行を未遂にとどめたことにつき第一次的な 貢献をしたと認められる者は、中止未遂につきいわば正犯的な役割を演じ た者として中止未遂の恩典に浴すべき者であるのに対し、教唆又は幇助的 な役割を演じたにすぎない者はその恩典を受けるに価しない者ということ になりそうである。例えば、行為者が放置すると死亡する程度の傷害を被 害者に負わせたが、翻意して殺意を放棄し、被害者を病院まで搬送し、医 師に同人の手当を委ねた結果、被害者が救命されたとしよう。この場合、 医師は職務として搬送された被害者の手当てをするのであり、強制されて そうするのではないから、医師は行為者の道具ではない。また、医師は、 ふつう、犯人自身が被害者を病院に搬送するように手配したことを知る由 もないから、医師が行為者と共同して犯行を中止したと見ることもできな い。行為者はせいぜい教唆的に行動したにとどまるであろう。そうする と、被害者の救命は行為者の「仕業」によるものと評価することができな

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いが、行為者は被害者を救命するために最善の措置を講じたといえ、中止 未遂の恩典に価しよう。ブロイもこの結論を採るのであるが、正犯・共犯 の帰属原理からこの結論を導くことはできない。  ドイツでは、どの程度の防止行為がなされれば実行中止が成立するかに つき、防止のチャンスを高めたことで足りるとする見解(チャンス増加 説)と、最善の措置を講じたことまで必要であるとする見解(最善の努力 説)との対立があるとされる。チャンス増加説によれば、「既遂を回避す るのに適した行為」がなされたならば、既遂に至らないチャンスを増加さ せたことになろう。これに対して、わが国の判例では、行為者が単に結果 不発生と条件関係に立つにすぎない行為をしただけでは、真摯な努力を 払ったものとはみなされていない。 ( 2 ) 犯人自身による結果防止と同視できる行為  真摯な努力の要件は前出【 9 】判決に由来するものであり、同判決では 「犯人自身之カ防止ニ当リタルト同視スルニ足ルヘキ程度ノ努力」と表現 されていた。同事件の被告人は、家屋に放火した後、隣家の者に「放火し たから、宜しく頼む」と告げた。この被告人の行為と放火が未遂にとど まったこととの間には条件関係のみならず、相当因果関係も認められよ う。なぜならば、「被告人の行為→隣家の者等の行為→消火」との間の因 果的な繋がりに異常な点は感じられず、因果的な意味での相当性を優に肯 定できるからである。正犯と共犯とでは因果関係の質が異なっている。す なわち、正犯の行為と犯罪結果とが条件関係及び相当因果関係で繋がって いるときに、結果は正犯の行為に客観的に帰属するのに対し、狭義の共犯 における因果性は必ずしも条件関係を基礎とするものではなく、正犯の行 為(それゆえ正犯が実現した犯罪結果)が共犯による心理的又は物理的な 影響力の下に置かれていたか否かに関係している。これに対して、放置す れば既遂に達するおそれのある状況の下で行為者に求められる真摯な努力 は正犯あるいは共犯の行為と結果との間の因果関係に収斂すべき要件では なく、因果関係を前提としつつ、それに付加される要件である。つまり、

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未遂行為により生じた既遂の危険性(放置すれば既遂に至る可能性・蓋然 性)を消滅させただけでは、その違法性及び有責性は障碍未遂のそれと異 なるところはなく、褒賞として刑を減軽・免除するには足りないため、真 摯な努力を払ったことが必要とされるのである30。  前出【 9 】事件において被告人から「放火したから、宜しく頼む」と呼 び掛けられた隣家の者は消火に責任を負うものではなく、単に隣人のよし みから消火活動をしたにすぎない。これとは異なり、搬送されてきた怪我 人の治療にあたる病院の医師らは職務としてできる限りの措置を講ずるこ とを期待されており、行為者がそのためのお膳立てを整えたようなときに は、行為者自身が治療にあたったのと同視できる程度の貢献を認めること ができる。したがって、前出【 6 】、前出【10】から【12】までの事件の 行為者は真摯な努力を払ったものといえる。  これに対して、前出【 5 】事件では、被告人は被害者が他の者に刺され たと嘘言を弄し、病院に到着する直前に凶器を川に投げ捨てて犯跡を隠蔽 しようとしたこと、医師の手術、治療等に対し自己が経済的負担を約する などの救助のための万全の行動をとらなかったとして、真摯な努力をした ものと認めるに足りないとされた。しかし、大阪高裁が指摘する事実は被 害者の救命にとって明らかな阻害要因となるものとも思われず、むしろ被 害者が救命されたのは同人を病院に搬送した被告人の功績といってよく、 真摯な努力が払われたと評価すべき事案であったと思う。  また【13】事件は、被告人は被害者から指示されて、公衆電話から119 番に通報したが通じなかったため、110番通報して自らの犯罪を申告する とともに救急車の手配を要求したという事案である。大阪地裁は、被告人 の行動は被害者自身が救急車の手配をするのを手助けしたものと大差な く、被告人自身が防止にあたったと同視すべき程度の努力が払われたもの と認めることができないとしたが、被告人の行動は被害者を救命する上で 単に被害者自身による救命措置を手助けしたという以上の貢献が認められ てもよかったのではなかろうか。

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註 1  筆者は政策説を採っている。萩原滋・刑法概要〔総論〕(2014年)151頁。 2  最判昭和32年 2 月 5 日刑集13巻 1 号 1 頁、最決平成20年 5 月20日刑集62巻 6 号 1786頁など。 3  大判昭和13年 4 月19日刑集17巻336頁。なお、真に結果発生を防止しようという のであれば、交付した薬品が毒物であることを告白するといった「真摯な態度」に 出なければならないとされた(344頁)。 4  大判大正15年12月14日法律新聞2661号15頁。被害者を殺害するため青酸カリを混 入した胃腸薬を同人に交付した後、犯意を翻して被害者宅に赴き当該薬品を取り戻 そうとしたが、被害者より既に服用したと告げられたため当該薬品を取り戻さな かったところ、数日後、被害者が当該薬品を服用して死亡したという事案につき、 薬物交付行為と被害者死亡との間に因果関係があり、被告人は結果の発生を現実に 防止しなかった以上、中止未遂は成立しないとされた。 5  ドイツ刑法24条は次のように定める。 ①任意にそれ以上の所為の実行を放棄し、又は所為が既遂に達することを防止した 者は、未遂罪としては処罰されない。中止した者の寄与がなくても所為は既遂に 達しなかった場合には、その者が既遂に達しないように任意かつ真摯に努力をし たときは、不処罰とする。 ②複数の者が所為に関与していたときには、既遂に達することを任意に防止した者 は未遂としては処罰されない。ただし、その者の寄与がなくても所為が既遂に達 しなかった場合、又はその者の所為寄与に関わりなく所為が遂行された場合に は、所為が既遂に達しないように任意かつ真摯に努力した者は不処罰とする。 6  ちなみに、【 3 】事件において共謀者らは、残余の共犯者に対し、犯行から手を 引くと通告したが、それだけでは「共犯関係の解消」が認められることはないであ ろう(最決平成元年 6 月26日刑集43巻 6 号567頁参照)。 7  香川達夫「中止未遂の法的性格」刑法雑誌 5 巻20号(1954年)240頁。 8  牧野英一・刑法総論下巻〔全訂版〕(1959年)646頁。 9  前田雅英・刑法講義総論[第 5 版](2011年)177頁は、「結果が生じた場合に は、「褒賞」を与える政策的な意義が無い」とする。 10 香川達夫「中止未遂の法的性格」刑法雑誌 5 巻30号(1954年)228頁。 11 香川・前出註10・247頁。 12 内藤謙・刑法講義総論(下)Ⅱ(2006年)1316頁、曽根威彦・刑法総論[第 4

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版](2008年)230頁、前田・前出註10・176頁。 13 関哲夫「障害未遂・中止未遂における点と線・試論」曽根威彦先生・田口守一先 生古稀祝賀論文集上巻(2014年)768頁以下、同「障害未遂・中止未遂における点 と線・再論」川端博先生古稀祝賀論文集上巻(2014年)439頁以下。 14 ちなみに、ドイツ刑法では中止未遂は「未遂としては」不可罰であると定められ ていることから、殺人罪につき中止未遂が成立しても傷害罪としては可罰的である と解されている。 15 BGHSt 14, 75[1960].主観説はさらに、行為者の計画上犯罪の実現に必要な行 為が行われた時点を基準とする行為計画説、行為者の認識上犯罪の実現のために適 した行為が行われた時点を基準とする個別行為説、及び行為者の認識上犯罪の実現 に必要なすべての行為が行われた時点を基準とする全体的考察説に分かれる。 16 ドイツの判例・通説が採用する主観説でも、行為者が睡眠薬の投与だけでは被害 者を殺害することはできないと思っていたときには、実行行為は終了していないと されよう。 17 行為者の結果防止行為と無関係な事情により犯行が未遂にとどまったという事例 としては、①第三者による結果防止行為によって結果が防止されたという類型と、 ②もともと結果が発生し得ないような手段、態様で実行行為が行われたという類型 とがある。 18 責任減少説を基礎とした因果関係不要説として、香川・前出註10・241頁、内 藤・前出註12・1316頁、曽根・前出註12・230頁。違法減少説を基礎とした因果関 係必要説として、藤木英雄・刑法講義総論(1975年)264頁、大谷實・刑法講義総 論新版第 4 版(2012年)390頁以下(ただし、初めから結果発生の不能な場合に不 均衡が生ずることから次善の策として刑法43条ただし書の準用を認めるべきである とする)。違法減少説を基礎とした因果関係不要説として、平野龍一・刑法総論Ⅱ (1972年)337頁。政策説を基礎とした因果関係必要説として、山口厚・刑法総論 [第 2 版](2007年)283頁。 19 山口・前出註18・283頁。 20 佐伯仁志・刑法総論の考え方・楽しみ方(2013年)364頁。同旨、林幹人・刑法 総論[第 2 版](2008年)367頁、高橋則夫・刑法総論(2013年)401頁、須之内克 彦「中止犯における中止行為の因果性に関する一考察」明治大学法科大学院論集13 号(2015年)154頁以下。 21 曽根威彦・刑法原論(2017年)507頁。

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22 前出註 5 。 23 BGH bei Dallinger MDR 1972, 751. 〔事実〕被告人は殺意をもって妻をナイフで 刺した後、母親に必要なことをすべて行うよう依頼してその場を離れたが、母親の 通報により被害者は病院に搬送され救助された。〔判旨〕不能未遂の場合と同様に 可能未遂の場合も、結果を防止するために真摯に努力したときには、中止未遂が成 立する。しかし、被告人は、緊急を要する状況であるのに、医師等が到着するまで に母親になすべき具体的な措置の指示すらしておらず、真摯性に欠ける。 24 BGHSt 31, 46[1985].〔事実〕被告人は、殺意をもって被害者を狙ってけん銃を 発射し左手貫通の傷害を負わせた。被告人は殺意を放棄して立ち去ったが、被害者 の雇人が救急車と警察に通報し、被害者は救助された。〔判旨〕終了未遂であるか ら、中止未遂が成立するためには最善の措置を講じたことが必要である。被告人は 単に立ち去ったにすぎず、何等の結果防止行為もしていない。 25 BGHSt 33, 295[1982].〔事実〕被告人は未必の殺意をもってビール瓶や木製椅 子などで被害者を打ちすえて、同人に重傷を負わせた。被告人は被害者が死ぬかも しれないと思い、同人を車に乗せて搬送し、病院手前90m の地点で被害者を降ろ した。被害者は病院付近で通行人に発見され、医師の治療を受けて一命をとりとめ た。〔判旨〕中止未遂が成立するためには客観的に、又は少なくとも犯人から見て 既遂防止に役立つ行為を行わなければならず、被告人はそのような行為をしなかっ た。

26 Gerald  Grüwald,  Zum  Rücktritt  des  Tatbeteiligten  im  Künftigen  Recht,  Festschrift für Hans Welzel zum 70. Geburtstag, 1974, 701, 715. 27 Günter Jakobs, Strafrecht Allgemeiner Teil,  2 .Aufl., 1991, 752f. 同旨、Ingeborg  Puppe, Der halbherzige Rücktritt, NStZ 1984, 488. 28 Hans-Joahim Rudolphi, SK-StGB, 2012, §24 Rn.27c. 29 René Bloy, Zurechenungstrukturen des Rücktritts vom beendeten Versuch und  Mitwirkung Dritter an der Verhinderung der Tatvollendung - BGHSt 31, 46 und  BGH NJW 1985, 813, S.534f. 30 これに対して、放置しても既遂に達するおそれのない場合には、放置すれば既遂 に達するおそれのある場合よりも、中止未遂の要件が緩和され、任意的な中止のみ で褒賞としての刑の減軽・免除が認められるのである。

参照

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