は じ め に
1995年 11月に 主要食糧の需給及び価格の安定 に関する法律 (以下では,1995年 11月に施行され たものを旧食糧法,2003年に改正され,04年4月に 施行されたものを改正食糧法とよぶ)が施行されて 以降,米市場は大きく混乱した。連続した豊作によっ て米の過剰問題が長期化し,政府は過剰米をどのよ うに処理するかの問題を抱えた。米価は継続的に下 落し,稲作農家の経営は悪化した。また,農家が計 画外流通米の販売を増加させたことによって,系統 農協は集荷数量を十分に確保できなくなり,政府に よる計画的な流通が困難となった。
旧食糧法は,政府が米市場において果たしていた 役割を,系統農協に移管しようとするものであった。
しかし,こうした 農協食管 ともよばれるシステ ムは十分には機能しなかった。その最大の要因は,
政府の果たすべき役割,系統農協が全体として果た す役割,さらには系統農協の内部での機能分担のあ り方が明確でなかったことである。
本論文では,旧食糧法下における北海道水田農業 の展開と問題点を明らかにすることを課題とする。
北海道は,わが国最大の食糧基地であり,米の主要 な産地である。北海道の水田作経営は,府県と比較 して大規模であり,主業的な農家が多い。また,水 田面積に占める生産調整面積の比率が高く,北海道 米の価格水準は府県産米と比較して低い。
1.米過剰と稲作経営の悪化
1)需給と価格の動向
旧食糧法の特徴は,一方で政府が計画的な生産・
流通を図りつつ,他方で流通規制を緩和したことで あった。その要点は,①生産調整を従来通りの方式 で実施すること,②自主流通米を流通の中心とする こと,③政府米は備蓄に限られ,系統農協は調整保 管をおこなうこと,④流通経路を複線化し,農家に よる計画外流通米の販売,単位農協による販売を認 めたことである。
こうした制度は過剰米対策が不十分であったた め,連続した豊作に対応できなかった。1990年代に おける米の需給動向をみてみよう 。1994年産の 大豊作を契機に,過剰がはじまった。その後,1995,
96年産と豊作が続いたため,年度末の在庫量は増加 し,97米穀年度末にピークの 352万tに達した。そ の後,生産調整が大幅に強化されたことによって生 産量は抑制され,在庫量は減少した。しかし,2000 年度末で 173万tであったものが,01年度末には 202万tへと増加するなど,過剰傾向は続いた。過剰 が解消したのは,03年産の不作によってであった。
なお,古米在庫の多くは政府米で占められていた。
自主流通米の価格動向をみると,全銘柄平均価格 は,1994年産では 21,367円であったが,95年産,
96年産,97年産と3年連続して大幅に低下した 。 その後,1998年産は一時的に回復するものの,99年 産以降ふたたび下落に転じ,2000年産では 16,084 円にまで下がった。2001年産は若干回復したが,
16,274円にとどまっていた。
このように旧食糧法下の米市場においては,需給 と価格が安定しなかった。政府は,過剰在庫に対し ては生産調整の強化,米価下落に対しては稲作経営 安定対策による価格補塡によって対応した。また,
系統農協も自主流通米の調整保管,エサ米処理に
食糧法下における北海道水田農業の展開と問題点
⎜ 食糧法改正前の過剰期を対象として ⎜ 小池(相原)晴伴
The Development and Problems of the Paddy Agriculture in Hokkaido under New Staple Food Law
Harutomo KOIKE-AIHARA
(Accepted 13 January 2009)
酪農学園大学酪農学部農業経済学科農畜産物市場論研究室
Agricultural and Livestock Product Marketing,Department of Agricultural Economics,Faculty of Dairy Science,Rakuno Gakuen University, Ebetsu, Hokkaido, 069‑8501, Japan
よって対応した。
2)北海道の動向
北海道では,1992〜94年度の減反緩和の時には減 反率が大きく低下し,その後の強化のときは大きく 上昇し,米市場において需給調整の役割を果たした。
この時期の在庫数量と生産調整に関しては,米の在 庫数量と生産調整実施面積は,短期的・直接的には 連動していなかった。つまり,前年度末に在庫数量 が過剰であった県ほど,翌年度に減反が強化される という方式ではなかった。
旧食糧法の下での北海道稲作は,政府買入れに大 きく依存していた。ホクレンによる米の集荷数量は 政府米の集荷数量によって調整され,自主流通米の 数量が 30万から 35万tで維持されていた。北海道 においては,ホクレンが販売できる数量だけが自主 流通米として集荷され,その残りについては,政府 買入れに頼っていた。
表1は,政府米の持越在庫数量の推移をみたもの である。全国の在庫数量における北海道米の比率は 高く,売却が著しく不振であった。たとえば,1997 年産の北海道米の在庫数量は,1998年度末で 15万 6,700tであったが,2001年度末でも 12万 9,100t とあまり減少しなかった。2001年度末では,全国で 158万 1,100tのところ,北海 道 米 は 41万 8,800t と4分の1以上を占めていた。米の過剰在庫の問題
は,政府米の売却不振として発現したが,そこでの 北海道米の比重は高かった。
表2は,自主流通米の持越在庫数量の推移を,地 方別・県別にみたものである。北海道の在庫数量は,
年度により大きく変動した。1997年度末には7万 800t,98年度末には8万 1,000tと他の主要生産県 よりも多かった。その後,1999年度末には 9,000tへ と減少し,2000年度,2001年度末では0となった。
しかし,2002年8月末での販売残は3万 8,500tと,
ふたたび他県よりも多かった。
米の銘柄ごとの販売進度は,品質・食味と価格と のバランスで決定される。食味・品質に対して,価 格が他銘柄よりも相対的に低ければ販売進度は早ま り,持越在庫が少なくなる。たとえば,1998年産の 北海道産の自主流通米は,全銘柄平均との価格差が 3,016円と大きかった。同年産の在庫数量が 9,000t と少なかったのは,他銘柄と比較して割安感があっ たことが要因であった。
また,明確なルールがない在庫調整は,市場を混 乱させた。たとえば,2000年産米では,全農が自主 流通米の価格の引き上げを狙って,特別調整保管と して自主流通米を新米で隔離した。その結果,在庫 が少ない銘柄の価格の上昇率が極端に高くなった。
北海道きらら 397の価格が上昇し,その結果,翌 2001年産では,全銘柄平均との価格差が縮小し,販
表 1 政府米の持越在庫数量の推移(主食用)
(単位:千t,%) 1997RY 1998RY 1999RY 2000RY 2001RY
1994年産 621.0 − − − −
95年産 1,211.4 1,070.9 723.3 434.7 − 96年産 (845.5) 845.1 824.1 732.4 321.1 全
国
97年産 − (843.3) 695.3 688.1 610.2
98年産 − − … 212.3 208.5
99年産 − − − … 441.3
計 1,832.4 1,916.0 2,242.7 2,067.5 1,581.1
1994年産 87.8 − − − −
95年産 213.2 208.9 207.6 170.5 − 96年産 (177.8) 176.7 176.5 176.2 85.1 北
海 道
97年産 − (156.7) 134.2 130.8 129.1
98年産 − − … 112.9 112.8
99年産 − − − … 91.8
計 301.0 (16.4)
385.6 (20.1)
518.3 (23.1)
590.4 (28.6)
418.8 (26.5) 資料:米情報委員会 米の需給・価格動向に関する情報(資料編)
第1回(1998.1),第 12回(1998.11),第 25回(1999.11),
第 37回(2000.11),第 49回(2001.11)。
注1:RYとは米穀年度のことで,各年 10月末の数字である。ただ し,1997年度は 11月末。
2:計は,2年古米以前のみの合計である。
3:北海道の計の( )内は,全国に占める比率。
表 2 自主流通米の持越在庫数量の推移(主食用うるち米)
(単位:千t) 1997RY1998RY1999RY2000RY2001RY2002RY
96年産 96,97年産 98年産 99年産 00年産 01年産 北 海 道 70.8 81.0 9.0 0.0 −0.2 38.5 東 北 372.5 215.3 76.2 36.7 0.8 103.6 青 森 57.8 64.1 8.1 0.0 0.1 14.8 岩 手 38.5 9.1 13.1 0.0 −1.4 11.6 宮 城 80.9 49.1 7.4 2.8 3.0 17.4 秋 田 95.6 57.2 22.1 30.4 −1.1 18.1 山 形 29.0 10.8 6.7 3.5 0.7 9.4 福 島 47.6 20.8 13.5 0.0 −0.9 12.4 庄 内 23.1 4.2 5.3 0.0 0.4 20.1 関東・甲信越 161.6 33.7 47.2 119.5 0.7 37.2 新 潟 68.2 22.1 20.4 65.1 4.0 5.7 中 部 67.5 9.3 16.4 24.5 −0.9 18.9 近 畿 27.2 6.3 5.8 3.0 4.7 18.4 中 国 40.4 6.0 14.2 9.7 −0.7 18.8 四 国 7.7 1.9 1.2 0.1 0.0 5.6 九州・沖縄 61.6 17.4 20.5 1.7 3.5 33.9 全 国 809.3 370.9 190.5 195.2 7.9 274.9 資料:米情報委員会 米の需給・価格動向に関する情報(資料編)
第 12回(1998.11),第 25回(1999.11),第 37回(2000.11),
全農業務資料。
注1:各年 10月末の数字である。ただし,2002年度は8月末。
2:2001年度のマイナスは,原資料作成時の集計上の誤差と考え られる。
売進度が遅れた。
なお,各経済連・全農県本部が,自主流通米の在 庫をもつと,その翌年に古米を低価格で販売しなけ ればならず,エサ米処理などで費用がかかる。これ らの費用は,全国レベルでのとも補償でまかなわれ ていた。北海道の場合も,自主流通米の持越在庫が 大きく変動する中で,こうした全国的な調整のなか で支えられた。
3)稲作経営の悪化
米価の大幅な下落によって,北海道の稲作農家の 経営は急激に悪化した。その状況をみたのが,図1 である。1995年産では,粗収益が生産費総額とがほ ぼ見合う水準にあった。それが,1997年産以降,大 幅な米価下落によって,生産費総額を割り込むよう になった。粗収益と 支払費用 との差額である1 俵当たり所得は,家族労働費をなんとかまかなう水 準となった。粗収益から 支払費用 を差し引けば,
手元には家族の賃金に相当する部分がかろうじて残 るという状況であった。また,1戸当たりの所得も 大きく低下し,1995年産の 351万円から,2000年産 では 235万円へと大きく低下した。
つぎに,図2は,2000年産米について規模別に経 営の状況を示したものである。大規模になるにつれ て,生産費総額は低くなるが,これは作付面積が広 いほど効率的に作業ができるために労働時間が低下 し,家族労働費が少なくなることによる。水稲作付 面積が 4.0〜5.0ha層以下では,1俵当たりの所得 が家族労働費さえまかなうことができない状況で あった。10ha以上になると,粗収益が生産費総額に ほぼ見合うようになっていた。また,1戸当たりの 所得についてみると,5〜7ha層で 271万円であ り,15ha以上であっても 687万円となっていた。
2.生産調整の強化の下での水稲作付の抑制
表3は,北海道における水田農家の戸数を田面積 規模別にみたものである。田のある農家数は,1990 年 の 5 万 560戸 か ら,95年 の 4 万 1,652戸 へ と 8,908戸の減少がみられ,2000年には3万 4,713戸 へと 6,939戸減少した。1戸当たりの水田面積は,
1990年の 4.83haから,95年には 5.64ha,2000年 には 6.46haへと増加した。規模別にみると,1990 年前半,後半とも 10ha以上の層が増加した。
表4は,北海道における水稲作付農家の戸数を水 稲作付面積規模別にみたものである。作付農家の戸 数は,1990年で4万 1,020戸あったが,95年には3 万 4,153戸へ,2000年には2万 6,531戸とへと減少 した。1990年台前半の減少は 6,867戸,後半の減少 は 7,622戸と減少のテンポが速まった。また,水稲 作付面積は 1990年から 95年には減反緩和によって 14万 3,091haから 17万 696haへと増加し,その後 の減反強化によって 14万 3,316haへと減少した。
1戸当たり水稲収穫平均面積は,1990年代前半に急 激に拡大したが,90年代後半は拡大にブレーキがか かった。すなわち,平均の作付面積は,1990年の 3.49 haから 95年 に は 5.00haに ま で 1.5haも 拡 大 し たが,2000年には 5.40haへと,わずか 0.4haしか 拡大しなかった。また,1990年代前半においては,
10ha以上層の大規模な水稲作付農家が増加した が,1990年代後半においては,むしろ減少した。
表5は,田面積規模別農家数と水稲作付規模別農 家数をクロス集計したものである。これによって田 面積規模別階層ごとに属する農家が,水田をどの程 度,水稲作付に利用しているかがわかる。小規模な 水田農家では,水稲を作付していない農家が6割以 図 1 北海道における米の粗収益と生産費総額の推移
資料:農林水産省 米及び麦の生産費 。
注:物財費,雇用労働費,支払利子・地代の合計を支払費用とした。
図 2 北海道における米の粗収益と生産費総額(2000年 産)
資料:図1に同じ。
注:図1に同じ。
上に達する。他方,大規模層では,十分に水稲作付 が確保できていない状況にある。田面積が 10〜15 ha層では,水稲作付面積は5〜10haが中心であっ た。また,田面積が 15ha以上層でも,水稲作付面積
は 10〜15haが中心であった。
図3は,個別農家による計画外流通米の販売状況 を地域別にみたものである。関東・東山,東海,近 畿では,計画外流通米の販売単価が,自主流通米の 表 3 北海道における水稲作付農家数の推移
(単位:ha,戸,%) 1990年 1995年 2000年 水 稲 作 付 面 積 143,091 170,696 143,316
1戸当たり面積 3.49 5.00 5.40
農家数 41,020 (100) 34,153 (100) 26,531 (100) 1.0ha未満 7,297(17.8) 4,623(13.5) 2,985(11.3) 1.0〜3.0 12,106(29.5) 7,454(21.8) 5,621(21.2) 3.0〜5.0 11,402(27.8) 7,350(21.5) 5,735(21.6) 水
稲 作 付面 積 規 模
5.0〜10 9,548(23.3) 11,241(32.9) 8,769(33.1) 10〜20 660 (1.6) 3,341 (9.8)
20〜30 135 (0.4) 3,421(12.9) 7 (0.0)
30ha以上 9 (0.0)
資料:農林水産省 農業センサス (経営部門別農家統計報告書)。
注1:1990年,95年は収穫農家。
2:2000年は作付農家(販売目的で作付けしなかった農家数を含む)。
表 4 北海道における水田農家数の推移
(単位:ha,戸,%) 1990年 1995年 2000年 田 面 積 244,120 234,744 224,118
1戸当たり面積 4.83 5.64 6.46
農家数 50,560 (100) 41,652 (100) 34,713 (100) 1.0ha未満 7,385(14.6) 5,544(13.3) 4,219(12.2) 1.0〜3.0 11,391(22.5) 8,491(20.4) 6,691(19.3) 3.0〜5.0 10,947(21.7) 7,984(19.2) 6,115(17.6) 田面
積 規 模
5.0〜10 16,213(32.1) 13,197(31.7) 10,335(29.8) 10〜20 4,426 (8.8) 5,942(14.3)
20〜30 427 (1.0) 7,353(21.2) 198 (0.4)
30ha以上 67 (0.2)
資料:表3に同じ。
注:水田農家とは 田のある農家 のことである。
表 5 北海道における水田農家水稲作付状況(2000年) (単位:戸) 水稲農家(水稲作付面積規模別)
水田農家 非作付農家
計 1ha未満 1〜3 3〜5 5〜10 10〜15 15ha以上
計 34,713 26,067 2,721 5,897 5,882 8,606 2,343 618 8,646
1ha未満 4,219 1,560 1,560 − − − − − 2,659
1〜3 6,691 3,915 849 3,066 − − − − 2,776
田 面 積規 模
3〜5 6,115 4,638 162 2,112 2,364 − − − 1,477
5〜10 10,335 9,085 130 613 3,305 5,037 − − 1,250
10〜15 4,742 4,439 14 87 165 3,177 996 − 303
15ha以上 2,611 2,430 6 19 48 392 1,347 618 181 資料:表3に同じ。
注1:水田農家とは 田のある農家 。
2:水稲農家とは 販売目的で作付けした農家 。 3:非作付農家とは 販売目的で作付けしなかった農家 。
4:非作付農家には,作付したが販売目的ではない農家 464戸を含む。
それを上回っており,計画外流通米の比率が高く なっていた。これらの地域においては,近隣に大市 場が展開しており,計画外流通米として直接に消費 者などに白米で比較的高い価格で販売することがで きるためである。これに対して,北海道においては,
計画外流通米の販売単価が,自主流通米のそれを 2,600円も下回っており,計画外流通米の比率が 24.4%と低かった。北海道においては,計画外流通 米を白米で消費者へ直接販売する市場は展開してい なかったためと考えられる。北海道においては,産 米の食味や市場条件のために,稲作農家は計画外流 通米の販売という形での有利販売の余地が限られて いた。
3.転作対応の実態
1)長沼町・中富良野町における減反の概要 1994年度から 2001年度にかけて,空知支庁と上 川支庁の各市町村について,減反率の変化をみると,
2001年度の減反率は,長沼町が 54%,中富良野が 53%といずれも 50%を超えていた 。長沼町にお いては,1994年の 24%から 30ポイント近く上昇し た。中富良野町においては,39%から約 15ポイント の上昇となっていた。この間,長沼町においては,
水稲から転作作物への大幅な転換があったのに対し て,中富良野町では 1994年の時点で比較的高い減反 率となっており,転換は限られていたといえる。
つぎに,転作作物をみると,長沼町においては,
麦類・豆類の比率が 63%と高かった。中富良野にお いては,野菜類(玉ねぎ,ニンジンが中心)の比率 が 40%と高く,麦類・豆類の比率も 30%と比較的高 かった。
2)長沼町における転作対応
長沼町は,石狩平野の最南端に位置し,北の夕張 川,南の千歳川に囲まれた平坦な地形であり,東に 位置する馬追山付近は丘陵地帯となっている。農業 センサス によれば,2000年における経営耕地面積 は 10,128ha,うち田が 8,628haと 85%を占めてい た。総農家戸数は 1,006戸,1戸当たり耕地面積は 10.07ha,15ha以上の農家が 20%近くを占める大 規模水田地帯である。
米の販売面においては,人工衛星を使ったリモー トセーシングを実施し,大規模な乾燥調整施設 米 の館 を建設して,良質・良食味米の販売に取り組 んでだ。また,営農集団を核とした地域営農がめざ された。
長沼町における転作作物の推移をみると 1995年 度以降の減反強化のもとで,転作面積が急激に増加 するなかで,とくに麦類と豆類の増加が著しかった。
こうした中で,大規模農家ほど畑作物の重要性が 高くなった。水田農家が規模拡大を図るためには,
畑作物を経営にどのように位置づけるかが重要と なった。長沼町における農家が,経営面積の規模別 にどのような経営組織をとっていたかをみてみよ う。センサスでいう経営組織とは,単一経営,準単 一経営,複合経営に分けられている。これによると,
規模階層が大きくなるにつれて, 稲作単一経営 よ りも 稲作が主位の準単一経営 (以下, 稲作準単 一経営 と略す)の比重が増加している。後者の中 心は,稲+畑作物の経営である。7.5〜10ha層以下 の各層では,稲作単一経営 が大部分を占めていた。
しかし 10〜15ha層では, 稲作単一経営 が 85戸,
稲作準単一経営 が 68戸と接近し,15〜20ha層に なるとそれぞれ 23戸,40戸と逆転し,20〜30ha層 では,それぞれ 16戸,33戸となっていた。
町内では農家の平均水田面積が大きい地区ほど,
減反率が高いという特徴がある。平均面積が大きい 南長沼地区や舞鶴地区では減反率が高く,平均規模 が比較的小さい北長沼では減反率が低かった。つぎ に,地域別の転作物の動向をみると,減反率が高い 南長沼地区と舞鶴地区では,小麦と豆類の比率が高 くなっていた。減反率が低い北長沼においては,小 麦の 30%についで,たまねぎを中心とした野菜が 22%を占めていた。このように,大規模な農家にとっ て,麦・豆といった畑作物が重要となった。
表6のように,D農家は,水田面積約 17haを耕作 していた。1999年度では水稲が 10ha,畑作物が7ha であったが,2003年度では,水稲が2ha,畑作物が 15haへと経営転換をはかった。2002年度転作作物 図 3 個別農家経済における計画外流通米の販売状況
(地域別,2000年)
資料:農林水産省 農業経営動向統計 。 注1:販売農家1戸当たり平均の数字である。
2:単価=販売金額÷販売数量。
3:計画外流通米販売数量=水稲販売数量−(政府売渡数量+自 主流通米販売数量)。
は,大豆が 6.8ha,秋小麦が 7.3ha,地力増進作物 が1haとなった。2000年度から 2002年度までの3 か年で,補助事業の導入によって,圃場の大区画化 をおこなった。その目的は転作作物を効率よく輪作 できるようにするためであり,輪作も実施するよう になった。
3)中富良野町における転作対応
中富良野町は,富良野盆地のほぼ中央に位置し,
北東には十勝岳の山麓が広がり,東西には丘陵が広 がっている。 農業センサス によれば,中富良野町 における 2000年の経営耕地総面積は 4,480ha,う ち田の面積が 3,185haと約7割を占めていた。農家 戸数は 609戸で,1戸当たりの経営耕地面積は 7.36 haとなっていた。
中富良野町における転作作物の変化をみると,
1999年度から 2001年度にかけて麦類が急増し,他 方で,野菜類は 2000年度以降,減少した。転作率が 高い旭中,宇文では,野菜の比率が高かった。これ は,玉ねぎなどの野菜を多く作付けするために,多 くの面積を転作するという農家の行動の結果と考え られる。
A農家の経営概況は,経営主が 34歳,水田面積が
17ha,2000年度の作付作物は水稲が 6.0ha,にんじ んが 2.3ha,たまねぎが 8.2ha,ハウスねぎとなっ ていた。A農家の特徴は,たまねぎの作付け面積を 増加させるために,1990年代に土地を購入すること によって急激に規模を拡大したことである。たまね ぎ用の機械一式をそろえたので,その有効利用を図 るためであった。1991年の耕地面積は 6.4haで,水 稲,たまねぎ,にんじん,メロンなどを作付けして いた。92年に3ha購入,93年に 2.5ha購入,94年 に2ha購入,98年に 2.18haを公社からリース,99 年に 1.3ha購入,このことによって,2000年の 17 haにまで拡大した。購入農地は近隣の離農あと地で あった。
2001年度においては,水稲,たまねぎ,にんじん を縮小し,転作で秋小麦を 2.0ha導入するとのこと であった。小麦の収穫については,近隣の機械利用 組合へ委託し,奨励金を受け取る予定であった。2002 年度においては,小麦を3haまで拡大することにし た。
この農家は,土地購入によってたまねぎの面積を 拡大したが,たまねぎの価格下落の下で,土地代金 の返済資金を確保するために,奨励金の受け取りを 目的に秋小麦を導入した。
表 6 長沼町D農家の作付動向 (単位:a)
圃場番号 面積 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年予定
1 102 水稲 水稲 整備→地力 水稲 ほしのゆめ ほしのゆめ
2 102 水稲 水稲 整備→地力 水稲 ほしのゆめ ほしのゆめ
3 105 水稲 水稲 整備→地力 大豆 秋小麦 野菜
4 105 水稲 水稲 整備→地力 大豆 秋小麦 大豆
5 105 水稲 水稲 整備→地力 小豆 地力・野菜 大豆
水稲 ほしのゆめ
6 148 水稲 ほしのゆめ 整備→地力 大豆 秋小麦
水稲 ほしのゆめ
自 作 地
水稲 ほしのゆめ
7 147 水稲 ほしのゆめ 整備→地力 大豆 秋小麦
水稲 ほしのゆめ
9 228 地力 大豆 地力 秋小麦 大豆
10 186 小豆 地力 小豆 整備→地力 秋小麦
水稲 水稲 水稲 水稲 水稲 水稲
11 122 整備→地力 大豆
水稲 水稲 水稲 水稲 水稲 水稲
12 122 水稲 水稲 水稲 水稲 水稲 水稲 整備→地力 大豆
13 122 整備→地力 秋小麦
大豆 てんさい 春小麦 大豆 春小麦 大豆
14 122 整備→地力 秋小麦
借地(畑) 110 野菜 野菜 野菜 野菜
資料:農家資料。
注:圃場面積は整備後のもので,整備前とは若干異なる。
次に,B農家の経営概況は,経営主が 47歳,耕地 面積 16.7ha(水田:14.3ha,畑:2.3ha),作付作 物は,水稲が 4.9ha,麦類が 2.6ha,いも類,豆類,
にんじん,かぼちゃ,てんさいであった。この農家 は,S営農組合に所属していた。水稲・小麦・大豆 について,9戸で機械の共同所有,共同利用,作業 受託をするといというものである。
B農家は,営農組合の組合長になったので作業の 指揮をしなければならない。そのため営農組合で共 同作業をする品目である秋小麦を,自分の経営耕地 にも増加させた。営農の集団化が進められるなかで,
個別農家よりも,集団の事情で作付作物の選択が重 要となることが示唆される。
4.ホクレンによる集荷・販売対応
北海道における 2000年産 の 集 荷 率 は 69.6%と なっており,全国の 49.6%よりもたいへん高い水準 にあった 。ホクレンを中心とした系統農協の集荷 が強固であった。支庁別にみると,比較的ばらつき があるもの,北海道における中心的な稲作地帯であ る空知支庁で 71.3%,上川支庁では 74.3%と高かっ た。
北海道米は全国的に販売されており,とくに都市 部においては,業務用米として欠かすことができな い銘柄となっている。北海道米の用途は,品質・食 味が相対的に低いために,ブレンド用や外食用が中 心となっている。販売先ごとの数量は,年産によっ て比較的大きく変動し,産地と実需との結びつきが 固定されたものではなく,価格などさまざまな条件 で変動するものであることを示している。
ホクレンの販売対応は,かつての道内産地を平等 に扱うものから,地域よって格差をつける方向に進 んだ。1980年に特別自主流通米制度が創設されて以 降,北海道産の特別自主流通米の販売価格が,政府 売渡価格と同額であったことによって生ずる損失
(逆ざや,発地経費)については, とも補償 で対 応していた。1980年代においては,道内産地は平等 に扱われていた。しかし,北海道米の販売数量が増 加したことによって,道内における品質・食味の地 域格差が顕在化した。そのため, きらら 397の地区 区分 の導入(1989年産), とも補償 の廃止(1991 年産)などによって,良質・良食味米産地が手取価 格の面でも優遇されるように,地域によって格差が 付けられようになった。1997年産からは,生産者が 農協へ出荷する際の検査によって,仕分集荷を実施 し,精算時に価格差を付けている。これによってよ りいっそう農家・農協の産米改良の取り組みが手取
価格に反映されるようになった。
お わ り に
旧食糧法下における米過剰は,1992〜94年産にお ける生産調整の極端な緩和と,その後の連続した豊 作を直接的な要因とするものであった。北海道は米 市場において,需給調整的な役割を果たしており,
生産調整の緩和期には水稲作付面積が拡大した。そ のため,政府の古米在庫に占める北海道米の比率は 高かった。その後,北海道では生産調整が強化され たが,過剰をすぐに解消するほどには,水稲作付面 積を素早く減少させることはできなかった。過剰在 庫が発生しても,生産調整を即座に強化することは 困難であったため,過剰問題は長期化した。また,
生産調整の強化は,水田農家の水稲作付を抑制し,
大規模農家であっても十分に水稲作付を確保できな い事態を引き起こした。
改正食糧法では,各産地の水稲作付面積は各産地 の産米の需要動向に応じて決定されることになっ た。そのため,短期的に水稲作付面積を増減させな ければならないが,こうしたことは現実には困難で ある。生産調整に過度に依存した需給調整システム は安定しないと考えられる。事前の生産調整と事後 の流通数量の調整を適切に組み合わせた需給調整シ ステムが展望される。
生産調整の強化の下で,大規模水田農家による水 稲作付面積の確保が抑制されているなかでは,米生 産の担い手への水稲作付の集中も検討されるべきで あろう。また,品質・食味については,これまで北 海道稲作は,技術的には,品質・食味の向上をめざ して展開してきた。もちろんそうした方向は,必要 であったが,そうした一方向的な展開が,地域の自 然的・土壌的条件,農家の取り組みのあり方によっ て限界に近づきつつある。多様な展開方向が検討さ れるべきである。
最後に,需給調整のルールのあり方の決定には,
政府の価格政策の方向性を明らかにすることが大前 提である。現在の価格を維持するのか,低下を容認 するのかといった方向性を明らかにすべきである。
米価水準は,市場に出回る米の数量で決定されるの だから,価格政策の方向が決まらない限り,需給調 整をルール化することは困難である。
注
(注1) 農林水産省 食料・農業・農村白書附属統計 表 (2001年度)による。
(注2) 自主流通米価格形成センター 自主米セン
ター年報 による。
(注3) 減反率=生産調整実施面積÷(水稲作付面 積+生 産 調 整 実 施 面 積−加 工 用 米 生 産 面 積)×100。
(注4) 北海道 米に関する資料 による。
参 考 文 献
〔1〕相原(小池)晴伴 北海道米の系統共販と産地再 編 (酪農学園大学農業経済学科編 農畜産業の 経済分析 酪農学園大学エクステンションセン ター,2007年)。
〔2〕岩崎徹・牛山敬二編著 北海道農業の地帯構成 と構造変動 北海道大学図出版会,2006年。
〔3〕佐伯尚美 米政策改革( )・( ) 農林統計協 会,2005年。
〔4〕三島徳三 規制緩和と農業・食料市場 日本経 済評論社,2001年。
〔5〕吉田俊幸 新食糧法下の産地米流通システムの 変貌 (土井時久・斎藤修編集 フードシステム の構造変化と農漁業(フードシステム学全集第 6巻)農林統計協会,2001年)。