メタフィクション
一重層的虚構の戦略一
杉本一直
1.はじめに
文学作品を具体的に研究していくには,まず,分析の視点を明確にして おく必要がある。分析上の代表的な視点には次のようなものがある。時代 と地域の座標に個々の作家や作品を位置づけた上で,ある特定の環境のな かでの生成物としてそれぞれの作品を意義づけていく「文学史研究」の視 点,作家の個人的体験,特に読書経験を因子として,たとえば,ある作家 の作品がほかの作家の作品に与えた直接的な影響関係を分析していく「比 較文学研究」の視点,また,小説,叙情詩,叙事詩といった文学上のジャ
ンルを,さまざまなヴァリエーションと変遷を許容する形態上の約束事と してとらえた上で,個々の作品の形態的特徴(文体,構造)をそれぞれの ジャンルの可能性という視点から分析していく「ジャンル研究」(あるい は「構造研究」)の視点。
研究書や論文は,多くの場合,こうした視点のなかのひとつを中心の軸 に据えて展開される。ただ,特に「ジャンル研究」,「構造研究」の視点 は,どんな文学研究にも多かれ少なかれ付随する基本的視点なので,実際 の研究書や論文では,複数の視点が互いに作用し合っていることが多い。
著名な文学研究書のなかから例をあげると,シュタンツェルの『物語の構
造』(Franz S tanzel. Theorie des Erzalens. 1979)などは純粋なジャン
ル研究(小説における語り手の形態の研究)に徹しているが,その一方で,
ウォーの『メタフィクション』 (Patricia Waugh. Vetafiction.1984)は ジャンル研究(小説における虚構の重層性の研究)の体裁をとっているに もかかわらず,結果的には,文学史研究(ヨーロッパおよびアメリカの現 代文学における一潮流についての研究)としての成果を上げているし,ま た,それとは逆に,タナーの「言語の都市』(Tony Tanner. City of Vords.1971)は文学史研究(1950年代以降のアメリカ文学研究)の形を取 りながら,ジャンル研究(小説の主題としての「虚構性」の研究)にもな り得ている。いずれにせよ,こうした視点の採用の仕方が,個々の研究の 性質を決定づけると同時に,それぞれの研究者の文学研究の態度をも表明 することになる。
私自身について言えば,おもに次のふたつの視点を軸として研究を進め てきた。ひとつは,19世紀末から20世紀前半にかけてのロシア文学を対象 とした文学史研究の視点,そしてもうひとつは,語り手の機能,人称と時 間,虚構の枠組み作用といった,小説というジャンルに内在する構成要素 を個々の作品においそ検討するジャンル研究,構造研究の視点である。た だし,これらふたつの視点のうち,私はどちらかといえば後者のジャンル 研究に重点を置いているので,ロシア文学の範囲外でも,たとえば,アメ
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