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︶ 緩ん訳︑ジョ′ン・ラスキン﹃ムネ≠・ブルウテグス﹄ト  

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(1)

「  

︶ 緩ん訳︑ジョ′ン・ラスキン﹃ムネ≠・ブルウテグス﹄ト  

木\ 村  正  身  

これは盲nRus訂の著作のうち孟unera2象sご叡せ.られるもの義訳で告︒著者竃Kも明らかなように︑  

その内容は最初こ八大ニーニ毎に字竃ヽわ暴発ぎ誌上に四囲にわたワ.へEssaysOロPO−註邑EcO計myJと遷した叫浬の  

論文として発表せられ︑後∵入七一年にまとめて多少改君の上犬章に敬め︑節︵パラグラフ︶の番批を抱加し︑序を附し︑且  

っ︑1岩u莞rp穿−くe訃・Si舛EssaYS︒nt訂E訂men−sO?ぎーi−ic已EG︒n︒my一︒という新しい顔題をつけ︑置行本としてGe・  

0還e AHeジ にょつて出版された︒ほん訳の台本としては果京商大メンガー斉藤中のアレンの販墳版の叫八八六年阪を用いた   ヽ  

が︑あわせて咄九〇周年贋を参照し︑またフレーザー清濁故の原文とし七はエダリマン支障版の盃刷文を参考にした虻愚行本  

阪は牲諾掲載文にくらべて霊妥な変化ほみられないが︑紆記の鮎の他に︑エティモロジーにみちた煩桂な註がかなり反省整理  

されているのが日宜つ︒訳証は必要な最少限度にとゞめ.原則として本文中に大招弧で包んで示した︒しかし.訳者の不敏のため  

出典等があると思われるのにその明もかでないまゝの箇所もすくなくない︒何部︑悌㊨等で表示した註は原著者のものである︒   

大泉行雄先生に御校閲をわずらわしたが︑しかし訳者の私見を敢えて穂した部分も多い︒その際のことどもは訳者生涯のた  

のしい思い出となるでみろう︒  

⊥ 本稿は 

二九  ジョン・ラスキン ﹁ムネラ・プルウエリス﹂   瑠遵萄   

(2)

伊   夢二十二巷第四敬  二6   ︵那錆酎鋸器量い諺謂琵町籍〜謂噂㌫翫詔詣㌫れ㌶郎誓訂諾机ほ㌦︶の評決別に関して  

の最初の僅確な分析を包含するものである︒これまでなるほどそれ白身の範囲ではたゞしい多くの論文が︑俗見  

を反撥してあらわれはしたのであるが︑しかし実は最高の勤労︑つ法り普通に﹁葬術﹂と呼ばれるもの︑の生産  

物の慣値を治らないような人間−濫は︑本間潜むいやしくも徹底的革新究することなど不可館であつたし︑また該  

働労の性質む弁えている人々はというと︑わ好くしの心得ている限りでは︑こノの試み針金てた者︑否近づこうと   した著すら︑牢かったわけなのである︒  

それ故.示緒論文が要され潅時期︵−八至年︶︵諸如弟ポ離髭Ⅶ甜㌫電話け鮎蒜猷軌翫   舛㌶韻︶量るまでは︑菅累加蓋品す皇軍條塵が説明され扱いでい允許クでなく︑ノ富の貸その畠  

も未だ曾て定義されたことがなかつたのである︒﹃富と拭どういう意味であるかということについては︑誰でも  

普通の用を足すの匠は十分なだけにたゞしい観念をもつているものである﹄とミル氏はその著富の︑胃頭に蕃を   ︵引か那加詑謂酌謂等量賛して論姦められ雷牒ので㌢が︑ 

が︑火や水というものについては誰でも﹃普通の掬を足すのに絃十分なだけにたゞしい﹄観念むもつているから  

というので︑火と水の性質を確認しょうと努めるごとなしに化学の諸法則を探究しようと兜へ進むの把彷彿して   いる︒   

 けれどもこの一見争いがたいようにみえる泳法すら馬実ではなかつたのである︒痕も普通の用を足すのに  

さえも︑富とは﹃ど†いう意味であるか﹄ということ匠ついて十分なだけたゞしい観念を有している者は一方人  

ヽ.ヽヽ 竺人もないのであり︑いわんや︑われわれが意味を考えると香とを開かず︑富は永遠に.わたって寄実何である  

かということに至っては侍史のこと︑であるが︑しかもエれを確かめるこ主こそあらゆる経済学彼の仕事なのであ   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(3)

る︒なるほどわれわれは︑贋沢な食物やうつくしい衣裳を自弁しうるということがどんなことであるかむ︵経飴  

によつて或いは想像裡′巴心得てはいるのであり︑従つて仮警︑ル 

らの品々を獲得する手段のみに依存すると考えられたのなら︑氏が完璧な科学的正施さを以て富をこゐように定  

議することも容易であつたでもあろう︒だが民は事態む放つであられた︒つまり氏は︑富のうちでも芳子種類の  

ものは︑右とはちがった品々を所有することに︑乃至獲得するのカ匿︑依存するものであることを託って宙られ  

\   

⁝れ達の意見檻立脚した﹂科学の観念せばよろこんで受け容れた次第である︒    かうたために︑余儀なく衆俗の意見な以て氏の科学の基礎とせられたわけなのであり︑大衆の方もまた日英檻己   たのであるが︑しかし氏は︑その生産の諸㍍究匿おいては本質的憤値切諸原嘩へ▼の手鞠りをもちあわされな   晶センシヤル●ウアリユー  

三 これとは反対q︑わたくしは︑自分の旨々の仕番にキつて展開される探究分野が叫暦園範囲であつたのに  

加えて︑藍た偶々その間にえた若干の教訓がきびしかつたので︑特別の利便をもつたのである︒   

鵬八五二年の冬のこと︑わたくしがギェニス式建築に関する琴作の資料む蒐めていた際︑蟄ロコ講堂の屋根に  

ティソトレットの三枚の絵がばらばらの破片になつて︑木舞や漆喰とどちや混ぜになり︑オ十スト玖−軍の放つ  

堅二発の砲弾が落ちて出奔た孔のまわりに懸っていた︒債窮したヴェニス市当局はその冬の聞この破損を修凝す  

る余裕がないようにみえ︑講堂の階上部屋Q床には雨受けの冷めにバケツが置かれてあり︑雨は直接に弾丸孔を  

こ過つて落ちるだけでなく︑屋根叫簡が浸透する有祓であるために天井の他の部分にあるティントレットの沢山の  

絵地をも迫って流れてbたのである︒ 

四 これは今も申したように︑わたくしにとつては造びぺJいほどに直接的な教訓であつた︑というのは︑当時  

既にわたくしは︵尤も巌近オクスフォードで演説するまではこれ恵で敢えて主張したことはなかったのである  

三鵬   ジョン・ラスキy﹁ムネラ︒プルウェザス﹂  

∵ で㌧   

(4)

第二十二谷第四敬   三二  

空ヴェニスのティ.ソトレットの絵画がまさ晦ヨ一口ッ︒ルにおける富のうち汲も貿雷な品々であり︑現存してい  

る人間活動の扱上の産出物なのであるということを︑心得ていたからである︒ところで︑このティントレットの  

絵画のうちの三枚が右のよう托して︑卓れらを飾りつけてある眉根から海つた破片になつてぶらぶら下っている  

ときに︑パサのリグオリ待の画商達は︑着々増加しっ1ある衆常に順臆して︑流行の色々な歓欒舞踊の阿を揃い  

サツグラフ た︑仕上げも彩色も精緻む極めた︑石版画の﹁供給﹂警是清々と増加しつ1あつたのであつて︑この舞踊の中  

でも例の′カンカン舞踊︵へ崇へき︶が爾発きわだつた地他を占めているのである︒  

五 これらの石版画写ちの蒜についてその版石に対して用いられた労働は︑ティソトレットが並型漂い  

ざの絵に授するのむ常とした労働よりもはるかにゃつと多いのである︒それ故︑労働を侶値の温泉と考えるなら  

ばー︑かくも念む入れて刻んだ石版石の方が給の方よりすつと償値が大である筈であろう︒そして石版石の方はま  

たすぐ坂野乃至交換することの出水る複刷りを多数生産しえ︑しかもこの複刷りに対する﹃籍雫﹄は不断忙存す  

るわげだから︑パ品は自然︑これらの多数の石版石をもつている点で︵同じたぐいめ鯉数り油絵や代理石彪刻  

などに至つてはいうまでもなヒヴェニスが南風とその潮つぼい雨との申に峠たはたしている例の敏びた絵布の  

破岩むもつているのに較べるなら︑自分の方が無際限竺暦富んでいるのだと思いこんだ︒またこれまで信ぜら 

れ乃至詭速されたポサティカル・⁝ノミーわ乱らゆる諸原理に則って考えてもー敏実そうだということになつ  

てい準ので・める︒こういうわけでパリは︑これらの他にたちまさつ潅みずからの焚物を風雨から護ろうと︑︵踵  

費の寵むことなどお構いなし巴店舗相並ばせて壮大な扶廓縛をつくりあげさせるし︑個人に対しては無数の部   屋千々に豪脅な壁食む設けさせたわけである︒  

†ントリンジカリ 大㌧だがしかし︑パリはこれらの働産のために前よ㌢恩田ん洛のでは︑︑碍隻︑∴なかった︒本釆的にいえ   \   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(5)

ぼ︑この欺苗の石版画も実は富で偲なくして︑却って富の反対極pO−罵C蔓邑esな・のであつ冤∴ハリは︑這  

\ 

.ポヴアナイ 確鱒これらを生産するのに投じた労働畳だ伊︑絶対的﹁餐困﹂を超えはせず唯却つでその下に沈められたノのであ ′ワッチエオ  

る︒石版酔窟に虚碍の﹁票ら﹂であるぬとゞ害祭づたーそれら産局償われねぽ誉誉ころの莞 デット.  

の﹁借金﹂なのであつた︒−しかもその償いの仕・ガがどのようなものかは﹂リグ許衛の・今日の祓相がこれむ  

物語っているのである︵酎㍍椚卵㍍欄如㍍諾礪品を︶︺  

しかも終始︑ヴ≡スにある天井の色豊た絵こそ▼絶対的なーまた渕・り知れ誉田なのであつた︒それらは塩   もれ空都市望心れられ慧協として︑所有者にとつて無用でこそあれ︑それにも拘らすみゃからのうちに富た  

る?本釆的で永久的な性質むもつていたので敬わ︑その遺跡を侍所有しているヴェニスは富める観議蕗つたので   曙 ぁる︒たゞ恨むらくは︑﹃富とはどういう意晩であるか﹄について︑ヴェニス人をして例の屋根に瓦を葺くに至  

らしめるというきわめてありふれた用1敬足すのに十分なだけのたゞしい観念すらが︑彼等濫ほなかつ允というだ       ヽ  ヽ  ヽ  ヽ    けの話である︒  

l七 俗流経済論者は答えるであろう∵自各あ科学終始画の諸性質とは関係がなく︑たゞその交換横倍のみと関  

係があつたのであると︑鼻白く︑自分の仕事は備えに︐テ・イントレットの遺作が︑石版石から\とれる複刷りと   同じ十六ペンスだけの低値が果してあるか香熔を考えることだけであつたのだ与    しかしもしも事例を放でなくて馬匹にとつたのであれ■ぼ・彼もこのような答ぇを平等凝率にしはしないであ   ︑ ち㌔︒立派な馬苦節有して完納諒解晋のわるい喘息病みの馬鹿しかもつてやなかつ喪紳士に歓べると絶対  

的に富んでいたのだということは︑きわめて鈍感な経済論着でさえこれむ悟って許容するであろう︒よしんばそ ㌦   の似而非科学が彼に教えるところが曾て放かつ允としても︑どのような場合であれ︑馬匹に対して文殊った倣格   

ジ盲ン●ラスキン﹁ムネラ○プルウエリス﹂   三三  

(6)

≡四  俸こ十こ巷 第四敬 

は馬匹の憤借を改変したわけではないのだということ︑そして艮馬は︑たとえ偶々少量ギー岬で購うことが堅氷た  

にせよ︑だからとて慣値が減じたわけではなく︑はた亦柄んだ廃馬の所有者はこれを購った際は叫00ギニを投  

じ諾いるからとて少しも富んだわけではないということをば︑本能的佗感ずるで参ろう︒  

凡 それ放︑・経済論著が自分の科学は絵画の諸性質む考慮転入れないという場合︑彼は現に︑傘画0うち豆存  

している本質的な惑さまたは良さに閲す濁世んらの性質をも自分は認放しえぬということ︑またそのような晶物  

k関する富の詔洪則を日銭は研究する能がないということむ︑意味している①にすぎない︒これこそが事実なの  

イントリンジヅク︑●ワァ丑ご十王   である︒だが︑絵画の本 兼 的︑慣 低を定義する能がないというこキになると︑壷に彼は絵入り盃や絵入り  

陶琴や横様入り級物︑.その他質実の人間的工夫を聾するどのような覇民生産物についても︑本木的慣佑0性質む  

走去するには石岡様に無力でなければならぬこと1なる︒香︑たとえ荷役用勒物に関しては本来的債値という観  

トンヨケル●エゴ′ミ■l   念を抱くの餞があるにしたところや︑馬乃至境港につ︑いてすら︑﹁国鳥 腰 済﹂の二般諸原哩を述べようと   ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ︳▼︳ヽヽヽヽヽヽ   努めた窺済論者などはこれ藍でなかったのである︒そとで結局︑鱒代斑済論者は例外なしに︑本釆的慣値p性質  

ヽ  ヽ  ヽ・ ヽ  ヽ  ■  ヽ ︳ ●  ヽ  ■  ヽ  ヽ ︳ ヽ  ヽ  ヽ   を理解する能が全然なかったのである︒   

九・で本論文の第叫.の特色は︑胃頭にぉいて﹁本釆的慣偲﹂恕よび﹁本番的反慣値﹂・In且nsic′CO旨ary・〇︻  

喜莞の定読を興えるこ︷ぉよぴそれをひきつゞくすべての推論の基礎として阻持するというこぞこれ菅  

ネガティヴ●パワポシティヴ○ヾブ あつて︑このうち負?傾嘩の方は昔の著者達や食戯考慮外愕ぬい牽もの︑また正の慣鹿石方はかれキロ全  

癒恵義せずに患いたも①セある︒   ㊥    しかし第二に︒近代経済論者は︑本塞的慣億を無税しまた衆俗や事物評偵むばその科学の唯一ム基礎として受  

廿容れつム.みサからはこの衆俗の簡要せ供潜との関係を規制する不変の決別む確かめたもむと︑乃至は少ぐと   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(7)

√  

へ.ヴ/ワ・.ハブンス   も需要茂供給とは人間的予見の支配力①及びえない天国的調和によつて結びあわ零れているむので臥−ることむ証  

明したもPと︑想像して禿たのである︒務またまわたくしは︑甘皮あのヴュー三α諒例0ときに本来的憤値①諸  

理論が切迫した問題に直面しているのをしたしく目撃した①と同じように︑奇妙な汐ぐりあわせで︑右の常男供  

給放射の理論の方もまた今叫つの大きな事例に際してかゝる卦態に値画している0を目撃するところがあつた︒    Uわ允Lく混戦︵脚錮︶慧パ品芸語管審議するロ㌣品長毒芸貞会昌席さ軒ていた  

ゞ小たわけである︒会議①或る時期において︑野草供給潜則隠何降作用しはじめるであろうか︑またそ0作用は  

巌確にはどのようなもので訝ろうか︑ということがきわめて遭要な問題となつた︒づまりこ0際の常要拭︑実際  

甚だ緊迫したも0だつたわけで︑それはあと数時間を出でないうち監刃金な飢餓状態に到ろうという数百万0人  

々の需畢︑.為よそ食糧と遁①つくも0オらどんなものでも構わぬから欲しいという筒畢なのであつた︒それにも  

拘らず︑論議するうちに認牢られ警とは︑かゎ撃なる諒恕供給法則拭多分︑普・りぎ・ク蒜ど旨になつ菜ら  

をれも荷重や馬匹を求めるので犀降それから数分間も過ぎた頃■になつてから・あらわれるだろうよいうことだつ  

たので遜っ.て︑われわれはす1宣でこ0撃なる法則に干渉しで′荷革と馬匹を筆急供給してみようというところま  

で漕ぎ首∵品芙愈嘗やつ雷で車若して馨求に間賢各雷であるが︑しかし二刻も早めにいづ老  

けで抵なか肇たっ同委員会で由に承認され牢ことは壷なゑ閻畢供給法飢は︑パリb費属に㌢0欲する任意b品励  

竺・ペニだけの偵債分笹射し十二ペンスの代憶む韓する︑ことによつてそ由作肘をば開始すべ 

ない任意曾m初空ペー碁に対し彼等に十ニペンスを提供することにょつてそ0作用を経えるであろうというこ  

知が殆ど﹃探りあげるに借レ﹄へ︿へ浪瞥琶訃評へ惑いもので・り為こと︑たゞわれわれ絃十虔だけ︑敢たて異端的   とであつた︒こゝにおいて同委員会鱒拉た結論は︑か1る特別汝場合には小さなひ?か1りは撃なる需潜伏給故  

ジ壱こ了†ラスキン﹁ムネラ・プルサエリス﹂鳶  三五   ︑登沖   

(8)

′  

二こハ   第こ十こ巷 第四艶 

牢バザの貧民にその欲しいものを欲しい時に提供してやろうということだつたのである︒われわれに委託され ︻  

允金額腐値だ琵︑こや点む実行するのに成功し警とが記念されよう︒︵指針幣詣招請⁚露針・㍍㌶  

㍑詑琵詣饉華ぜis︶  

︑けれども事実はどうかといえば︑この極端に緊迫した事例把・おいて偏りと感ぜられたところのいわゆる  

﹃港則﹄挽す緊迫掛野¢少れ他の諸事例においても︑ひとしく偏りな0である︒それはつねに︑またあらゆる場   

所にぬいて︑惰りなのである︒香︑この溝則紅誼岬するにあたって俗流経済論者達の間に意見の︼致をみないほ  

どに︑そ秒存在そQものが基想的な0である︒何故というに︑彼等のうちにはこの法則をもつて慣格が需宴と供  

給との間0関係によつて規制計れるということにすぎないと考ぇている着もあれぼ︑この関係そのものが︑をの  

過程に干渉するLとの愚かな態のものだと考えている者もあるからで臥る︒前の考えは部分的にのみ展実で■め  

る︒彼の考えは前記の事例愕みるとおり︑膏に眞実でないぼかりが︑恵さLく虞実射逆をぼ述べたものである︒   エコノミーポリティウル  ドメスティソク   何故というに︑うらゆる賢明な経済は︑山国の場合だろうと一家q場合だろうとを問わ事︑需要と供給とや問に  

衝動的乃至拭︵直櫻巴自然的な関係とは異った或る三億廟係をば︑断乎として維持するということに︑▲庭隠  

するものだからで優る︒  

三 同じようにしてー俗流のポリティカル︑︒‡ノ浄−は︑賃金が親筆によつて決定せられるというひとつ  

の︑﹃旗則﹄む主張する︒︒   

ところでわたくしは白分の召使い連に対して︑彼等を快適なちしめるわに必要だとまさに思われるだ伊の賃金  

をば支彿う︒その金額は全然競寧によつて決定せられなどせず︑ある時は彼等の徹倭や功労曙関するわたくし0  

考えによつて︑あるときは彼等自身①考えによつて︑決定稔られる0である︒仮にわたくしが鳴日はL文無しに   

−  

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(9)

\  

︳ 庖るょうな七とがあるとしても︑彼等の若干はきつと無報酬で錦わ︑たくしに仕えてくれることであろう︒   

実際にも︑また想像¢主でも共佐︑俗流ポリティカル・早コノミー鱒このいわゆる﹃法則﹄は絶対的に顛成せ  

られるととゝ慧︒尤′もわ苧寵甥遠別遽潤する︒とは欝ないし︑気夢二十二度︵欄甑︶以上誓と  

き氷をわが家ゐ内で株融かすまいとしたとてそう終決められるものではない︒家①外で眞実な法則は︑家①内で  

もやはり展賢な法則なbである︒それ故に︑貸金が競寧によづて決定されるせ小う0は﹁自然﹂0法則なのでは  

なレ︒い︑わんやそれは﹁観象﹂0法則で瓜ない︒そうでも薇けれぼわれ取れは︑何百方棲も0損失む閲家にかけ  

てまでそれについ\て公けに議論Lているべをではないで砂ろう︒俗流経済論者がみずふら無力なあまりに﹂ご筒  

の法則と想像するまでに至つた事実と小うのは︑たゞバ過去二十年間に亙り多数¢頗る無感覚の人士達が貸金む  

そのJぅ\な方法で決−定レようせ企て︑しかも或る得度は時々そうするのに成功したことがあるということにす  

ぎない︒   

ニ宵の諸要素む定義すること︑および宵の分配を支配する諸法則を述べること0双方について︑近代pポ   

少テイカル・エコノミー拭このようにして絶対的に無能力か︑もしく抹絶対的に偏りであつた0である︒そして  

本論文璧これまで不徳溌政教拗さで攻寒され流ように︑ノ牲学?かわりに感情む置きかえようとする企てなので  

味なくて︑逆に︑横着にも科学だと装うたも由を暴露すること︑ならび軋ポリティカル︒エコノミーが取扱わね  

ぽならぬ物質的諸要素と牒テイカ殉・エ 

い仁1しかもわたくしは攻撃不可能︑と申してはゞからぬ卜1兎義を行うことをぼ︑包督するものでちつて︑ポ  

徳朝敵養の下においてでなければ存立不可能﹄  

ジョン●ラスキン ﹁ムネラ●ブルウユリス﹂   サティカル・エコミーそのもの嫁科学ではなくて︑   

/′−、\  

費本   参諭  

ニ;こ:一三ゝ 

;、 

\・/■料  

なものな①である︒つ寄りそれは︑勤勉︒瞼約・惜慮   学 

三七   システム の上笹築かれた行薦の﹁系列で∴りり︑血走妖囁の遭  

威さ  

(10)

Jj叫  

タ   

言八   筍二十二怒 第四祝  

と払う経済の三つの基礎が︑とも匿追従朝な分畳な0でめつて∵道徳的訓練なしには到達ぎれうるものではない  

ということに他ならない︒とのように申すの拉陳囲な極り及句だ︑と読者は考えられるかもしれない︒ところが  

この極り文句はヨ.−ロ︑ツパの全住民によつて騒々しくもまた非常な努力で否定されているものである︒つまり彼  

等はまず︑現在0ところ勤勉たろサと卑ずして商略によつて富を獲得す私こと町望みをかけている︒次に富を所 ▲▼  

有している場合には︑これむ使用するうちに瞼約①観念すら1−∴㌣約んや瞼約の習慣そのも0となると更にど恥  

ほど甚だしいことであ︑ろうか1購ってしまつている︒最後に富の諸要素む選定する段になると︑彼等は幌成の  

能力などそもそも襲うことさえも出死ぬ −つまり今藍でこ′れむ具有したてとがないから− 00である︒  

エコノミ︑・−・   

︻四 さて仮匪経済0似而非科学ひ教師達が︑それに閑Lて大衆が無息放でおればきわ打て危険なような諸問  

題について︑これ蒙で到達した費弱な諸結論をだに︑敢えて明瞭に述べていたならば︑こ′¢詔結論P顔立ち具合  

如何によつて︑教師達濫拭間もなくそのい凍れが選奨でいずれが虚慣であるかが判ったととであちう︒  

けれども主賓で決定的な拷問題については︑これまで敢えてひとつの指導原理をも述べた政治経済論者鱒いな  

や︒  圃民0沸ケ地代︵芽tiOn已R菖t︶虻国民のする借金人家tiOna﹁眉ど︶︒ 

ところでもしわれわれがと蘭画にぉいてであれ叫定科学印譜原理の体系的で徹底的な詮逸む求めようとするな  

ら︑一さだあしそれはケムプリーツ汐e斯学C.教授に倹たねぼならないだろう︒   ノ  

妄要はフォーヤツト教授0鎧が〝掛攣戦刑部〝か︑影榔︵認印監抽ハ︶姦みにとり︑毒害記の  

三つゐ問題を揉つきや胸裡蒜か′告から果してをれらた対する答纂みつ∴かるかどうか覧られた又鐸tY  

寧−買ほり㌢Tミル理倫の信看で:妻cp岩ambri︒geMaト﹀烹われ︑︶︒ 琶月の篤学であつたが︑官典派偲諭の瀦同者ではなく菅及者たるにとゞまつた︒  

ぬヤ   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(11)

か︒   

Ⅱ 閣民がそ¢土地または土地生産物笹対する賦課を或る人数の私人達に支執つて後者の思うま㌧に費消させ  

ることは︑周属む富ます傾向があるかをれとも饗しくする傾向が∴掛るか︒  

∬二閲民が私人より借入れた金子に対L不定期問堅且つ.て利予を文雄ケことは︑闘民を宵属す傾向が一あるかそ  

れとも資しくする傾向があるかb   

以上三間題は皆︑ことごとく完全に単純︺且つ禅林的に盈賓である?これらを解決するならばあらゆる盈黎な特  

殊問題における闊屈む行蔑む基礎は忽ちにして諸君むものとなる︒これらを解決せずに拾ておこうか︑悪人ども  

甲肝穿と群衆里愚昧とによつて国民に翳され単著癖樗は︑際限もないのである︒   

こ竺画題をわたてし絃順番にとり緻げてみょう︒   

l大 i 衣装︒′今日大衆の心に刻変れている一般的改印象按︑衣装や家具についての富者の糞沢は負者に  

とつ七の利益であるということである︒おそらくわが政沌経済論者のうち最も貰いたものといむど尾︑あまり多言  

む費やして敢えてこむことを主扮するものはないであろう︒だが彼等軋いずこにおいてとれと反対のことを主張   しを︐㌣ランスイ牒て満票︵け封騨オ︶窒統治斯欝恩財政琴窪として登られ・冨畔  

地芳労勧着かも地企として受けとつた基令心太普な部分繁ハリの淑女用衣裳の製造に費消すべきである.というこ  

とであつた︒フランスまた埠イギリスの政治経済論着で︑芭れ心科学の結論がこの制度把反如であることむ敢え  

て主張した濯が︑どこにいるだろうか︒應たくし掠夙に叫八孟七年に拭右の︑誤謬の性質聖杯しその危険を啓骨   等   しょうと最啓むつくした甲であつたが管 しかし閥民から己れの旨基笹傾倒されて他愛もなて気に入られてい  

三九   ジョン:アスキンし﹁ムネラ′○プル′ウエリス﹂   l  \   蟹沢な衣褒や零芸告賢蕗㌣釜本費拍は︑甑民を富ます傾向があるかそれとも貧しくする傾向がある  

(12)

第二十二巻 第四挽  

\′   

四〇  

た人士達のううで︑わたくし批倣って闇米界のお歴々の不興を買いそうなこと歓敵て語る男気をもつたものな  

ゎけである︑jが今日その結基は︑あ0教育相培帝が正確で巧み竪嘉でわれわれ監ぢているとぉりなbで ヽ   ど︑鵬人としてなかった0であり︑かくてパリ・の商業界¢激怒々は隠に十四年問だけ思う存分のことむしてきた  

ある︒   

﹃われゎれ拭栄光のかわり正貨金を︑仕事のかありに投椀乾穂積と蜜敬のかわり甘猥疑をぉきかえた︒不道   

徳を赦免したり栄誉化したりす 

追剥ぎの計略を手樽ったり喪蛮したりする︑道徳を嘲笑して成功ぼかりが良いものと思う︑たゞ快楽のみを愛   

し︑権力だけをあがめる︑仕朝などしないでそのかわりレイらでも茶想にふける︑考えす打喋る︑栄光よりも   

喧騒をよしとする︑かと思うと嘲笑や曝首む常態にこしらえあげてまるで制度匿してLまう︑−あ⊥これが   

今意で︑取れわれ鱒見て参った光濃なひであるか︑これがわれわれ00つくつて参った整芸のであるか︒﹄   

もちろんこのような結鼎を生む0には家具や衣服の整沢の欲求以外に他の諸原潤もはたらいてはいたのである  

が︑しかしすべてのうちで最も碩確約な原因は︑やはりこのようなも①に対する欲望だつた0である︒とb欲鷺  

は聖職の筋からは非雑もされず︑また大概は経済論者によつて商発には有益であるとて唆されるぼどのものなの  

である︒.われわれはまた︑このよう億結果がフランスだけに到来したと考える聾はない︑  \ 

し交易自由となつた場合はどに骨0慌慧でわれわれの敵となつたことは決レてなかったのである︒同時にまた︑  

私見によれば︑アッシリヤ式乃至はローマ式の蟹沢について記録されている史実のうちにも︑数週間前にわたく  

しのたまたま知つた事例ほど繚起のわる・い乃至ぞつとするむのはな′≠すなわち︑さる北方の静かな田舎町で︑  

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(13)

ある見苦しからぬ裕綜な両親どもが︑その独り娘の封相手小物問屋の普訴で︑寄る年波だというのに周頭に放打  

出きれたというのである︒ 

邸へ莞縫夢︵現贋のA牒歓び孟著警殴訂㌢季買至㌢を蛋︶︵開脚讃繋詔璧︶   

、  

超由r ﹂八七帆年十月二十七日附ベル.メルーガゼット既偶数のジュール︒シモン氏の演説記事参照︒  

﹂七 Ⅱ 地代︒ 地代中濱あ性質にづいて次のような説明が︑フォーセット教授によつて金く正確にその  

金治琶学︹蒜︺▽最終版讐三男︵距増踊霊諾︶晶え克て1いる︒−   \    ﹃あらゆる国土は潜そらくこれまで征服されたことのあるものばかりであつて︑占領地む下賜するということ   

が比簡約功圃紛れた従属肴に対Lて関係君奮の賦興する普通0褒寅な0であつ鷲力づくで獲得した土地は力   

づくでこれを護らねぼならなかったわけであつて︑▲法がゃゎ蟄上権威を主張し財産が安全となるまでは﹂ど①  

贋族も︑自分0所有地′に寄食する人々がすゝんで主人公b財産を守護する覚悟でいてくれぬ限りかこれら財産   

を保全すことをえなかったむである︒:∵轟 財産が安全となり︑′また地主も1﹁国家﹂0櫨力が日分¢あらゆ   

る財産権を街ってくれるだろうと感ずるようになるにつれて︑これらの封建的土地所有制ゎあらゆる形跡絃秩   

層され︑地主と借地人との関係はかくて純粋に商業的なも 

ぅ人があれぽ纏になりと乙れを撹供する︒彼む関心はたゞとれるだけ高い地代を受けとるということなのであ   

る︒このようにして支梯われる地代を調剤すべき諸原理は何であるか︒﹄    ′  

この諸原埋なるも0を教授はす1んで得々と探究きれるわけでぬるが︑問題翌鋤後を通じて望静監苧−つ  

まり力づくで獲得した土地Q所有を力づくで維持するということ〜がいやしべも何びとかから異議を挿しはさ  

まれる可能性蔀あるなどということ柊贋時も考えておられぬようにみえる︒それにも拘らず︑二哲学御中盗奪は   

ジョン・ラスキン﹁ムネラ︒プルウエリス﹂   四鵬  

(14)

∴解二十二巷 第四耽  讐叫   その反動でおこる別①盗奪によつでどの程度まで正当に括抗されうるも¢な①であるか︑或いは卯と反射として  

ぉこ戊側①琴奪は為して盗奪なのかどうか︑また爵竺歩むす1めて︑始原的な盗奪なり後からそれむ訂正する  

盗奪なりむ除外するとき︑土地朗警督し蒜條仲通何で雪か︑攻上を発見することこ碁日窟も卑近な   課題なのである︒   

溶 この省略箇所はたゞ右の政明を敷紆Lてい.るだけで1なにもその但し番などではない︒  

−人Ⅲ償金︒‖今嫁久し/霊︒︑まだほんの子供だうたわたくしぼ︑よく獣って腰掛けてはロンドン商人達   の談義計聴いたもので︑法敵人達は皆弼つて蓉艮で分別ある琴兼家であり︑時長の食草む囲ん芸つ藍る習   ゎしだつたわけであるが︑こんなとき奴等のうちでも壷分別くさぺて憤重な連中のうちの誰かゞ大つぴらに表  

.小⁚・ 明した次のような信念ほど︑わたくLの仰天したもⅦ隠なかつ潅ものである︑︑日く︑﹃もしも固属のする借金と  

′.かあ いうもわがなかつたら︑われわれは自分の金銀をどう俊つたらよいやら\︑乃蜜蜂何処へそれを安全にしまつたら  

まいやら︑判るまい監と︒フォー戊ット教授がその婁党∀の三九九更に意さにとれと同じことを述・べていら   れぁのを緒君は見出されるであろう︒   

﹃肝腎のわが国では︑損審の鹿阪に対するこの保障挽公共基金によつてまかなわれるのである︑云々﹄   

かくて教授は撃をす1められもが︑こ凄も藍た地代の問題の場合と同じように︑数十年以前の花火①代金佐   和子を真珠う政府と﹂今日登産的労働庭む伊て使われる資金に利子を安排う政府とで軋︑間者が国民的繁巣に興   える影響に本質的な相異が存するのではないか︑とレケ疑惑などに拭︑壷もわずらわされてはおられ亀よう笹   みえるのである︒  

元の相異点捧︑読者もみられるとぉり最後に本書讐二七卜三九節にぉい七説述吟味してあるが︑いやLく   

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(15)

も経済論者にとつては︑政治に関する他の何らかの問題佐近づく前笹︑この相異点を十分に詮明することとそそ   

の任務なのやある︒そして今車げた諸節こそこの点についてⅥ今牽でに行ゎれ東唯忘決定的な論述を食む軋の   

だ︑とわたくしは侶ずるのである︒    一九 このような遜逮が存していなかつ潅ごとめ実際上の踏典按といえば予資本家達は︑自分め金銭をどう償  

つたらよいか判らぬ場合︑諸方の農民達に向つて︑︑この濃嘩珪がお宮いに射殺しあうための鍼砲をさも必費とし   

ているかのように説きす1めるというLとになる︒.そこで農民達は蛾砲を借金買いす︑るわけであるが︑他方資本   アミふしスノン一    家達絃その銃砲の製造から一定の歩合を利得するし︑皇た科学者連接大いな興味対象とともに信望を拉る︒つい   

で農民は疲れ倦むまでお耳いに幾人かを殺しあい︑藍た各所でお互い灯住居を焼軒ちにする︒それから使つた鍼   

砲を塔・武器庫等々に褒飾品として約める︵野つた組拭これと並んで幾流かのぽろぽろの旗老謝金に約めもす︑   

る︶︒そうして患いてから資本家達は勝った厳に牒負けた組にも共躍︑蘭致永久濫餓砲および央粟についての借金   ノかね  の利子を毎年文殊うの読務を負わせる︒以上が資本家のいう﹃金銀む倣う方淡を弁えている﹄ことなのであり︑   

ま東商柴鼎の人士のこ鮫にレう︑﹃感傷的﹄なのと反対咋﹃契際凱﹄な﹁ポリティカル・エコノミトLのととな  

のである︒   

こ○十毒琴基ハ○年㌻︵難語鍔し即踊摘︶ゎ尭くしは︑教師達の以上Q号芸謬の富に上   

述のヨーロッパの民衆の士にどのような苦難が襲いカキろうとしているかを︵カーライルが夙にサつとその以前   

から看破していノ食ように︶当時十分に看でとつたので︑後にAこの政後の者にも∀という標題で出版するとと1  

ジョン︒ラスキン﹁ムネーワ︒プルウエリ  芝篭のコ一言・マ誌︵整踊鮎欒霧叩㌫㌍訪露熊︶篭︒er︶  ︶向  

浄由十聯の論稀覧軍賢の暮雪くして諸宗讐斗いⅧじめた牒であ亀岡詭諸共人︵押付カ︶鱒  

四三    \  

(16)

節二十二各 節四既   四拘   

わたくしの友人で︑最初の三森文法敢えて掲載してくれた︒だがそれらに対する非難がおよそ編集人たるもの匿   

は堪えがた小ほどひどくなり︑彼は蕃を寄せて︑彼みずからも大いに心外とする旨︑またわたくしに対し深く詑    びる旨を併記しつ∵同誌はあと﹁経済論﹂・はもう山つだけしか載せられ惹いと申して釆た︒   

わたくし絃彼の許しで最後の論文を他よりも長くし︑且つ出来る限り露わな結論を輿えた1をして雷契本晋  

ゐ体裁が現在そう放つている︒けれども︑わたくし拭この緒論文をかくのに抄なからぬ辛労むなめたし︑豊堪  

れらが以前払わ尭くしの大抵q著作よりも叫静良い仕事︑以前Ⅵを皆併せたよりも盲犬切な諸尻埋を含んでい   

るのだということが判つていた0で︑コーンヒル誌の読者静が右に激烈な非難む浴びせたこと拭わたくしをして   

沈獣させ更に深く思索させること1凝った︒そして館山年間ほど問題を胸中で彼此蹄々させた後﹁ポリティカル  

.エコノミー﹂に関して余すところのない叫論文を苦くことを以て生滅での中心的な仕寄としようと決心し孝の  

ノ富る︒しかし荒ら当時として隼若しもフレーザーズ・葺レン誌の璧人︵試写de︶がわたくし墓  

を琴こして︑わたくしの理論監輿址挙りと信ずる旨︑ついではこの危険率王題についてわたくしが書きたいと恩  

ぅもノのを思いきつて掲赦してみたい旨を述べaということがなかったら︑右を開始するには至らなかつたであら  

ぅ︒こゝにおいて県警鼓しっ1﹂八六二年の冬か  もので思単に岐れたものを彼に迭り︑彼瞳敢えて印刷に附した︒そうすると︑この編集人蛛必ずしも全く意気阻   喪したので路なか\つたが︑発行人の方が憤激して妨害した感けで  と同じく︑わ発くしの方からかげるこれ以上の迷惑から︑暫し保護された次第である︒その後健康′の阻害や家庭  

上のか空い㌢︵紅絞納所㍍琴James︶や︑その砲色蒜合のわる芸件があつて︑同番の本文品行す  

るのを妨げた︒1七年間が無為佗過ぎてしまつた︒で︑わ︑たくしは全体の允めに考えて患いた標題の下に︑今   

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(17)

令    や不本意ながら序文だけ計直独で市刷する次軍である︒  

≡ が︑右匿抜海足感が伴わぬでもない︒というのは人生もこの期に及んで掻落莫の感にも甘んずる次第で  

あり︑それ誓この序文は諸兄読に甜する本文としてそれ自身完結しているからでもあつて︑わたくしは今これむ︑   拙稿天助尊者へ蓋叉訝鰻舘粥鶉雪㍍詣離警架誓鴨醍Pb︒トrers︶姦流する佐  

際し参考に必要としているのである︒飼この会簡冨よつてまたわたくしは︑こ乍・こ入の商都忙実際−鴎に要約  

した倉ネラ・プルウエリスV O中心目的せば︑もつと形式を離れたや恥方でそのうち達成したいと希んでい  

る︒つ要り︑これ皇で討議をされず転入々の間監晶く行われてい滋ところの富分配?諸法別の道徳的諸結果と  

可能な修正とを吟昧するという目的が︑それで一める︒ごの諸法則は︑壷通′の経経論者掻これ料犯しがたいものと  

推考しているかと思えば︑ま霊違の整芸読者拭これを全面的廃襲の豊肌にあかものと想像している︒しかし  

両賓ともひとしく思いちがいをしているのである︒∴今日富の所有を規制している諸淡則は不正である︑何故なら  

富所有の達成へといぎなう詔勅撥が不純だからである︒しかしどのような社会主義といえどもこの諸法則む廃壌  

コヴ£タスネスプライド す㌢とは︑同時に貪欲と鹿央とせも廃讃しえない限りは不可能なのであるが︑この億件は決してまだ実行の緒  

についてはおらな心︒してまた︑これまでひとの想像した範囲では︑どのような場倉にもこ∩言うな変草などあ  

りえないのである︒粗相な香移柊禁ぜられもしようし︑赤貸の苦痛は救われることもあろう︒だが自然は︑倹約  

な人間がつねに浪費琴よりも富むように︑皇た驚朋な人間が愚人よりも安楽であるようにしてやろぅと意図して  

いるのであつて︑祀金主義の感命の努力もこの自然の意図を妨げはしないであろう︒けれども︑まことに︑動静  

の生産物の所有に関する調整は︑生産物の分盈よ.りもむしろその性質に︑またその敵に勒傍の滞日標の賢明な決  

定妃︑儀存するものなのである︒廃案霊芝望む国民はそれむ望むに中庸むえJ・従つて親切もてそれむ各配し︑   ■  四五    ジ∴コン▲二ブスキン﹁ムネチ●プルクエサス﹂  

(18)

高  心 

られ雷ので漕が︑1しれし校正刷を訂正し監つ雷で︑今回は行文\蒜処望首加え乃至そ0重苦らぬ特  

殊琴項む訂点するにとゞめなくてはなら監完︒修正貰昧が・変ったような筒塀に絃必ずそ?修正む角括弧で  

包んで替り︑また些少に上ゞ登るが加える必要を感じた裾釈も︑右と同じ賓餞で示tておいた︒残念乍ら自認致  

すわけであるが︑言語という︑も0についてのわたくし′の不自然な耽溺り弊を矯める0疫は︑所詮どんな補釈も十  

分ではな窒︑こ羞に佑つたのは︑ボンげィ︑ルやア︑窒①山ェ畔㍊棚駒鋤整結市0︶∴   向けて独り散歩を何回となくやつた折に特定の章句につ笠あ変り届く考え詰めすぎたという事情からである︒  

しかし一芸くし落し芸書むぼ十箇0参考轟苔︑篭れも熱心な読者完めの参啓辞雫以外甲何も0左しよう   とも意図←なかつたのであつて︑かぃる熱心な読者にぬかれては︑わたくしは十分期待致している・のであるが︑  

もし本書中笹帯められるも0を見出される恵ら︑殊更にぶつきら棒な譜表硯むぽ御海容下さることであろう︒    最初に公表しな論文む数は︑今も申しセように︑四篇で雪た︒今度はわたくし竺隊の便宜を図つて︑全体  

属ハ茸にわかち︑また︵凍ろもろの拙著のうち・こ0版に属する録のは竺賢してそうする積りであるが︶節の琴   垂亨森第四耽   望ハ   よをぴもて㊨れを廟有︑するこ怠出警︒ところが虚偏冨姦む国民誓れ墨むに中庸芙するので︑正   義もてJこれを処分することも︑平和裡にこれむ享受することも導水ぬのである︒   

童′それ故︑目下取りか1つている著述においては絶えず本普請論文に示された質実な宵および虚偽望昌  

定義む参座する必要があろので︑わたくトは右諸論文を憤患改訂Lてこ1昌刑致す次第である︒ごれらp論文   協外で︑サ牒ち叫部分はミランで義分はてネ﹂ヴ違サモン・サレーヴへぃ㍍か詣欄 れが北方でまジ言  −ヴ潮に潰する︒向湖の西南囁kジュネーヴ衛があミその帝常にサゲオイ層ク綾を庭應 サレーダが迫り︑ 

′その果から静へかけてボンゲイルむ中心とする紺地が琴丁︑デルブ可ヽコ一文り宣奄ノ∵ド普チ酢 胡′L−ウカ義軍.薫¢芽カら韓へかけてボンゲイルむ中とする盆地が展け︑アルヴ河︵ローヌの支流︸が貫流  がスイスセ突入   オイ高額で︑こ   するた陵モ/○   

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(19)

︵ムネタ・ブルクエリス本文︶   

れトT町MAR訪ETTERRAENてMEROQCECAREZTiSA惑N畠 J  

ジヨ㌢●ヲスキン﹁そネヲ●プルサ寅すスL   こ0人こそわが文聾0大家達のうちでたゞひとり︑同時代0団居がいやしくも仮に細く意志さえあれば是非聞  

く必要0ある管の事柄をば︑それと識って一身をも顧みヂ書き放った人なのであつて︑ゎたぺし政氏に対する禽  

放め念を示すもらといゝ手段でも自分の力把叶うならばJいのにと思うのである虻そういうわ廿で︑氏のお仕事  

●   も謡わる他ない時期が近づいてくる吃っれて︑﹁共知的﹂で﹁自由思腰的﹂なイギリスという蘭は︑痛感な非難′    レバプリカンフリI07ウチタド  

を用いて氏を攻撃するかと思えば︑また怯愉恵政簡と不名誉な貿易との底なし招からみずから聖二奈々士流を生  

み出しては︑この連中監賢女て⊥ 

たこの﹁孤独の教師﹂を罵倒させ︑・それで己れ0耳に快よしとしている︑ノという次第なbである︒  

デンマーク・ヒルにて︑−八七山年十一月二十五月︒   り指導者であるト︑マス・カノエフイルに︑これを捧げることむゆるされたい︒   骨を附した︒   

わたくしは蘇貴書の第怨を曾てわたくし①大きなかなしみせ共にかなしんで莫れた友人に捧げた︒   へ  那胴詣銅謂謂津叫齢い謂篭M鍔s甜粥恥終律e叛指机㌍詑詣   まラスキンの父か死以奉彼の   終生の思実な助手となつた︒   ︶賢穏ガる本書ほ︑わたくしを慮って潜もな仕事写ぺてむ果させて其れた友人であ  

四七   

よ版/一、  

い∂1一・  

0序八八   彼に三七  

女も年・−・  

(20)

第二サニ巷 第四壁  

冨EZSOREMCO昌誇NTゝRCHYTAV  

PulくE2SEだG⊂︷憎声○諸ETUS旬ARくA MATIZUP白  

Mu2ERA.﹀﹀  

∵⁚か.一   ︵﹃や与ルキュクス㍉警も警も︑してま潅数限りない砂ども富究雪くし窟雷汝で雪りに︑   マティーヌス山で狭潜られた入江に︑さ丈やかな芥土の贈物①汝を葬ちあるよっ﹄凍㌍汀Hけ㌍﹇て劇ド簿.溜  二筍窮二八歌﹁アルキュタス﹂  

参照︶♪    訳者補記−1ァルキ芸ス︵Arc首a∽︶︑は▲票岩二甲C・頃以降にApu−i芸→areきmに住んだ当時著名の哲学者︑瓢学   者且つ将軍であり︑また政治家でも雪た○哲学者とLてはピタ言ス次に蕗し1たまた革ラトーンと同時代に生き︑   僧蓋DiOり温us筈あられてプラトーンの生命を救わしめたと償えられる︒アルキュタスはアドリア空で航海の途   中︑アプリア北方のガルガヌス山脈政覚喘の海中匿突出Lたマテイ⁝︵の沖合で1肝職務死し︑1麗を得ずして死ん財彼り   亡魂は迷うてこの蓮を彿御するといわれる︒ホラティウスはアプリア人であるところからこの山をしばしば・引合ぃに出   し︑特にアルキュタスのため竺詩を献じたのであ逐︒しかしながら彼のアルキュクス叡そのものにつき種々の解澤があ   って姦してはいない︒︵Cf・TheOd2Sa已E20d2SO−HO⊇Ce=r・byE・gWer﹀10rdL竃呂︐LO邑3−簑︸   ムヰラ●プルウニリス pp・甲声︶いずれにしてもこゝではラスキンはアルキ芸芸幽忍を偉大な人間のオ能に︑また﹁芥土の財物﹂を以て   物質的富に囁え雷のと思われる︒蘭ラスキンは他の著作において︑ア妄言スが人間の蚤性宗撃にる心の四つの性   質︵慣雪正轟︑覇気︑田野を宕に列管見物であつたことを述べてい雲夢雪⁝芸鼠二巻節穴輩第四九餞   四八  

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(21)

ドノそアイツノク●エコ′■もトー   ーあ兜か空家の経済が家庭由布院手段に閑聯してその濁ろもろの行馬や習慣を親潮するのと同じよう  

に︑﹁ポリティカル・予︑コノミー﹂は此余力重商家0行為習慣恕︑こむ整コカ重囲家の存庶事段に閑聯して︑規  

制するものせあるb   

ポサティカル︒≡ノミーは披術でもなけれぼ科学でも忠くして︑儲科学わ上に築かれ且つ諸技術を指導する   システ′ふ  どとき行為と立法との一系列夜のでlあり︑また一定紙礫血道徳約数饗の下にぉいてでなければ存立不可鍵なも0  

なのである︒   

ここれ恵でイギリスで﹁ポリティカルニコノミー﹂と称されて釆た研究町実は近代の商業荷動に附する  

若干の偶発的な諸現象の探究以外の何ものでも遵く︑しかもまたこ0探究すら琵実に行われはしなかつ元のであ  

る︒をれは往時の停犬な感想家達転よつて理解され敬扱われたような悪昧でbポリティカル・エコ′ミーとは全  

く何の関係もな叶︒そこで右C非学問的で定義に欠けた説明瞥㌢品同じ名称で呼んで差支えがないものなら  

ば︑とれら思想奴がこの翰題について雷いた完竺語0すべて仁一主としてプラトーン︑クセ′ポーン︑キ冬口  

海よぴベーコン望H盛−.1加殆ど人類に飛用やある筈になる︒故監靴者は︑わたくしが細心且つ強引に︑本稿に 

使用するすべて①盈賓な術語に文字嘩りの且つ最も初原的息意味を保持しようとした馬態に恕どろかれてはなら  

ぬ︒何故なちば三義というものは普通それが最初に入用キされるときにこそ巧く造られるも也で︑を竺鹿央  

紛の意味拭青春の溢れるカを赦しているものであるが︑派生的な色々の意昧になると叫蚊に歪められ露められる  

牒のだからである︒それで忠よそ注意探い思想家は皆︑必ずやその用語の正確を期している0であるから︑いや   

ジ′ヨン⁝ブス軍手㌘ネヲエ/ルウェザス﹂   四九    第∴ 章  諮  

(22)

四 ポリイテイカル︑︒エコノミーに関するほとんどサべてや誤つ空洞理の根絶に続たわる嘩晃−すなわら︑  

その日朗瞳金銀乃至交換しうる財産を讃横することなのだという考えー は︑ほん鱒数語もあれぼ基礎Qないも  

のであることが示されよう︒げだし襲金のピラミッドの建築だけを企図するような固民経済が正当であるなどと  

は︑どのような経済論者もみとめぬと思われるからである︒方言○黄金が記念碑の形態由藍1で鹿かれるよう  

▲なことがあれぽー右は黄金の浪費であると彼は公言する・であろうし︑それむなにかの用に充てるべきであると云  

ぅであろう︒だがどのような目的にであるか︒それはたゞ仙隊多くの黄金を獲て刷應大きなピラミッドを蓮てる  

ために使用するかそれとも賀金獲得以外の別の或る目的に使用するかのいずれかでなければならぬ︒この或る別   ライフ   サーヴィス の目的なるものは︑最初ど0ように理解されようとも︑結局人間の用磯斗⊥言牒人間の生①拡充基擁誇と愉安  

とに︑帰着してしまうも0であることが判明しよう︒黄金Qピラミッドは海佗ちく憤應にもとづき築かれること  

もあればまた憤放にもとづかぬこともあろう︒だがこの讃横が賢明であるか愚かせあるかは︑・われわれが最初匿  

エコ′■︐︑・・▲  

杢経済の目的︑すなわち生の拡充上いうことをはつきりと開明しているかどうかということによつてのみ︑決定  

せられうるのである︒    戌わ数を増加する︑のがポリティカル・   々な蕉清方法︵pOSSibi−iti漂○i訂︶   的ではないのである︒   訪○   第こ十二巷 第四耽〜 

しくもわれわれがか1る人々鱒論旨む利用Lうるだめの第︼傑作は︑術語の確実な定義ということなQである︒   メインテナンス  ライブ    三 こゝ▼に一団の﹁存統﹂とは︑そ①閣民をぽ健康且つ凛摘な生の状態のもとに輩うこと︑ならびにその事麗.  

と両立する限りにおいて0人口の増加ということ︑と解されるべ普である︒一般の健康や愉安む儀牲として一組   /   エコノミーの目的では疑いし︑また周周の人々0生宿︵−i完S︶︑乃至は穐   

を犠牲とLてまで偶人の愉安を無制限に増加するということも︑そ0日  

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(23)

∴仮りぬ金銀または交換しう牒財産ゐ蓄積が生の拡充の或る手段であるとするならば︑窪済的諸問題む諭ず高定   ラ﹂フ   でこ  ′ 当つて︑′われわれの注意を直接の目貯−金線11のかわりに叫暦遠大な目的− 生11に固定するのは無用の  

筈であろう︒養が事実はそうでは患い︒金餞は生む犠牲として︑ノ\或いは生を制限することによつて蓄積されるこ  

とが腰モありうる︒す徴わち人間b死む早めるか︑またはその出生を妨げることによつてである一︒それ故に︑経  

済の終局目的を明確に脳裡に猫普︑彼方の昌梗灯標みて末節の諸括軌の利便性を決定することが︑必要なのであ  

る○  

五 只今述べたように︑率リテイカル︒干コノミーの目的は︑替に生の持統というにとゞまらないで︑健康で  

車帽五痘苗持続ということなのである︒だがすべて鱒湛笑ゎ率絹路盤の結果たるとともに原田である︒すなわち  

車幅は生の活采の印しであり︑生持続の放免である︒同じように︑すべて望臓琴闇煩苦は死の結果たるとともに  

原因なのである︒それ故爾争わたくしは﹁生﹂ ∩小江訂りという譜を修飾語をつけ車た用いよう︒但Lその場合の  

意味のうちには心身双方堅且る全人問性の車幅とカとをも含めるもわと解されたい︒  

︑  六この人阻性は︑造物主がこれを創り・托まい︑且ついやしくもそ0戒律を激守する場合には必ずやこれを存  

続したもうのであるから︑全く調和のとれたものなかである︒肉体が精細と対立するという僧侶的教義に食まれ  

た誤謬ほど贋汎牧内体上の誤謬はなく︑まねこれほど危険賢梢柵上の誤もない︒不完全な肉怜にあつてはどんな  

心も完全たりえず︑完全な心なくLてはぜんな肉伶も完全たり⁚見ない︒あらゆるたゞしい行劾︑罪業な思想はそ  

の実くしさ0敢印むばその人む人品容貌に刻みつけ︑同じようにあらゆ亮誤つた行政︑悲しき思想絃その醜くさ  

め証印むば刻みつけるのであつて︑場合によると︵現在のわ鎮静れの知識程度では︑あら掛る場合や︸完全次解  

鼓が拇釆ぬ疲どこの刻印がこみ入つているという¢が寄契であるが︑伐りにそうでなけれぼ︑人間性の譜部面は   

叫    ジョン︒ラスキン﹁ムネラ●プルサモンス﹂  

ノ  

(24)

藤二十こ琴 第四訟  

\   

\  恵二  

あたかも印刷した履歴書のよう匿明瞭に読みとれることせあろう︒だがしかし事実においても伺︑洛始たゞしい  

人物の容貌と終始不正な人物Q容貌とは︑つね竺暫して誤りなく弁別出氷るも0である︒そこで若しその諸性  

√レース 質が二.二股代を温じて措辞せられること軒数ると︑こゝ監芸な種の別が生ずる︒精神的潜よび肉体的性質は  

双方とも教育によつて伸長されうるよりもはるか佐多く遠侍によつて侍承せられるりであり︵尤も両性質とも教  

育の欠陰にょり破壊せられることがある︶︑そして人数がその出生と訓練とに関する紳0戒律を忍耐づよく遵守す  

ること佗よつて到達しうる品性および心情由高費さに対しては幸い今0勉首藤何も確か・な制限というものは存し  

太いのであるつ   

七 故にわれわれは見にすゝんで︑ポ空アイカルニコノミーの目的むもつて・﹃人間の生の展高水準転短ける   †ルティプリケーション   倍 増﹄であると定義せねばならない︒当初疑問であるようにみえることは︑われわれは最高の形態の芙と知性  

とを具有した少数人を存放するのに努めるべきか︑或い昧劣つた階啓讐博多数の人間を存続するのに努めるべ  

きで︑あるかというこLであろう︒伊れども汲大多数を番う①方途は藍ず政義水準を目指すこと亘あるめだという  

ことを︑.わたくしは路塙において示しケるであろう︒人間b魚心高段凍型を決定し︑この階檜の人々の数を最大  

限に養うことさえ目指せば︑すべての健全放下位階暦の人々の数の最大限がこれ皇た必然的に生み出きれざるむ  

えないということが判明しよう︒   

八.只今述べたように︑人間b姦芸思念撃拭そ①身体︑性情港よび知性のもろもろの尭戌︵われわれが後に杢つ 

七この完成をもつてどのようなもゐと決めよう︑ども構わぬ︶む含むも・のである︒物財は︑これを生産し使用すな  

︵乃至は使用の冒的で蓄痍する︶のがポりテイカルこコノミーの目的なのであるが︑それは右わ次凝で身体を  

健持し愚籍するか︑藍たは性情をた廿しく錬憾し知性を形成するかの〝いずれかに役立つ主ころのものである︒噂  

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(25)

ユースフルホウルサふ い.やLくもこの両目的のいずれか降魔実に役立つ恩なら何であろうと皆︑人間にとつて﹃有町﹄であり︑健全   ホウり   ヘルプフル   ヘルスフル  

であり︑健康的であり1助け虻なり1もしく拭紳聖である︒鮎1る牒由恩遇求することによつて人はこの世∬お   けるみずからの生を延長し増大隠しめるのである︒   

飽満︑いやしくもこれら目的のいずれにも彼宜たぬむの1妨げるものに至つて昧侍史のことー は︑すべ七  

ユ!スレスアンホサルサふアンヘルプフルアンホウリ 同じよ′うにして人間に無用であ少︑不健全であり︑助けとならず︑もしく拭不浄である︒かりるもの・を追求する  

こと笹よつて人世この世でQみ摩からP生を短縮し減少せしめるのでる︒    専一附録第仙参照︒  

・ジさン○ラスキジ ﹁ムネヲ●プルウエリス﹂  

五三    ︵第叫牽未完︶  

参照

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